１

さても日本対<ruby><rb>米英</rb><rt>べいえい</rt></ruby>開戦以来、わが<ruby><rb>金博士</rb><rt>きんはかせ</rt></ruby>は<ruby><rb>従来</rb><rt>じゅうらい</rt></ruby>にもまして、<ruby><rb>浮世</rb><rt>うきよ</rt></ruby>をうるさがっている様子であった。

「ねえ、そうでしょう。白状なさい」

と、その客は金博士の<ruby><rb>寝衣</rb><rt>ねまき</rt></ruby>の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>をおさえて話しかけるのであった。金博士が暁の<ruby><rb>寒冷</rb><rt>かんれい</rt></ruby>にはち切れそうなる<ruby><rb>下腹</rb><rt>したばら</rt></ruby>をおさえて化粧室にとびこんだとたん、扉の蔭に<ruby><rb>隠忍待</rb><rt>いんにんま</rt></ruby>ちに待っていたその客は、鬼の首をとったような顔で、金博士の裾をおさえて放さないというわけである。

「これこれ、そこを放せ。早く放さんか。一大爆発が起るわ。この人殺しめ」

博士は、身ぶるいしながら、<ruby><rb>鍋</rb><rt>なべ</rt></ruby>のお尻のように張り切ったる<ruby><rb>下腹</rb><rt>したばら</rt></ruby>をおさえる。客は、そんなことには<ruby><rb>駭</rb><rt>おどろ</rt></ruby>く様子もなく、

「大爆発大いに結構。その前に一言でもいいから博士<ruby><rb>直々</rb><rt>じきじき</rt></ruby>の<ruby><rb>談</rb><rt>はなし</rt></ruby>を<ruby><rb>伺</rb><rt>うかが</rt></ruby>いたいのです。すばらしい<ruby><rb>探訪</rb><rt>たんぽう</rt></ruby>ニュースに、やっと取りついたのですからな。さあ白状なさい」

「なにを白状しろというのか、困った新聞記者じゃ」

「いや私は、録音器持参の放送局員です。博士から一言うかがえばよろしい。あの<ruby><rb>赫々</rb><rt>かっかく</rt></ruby>たる日本海軍のハワイ海戦と、それからあのマレイ沖海戦のことなんです」

「そんなことをわしに聞いて何になる。日本へいって聞いて来い。おお、ええ加減に離せ。わしは死にそうじゃ」

「死ぬ前に、<ruby><rb>一言</rb><rt>ひとこと</rt></ruby>にして白状せられよ。つまり金博士よ。あの<ruby><rb>未曾有</rb><rt>みぞう</rt></ruby>の<ruby><rb>超々大戦果</rb><rt>ちょうちょうだいせんか</rt></ruby>こそ、金博士が日本軍に対し、博士の発明になる<ruby><rb>驚異</rb><rt>きょうい</rt></ruby>兵器を<ruby><rb>融通</rb><rt>ゆうずう</rt></ruby>されたる結果であろうという<ruby><rb>巷間</rb><rt>こうかん</rt></ruby>の評判ですが、どうですそれに違いないと一言いってください」

「と、とんでもない」

と金博士は、珍らしく首筋まで<ruby><rb>赧</rb><rt>あか</rt></ruby>くして首を振った。

「と、とんでもないことじゃ。あの大戦果は、わしには全然無関係じゃ。わしが力を貸した覚えはない」

「金博士、そんなにお<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>しにならんでも……」

「<ruby><rb>莫迦</rb><rt>ばか</rt></ruby>。わしは正直者じゃ。やったことはやったというが、いくら<ruby><rb>訊</rb><rt>き</rt></ruby>いても、やらんことはやらぬわい。これ、もう<ruby><rb>我慢</rb><rt>がまん</rt></ruby>が出来ぬぞ、この殺人訪問者め！」

<ruby><rb>大喝一声</rb><rt>だいかついっせい</rt></ruby>、金博士は相手の<ruby><rb>頤</rb><rt>あご</rt></ruby>をぐわーンと一撃やっつけた。とたんにあたりは<ruby><rb>大洪水</rb><rt>だいこうずい</rt></ruby>となったという暁の<ruby><rb>珍事</rb><rt>ちんじ</rt></ruby>であった。

というようなわけで、あれ以来博士は、あられもない<ruby><rb>濡衣</rb><rt>ぬれぎぬ</rt></ruby>をきせられて、しきりにくすぐったがっている。かの十二月八日の博士の日記には、いつもの<ruby><rb>大記載</rb><rt>だいきさい</rt></ruby>とは<ruby><rb>異</rb><rt>ことな</rt></ruby>り、わずかに次の一行が赤インキで書き<ruby><rb>綴</rb><rt>つづ</rt></ruby>られているだけであった。もって博士の<ruby><rb>驚愕</rb><rt>きょうがく</rt></ruby>を知るべし。

“流石儂亦顔負也矣！　九排日本軍将兵先生哉！”

とにかく<ruby><rb>愕</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いたのは金博士ばかりではない。全世界の全人間が愕いた。殊に最もひどい感動をうけたものは、各国参謀軍人であった。あの超電撃的地球儀的<ruby><rb>広汎</rb><rt>こうはん</rt></ruby>大作戦が、<ruby><rb>真実</rb><rt>しんじつ</rt></ruby>に日本軍の手によって行われたその恐るべき大現実に、爆風的圧倒を<ruby><rb>憶</rb><rt>おぼ</rt></ruby>えない者は一人もなかった。

（いや、今までの自分たちの頭脳は、あのような現実が存在し得ることを感受するの能力がなかったのだ。今にしてはっきり知る、自分たちの頭脳は揃いも揃って発育不全であったことを！　ああ情けなや）

と、彼らの多くは、それ以来すっかり気力を失って、右向け右の号令一つ、満足にかけられないという<ruby><rb>始末</rb><rt>しまつ</rt></ruby>であった。

その後一ヶ月を<ruby><rb>経</rb><rt>へ</rt></ruby>て、彼らはようやく<ruby><rb>正気</rb><rt>しょうき</rt></ruby>らしいものに立ち帰ったようである。その証拠には、あれから一ヶ月程してから、彼らはしきりに<ruby><rb>忙</rb><rt>いそが</rt></ruby>しそうに仕事を始めたことを以て<ruby><rb>窺</rb><rt>うかが</rt></ruby>うことが出来る。

