<ruby><rb>石太郎</rb><rt>いしたろう</rt></ruby>が<ruby><rb>屁</rb><rt>へ</rt></ruby>の名人であるのは、<ruby><rb>浄光院</rb><rt>じょうこういん</rt></ruby>の<ruby><rb>是信</rb><rt>ぜしん</rt></ruby>さんに教えてもらうからだと、みんながいっていた。<ruby><rb>春吉</rb><rt>はるきち</rt></ruby>君は、そうかもしれないと思った。石太郎の家は、浄光院のすぐ西にあったからである。

なにしろ是信さんは、おしもおされもせぬ<ruby><rb>屁</rb><rt>へ</rt></ruby>こきである。いろいろな話が、是信さんの屁について、おとなたちや子どもたちのあいだに伝えられている。是信さんは、屁で<ruby><rb>引導</rb><rt>いんどう</rt></ruby>をわたすという。まさかそんなことはあるまいが、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すいこ</span>屁（音なしの屁）ぐらいは、お<ruby><rb>経</rb><rt>きょう</rt></ruby>の最中にするかもしれない。

また、ある家の<ruby><rb>法会</rb><rt>ほうえ</rt></ruby>で<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>をたたくかわりに、屁をひってお経をあげたという。これも、おとながおもしろ半分につくったうそらしい。だが、これだけはたしかだ。是信さんは、正午の<ruby><rb>梵鐘</rb><rt>ぼんしょう</rt></ruby>をつきながら、鐘の音の数だけ、屁をぶっぱなすことができるということである。春吉君は、じぶんでその場面を見たからだ。

石太郎が是信さんの屁<ruby><rb>弟子</rb><rt>でし</rt></ruby>であるといううわさは、春吉君に、浄光院の書院まどの下の日だまりに、なかよく日なたぼっこしている是信さんと、石太郎のすがたを想像させた。茶色のはん点がいっぱいある、赤みがかったつやのよい頭を日に光らせ、洗いふるしたねずみ色の着物の<ruby><rb>背</rb><rt>せ</rt></ruby>をまるくしている、年よりの是信さん。顔のわりあいに耳がばかに大きい、まるでふたつのうちわを頭の両側につけているように見える、きたない着物の、手足があかじみた石太郎。

きっと石太郎は、学校がひけると、毎日是信さんとそういう情景をくり返しながら、<ruby><rb>屁</rb><rt>へ</rt></ruby>の<ruby><rb>修業</rb><rt>しゅぎょう</rt></ruby>をつんでいるのだろう。まったくかれは屁の名人だ。

石太郎は、いつでも思いのままに、どんな種類の屁でもはなてるらしい。みんなが、大きいのをひとつたのむと、ちょっと<ruby><rb>胸算用</rb><rt>むなざんよう</rt></ruby>するようなまじめな顔つきをしていて、ほがらかに大きい屁をひる。小さいのをたのめば、小さいのを連発する。にわとりがときをつくるような音を出すこともできる。こんなのは、さすがに石太郎にもむずかしいとみえ、しんちょうなおももちで、からだ全体をうかせたりしずめたり――つまり、調子をとりながら出すのである。そいつがうまくできると、みんなで拍手かっさいしてやる。

しかし石太郎は、そんなときでも、屁をくらったような顔をしている。その他、とうふ屋、くまんばち、かにのあわ、こごと、汽車など、石太郎の屁にみんながつけた名まえは、十の指にあまるくらいだ。

石太郎が屁の名人であるゆえに、みんなはかれをけいべつしていた。下級生でさえも、あいつ屁えこき虫と、公然指さしてわらった。それを聞いても、石太郎の同級生たちは、同級生としての<ruby><rb>義憤</rb><rt>ぎふん</rt></ruby>を感じるようなことはなかった。石太郎のことで義憤を感じるなんか、おかしいことだったのである。

石太郎の家は、小さくてみすぼらしい。一歩中にはいると、一種異様なにおいが鼻をつき、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">へど</span>が出そうになる。そして、暗いので家の中はよく見えない。石太郎は、病気でねたっきりのじいさんとふたりだけで、その家に住んでいる。

どこかへかせぎに出ているおとっつあんが、ときどき帰ってくる。おっかあは、早く死んでしまって、いない。石太郎は、ポンツク（<ruby><rb>川漁</rb><rt>かわりょう</rt></ruby>）にばかりいく。とってきたふなや、どじょうを、じいさんにたべさせる。また、買いにいけば、どじょうやうなぎを売ってくれるということである。

石太郎の着物は、いつ洗ったとも知れず、あかでまっ黒になっている。その着物に、家の中のあの<ruby><rb>貧乏</rb><rt>びんぼう</rt></ruby>のにおいや、ポンツクのなまぐさいにおいをつけて、学校へやってくる。そのうえ、注文されなくてもかれは、ときおり<ruby><rb>放屁</rb><rt>ほうひ</rt></ruby>する。

みんなは、石太郎のことを、<ruby><rb>屁</rb><rt>へ</rt></ruby>えこき虫としてとりあつかっている。石太郎のほうでも、そのほうがむしろ気楽なのか、一どもふんがいしたことはない。生徒ばかりでなく、たいていの先生まで、石太郎を虫にしているので、石太郎は、だんだんじぶんでも虫になっていった。かれは、教室で、いちばんうしろに、ひとりでふたり分のつくえをあたえられていたが、授業中にあまり授業に注意しなかった。たいていは、ナイフで鉛筆に<ruby><rb>細工</rb><rt>さいく</rt></ruby>していた。またかれは、まじめになるときがなくなってしまった。屁の注文をうける場合のほかは。かれは、いつもぐにゃぐにゃし、えへらえへらわらっていた。

春吉君は、一ど、石太郎のことで、じつにはずかしいめにあったのである。

それは五年生の冬のことである。三年間受け持っていただいた、年よりの石黒先生が、<ruby><rb>持病</rb><rt>じびょう</rt></ruby>のぜんそくが重くなって、授業ができなくなり、学校をおやめになった。かわりに町から、わかい、ロイド<ruby><rb>眼鏡</rb><rt>めがね</rt></ruby>をかけた、かみの長い<ruby><rb>藤井</rb><rt>ふじい</rt></ruby>先生がこられた。

春吉君の学校は、かたいなかの、<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>の子どもばかり集まっている小さい学校なので、よそからこられる先生は、みな、都会人のように思えたのだった。藤井先生をひと目見て、春吉君はいきづまるほどすきになってしまった。文化的な感じに<ruby><rb>魅</rb><rt>み</rt></ruby>せられたのである。石黒先生もよい先生であったが、先生は生まれが村の人なので、ことばが、生徒や村のおとなたちの使うのとほとんど変わらないし、年をとっていられるので、<ruby><rb>体操</rb><rt>たいそう</rt></ruby>など、ちっとも新しいのを教えてくれない。走りあいか、ぼうしとりか、それでなければ、砂場ですもうをとらせる。いちばんいやなのは、話をしている最中に、せきをしはじめることである。長い長い、苦しげなせき。そして、長いあいだ、さんざ苦労をしたあげく、のどからやっと口までうち出した<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">たん</span>を、ポケットに入れて持っている新聞紙のたたんだのの中へ、ペッペッとはきこみ、その新聞紙を、まただいじそうにポケットにしまうのである。

さて、藤井先生が、はじめて春吉君の教室にあらわれた。はじめて生徒を見る先生には、生徒は、みないちように見える。よく、それぞれの生徒の生活になれると、それぞれの生徒の個性がはっきりしてくるが、顔を最初見たばかりでは、わからない。だれがりこうで、だれがしようもないあほうであるかも、わからない。

藤井先生はまず、<ruby><rb>教卓</rb><rt>きょうたく</rt></ruby>のすぐ前にいる<ruby><rb>坂市</rb><rt>さかいち</rt></ruby>君にむかって、「きみ、読みなさい」といった。それは読み方の時間だった。「きみ」ということばが、春吉君をまた喜ばせた。なんという都会ふうのことばだろう。石黒先生はこんなふうにはよばなかった。先生は、生徒の名を知りすぎていたから、「<ruby><rb>源</rb><rt>げん</rt></ruby>やい読め」とか、「<ruby><rb>照</rb><rt>てる</rt></ruby>ン書け」とかいったのである。

坂市君が読んでいきながら、知らない字をのみこむようにしてとばしたり、あいまいにごまかしたりすると、石黒先生はそんなのをほったらかしておかれたのに、わかい藤井先生は、いちいち、え、え、と聞きとがめられた。そんなことまで、春吉君の気にいった。もうなにからなにまで、この先生のすることはよかった。

