## 壱

小倉の冬は冬という程の事はない。西北の海から長門の一角を<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>めて、寒い風が吹いて来て、<ruby><rb>蜜柑</rb><rt>みかん</rt></ruby>の木の枯葉を庭の砂の上に吹き落して、からからと音をさせて、庭のあちこちへ吹き<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>って、<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>くおもちゃにしていて、とうとう縁の下に吹き込んでしまう。そういう日が暮れると、どこの家でも宵のうちから戸を締めてしまう。

外はいつか雪になる。おりおり足を刻んで駈けて通る<ruby><rb>伝便</rb><rt>でんびん</rt></ruby>の鈴の音がする。

伝便と云っても<ruby><rb>余所</rb><rt>よそ</rt></ruby>のものには分かるまい。これは東京に輸入せられないうちに、小倉へ西洋から輸入せられている二つの風俗の一つである。<ruby><rb>常磐橋</rb><rt>ときわばし</rt></ruby>の<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>に円い柱が立っている。これに広告を<ruby><rb>貼</rb><rt>は</rt></ruby>り附けるのである。赤や青や黄な紙に、大きい文字だの、あらい筆使いの画だのを書いて、新らしく<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けた店の広告、それから芝居見せものなどの興行の広告をするのである。勿論柱はただ一本だけであって、これに張るのと、大門町の石垣に張る位より<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>に、広告の必要はない土地なのだから、印刷したものより書いたものの方が多い。画だっても、<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリ</rt></ruby>の町で見る <ruby><rb>affiche</rb><rt>アフィッシュ</rt></ruby> のように気の利いたのはない。しかし<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>広告柱があるだけはえらい。これが一つ。

今一つが伝便なのである。<ruby><rb>Heinrich</rb><rt>ハインリヒ</rt></ruby> <ruby><rb>von</rb><rt>フォン</rt></ruby> <ruby><rb>Stephan</rb><rt>ステファン</rt></ruby> が警察国に生れて、巧に郵便の網を天下に<ruby><rb>布</rb><rt>し</rt></ruby>いてから、手紙の往復に不便はないはずではあるが、それは日を以て算し月を以て算する用弁の事である。一日の間の時を以て算する用弁を達するには、郵便は間に合わない。<ruby><rb>Rendez</rb><rt>ランデ</rt></ruby>\-<ruby><rb>vous</rb><rt>ヴウ</rt></ruby> をしたって、<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby><ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>で<ruby><rb>逢</rb><rt>あ</rt></ruby>おうなら、郵便で用が足る。しかし性急な変で、今晩<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>で<ruby><rb>逢</rb><rt>あ</rt></ruby>おうとなっては、郵便は駄目である。そんな時に電報を打つ人もあるかも知れない。これは少し牛刀鶏を<ruby><rb>割</rb><rt>さ</rt></ruby>く<ruby><rb>嫌</rb><rt>きらい</rt></ruby>がある。その上<ruby><rb>厳</rb><rt>いか</rt></ruby>めしい配達の<ruby><rb>為方</rb><rt>しかた</rt></ruby>が殺風景である。そういう時には<ruby><rb>走使</rb><rt>はしりつかい</rt></ruby>が欲しいに違ない。会社の<ruby><rb>徽章</rb><rt>きしょう</rt></ruby>の附いた帽を<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>って、<ruby><rb>辻々</rb><rt>つじつじ</rt></ruby>に立っていて、手紙を市内へ届けることでも、途中で買って邪魔になるものを自宅へ持って帰らせる事でも、何でも受け合うのが伝便である。手紙や品物と引換に、会社の印の<ruby><rb>据</rb><rt>す</rt></ruby>わっている紙切をくれる。存外間違はないのである。小倉で伝便と云っているのが、この走使である。

伝便の講釈がつい長くなった。小倉の雪の夜に、戸の外の静かな時、その伝便の鈴の音がちりん、ちりん、ちりん、ちりんと急調に聞えるのである。

それから優しい女の声で「かりかあかりか、どっこいさのさ」と、節を附けて呼んで通るのが聞える。植物採集に持って行くような、ブリキの入物に<ruby><rb>花櫚糖</rb><rt>かりんとう</rt></ruby>を入れて肩に掛けて、<ruby><rb>小提灯</rb><rt>こぢょうちん</rt></ruby>を持って売って歩くのである。

伝便や花櫚糖売は、いつの時侯にも来るのであるが、夏は<ruby><rb>辻占</rb><rt>つじうら</rt></ruby>売なんぞの方が耳に附いて、伝便の鈴の音、花櫚糖売の女の声は気に留まらないのである。

こんな晩には<ruby><rb>置炬燵</rb><rt>おきごたつ</rt></ruby>をする人もあろう。しかし実はそれ程寒くはない。

翌朝<ruby><rb>手水鉢</rb><rt>ちょうずばち</rt></ruby>に氷が張っている。この氷が二日より長く続いて張ることは先ず少い。遅くも三日目には風が変る。雪も氷も<ruby><rb>融</rb><rt>と</rt></ruby>けてしまうのである。

## 弐

小倉の雪の夜の事であった。

<ruby><rb>新魚町</rb><rt>しんうおのまち</rt></ruby>の大野<ruby><rb>豊</rb><rt>ゆたか</rt></ruby>の家に二人の客が落ち合った。一人は裁判所長の戸川という<ruby><rb>胡麻塩頭</rb><rt>ごましおあたま</rt></ruby>の男である。一人は富田という市病院長で、東京大学を卒業してから、この土地へ来て洋行の費用を<ruby><rb>貯</rb><rt>たくわ</rt></ruby>えているのである。費用も大概出来たので、近いうちに北川という若い医学士に跡を譲って、出発すると云っている。富田院長も四十は越しているが、まだ五分刈頭に白い筋も<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>らない。酒<ruby><rb>好</rb><rt>ずき</rt></ruby>だということが<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちょっと</rt></ruby>見ても知れる、太った<ruby><rb>赭顔</rb><rt>あからがお</rt></ruby>の男である。

<ruby><rb>極</rb><rt>ごく</rt></ruby><ruby><rb>澹泊</rb><rt>たんぱく</rt></ruby>な独身生活をしている主人は、下女の竹に<ruby><rb>饂飩</rb><rt>うどん</rt></ruby>の玉を買って来させて、台所で煮させて、二人に酒を出した。この家では茶を煮るときは、名物の<ruby><rb>鶴</rb><rt>つる</rt></ruby>の<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>より<ruby><rb>旨</rb><rt>うま</rt></ruby>いというので、焼芋を買わせる。常磐橋の辻から、京町へ曲がる角に<ruby><rb>釜</rb><rt>かま</rt></ruby>を据えて、<ruby><rb>手拭</rb><rt>てぬぐい</rt></ruby>を被った<ruby><rb>爺</rb><rt>じ</rt></ruby>いさんが、「ほっこり、ほっこり、焼立ほっこり」と呼んで売っているのである。酒は自分では飲まないが、<ruby><rb>心易</rb><rt>こころやす</rt></ruby>い友達に飲ませるときは、<ruby><rb>好</rb><rt>すき</rt></ruby>な饂飩を買わせる。これも焼芋の釜の据えてある角から二三軒目で、色の<ruby><rb>褪</rb><rt>さ</rt></ruby>めた<ruby><rb>紺暖簾</rb><rt>こんのれん</rt></ruby>に、文六と染め抜いてある家へ買いに<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>るのである。

主人は饂飩だけ相伴して、<ruby><rb>無頓着</rb><rt>むとんじゃく</rt></ruby>らしい顔に<ruby><rb>笑</rb><rt>えみ</rt></ruby>を<ruby><rb>湛</rb><rt>たた</rt></ruby>えながら、二人の酒を飲むのを見ている。話はしめやかである。ただ富田の笑う声がおりおり全体の調子を破って高くなる。この辺は<ruby><rb>旭</rb><rt>あさひ</rt></ruby>町の遊廓が近いので、<ruby><rb>三味</rb><rt>さみ</rt></ruby>や太鼓の音もするが、よほど鈍く微かになって聞えるから、うるさくはない。

竹が台所から出て来て、饂飩の代りを勧めると、富田が手を<ruby><rb>揮</rb><rt>ふ</rt></ruby>って云った。

「もういけない。饂飩はもう御免だ。この家にも奥さんがいれば、僕は黙って饂飩で酒なんぞは飲まないのだが。」

これが口火になって、有妻無妻という議論が燃え上がった。この部屋で<ruby><rb>此等</rb><rt>これら</rt></ruby>の人の口からこの議論が出たのは、決して今夜が初めではない。

主人が帝国採炭会社の理事長になって小倉に来てから、もう二年立った。その内大野の独身生活は小倉で名高いものになっていて、随って度々問題に上る。

主人は全く女というものなしに暮らしているのだろうか。富田もこの問題のために頭を悩ました一人である。そこでこう云った。

「どうも小倉には御主人のお目に留まったものがなさそうだ。多分<ruby><rb>馬関</rb><rt>ばかん</rt></ruby>だろうと思って、僕は随分熱心に聞いて廻ったのだが、結果が陰性だった。」