但しその仕事というのが、ちと奇抜すぎはしないかと思われる種類のものであった。彼らは、どこから手に入れたか、<ruby><rb>机上</rb><rt>きじょう</rt></ruby>に<ruby><rb>夥</rb><rt>おびただ</rt></ruby>しい文献を積み上げて、一々それを熱心に読み<ruby><rb>且</rb><rt>か</rt></ruby>つ研究を始めたのであった。

その文献なるものを、ちょいと<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>いてみると、<ruby><rb>曰</rb><rt>いわ</rt></ruby>く「世界お<ruby><rb>伽噺</rb><rt>とぎばなし</rt></ruby>、<ruby><rb>法螺</rb><rt>ほら</rt></ruby>博士物語」、曰く「カミ先生<ruby><rb>奇譚集</rb><rt>きたんしゅう</rt></ruby>」、曰く「特許局<ruby><rb>編纂</rb><rt>へんさん</rt></ruby>――永久運動発明記録全」、曰く「ジーメンス研究所<ruby><rb>誇大妄想班</rb><rt>こだいもうそうはん</rt></ruby>報告書第一<ruby><rb>輯</rb><rt>しゅう</rt></ruby><ruby><rb>乃至</rb><rt>ないし</rt></ruby>第五十八輯」、曰く「世界<ruby><rb>瘋癲病</rb><rt>ふうてんびょう</rt></ruby>患者<ruby><rb>妄想要旨類聚</rb><rt>もうそうようしるいじゅう</rt></ruby>」、曰く「<ruby><rb>新青年</rb><rt>しんせいねん</rt></ruby>――金博士<ruby><rb>行蹟記</rb><rt>ぎょうせきき</rt></ruby>」、曰く「夢に現れたる奇想集」等々、一々書き切れない。

この奇妙なる文献の山と、彼らのくそ真面目な顔とを見くらべて、もしや彼らが十二月八日をショックとして云いあわせたように気が変になったのではないかと<ruby><rb>疑念</rb><rt>ぎねん</rt></ruby>を抱かせるものがあるのであったが、二三の者に小当りに当ってみた結果によると、変になったわけでもないらしい。そして彼らの整理簿の上には、これまた云いあわせたように、次の如き<ruby><rb>格言様</rb><rt>かくげんよう</rt></ruby>の文句が見やすきところに大書されてあった。すなわち、

“世の中に、真に不可能なるものは有り得ず。ナポレオン”

又曰く、

“不可能なるものこそ最も恐るべく、且つ大警戒すべし。フランキー・ルーズベルト”

２

そのフランキー・ルーズベルトであるが、彼は十三月八日（十三月は<ruby><rb>誤植</rb><rt>ごしょく</rt></ruby>にあらず、アメリカでは一九四一年の<ruby><rb>大惨敗</rb><rt>だいざんぱい</rt></ruby>を記念するために従来の如く十二月末日を過ぎても年号を改めることをなさず、その後は一九四一年十三月、一九四一年十四月、エトセトラというが如く同じ年号でつづけていくこととなった。だから十三月というは、欧洲でいう一九四二年一月のことと思えばよろしいのである）――その十三月八日において、彼ルーズベルトは、彼の特使を、かの金博士に面会さすべく<ruby><rb>遂</rb><rt>つい</rt></ruby>に成功したのであった。

「わしはルーズベルトは嫌いだよ。あいつはわしの大嫌いな人間じゃからな」

金博士は、最初の一撃でもって、特使をごつんとやっつけた――つもりであった。しかし最初の一撃には、既に体験ずみのアメリカ人のこととて、かの特使はくらくらとしながらも首をたて直し、

「そのことはまた別の機会にゆっくり弁明することにいたしまして、ねえ金博士、わが大統領は、博士において今回お願いの一件さえお聴届け下されば、次のアメリカ大統領として、金博士を迎えるに<ruby><rb>吝</rb><rt>やぶさか</rt></ruby>ならぬといわれるのです。どうです、すばらしいではありませんか、あの巨大なる<ruby><rb>弗</rb><rt>ドル</rt></ruby>の国の大統領に金博士が<ruby><rb>就任</rb><rt>しゅうにん</rt></ruby>されるというのは……」

「この<ruby><rb>上海</rb><rt>シャンハイ</rt></ruby>では、弗は依然として<ruby><rb>惨落</rb><rt>さんらく</rt></ruby>の一途を<ruby><rb>辿</rb><rt>たど</rt></ruby>っているよ。今日の相場では……」

「ああ、もうし、ちょっとお待ち下さい。この件を<ruby><rb>御承諾</rb><rt>ごしょうだく</rt></ruby>下さいますならば、シカゴの<ruby><rb>大屠殺場</rb><rt>だいとさつじょう</rt></ruby>に、<ruby><rb>新</rb><rt>あらた</rt></ruby>に<ruby><rb>大燻製工場</rb><rt>だいくんせいこうじょう</rt></ruby>をつけて、博士にプレゼントするとも申されて居りますぞ」

「あほらしい。シカゴは既に日本軍の手に落ちて、自治委員会が出来ているというじゃないか。お前さんは、わしを<ruby><rb>偽瞞</rb><rt>だま</rt></ruby>しに来なすったか」

「と、とんでもない。ええとソノ、私の今申しましたシカゴというは、元のシカゴではなくて、今回ユータ州に出来ましたるヌー・シカゴのことです。そのヌー・シカゴの大屠殺場に……」

「これこれ、空虚なる条件をもって、わしをたぶらかそうと思っても駄目じゃ。もう帰って貰いましょう」

「空虚というわけではありませんぞ。わが大統領も、全く以て真剣なんです。その証拠には、ここに持って参りましたる燻製見本を一つ<ruby><rb>御風味</rb><rt>ごふうみ</rt></ruby>ねがいたい。これはわがアメリカ大陸にしか産しないという<ruby><rb>奇獣</rb><rt>きじゅう</rt></ruby>ノクトミカ・レラティビアの燻製でありまして、まあ試みにこの一<ruby><rb>片</rb><rt>ぺん</rt></ruby>を一つ……」

