Soranoha

イズムと云ふ語の意味次第

イズムというごのいみしだい

芥川 竜之介

イズムを持つ必要があるかどうか。かう云ふ問題が出たのですが、実を云ふと、私わたしは生憎あいにくこの問題に大分だいぶ関係のありさうな岩野泡鳴いはのはうめい氏の論文なるものを読んでゐません。だからそれに対する私の答も、幾分新潮しんてう記者なり読者なりの考と、焦点が合はないだらうと思ひます。

実を云ふとこの問題の性質が、私にはよくのみこめません。イズムと云ふ意味や必要と云ふ意味が、考へ次第でどうにでも曲まげられさうです。又それを常識で一通りの解釈をしても、イズムを持つと云ふ事がどう云ふ事か、それもいろいろにこじつけられるでせう。

それを差当さしあたり、我我が皆ロマンテイケルとかナトウラリストとかになる必要があるかと云ふ、通俗な意味に解釈すれば、勿論そんな必要はありません。と云ふよりも寧むしろそれは出来ない相談だと思ひます。元来さう云ふイズムなるものは、便宜上後のちになつて批評家に案出されたものなんだから、自分の思想なり感情なりの傾向の全部が、それで蔽おほはれる訳わけはないでせう。全部が蔽おほはれなければそれを肩書にする必要はありますまい。(尤もつともそれが全部でなくとも或著いちじるしい部分を表してゐる時、批評家にさう云ふイズムの貼札はりふだをつけられたのを許容きよようする場合はありませう。又許容しない事がよろしくない場合もありませう。これは何時いつか生田長江いくたちやうかう氏が、論じた事があつたと思ひますが。)

又そのイズムと云ふ意味をひつくり返して、自分の内部活動の全傾向を或イズムと名づけるなら、この問題は答を求める前に、消滅してしまひます。それからその場合のイズムに或名前をくつつけて、それを看板にする事も、勿論必要とは云はれますまい。

又もう一つイズムと云ふ語を或思想上の主張と翻訳すれば、この場合もやはり前と同じ事が云はれませう。

唯、必要と云ふ語に、幾分でも自他共便宜べんぎと云ふ意味を加へれば、まるで違つた事が云はれるかも知れません。それなら私は口を噤つぐんだ方がいいでせう。一つにはイズムの提唱に無経験な私は、さう云ふ便宜を明あきらかにしてゐませんから。

(大正七年五月)

底本 / Source edition

底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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芥川 竜之介「イズムと云ふ語の意味次第」(新字旧仮名)、底本『筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻』筑摩書房、1971年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003750_000879, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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