「随分御苦労なわけだね」と、遠慮深い戸川は主人の顔を見て云った。

主人はただにやりにやり笑っている。

富田は少し酔っているので、<ruby><rb>論鋒</rb><rt>ろんぽう</rt></ruby>がいよいよ主人に向いて来る。「一体ここの御主人のような生活をしていられては、<ruby><rb>周囲</rb><rt>まわり</rt></ruby>の女のために危険で行けない。」

「なぜだい、君。」

「いつどの女とどう云う事が始まるかも知れないんだからね。」

「まるで僕が <ruby><rb>Don</rb><rt>ドン</rt></ruby> <ruby><rb>Juan</rb><rt>ホァン</rt></ruby> ででもあるようだ。」

戸川は主人のために気の毒に思って、半ば無意識に話を外へ転じようとした。そして持前のしんねりむっつりした様子で、妙な話をし出した。

## 参

戸川は両手を火鉢に<ruby><rb>翳</rb><rt>かざ</rt></ruby>して、背中を円くして話すのである。

「そりゃあ独身生活というものは、大抵の人間には無難にし遂げにくいには違ない。僕の同期生に宮沢という男がいた。その男の卒業して直ぐの任地が<ruby><rb>新発田</rb><rt>しばた</rt></ruby>だったのだ。御承知のような土地柄だろう。裁判所の<ruby><rb>近処</rb><rt>きんじょ</rt></ruby>に、小さい借屋をして、下女を一人使っていた。同僚が妻を持てと勧めても、どうしても持たない。なぜだろう、なぜだろうと云ううちに、いつかあれは<ruby><rb>吝嗇</rb><rt>りんしょく</rt></ruby>なのだということに<ruby><rb>極</rb><rt>き</rt></ruby>まってしまったそうだ。僕は書生の時から知っていたが、吝嗇ではなかった。意地強く金を<ruby><rb>溜</rb><rt>た</rt></ruby>めようなどという風の男ではない。万事控目で踏み切ったことが出来ない。そこで判事試補の月給では妻子は養われないと、<ruby><rb>一図</rb><rt>いちず</rt></ruby>に思っていたのだろう。土地が土地なので、丁度今夜のような雪の夜が幾日も幾日も続く。宮沢はひとり部屋に閉じ<ruby><rb>籠</rb><rt>こも</rt></ruby>って本を読んでいる。下女は壁<ruby><rb>一重</rb><rt>ひとえ</rt></ruby>隔てた隣の部屋で縫物をしている。宮沢が<ruby><rb>欠</rb><rt>あくび</rt></ruby>をする。下女が欠を<ruby><rb>噬</rb><rt>か</rt></ruby>み殺す。そういう風で大分の間過ぎたのだそうだ。そのうちある晩<ruby><rb>風雪</rb><rt>ふぶき</rt></ruby>になって、雨戸の外では風の音がひゅうひゅうとして、庭に植えてある竹がおりおり<ruby><rb>箒</rb><rt>ほうき</rt></ruby>で掃くように戸を<ruby><rb>摩</rb><rt>す</rt></ruby>る。十時頃に下女が茶を入れて持って来て、どうもひどい晩でございますねというような事を言って、暫くもじもじしていた。宮沢は自分が寂しくてたまらないので、下女もさぞ寂しかろうと思い<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>って、どうだね、<ruby><rb>針</rb><rt>はり</rt></ruby><ruby><rb>為事</rb><rt>しごと</rt></ruby>をこっちへ持って来ては、<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>は構わないからと云ったそうだ。そうすると下女が喜んで縫物を持って来て、部屋の隅の方で小さくなって為事をし始めた。それからは下女が、もうお客様もございますまいねと云って、おりおり縫物を持って、宮沢の部屋へ来るようになったのだ。」

