Soranoha

現実の問題

げんじつのもんだい

宮本 百合子

『輝ク』を今日拝見していろいろ面白く感じ、同時に相すまなく感じました。この前原稿を御送りするよう、お約束しておきながらそれが果せず、少なからず御迷惑をかけたことについてです。何卒お許し下さい。あの節は毎日心にかかっているのに、あれやこれやでつい編輯の方にまごつかせるようになってしまいました。あながち私の怠慢とのみ申せぬ点もあったのです。あしからずお察し下さい。

一昨日の早慶戦では、住んでいるところが外苑から近いので、夕方五時すぎ用があって外出したら、後から後からひどい群集で、電車にものれず、暫く往来でこの人出を見物しておりました。そしたら、もう早速暴行問題で、いやな心持です。新聞で見た応援の人字など、若々しく熱中した思いつきの面白さも感じられていたのに。そう思いました。このことにつづいて、スポーツに関し、私の心にきつく刻まれている思い出があります。それは多分プラーグかでオリンピックのあった時だと思います。まだ健在であった人見絹枝さんが女子選手を引率して行く途中モスクワへよられました。大使館でその歓迎と幸先祝いの晩餐がひらかれ、私も座に連ったのですが、そのとき人見さんは一同を眺めわたしながら高々とした声で「このお嬢さん達をつれて歩くのは容易じゃありませんよ、何しろふだんは寝床をあげたこともない身分の人たちばっかりですからね。――みんなこっそり何百円て、お小遣いもらって来ているんです。そうでしょう?」と云う意味のことを云い、娘さん達は白いきれいなユニフォームの肩をくっつけあって、にこやかに誇りをふくんで笑い、敢て否定する人もありません。その場の言葉と光景とは私の心に刺すようなものを感じさせ、そのときの感じは今も消えず、今度の暴行沙汰のような折、生々しく甦って来て、再び多くのことを考えさせるのです。

地方の女学校に教師をしている友達が、面に恐怖を浮べて、対校競技の時他の教師達がこぞって競争学校の生徒に対する女学生の敵愾心、反感を煽る有様について語ったことをも、現実の問題として思い浮ぶのです。〔一九三三年十一月〕

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
1952(昭和27)年8月発行
初出:「輝ク」
1933(昭和8)年11月17日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「現実の問題」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十四巻』新日本出版社、1979年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003151_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite