Soranoha

或る心持よい夕方

あるこころもちよいゆうがた

宮本 百合子

或る心持のよい夕方、日比谷公園の樹の繁みの間で、若葉楓の梢を眺めていたら、どこからともなくラジオの声が流れて来た。職業紹介であった。

ずっと歩いて行って見たら、空地に向った高いところに、満州国からの貴賓を迎えるため赤や緑で装飾された拡声機が据えつけてあって、そこから「年齢十六歳前後、住む込みで月給七円、住みこみで月給七円」と夕空に響いているのであった。

私はパパ、ママはいけないという松田文相の小学放送の試みや、ラジオにでるにはなかなかお金がかかるんでねえと打ちかこった或る長唄の師匠の言葉などを思い出しながら、その声をきいているのであった。

聴取料が五十銭になったことは、ラジオに対する大衆の親しみを増し、何よりのことと思う。ところでこの間馬場先を通っていたらかねて新聞で披露されていた犯人逮捕用ラジオ自動車が消防自動車のような勢でむこうから疾走して来た。通行人も珍しげにそれをよけて見送っていた。ふと私は民間自動車のラジオは許されていず、その設備のある新車体はセットをはずして車体検査を受けねばならぬという事実を想い起し、改めて悠々と走り去るラジオ自動車を眺めた。

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
1952(昭和27)年8月発行
初出:不詳
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「或る心持よい夕方」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十四巻』新日本出版社、1979年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003160_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite