Soranoha

私の書きたい女性

わたくしのかきたいじょせい

宮本 百合子

こんにち、わたしたちが生きている社会は複雑で、毎日の生活もはげしく変化しています。

文学の作品、とくに小説には風俗描写のおもしろみというものもあって、戦後にあらわれている多くの小説の中の女性は、若いひとを扱ったにしろ、中年から老年の女を描くにしろ、大部分がその風俗小説的な角度であつかわれていることは、どなたもお気づきのとおりです。

戦争がもたらした社会生活の大破壊のために、どんなつつましい内気なひとも、女として人生に予想していなかった変動をうけています。その変動に対して、どう処してゆくかということも現実には決して簡単でありません。

風俗小説の範囲で現実を見るだけでも、女の社会的な動きの一方には、婦人の参議院議員からはじまって少女歌劇の女優、婦人作家をふくむ女重役というものがあらわれているし、兜町・堂島に、女の相場がはやって来ています。その一方では、民主的な日本の新しくすがすがしい生活建設をめざして美しく雄々しく、恋愛し、結婚して行きたいと願う若い女性の大群が、実際生活のなかに本当の男女同権が確立するように働く人民としての女性の独立が可能である条件を作ろうとして奮闘しています。

風俗小説、女に映り女によって表現されるさまざまの世相をそれなり面白く描写してゆきます。けれども、わたし達がこんにち生きる心の底には、色さまざまのネオンがいろんな角度から空に反射しているような女の世相を見るだけでは満足しない何かの思いが貫いているのではないでしょうか。

いろんな思いをし、いろんな目にあって生きてゆく。人間の一生はただそれっきりのものなのだろうか。この疑いは、とくに、いまの日本の女の心にはげしく息づいています。女をしばる封建の道徳から自分をときはなして、新鮮で豊かな、ヒューマニズムを実感して生きてみたい。理屈の判断から社会悪に抵抗しているだけでなく、一歩その前へ出て、よりましな人生をたたかっているという、人生創造のよろこびと確信とを求めようとしている女性の精神こそ、現代のテーマだと思います。情感そのものの内容が著しく社会的に、また理性的になって来ていて、しらずしらずのうちに、思想を感情そのものとして生きてゆくような女性が増えて来ています。これは、日本の社会と文学との上にひらかれはじめた大きい可能性の一つではないでしょうか。

新しいイヴは、男の肋骨の間からではなく、社会と女性の歴史そのもののなかから、さまざまな場面に生れつつあります。

わたしはその多様な開花の可能を書きたいと思います。〔一九四九年七月〕

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
1980(昭和55)年5月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
1952(昭和27)年1月発行
初出:「私の書きたい女性」NHKラジオ
1949(昭和24)年7月18日放送
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年6月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「私の書きたい女性」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十五巻』新日本出版社、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003289_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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