Soranoha

平和への荷役

へいわへのにやく

宮本 百合子

――船が嵐にあって沈まないためには積荷が均衡をもって整理されていることが必要である。――

わたしたちのまわりに、また戦争に対する恐怖が渦まきはじめた。一部には、その恐怖が病的にさえ高まってゆきつつある。それだのに、どうしてその戦争に対する恐怖の激しさに相当するだけの、きっぱりした戦争拒否の発言と平和の要望が統一された世論としてあらわれて来ないのだろう。兵火におびえる昔の百姓土民のように、あわれにこそこそと疎開小包をつくるよりさきに、わたしたちは落付いて観察し判断するべきいくつかの重大なことを持っていると思う。わたしたち自身を恐慌から救うために――

日本人の心には、戦争を一つの「災難」のように思う習慣がないだろうか。しかも、どこかに投機的な期待をそそられる気分も動く災難のように。

明治からこんどの戦争までに日本の政府は日清、日露、第一次世界大戦、そのほか三つ以上の戦争を行った。日清戦争、日露戦争は国民全体にとって記憶のふかい戦争だとされているが、それにしても決して当時の日本のすべての人民の意見による賛成決定で行われたことではなかった。明治、大正時代の日本資本主義の興隆期に向っていた権力者たちが、中国と当時のロシアに対して他の列強資本主義が抱いていた利害関係との一致において敢行したことだった。だから、中国に対する日本の後進国帝国主義の侵略の結果は、その潮のさしひきの間に三国干渉というような微妙な表現で、当時の各列強間に中国の部分的植民地化のきっかけをもたらした。日露戦争のとき、旅順口の攻撃は主として英国の海軍によって行われたものだ、と信じている英国人が少くなかったことは、小説家水上瀧太郎の「倫敦の宿」という作品にかかれている。日本の人民は自分たちの軍事的権力の威力だけで勝利したと信じこまされていた。反対のことが、外国の通念の中に植えこまれている。ここにも見落すことの出来ない現実のひとこまがある。

日本の人民は、半封建的な当時の社会輿論のなかで、政府が宣伝する開戦理由をそのままのみこんでいたばかりだった。政府の大本営発表を信じたばかりだった。そして、政府が表明した勝利の終曲と、その勝利によってもたらされたと教えこまれた日本の世界一等国への参加をよろこんだだけであった。これら三つの戦争は、そのときどきの英雄大将を生みつつ一方では日本の街頭に廃兵の薬売りの姿を現出し、一将功なって万骨枯る、の思いを与えた。けれどもそれらの人々の犠牲で戦争に勝ったおかげで日本は一等国になれた、という感情が一般のこころもちであった。封建的な日本の気持では、世界の座の順位で一等国になったということを、素朴にいわゆる国民の誇りと感じた。黒船が来て、井伊直弼が暗殺されて、開港した後進国の日本が、ヨーロッパ資本主義列強に伍してアジアで唯一の一等国になったということは、どんなに複雑な明日の日本の立場を暗示するものか、ということは一般の感情には感じられなかった。

明治以来の日本の心に伝統となった戦争に勝ったおかげという底流れを、こまかに触れてみれば、そこには日本の人民のひとくちに咎めるにはいじらしい人間的権利への憧れがあった。福沢諭吉が活躍した明治の開化期の、人の上に人のあることなし、人の下に人のあることなしの理想は、武士階級と町人資本との結合した太政官政府のひどい藩閥政治から、ひきつづく官僚の横暴、男尊女卑の現実などで一つ一つと破産させられた。万機公論に決すべし、という五ヵ条の誓文は、自由党という政党を弾圧し、言論取しまりの警察法をつくって、そのあとからあらわれた。明治開化で士族平民の別なく人おのおのその志をのぶべし、という理想は実現するにあまり遠かった。

