Soranoha

鬼ごつこ

おにごっこ

芥川 竜之介

彼は或町の裏に年下の彼女と鬼ごつこをしてゐた。まだあたりは明るいものの、丁度ちやうど町角の街燈には瓦斯ガスのともる時分だつた。

「ここまで来い。」

彼は楽々と逃げながら、鬼になつて来る彼女を振りかへつた。彼女は彼を見つめたまま、一生懸命に追ひかけて来た。彼はその顔を眺めた時、妙に真剣な顔をしてゐるなと思つた。

その顔は可也かなり長い間あひだ、彼の心に残つてゐた。が、年月としつきの流れるのにつれ、いつかすつかり消えてしまつた。

それから二十年ばかりたつた後のち、彼は雪国ゆきぐにの汽車の中に偶然、彼女とめぐり合つた。窓の外が暗くなるのにつれ、沾しめつた靴くつや外套ぐわいたうの匀ひが急に身にしみる時分だつた。

「暫しばらくでしたね。」

彼は巻煙草を銜くはへながら、(それは彼が同志と一しよに刑務所を出た三日みつか目だつた。)ふと彼女の顔へ目を注そそいだ。近頃夫を失つた彼女は熱心に彼女の両親や兄弟のことを話してゐた。彼はその顔を眺めた時、妙に真剣な顔をしてゐるなと思つた。と同時にいつの間まにか十二歳の少年の心になつてゐた。

彼等は今は結婚して或郊外に家を持つてゐる。が、彼はその時以来、妙に真剣な彼女の顔を一度も目まのあたりに見たことはなかつた。

(大正一五・一二・一)

底本 / Source edition

底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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書誌 / Bibliography
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芥川 竜之介「鬼ごつこ」(新字旧仮名)、底本『筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻』筑摩書房、1971年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003826_000879, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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