と、特使は、隠し持ったるフォークとナイフを<ruby><rb>電光石化</rb><rt>でんこうせっか</rt></ruby>と使いわけて、あやしげなる赤味をおびた肉の一片を、ぽいと博士の口に投げ入れるなれば、かねて燻製ものには<ruby><rb>嗅覚</rb><rt>きゅうかく</rt></ruby><ruby><rb>味覚</rb><rt>みかく</rt></ruby>の<ruby><rb>鋭敏</rb><rt>えいびん</rt></ruby>なる博士のことなれば、うむと<ruby><rb>呻</rb><rt>うな</rt></ruby>って、思わずその一片を口の中でもぐもぐもぐとやってみると、これが意外にも大したしろものであった。燻製<ruby><rb>通</rb><rt>つう</rt></ruby>の博士がこれまでに味わった百十九種の燻製のそのいずれにも属せず、<ruby><rb>且</rb><rt>か</rt></ruby>つそのいずれもが<ruby><rb>足許</rb><rt>あしもと</rt></ruby>にも及ばないほどの<ruby><rb>蠱惑的</rb><rt>こわくてき</rt></ruby>な<ruby><rb>味感</rb><rt>みかん</rt></ruby>を与えたものであるから、かねて燻製には<ruby><rb>食</rb><rt>く</rt></ruby>い<ruby><rb>意地</rb><rt>いじ</rt></ruby>のはったる博士は、<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上に載っている残りのノクトミカ・レラティビアの肉を一片又一片と口の中に<ruby><rb>投</rb><rt>ほう</rt></ruby>り込む。

してやったりと、<ruby><rb>傍</rb><rt>かたわら</rt></ruby>においてにんまり笑ったのは、かの特使であった。このノクトミカ・レラティビアの燻製肉こそは、カナダの国境附近の産になる<ruby><rb>若鹿</rb><rt>わかしか</rt></ruby>の肉にアマゾン河にいる或る<ruby><rb>毒虫</rb><rt>どくむし</rt></ruby>の<ruby><rb>幼虫</rb><rt>ようちゅう</rt></ruby>を<ruby><rb>煮込</rb><rt>にこ</rt></ruby>み、その上にジーイー会社で<ruby><rb>極超短波</rb><rt>ごくちょうたんぱ</rt></ruby>を<ruby><rb>浴</rb><rt>あび</rt></ruby>せかけて、電気燻製とし、<ruby><rb>空前絶後</rb><rt>くうぜんぜつご</rt></ruby>の味をつけたものであって、この調理法は学者アインシュタインの<ruby><rb>導</rb><rt>みちび</rt></ruby>き出したものであった。<ruby><rb>故</rb><rt>ゆえ</rt></ruby>にこの燻製肉を一度<ruby><rb>喰</rb><rt>くら</rt></ruby>えば、あたかも<ruby><rb>阿片</rb><rt>あへん</rt></ruby>において見ると同じ<ruby><rb>麻痺的症状</rb><rt>まひてきしょうじょう</rt></ruby>を<ruby><rb>来</rb><rt>きた</rt></ruby>し、絶対的人間嫌いが<ruby><rb>軟化</rb><rt>なんか</rt></ruby>し、<ruby><rb>相対的</rb><rt>そうたいてき</rt></ruby>人間嫌いと変るという文字通り<ruby><rb>苦肉</rb><rt>くにく</rt></ruby>の策を含んだものであった。果してその効果がありたると見え、金博士は<ruby><rb>両眼</rb><rt>りょうがん</rt></ruby>さえ閉じ<ruby><rb>呼吸</rb><rt>いき</rt></ruby>もつかずに、<ruby><rb>残余</rb><rt>ざんよ</rt></ruby>のノクトミカ・レラティビアをフォークの先につきさして喰うわ喰うわ……。

「そこで金博士。わが大統領のお願い申す一件のことですが、ぜひとも金博士の<ruby><rb>発明力</rb><rt>はつめいりょく</rt></ruby>を<ruby><rb>煩</rb><rt>わずら</rt></ruby>わして、絶対に沈まない軍艦を一<ruby><rb>隻</rb><rt>せき</rt></ruby>、至急<ruby><rb>御建造</rb><rt>ごけんぞう</rt></ruby>願いまして、当方へ<ruby><rb>御下渡</rb><rt>おさげわた</rt></ruby>し願いたいのであります。お分りですかな。つまり、いかなる砲弾なりとも、いかなる<ruby><rb>重爆弾</rb><rt>じゅうばくだん</rt></ruby>なりとも、はたまたいかなる<ruby><rb>空中魚雷</rb><rt>くうちゅうぎょらい</rt></ruby>なりとも、その軍艦に<ruby><rb>雨下命中</rb><rt>うかめいちゅう</rt></ruby>するといえども絶対に沈まない軍艦を御建造願いたいのであります。一体そういうものが、博士のお力によりお出来になりましょうか」

これに対して、博士の返答は、もとより聞かれなかった。しかし特使は、失望することなく、いやむしろ相当の自信ありげに、金博士が<ruby><rb>怪</rb><rt>あや</rt></ruby>しき燻製肉ノクトミカ・レラティビアの見本全部を喰べ終るのをしずかに見まもっているのであった。

３

卓上の一切を<ruby><rb>平</rb><rt>たいら</rt></ruby>げ終ったとき、金博士は嵐のような<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>を立てつづけに発したことであった。

今までに博士が、燻製肉を喰べて、こんな<ruby><rb>大袈裟</rb><rt>おおげさ</rt></ruby>な溜息をついたことは一度もなかった。ということは、<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>るべき<ruby><rb>忌</rb><rt>いま</rt></ruby>わしき<ruby><rb>妖毒</rb><rt>ようどく</rt></ruby>が、今や金博士の性格を見事に切り<ruby><rb>崩</rb><rt>くず</rt></ruby>したその<ruby><rb>証左</rb><rt>しょうさ</rt></ruby>と見てもさしつかえないであろうと思う。

「うふふん。じ、実に<ruby><rb>美味</rb><rt>びみ</rt></ruby>なるものじゃ。珍中の珍、奇中の奇、あたかもハワイ海戦の如き味じゃ。うふふん」

と、博士が<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>くめに、感にたえたようなことばを吐いた。

「そんなにお気に召すなら、見本として、もっと持参してまいりましたものを」

「そうじゃったなあ。君も特使のくせに、気の利かぬことじゃ。<ruby><rb>尤</rb><rt>もっと</rt></ruby>もアメリカの軍人というやつは……」

「おっと、皆まで<ruby><rb>仰有</rb><rt>おっしゃ</rt></ruby>いますな。それよりもさっき申上げた<ruby><rb>不沈軍艦</rb><rt>ふちんぐんかん</rt></ruby>の件ですが、博士のお力で、<ruby><rb>左様</rb><rt>さよう</rt></ruby>なものが出来るでございましょうか。それとも<ruby><rb>覚束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>のうございますかな」

特使は、わざと博士の気にさわるような言葉を使う。

「つまらんことを<ruby><rb>訊</rb><rt>き</rt></ruby>くものじゃない。この世の中にわしに出来ないものなどは、一つもないわ。不沈軍艦なぞ造ろうと思えばわけはない。十ヶ月の<ruby><rb>猶予</rb><rt>ゆうよ</rt></ruby>期間さえあれば、不沈軍艦一隻、なんの<ruby><rb>造作</rb><rt>ぞうさ</rt></ruby>もなく造って見せるわ」

