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        <title type="main" xml:lang="ja">世界新秩序の原理</title>
        <title type="reading" xml:lang="ja-Hira">せかいしんちつじょのげんり</title>
        <author><persName xml:lang="ja"><surname>西田</surname><forename>幾多郎</forename><idno type="aozora-person-id">000182</idno></persName><persName xml:lang="ja-Hira"><surname>にしだ</surname><forename>きたろう</forename></persName><persName xml:lang="ja-Latn"><surname>Nishida</surname><forename>Kitaro</forename></persName></author>
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        <bibl><title>西田幾多郎全集　第十二巻</title><publisher>岩波書店</publisher><date>1966（昭和41）年1月26日</date><note type="input-edition">1986（昭和61）年11月25日第4刷</note></bibl>
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      <refsDecl xml:id="source-spans"><p>A note of type source-span has an xml:id of the form source-START-END, giving the extent in UTF-8 bytes of the decoded primary text identified in sourceDesc. <ptr target="https://w3id.org/soranoha/ns/tei"/></p></refsDecl>
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      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-421-1519">世界はそれぞれの時代にそれぞれの課題を有し、その解決を求めて、時代から時代へと動いて行く。ヨウロッパで云えば、十八世紀は個人的自覚の時代、所謂個人主義自由主義の時代であった。十八世紀に於ては、未だ一つの歴史的世界に於ての国家と国家との対立と云うまでに至らなかったのである。大まかに云えば、イギリスが海を支配し、フランスが陸を支配したとも云い得るであろう。然るに十九世紀に入っては、ヨーロッパという一つの歴史的世界に於てドイツとフランスとが対立したが、更に進んで窮極する所、全世界的空間に於て、ドイツとイギリスとの二大勢力が対立するに至った。これが第一次世界大戦の原因である。十九世紀は国家的自覚の時代、所謂帝国主義の時代であった。各国家が何処までも他を従えることによって、自己自身を強大にすることが歴史的使命と考えた。そこには未だ</seg><hi rend="bouten 傍点 right" source="#source-1519-1615"><seg source="#source-1519-1555">国家の世界史的使命の自覚</seg></hi><seg source="#source-1615-2313">というものに至らなかった。国家に世界史的使命の自覚なく、単なる帝国主義の立場に立つかぎり、又逆にその半面に、階級闘争と云うものを免れない。十九世紀以来、世界は、帝国主義の時代たると共に、階級闘争の時代でもあった。共産主義と云うのは、全体主義的ではあるが、その原理は、何処までも十八世紀の個人的自覚による抽象的世界理念の思想に基くものである。思想としては、十八世紀的思想の十九世紀的思想に対する反抗とも見ることができる。帝国主義的思想と共に過去に属するものであろう。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-2313-2457">今日の世界は、私は世界的自覚の時代と考える。各国家は各自世界的使命を自覚することによって一つの</seg><hi rend="bouten 傍点 right" source="#source-2457-2559"><seg source="#source-2457-2496">世界史的世界即ち世界的世界</seg></hi><seg source="#source-2559-4461">を構成せなければならない。これが今日の歴史的課題である。第一次大戦の時から世界は既に此の段階に入ったのである。然るに第一次大戦の終結は、かかる課題の解決を残した。そこには古き抽象的世界理念の外、何等の新らしい世界構成の原理はなかった。これが今日又世界大戦が繰返される所以である。今日の世界大戦は徹底的に此の課題の解決を要求するのである。一つの世界的空間に於て、強大なる国家と国家とが対立する時、世界は激烈なる闘争に陥らざるを得ない。科学、技術、経済の発達の結果、今日、各国家民族が緊密なる一つの世界的空間に入ったのである。之を解決する途は、各自が世界史的使命を自覚して、各自が何処までも自己に即しながら而も自己を越えて、一つの世界的世界を構成するの外にない。私が現代を各国家民族の世界的自覚の時代と云う所以である。各国家民族が自己を越えて一つの世界を構成すると云うことは、ウィルソン国際連盟に於ての如く、単に各民族を平等に、その独立を認めるという如き所謂民族自決主義ではない。そういう世界は、十八世紀的な抽象的世界理念に過ぎない。かかる理念によって現実の歴史的課題の解決の不可能なることは、今日の世界大戦が証明して居るのである。いずれの国家民族も、それぞれの歴史的地盤に成立し、それぞれの世界史的使命を有するのであり、そこに各国家民族が各自の歴史的生命を有するのである。各国家民族が自己に即しながら自己を越えて一つの世界的世界を構成すると云うことは、各自自己を越えて、</seg><hi rend="bouten 傍点 right" source="#source-4461-4563"><seg source="#source-4461-4500">それぞれの地域伝統に従って</seg></hi><seg source="#source-4563-5531">、先ず一つの特殊的世界を構成することでなければならない。而して斯く歴史的地盤から構成せられた特殊的世界が結合して、全世界が一つの世界的世界に構成せられるのである。かかる世界的世界に於ては、各国家民族が各自の個性的な歴史的生命に生きると共に、それぞれの世界史的使命を以て一つの世界的世界に結合するのである。これは人間の歴史的発展の終極の理念であり、而もこれが今日の世界大戦によって要求せられる世界新秩序の原理でなければならない。我国の八紘為宇の理念とは、此の如きものであろう。畏くも万邦をしてその所を得せしめると宣らせられる。聖旨も此にあるかと恐察し奉る次第である。十八世紀的思想に基く共産的世界主義も、此の原理に於て解消せられなければならない。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-5531-6819">今日の世界大戦の課題が右の如きものであり、世界新秩序の原理が右の如きものであるとするならば、東亜共栄圏の原理も自ら此から出て来なければならない。従来、東亜民族は、ヨーロッパ民族の帝国主義の為に、圧迫せられていた、植民地視せられていた、各自の世界史的使命を奪われていた。今や東亜の諸民族は東亜民族の世界史的使命を自覚し、各自自己を越えて一つの特殊的世界を構成し、以て東亜民族の世界史的使命を遂行せなければならない。これが東亜共栄圏構成の原理である。今や我々東亜民族は一緒に東亜文化の理念を提げて、世界史的に奮起せなければならない。而して一つの特殊的世界と云うものが構成せられるには、その中心となって、その課題を担うて立つものがなければならない。東亜に於て、今日それは我日本の外にない。昔、ペルシヤ戦争に於てギリシヤの勝利が今日までのヨーロッパ世界の文化発展の方向を決定したと云われる如く、今日の東亜戦争は後世の世界史に於て一つの方向を決定するものであろう。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-6819-7643">今日の世界的道義はキリスト教的なる博愛主義でもなく、又支那古代の所謂王道という如きものでもない。各国家民族が自己を越えて一つの世界的世界を形成すると云うことでなければならない、世界的世界の建築者となると云うことでなければならない。我国体は単に所謂全体主義ではない。皇室は過去未来を包む絶対現在として、皇室が我々の世界の始であり終である。皇室を中心として一つの歴史的世界を形成し来った所に、万世一系の我国体の精華があるのである。我国の皇室は単に一つの民族的国家の中心と云うだけでない。我国の皇道には、八紘為宇の世界形成の原理が含まれて居るのである。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-7643-9252">世界的世界形成の原理と云うのは各国家民族の独自性を否定することではない、正にその逆である。世界と云えば、人は今尚十八世紀的に抽象的一般的世界を考えて居るのである。私の世界的世界形成と云うのは、各国家各民族がそれぞれの歴史的地盤に於て何処までも世界史的使命を果すことによって、即ちそれぞれの歴史的生命に生きることによって、世界が具体的に一となるのである、即ち世界的世界となるのである。世界が具体的に一となると云うことは各国家民族が何処までもそれぞれの歴史的生命に生きることでなければならない。恰も有機体に於ての様に、全体が一となることは各自が各自自身となることであり、各自が各自自身となることは全体が一となることである。私の世界と云うのは、個性的統一を有ったものを云うのである。世界的世界形成の原理とは、万邦各その所を得せしめると云うに外ならない。今日の国家主義は、かかる世界的世界形成主義に基礎附けられていなければならない。単に各国家が各国家にと云うことではない。今日の世界状勢は世界が何処までも一とならざるべからざるが故に、各国家が何処までも各自に国家主義的たらねばならぬのである。而してかかる多と一との媒介として、共栄圏という如き特殊的世界が要求せられるのである。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-9252-9821">我国民の思想指導及び学問教育の根本方針は何処までも深く国体の本義に徹して、歴史的現実の把握と世界的世界形成の原理に基かねばならない。英米的思想の排撃すべきは、自己優越感を以て東亜を植民地視するその帝国主義にあるのでなければならない。又国内思想指導の方針としては、較もすれば党派的に陥る全体主義ではなくして、何処までも公明正大なる君民一体、万民翼賛の皇道でなければならない。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-9821-11817">以上は私が国策研究会の求に応じて、世界新秩序の問題について話した所の趣旨である。各国家民族が何処までも自己に即しながら、自己を越えて一つの世界を形成すると云うことは、各国家民族を否定するとか軽視するとかと云うことではない。逆に各国家民族が自己自身に還り、自己自身の世界史的使命を自覚することによって、結合して一つの世界を形成するのである。かかる綜合統一を私は世界と云うのである。各国家民族を否定した抽象的世界と云うのは、実在的なものではない。従ってそれは世界と云うものではない。故に私は特に世界的世界と云うのである。従来は世界は抽象的であり、非実在的であった。併し今日は世界は具体的であり、実在的であるのである。今日は何れの国家民族も単に自己自身によって存在することはできぬ、世界との密接なる関係に入り込むことなくして、否、全世界に於て自己自身の位置を占めることなくして、生きることはできぬ。世界は単なる外でない。斯く今日世界が実在的であると云うことが、今日の世界戦争の原因であり、此の問題を無視して、今日の世界戦争の問題を解決することはできない。私の世界と云うのは右の如き意味のものであるから、世界的世界形成と云うことは、地域伝統に従ってと云うのである。然らざれば、具体的世界と云うものは形成せられない。私の云う所の世界的世界形成主義と云うのは、他を植民地化する英米的な帝国主義とか連盟主義とかに反して、皇道精神に基く八紘為宇の世界主義でなければならない。抽象的な連盟主義は、その裏面に帝国主義に却って結合して居るのである。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-11817-13703">歴史的世界形成には、何処までも民族と云うものが中心とならなければならない。それは世界形成の原動力である。共栄圏と云うものであっても、その中心となる民族が、国際連盟に於ての如く、抽象的に選出せられるのでなく、歴史的に形成せられるのでなければならない。斯くして真の共栄圏と云うものが成立するのである。併し自己自身の中に真の世界性を含まない単に自己の民族を中心として、そこからすべての世界を考える単なる民族主義は、民族自己主義であり、そこから出て来るものは、自ら侵略主義とか帝国主義とか云うものに陥らざるを得ないであろう。今日、英米の帝国主義と云うものは、彼等の民族自己主義に基くものに外ならない。或一民族が自己自身の中に世界的世界形成の原理を含むことによって始めてそれが真の国家となる。而してそれが道徳の根源となる。国家主義と単なる民族主義とを混同してはならない。私の世界的世界形成主義と云うのは、国家主義とか民族主義とか云うものに反するものではない。世界的世界形成には民族が根柢とならなければならない。而してそれが世界的世界形成的なるかぎり国家である。個人は、かかる意味に於ての国家の一員として、道徳的使命を有するのである。故に世界的世界形成主義に於ては、各の個人は、唯一なる歴史的場所、時に於て、自己の使命と責務とを有するのである。日本人は、日本人として、此の日本歴史的現実に於て、即ち今日の時局に於て、唯一なる自己の道徳的使命と責務とを有するのである。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-13703-14403">民族と云うものも、右の如く世界的世界形成的として道徳の根源となる様に、家族と云うものも、同じ原理によって道徳の根源となるのである。単なる家族主義が、すぐ道徳的であるのではない。世界的世界形成主義には家族主義も含まれて居るのである。之と共に逆に、共栄圏と云う如きものに於ては、嚮に云った如く、指導民族と云うものが選出せられるのではなく、世界的世界形成の原理によって生れ出るものでなければならない。ここに世界的世界形成主義と国際連盟主義との根本的相違があるのである。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-14403-14973">神皇正統記が大日本者神国なり、異朝には其たぐいなしという我国の国体には、絶対の歴史的世界性が含まれて居るのである。我皇室が万世一系として永遠の過去から永遠の未来へと云うことは、単に直線的と云うことではなく、永遠の今として、何処までも我々の始であり終であると云うことでなければならない。天地の始は今日を始とするという理も、そこから出て来るのである。慈遍は神代在今、莫謂往昔とも云う</seg><hi rend="font-size small(1)" snh:layout-kind="font-size" snh:layout-params="size-type=small;level=1" source="#source-14973-15063"><seg source="#source-15006-15030">（旧事本紀玄義）</seg></hi><seg source="#source-15063-15578">。日本精神の真髄は、何処までも超越的なるものが内在的、内在的なるものが超越的と云うことにあるのである。八紘為宇の世界的世界形成の原理は内に於て君臣一体、万民翼賛の原理である。我国体を家族的国家と云っても、単に家族主義的と考えてはならない。何処までも内なるものが外であり、外なるものが内であるのが、国体の精華であろう。義乃君臣、情兼父子である。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-15578-16121">我国の国体の精華が右の如くなるを以て、世界的世界形成主義とは、我国家の主体性を失うことではない。これこそ己を空うして他を包む我国特有の主体的原理である。之によって立つことは、何処までも我国体の精華を世界に発揮することである。今日の世界史的課題の解決が我国体の原理から与えられると云ってよい。英米が之に服従すべきであるのみならず、枢軸国も之に傚うに至るであろう。</seg></p>
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        <note type="source-attribution" source="#source-16129-16296"><seg type="source-line">底本：「西田幾多郎全集　第十二巻」岩波書店</seg><lb/><seg type="source-line" style="padding-inline-start: 3em">1966（昭和41）年1月26日発行</seg><lb/><seg type="source-line" style="padding-inline-start: 3em">1986（昭和61）年11月25日第4刷発行</seg></note>
        <note type="transcriber-note" source="#source-16296-16880"><seg type="source-line">※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。</seg><lb/><seg type="source-line">※「ヨウロッパ」と「ヨーロッパ」の混在は、底本通りです。</seg><lb/><seg type="source-line">入力：nns</seg><lb/><seg type="source-line">校正：土屋隆</seg><lb/><seg type="source-line">2004年8月20日作成</seg><lb/><seg type="source-line">2019年12月28日修正</seg><lb/><seg type="source-line">青空文庫作成ファイル：</seg><lb/><seg type="source-line">このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫（https://www.aozora.gr.jp/）で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。</seg></note>
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