Soranoha

新しい婦人の職場と任務

あたらしいふじんのしょくばとにんむ

宮本 百合子

このかいわいは昼も夜もわりあいに静かなところである。北窓から眺めると欅の大木が一群れ秋空に色づきかかっていて、おりおり郊外電車の音がそっちの方から聞えてくる。鉄道線路も近いので、ボッボッボッボと次第に速く遠く消え去って行く汽車の響もきこえ、一日のうちに何度か貨車が通過するときには家が揺すぶれる。毎夜十一時すこし過ぎてから通るのが随分重いとみえて、いつもなかなかひどく揺れる。それから夜中の二時頃通るのも。

机に向って夜更けの電燈の下で例のとおり小さな家をきしませながら遠ざかって行く夜なかの貨車の響きをきくともなく聴いていたら、すぐそれにつづくように又地響を立てて汽車が通った。ドドドドドドドと重く地をふるわすとどろきにまじって、わーッ、わーッと人々の喚声がつたわって来た。雨上りの闇夜を、車輌のとどろきとともに運ばれてゆく喚声も次第に遠のいて、ついには全く聴えなくなってしまった。胸のどこかが引きはがされるような感じが苦しくしめつけるのであった。

私たちの周囲に見る女の生活、あるいは女が社会から求められているものの内容や質も、こういう刻々の感情をはらみながら、その一年間に何と急速に推移して来たことだろう。日本の女性の真実は、家庭にあってのよい妻、よい母としての姿にあるとして、丸髷、紋付姿がそのシンボルのようにいわれていたのは、つい今年の初め頃のことであった。そこで描かれていた女の理想は、あくまで良人の背後のもの、子供のかげの守り、として家庭の敷居内での存在であった。

ところが夏前後から、街頭に千人針をする女の姿が現れはじめた。良人を思い、子を思う妻と母との熱誠が、変化した社会の事情の勢につれて、街頭にあふれ出た。この時はもう優美な日本女性のシンボルであった丸髷はエプロン姿にその象徴をゆずった。

エプロン姿は幾旬日かの間に、良人にかわって一家の経営をひきついで行かなければならなくなった主婦たちの感情を反映するようになり、この多岐な一年の終りの近づいた今日では、女に要求されている銃後の力の内容は、明瞭に一家の経営の範囲を超えた。女の力は広汎な形で時局的な生産動員に向って招かれている。そして毎日、新聞で見る今日の銃後の女としての服装もエプロン姿から、たとえそれがもんぺいであろうと、作業服式のものであろうと、ひとしくりりしい裾さばきと、短くされたたもととをもって、より戦闘的な型へ進んで来ているのである。

私たち女は一年間に自分の希望と選択とによってここまで変転して来たのだろうか。この答えは複雑である。しかし社会事情の急調な動きは一つの必然として、自覚するとしないとにかかわらず、今日の婦人全体を新しい生活事情に導き入れており、そこではより社会的な規模で新しい生活能力の発揮されることを必要としており、新たな摩擦もおのずから生じて来ているのである。

ラジオの国民歌謡は、男は国の守りとして外へ出てゆき、家を守り家業にいそしむこそ女であるもののつとめであるとくりかえし歌っている。岡本かの子さんのような芸術家は、和歌に同じような思想をうたい、女の家居の情を描いておられる。だが、現実の今日においては、家を守り子を守るためにこそ、家を外にしなければならない女の数はかえって殖えている。この必要を認め、女のそういう奮起、たくましさをよみすればこそ、良人の代りに絣のパッチ・ゴム長姿で市場への買い出しから得意まわりまでをする魚屋のおかみさんの生活力が、今日の美談となり得ているのではあるまいか。

若い女のひとたちに向って、家庭へかえれということがすすめられていたのは遠いことでないが、昨今は職業婦人といわれる女の仕事の範囲も、質的にいつしか、しかし的確に変化しはじめており、家庭へかえれという声もそこでは響きを失っていると見受けられる。職業婦人の働く場面というと、事務員、店員その他いわゆるサービス・インダストリーが従来は主要部分を占めていた。数の上からだけ見れば、今日も明日もそうであるかもしれない。けれども、時局の要求する生産拡充への大努力によって重工業、化学、食料、織縫などには、大量に女の力が吸収されつつある。全国に十万人も熟練工が不足を告げているという事実は、今日の大問題とされているのである。処々の大工場、実務学校などで熟練工の養成、再教育をしている中には、専門学校出の若い婦人を新たに機械工業のための製図師として再教育している実例もある。臨時工として種々の官営、民営工場に雇われ、工業部門に参加するようになって来た女の数はおびただしいものがあろう。市内のある工廠で一挙に数百人の女工を求めて来たので、市の紹介所は、小紡績工場の操短で帰休している娘たちを八王子辺から集めて、やっとその需要にこたえた状態である。

