Soranoha

イデオロギーの論理学

イデオロギーのろんりがく

戸坂 潤

序

この書物は、過去一年余りの間に私が様々な雑誌に発表した文章を、略々発表の時期の順序に従って編集したものである。どの文章もそれだけで独立な統一を有っているのではあるが、書物全体が実は、初めから一定のテーマを追跡することによって、それからそれへと次々に展開された諸問題の一系列を形づくっている。それ故この書物を初めから順次に読むならば、個々の文章だけでは気付かれなかったような必然的な統一が、容易に読み取れるだろうと思う。そこにこの書物を出版する理由がある。

ここに取り扱われたものは主に論理に就いての問題であると云うことが出来る。ただその論理という言葉が、所謂形式論理学でいう夫とは別であるということは、この書物の名前自身が物語っている通りである。人々は今まで観念の、思惟の、認識の、科学の、論理学の周囲に集っていたように思われる。そして思惟の論理学に就いては、之を論理学以外のものの責任に帰して好いように考えていたのではないかと思われる。併し今吾々にとって必要なのは、思想の論理学なのであり、それが「イデオロギー」の論理学なのである。

イデオロギーという言葉を観念形態という意味に用い始めたのはカール・マルクスの独創に由来するといわれている。従って今云うイデオロギーという言葉はただマルクス主義の理論に立ってのみ、初めて正当な問題となることが出来る。「イデオロギーの論理学」はマルクス主義にのみぞくする。

だが之は社会科学的公式の適用ではない、そのことはこれ等の文章に少し眼を通せば明らかである。そうではなくして却って社会科学的公式の論理学的展開でなければならない。之は新しい論理公式を導来することを目的とする。夫々の文章がそれ故、論理上の問題を解くための公式として利用されるであろうことを、私はひそかに望んでいる。例えば世界観の論争に就いての問題は「問題に関する理論」へ、真理乃至虚偽に関する問題は「論理の政治的性格」乃至「無意識的虚偽」へ、科学階級性の問題は「科学の歴史的社会的制約」及び「科学の大衆性」へ、夫々帰着することが出来るであろう。敢えて譬えるならば、それは一切の民族問題がマルクスの「ユダヤ人問題」の公式に帰着するようなものであるだろう。最初の文章「性格概念の理論的使命」は、之等の公式を導き出すための下準備に外ならない。

初めの方の文章では問題が比較的に無限定な形を取っている、後の方の文章が之を限定するのである。であるから、この書物はまだ之だけの内容では結末を有つのではない。次々に展開する筈の多くの問題が残されているわけである。好意ある読者がこの点に就いて私を誘導して呉れるならば、著者としてそれ以上の報いを私は知らない。私は何を追跡し何を整理すべきであるか。

最後に一言しておきたい。私はかつて旧著『科学方法論』に於て、社会科学に関する科学論を後の機会に語りたいと約束しておいた。その約束は当分果すことは出来ないと思うが、この書物を出版することによって、約束の科学論の序説に代えたいと考える。

この書物を出版するには多くの人々の好意がなければならない。特に私は、恩師田辺元博士と先輩三木清氏との名を挙げようと思う。私の頭を初めてこの方向に向けて呉れた人は後者であり、誠に適切な批判によって私の頭を推進せしめて呉れた人は前者である。直接間接に私に勇気を与えて呉れた少なからぬ友人達の名も忘れることが出来ない。これ等の文章を初めて載せた諸雑誌の編集者と出版を快諾して呉れた鉄塔書院主とへ謝意を表する。

一九三〇・四・一二

京都

戸坂潤

「性格」概念の理論的使命

――一つの計画に就いて――

性格の概念は個性の夫と似ているかのように見えるであろう、併し二つは全くその成立を異にした二つの概念である。初めにこのことを決めてかかろう。

吾々が欲すると否とに関らず現に吾々が相続している理論的遺産に於て、最も遍在し最も有力な根本概念は、第一に普遍者の概念であろう。蓋し一般に理論の構造を形式的に――何か論理的に――見るならば、この概念が中心的な勢力を占めることは当然である。というのは理論の一切の内容はただ普遍者と関係することによってのみ論理的であり得るのである。理論の実際的な方法の上での順序は何であるとしても、論理の秩序から云うならば、まず第一に普遍者が掲げられ、之から普遍者ならぬものが引き出される、という形式が具わっている。普遍者に対する普遍者ならぬもの、之は形式的に――何か論理的に――特殊者乃至個別者である*。特殊者乃至個別者は、理論的遺産の形式から見て、第二に有力な根本概念であろう。併し特殊者乃至個別者は如何にして普遍者から引き出されるか。

* 人々はすぐ様ヘーゲルを連想してはならない。ヘーゲルの論理学は、従ってその普遍者と特殊乃至個別者は吾々にとって、より根本的な特別の関心を要求する。

弁証法によるか演繹法によるか、それとも問題提出の仕方を全く逆にして、帰納法によるか、などを決めようとするのではない。そのような方法は、論理に関する理論の又は単に理論の、手続きに属するから、前に示された通り、今の問題とは関係がない。そうではなくして、論理の――理論のではない――秩序に於て、普遍者から特殊者乃至個別者がどのようにして引き出されるか、を吾々は問うている。之を引き出す機能をもつ媒介者は個別化原理に外ならない*。普遍者はそれ自身が個別化――之に加え又は之から差し引く――されることによって特殊者乃至個別者となる、と云うのである。個別化が目的とする終点は個物又はそれがもつ個性と呼ばれる。個物(個性)の概念は、第三の根本概念として普遍者に対して反対的に働きつつ、従来の理論一般を形式的に支配しているであろう。

* 個別化原理が時間であるとか空間であるとかは今は顧みない。之を形式的に理解すべきである。例えばドゥンス・スコトゥスのそれ。

論理家とも呼ばれるべき傾向の人々にとっては普遍者が、之に反して所謂生命哲学者達にとっては個性が、尊敬すべく愛着すべき根本概念であるかのように見える。前者にとっては普遍者は疑うべからざる課題であり、後者にとっては個性が凡ての問題の解決を約束する合言葉であるかのように見える。蓋し両者は理論に於ける好話柄であるように見える。或る人々は如何なる思想家の思想に就いても普遍者を、他の人々は如何なる思想家の思想に就いても個性を、専らテーマとしようと欲する。かくして例えばプラトンは普遍者の、アリストテレスは個性の、宗家であるかのように解釈せられる、等々。この場合、普遍者は個性に関係づけられ、又個性は普遍者に関係づけられ、そして、ただそうしてのみ人々の問題となるのである。特に、個性は、ただ個性と普遍者との関係に於てのみ、問われ得るのである。個性概念は従って常に個別化原理と共に――普遍者への関係に於て――理解されなければならないものである。

個別化原理が事実、時間乃至空間として与えられ得たことを吾々は注意しよう。この場合時間乃至空間を一般的に云うならば、観念的であるにせよ現実的であるにせよ何か一般に外延的なるものにぞくすることを、夫は意味するに外ならない。この外延的なるもの――それは連続であるが――の上に於て、即ち之を一つの原理として、限定されたものが、恰も個物(個性)の最初の規定を云い表わす。この場合個物(個性)は連続的なる外延者の限定として、限界を有つものとして、現われる。個物はこの限界によって他の個物から区別せられ、この限界に於て他の個物に連続している。事実人々は或る事物を個物として知ろうと欲する時、即ちそれがもつ個性を多少なりとも明らかにしようとする時、その事物と他の事物との連続を仮定した上で、最初に両者の限界を見出し、かくて両者の区別を与えることによって目的の第一歩を達したものとするであろう。個物(個性)は常に限界を与え得られることを以て、その最初の概念規定とするのである。次に、仮りにこの個別化原理が、個物と個物との間隙を埋めていた当の連続を否定したとして見よう。残るものは断続的な原子である。個別化原理は原子に至って働きを停止する。原子(A-tom)は分割し得ざるもの、もはや個別化し得ざるものを意味し、そしてこれこそが個物(In-dividuum)であるのである。かくて個別化原理の終点に於て、個物(個性)の概念は原子として、分つべからざる単一者として(時には又モナドとして)窮極的に現われる。

個物の概念が、従って又個物のもつ個性の概念が、常に個別化原理と共に――普遍者への関係に於て――しか理解されない所以が之である。個別化の原理に於て、個物(個性)は他との限界を持つものとしてまずあり、そして窮極に於ては原子としてある。

性格の概念は然るに、個別化原理とは独立な成立を有っている処にその特色を示している。今それを明らかにしよう。

二つの事物の限界が与えられない時に於ても、二つの事物の性格は夫々明らかであることが出来る。植物と動物との限界は決して正確に与えられ得ないにも拘らず、即ち両者を区別するに充分な徴標が見出し難いにも拘らず、それを理由にして動物と植物との夫々の特色が不明であると云うならば、それは少なくとも常識の忠実な告白ではないであろう。吾々は事実、両者の性格を夫々――常識的に*――知っており、又その限り両者の区別を、云うならば概略に於て知っているのであって、日常生活にとってはこの概略さで充分であり、又この概略さに止まらなければ日常生活は支えられないであろう。ただこのように概略に於て性格を理解することによっては、動物と植物との限界が少しも与えられないというまでである(実は与えられる必要がないのである)。動物と植物との関係に於てはそれにしても一旦限界が問題となることが出来たが、之と異って全く限界が問題となることの出来ない場合に於ても亦性格は明らかにされ得るであろう。例えば欧州文明に於けるギリシア思想とヘブライ思想との夫々の性格の如きがそれである。或る見方からすれば全文明がギリシア的性格をもち、又他の見方からすればこの同じ全文明が又ヘブライ的性格をもつであろう。性格は限界――この幾何学的なる規定――を有つことなくして、云わば力学的に、否、個性―モナドも亦力学的であると云うならば、化学的に、機能することが出来る。性格は相互に浸透する(この意味に於て又性格は、領域とは関係がない。尤もモナドも亦そうである**)。性格概念が限界の概念とは無関係であることが明らかとなったであろう。すでに一般に限界と無関係であるから、性格が最後の限界としての単一者として現われなければならない動機は何処にも存在しない筈である。分割出来ないという性質を持ち出しても、それによっては性格概念の解明に何の変化も起こされないであろう。かくて性格は限界や分割とは何の関係をもつものでもない。そして限界や分割は個別化原理に帰するのであった、故に性格概念は個別化原理からは独立な概念成立の動機を有っているのでなければならない。

* 性格と常識との関係は重大である。後に之を明らかにしよう。

** ライプニツのモナドの概念は個物乃至個性の概念の最も精練された場合の一つであるであろう。それにも拘らずモナドは遂に個別化原理からの制約を脱却することが出来ない。

人々は個物と個性とを区別せよと云うであろうか。個物は一つの限界概念であり、之に反して個性は、単なる限界概念ではなくして窮極的なそれであり、そして正にその故にこの規定を圧倒するに足るほどの豊富な他の内容を有つ、と云うであろうか。併しそれにしても個性概念は概念成立の歴史に於て、その概念の動機に於て、個別化原理に由来することは否定出来ない。性格概念は然るに、そのような歴史から、そのような動機から、自由である。

性格という言葉の原始的な意味は刻印である。日常的な具象的事物――凡そ学問の対象としてのみ存在し得ると考えられるような事物を私は以下考察の外に置く――の性格とは、この事物が有つ、即ちそれに与えられた、刻印を指す。事物は例えばAなるものとして、刻印されて、あるのである。同一の事物も様々の刻印を捺されることによって、夫々の異った性格者として現われることが出来る。同一の行動が或いは賞嘆すべきものとして、或いは唾棄すべきものとして、刻印を捺されることの出来るのが事実であるであろう。性格は今事物の性格であったから云うまでもなく事物それ自身にぞくするのでなければならない、事物が有っている関係を離れて任意な性格を刻印することは許されない。仮にそれを許すとしたならばそのような性格は結局性格としては受け取られないであろう。それは性格概念自身に矛盾するからである。処がその事物それ自身に固有でありながらそれにも拘らず性格は、その事物それ自身から一応離れ得る性格を有っていなくてはならない、同一の事物が様々の性格を有つものとして現われ得たからである。今仮りに事物の性格という概念の代りに事物の本質という概念を引き合わせて見ることが有効であると思われる。事物の本質はこの概念それ自身から必然に、事物への固有を意味する。事物Aの本質はαでありBの本質はβであるとして、人々はAとBの関係をαとβとの関係によって考察する事が出来るのである。この場合Aの本質がαとして或いは又βとして、現われ得るのであってはならない。何となれば本質はなる程事物に就いて人々が発見したものである外はないが、併し又人々によって与えられたという規定をもつのであっては事物の本質の概念ではない。本質は常に、人々によってどう見出されようとも結局に於てはそれとは独立に、事物それ自身に具わっている処の、根本的な性質を意味する。そこで同一の事物Aの本質がαとなって現われたりβとなって現われたり出来るということは――たとい事実上の誤謬として起こるにしても――本質概念自身から云って許されない。本質概念は本質を見出した人々への関係とは独立に、一旦事実上この関係を通過しなければならないが併し結局のテロスに於てこの関係を脱却して、みずからを成立せしめている。それは人々にとって彼方にある。これを押しつめるならば本質は正に一つの物自体――之こそ言葉通りの事物の本質ではないか――概念に帰着する処に特色をもつ。Aなる物それ自身――物の本質――は苟くもそれ自身であって現象でない限り、αとしてもβとしても現われることを許されない筈ではないか。処で性格概念は恰もこの点に於て本質概念と根本的に異っている。性格――それは与えられた刻印であった――は常に、人々にとって、αとして或いは又βとして現われ得るのでなければならない。性格は之を与える人々への関係を、その結局のテロスに於ても脱却しない処に、特色を有つ。刻印は常に与えられるべきものであろう。本質概念の目的は――理念は――人々への関係を切り離す処に、之に反して性格概念の目的は之を最後まで持ち続ける処に、夫々の面目を現わしている。性格は人々への関係を含むことによってのみ成立する概念である。刻印――それは与えられる――の概念が恰も之を注意せしめるであろう。

性格はそれみずからに人々への関係を含んでいる。それは人々と事物とを媒介することが出来る。事物は之によって人々にとって通達し得るものとなる、性格は通路を有つ。もし本質であるならば人々がそれへ通達するためには何か本質以外のものに頼らなければならないであろう、例えば現象がそれであるであろう。性格は之に反してみずから通路を用意している。人々は性格を性格に於て知ることが出来る。事実、事物の性格は之を理解する人々の性格に相関的でなければならない――後を見よ。それであればこそ性格の概念は第一に人々の――人間の――性格を示すものとして語られる理由があり、吾々が今又それを更に事物に就いてまで拡張して語ることが出来る所以があるのである*。性格を一つの人間的な概念と呼ぶことは誤りではないであろう。尤も何か他の関心から動機せられて人間的と呼ばれるのではない、例えば浪漫的な興奮や道義的な謹厳さからそう呼ばれるのではない。ただ理論的に云ってそれが人々にとっての通路を用意しているからなのである。個性――それは結局個人概念から離脱することが出来ない――の概念から性格の概念を区別した吾々は、個性的なるものとして普通掲げられる処の所謂人間的なるものから、吾々の性格概念を自由にしなければならない。併しそれにも拘らず性格は――云わば理論的に――人間的である。も一遍云おう。性格は通路を用意している点に於て一つの人間的概念である。――処で併しかの個性の概念は或る意味に於て人間的な概念で矢張りありながら、このような理論的に考えられる通路を用意しているとは思われない。個性の概念はそれ自身に個性の理解乃至取り扱いの概念を伴わない、それは例えば知識学的に取り扱われることの出来ない概念であろう**。性格は恰も之に反して、常に知識学的な又は多少の注意を怠らずに言葉を使用するとして認識論的な、課題を含んでいる。性格概念はこの意味に於て人間的概念であり、知識学的通路を用意している。

* 性格の概念を人格的なるものから芸術的なるものへ移したものは、テオフラストスであろう。

** ライプニツのモナドは表象の能力を有っている。併しかかる能力は形而上学的実在の規定であって、知識学的な通路を意味するものではない。

性格は個別化原理から完全に独立であり、そして通路を有っている。私はこの二つの点を指摘して個性概念との混同を防いでおこう。

さて併し性格とは何か。

日常吾々が接する具象的な事物は恐らく無限な数の性質を持っているであろう。事物はこれ等の性質の統一としてある。夫々の性質はそれに特有な作用の範囲を与えられている。というのは或る性質は顕著であり之に反して他の性質は著しくない、と考えられる。事物が含む云わば一〇〇の内容を、夫々の性質は幾つかずつ分け占めていると考えられる。かくて例えば神は全知全能という特質によってその内容の大部分を分け占められると考えられる。併し或る事物に就いて何が顕著であり何が顕著でないかは決して事物それ自身だけによって決定され得ることではない。或る視角から視れば甲性質が又他の視角から視れば乙性質が顕著なものとして現われる。他の事物には無くただその事物にしか見出されないような或る性質は――たといそれが微弱であっても――顕著となることが出来、強大な性質であっても、それが多くの事物と共通であるならば顕著でないと考えられることが出来る。又事物の某性質――それが強大であろうと微弱であろうと――を特に注目することによって、その事物の理論的乃至実際的な処理を進めることが出来ると見られる時、その性質は顕著なるものとして見られる。であるからどの性質が顕著であるかは実は、事物それ自身に固有な作用範囲の配分ではなくして、その事物が人々によって理論的にか実際的にか取り扱われ得る通路を媒介とする勢力の消長でなければならないのである。事物の無限の諸性質は之を取り扱う通路に於て、顕著の秩序に並列される。さて顕著なる性質Aは無論、顕著ならぬ性質Bとは別でなければならない。併しそれにも拘らずAはBを――又Bと同じ資格をもつCD……を――代表することが出来る。もし事物を言葉通りに具体的に定立しなければならないとすれば、AはあくまでBとは性質を異にする筈であったから、AがBを代表するということは許されないわけであろう。それ故之が許される以上茲に事物の抽象が成り立っているのである。処が事物を抽象することこそ具象的な事物を把握する唯一の途であるであろう。事物の把握を顧みずに、即ち事物への通路を顧みずに、事物そのものを決定し得るならば、抽象しないことこそ具体的であるであろう。処が実はこのような具体的事物は人々がそれへ通達する通路――方法――から切り離されている点に於て却って方法的には抽象的であるのである。事物を抽象することこそ具体的な方法である。それ故AがBを代表し得るのは人々が事物を抽象するからであり、そして人々はこの抽象によってこの事物を取り扱う具体的な方法を得ることが出来るのである。代表の概念は常に方法の概念から要求される。自己自身に安ろうている事物――このような概念は元来哲学的作業仮説でしかない――に於ては顕著なる性質Aがそうでない性質BC……と相隣りして席を占めていると思い做される、之に反して通路に於て把握された事物――人々はかくしてのみ事物を理論し又之を実際的にとり扱う方法を得る――に於てはAはBC……を代表し得なければならない。事物の性質AがBC……を代表する時、顕著なるこの性質Aはその事物の性格となるのである。代表は方法から要求された。代表者である処の性格はそれ故方法的規定を有つ。――性格はこの意味に於て通路を用意しているのであった。

性格とは事物の支配的な性質であり優越な性質である。その事物の他の一切の性質は、性格という資格をもつ一つの性質によって支配せられ優越せられ、かくて事物の表面的な形式的な公的な交渉からは隠される。その代り事物の諸性質の集合意志は性格を代表者として議席に送る。性格は議場に於てそれが代表する事物の権利を主張する、事物は性格の能力の如何によって夫々異った取り扱いを結果として招くのである。さてどの性質が性格として択ばれるべきかは全く政策にぞくする。そしてこの政策は例えば理論的計画として、人々の手に、通路に方法に、横たわる。

性格が方法的であることは今や明らかとなったであろう。併し方法的であることは常に実践的であることを意味する。性格は実践的規定を有たねばならない。日常的な具象的事物をそのまま静止したものと見るのであっては、それがどうあるかを知ることは出来ない。事物はどう実践的に取り扱われ得るかによって初めてその性質を明らかにする。事物を取り扱う――理論的に又実際的に――という正に実践的な折衝に於て、代表者として機能するものが性格であるのである。性格はただ実践に於てのみ意味を有つ概念である。性格のかの通路や方法は実は之を意味するのであった。

性格は実践的・方法的であると云った。日常の事物のどの性質が性格として択ばれるかは例えば人々の之に就いての理論的計画によると云った。理論的計画は人々の任意によって立てられるかのように見える。事実人々は或る成心を以て或る理論的結果を招くべく計画する時、事物はこの計画に合致すべく性格づけられる。例えば或る社会現象は、或る意味に於ては最も把握し易く又他の意味に於ては最も把握し難い。この日常的事物は、宗教家によって――彼は凡てを信仰に関係づけて理解しようとする実践的成心を持っている――信仰の欠乏として性格づけられ、又国民道徳家によって――彼は人間を常に絶対に国民であることに於て見なければならない実際上の必要があるのである――国家意識の欠乏として性格づけられる。かくてこの社会現象という事物は信仰又は国民意識の鼓吹によって実践的に処理され得るものと思い做される。そう想像することは実際彼等の自由であろう。彼等がその好む処に従って任意な性格を見出し、之によって事物を処理すべく努力することは許されないのではない。併し性格は誤って把握される場合があるであろう。理論の計画は誤って立てられることがあるであろう。どのような理論的計画を立てるか、どのように性格を見出すかは、成る程人々の自由であるように見えるが、併しそうすることによって実践的に事物を処理することが、結局に於て――直ぐ様ではない――不可能となるならば、その計画・その性格の把握・は誤っているに違いない。何となれば性格は事物を実践的に処理する方法を与えるのでなければならなかった、計画はそのような目的を有って初めて計画であり得た、のであるから。向の社会現象は信仰又は国民意識の鼓吹とは関係なく、それ自身の軌道を歩んで行くであろう。性格の発見――それは理論乃至実践の実践的方法に依存する――を条件づけるこの正誤は併し、何によって標準を与えられるか。

夫を与えるものが歴史的運動である。私が歴史的運動と呼ぶのは併し、歴史家によって記述された又されるべき歴史学的統一体――世界史乃至某々史――としての歴史のもつ運動、を指すのでは必ずしもない。そうではなくして要素的に、又一般的に、従って歴史学的統一体としての歴史の根柢に於ても無論、働いている処の、根本的な要素的な歴史的運動をそれは意味するのである。凡そ人々が或る事物を実践的に取り扱う時、即ちその事物に就いて理論し又はその事物を現実的に変革する時、事物の概念は又事物の現実的存在は、変化せられる。かかる変化=運動は併しただ人々が之を加えることによってのみ成立する。吾々は之を自然的運動から区別しなければならない。歴史的運動とは之である。概念の運動・思想の運動・から始めて、行為の運動・歴史学的統一体としての歴史の運動・に至るまで、運動は凡てこの歴史的運動としての特色を有つ。この歴史的運動は要素的運動である。歴史的乃至人間的と呼ばれる凡てのもののどの部分を取って見ても、夫はこの運動を要素としてのみ運動し変化することが出来るのでなければならない。処で歴史的運動が歴史の一部分に於て行われるためには、之は同時に歴史の全体に於ても行われなければならぬという特色を有つ。と云うのは或る限られた一定の歴史内容に於ける運動は常に、それを越えて全体の歴史内容に於ける運動に終局に於いて帰着し、之に制約せられるのである。例えば理論という特殊の歴史的内容の歴史的運動は社会全体の歴史的運動に終局に於て帰着して行かねばならぬ性質を持っている。理論の歴史的発展――運動――はそれ自身が特有な動力と形態とを有っているにも拘らず、社会の歴史的発展によって終極的に――直接にではない――限定されている。歴史的な全体と部分とは歴史的運動に於て特有に層を重ねた有機的連関を示す。――さて事物の性格は常に事物の歴史的運動に寄与しなければならない。この寄与をなし得ないものは、たとい初めに性格らしいものとして掲げられたにしても、結局は性格としての資格を欠いたものに外ならなかったことが証明されるであろう。事物の歴史的運動とは併し、人々が実践的にこの事物を取り扱う――理論し又使用する――ことによって生まれる事物の運動の謂であった。之なくして行われる事物の運動は自然的運動であるかも知れないが歴史的運動ではなかった。そして事物のかかる実践的取り扱いに於てこそ初めて性格が機能し得たのであった。それ故結果から見るならば、性格は常に事物の歴史的運動に於て発生する。事物の歴史的運動の動力因子、それがその事物の性格であると云うことが出来る。処が事物――それは一つの歴史的部分である――の歴史的運動はそれがぞくする任意の歴史的全体の歴史的運動によって終局的に限定されている筈であった。それ故事物の性格はそのままこの歴史的全体の歴史的運動の動力因子でもなければならない。結果から見れば、性格は常に歴史的全体の歴史的運動に於て発生する。この結果を逆にして云うならば、事物の性格は常に歴史的全体の歴史的運動に寄与しなければならない。この寄与をなし得る時、性格は性格であり、この寄与をなし得ない時、性格ではなかったのである。前の場合に於て性格は正しく把握され、後の場合に於てはそれは誤って把握される。事実、事物の或る性質を性格として――事物の歴史的運動の因子として――択ぶ時、もしこの歴史的運動が歴史的全体の運動からの制約を無視したものであるならば、たといこの性質が初めは事物の性格らしく想像されようとも、やがては終局に於て――直接に直ぐ様ではない――動きのとれない結果に陥るであろう。人々はここに至って初めて性格の誤っていたことに気づくのが普通であるであろう。事物の性格を択ばせるもの、それを例えば理論的計画であると云ったが、この理論的計画は個人の任意の成心によって立てられるのではなくて、正に、歴史的運動――その事物の・またその事物がぞくする歴史的全体の――によって口授されるのでなければならない。今や云うことが出来る。歴史的運動の車輪の転回に順い又之に寄与するもののみが性格的である、歴史の車輪を逆転する立場に於ては之に反して性格が失われる。後の場合の性格は誤られたる従って性格でない処の性格であるであろう。

歴史的全体が描く歴史的運動の曲線の各点に於て、性格は切線として理解せられる。或る一点に立ちながら而も他の点に固有な切線の方向を追求しようとするならば、この性格の誤解は時代錯誤となって現われる。というのは時代こそ代表的全体に外ならないであろうから。時代々々に固有な切線の方向に力を加えることによってのみ、歴史的運動の車輪は最も的確に有効に能率的に回転せしめられることが出来る。この回転を機能せしめるものが夫々の事物の性格に外ならない。一切の事物は夫々の時代の切線の方向に於て性格づけられる。そして時代のこの切線は又、恰も、時代の性格と呼ばれているであろう。蓋し事物――歴史的部分――の歴史的運動は終局に於て時代――それは最も代表的な歴史的全体である――の歴史的運動に帰着する筈であったから、事物の性格は又終局に於て時代の性格に帰着するのが当然であるであろう。

事物の性格は、人々が事物に達する通路としてあることを、その特色とするのであった。事物の性格は人々の性格に相関的である。そこで人々の――個人の――性格が問題となる。如何なる性質を或る事物の性格として択ぶかは一方に於て、人々の夫々の性格に依存すると考えられる。そして人々の性格は人々によって云わば任意であり得るように見えるから、事物の性格も亦任意のものとして把握されそうである。処が他方すでに事物の性格は時代の歴史的運動によって終局的に制限されていなければならなかった。従って事物の性格は任意のものとして把握することを許されない筈であった。個人の性格は時代の歴史的運動とそれではどう関係するのか。――個人の性格も亦時代の歴史的運動によって終局的に制約されなければならないであろう。何となれば個人は時代という歴史的全体に対する一つの歴史的部分であるが、個人の歴史的運動――それは前の説明によれば個人を理解し又之を待遇することによって生ずる運動であった――は時代の夫に終局的に帰着しなければならない、そして個人の歴史的運動に寄与するものこそ個人の性格でなければならない筈だからである。この点に於て個人は事物と少しも異る処を有たないであろう。処が個人は事物と異ってその歴史的運動の自覚を有っている。そしてこの歴史的運動――それは自己解釈(自覚)乃至自己待遇(行為)として現われる――に寄与するものとして自己の性格を意識しているのである。性格のこの自己意識によって個人の性格は何か任意な他から独立な自由として現われることが出来るのである。併しながら自覚されたる自己の性格は必ずしも真の性格ではないことを人々は注意しなければならないであろう。彼が一人の詩人として自己の性格を見出したということは、少しも彼が詩人としての性格の主であることを保証しない。彼の性格が詩人であるか無いかは、彼が詩人振って自己解釈し乃至自己待遇する――個人の自覚されたる歴史的運動に寄与する――ことによって決定せられるのではなくして、却って他の人々が彼を詩人として理解するのを媒介として彼の特色を理解する――個人の自覚されざる歴史的運動に寄与する――ことによってのみ決定せられるのである。実際個人は自己の性格を自覚しようとすることによって、却って振ることが出来る危険をもつ。この危険をもたないためには彼は自己を公平に客観的に見なければならない。そして恰も之は他の人々が彼の性格に与える理解――但し無論正しい理解――との一致に外ならない。さてそうすれば人々は自己の性格を常に他の人々によって理解され又待遇された限りの性格と一致せしめなければならない道徳的任務を有っていることとなる。自己はその自由にも拘らず、否自由によってこそ、自己を単なる一つの事物と同じ資格をもつ一個人として理解し又待遇しなければならない*。自己の歴史的運動はそれ故単に個人の歴史的運動に外ならず、又そうなければならぬことが帰結する。この歴史的運動に寄与するものが自己の、実は個人の、性格であるのである。個人の性格はそれ故一般に、前に述べた通り――事物の夫れと同じく――時代の歴史的運動に終局的に帰着し、或いはしなければならない。事実、個人が自覚する自己の行動の意味は必ずしもそれの歴史的意味とは一致しない。之を一致せしめることによってのみ彼は自己の性格を正当に自覚することが出来るのである。

* 所謂意志の自由は、人々が普通想像する処とは異って、時代の歴史的運動からの制限を脱却することを意味するのではない。意志の自由が道徳的である以上は――形而上学的自由は吾々の関わる処ではない――実践的でなければならず、それは歴史的運動に加わることに外ならないが、恰もこの歴史的運動――それは歴史的部分としての個人の歴史的運動である――が運動であるためには、即ち運動するためには、時代の全体的な歴史的運動によって終局に於て制約されることが必要である。この制約によって初めて個人の歴史的運動は可能であり、従って又初めて道徳的な自由意志の内容ある概念が成り立つことをえる。

時代の歴史的運動は事物の又人々(個人)の性格を規定する。事物の性格と人々の性格とが相関的である所以が之である。性格の把握の正誤はただ、歴史的運動を標準として、この規範に従って、のみ与えられるであろう。

私は問題を進めよう。時代の歴史的運動、それに寄与する動力因子として時代の又事物の性格が取り出されるのであるが、時代のこの歴史的運動を、その実際の歩みを、吾々は如何にして見出すか。時代の歴史的運動こそ事物の性格を決定する規範であったが、この規範は如何にして見出されるか。時代は何へ向って動きつつあるか、何が時代に於て歴史的・必然的に支配的であろうとしているか、時代の性格は何か、この問いに対して吾々は何を根拠として答えることが出来るか。――そこには社会がある。

時代の性格は――時代の歴史的運動は――社会現象を地盤として実践的に把握出来る。それは個人的な思弁や隠遁的な思索や又地方的な眼界を以てしては、遂に把握することを許されないであろう*。且又それは瞑想や空想や又感傷的な理想を以てしても通達出来ないであろう。ただ社会的な関心に従いそして実践的な精神に於てのみ、時代の性格は感受し得られる。人々はかかる感受の能力を歴史的感覚と名づけるであろう。但し歴史的感覚とは、例えば歴史学的統一体としての所謂歴史に対する愛着でもなく、又神学的宇宙論と結び付いた世界の終局目的の信仰でもなくして正に、事物の歴史的運動の正常なる把握の能力であり、そして、ただ実践的社会的関心によってのみその機能を把握することが出来るような、そのような感覚であるのである。時代の性格は歴史的感覚によって――この正常なる実践的・社会的関心に於て――のみ把握出来る。時代の歴史的運動の動力と方向との必然性――それは社会に於て社会現象として展開せられる――を見出し見抜くものこそ歴史的感覚なのである。