けれども、徳川の封建的権力がくずれかかった幕末に、日本中に横行した悪浪人の暴状と、相互的な暗殺、放火、略奪に疲れていた町人、百姓、即ちおとなしい人民階級は、ともかく全国的に統一した政権の確立したことに安心した。士族の町人、百姓に対する斬りすてごめんのなくなったことを徳とした。地頭・庄屋に苦しめられた人民は、日本に法律ができ、それによって裁判ができるということに一歩の合理性を認めた。武士階級の若い世代は「手討ち」のなくなったことをよろこんだ。飛脚でない郵便ができたことは珍しかった。それらすべてのことを出来したのは誰の力であるとその当時の人民は教えられたろう。それはそれまで人民の主人であった公方くぼうと藩主とをはっきり臣下とよぶ天皇であり、その制度であると示された。一天万乗の君の観念はつくられ、天皇の特権を擁護するために全力をつくした旧憲法が人民階層のどんな詮索もうけずに発布された。当時の笑い草に、憲法発布ときいた江戸っ子が、何でエ絹布のはっぴだって、笑わせるねえ、はっぴは木綿にきまったもんだ! と啖呵をきった笑話がある。

当時の人民層がおもっていた社会と政治感覚のこんな素朴さ。しかし、官員万能であり、時を得た人、成り上がりが幅をきかしても一般には思うにまかせない貧富の差、生活向上をねがう人間の権利に対する機会の不平等などは、平等という言葉が感情に植えられただけに、つよく意識された。国内政治の現実にその胸の思いを実現してゆく人民的な自由を持たず、そのような教育がどこにもなかった時代、人々はめいめいの生涯のきまりきった小ささに飽き飽きした思いを、せめては日本が戦争に勝つという景気よい機会に放散させるのが一つの心ゆかせであった。国内の人民生活の不如意、逼迫を解決するためにも、せまい国土をもった日本は外へひろがらなければならないと教えられた。そして小さい日本が大国と戦争して勝ち、つよくて金のある列強と対等のつき合いをし、応分の植民地分割にあずかるということに国内の現実からは消えた、四民平等の夢をつないだのであった。

事実、戦争がはじめられたとき、日本の人民は、はじめて権力にとって無視されないものとなった。アジアにおける資本主義国として、西欧資本主義の利益探求の方向に同調し、その範囲で日本の資本主義を強化してゆくために、兵としての人民は重要な軍需消耗品である。自身の繁殖力によって消耗を自動的にカバーしてゆく消耗品である。日ごろは人民のつつましい日暮しに触れるところのない天皇をはじめとする雲上人、大臣、大将、代議士たちなどが、戦争となると、いつも離れて生活しているだけに、一層効果的な好奇心・感動をもって人民にこまごまとふれはじめた。「一匹の軍馬よりもやすい兵卒の命」は雀躍して皇国に殉じることを名誉と感じて疑わないように。妻子父母は、国のために、不幸を名誉としてよろこばなければならない。宮様と同じ隊であった息子が、前線で戦死したことを息子の余栄として、皇后の巻かれた繃帯で、わが良人、わが子のもがれた手足がくるまれ、目しいた眼が包まれることで、日本の女性の苦悩と疑惑とが感涙によって洗い流されなければならなかった。恩賜の義足、恩賜の義手、何という惨酷な、矛盾錯倒した表現であろう。民草、または蒼生と、ひとりでに地面から生え、ひとりでに枯れてゆくもののような言葉でよばれた日本の幾千万の人民が、その命に何かの重大な価値を自覚する機会は、戦争という形でしか与えられなかった。

日本人は女でさえ、軍国的であり好戦的であるという前に、わたしたち今日の日本の心は、これまで日本を支配した権力と人民との関係の委細をことこまかに理解しなければならない。そして、以上のような人民の社会生活とその感情の現実を見出したとき、わたしたちは、これまで日本を絶対的な力で支配していた半封建的な天皇制というもののむごさを、あらためて痛感する。それは、天皇そのひとの人間性さえも畸型にしたシステムであった。天皇という偶然の地位に生れ合わせた一個の人間を不幸にするシステムであり、しかもその人をその特殊地位に封鎖して、その人にその身の不幸を自覚させず、人間ばなれした日常から脱出しようと焦慮することさえ知らせない一つのシステムであった。知らしむべからず、よらしむべしという徳川幕府の政治的金言は、天皇制運営者たちによって、人民にあてはめられて来たばかりでなく天皇そのひとの生涯に適用された。天皇一族の経済的なよりどころは資本家、地主としての日本の資本主義の上にある。その帝国主義の段階の侵略性で、戦争をくりかえす。しかし、天皇は国民のためと教育され、人民は天皇のためと教育されて来たのであった。

最近の十数年間、特に太平洋戦争がはじまってからの五年間にわたしたちの経験した辛酸の内容をつまびらかに観察すれば、最後のあがきにおいて以上の諸関係がどんな程度にまで亢進し、ついに破局したか、明瞭である。

日本の社会心理の最底辺にとって、戦争が投機的な災難、勝てば得する式にうけとられていることが、日本の資本主義権力にとって、どんなに便利であったかということは、日本の権力が明治二十八年以来行ったそれぞれの戦争にあたって、すべての戦争反対、平和運動を禁止し、処罰してきたことでよくわかる。明治初期の婦人作家大塚楠緒なお子の詩「お百度詣」は、決して太平洋戦争の日、お百度詣りをしていた母や妻たちに示されなかった。与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」と戦争の野蛮に抗議した詩は、文学史の上にさえ全文を現わさなかった。日露戦争当時、晶子がこの作品を発表したことを憤って大町桂月が大抗議したことがあった。「変目伝」の作者広津柳浪は、当時の文学者としては西欧風の心理主義作家であったが、ある作品で売国奴・非国民と罵られてから、そういう日本の文化感覚に対して自分の書く文学は無いと、以来、絶筆してしまった。「外科室」をかいた鏡花がお化けの世界へ逃避してしまった動機にも日本の軍国主義文化の圧力があった。

一つの戦争ごとに日本の社会全体が国際的接触をまし、日本の民草も、自分たちが資本主義をこやすかいばとしての蒼生ではなくて、人民であり、生産者であり、その勤労からつむぎ出される生産の利潤で支配権力を養っている勤労階級の男女であるという事実を知ってきたことは、やむを得ないことであった。日本の資本が地球の果から果へ市場をあさり、スウィスの村道に日本製の自転車を走らせるようにしたそのことと切りはなせない現象であった。そして、そういう日本資本のひろがりを国威発揚と表現する方が便宜だった。その方が人民の伝統的な国びいきの感情を刺戟し、満足させ、世界のどの文明国よりもやすい労働賃銀で一台の自転車にしろ生産して、より多い利潤率を保つことが出来やすかったから。資本主義の権力がいつも左翼を嫌悪する原因がここにある。いわゆる労働問題をおこしたり、日本の労働者の賃銀は世界水準から半奴隷的賃銀とされていること、婦人の労働がさらにその半分の賃銀しか得ていないからこそ、明治以来日本の繊維産業は世界市場で資本家のために利潤をあげてきているというような事実をあからさまに語り、現代の社会機構の見とり図を人民に与える社会主義者は、「赤」としてとりしまった。「赤」は支配者にとって必要とするより速く、広汎に具体的に人民層の社会的位置づけと勤労階級の実力の意味と展望とを目ざまさした。そして資本主義が発展すればするほど一方では勤労階級の自然的な社会自覚と国際連帯のテムポは早まってくることはさけがたい。だから、権力はいよいよ反資本主義的な社会要素を嫌悪する。まして、資本主義がファシズムの段階に入り、全く人民の犠牲そのものによって戦争を強行しようとするとき、まさに大量的に屠ほふられようとする生けにえたる人民に、ファシズム戦争の本質を示そうとする者たちがあることなどはもってのほかである。「一億一心」「滅私奉公」「八紘一宇」のスローガンを、かりにも批判し分析する者は非国民とされ国賊とされ、赤とされた。そして、治安維持法と戦時特別取締法とが、大きい残虐な口をあいて、それらの人々を噛みくだいた。見せしめとして。人々の理性を、恐怖によって沈黙させるために。むかしの領主が、はりつけを行ったとおり。『愛情はふる星の如く』の著者尾崎秀実の死はそのようにして強制された一つの例であった。

