一

「やあ、やまかがしや<ruby><rb>蝮</rb><rt>まむし</rt></ruby>が<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るぞう、あっけえやつだ、気をつけさっせえ。」

「ええ。」

何と、<ruby><rb>足許</rb><rt>あしもと</rt></ruby>の草へ鎌首が出たように、立すくみになったのは、<ruby><rb>薩摩絣</rb><rt>さつまがすり</rt></ruby>の<ruby><rb>単衣</rb><rt>ひとえ</rt></ruby>、<ruby><rb>藍鼠</rb><rt>あいねずみ</rt></ruby>無地の<ruby><rb>絽</rb><rt>ろ</rt></ruby>の羽織で、身軽に<ruby><rb>出立</rb><rt>いでた</rt></ruby>った、都会かららしい、旅の客。――近頃は、東京でも地方でも、まだ時季が早いのに、慌てもののせいか、それとも値段が安いためか、道中の晴の<ruby><rb>麦稈帽</rb><rt>むぎわらぼう</rt></ruby>。これが真新しいので、ざっと、年よりは<ruby><rb>少</rb><rt>わか</rt></ruby>く見える、そのかわりどことなく<ruby><rb>人体</rb><rt>にんてい</rt></ruby>に貫目のないのが、<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びっくり</rt></ruby>した息もつかず、声を継いで、

「驚いたなあ、蝮は弱ったなあ。」

と帽子の<ruby><rb>鍔</rb><rt>つば</rt></ruby>を――薄曇りで、空は一面に陰気なかわりに、まぶしくない――<ruby><rb>仰向</rb><rt>あおむ</rt></ruby>けに<ruby><rb>崖</rb><rt>がけ</rt></ruby>の上を仰いで、いま野良声を放った、崖縁にのそりと<ruby><rb>突立</rb><rt>つった</rt></ruby>つ、七十余りの<ruby><rb>爺</rb><rt>じい</rt></ruby>さんを<ruby><rb>視</rb><rt>み</rt></ruby>ながら、蝮は弱ったな、と弱った。が、実は蛇ばかりか、<ruby><rb>蜥蜴</rb><rt>とかげ</rt></ruby>でも<ruby><rb>百足</rb><rt>むかで</rt></ruby>でも、<ruby><rb>怯</rb><rt>おび</rt></ruby>えそうな、<ruby><rb>据</rb><rt>すわ</rt></ruby>らない腰つきで、

「大変だ、にょろにょろ居るかーい。」

「はああ、あアに、そんなでもねえがなし、ちょくちょく、鎌首をつん出すでい、気をつけさっせるがよかんべでの。」

「お爺さん、おい、お爺さん。」

「あんだなし。」

と、谷へ返答だまを<ruby><rb>打込</rb><rt>ぶちこ</rt></ruby>みながら、鼻から煙を吹上げる。

「<ruby><rb>煙草銭</rb><rt>たばこせん</rt></ruby>ぐらい心得るよ、煙草銭を。だからここまで下りて来て、<ruby><rb>草生</rb><rt>くさっぱ</rt></ruby>の中を連戻してくれないか。またこの<ruby><rb>荒墓</rb><rt>あれはか</rt></ruby>……」

と云いかけて、

「その何だ。……上の寺の人だと、悪いんだが、まったく、これは荒れているね。卵塔場へ、深入りはしないからよかったけれど、今のを聞いては、足がすくんで動かれないよ。」

「ははははは。」

鼻のさきに<ruby><rb>漂</rb><rt>ただよ</rt></ruby>う煙が、その<ruby><rb>頸窪</rb><rt>ぼんのくぼ</rt></ruby>のあたりに、古寺の<ruby><rb>破廂</rb><rt>やれびさし</rt></ruby>を、なめくじのように<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>った。

「弱え人だあ。」

「頼むよ――こっちは名僧でも何でもないが、爺さん、爺さんを……導きの山の神と思うから。」

「はて、<ruby><rb>勿体</rb><rt>もったい</rt></ruby>もねえ、とんだことを言うなっす。」

と<ruby><rb>両</rb><rt>ふた</rt></ruby>つ<ruby><rb>提</rb><rt>さげ</rt></ruby>の――もうこの頃では、山の爺が<ruby><rb>喫</rb><rt>の</rt></ruby>む煙草がバットで差支えないのだけれど、事実を報道する――<ruby><rb>根附</rb><rt>ねつけ</rt></ruby>の処を、<ruby><rb>独鈷</rb><rt>とっこ</rt></ruby>のように振りながら、<ruby><rb>煙管</rb><rt>きせる</rt></ruby>を<ruby><rb>手弄</rb><rt>てなぶ</rt></ruby>りつつ、ぶらりと降りたが、<ruby><rb>股引</rb><rt>ももひき</rt></ruby>の<ruby><rb>足拵</rb><rt>あしごしら</rt></ruby>えだし、腰達者に、ずかずか……と、もう寄った。

「いや、御苦労。」

と一基の石塔の前に立並んだ、双方、膝の隠れるほど草深い。

実際、この卵塔場は荒れていた。三方崩れかかった窪地の、どこが境というほどの<ruby><rb>杭</rb><rt>くい</rt></ruby>一つあるのでなく、<ruby><rb>折朽</rb><rt>おれく</rt></ruby>ちた<ruby><rb>古卒都婆</rb><rt>ふるそとば</rt></ruby>は、<ruby><rb>黍殻</rb><rt>きびがら</rt></ruby>同然に<ruby><rb>薙伏</rb><rt>なぎふ</rt></ruby>して、薄暗いと白骨に紛れよう。石碑も、石塔も、倒れたり、のめったり、台に据っているのはほとんどない。それさえ十ウの八つ九つまでは、ほとんど草がくれなる上に、積った落葉に<ruby><rb>埋</rb><rt>うも</rt></ruby>れている。<ruby><rb>青芒</rb><rt>あおすすき</rt></ruby>の茂った、葉越しの谷底の一方が、水田に開けて、<ruby><rb>遥々</rb><rt>はるばる</rt></ruby>と連る山が、都に遠い雲の形で、<ruby><rb>蒼空</rb><rt>あおぞら</rt></ruby>に、離れ島かと流れている。

割合に土が乾いていればこそで――<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのう</rt></ruby>は雨だったし――もし湿地だったら、蝮、やまかがしの警告がないまでも、うっかり一歩も<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>れなかったであろう。

それでもこれだけ<ruby><rb>分入</rb><rt>わけい</rt></ruby>るのさえ、樹の枝にも、卒都婆にも、<ruby><rb>苔</rb><rt>こけ</rt></ruby>の露は深かった。……旅客の指の<ruby><rb>尖</rb><rt>さき</rt></ruby>は草の汁に青く染まっている。<ruby><rb>雑樹</rb><rt>ぞうき</rt></ruby>の影が<ruby><rb>沁</rb><rt>し</rt></ruby>むのかも知れない。

<ruby><rb>蝙蝠</rb><rt>こうもり</rt></ruby>が居そうな鼻の穴に、煙は残って、火皿に白くなった吸殻を、ふっふっと、爺は<ruby><rb>掌</rb><rt>てのひら</rt></ruby>の<ruby><rb>皺</rb><rt>しわ</rt></ruby>に吹落し、眉をしかめて、念のために、火の気のないのを目でためて、吹落すと、葉末にかかって、ぽすぽすと消える処を、もう一つ<ruby><rb>破草履</rb><rt>やれぞうり</rt></ruby>で、ぐいと踏んで、

「ようござらっせえました、<ruby><rb>御参詣</rb><rt>ごさんけい</rt></ruby>でがすかな。」

「さあ……」

と、妙な返事をする。

「<ruby><rb>南無</rb><rt>なむ</rt></ruby>、南無、何かね、お前様、このお墓に所縁の方でがんすかなす。」

<ruby><rb>胡桃</rb><rt>くるみ</rt></ruby>の根附を、紺小倉のくたびれた帯へ挟んで、<ruby><rb>踞</rb><rt>しゃが</rt></ruby>んで掌を合せたので、旅客も引入れられたように、夏帽を取って立直った。

「所縁にも、無縁にも、お爺さん、少し墓らしい形の見えるのは、近間では、これ一つじゃあないか――それに、近い頃、参詣があったと見える、この線香の包紙のほぐれて残ったのを、草の中に<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>いたものは、一つ<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>の灯のように、誰だって、これを<ruby><rb>見当</rb><rt>みあて</rt></ruby>に<ruby><rb>辿</rb><rt>たど</rt></ruby>りつくだろうと思うよ。<ruby><rb>山路</rb><rt>やまみち</rt></ruby>に行暮れたも同然じゃないか。」

碑の<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>の戒名は、信士とも<ruby><rb>信女</rb><rt>しんにょ</rt></ruby>とも、苔に埋れて見えないが、三つ<ruby><rb>蔦</rb><rt>づた</rt></ruby>の紋所が、その葉の落ちたように寂しく<ruby><rb>顕</rb><rt>あら</rt></ruby>われて、線香の消残った台石に――田沢氏――と<ruby><rb>仄</rb><rt>ほのか</rt></ruby>に読まれた。

「は、は、修行者のように言わっしゃる、御遠方からでがんすかの、東京からなす。」

「いや、今朝は松島から。」

と袖を組んで、さみしく言った。

「御風流でがんす、お<ruby><rb>楽</rb><rt>たのし</rt></ruby>みでや。」

「いや、とんでもない……波は荒れるし。」

「おお。」

「雨は降るし。」

「ほう。」

「やっと、お天気になったのが、仙台からこっちでね、いや、馬鹿々々しく、<ruby><rb>皈</rb><rt>かえ</rt></ruby>って来た途中ですよ。」

成程、馬鹿々々しい……旅客は、<ruby><rb>小県</rb><rt>おがた</rt></ruby>、<ruby><rb>凡杯</rb><rt>ぼんはい</rt></ruby>――と自称する俳人である。

この篇の作者は、別懇の間柄だから、かけかまいのない処を言おう。食い続きは、細々ながらどうにかしている。しかるべき学校は出たのだそうだが、ある会社の低い処を勤めていて、俳句は好きばかり、むしろ遊戯だ。処で、はじめは、凡俳、と名のったが、俳句を遊戯に扱うと、近来は誰も附合わない。第一なぐられかねない。見ずや、きみ、やかなの鋭き<ruby><rb>匕首</rb><rt>あいくち</rt></ruby>をもって、骨を削り、肉を裂いて、<ruby><rb>人性</rb><rt>じんせい</rt></ruby>の機微を<ruby><rb>剔</rb><rt>ぬ</rt></ruby>き、十七文字で、大自然の<ruby><rb>深奥</rb><rt>しんおう</rt></ruby>を<ruby><rb>衝</rb><rt>つ</rt></ruby>こうという意気込の、先輩ならびに友人に対して済まぬ。<ruby><rb>憚</rb><rt>はばか</rt></ruby>り多い処から、「俳」を「杯」に改めた。が、<ruby><rb>一盞</rb><rt>いっさん</rt></ruby>献ずるほどの、余裕も働きもないから、手酌で済ます、凡杯である。

それにしても、今時、奥の細道のあとを<ruby><rb>辿</rb><rt>たど</rt></ruby>って、松島見物は、「凡」過ぎる。近ごろは、<ruby><rb>独逸</rb><rt>ドイツ</rt></ruby>、<ruby><rb>仏蘭西</rb><rt>フランス</rt></ruby>はつい隣りで、マルセイユ、ハンブルク、アビシニヤごときは津々浦々の中に数えられそうな<ruby><rb>勢</rb><rt>いきおい</rt></ruby>。少し変った処といえば、<ruby><rb>獅子狩</rb><rt>ししがり</rt></ruby>だの、虎狩だの、類人猿の色のもめ事などがほとんど毎月の雑誌に表われる……その皆がみんな<ruby><rb>朝夷</rb><rt>あさひな</rt></ruby>島めぐりや、おそれ山の地獄話でもないらしい。

最近も、私を、作者を訪ねて見えた、学校を出たばかりの若い人が、一月ばかり、つい<ruby><rb>御不沙汰</rb><rt>ごぶさた</rt></ruby>、と手軽い処が、南洋の島々を渡って来た。……ピイ、チョコ、キイ、キコと鳴く、青い鳥だの、黄色な鳥だの、可愛らしい話もあったが、聞く内にハッと思ったのは、ある親島から<ruby><rb>支島</rb><rt>えだじま</rt></ruby>へ、カヌウで渡った時、白熱の日の光に、<ruby><rb>藍</rb><rt>あい</rt></ruby>の透通る、澄んで静かな波のひと処、たちまち濃い<ruby><rb>萌黄</rb><rt>もえぎ</rt></ruby>に色が変った。微風も一繊雲もないのに、ゆらゆらとその潮が動くと、水面に近く、<ruby><rb>颯</rb><rt>さっ</rt></ruby>と<ruby><rb>黄薔薇</rb><rt>きばら</rt></ruby>のあおりを打った。その<ruby><rb>大</rb><rt>おおき</rt></ruby>さ、大洋の<ruby><rb>只中</rb><rt>ただなか</rt></ruby>に計り知れぬが、巨大なる<ruby><rb>鱏</rb><rt>えい</rt></ruby>の浮いたので、近々と<ruby><rb>嘲</rb><rt>あざ</rt></ruby>けるような黄色な目、二丈にも余る青い口で、ニヤリとしてやがて沈んだ。海の魔宮の侍女であろう。その消えた後も、人の目の幻に、船の帆は<ruby><rb>少時</rb><rt>しばし</rt></ruby>その萌黄の油を塗った。……「畳で言いますと」――話し手の若い人は見まわしたが、作者の<ruby><rb>住居</rb><rt>すまい</rt></ruby>にはあいにく八畳以上の座敷がない。「そうですね、三十畳、いやもっと五十畳、あるいはそれ以上かも知れなかったのです。」と言うのである。

<ruby><rb>半日隙</rb><rt>はんにちびま</rt></ruby>とも言いたいほどの、旅の手軽さがこのくらいである処を、雨に降られた松島見物を、山の<ruby><rb>爺</rb><rt>じじい</rt></ruby>に話している、凡杯の談話ごときを――読者諸賢――しかし、しばらくこれを聴け。