* 地方的眼界の下に立つために性格を把握し誤った虚偽は Provincialism――地方的錯誤――と呼ばれて好いであろう。之は時代錯誤に相関的である。

併し吾々は最後の依り処を歴史的感覚の概念に託するからと云って、何か神秘的な能力に助けを求めているのではない。元来歴史的感覚は個人の性格にぞくする外はないが、個人の性格それ自身が時代の性格によって支配されており又されなければならなかった。そうすればこの能力は時代の歴史的運動それ自身によって必然にせられている筈である。というのは、個人が時代の歴史的運動――その内に個人は事実生活しているのである――に触れる時、即ち之と実践的に接触する時、忽ち必然にこの能力が機能しなければならないのである。――その成立の故郷は知られている、それは神秘ではない。事実、歴史的感覚とは正常なる・実践的なる・社会的関心以外の何ものでもない。

凡そ性格概念は、歴史的運動の概念へ関係づけられて初めて理解出来るということが、今や明らかとなった。要素的な意味に於ける歴史的運動は、従って又それを全体として展開して見せる社会は、例えば政治的動物として性格づけられる人間にとって、代表的な規定であるであろう。そして性格概念は恰も人間的な概念に外ならなかった――前を見よ。性格が実践的であるのはただこのような意味に於てであり、それが通路を用意し方法的であるというのも従って亦この意味に於てである。性格とはそれ故最後に、歴史的運動の動力因子として働くものの謂である。性格は優れたる意味に於て歴史的である。それが人間的であった所以である。

日常的な具象的事物――そうではない事物に就いては知らない――に就いて、その理論――それはこの事物の一つの歴史的運動である――は、それであるから性格によって制約せられていなければならない。性格概念はここに一つの理論的使命を持っているのである。処が吾々が理論を論ずる今のこの理論――それは理論という日常的な具象的事象に就いての理論である――に於て性格として機能するものが、とりも直さず又性格概念であるのである。云い換えるならば、吾々が性格概念を取り出すことによって、理論一般に関する理解を運動せしめることが出来ると云うのである。茲に性格概念の理論的使命の第二の場合が横たわるであろう。

今まで日常的な具象的事物をそうでない事物から区別して取り扱って来たことを吾々は思い起こそう。日常具象的でない事物を吾々は、学問の対象としてのみ存在すると考え得られる事物であると云った。この二つの種類の事物の区別は、恰も之までに規定した性格概念によって与えられる。性格的事物と非性格的事物。前者に就いては性格が語られ後者に於ては之に反して恐らく本質が語られるであろう(本質と性格との区別は前を見よ)。性格的事物に就いては人々は性格的概念を有つことが出来、之に反して非性格的事物は非性格的概念をもつ。性格的概念とは性格的事物の把握・理解としての一つの働き――運動――の動力因子でなければならないが、性格的事物自身が性格的である故に通路を用意しているから、この事物はこの把握・理解という通路に於て運動せしめられることによって、少しも自からの事物としての性格を失わないであろう。即ち性格的事物は性格的概念として理解せられることによって少しも事物としての性格を失わない筈である。それ故性格的概念は却って概念としての性格をもたない。ただこのような概念に就いてのみ、ヘーゲルに倣って、事実的なるものは概念的である、と云われることが出来るであろう。吾々が日常生活に於て使用している概念――吾々の行動は常に或る意味での概念に依って行われる――は恰もこの種類の概念に外ならない。非性格的概念は之に反して事物とは異った性格――概念としての性格――を有っている。非性格的事物はそれ自身に通路をもたなかったから之に就くべき通路は事物以外のものから与えられる外はない。この通路を与えるものが非性格的概念である。この種類の概念は事物の代理者として、事物の性格とは独立に、概念という性格を有たなければならない。心理学的には表象と考えられる処の、論理学に於ける所謂概念――論理学的概念――が之であるであろう。この種類の概念は常に論理的構成に於て発生するであろう。その最も純粋なるものが形式論理学乃至数学に於ける概念に外ならない。事実このように理論的に構成された概念は人々によって抽象的と呼ばれているであろう。私は嘗て把握的概念――それは性格的概念を指す――をこの構成的概念から区別した*。

* 『思想』八〇号「空間概念の分析」〔本全集第一巻所収〕参照。

例えば数論に於けるイデアールとか、又電子とかは、主として非性格的概念として現われる。之に反して茶碗とか国家とかは主として性格的概念として現われるであろう。少くとも数論自身の内に於てはイデアールは性格をもつことは出来ない、その本質が一義的に決定されている。尤もイデアールの哲学的解釈は恐らく性格的であることが出来るであろう、――茲に非性格的概念は性格的概念に変化し得ることが示される。従って又非性格的事物は性格的事物へ変化することが出来る。或る一つの概念は場合々々によって性格的概念とも非性格的概念ともなることが出来るのである。性格的と非性格的との区別には元来明白な限界はない、何となれば両者の区別自身が性格的であるのであるから――前を見よ。同じく、物理学乃至化学自身の内に於ては電子概念は性格的でない。ただ哲学の対象となる時それは例えば唯物論――一つのイズム――の根拠として理解されることも出来るであろう。イズムは常に性格的である――後を見よ。之に反して茶碗の概念は多くの場合性格的でなければならない。人々は茶碗と丼とを如何にして限界するか、誰が茶碗の本質を決定し得たであろうか、併しそれにも拘らず人々は日常、茶碗を茶碗として、丼を丼として性格づけて混同しないであろう。国家が殆んど常に性格的概念であることは、現代に於て最も著しく顕われている。或る人々は之を社会の絶対的な形態として、又は全く社会それ自身として性格づける。他の人々は之に反して、やがて階級の概念によって支配されるべき相対的な社会概念として性格づける。或いは理念の実現として性格づけられ、或いはそうでなくして生産関係の政治的一形態として性格づけられるであろう。

性格的概念は又常識的概念と呼ばれることが出来る。常識的概念はどれ程それを学問的に専門的に研究するにしても、その常識性――日常性――を失わない。例えば国家概念――性格的概念としての――は之を如何に学的に取り扱っても依然として日常的概念としての性格を失わない、国家に関する凡ゆる専門的研究の結果はただこの日常性に於て検証されてのみ学問的業績としての資格を得ることが出来るのだからである。之に反して常識的でない概念は、――それは専門的研究に於てしか現われないという意味に於てそしてただこの意味に於てのみ専門的概念と呼ばれてよい――、それをどれ程通俗化しようとも日常的となることは出来ない。例えば電子――之は恐らく常に常識的ではない非性格的な概念であるであろう――の知識が、どれ程一般的に普及しようとも、それであるからと云ってそれだけ電子の概念が日常的となったのではない、電子の存在は凡ての素人にとって実験的に証明され得るであろう、併しただ吾々は電子ではなくして物体を又特に例えば机をのみ日常的に検証し得る。――区別は日常性と通俗性との間に横たわる。後者は専門家を除いた限りの素人を予想する、それは科学的研究の進歩と共に進歩する、通俗性の理想――規範――はそれ故結局通俗性と反対な専門性に外ならない。通俗と専門とは反対概念でありながら、両者の間には単に限界がないばかりではなく、両者は同一の規範を原理としているのである。通俗性は実際不純なる混淆した専門性に外ならないのが事実であるであろう。それであればこそ学問的・専門的な立場に於ては通俗性の概念は消え失せて了わなければならないのである。通俗的学問という概念は Contradictio in adjecto として響くであろう。之に反して日常性は専門家と素人との区別を予想しない。人が専門家であるか素人であるかによって一定の概念の日常性が変化するのではない。であるから日常性の理想――規範――は日常性と反対な或るものにあるのではなくして、自分みずからの内にあるのでなければならない。この規範が或る意味に於て専門性であり、学的であることに存在するならば、日常性はみずからを失うことなく、自らを強度にしながら、その専門性・学問性を得ることが出来る筈である。茲に例えば日常的学問という概念が成りたち得るのである。――さて今常識的と呼んだのは通俗的のことではなくして正に、日常的のことである。それ故今や、性格的概念は日常的概念と呼ばれることが出来ると云うのである。

性格的概念はただ、日常的であるという意味に於てのみ、常識的概念である。之に反して非性格的概念はただ日常的でないという意味に於てのみ、常識的概念でないのである。之が通俗的概念であるか専門的概念であるかを私は知らない。

性格的概念――常識的概念――によって性格的理解が与えられる。非性格的概念によって与えられる理解は非性格的理解でなければならない。或る人間の性格を理解する場合の如きは恰も前者であり、数学的証明を理解する場合の如きものがとりも直さず後者であるのである。吾々が日常出逢う多くの事物は、実際に於ては常に性格的に理解されなければならぬものであるであろう。今之を学問的・専門的な手続きという口実の下に、非性格的理解によって置き換えようとするならば、そこに見られるものは学問の非実際さや憐むべき無力であろう、科学は迂遠なる知識となる。併しこのような場合の学問は実は学問ではない。何となれば性格的理解はただ性格的理解としてのみ、非性格的理解となることなくして、それ自身の学問性・専門性を有つ筈であったから。理解は性格的である時と非性格的である時との区別をもつ。事実人々はこの二つの理解の区別を日常知っているであろう。例えば数学的に秀でた頭脳が必ずしも歴史的感覚に於て優れず、日常の事物を把握するに明敏な頭脳は往々にして論理的に無能である場合が見出されるのは少なくない事実である。

理解の形態の相異は、その理解が目的とする理解の理想状態の相異に外ならない、というのは二つの理解が夫々の理念を異にすればこそ両者は相異るわけである。理解の規範――カント的名辞を用いてよいならばアプリオリ――が、性格概念を規準として二つに分たれる。性格的真理と非性格的真理。数学乃至自然科学の理想とする真理――学問性――は後者であり、之に反して歴史科学乃至社会科学――本来はそして哲学も亦――の理想とする夫れは前者であるであろう。性格的真理を追求する学問の学問性――性格的学問性――に於ては、常に事物の解釈が支配的であることがその特色となる*。蓋し事物の解釈はただ性格によって又性格に於てのみ初めて成り立つことが出来るであろうから。処で性格的なる解釈による学問性は常に主義となって現われなければならない。かくて性格的真理は常に主義として現われる。人々は不幸にしてこの消息を非科学的にも次のような言葉を以て云い表わそうと欲する。学問と体験とは一致しなければならない、学問は人格の修養に役立つべきである、等々。恐らく数学者は彼の体験で方程式を解き得なければならず、又彼は方程式を解くことによって人格の向上を計り得なければならぬのであろう。

* かくて例えばリッケルトに於て、歴史科学は価値への関係づけを以て叙述の方法としなければならないと考えられる。一般に、自然科学と歴史科学との限界は実は学問的真理の二つの形態の性格的区別に帰せられるべきである。

性格的概念は、性格的理解・性格的真理・性格的学問性の概念を伴う。之に対するものは夫々の非性格的なるものとして区別せられる。性格概念を指摘することによって性格的なるものと非性格的なるものとを区別する時、概念・理解・真理・学問性・等々の夫々の概念が、より明らかに理論出来ないであろうか。もし出来るとするならば、それは性格概念なるものがこの種類の理論に於て性格的に機能し得る証拠であるであろう。

最後に注意すべきは、形式論理学――それは非性格的である――をば、それが形式性を持つにしても持たないにしても、性格的なるものにまで拡張しなければならない、ということが必然的に要求されることである。何となれば吾々は已に概念を二つの種類に区別することによって、性格的概念――それは従来の形式論理学に於ける概念とは異る――を有ち得たからである。そして之は又判断乃至推論に就いてもそのまま行われるであろう。理解――性格的理解を他から吾々は区別した――とは形式論理学に於ける判断乃至推論に相当するであろうから。真理の概念も亦性格的なるものにまで及ぼされなければならない。恐らく吾々は性格的な論理法則を必要とするであろう。処が恰も吾々にとって最も興味あるものは形式論理学に於ける虚偽論でなければならない。と云うのは虚偽は形式論理学に於ても必ずしも非性格的ではないであろう。形式論理学に於ける真理の法則に較べて、その云わば虚偽の法則が、如何に切実であり有用であるかを人々は注意しないであろうか。虚偽そのものが真理に較べてより根柢的な動機を有っているからである、と考えられる、誤り得ることは人間的であるから、と考えられる。虚偽は真理よりも性格的であり易い性質をもっているのである。そこで形式論理学が一般に非性格的であるにも拘らず、虚偽論だけは性格的虚偽を取り扱い得たわけである。非性格的論理学は虚偽論に於て性格的なる論理学への出口を示しつつあるであろう。吾々は性格的論理学を要求する権利を有つかのように思われる。

なお、知識学に於て、認識論に於て、又科学論に於て性格の概念は果すべき多くの理論的使命を担っているかのように思われる。

性格概念は理論一般にとって性格的な使命を有つ。

「問題」に関する理論

――主に立場概念の批判として必要なる分析に限る――

理論は一般に、或る意味に於て、常に論争と相伴う性質を有っている。特に、生活に対して日常的な理論は、殆んど協調し難く見えるまでに、正面からの反対に出会うことが屡々であろう*。茲に於ては、理論の他の場合に於てとは異って、略々一定した予知し得べき軌道に於て反対が惹き起こされるとは限らない。却って既知の・既成の・軌道から見れば、全く思いも及ばないように見える方向から、反対が突発するのが寧ろ普通である。而もかかる突発的な方向が出発する起点は必ずしも直ぐ様突き止め得られるとは限らないから、当惑した論争は反対と反駁を繰り返している内に、その道筋が乱れ、理論は効果ある進展を止め、かくて論争は絶望的に旋回し始めるであろう。そこで云わば二つの力が衝突することによって起こったこの旋回運動を簡潔に解きほごす為めには、この運動を二つの相対的な分に分解し、そうすることによって、夫々の分をして相反するこの二つの理論を代理せしめる必要があるのである。そうすることによって初めてこの二つの理論の位置関係を、一つのものの他のものに対する態度を、決定することが出来る。かくしてのみ、前に突発的と見えた方向が基く処のかの起点は、初めて突き止められるのである。理論に於けるこの分を、人々は立場と呼んでいる。

* 理論は一定の視点に従って日常的な理論とそうではない理論とに区別される。夫々のものの一例として、法律学の理論と物理学の理論を挙げることが出来るであろう。日常的理論に就いてのみ今吾々は語ろうと思う。

解き難く見えた理論の葛藤を、何か恐らく二つの立場に分解することによって、能く明快に解くことが出来ると人々は考える。多くの論争は立場の相違に還元されることによって、一先ず片づけられるように見える。というのは、云わば論争の偶然な歩哨戦は、立場の決戦によって結末をつけられることとなるのである。論争をこのようにその主力にまで転化し得るには無論、特に優れて有力な理論的能力を必要とするであろう、この転化が成功した時、吾々はこの理論的能力の鋭さを賞讃しなければならない。併し立場と立場のこの「論理的決闘」に於て、勝敗を決することが、原理的に常に可能であるかどうか、それが今の吾々の疑問である。

一つの立場は、立場としての立場は、もし今仮に立場としての資格を等しくする他の一つの立場があるとすれば、之に対しては勝敗を決することが原理的に不可能であるであろう。そしてそのような、等しい資格で而も異った立場が、実際あるのである。

併しそれより先に、立場とは何か、又立場としての立場とは何を意味するか、人はそう問うに違いない。吾々はそれに答える。人々は立場を様々に形容する、高い立場・低い立場、深い立場・浅い立場、広い立場・狭い立場、具体的立場・抽象的立場、等々。処が例えば麗わしい立場・善なる立場、等々は稍々正常な言葉ではないであろう。立場はそれ故前に挙げた諸規定(又はそれに類する)によってのみ形容されるべき概念であるに違いない。そこで人間の論理はこの時、高さ低さ、深さ浅さ、広さ狭さ、具体的抽象的、等々そのものを以て、立場の概念そのものと等値することが出来るのである。人々が普通持っている立場の概念は恐らく之ではないか。処が高さや低さは、立場の規定には限られない、高き霊・低き霊という言葉は、立場の場合と等しい資格を以て――それ以下の資格を持つ意味に於てでもなくそれ以上ででもなく――語られる(深さ浅さ、広さ狭さ、等々に就いても亦同じ)。そうすれば、今云った立場の概念はまだ科学的に(理論的に)洗練されないという意味に於て、単なる立場であったであろう。之に反して、立場らしい立場にまで洗練され、科学的(理論的)に行使し得るように規定されたる立場概念、それが立場としての立場の意味である。それで何が、このような意味に於ける立場としての立場であるのか。吾々はそれを立場の整合――Konsequenz――に於て見出す。理論の内部に於ける――外部との関係は一応何でもよい――首尾一貫、矛盾からの従って攻撃からの自由、理論のこのような何か形式的なるもの、之が人々と吾々とに科学的に役立つ立場の概念、立場としての立場の概念なのである。具体的な立場に立たねばならない、某々の立場はまだ抽象的でしかない、人々は好くそのような言葉を口にする。併し何が抽象的であり何が具体的であるかは、想像されている程自明なことではないから、それを決定する独立な標準が他になくてはならぬ。処がこの標準というのが人々が想像するように立場――それは整合であるべきであった――なのではない。そこには立場以外の概念が必要であることを人々は認めないわけには行かぬであろう(以上のことは深刻・浅薄、高貴・卑賤、等々に就いてその通りに通用する)。立場以外のこの概念――例えば如何いうことが具体的(又は具体的立場)であり何が抽象的(又抽象的立場)であるかを決めるものこそ之である――は何であるか。之を決めることが吾々の目指す目的なのであるが、そこに行き着くための用意として前に一つの主張を掲げておいた。曰く、等しい資格で而も異った立場があるのであると。但しこの場合立場が正に、立場としての立場――整合――であることは、今述べた処である。さてそのような場合の立場は何処に在るか。その代表的な一例を立場としての――他のものとしてのではない――絶対主義と相対主義との対立に見出す*。

* あり得べき多くの立場の内、何故特に、絶対主義と相対主義とを代表的なものとして選んだかは既に意味のないことではない。その意味を後に明らかにする。

絶対主義的立場(整合)と相対主義的立場(整合)とはその根柢的な論争にも拘らず、勝敗を決定することが遂に原理的に不可能である。吾々が独善的であるかそれとも又適宜の点に於て妥協的でない限り、之が際限なき水掛論に陥ることを、吾々は常に経験している。論争解決の事実上の困難は、茲にその原理上の不可能にまで転化されるのである。それでは本当に勝敗の決定が原理上不可能となる場合を承認しなければならないのであるか。併し又そうすることはとりも直さず、相対主義という一つの立場の主張となるように見える。そして再び絶対主義という立場との水掛論を始めなければならないように見える。――併し断定を急いではならない、茲には恐らく何かの罠がある*。

* 理論の罠・トリックは、意識的又無意識的に犯される処の、隠されたる、論理学には現われない、虚偽(性格的虚偽と呼ぼう)の一つである。

人々は論争を解決するために、二つの理論が夫々基くと考えられた二つの立場へ立ち還って見るのである、論争を立場の勝敗に還元して見たのである。そうすることが恐らく理論の純化と見えたからであろう。処が、立場への還元は、仮にそれが理論の純化であったとしても、立場の代表的な場合――相対主義と絶対主義――に於ては、少くとも論争の解決とは積極的に正反対なものを招くに過ぎなかった。それ故今、理論を立場へ還元すればする程、立場を立場として純化すればする程、却って論争の解決は原理的に不可能であることが愈々益々示されて来る。立場を立場として押しつめて行けば行く程、理論の整合を愈々益々完全無欠にすればする程、そうなのである。さて立場を完全無欠とすることによって、論争を最も根本的に解決し得るものと思い、又そうしようと欲すること――人々は事実そうであったろう――は、立場を、立場としての立場を、即ち立場の整合を、終局的なものと決めてかかることを意味する。立場の概念にこのような終局的価値を与える処から、かの水掛論が成立したのであった。併し之は一つの理論的な――必ずしも論理的ではない――罠に外ならない、それはこうである。

人が或る立場――例えば絶対主義――を採るに際して、彼がその根拠として、基礎として示す処の、自己の立場の完全無欠の整合なるものは、実は、彼をしてこの立場を採らしめた真の動機ではなかったのである。立場の整合は必要な条件としておかなければならないが、その上で、二つの立場――例えば絶対主義と相対主義――の何れを選ぶかを決定するに足る現実的な動機は、実は、単に立場の整合であったのではなくして――整合としてならば二つの立場は等しい資格を有つ筈であった――、他の何物かであったのである。立場としての立場、整合――彼はそれを理論の基礎として示した――が終局的なるものであったのではなくして、実は、何か立場以外のものが、従って今のことから、それ以前に、立場の選択を与えたのであった。之が彼の理論の正直な動機であったのである。もし彼がこの立場以前のもの(かの所謂立場なき立場のことではない)が何であったかを告白しないならば、そして依然として自己の立場の整合を証明することにのみ相手の注意を惹こうと努力する限り、人々は彼との話題を打ち切る外はないであろう。立場はそれ故、人々が往々信じているように見える処とは異って、理論の成立に於ける終局的なるものではない。立場は理論の論理的根拠ではあるであろう、それは理論成立の理論的(論理的ではない)動機ではない*。

* 根拠と動機とは全く別である。例えば吾々は自己を弁解するために(動機)、有利な口実(根拠)を捜すのである。

或る理論を立場へ還元し得るからと云って、直ぐ様立場が理論の優越なる意味に於ける始発点であると想像されることは許されない*。たとい人々が或る立場から出発し、又はそう信じたとしても、夫は、単にその立場が立場として攻撃の余地のない完全な整合を有っていたからではなく、実は寧ろ立場以前の或る他のものに人々が前以て関心していたからこそ、初めてその立場が選ばれたのであるに外ならない。――吾々はこの単純な一つの事実上の関係を明らかに握っておくことが必要であったと思う。そして立場以前のこの或るものとして、吾々は恰も「問題」の概念を注意するのである。

* 事物の還元性と優越性とは別である。凡ての人間は国民に還元されるからと云って、国民であることが例えば彼の道徳の優越なる意味に於ける勝義の第一の出発・原理――性格――であることにはならないように。

一つの立場は単に整合であるが故に採用されているのではない。何となれば吾々は既に、夫々整合でありながら而も相互に矛盾さえする二つの異った立場の代表的な一例を見ておいたから。そうではなくして或る一定の問題を解き又は提出せんがために、そのような動機に於て、最も適切な立場が採用されているというのが、正直な事実なのである。故に理論をして理論たらしめる終局的なるもの――一定の警戒の下にこの言葉を使うとして――、云い換えれば理論をして理論たらしめる性格的なるもの、即ち論理的基礎・根拠ではなくして性格的動機、之は立場の整合ではなくして問題の把握に存する。吾々が理論の体裁を具えた一切の理論に就いて――理論になっていない理論は別である――、その性格を決定するためには(例えば此理論は真であり又は虚偽であり、彼の理論は卓越し又は愚劣である等々)、その理論を還元する処の――従ってその理論の性格を破壊して了う処の――所謂立場を、終局的な標準とすべきではない。そうではなくして正に、その理論をその立場にまで動機づけた処の、問題が、何であったかを、第一義に最勝義に問うべきなのである。問題は立場に先行し、之を優越する。

もし仮に理論の性格がそれの有つ問題に於て理解される代りに、それが立つと考えられる立場に於て理解されたならば、それから結果する代表的なるものは理論の原理的な水掛論でしかあり得ない。

吾々は立場と問題との二つの概念の関係をより明らかにする必要がある。

どのような理論も形式上は――還元性に於ては(前を見よ)――問われたるものに対する答えとして展開する。形式上では問いが先立たない理論はないのが事実である。それ故理論の形式的構造が「問いの構造」と呼ばれることはその限り正しい。恰も問題はこの問いに結び付いて理解されそうである。問いの構造とは、問うことが如何にしてなり立つか、即ち吾々が何に基いて問いを発する可能性と必然性とを有つか、という問題であるが、この問題は思うに、問うことそれ自身が吾々人間的存在の意識の根本規定であるから、と云って答えられるであろう。茲にあるものは問いという出発の問題である。というのは、恰も知ることが欠くべからざる出発であり(何となれば知ることを予想せずしては知らないと云うことすら出来ないから)、又自我の存在が欠くべからざる出発である(何となれば自我が存在しなければそれが存在しないと云う主体が第一失われるから)、と考えられると同様に、問いは人間的存在の意識に於ける恰もそのような出発であり、そして又そのような絶対的出発である、というのである。或いはデカルト的・或いはフィヒテ的・体系がかかる絶対的出発から出発したように、問いは或る一つの体系の出発をなすのであり、それが体系の出発である点から必然に或る意味に於ける絶対的出発である、というのである(体系と絶対性との関係は後を見よ)。一種の存在論としての体系がそれから出発しなければならないと考えられるこの問いなるものは(又より以上形式的な場合、論理学に於て、判断を呼び起こすもの又は肯定と否定との中間領域をなすものと考えられるかの問いも亦)、併しながら、充分な意味に於て吾々の今謂う所の問題であるのではない。

問いという言葉によって理解されるものは、云うまでもなく、それが何かの理論のテーマとか出発とかを意味しなければならない必要はない。ましてそれが何かの科学(学問)に於ける問いを意味せねばならぬ理由はない(蓋し理論とは、比較的固定した社会的存在を概して意味する処の科学乃至学問の概念をば、より流動的・実践的に云い表わす概念である)。問いは人間の生活に於て比較的に断片的な即興的な態度の、又その態度の所産の、名である。単なる問いは従ってこの意味に於て、たとい形式社会学風に云って社会的であろうとも、矢張り個人的であると云う外はない。処が吾々の謂う所の問題は常に社会的存在としての理論乃至科学(学問)に関するものとしてのみ理解されなければならないのである。問いは個人的であって一向差閊えがない、之に反して問題は常に社会的であることを必要とする。社会人である個人が同じく社会人としての他人に又は自分に問うことは、彼個人の自由である、如何なることを問うかは、彼を強制し又は彼が模倣しようとする超個人的な社会――但し個人と個人との相互関係と云うようなものではない――からは独立に、彼の個人的自由に任されて好いことである。然るに個人が、何を問題とするか、如何なる問題を有つか、ということは、決してそれ程個人的な主観的な放恣に委ねられてはならない。何となれば問題は常に社会的存在としての理論乃至科学(学問)から、又は之に直接関係するものから――例えば説話・世論等々から――課せられて初めて問題となるのであるから。それ故、問題は問いとは異って、それが他の問題に先立って選ばれた客観的な理由を示すことが出来るのでなくてはならない。と云うのは、その問題が例えば単に主観的に切実であり深刻であるからという理由によっては――かかる多少感傷的な理由からは――、その問題を選択する権利は産まれない。問題の解決の権利がないというのではない、問題の選択の権利が生じないと云うのである。なぜかと云えば何が凡そ人にとって切実であるべく深刻であるべきかこそ、正に一つの問題であり、又問題の選択如何によって初めて決まることなのであるから。それ故、問題の解決ばかりではなく、問題の選択それ自身が理論的――感傷的ではなく――であり、客観的であることが重大な条件なのである。問いに於ては無く、ただ問題に於てのみ重大なこの条件は、とりも直さず問題が社会的――そして社会的とは常に歴史的を意味する――に規定された事物であることを云い表わす。故に人々は今、問題を単に問いとしてではなく、正に問題として理解しておくことが必要なのである。

実際、もし人々が如何なる問題でも問題となし得ると空想するならば、如何なる問いにも問題という資格を与え得ると想像するならば、その人は全く問題の概念を有たないことが其処に証拠立てられているのである。何となれば問題こそは、他の問題に対して、自己の問題としての資格を主張するのに最も熱心ならざるを得ない概念であるのだから。或る時は、生か死かそれが、問題なのである、そしてその他のものは問題ではない。問題は主観的に自由であるのではない。そしてこのような問題の概念なくして問題意識なくして、理論し得ると思う者は又、理論乃至研究の概念の欠乏を暴露しているものに外ならない。――問題なき理論は恐らく単なる思惟又は思考ででもあろう。併しそこには思想はない、在るものはただ理論らしい姿を装う多くの没理論でしかないであろう。問題なき理論、社会的歴史的性格をもたない理論、そのような理論が如何に無意味であるかを痛感する人々は、問題の概念が何故かくなければならないかを知るであろう。

問題は理論(乃至科学等々)に関してのみ語られる。そして後者が歴史的社会的存在であると同じく、前者は歴史的社会的存在であることが忘れられてはならない。

問題の歴史社会的構造を系統的に――そして理論へ関係づけて――分析することは最も重大で必要な仕事であるように見える。今はその断片として問題の概念を立場の概念に較べた限り、分析しようとする。

問題が歴史社会的存在であるからと云って、問題が常に歴史的に(又社会的に)与えられているということには必ずしもならない。というのは、それが常に既成的のものであって個人又は何かの集団が其を見出し又は発見する余地がない、ということになるのではない。なる程或る人々にとっては歴史的(又社会的)とは既成的のことであるように見えるかも知れない。既成的ならぬもの――突発的なるもの――から既成的なるものへの作用は、この意味に於て、非歴史的と考えられ勝ちなのである。かかる突発的なるものは歴史的連続を破るかのように見えるから。処が一般に歴史家は皮肉にも、過去のそのような非歴史的事件を、恰も最も著しい歴史性をもつものとして好んで取り扱いはしないか。所謂歴史的連続は、恐らくこのような突発性によって破られると考えられるような、そのような単線的連続ではないのであろう。故に所謂歴史的連続は、従って又既成性は、決してそれだけで歴史的なるものを支配することは出来ない。故に今問題が歴史的(社会的)であるというのは、問題が歴史的に与えられた既成的なものでなければならないというのでは少しもない。そうでないどころではなく、寧ろ問題らしい問題は、常に新たに――併し矢張り歴史的に――見出され発見されるものなのである。無論既成的問題はないと云うのではない、ただ之を外にして、更に重大な問題らしい問題・発見されるべき新しい問題・がある、と云うのである。既成的問題をどのように発展させ変容させ――甚だしきに至っては捏ね回し――て見た処で、その性質上から云って、この発見されるべき新しい問題は出て来ない、既成的問題に対しては、この新しい問題は突発的問題と見え又見えるべきであろう。既成的問題は歴史的(社会的)に与えられ、之に反して突発的問題は与えられない所以である。問題をその資格に於て突発的と既成的とに一応区別することが必要である。

例を或る古典的哲学に採ろう。之は後の学界に多くの問題を提供する、人々は之によって「問題を教えられる」ことが出来る。この時、たとい人々が自分で之に於て問題を見出すと考えたにしろ、結局発見された問題は、この限られた一定の古典が有っている問題の領域の外へは出ない。従ってこの発見は結局新しい問題の発見ではなくして与えられた問題の発見でしかない。かかる問題の系列が恰も一群の既成的問題なのである。さて処がこの哲学が有力であればある程、それから惹き出される問題は多数であり、その範囲は多方面であるであろう。そうしてその結果、この哲学が一切の重要な問題を提供し尽すかのような錯覚を人々が起こすであろうことは、人々の展望が余り広く又高くないのが普通である限り、自然である。このような錯覚によって、この系列に属さない新しい問題が、それが正に既成的問題でないというだけの理由から、即ちそれが自分に対して突発的であるというだけの理由から、偶然な非本格的な末梢的な、時には廃頽的でさえある問題であるかに見えることは、必然である。歴史的伝統の道を外れたものとしての外道として、既成の権威に肖あやからぬものである限り権威なきものとして、そのような問題は見做され易いのが事実である。然るに実は、問題は問題としての性質上、それが既成的である時こそ却って、その概念の堕落を意味することさえあるべきなのである。何となれば提出され終った問題は或る意味に於て既に解決の約束済みであるのであって、然るに問題が問題である点はそれが正に提出されようとする発生期に存するのだからである。蓋し、問題は歴史社会的存在であった。そこで社会から抽象された単なる歴史の、既成性の単線上に於ては、ただ既知の又は約束済みの問題しか発生しないわけである。之に反して、歴史から抽象された単なる社会の、統一的な横断面は、云わばこの既成線に対して垂直に交っている。歴史の既成性は、自分自身の単線的統一を外にして、なお社会のこの横断面に於て別な統一に織り込まれているのである。単なる歴史の単線にとって突発的な問題はとりも直さず、却ってこの横断面に於て統一されており、そしてその面の随処から発見され発明されて提出されたものに外ならない。社会的横断面によって統一された諸問題であるからには――時代の問題であるからには――所謂突発的問題が歴史の単線的統一にぞくさないからと云って、それだけ夫が歴史的でなくて偶然的であるのではない。例えば或る時代――社会的横断面――に於て哲学が自然科学から問題を突発的に提出され、又他の時代に於て経済学から突発的問題を突きつけられるということは、歴史の単線の延長上に於て理解し得ることではない。歴史は云わば単線ではなくして長短無数の線の束であり、その各線の発生期を見るためには少くとも随処に横断面を作って見ることが必要であるであろう。歴史を発生しつつある歴史として、即ち歴史を歴史らしい歴史として見る時、歴史は常に歴史社会なのである。問題はそしてかかる歴史社会に於ける存在であった。突発的問題が既成的問題に較べて、優越なる意味に於て問題の名に値いする所以である。