ところで、ここに、わたしたちが今日と明日との問題として深く自分にきいてみなければならない一つの心理がある。それは、今日『愛情はふる星の如く』をベスト・セラーズの一つとして推しているどっさりの読者が、ほんの三年前、日本が行いつつあったファシズムの戦争の本質をはっきりさせ、人民が大量に戦争へ狩り立てられることに対して、いくらかでも人間らしい抗争を示し、世界の反ファシズムの共同線につくべきだとした人々に対して果してどんな感情を抱いていただろう。戦争を野蛮な悲しいことだと思っている人でさえ、非国民という言葉におびやかされ、おそろしい治安維持法をよけようとして「そういう考えをもっている人からは」自分を別のものとした。それはどうしてだっただろう。

明治以来の日本の支配者が人民に植えつけた戦争観をそっくりそのままもっている大多数の人々は、相変らずそれをさけられない投機的な災難として楽観的にうけとった。弱い日本の資本主義がどんな危険な冒険に着手したかということを人民から覆うために国際的経済政治統計はもちろん、文化の国際的な交流さえ禁じた。左右にめかくしをかけられた人民は、戦争遂行という前方の外を見ようにも見られない状態におかれた。はじめは楽観から赤の理窟と一蹴して、国賊排撃に共感していた人々も、おいおい様子があやしくなって本能的な不安に襲われはじめた。ファシスト権力の狂奔はその時期に入って白熱した。人々の不安を国家存亡の危機という表現に結集させた。ひとことも、軍事的天皇制権力崩壊の危機とはいわなかった。正直な人々は、伝統的な感情にしたがって、国家が危急に瀕しているとき、まだとやかくいっている非国民! 理窟があるならまず協力して勝ってからいうべきであるという心持だった。これは、勤労動員された女学生たちの稚い心にさえ何かのニュアンスで生きていた感情であった。

だから、一九四五年八月十五日、日本のファシズム権力が無条件降伏しポツダム宣言を受諾したのち、「聖戦」が帝国主義の侵略戦争であったといわれても、すぐそれを納得しかねる感情が大部分の人民の心にひそんでいる。その心持は今日も決して根絶していない。天皇の名において、これほどの犠牲を費した戦争が全部国際悪であり、人民の運命を破壊したものとは、いくら何でも信じきれない思いがある。悪い戦争ということになったのは、敗けた結果の批判ではないだろうか、という考えがある。同時に一方では、これまで満州ばかりを戦場にしていた日本人すべてが、はじめてわが顔をやく焔として近代武器による戦争の惨禍を実感した。そして、戦争のこわさを身にしみている。

この入りくんだ社会感情のいきさつこそが、今日、わたしたちを渦にまきこんでいる戦争挑発の肥沃な温床である。さもなければ国際裁判の公判廷で、東條英機がどうしてあのように卑劣ないいまわしで今日もなお戦争の責任を否定し、確信ありげにファシズムの宣伝をしたろう。このジェスチュアは東條自身にとって、一層世界の憎悪を集め、検事団の道義的憤怒をそそった。その見えすいた厚かましさを東條英機に可能だと信じさせただけつよいファシズムのかくれた動きが今日の日本の支配権力のかげにある証拠である。軍人としてさえ恥を知らないジェスチュアによって東條の人気を挽回することで、その努力の一歩前進させることを期待したファシズム勢力があることこそ、わたしたちの警戒しなければならない最大の危険である。

きょうのファシズムは、決して数年前までのようにむき出しに帝国主義の野望をいいあらわさない。日本でさえ、ファシズムは、日本の民主的発展のためという。生産復興のため、平和のため、と形容する。けれども、ここに一人の人があって、真面目に知人と知人との間の親睦を計ろうとするとき、一方の人に、他のものの誹謗をしてきかすだろうか。双方に何か不一致があるときは、具体的にその一致点を研究し、公平に見て、くらべて、一致点を発見して行こうとしないだろうか。一方のより金の力のつよい側に一方の悪口をいったりするのは、おべっかか、お追従として、日本の気質かたぎが下劣と認めている態度である。

法学博士横田喜三郎氏が、『時論』五月号の評論に詳細に述べておられるとおり、第二次大戦で直接国土に戦禍をうけなかった国はアメリカだけである。アメリカは第一次大戦においても同じ幸運を保った。第二次大戦では軍人だけの損失が一五〇〇万人とされている。その内訳は、反ファシズム戦争で甚大な消耗をしたソヴェトが七五〇万人、つまり半分の犠牲を出した。ドイツが第二位で二五〇万人。中国が二二〇万人。日本が中日事変を加えて一五〇万人。ところがアメリカは四九万人を死なしただけですんだ。アメリカの一年間の交通事故で死ぬ人よりも少い損傷ですんだ。イギリスは自治領を加えて四五万人。国土が安全であったアメリカは、軍人でない生命の犠牲は数においてみなかった。ナチの虐殺にあったソヴェト、日本の虐殺をうけた中国、ドイツ、日本などは、その点で比べられない悲惨を経た。

横田喜三郎博士は、もっと興味のある事実をあげておられる。それは資源の問題である。アメリカのすぐ利用できる資源は、工業生産において世界資源の八五パーセント。鋼鉄生産においても同じ。ソヴェトは一五パーセントである。石炭ではアメリカ八四パーセント。ソヴェト一六パーセント。石油アメリカ九〇パーセント、ソヴェト一〇パーセント。電力アメリカ八九パーセントに対して一一パーセントである。輸送力の上にもひらきは小さくない。鉄道一五パーセント。大道路世界の二パーセント。動力による輸送二パーセント。食糧では、人口と耕地面積比率においてソヴェトが安定しているのは、自然であろう。近代戦争の決定的要素は鋼鉄、石油、輸送力である。この数字を見て、日本のわたしたちは、ソヴェトが戦争をけしかけているというファシストの宣伝が事実上の根拠をもっていないことを知るのである。

横田氏は、またソヴェトの国家予算の内容を検討していられる。これも面白い。ソヴェト一九四七年度国家予算の総支出は三六一二億ルーブルで、そのうち軍事費は一八パーセントの六八五億ルーブルであった。これを一九四六年度に軍事費が国家予算総支出に対して四二パーセントに当っていたのに比べると、比率において半分より減っている。減った軍事費が、社会文化費にまわされて二〇五億ルーブルふえた。去る一月三十日に発表された一九四八年度予算でも軍事費は総支出の一七パーセント。昨年より一パーセント減って、金額で二五億ルーブル減である。そして社会文化費は三三一億ルーブル増している。この一九四八年度のソヴェト国家予算が発表されたときAP通信は、「ソヴェトの新予算は、世界の平和にとって、これまでソヴェトの首脳部の声明の全部を合わせたものよりも、さらにいっそう重要な意義がある」と説明した。