さらに他方には、東京の巣鴨にある十文字こと子女史が経営している十文字高等女学校では、十文字女史の息子が経営している金属工場の防毒マスクの口金仕上げのために、昨今は自分の女学校の四年と五年の生徒の中の希望者を、放課後二時間ずつ働かせているという事実がある。女史は往訪の新聞記者に向ってこう語っている。「別に大した労働でもなく、こまかなやさしい仕事です。私もかねて皆に仕事をするということは自分をつくり上げることだといって教えていますが、子供たちも仕事をする気分を味って、朗らかに働いています」そして、巣鴨の学校から志村のその工場へ通うバス代と別に「相当した賃銀」を出していると語っている。

十文字女史によって子供たちといわれている娘も、女学校の四五年とあれば、もう女工としては十分に一人前である。毎日の二時間で、若い娘たちはどの位の口金仕上げをするのであろうか。賃銀はいくらなのだろうか。それらについては語られていない。ただ、これらの女学生であり女工である娘たちは、その労働で貰う「相当の賃銀」を「大抵は学資の一部にあてている」のだそうである。校長先生の息子さんの経営で軍需インフレで繁栄している工場へ働いて、貰ったいくばくかの金を再び学校で、その阿母さんに払うのだとしたら、それらの可憐な女学生女工の二時間の労働というものの実質は、どこでどのように支払われたということになるのだろう。微妙深刻な形で、娘たちの家庭の苦しい経済事情と、時局国民精神総動員の声と、経営的手腕が複合して識者の眼に映ることは避け難い。教育当局が、若い女性に堅実な実務教育を希望しているのは事実であろうが、あながち十文字女史の方法を必ずしもよしとはしないのではあるまいか。

女学生の工場への動員は大阪でも行われている。二つの女学校の五年生が、このせつのしきたりにしたがって○○と書かれている工場へ、一週に一度ずつ交替に手伝いに出かけている。一つは市立の女学校であり、この場合の性質は、学校の経営的な原因より、むしろはっきり、戦時的認識を若い娘心に銘させようとする意味に立っているのである。

どの新聞雑誌を見ても、銃後の婦人の力の実質が、この頃は生産拡充への直接間接の参加というところに重点をおかれており、常に欧州大戦当時の欧州婦人の活動が引きあわされている。「今から女工を養成して置くように」という言葉は、すでに去る五月杉山陸相によって提言されていたのである。

日本の婦人の特徴ということを国際的な文化紹介としてあげ、優雅な日本の姿を欧米に紹介するための写真外交の見本として、きょうも新聞に見えたのは、高島田に立矢の字の麗人が茶の湯の姿である。ところが、そういう画面で日本の女を紹介する習慣をもっている日本が、平時から世界で一位二位を争うほど、婦人労働者によって生産を守られているという事実は、特に昨今何か新たな感動で私たち女の関心をひくことである。

各国の有業者の人口に対する比率で見ると、婦人有業者の第一位を占めるのはフランスであり、次がドイツ、続いて日本の順である。男の有業者との割合では、男五九・一に対する女三一・九で、婦人の働きての数の多いことでは日本がほとんど世界第一位を占めている。アメリカの婦人の活動性ということは人々の常識にうちこまれているが人口比率で見れば、男六一・三に対して一七・七が女という割合なのである。

フランスとドイツとの婦人たちが、欧州戦争であのように甚大な家庭の破壊を蒙った後、あらゆる部門に進出して一家の生活と社会の生産とのために働かなければならなくなっていることは、説明を要しない。

日本では、さらに工場労働者数の男女別で見ると、女子労働者が男の労働者の数を凌駕している。昭和四年においてさえ男工一〇〇に対して女工の数は一一五・七を示し、大部分が繊維工業に分布されている。これは、日本が近代工業国として持っている歴史的な独特性である。故細井和喜蔵氏によって著わされた「女工哀史」はそういう特性をもった日本の若い無抵抗な労働婦人が、ある時代に経なければならなかった生活記録として、世界的な意味をもつ古典なのである。

今日の生産拡充の要求は、これまでならばオフィス・ガールになったであろう若い婦人たちを生産面での活動に迎えると同時に、もとならば、紡績工場へ年期の前借で売られて行った村の娘たちを、機械工業に吸収して「旬日ならずして熟練工化せんとする」方向にあらわれて来ている。