如何なる問題も、既成的問題であっても、又歴史上の宿題であっても、展化する。同じ問題であっても問題提出の仕方は展化する。併し既成的問題にあっては、その展化の仕方それ自身が新しく展化することは出来ない。その展化の軌道――展化という過程ではない――そのものは伝統的に固定されているのである。固定した軌道はそれが属すべき何かの位置が既知であるに相違ない、それ故既成的問題は既成の科学的分科のどれかにぞくする問題として位置づけられることが出来る。哲学の問題は何々であり、法律学の問題は何々であり、言語学の問題は何々である等々、分科的に独立な問題とそれはなることが出来るわけである。恰もこのような科学的儀礼に対して突発的問題は不信と疑惑とを懐くのである。

さて、突発的問題と既成的問題とのこの区別――そして前者は後者を優越する――を用いて、問題と立場との関係を決定することが出来る*。

* 今仮にタルドの思想を借りるならば、問題――問題の解決もそうであるが――は発明され次で模倣される。前の場合が突発的問題に、後の場合が既成的問題に、相当するであろう。但し吾々にとっては、問題が単に個人的に、非歴史的に発明されるのであっては、元来それは、問題ではあり得なかった筈である。問題の発見は歴史社会的必然によって規定されるべきであった(G. Tarde, Les lois de l'imitation(1921)p. XIII 参照)。

既成的問題と突発的問題・伝統的な問題と独創的な問題、との区別を吾々は、立場を経た問題と立場を経ない問題との区別として与えることが出来る。歴史の上に於て、或る一定の立場に立つ理論――何となればどのような理論も凡て何かの立場に立ち又はやがて立つのである――を通過して初めて発生する諸問題は、まず初めに歴史社会的に或る理論が存在し、この理論に基いて、例えばそれの解釈又は理解として、歴史的に発生すべく初めて動機づけられたものに外ならない。尤も与えられた立場に立った既成のこの理論も、その発生期に於ては或る一つの問題によって動機づけられたのであり、そしてこの動機が成り立った当時にあっては、その問題も独創的に見出されたのではあったであろう、けれども今云った諸問題は、この初め独創的であった一つの問題が既に一定の理論を産み、その理論的整合――それが立場であった――を経て、遂に与えられた問題となった暁に、之から惹き出された諸問題であるのである。「先天的総合判断は如何にして可能なりや」という問題が、仮にカントの独創的な問題であったとすれば、この問題は例えば批判主義と呼ばれる立場を経て、一つの与えられたる問題となり(「カントへ帰れ」)、この問題から多くのカント学派的問題が惹き出される。対象の認識と認識の対象との結び付け、価値と作用との関係等々。カントの突発的問題は新カント学派の既成的問題へ転化したと云ったならば人々はその言葉を許さないであろうか(但し問題の内容的価値がそれだけ減じたと云うのではない)。新カント学派という名称それ自身がそれを物語っている。エピゴーネンテュームの問題がどのような意味に於ても独創的でない、などと云うのではない。優れたるカント学徒によって独断的にではなく批判的に、そのまま受け取ったのではなくして多くのものから特に態々選出されたものである限り、この諸問題は充分に独創的であったであろう。ただ結局それがカントから、カントによって与えられた既成的なる問題の比較的単線的な攪拌乃至蒸溜から、生じたことに重心を有つ点には変りがない。カントを超越する(独創的である)ことは要するにカントを理解する(カント的問題を伝承する)ことに外ならなかった。この点に於て突発的問題では到底ないと云うのである。さて突発的問題から既成的問題へのこの転化を、転化として、即ち異った二項の間の一定の関係として、意識せしめる媒介は、恰もカント的立場でなければならなかった。かくてカント学派的問題――それは既成的問題の代表者であった――はカント的立場から動機づけられる。故に一般に、既成的問題とは立場を経た問題を意味する。逆に突発的問題とは立場を経ない問題を意味するわけである。

どのような問題も立場に立ち又はやがて立つべきだと前に述べたが、立場を経ない問題という既念は「既念は」はママ之と矛盾するではないか、と人々は問うかも知れない。併し立場に立つことと立場を経ることとは全く別である。前者は歴史的規定とは無関係に、理論的整合に立脚することであり、之に反して後者は、歴史的経過を意味する。立場――理論的整合――は超歴史的であるが、問題――それは一般に立場を動機づける歴史的動機であった――が歴史的にこの超歴史的なる立場を経、又は経ない、というのが今の場合の区別であった。

吾々がかく説明するのに拘らず、どうあっても、逆に問題が立場から出発する――立脚するだけではなくて――のであると思える人々があるならば、その人々の所謂立場なるものは、恐らく問題としての立場であって、決して立場としての立場――それは整合であった――を意味するのではないであろう*。実際何人も単なる整合――整合としての整合――からは出発しない、たといその理論をそれに還元しようとするとも。もし之から出発するならば「AはAである」こそ唯一の内容である筈である。偶々自我が問題であればこそ、„A ist A“は„Ich bin Ich“の出発点と見えるのである(それ故„A ist A“はフィヒテ知識学の唯一の出発ではない)。整合としての整合からは何人も出発する動機を得ることが出来ない。整合は立場であった。故に何人も実際の動機に於ては立場から出発しているのではない。ただ問題としての、問題が立場の衣を着けた限りの、立場からのみ出発出来る。このような立場――人々が日常持っている立場概念――に就いてのみ、立場の深浅・広狭・抽象性・具象性等々が語られることが出来る(前を見よ)。事実、理論の整合からの出発は、理論の実質としてよりも寧ろ多少とも立論上の技術として(叙述・方法・体系とは時にこの技術を意味する)、理論のあとから――決して前からではない――加えられた仕上げとして、価値を有つ場合が多い。

* 問題としての立場、問題概念と立場概念とのこの混合物は、多くの立場に於て見受けられる。例えば観念論という立場――それは実は観念を問題にしている理論に外ならない――とか、唯物論という立場――それは物質を問題にする理論の外の何物でも実はない――とか。処で比較的問題の概念を混えない純粋な立場概念を吾々は絶対主義乃至相対主義に見出した。何となれば之に直接に結び付いた問題は別にないように見えるから。故に立場の代表的な例として両者が選ばれた(前を見よ)。

立場を経るか経ないかによって、問題の資格に二つを区別することが出来た。立場を経ない問題、それは突発的問題である。立場を経た問題、それが既成的問題であった。そして前者が問題として、後者を優越する。

立場と問題との関係を更に細かく分析するために、問題が立場を経るか経ないかに依る今の区別を、も一つの他の側から見よう。或る意味の批評を人々は、内在的と超越的とに分けるかと思われる。今内在的批評によって発生する問題は常に既成的問題であり、之に反して超越的批評に於て発生する問題は常に突発的であることを、見よう。元来内在と超越との概念上の区別は、或る一定の領野を思い浮べることを条件とする外はない。というのは、或る一定の領野があって、この領野の範囲を脱しない条件の下に活動することが所謂内在的であることなのであり、之を脱して活動することが所謂超越的の謂だからである。処がこの領野はとりも直さず立場に外ならない。事実人々は内在的批評によって理論の整合――それが立場を意味した――を求めることを意味しているであろう。古典的本文の前後の文章、又は同じ著者乃至同じ原本の異った多くの本文の間の、矛盾の芟さん除が、所謂内在的批評であるかのように見られているのが事実である。内在的批評は理論の整合――立場――を唯一の媒介とするから、之から発生する問題は既成的でしかないのは、前に述べた処によって必然である。之に対して同様に、超越的批評に於ける問題は常に突発的でなければならないわけである。――さて内在的批評は普通、立場の最も健全な批評であるかのように考えられるかも知れない。立場の不完全は必ず何かの矛盾となって現われるであろうから、それであるから――そう人々は推理する――この矛盾を指摘することが立場の不完全を暴露する最も確実な手続きであるかのように考えられるかも知れない。併し矛盾を含まない整合としての立場が、等しい資格の而も異った他の立場に対して、水掛論を構成し得たことを人々は忘れてはならないのである。それ故この二つの立場に就いて銘々内在的批評を行うている限り、二つの立場の優劣を原理的に決定することは出来ない筈である。かくて事実上、立場の批評なるものは目的を遂げることが出来なくなる。最も成功した内在的批評も要するに自分の頭髪を掴むことによって自分を沼から引き揚げることは出来ないという宿命を有つ。内在的批評が立場――整合――の批評を約束する以上は、そうある外はあり得ない。之に反して超越的批評は批評されるべき理論の立場――整合――に対して、この理論にとっては突発的である処の一つの問題を課すものである。あくまで問題を標語とするのであって、立場の批評を標語としない処が、その批評の超越的である所以なのである。恰も、或る新数学の発見者が、その数学でしか解けない問題を人々に試みたように、超越的批評は、例えば観念論に物質の問題を課し、又或る種の唯物論に精神の問題を課すことが出来る。近世哲学――夫は自我乃至意識の問題として性格づけられるであろう――は超越的批評によって今、社会の問題を課せられているのであるかも知れない。――内在的批評は既成的問題を、超越的批評は突発的問題を発生せしめると云った。そして今、前者の批評が立場を、後者の批評が問題を、テーマとすることを吾々は見たのである。然るに吾々はすでに、突発的問題が既成的問題を優越する理由を見ておいた。それ故再び次のことが帰結しなければならない、問題は立場を優越すると。

問題が立場を優越することは、かくて重ねて、確められた。問題が立場に先行する所以である。

問題は立場に先行する。そうすれば問題がどのような条件に従って歴史的に立場へ移行するかを語る必要があると思う。或る時代の或る理論家が一つの問題を捉えたとしよう。この問題は無論、形而上学者達が好む最も根本的な従って最も普遍的な問題――夫は例えば実在・宇宙・人生・神・等々の概念であろう――であるとは限らない。彼は例えば生物を、物体を、その問題とすることも出来るであろう。かくてこの場合一般に問題は特殊の限られた問題であっても差閊えがない性質をもっている。さて彼がこのような特殊の問題を捉える時、それを解決するために、おのずからそれに特有な立場をとるであろう。生物の問題を提出すれば生物学的立場が要求され、物体の問題を提出すれば恐らく物理学的と呼ばれてよいような立場が要求される。問題の提出は直ちに問題の解決への道なのであり、この道の自覚がとりも直さずその解決に適わしい立場なのである。かくて一定の問題は一定の立場を要求する。問題の解決が何かの立場を要求することは特に茲に言うまでもないことであるかも知れない、ただ大事なことは、一定の問題がそれに特有な一定の立場を要求する、ということである。処で今立場という概念の性格に就いて注意すべき一つの点がある。立場は、かりにそれが特有な一定の――それは根本的なものには限られなかったから少くとも全般的ではない――立場であるにしても、立場であるからには常に全般的な意味を有たねばならない性質を有つ。特殊な立場も立場である以上は一般に通用して好かるべき筈である。立場はそのような性格をもつ概念でないであろうか。かくて立場概念のこのような弁証的性格は特殊的な立場をば常に、普遍的な立場にまで転化せしめるのである。初め立場を特殊な立場であらしめた動機は然るに、問題の特殊性――問題は特殊であることの出来る概念であった――の外にはなかった。故に云うことが出来る、問題が立場へ移行する時、特殊は常に普遍化せられるのである、と。

問題なるものは元来固定したものではない。というのは問題はその性質上次々の問題を呼び起こすことが出来る。それ故問題はそれ自身の成立に於て他の問題へ運動するという特色を有っている。問題は他の諸問題を展開するものである。それ故特殊の問題であっても――即ちかの形而上学的根本問題でないにしても――、枢要な他の諸根本問題を展開する糸口となることの出来る場合はあるかも知れない。この場合であるならば、問題が立場へ移行することによって、特殊性が普遍化せられたからと云って、少しの困難も見出される筈がないのである。それどころではなくこのような場合に於てこそ、生命ある・現実に理論されるものとしての、理論の著しい特色を吾々は見るのである。も一遍云おう、後々の問題の口火となるような或る有望な資格を有った特殊問題が立場へ移行することによって、その特殊性を一般性にまで高め得ることは、理論の成立に於て何の困難を有つものでもないばかりではなく、実にこれこそ理論の現実的な代表的な機能でなくてはならない。

併し今必要なことは、そうではなくして、問題がこのような将来の理論の展開に有望な特殊問題でないにも拘らず、その時でも、凡そ特殊問題なるものが常に、立場へ移行することによってその特殊性を一般性へ転化せしめるという点である。或る問題が理論展開の上でどのような資格を有とうとも、それとは無関係に、この問題が立場へ移行することは常に、それの普遍化を意味するという点である。であるから、今もし不幸にして問題が理論展開上有望な資格を有つのでないとしたならば、立場とはとりも直さず問題の没批判的拡大を意味する外はなくなるであろう。例えば自然という問題が立場へまで移行する時、自然主義とも呼ばれるべき自然科学の形而上学が成り立つと考えられるであろう。この場合形而上学という言葉によって立場の独断的拡大を人々は理解する、そして立場のこの独断的拡大がとりも直さず、問題の没批判的拡大に外ならない。立場はであるから、問題の没批判的拡大を意味する危険をもっているのである。故にもし人々が理論に就いて、問題の概念を把握する代りに立場のそれを把握しようと欲するならば、そこには問題の没批判的拡大の誤謬に陥る危険を防ぐ手懸りがないかも知れない。即ち茲に、普通の意味に於て批判的な、というのは立場の整合を吟味した限りに於て批判的な、立場もこの点から見てなお没批判的であり得ることを、人々は見るべきである。例えば人々は意識の問題を整合的に解決することによって、即ちそのような立場に立って、実は恰も意識の問題に対して疎外的であることをその特色とする問題――例えば物質概念がそのようなものと考えられている――を解こうと試みる。そのような理論は成程立場に就いては批判的であろう、問題に就いては併し依然として没批判的であることを妨げない。――吾々が立場の概念よりも問題の概念を採ろうとする現実的な必要は茲に重ねて明らかではないか。

問題から立場への移行が普遍化であることは、更に、立場が問題の絶対化を意味する場合を説明する。特殊は他の特殊によって置き換えられる可能性を有つ点に於て、相対的であると云うことが出来る。然るに普遍者は常に唯一であるから、他によって置き換えられないと云う意味に於て絶対的と考えられる。この意味に於て普遍化は絶対化なのである。処が問題から立場への移行は普遍化であったから、この移行は又絶対化でなければならない。それ故、問題の位置に人々が止る限り、問題は相対的なのであるが、その問題が、もはや問題ではなく一旦立場となるならば、その立場が絶対的である以上、この立場としての問題は絶対的となる。従って問題を問題としてではなくして立場として理解する人々は、おのずから絶対的な問題の存在を信じようとするであろう。実際、或る人々にとっては、例えば宗教意識の問題が最後の最高の絶対的問題であり、他の諸問題は恐らくただ之に関係づけられてのみ、問題としての資格を与えられる、かのように見えるであろう。一般に、問題を問題としてではなく立場として理解する時――例えば最も具体的な立場を求めよと云うが如き場合――、結果するものは常に何かの絶対的問題である。之に反して問題を真に問題として理解する人々にとっては、如何なる問題も、常に或る意味に於て相対的でなければならない。ただ或る特定の相対的な問題が、他の問題に較べて、或る特定の場合に於て――そしてただ其場合に於てのみ――、その普遍的な解決のためには、より必然な問題であるということを、常にその人々は認める必要があるというに外ならない。蓋しかかる相対主義――普遍科学的相対性理論――が問題とする処は、所謂絶対的なるものへ常に或る限界条件――歴史社会的な――を与えることに存する。そうしなければ凡そ問題は現実的に解決することが出来ず従って理論は実践的ではあり得なくなるから。之に反して、立場としての所謂相対主義は絶対的相対主義という一つの絶対主義の外ではない。何となれば、かかる立場の純化――その整合の徹底――はかかる立場の絶対化なのであるから。そしてその結果は懐疑論なる認識論的立場であることを人々は知っている。立場としての相対主義のこの絶対化――絶対主義――の観想的な性格が、この場合判断中止となって現われるのは当然である。処が吾々の相対論の問題――立場ではない――とする処は、恰も之と正反対に、問題の現実的な実践的な解決であったのである。――故に一般に所謂相対主義と所謂絶対主義の対立は、実は二つの立場の対立であるのではない。そうではなくして正に、問題の概念と立場の概念との対立に相当するものなのである。それ故所謂相対主義は、絶対主義と対等な資格を有つにも拘らず、立場としては一応薄弱に見えるのである。そして問題の概念を重んじることと立場の概念を重んじることとのこの対立は、実は又二つの問題の対立――例えば歴史的社会的問題と形而上学的神学的問題との対立――に動機づけられているに外ならないのである。相対主義と絶対主義とを、二つの立場として対立せしめれば、そこに結果するものは水掛論である、吾々は既にそれを見た。そうではなく之を二つの問題に於て対立せしめれば、二つの主義は調停の条件を持ち合うことが出来るであろう*。――かくて問題の概念が立場の概念を優越する間接の証拠は、茲にその一つを示してはいないか。

* 例えば或る意味の絶対主義がとりも直さず或る意味の相対主義に外ならない、というように。之は勿論二つの立場の折衷を意味しない。

立場は、その概念の性格から云って、或る意味の絶対化であることが明らかとなったと思う。絶対化は常に非歴史化である。立場がどのように非歴史化的概念であるかを、改めて今見よう。

立場は整合を意味した。整合を論理的根拠・基礎としてその上に立てられた限りの理論内容は、体系と呼ばれる。体系は立場の上に立つ。尤も体系的であることは時に、組織的であることを、即ち組織的方法によることを、意味するであろう。処が今云う体系は恰も方法に対立する処の体系なのである。さてかかる体系は必ず一つの完結した終止を云い表わす。現実に於て成り立つ体系は必ず常に不完全であるから、体系は事実上決して静止していないには違いないが(例えば開放的体系)、併しそれにも拘らず体系の概念は、現実的乃至理想的な一つの状態――静止――を指し示す。例えば同じ目的行動であっても、既に一定の内容が這入った限りの目的を実現しようとする場合と、そうではなくして何かの目的内容を決定するために行動している場合とでは、目的の概念は異る。前の場合の目的は既知の理想状態であり、後の場合の目的は行動の一般的動力に過ぎない。丁度この意味に於ける理想状態の状態という意味で、体系は状態であるのである。体系はそれが組織されつつある・体系立てられつつある・現実の瞬間――現在――に於ては、それ自身と矛盾する。何となればそれは正に状態であって之に反する過程ではないから。従って体系は常に、既成の(過去の)存在か、又は(未来の)ユートピアか、の何れかでしかない。体系が現実の過程を脱却している概念なのであるから、その性格を決定するものは、歴史的過程ではなくして例えば論理的構造であることは必然である。というのは体系はただ、その論理的構造が完全であればある程、優れていると考えられる。論理的構造とは整合――立場――に外ならない。体系が立場に基く所以である。かくて立場は非歴史的概念であることが示された。

(問題は之に反して方法と結び付いている、問題が提出されればそれを解決すべき方法はすでに与えられたのであり、又どのような問題を選ぶかは方法の第一歩を意味するのだから。処で方法は体系と正反対に、現実的過程そのものであるであろう。方法は歴史的過程にぞくす。問題は従って常に歴史的でなければならないわけである。――吾々は問題の歴史社会的規定を既に見ておいた。)

問題は歴史的であり、立場は非歴史的概念であることが明らかとなった。之を予想の概念に関係づけて区別しておこう。立場は極小の予想――それが独断的であろうと無かろうと――から成立するのが最も優れていると考えられる。予想なき立場は、この絶対的出発は、立場なき立場として、立場の上乗に数えられる。併し形式論理学的同一律こそ極小の予想を有つものではないか。併し実際は人々は夫々の問題を有っている。そして問題は或る意味に於て予想そのものに外ならない。何となれば、問題は常に歴史的に与えられ又は発見されるのであったから。社会に存在する説話が・神学が・世界観が、理論に対して問題を予想せしめるのである。立場は予想からの自由であり、問題は或る意味に於て予想そのものである(但し問題は常に批判されたる予想であってドグマであってはならない。そしてドグマからの自由は必ずしも予想からの自由ではない)。問題の歴史性は再び茲に明白である。

問題の概念は理論を歴史的に規定せしめ、之に反して立場の概念は理論を非歴史化す。何かの理論をその立場として把握することは、之を形式化し、平面化し、本質化し、同時存在化することである。それは理論が理論としてもつ性格――歴史社会的性格――を中庸化し凡庸化することである。之に反して何かの理論をその問題に於て把握することは、之を歴史社会的規定に於て見ることであり、之を歴史化し、性格化し、立体化し、内容化することである。故に今や人々は、如何なる理論に対しても、之を単に何かの立場に還元し、その整合――その体系・その論理的仮定――を吟味することによって、その理論を正当に批判し得る、と思うことを許されない。理論は凡て、それを動機づけたそれに固有な問題にまで遡ることによって、そしてただ其処からのみ、その性格を把握されるべきである*。或る理論が有つ問題そのものを把握せずして単純にその立場の可能不可能を論ずることは、無意味であり又は有害である。この結論は今まで述べて来たことによって一義的に明白であるであろう。処がそれにも拘らず、人々は往々理論の立場の整合のみに心を奪われて、それを動機づけた問題を理解することを怠る。かくてその性格を見失うことによって、中和的となり、かくて人々は自らを公平にして批判的であると呼び得るのである。

* 注意すべきは問題の変装である。或る理論に就いて普通それの問題であるとして与えられている問題形態は勿論のこと、その理論の創始者によってその理論の問題として言明されているものすら、往々にして実は変装されたる問題形態に外ならないことがある。或る理論の真の問題は何か、何が問題であるのか――問題の決定――は人々がその理論に就いて何を問題として選択するかに帰着する(問題の選択に就いては次を見よ)。

さてこのようなものが吾々の、立場の批判である。自己の立っている立場が立場として成り立つか成り立たないかを、それは批判するのではない。そうではなくして、一般に立場なる概念が理論に於て、どのような権利を与えられて好いものか、に対する批判でそれはあった。立場一般が批判されるべきであった。

立場の批判としての問題の理論は、最後に、問題の選択に就いて分析を施すことを必要とする。それなくしては恐らく人々は問題が立場に優越する所以を根本的に承認するに躇らうであろう。

理論の目的は問題の解決にある。問題を解決し得ない理論は少くとも理論ではない。それであるから理論の根本的な価値は、それが如何なる問題を有つかに在る。問題の選択が理論の価値を根本的に決定する。立場や体系や又方法がそれを決定するのでは必ずしもない。何となれば如何なる問題を取るかによって、夫々の立場や体系や又方法が直ちに決って来るのであるから。問題の選択が理論の(又学問の)原始であり原理である。理論にとっては常に、問題の問題が、先ず第一にあるのである。

問題は如何に選択されるべきか。絶対的問題は存在しなかったことを注意しよう。絶対的問題が成り立つのは立場からであって問題からではなかったから――前を見よ。吾々が是非とも常に其から選択を始めなければならないような、又は必ずそれに終局は帰着すべきであるようなそのような、問題はあり得ない。というのは、諸問題の間に、価値の自然的――非歴史的――秩序はない、というのである。常に必ず某問題は高く、某問題は卑しい、と考えることは許されない。例えば精神なる問題は高貴であり、之に反して物質という問題は卑賤である、と考えられる理由は問題の概念それ自身からは、何処にもない。之は吾々の今までの分析から必然である。もしそれにも拘らず人々がそのような意識を知らず知らずにせよ持つならば、そこに支配しているものは理論ではない。何となれば理論ならば問題であるべく、問題であるなら相対的問題しかない筈であったから。そうではなくしてそこに支配するものは理論以外のもの――倫理(宗教的又は道徳的・甚だしきに至っては審美的)――の外ではあるまい。そして理論の最大の任務は常に恰も、倫理への批判であるであろう。問題を絶対化するもの――一般に立場がそれであった――は、往々にして倫理的分子である場合を注意すべきである。絶対的問題と倫理的予言とは往々相携える。実際、形而上学的体系――それは立場に基いた――の内容は、諸価値の自然的秩序を云い表わすことが屡々であるであろう。かくしてのみ当然に、或る問題は Inferno に、そして他の問題は Paradiso に、住むことが出来る。

人々は云うであろう、それではどのような問題を選ぼうとも人々の勝手であるのか、そうすれば問題の無政府主義しかないではないか、そうすれば理論の妥当性はどこにあるのか、と。併し問題の選択は少くとも問題を選択することであって、問題を勝手に採用することではないであろう。それに、もしどのような問題でも勝手に採用されてよいならば、元来問題の問題がある筈はない。問題の選択が問題になる筈がないのである。問題の選択そのものが今は問題である。何となれば問題は一定の――但し或範囲に於て形式的な――客観的標準に従って、選択され又されねばならないのだから。何がその標準であるか、曰く、性格的なる問題が選ばれなければならず、又選ばれるのである*。

* 性格が何を意味するかを私は「性格概念の理論的使命」という文章に於て述べた。性格の概念は個性の概念でもなく又類型の概念でもない。それは一方に於て知識学的通路であると共に、他方に於て常に歴史社会的必然性――歴史的運動――の契機である。性格的とはそれ故、歴史的運動に於て必然的位置を持つ処の、歴史的運動に寄与する処の、歴史的使命を帯びた、事物を略々意味する。

蓋し問題の選択はその問題の解決を目的とする。そして問題の解決とは、問題が常に歴史社会的存在であるから、歴史的社会の或る必要を充たすことに外ならない。解決する必要のない問題は問題ではないからである。であるから問題と解決とは、社会の歴史的必然――それは取りも直さず歴史的社会の必要・要求となる――を受け容れ、そして之を解きほごし、かくすることによって新しい必然を呼び起こす処の、一つの歴史的過程であるであろう。之によって社会の歴史的運動の一つが茲に展開されるのである。故に問題の選択はかかる歴史的運動に寄与すべく行われなければならない。かかる歴史的使命を有った問題のみが選択されねばならない。性格的な問題が選択されねばならない所以である。――選択されねばならないというこの当為は併し乍ら、ただ選択しようとする個人に対して吾々が関心を有つ時に限って、効果を有つことの出来る概念であることを注意しよう。と云うのは、個人の主観的意志に対してのみ、当為の意味は成り立つ。もし吾々の関心が個人に限られなかったならば、もし個人を優越する限りに於て客観的と考えられる歴史社会的事実に吾々が関心するならば、この当為の概念は、茲に於ては、元のまま効果を有つことは出来ないであろう。個人にとって、性格的問題が選択されねばならないからと云って、無雑作に同様に歴史的社会に就いてもそうあらねばならないのではない。歴史社会的事実を個人的当為と混同することは、異った二つのものを一つにする点に於て誤っているよりも寧ろ、元来一つであるものを二つに離してしか考え得ない所から由来する誤謬であるであろう。歴史社会的事実とは、個人的当為の内容の外ではなく、又個人的当為とは歴史社会的事実を基本としてのその個人的な解釈に外ならない。何となれば歴史社会的事実とは特有な意味に於ける道徳的事実――fait moral――なのであるから。そこで個人を優越する限り客観的と考えられるこの歴史的社会の事実に於ては、この特有な意味で道徳的な――個々の主観的な個人倫理的道徳の当為からは独立でありそして物理的なるものに対する処の――道徳的事実(fait moral)に於ては、事実上(但しこの事実が今の意味での道徳的事実である事を忘れてはならぬ)人々はただ解決し得る問題をしか提出し得ないのである。歴史社会的事実――特有なる意味で道徳的なる道徳的事実――に於ては、事実上、解決し得る客観的条件を具えた問題のみが常に選ばれるのである。この意味に於て、事実上、性格的な――歴史的使命を持った――問題のみが選ばれるのである。選ばれると云うのであって、選ばれねばならないというのではまだ必ずしもない。――処が、特有な意味での道徳的事実としての歴史社会的事実は、個人的当為の内容であり基体であった。それ故凡そ何ものかが歴史社会的事実として事実上かくあるが故に、正にその故に、個人的当為としてかくあらねばならないのである。事実と当為とのこの帰結の関係はとりも直さず、歴史的運動の概念が、歴史的使命の概念が、即ち一言で云うならば性格の概念が、云い表わそうとする処のものそのものであった。故に今云うことが出来る、性格的問題が(歴史社会的)事実上常に選ばれるのであり、故に又選ばれねばならないのであると。問題は常に性格的に選ばれるのであり、故に又そのようなものとして選ばれねばならないのである。否問題それ自身が常に性格的であり、恰もそれ故に又性格的であらねばならないのである。性格的でない問題も事実としてはあるではないか、と人々は云うかも知れない。併しそれは、一応一つの問題であるかのように見えても、歴史社会の限界条件に於ては、事実上は結局問題の資格を持ち得ないものである。この事実上の無資格を結果に於て暴露するものが恰も歴史的運動の外にはないのであった。問題の選択は勝手ではない、問題は常に性格的である。

問題は性格的である。然るに前に、問題は相対的であった。性格的なる問題が相対的であるとは何を意味するか。性格的とは歴史的運動に寄与することであった、歴史の運動を目前に展開せしめて之を観想することではない、そうではなくして歴史的運動それ自身に参与するのである。歴史的運動へのかかる現実的な参与は吾々にとってはただ現代に於てしかあり得ない。故に一般に性格的とは歴史的社会の現代性を指すことに外ならない。但しかかる現代性はかの永遠なる今ではない、アウグスティヌスが懺悔録を書きつつあった時にも、私が今この文章を書く瞬間にも、そこに逍遙しているものは同じ資格の永遠の今であろう。現代性は之に反して将来に於ける永遠の今でもなく又過去に於ける永遠の今でもない、現在に於ける今の今なのである。今の今である現代は、他の時間部分に対しては、特有の歴史的な資格――現在という――を持っているであろう。かかる特有な歴史的資格が性格的なるものの必要なる一部をなすのである。さて性格的な問題はかかる歴史的特権をもつ問題である。それは現代の問題である。現代の問題は或る過去の又は将来の時代の問題と、同一平面上に、同列に、並べられることは出来ない。其処には単なる時間上の位置の差ではなくして理論上の秩序の差があるからである。之を並列的関係に水準化し、相対化すことは許されない。もし之を許すとしたならばどのような問題を選ぶかは全く人々の勝手となるであろう、そのような人々は勝手に或る時代に生活している者と想像して空想的に又回想的に夫々の問題を採用することが出来ると考えるであろうから。かかる歴史的無政府主義に陥らないためにこそ、問題は性格的でなければならず又そうあるのであった。さてそうすると性格的なる問題は、問題の絶対性を裏書きするかのように見えるかも知れない。併しもう一遍言おう、性格は現代性を意味する、永遠の今ではなくして今の今を。現代が、時間を超越する意味に於て永遠化せられない限り、性格も亦相対的であることを止めることが出来ない。現代は次の時代に移り行く、現代が最後の日ではない。併しそれであるからと云って、現代に生活する人々が勝手に歴史的時間軸を変換し、現代が或る次の時代であると仮構することによって事物を論じることは許されない。現代は相対的である、併しそれにも拘らず現代は絶対に現代であって他の時代ではない。歴史社会の現代性の、このような絶対的に見えながらそれ故却って相対的な特色を云い表わすものが、恰も性格概念であるであろう。性格の概念は歴史的無政府主義と、超歴史的専制政治とから、歴史社会の現実的運動を守るための概念なのである。

