私などは読みおとすというところまで参らず、土台読まないのや知らないのだらけであると思います。文学史的に古典をよむということは私の場合大変おくれて必要から学んだので、さかのぼるのはいつも手間どります。
〔一九四一年八月〕
よみおとしたこてんさくひん
宮本 百合子
私などは読みおとすというところまで参らず、土台読まないのや知らないのだらけであると思います。文学史的に古典をよむということは私の場合大変おくれて必要から学んだので、さかのぼるのはいつも手間どります。
〔一九四一年八月〕
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913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c宮本 百合子「読み落した古典作品」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十七巻』新日本出版社、1981年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003992_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079