今の世界に列強は二つしかない、とアメリカの人自身によって云われている。アメリカは、どういう国柄であろうか。この面にふれても横田博士は書いていられる。十八世紀の末に、清教徒が精神の自由を求めて新世界へ移住してきた封建的伝統を少くもった新興国である。移民した人々に対する英国の徴税とその君主支配に反対して独立戦争をおこして、勝利した。人類の理想、人道主義世界の擁護、平和の精神はアメリカ伝統の精神である。それは、日本が侵略開始した満州事変の時から南方侵略までの十数年間、アメリカが日本の侵略行動に強く非難を向けてきたのを見てもわかる。東條を頭目とする日本の戦犯者の国際裁判の最終日に、キーナン検事が、「正義を伴わない文明は背理である」といった言葉のうちには、人類の正義への評価があった。第一次大戦後、平和のための国際連盟リーグ・オヴ・ネイションズにアメリカが、最大の能力をもちながら加入しなかったことは、当時の大統領ウィルソンの苦衷ばかりではなかった。世界の資本主義経済の網目のなかで、アメリカの富が次第にその国にとって持ちおもりのするものとなりつつある程度につれて、伝統的人道主義の理想は国際的表現にニュアンスを加えてきている。けれども、きょう真面目なアメリカの人々が、第三次の戦争を希望しているとは思えようもない。パール・バックは平和の確保のためにあのように熱心だし、「怒りの葡萄」「真珠」などの作品で世界的なアメリカの作家スタインベックは最近ソヴェトを訪問して「鉄のカーテン」の彼方に温い血をもって勤労し建設し笑い悲しんでいる同じ人間の生活していることを発表した。その記事は日本の新聞にも出た。アインシュタインは何と云っているだろう。原子力の人類平和的利用のためにアメリカの科学者を中心として世界の科学者が努力している。ユネスコの精神は何であろうか。資本家であり、社会主義者でさえないウォーレスが、第三党をつくって、世界平和のための可能を増大することに精力を傾け、それを支持する勢力が労働組合内に拡大しているのは何故だろう。これらの事実はアメリカの内部につよい平和への欲求があることを示している。第三者として考えてみてもそれはそうだと思う。ニューヨークのあの摩天楼の櫛比しっぴした上に巨大な破壊力がおちかかる時の光景を想像すれば、どんな蒙昧な市民も、それが、ノア洪水より、惨みじめな潰滅の姿であることを理解するだろう。もし、アメリカの市民感情に戦争挑発にのせられる何かの可能があるとすれば、それは自身の近代的戦力の影を、逆にわが身の上におとしての戦慄であろう。わたしたちは、よく知っていなければならない。アメリカのフレンド派のクリスト教徒三万人は、第二次大戦に、良心的参戦拒否をした。そして負傷者その他の救護に著しい貢献をした。アメリカの反ファシスト同盟はついこの間フランスからキュリー夫人などをよんで会議した。自由市民同盟、人権擁護同盟その他の平和的組織がいくらかあって活動している。アメリカが総体的に戦争を欲しているといえば、それはアメリカ全人民への限りない侮辱である。アメリカのもっている困難は第二次大戦で拡張されすぎた生産力の合理的はけくちの発見である。自由競争で、きょうまで拡大してきたアメリカが、世界のどの資本主義国より広告心理学の研究で一頭地をぬいていることは、世界のすべての学者が知っている。アメリカの商業ポスター、広告ビラの勘のよさ、手ぎれいさ。気のきき工合。会社と会社が互にきそうその広告、宣伝術に対して、購買者たる市民の側の選択も、発達している。主婦は自分の生活のほんとの必要にたって、一つの罐づめでも選ぶ。そういう選択、判断がなかったらアメリカの貯蔵食品の今日の発達と品質の向上はあり得なかっただろう。

その科学的に分析され綜合的に研究され発達しつくしたあらゆる部門の広告が、日本のように今でさえまだ半封建的な幼稚な資本主義国にもちこまれたとき、それは日本の内にどんな反応をよびおこすだろう。若い娘の服装にその反応の特色があらわれた。黒い髪に対して真赤な爪はどんな色彩効果かということは考えられていず、胴ボデー長に、ロマネスクのモードの滑稽なあわれさが自覚されていない。商店の広告はアメリカ広告の植民地的真似をしている。自主的な批判力のまだつよめられていない日本の社会の心理に、半封建の精神の特徴である権力追従を恥じない事大主義が横行している。国際的という名をかりて。民主的という名をかりて。そして世界平和という名をかりて。そして、この風潮は事大主義によって権力補強をはかっている社会階層により濃厚なのも当然ではないだろうか。

わたしたち日本の女は、女らしい日常性にたって、一つ「壁」というものについて考えて見よう。防火壁という場合、それはその壁自体が火をうけ、やけこげ、最後にやけくずれても、その奥に建てられた家を、火から守りとおすところに意味がある。ある国にとって、一つの国が平和の防壁として存在するということの現実もそれと全く同じだと思う。日本のわたしたちは、何を欲しているだろう。平和そのものを自分たちの運命の上に欲していると信じる。そうだとすれば、わたしたちは、日本語を正確に、目的の明瞭にされた表現で使うことに馴れなければならない。憲法の基本的人権の最も煮つめられた表現として、イエスかノーかをはっきり区別して自覚して生きる覚悟が必要である。このたび廃止された勅語の文章をみてわかるように、日本の権力者の文字の使いかたに対する感覚の手のこんでいることは、天皇制の官僚主義が手のこんだ仕組みであるのと等しい。それだのに、どうして平和の防壁とするというような人道的立場から疑問の生じる表現をそのまま流布させたり、共産主義者は新軍国主義者であるという風な世界の事実を偽った言葉をそのままにつかうのだろうか。第一次、第二次世界大戦に、その帝国主義者的侵略に反対したのは、世界の共産主義者、自由主義者、平和主義者であることを、最もよく知っているのは、共産主義ぎらいの人々であり、ファシスト自身であるのに。――