と、博士は例によって、<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby><ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>もなげに言ってのける。

「えええッ」

と、<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎょうてん</rt></ruby>し、<ruby><rb>狂喜</rb><rt>きょうき</rt></ruby>したのは、かの特使であった。

「本当でございますか、それは……あのう、十六吋の砲弾、いや十八吋の砲弾、二十<ruby><rb>吋</rb><rt>インチ</rt></ruby>の砲弾をうちこまれても沈まないのですぞ」

「砲弾をいくらうちこんでも、一つだって穴が<ruby><rb>明</rb><rt>あ</rt></ruby>きはしない」

「えええッ。そいつは<ruby><rb>豪勢</rb><rt>ごうせい</rt></ruby>ですね。いや砲弾ばかりではない。空中からして、日本空軍のまきちらす重爆弾が雨下命中したらば、どうなりますか」

「たとえ幾十発幾百発の重爆弾が落ちてこようとも、あとに一つの穴だって明かない。絶対に大丈夫だ」

「しかし、このとき空中魚雷を<ruby><rb>抱</rb><rt>いだ</rt></ruby>きたる日本の攻撃機数十台が押し寄せ、どどどっと、空中魚雷を命中させ……」

「穴は明きません」

「続いて、<ruby><rb>果敢</rb><rt>かかん</rt></ruby>なる日本潜水艦隊が<ruby><rb>肉薄</rb><rt>にくはく</rt></ruby>して、数十本の魚雷を本艦の<ruby><rb>横腹</rb><rt>よこばら</rt></ruby>目がけて猛然と発射するときは……」

「大丈夫だといったら、大丈夫だ。しかし大統領にこういいなさい。たしかに不沈軍艦一隻――しかも<ruby><rb>排水量</rb><rt>はいすいりょう</rt></ruby>九万九千トンというでかいやつを造ってお渡しする。しかしわしは、これを<ruby><rb>金銭</rb><rt>きんせん</rt></ruby>づくで作ってやろうというのではない……」

「わかっています。燻製肉の一件……」

「いや、燻製肉の<ruby><rb>代償</rb><rt>だいしょう</rt></ruby>を欲しているわけでもない。<ruby><rb>慾心</rb><rt>よくしん</rt></ruby>で、それを造ってあげようというのではない」

「すると全面的に、わがアメリカを援助せられて……」

「<ruby><rb>自惚</rb><rt>うぬぼ</rt></ruby>れてはいかん。とにかくこの代償として、わしはルーズベルト大統領がいつも鼻の上にかけている眼鏡を貰いたい。と、そういって伝えてくれ」

「えっ、不沈軍艦一隻と大統領の眼鏡との交換だと仰有るのですか。それは又、慾のない話です。ああわかりました。絵に描いた不沈軍艦を渡してやろうというのでしょう」

「ちがう。わしは嘘をいわん。<ruby><rb>真正真銘</rb><rt>しんしょうしんめい</rt></ruby>の九万九千トンの巨艦だ。立派に大砲も<ruby><rb>備</rb><rt>そな</rt></ruby>え、<ruby><rb>重油</rb><rt>じゅうゆ</rt></ruby>を燃やして時速三十五ノットで走りもする。見本とはいいながら、立派なものじゃ。あとはそれを<ruby><rb>真似</rb><rt>まね</rt></ruby>て、それと同じものをアメリカでどんどん建造すればよろしい。わしを信用せよ」

「ほ、本当でございますか。ほほほっ、それはまた夢のようだ。すると、やがてわがアメリカは九万九千トンの不沈軍艦を百隻作って、太平洋に押し出すのだ。こいつは素晴らしいぞ。では博士、<ruby><rb>早速</rb><rt>さっそく</rt></ruby>ですがお<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまご</rt></ruby>いをして、<ruby><rb>急遽</rb><rt>きゅうきょ</rt></ruby>帰国の上、神経衰弱症の大統領を喜ばしてやりましょう」

特使は、<ruby><rb>崩</rb><rt>くず</rt></ruby>れ<ruby><rb>放</rb><rt>ぱな</rt></ruby>しの笑顔を、両手で<ruby><rb>抑</rb><rt>おさ</rt></ruby>えるようにして、あたふたと博士の研究室を出ていった。

４

月日のたつのは早いもので、早くも、あれから十ヶ月経った。

時<ruby><rb>正</rb><rt>まさ</rt></ruby>に一九四一年二十三月であった。

ここはワシントンの<ruby><rb>白堊館</rb><rt>はくあかん</rt></ruby>の地下十二階であった。その一室の中で大統領ルーズベルトのひびのはいった<ruby><rb>竹法螺</rb><rt>たけぼら</rt></ruby>のような声がする。

「おい、シモンよ。シモンはいないか」

そこへあたふたと、廊下を走って、<ruby><rb>過日</rb><rt>かじつ</rt></ruby>の特使シモンが駈けこんできた。

「誰だ。おおシモンか。遅かったじゃないか。まだあれは見えないか」

大統領は、せきこんで訊く。

シモンは、しきりに<ruby><rb>胸板</rb><rt>むないた</rt></ruby>を<ruby><rb>拳</rb><rt>こぶし</rt></ruby>で叩いていたが、やや<ruby><rb>鎮</rb><rt>しず</rt></ruby>まったところで、やっと声を出した。

「ああ大統領閣下。何もかも一どきに到着いたしました」

「え、何もかも一どきにとは？」

「はあ、待ちに待ったる新軍艦ホノルル号が<ruby><rb>突如</rb><rt>とつじょ</rt></ruby>ニューヨーク沖に現れました。九万九千トンの巨艦ですぞ。いやもう見ただけでびっくりします。全く<ruby><rb>浮城</rb><rt>うきしろ</rt></ruby>とはこのことです。金博士の実力は大したものですねえ」

と、前特使シモンは、約束の巨艦が金博士から届いたことを知らせた。

「ふむ、そんなに大したものかのう。で、さっきお前のいった何もかも到着というのは、何を<ruby><rb>指</rb><rt>さ</rt></ruby>すのか」

「ああそれは、巨艦ホノルル号も到着しましたし、それからもう一つ思いがけなく金博士も到着したことをお話しようと思ったのです」

「なに、金博士も来たか。わざわざ来てくれたとは、いやどうも<ruby><rb>全</rb><rt>まった</rt></ruby>く嬉しいじゃないか。早速大歓迎の夜会を準備してくれ。燻製肉の方も特に念をいれて、よろしいところを皿に盛り上げて出すようにな」

