Soranoha

平和をわれらに

へいわをわれらに

宮本 百合子

ここに一個の人物がある。自分のしたい存分をやって、しかもその行為の責任を問い批判する権利をもっている人々の眼、口、耳をおおうために、そこにある報道能力を奪うとしたら、社会の常識は、そういうやりかたを何という名でよぶだろう。ひとのうちへ押し入って勝手な暴力をふるおうとするものが、よく電話線をきったりする。さるぐつわをかませる。手足をしばる。そして目的を達する。こういう行為は反社会的な犯罪とされている。権力をにぎっており、議会において多数であるという力を横車に、自分のところでこれまで一枚も出していなかった政党新聞の用紙を日刊十万部分もわり取って、野党の機関紙をひどいのは十分の一ばかりに切り下げようとするやりかたは正当でない。検事総長が「友人づきあい」で疑獄事件に顔を出す「法の権威」は、こういう言論の自由抑圧の事実をどういう罪名でよぶか知らないが、日本の民衆としては、自分の投じた一票で猿ぐつわをかませられるとは心外だろう。

現内閣は、政権をとったら、何より先に公約は果せないことを確認して、いい度胸を見せた。「売られる子供」が問題となり「まだ少年奴隷をもっている国日本」と国際的な注視をあびているとき、現内閣はまっさきに婦人少年局を廃止しようとした。これはさわがれて、目的を果さなかった。大学法案というものを出して、これもごうごうの非難をあびている。大学法案は日本の学問が自主的に発展してゆく道を失わせるために最も効果がある。たださえ日本人は猿まねと軽蔑をまねいて、心ある日本人に苦しい思いを抱かせているその日本の学術精神から、この上基礎的勉学を奪い、応用、模倣の末端ばかりを仕込んだら、次の世代の日本人は、世界の学問水準からみたら、命令を理解するに足りるだけの程度をもった知的土民(インテレクチュアル・ネティヴス)となりさがってしまうだろう。

六・三制のためには、子をもつ親のすべてがひどい思いをして、町にも村にもボスがはびこる有様だが、こんどは六・三制のための予算は丸けずりとなった。その上学童の知能は低下したからと、文部省はこの新学期に、四学年用のものをのぞいて数学の教科書『さんすう』の内容を一学年ずつくり下げたものにして与えた。それも一般にはしらさずこっそりやって、父兄をおどろかし、子供たちをがっかりさせている。学童の知能低下は、子供のつみよりおとなの責任であることは明瞭だ。文部省は、こそこそ教科書の小細工をするより世論はこれだけ真剣に発言しているのだからそれをバックとして、予算をとるために堂々奮戦し、世界の常識にも訴うべきである。文部省がおてもりのユネスコ準備会をこしらえようとしたからには、世界ユネスコの注意をも喚起したらよい。大学法案と云い、六・三制予算丸けずりのやりかたと云い、今の政府が国民生活の真の発展について、誠意をもっていない態度はあまりあらわにすぎる。

よりよく生きるため、より美しく平和に伸びるために必要な積極政策は圧しつけて、一方では考査特別委員会、非日委員会、新聞用紙割当改正、更にあらゆる方法での買収を可能にするような選挙法改正と、多数をたのむいまの政府のねらいどころはどこに向っているのだろう。「暁に祈る」吉村隊の身の毛もよだつ残虐行為は、正義のために裁かれなければならないと云いながら、近藤鶴代外務次官はその口で、太平洋同盟を云っている。日本を新しい危険と不幸にまきこむかもしれない戦争を挑発しつつ、そこにはびこるのは、根づよくのこっている日本のファシズムである。日本は、ファシズムの危険により多くさらされていると、国際的に見られているのは正しい。ニューヨークでは「世界平和のための文化科学会議」がもたれ、ソヴェト同盟からも作家ファジェーエフ、音楽家ショスタコヴィッチほか数名が代表として出席している。四月二十日からパリでひらかれる「平和擁護世界大会」へは、日本からも二十余名の人々が招待された。ファシズムに抵抗し、日本と世界の平和のためにたたかうのは、こんにち日本のわたしたちにとって、最も普遍的な生存上の権利である。

〔一九四九年四月〕

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十六巻」新日本出版社
1980(昭和55)年6月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
1952(昭和27)年1月発行
初出:「青年新聞」
1949(昭和24)年4月12日号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「平和をわれらに」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十六巻』新日本出版社、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003471_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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