ヴィタミンABCでなじみぶかい理研のコンツェルンは、工学博士、子爵大河内正敏氏その他を主として、長野や群馬、新潟などの寒村に、「共同作業場ともいえないくらいの小さな作業場」をつくり都会の大工場で同じ機械を使って造り出す能率の二倍以上の成績を、農村の子女によってあげている。智能と資本とを縦横に駆使して、イギリスの良品高価に対する良品廉価生産・高賃銀低コストを目ざす科学主義工業という呼び名が、これらの人々によって、資本主義工業の弱点を補強したものとして提唱されつつあるのである。

大河内氏の著書は、鶏小舎を改造せる作業場の中で、ズボンをつけ、作業帽をかぶりナット製作をしている村の娘たち、あるいは村の散髪屋を改造せる作業場で、シボレー自動車用ピストンリングの加工をしている縞のはんてんに腰巻姿の少女から中年の女の姿、その他の写真で飾られている。ここでは「いままで機械など見たこともない農村の子女が数日にして立派な熟練工となる」それのみか、五六ヵ月も働くと、銑鉄を削る百分の二粍の相異の目測さえするようになる。大河内氏は、日本の女子の天才の一つとしてそれを感歎し、それは改良されている機械の機構と、「その使いかたが単調無味であるように製作されてあるほど精密に加工されるから」「飽きることを知らない農村の女子が農業精神で」その精密加工に成功し「農村の子女が最も適当しているというのである」としているのである。

フォードが一品一工場としたやりかたで生産工程の組織では全国的にフォード化し分業化しつつ、しかも、村を決してその工業を専門とする工村にはせず、飽くまで副業にとどめて、古来のままの農業精神を主とし、農村全体としての文化の水準などはあるがままの上に農魂商才で行こうとするところに特色をもっている。大河内氏は日本の農業精神を土に親しみ、郷土を愛し、奉公の念に満ちているものと内容づけておられるのである。

つい先頃までは、鶏小舎であったところが一寸手を入れられて、副業的作業場となり、村から苦情の出るような賃銀をとって、重工業に参加する村の娘の若い姿は、いかにも工業動員の光景である。村の娘たちは、新しい自分の力にも目ざめてゆくであろう。不況な農村のありあまった労力が現金にかえられるところに、親のよろこびもあるであろう。

けれども、作業場といえば、おのずから採光や換気のことも考えられる。日本が世界第一の結核国であり、若い女の死亡率が最高であることも考えられる。

工場の昨今では、早出、残業、夜業は普通であるし、設備の不十分な下請け工場の簇出と不熟練工の圧倒的多数という条件は、工場内での災害をこれまでの倍にした。警視庁がこれに対して、十二時間を限度とする警告を発したのは遠いことではなかった。母性保護の見地から婦人労働者の入坑を禁じた鉱山労働へ、女は石炭に呼ばれ、再び逆戻りしかけている。幼年労働の無良心な利用も問題とされているのである。

婦人が性の本然として生殖の任務をもっているということと、女は家庭にあるべきものという旧来の考えかたと、婦人が今日の社会事情の現実によって課せられている勤労の必然と、この三つのものは現代では未だ非常な紛糾、混乱した関係におかれていると思う。ことに日本は、職業婦人、労働婦人が発生してからの歴史が浅い上に、自然発生的でどちらかというと労働市場へずるずると入って来ているために、男女相互に、働くものとしての大局から損をしあっている場合が決してすくなくないのである。

たとえば賃銀についてみると、日本の男の労働者はイギリスなどに比べると一四・五%から三七%、大体三分の一ほどの賃銀で生計を立てているのであるが、婦人労働者になると、さらにその三分の一が標準となっている。昭和五年に、男が二円二十二銭一厘の実収をもっていた時、女の稼ぎは一日九十三銭であった。本年は、画期的な生産拡大による労働力の需要増と、物価騰貴、熟練工引止めなどの理由から、一般に賃銀は高くなった。もっとも低下していた昭和七年頃に比べると遙かに上っているが、男と女との差は埋められていないのである。

婦人の性の本来は生殖に重点をおかれているのであるから、社会労働は、常に男の補助の範囲であるのが自然であり、従って賃銀も、いわゆる世帯主としての負担のにない手である男よりやすいのが当然であるとする論者がある。こういう立場の論者は、男も女も同一労働に対して賃銀が同一でなければならないという主張を、そもそも女の本然によって同一の能力があり得ないとして否定する傾きにある。たとえ労働条件が男と同じになったとしても、女が子を生むためのものである以上、男と同じ水準に達する余力をもたないというのである。

賃銀さえ男と同じになれば婦人労働者の生活が幸福となり、内容において高まると観るのはもちろん皮相でもあるし、非現実的である。けれども、婦人が自身の性の本然と勤労の必要との間で板挾みにあっている今日の苦しさは、女という性によって働き仲間である男さえ大部分の者はまだ彼女たちを補助的なものとして見るのに、企業はきわめてリアリスティックにやすくて従順な労働力としての点から婦人を扱っているという実際の有様である。補助的なものという先入観で見られつつ現実にはその収入で一家を支えてゆかなければならない世帯主であるところに、異常な苦しみを負わされているのである。