富田は笑い出した。「戸川君。君は小説家だね。なかなか<ruby><rb>旨</rb><rt>うま</rt></ruby>い。」

戸川も笑って頭を掻いた。「いや。実は宮沢が後悔して、僕にあんまり<ruby><rb>精</rb><rt>くわ</rt></ruby>しく話したもんだから、僕の話もつい精しくなったのだ。跡は<ruby><rb>端折</rb><rt>はしょ</rt></ruby>って話すよ。しかしも一つ具体的に話したい事がある。それはこうなのだ。下女がある晩、お休なさいと云って、隣の間へ引き下がってから、宮沢が寐られないでいると、壁を隔てて下女が溜息をしては寝返りをするのが聞える。暫く聞いていると、その溜息が段々大きくなって、苦痛のために<ruby><rb>呻吟</rb><rt>しんぎん</rt></ruby>するというような風になったそうだ。そこで宮沢がつい、どうかしたのかいと云った。これだけ話してしまえば跡は本当に端折るよ。」

富田は仰山な声をした。「おい。待ってくれ給え。ついでに跡も端折らないで話し給え。なかなか面白いから。」声を一倍大きくした。「おい。お竹さん。好く聞いて置くが<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>いぜ。」

始終にやにや笑っていた主人の大野が顔を<ruby><rb>蹙</rb><rt>しか</rt></ruby>めた。

戸川は話し続けた。「どうも富田君は<ruby><rb>交</rb><rt>まぜ</rt></ruby>っ返すから困る。<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>それから下女が下女でなくなった。宮沢は直ぐに後悔した。職務が職務なのだから、発覚しては一大事だと思ったということは、僕にも察せられる。ところが、下女は今まで<ruby><rb>包</rb><rt>つつ</rt></ruby>ましくしていたのが、次第にお化粧をする、派手な着物を着る。なんとなく人の目に立つ。宮沢は気が気でない。とうとう下女の親<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>へ出掛けて行って、いずれ妻にするからと云って、<ruby><rb>一旦</rb><rt>いったん</rt></ruby>引き取らせて手当を遣っていた。そのうちにどうかしようと思ったが、親許が<ruby><rb>真面目</rb><rt>まじめ</rt></ruby>なので、どうすることも出来ない。宮沢は随分窮してはいたのだが、ひと算段をしてでも金で手を切ろうとした。しかし親許では極まった手当の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>のものはどうしても取らない。それが<ruby><rb>心</rb><rt>しん</rt></ruby>から欲しくないのだから、手が附けられない。とうとうその下女を妻にして、今でもそのままになっている。今は東京で立派にしているのだが、なんにしろ教育の無い女の事だから、宮沢は何かに附けて困っているよ。」

富田は意地きたなげに、酒をちびちび飲みながら冷かした。「もうおしまいか。竜頭蛇尾だね。そんな話なら、誉めなけりゃあ好かった。」

## 四

この時戸口で、足踏をして足駄の歯に附いた雪を落すような音がする。主人の飼っている <ruby><rb>Jean</rb><rt>ジャン</rt></ruby> という大犬が吠えそうにして<ruby><rb>廃</rb><rt>よ</rt></ruby>して、鼻をくんくんと鳴らす。竹が障子を開けて何か言う声がする。

間もなく<ruby><rb>香染</rb><rt>こうぞめ</rt></ruby>の衣を着た坊さんが、<ruby><rb>鬚</rb><rt>ひげ</rt></ruby>の二分程延びた顔をして<ruby><rb>這入</rb><rt>はい</rt></ruby>って来た。皆の顔を見て会釈して、「遅くなりまして<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ」と云いながら、畳んだ坐具を右の<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>に置いて、戸川と富田との間の処に据わった。

<ruby><rb>寧国寺</rb><rt>ねいこくじ</rt></ruby>さんという<ruby><rb>曹洞宗</rb><rt>そうとうしゅう</rt></ruby>の坊さんなのである。金田町の鉄道線路に近い処に、長い間廃寺のようになっていた寧国寺という寺がある。<ruby><rb>檀家</rb><rt>だんか</rt></ruby>であった元小倉藩の士族が大方<ruby><rb>豊津</rb><rt>とよつ</rt></ruby>へ<ruby><rb>遷</rb><rt>かえ</rt></ruby>ってしまったので、廃寺のようになったのであった。辻堂を大きくしたようなこの寺の本堂の壁に、新聞<ruby><rb>反古</rb><rt>ほご</rt></ruby>を張って、この坊さんが近頃住まっているのである。

主人は嬉しそうな顔をして、下女を呼んで言い附けた。

「饂飩がまだあるなら、一杯熱くして寧国寺さんに上げないか。お寒いだろうから。」

戸川は自分の手を翳していた火鉢を、寧国寺さんの前へ押し遣った。

寧国寺さんはほとんど<ruby><rb>無間断</rb><rt>むげんだん</rt></ruby>に微笑を<ruby><rb>湛</rb><rt>たた</rt></ruby>えている、<ruby><rb>痩</rb><rt>や</rt></ruby>せた顔を主人の方に向けて、こんな話をし出した。