といっているところへ、ハルの案内で、当の金博士がのこのこ部屋へ入ってきたものである。大統領は<ruby><rb>愕</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いて、ナイトガウンの<ruby><rb>襟</rb><rt>えり</rt></ruby>をかきあわせながら、ベッドの上から手をさしのべる。

「やあ、ようこそ、わしがルーズベルトです。このたびは、困難なる仕事を、わがアメリカのために引受けてくだすって、ありがとう。また<ruby><rb>過日</rb><rt>かじつ</rt></ruby>、<ruby><rb>金米</rb><rt>きんべい</rt></ruby>会談を通じて、シモン及び余に対して示されたる数々の御厚意に深く感激しとる。さあ、まずそれへお掛け」

ルーズベルトの<ruby><rb>口調</rb><rt>くちょう</rt></ruby>は、だんだん例の<ruby><rb>横柄</rb><rt>おうへい</rt></ruby>さを加えてくる。

金博士は、別にそれを気にする様子もなく、<ruby><rb>安楽椅子</rb><rt>あんらくいす</rt></ruby>の一つに、小さな身体を<ruby><rb>埋</rb><rt>うず</rt></ruby>めた。

「この<ruby><rb>沖合</rb><rt>おきあい</rt></ruby>まで、日本軍の目をかすめて持ってくるのに、ずいぶん骨を折ったよ。ホノルル号設計及び建造以上に、神経を使ったよ。まあようやくここまで持ってこられて、やれやれじゃ」

博士は、貰ったハバナ産の太い葉巻を口に<ruby><rb>啣</rb><rt>くわ</rt></ruby>えて、うまそうに煙をたてる。

「金博士の<ruby><rb>御心労</rb><rt>ごしんろう</rt></ruby>を謝する。で、そのホノルル号は、果して不沈軍艦であるかどうかということについて、余は如何なる<ruby><rb>証拠法</rb><rt>しょうこほう</rt></ruby>によって、それを信用なし得るであろうか」

大統領は、例のねちねちした云い方で、金博士に<ruby><rb>追</rb><rt>せま</rt></ruby>った。そのとき金博士は<ruby><rb>言下</rb><rt>げんか</rt></ruby>に応えた。

「わけなしさ、そんなことは。どうか君の手許にのこっている主力艦があれば、それを引張りだして、どこからでもいいから、わしの持ってきたあのホノルル号を砲撃でも爆撃でも<ruby><rb>雷撃</rb><rt>らいげき</rt></ruby>でもやってみたまえ。それでもし沈むようなことがあったら、わしは燻製となって、君の食卓の皿の上にのってもよろしい。さあ、<ruby><rb>遠慮</rb><rt>えんりょ</rt></ruby>なく、沖合へ主力艦をくりだしたまえ」

博士は、<ruby><rb>磐石</rb><rt>ばんじゃく</rt></ruby>の如き自信にみちていると見えた。

「大いによろしい」と大統領は口をとんがらかしていった。「では、余もこれから<ruby><rb>検分</rb><rt>けんぶん</rt></ruby>のために出掛けよう。おいシモン。<ruby><rb>建艦</rb><rt>けんかん</rt></ruby>委員を<ruby><rb>非常呼集</rb><rt>ひじょうこしゅう</rt></ruby>して、試験場へくりだすようにそういえ。それから主力艦インディアナとマサチュセッツとを、すぐ沖合へ出動させよ」

命令を出すと、大統領は<ruby><rb>仕度</rb><rt>したく</rt></ruby>のため別室へ入った。やがて彼は、黒のオーバーに<ruby><rb>中折帽</rb><rt>なかおれぼう</rt></ruby>、肩から<ruby><rb>防空面</rb><rt>ぼうくうめん</rt></ruby>の入った袋をかけて玄関に立ち現れた。

「金博士、どうぞ」

大統領は、玄関に横付になっているぴかぴか黒光りに光った自動車を<ruby><rb>指</rb><rt>ゆびさ</rt></ruby>して、そこに待っていた金博士にいった。二人は車上の人となった。

「オーケー。出発だ」

自動車は走り出した。と思ったら、とたんに、ぷすーっという音がして、がくんと横にかたむき、速度が落ちた。

「<ruby><rb>狙撃</rb><rt>そげき</rt></ruby>？」

と、金博士はちょっと<ruby><rb>不意打</rb><rt>ふいうち</rt></ruby>のおどろきを示した。しかし大統領は<ruby><rb>割合</rb><rt>わりあい</rt></ruby>におちついていた。そして<ruby><rb>冬瓜</rb><rt>とうがん</rt></ruby>のような顔をしかめていった。

「どうも近頃のタイヤは、弱くて不愉快だ。なにしろ<ruby><rb>再生</rb><rt>さいせい</rt></ruby>ゴムだからな」

５

新鋭戦艦マサチュセッツは大統領とその<ruby><rb>幕僚</rb><rt>ばくりょう</rt></ruby>、それに金博士を乗せると、沖合さして二十三ノットの速度でのりだしていった。

「ルーズベルト君。この<ruby><rb>艦</rb><rt>ふね</rt></ruby>はもっと<ruby><rb>速度</rb><rt>スピード</rt></ruby>が出るのじゃないかね」

「うむ、それはその何だ、むにゃむにゃ。あああれか。あれが博士の<ruby><rb>率</rb><rt>ひき</rt></ruby>いてきた<ruby><rb>驚異</rb><rt>きょうい</rt></ruby>軍艦ホノルル号か。うむ、すばらしい。全く浮かべるくろがねの<ruby><rb>城塞</rb><rt>じょうさい</rt></ruby>じゃ」

「うふふん、そうでもないよ」

「いや、<ruby><rb>謙遜</rb><rt>けんそん</rt></ruby>に及ばん。余は、ああいう世界一のものに対して、最も<ruby><rb>愛好力</rb><rt>あいこうりょく</rt></ruby>が強い」

と、ルーズベルト大統領は<ruby><rb>艦橋</rb><rt>かんきょう</rt></ruby>から身体をのりださんばかりである。

「さあ、どうか御遠慮なく、あのホノルル号を砲撃せられよ」

「やってもいいのか。しかし……」

大統領が、<ruby><rb>訝</rb><rt>いぶか</rt></ruby>しげに博士の方を振りかえった。

「どうぞ御遠慮なく」

「でも、<ruby><rb>実弾</rb><rt>じつだん</rt></ruby>をうちこむと<ruby><rb>乗組員</rb><rt>のりくみいん</rt></ruby>に<ruby><rb>死傷</rb><rt>ししょう</rt></ruby>が出来るが、いいだろうか。<ruby><rb>尤</rb><rt>もっと</rt></ruby>も死亡一人につき一万<ruby><rb>弗</rb><rt>ドル</rt></ruby>の割で出してもいいが……」

「弗は下がっているから、一万弗といっても大した金じゃないね。とにかくそれは心配をしないでよろしい。早速砲撃でも何でも始めたまえ。早くキンメル<ruby><rb>提督</rb><rt>ていとく</rt></ruby>に命令したがいいじゃないか」

「キンメル提督？　ああ神よ、彼の上に<ruby><rb>冥福</rb><rt>めいふく</rt></ruby>あれ。おい、ヤーネル提督、<ruby><rb>砲撃方</rb><rt>ほうげきかた</rt></ruby>始め」

「オーケー、フランキー」

と、そこで両洋聯合艦隊司令官ヤーネル提督は、電話機をとって、砲撃命令を下したのであった。

戦艦マサチュセッツとインディアナの四十センチの巨砲、<ruby><rb>併</rb><rt>あわ</rt></ruby>せて二十門は、ぎりぎりと<ruby><rb>仰角</rb><rt>ぎょうかく</rt></ruby>をあげ、ぐるっと砲門の向きをかえたかと思うと、はるか五千メートルの沖にじっと静止している驚異軍艦ホノルル号の<ruby><rb>舷側</rb><rt>げんそく</rt></ruby>に<ruby><rb>照準</rb><rt>しょうじゅん</rt></ruby>を<ruby><rb>定</rb><rt>さだ</rt></ruby>めた。

「照準よろしい」

報告が、ヤーネルの耳に届く。

「うん。撃て！」

提督は耳をおさえて云った。

<ruby><rb>轟然</rb><rt>ごうぜん</rt></ruby>と砲門は<ruby><rb>黒煙</rb><rt>こくえん</rt></ruby>をぱっと吹き出して<ruby><rb>震動</rb><rt>しんどう</rt></ruby>した。<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>も艦橋も、<ruby><rb>壊</rb><rt>こわ</rt></ruby>されそうに鳴り響き、そしてぐらりと<ruby><rb>傾斜</rb><rt>けいしゃ</rt></ruby>した。

「命中、五発！」

驚異軍艦のまわりには十五本の<ruby><rb>水柱</rb><rt>すいちゅう</rt></ruby>が立った。のこりの五発は、たしかに命中したとある。しかし驚異軍艦は、かすかに<ruby><rb>檣</rb><rt>マスト</rt></ruby>をゆるがしているだけで、穴一つ明かないばかりか、砲弾の<ruby><rb>炸裂</rb><rt>さくれつ</rt></ruby>した様子もない。

「おい、本当か、五発命中というのは」

大統領が、<ruby><rb>狐</rb><rt>きつね</rt></ruby>にばかされたような顔でヤーネルを<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>みつけた。

「た、たしかに五発命中です。ですが、どうもふしぎですなあ、炸裂しません」

といっているとき、驚異軍艦から左の方へ千メートルばかり<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>れたところの海面か、どういうわけか、むくむくと盛りあがってきて、それは<ruby><rb>恰</rb><rt>あたか</rt></ruby>も、小さい<ruby><rb>爆雷</rb><rt>ばくらい</rt></ruby>が海中かなり深いところで爆発したような光景を<ruby><rb>呈</rb><rt>てい</rt></ruby>した。しかもそのむくむくは、<ruby><rb>勘定</rb><rt>かんじょう</rt></ruby>してみると、都合五つあった。

「何だい、あれは」

大統領は<ruby><rb>怪訝</rb><rt>けげん</rt></ruby>な顔。

そこへ、さっきから置き忘れられたような金博士が、小さい身体をちょこちょことのりだしできて、大統領に耳うちをした。

「ええっ、そ、そうか！」

大統領の<ruby><rb>愕</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きは一方ではなかった。

「ふーん、命中弾は、たちまち艦内を通り抜けて、艦底から海底へ突入、そこで爆発したのだというのか。こいつは驚異じゃ」

「何ですって？」

と、ヤーネルが大統領の<ruby><rb>歎声</rb><rt>たんせい</rt></ruby>を聞きとがめ、

「ああ大統領閣下。金博士ごとき東洋人にたぶらかされてはなりませぬ。第一おかしいではありませんか。命中したら必ず艦に穴が明くはず、穴が明けば必ずそこから海水が入って、たちまち<ruby><rb>轟沈</rb><rt>ごうちん</rt></ruby><ruby><rb>及至</rb><rt>ないし</rt></ruby><ruby><rb>撃沈</rb><rt>げきちん</rt></ruby>となるはず。ですから、あんなに<ruby><rb>厳然</rb><rt>げんぜん</rt></ruby>としているはずはありませんぞ」

「わっはっはっ」

金博士が、あたり<ruby><rb>憚</rb><rt>はばか</rt></ruby>らぬ大声で笑い出した。

「これ金博士。あなたは司令官を<ruby><rb>侮辱</rb><rt>ぶじょく</rt></ruby>なさるか」

「わっはっはっ、ヤーネル君。さっき君は、たしかに五弾命中と<ruby><rb>自</rb><rt>みずか</rt></ruby>らいったではないか。それにも<ruby><rb>拘</rb><rt>かかわ</rt></ruby>らず、今さら一弾も命中せざるごとくいうのは何事だ。それとも、たった五千メートルの距離から、<ruby><rb>静止</rb><rt>せいし</rt></ruby>せる巨艦を射撃して、二十門の砲手が、<ruby><rb>悉</rb><rt>ことごと</rt></ruby>く<ruby><rb>中</rb><rt>あた</rt></ruby>り<ruby><rb>外</rb><rt>はず</rt></ruby>れたとでも<ruby><rb>仰有</rb><rt>おっしゃ</rt></ruby>るのかね。なんという拙劣な砲手ども揃いじゃろう」

「ああ、うーむ、それは……」

ヤーネルの赤い<ruby><rb>赭</rb><rt>あか</rt></ruby>い顔が、急にカンバスの如く白くなった。

金博士は、それ見ろといわんばかりに、提督の顔を尻目に見て、

「さあ、ルーズベルト君、ぐずぐずしていては、また<ruby><rb>鋭敏</rb><rt>えいびん</rt></ruby>なる日本空軍に発見される<ruby><rb>虞</rb><rt>おそ</rt></ruby>れあり。さあさあ次の砲弾を撃ちこむなり、それとも爆撃でも雷撃でも、何でもさっさと早くやったりやったり」

と、金博士は<ruby><rb>只</rb><rt>ただ</rt></ruby>一人なかなか機嫌がよろしく見えた。

大統領は、眼鏡を<ruby><rb>掌</rb><rt>て</rt></ruby>の中に握り<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>すと、居ても立ってもいられないという顔付で、

「こら、航空隊出動せよ。爆撃をやれ、雷撃もやれ。早くせんか」

と<ruby><rb>呶鳴</rb><rt>どな</rt></ruby>りたてた。

さあたいへん。大統領の<ruby><rb>激怒</rb><rt>げきど</rt></ruby>である。ぐずぐずしていては、後の<ruby><rb>祟</rb><rt>たた</rt></ruby>りの程もおそろしと、<ruby><rb>旗艦</rb><rt>きかん</rt></ruby>マサチュセッツから発せられる総爆撃雷撃の命令！

と、<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち近づく飛行機の爆音、来たなと思う間もなく<ruby><rb>西空</rb><rt>にしぞら</rt></ruby>は<ruby><rb>夥</rb><rt>おびただ</rt></ruby>しい爆撃機の<ruby><rb>翼</rb><rt>よく</rt></ruby>が<ruby><rb>重</rb><rt>かさな</rt></ruby>り合って<ruby><rb>真暗</rb><rt>まっくら</rt></ruby>になった。それが驚異軍艦の上まで来ると、袋の底が破れてその穴から<ruby><rb>黒豆</rb><rt>くろまめ</rt></ruby>がぽろぽろ落ちるような<ruby><rb>工合</rb><rt>ぐあい</rt></ruby>に、幾百幾千という爆弾がばら<ruby><rb>撒</rb><rt>ま</rt></ruby>かれた。

と、忽ち起る爆発音と大水柱と大きなうねりとの<ruby><rb>交響楽</rb><rt>こうきょうがく</rt></ruby>！　<ruby><rb>巨艦</rb><rt>きょかん</rt></ruby>の姿は、水柱の蔭に全く見えなくなってしまった。

こんどこそは沈んだらしいと思っていると、間もなく水柱が、ざざーざっと海面に落ちこぼれると、あーら不思議、金博士の驚異軍艦ホノルル号の厳然たる姿が、神のごとくはっきり浮び出たではないか。

「ああっ、ちゃんとしている……」

<ruby><rb>嘆息</rb><rt>たんそく</rt></ruby>と<ruby><rb>畏敬</rb><rt>いけい</rt></ruby>の声が同時に起る。

「三十八弾命中！」

と、空中からの報告が届いたのは、このときであった。

「なんだ、三十八弾命中？　しかし、ホノルル号は<ruby><rb>顛覆</rb><rt>てんぷく</rt></ruby>もしないでちゃんと浮いているぞ」

と、大統領の<ruby><rb>嘆声</rb><rt>たんせい</rt></ruby>。そのとき金博士が<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>へ近づいて、ホノルル号からすこし放れた海面において新たにぽかりぽかりと盛り上る大きな<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>をさして、何やらいって、ふふふふと笑った。大統領は、<ruby><rb>蒼褪</rb><rt>あおざ</rt></ruby>めた長い顔をしきりに<ruby><rb>縦</rb><rt>たて</rt></ruby>にふって<ruby><rb>肯</rb><rt>うなず</rt></ruby>く。

「ふーん、三十八弾、いずれも甲板から艦底に通り抜けたか。しかも穴一つ明かず……。これは驚異じゃ。ハワイ海戦の前に、これを知って居たらなあ。ちえっ、遅かった」

と、大統領は、かぶっていた帽子を手にとって、両手でびりびりと引き破った。

「雷撃機出動です」

ヤーネルが、<ruby><rb>蚊</rb><rt>か</rt></ruby>のような細い声でいった。

しかし大統領は、もう雷撃にはなんの興味をもっていなかった。何百本の空中魚雷をうちこもうと、<ruby><rb>到底</rb><rt>とうてい</rt></ruby>あの驚異軍艦を撃沈することは出来ない。今や彼の<ruby><rb>灼</rb><rt>や</rt></ruby>けつくような好奇心は、かくも不思議な奇蹟を見せる驚異軍艦の構造の謎の只一点に集中されていたのであった。

「見せてくれ、あの驚異軍艦の中を！　わしは<ruby><rb>直</rb><rt>す</rt></ruby>ぐ、あれを真似して百<ruby><rb>隻</rb><rt>せき</rt></ruby>ばかりこしらえるんだ」

大統領は、あえぎながら、金博士の<ruby><rb>胸倉</rb><rt>むなぐら</rt></ruby>をとって<ruby><rb>哀訴</rb><rt>あいそ</rt></ruby>した。

「御覧になれば、なんだこんなものかと思われるですよ。はははは」

と、金博士は謙遜とも<ruby><rb>皮肉</rb><rt>ひにく</rt></ruby>とも分からない笑い方をして、大統領をはじめ、建艦委員たちを案内して、驚異軍艦ホノルル号についていった。

６

<ruby><rb>艦</rb><rt>ふね</rt></ruby>には、ふしぎにも、水兵一人居らなかった。そしてぷんぷんとゴムくさかった。

「一言にしていえば、つまりこの艦は、<ruby><rb>艦体</rb><rt>かんたい</rt></ruby>を厚いゴムで包んだものと思えばよろしい」

と、博士はひどく気のなさそうな声でもって説明を始めた。

「しかし本当は、もっと複雑な構造をもっているんだ。今それをお目にかけよう。さあ、<ruby><rb>両傍</rb><rt>りょうわき</rt></ruby>へ分れてください」

そういうと、金博士は車のついた大きな電気メスをもちだして、<ruby><rb>甲板</rb><rt>かんぱん</rt></ruby>に当てた。すると甲板は火花を散らし、黒い煙をたてながら、まるで<ruby><rb>庖丁</rb><rt>ほうちょう</rt></ruby>でカステラを切るように<ruby><rb>剪</rb><rt>き</rt></ruby>れた。博士はメスを置いて、こんどは高圧ブラストで、甲板の破片を海中へ吹きとばした。すると甲板の大きく切られた断面が人々の目の前に現れた。

「これ御覧。すてきに厚い<ruby><rb>最良質</rb><rt>さいりょうしつ</rt></ruby>のゴムの<ruby><rb>蒲団</rb><rt>ふとん</rt></ruby>みたいなものじゃ。爆弾が上から落ちる。するとゴムの蒲団にもぐる。その間に爆弾の方向が<ruby><rb>鋼鉄</rb><rt>こうてつ</rt></ruby>の艦体に平行に曲る。そしてそのまま走るから、鋼鉄の艦体の外側をぐるっと廻って艦底に出て、そこでゴム底を突き破って、爆弾は水中へどぼんと通り抜ける。な、分るでしょうがな」

金博士は、大統領の顔を見る。大統領は大きく<ruby><rb>肯</rb><rt>うなず</rt></ruby>き、傍にいる<ruby><rb>建艦</rb><rt>けんかん</rt></ruby>委員の誰かの腕をつかんでゆすぶり、

「おい、君たちにも分るだろうな。よく覚えておくんだぞ。後でこのとおり作るのだから……」

「はい、大統領閣下」

「そこでこの爆弾の通過時間の長さじゃが、もちろん時限以内のすこぶる短時間で艦外へ抜け出るようになっていること、それからこのゴムは爆弾で初めに穴は<ruby><rb>明</rb><rt>あ</rt></ruby>くが、爆弾が通り抜けると直ちに<ruby><rb>収縮</rb><rt>しゅうしゅく</rt></ruby>して穴をふさぐから水を吸い込む余裕のないこと、この二点についてわしはちょっと苦心をしたよ」

博士は、かすかに<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>をついた。大統領閣下は、嵐のような<ruby><rb>長大息</rb><rt>ちょうたいそく</rt></ruby>をした。

「<ruby><rb>舷側</rb><rt>げんそく</rt></ruby>を狙う砲弾や魚雷も、同じことに、ゴム蒲団の中でぐるっと方向をかえて、鋼鉄の艦体の外をぐるっと廻って、艦底から海底へ落ちる。今舷側を切って見せてやるよ」

おどろいた構造の軍艦である。<ruby><rb>瞠目</rb><rt>どうもく</rt></ruby>するアメリカ人を尻目に、博士は、こんどは電気メスをとって、舷側をぴちぴちごしごしと切り始めた。

舷側は、<ruby><rb>張板</rb><rt>はりいた</rt></ruby>が二つに割れるように見事に切れた。しかし、あまり切れすぎて、<ruby><rb>吃水</rb><rt>きっすい</rt></ruby>以下まで<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けてしまったものだから、待っていましたとばかり海水がどんどん艦内へ突入してくる有様だった。

「いや、そんなものに愕かなくてもよろしい。これ、わしの大事な説明を聞くんだ、ルーズベルト君」

「そうだ。ここが重要な個所だ。建艦委員、よく見、よく聞け」

「これがすなわち、さっき話をしたように……」

と、博士の説明が始まったが、<ruby><rb>轟々</rb><rt>ごうごう</rt></ruby>たる<ruby><rb>浸水</rb><rt>しんすい</rt></ruby>の音がとかく邪魔をしていけない。博士はそれにお構いなく<ruby><rb>喋</rb><rt>しゃべ</rt></ruby>りつづける。

一応の説明がすんだ。

大統領はもちろん、幕僚も建艦委員も共に金博士の<ruby><rb>智力</rb><rt>ちりょく</rt></ruby>の下に<ruby><rb>慴伏</rb><rt>しょうふく</rt></ruby>した感があった。

「うむ、大したものだ。これを<ruby><rb>真似</rb><rt>まね</rt></ruby>て、早速百隻の不沈軍艦をつくれば、日本海軍に<ruby><rb>太刀打</rb><rt>たちうち</rt></ruby>出来ないこともあるまい」

「どうだ、気に入ったかね、ルーズ君」

「いや、<ruby><rb>大気</rb><rt>おおき</rt></ruby>に入りだ。<ruby><rb>余</rb><rt>よ</rt></ruby>は金博士を今日只今、名誉大統領に推薦することを全世界に宣言する」

「大きなことをいうな」

「そして金博士に贈るに、ナイアガラ瀑布一帯の……いや、瀑布のように水が入ってくるわい。おや、<ruby><rb>艦</rb><rt>ふね</rt></ruby>がひどく傾いて<ruby><rb>沈下</rb><rt>ちんか</rt></ruby>してきたが、まさかこの不沈軍艦が沈むのではあるまいな」

「この見本軍艦の用もすんだから、わしはもうこの辺で沈めて置こうと思うのじゃ。さあルーズベルト君。ぐずぐずしていると、<ruby><rb>艦</rb><rt>ふね</rt></ruby>もろとも沈んでしまうよ。いそいで本艦を退去したまえ」

「え、それはたいへん。おい急ぎ引揚げろ。して、金博士、君は」

「わしのことは心配するな。<ruby><rb>艦載機</rb><rt>かんさいき</rt></ruby>にのって引揚げる。すっかり自動式のこのホノルル号に、水兵一人乗っていないから、わしが引揚げさえすれば、それでよいのじゃ。さらば、さらば」

７

大統領は命からがら沈みつつある不沈軍艦ホノルル号を<ruby><rb>退艦</rb><rt>たいかん</rt></ruby>した。

後がワシントンに帰ってきたときは、出かけるときとはちがって、大した<ruby><rb>上機嫌</rb><rt>じょうきげん</rt></ruby>であった。

「さあ、余は百隻の不沈軍艦を、これから一年間のうちに所有することになるぞ。<ruby><rb>早速</rb><rt>さっそく</rt></ruby>建艦命令<ruby><rb>教書</rb><rt>きょうしょ</rt></ruby>を書くことにしよう。おおヤーネルか、すばらしいじゃないか。再生のわが不沈艦隊は……」

「しかし……」とヤーネルは、<ruby><rb>不審</rb><rt>ふしん</rt></ruby>の様子で、大統領のよろこぶ顔を見上げていう。

「不沈軍艦建造案は、たいへんよろしいですが、大統領閣下、それに使うゴムはどこから手に入れるのでございましょうか」

「なにゴム？　ゴムは<ruby><rb>蘭印</rb><rt>らんいん</rt></ruby>マレイから……いや<ruby><rb>失敗</rb><rt>しま</rt></ruby>った」

とたんに大統領は、<ruby><rb>蒼白</rb><rt>そうはく</rt></ruby>になって、椅子の上にのびてしまった。一体どうしたというのであろう。<ruby><rb>壁間</rb><rt>へきかん</rt></ruby>には、塗りかえられた<ruby><rb>旧蘭印</rb><rt>きゅうらんいん</rt></ruby>、旧マレイの地図が、<ruby><rb>夕陽</rb><rt>ゆうひ</rt></ruby>を浴びて赤く輝いていた。