銃後の力としての女の労働力は、決して貴方が七分、私が三分的な和気あいあい的なものではない。その労作の面で課せられる仕事の実質は、大の男を瞠若どうじゃくたらしめるだけのものなのである。科学主義工業の提唱者は、おおうところなく明言している。例外なしに、農村の子女に適当な機械と設備とをあてがえば熟練の大衆化によって、数日にして「大の男の熟練工と同じ程度の熟練さを習得するのである」と。男の補助ではなく、男の代るものとして、婦人の労働力は計算されている。産業の合理化で男の労働者数は減少して行っている時になお、女の数は少しずつながら増大の線をたどって来ていることは女の労力が男に代り得て、しかもやすいという事実を雄弁に語っているのではなくて、何であろう。

女の性の自然と社会事情から必然とされる勤労とを考えあわせれば、男女同一の労働条件ということでは、まだ性の本来が守られ得ない。女が男と同じ賃銀をとることができても、その上に母性が必要とする生理的休暇、健康相談、托児所がなければ、婦人の勤労者として自然にしたがった生活はあり得ないのである。

しばしば例に引く科学主義工業の主唱者は、高賃銀低コストを目標としているのであるが、本年の春、ある村で作業場の賃銀が村の労銀の水準に対して高すぎるという苦情が出たことが報告されている。村の労銀というのは恐らく従来の救済工事の日当や日傭労働賃銀(女三十五銭ぐらい)を標準にしてのことであったろう。むしろ意外な苦情を受けた専門家たちは「労銀が多すぎる為に起る弊害について大いに考えさせられた。副業が本業になることを恐れるためである」その問題は、それらの純朴な村の娘たちが一心に精密加工をする作業場を村営とするか、個人に対して多すぎる分は村へ寄附すればよいと解決されたのであった。

この間の消息を詳細に眺めると、やはりそこには無量の感慨を誘うものが横よこたわっている。作業場の設置者、技術指導者は、きわめて公平といえばいえる率直さで娘たちが立派に男の熟練工なみどころか、外国の技術者の五倍もの能力をもっていることを承認している。ところが、それに対する賃銀となると村の標準、しかも村の女の労銀との比較で問題になって、結局彼女たちの労力に対する報酬としては全く未熟練な日傭娘に等しいものを受けなければならなくなって来る。これを、一つの社会的な矛盾と見るのは誤りであると何人がいい得るであろうか。この矛盾的な賃銀問題の落着を可能にしている根拠は、科学主義工業がどこまでも農村生活の現状を保守して、副業にとどめて置こうとしているところにひそんでいるのである。強請して小規模で分散的な副業に止めておこうとする理由は「集団作業の心理状態には被傭人の気持が多く、共同作業場あるいは家庭工業には農業精神が横溢している」とされているのである。

これまでも、日本の女は、実に労を惜しまず、雑多な歴史の荷を足くびに引きずりつつ働き、かせぎして来た。今日はさらに一歩すすめて、この複雑な諸条件はそのままで、いっそうの刻苦精励に向ってふるい立たされているのである。生活の新しい必要は、女に新たなたくましさを与えるであろう。新たな社会的な自覚をも与え、人間としての鍛錬をも加えるだろう。しかしそれは、十文字女史のいうように、ただ、働けば人間ができる、式の簡単な手順のものであろうか。人生とは、そのように、働きかける人間の意志や努力にかまいなく、ひとりでに人間ができ上れる仕組みのものであろうか。

新たな生活条件、古い生活条件、その間の摩擦そのものは、現実的には新たなねうちを生み出す可能性としてのみ存在するものである。一層生産面に結ばれなければならなくなった若い婦人たちが、今日の中から何を身につけて来るか、何を学んで来るかによって、その人々の経験の社会的な価値と、女の歴史とは変って来るのである。婦人が生産面により多く参加しつつあるということが、いきなり婦人の社会的条件の向上を意味しないことは明らかである。現代に処する女としての新しい義務は、今日欲する欲しないにかかわらず新しく増大され、拡大されつつある女の生活経験と、すくなからぬ犠牲との中から、やがて婦人全体の幸福を増す何ものかをつかんで来ようとする根強い努力にあるのである。〔一九三七年十二月〕

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
1952(昭和27)年8月発行
初出:「婦人公論」
1937(昭和12)年12月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/003096_000311/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/003096_000311/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/003096_000311/

宮本 百合子「新しい婦人の職場と任務──明日の婦人へ」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十四巻』新日本出版社、1979年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003096_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite