Soranoha

「チャタレー夫人の恋人」の起訴につよく抗議する

「チャタレーふじんのこいびと」のきそにつよくこうぎする

宮本 百合子

本日の会には是非出席いたしまして、お話を伺いたいと思いますが、健康がまだ無理なので失礼いたします。そして、もし出席いたしましたら、発言したいと考えて居る点について、簡単にのべます。

一、「チャタレー夫人の恋人」の翻訳者並に出版者が起訴されることに決定したことについて、抗議します。

二、抗議の理由は、すでにこの事件のはじめから多くの方々によって公然と書かれまた語られているとおり、「チャタレー夫人の恋人」は本質において文学作品であって、ワイセツを目的として書かれたものではないからです。

三、他の国々で「チャタレー夫人の恋人」が、文学作品としてよむことの出来ない年齢の読者や教養の低い人々にとって、のぞましくない影響をもつからと言って、部分的に削除したりしている、という実例は、こんにちの日本の検察力で、起訴してよいという口実にはなりません。

四、真に文化上の処置として行われるならば、起訴のほかに、実際上の方法はいくらでもあります。「断乎処断する」というような意気ごみの、最初の実例とされることに抗議します。なぜなら、起訴は、実際上もうおくれた時機であって、こんどのやりかたは、「石中先生」「裸者と死者」で達せられなかった「法の威力」をしめそうとする目的に立っていることがあまり明白のように思われます。

五、権力は、さまざまの形で、威力を発揮しようとして来たことは、一昨年春ごろやかましかった猥雑なエログロ雑誌取締の時のプロセスにもあきらかでした。日本出版協会は、「出版綱領実践委員会」というものをもって、出版の質の向上を計るということでした。その時、出版綱領実践委員会は、法律を変更し、新しい法律をこしらえることを要求してでもエログロ雑誌の出版はとりしまるようにと、はげまされたようでした。新しいとりしまりの法律といえば、ワイセツ罪はもう存在しているのだから、結局公安を保つとかいう文句がつかわれることになりましょう。そうだとすれば、「公安を害する」というおそろしい言葉が犯して来た罪業の数々を、わたしたち文学者は忘れることが出来ない。必ず、それは悪用される。現在の日本の事情では、害あって益ない出版取しまりの法律などをつくることはしないという出版綱領委員会の決定になりました。この委員会の2/3は業者の代表でした。1/3が文学者、教育家、図書館関係者でした。小林珍雄氏、日比谷図書館長、山室民子氏、わたくしなどでした。

その後、この委員会は、ひろく人を集めることをやめ、わたしの出席する場合もへり、やがて、どうなりましたでしょうか。

六、「チャタレー夫人の恋人」に関して、出版の何かの委員会がシモンされたと云われましたが(役人の言葉)その委員会のメンバーで、そのようなシモンはうけず、その委員会さえ確立していなかったと云われて居りました。

七、わたしたちは、もし公安のために、風教のために「チャタレー夫人の恋人」の関係者を起訴されるなら、それより幾千倍かの人々の不信と怒りを買っている公団の腐敗についての責任が明瞭にされることを欲します。日本の検察力を発揮しようとするならば、昨年初夏の怪死事件について、日本の検察として、明らかにするべき点を明らかにされたいと欲します。

以上、わたくしは一人の文学者として起訴につよく反対いたします。

同時に、わたくしの心に生じている疑問について、みなさまにおきき頂きたいと思います。それは左の点です。

一、小山書店が、「チャタレー夫人の恋人」につけた読書調査のアンケートは、こんにち小山書店が、この本の文学性を強調して、たたかうについて、果してふさわしく且つ有効なクレイムをもつものでしょうか。

「この作品は発表にあたり全世界の物議をかもしたものであります」とだけかかれていて、問題がおこってからジャーナリズムの上に諸家がかかれているような、文学史的意義の評価、ヒューマニティーの問題としてローレンスがとらえた性のモメントは、二〇年前のヨーロッパの中流的偽善に何を投げたかという社会的意義などについて、一行も説明されていません。

アンケートの質問は、文学的であるでしょうか。

わたくしは起訴につよく抗議する者として、この点に関心をひかれないわけにはゆかないで居ります。

九月二〇日宮本 百合子

文芸家協会 御中

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十六巻」新日本出版社
1980(昭和55)年6月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
1952(昭和27)年1月発行
初出:「新日本文学」
1951(昭和26)年8月号
(1950年9月の裁判で発表されたもの)
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「「チャタレー夫人の恋人」の起訴につよく抗議する」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十六巻』新日本出版社、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003493_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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