「実は今朝<ruby><rb>托鉢</rb><rt>たくはつ</rt></ruby>に出ますと、<ruby><rb>竪</rb><rt>たて</rt></ruby>町の小さい古本屋に、<ruby><rb>大智度論</rb><rt>たいちどろん</rt></ruby>の立派な本が一山積み畳ねてあるのが、目に留まったのですな。どうもこんな本が<ruby><rb>端本</rb><rt>はほん</rt></ruby>になっているのは不思議だと思いながら、こちらの方へ歩いて参って、<ruby><rb>錦</rb><rt>にしき</rt></ruby>町の通を<ruby><rb>旦過橋</rb><rt>たんかばし</rt></ruby>の方へ行く途中で、また古本屋の店を見ると、同じ大智度論が一山ここにも積み畳ねてある。その外<ruby><rb>法苑珠林</rb><rt>ほうおんじゅりん</rt></ruby>だの何だのと、色々あるのです。大智度論も二軒のを合せると全部になりそうなのですな。」

主人は口を挟んだ。「それじゃあわざと端本にして分けて売ったのでしょう。」

「お察しの通りです。どこから出たということも大概分かっています。どうかすると調べたくなる事もある本ではあるし、端本にして置けば、反古にしてしまわれるのは<ruby><rb>極</rb><rt>き</rt></ruby>まっていますから、いかにも惜しゅうございますので、東禅寺の和尚に話して買うて置いて貰うことにして来ました。跡に残っている本のうちには、何か御覧になるようなものもあろうかと思いましたので<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちょっと</rt></ruby>お知らせに参りました。」

「それは<ruby><rb>難有</rb><rt>ありがと</rt></ruby>う。<ruby><rb>明日</rb><rt>あした</rt></ruby>役所から帰る時にでも廻って見ましょう。さあ。饂飩が冷えます。」

寧国寺さんは饂飩を食べるのである。暫くすると、竹が「お代りは」と云って出て来た。そしてお代りを持って来るのを待って、主人は竹を呼び留めた。

「少しこの<ruby><rb>辺</rb><rt>へん</rt></ruby>を片附けて、お茶を入れて、馬関の<ruby><rb>羊羹</rb><rt>ようかん</rt></ruby>のあったのを切って来い。おい。富田君の処の徳利は片附けてはいけない。」

「いや。これを持って行かれては大変。」富田は<ruby><rb>鰕</rb><rt>えび</rt></ruby>のようになった手で徳利を押えた。そして主人にこう云った。

「一体御主人の博聞強記は<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>いが、科学を遣っているくせに仏法の本なんかを読むのは分からないて。仏法の本は坊様が読めば好いではないか。」

寧国寺さんは饂飩をゆっくり食べながら、顔には相変らず微笑を湛えている。

主人がこう云った。「君がそう思うのも無理はない。医書なんぞは、医者でないものが読むと、役には立たないで害になることもある。しかし仏法の本は違うよ。」

「どうか知らん。独身でいるのさえ変なのに、お<ruby><rb>負</rb><rt>まけ</rt></ruby>に三宝に<ruby><rb>帰依</rb><rt>きえ</rt></ruby>していると来るから、溜まらない。」

「また独身攻撃を遣り出すね。僕なんぞの考では、そう云う君だってやっぱり三宝に帰依しているよ。」

「こう見えても、僕なんかは三宝とは何と何だか知らないのだ。」

「知らないでも帰依している。」

「そんな<ruby><rb>堅白異同</rb><rt>けんぱくいどう</rt></ruby>の弁を試みたっていけない。」

主人は<ruby><rb>笑談</rb><rt>じょうだん</rt></ruby>のような、<ruby><rb>真面目</rb><rt>まじめ</rt></ruby>のような、不得要領な顔をしてこんな事を言った。

「そうでないよ。君は科学科学と云っているだろう。あれも法なのだ。君達の仲間で崇拝している大先生があるだろう。<ruby><rb>Authoritaeten</rb><rt>アウトリテエテン</rt></ruby> だね。あれは皆仏なのだ。そして君達は皆僧なのだ。それからどうかすると先生を退治しようとするねえ。<ruby><rb>Authoritaeten</rb><rt>アウトリテエテン</rt></ruby>\-<ruby><rb>Stuermerei</rb><rt>スチュルメライ</rt></ruby> というのだね。あれは仏を<ruby><rb>呵</rb><rt>か</rt></ruby>し祖を<ruby><rb>罵</rb><rt>ののし</rt></ruby>るのだね。」

寧国寺さんは羊羹を食べて茶を<ruby><rb>喫</rb><rt>の</rt></ruby>みながら、相変わらず微笑している。

## 五

富田は目を据えて主人を見た。

「またお講釈だ。ちょいと話をしている間にでも、おや、また教えられたなと思う。あれが苦痛だね。」<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちょっと</rt></ruby>顔を<ruby><rb>蹙</rb><rt>しか</rt></ruby>めて話し続けた。

「なるほど酒は<ruby><rb>御馳走</rb><rt>ごちそう</rt></ruby>になる。しかしお<ruby><rb>肴</rb><rt>さかな</rt></ruby>が饂飩と来ては閉口する。お負にお講釈まで聞せられては溜まらない。」

主人はにやにや笑っている。「一体仏法なぞを攻撃しはじめたのは<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>だろう。」

「いや。説法さえ<ruby><rb>廃</rb><rt>よ</rt></ruby>して貰われれば、僕も<ruby><rb>謗法</rb><rt>ぼうほう</rt></ruby>はしない。だがね、君、独身生活を攻撃することは廃さないよ。<ruby><rb>箕村</rb><rt>みのむら</rt></ruby>の処なんぞへ行くと、お肴が違う。お梅さんが床の間の前に据わって、富田に馳走をせいと<ruby><rb>儼然</rb><rt>げんぜん</rt></ruby>として御託宣があるのだ。そうすると山海の美味が前に並ぶのだ。」

「分からないね。箕村というのは誰だい。それにお梅さんという人はどうしてそんなに<ruby><rb>息張</rb><rt>いば</rt></ruby>っているのだい。」

「そりゃ息張っていますとも。床の間の前へ行って据わると、それ、御託宣だと云うので、箕村は遥か下がって平伏するのだ。」

「箕村というのは誰だい。」

「箕村ですか。あの長浜へ出る処に小児科病院を開いている男です。前の細君が病気で亡くなって忌中でいると、ある日大きな<ruby><rb>鯛</rb><rt>たい</rt></ruby>を持って来て置いて行ったものがあったそうだ。箕村がひどく驚いて、近所を聞き廻ったり何かして騒ぐと、その時はまだ女中でいたお梅さんが平気で、これはお<ruby><rb>稲荷</rb><rt>いなり</rt></ruby><ruby><rb>様</rb><rt>さま</rt></ruby>の下さった鯛だと云って、直ぐに料理をして、<ruby><rb>否唯</rb><rt>いやおう</rt></ruby>なしに箕村に食わせたそうだ。それが不思議の始で、おりおり稲荷の託宣がある。梅と婚礼をせいと云う託宣なんぞも、やっぱりお梅さんが言い渡して置いて、箕村が婚礼の支度をすると、お梅さんは驚いた顔をして、お<ruby><rb>娵</rb><rt>よめ</rt></ruby>さんはどちらからお<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>なさいますと云ったそうだ。僕は神慮に<ruby><rb>称</rb><rt>かな</rt></ruby>っていると見えて、富田に馳走をせいと云う託宣があるのだ。」

「怪しい女だね」と戸川が<ruby><rb>嘴</rb><rt>くちばし</rt></ruby>を<ruby><rb>容</rb><rt>い</rt></ruby>れた。

「なに。御馳走になるから云うのではないが、なかなか<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い細君だよ。入院している子供は皆<ruby><rb>懐</rb><rt>なつ</rt></ruby>いている。好く世話をして<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>るそうだ。ただおりおり御託宣があるのだ。」

寧国寺さんは、主人と顔を見合せて、不断の微笑を浮べて聞いていたが、「お休なさい」と云って、ついと起った。見送りに立つ<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>もない。

この坊さんはいつでも<ruby><rb>飄然</rb><rt>ひょうぜん</rt></ruby>として来て飄然として去るのである。

風の音がひゅうと云う。竹が<ruby><rb>薬缶</rb><rt>やかん</rt></ruby>を持って、<ruby><rb>急須</rb><rt>きゅうす</rt></ruby>に湯を差しに来て、「上はすっかり晴れました」と云った。