二

小県凡杯は、はじめて旅をした松島で、着いた晩と、あくる日を<ruby><rb>降籠</rb><rt>ふりこ</rt></ruby>められた。景色は雨に<ruby><rb>埋</rb><rt>うず</rt></ruby>もれて、<ruby><rb>竈</rb><rt>かまど</rt></ruby>にくべた<ruby><rb>生薪</rb><rt>なままき</rt></ruby>のいぶったような心地がする。屋根の下の観光は、<ruby><rb>瑞巌寺</rb><rt>ずいがんじ</rt></ruby>の大将、しかも<ruby><rb>眇</rb><rt>かため</rt></ruby>に<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>まれたくらいのもので、何のために奥州へ出向いたのか分らない。日も、<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>も、切詰めた都合があるから、三日めの朝、<ruby><rb>旅籠屋</rb><rt>はたごや</rt></ruby>を出で立つと、途中から、からりとした上天気。

奥羽線の松島へ戻る途中、あの筋には妙に豆府屋が多い……と聞く。その油揚が<ruby><rb>陽炎</rb><rt>かげろう</rt></ruby>を軒に立てて、豆府のような白い雲が<ruby><rb>蒼空</rb><rt>あおぞら</rt></ruby>に舞っていた。

おかしな思出はそれぐらいで、白河近くなるにつれて、東京から来がけには、同じ処で<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>がふけて、やっぱりざんざ<ruby><rb>降</rb><rt>ぶり</rt></ruby>だった、雨の<ruby><rb>停車場</rb><rt>ステエション</rt></ruby>の出はずれに、薄ぼやけた、うどんの<ruby><rb>行燈</rb><rt>あんどう</rt></ruby>。雨脚も白く、<ruby><rb>真盛</rb><rt>まっさか</rt></ruby>りの<ruby><rb>卯</rb><rt>う</rt></ruby>の花が波を打って、すぐの<ruby><rb>田畝</rb><rt>たんぼ</rt></ruby>があたかも湖のように拡がって、<ruby><rb>蛙</rb><rt>かえる</rt></ruby>の声が流れていた。これあるがためか、と思ったまで、雨の白河は懐しい。都をば霞とともに出でしかど……一首を読むのに、あの<ruby><rb>洒落</rb><rt>しゃれ</rt></ruby>ものの坊さんが、頭を天日に<ruby><rb>曝</rb><rt>さら</rt></ruby>したというのを思出す……「意気な人だ。」とうっかり、あみ棚に預けた夏帽子の下で<ruby><rb>素頭</rb><rt>すこうべ</rt></ruby>を<ruby><rb>敲</rb><rt>たた</rt></ruby>くと、小県はひとりで<ruby><rb>浮</rb><rt>うっ</rt></ruby>かり笑った。ちょっと駅へ下りてみたくなったのだそうである。

そこで、はじめて気がついたと云うのでは、まことに礼を失するに当る。が、ふとこの城下を離れた、片原というのは、<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>の祖先の墳墓の地である。

海も山も、<ruby><rb>斉</rb><rt>ひと</rt></ruby>しく遠い。小県凡杯は――<ruby><rb>北国</rb><rt>ほっこく</rt></ruby>の産で、父も母もその処の土となった。が、曾祖、祖父、祖母、なおその一族が、それか、あらぬか、あの雲、あの土の下に眠った事を、昔話のように聞いていた。

――家は、もと<ruby><rb>川越</rb><rt>かわごえ</rt></ruby>の藩士である。御存じ……と申出るほどの事もあるまい。石州浜田六万四千石……船つきの<ruby><rb>湊</rb><rt>みなと</rt></ruby>を抱えて、内福の聞こえのあった松平<ruby><rb>某氏</rb><rt>なにがし</rt></ruby>が、<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>あって、ここの片原五万四千石、――<ruby><rb>遠僻</rb><rt>えんぺき</rt></ruby>の荒地に国がえとなった。後に再び川越に<ruby><rb>転封</rb><rt>てんぽう</rt></ruby>され、そのまま幕末に遭遇した、流転の間に落ちこぼれた一藩の人々の遺骨、<ruby><rb>残骸</rb><rt>ざんがい</rt></ruby>が、草に倒れているのである。

心ばかりの<ruby><rb>手向</rb><rt>たむけ</rt></ruby>をしよう。

<ruby><rb>不了簡</rb><rt>ふりょうけん</rt></ruby>な、凡杯も、ここで、本名の<ruby><rb>銑吉</rb><rt>せんきち</rt></ruby>となると、妙に心が<ruby><rb>更</rb><rt>あらた</rt></ruby>まる。<ruby><rb>煤</rb><rt>すす</rt></ruby>の<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>も洗おうし、土地の模様も聞こうし……で、駅前の旅館へ<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>った。

「姉さん、風呂には及ばないが、顔が洗いたい。<ruby><rb>手水</rb><rt>ちょうず</rt></ruby>……何、洗面所を教えておくれ。それから、<ruby><rb>午飯</rb><rt>おひる</rt></ruby>を頼む。ざっとでいい。」

二階座敷で、遅めの午飯を<ruby><rb>認</rb><rt>したた</rt></ruby>める間に、様子を聞くと、めざす場所――片原は、五里半、かれこれ六里遠い。――

鉄道はある、が地方のだし、大分時間が<ruby><rb>費</rb><rt>かか</rt></ruby>るらしい。

自動車の便はたやすく得られて、しかも、旅館の隣が自動車屋だと聞いたから、<ruby><rb>価値</rb><rt>ねだん</rt></ruby>を聞くと、思いのほか<ruby><rb>廉</rb><rt>れん</rt></ruby>であった。

「早速一台頼んでおくれ。……このちょっとしたものだが、荷物は預けて行きたいと思う。……成るべく、日暮までに帰って、すぐ東京へ立ちたいのだがね、時間の都合で遅くなったら一晩厄介になるとして――勘定はその時と――自動車は、ああ、成程隣りだ。では、世話なしだ、いや、お世話でした。」

<ruby><rb>表階子</rb><rt>おもてはしご</rt></ruby>を下りかけて、

「ねえさん。」

「へい。」

「片原に、おっこち……こいつ、棚から<ruby><rb>牡丹餅</rb><rt>ぼたもち</rt></ruby>ときこえるか。――恋人でもあったら<ruby><rb>言伝</rb><rt>ことづけ</rt></ruby>を頼まれようかね。」

「いやだ、知りましねえよ、そんげなこと。」

「ああ、自動車屋さん、御苦労です。ところで、料金だが、間違はあるまいね。」

「はい。」

と<ruby><rb>恭</rb><rt>うやうや</rt></ruby>しく帽を脱いだ、近頃は地方の方が夏帽になるのが早い。セルロイドの<ruby><rb>目金</rb><rt>めがね</rt></ruby>を掛けている。

「ええ、大割引で勉強をしとるです。で、その、ちょっとあらかじめ御諒解を得ておきたいのですが、お客様が<ruby><rb>小人数</rb><rt>こにんず</rt></ruby>で、車台が透いております場合は、途中、田舎道、あるいは農家から、便宜上、その同乗を求めらるる客人がありますと、御迷惑を願う事になっているのでありますが。」

「ははあ、そんな事だろうと思った。どうもお値段の<ruby><rb>塩梅</rb><rt>あんばい</rt></ruby>がね。」

女中も帳場も皆笑った。

ロイドめがねを<ruby><rb>真円</rb><rt>まんまる</rt></ruby>に、運転手は<ruby><rb>生真面目</rb><rt>きまじめ</rt></ruby>で、

「多分の料金をお支払いの上、お客様がですな、一人で買切っておいでになりましても、途中、その同乗を求むるものをたって謝絶いたしますと、独占的ブルジョアの横暴ででもありますかのように、階級意識を刺戟しまして――土地が狭いもんですから――われわれをはじめ、お客様にも、敵意を持たれますというと、何かにつけて、不便宜、不利益であります処から。……は。」

「分りました、ごもっともです。」

「ですが、沿道は、全く人通りが少いのでして、乗合といってもめったにはありません。からして、お客様には、事実、御利益になっておりますのでして。」

「いや、損をしても構いません。<ruby><rb>妙齢</rb><rt>としごろ</rt></ruby>の娘か、年増の<ruby><rb>別嬪</rb><rt>べっぴん</rt></ruby>だと、かえってこっちから願いたいよ。」

「……運転手さん、こちらはね、片原へ恋人に逢いにいらっしゃったんだそうですから。」

しっぺい返しに、女中にトンと背中を一つ、くらわされて、そのはずみに、ひょいと乗った。元来おもみのある客ではない。

「へい御機嫌よう……お早く、お帰りにどうぞ。」

番頭の愛想を聞流しに乗って出た。

<ruby><rb>惜</rb><rt>おし</rt></ruby>いかな、<ruby><rb>阿武隈</rb><rt>あぶくま</rt></ruby>川の川筋は通らなかった。が、県道へ<ruby><rb>掛</rb><rt>かか</rt></ruby>って、しばらくすると、道の左右は、一様に青葉して、<ruby><rb>梢</rb><rt>こずえ</rt></ruby>が深く、枝が茂った。一里ゆき、二里ゆき、三里ゆき、思いのほか、田畑も見えず、ほとんど森林地帯を<ruby><rb>馳</rb><rt>はし</rt></ruby>る。……

座席の青いのに、濃い緑が色を合わせて、日の光は、ちらちらと銀の蝶の形して、影も翼も薄青い。

<ruby><rb>人</rb><rt>じん</rt></ruby>、<ruby><rb>馬</rb><rt>ば</rt></ruby>、時々<ruby><rb>飛々</rb><rt>とびとび</rt></ruby>に数えるほどで、自動車の音は高く立ちながら、鳴く<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>はもとより、ともすると、驚いて飛ぶ鳥の羽音が聞こえた。

一二軒、また二三軒。山吹、さつきが、淡い<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>に、薄い黄に、その背戸、垣根に咲くのが、森の中の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>があけかかるように目に映ると、同時に、そこに言合せたごとく、人影が<ruby><rb>顕</rb><rt>あら</rt></ruby>われて、<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>に立ち、<ruby><rb>籬</rb><rt>まがき</rt></ruby>に立つ。

村人よ、里人よ。その姿の、<ruby><rb>轍</rb><rt>わだち</rt></ruby>の陰にかくれるのが、なごり<ruby><rb>惜</rb><rt>おし</rt></ruby>いほど、道は次第に寂しい。

宿に<ruby><rb>外套</rb><rt>がいとう</rt></ruby>を預けて来たのが、不用意だったと思うばかり、小県は、<ruby><rb>幾度</rb><rt>いくたび</rt></ruby>も襟を引合わせ、引合わせしたそうである。

この森の中を<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くような道は、起伏凹凸が少く、<ruby><rb>坦</rb><rt>たいら</rt></ruby>だった。がしかし、自動車の波動の自然に起るのが、波に揺らるるようで便りない。<ruby><rb>埃</rb><rt>ほこり</rt></ruby>も<ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>たず、雨のあとの<ruby><rb>樹立</rb><rt>こだち</rt></ruby>の下は、もちろん濡色が<ruby><rb>遥</rb><rt>はるか</rt></ruby>に通っていた。だから、<ruby><rb>偶</rb><rt>たま</rt></ruby>に行逢う人も、その村の家も、ただ漂々<ruby><rb>蕩々</rb><rt>とうとう</rt></ruby>として陰気な波に揺られて、あとへ、あとへ、漂って消えて<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くから、峠の<ruby><rb>上下</rb><rt>うえした</rt></ruby>、並木の往来で、ゆき迎え、また立顧みる、旅人同士とは品かわって、世をかえても再び相逢うすべのないような心細さが身に<ruby><rb>沁</rb><rt>し</rt></ruby>みたのであった。

かあ、かあ、かあ、かあ。

鈍くて、濁って、うら悲しく、明るいようで、もの陰気で。

「烏がなくなあ。」

「群れておるです。」

運転手は何を思ったか、口笛を高く吹いて、

「首くくりでもなけりゃいいが、道端の枝に……いやだな。」

うっかり緩めた<ruby><rb>把手</rb><rt>ハンドル</rt></ruby>に、<ruby><rb>衝</rb><rt>つ</rt></ruby>と動きを掛けた時である。ものの二三町は瞬く間だ。あたかもその距離の<ruby><rb>前途</rb><rt>ゆくて</rt></ruby>の右側に、<ruby><rb>真赤</rb><rt>まっか</rt></ruby>な人のなりがふらふらと<ruby><rb>立揚</rb><rt>たちあが</rt></ruby>った。天象、地気、草木、この時に当って、人事に属する、赤いものと言えば、読者は直ちに田舎娘の<ruby><rb>姨</rb><rt>おば</rt></ruby>見舞か、酌婦の<ruby><rb>道行振</rb><rt>みちゆきぶり</rt></ruby>を瞳に描かるるであろう。いや、いや、そうでない。

そこに、<ruby><rb>就中</rb><rt>なかんずく</rt></ruby>巨大なる杉の根に、揃って、<ruby><rb>踞</rb><rt>つくば</rt></ruby>っていて、いま一度に立揚ったのであるが、ちらりと見た時は、下草をぬいて燃ゆる<ruby><rb>躑躅</rb><rt>つつじ</rt></ruby>であろう――また人家がある、と<ruby><rb>可懐</rb><rt>なつか</rt></ruby>しかった。

自動車がハタと留まって、窓を赤く<ruby><rb>蔽</rb><rt>おお</rt></ruby>うまで、むくむくと<ruby><rb>人数</rb><rt>にんず</rt></ruby>が立ちはだかった時も、<ruby><rb>斉</rb><rt>ひと</rt></ruby>しく、躑躅の根から<ruby><rb>湧上</rb><rt>わきあが</rt></ruby>ったもののように思われた。五人――その四人は少年である。……とし十一二三ばかり。皆真赤なランニング<ruby><rb>襯衣</rb><rt>しゃつ</rt></ruby>で、赤い運動帽子を<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>っている。彼等を率いた頭目らしいのは、独り、年配五十にも余るであろう。脊の高い<ruby><rb>瘠男</rb><rt>やせおとこ</rt></ruby>の、おなじ毛糸の赤襯衣を着込んだのが、<ruby><rb>緋</rb><rt>ひ</rt></ruby>の<ruby><rb>法衣</rb><rt>ころも</rt></ruby>らしい、坊主袖の、ぶわぶわするのを上に<ruby><rb>絡</rb><rt>まと</rt></ruby>って、<ruby><rb>脛</rb><rt>すね</rt></ruby>を赤色の巻きゲエトル。赤革の靴を<ruby><rb>穿</rb><rt>は</rt></ruby>き、あまつさえ、リボンでも飾った<ruby><rb>状</rb><rt>さま</rt></ruby>に赤木綿の<ruby><rb>蔽</rb><rt>おおい</rt></ruby>を掛け、赤い<ruby><rb>切</rb><rt>きれ</rt></ruby>で、みしと包んだヘルメット帽を<ruby><rb>目深</rb><rt>まぶか</rt></ruby>に被った。……

<ruby><rb>頤骨</rb><rt>あごぼね</rt></ruby>が<ruby><rb>尖</rb><rt>とが</rt></ruby>り、頬がこけ、<ruby><rb>無性髯</rb><rt>ぶしょうひげ</rt></ruby>がざらざらと<ruby><rb>疎</rb><rt>あら</rt></ruby>く黄味を帯び、その<ruby><rb>蒼黒</rb><rt>あおぐろ</rt></ruby>い<ruby><rb>面色</rb><rt>かおいろ</rt></ruby>の、<ruby><rb>鈎鼻</rb><rt>かぎばな</rt></ruby>が尖って、ツンと<ruby><rb>隆</rb><rt>たか</rt></ruby>く、小鼻ばかり<ruby><rb>光沢</rb><rt>つや</rt></ruby>があって<ruby><rb>蝋色</rb><rt>ろういろ</rt></ruby>に白い。<ruby><rb>眦</rb><rt>まなじり</rt></ruby>が釣り、目が鋭く、血の筋が走って、そのヘルメット帽の深い下には、すべての形容について、角が生えていそうで不気味に見えた。

この頭目、<ruby><rb>赤色</rb><rt>せきしょく</rt></ruby>の指導者が、無遠慮に自動車へ入ろうとして、ぎろりと我が銑吉を<ruby><rb>視</rb><rt>み</rt></ruby>て、<ruby><rb>胸</rb><rt>むな</rt></ruby>さきで、ぎしと骨張った指を組んで合掌した……変だ。が、これが礼らしい。加うるに<ruby><rb>慇懃</rb><rt>いんぎん</rt></ruby>なる会釈だろう。けれども、この恭屈頂礼をされた方は――また勿論されるわけもないが――胸を<ruby><rb>引掻</rb><rt>ひっか</rt></ruby>いて、<ruby><rb>腸</rb><rt>はらわた</rt></ruby>でも<ruby><rb>毮</rb><rt>むし</rt></ruby>るのに、引導を渡されでもしたようで、腹へ風が<ruby><rb>徹</rb><rt>とお</rt></ruby>って、ぞッとした。

すなわち、手を挙げるでもなし、声を掛けるでもなし、運転手に向ってもまた合掌した。そこで車を留めたが、勿論、拝む癖に<ruby><rb>傲然</rb><rt>ごうぜん</rt></ruby>たる態度であったという。それもあとで聞いたので、小県がぞッとするまで、不思議に不快を感じたのも、赤い<ruby><rb>闖入者</rb><rt>ちんにゅうしゃ</rt></ruby>が、再び合掌して席へ着き、近々と顔を合せてからの事であった。樹から湧こうが、葉から降ろうが、四人の赤い子供を連れた、その意匠、右の趣向の、ちんどん屋……と奥筋でも<ruby><rb>称</rb><rt>とな</rt></ruby>うるかどうかは知らない、一種広告隊の、林道を<ruby><rb>穿</rb><rt>うが</rt></ruby>って、赤五点、赤長短、赤大小、点々として顕われたものであろう、と思ったと言うのである。

が、すぐその間違いが分った。客と、銑吉との間へ入って腰を掛けた、中でも、脊のひょろりと高い、色の白い美童だが、<ruby><rb>疳</rb><rt>かん</rt></ruby>の虫のせいであろう、……優しい眉と、細い目の、ぴりぴりと昆虫の触角のごとく絶えず動くのが、何の級に属するか分らない、折って畳んだ、猟銃の赤なめしの袋に包んだのを肩に<ruby><rb>斜</rb><rt>ななめ</rt></ruby>に掛けている。且つこれは、乗込もうとする車の外で、ほかの少年の手から受取って持替えたものであった。そうして、<ruby><rb>栗鼠</rb><rt>りす</rt></ruby>が（註、この篇の談者、小県凡杯は、兎のように、と云ったのであるが、兎は私が<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby>だから、栗鼠にしておく。）<ruby><rb>後脚</rb><rt>あとあし</rt></ruby>で飛ぶごとく、嬉しそうに、<ruby><rb>刎</rb><rt>は</rt></ruby>ねつつ飛込んで、腰を掛けても、その、ぴょん、が<ruby><rb>留</rb><rt>や</rt></ruby>まないではずんでいた。

――後に、四童、一老が、自動車を辞し去った時は、ずんぐりとして、それは熊のように、色の<ruby><rb>真黒</rb><rt>まっくろ</rt></ruby>な子供が、手がわりに銃を受取ると<ruby><rb>斉</rb><rt>ひと</rt></ruby>しく、むくむく、もこもこと、<ruby><rb>踊躍</rb><rt>ようやく</rt></ruby>して降りたのを思うと、一具の銃は、一行の名誉と、<ruby><rb>衿飾</rb><rt>きんしょく</rt></ruby>の、<ruby><rb>旗表</rb><rt>はたじるし</rt></ruby>であったらしい。

猟期は過ぎている。まさか、子供を使って、<ruby><rb>洋刀</rb><rt>ナイフ</rt></ruby>や空気銃の宣伝をするのではあるまい。

いずれ<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>があるであろう。

ロイドめがねの黒い柄を、耳の<ruby><rb>尖</rb><rt>さき</rt></ruby>に、？のように、振向いて運転手が、

「どちらですか。」

「ええ処で降りるんじゃ。」

と威圧するごとくに答えながら、双手を挙げて子供等を制した。栗鼠ばかりでない。あと三個も、補助席二脚へ<ruby><rb>揉合</rb><rt>もみあ</rt></ruby>って乗ると<ruby><rb>斉</rb><rt>ひと</rt></ruby>しく、肩を組む、頬を合わせる、耳を<ruby><rb>引張</rb><rt>ひっぱ</rt></ruby>る、<ruby><rb>真赤</rb><rt>まっか</rt></ruby>な<ruby><rb>洲浜形</rb><rt>すはまがた</rt></ruby>に、鳥打帽を押合って騒いでいたから。

<ruby><rb>戒</rb><rt>いましめ</rt></ruby>は顕われ、しつけは見えた。いまその一弾指のもとに、子供等は、ひっそりとして、エンジンの音<ruby><rb>立処</rb><rt>たちどころ</rt></ruby>に高く響くあるのみ。その<ruby><rb>静</rb><rt>しずか</rt></ruby>さは小県ただ一人の時よりも<ruby><rb>寂然</rb><rt>ひっそり</rt></ruby>とした。

なぜか息苦しい。

赤い客は<ruby><rb>咳</rb><rt>しわぶき</rt></ruby>一つしないのである。

小県は窓を開放って、<ruby><rb>立続</rb><rt>たてつ</rt></ruby>けて<ruby><rb>巻莨</rb><rt>まきたばこ</rt></ruby>を吹かした。

しかし、<ruby><rb>硝子</rb><rt>がらす</rt></ruby>を飛び、風に<ruby><rb>捲</rb><rt>ま</rt></ruby>いて、うしろざまに、緑林に<ruby><rb>靡</rb><rt>なび</rt></ruby>く煙は、我が<ruby><rb>単衣</rb><rt>ひとえ</rt></ruby>の紺のかすりになって散らずして、かえって<ruby><rb>一抹</rb><rt>いちまつ</rt></ruby>の<ruby><rb>赤気</rb><rt>せっき</rt></ruby>を<ruby><rb>孕</rb><rt>はら</rt></ruby>んで、異類異形に乱れたのである。

「きみ、きみ、まだなかなかかい。」

「屋根が見えるでしょう――白壁が見えました。」

「留まれ。」

その町の<ruby><rb>端頭</rb><rt>はずれ</rt></ruby>と思う、林道の入口の右側の角に当る……人は<ruby><rb>棲</rb><rt>す</rt></ruby>まぬらしい、<ruby><rb>壊屋</rb><rt>こわれや</rt></ruby>の横羽目に、<ruby><rb>乾草</rb><rt>ほしくさ</rt></ruby>、<ruby><rb>粗朶</rb><rt>そだ</rt></ruby>が<ruby><rb>堆</rb><rt>うずたか</rt></ruby>い。その上に、<ruby><rb>惜</rb><rt>おし</rt></ruby>むべし杉の<ruby><rb>酒林</rb><rt>さかばやし</rt></ruby>の落ちて転んだのが見える、<ruby><rb>傍</rb><rt>わき</rt></ruby>がすぐ空地の、草の上へ、赤い子供の四人が出て、きちんと並ぶと、緋の<ruby><rb>法衣</rb><rt>ころも</rt></ruby>の脊高が、枯れた杉の木の<ruby><rb>揺</rb><rt>ゆら</rt></ruby>ぐごとく、すくすくと通るに従って、一列に直って、裏の山へ、夏草の<ruby><rb>径</rb><rt>こみち</rt></ruby>を縫って<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く――この時だ。一番あとのずんぐり童子が、銃を<ruby><rb>荷</rb><rt>にな</rt></ruby>った嬉しさだろう、真赤な<ruby><rb>大</rb><rt>おおき</rt></ruby>な<ruby><rb>臀</rb><rt>しり</rt></ruby>を、むくむくと振って、肩で踊って、

「わあい。」

と馬鹿調子のどら声を放す。

ひょろ長い美少年が、

「おうい。」

と<ruby><rb>途轍</rb><rt>とてつ</rt></ruby>もない奇声を揚げた。

同時に、うしろ向きの赤い袖が<ruby><rb>飜</rb><rt>ひるがえ</rt></ruby>って、頭目は<ruby><rb>掌</rb><rt>てのひら</rt></ruby>を口に当てた、声を<ruby><rb>圧</rb><rt>おさ</rt></ruby>えたのではない、笛を含んだらしい。ヒュウ、ヒュウと響くと、たちまち<ruby><rb>静</rb><rt>しずか</rt></ruby>に、粛々として続いて<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く。

すぐに、山の根に取着いた。が草深い雑木の根を、縦に貫く一列は、<ruby><rb>殿</rb><rt>しんがり</rt></ruby>の尾の、ずんぐり、ぶつりとした<ruby><rb>大赤楝蛇</rb><rt>おおやまかがし</rt></ruby>が<ruby><rb>畝</rb><rt>うね</rt></ruby>るようで、あのヘルメットが鎌首によく似ている。

見る間に、山腹の<ruby><rb>真黒</rb><rt>まっくろ</rt></ruby>な<ruby><rb>一叢</rb><rt>ひとむら</rt></ruby>の<ruby><rb>竹藪</rb><rt>たけやぶ</rt></ruby>を<ruby><rb>潜</rb><rt>くぐ</rt></ruby>って隠れた時、

「やーい。」

「おーい。」

ヒュウ、ヒュウと<ruby><rb>幽</rb><rt>かすか</rt></ruby>に聞こえた。なぜか、その笛に魅せられて、少年等が、別の世、別の都、別の町、あやしきかくれ里へ<ruby><rb>攫</rb><rt>さら</rt></ruby>われて<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>きそうで、悪酒に酔ったように、凡杯の胸は<ruby><rb>塞</rb><rt>ふさが</rt></ruby>った。

自動車たるべきものが、スピイドを何とした。

<ruby><rb>茫然</rb><rt>ぼうぜん</rt></ruby>とした<ruby><rb>状</rb><rt>さま</rt></ruby>して、運転手が、汚れた手袋の指の破れたのを<ruby><rb>凝</rb><rt>じっ</rt></ruby>と<ruby><rb>視</rb><rt>み</rt></ruby>ている。――掌に、銀貨が五六枚、キラキラと光ったのであった。

「――お爺さん、何だろうね。」

「…………」

「私も、運転手も、現に見たんだが。」

「さればなす……」

と、爺さんは、<ruby><rb>粉煙草</rb><rt>こなたばこ</rt></ruby>を、三度ばかりに火皿の大きなのに<ruby><rb>撮</rb><rt>つま</rt></ruby>み入れた。

……根太の抜けた、荒寺の<ruby><rb>庫裡</rb><rt>くり</rt></ruby>に、炉の縁で。……

三

<ruby><rb>西明寺</rb><rt>さいみょうじ</rt></ruby>――もとこの寺は、松平氏が旧領石州から奉搬の伝来で、土地の町村に<ruby><rb>檀家</rb><rt>だんか</rt></ruby>がない。従って盆暮のつけ届け、早い話がおとむらい一つない。<ruby><rb>如法</rb><rt>にょほう</rt></ruby>の貧地で、堂も庫裡も荒れ放題。いずれ旧藩中ばかりの石碑だが、<ruby><rb>苔</rb><rt>こけ</rt></ruby>を<ruby><rb>剥</rb><rt>む</rt></ruby>かねば、紋も分らぬ。その墓地の図面と、過去帳は、和尚が大切にしているが、あいにく留守。……

墓参のよしを聴いて爺さんが言ったのである。

「ほか寺の仏事の手伝いやら<ruby><rb>托鉢</rb><rt>たくはつ</rt></ruby>やらで、こちとら同様、細い煙を立てていなさるでなす。」

あいにく留守だが、そこは雲水、風の加減で、ふわりと帰る事もあろう。

「まあ一服さっせえまし、和尚様とは親類づきあい、渋茶をいれて進ぜますで。」

とにかく、いい人に逢った。爺さんは、旧藩士ででもあんなさるかと聞くと、

「孫八とこいて、いやはや、若い時から、やくざでがしての。縁は異なもの、はッはッはッ。お前様、<ruby><rb>曾祖父様</rb><rt>ひいじいさま</rt></ruby>や、祖父様の背戸畑で、落穂を拾った事もあんべい。――<ruby><rb>鼠棚</rb><rt>ねずみだな</rt></ruby>捜いて麦こがしでも進ぜますだ。」

ともなわれて庫裡に<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>る――奥州片原の土地の名も、この荒寺では、鼠棚がふさわしい。いたずらものが勝手に<ruby><rb>出入</rb><rt>ではい</rt></ruby>りをしそうな虫くい棚の上に、さっきから古木魚が一つあった。音も、形も<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>のものだが、仏具だから、俗家の小県は幼いいたずら時にもまだ持って見たことがない。手頃なのは大抵想像は付くけれども、かこみほとんど二尺、これだけの大きさだと、どのくらい<ruby><rb>重量</rb><rt>めかた</rt></ruby>があろうか。普通は、本堂に、<ruby><rb>香華</rb><rt>こうげ</rt></ruby>の花と、香の<ruby><rb>匂</rb><rt>におい</rt></ruby>と明滅する処に、<ruby><rb>章魚</rb><rt>たこ</rt></ruby><ruby><rb>胡坐</rb><rt>あぐら</rt></ruby>で構えていて、おどかして言えば、海坊主の坐禅のごとし。……辻の地蔵尊の<ruby><rb>涎掛</rb><rt>よだれかけ</rt></ruby>をはぎ合わせたような<ruby><rb>蒲団</rb><rt>ふとん</rt></ruby>が敷いてある。ところを、大木魚の下に、ヒヤリと目に涼しい、薄色の、一目見て<ruby><rb>紛</rb><rt>まが</rt></ruby>う方なき女持ちの<ruby><rb>提紙入</rb><rt>ハンドバック</rt></ruby>で。白い<ruby><rb>桔梗</rb><rt>ききょう</rt></ruby>と、<ruby><rb>水紅色</rb><rt>ときいろ</rt></ruby>の<ruby><rb>常夏</rb><rt>とこなつ</rt></ruby>、と思ったのが、その<ruby><rb>二色</rb><rt>ふたいろ</rt></ruby>の、花の鉄線かずらを<ruby><rb>刺繍</rb><rt>ししゅう</rt></ruby>した、銀座むきの至極当世な持もので、花はきりりとしているが、葉も<ruby><rb>蔓</rb><rt>つる</rt></ruby>も弱々しく、中のものも角ばらず、なよなよと、木魚の下すべりに、優しい女の、帯の端を引伏せられたように見えるのであった。

はじめ小県が、ここの崖を、墓地へ下りる以前に、寺の庫裡を<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>いた時、<ruby><rb>人気</rb><rt>ひとけ</rt></ruby>も、火の気もない、炉の<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>に一段高く破れ落ちた壁の穴の前に、この帯らしいものを見つけて、うつくしい女の、その腰は、袖は、あらわな白い肩は、壁外に<ruby><rb>逆</rb><rt>さかさ</rt></ruby>になって、<ruby><rb>蜘蛛</rb><rt>くも</rt></ruby>の巣がらみに、<ruby><rb>蒼白</rb><rt>あおじろ</rt></ruby>くくくられてでもいそうに思った。

瞬間の幻視である。<ruby><rb>手提</rb><rt>てさげ</rt></ruby>はすぐ分った。が、この荒寺、思いのほか、陰寂な<ruby><rb>無人</rb><rt>ぶじん</rt></ruby>の<ruby><rb>僻地</rb><rt>へきち</rt></ruby>で――頼もう――を我が耳で聞返したほどであったから。……

私の隣の松さんは、熊野へ参ると、髪<ruby><rb>結</rb><rt>ゆ</rt></ruby>うて、

熊野の道で日が暮れて、

あと見りゃ<ruby><rb>怖</rb><rt>おそろ</rt></ruby>しい、先見りゃこわい。

先の河原で宿取ろか、跡の河原で宿取ろか。

さきの河原で宿取って、<ruby><rb>鯰</rb><rt>なまず</rt></ruby>が出て、押えて、

手で取りゃ可愛いし、足で取りゃ可愛いし、

<ruby><rb>杓子</rb><rt>しゃくし</rt></ruby>ですくうて、<ruby><rb>線香</rb><rt>せんこ</rt></ruby>で<ruby><rb>担</rb><rt>にな</rt></ruby>って、燈心で<ruby><rb>括</rb><rt>くく</rt></ruby>って、

仏様のうしろで、<ruby><rb>一切</rb><rt>ひときれ</rt></ruby>食や、うまし、二切食や、うまし……

紀州の<ruby><rb>毬唄</rb><rt>まりうた</rt></ruby>で、隠微な<ruby><rb>残虐</rb><rt>ざんぎゃく</rt></ruby>の暗示がある。むかし、熊野<ruby><rb>詣</rb><rt>もうで</rt></ruby>の山道に行暮れて、古寺に宿を借りた、若い娘が燈心で括って線香で担って、鯰を食べたのではない。鯰の方が若い娘を、……あとは言わずとも<ruby><rb>可</rb><rt>よ</rt></ruby>かろう。例証は、遠く、今昔物語、詣鳥部寺女の<ruby><rb>語</rb><rt>はなし</rt></ruby>にある、と小県はかねて聞いていた。

紀州を尋ねるまでもなかろう。

……今年はじめて花見に出たら、寺の和尚に抱きとめられて、

高い縁から突落されて、<ruby><rb>笄</rb><rt>こうがい</rt></ruby>落し、<ruby><rb>小枕</rb><rt>こまくら</rt></ruby>落し……

古寺の光景は、異様な衝動で<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>を打った。

普通、草双紙なり、読本なり、現代一種の伝奇においても、かかる場合には、たまたま<ruby><rb>来</rb><rt>きた</rt></ruby>って、<ruby><rb>騎士</rb><rt>ナイト</rt></ruby>がかの女を救うべきである。が、こしらえものより毬唄の方が、現実を<ruby><rb>曝露</rb><rt>ばくろ</rt></ruby>して、――女は<ruby><rb>速</rb><rt>すみやか</rt></ruby>に<ruby><rb>虐</rb><rt>しえた</rt></ruby>げられているらしい。

同時に、<ruby><rb>愛惜</rb><rt>あいじゃく</rt></ruby>の念に堪えない。ものあわれな女が、一切食われ一切食われ、木魚に<ruby><rb>圧</rb><rt>おさ</rt></ruby>え<ruby><rb>挫</rb><rt>ひし</rt></ruby>がれた、……その手提に見入っていたが、腹のすいた<ruby><rb>狼</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>のように庫裡へ首を<ruby><rb>突込</rb><rt>つっこ</rt></ruby>んでいて<ruby><rb>可</rb><rt>い</rt></ruby>いものか。何となく、心ゆかしに持っていた<ruby><rb>折鞄</rb><rt>おりかばん</rt></ruby>を、縁側ずれに炉の方へ押入れた。それから、卵塔の草を分けたのであった。――一つは、鞄を提げて<ruby><rb>墓詣</rb><rt>はかまいり</rt></ruby>をするのは、事務を扱うようで気がさしたからであった。

今もある。……木魚の下に、そのままの涼しい夏草と、ちょろはげの鞄とを<ruby><rb>見較</rb><rt>みくら</rt></ruby>べながら、

「――またその何ですよ。……待っていられては<ruby><rb>気忙</rb><rt>きぜわ</rt></ruby>しいから、帰りは帰りとして、自然、それまでに<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>の客がなかったらお世話になろう。――どうせ<ruby><rb>隙</rb><rt>ひま</rt></ruby>だからいつまでも待とうと云うのを――そういってね、<ruby><rb>一旦</rb><rt>いったん</rt></ruby>運転手に分れた――こっちの町<ruby><rb>尽頭</rb><rt>はずれ</rt></ruby>の、茶店……<ruby><rb>酒場</rb><rt>バア</rt></ruby>か。……ざっとまあ、<ruby><rb>饂飩屋</rb><rt>うどんや</rt></ruby>だ。それからは、見た目にも道わるで、無理に自動車を通した処で、<ruby><rb>歩行</rb><rt>ある</rt></ruby>くより難儀らしいから下りたんですがね――<ruby><rb>饂飩酒場</rb><rt>うどんバア</rt></ruby>の女給も、<ruby><rb>女房</rb><rt>かみ</rt></ruby>さんらしいのも――その赤い一行は、さあ、何だか分らない、と言う。しかし、お小姓に、太刀のように鉄砲を持たしていれば、大将様だ。大方、魔ものか、変化にでも<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>に<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くのだろう、と言うんです。

魔ものだの、変化だのに、挨拶は変だ、と思ったが、あとで気がつくと、女<ruby><rb>連</rb><rt>れん</rt></ruby>は、うわさのある怪しいことに、恐しく<ruby><rb>怯</rb><rt>おび</rt></ruby>えていて、陰でも、<ruby><rb>退治</rb><rt>たいじ</rt></ruby>るの、<ruby><rb>生捉</rb><rt>いけど</rt></ruby>るのとは言い<ruby><rb>憚</rb><rt>はばか</rt></ruby>ったものらしい。がまあ、この辺にそんなものが居るのかね。……運転手は笑っていたが、私は真面目さ。何でも、この山奥に大沼というのがある？……ありますか、お爺さん。」

「あるだ。」

その時、この気軽そうな爺さんが、重たく点頭した。

「……阿武隈川が近いによって、阿武沼と、<ruby><rb>勿体</rb><rt>もったい</rt></ruby>つけるで、国々で名高い、湖や、潟ほど、大いなものではねえだがなす、むかしから、それを<ruby><rb>逢魔沼</rb><rt>おうまぬま</rt></ruby>と云うほどでの、樹木が<ruby><rb>森々</rb><rt>しんしん</rt></ruby>として<ruby><rb>凄</rb><rt>すご</rt></ruby>いでや、めったに人が行がねえもんだで、山奥々々というだがね。」

と額を暗く<ruby><rb>俯向</rb><rt>うつむ</rt></ruby>いた。が、<ruby><rb>煙管</rb><rt>きせる</rt></ruby>を落して、門――いや、門も何もない、前通りの草の<ruby><rb>径</rb><rt>こみち</rt></ruby>を、向うの原越しに、<ruby><rb>差覗</rb><rt>さしのぞ</rt></ruby>くがごとく、指をさし、

「あの山を一つ<ruby><rb>背後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>へ越した処だで、<ruby><rb>沢山</rb><rt>たんと</rt></ruby>遠い処ではねえが。」

と言う。

その向う山の頂に、杉<ruby><rb>檜</rb><rt>ひのき</rt></ruby>の森に包まれた、堂、<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>らしい一地がある。

「……途中でも、気が着いたが。」

水の影でも映りそうに、その空なる<ruby><rb>樹</rb><rt>こ</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>は水色に澄んで青い。

「沼は、あの奥に当るのかね。」

「えへい、まあ、その辺の見当ずら。」

と、掌をもじゃもじゃと振るのが、枯葉が乱れて、その頂の森を<ruby><rb>掻乱</rb><rt>かきみだ</rt></ruby>すように見え、

「何かね、その赤い化もの……」

「赤いのが化けものじゃあない――お爺さん。」

「はあ、そうけえ。」

と妙に気の抜けた返事をする。

「……だから、私が――じゃあ、その阿武沼、逢魔沼か。そこへ、あの連中は行ったんだろうか、沼には変った……何か、<ruby><rb>可恐</rb><rt>おそろし</rt></ruby>い、<ruby><rb>可怪</rb><rt>あやし</rt></ruby>い事でもあるのかね。饂飩酒場の女房が、いいえ、沼には牛鬼が居るとも、<ruby><rb>大蛇</rb><rt>おろち</rt></ruby>が出るとも、そんな<ruby><rb>風説</rb><rt>うわさ</rt></ruby>は近頃では聞きませんが、いやな事は、このさきの街道――<ruby><rb>畷</rb><rt>なわて</rt></ruby>の中にあった、というんだよ。寺の前を通る道は、古い水戸街道なんだそうだね。」

「はあ、そうでなす。」

「ぬかるみを目の前にして……さあ、出掛けよう。で、ここへ私が来る道だ。何が出ようとこの<ruby><rb>真昼間</rb><rt>まっぴるま</rt></ruby>、気にはしないが、もの好きに、どんな<ruby><rb>可恐</rb><rt>おそろし</rt></ruby>い事があったと聞くと、女給と顔を見合わせてね、<ruby><rb>旦那</rb><rt>だんな</rt></ruby>、殿方には何でもないよ。アハハハと笑って、陽気に<ruby><rb>怯</rb><rt>おど</rt></ruby>かす……その、その辺を女が通ると、ひとりでに<ruby><rb>押孕</rb><rt>おっぱら</rt></ruby>む……」

「馬鹿あこけ、あいつ等。」

と額にびくびくと<ruby><rb>皺</rb><rt>しわ</rt></ruby>を刻み、<ruby><rb>痩腕</rb><rt>やせうで</rt></ruby>を<ruby><rb>突張</rb><rt>つっぱ</rt></ruby>って、爺は、彫刻のように堅くなったが、

「あッはッはッ。」

<ruby><rb>唐突</rb><rt>だしぬけ</rt></ruby>に笑出した。

「あッはッはッ。」

たちまち口にふたをして、

「ここは噴出す処でねえ。麦こがしが<ruby><rb>消飛</rb><rt>けしと</rt></ruby>ぶでや、お前様もやらっせえ、和尚様の塩加減が出来とるで。」

欠茶碗にもりつけた麦こがしを、しきりに<ruby><rb>前刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>から、たばせた。が、<ruby><rb>匙</rb><rt>さじ</rt></ruby>は<ruby><rb>附木</rb><rt>つけぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>燃</rb><rt>もえ</rt></ruby>さしである。

「ええ<ruby><rb>塩梅</rb><rt>あんばい</rt></ruby>だ。さあ、やらっせえ、さ。」

<ruby><rb>掻</rb><rt>か</rt></ruby>い候え、と言うのである。これを思うと、木曾殿の、掻食わせた<ruby><rb>無塩</rb><rt>ぶえん</rt></ruby>の<ruby><rb>平茸</rb><rt>ひらたけ</rt></ruby>は、<ruby><rb>碧澗</rb><rt>へきかん</rt></ruby>の<ruby><rb>羹</rb><rt>あつもの</rt></ruby>であろう。が、爺さんの<ruby><rb>竈禿</rb><rt>くどはげ</rt></ruby>の<ruby><rb>針白髪</rb><rt>はりしらが</rt></ruby>は、阿倍の遺臣の<ruby><rb>概</rb><rt>がい</rt></ruby>があった。

「お前様の前だがの、女が通ると、ひとりで孕むなぞと、うそにも女の身になったらどうだんべいなす、聞かねえ分で居さっせえまし。優しげな、<ruby><rb>情合</rb><rt>じょうあい</rt></ruby>の深い、旦那、お前様だ。」

「いや、恥かしい、情があるの、何のと言って。墓詣りは、誰でもする。」

「いや、そればかりではねえ。――知っとるだ。お前様は人間扱いに、畜類にものを言わしったろ。」

「畜類に。」

「おお、<ruby><rb>鷺</rb><rt>さぎ</rt></ruby>によ。」

「鷺に。」

「白鷺に。<ruby><rb>畷</rb><rt>なわて</rt></ruby>さ来る途中でよ。」

「ああ、知ってるのかい、それはどうも。」

四

――きみ、きみ――

白鷺に向って声を掛けた。

「人に聞かれたのでは<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>りが悪いね……」

西明寺を志して来る途中、一処、道端の低い<ruby><rb>畝</rb><rt>あぜ</rt></ruby>に、<ruby><rb>一叢</rb><rt>ひとむら</rt></ruby>の<ruby><rb>緋牡丹</rb><rt>ひぼたん</rt></ruby>が、薄曇る日に燃ゆるがごとく、二輪咲いて、枝の<ruby><rb>莟</rb><rt>つぼみ</rt></ruby>の、<ruby><rb>撓</rb><rt>たわわ</rt></ruby>なのを見た。――奥路に名高い、例の須賀川の牡丹園の花の香が風に伝わるせいかも知れない、汽車から<ruby><rb>視</rb><rt>なが</rt></ruby>める、目の下に近い、<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>、背戸、垣根。遠くは<ruby><rb>山裾</rb><rt>やますそ</rt></ruby>にかくれてた<ruby><rb>茅屋</rb><rt>かやや</rt></ruby>にも、咲昇る<ruby><rb>葵</rb><rt>あおい</rt></ruby>を<ruby><rb>凌</rb><rt>しの</rt></ruby>いで牡丹を高く見たのであった。が、こんなに心易い処に咲いたのには逢わなかった。またどこにもあるまい。細竹一節の<ruby><rb>囲</rb><rt>かこい</rt></ruby>もない、酔える<ruby><rb>艶婦</rb><rt>えんぷ</rt></ruby>の裸身である。

旅の袖を、直ちに蝶の翼に開いて――狐が<ruby><rb>憑</rb><rt>つ</rt></ruby>いたと人さえ見なければ――もっとも<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>に人影もなかったが――ふわりと飛んで、花を吸おうとも、莟を抱こうとも、心のままに思われた。

それだのに、十歩……いや、もっと十間ばかり隔たった処に、銑吉が<ruby><rb>立停</rb><rt>たちど</rt></ruby>まったのは、花の莟を、<ruby><rb>蓑毛</rb><rt>みのけ</rt></ruby>に<ruby><rb>被</rb><rt>かつ</rt></ruby>いだ、舞の<ruby><rb>烏帽子</rb><rt>えぼし</rt></ruby>のように<ruby><rb>翳</rb><rt>かざ</rt></ruby>して、葉の裏すく水の影に、白鷺が一羽、<ruby><rb>婀娜</rb><rt>あだ</rt></ruby>に、すっきりと羽を休めていたからである。

ここに一筋の小川が流れる。三尺ばかり、細いが水は清く澄み、瀬は立ちながら、悠揚として、さらさらと聞くほどの音もしない。<ruby><rb>山入</rb><rt>やまいり</rt></ruby>の水源は深く沈んだ<ruby><rb>池沼</rb><rt>ちしょう</rt></ruby>であろう。湖と言い、滝と聞けば、末の<ruby><rb>流</rb><rt>ながれ</rt></ruby>のかくまで<ruby><rb>静</rb><rt>しずか</rt></ruby>なことはあるまいと思う。たとい地理にしていかなりとも。

――松島の道では、<ruby><rb>鼓草</rb><rt>たんぽぽ</rt></ruby>をつむ道草をも、溝を<ruby><rb>跨</rb><rt>また</rt></ruby>いで越えたと思う。ここの水は、牡丹の<ruby><rb>叢</rb><rt>むら</rt></ruby>のうしろを流れて、山の根に添って荒れた麦畑の前を行き、一方は、<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>ぐむ<ruby><rb>蘆</rb><rt>あし</rt></ruby>、茅の芽の漂う水田であった。

道を挟んで、牡丹と相向う処に、<ruby><rb>亜鉛</rb><rt>トタン</rt></ruby>と<ruby><rb>柿</rb><rt>こけら</rt></ruby>の継はぎなのが、ともに腐れ、屋根が落ち、柱の倒れた、以前掛茶屋か、<ruby><rb>中食</rb><rt>ちゅうじき</rt></ruby>であったらしい伏屋の<ruby><rb>残骸</rb><rt>ざんがい</rt></ruby>が、<ruby><rb>蓬</rb><rt>よもぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>裡</rb><rt>なか</rt></ruby>にのめっていた。あるいは、足休めの客の愛想に、道の<ruby><rb>対</rb><rt>むこ</rt></ruby>う側を花畑にしていたものかも知れない。流転のあとと、栄花の夢、軒は枯骨のごとく朽ちて、牡丹の<ruby><rb>膚</rb><rt>はだ</rt></ruby>は鮮紅である。

<ruby><rb>古蓑</rb><rt>ふるみの</rt></ruby>が<ruby><rb>案山子</rb><rt>かかし</rt></ruby>になれば、茶店の骸骨も花守をしていよう。煙は立たぬが、根太を埋めた夏草の露は乾かぬ。その草の中を、あたかも、ひらひら、と、ものの<ruby><rb>現</rb><rt>うつつ</rt></ruby>のように、いま生れたらしい<ruby><rb>蜻蛉</rb><rt>とんぼ</rt></ruby>が、<ruby><rb>群青</rb><rt>ぐんじょう</rt></ruby>の絹糸に、<ruby><rb>薄浅葱</rb><rt>うすあさぎ</rt></ruby>の結び玉を目にして、綾の<ruby><rb>白銀</rb><rt>しろがね</rt></ruby>の<ruby><rb>羅</rb><rt>うすもの</rt></ruby>を翼に縫い、ひらひら、と<ruby><rb>流</rb><rt>ながれ</rt></ruby>の方へ、葉うつりを低くして、牡丹に誘われたように、道を伝った。

またあまりに<ruby><rb>儚</rb><rt>はかな</rt></ruby>い。土に映る影もない。が、その影でさえ、触ったら、毒気でたちまち落ちたろう。――<ruby><rb>畷道</rb><rt>なわてみち</rt></ruby>の<ruby><rb>真中</rb><rt>まんなか</rt></ruby>に、別に、<ruby><rb>凄</rb><rt>すさま</rt></ruby>じい虫が居た。

しかも、こっちを、銑吉の方を向いて、<ruby><rb>髯</rb><rt>ひげ</rt></ruby>をぴちぴちと動かす。一疋七八分にして、<ruby><rb>躯</rb><rt>み</rt></ruby>は寸に足りない。けれども、羽に<ruby><rb>碧緑</rb><rt>あおみどり</rt></ruby>の<ruby><rb>艶</rb><rt>つや</rt></ruby>濃く、赤と黄の<ruby><rb>斑</rb><rt>ふ</rt></ruby>を飾って、腹に光のある虫だから、留った土が<ruby><rb>砥</rb><rt>と</rt></ruby>になって、磨いたように<ruby><rb>燦然</rb><rt>さんぜん</rt></ruby>とする。<ruby><rb>葛上亭長</rb><rt>まめ</rt></ruby>、<ruby><rb>芫青</rb><rt>あお</rt></ruby>、<ruby><rb>地胆</rb><rt>つち</rt></ruby>、三種合わせた、猛毒、<ruby><rb>膚</rb><rt>はだえ</rt></ruby>に<ruby><rb>粟</rb><rt>あわ</rt></ruby>すべき<ruby><rb>斑蝥</rb><rt>はんみょう</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>の、最も普通な、みちおしえ、魔の<ruby><rb>憑</rb><rt>つ</rt></ruby>いた宝石のように、<ruby><rb>炫燿</rb><rt>ぎらぎら</rt></ruby>と招いていた。

「――こっちを襲って来るのではない。そこは自然の配剤だね。人が進めば、ひょいと五六尺<ruby><rb>退</rb><rt>しさ</rt></ruby>って、そこで、また、おいでおいでをしているんだ。碧緑赤黄の色で誘うのか知らん。」

蜻蛉では勿論ない。それを狙っているらしい。白鷺が、翼を開くまでもなかった。牡丹の花の影を、きれいな水から、すっと出て、斑蝥の前へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くと思うと、約束通り、<ruby><rb>前途</rb><rt>むこう</rt></ruby>へ<ruby><rb>退</rb><rt>さが</rt></ruby>った。人間に対すると、その挙動は<ruby><rb>同一</rb><rt>おんなじ</rt></ruby>らしい。……白鷺が再び、すっと進む。

あの<ruby><rb>歩</rb><rt>あし</rt></ruby>の運びは、<ruby><rb>小股</rb><rt>こまた</rt></ruby>がきれて、意気に見える。斑蝥は、また飛びしさった。白鷺が道の中を。……

――きみ、――きみ――

「うっかり声を出して呼んだんだよ、つい。……毒虫だ、大毒だ。きみ、<ruby><rb>哺</rb><rt>くわ</rt></ruby>えてはいけないと。あの毒は大変です、その卵のくッついた野菜を食べると、血を吐いて即死だそうだ。

現に、私がね、ただ、触られてかぶれたばかりだが。

<ruby><rb>北国</rb><rt>ほっこく</rt></ruby>の秋の祭――十月です。半ば頃、その祭に呼ばれて親類へ行った。

<ruby><rb>白山宮</rb><rt>はくさんぐう</rt></ruby>の境内、大きな<ruby><rb>手水鉢</rb><rt>ちょうずばち</rt></ruby>のわきで、人ごみの中だったが、山の方から、<ruby><rb>颯</rb><rt>さっ</rt></ruby>と虫が来て頬へとまった。指のさきで払い落したあとが、むずむずと<ruby><rb>痒</rb><rt>かゆ</rt></ruby>いんだね。

<ruby><rb>御手洗</rb><rt>みたらし</rt></ruby>は清くて冷い、すぐ洗えばだったけれども、神様の助けです。手も清め、口もそそぐ。……あの手をいきなり<ruby><rb>突込</rb><rt>つっこ</rt></ruby>んだらどのくらい人を<ruby><rb>損</rb><rt>そこな</rt></ruby>ったろう。――たとい殺さないまでもと思うと、今でも身の毛が立つほどだ。ほてって、顔が二つになったほど幅ったく重い。やあ、<ruby><rb>獅子</rb><rt>しし</rt></ruby>のような<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>だ、鬼の<ruby><rb>面</rb><rt>めん</rt></ruby>だ、と<ruby><rb>小児</rb><rt>こども</rt></ruby>たちに<ruby><rb>囃</rb><rt>はや</rt></ruby>されて、泣いたり怒ったり。それでも遊びにほうけていると、清らかな、上品な、お<ruby><rb>神巫</rb><rt>みこ</rt></ruby>かと思う、色の白い、<ruby><rb>紅</rb><rt>もみ</rt></ruby>の<ruby><rb>袴</rb><rt>はかま</rt></ruby>のお嬢さんが、祭の露店に売っている……<ruby><rb>山葡萄</rb><rt>やまぶどう</rt></ruby>の、黒いほどな紫の実を下すって――お帰んなさい、水で冷すのですよ。

――で、駆戻ると、さきの親類では<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びっくり</rt></ruby>して、頭を冷して寝かしたんだがね。客が揃って、おやじ……私の父が来たので、<ruby><rb>御馳走</rb><rt>ごちそう</rt></ruby>の<ruby><rb>膳</rb><rt>ぜん</rt></ruby>の並んだ隣へ出て坐った処、そこらを<ruby><rb>視</rb><rt>み</rt></ruby>て、しばらくして、内の小僧は？……と聞くんだね。袖の中の子が分らないほど、<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>が鬼になっていたんです。おやじの顔色が変ると、私も泣出した。あとをよくは覚えていないんだが、その山葡萄を<ruby><rb>雫</rb><rt>しずく</rt></ruby>にして、塗ったり吸ったりして無事に治った……虫は斑蝥だった事はいうまでもないのです。」

「何と、はあ、おっかねえもんだ、なす。知らねえ虫じゃねえでがすが、……もっとも、あの、みちおしえは、誰も触らねえ事にしてあるにはあるだよ。」

「だから、つい、声も掛けようではないか。」

「鷺の鳥はどうしただね。」

「お爺さん、それは見ていなかったかい。」

「なまけもんだ、陽気のよさに、あとはすぐとろとろだ。あの<ruby><rb>潰屋</rb><rt>つぶれや</rt></ruby>の陰に寝ころばっておったもんだでの。」

白鷺はやがて羽を開いた。飛ぶと、宙を<ruby><rb>翔</rb><rt>かけ</rt></ruby>る威力には、とび<ruby><rb>退</rb><rt>しさ</rt></ruby>る虫が<ruby><rb>嘴</rb><rt>くちばし</rt></ruby>に消えた。雪の<ruby><rb>蓑毛</rb><rt>みのけ</rt></ruby>を<ruby><rb>爽</rb><rt>さわやか</rt></ruby>に、もとの<ruby><rb>流</rb><rt>ながれ</rt></ruby>の上に帰ったのは、あと口に水を含んだのであろうも知れない。<ruby><rb>諸羽</rb><rt>もろはね</rt></ruby>を<ruby><rb>搏</rb><rt>う</rt></ruby>つと、ひらりと舞上る時、緋牡丹の花の影が、雪の<ruby><rb>頸</rb><rt>うなじ</rt></ruby>に、ぼっと<ruby><rb>沁</rb><rt>し</rt></ruby>みて<ruby><rb>薄紅</rb><rt>うすくれない</rt></ruby>がさした。そのまま山の<ruby><rb>端</rb><rt>は</rt></ruby>を、高く森の<ruby><rb>梢</rb><rt>こずえ</rt></ruby>にかくれたのであった。

「あの様子では<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に呑んだよ、どうも<ruby><rb>殺</rb><rt>や</rt></ruby>られたろうと思うがね。」

<ruby><rb>爺</rb><rt>じい</rt></ruby>は<ruby><rb>股引</rb><rt>ももひき</rt></ruby>の膝を居直って、自信がありそうに云った。

「うんや、鳥は<ruby><rb>悧巧</rb><rt>りこう</rt></ruby>だで。」

「悧巧な鳥でも、殺生石には<ruby><rb>斃</rb><rt>おち</rt></ruby>るじゃないか。」

「うんや、大丈夫でがすべよ。」

「が、見る見るあの白い<ruby><rb>咽喉</rb><rt>のど</rt></ruby>の赤くなったのが<ruby><rb>可恐</rb><rt>おそろし</rt></ruby>いよ。」

「とろりと<ruby><rb>旨</rb><rt>うま</rt></ruby>いと酔うがなす。」

にたにたと笑いながら、

「麦こがしでは駄目だがなす。」

「しかし……」

「お前様、それにの、鷺はの、明神様のおつかわしめだよ、白鷺明神というだでね。」

「ああ、そうか、あの向うの山のお堂だね。」

「余り人の<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く処でねえでね。道も大儀だ。」

と、なぜか中を隔てるように、さし<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>く小県の目の前で、頭を振った。

明神の森というと――あの白鷺はその梢へ飛んだ――なぜか爺が、まだ<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>も詣でようとも言わぬものを、悪く遮りだてするらしいのに、反感を持つとまでもなかったけれども、すぐにも出掛けたい気が起った。黒塚の<ruby><rb>婆</rb><rt>ばば</rt></ruby>の納戸で、<ruby><rb>止</rb><rt>や</rt></ruby>むを得ない。

「――時に、和尚さんは、まだなかなか帰りそうに見えないね。とすると、<ruby><rb>位牌</rb><rt>いはい</rt></ruby>も過去帳も分らない。……」

「何しろ、この荒寺だ、和尚は出がちだよって、大切な物だけは、はい、町の在家の確かな蔵に預けてあるで。」

「また<ruby><rb>帰途</rb><rt>かえり</rt></ruby>に寄るとしよう。」

不意に立掛けた。が、見掛けた目にも、若い<ruby><rb>綺麗</rb><rt>きれい</rt></ruby>な人の持ものらしい<ruby><rb>提紙入</rb><rt>ハンドバック</rt></ruby>に心を<ruby><rb>曳</rb><rt>ひ</rt></ruby>かれた。またそれだけ、露骨に聞くのが<ruby><rb>擽</rb><rt>くすぐ</rt></ruby>ったかったのを、ここで銑吉が<ruby><rb>棄鞭</rb><rt>すてむち</rt></ruby>を打った。

「お爺さん、お寺には、おかみさん、いや、奥さんか。」

小さな声で、

「おだいこくがおいでかね。」

「は、とんでもねえ、それどころか、<ruby><rb>檀那</rb><rt>だんな</rt></ruby>がねえで、亡者も居ねえ。だがな、またこの和尚が世棄人過ぎた、あんまり悟りすぎた。参詣の<ruby><rb>女衆</rb><rt>おなごしゅ</rt></ruby>が、忘れたればとって、預けたればとって、あんだ、あれは。」

と、せきこんで、

「……外廻りをするにして、要心に事を欠いた。木魚を<ruby><rb>圧</rb><rt>おし</rt></ruby>に置くとは<ruby><rb>何</rb><rt>あん</rt></ruby>たるこんだ。」

と、やけに<ruby><rb>突立</rb><rt>つった</rt></ruby>つ膝がしらに、麦こがしの椀を炉の中へ<ruby><rb>突込</rb><rt>つっこ</rt></ruby>んで、ぱっと立つ白い粉に、クシンと<ruby><rb>咽</rb><rt>む</rt></ruby>せたは<ruby><rb>可笑</rb><rt>おかし</rt></ruby>いが、<ruby><rb>手向</rb><rt>たむけ</rt></ruby>の水の<ruby><rb>涸</rb><rt>か</rt></ruby>れたようで、見る目には、ものあわれ。

もくりと、掻落すように大木魚を膝に取って、

「ぼっかり<ruby><rb>押孕</rb><rt>おっぱら</rt></ruby>んだ、しかも<ruby><rb>大</rb><rt>でっか</rt></ruby>い、木魚講を見せつけられて、どんなにか、はい、女衆は恥かしかんべい。」

その時、<ruby><rb>提紙入</rb><rt>ハンドバック</rt></ruby>の色が、<ruby><rb>紫陽花</rb><rt>あじさい</rt></ruby>の<ruby><rb>浅葱</rb><rt>あさぎ</rt></ruby>淡く、壁の暗さに、黒髪も乱れつつ、産婦の顔の<ruby><rb>萎</rb><rt>しお</rt></ruby>れたように見えたのである。

谷間の卵塔に、田沢氏の墓のただ一基<ruby><rb>苔</rb><rt>こけ</rt></ruby>の払われた、それを思え。

「お爺さん、では、あの女の持ものは、お産で死んだ<ruby><rb>記念</rb><rt>かたみ</rt></ruby>の<ruby><rb>納</rb><rt>おさめ</rt></ruby>ものででもあるのかい。」

べそかくばかりに眉を寄せて、

「牡丹に立った白鷺になるよりも、人間は<ruby><rb>娑婆</rb><rt>しゃば</rt></ruby>が恋しかんべいに、産で死んで、<ruby><rb>姑獲鳥</rb><rt>うぶめ</rt></ruby>になるわ。びしょびしょ<ruby><rb>降</rb><rt>ぶり</rt></ruby>の<ruby><rb>闇暗</rb><rt>くらやみ</rt></ruby>に、若い女が青ざめて、腰の下さ血だらけで、あのこわれ屋の軒の上へ。……わあ、<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>ない。……お救い下され、<ruby><rb>南無普門品</rb><rt>なむふもんぼん</rt></ruby>、第二十五。」

と炉縁をずり直って、たとえば、小県に股引の尻を見せ、向うむきに円く<ruby><rb>踞</rb><rt>うずくま</rt></ruby>ったが、古寺の狸などを論ずべき場合でない――およそ、その背中ほどの木魚にしがみついて、もく、もく、もく、もく、と立てつけに鳴らしながら、

「南無普門品第二十五。」

「普門品第二十五。」

小県も、ともに口の<ruby><rb>裡</rb><rt>うち</rt></ruby>で。

「この寺に観世音。」

「ああ居らっしゃるとも、<ruby><rb>難有</rb><rt>ありがた</rt></ruby>い、ありがたい……」

「その本堂に。」

「いや、あちらの棟だ。――ああ、参らっしゃるか。」

「参ろうとも。」

「おお、いい事だ、さあ、ござい、ござい。」

と抱込んだ木魚を、もく、もくと<ruby><rb>敲</rb><rt>たた</rt></ruby>きながら、足腰の頑丈づくりがひょこひょこと<ruby><rb>前</rb><rt>さき</rt></ruby>へ立った。この爺さん、どうかしている。

が、導かれて、<ruby><rb>御廚子</rb><rt>みずし</rt></ruby>の前へ進んでからは――そういう小県が、かえって、どうかしないではいられなくなったのである。

この<ruby><rb>庫裡</rb><rt>くり</rt></ruby>と、わずかに二棟、隔ての戸もない本堂は、置棚の<ruby><rb>真中</rb><rt>まんなか</rt></ruby>に、<ruby><rb>名号</rb><rt>みょうごう</rt></ruby>を掛けたばかりで、その外の横縁に、それでも<ruby><rb>形</rb><rt>かた</rt></ruby>ばかり階段が残った。以前は橋廊下で渡ったらしいが、床板の折れ<ruby><rb>挫</rb><rt>ひしゃ</rt></ruby>げたのを継合せに土に敷いてある。

明神の森が右の峰、左に、卵塔場を谷に見て、よく一人で、と思うばかり、<ruby><rb>前刻</rb><rt>さっき</rt></ruby><ruby><rb>彳</rb><rt>たたず</rt></ruby>んだ、田沢氏の墓はその谷の草がくれ。

向うの<ruby><rb>階</rb><rt>きざはし</rt></ruby>を、木魚が<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>る。あとへ続くと、<ruby><rb>須弥壇</rb><rt>しゅみだん</rt></ruby>も仏具も何もない。白布を<ruby><rb>蔽</rb><rt>おお</rt></ruby>うた台に、経机を据えて、その上に黒塗の御廚子があった。

庫裡の炉の<ruby><rb>周囲</rb><rt>まわり</rt></ruby>は<ruby><rb>筵</rb><rt>むしろ</rt></ruby>である。ここだけ畳を三畳ほどに、<ruby><rb>賽銭</rb><rt>さいせん</rt></ruby>の箱が小さく<ruby><rb>据</rb><rt>すわ</rt></ruby>って、<ruby><rb>花瓶</rb><rt>はながめ</rt></ruby>に雪を<ruby><rb>装</rb><rt>も</rt></ruby>った一束の<ruby><rb>卯</rb><rt>う</rt></ruby>の花が露を含んで<ruby><rb>清々</rb><rt>すがすが</rt></ruby>しい。根じめともない、三本ほどのチュリップも、<ruby><rb>蓮華</rb><rt>れんげ</rt></ruby>の水を<ruby><rb>抽</rb><rt>ぬき</rt></ruby>んでた風情があった。

勿体ないが、その卯の花の房々したのが、おのずから押になって、御廚子の片扉を支えたばかり、片扉は、<ruby><rb>鎧</rb><rt>よろい</rt></ruby>の袖の<ruby><rb>断</rb><rt>たた</rt></ruby>れたように<ruby><rb>摺</rb><rt>ず</rt></ruby>れ下っていたのだから。

「は、」

ただ伏拝むと、<ruby><rb>斜</rb><rt>ななめ</rt></ruby>に<ruby><rb>差覗</rb><rt>さしのぞ</rt></ruby>かせたまうお姿は、<ruby><rb>御丈</rb><rt>おんたけ</rt></ruby>八寸、雪なす卯の花に袖のひだが<ruby><rb>靡</rb><rt>なび</rt></ruby>く。白木<ruby><rb>一彫</rb><rt>ひとほり</rt></ruby>、群青の<ruby><rb>御髪</rb><rt>みぐし</rt></ruby>にして、一点の朱の唇、<ruby><rb>打微笑</rb><rt>うちほほえ</rt></ruby>みつつ、爺を、銑吉を、見そなわす。

「南無普門品第二十五。」

「失礼だけれど、<ruby><rb>准胝観音</rb><rt>じゅんでいかんのん</rt></ruby>でいらっしゃるね。」

「はあい、そうでがすべ。和尚どのが、覚えにくい名を<ruby><rb>称</rb><rt>とな</rt></ruby>えさっしゃる。南無普門品第二十五。」

よし、ただ、南無とばかり称え申せ、ここにおわするは、除災、<ruby><rb>延命</rb><rt>えんみょう</rt></ruby>、<ruby><rb>求児</rb><rt>ぐうじ</rt></ruby>の誓願、<ruby><rb>擁護愛愍</rb><rt>ようごあいみん</rt></ruby>の<ruby><rb>菩薩</rb><rt>ぼさつ</rt></ruby>である。

「お爺さん、ああ、それに、生意気をいうようだけれど、これは素晴らしい名作です。私は知らないが、友達に大分出来る彫刻家があるので、門前の小僧だ。少し分る……それに、よっぽど時代が古い。」

「和尚に聞かして下っせえ、どないにか喜びますべい、もっとも<ruby><rb>前藩主</rb><rt>せんとのさま</rt></ruby>が、石州からお守りしてござったとは聞いとりますがの。」

と<ruby><rb>及腰</rb><rt>およびごし</rt></ruby>に<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>いていた。

お<ruby><rb>蝋燭</rb><rt>ろうそく</rt></ruby>を、というと、爺が庫裡へ調達に急いだ――ここで<ruby><rb>濫</rb><rt>みだり</rt></ruby>に火あつかいをさせない注意はもっともな事である――

「たしかに宝物。」

<ruby><rb>憚</rb><rt>はばか</rt></ruby>り多いが、霊容の、今度は、作を見ようとして、御廚子に寄せた目に、ふと卯の花の白い奥に、ものを忍ばすようにして、供物をした、二つ折の懐紙を<ruby><rb>視</rb><rt>み</rt></ruby>た。備えたのはビスケットである。これはいささか稚気を帯びた。が、にれぜん<ruby><rb>河</rb><rt>が</rt></ruby>のほとり、<ruby><rb>菩提樹</rb><rt>ぼだいじゅ</rt></ruby>の蔭に、釈尊にはじめて捧げたものは何であろう。菩薩の壇にビスケットも、あるいは<ruby><rb>臘八</rb><rt>ろうはち</rt></ruby>の<ruby><rb>粥</rb><rt>かゆ</rt></ruby>に<ruby><rb>増</rb><rt>まさ</rt></ruby>ろうも知れない。しかしこれを供えた白い手首は、野暮なレエスから出たらしい。勿論だ。意気なばかりが女でない。同時に<ruby><rb>芬</rb><rt>ぷん</rt></ruby>と、<ruby><rb>媚</rb><rt>なまめ</rt></ruby>かしい<ruby><rb>白粉</rb><rt>おしろい</rt></ruby>の<ruby><rb>薫</rb><rt>かおり</rt></ruby>がした。

爺が居て気がつかなかったか。木魚を置いたわきに、三宝が据って、上に、ここがもし<ruby><rb>閻魔堂</rb><rt>えんまどう</rt></ruby>だと、女人を解いた生血と<ruby><rb>膩肉</rb><rt>あぶらみ</rt></ruby>に<ruby><rb>紛</rb><rt>まが</rt></ruby>うであろう、<ruby><rb>生々</rb><rt>なまなま</rt></ruby>と、滑かな、紅白の巻いた絹。

「ああ、誓願のその一、求児――<ruby><rb>子育</rb><rt>こそだて</rt></ruby>、子安の観世音として、ここに婦人の参詣がある。」

世に、参り合わせた時の順に、白は男、<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>は女の子を授けらるる……と信仰する、観世音のたまう腹帯である。

その三宝の端に、薄色の、折目の細い、女扇が、忘れたように載っていた。

正面の格子も閉され、人は誰も居ない……そっと取ると、骨が水晶のように手に<ruby><rb>冷</rb><rt>ひや</rt></ruby>りとした。卯の花の影が、ちらちらと砂子を散らして、絵も模様も目には留まらぬさきに――せい……せい、と書いた女文字。

今度は、覚えず<ruby><rb>瞼</rb><rt>まぶた</rt></ruby>が染まった。

銑吉には、何を<ruby><rb>秘</rb><rt>かく</rt></ruby>そう、おなじ名の恋人があったのである。

五

作者は、小県銑吉の話すまま、つい釣込まれて、恋人――と受次いだが、大切な処だ。念のため断るが、銑吉には、はやく女房がある。しかり、女房があって資産がない。女房もちの<ruby><rb>銭</rb><rt>ぜに</rt></ruby>なしが当世色恋の出来ない事は、昔といえども実はあまりかわりはない。

打あけて言えば、<ruby><rb>渠</rb><rt>かれ</rt></ruby>はただ自分勝手に、<ruby><rb>惚</rb><rt>ほ</rt></ruby>れているばかりなのである。

また、近頃の色恋は、銀座であろうが、浅草であろうが、山の手新宿のあたりであろうが、つつしみが浅く、たしなみが薄くなり、次第に面の皮が厚くなり、恥が少くなったから、惚れたというのに<ruby><rb>憚</rb><rt>はばか</rt></ruby>ることだけは、まずもってないらしい。

釣の道でも（岡）と<ruby><rb>称</rb><rt>な</rt></ruby>がつくと<ruby><rb>軽</rb><rt>かろ</rt></ruby>んぜられる。銑吉のも、しかもその岡惚れである。その癖、<ruby><rb>夥間</rb><rt>なかま</rt></ruby>で評判である。

この岡惚れの対象となって、江戸育ちだというから、海津か卵であろう、築地辺の川端で迷惑をするのがお誓さんで――実は梅水という牛屋の<ruby><rb>女中</rb><rt>ねえ</rt></ruby>さん。……御新規お一人様、なまで<ruby><rb>御酒</rb><rt>ごしゅ</rt></ruby>……待った、待った。そ、そんなのじゃ決してない。第一、お客に、むらさきだの、<ruby><rb>鍋下</rb><rt>なべした</rt></ruby>だのと、符帳でものを食うような、そんなのも決して無い。

梅水は、以前築地一流の本懐石、江戸前の料理人が庖丁を<ruby><rb>鏽</rb><rt>さ</rt></ruby>びさせない腕を<ruby><rb>研</rb><rt>みが</rt></ruby>いて、吸ものの運びにも女中の<ruby><rb>裙</rb><rt>すそ</rt></ruby>さばきを<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>んだ<ruby><rb>割烹</rb><rt>かっぽう</rt></ruby>。震災後も引続き、黒塀の奥深く、竹も樹も静まり返って客を受けたが、近代のある世態では、<ruby><rb>篝火船</rb><rt>かがりぶね</rt></ruby>の白魚より、舶来の<ruby><rb>塩鰯</rb><rt>しおいわし</rt></ruby>が幅をする。正月飾りに、魚河岸に<ruby><rb>三個</rb><rt>みッつ</rt></ruby>よりなかったという二尺六寸の<ruby><rb>海老</rb><rt>えび</rt></ruby>を、<ruby><rb>緋縅</rb><rt>ひおどし</rt></ruby>の<ruby><rb>鎧</rb><rt>よろい</rt></ruby>のごとく、黒松の樽に縅した一騎<ruby><rb>駈</rb><rt>がけ</rt></ruby>の商売では<ruby><rb>軍</rb><rt>いくさ</rt></ruby>が危い。家の業が立ちにくい。がらりと気を替えて、こうべ肉のすき焼、ばた焼、お望み次第に客を呼んで、<ruby><rb>抱一</rb><rt>ほういつ</rt></ruby>上人の夕顔を<ruby><rb>石燈籠</rb><rt>いしどうろう</rt></ruby>の灯でほの見せる<ruby><rb>数寄屋</rb><rt>すきや</rt></ruby>づくりも、七賢人の本床に立った、松林の大広間も、そのままで、びんちょうの火を<ruby><rb>堆</rb><rt>うずたか</rt></ruby>く、ひれの<ruby><rb>膏</rb><rt>あぶら</rt></ruby>を<ruby><rb>煑</rb><rt>に</rt></ruby>る。

この梅水のお誓は、内の子、娘分であるという。来たのは十三で、震災の時は十四であった。繰返していうでもあるまい――あの炎の中を、主人の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>を離れないで、勤め続けた。もっとも<ruby><rb>孤児</rb><rt>みなしご</rt></ruby>同然だとのこと、都にしかるべき身内もない。そのせいか、沈んだ陰気な<ruby><rb>質</rb><rt>たち</rt></ruby>ではないが、色の、抜けるほど白いのに、どこか寂しい影が映る。<ruby><rb>膚</rb><rt>はだ</rt></ruby>をいえば、きめが<ruby><rb>細</rb><rt>こまか</rt></ruby>く、実際、手首、指の<ruby><rb>尖</rb><rt>さき</rt></ruby>まで化粧をしたように滑らかに美しい。細面で、目は、ぱっちりと、大きくないが<ruby><rb>張</rb><rt>はり</rt></ruby>があって、そして眉が優しい。<ruby><rb>緊</rb><rt>しま</rt></ruby>った<ruby><rb>口許</rb><rt>くちもと</rt></ruby>が、<ruby><rb>莞爾</rb><rt>にっこり</rt></ruby>する時ちょっとうけ口のようになって、その清い唇の左へ軽く上るのが、笑顔ながら<ruby><rb>凜</rb><rt>りん</rt></ruby>とする。総てが薄手で、あり余る髪の厚ぼったく見えないのは、癖がなく、細く、なよなよとしているのである。<ruby><rb>緋</rb><rt>ひ</rt></ruby>も紅も似合うものを、浅葱だの、白の<ruby><rb>手絡</rb><rt>てがら</rt></ruby>だの、いつも<ruby><rb>淡泊</rb><rt>あっさり</rt></ruby>した<ruby><rb>円髷</rb><rt>まるまげ</rt></ruby>で、<ruby><rb>年紀</rb><rt>とし</rt></ruby>は三十を一つ出た。が、二十四五の上には見えない。一度五月の節句に、催しの仮装の時、水髪の芸子島田に、青い<ruby><rb>新藁</rb><rt>しんわら</rt></ruby>で、五尺の<ruby><rb>菖蒲</rb><rt>あやめ</rt></ruby>の<ruby><rb>裳</rb><rt>もすそ</rt></ruby>を<ruby><rb>曳</rb><rt>ひ</rt></ruby>いた姿を見たものがある、と聞く。……貴殿はいい月日の下に生れたな、と言わねばならぬように思う。あるいは一度新橋からお酌で出たのが、都合で、梅水にかわったともいうが、いまにおいては<ruby><rb>審</rb><rt>つまびらか</rt></ruby>でない。ただ不思議なのは、さばかりの<ruby><rb>容色</rb><rt>きりょう</rt></ruby>で、その年まで、いまだ浮気、あらわに言えば、旦那があったうわさを聞かぬ。ほかは知らない、あのすなおな細い鼻と、口許がうそを言わぬ。――お誓さんは処女だろう……（しばらく）――これは小県銑吉の言うところである。

十六か七の時、ただ一度――場所は築地だ、家は懐石、人も多いに、台所から出入りの<ruby><rb>牛乳屋</rb><rt>ちちや</rt></ruby>の小僧が附ぶみをした事のあるのを、最も古くから、お誓を<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby>の年配者、あたまのきれいに<ruby><rb>兀</rb><rt>は</rt></ruby>げた粋人が知っている。梅水の主人夫婦も、座興のように話をする。ゆらの戸の歌ではなけれど、この恋の行方は分らない。が、<ruby><rb>対手</rb><rt>あいて</rt></ruby>が牛乳屋の小僧だけに、天使と牧童のお<ruby><rb>伽話</rb><rt>とぎばなし</rt></ruby>を聞く気がする。ただその<ruby><rb>玉章</rb><rt>たまずさ</rt></ruby>は、お誓の<ruby><rb>内証</rb><rt>ないしょ</rt></ruby>の針箱にいまも秘めてあるらしい。……

「……一生の<ruby><rb>願</rb><rt>ねがい</rt></ruby>に、見たいものですな。」

「お見せしましょうか。」

「恐らく不老長寿の薬になる――近頃はやる、性の補強剤に効能の<ruby><rb>増</rb><rt>まさ</rt></ruby>ること万々だろう。」

「そうでしょうか。」

その頬が、白く、涼しい。

「見せろよ。」

低い声の澄んだ調子で、

「ほほほ。」

と<ruby><rb>莞爾</rb><rt>にっこり</rt></ruby>。

その口許の左へ軽くしまるのを見るがいい。……座敷へ持出さないことは言うまでもない。

色気の<ruby><rb>有無</rb><rt>ほど</rt></ruby>が不可解である。ある種のうつくしいものは、神が<ruby><rb>惜</rb><rt>おし</rt></ruby>んで人に与えない説がある。なるほどそういえば、一方円満柔和な婦人に、<ruby><rb>菩薩相</rb><rt>ぼさつそう</rt></ruby>というのがある。続いて尼僧顔がないでもあるまい。それに対して、お誓の処女づくって、血の<ruby><rb>清澄明晰</rb><rt>せいしょうめいせき</rt></ruby>な風情に、何となく上等の<ruby><rb>神巫</rb><rt>みこ</rt></ruby>の<ruby><rb>麗女</rb><rt>たおやめ</rt></ruby>の面影が立つ。

――われ知らず、銑吉のかくれた意識に、おのずから、毒虫の毒から救われた、うつくしい<ruby><rb>神巫</rb><rt>おみこ</rt></ruby>の影が映るのであろう。――

おお美わしのおとめよ、と<ruby><rb>賽銭</rb><rt>さいせん</rt></ruby>に、二百金、現に三百金ほどを包んで、袖に<ruby><rb>呈</rb><rt>てい</rt></ruby>するものさえある。が、お誓はいつも、そのままお帳場へ持って下って、おかみさんの前で、こんなもの。すぐ、おかみさんが、つッと出て、お給仕料は、お<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>りだけ御勘定の中に頂いてありますから。……これでは、玉の手を握ろう、<ruby><rb>紅</rb><rt>もみ</rt></ruby>の<ruby><rb>袴</rb><rt>はかま</rt></ruby>を引こうと、乗出し、泳上る自信の<ruby><rb>輩</rb><rt>やから</rt></ruby>の<ruby><rb>頭</rb><rt>こうべ</rt></ruby>を、<ruby><rb>幣結</rb><rt>しでゆ</rt></ruby>うた<ruby><rb>榊</rb><rt>さかき</rt></ruby>をもって、そのあしきを払うようなものである。

いわんや、銑吉のごとき、お月掛なみの<ruby><rb>氏子</rb><rt>うじこ</rt></ruby>をや。

その志を、あわれむ男が、いくらか<ruby><rb>思</rb><rt>おもい</rt></ruby>を通わせてやろうという気で。……

「小県の惚れ方は大変だよ。」

「…………」

「嬉しいだろう。」

「ええ。」

目で、ツンと澄まして、うけ口をちょっとしめて、<ruby><rb>莞爾</rb><rt>にっこり</rt></ruby>……

「嬉しいですわ。」

しかも、銑吉が同座で居た。

余計な事だが――一説がある。お誓はうまれが東京だというのに「嬉しいですわ。」は、おかしい。この言葉づかいは、銀座あるきの紳士、学生、もっぱら映画の弁士などが、わざと粋がって「避暑に行ったです。」「アルプスへ上るです。」と使用するが、元来は<ruby><rb>訛</rb><rt>なまり</rt></ruby>である。恋われて――いやな言葉づかいだが――<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>をするのに、「嬉しいですわ。」は、嬉しくない、と言うのである。

紳士、学生、あえて映画の弁士とは限らない。梅水の主人は趣味が<ruby><rb>遍</rb><rt>あまね</rt></ruby>く、客が八方に広いから、多方面の芸術家、画家、彫刻家、医、文、法、理工の学士、博士、俳優、いずれの道にも、知名の人物が少くない。揃った事は、婦人科、小児科、歯科もある。申しおくれました、作家、劇作家も勿論ある。そこで、この面々が、年齢の老若にかかわらず、東京ばかりではない。のみならず、ことさらに、江戸がるのを毛嫌いして「そうです。」「のむです。」を<ruby><rb>行</rb><rt>や</rt></ruby>る名士が少くない。純情<ruby><rb>無垢</rb><rt>むく</rt></ruby>な素質であるほど、ついその<ruby><rb>訛</rb><rt>なまり</rt></ruby>がお誓にうつる。

浅草寺の天井の絵の天人が、蓮華の<ruby><rb>盥</rb><rt>たらい</rt></ruby>で、肌脱ぎの化粧をしながら、「こウ雲助どう、こんたア、きょう下界へでさっしゃるなら、京橋の仙女香を、とって来ておくんなんし、これサ乙女や、なによウふざけるのだ、きりきりきょうでえをだしておかねえか。」（○註に、けわい<ruby><rb>坂</rb><rt>ざか</rt></ruby>――実は吉原――近所だけか、おかしなことばが、うつッていたまう、）と<ruby><rb>洒落</rb><rt>しゃ</rt></ruby>れつつ敬意を表した、著作の実例がある。<ruby><rb>遺憾</rb><rt>いかん</rt></ruby>ながら「嬉しいですわ。」とはかいてない。けれども、その趣はわかると思う。またそれよりも、真珠の首飾見たようなものを、ちょっと、脇の下へずらして、乳首をかくした<ruby><rb>膚</rb><rt>はだ</rt></ruby>を、お望みの方は、文政<ruby><rb>壬辰</rb><rt>みずのえたつ</rt></ruby>新板、柳亭種彦作、歌川国貞<ruby><rb>画</rb><rt>えがく</rt></ruby>――<ruby><rb>奇妙頂礼</rb><rt>きみょうちょうらい</rt></ruby>地蔵の道行――を、ご一覧になるがいい。

通り一遍の客ではなく、梅水の<ruby><rb>馴染</rb><rt>なじみ</rt></ruby>で、昔からの<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby>連が、六七十人、多い時は百人に余る大一座で、すき焼で、心置かず隔てのない月並の会……というと、俳人には禁句らしいが、そこらは凡杯で悟っているから、一向に<ruby><rb>頓着</rb><rt>とんじゃく</rt></ruby>しない。先輩、また友達に誘われた新参で。……やっと一昨年の秋頃だから、まだ馴染も重ならないのに、のっけから岡惚れした。

「お誓さん。」

「誓ちゃん。」

「よう、誓の字。」

いや、どうも引手あまたで。大連が一台ずつ、黒塗り<ruby><rb>真円</rb><rt>まんまる</rt></ruby>な大円卓を、ぐるりと輪形に陣取って、清正公には<ruby><rb>極内</rb><rt>ごくない</rt></ruby>だけれども、これを蛇の目の陣と<ruby><rb>称</rb><rt>とな</rt></ruby>え、すきを取って平らげること、<ruby><rb>焼山越</rb><rt>やけやまごえ</rt></ruby>の<ruby><rb>蠎蛇</rb><rt>うわばみ</rt></ruby>の比にあらず、朝鮮<ruby><rb>蔚山</rb><rt>うるさん</rt></ruby>の敵軍へ、大砲を打込むばかり、油の黒煙を立てる<ruby><rb>裡</rb><rt>なか</rt></ruby>で、お誓を呼立つること、矢叫びに<ruby><rb>相斉</rb><rt>あいひと</rt></ruby>しい。名を知らぬものまで、白く咲いて<ruby><rb>楚々</rb><rt>そそ</rt></ruby>とした花には騒ぐ。

巨匠にして、超人と称えらるる、ある洋画家が、わが、名によって、お誓をひき寄せ、銑吉を<ruby><rb>傍</rb><rt>かたわら</rt></ruby>にして、

「お誓さんに是非というのだ、この人に酌をしておあげなさい。」

「はい。」

が、また娘分に仕立てられても、奉公人の謙譲があって、出過ぎた<ruby><rb>酒場</rb><rt>バア</rt></ruby>の給仕とは心得が違うし、おなじ勤めでも、芸者より一歩<ruby><rb>退</rb><rt>さが</rt></ruby>って<ruby><rb>可憐</rb><rt>しおら</rt></ruby>しい。

「はい、お酌……」

「感謝します、本懐であります。」

景物なしの地位ぐらいに、句が抜けたほど、嬉しがったうちはいい。

少し心安くなると、蛇の目の陣に<ruby><rb>恐</rb><rt>おそれ</rt></ruby>をなし、山の<ruby><rb>端</rb><rt>は</rt></ruby>の霧に落ちて行く――<ruby><rb>上﨟</rb><rt>じょうろう</rt></ruby>のような<ruby><rb>優姿</rb><rt>やさすがた</rt></ruby>に、<ruby><rb>野声</rb><rt>のごえ</rt></ruby>を放って、

「お誓さん、お誓さん。姉さん、<ruby><rb>姐</rb><rt>あね</rt></ruby>ご、大姐ご。」

立てごかしに、手繰りよせると、酔った赤づらの目が、とろんこで、

「お酌を頼む。是非一つ。」

このねだりものの<ruby><rb>溌猴</rb><rt>わるざる</rt></ruby>、魔界の艶夫人に、芭蕉扇を、貸さずば、奪わむ、とする擬勢を<ruby><rb>顕</rb><rt>あら</rt></ruby>わす。……博識にしてお心得のある方々は、この趣を、<ruby><rb>希臘</rb><rt>ギリシア</rt></ruby>、<ruby><rb>羅馬</rb><rt>ロオマ</rt></ruby>の神話、印度の<ruby><rb>譬諭経</rb><rt>ひゆきょう</rt></ruby>にでもお求めありたい。ここでは手近な絵本西遊記で<ruby><rb>埒</rb><rt>らち</rt></ruby>をあける。が、ただ先哲、孫呉空は、<ruby><rb>蟭螟虫</rb><rt>ごまむし</rt></ruby>と変じて、夫人の腹中に飛び込んで、痛快にその<ruby><rb>臓腑</rb><rt>ぞうふ</rt></ruby>を<ruby><rb>抉</rb><rt>えぐ</rt></ruby>るのである。末法の凡俳は、<ruby><rb>咽喉</rb><rt>のど</rt></ruby>までも行かない、唇に触れたら<ruby><rb>酸漿</rb><rt>ほおずき</rt></ruby>の<ruby><rb>核</rb><rt>たね</rt></ruby>ともならず、<ruby><rb>溶</rb><rt>とろ</rt></ruby>けちまおう。

ついでに、おかしな話がある。六七人と銑吉がこの近所の名代の<ruby><rb>天麸羅</rb><rt>てんぷら</rt></ruby>で、したたかに<ruby><rb>食</rb><rt>くら</rt></ruby>い且つ飲んで、腹こなしに、ぞろぞろと<ruby><rb>歩行</rb><rt>あるき</rt></ruby>出して、つい梅水の長く続いた黒塀に通りかかった。

盛り場でも<ruby><rb>燈</rb><rt>ともしび</rt></ruby>を沈め、塀の中は植込で<ruby><rb>森</rb><rt>しん</rt></ruby>と暗い。処で、相談を掛けてみたとか、掛けてみるまでもなかったとかいう。……天麸羅のあとで、ヒレの大切れのすき焼は、なかなか、幕下でも、前頭でも、番附か逸話に名の出るほどの人物でなくてはあしらい兼ねる。素通りをすることになった。遺憾さに、内は広し、座敷は多し、程は遠い……

「お誓さん。」

黒塀を――惚れた女に<ruby><rb>洋杖</rb><rt>ステッキ</rt></ruby>は当てられない――<ruby><rb>斜</rb><rt>ななめ</rt></ruby>に、トンと腕で当てた。当てると、そのまくれた二の腕に、お誓の<ruby><rb>膚</rb><rt>はだ</rt></ruby>が透通って、<ruby><rb>真白</rb><rt>まっしろ</rt></ruby>に見えたというのである。

銑吉の馬鹿を表わすより、これには、お誓の容色の趣を<ruby><rb>偲</rb><rt>しの</rt></ruby>ばせるものがあるであろう。

ざっと、かくの次第であった処――好事魔多しというではなけれど、右の<ruby><rb>溌猴</rb><rt>わるざる</rt></ruby>は、心さわがしく、性急だから、人さきに<ruby><rb>会</rb><rt>あい</rt></ruby>に出掛けて、ひとつ蛇の目を取巻くのに、<ruby><rb>度</rb><rt>たび</rt></ruby>かさなるに従って、自然とおなじ顔が集るが、星座のこの分野に当っては、すなわち<ruby><rb>夜這星</rb><rt>よばいぼし</rt></ruby>が<ruby><rb>真先</rb><rt>まっさき</rt></ruby>に出向いて、どこの会でも、大抵<ruby><rb>点燈頃</rb><rt>ひともしごろ</rt></ruby>が寸法であるのに、いつも暮まえ早くから大広間の天井下に、一つ光って……いや、光らずに、ぽつんと黒く、流れている。

勿論、ここへお誓が、天女の<ruby><rb>装</rb><rt>よそおい</rt></ruby>で、雲に白足袋で出て来るような待遇では決してない。

その愚劣さを<ruby><rb>憐</rb><rt>あわれ</rt></ruby>んで、この分野の客星たちは、<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>より早く、輝いて<ruby><rb>顕</rb><rt>あら</rt></ruby>われる。輝くばかりで、やがて他の大一座が酒池肉林となっても、ここばかりは、畳に<ruby><rb>蕨</rb><rt>わらび</rt></ruby>が生えそうに見える。通りかかった女中に催促すると、は、とばかりで、それきり、寄りつかぬ。中でも活溌なのは、お誓さんでなくってはねえ、ビイーと<ruby><rb>外</rb><rt>そ</rt></ruby>れてしまう。またそのお誓はお誓で、まず、ほかほかへ皿小鉢、<ruby><rb>銚子</rb><rt>ちょうし</rt></ruby>を運ぶと、お<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>が違いましょう。で、知りませんと、鼻をつまらせ加減に、<ruby><rb>含羞</rb><rt>はにか</rt></ruby>んで、つい、と<ruby><rb>退</rb><rt>の</rt></ruby>くが、そのままでは夜這星の方へ来にくくなって、どこへか隠れる。ついお銚子が遅くなって、巻煙草の吸殻ばかりが<ruby><rb>堆</rb><rt>うずたか</rt></ruby>い。

何となく、ために気がとがめて、というのが、会が月の末に当るので、<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>勘定によったかも分らぬ。一度、二度と間を置くうち、去年七月の末から、梅水が……これも近頃各所で行われる……近くは鎌倉、熱海。また軽井沢などへ夏季の<ruby><rb>出店</rb><rt>でみせ</rt></ruby>をする。いやどこも不景気で、大したほまちにはならないそうだけれど、差引一ぱいに行けば、家族が、一夏避暑をする儲けがある。梅水は富士の<ruby><rb>裾野</rb><rt>すその</rt></ruby>――御殿場へ出張した。

そこへ、お誓が手伝いに出向いたと聞いて、がっかりして、峰は白雪、<ruby><rb>麓</rb><rt>ふもと</rt></ruby>は霞だろう、とそのまま夜這星の流れて消えたのが――もう一度いおう――去年の七月の末頃であった。

この、六月――いまに至るまで、それ切り、その消息を知らなかったのである。

もし梅水の出店をしたのが、近い処は、房総地方、あるいは軽井沢、日光――塩原ならばいうまでもない。地の利によらないことは、それが木曾路でも、ふとすると、こんな処で、どうした拍子、何かの縁で、おなじ人に、逢うまじきものでもない、と思ったろう。

<ruby><rb>仏蘭西</rb><rt>フランス</rt></ruby>の港で顔を見たより、<ruby><rb>瑞西</rb><rt>スウィッツル</rt></ruby>の山で出会ったのより、思掛けなさはあまりであったが――ここに古寺の観世音の前に、紅白の絹に添えた<ruby><rb>扇子</rb><rt>おうぎ</rt></ruby>の名は、築地の黒塀を隔てた時のようではない。まのあたりその人に逢ったようで、<ruby><rb>単衣</rb><rt>ひとえ</rt></ruby>の袖も寒いほど、しみじみと、<ruby><rb>熟</rb><rt>じっ</rt></ruby>と<ruby><rb>視</rb><rt>み</rt></ruby>た。

たちまち、<ruby><rb>炬</rb><rt>たいまつ</rt></ruby>のごとく燃ゆる、おもほてりを激しく感じた。

爺さんが、<ruby><rb>庫裡</rb><rt>くり</rt></ruby>から取って来た、燈明の火が、ちらちらと、

「やあ、見るもんじゃねえ。」

その、扇子を引ったくると、

「あなたよ、こんなものを置いとくだ。」

と叱るようにいって、開いたまま、その薄色の扇子で、木魚を伏せた。

<ruby><rb>極</rb><rt>きま</rt></ruby>りも悪いし、叱られたわんぱくが、ふてたように、わざとらしく祝していった。

「上へのっけられたより、扇で木魚を伏せた方が、女が勝ったようで嬉しいよ。」

「勝つも負けるも、女は受身だ。隠すにも隠されましねえ。」

どかりと尻をつくと、鼻をすすって、しくしくと泣出した。

青い煙の細くなびく、蝋燭の香の<ruby><rb>沁</rb><rt>し</rt></ruby>む<ruby><rb>裡</rb><rt>なか</rt></ruby>に、さっきから打ちかさねて、ものの様子が、思わぬかくし事に<ruby><rb>懐姙</rb><rt>かいにん</rt></ruby>したか、また産後か、おせい、といううつくしい女一人、はかなくなったか、煩ろうて死のうとするか、そのいずれか、とフト胸がせまって、涙ぐんだ目を、たちまち血の電光のごとく射たのは、林間の自動車に<ruby><rb>闖入</rb><rt>ちんにゅう</rt></ruby>した、五体個々にして、しかも<ruby><rb>畝</rb><rt>うね</rt></ruby>り<ruby><rb>繋</rb><rt>つなが</rt></ruby>った赤色の<ruby><rb>夜叉</rb><rt>やしゃ</rt></ruby>である。<ruby><rb>渠等</rb><rt>かれら</rt></ruby>こそ、山を貫き、谷を<ruby><rb>穿</rb><rt>うが</rt></ruby>って、うつくしい犠牲を<ruby><rb>猟</rb><rt>か</rt></ruby>るらん。飛天の銃は、あの、清く美しい白鷺を狙うらしく想わるるとともに、激毒を<ruby><rb>啣</rb><rt>ふく</rt></ruby>んだ霊鳥は、渠等に対していかなる防禦をするであろう、神話のごとき戦は、今日の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>にも開かるるであろう。明神の晴れたる森は、たちまち黒雲に<ruby><rb>蔽</rb><rt>おお</rt></ruby>わるるであろうも知れない。

銑吉は、少からず、猟奇の心に駆られたのである。

同時にお誓がうつくしき鳥と、おなじ境遇に置かるるもののように、<ruby><rb>衝</rb><rt>つ</rt></ruby>と胸を打たれて、ぞっとした。その時、小枝が揺れて、卯の花が、しろじろと、細く白い手のように、銑吉の膝に<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>った。

昭和八（一九三三）年一月