Soranoha

夏

なつ

宮本 百合子

去年の今頃はもう鎌倉に行っていた。鎌倉と云っても、大船と鎌倉駅との間、円覚寺の奥の方であった。不便極るところで、魚屋もろくに来ず、食べ物と云えば豆腐と胡瓜。家の風呂はポンプがこわれて駄目だから、夕方になると、円覚寺前の小料理やのようなところへ風呂と食事に出かけたりした。変な、構わない恰好をして行く途中踏切を横切る。よく東京から来た汽車に出会い、畑の中に佇み百姓娘のように通過する都会的窓々を見上げた。知った人が一瞬の間に、おや! と自分を認めたかもしれないと可笑しがった。今年は、郊外へ引越したし、多分何処へも行きはしなかろう。――行けぬという方が正しいが。

〔一九二六年八月〕

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:「文芸春秋」
1926(大正15)年8月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「夏」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十七巻』新日本出版社、1981年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003868_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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