藤井先生は、坂市君から順順にうしろへあてられた。四人めには、春吉君がひかえている。春吉君は、この小さい組の級長である。春吉君は、きりっとした声をはりあげて、<ruby><rb>朗々</rb><rt>ろうろう</rt></ruby>と読み、未知のわかい先生に、じぶんが秀才であることをみとめてもらうつもりで、番のめぐってくるのを、いまやおそしと待っていた。

いよいよ春吉君の番だ。春吉君は、がたっとこしかけをうしろへのけ、直立不動のしせいをとり、<ruby><rb>読本</rb><rt>とくほん</rt></ruby>を持った手を、思いきり顔から遠くへはなした。そして、大きくいきをすいこみ、いまや第一声をはなとうとしたとたん、つごうのわるいことが起こった。ちょうどそのとき、藤井先生は、<ruby><rb>机間巡視</rb><rt>きかんじゅんし</rt></ruby>の歩を教室のうしろの方へ運んでいられたが、とつじょ、ひえっというような悲鳴をあげられ、鼻をしっかとおさえられた。

みんながどっとわらった。また、<ruby><rb>屁</rb><rt>へ</rt></ruby>えこき虫の石が、例のくせを出したのである。

なんというときに、また、石太郎は屁をひったものだろう。春吉君は、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すか</span>をくらわされたように<ruby><rb>拍子</rb><rt>ひょうし</rt></ruby>ぬけして、わらえもしなければおこれもせず、もじもじして立っていた。

藤井先生はまゆをしかめ、あわててポケットからとり出したハンケチで、鼻をしっかとおさえたまま、こりゃひどい、まったくだ、さあまどをあけて、そっちも、こっちもと、さしずされ、しばらくじっとしてなにかを待っていられたが、やがて、おそるおそるハンケチを鼻からとられ、おこってもしょうがないというように、はっはっと、顔の一部分でみじかくわらわれた。だがすぐきっとなられて、だれですか、今のは、<ruby><rb>正直</rb><rt>しょうじき</rt></ruby>に手をあげなさいと、見まわされた。

石だ、石だ、と、みんながささやいた。藤井先生は、その「石」をさがされた。そして、いちばんうしろの<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>ぎわに発見した。石太郎は、新しい先生だからてれくさいとみえて、つくえの上に立てた表紙のぼろぼろになった<ruby><rb>読本</rb><rt>とくほん</rt></ruby>のかげに、かみののびた頭をかくすようにしていた。

立っていた春吉君は、そのとき、いい知れぬ<ruby><rb>羞恥</rb><rt>しゅうち</rt></ruby>の<ruby><rb>情</rb><rt>じょう</rt></ruby>にかられた。じぶんの組に、石太郎のような、<ruby><rb>不潔</rb><rt>ふけつ</rt></ruby>な、<ruby><rb>野卑</rb><rt>やひ</rt></ruby>な、非文化的な、<ruby><rb>下劣</rb><rt>げれつ</rt></ruby>なものがいるということを、都会ふうの、近代的な明るい藤井先生が、どうお考えになるかと思うと、まったく、いたたまらなかった。

藤井先生は、相手を見てすこしことばの調子をおとしながら、いろいろ石太郎にきいたが、要領を得なかった。なにしろ石は、くらげのように、つくえの上でぐにゃつくばかりで、返事というものをしなかったからである。

そこで近くにいる古手屋の<ruby><rb>遠助</rb><rt>とおすけ</rt></ruby>が、とくいになって説明申しあげた。まるで見世物の<ruby><rb>口上</rb><rt>こうじょう</rt></ruby>いいのように、石太郎はよく<ruby><rb>屁</rb><rt>へ</rt></ruby>をひること、どんな屁でも注文どおりできること、それらには、それぞれ名まえがついていること<ruby><rb>等等</rb><rt>とうとう</rt></ruby>。

春吉君は、古手屋の遠助のあほうが、そんなろくでもないことを、手がら顔して語るのを聞きながら、それらのすべてのことを、あかぬけのした、頭をテカテカになでつけられた藤井先生が、どんなにけいべつされるかと思って、じつにやりきれなかったのである。