問題は性格的である。それは時代の血を引いている限り、時代の寵児であるであろう。かくて性格的問題――それが問題らしい問題である――は常に支配的な問題であるか、或いは又、支配的になろうとする勢を示す処の問題なのである(それ故それは流行や新しさと混同されることが往々である)。言葉を換えて云うならば、それは或る意味に於て、有力なる問題であり、解決力ある問題なのである。性格的問題――それこそ最も問題らしい問題である――は他の多くの問題を解決すべき第一義の問題であると考えられることは当然であろう。事実は一定の時代に於ては、一切の問題が或る一つの中心問題に結び付けられることによって初めて最も正面的に解決せられるものと考えられる。或る時代に於ては神が、或る時代に於ては人間が、又他の時代に於ては他のものが、このような中心問題として理解されるのである。さてこのような中心問題が併しながら、相対的でなければならなかった。

今や次のように結論することが出来る。苟くも問題の名に値いするものであって絶対的なる問題はない、何となれば一切の問題は性格的――相対的――であるのだから。併し又そうであるからと云って、どの問題でも勝手に選ばれて好いのでもない。何となれば一切の問題は性格的――歴史的特権――であるのだから。時代を超越した永遠の問題はない、在るものは凡て、歴史社会的限界条件の下に、時代の問題であり、そして現在に於ては、現代の問題としてあるのである*。このようなものが吾々の所謂問題である。理論に就いて、問題はこのようなものとして、立場の概念を優越すると云うのである。問題は性格的であればこそ――歴史的使命を持てばこそ――、それ自身問題であることによって一列の他の諸問題を展開することが出来る――前を見よ。問題を突きつめるということは、理論の内容を展開し豊富にすることを意味する。試みに立場――論理的整合――を突きつめて人々は何を得るか。それは常に理論の稀薄化と性格の疎外との外ではない。

* 現代の問題を吾々は決して広い意味に於ける時事問題に限らない。そうではなくして一切の問題が現代の問題という資格を持っているというのである。現代の問題としてのこの資格を明白には自覚せず又そうする必要のないような問題――没性格的な問題――は、多かれ少なかれ、かかる資格からの抽象として理解される。もしそうでなければ例えば数学の体系と数学の歴史とを区別する標準はどこにもないであろう。

或る一つの理論を批判し得んがためには、徒に夫が基く立場の成立不成立を論ずることに人々は満足すべきではない。之に満足し得るような人々によって否定され得る程それ程他愛なき立場に基く理論は、思うにおのずから歴史社会的に淘汰されて消滅して了っているであろう。それであるから人々は、理論が何を問題とするかを第一に見極めることが最も必要なのである。理論の動機をなす処の問題を理解しない限り、その理論は理解されたのではない。さて第二にその理論が持っているこの問題が果して性格的であるか否かを人々は決定し得なければならない。之を決定し得ず又は決定することを知らないならば、この理論の歴史的(社会的)意味を理解することは原理的に不可能であるであろう。この二重の手続きを経て何等かの理論は初めて批判されたことになるのである。もしそうでなければ所謂批判とは単に論理の帳尻を合せることか、それでなければ一つの科学的漫談でしかない。

論理の政治的性格

――主に問題との関係に限る――

一

現実に存在する理論は常に誤謬を含む可能性を持っている。従って誤謬の有無・程度・種類に応じて、諸理論は初めて夫々様々な形状に分裂し、相互に食い違いを産むのである、と或る人々は考える。もはや誤謬を含まない理想的理論としてはそれ故、一定の事物に関する一切の諸理論は一つの同一の理論に一致しなければならない(理論の唯一性)、とその人々は考える。例えば存在という一定事物に就いての諸理論は、それが理想的であるならば凡て、同一無二の帰結に到着すべきものと考えられる。処が実は、存在の概念の下に、或いは自我・意識等々が、或いは世界・歴史的社会等々が、理解される。存在という同一に見えた事物も、或いは自我の・或いは世界の問題として提出される時、問題提出に於ては異った夫々の問題となる外はない。尤も一定の学問に対して、もし一つの最も普遍的な問題というようなものがあるならば、少くともそのような問題こそは唯一無二でなければならないように見えるかも知れない。併しかかる問題は無論、ただ形式的にしか存在しない。吾々がそのような問題を、実質的に――形式的にではなく――即ち現実的に、把握しようとすれば、忽ちそこには把握の仕方の相違が這入って来る。形式上は同一と考えられた問題――前の例ならば存在――も現実に於ては夫々異った特定の問題として把握され、そして提出されるのである。現実への避くべからざる交渉を予め用意した限りの現実的概念――之を観念的概念から区別せよ――としては、問題とは常にこのような夫々特定の問題提出の外ではない。それ故このような意味に於て、学問にとって、一定の書物とか唯一無二の問題とかいうものが存在するとは限らない。従ってそこには理論の唯一性があるとは限らない。理論が同一無二の帰結を有ち得ないのは、必ずしも誤謬の有無・程度・種類の事実上の相違から来る制限ではなく、そのような事実上の制限を撤して原理的に理想状態を考えて見てもなお、理論はその問題の把握――問題提出――の如何によって、原理的に夫々異った軌道を歩むように出来ている場合があるのである*。――如何なる問題を把握すべきか、如何なる問題を如何に提出すべきか、という問題の選択は、であるから誤謬の訂正という仕方によっては一義的に決定出来ない。このことが今明らかとなった。誤謬の訂正の代表的なるものは矛盾の排除・整合であろう。問題把握の動機は、矛盾の排除乃至整合の地盤である所謂分析論理と呼ばれている平面の上では、失われて了うと云うのである。理論に向って問題を提出するものは正に、歴史社会的存在の運動の必然性の外にはない、この必然性が初めて特定の歴史的段階に対して特定の問題を提出することが出来るのである**。

* 哲学的乃至歴史的諸科学――之を性格的諸科学と名づける理由がある――は凡て、この場合にぞくする。吾々が之から取り扱うものは専らこの諸科学に就いてである。

** 「問題に関する理論」に於て私はこの点を明らかにした。

そこで一つの疑問が残される。歴史的運動の必然性によって、甲の歴史的段階で問題甲が提出され、次の乙の歴史的段階で問題乙が提出され、かくて理論甲に理論乙が続いたとしよう。歴史的段階甲―乙と同じく、理論甲―乙も(問題甲―乙も)歴史的に連続する。理論甲が歴史的に理論乙へ運動したのである。併し之は理論の歴史的連続ではあるが、直ぐ様それが、理論の理論的――特定の意味で論理的――連続であるのではない。それは理論が恐らく時代の推移と共に歴史的に変化したのではあったであろう、併しそれだけでは、後来の理論が従来の理論を論理的に如何に止揚し得たか、の説明にはまだならない。例えば一つの思想の或る意味での階級性を指摘することと、依って夫の虚偽性を指摘することとは、一応区別され得るが、今までの処では場合が前者に止っていてまだ後者への移り行きが説かれていなかった、と云うのである。残された疑問はであるから、次の課題を課する。

問題選択に於ける歴史的必然性(従って乃至)遊離性が、理論内容に於ける論理的真理性(従って乃至)虚偽性として、反映し得るか否か。するならばどう反映するか。――吾々が解くべき課題は之である。

この課題を解くために、予め真理概念を正当に洗練してかかる必要がある。真理の概念は第一に一種の全体の概念として理解され得るであろう。事物の一面的・半面的理解は少くとも真理であることが出来す「出来す」はママ、ただ全面的理解だけが真理を有つと考えられる。それ故例えばヘーゲルに於ては真理は終局的な総合と統一とを云い表わす言葉であった。併し吾々が今問う処は――何処でも何に就いてもそうであるが――、単に真理とは何かではなくして、云わば何が真理か、である。如何なる規定に於て把握されたものが真理の内容となるか、如何にして把捉・獲得される限り真理が真理となるか、である。問われるものは真理の現実的規定であって、その観念的規定ではない。真理が全体性であるならば、吾々は、この全体性を如何にして――真理として――現実に把握するか、を尋ねる。処が全体性は現実的に云ってただ部分的にしか把握出来ない。原理的に云って現実上(現実とは一つの原理であることを注意せよ)そうなのである。無論それが真理――全体――としてである限り、人々は之を部分としてではなく正に全体として把握するには違いないが、その把握の仕方――それが現実――が部分的なのである。従って把握されたる又は把握され得る限りの現実の真理は、部分的であると云わないわけには行かない。それにも拘らずこの部分的真理が全体性を有たねばならないのである。この関係を云い現わすのに吾々は、或る種の無責任なる理想主義風の口吻を避けて、代表の概念を用いるのが適切であるであろう。把握されたる真理部分は真理全体――真理の理念・真理自体・絶対真理・其他何でも好い――を代表する。この意味に於て真理は常に代表的である。

一般に、全体と部分との関係に於ては、必ず全体が部分を優越すると考えられる。それであればこそ真理が、部分ではなくして全体でなければならぬと考えられた。処が、今部分が全体を代表すると云う時、却って部分が全体を或る意味に於て優越することが意識される。それ故代表の概念は実は、全体―部分の関係ではもはや充分正当には理解出来ない。そこで之を形式―内容の関係に於て見よう。

全般としての真理概念――真理の理念――は部分としての夫を優越した。全般真理は部分真理を支配していなければならない、そしてそのためには、夫は後者から独立して自身に安らうことが出来なければならない。真理の理念は、個々の部分真理をして凡そ真理たらしめるものであり従ってその限り部分真理を離れては意味がないが、それにも拘らず部分真理から独立して自己の安定を保っていると考えられる。さてそこで真理の理念は部分真理をその内容とする形式と考えられるであろう。処がこの形式は、今云ったことによって、たとい内容に即したものとは云え、この内容からは独立に自足したものと考えられる。それ故真理の理念を独立な自律性をもつものとして、その自己安定の状態に於て、捉えようとすれば、夫は内容から独立に、形式的に、無内容なるものとして、定着されなければならない。それは真理一般であって、特に真理某でなければならないのではない。茲に現実内容から来る規定は原理的に作用を停止され、それに形式的原理――理念の独立――が代わる。真理の理念はかくの如く無内容と考えられるであろう。今実際にこの無内容と考えられた理念真理が、現実を取り扱う理論に於て、その原理となったと想像せよ。理念が無内容であったのだから、現実内容は容易に理念の内容として取り入れられるかのようである。処が実は、理念が無内容であったからこそ却って、現実内容はただその作用を停止されることによってのみ、ただ無内容者の内容という資格に於てのみ、即ちただ内容そのものの資格でない時に限って、内容的にではなくしてただ形式的に、その内容となることが出来るに過ぎない。現実内容は形式的原理の単なる――形式的なる――素材となり、結局その内容性・現実性としての原理を形式の原理によって否定される。それ故無内容と考えられていた理念真理は、茲に至って実は、現実内容の内容性・現実性を否定し得るような一種の内容――無内容という内容――を持っていたことが暴露されるであろう。理念を無内容と見せかけて置き乍ら、その無内容自身がひそかに積極的な内容――形式の独立性――を主張するのである。人々は普通、理念に一定内容を予め入れてかかるのをその実体化・絶対化と呼んで警戒するが、今のように之を無内容化するこそ又一つの実体化・絶対化であることを注意すべきである。形式的に規定したものへ、後から内容を揷入すれば、一向誤りはなさそうに、普通漫然と考えられるのであるが、形式的に規定するということが、形式的原理に則る――真理理念の場合が之であった――ことであるならば、そこには原理的に、現実内容の排斥が伴う外はない。であるから形式を原理として、即ち之を理論の出発又は帰着すべき立場として、現実内容に対する理論を構成しようとするならば、そのような理論は初めから現実内容に対して虚偽でなければならないのである。形式的原理によって事物の現実的・内容的・原理を蔽おうとするこの最も頻繁なる虚偽は、形式主義と呼ばれている*。それであるから、真理の理念をば、真理概念の分析的理論の原理・出発点・立場となし、その理論の原動力であるかのように第一のテーマとして先頭に押し立てるならば、元来無力であるべきであった理念としての真理概念は、その形式主義故に、今や有害とさえなるであろう。――さて前に、全般真理と考えられたものが、このような真理形式――理念――であり、部分真理と呼ばれたものが之に反して今の真理内容であった。前者は一般的形式のもつ形式的原理にぞくし、後者は特殊的現実内容のもつ内容的原理にぞくする。そして前者は、現実内容を内容的に取り扱おうとする一切の理論にとって、元来無力であり、且つ時に有害でさえあった、それを吾々は見て来た。故に吾々は、代表的真理の概念の下に、普通そうされるように真理の理念を理解すべきではなく、却って常に例外なく、何等か特殊な真理内容をのみ理解しなければならないのである。このことは絶対に原理的である。

* 事物は理論的に抽象されることによって形式と内容とに分割されることが出来る。この抽象とその抽象力なくしては、事物の真の意味に於ける分析は不可能となるであろう。併し最も注意すべきは、この場合、形式と内容とが必ず相互の連帯性に於て分析されることを条件としなければならない、という点である。形式が形式であり、即ち内容に先立って独立し得る原理であるという理由から、もし形式が、往々そうされるように、独立に内容への連帯に関わることなく分析されるならば、その限りの形式に対しては、内容は全く任意に・偶然に・無関係な素材として・外部的に・付加されるに過ぎない。かかる形式とかかる内容との所謂総合――之が単なる総和ではなくして正に具体的な総合と思われているからこそ問題なのであるが――は、もはや最初の具体的事物とは全く別である。この事物の具体性が分析に際して形式と内容との連帯性として働かない時、その分析は虚偽としての抽象となる。

吾々が真理概念を観念的に理解する代りに之を現実的に理解するならば、真理という言葉を口にする時吾々は必ず真理内容――真理の特殊的現実的内容――を理解すべき義務がある。もしそうしなければ吾々は無用な空想を以て満足し或いは又苦しむことになるであろうから。さてこのような真理概念であってこそ、初めて虚偽と現実的に対立することが出来る。凡そ一方で一定の虚偽を心に置いているのでなければ、真理の内容は現実的に把握出来ないであろう。何となれば真理が最も熱烈・執拗に要求されるのは外ではない、この虚偽を克服しようと欲する場合なのであるから。真理にとっては虚偽の問題が――真理の理念の問題がでない――最も重大と考えられる。虚偽をして虚偽たらしめるもの、それはやがて取りも直さず、真理をして真理たらしめるものではないか。現実の真理にとっては、真理と共に常に虚偽――単に誤謬ではない(初めを見よ)が問題となる。真理内容としての真理は、形式的な真理概念とは異って、ただ虚偽内容との連帯に於てしか分析されることを許さない。

かくの如くして吾々は真理をば内容的原理に従って(形式的原理に従ってではなく)、現実的に(観念的にではなく)、捉える必要に迫られる。そこで人々は云うであろう。真理概念を内容的に捉えると云っても、元来内容は無数に個々別々であるから、之を一つ一つ理解し尽すことは無論出来ない、之を統一的に捉えるためには従って、之を云わば内容一般として把握する外に道はあるまい、併しそうすることは要するに真理が真理である所以・真理性・を捉えることに外ならないが、それが即ち真理の理念ではないか、と。人々によれば恰も事物には一般的形式と個別的内容との関係しか認められないかのようである。であるからここで内容的に把握されるものは実は内容一般であり、それはとりも直さず一つの形式に外ならない。こうしておけば、先ず始めに形式性に於て規定しておいて、後から内容を任意に付加・揷入する外、途のないのは尤もである。処が吾々は内容をこのように形式的にではなく正に内容的に取り扱わねばならなかった。そうしなければ内容的・現実的・原理が否定されて了うからである。吾々も個々別々の内容を一つ一つ取り上げ得るとは云わない、そうかと云って内容を内容一般として取り扱うのであってもならない。内容としての内容を統一的に把握するに必要なものは形態の概念である。

形態は個々の内容と一般的形式との中間に立つ、前者に対する限り夫は一般的であり後者に対する限り夫は内容的であるであろう。従ってこのような形態概念は往々典型の概念と同じ任務を帯び、従って就中、事物の分類の仕事に与るようである。かくて之は個別化の原理にぞくする中継局の位置を占めることも出来なくはないであろう。併し形態をただそのようにしか理解しないことは、吾々がこの概念を導き入れた主旨から云って、実は元来不当である。何となれば、形態がもし、このような一つの――中間に位する――個別化原理に外ならないならば、まず初めに一般的なるものが形式的に在って、之に外延上の区画を施し、個々の内容を入れるべき定位を割り出す場合の原理を、それは意味するであろう。処がこの仕方はとりも直さず先程から排斥している形式主義の外ではないのである。形態概念はそれ故、この形式から内容への形式主義的進行の原理――個別化原理――から引き離して理解されるべきである。形態は典型ではない*。

* 典型・個性、等々の概念は、形式的原理にぞくする処の個別化原理に基く。之は夫々、形態・性格、等々の概念から区別されねばならない――性格に就いては次を見よ。

形態の概念は性格の概念と関係している。一般に、事物の容積ある内容を、内容として、即ち内容的に――形式的にではなく――把握する通路を、性格と呼ぶことが出来るであろう。事物は一般に、性格という理解の通路に沿うて、初めて一定の性格を有つ事物として、その容積ある内容を捉えられる。そうしなければ事物の容積は平面に還元され、事物の優越なる性格が凡庸化され、内容は形式化されて了うであろうから。一般に、事物の内容をして内容として捉えさせるものが性格であり、そして又かくして捉えられた事物の内容が、その事物の性格なのである。性格とは内容的に把握されたる限りの内容である。事物の内容の容積をなしている内容的・現実的・質料的・原理を担ったものが性格に外ならない。個々別々の事物も亦、それ故、その内容が把握された限り、個々別々の性格をもつ。処が恰も形式論理学に於ける概念が外延―内包の関係によって種概念と類概念との上下の系列をもつと同じに、事物の性格も亦段階的系列をなすことが出来る。諸事物の性格は、一定の一事物のもつ一性格の下に、時間的推移に於てか並立的同時存在に於てか、統一され得るものである。さて下位の性格に対して、相対的に上位に位する性格が、形態の概念であるのである。形態は、個々事物の内容を、何等か総体として、而も依然現実内容として、捉える処の、通路である(形式的な総体は一つの理念であり、従って現実内容とは無縁であった)。

形態と形式とはそれ故もはや一つではない。一般的形式は内容としての内容の排斥に外ならなかったが、形態は恰も之に反して、内容の容積――性格――の顕揚をこそその使命とする筈であったから。形態は性格の一つの場合であり、従って内容的・現実的・質料的原理を担うているからである。そして又今、個々の事物の性格からも形態は区別されねばならなかった。そこで事物のかかる形態は、何によって、何から決定されるか*。例えば幾個かの事物が一定の形態をその性格として受け取ることは、何処から来るか。一般的形式からではない、何となれば形式は現実的原理を担ってはいなかったから。それ故形態の発生地は、現実的原理を担っていた事物の個々内容の性格になければならないようである。形態を決定するものは個々事物の性格であるように見える。処が個々事物の諸性格が一定形態にぞくするものとして統一されるのは、もはや夫々の性格の所業ではなくして正に形態の所業でなければならない。それ故形態は一般的形式からも個々内容の単なる性格からも決定されることが出来ない。そして形態が自己自身を決定するという云い表わし方にも意味がない。故に一事物の形態は、之と一定に関係する他事物によって決定されるものである。某一事物の内容的・現実的・質料的・原理を充分な意味に於て担っているものは、ここではもはやその事物の個々内容ではあり得ない。之は単に一般的形式に対立する限りの現実内容でしかなく、従って之は形式的に規定された限りの現実内容に過ぎなかった。そうでなくして、この某事物に一定に関係する他事物として、某事物の単なる個々内容の背後から、そのもう一段より現実的な内容となるべく、現われて来るものこそが、某事物の形態の決定者である。一定群の個々内容の諸性格を、単なる性格として把握しようとすれば、之等を形式化する外に統一の原理はなかった。之に反して之を形態として把握すれば、初めて一定群の個々内容は内容的・現実的に統一あるものとして取り出される。事物の形態的把握はかくて、その単なる性格の把握に較べて、それがより一般的であるにも拘らず却って、より具象的・立体的な内容からの通路を必要とするであろう。某事物の形態は、他事物が之を決定する限りに於て、某事物の把握通路となることが出来る、形態の決定なくして形態はあり得ない。そして一事物の形態の決定者は常により具体的なる他事物なのである(それ故、甲事物の一定形態は、時に、之の決定者たる乙事物の甲形態ともなることが出来る)。――形態が一般的形式と個々内容との中間に位すると考えられた事情は、之を一つの個別化原理と想像する場合とは反対に、両者を媒介する処のより具象的な内容からの発生を告げているものに外ならない。一旦形態の概念へ来れば、かの一般的形式も個々内容も、夫々事物の一形態に相当するのであった。

* 形式的原理から生ずるものは可能性であり、之に反して質料的原理から来るものは決定の関係である。今は形態の決定、形態的決定が問題である。之を他の仕方の決定――物理的因果関係・心理的発生関係等々の夫――に還元し又はなぞらえることは許されない。

形態概念を一通りこう決めておいて、さて真理の現実的概念を尋ねるならば、もはや真理の形式――真理の理念――としてでもなく、又個々の真理内容としてでもなく、正に真理形態として真理は理解されねばならぬこととなる。虚偽も亦同じく虚偽形態として理解されねばならない。処で真理内容は虚偽内容から独立に分析されてはならなかった――前を見よ。故にこの今の真理形態は虚偽形態から独立に理解されてはならない。真理形態と虚偽形態との関係、又は真理内容と虚偽内容との形態的関係、に於て、真理概念は取り扱われることが必要である。一言で云うならば、真理はかかる論理形態にぞくするものとして取り扱われるべきである。――之が今までの結論であった。

私はもう一つの制限を加える必要を有つ。真理を形式的原理に従って――観念的に――しか理解しない多くの人々は、おのずから、真理の代表的なる典型として、常に形式的真理を考えるであろう。そのような人々が論理学や数学の真理を最勝義の真理典型であるかのように思い做すのは尤もである。この真理をしてその真理典型を保たせるものは純論理的なるものであろう。という意味は、真理は何等かの意味で常に論理的と呼ばれることが出来る筈であるが、今の場合の真理典型に於ては特にそれが最勝義に於て論理的である、と云うのである(但しそれであるからと云って、夫が最勝義の真理だということにならないことを注意せよ)。併しこの形式的な真理は、それが形式的原理にぞくする限り、人々の想像する処とは異って、内容的な真理と呼ばれるべきものの性質を決定するに正当な資格を欠いている、その推論は前を見れば好い。内容的真理はこの独立な形式的真理への外面的な付加・揷入であるのではなくして、却って後者が前者からの抽象としてこそ、初めて連帯的に理解されることが出来る。世界観のもつ真理典型――夫は内容的である――は、論理学風な形式的真理典型へ、感情や意志の内容を後から付加・揷入したものではない。世界観に含まれると考えられる情意内容は単なる感情や意志ではなくして、それ自身の内に在る或る意味の論理によって、その真理性を保証されているものである。この論理は純論理的なるものの恩沢によって初めて論理的となり得たのではない、それは純粋論理ではなくして内容的論理である。かかる内容的真理典型を初めに把握しておいて始めて、夫からの一面的抽象としてその内に含まれていたと解釈出来る純論理的整合を取り出すならば、それが取りも直さず形式的真理典型であるのである。逆に後者から出発して前者に就いて云々し得ると想像するならば、それは結果を以て動機を決定する処の虚偽であるであろう。――さて真理概念に就いては夫から出発せねばならない内容的真理典型、――之を有つものは例えば歴史的諸科学である(前を見よ)――之を私は性格的真理と呼ぶことが出来る。之に対して、形式的真理を没性格的と呼んで好いであろう。そこで吾々が取り扱うべき唯一の正当な真理概念は、今や性格的真理に於ける真理形態という資格を帯びて来る。実際、性格的真理に就いてでなければ吾々が真理形態を口にする理由はなかったであろう、形態とは元来、特殊の資格を有った性格概念であったのだから。虚偽に就いても亦同じく性格的虚偽が今の場合の対象でなければならない。それ故今や、吾々の課題は、性格的論理に於ける論理形態、を媒介として解かれるべきである。

二

性格的論理に於ける――没性格的論理は今の問題ではない――論理形態は、真理乃至論理の理念からは決定出来なかった。そうかと云って単なる個々の真理内容からも決定出来なかった。論理に対する他事物として、而もより具体的な論理的内容によって、夫は決定され得る筈であった。今それを見よう。

性格的論理に於て用いられる諸概念は必ずその性格を有つ。例えば或る事物を何と命名するかは没性格的・形式的・論理にとっては全く任意の事にぞくするが、性格的論理にあっては、その任意さの間にすでに人々がそれをどう待遇しようとするかという意図が示されているであろう。概念の成立には一定の動機があり、この動機から云って是非ともこの概念が採用されねばならなかったのである。概念の性格はこの動機によって成り立つのであり、かくて一定形態の諸概念が出来上る。概念の形態はそれ故、この動機によって決定されるものである。性格的真理を持つ諸科学に於て、術語が定義し得られず従って又一致を欠くのを常とするという事実は、この点から説明されるであろう。蓋し動機は自らを云い現わし尽すことが出来ない性質を有つからである。――それであるから概念の性格はすでに判断の仕方を予想せしめる、諸判断はこの時すでに一定の形態を取るべく予定されているのである。事実、判断の形態は概念の形態の展開であり、後者の性格が具象化されれば前者の性格となると考えられているであろう。かくて諸判断の性格・その形態は、又一定の動機によって決定されるものなのである。――推論はこのような判断形態を云わばその性格に就いて積分したものと云うことが出来る。推論も亦一定の意図の下に動機せしめられる。実際人々はまず予め一定の帰結を有つことを欲し、そのために適当な前提を選択する。もしこの前提で期待した帰結が得られなかったならば、改めて他の適当な前提を求めるであろう。そして万一どうあっても適当な前提を見出すことが出来ない時に初めて、人々は予想された帰結を変えることを余儀なくされるのであり、そこで別に新しい帰結を予想して再び今のことを繰り返すのである。この条件は別に何も独断的な手続きに限られるのではない、何となればこのような手続きを経なければ、吾々は真理へ現実に到達出来ないのだからである。或る人々は、予め帰結を先取することをば、虚偽以外の何ものをも産まない処の条件と考えるかも知れない。もし人が飽くまで最初に予想された帰結に執着するならば恐らくそうであろう。併し彼が理論的である限り、予期の帰結がどうしても惹き出せない時、之を思い止まるのが健全な場合であろう。そして之は何も、他の帰結を先取することまでをも断念したのではない。真理はただ適切な帰結の先取によってのみ開拓される。人々は洞察・直観・発見の才・等々の言葉を以て、この先見の明を讃美するのを常とさえしはしないか。諸々の推論にその性格を与え、その形態を決定するものはかくて又一定の動機であるのである。――次にこの推論は更に、理論の微分に相等するものと考えられる。諸々の理論を指導し、之にその性格を刻印し、一定の理論形態を決定するものは矢張り又理論の一定の動機でなければならない。この動機の活動が活発であればある程、理論は明快となり、その目的を正確に果し、強力な説得力を持って来る。この状態は多少の語弊を忍ぶならば修辞的と呼ばれてよいであろう。理論に於ては常に結論が先取される。もしそうでなければ分析――理論の代表的な手続きが之――のテロスが失われ、或る種の科学に於て見受けられるように、際限なき区別の羅列が理論の内容となって了うに違いない。――さて、そうであるから一般に、性格的論理形態を決定するものは、論理の動機である。

尤も論理のこの動機によって、単に性格的真理ばかりではなく、同時に性格的虚偽も亦動機づけられるであろう。そうすればこの動機は真偽の区別に対して無記な規定を動機するに過ぎないかのようである。併し元来、虚偽の可能性のない処には現実的な真理はない。真理を真理たらしめるものがとりも直さず虚偽をして虚偽たらしめる処のものであった――前を見よ。そして夫が恰も論理のこの動機に外ならない。――さて論理の動機は情意又は信念に基く*。

* 論理形態が情意によって決定される事を特に指摘したものはリボーの労作である(T. Ribot, La logique des sentiments. 特に p. 65 以下参照)。又論理の内容が信念であり、真理の性格が信念の強度にあることを強調したものはタルドであった(彼に於ては論理は目的論と表裏関係を有つ、論理に於て信念であるものは目的論に於ては欲望である)(G. Tarde, La logique sociale, chap. I 参照)。

情意乃至信念がそれ自身に於て全く没論理的であるという想像は、一つの形式主義的迷信である。論理を純論理的なるものとしてしか理解しなければ、情意乃至信念は同語反覆的に没論理的であらざるを得ないであろう。処が吾々によれば恰も論理はそのように形式主義的に理解されてはならないのであった。現に人々は判断を一つの信念に帰しているではないか。而も之は無論のこと、判断が論理的でないことを意味するのではなくして、却って信念が信念でありながら同時にそのまま論理内容を構成する動力であることを意味しているであろう。論理内容はこの信念の内に横たわる。信念でありながら――信念でなくなるのでも信念以外の動力に従うのでもない――論理的であることが出来るのである。処でそうであるならば、信念の不可欠の条件と云うことが出来る情意内容も、何故元来そのまま論理的である場合があってはならないか。情意がそれ自身の動力に従って或る時は論理的となり又或る時は没論理的となると考えることが何故不思議なことなのか。もし論理的内容を抽象した情意こそ真の情意であると云うならば、茲にも形式主義の虚偽公式が当て嵌まるというまでであろう。分析は勝手であるがそれをどう総合するかが常に問題である。感情や意欲は、所謂論理的思惟というような純論理的なるものの形式に、偶然外から混入する処の夫から独立な素材ではない。もしそうならばこの混入によって原理的に常に虚偽が惹き起こされる外はない。すると例えば情意内容を有つ世界観というようなものは、例外なく虚偽である外はない。苟くも世界観をもつということが非論理的であり従って反論理的であることとなるであろう。事実は、論理の現実内容こそ感情・意欲の内に横たわる。論理の動機・論理構成の動力はここからして発生し、ここからのみ取り出される。念のためにもう一遍云うならば、情意や信念は論理の形式に当て嵌まって初めて論理的内容となるのではない、そうではなくしてそれ自身に内在する原理――質料的原理――によって、場合に応じて論理的内容となるのである。それ故かかる情意乃至信念は、実際もはや単なる夫としてではなくして却って正に論理として意識されるであろう。それであればこそ人々は、過程を逆にして、之を論理の形式に当て嵌まったものとして取り扱おうともするのである。青と赤とが夫々の知覚に内在する原理に基いて区別されるのであるにも拘らず、この区別が判断によって与えられるとも考えられるように。

論理形態を決定するもの、論理に動機を与えそれの動力となるもの、それはもはや単なる論理ではなくして情意乃至信念である。この云わば人間学的段階に於ける論理は、吾々が是非通過しなければならない段階なのである。

論理形態を決定するものは情意・信念であった。併し茲でも亦情意・信念を単なる夫としてではなくして、情意形態・信念形態として理解することが必要である。現実的内容規定の把握を媒介とせずに情意乃至信念の一般性を把握してはならない。この形態を決定するものは情意乃至信念という――一般的・形式的な――概念ではあり得ない。恰も真理の理念が真理形態を決定し得なかったように。何が情意形態・信念形態を決定するか。論理的形態を決定したものが情意・信念であったが、今度は何か。

論理は妥当の世界にぞくすると考えられている。之に対して情意・信念は意識にぞくする。情意・信念は、一般に意識なるものの、特殊の種類――典型――であるであろう。情意・信念を単にそのものとして形式的に規定するならば、それは意識――但し無論特殊の種類の意識――である。又個々の情意内容・信念内容も、かかる意識の形式の内に横たわる限りの、個々の意識内容に外ならない。吾々の求める形態はそれ故、意識によっては決定されないということが結果する。――処が意識はその優越なる意味に於て、本来個人の意識でしかないことを注意する必要がある。もし超個人的意識というような概念が愛用されるとしても、之を個人的意識へどう関係づけるかを同時に説明しない限り、この概念は地盤がなく理論上の効果を有つことを許されない。個人的意識をただ超越したというだけの超個人的意識の概念は、ただ弁疏的な役割しか果さないであろう。又社会が意識を有つというような云い表わし方は比喩か類推に外ならない。意識概念は、自我概念がそうあるように、ただ個人概念からしか動機されない。人々はこの概念を行使する時、それであるから、常にこの個人概念からの動機に忠実であるべきことを忘れてはならない。この概念をどのように非個人的なるものとして行使しようともそれは人々の自由であるが、それが元来の動機から云って個人的であったことの意識が曖昧であるならば、そこではもはや人々は意識概念使用の権限を踏み超えにかかっているのである。この単純な事実は散漫にではなく正確にそして一般的に掴まれねばならぬ。さて意識概念は情意形態・信念形態を決定することは出来なかった。そして意識概念は今、常に個人的意識の概念でなければならなかった。それ故、吾々の求めている形態を決定するものは、個人に関わる概念ではあり得ない。それは社会的存在である外ない。一般に、意識形態を決定するものは社会であるであろう。今はその特殊の場合として、情意形態・信念形態に就いて、之を決定するものが社会である、ということとなる。

