Soranoha

新しい美をつくる心

あたらしいびをつくるこころ

宮本 百合子

この頃いったいに女のひとの身なりが地味になって来たということは、往来を歩いてみてもわかる。

ひところは本当にひどくて、女の独断がそのまま色彩のとりあわせや帽子の形やにあらわれているようで、そういう人たちがいわば無邪気であればあるほどこちらで何となし顔のあからむような思いもないことはなかった。たとえば帽子の型のある奇抜な面白味というようなものは、それを頂いている顔に漲っている知的な趣、体のこなし全体に溢れる女としての複雑な生活的な勁さ、ニュアンスなどとあいまって美しさとなるのだから、体の生活的感覚はそういうものからずっとおくれているのに、頭の上にだけそんなかたちがのっていると、みじめな滑稽があった。

そういう眺めはこの頃の往来にはなくなった。また、たくでは近頃景気がいいんですのよ、という風体だった細君連も、ちがった姿となっている。

そして、これらの変化にはやはり贅沢禁止のいろいろな運動が役にたっているにちがいないのだろう。街のプラタナスの今年の落葉は、「簡素のなかの美しさ」という立看板に散りかかっている。パン屋や菓子屋の店さきのガラス箱にパンや菓子がないように、女は自分の帽子なしで往来を歩いていても不思議がらないような日々の感情になって来た。

女の無智やあさましさのあらわれているような風がなくなったことは或る気安さにちがいないのだけれど、私たちにはやっぱり、あの人たちがあの心と一緒に今はどんな装のなかにはいって歩いて、暮しているのだろうかと思われる。質実ということは大切なことだ。いつの時代だって、女のみならず男をこめて、人間の美質の一つとして考えられて来た。質実な美感の深さ、そこにある抒情性のゆたかさというようなものは、人間の心にたたえられる情感のうちでも高いものの一つである。

あの人たちは、今これ迄とはちがって一体にしずんだ色や線のなかにとけこんでしまったが、そうやって一応もとの自分を消している間に、真実な簡素の美というようなねうちのあるものを身につけてゆく、どんな実際のてだてを現在の日常生活のなかに持っているのだろうか。

きのう用事があって高島屋の店の前を歩いていたら、横の方の飾窓に古い女帯や反物の再生法の見本が陳列されていた。染物講習会が開催されているのであった。時節柄だなアという感想を沁々と面に浮べていろんなひとたちが見て通った。すると、その横の入口へ一台自動車がすーと止って、なかから一人のお爺さんが背中をかがめてでて来た。その自動車のフロント硝子には「自」という標が貼られてある。自家用自動車は、特殊会社のほかは五百万円以上の会社の社長級からでなくては動かせないことになったという噂だから、そうだとすれば「自」というマークは持ち主の身上を街上にさらして或る意味では示威しているような結果にもなり、そこにはそこでの悲喜劇もあるだろう。その車から出た老人は店員が頭を下げている前を通って店内に消えた。堂々たる飾窓のなかにある女の身のまわり品の染直しものだの、そういう情景には何か人の心情を優しくしないものがある。若い女のひとたちも日夜そういうものを目撃し、その気風にふれ、しかもその荒っぽさに心づかなくなって来るようなことがあれば、どこからほんとの美感としての簡素さというような健やかな潤いを見出して来るだろうか。今こそ私たちは人間の成長という方向で、ほんとの趣味を理解するために真面目に考えなければなるまいと思う。そんな派手な、きれいな色は使うなというから、使わない、またつかわせない。それでいいでしょう。それだけのところに止まるとすれば私たち女自身の屈辱があるばかりだと思う。〔一九四〇年十二月〕

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
1952(昭和27)年8月発行
初出:「婦人公論」
1940(昭和15)年12月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「新しい美をつくる心」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十四巻』新日本出版社、1979年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003123_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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