Soranoha

ニッポン三週間

ニッポンさんしゅうかん

宮本 百合子

新聞包をかかえて歩いてる。

中は、衣紋竹二本・昭和糊・キリ・ローソク・マッチ・並にラッキョーの瓶づめ一本。――世帯の持ちはじめ屡々抱えて歩かれる種類の新聞包だ。朝で、帝大構内の歴史的大銀杏の並木は晴れた秋空の下に金色だ。

金色の葉は砂利の上にも散ってる。吹く風の肌ざわり。ラッキョーの瓶。どっちも一寸しめっぽくて、ひやっこくて――帝大のブルジョア大学らしいネオ・ゴチックの建物を眺めながら歩いていると、実に三年ぶりの日本の秋だ。

空を飛んで来たブルース夫人は日本及朝日新聞社へ着陸した。彼女は飛行帽をぬぎながら愛嬌よく云った。

――美しい日本! 機上から国全体が公園のような日本を見下したときはほんとに愉快でした。

全く、日本の秋に紅葉した山々は、細かく細かく小庭のように区切った田の上で、細かい木製道具をつかってすべてを二本の手の働きだけで稲の収穫をしつつある日本の農夫の姿は、ヨーロッパの眼にどんなにか異国的であろう!

米価惨落・生糸惨落・造船事業の縮小は来年の春までに数万人の失業者を更に街頭に送り出すであろう。

J・O・A・K! 梅村蓉子は今度結婚することになりました。

浜口首相の腹へピストルの玉がとび込んだのは日本へかえって二日目ぐらいの出来ごとだった。

その中で、自分が草臥れきって眠っていた下関発の夜汽車は、丹那で大断層の起った少しあと三島駅を通過した。

伊豆地方の大震災

惨たる各地の被害

震源地は丹那盆地

死者二百三十二名

伊豆震災救済策

震災地方の納税減免

国庫負担法で業務教育費交付

両腕の動かしかたに共通の一種独特の職業的癖をもっている日本の列車ボーイが沈着な声で誰かに云ってる。

――東京は四十分ばかり延着いたします。地震で線路の上へ煙突が倒れたもんですから。

前の座席の旅客が雑誌キングをわきに放り出して二十六日の新聞をひろげていた。こっち側から見える。「日本刀焼ゴテで奮戦・文芸戦線大異状。」前田河広一郎・葉山嘉樹・岩藤雪夫及黒島伝治の写真。

東京へかえったら二三の知人が、

――どうですね、日本のプロ文士の剣劇レビューは?

と云って笑った。

――ソヴェトのプロ文士の喧嘩もあんな工合なんですか。えらく荒っぽいことがすきと見えるね。

自分は返事に困った。だって、プロ文士と云ったって、所謂社会主義だって国家主義から共産主義までの間に種々雑多な日和見主義、民主主義がはさまって、何れも顔付だけは一廉ひとかど何か民衆解放に貢献するみたいに声明してはストライキを売ったりしてるのと同様だ。一口に云えぬ。まして日本みたいに労働者農民の政治的自覚がヨーロッパ戦争後世界経済界の変遷につれて急速に進展したところでは、プロレタリア文学発育の時間的に短い過去の中に極めてテンポの速いイデオロギー的躍進がつつみこまれてる。(一九二七年十一月)労農芸術家連盟(文芸戦線)が分裂して脱退派が前衛芸術家同盟を組織したときだって、イデオロギー的理由がちゃんとあった。山川均の労芸を政治的に利用しようとした野心的企てに==山川の政治理論に==賛成のものと不賛成のものとが分れたのだ。コミンテルンで山川均がどう批判されたか、今日の彼がどうだかということは、自覚ある民衆によってはっきり見られてる。当時、山川派としてのこったのが前田河広一郎、彼の代作者里村欣三・葉山嘉樹・岩藤雪夫等及び今度脱退した黒島伝次・平林たい・小堀甚二等だ。

「国際局は戦争の危険に対してソヴェト同盟を××というスローガンの下に、すべての××的読者を糾合する大きな仕事を行った。国際局が、ソヴェト共和国に対する戦争勃発の際文学者は如何なる態度をとるべきかについて、世界の著名な作家の間から集めた意見は、曾てイズエスチャ紙上に掲載されたところである。

外国支部の指導において国際局は、プロレタリア作家乃至その団体の右傾的偏向に対しても、左傾的偏向に対してもいわゆる二つの戦線において決死的な闘争を行った。この事は独逸支部のような威力ある支部の仕事においてすら、多くの過誤から免れしめることが出来た。」

これらの成功的な経験を列挙すると共にベーラ・イレッシは、それにも増して国際局の仕事の上に示された欠陥を鋭く批判した。

――「欠陥の基本的なものは組織的活動の微弱なこと、連絡がプロレタリア作家乃至革命的作家団体間に強く行われないで、むしろ各個人間に行われて来たことである。国際局の機関雑誌『外国文学時報』も亦大きな欠点をもっている。これは直に改革して世界プロレタリア文学の事実上の指導機関たらしめねばならない。」

国際局と外国プロレタリア作家団との連絡の問題について、報告後の討論に際し最も多くを訴えたのはアメリカ、フランス、チェッコ・スローヷック、フィンランド及びアラビヤ、印度、支那等植民地諸国の代表者であった。

国際局が今後遂行すべき課題が何であるか? についてイレッシは次の如く報告した。

「第一に外国のプロレタリア作家団体と、密接な連絡を設定しなければならない。又新しき数個の支部を設置しなければならない。そして文学運動における左傾と右傾の両偏向に対しては、従来の断乎たる態度をもって、闘争を継続しなければならない。

確乎たる指導、一切の偏向及び歪曲との断乎たる闘争、文学における真に正しいプロレタリア的方針の確立、これらが国際局の前に横たわる重大な課題である。

第一に外国支部の前に控えている課題は、生産から労働者を文学に吸引することであり之と並んでプロレタリア文学の同伴者中から××的作家を誘引することである。」

前田河にしろ、葉山にしろ、日本プロレタリア文学史の上では或る役割を果した人々だ。然し、プロレタリア独裁のソヴェトに於ける革命をもろとも経験した文学団体の間でも、最近五ヵ年計画による社会主義的再建設に際して、レーニズムのイディオロギーを薄弱に把持する「同伴者」の団体は指導勢力をより純正な革命作家連盟にゆずった。「同伴者」から脱退し、自己批判を遂げてラップに参加した作家も少くない。

日本のように、資本主義独裁と白色テロールの旺盛なところで、階級闘争は激化し、イディオロギー的差異は有無を云わせず作家の陣営を決定しつつある。既に一九二七年、右翼的固執を示した労芸の内部の情勢が三年間停止している筈はない。前田河が発表するプロレタリアート文学に対する感想は、モスクワで読むからばかりでない、どこの工場の隅で読んだって明かな悲しき反動にまで発育していた。其イディオロギーを内部に於ても批判するものがあるのは当然だ。

代作問題だって、突きこんで云えば、ソヴェトでも一九二八年五ヵ年計画第一年頃非常に批判された、プロレタリアート作家の労働者農民の実生活からの分離が原因になってる。日本の先駆的プロレタリアート作家が無統制にブルジョア―ジャーナリズムに利用されることによって日常実生活の本質に於て非プロレタリアート的に堕した見本とも云える。

同じ理由で、ソヴェトの革命当時擡頭した作家が今日大衆の厳格な批判の下に立っているのだ。

――だからね、

自分はその知人に説明した。

――これをただ、仲間の泥仕合という風に嗤うのは間違いだ。まして、読んだでしょう? 中村武羅夫が朝日で云ってること。つまり、初め既成文壇の勢力がつよかったからその敵に向って塊りあってたプロレタリアート作家が、この頃安心してモロくなって分裂しはじめたんだって。そして一寸好い心持ちそうに、互に排撃するのは(やり合うのは)いいが暴力沙汰は一般人に不愉快な印象を与え、ひいて我国の無産運動に汚点をのこしたことになる云々と云ってる。だが無産運動、プロレタリアート文学の本道はこんなことでビクつくようなヤワなもんじゃない。断然ない。大衆的なプロレタリアート文学上の意見の相異はどこまでもプロレタリアート農民大衆の前で公開的に行われるべきだ。ソヴェトは『文学新聞』『労働者と芸術』などの上で常に活溌にいろんな問題を批判し清算しつつある。それをまるで箇人的に黒島一人ひっぱり出して、おまけに日本刀をこねまわしたなんてことは、幹部派がどんな非マルクシズム的イディオロギーをもってるか、雄弁に語ってる。例え百人の黒島をひっぱって来て百枚脱退声明取消文を書かしたところで、それが彼等の反動的イディオロギーを、自覚あるプロレタリアート農民の前にどう糊塗出来る?

――ふうむ。そんなわけか。じゃあつまり理窟は五分五分で喧嘩両成敗とは行かないんだな、幹部派なるものの正体がそういうんじゃ。

――実際階級闘争に従っているプロレタリアートは、はっきりここでは云いかねるほかの事実もあって、夙に文芸戦線が自分達の味方でないことは知ってるんです。ただ、残念なことは活字ってやつは、社会民主主義者の書く「民衆の為に」っていう文字も、本ものの民衆の為の闘争組織が書く「民衆の為に」っていう字もみんな同じ型にうち出すもんだからね。

三週間めの日本の空は水色で、銀杏の葉は金色だ。失業救済事業公債が二千七百八十万円と内定し、上野ではプロレタリア美術展がひらかれてる。

〔一九三〇年十二月〕

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:「読売新聞」
1930(昭和5)年12月2、3日号
※×傍点を付した文字は、底本で伏せ字を起こしたもの。
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「ニッポン三週間」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十七巻』新日本出版社、1981年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003893_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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