一年おきにやってくる、町の小学校との合同運動会でも、春吉君は、石太郎の存在をうらめしく思った。その日には春吉君の学校は、白いべんとうのつつみを<ruby><rb>背中</rb><rt>せなか</rt></ruby>にしょって、半里ばかりの道を、町の大きい小学校へやっていく。大きなりっぱな小学校である。木づくりの古い講堂があり、えび茶のペンキでぬられた優美な鉄さくが、門の両方へのびていっている。運動場のすみには、遊動<ruby><rb>円木</rb><rt>えんぼく</rt></ruby>や<ruby><rb>回旋塔</rb><rt>かいせんとう</rt></ruby>など、春吉君の学校にはないものばかりである。ここの小学校の生徒や先生は、みな、町ふうだ。うすいメリヤスの運動シャツ、白いパンツ、足にぬったヨジウム。そして、ことばが小鳥のさえずりににて軽快だ。

春吉君は、一歩門内にはいるときから、もうじぶんたち一団のみすぼらしさに、はずかしくなってしまう。なんという<ruby><rb>生彩</rb><rt>せいさい</rt></ruby>のないじぶんたちであろう。友だちの顔が、さるみたいに見える。よくまあこんな、べんとう<ruby><rb>風呂敷</rb><rt>ふろしき</rt></ruby>をじいさんみたいにしょってきたものだ。まったくやりきれないいなかふうだ。

こういう<ruby><rb>意識</rb><rt>いしき</rt></ruby>が、運動会のおわるまで、春吉君の中でつづく。ちょっとでも、じぶんたちのふていさいなことをわらわれたりすると、春吉君はつきとばされたように感じる。町の見物人たちのひとりが、春吉君のことを、まあ、じょうぶそうな色をしてと、つぶやいたとしても、春吉君は<ruby><rb>恥辱</rb><rt>ちじょく</rt></ruby>に思うのである。町の人がおどろくほどの健康色、つまり、日焼けしたはだの色というものは、町ふうではなく<ruby><rb>在郷</rb><rt>ざいごう</rt></ruby>ふうだからだ。

ある人びとは、<ruby><rb>保護色性</rb><rt>ほごしょくせい</rt></ruby>の動物のように、じき新しい<ruby><rb>環境</rb><rt>かんきょう</rt></ruby>に同化されてしまう。で、藤井先生も、半年ばかりのあいだに、すっかり同化されてしまった。つまり都会気分がぬけて、いなかじみてしまった。洋服やシャツはあかじみ、ぶしょうひげはよくのびており、ことばなども、すっかり村のことばになってしまった。「なんだあ」とか、「とろくせえ」とか、「こいつがれ」などと、春吉君がそのことばあるがため、じぶんの<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきょう</rt></ruby>をきらっているような、げびた方言を、平気で使われるのである。春吉君が、藤井先生も村の人になったということをしみじみ感じたのは、麦のかられたじぶんのある日だった。

午後の二時間め、春吉君たちは、校庭のそれぞれの場所にじんどって、水彩の写生をしていた。小使室のまど下に腰をおろして、学校のげんかんと、空色にぬられた朝礼台と、そのむこうの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">けし</span>のさいているたんざく型の花だんと、ずうっと遠景にこちらをむいて立ってる二宮金次郎の、本を読みつつ<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">まき</span>をせおって歩いているみかげ石の像とをとりいれて、一心に<ruby><rb>彩筆</rb><rt>さいひつ</rt></ruby>をふるっていた春吉君が、ふと顔をあげて南を見ると、学校の農場と運動場のさかいになっている<ruby><rb>土手</rb><rt>どて</rt></ruby>の下に腹ばって、藤井先生が、なにか土手のあちら側にむかってあいずをしていられる。

いちはやく気づいたものがもうふたり、ばらばらとそちらへ走っていくので、春吉君も<ruby><rb>画板</rb><rt>がばん</rt></ruby>をおいてかけつけると、土手の下に、水を通ずるため設けてある細い土管の中へ、竹ぎれをつっこんでいる先生が、落ちかかって鼻の先にとまっている<ruby><rb>眼鏡</rb><rt>めがね</rt></ruby>ごしに春吉君を見て、

「おい、ぼけんと見とるじゃねえ、あっちいまわれ。こん中に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いたち</span>がはいっとるだぞ。今こっちからつっつくから、むこうで、<ruby><rb>屁</rb><rt>へ</rt></ruby>えこき虫といっしょにかまえとって、つかめ。にがすじゃねえぞ」

と、つばをとばしながらおっしゃった。

むこう側へこしてみると、なるほど、屁えこき虫の石太郎が、このときばかりはじつにしんけんな顔つきで、そこのどろみぞの中にひざこぶしまではいって、土管の中へ、右手をうでのつけねまでさし入れている。うでをすっかり土管の中につっこんでいるので、しぜん頭が横むけに土手の草におしつけられ、なにか、土手の中のかすかな物音に、耳をすまして聞いているといった<ruby><rb>風情</rb><rt>ふぜい</rt></ruby>である。