日本の常識からはまだ天皇制の絶対主義・軍国主義と治安維持法のおそろしい影がどいていない。合法的な一つの政党である正規の共産党員が世界に二千数百万人いることを私たちは現代常識の一つとして知っていなければならない。その指導者と考えられる五百余名の人々の、四〇パーセントが閣僚、代議士であることも知っていなければならない。人道主義的な立場から、また社会改善の道から共産主義に同感の点をもつ進歩的な人々の数は、今日の世界で数字的に想像されているよりも多い。

日本で民主化の急速に実現しないことを最ものぞんでいるのは、日本を今日の境遇にひき入れたファシスト的旧勢力である。その勢力は、表面ブルジョア民主主義の建設をいい、国際平和のスローガンをかかげ、国内の抵抗力をよわめて、自分の権力保持に役立つ他国の勢力と結合し、そのために役立つことで、存続の保証を得ようとしている。日本のすべての心に戦争の恐怖があり、ファシズムの専横と独裁への嫌悪がある。国際事情にふれる機会が少ない上、まだイエスとノーをはっきり区別して社会的発言をする習慣がゆきわたってしまわないうちに、この戦争とファシズム独裁に対する人民の嫌悪感を逆に利用して、真の戦争反対者、民族の自主生活を希望するものの上にその名を冠らせ、人民の中から真面目に戦争挑発に反対する要素をとりのぞこうとする方策は、ファシストとして愚策とは考えられていないだろう。ファシストは自分と同じ民族に属する人民の社会的判断力をいつも過少評価するのが特徴の一つである。自身の潰滅だけが彼等に理解される失敗のすべてである。

わたしたちはポツダム宣言をもう一度、もう二度三度とくりかえしてよんで見る必要がある。そこに日本の自立と人民の民主生活がどう語られているかを会得する必要がある。

世界にはアメリカ・ソヴェトをふくむ五十数ヵ国の婦人があつまって組織した世界民主婦人連盟がある。八〇〇一万余の世界の婦人が、それぞれの国の民主化と世界平和とのために活動している。最近の定期大会では、世界平和の確保のために一層具体的な活動をすることと、児童のための活動が決定され、秋ごろにアジアの植民地、隷属国における婦人の大会が持たれることにきまった。

第二次大戦の歴史のなかで、日本の婦人の立場は、日本婦人自身にとってほんとにくやしく切ないものであった。国内で、妻とし母とし姉として侵略戦争に反対できなかったばかりか、日々に日本の女をやせさせ黒ませる辛酸が、その本質は非人道なファシズム戦争であるということを知りさえもしないで、重荷に堪えさせられた。その重荷が、きょうの現実でどう減ったというのだろう。

六十万以上の未亡人をふくむ日本の婦人こそ、平和確保に対して最もつよい発言権がある。職業の不安とともに結婚の可能をも失った多くの若い女性、経済不安定のために学業をつづけられないすべての女学生たちこそ平和の要求者である。そしてわたしたちは苦痛によっていくらか賢くされた女性として、次のことを理解したいと思う。戦争は人間の起すものである。人間によってやめることができるものであるし、また人間によってやめさせられなければならないものであるという事を。同時にまたすべての愛の行為とひとしく、平和も、戦争挑発に対する実際的で聰明なたたかいとその克服なしには確保されないものであることを知らなければならない。平和は眠りを許さない。地球のすべての男女の運命がそれにかかわっている。最もまめな骨おしみをしない人類的事業の一つである。

〔一九四八年七月〕

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十六巻」新日本出版社
1980(昭和55)年6月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
1952(昭和27)年1月発行
初出:「婦人公論」
1948(昭和23)年7月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月14日作成
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「平和への荷役」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十六巻』新日本出版社、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003460_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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