社会が情意乃至信念の――一般に意識の――形態を決定する。前に、情意乃至信念が論理形態を決定した。故に社会は論理形態を決定し得る筈である。併し単に、社会が意識形態を決定しそして意識が論理形態を決定するから、従ってただ間接に社会が論理形態を決定することになる、と云うのではない。もしそうならばこの二重の形態決定関係によって最初の形態は多少ともその形を崩し変装するであろうから、もはや充分な意味に於て社会が論理形態を決定するとは云われないかも知れない。今はそれだけではなくして、この二重の形態決定関係を条件として、それの上で、社会が直接に、論理形態を決定し得るというのである。社会は意識形態を決定するばかりではなく、みずから論理形態をも決定し得ると云うのである、ただその場合意識が予め論理形態を決定していることを条件とするまでである。このようにして社会は論理を形態的に決定し得るものである*。

* 或る意味に於ける論理形態が社会によって決定されることは、一例としてデュルケムが実証的に教える処である。と云うのは彼によれば論理の範疇は社会的に――そして夫は信仰・信念を媒介として――決定されるのである。併しこのような意味に於ける論理形態は、まだ必ずしも真理と虚偽との関係としての、吾々の所謂論理形態ではない――前を見よ(E. Durkheim, Les formes élémentaires de la vie religieuse. Conclusion. 参照)。

所謂妥当の世界にぞくすると考えられる論理形態は意識にぞくする情意・信念によって決定される、そしてこの情意形態・信念形態は又社会によって決定される。茲で二つのことが与えられていることを見なければならない。第一の点は形態的決定の系列が妥当―意識―社会の順序であって、その順序の逆は不可能だということにある。何となれば形態とは形式的原理ではなくして質料的原理から惹き出されるものであったが、質料的原理を担うものは常にこの系列に於て順次に後にぞくする項でなければならないから。形態的決定の方向はそれ故一方向きであって可逆的ではあり得ない。従って茲に、前のものと後のものとの相互作用とか相関関係とかを今持ち出すことは無意味であるであろう。夫を説くことが凡ゆる意味に於て不可能だと云うのではない、そのような決定関係を以てしては形態的決定の理解へ少しの貢献も出来ないと云うのである。――吾々は論理の現実的・内容的把握を志していたのであり、この志を実現する唯一の通路が形態的決定の関係であったのである。

第二の点は、妥当―意識―社会の順序に於て、前の存在が後の存在に依存する――但し形態的決定に於て――、ということである。そう云う時、恐らく人々は、次のような言葉を以て反対し得ると想像するに違いない、もし論理形態が終局的に社会的存在に依存するならば、一体論理の独立性――自律――は何処へ行ったのであるか、もし論理の独立性が否定されるならば、この文章自身すら独立な真理性を有てなくなるではないか、それは何か社会的存在に他律的に順応する外はなくなるではないか、と。併しその所謂独立性とは何か。夫は理念の独立性のことであろう。理念の独立性、夫は理念が何等か理念以外のものから無関係であり得ることの外にはないであろう、必ず関係しなければならないならば独立ではなかろうから。そこで真理という理念がそれ自身以外のものへ働きかけなくても済ませること、之が論理の所謂独立性――自律――であるのか。併しそれは吾々自身が初めから主張していたことの外ではない、曰く、理念は現実に対して無力であると。吾々は少くとも社会的存在が論理の理念を造り出すなどとは云わなかった。凡そこのような天地創造説は吾々の知ったことではない。その限り論理は確かに大丈夫独立性を有っていないのではない。論理の自律への関心はこの程度で満足させるわけには行かないであろうか。

吾々はもっと実になる本筋へ帰ろう。と云うのは、論理は之以上の独立性を有つ必要がないと云うのである。併しその代りに今度は、論理は一切の存在との連帯性を有たなければならない、今は何よりも之が大事である。元来論理の使命は他の一切の存在を解明することにあったのではないであろうか。この使命をどう果すかを決定するのを忘れた論理は、それが自律的・独立的であろうと無かろうと、少くとも吾々の理論の連鎖の上では無用である。――さて今此等一切の存在を社会的存在として集約して見よう。そうすれば論理が終局的に社会的存在に依存するということに何の不思議があるであろうか。そして今は形態的決定の場合であったから、この依存関係が不可逆的でなければならなかった(第一の点を見よ)。社会的存在は論理のこの連帯性の故に論理形態を決定し得たのである。之が第二の点である。

実際、論理(即ち又真理)とは、例えば論理的整合というような形式性にあるのではなくして存在の内容的連関の内に横たわる処の関係であるであろう。之が所謂存在の論理・客観的論理・内容論理等々の概念に外ならない。論理構成の動機、その動力は、存在の内に横たわる。論理は存在の云わば自己表現であり、それであればこそ人々は論理を通路として存在へ通達し得ると考えるのである*。論理は常に存在への道に過ぎない。理論をしてこの道を歩ましめる動力は無論、その目的である存在の内にあるのであって、論理は却って理論が通過した痕跡に過ぎないであろう。痕跡はただ、後から観想し得るだけである。それ故人々が論理を観想的に取り扱うことによって之を反省する時、初めて論理は自給自足の動力を有った整然たる遊歩道となり、所謂独立化して来るのである。このような独立化は併しやがてかの連帯性の回避を意味する。何となれば論理の動力が存在にあってこそ論理が之を解明する連帯責任を有つのであるのに、反対に存在がもはや論理構成の動力を提供しなくて好いならば、存在は一体論理に対して何を為したら好いのか。そして論理は存在へ何の義務を負わねばならないのか。二つは連帯を断たれて各々独立する外はあるまい。強いて両者を連結しようとすればヘーゲルの口吻に倣って――ヘーゲルこそ論理を独立化したと云われる(汎論理主義)――、論理的なるものは存在的である、とでも云わねばならない。――さてこのような位置を占める存在が社会的存在によって代表的に理解せられる理由があるのである**。

* 思うに言葉はこの表現の乗具である。それであるから言葉も亦――論理に準じて――純論理的に・情意的に・修辞的に・そして又社会的に・規定されることが出来るであろう。

** 論理――思惟・知能――が何か特別な独立的存在と考えられることによって、論理学が一切の存在との連帯性を失うということを指摘したのは J. Dietzgen の率直な一文章である。恰も、国民の富を国民の貧困から独立化し、前者を後者との連帯に於て把握し得ない経済学と同じに、このような論理学はただ教授達の支配者論理学でしかないと、この靴工は云っている。真の論理学は之に反して、論理をば全世界との連関に於て、全面的に追求し発見する、それは彼によって「民主主義的・無産者的・民衆論理学」と呼ばれる「階級論理学」の一つの場合である(J. Dietzgen, Briefe über Logik, speziell demokratisch-proletarische Logik. を見よ)。

タルドの「社会的論理」の如きはそれ故、単に偶然な類推と解釈されるべきではない。もし論理が社会的性格を有つならば逆に社会が論理的であると考えられるのは自然である。社会が推論式を有っており、この推論式を介して歴史的推移が行われる、と考えることには理由がなくはないであろう(G. Tarde, La logique sociale, p. 63 其の他を参照)。

社会を吾々は社会形態として理解する。之を形式主義的に理解することを、吾々の理論に於ては絶対に許さない。もし社会を一旦形式性に於て規定しておいて、後からそれの内容――それは歴史である――を付加・揷入しようとするならば、この内容は現実内容としての規定を抽象されたものであり、内容一般としての形式的なるものを出ることが出来ない。この種の警戒を吾々は繰り返した。社会のこのような――云わば社会学的――分析に於ては、歴史は現実内容として内容的・質料的原理を有つものとしてではなくして、原理を形式に仰がねばならぬ処の任意の可能的素材として、片づけられて了うのが常である。社会のそのような概念は、自らを一応歴史的であるかのように見せかけるにも拘らず、その歴史性が可能的素材の資格しかないのであるから、現実的ではあり得ない。それが歴史的でない証拠なのである。たとい社会の諸規定が無論天降りにではなく、現実の歴史の内から引き出されたものであると云って見ても、問題はそもそも、その引き出し方――抽象法――の如何にあるのだから、一向変りがない。吾々は之に反して社会を社会形態として理解する。この形態を決定するものは、現実としての歴史の外にはない*。

* 社会形態という言葉は、デュルケムの morphologie sociale を連想させるかも知れない。併しそこでは少くとも歴史の現実性は、そのものとしては抽象し去られている。吾々にとって注意すべきは、そこで取り扱われるものが社会典型(types sociaux)であって、社会形態ではないという点である。吾々は前に形態を典型から区別した(E. Durkheim, Les règles de la méthode sociologique, p. 143 参照)。

吾々は、一般に、存在性の代表的なるものを、現実性に於て見出す。現実こそ存在の優越なる本質性であり原理であると考えられる*。歴史はそして恰もそのような現実性の保持者に外ならない。現実性は歴史に於て特に現在性となって現われるものである**。歴史の現段階としての現代がそれである。歴史的現段階は併しながら、例えば一定量として停止している絶対単位や又はエレア的一点ではない。それは前段階と後段階とを媒介する契機としての微分点に、生産的な運動点に、而も現実的な延長を有つ線分に、一応譬えられて好い性質を有っている。歴史的現段階の現実性はただ運動の契機によってのみ――その継続時間とは関係なく――保証され、而も有限な単位を与えられることは注意されるべきである。処が歴史のこの運動は人々の行動の関門を通過して初めて実現されるであろう。現実とは、もしそれが実現を俟つ概念でなければ佯いつわりである。かくて歴史の現実性――歴史的現段階性――は或る意味に於ける実践概念を俟つのでなければ誤りであるであろう。歴史的現段階は或る意味に於ける――その意味は次を見よ――実践から切り離されることが出来ない。

* 社会的存在が何故存在の代表者であるかは、茲に明らかである――前を見よ。蓋し社会的存在の内容が――夫は歴史であった――最も現実的だからである。なお存在の最も優越なる存在性を現実性(Wirklichkeit)から区別されたる意味で、例えば実在性(Realität)であると考えることは、原理としての現実性を理解しないことに由来するであろう。

** 現在性は要するに優れて限定された質料性である。それ故歴史の現実性は他の関係に於て物質性となって現われることが出来る。

往々にして過度に尊重され又は過度に軽視されるこの実践という概念を、或いは単に倫理的合言葉として、或いは単に実用主義的道具への交渉として、或いは単に利用厚生の仕方として、思い浮べてはならない。実際人々は単に意志的であることを、又は単に主知的でないことをさえ、軽々しく実践的と考えはしないであろうか。吾々の実践概念はそうではなくして歴史的運動の実現――歴史的変革――であった。この意味に於ける実践の最も優越なる形態は、政治であるであろう(この言葉は現在充分の広さに於て行使されている)。何となれば、任意の事物に関する個人的行動が、苟くもその事物の歴史的変革に関係し得る時、それは必ず政治的意味を有つのであるから。――それ故歴史的現段階は今や、就中政治的なるものとして理解されるべきである。

前に帰ろう。論理形態を決定するものは社会であり、更にこの社会の形態を決定するものが歴史の現実性であった。そしてこの現実性が就中政治的であったのである。従って論理形態は政治的に決定されるわけである*。性格的論理――吾々が今論理と呼ぶのは常に之である(前を見よ)――は政治的性格を有つ。蓋し性格的論理の性格という言葉は、結局、就中この政治性を云い現わすのであった。茲では論理と政治とが一致する、理論と実践とが統一を得る所以である**。

* 政治形態が更に何によって決定されるかは他の場合の問題としよう。――吾々は唯物史観を仮定して好い。

** 吾々は praktische Theorie, theoretische Praxis 等々の言葉をもつ(例えばディーツゲン前掲書を見よ)。

三

此処まで用意して来て初めて吾々の最初の課題が解かれる。問題選択に於ける歴史的必然性乃至遊離性が、理論内容に於ける論理的真理性乃至虚偽性として、反映し得るか、又如何に反映するか、という課題の解答を。

歴史的運動が就中政治的であったから、問題の選択は政治的であると云い直そう。さて問題の変化は政治的であり、理論の変化は論理的である、之は吾々が初めから認めてかかった処である。そこでこの二つの変化は夫々独立の動力に基いた独立の変化であるように見える。問題の選択は政治的であって、それ故、論理的ではあり得ないように見える。例えば人々は云うであろう。理論は一定の問題を予想して之から出発して論理的に組織立てられるに違いはない、一旦一定の問題を許せば後の事柄は論理が独りで決定出来るであろう、併し如何なる問題を選ぶかはもはや論理の与り知ったことではあり得ない、それは要するに人格とか体験とか――いやな言葉であるが政治と云っても好い――が決定するのである、と。問題の選択はかくて政治という超論理的な論理外の勢力に帰せられることになるであろう。――処が恰も論理形態が政治的に決定されることこそ吾々の得た結論ではなかったか。そうすれば茲で政治的に問題が選択されるとは、それが論理に於て、論理内の勢力によって、論理的に選択されるということに外ならない。政治的な問題選択も政治的性格をもった論理の勢力内にぞくする。如何なる問題を選ぶかは全く論理的な問題でなければならないのである。かくて政治的問題選択は論理的な夫として反映し得、又反映しなければならない、ことが結果する。故に問題選択に於ける歴史的必然性乃至遊離性は、理論の論理的真理形態乃至虚偽形態として反映し得なければならない。――之れが第一段の解答である。

如何に反映するか。それを見れば第一段の解答は実地に検証されるわけである。之が第二段の解答となる。――但し反映は無論形態的にである。

第二段の解答に来る。

歴史は代表的な生成的存在であろう。歴史は変化し展開することをその第一規定とする。それにも拘らず歴史は、伝統として・制度として・又秩序として、自らを固定する性質を有つ。固定した限りのものは固定する原理を自らの内に有っているから、変化を原理とする限りの歴史からは遊離することが出来る。歴史は自らを自己の地盤から遊離せしめることが出来る。之が歴史社会的存在の歴史的運動に於ける遊離性と呼ばれたものなのである。さて理論も一つの歴史社会的存在として、その歴史的運動に於て自らを遊離せしめることが出来る。この遊離性が或る種の論理的虚偽として事実反映して来るであろう。歴史的遊離性がすぐ様論理的虚偽ではない、それは単に遊離性にしか過ぎないであろう、併しそれが理論に反映することによって、改めて虚偽として自己を表現すると云うのである。それはこうである。歴史社会的地盤を遊離した諸理論は、みずから掲げた一応の問題をしか解くことが出来ない。なる程どのような理論にあっても、選択された問題は、それが提出された問題提出の仕方に沿うて、必ず一応は解かれることが出来る性質を有っている。遊離した理論は併し、ただみずから選択した一通りの問題をしか解き得ないのであって、進んで必然的に他の諸問題を解くことが出来ない、と云うのである。元来、問題らしい問題は、それが一旦解かれることによって必ず次の問題を解くべく提出することが出来る性質を有っているのである、真の問題は諸問題の無限の系列の一項に相当しているものなのである。処が今の場合、このような次ぎ次ぎの必然的問題がもはや提出され得ず況して解き得ない。このような理論は、相不変おきまりの問題を解いて了えば、もはや解くべき問題を有たなくなる、初めから何かの展望があってこの問題を選択せねばならなかったのではなくて、云わば系外へ遊離した物体のもつ惰性故に、漫然とこの問題が取り上げられたに過ぎなかったからである。理論は行きづまり、問題は欠乏する。強いて問題を見出そうとすればそれ故、そこにあるものは捏ね回しでしかあり得ない。捏ね回した揚句に出て来る問題は当然、結局元の相不変の問題であり、その解決の結果も結局初めの結果と大同小異であるであろう。解決の結着は初めから判っている、解決とは話を予定の落着に落す落ちでしかない。もし世間的に云って所謂八百長が一つの罪悪であり、落語が滑稽に感じられるとすれば、理論に於てもそれは一種の俗悪なる論理的虚偽でなくてはならない。之は理論の停滞性なる虚偽形態に統一されるであろう。歴史的遊離性はこのような論理的虚偽形態として反映するのである。――処がこのような虚偽形態は必ずしも虚偽として自覚されるとは限らない、多くの場合之は無意識的に犯されるであろう。実際この虚偽形態は、却って最も尤もらしく見え、正常・妥当な真理としてさえ信用を博すのが常である。この虚偽が自らを虚偽として自覚するためには更により強度の真理意識――何となればこの虚偽でもとに角一旦真理として意識され得るのだから――を必要とする。行きづまった理論の代りに、前途への展望と展開とを有った理論、問題の無限の系列が次ぎ次ぎの項を必然ならしめるような問題を捉えている理論、之に於てこそそのような強力な真理意識が横たわる。このような理論にして初めて、かの無力な理論をしてその虚偽を暴露せしめ得るような論理的真理を有つ。之は理論の展開性としての真理形態である。さてこのような真理形態を有つ理論の出発点となる問題は、歴史社会的存在の必然性に於て選択されたものに外ならない*。故に歴史的必然性が論理的真理として反映するのである。かくて問題選択に於ける歴史的遊離性と必然性とは、夫々、理論の停滞性と展開性として、一定の論理形態を反映したのを見るであろう。――併し場合をもっと具体的に進めよう。

* 歴史に於てはその遊離性と雖も或る意味の必然性をもつ、今云う必然性は之とは異って遊離性に対する地盤性を指す。――之は社会に於て例えば必要性となって現われる。

歴史的運動の必然性に於てあるものは、台頭的契機として現われ、その遊離性に於てあるものは没落的契機として現われる。蓋し歴史的運動はその必然性によって運動するのであるが、遊離性は必然性からの脱落としての必然性を有つのであったから、遊離性の必然性は自己矛盾する必然性として、歴史的必然性によって清算・淘汰されて行くべき運命をもつ。遊離性に於てあるものが、必然性に於てあるものの台頭によって、没落せしめられることが、とりも直さず歴史的運動の必然性なのである(但しここに契機と名づけられた二つのものは、もはや決して無限小の微分的な二つの分野ではない、そうでなくして有限的に捉えることの出来る二つの分野として存在する。――例えば歴史的役割を担った階級として)。それであるから没落的契機は存在に於ける矛盾――まだ論理的矛盾ではないことを注意せよ――を含み、之に反して台頭的契機はこの矛盾を止揚し解き披くことを歴史的に必然にされている。さてこの存在的矛盾とその止揚とが夫々、論理的矛盾とその止揚として、論理的虚偽形態と論理的真理形態とになって、反映することを今見よう。

真理は常に代表的真理であったことを茲に思い起こす必要がある。というのは真理内容は常に部分的であって而も真理という全般を代表する資格を有つのであった。真理は云わば abschatten する、常に或る一面のみが照され透明となる。そこで今まで姿を見せなかった真理の新しい一面が、理論の歴史的推移に応じて、歴史社会的運動の一部にぞくするものとして、展開して来るのが事実である。従来日程に上らなかった真理内容が、一定の歴史的段階に当って、必然的に、初めて注目され・重大視され・そして問題化されて来るであろう。之に反して今まで注目の焦点であった諸真理内容は、もはや片づいたものとして、云い出でる必要のないものとして、即ち取り立てて主張して見ても何等理論上の効果を有たなくなったものとして、真理の陰影の側に回される。強いてこの真理内容を固執し、従って新しく問題化されて来た内容に対して代表者としての位置を与えることを拒む時――この動機も歴史的に必然でないのではない――、陰影に回された真理はやがて積極的に虚偽の役割を以て登場して来る、之は歴史的運動に起こる事実上の推移の結果である。――処で今は、歴史的因果に於けるこの結果が、実は同時に、論理的発展に於ける帰結となって反映するということが大事である。という意味は、歴史的推移以前の理論が、推移以後の理論へ、単に推移したのではなくして、後者によって批判される、ということである。そしてこの場合批判は無論理論的であるのである。前者は論理的――存在的ではない――矛盾として、後者はその止揚として、相会するという関係が必ず横たわっていると云うのである。尤も前者自身の立場に立って見られる時、原則としては、何の矛盾を含むとも考えられないであろう、どのような理論も夫々の立場に於ては論理的に整合であるべきであり又そうあることが出来る。併し前者の立場に、新しく重大視されて来た問題を付加して、之を一体として統一しようとすれば、前者が事物を全面的に把握する代りに一面的に、徹底的・根柢的に追跡する代りに不徹底・皮相に取り扱っていたことが顕わとなって来るのであり、このような前者の弱点が、後者の拡張された立場から見ればとりも直さず矛盾の形式を踏んで来るのである。後者の立場から前者の立場の矛盾を指摘しようとすれば、この矛盾は前者だけの立場には無かったのだから、前者がこの指摘を単に自身を危くするものとしてしか評価出来ないのは自然である。前者から見れば後者は単なる前者の否定、単なる対立でしかない。併し後者から見れば後者は単なる否定ではなくして止揚――否定の否定――であり、単なる対立ではなくして正にその対立自身の現実的な否定であるのである。かかる現実的な否定によって後者は、前者への対立者としての自己をも止揚するのである。この関係をもし前者から見れば、寧ろ後者の否定こそ、例えば後者程極端に走らないことこそ、自己と後者との中庸こそ、所謂否定の否定と考えられるかも知れない(人々の云う否定の否定――総合――とは多くこの類である)。今は後者から見るから、後者の否定ではなくして後者自身が、前者の真の否定の否定であるのである。このような否定の否定が初めて批判的であることが出来る、批判者はこの意味に於てのみ被批判者を止揚するのが事実である。単なる内在的批判――夫は被批判者の立場からする――はそれ故元来批判の名には値いしない、批判とは常に超越的批判でしかない。そして大事なことは、この超越的批判が被批判者にとっては超越的に見えるに拘らず、批判者にとっては被批判者に対してやはり内在的である、ということである。それ故論理に於ては超越的批判が内在的批判に歴史上先立つ。内在的批判によって矛盾が発見されたが故に超越的批判が惹き起されたのではなく、予め超越的批判をなしたからそれが内在的批判となり得たのである。論理はその論理的矛盾を動機・動力として之を止揚するのではなくして、予め止揚の現実情に立つから初めて論理的矛盾を発見する動機を得るのである。この動力はそれ故もはや論理にあるのではない、論理は自己自身に具った論理的矛盾を動力として運動するのではない。歴史社会的運動が先ず先立ち、この運動によって止揚者へ新しい問題が提出され、この新しい問題を解き得ないものとして、初めて矛盾者が矛盾者として発見されるのである。論理的運動の動力は従って論理自身の内にではなくして歴史的運動の内に横たわる。論理的矛盾の動機は歴史社会的運動に於ける存在的矛盾の外ではない。論理的運動は歴史的運動の自己表現・反映である、かくして理論の歴史的推移は、論理的な批判として理論内容へ反映する。没落的契機に於ける理論は、論理的矛盾を含む被批判性――矛盾性――として、台頭的契機に於ける夫は之に反して、この矛盾を止揚する批判性として、夫々歴史的段階を一定の論理形態として反映する。蓋し批判とは歴史的運動に於ける二つの契機が相会する処の危機の、論理的反映であるであろう。――理論のかの停滞性と展開性とは、今やかかるものとして現われるのである。それ故又問題選択の可否は、理論のこのような一定の真偽形態として見出されるべき筈である。

尤も又、被批判者の位置にあると考えられたもの、即ち被止揚者は、その被批判性を自覚しないのを寧ろ通則とするから、批判者に対して逆批判をなし得るように空想するのが常である。併し歴史的運動に逆行するかかる逆批判は元来批判ではなかった。そして実際、逆批判者は原理的に、批判者がもつ歴史的に必然な問題に対して無知であることを注意しよう*。

* 批判に当っては批判するものの批判者としての資格がまず批判されるべきである。但し夫は高々年齢・名声・地位等々の世俗的標準又は時の前後というような年代記的標準によってではない。形態的に之を求めれば、標準は歴史的台頭性と歴史的没落性とが切り合う処に横たわる。

場合を更にもう一歩具体的にしよう。台頭的契機と没落的契機とが相会する危機とは、常に歴史的現段階の代表的な場合に相当する。何となれば、現段階の時間的延長や、時間的位置は、単に時間の数量的区画に基くのではなくして、この時間を歴史的時間として経過する歴史的運動を単位として時代区分を与えられるのであるが、この歴史的運動がとりも直さずこの二つの契機の関係を以て性格づけられるのであったから。そして歴史的現段階は、充分に広い意味に於て政治的性格を持った――前を見よ。さて今この政治性が、没落的契機に於て、事実を歪曲するという意味での所謂政策――低劣なる意味での政策――として現われないわけには行かないことを注意すべきである。歴史的運動の状態は、客観的事実は、恰も没落的契機に於てあるものの没落を告げている。そこでこの契機に於て取られる政策は、事実をありのままに正直に捉えるのであっては、それ自身が無政策を意味することとなる外はない。それ故茲ではもはや、正直が最上の政策ではあり得ない。政策はただ事実を歪曲してのみ政策であることが出来るのである。今、この低劣な意味に於ける政策を必要とするような契機に於てある歴史的状勢は、この契機に於て成立する理論の内容へ、一定形態の虚偽として反映されるであろう。夫はこうである。理論は一般に所期の結論を先取する――前を見よ。理論のこの特色は必ずしも事実歪曲を生命とする限りの政策にのみ固有なのではない、それは一般に政策と呼ばれるものを通じて最も著しい特色である。処が今の場合の所謂政策に於ては、元来それが事実を歪曲していたのであったから、所期の結論が事実のために絶えず裏切られ勝ちなのは当然であろう。そこでこの裏切を封じて所期の結論――それが実は事実の歪曲でしかなかった――を固執し得るためには、理論は様々の人工的又は慣性的不自然――事物の特色に対する不自然――を敢て犯さなければならなくなる。かくて例えば事物の中核は周辺に押しやられ、至極周辺に位置すべき要素は中心に持ち込まれ、重大さに於て質的な相違ある二つの要素を量的に――同格に――並立するかのように取り扱い、偶然なるものを必然であるかのように強い、本質的なるものと非本質的なるものとを混同し、事物の正面と側面とを捉え違える等々、一言で云うならば事物の性格は――意識的にか無意識的にか――取り違えられるであろう(元来事物の性格は――その理解は――歴史的条件に基いて時代々々によって必然的に一定している、従って性格を把握しちがえることは、時代錯誤の代表的なるものなのである)、理論の策略から云って、事物の性格をこのように取り違えることが事実必要であったのである。かくて性格の蹂躙は、苦肉又は常套の、苦しき又は尤もらしき、奇矯又は俗流の、理論の権謀の条件となるためのものなのである。所謂政策に訴えなければならなかった歴史的状勢はこの没落的契機を、理論に於ける権謀性として反映する。之が求める処の虚偽形態であった。――無論この権謀性は、政策が真理から離反した利害として、論理外の勢力となって働く処から由来する。併しこの利害が利害として、即ち権謀が権謀として、意識されないことを、それは妨げない。もし夫が意識されるならば、権謀は今や欺瞞となる*。かの歴史的状勢は今や、理論に於ける欺瞞性として反映する。――蓋し理論のかの停滞性及び矛盾性(被批判性)を蔽うためには、事実、権謀乃至欺瞞の虚偽形態が必要となって来るであろう。

* 虚偽が意識的であるかないかは、云わば良心に相対的ででもあろう。人々はこの区別に深く執着すべきではない。

台頭的契機に於ける政策は之に反して、事物を歪曲する必要も余地も有たない。何となれば、一方に於て、台頭的契機は歴史的運動の必然性に従うものの謂であり、他方に於て、この場合の政策――政治――は歴史的運動に従う実践的変革を意味するのであったからである――前を見よ。政策と台頭的契機に於てあるものが一致するからである。茲に於ては政策が事実の最も正直な把握であることが出来、またそうなければならない。さて台頭的契機から動機された理論は、それであるから、同じく台頭的契機に於て取られる政策――それこそ真正の意味での政策である――を、正に論理内の勢力として、論理自身の強みとして、取り入れることが出来る。そのような理論は存在を解明するのに最も有力強力であり、従って存在を把握するのに最も、実践的であることが出来る。そしてこの実践性こそは、正に理論が今有つ真理形態に外ならないのである。何故なら、存在の解明こそ論理の使命であったし――前を見よ――、そしてこの存在が歴史社会的存在によって代表されたのであるから、存在の解明はその歴史社会的――実践的――把握によって代表されるわけである、処で論理がその使命を最も能く果すことは真理の理想でなくして何であるか。かくて台頭的契機に基く政策は理論内容へ、実践性という真理形態として、反映することが明らかとなる。蓋し茲に於ては政策と理論とが二重の意味に於て一致する。第一は客観的な政策が理論自身の構論の政策として理論計画に反映し、真理内容構成の骨格となること。第二は政策が理論をこのようにして決定するばかりではなく、逆に理論が充分の権利を以て政策を決定し、政策成功の展望を与え得ること。試みにこの二つの点を、没落的契機に於ける低劣な意味の政策に当て嵌めて見よ。そこにあるものは理論の虚偽と政策の失敗でしかない。――今や理論のかの展開性乃至批判性は理論の実践性として現われる――前を見よ。

問題へ帰ろう。問題は歴史社会の客観的状勢に基いて政治的・政策的に選択される。処が今、この政治性――政策――の二つの場合が、夫々理論の真理形態及び虚偽形態として反映するのを見た。それ故どのような問題を選択するかによって、その問題に動機されて展開する理論は、或いは真理性を或いは虚偽性を有たねばならない。問題選択の可否は常に、之に動機された理論の論理的真偽として突き止め得られるわけである。

吾々は今迄、分析を「問題」への関係に限って来たのであったが、この制限を撤廃しても、吾々の求め得た処は一般に成り立つであろう。一般に、歴史的運動に於ける必然性と遊離性・その台頭的契機と没落的契機は、夫々、理論に於ける一定の真理形態と虚偽形態として、反映する。歴史社会的存在――之こそ優越なる意味の存在である――は、政治的に、一定の論理形態を、即ち真理と虚偽との一定形態の関係を、決定するものである。注意すべきは、単に、理論乃至科学が歴史社会的存在であると云うだけではない。それは何か文化社会学乃至知識社会学の問題ででもあろう。又その真理内容の単に個々の場合々々が夫々の仕方に於て歴史社会的に制約され得ると云うだけでもない。そうではなくして真理の一定形態と虚偽の一定形態とが、不離に結び付いた一定の論理形態として、原理的に――偶然にではなく――歴史社会的制約を受けるというのである。性格的理論の個々の論理内容の一定群が、単に夫々の仕方に於て政治的制約を有つばかりではなく、それらが一定の論理形態に必然的にぞくする限りの個々の論理内容として、政治的に制約されると云うのである。そして更に注意すべきは、論理のこの政治的性格が、論理的なる内容の資格に於て活動するのであって、論理外の勢力として論理の外部から働きかけるのではない、という点である。もし政治的価値という言葉があるならば、政治的価値の最も代表的なるものと、論理的価値の最も現実的なるものとは、一つであるのである。実際、論理又理論が、常に批判的・止揚的であるのをその最も特有な生命とすることは、人々が一般に承認する処であろう。論理的なるものを審美的なるものに比較するならば、このことは明らかであるであろうから。処が歴史的社会の歴史的運動こそ、正に批判的・止揚的であるであろう。この運動はそして政治的なるものによって最も優越に段階づけられた。――それであるから今や、人々は例えば次のような紋切型の質疑を口にすべきではない。単に歴史的事実にしか過ぎない歴史的必然性から、如何にして凡そ価値にぞくするもの――真理・自由等々――の規定を引き出し得るか、と。蓋し人々によれば、歴史的なるものは単に偶然的にしか過ぎず、価値的なるものは之に反して本質的・永遠的であると考えられる。存在の偶然が妥当乃至当為の永遠性に干渉することは、許すべからざる冒涜であるかのようである。処が実は、少くとも論理は――他のものは暫く之を措き――政治的性格を有つのであった。真理と虚偽との価値関係の一定形態が、事実、歴史社会的必然性によって決定され得るのであった*。歴史が一定の論理的価値をして論理的価値たらしめるのである。

* 論理が之以外の仕方によって歴史社会的に制約される点に就いては、他の機会に一般的に之を取り扱うであろう。

もし吾々の結論を一言で尽すならばこうである。歴史社会的存在の弁証法的構造が、性格的論理の論理形態へ反映するのである、と*。蓋し性格的論理とは元来、歴史社会的存在の歴史的現段階によって――政治的に――制約されてあるべき一つの――代表的な――論理典型の謂であったであろう。

* 歴史社会的存在の弁証法的構造が、他の仕方に於て論理へ反映する点に就いては、他の機会に譲ろう。

最後に一項を付録する。もし人々が一定の理論の真偽に敏感でありたいならば、之と他の諸理論――卓越した又は愚劣な――との連帯に注意することが望ましい。個人がその連帯を自覚するとしないとに拘わることなく、如何なる思想も、歴史社会的意味に於て、或る一定の諸思想と連帯関係にあるのである。之は論理と存在との連帯性から必然であったであろう。蓋し論理の代表的なるものは性格的論理であったし、存在の優越なるものは歴史社会的存在であった。人々は従って、自己の思想を所有してその理論を構成することによって、常に、連帯者たる他の諸思想への歴史社会的責任を担う。論理が政治的性格を有つ所以はここにも明らかである。そしてみずからの理論がどのような一定の諸理論と連帯であるかを決めるに役立つ第一の標準こそ、恰も、如何なる問題を有つか、である。

無意識的虚偽

――この文章は、「論理の政治的性格」の名の下に書かれた事柄をその半面から、そしてより簡単に、取り扱ったものである――

虚偽という概念と真理という概念とは、単に概念としては夫々独立な概念である。虚偽はあくまで真理ではなく、真理はあくまで虚偽ではない。併し実は、単なる概念としての虚偽、虚偽それ自体、というものは存在しない。存在するものは、一定の内容規定を持った限りの虚偽な或るもの――虚偽な主張・学説・報告・等々、――だけである。真理も之と同じく、真理という性質を有つ或るものとしてしか存在しない。さて虚偽な或るものは、虚偽それ自体というようなものとは異って、時としては、真理である処のものに成ることが出来、そして同じく真理であるものは時として、虚偽であるものとなることが出来る、という事実は注目に値する。前に真理と思われたものが、後になって虚偽として見出され、後に真理として意識されたものも、以前には虚偽と考えられていた、ということは往々であるだろう。

従って真理も虚偽も、夫々の又相互の、歴史的運動に於てしか、実質的に語られることは出来ない。それ故、真理を虚偽から独立に、それから引き離して、語る権利を人々は有たないのである。処で、虚偽という言葉が、真理という言葉の存在を俟って初めて、行使される理由を見出すであろうのに、逆に、真理という言葉は必ずしも虚偽という言葉の存在を仮定しないでも用いられるから、というのは、虚偽は真理の標準を脱することによって初めて虚偽と名づけられるのだから、それであるから一般に、虚偽というものは真理というものよりも、次元が一つ先に進んでいると云って好いであろう。真理を有つものが仮に神であるとするならば、神が一歩次元を進めて、人間の世界にまで堕ちた時、初めて人間的虚偽が成り立つのである。今、神を理想とすれば人間的世界は現実に相当するだろう。そこで真理を理想と等置すれば虚偽は正に現実と等置されるべきである。処が理想と呼ばれるものはただ現実にとってのみ欲求の対象であることが出来る。理想を追求することは現実から出発すること以外に自らの動機をもつものではない。もし現実の内に理想への鞭がないならば、現実の内で現実的に生きている吾々人間にとって、理想は一体どこから来る縁があるのか。現実から出発する外はないということは凡そ人間的存在の根本的規定であるであろう。この現実としての虚偽から――理想としての真理からではない――吾々は今出発する。吾々は真理に関する問題を却って、虚偽に就いての問題として意識する。

人々は愛すべき又哀れむべき、同情すべき又悪むべき虚偽に於て生きている。吾々は今、何か宗教的な意識に立ってそう云うのでは必ずしもない。そうではなくして正に理論的乃至論理的な意識に立って、愛すべき又憐むべき、同情すべき又悪むべき虚偽を事実眼にする、と云うのである。

人々は、誤謬と虚偽とを区別して次のように云うかも知れない。誤謬は無意識の内に犯した誤りであり、之に反して虚偽とは意識して犯した誤りである、と。誤謬と知りながら之を訂正せず又は故意に真理を抂げることが虚偽であると考えられているであろう。誤謬は誤謬と気付くことによって無論直ちに消滅するのが健全な場合である。併し独り誤謬ばかりではなく、虚偽であっても、このような――意識的誤りとしての――虚偽は、実に容易に的確に虚偽として露顕する、もしくは自らの虚偽自身に飽いて虚言者は自発的に実を吐くことが出来るであろう。何故かと云えばこのような虚偽は――意識して犯されたる誤りとしての虚偽は――とりも直さず意識(良心)の分裂であり、どのように鈍い良心(意識)であってもこの分裂の張力を痛みとして感じることが出来るであろうから。意識して犯されたる誤りとしての、この種類の虚偽は云わば度し易い。吾々が今問題とするのは、このように度し易い意識的虚偽ではなくして、正に虚偽として自覚されない無意識的虚偽、虚偽としてではなく却って卓越した真理としてさえ意識され得る処の執拗な虚偽なのである。その誤りが無意識であるからと云って、決して之は単なる誤謬として見過されてはならないものに属する。その構造は至極複雑であり、その性質は極めて執拗なのであるから、正に虚偽の名こそそれに適わしい。

人は云うかも知れない。無意識的虚偽は、意識を明確に馴じゅん練することによって、良心を鋭くすることによって、意識の閾の内に繰り入れることが出来、そしてこの鋭くされた良心の力を借りて屈伏せしめられ得るであろう、と。併しこの希望は実際には多くは裏切られるのを常とする。虚偽が単なる誤謬ではなくして虚偽である以上、それは――例えば主張として――飽くまで自らを保存する意志を常に有つのであり、その意志を実現するためには、おのずから、良心を自分の身方に引き寄せようとするのが必然であるから。尤も良心は元来――従って今の場合には特に――公平であることをこそ、その本分とするかのようであるから、容易には虚偽の甘言に乗りそうにもないと思われるかも知れない。併し実は、良心とは他方に於て確実さ――Gewissen――を意味する、それは一定の意識内容をそのものとして落ちつかせる性質をその場合持っている。それ故人の虚偽が――無論虚偽とは意識せずに――提出する一定の意識内容は、却って良心が一臂の力を貸すべく乗り出す絶好の材料を提供するものでさえあるのである。かくて良心はそれが良心であるが故に、却って無意識的虚偽の保証人となり弁護者となることが出来る。無意識的虚偽は良心を買収するのに成功することが出来る。カトリック教徒も良心を持ちプロテスタントも同じく良心を有つ。欧州大戦は、主としてドイツとフランスとの二つの良心――祖国愛という――の名に於ける同じ良心同志の血闘として意識されはしなかったか。かくて人々は今や良心を――この甘き良心を――あまり信じることを許されない。実際自らの良心を疑うことこそ却って良心的ではないのか。無意識的虚偽は所謂良心に会ってすら消滅しない程、それ程複雑であり執拗である。

理論乃至論理に於て、何がこのように複雑にして執拗な無意識的虚偽であるか。併しながら、無意識的虚偽の一つ一つの場合に就いて語ることは、事柄の性質上出来ることではない。吾々は無意識的虚偽が、原理的・原則的に、即ち組織的に、一定の形態を有つことが出来る場合についてだけ語ろうと思う。一定形態をもつ組織的な無意識的虚偽、それを今検出して見よう。――単なる個々の虚偽をではない、そうでなくして組織的な虚偽形態をである。

フランスの優れたる病理学的心理学者 Th. Ribot は⦅La logique des sentiments⦆に於て、この問題に対して極めて有効な代表的な示唆を与えている。論理は理想的に云って合理的でなければならない、凡ゆる感情から浄められた冷静な理性によってのみ、論理――推論――は正当に運ばれるのでなければならない。併し実際に吾々を支配している論理はそのような logique rationnelle ではなくて恰も感情の論理なのである、そうリボーは考える。感情の論理が合理的論理と正反対であることを示す特色は、感情の論理に於ては結論が先ず初めから与えられ、この予め決っている結論が却って自分に必要と思われる通りの推論を動機する、という点に見出される。それ故この推論に於て必要なことは、この推論によってどのような結論が引き出されるかを見守ることではなくして、予定の結論を引き出すのにこの推論がどの位有効であるかを監視することである。目的は初めから決定している、推論はこの目的に仕える手段でしかない。このような事情は冷静なるべき合理的論理にとっては明らかに許されないと考えられる。ただ厳密な論理の煩雑に辟易し又は夫に耐えられない人々か、それでなければより実際的、より実践的な火急の問題を持つ人々かが、このような感情の論理を用いるのであると考えられる。而も凡そ論理が人間の日常の必要にせまられて発達し、必要に応じて初めて用いられる以上、感情の論理は永久に人間の生活の内から消え去る理由を有たないわけである。

推論に対してその推論が帰結すべき結論が予めその目的として与えられると云った。その目的は様々である。一定の情念に就いて一定の結論を得るために、人々は種々なる推論を好み又は嫌う――選択する。幸運なる恋人にとっては一切の事物は喜ばしい、何となれば――彼又は彼女はそう推論することも出来る――悲しき物の姿も却って喜びを際だたせるために存在するのであるから。之に反して不幸なる恋人によれば一切の事物は味気ない、何となれば喜ばしく見える物もつまりは幻影に過ぎないから(「悲しき時に楽しかりし過去を思い起す程悲しきはない」)。次に例えば一人の仏徒が頓悟徹底出来たとしよう。その時初めて彼は何故この出来事が自分に於て必然でなければならぬかを推理し始めるであろう。科学者が一つの発見を目論見るならば、その発見へ導くべき恐らく無数の推論が予め構想されるであろう。又政治家は自己の失敗又は野心をば尤もらしい推理を考え出すことによって正当づけようと企てる。扇動家は民衆に向って一定の効果を収めるために、巧言令辞を並べて推理する。民衆がもし彼の言葉と共に推理することが出来たならば彼は所謂雄弁家――修辞家――となるのである。このようにして一般に、感情の論理は、予め与えられたる結論を正当づけるということをその特色とする。そこに支配するものはこの意味に於て先入見に外ならない、そうリボーは付け加える。

さて一定の先入見を意識していることと、その先入見を虚偽として意識していることとは無論全く別である。それ故所謂感情の論理に於ては、一方に於て、無意識的虚偽が這入る余地がないと云うことにはならぬし、そして又他方に於て、先入見を有つという理由によって感情の論理が直ちに無意識的虚偽の論理であるということにもならない。実際先入見それ自身が虚偽に基くか基かないかによって、感情の論理は或いは無意識的虚偽であり或いは夫ではないのである。もし先入見が凡て虚偽であるならば、吾々は何の主張をすることも出来ぬであろう。何となれば何かの先入見に基かない主張は絶対に一つもないであろうから。であるから吾々はリボーから次のことを学ぶことが出来た。第一に、虚偽はその発生の地盤を感情の論理の内に有っている、何となれば合理的論理は原則として虚偽を含まない筈の論理の理想であったのだから。第二に併し、感情の論理はどのような場合に夫から虚偽が組織的に発生し、又どのような場合に却って真理がそれから組織的に発生するかを、それ自身に依っては説明することが出来ない。何となれば先入見とは――之を正当づける推論の正不正とは無関係に――場合々々によって真理又は虚偽であるから、虚偽が感情に基くことは明らかとなった、併し感情のどのような形態に基くものが虚偽であるかが未定なのである。そして大事なことは、組織的に虚偽を生むべき感情のこの形態が、感情そのものによって決定され得なかったという点である。かくて一定形態の組織的虚偽を明らかにすることの出来るものはもはや単なる感情ではなくして、もはや単に主観的な意識の機能ではなくして、之の外にあって之の形態を決定する処の何物かでなければならない。

近代に於ける最も意味ある、そして最も独創的な社会学者 G. Tarde はこの点に就いて吾々を助ける(La logique sociale を見よ)。論理は単なる合理的な論理としては現実には存在しない。論理(目的論)は常に、原理的に、信念(と欲求)の論理でしかない。それ故現実に行われつつある排中律は、BがAであるか非Aであるか、ではなくして、Bが如何なる程度にAであり、又如何なる程度に非Aであるかという、その程度を云い表わす。この程度がとりも直さず信念(と欲求)の強さに外ならないのである。人々が主張しようと欲求する命題は原理的に、主張の一程度の強さ、強調のアクセントを有つ。このようなものこそ個人々々が現実に用いつつある処の生きた論理であるのである。タルドはそう教える。さてそうすれば虚偽は人々の信念(乃至欲求)或いはそのアクセントの程度から来る外はない。リボーに於ては虚偽の源泉は感情であった。タルドにとってはそれは信念(乃至欲求)の内に、云い換えれば、意志の内に横たわる。今までの処二人の考え方には少くとも之だけの相異はあった。併し又今までの処、相異はただこの点にしかない。両者にとって要するに虚偽の源泉は意識に、そして意識は par excellence には個人の――先験的又は経験的――意識であるから、個人に帰せられた。実際虚偽を犯す者は無論個人なのであり、之を犯させるものは無論個人の感情乃至意志であろう。それを吾々は無論拒みはしない。併し吾々の問題はそこにあったのではなくして、実は、この個人意識に於て、一定形態の虚偽が組織的に如何にして成り立つかにあった。問題は再びリボーの場合と同じく、個人の感情乃至意志へ、一定の虚偽形態を組織的に与えるものが何であるかにある。個人意識へ一方に於て真理という形態を組織的に与え、他方に於ては虚偽という形態を組織的に与えるもの、それはもはや個人意識自身であることは出来ない。それでは何か。

タルドは茲に社会という概念を用意している。現実の論理はタルドに従えば単に個人的論理ではない、そうではなくして正に社会的論理なのである。論理的に動くもの、それは単に個人の意識――精神――ばかりではなくして、社会こそ正にこれである。何となれば、社会は現に論理的法則に従って――社会論理的に――歴史に於て展開するのであるから。即ち社会的精神は模倣の法則及び発明の法則に従って運動するのであるから。否、更に根本的なことは、歴史社会的存在、事件それ自身が全く論理の過程そのものに外ならないということである。「国家は厳密に云って一つの複雑な三段論法と考えられることが出来る。」法律・国教などがこの三段論法の大前提であり、個々の人民・個々の事件・個々の状態等々がその小前提であり、そしてこの二つから結果した国家の歴史的諸運動がその帰結に外ならない*。社会自身が一つの論理である所以である。さてこのような社会的論理とは、とりも直さず個人的論理に対して組織的に虚偽の一定形態を与えるものであることを意味する。何となれば、タルドによれば社会的論理自身が初めから一つの根本的な虚偽――社会の虚偽性――に基くものと考え得られるから。蓋し社会の本質はタルドによれば模倣にある。模倣とは自己の独立を捨てて自らを他に渡すことであろう、それは自己の立脚地を忘れることであり、自己という地盤を遊離することである。地盤を遊離した存在は然るに、根柢を欠いているという意味に於て、常に虚偽でなければならない。社会は根本的に云ってそれ自身一つの虚偽であり、真実なる自己――個人――からの堕落を意味する。であるからこの社会に於て存在する社会的論理は、理想としては無限に漸近線的に、個人的論理に近づいて行かなければならない当為を負わされている。真の論理は個人的論理である。社会的論理は、それ自身虚偽の論理と考えられねばならない。かくて個人的論理に組織的に一定形態の虚偽を与えること自身が社会的論理という言葉の意味となって来る。社会の本質は個人的論理に社会論理的という一定形態の虚偽を原則的に与える処に、恰も成り立つのであった。タルドの思想を手懸りにすれば吾々は茲に来る。

* La logique sociale, p. 63 参照。

吾々が現在有っている社会概念によれば、タルドの社会概念を多くの重大な点で修正しなければならない必要を、吾々は感じる。今は他の点を顧ないとして、少くともタルドによれば、社会は初めから否定されるべき運命に於て問題として選ばれていることを注意しよう。タルドの社会概念は結局社会概念自身の否定でしかない。社会とは云わばアダムとイブとが楽園を失った瞬間に発生した処の、堕落した存在なのである。吾々は何時かこの人間社会から救済されて神の都に這入ることの出来る日を待たねばならぬことになるであろう。それ故タルドによれば、社会は常に――一定の場合ではなくして如何なる場合にも――論理の虚偽形態を発生すべきものであったのである。今私はこの点を修正する。

吾々はこう考える。社会一般なるものは論理に対して虚偽形態をも真理形態をも組織的に与えるものではない。社会的であるということだけでは、論理は虚偽とも真理ともならない。ただ或る条件の下では社会は組織的に虚偽の一定形態を与え、之に反して他の或る条件の下では社会は組織的に却って真理の一定形態を与えるのである、と。

これを最も形式的に説明するならばこうである。社会の歴史的運動の現実的必然性を、その地盤として夫に立脚した理論は、原則として、組織的に――個々の場合々々を云うのではない――一定の真理形態を取る。というのは社会の歴史的運動が必然的に行こうとしている処のもの――現実のもつ必然性――からその問題の端緒を始める論理は原則として真理だと云うのである。之に反してこの歴史的必然性に無関心な、従って之を地盤としない論理は常に原則的に一定の虚偽形態を有つのである。時代の意識を伴う理論はその限り真理であり、之を伴わないものはその限り虚偽である。処が時代は一定の法則を以て不断に推移して行くから、或る任意の過去又は未来にあるのが適切であるような真理も、現在に於ては一つの虚偽であることが出来、そして又現在に於て真理と考えられたものも、もし人々が之を或る一定の未来に於てそのまま固執しようとするならば、未来のその時期に於て夫は虚偽となるであろう。真理は、歴史的運動によって虚偽となることが出来るのである――前を見よ*。

* 観念が歴史的現実――現在――を踏み越えた場合の虚偽の形態をユートピアと呼び、之に反対な場合の虚偽形態を、(悪き意味に於ける)イデオロギーと名づけることが出来る。

時代から離れた真理の、歴史的存在と喰い違った観念の、有つこのような虚偽形態を、吾々は一般に時代錯誤と呼んでいる。之によって社会の歴史的運動の必然性は忘れられ、又は見誤られる*。――さてこの時代錯誤こそ、論理に於ける無意識的虚偽の代表的虚偽形態であるだろう。だが之はなぜ無意識なのか。

* 事物の単なる流行と、その事物の歴史的使命とを混同するものは、今日吾々が好く見る一つの時代錯誤である。時代錯誤的人物は、歴史的使命をもつ或る現象を、単なる流行として片づけようと欲する。そのようなものこそ、今吾々が取り扱っている無意識的虚偽の適切な一例であるだろう。

この虚偽形態はその原因を個人的論理の内に持つのではなかった。何故なら、それは社会的論理の内から、観念と社会的(歴史的)存在との関係から、出て来たテーマであったから。尤もこの虚偽形態に陥る主体は無論夫々の個人には相違ない。併し個人を陥れる原因は個人に在るのではなくして、社会の内にあったのである。或る個人は歴史的(社会的)感覚を持つが故にこの虚偽形態を犯さず、他の個人は之を持たないが故にこの虚偽形態の擒とりことなる。そして後者は歴史的(社会的)感覚を持たないが故に、この虚偽形態に就いての感覚をも持ち得ない。彼にとっては自己の虚偽は少しも虚偽ではないのである。何となれば之を虚偽として意識させる動力は彼個人の内にはなくて、恰も彼が無関心である処の社会そのものの内にあるのだから。――之が無意識的虚偽である所以である。

無意識的虚偽形態の代表としての時代錯誤は、個人のもつ歴史的(社会的)感覚の欠乏に、一応帰着する。併し一体このような感覚は何によって与えられるか。人々の素質にでも依るのであるか。だが少くともこの感覚は動物的な性能――本能――ではないであろう。そうすれば之は一つの教育されたる素質――教養――だということになるであろう。処が教養は全く一つの歴史社会的条件の所産でなければならない。そこで吾々はこう問わねばならなくなる、如何なる歴史社会的条件が歴史的感覚を完成するかと。かかる条件を充す社会形態は併し、現在に於ては、一つの進歩的・変革的なる階級なのである。

実際、人々は見るべきである、茲では歴史的感覚――この具体的論理能力――のための素質が比較的欠乏していることや、又その教育が不完全であるということが、階級意識によって如何に補われているか、という一つの事実を。比較的凡庸な且つ無教育な一介の労働者は、往々にして、大学教授達よりも、又大新聞の顧問達よりも、如何に容易に真理への正常な感覚を持つことが出来るかを。――それであるから、時代錯誤の虚偽が無意識的であるのは外でもない、それが階級性を持った虚偽、階級的虚偽であるからである。時代錯誤者が真理の階級性を何等かの意味ででも否定しようと欲するのは、であるから偶然ではない。それは必ずしも彼等の無知からではない。

時代錯誤は、無意識的であるが故に、自らを正当化し得るという期待を有つことが出来る(この虚偽が組織的で執拗である所以は之である)。そこで即ち人々は論理を完全に非歴史的なものとしようと欲する。その為にはかの形式論理学が最も適当な代表的論理であるであろう。人々は一切の事物を、ただ形式的論理にのみ還元し得るものと仮定することを欲する。そのためには論理の自律性、存在からの独立性が必要であるだろう。何故なら今は形式論理の決定的な独宰を権利づける必要があるのだから。論理乃至真理が、超越的価値と考えられる理由が茲にある。それ故、元来論理の無条件的独立性を否定し、論理を存在――歴史的社会的存在――に基けようとする弁証法は、ここでは排撃されざるを得ない実際上の必要があるであろう。時代錯誤が自らを合理化するためには弁証法は否定されなければならない。処が歴史的(社会的)感覚は恰も、弁証法的論理をこそ要求するのである。蓋し弁証法的論理とは、歴史的範疇に就いての論理を意味せねばならない。

無意識的虚偽の代表者は時代錯誤であり、之が無意識であり得るのはそれが階級性から来る虚偽形態であるからであり、そしてそれが無意識であるが故に夫は――特に弁証法を否定することによって――自らを保持しようと欲する。かくて人々は一旦時代錯誤を自らに許すならば、何の虚偽をも意識することなくして、虚偽を確実に真理として主張することが出来るのである。人々は時代錯誤的問題を選び、時代錯誤的方法を用い、そして時代錯誤的解決を得ることが出来るであろう。而も彼等に向ってどれ程それの虚偽を解明してやろうとも、彼等は自己の虚偽の可能性を見る機会すら見出し得ない程、それ程この虚偽は組織的であり、複雑であり、従って彼等は之を固持することかくも執拗なのである。何が彼等をかくも執拗にさせたか。彼等が支持し、又彼等を支持し、そして社会の一切の事物にまで自己の刻印を押しつけている処の、一つの階級が彼等の背景をなしているからに外ならぬ。

意識的虚偽は、少くとも虚言者自身を欺いてはいない、処が無意識的虚偽は虚偽者自身を欺く処の虚偽である。之こそ最も悪質な、最も度し難い、執拗なる虚偽ではないだろうか。之を医すにはもはや良心――学的其他の――も役立たない、人々は何に依って之を治すべきであろうか。暴露だけが残っている。蓋し暴露とは、虚偽命題の歴史的社会的必然性を演繹し、そうすることによってその命題の歴史的社会的虚偽性を証明する処の、一つの批判的技術である。

科学の歴史的社会的制約

――科学階級性の階梯に就いて――

知識・認識・乃至科学の歴史的社会的制約に関する問題を、恐らく人々は、「知識社会学」(乃至「文化社会学」)によって解答出来ると思うであろう。知識のもつ価値内容は之をかの論理学乃至認識論――夫は超歴史的・超社会的と普通考えられている――に任せる外ないが、知識の所産の歴史的社会的活動関係に就いては、知識社会学から教えられねばならぬと、人々は考えるであろう*。処が知識の価値内容とその歴史的社会的活動関係とは、そのように都合好く切り離して了うことが許されないのは、遺憾ながら或は又当然ながら、事実である。この点に於てはオーギュスト・コントの歴史哲学的――コントの意味で社会学的――根本命題は、多くの形而上学者の深遠な併しありふれた評価に拘わることなく、重大な意味を持っている。蓋しコントに於ける人間の知識の三つの段階は、単に一列の歴史的推移ではなくして、正に歴史的進歩であり、単に三つの類型の序列ではなくして、正に知識の価値の歴史的清算の過程だからである**。茲に問題となっているのは単なる歴史ではなくして歴史に於ける価値の秩序だからである。知識の歴史的社会的制約の問題を、単に或る種の知識社会学を以て解くことが出来ると思うことは、今ではもはや、世間見ずらしい無知の一つに数えることが出来るであろう。吾々は併し一定の根拠を示さずに漫然とそう云うのではない。

* 「ただ精神的労作の名声と通用だけがみずからの社会学を持つ、或る労作の意味内容及び価値内容は社会学を持つことが出来ない」(M. Scheler, Weltanschauungslehre, Soziologie und Weltanschauungssetzung.)。

** シェーラーはその知識社会学なるものから、コントに仮託して、歴史性の原理と価値的原理とを追放する。かくて残されたものが知識の社会学である(M. Scheler, Über die positivistische Geschichtsphilosophie des Wissens 及び同じく Probleme einer Soziologie des Wissens を参照せよ)。

少くともそれが特殊史でない限り、歴史的運動を段階づけるものは、政治的なるものである*。政治的なるものこそ、所謂実践性乃至物質性の優れたる概念である。実践性と物質性とは、単なる行為又は感性の概念ではない、又単に実験とか生産とかの概念に止らない、政治的なるもの――必ずしも所謂政治にぞくするものとは限らない――こそ夫である。実際今日、歴史の代表的・性格的内容は、階級――この政治的なるもの――に関してのみ有効に段階づけられ得ると考えられている。そうすれば一般に、歴史性(即ち又社会性)とは、直ちに又はやがて、階級性として初めて優越に理解されるべきものだ、ということが結果する**。歴史性必ずしも常に階級性とは限らないが、現代では、歴史性はやがて階級性となるべきであり、歴史性を言うことは階級性の萌芽を培うことであり、階級性への出発をすることなのである。歴史性の概念から階級性の概念へのこの推移に関する理解は、今日決定的と思われる。よって以下歴史性と階級性とを同じ意味に用いることが出来る。この点は大切である。

* 例えば文学史という特殊史には、文学的時代区別(époques littéraires)が必要であると説かれるであろう。之に反して一般史には政治的時代区別が与えられている。

** 歴史から独立な社会や、社会から独立な歴史はない。歴史性は常に同時に社会性である(以下歴史的とは社会的に同じ)。

さて科学の歴史性――階級性――は決して単純ではない。様々の階梯を之に区別する必要が現実上あるであろう。何故なら今日階級性の概念が様々に異った意味で用いられているのが事実であり、そしてこの様々に異った意味を区別しておかないために、色々な困難や不充分さに行き当るのを吾々は経験しているから。

科学――学問――が一つの歴史的――社会的――所産であることは云うまでもない。科学のもつ理論の形式は兎に角として、少くともその内容は、であるから歴史的に制約されている。たとい科学の所謂アプリオリなるものが絶対不変であろうとも、之に基く理論内容は、歴史的に変化することを免れない。理論Aの内容α1が、内容α2に変化することは事実の上で必然であるだろう。人々はこの事実を無条件に承認すべきである。さて併し之が実は、科学階級性の第一階梯を意味するものに外ならぬ。というのは科学のこのような当然な基本的な歴史性が――前に述べたことから――やがて階級性の萌芽である筈であったから。

次に凡ゆる科学は、一定の問題提出の仕方によって動機づけられており、科学の内容とは取りも直さず、この問題の解決と展開であることを注意しよう。処で、かかる問題乃至その提出法は無論歴史的に――伝承的にせよ発見的にせよ――制約されている*。それ故、たとい人々が科学の理論内容に対して有つ関心が直接に変化を蒙らない時でも、その理論の動機であった問題自身がもし従来の人間的関心をつなぐことが出来なくなれば、やがてその科学は消滅せざるを得ないであろう。そして之に反して、何か新しい問題が人間的関心の中心となることによって、新しい科学が発生するであろう。今度はもはや、科学Aがその内容αを変化するのではなくして、科学Aが、科学Bによって代位されるのである。一切の科学に就いては人々は、かかる消滅発生の歴史的代位の関係を、不可能であると主張することを許されない。曾ては一種の神秘的な数学が存在した、現今では完全に合理的な数学しか数学ではあり得ない。そういう様に、例えば現今の数学が、それとは全く別な系統を有つ処の、併し必然的にこの数学の位置に代わるべき、或る未知の科学によって代位され得ないという主張は成り立たない。現今の数学が虚偽となったのではないにしても、存在の解明により役立つものがもし現われ得たなら、所謂数学は歴史の上から跡を絶つこともあるであろう。この公算は至極小さいが、併し原理上零ではない。そして之は数学の超経験的な普遍妥当性と少しも衝突しない空想である。今もし数学の代りに経験的諸科学を例に引くならばこのような可能性の公算は相当大きくなるであろう。吾々は強いて最も不利な数学の場合を取って見たまでである。――之は科学階級性の第二階梯である。

* この点を私は曾て明らかにしておいた。「問題に関する理論」を見よ。

一切の科学は、かくて以上二つの階梯の階級性を有つ。そして科学の階級性という言葉は往々この二つの意味に於ても用いられている。けれどもこの二つは、後に見るであろう階級性に較べて見れば判る通り、階級性の萌芽ではあるが、単に名目上の階級性でしかない。茲には殆んど問題は無いであろう。

向に科学の理論内容と云ったが、科学の実質的な内容は、その理論を保持する論理――真理と虚偽との価値関係――にある筈である。之に較べては、前の二つの場合の理論内容は、理論の単なる――真偽関係から引き離された――材料でしかなかった。問題はそこで、もはや理論ではなくして、論理までが、歴史的に階級的に制約され得るか否か、である。単に科学ではなくして科学に於ける論理内容が階級性を有ち得るか否か、である。歴史的制約が論理的制約――真偽関係――と交渉干渉し得るか否か、である。理論Aが之に代るべき理論A′(必ずしも前に見たBではない)によって単に歴史的に代位されるばかりではなく、又単に拡張・修正・補遺されるばかりでもなく、真理A′に対する虚偽Aとして、論理的に否定・止揚されることが結果し得るか否か、が今の問題である。もはや茲では、一つの歴史的所産・文化財としての科学が、歴史的に制約されているというだけではない、それならば知識社会学にでも一任してよいかも知れない――初めを見よ。そうではなくして、それの理論内容が歴史的・階級的に制約されるかどうか、が問題なのである。今問題になっているものが、科学階級性の第三階梯である。

もし科学を教科書風に鵜呑みにしない人々でさえあれば、歴史学・経済学・政治学・法律学・哲学・等々の歴史的(即ち哲学的)諸科学が、何等かの点に於てこの階梯の階級性をもつことをば、見逃すことが出来ないであろう。ここでは真理と虚偽との標準が階級性によって与えられることが出来るように見える。無論一定の階級に属するというだけで直ちにそれが真理又は虚偽だということになるのではない、ただ、階級のもつ夫々の歴史的制約が夫々科学の論理的制約へ反映することによって、真理又は虚偽を結果するのである。之は吾々が日常眼の前で経験している事実なのである。――併し少くとも自然科学に就いては必ずしもそうではないように見える。茲に吾々の問題が横たわる。