「もうお互に帰ろうじゃないか」と戸川が云った。

富田は幅の広い顔に幅の広い笑を見せた。「ところが、まだなかなか帰られないよ。独身生活を <ruby><rb>berufsmaessig</rb><rt>ベルウフスメエシヒ</rt></ruby> に遣っている先生の退却した<ruby><rb>迹</rb><rt>あと</rt></ruby>で、最後の突撃を加えなけりゃあならないからな。箕村だってそうだ。僕は<ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆえ</rt></ruby>にお稲荷さんが、特に女中をしていたお梅さんを<ruby><rb>抜擢</rb><rt>ばってき</rt></ruby>したかということまで、神慮に立ち入って究めることは<ruby><rb>敢</rb><rt>あえ</rt></ruby>てしない。しかし兎に角第二の細君が直ぐに出来たのは、箕村のために幸福であった。箕村は一日も不自由をしない。箕村のお客たる僕なんぞも不自由をしない。主人が幸福なら、客も幸福だ。」

主人の<ruby><rb>無頓着</rb><rt>むとんじゃく</rt></ruby>らしい顔には、富田がいくら<ruby><rb>管</rb><rt>くだ</rt></ruby>を巻いてもやはり微笑の影が消えない。

戸川は主人に<ruby><rb>目食</rb><rt>めく</rt></ruby>わせをした。「いや。大変遅くなった。もうお<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>をします。」

そして起ちそうにして起たずに、<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに富田を促すのである。「さあ。君も行こうじゃないか。もう分かっているよ。分かっているよ。」

戸川はとうとう引き<ruby><rb>摩</rb><rt>ず</rt></ruby>るようにして富田を連れ出した。

富田は少しよろけながら玄関へ出て、大声にどなっている。「おい。お竹さん。もう一本熱いのを貰うはずだが、こん度の晩まで預けて置くよ。」

主人は送りに出て、戸川に<ruby><rb>囁</rb><rt>ささや</rt></ruby>いた。「車を呼びに遣ろうか。」

「なに。どうせ同じ道ですから、僕が門まで一しょに行きます。さようなら。」

## 六

二人の客の帰った<ruby><rb>迹</rb><rt>あと</rt></ruby>は急にひっそりした。旭町の太鼓はいつか止んでいて、今まで聞えなかった海の鳴る音がする。

竹が出て来て、酒や茶の道具を片附けている。主人の大野は、見るともなしにそれを見ていたが、ふいと竹を女として視ようとした。

背の低い、髪の薄い、左右の目の大さの少し違っている女である。初め奉公に来た時は痩せて蒼い顔をしていて、しおらしいような処があった。それがこの家に来てから段々肥えて、<ruby><rb>頬</rb><rt>ほ</rt></ruby>っぺたが膨らんで来た。女振はよほど下がったのである。

宿元は小倉に近い処にあるが、兄が<ruby><rb>博多</rb><rt>はかた</rt></ruby>で小料理屋をしている。<ruby><rb>飯焚</rb><rt>めしたき</rt></ruby>なんぞをするより、酌でもしてくれれば、嫁入支度位は直ぐ出来るようにして遣ると、兄が勧めたので、暫く博多に行っていたが、そこへ来る客というのが、皆マドロスばかりで、ひどく乱暴なので、恐れて逃げて帰ったのだそうだ。裏表のない、主人のためを思って働く、珍らしい女中である。しかし女として視ることはむずかしい。これまで一度も女だと思ったことがなかったが、今女だと思おうとしても、それがほとんど不可能である。異性のものだという感じは<ruby><rb>所詮</rb><rt>しょせん</rt></ruby>起らなかった。

道具を片附けてしまって起って行くのを、主人は見送って、覚えず微笑した。そして自分の<ruby><rb>冷澹</rb><rt>れいたん</rt></ruby>なのを、やや<ruby><rb>訝</rb><rt>いぶか</rt></ruby>るような心持になった。

この心持が妙に反抗的に、自分のどこかに異性に対する感じが潜んでいはしないかと捜すような心持を呼び起した。

大野の想像には、小倉で戦死者のために法会をした時の事が浮ぶ。本願寺の<ruby><rb>御連枝</rb><rt>ごれんし</rt></ruby>が来られたので、式場の天幕の<ruby><rb>周囲</rb><rt>まわり</rt></ruby>には、老若男女がぎしぎしと詰め掛けていた。大野が来賓席の<ruby><rb>椅子</rb><rt>いす</rt></ruby>に掛けていると、段々見物人が押して来て、大野の<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>の間の処へ、島田に<ruby><rb>結</rb><rt>い</rt></ruby>った百姓の娘がしゃがんだ。お白いと髪の油との<ruby><rb>匀</rb><rt>におい</rt></ruby>がする。途中まで聞いていた誰やらの演説が、ただ雑音のように耳に聞えて、この島田に掛けた<ruby><rb>緋鹿子</rb><rt>ひがのこ</rt></ruby>を見る視官と、この髪や肌から発散する匀を嗅ぐ<ruby><rb>嗅覚</rb><rt>きゅうかく</rt></ruby>とに、暫くの間自分の心が全く奪われていたのである。この一<ruby><rb>刹那</rb><rt>せつな</rt></ruby>には大野も<ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>かに官能の奴隷であった。大野はその時の事を思い出して、また覚えず微笑した。

