Soranoha

親しく見聞したアイヌの生活

したしくけんぶんしたアイヌのせいかつ

宮本 百合子

アイヌの部落も内地人の影響を受けて、純粋のアイヌの風俗はなくなって行きますが、日高国の平取ぴらとりあたりに行ってみると、純粋のアイヌの気分を味う事が出来ます。然し単にアイヌと申しても、北海道全体に渡っての彼等の部落には、各々に特色がありますので、僅ばかりの間の研究で断定的な事は申されません。で三ヵ月ばかりの間に私の眼に映りました事について少しお話いたしてみましょう。

一体にアイヌと云えば、内地の人は熊の子か何かのように思っているようですが、アイヌの生活には、私共の歴史の上に残っている祖先の生活を、眼のあたりに見るような感じのする事がありまして、一度アイヌの部屋に入って行きますと、実に興味が深く一種のなつかしみを感じます。

アイヌの住居は、コバ葺きと茅葺とありまして、普通は茅ぶきのようで、茅を上から重ねて葺いたのでなく、端を少しずつ残して段々を作ってある屋根の並んでいる前に、丸く切った大きな松薪が高く積れて、その軒辺に真白の梨の花(四五月の頃)の咲いている所は、何とも云えない趣がございます。

家の内部は入口に土間がありまして、その次ぎに居間があります。この土間は畑に出来るいろいろな作物を収穫とりいれる時使うので、何処でも可成り広く取ってあります。居間は以前は地べたに敷物を敷いたばかりでしたが、此頃では大抵の家で低い床を張っているようであります。私は或る日、アイヌの旧家に行ってみましたが、三尺の入口に菰が垂れていて、その菰を押して入ると奥は真暗で、そこにまた真黒な犬がいました。そして地面には蓙ござが敷いてありますがお客があると取って置きの蓙ニキノを出してすすめます。お客用のだからと云っても、矢張り黒く煤けていました。

それでも窓は東と南に開けてありまして、何処の家でも、東の窓は神聖な場所として、此処にイナオと云う内地の御幣に当るものが立ててあります。イナオは木で作った先きの方をじゃがじゃがさせた一種の木幣で、家の守護神様、穀物の神様、水や火の神様にこのイナオを捧げるのであります。

さすがに寒い所だけあって、神様の中でも炉の神様を最も大切にいたしますが、この神様はお婆さんでフッチと名づけています。そしてフッチの表象シンボルにしたものが、実に面白いのでございます。それは柳の木を一尺五寸位に切って、上の方に切口をつけて神様の口にかたどり、炉の焼けくずを結えつけてフッチの心臓ハートとしてあります。こんな風に口や心臓ハートを持っている神様は炉の神ばかりで、他の神様をまつるには、只イナオを立てるばかりのようでございます。

一体にアイヌは信心深く、山に行って猟をする時も畑を作る時も、地面を掘る時も、先ずイナオを立てて私共に飲水をお与え下さいとか穀物のよく実るようにとか云って、熱心に祈祷をいたします。けれども、イナオを取扱ったり祈祷をするのは、総べて男子の仕事で、婦人は決して神事に携る事は出来ませんから、祈祷の言葉や神様の事をよく知っているのは男ばかりで、婦人はこれについて何も知る事は出来ません。で、家を持つと良人はまず男の子の生れるのを喜びます。若し男の子がないと、イナオを立てて神様をまつるものが絶えるのを恐れるからでありましょう。男子でなくては、神様をまつれないという所は、内地人の昔の有様と似ています。

斯様に男の子の生れるのを喜ぶ風がありますが、また婦人から云えば、却って女の子を欲しがるのであります。それは男子は神様に仕えるのが第一で、主になって働くのは婦人ですから、親は働きの助けに女の子を欲しがるのであります。

やがて子供が相当の年頃になると、男の子は神様の祭りや祈祷の言葉を教えられたり、女の子は機織り、刺繍などを教えられます。何いずれも古風な仕つけ方であります。また今日では内地人のような教育を受けている者もあって一様には申されません。アイヌ婦人の刺繍は、男子の彫刻と共に趣の深いものだと思います。其の刺繍は極く初心の中は、下絵を描いてするようでありますが、だんだん上手になると、模様も下絵なしに自分の頭脳で作りながら縫って行きます、こんな風ですから、その模様が一つ一つ変っていて面白うございます。アイヌの模様を研究してみたら、よほど興味のあるものと思います。彫刻や刺繍に表れている模様は、常に接している大自然の影響で、山や水、雲などからとったものが多いようです。

刺繍をした黒天鵞絨ビロードの着物などを見ましたが、これは作り上げるのに幾年もかかるので、オタカラと云って大事にしています。

アイヌ婦人は柔順で人に話しかけられても、じっと俯きながら聞かれただけの事を返事する位であります。其の風俗も今日では内地人のような髪を結い着物を着ているので一寸見分けがつきませんが、古風な着物を着て、馬に乗りながら大きな林や広い野の一筋道を悠々と行く姿は、全く別の世界を見るようでございます。アイヌ人でも美しい人は矢張り色が白く、濃い眉に深みのある瞳を持っていますから黒っぽいアイヌの平生着と、よく調和して、その背景になっている北海道の大自然と、アイヌはしっくりと合っていますから一層趣が深うございます。

今一つ云ってみたいのはアイヌの歌であります。彼等には文字がないので、昔からあった面白い歌も、口伝えに代々伝えられて来たのですから、忘れられたり、知っていた老人がなくなったりして歌の数もずっと減って了いました。その歌の節は内地の追分節によく似ていますが、元はアイヌの歌から初まったものかと思われます。

アイヌの中には実に歌の上手な人があります。興に乗じて歌っている時は、身も心もすっかり歌の中に入って了って、その顔まで平生の表情とは変っている位であります。それに歌曲なども丁度万葉時代のように、見たまま思ったままを直ぐ歌にして鳥の鳴声、雲の動きなど総べて自然によせて自分の感情をうたいますから如何にも自由で生々としています。こういう芸術味のある歌も、営利の為につまらぬ興業師などに利用されて、歌の上手な婦人で思わぬ不幸な運命に陥いる事があります。アイヌの歌を真に理解して、それに興を覚えて聞くならよいでしょうが、見世物のようにされては可哀想です。

彫刻なども、内地人が入ってからは、金の為に粗末なものを沢山に作り出すようになりましたので、真の技倆は悪くなってしまいました。それでも、家が豊で彫刻によって生きて行く必要のない人には、矢張りよい技倆を持った者があります。斯様なわけでアイヌの生活は真に趣があります、只彼等には文字のなかった事と、その生活を表現するだけの文明のない為に、だんだん亡びて行くような状態になったので、この種族を失う事はほんとうに惜しい事だと思います。

〔一九一八年十月〕

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:「女学世界」
1918(大正7)年10月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「親しく見聞したアイヌの生活」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十七巻』新日本出版社、1981年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003684_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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