自然科学の代表者としては、理論物理学を選ぶことが常道であり又当然である*。そしてそれは今の場合必要な寛大を意味することとなろう。というのは多くの人々は物理学が階級性――第三の――を持つことを想像し得ないだろうから。物理学が第一・第二以外の階級性を有つというような主張は、笑うべき無知か悪むべき誇張として、待遇されるのが常であるように見える。実際ここで階級性を検出することは殆んど絶対的に不可能と見えるまでに困難のように見える。吾々の穿鑿は併しながら原理的であった、それは困難か容易かの問題ではなくて、可能か不可能かの問題であった。現在直ちに又は或る将来に必ず、物理学の階級性が見出されるであろうか否かではない。その階級性が原理的に、絶対的に、不可能か又はそうでないか、から今は問うてかからねばならぬ。こう問われる時人々は、之が絶対的に不可能であると答えるに足る材料を果して有っているであろうか。物理学Aが之に代位すべき理論A′によって(AがBによって、又はα1がα2によってではない)、虚偽として否定・止揚されることが、歴史の何等の時期に於ても絶対に在り得ないということを、現在――従って云わば先天的に――どうして証明するか。

* 私は拙著『科学方法論』二一二頁〔本全集第一巻所収〕以下に於て、何故物理学が自然科学の代表者でなければならないかを見た。

吾々は今、好事家・空想家・或いは杞憂家ですらあるように見えるかも知れない。併しこの杞憂はそれ程無根拠ではない。人々は物理学を哲学的に基礎づけようと欲する。その場合恐らく或る人々は、物理学の論理内容が超歴史的であることを、その研究の結果の一つとして付け加えるかも知れない。併し元来物理学を哲学的に基礎づけることを許すからには、何といっても、物理学を哲学という地盤の上で初めて安定し得ると考えることに外ならない。一応承認されている物理学の独立は、そこでは実は絶対的な独立ではなかったのである。重心は今やであるから、哲学の双肩にかかって来るわけである。処がおよそ哲学自身は超歴史的であることが出来たか。凡ての哲学は、世界観を産まないまでも世界観からのみ発生する、そして世界観のもち得る論理内容が歴史的に制約されていることは人々の知る通りである。故に物理学を終局に於て哲学的基礎の上で安定しようとすることは、物理学がたとい間接にせよ絶対に階級性――第三の――を持ち得ないという保証を破棄することを意味する。実際、物理学の根本的諸概念はすでに一定の解釈に立脚する。実験の結果があってもただ一定の解釈の下にのみ一定の意味を受取る。そして解釈は常に歴史的に制約されているのが事実である。従ってそれが他の解釈によって否定・止揚され得ないということはない。一つの概念に対してもし解釈が異れば、それはもはや同一の物理学的概念ではなく、従ってかかる物理学的諸概念によって解明される筈の物理学は、論理的に矛盾する二つの異った解答を、同一問題に就いて提出し得ることとなるであろう。例えば運動の相対性の公準は、必ずしも日常の経験から得た法則ではない、何となれば日常の経験によれば、凡ての運動が必ずしも相対的には見えないから。この公準は却って経験に先立つという意味に於てアプリオリな、従ってその限り形而上的な、解釈に基く*(相対性理論の哲学的興味は茲に横たわる)。もしアリストテレス的物理学に依るならば、大地は天体運動の絶対的な中心でなければならなかった**。少くとも天体の運動は絶対運動として解釈されたのであった。運動概念に就いてのかかる相対主義的及び絶対主義的解釈は、異った二つの物理学――宇宙論――を論理的に結果するのであり、そして事実後者は前者によって否定・止揚されたであろう。之はニュートンに対する場合とは異って単なる拡張・修正・補遺ではない。アリストテレス的物理学と今日の物理学とは、同一科学の原始状態と成熟状態とであるかのように見えるに拘らず、二つの科学はそのイデー――哲学的解釈――を異にする。一つの物理学が、歴史上に発生した経験を通過することによって、論理的に――単に歴史的にばかりではなく――他の物理学を否定・止揚したのであった。もし之と似た論理的代位をより明らかに意識したいならば、ルネサンス期の自然哲学から所謂物理学が如何にして批判的に派生して来たかを、人々は見るべきである。歴史が茲で告げているものは、もはや、理論の単なる隆頽ではない、そうではなくして後者による前者の論理的批判であった。こう考えて来れば吾々の杞憂はもはや杞憂ではない。――今もし物理学の代りに、より不精密と考えられる諸自然科学を材料にするならば、自然科学の階級性――第三の――は一層容易に検出出来るであろう。ダーウィニズムはその絶好の一例である。

* カントはすでに、その自然の形而上学に於て、経験的事実に先立って、アプリオリに、一切の運動の相対性を主張した。遠心力を知覚出来る円運動の如きも、彼によれば絶対運動ではない、ただ真の運動(wahre Bewegung)だというまでである。

** アリストテレス De Caelo を見よ。

吾々の主張が茲まで来ると、人々の最初の想像に反して、自然科学の階級性は至極自明であるかのようである。科学的理論の論理関係が、何等か歴史的制約を蒙ることが階級性――第三の――だとすれば、自然科学の階級性は至極当然な事情でなければならないようである。そして科学の理論内容の実質はその論理に至って窮極すると云ったが、この論理が歴史的に制約されるからには、もはや科学のこれ以上の歴史的社会的制約はあり得そうにも思われないようである。自然科学は従って完全に階級性を有たねばならないと考えられそうである。――然るに夫にも拘らず人々は、初め見出すのに困難だと云った自然科学――特に物理学――の階級性をば、依然として、容易なものとしては見出さないに違いない。之は不可能ではないにしても少くとも見出すのに至極困難であることには、依然として変りがない。それで人々は、吾々の主張を一応承認しなければならないに拘らずなお且つ之を無条件に信用することが出来ないに相違ない。茲にはまだ何かがある。一体かの困難は何処から起こり、又何を意味するか。

注意すべきは自然科学のもつ特有な二重性である。

自然科学は一方に於て一つの歴史社会的存在である、その限り之は歴史にぞくする。処が他方に於て、自然科学は正に自然科学であって、歴史科学乃至社会科学ではなく、歴史的社会の代りに自然を解明する任務をもつものである。かかる解明は云うまでもなく、絶対に自然そのものに忠実であることを要求される。それ故自然科学は他方に於て又、自然にぞくさねばならない。然るに自然と歴史とは対立する。自然科学は従ってこの対立をそれに特有な二重性として有つのである。歴史的諸科学にとっても、自然は或る意味に於て歴史社会に対立はする。併しそこでは歴史社会の内に於ける、自然と歴史との対立――第二次的対立――なのであって、自然科学の場合のように第一次的対立があるのではない。之が自然科学に特有な二重性である所以である。この二重性と相似な二重性を数学に於ても見出すことが出来る。蓋し超歴史的対象を持つ数学がそれ自身又歴史的存在であるのだから。併しこの場合、数学の対象界は一応、現実的ではなくして可能的にすぎないから、之と歴史的現実との対立は、現実と現実との対立ではない。両者の現実的な対立はそれ故ただ間接的でしかない(之は数学が自然科学に較べて、歴史的・階級的制約を蒙ることが原理的に低度であることの、現われである。数学的真理はそれ故、かの第三階梯の階級性を有たないと考えられることには意味がある*)。之に反して自然科学に於けるかの対立・二重性は、恰も現実としての歴史と、同じく現実としての自然との間の、従って直接な交渉であった。歴史と自然とは元来独立した二つの現実ではなくして、現実としては唯一のものに結合しているから、両者は現実に於ける相関関係に於てしか理解され得ない。処が、このように不離の連合関係にある歴史と自然とが、自然科学にとっては、二つの相反する極として対立するのである。自然科学は特に、このような二重性を有つ。

* 小倉金之助博士は論文「階級社会の算術」に於て云っている、「私の意味する処は、それが算術である限り、純然たる数学的の論理や法則それ自身が、社会階級によって異る、というのではない」、と。吾々の第三階梯の階級性は恰もかかる「論理や法則それ自身」に関わるものであった。数学がこの階級性を持ち得ないと考えられる所以である。併しながら数学の論理や法則は数学体系の一部分をなすのであり、そしてその数学の基礎的部分は哲学的世界観――例えば無限概念――へ連続する(直観主義と公理主義との対立を思い起こせ)。数学の論理や法則それ自身でも、哲学的(従って又歴史的)地盤から絶対的に独立なのではない。数学の論理や法則それ自身にはたしかに第三階梯の階級性はない。だが、それが歴史的所産としての数学の床の中に横たわる限り、間接に、この階級性を持つことが出来る。第三の階級性を数学は per se には持たないが、per accidens には有つ。mengentheoretische Antinomien に於て見出されるであろうエレア主義とヘラクレイトス主義との対立に人々は思い及ぼすが好い。per accidens に於ける第三階梯の階級性を、第三階梯の階級性と呼ぶことが便利である。

自然科学に特有な二重性の故に、自然科学に現われる諸概念も亦この二重性を反映する。というのは吾々は、必ずしも自然科学的知識によって教えられない前に、又は之とは区別された、自然的諸概念を有つ。と共に又自然科学にとって媒介されて初めて知り得る限りの自然的諸概念をも無論有つ。例えば運動の概念は、存在と無との、一点での存在と他点での存在との、対立的矛盾者の総合として、概念される。この運動概念は、必ずしも自然科学によって教えられたのでもなく、又夫によって訂正されるべき筋合のものでもない。却って自然科学的認識に対して、夫は何等かの指示をさえ与え得るかも知れない位置にあるのであろう。運動概念は自然科学的知識から区別されて、歴史上にも之に先立って、弁証法的なるものとして把握される。実際之は夙にエレアのゼノンの天才によって見出された処のものである。之に反して現代物理学にとっては運動の第一の物理学的規定は、必ずしもその弁証性ではない。ここでは運動は空間座標と時間軸との比一般として、ただ計量的にのみ定式化され(物理学的にはただ計量し得るものだけが存在する)、かかる諸運動の分類・相互関係・資格の相違・等々の観点に於てのみ第一義的に規定される。物理学が教えるのは、運動が弁証法的であるか否かではなくして、それよりも第一に、例えば絶対運動であるように見えるものが如何にして相対運動として把握され得るか、という種類のことである。かくして吾々は運動概念を二重に有つであろう。一般に自然的諸概念はこのようにして二重性を有つ。自然科学的知識から区別された自然概念は、それが特別な――自然科学という――条件を通過しない意味に於て、直接に歴史的概念であるということが出来、之に反して、自然科学が与える限りの自然概念は、特に歴史の対立者を内容とする自然科学を通過するから、却って自然的と考えられる。処が又他方、後者は自然科学という一定の歴史的存在を媒介するからそれだけ歴史的でなければならず、これに反して前者は、自然を直接に――自然科学を媒介せずして――把握するから却って自然的でなければならない。さてこの二重性が、その様々な対立にも拘らず、同一な概念――例えば運動――に於て統一を有つのであった。

それであるから、自然科学に向って自然哲学的要求を有つならば(そして今述べた両者の統一故にこの要素は正当である)、即ち自然科学の内容を直接に――かの認識論と呼ばれる稀釈剤を用いずに――一つの世界観へまで連絡しようとすれば、自然が例えば弁証法的存在である所以が指摘されるのは、偶然でもなく無用でもないだろう。――かくて自然科学それ自身が、その内に二つの対立者を統一しているものなのである。自然自身が弁証法的であるか否かの問題とは独立に、自然科学それ自身が特有に――歴史的科学とは異って――弁証法的なのである。

重ねて云おう。自然は歴史の否定――対立者――である。そして歴史は又自然の否定である。自然科学は恰も相互に否定する二つの対立者を統一している。之が自然科学に特有な二重性であった。――さてこの二重性の故に、自然科学の階級性(第三の)を検出することが困難となり、之を信用することも亦困難となって来るのである。何となれば、茲には二重性のために、表面の裏には常に裏面があったのだから。

併し、この二重性から出て来る結果をもっと立ち入って分析する必要がある。

自然は第一に主観からの脱却を要求とする概念であるだろう。事物が何かの意味で主観を脱却する程度に応じて事物は自然的となると考えられる。そこで自然科学にとっての自然は(自然科学の代表者としては物理学を考えるべきであった)、自由行為者としての人間をば、凡ゆる意味に於てその対象界から除外することを、其理想とする。人間は自然科学的世界に於てはたとい観察者であっても自由行為者としては登場することを許されない。それ故自然科学はそれ自身生活の一部にぞくするにも拘らず、他の諸科学に較べて、生活から縁遠く、従って生活を規定している処の歴史的社会的制約によって、至極間接的にしか条件づけられることが出来ない。――茲に自然科学に特有なかの二重性が働いているのを見る。さてこの制約が間接であるから、制約者の有っている一定形態の制約は、もはやその儘の姿では、或いは之と一定関数関係にある姿を以てしてさえも、被制約者に伝えられないことは、そうありそうなことである。この場合の歴史的社会的制約は、ただ変装してしか現われない。尤も制約が今、直接だとか間接だとか云うのは、程度の問題であり、それ故要するに程度の差に過ぎないと云われるかも知れない。両者の間の量的連続に於て、一定の限界を引いて直接と間接とを左右に引き分けることは出来ないかも知れない。併し、現実的なるものの最も著しい特色は、量が連続的に推移するに際して、やがて質の対立を結果するという点に在る。もはやであるからこの時、直接と間接とは単なる程度の量的差異ではなくして、質の上の相違で事実上あるのである。さてこの消息が、自然科学に於て次の事情として現われる。

歴史は自然科学に於ては否定される。自然科学――物理学を考えよ――は時間をば、その固有の時間性即ち歴史性、に於てではなく、空間化されたる一つの次元として使用する。成程そこでは時間軸は抽象し去られはしないが、時間性の原理――歴史的現実性の原理――は抽象し去られている。自然科学の世界像はそれ故元来、時間性――歴史性――の規定からは独立しているものである。自然科学が構成されるのは、無論のこと夫々の時代に於ける人間によるのではあるが、歴史のもつそのような――時代という――現段階の性格は、もはや論理構成の原理内に組織的に織り込まれてはいない。自然科学にとっての現実とは、歴史的現段階のもつ現実性ではなく、恰もそのような歴史性の否定であった処の通時間的な自然のもつ現実性に外ならない。故に自然科学的理論は、歴史的現段階に固有な現実性に立脚しないことをその特色とする。之に反して歴史的科学は正に、歴史的現段階に固有な客観的事情からこそ、その理論的分析の端緒――原理――を取り出さなければならない。例えば現代の経済学は、それが現代の経済現象の分析であるが故に、正に商品の分析から出発しなければならないように。かくて、科学のもつ歴史的制約――階級性――が直接か間接かの相違は、夫が歴史的現段階に固有な現実に立脚するかしないかという、質の上の原理的な相違を事実上意味するのであった。単なる量の上の対比では之はもはやない。

それ故明らかとなることは、自然科学が歴史社会的に制約されている――第三の階級性によって――にしても、それが必ずしも歴史的現段階性によって制約されていることを意味するのではない、ということである。従って、丁度それだけの意味に於て(但しそれ以上の意味でではないが)、自然科学にとっての現実は、超時代的であり、永久不変である、ということも出来る。そこでは歴史上、従来の理論内容を優越して特権を主張する根拠となり得るような、従来無かった新しい地盤は、原理的には――偶然的にはどうか知らない――無い。先人の業績を、それが過去のものであるが故に、夫を批判し得るような、そのような資格を有った新しい立脚地は原理的には無いのである。新しい時代の性格に立脚することによって、自然科学を新しく建設し直すべき動機が、常に必ず働かねばならぬということは、絶対にない。かくして伝習された従来の自然科学を、改めて批判・検討し、依って之を否定・止揚し得るような場合は、ただ極めて偶然な事情に基くのであり、従って至極稀な機会をしか持たないことは当然である。既成の自然科学の現在に於ける否定・止揚が困難なものと思われる所以が茲にある。

自然科学のこの超歴史性は、その方法機関に現われる。歴史的科学の唯一の科学的機関である分析的方法は歴史的事物に関する分析であるばかりでなく、同時にそれ自身が歴史的段階と相関的に、歴史上発展する性質をもつ。之に反して自然科学の機関である実験と解析的操作は、人間的行為の――従って歴史の――除外を齎す最も確実な手続きであるであろう。無論之も歴史的に進歩するのではあるが、原理的に言って、それが歴史的現段階と相関的であるのでは決してない。実際、実験の一定の方法と結果とは、ただ数代に渡る知識の蓄積によってのみ組織立てられ、数学的操作は数千年の片々たる業績の積堆の外ではない。吾々はただ之を継承し発展させる外に余地を持たぬようである。新しい時代の新しい現実に立脚して之を批判し検討することは、過去の業績に相当するだけのものを今日再蓄積・再積堆することを意味するから、之は一朝にしては殆んど絶対に不可能であると考えられるであろう。自然科学の変革が愈々困難な所以である。

であるから自然科学に於ては、理論Aに対して批判的位置を占めるべき新しき理論A′が、予めAの拡張・修正・補遺としてのみ、みずからの態度を決めてかかり勝ちなのは、至極尤もであるであろう。従って茲に働くものは、その根本傾向に於て、元来、前者の否定や止揚であることを欲しないのである。前者は後者を以て、自己の拡大・訂正・追加に過ぎないものと見做すことが、事実上常に出来るからである。もし後者が前者を否定したのであったならば、前者は後者を以て、正に自己の否定と反対としてこそ意識する筈である。かくて実際、既成の自然科学を変革することが益々困難と考えられる所以がある。

さて之まで指摘して来た困難の故に、自然科学の歴史的社会的制約――第三階梯の階級性――は検出し難く見えたのであった、困難は自然科学に特有なかの弁証法的二重性に於ける、歴史否定の契機から由来したのであった。処が、他方吾々はすでに、自然科学が当然この階級性を有ち得ることを見ておいた。かかる容易さは自然科学が一つの歴史的存在である限りの歴史肯定の契機から由来したものであった。二重性のこの二つの契機によって、自然科学のこの階級性は、一方に於て至極困難なものとして、他方に於ては之に反して至極自明なものとして、意識される理由があったのである。

今やこの困難と容易さとの意識の矛盾の真相を、もっと立ち入って突き止める段に来る。併しその方向はすでに伏線として与えられている。すでに吾々は、自然科学の歴史的制約が常に変装されていねばならぬことを見た。歴史的制約がその一定形態を、そのままの姿又は之と一定形態の関数関係に於てある姿を以て、自然科学へ伝えることは出来ない、と云った。この意味で、この制約は自然科学に於て常に間接でしかあり得なかった。そしてこの間接さが決して、直接さに対する単なる程度の差ではなくして、歴史的現段階のもつ現実に立脚しないという、積極的な内容をもつものであることも明らかにしておいた。そこで今や次のことが結果する。歴史が科学へ一定の形態的制約を与えるのは、その科学が歴史的現段階のもつ現実に立脚するということを意味する、と。裏を言えば、科学が歴史的現実に立脚しないということは、それが歴史によって形態的には制約され得ないということと、一つである、と。

この結果を自然科学の理論内容の論理――真偽関係――に適用すれば、自然科学的理論は歴史的現段階の現実に立脚しなかったから、それであるからその論理は、歴史によって形態的には制約され得ない、こととなる。なる程自然科学の論理内容は、その個々の場合々々に就いては、断片的には、偶然的(per accidens)には歴史的社会的制約を蒙る可能性及び必然性があるだろう。それを実は吾々は、第三階梯の階級性として指摘して来たのであった。併し自然科学はそれにも拘らず、一定形態を以て形態的には、一定の総体として統一あるものの性質としては、その意味で原理的(per se)には、歴史的社会的制約を蒙ることが出来ない。自然科学の云わば単なる論理内容は無組織的にせよ階級的に制約されるであろう。併しその論理形態は――真理形態と虚偽形態との関係又は真理と虚偽との一定形態の関係は――もはや歴史的社会的に制約されてはいないのである。前者に於ては内容のある部分は階級的であり他の部分は階級的でない、という区別が常に与え得られるであろう。後者に於ては之に反して常に、階級性が内容全体を代表することが出来る。――さて単なる論理内容ばかりではなく、更に論理形態までをも歴史が制約する場合の階級性は、之を第三階梯の夫から区別する必要がある。何となれば自然科学は、第三階梯の階級性を持つにも拘らず、一定の論理形態としては階級性を有たないから。之は第四階梯の階級性である。自然科学の階級性は第三階梯に止り、第四階梯に及ばない。二つの階級性の区別が茲で是非とも必要であることは、とりも直さず自然科学のかの特有な二重性から由来する。

歴史的諸科学にあっては、階級の歴史的・政治的・状勢は、その論理内容へ、一定の真偽形態として、形態的に反映し得る。そこでは歴史的存在の構造と論理の構造とが、原理的に交渉することが出来る。人々は、例えば批判の概念を見るが好い。批判は一方に於て危機としての歴史的構造であり、同時に夫は、之を反映して、論理の真偽関係の代位を云い表わすであろう*。処が自然科学に於てはそうではない。

* 私はこの点を、「論理の政治的性格」の題の下に分析した。

さて、自然科学の階級性の困難は、茲に初めてその真相を示すことが出来る。一般に階級性の概念の下に、人々は最も代表的なものとして、第四階梯の夫を頭に持つことが当然であるだろう。そしてもし之のみを頭に持つならば自然科学の階級性は当然信じ難いものと意識されねばならぬ。そこでこの意識に促されて自然科学のもつ第三の階級性に臨むならば、その至極微小な公算・可能性が、何か特に重大な原理上の障碍であるかのように思われるのも尤もである。かくて第三階梯の階級性を検出することの困難が、やがて之の存在を信じることの困難と混同されるのも強ち不自然ではなかったのである。自然科学の階級性に就いての困難の意識は、要するに茲に発生したものである。今もしそれ故、特に第四階梯から区別される限りの第三階梯の階級性を明らかに意識してかかるならば、自然科学の階級性は自明の事情として意識される筈である。困難と自明との意識の矛盾はこのような解消を結果する。

要約すればこうなる。第一・第二の階級性は、理論の単なる歴史的発生に関する。それは理論の真理価値の内容に関し、従って真理内容と無関係ではないが、その内容自身がそれの価値規定からは遊離して考えられている、之は名目上の階級性に過ぎない。之に反して第三・(第三′)・第四の階級性は理論の単に歴史的のみならず、又論理的な保持と廃棄とに関わる。之こそ実質上の階級性である。併しその内でも第四のものは真理価値の原理的・必然的なる内容形態に関わる、之に反して第三のものはその単なる・個々の・偶然な・内容に関わる。第四のものは一般に per se なる階級性であり、之こそ優越なる意味に於ける階級性である。之に反して第三のものは一般に per accidens なる階級性に外ならない(そして第三′のものは、第三のものの更に per accidens なる階級性なのである)。――自然科学は第四の階級性を欠く、それ故、一般に階級性の性質を明らかにするためには、自然科学という材料は適当ではない。併し科学一般に於ける階級性の存在を指摘するためには、自然科学の階級性を見ることが必要であり適切である。そしてこの同じ言葉を吾々は恐らく数学に就いても繰り返して好いであろう。

終りに興味あることは、科学階級性の分析は、科学分類の一つの原理を提供し得るだろう、という点である。

科学の大衆性

――科学階級性の一つの実質に関する分析――

一

大衆性という言葉は政治にぞくする言葉である、如何にして大衆を獲得するか、如何にして大衆を指導するか、等々という政治的な関心の下で初めて、大衆性という概念は考察の日程に上る理由を有つ、とそう人々は考える。確かにそうである。之に反して、科学にぞくするものは就中真理という言葉である、それによって大衆を獲得・指導し得ようが得まいが、そのようなことと関係なく、科学はひたすらに真理を追求すべきである、とそう人々は又考えるであろう。確かにその通りである。だがそれにも拘らず吾々は、恰も選りに選んで、科学の大衆性を問題としようとする。何故なら、第一に、この問題は、提出され得ない問題でもなく解き得ない問題でもないからである。何故政治が科学的であり得ないか、又何故科学が政治的であってはならないのか*。併しこの問題は、決して単に可能な問題であるというに止まらず、実は之こそ吾々にとって、必然的な問題なのである。何故か。この問題を多少とも解決するならば、恐らく科学そのものの概念が或る一つの根本的な批判・変革を受けざるを得ないであろう、科学の概念へのこの批判・この変革は併し現在の科学の存在条件から云って絶対に必要であり、そして現在に於ける程この必然性が逼迫したことは恐らく未だ曾て無かったであろう、からである。歴史の現段階に於て、歴史の運動の動力を担い、そしてそれを担っていることを自覚し得るものこそ、大衆ではないか。このような大衆という存在が――従ってその概念が――併し正に、現代の産物であることは忘れられてはならない。古来様々な大衆はあったであろう、だが吾々にとって必然的な問題となり得るような大衆は、現代に至って初めて現われた、と云うのである。之は一つの眼前の事実である。かかる事実が何故生じたか、それに答え得るものは、歴史的唯物論の外にはありそうにも思えない。吾々は説明を之に一任しよう。

* 政治がどのようにして科学的であり得るかは、例えば K. Mannheim, Ideologie und Utopie に明らかである。又科学が政治的で在り得る理由に就いては、「論理の政治的性格」を見よ。

科学の大衆性という問題は、大衆が現代に於て持つ歴史的使命を条件とする時、初めて必然的な問題となる。そうでないならば、この問題は、哲学の空想的な一例題、としての価値しか有たなかったかも知れない。

人々は大衆乃至大衆性――文芸其の他の――を口にすることを好む。併しこの概念自身が可なり曖昧であるようである。そして多くの場合そうあるように、曖昧な概念が一つの合言葉として通用している内、夫は至極安価な戯画的な使い道を見出す。曾ては文化の概念に就いて、文化生活・文化住宅の類がそうであった。同様にして今や、大衆文芸・大衆作家の類を産むに至ったのを吾々は見る。大衆とは何等か、甘やかされた俗衆か、思い上った愚衆ででもあるかのように見える。恐らく人々はかかる大衆に対しては、多少とも調子を下げて応対しなければならないようである。

処がそれならば何故、このように調子を下げて応対せられるにしか値しない大衆が、現にそれ程問題とならねばならないのか。もし大衆が、無価値なものでしかないならば、それを問題とするに値しないだろうからして、問題となるからには之は積極的な価値を有つ筈であろう。人々のかかる大衆の概念はそれ故実は、大衆を語る処の、自らを大衆から区別する処の、非大衆――反大衆――の側に於ける大衆概念なのであり、そして而もそこには直ちにこの概念の一つの根本的な矛盾が暴露されているのである。大衆に対するこの非大衆は、その意識の伝統の必然性によってはかの大衆を低く評価しながら、外部的な圧迫に強制されては、之を高く評価せねばならぬ喜ばしからぬ義務を意識しているからである。所詮この大衆概念は、大衆が自らを意識するための概念ではなくして、却って非大衆が自らを夫から区別して意識しようがための概念であるだろう。之は非大衆的な大衆概念に過ぎない。大衆の大衆的概念――大衆的理解――は之に反して、必然的な問題となるに価するだけの積極的な価値の所有者でなければならない。そこでは大衆とは、単にその或る一面に於てのみではなくして凡ゆる点に於て優越な一つの勢力、を云い表わす言葉である。否そういう勢力を云い表わすためにこそ、この言葉が現在選ばれているのである。

大衆は併し他方、非大衆(反大衆)に対立する処の一つの集団を意味する*。従って今云ったことから、大衆は非大衆を優越する処の集団を意味しなければならない。大衆という言葉が現代に至って初めて重大さを持って来たその言葉の意味に於ける大衆はそうなのである。

* 大衆は併し群衆とか公衆とかいう集団では無論ない(群衆と公衆との区別に就いてはタルドの《L'opinion et la foule》を見よ)。蓋し大衆とは政治的概念であって、このような社会学的概念にはぞくさない。――社会学的とは、主として、歴史的・実践的・従って又政治的・原理――単に歴史的事実ではない――の排除を意味する。

大衆は政治的概念だと言った。そこで政治の技術に関する一つの概念として人々は多数の概念を有つであろう。実際、大衆は多衆の概念に引き合わされるのを常とする。

単純に少数なるものは到底大衆ではあり得ないように見える。その限り、大衆は或る意味に於ける多衆でなければならないようである。多衆とは無論一つの量的規定ではあるが、之は併し実際は、比較上の多少・程度の差を云い表わすものではなくして、ただそれの大量性が、そのものの質を固有に決定する時にのみ、初めて多衆は所謂多衆となることが出来る。単に多数であるのではなくして、多数であるが故に特に一定の性質を有たされた限りの多数こそ、多衆の多衆たる所以を示すことが出来る。かくて多衆は常に、一つの質的規定にまで既に転化しているのが事実である。そこで人々は多衆のこの質を、性質を、如何に性格づけるか。だが茲に必要なことは、多衆は元来様々の――構成員の資格其他によって異る様々の――多衆でありうるに拘らず、今は専ら、そのような種々相から抽象された・抽象的な多衆・多衆としての多衆、を思い浮べねばならぬ、ということである。何故なら、多衆という概念は特に、種々相の下に於ける多衆から抽象的なる多衆を抽象し出す企図の下に、行使の動機を有たされるのが事実なのであるから。でそのような多衆概念それ自身に固有な性格として(種々相の下に於ける多衆、の有つ性格とは別である)、量に基く圧倒性と質に基く平均性とを挙げることが出来るであろう。多衆はその圧倒性の故に、政治的に云って、有力なる勢力を意味することが出来、それ故にこそ或る範囲に於ける政治的事物決定の原理となることが出来るのである(多数決の原理)。と共に又他方に於て、多衆はその平均性の故に、他の意味に於て政治上、低劣なる価値の主体を意味することが出来るだろう。多衆のもつ平均性はそれが優越的でなければこそ平均性であった、そこでは人間はそれ自身に固有な・真の姿を示す代りに、自己を失い、世俗的環境に渡されて見える。もはやその時、之は政治的事物決定の原理であってはならないと考えられる。何故なら平均性は、それが一つの原理となる時――例えばハイデッガーの Alltäglichkeitとなる時*――、ただ低劣性を云い表わす原理でしかあり得ないから。それにも拘らず、この平均性に何等か優越なる・積極的なるものが連想されるならば、それは実は前の圧倒性に外ならない、平均性に於て残るものは今はただ凡庸さだけである。

* Alltäglichkeit 日常性の概念を、吾々はハイデッガーの個人主義的観点から救い出さねばならないであろう。日常性は一つの歴史的――政治的――原理にまで把握し直されねばならぬ(「日常闘争」などの概念を見よ)。

多衆は一方に於て圧倒性の、他方に於て平均性の・性格を有つ。多衆は一方に於て強力であり他方に於て低質である。多衆は強力にして低質なる勢力、云わばデモン・悪鬼の類ででもあるようである。多衆としての多衆、単なる・抽象的なる多衆、多衆一般、何等の条件をも有たない多衆、例えばそれが有産者の多衆であろうが無産者の多衆であろうがそのような二次以下の条件を特に超越した限りの多衆自体、このような民主主義的多衆概念は、恰も今指摘した強力と低質とを、その二重性として、矛盾として、持っている。かかる民主主義的矛盾はみずからを、民主主義と貴族主義との、相対主義的・シーソー的対立として反映するのがその報いであるであろう。――今もしこのような多衆概念を以て大衆の概念に代えるならば、その時の大衆概念は恰も、最初に述べた処のかの非大衆的大衆概念であったであろう。彼処に於て見られた大衆概念に於ける矛盾は、とりも直さず茲で見られる多衆概念に於ける矛盾――圧倒性と低質性――であったのである。それ故、大衆は単なる多衆ではあり得ないことが今や明らかとなった。

民主主義的なこの多衆概念の自己矛盾は、ただ、圧倒性の止揚の方向、又は低質性の止揚の方向、の何れか、を通じてのみ止揚されることが出来る筈である。多衆が有った圧倒性が否定されるのは、そして、ただ多衆が積極的に無組織化される時に限るであろう。多衆はこの時烏合の衆となり、之によって多衆のかの低質性はその強度を大きくされる。単なる多衆の概念へ、即ち単に多衆という類概念へ、無組織という条件が与えられる時、即ち無組織化という種差が付加される時、この概念体は拡張され、その結果としてその概念の今茲に問題になっている限りの性格は反対物に転化する。かくて多衆概念の自己矛盾はたしかに解消する。だが之は同時に多衆概念自身の解消を現実的には意味している。何故なら、このようにその自己矛盾を解消された多衆概念は、もはや現実的に吾々の問題となることが出来る資格を有っていない、――吾々の問題は大衆であった――、吾々は圧倒性を持つ多衆をこそ問題とすべき歴史的現実的動機を持ち、特に圧倒性の反対物としての多衆を問題とする歴史的動機を現在有たなかった、から。それであるから多衆概念の矛盾の、この方向――圧倒性の止揚を通じての――に於ける止揚は、多衆概念の形式論的・可能論的・カズイスティック的分析の上で可能であり、それは併し現実的には、多衆概念自身の止揚に外ならないのである。概念の形式的救済が夫の現実的破滅を意味する処の、かかる現実的弁証法は、実際多くの形式主義的理論家が逆用する常套手段であるであろう。彼等は事物――例えば国家・階級等々――の形式的定義から出発し、そうすることによって実際には、その事物の性格を否定することに成功するであろう。今が丁度それである。