大野は今年四十になる。一度持った妻に別れたのは、久しい前の事である。独身で小倉に来ているのを、東京にいるお<ruby><rb>祖母</rb><rt>ば</rt></ruby>あさんがひどく案じて、手紙をよこす度に<ruby><rb>娵</rb><rt>よめ</rt></ruby>の詮議をしている。<ruby><rb>今宵</rb><rt>こよい</rt></ruby>もそのお祖母あさんの手紙の来たのを、客があったので、封を切らずに机の上に載せて置いた。

大野は<ruby><rb>昏</rb><rt>くら</rt></ruby>くなったランプの心を<ruby><rb>捩</rb><rt>ね</rt></ruby>じ上げて、その手紙の封を開いた。行儀の<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>いお家流の細字を見れば、あの<ruby><rb>角縁</rb><rt>つのぶち</rt></ruby>の目金を掛けたお祖母あさんの顔を見るようである。

歳暮もおひおひ近く<ruby><rb>相成</rb><rt>あいなり</rt></ruby><ruby><rb>候</rb><rt>そうら</rt></ruby>へば、御上京なされ候日の、指折る程に相成候を楽み居り候。前便に申上候井上の嬢さんに引き合せくれんと、谷田の奥さんが申され候ゆゑ、今日上野へまゐり、<ruby><rb>只今</rb><rt>ただいま</rt></ruby>帰りてこの手紙をしたため候。私と谷田の奥さんとにて先に参りをり候処へ、富子さん母上と御一しよに来られ、車を降りて立ち居られ候高島田の姿を、初て見候時には、実に驚き申候。世の中にはこの様なる美しき人もあるものかと、不思議に思はれ候程に候。この人を見せたらば、いかに女嫌の御前様もいやとは申さるまじと存じ候。性質は一度逢ひしのみにて何とも申されず候へども、<ruby><rb>怜悧</rb><rt>れいり</rt></ruby>なることは<ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>かに候。ただ一つ不思議に思はれしは、茶店に<ruby><rb>憩</rb><rt>いこ</rt></ruby>ひて一時間ばかりもゐたるに、富子さんは一度も笑はざりし事に候。丁度西洋人の一組同じ茶店にゐて、言語通ぜざるため、色々をかしき事などありて、谷田の奥さん例の達者なる英語にて通弁をして<ruby><rb>遣</rb><rt>つかわ</rt></ruby>され、富子さんの母上も私も笑ひ候に、富子さんは少しも笑はずにをられ候。<ruby><rb>尤</rb><rt>もつとも</rt></ruby>前便に申上候<ruby><rb>通</rb><rt>とおり</rt></ruby>、不幸なる境遇に居られし人なれば、同じ年頃の娘とは違ふ所もあるべき道理かと存じ候。何は<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>もあれ、御前様の一日も早く御上京なされ候て、私の眼鏡の<ruby><rb>違</rb><rt>たが</rt></ruby>はざることを御認なされ候を、ひたすら待入候。かしこ。

<ruby><rb>尚々</rb><rt>なおなお</rt></ruby>精次郎夫婦よりも<ruby><rb>宜</rb><rt>よろ</rt></ruby>しく<ruby><rb>可申上様</rb><rt>もうしあぐべきよう</rt></ruby>申出候。先日石崎に申附候<ruby><rb>亀甲万</rb><rt>きつこうまん</rt></ruby>一<ruby><rb>樽</rb><rt>たる</rt></ruby>もはや相届き候事と存じ候。

読んでしまった大野は、竹が机の<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>へ出して置いた<ruby><rb>雪洞</rb><rt>ぼんぼり</rt></ruby>に火を附けて、それを持って、ランプを吹き消して起った。これから<ruby><rb>独寝</rb><rt>ひとりね</rt></ruby>の冷たい床に<ruby><rb>這入</rb><rt>はい</rt></ruby>ってどんな夢を見ることやら。

（明治四十三年一月）