大衆を語るに際して吾々の問題となった限りの多衆概念は、それ故、それが有つ低質性(平均性)の止揚の方向に於てのみ、その矛盾を止揚され得る。この概念の現実的動機、この概念が今使用され・取り出され・問題にされる歴史的条件、から云って、そうなければならない、と云うのである。

多衆の圧倒性はただ多衆の非組織化によってのみ止揚された、そしてただ夫のみがその低質性を強度ならしめた。そこで今度は、この低質性を止揚するためには、多衆の組織化が必要で又充分な筈である。多衆が組織化される、――初めは無意識的に、次いで意識的に――、その時の多衆はもはやかの民主主義的な単なる多衆ではない。それは取りも直さず、組織化された、又は組織化されるものとしての、多衆となったが故に。多衆が組織化される時、その圧倒性は反対物に転化するどころではなく、却って顕揚されることは云うまでもない。統制と計画とを持った圧倒性が茲から出現する。この統制と計画とを導き入れることによって、圧倒性に随伴した多衆の低質性こそは、反対物へ転化せしめられるであろう。と云うのは、茲で平均性――低質性はその語尾変化であった――は、もはや単なる平均性ではない、何故なら、平均性は平均性に違いないがそれは切り下げられたる平均ではなくして、却って引き上げられた水準をこそ意味して来るのだから。多衆は組織化されればされる程その水準を高める、その圧倒性が高められる所以である。かくて組織化されるものとしての多衆に於て、初めて、多衆概念のかの民主主義的矛盾は、実質的に――前の場合のように形式論的にではなく――止揚されることが出来る。だがこのようにしてその自己矛盾を解消された多衆概念は、それ自身もはや以前の――単なる――多衆を意味することは出来ない。多衆は組織化される、多の範疇は組織化される、この時もはや多の範疇は充分ではない、多衆の名称は性格的でなくなる。何故なら組織されたるものが少数であっても、それはなお多衆の組織であり得るのだから。多衆は従って今や、大衆とならねばならぬ。

このようなものが大衆の、大衆的な概念である。民主主義的多数の概念を之が如何に止揚したかを、吾々は今見た。

大衆のこのような概念――組織化されたる又は組織化されるべき多衆――はまだ、併しながら至極一般的な規定をしか持たない。この概念を必要な程度に分析的に完備するためには、更に決定すべき積分常数がなお残されている。組織化こそ夫である。この常数を決定するためには併しながら、吾々は、歴史社会的――政治的――条件を借りる外はあるまい(大衆とは政治的なるものであった――初めを見よ)。今大衆をばこの点まで決定するならば(そして之が最後の決定とはならないまでも)、大衆とは就中、一つの階級を事実上意味して来ないわけには行かない。何故なら多衆とは少数に対する処の、又大衆とは非大衆に対する処の、対立物であったが、そうすれば組織化多衆――大衆――なるものが、例えば一つの学派・社交界・聴衆等々を意味する理由も無ければ、そうかと云って又、国民・国家・民族等々を意味することも喰い違ったことであろう、から。大衆とは――この集団とは――階級の一つである、このことは単純に一個の事実に過ぎない。――それ故、多衆を大衆にまで組織化すとは、之を一つの階級にまで組織することの外ではない、組織化とは階級化である。

そこで人々は民衆の概念を思い起こす必要がある、民衆こそ大衆に最も近い概念である。民衆は然るに、常に被支配者を意味する政治的概念であるだろう、支配は政治の根本性格である。それは単に法制的にではなくして又物質的に、政治支配を受けるものの集団を、被支配階級を、云い表わす言葉ではないか。そこで大衆は又、この被支配階級の名である(大衆に対立するかの非大衆が何であるかは、おのずから明らかであるだろう)。――だがこう云ってもまだ之は大衆の一応の概念にしか過ぎない。大衆の性格は、かの圧倒性と高度の水準は、何処へ行ったか。

茲まで来てもまだ吾々は、大衆概念をただ一般的に語って来たに過ぎない。というのは、大衆の概念は、歴史の任意の・あらゆる・段階に、通時間的に通じるような、そういう一般的条件の下にのみ、取り扱われて来た。今や、歴史の夫々の現段階――歴史に固有なこの原理――という特殊な条件の下で、而も今の現段階のものとして、夫は最後の決定を受けねばならぬ。かくして大衆が現段階に於て持つ処の、歴史的・政治的・使命が、大衆概念の最後の規定として決定されるであろう。――今之を決定したとしよう、さてその使命の遂行に必要な物質的基礎こそ、大衆のかの量の上の圧倒性に外ならず、この使命の意識的自覚こそ、大衆のかの質の上の高き水準に外ならない。であるから、大衆の大衆的概念――夫がこの二つの性格を持っていた――はただ歴史的現段階の条件の下でのみ成立する。人々はこの点に注目すべきである。実際、もしこの条件を入れないならば、大衆のかの民主主義的矛盾――圧倒性と低質性との矛盾――は止揚され得なかったであろう。大衆の概念が、今、吾々にとって、抑々問題になり得た所以は全く茲にあった。

さて大衆のこのような性格を一言で云い表わす言葉が、大衆性である。

大衆は単に組織化されたる又は組織化されるものとしての多衆であるばかりでなく、又たえず自らを組織する処のものである。大衆はただ組織性によってのみ大衆であり得たが、組織はただ組織するという現実的過程に於てのみ組織であることが出来る。そうでなければそれは一つの静止した体系でしかないであろう。大衆はただ自らをたえず組織することによってのみ大衆であることが出来る。それ故にこそ却って、未組織大衆という言葉の意味も理解され得る理由を有つであろう。大衆のこの不断の組織性を特に代表している概念は、そして、前衛である。前衛とは単なる前衛ではなくして、正にただ大衆を組織する過程の上での前衛であり、そして大衆を組織するものは前衛を措いて外にはない。それ故前衛は自らを大衆から区別するに拘らず、両者は又恰も大衆の名に於て結び付いている。この――実践的な――弁証法に於て、前衛は具体的に――実践的に――大衆性を有つのである。前衛の持つ大衆性は、前衛自らが直接に、従って抽象的に、多数であることに存するのでもなく、又自らは少数でありながら多衆を観想的に、従って又抽象的に、代表している――選挙法的に――ことに存するのでもなくして、正に、実践的に・従って具体的に・大衆階級を組織して行く過程の内にこそ存する。――かくて人々は見るべきである、大衆性の概念は、もはや単なる――かの抽象的なる――多衆性の概念ではなくして、恰もこの多衆性概念を止揚する――組織する――処のものであることを。大衆性とはそれ故、大衆が――非大衆がではない――大衆自らを高度にし強力にする処の、大衆のこの組織性でなければならない。大衆が有ち得るかの圧倒性と高度の水準とは専らこの性質によって保証される。大衆性とは何物でもない、ただ大衆の組織性である。或る事実が大衆性を持つとは、それが大衆を何等かの意味で組織する力を有つことである。

大衆化とはであるから、大衆の組織化によって大衆の高度と強度とを大にすることの外の何物でもない。或る事物を大衆化すとは、その事物を大衆――否寧ろかの多衆――にまで低めることではなく、却って大衆をこの事物の高さにまで組織することを意味しなければならない。何故なら、事物を大衆化するものは恰も大衆自身であって、非大衆であってはならなかったのだから。大衆化の概念に於ては、従来の教育や啓蒙の概念は方向を転倒されねばならぬ。

かくの如きが大衆と大衆性との、又大衆化の、現実的な概念であるだろう。尤も、もし現実的ではなくして単に可能的な概念を求めるならば、恐らく夫は何とでも云えることである。併し何時も大事なことは、今茲で何が問題になっているか、である。この問題が、そこに問題になっている概念の形態――性格――を強制する。

吾々は科学の大衆性の問題に這入ろう。併しそのためには予め科学に二つの種類を区別しておくことが必要である。吾々は科学を日常的と非日常的とに区別しようと思う。蓋し前者に於ては日常的原理――日常性――が本来支配し、後者に於ては之が本来は支配しない、と考えられる理由があるから*。

* 日常性(又は特定の意味に於ける常識性)に就いては、他の機会に述べようと思う。二つの科学の区別に就いては一応 K. Mannheim, Das Problem einer Soziologie des Wissens.(Archiv für Sozialwissenschaft und Sozialpolitik, 1925, Bd. 53. S. 621―622)を見よ。なお拙著『科学方法論』〔前出〕参照。

二

科学の大衆性を口にする時、第一に思い起こされるのは恐らく、科学の通俗化であるだろう。どのような科学も、日常的科学であろうと非日常的科学であろうと、それ自身では決して通俗的ではあり得ない。何となれば、どのような科学もそれを科学的に確実な・明晰判明なものとしようとすれば、勢いその操作又は分析が実際上は複雑となるのであり、従って却って外見上は、或る意味に於て難解となるのが普通だからである。科学的に好く判るようにするためには、却って通俗的には把捉し難くなるような犠牲を払わねばならないのが、多くの場合であるだろう。併しそれにも拘らず、一切の科学は通俗化され得る。と云うのは、その科学的操作又は分析を一々実地に表現する代りに、その出発点と帰着点とを、大体の道筋と共に、提供することは、必ず出来る筈に相違ない。科学者はここで、自己の採った手続きが科学的であったことをば、非科学者をしてまず信用せしめ、そうすることによって一まず、大体の予備観念を非科学者に与えようとする。だが之は取りも直さず予備観念であるのだから、この非科学者は、之を信用することから始めて、やがてみずから科学的手続きを実地に獲得する、という約束の下に置かれている。通俗化とは実際、多数の非科学者を科学的ならしめるための概念であるだろう。通俗化に於て科学者と非科学者とは、社会的に、教育者と被教育者との関係に置かれる、通俗化とは社会教育的な概念に外ならない(之は一つの教育的な啓蒙を意味する)。――それ故科学が通俗化される時、科学は決してそれ自身の原理――科学性――以外のものに服するのではない、ただそれ自身の原理をより高めようとする実際的な目的のためにのみ、それ自身を一応被教育者の水準にまで近づけるに過ぎない。科学が科学のための科学――アカデミーとは今の場合さし当り之である――であることは、通俗化されることによって少しも変るのではない。通俗化とは従って、全くアカデミーの範囲内にぞくする概念である。で、もし通俗化が大衆化であるとしたなら、その時の大衆は全く、社会に於ける従順な生徒を意味することとなろう。大衆のこのような云わば師範式概念は、吾々の意味する大衆ではなかった*。

* 通俗化意識はその皮肉として、一つの対蹠物を産むことが出来る。衒学が之である。衒学は一方、アカデミーへの押しつけがましい参与であると共に、他方、素人威しを意味する。かくて威された素人が、今云った誤られた――師範式――大衆概念である。

第二に思い及ぶものはジャーナリズムである。但し現在、科学のジャーナリズム化は、科学の報道化と科学の商品化とを意味している、後者は後の連関にゆずり、今は前者だけを問題としよう。通俗化が社会的に云って教育者と被教育者との対立の上で行われたに対して、報道化は専門家と素人との対立の上で行われる。或る一つの科学部門に於て専門家である人も、他の科学部門に対しては素人である外はないから、茲では専門家だけが何かの科学者であるのではなくして、素人も亦一人の科学者であることが出来る。通俗化の場合に於ては、社会に於ける被教育者は全面的に低度の知識水準を有つわけであったが、報道化に於ては、素人は或る部門に於てだけ水準が低いのであるから、一つの科学部門の専門家Aと素人Bとを、夫々その全面性に於て観察すれば、一般に、AとBとは社会的に同格の知識水準を占める可能性があると考えねばならないわけである。それ故素人の社会に於ける総体は専門家の社会に於ける総体に対して、同程度の水準を持つものとして対立することが出来る。世間がアカデミーに対立する、素人は専門家に向って、象牙の塔を出ることを忠告さえしようとする(だからこの素人はかの威された素人ではないことを注意せよ)。茲では常識一般が専門一般に対して太刀打ちが出来ると考えられる(無論或る一つの部門に就いては常識は専門に対して太刀打出来ないが)。であるからジャーナリズムは無論アカデミー内部に行われるのではない、そうではなくして、アカデミーと世間との、専門と常識との、対立に於て初めて行われるのである。人間が素人としてもつ常識性は専門性――科学性――とは独立な独自の原理を意味しているのであり(今の場合の常識――常識一般――は決して単に科学前の未熟な知識を意味するのではない)、科学がそれ自身の原理の代りにこの原理によって支配される時、それが科学の報道化となるのである。科学の報道化によって科学は常識の在庫品として整理され、人々は一切の専門的知識へのこの在庫品を通じて連絡を保とうとする。かくて人々はその所謂常識を豊富にすることが出来るわけである(報道化はであるから、一つの啓蒙ではあるが、もはや教育的啓蒙ではない)。――だが明らかにこの報道化は大衆化であることは出来ない。何となれば素人達の集団は専門家達の集団と対等であるとは云っても、之を優越する機能はない、素人達は専ら専門家達の与える材料を取捨選択は出来ても、専門家達の業績の科学的価値――真偽――に容嘴することは出来ないだろう、から。処が大衆は凡ゆる意味に於て優越なる、従って科学的真理の判定に於ても亦優越なる、集団である筈であった。素人は大衆ではない、報道化は、であるから大衆化である理由がない。

第三。常識性の概念は吾々を、実際化の概念へ導いて行くかも知れない。科学的研究の主体として、もし人々がプラグマとしての事物を選ぶならば、それが科学の実際化ということである*(之を実際生活に関する啓蒙と呼んでもよい)。前の報道化に於ては、科学の一定内容を取捨選択するものは常識の水準であるには相違なかったが、併しなお科学は、それよりも先に、それとは関係なく、それ自身の内容を選択する権利を保留することが出来た。処が今度は、科学自身が行なう筈であったこの内容選択までが、常識によって代って取り行なわれる場合なのである。従ってこの場合、常識はその限り専門を優越するかのようである。――だがかかる実際化と雖も決して大衆化ではない。科学はそれが実際化されると否とによって、科学的真理を変更すべき何の理由も有たないから。科学的真理の保持者は科学自身にあるのであって、科学の実際化にあるのではない。それ故、プラグマとしての実際的事物に応対する人間・実際家は、結局、理論家の業績の科学的価値に容嘴する権利を持ち合わさない。実際家の集団は理論家の夫を優越し得ない。かかる実際家達はそれ故大衆ではない、実際化はであるから大衆化とは喰い違った言葉である。

* 歴史的――日常的――事物を、歴史的に見ずして、単に実用主義的に見るならば、それがプラグマという概念である。

かくて科学の大衆化は、通俗化・報道化・実際化――要するに普及化――である理由が無かった。併し之は寧ろ初めからそうありそうなことであったのである。何故なら、大衆化とは階級化であったのに、今まで挙げた様々な普及化は必ずしも階級との関係を示す必要はなかったからであり、又、科学の大衆性が、科学概念を批判・変革する程、科学にとって根本的なものである約束であったのに、科学のかの普及化は、科学のもつ真理価値――科学のこの根本的なるもの――へ何の変化をも影響しないのだから。普及化は超階級的啓蒙であり、超価値的啓蒙であった。大衆化は然るに、そうではない。

科学の普及化――通俗化・報道化・実際化――は一切の科学に於て可能である。之に反して科学の大衆化は、原理的には、ただ日常的科学に於てのみ充分な意味で可能であり、ただそこに於てのみ重大な・根本的な・中心的な役割を持つことが出来るであろう。何故であるかは他の機会に譲ろう、今は仮にそうであると仮定しておく――前を見よ。科学の大衆化を語ろうとする吾々は、以下、特に日常的科学を頭に思い浮べて行かねばならぬ。

科学の大衆化を人々は、アカデミー化に対立させ勝ちである。科学のアカデミー化とは、事物が、選ばれたる一定の人々――之は無論どのような意味ででも大衆ではない――にさえ理解出来れば好いとして、そのためには難解をも辞しない、という態度であり、之に反して科学の大衆化とは、事物を大衆にとっても理解出来るように、平明・容易にすることである、とそう人々は考えるかも知れない。だが大衆化が容易化――それはかの通俗化に帰着する――ではなかったように、アカデミー化は難解化のことではない。元来科学は、或は場合に於ては、夫をどのように容易化しても、夫が科学的である以上、難解であることを免れず、又他の場合に於ては、之を如何に難解化――之が衒学である――しても実は難解になどはなり得ないであろう。素人おどしの衒学は、素人の常識が正常な感覚を持ちさえしたら、一眼で馬脚を露わす。容易か難解かは、科学にとって根本的な区別とはならない。科学が科学的であるためには、即ち許される限り多くの理解し得べき人々に理解出来るためには、科学は原則として最も理解するに容易な形で述べられねばならないことは、初めから当然である。であるから、アカデミー化は、実は難解化を意味するのではない。もし何かの理由でアカデミー化が非難さるべきならば、人々はそこで実は難解化を非難しようとしているのではない。理論の叙述の仕方に関してアカデミー化を非難するのはその場合の問題ではないのである(それならばアカデミー化ではなくして衒学である)。もしこのようなアカデミー化に対立するものが大衆化だと思うならば、大衆化とは、科学的無責任をしか意味しない。夫は大衆化の完全な――かの民主主義的な――歪曲であるであろう。

そうでなくして、アカデミー化とは科学が持つ問題提出の上の一つの態度の名でなければならないのである。アカデミーに於ては科学のもつ問題は、全くアカデミー自身のもつ伝統の内からのみ発生する。このような諸問題は併しながら、この伝統の内でこそ、その必然性・解決の必要・を有つが、それであるからと云って、この伝統の外へ出てまでも、問題としての資格を保てるとは限らない。処がアカデミーにとっては、問題と云えば取りも直さずかかる伝統的問題のことであり、之を解決して了えばもはや解くべき問題は無い。であるから、一定の科学が元来如何なる問題を解くべき使命を持って必要とされたかは、ここでは忘れられても好く、ただ大事な唯一の関心事は、逆に如何なる問題を選べば一定の科学にぞくし得るかである(之は哲学の問題であり彼は社会学の問題である、など。そのような問題は元来どちらの問題でもないに相違ない)。科学が事物を解決し得るか否かはどうでも好く、ただ人が何か一定の科学に従事する口実さえあれば好い。茲では事物が(科学的に)研究される代りに、ただ科学が(従って当然非科学的に)研究される、のを見ることが出来る。――それ故アカデミー的に真理であればある程、理論はその真価に於て却って虚偽であることが出来る。何故なら、アカデミー化は問題の伝習化であり、従って之をアカデミー以外のものに対照して云えば問題の高踏化に外ならず、それは要するに問題の主観化のことであるが、かくて問題がその客観性を失うことが、アカデミー化の虚偽であるのだから。――アカデミー化が非難されるのは、その難解の故ではなくして、正にこの虚偽の故にである。難解はかかる虚偽の副作用の一つに過ぎない。

アカデミー化・問題の伝習化・を可能にする条件は併し、無論アカデミー自身の存在の内に横たわる。まずそこには講壇が存在し、そして之が科学を講壇化することが出来る(そこでは科学が講壇を決定するのでは必ずしもなく、逆に講壇が科学を決定するのだから)。即ち、講壇という社会的地位の特色が、科学的理論の構造の内に、反映され得るのである。講壇のその特色とは何か。アカデミー(講壇)は、その内部に於て社会的――社交的――であればある程、即ちその社会的位置を内部の交互作用によって確保すればする程、益々超社会的となり、従って益々この超社会性を意識化・良心化・合法化・する、之がその特色なのである。かくて学界は社会から独立化・孤立化して行かないわけには行かない。問題の高踏化・主観化はその結果であった。アカデミー化の虚偽はであるから、アカデミーそのものの存在の不幸の内に横たわる。

かくてアカデミー化はアカデミーの或る超社会性――従って又一応の超階級性――の結果であった。――処で科学の大衆化は科学の或る意味での階級化であった。その限り科学の大衆化とアカデミー化とは最も適切に対立するようである。併し、階級が対立物の概念である以上、一つの階級化は他の階級化とこそ正面から対立すべき筈である。その限り科学の大衆化とアカデミー化との対立は、側面からの・間接な・二次的な・対立でしかない。

科学の大衆化に正面から・直接に・一次的に・対立するものは寧ろ、科学のジャーナリズム化であるであろう。そして之が又実際、アカデミー化に対しても正面の対立物であった。但し茲で云うジャーナリズム化は前の機会に於てとは異って、もはや科学の単なる報道化ではなく、報道の商品化を通じての、科学の商品化を意味するであろう。

科学のジャーナリズム化が、科学の商品化であるなら、科学の価値がもはや真理でなくして利得となるという点の良し悪しは別としても、その利得すらがもはや大衆のものでないことは、注意されねばならない。のみならず、ジャーナリズムを産み又それから産れる処の、ジャーナリズムの顧客である公衆なるものが、元来大衆ではなかった*。実際、公衆――読者・読書界・聴衆・ファン・等々――は政治的な組織性を有つものではない、組織性を有たないものは大衆ではなかった。ジャーナリズムは往々想像される処とは異って、であるから決して大衆のものではないのである。科学のジャーナリズム化は実際、その顧客である公衆なるものの性質を通じて、或る範囲或る時期の内では、大衆の組織化に与らないのではないが、一旦この限界に到着すると、この公衆の同じ性質を通じて、却って実質上は大衆の組織化を解体し、従って間接にまたは直接に、非大衆――反大衆――の組織化に与る、そういう機能を有ちはしないか(今日代表的と考えられる大新聞や評論雑誌を見るが好い)。商品としての科学の顧客である公衆が、大衆を非大衆にまで裏切ることの出来る性質を、元来持つからである。――さて科学のジャーナリズム化がそういう一定の機能を営み出す時、そこに見出されるものは、大衆並びに非大衆の側に於ける科学の俗流化であるであろう。俗流化という言葉は直ちに反価値を云い現わしている言葉であるが、その反価値とは、ジャーナリスティックな公衆を媒介として、大衆を大衆となす代りに之を非大衆にまで非大衆化し、かくして大衆を裏切る処の、一つの虚偽を指す名であるだろう。科学のジャーナリズム化が商品化である限り、夫は科学の非大衆化にまで必然的に転化し得る性質を有っている。ジャーナリズム化――商品化――こそ科学大衆化の正反対物に外ならない。

* 公衆に就いてはタルドの前掲書を見よ。

科学の大衆性の正反対物が、人々の想像する処とは異って、アカデミー――高踏化――であるよりも、寧ろジャーナリズム――俗流化――であることは、実際問題として特に注目に値する。

科学の高踏化とその俗流化とは、科学の大衆化の名に於て批判さるべき、二つの虚偽である*。夫を吾々は今までで見た。科学の大衆化という、この階級的啓蒙は、この二つの虚偽を――インテリゲンチャと有産者とに対して――批判することを以て、始めねばならぬ。そうした後になって初めて、科学大衆化の積極的任務が具体的な形で課せられ得るであろう。――さて今までの吾々はこの前半を取り扱った、科学の大衆化が何で無いか、を。次に後半を、科学の大衆化が何であるかを、改めて見よう。

* 科学の通俗化・報道化・実際化・は之に反して虚偽ではなかった。之等のものはそして、没階級的啓蒙であったことを注意せよ。

大衆性とは、大衆化とは、事物が単に普及されることではなくして、大衆がその事物の水準の高さにまで組織化されることであった。従って科学の大衆性とは、科学を大衆化すとは、大衆がその科学を把握し得るような水準にまで組織化されることである筈であった。科学が大衆にまで降りて来ることではなくて、大衆が科学にまで昇って行くことが、科学の大衆化なのである。それ故科学の大衆性とは実は大衆の科学性でなければならない。この点は根本的に重大である。この意味を説明しよう。

科学は云うまでもなく科学するものの存在を離れては存在しない、であるから、科学は科学するものの存在を離れて考えられてはならない。今科学の大衆性という問題に就いてはそれ故、単純に科学をまず第一に語るべきではなくして、科学する大衆をまず初めに語る必要が生じて来る。科学があって科学の大衆性が問題になるのではなくして、大衆があって科学の大衆性が問題となるのである。科学せんとする大衆がまず存在して、その上で科学の大衆化が必要となって来るのである(もしそうでなければこの問題それ自身が大衆性を持たないであろう)。であるから云うことが出来る、「科学の大衆性」の問題は実は「大衆の科学性」の問題である、と。大衆自身が科学を必要とする時初めて、科学は大衆化され得る、という平凡な事実が之である。

併し大衆自身が科学を必要とする時は、大衆が一定の政治的意識を有つ時である、何故なら、科学は――吾々は日常的(歴史的・政治的)科学を頭に置く約束であった(前を見よ)――政治的意識によって初めて一定の方向に向って必然にされると考えられるから、である。今日大衆を科学にまで駆る動機は、かの名高い驚異の念ではなくて、正に政治的要求であるだろう。そして大衆が一定の政治的意識を有つ時は已に、大衆が一定の政治的組織化を――意識的に又は自然発生的に――蒙った時なのである。それ故大衆の科学性とは、大衆の社会的・政治的・組織化によって必然にされたその観念的反映の外の何物でもない。従って又科学の大衆性は、大衆の政治的組織化――それは必ずしも意識的・観念的ではない――の上に立って初めて可能なのである。重ねて云おう、科学の大衆性とは、大衆の政治的組織化の観念的反映である。――之が科学大衆性の第一の規定であるだろう。

併しながら、科学のもつ大衆性それ自身が又直接に、大衆の何等かの組織化である筈であった。科学のこの大衆組織化は、今云った政治的組織とは直ちに一つではない、前者は後者の観念的反映であったから。だがそれにも拘らず、科学のこの大衆組織化は矢張り政治的性格を失うものではない。なぜなら、之は観念形態を通じての組織化であり、従って観念形態が一つの政治的役割――それは云わば観念的な役割である――を持つ限り、之は再び大衆の政治的組織化に――意識的に――与らないわけにはいかない、から。科学は云わば観念的に大衆を組織化する(そしてかかる観念的組織化は政治的組織化に欠くことが出来ず又その重大な一部分でさえもある)。さて科学がこのような――大衆の観念的組織化という――機能を有つ時、それが、科学の大衆性の第二の規定となる。――もし或る科学が、大衆の半ば無自覚・無媒介に持つ意識をば解明し、之に科学的(理論的)根本性を与え、そうすることによってこの意識をば夫が向わねばならずにいた一定の焦点へ志向・集中せしめ、それと同時に、この焦点を尖端として逆にこの意識内容一切を理論にまで整理するならば、その科学こそは大衆性――第二の規定としての――を有つのである。未組織諸観念を理論にまで合目的的に整理することが、科学の今の大衆性であるだろう。かくして大衆の大衆的――階級的――意識水準は高度となり、それが又逐次に夫に相当する理論水準にまで翻訳される*。

* 科学の大衆性が大衆の観念的組織化であればこそ、大衆化が大衆の前衛にまで及ぶ時、そこに例えば指導原理が、科学的に而も大衆的に、樹立されることも出来る。もし大衆性が科学の普及化などであるならば、凡そ指導原理なるものはそれが大衆的であるだけそれだけ、却って科学的でなくなる筈である。

第三に、大衆を組織化するものは大衆みずからであった、大衆を組織化するものは非大衆ではなかった。従って科学の大衆性を保証する者も亦大衆みずからでしかない。それ故に又実際に科学の大衆性を保証するためには、科学の研究方法それ自身が大衆的――組織化的――でなければならないわけである。というのは、研究の内部的な手続きが体系化でなければならぬというのではない(夫は云うまでもなく必要である)、研究者自身が相互に――政治的に――組織化されざるを得ないと云うのである*。――この第三の規定は、科学大衆性の第一・第二の規定から来る至極当然な結果に過ぎない。

* 座談会・読書会・研究会・研究所・等々が、大衆的科学の科学自身の性質から云って必然である所以は、茲にある。所謂教育――それは現在科学と何等関係がないのにも拘らず常にそれと混同されている――とは如何に異った範疇に之がぞくするかを見よ。

ここまで来ると人々は、科学の大衆化なるものが科学の政治的性格に帰着することを、もはや見逃さないであろうと思う。処が科学の政治性こそ科学の優越なる実践性なのである。それ故、科学の大衆性とは科学――理論――の実践性に帰着する処のものの謂であった。

科学の大衆化が科学の政治的規定であるから、正にそれであるからこそ又、夫は科学の論理的規定でなくてはならぬ。蓋し日常科学――吾々は今之を頭に置く約束であった――に於ける論理・日常性の論理は、それ自身政治的性格を有つと考えられるからである。例えば弁証法的論理――之は日常的論理である――の特色は、それが自己独立的な論理としては存在を包み切ることが出来ず、従って存在を支配し切れない、処にあり、そこでは却って存在が論理の構造――真偽関係――を決定しなければならないのである。処がこの存在が歴史社会的・即ち又政治的・存在である限り、論理はその構造自身の内に、存在の政治的条件を反映せざるを得ないであろう*。科学の大衆化はそれ故、科学が真理であるか虚偽であるかの価値に関わる。科学が大衆性を持つか持たないかは、科学の外から科学に付加されたどうでも好い条件ではなくして、科学そのものの根本的な本質的な条件をなす。そのことを吾々は実は最初から云っておいた。処が又吾々は已に、科学の云わば超大衆性(アカデミーがその代表物)と非大衆化(俗流化がその代表物)が大衆化によって批判さるべき二つの虚偽であることを見てある。科学の大衆化とはであるから、科学の真理性の一つの名でなければならなかった。日常的科学は今日、大衆性を持つことによって、初めて、真理となることが出来る。

* この点を明白にするために私は「論理の政治的性格」を書いた。

それであるから最後に、科学の大衆性は、論理の階級性の一つの名に外ならない*。そして論理の階級性は、科学の階級性の最も優越な顕著な場合であるだろう**。科学の大衆性とは、かくて科学の階級性の一つの実質であった。

* 階級的論理という概念を吾々はヨゼフ・ディーツゲンに負う。恐らく之に対して、「階級の論理」という言葉を無意味だとするものはマックス・シェーラーである(Die Wissensformen und die Gesellschaft)。彼によれば階級的科学という問題は――論理の問題ではなくして――「社会学的な偶像論」にぞくすべきものである。

** 科学階級性の問題は、科学の歴史的発展に於ける階級性の問題と、科学の理論内容の論理に関する階級性の問題との、総合でなければならない。問題を前者だけに限れば論理上の非合法主義であり、後者だけに限れば論理上の合法主義となる。併し本来の問題は、前者が如何に後者となって現われるか、両者が如何に媒介されるかにあるであろう。

底本 / Source edition

底本:「戸坂潤全集 第二巻」勁草書房
1966(昭和41)年2月15日第1刷発行
1970(昭和45)年9月10日第7刷発行
底本の親本:「イデオロギーの論理学」鉄塔書院
1930(昭和5)年6月15日発行
初出:「性格」概念の理論的使命「新興科学の旗のもとに 一巻二号」
1928(昭和3)年10月
「問題」に関する理論「哲学研究 一五七号」
1929(昭和4)年2月
論理の政治的性格「思想 九〇号」
1929(昭和4)年8月
科学の歴史的社会的制約「東洋学芸雑誌 四六巻一号」
1929(昭和4)年12月
科学の大衆性「思想 九六号」
1930(昭和5)年
※〔 〕内は、底本編集者による加筆です。
※誤植を疑った箇所を、底本の親本の表記にそって、あらためました。
入力:矢野正人
校正:トレンドイースト
2010年4月4日作成
2016年10月7日修正
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書誌 / Bibliography
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戸坂 潤「イデオロギーの論理学」(新字新仮名)、底本『戸坂潤全集 第二巻』勁草書房、1966年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003594_000281, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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