じき近くにあるあひる小屋にいる二わのあひるが、人のけはいでひもじさを思い出したのか、があがあとやかましく鳴きだした。

春吉君は、どろみぞの中へとびこんでいく気にはなれなかったし、石太郎が土管のあなを受け持っているからには、よけいな手だしはしないほうがいいので、ほかのものといっしょに見ていた。

「ええか、ええかあ、にがすなよおっ」

という藤井先生の声が、地べたをはってくる。石太郎はだまって、<ruby><rb>依然</rb><rt>いぜん</rt></ruby>、土手の声に聞き入っていたが、やがて、土手についていたもう一方の手が、ぐっと草をつかんだかと思うと、土管の中から、右手を<ruby><rb>徐々</rb><rt>じょじょ</rt></ruby>にぬきはじめた。

首ねっこを力いっぱいにぎりしめられていた大きな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いたち</span>は、<ruby><rb>窒息</rb><rt>ちっそく</rt></ruby>のためもうほとんど死んだようになっていて、土管の外へ出ると、だらりとえりまきを見るようにぶらさがったが、すこし石太郎が手をゆるめたのか、なにかかき落とそうとするように、四<ruby><rb>肢</rb><rt>し</rt></ruby>をもがいた。するとそのとき、どろみぞからあがっていた石太郎は、ちくしょうと口ばしって、目にもとまらぬ<ruby><rb>敏捷</rb><rt>びんしょう</rt></ruby>さで、いたちを地べたへたたきつけた。

ぼたっと重い音がして、古<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いたち</span>は、のびてしまった。春吉君は、いつも<ruby><rb>水藻</rb><rt>みずも</rt></ruby>のような石太郎が、こんなにはっきり、ちくしょうっという日本語を使ったこともふしぎだったし、こんなにすばしこい<ruby><rb>動作</rb><rt>どうさ</rt></ruby>ができるということも不可解な気がした。

それはともかく、そのとき春吉君は、藤井先生が、このかたいなかの、学問のできない、<ruby><rb>下劣</rb><rt>げれつ</rt></ruby>で<ruby><rb>野卑</rb><rt>やひ</rt></ruby>な生徒たちに、しごく適した先生になられたことを感じたのである。といって、べつだん失望したわけでもない。けっきょく、親しみをおぼえて、それがよかったのだ。

藤井先生は、石太郎ととらえたあのいたちを、へびつかみの<ruby><rb>甚太郎</rb><rt>じんたろう</rt></ruby>に、二円三十銭で売った。その金で、小使いのおじさんと一ぱいやったという話を、二、三日して春吉君は、みんなからただおもしろく聞いた。先生はまだ独身で、小使室のとなりの宿直室で<ruby><rb>寝起</rb><rt>ねお</rt></ruby>きしていられたのである。

教室でも先生が変化したことは、同じことだった。坂市君や、<ruby><rb>源五兵衛</rb><rt>げんごべえ</rt></ruby>君や、<ruby><rb>照次郎</rb><rt>てるじろう</rt></ruby>君などが、知らない文字をうのみにして<ruby><rb>読本</rb><rt>とくほん</rt></ruby>を読んでいっても、最初のころのように、え、え、と、優美にとがめるようなことはされなくなった。年よりの、ぜんそくもちの石黒先生と同じように、知らんふりしてズボンのポケットに両手をつっこんで、つくえのあいだを散歩していられるのであった。

こういうぐあいに、すべての点で藤井先生はいなかの気ふうにならされ、のみならず、いなかふうをマスターするようにさえなったのだが、石太郎の、授業中にときどき音もなくはなつ<ruby><rb>屁</rb><rt>へ</rt></ruby>にだけは、あくまで妥協できなかったのである。

情景はおおよそ、<ruby><rb>次第</rb><rt>しだい</rt></ruby>がきまっていた。まず最初にそれを発見するのは、石太郎の前にいる学科のきらいな、さわぐことのすきな、顔が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がま</span>ににている古手屋の<ruby><rb>遠助</rb><rt>とおすけ</rt></ruby>である。かれは、先生のまじめなお話などいささかもわからないので、どんなに、クラス全体が一生けんめいに先生の話に<ruby><rb>傾聴</rb><rt>けいちょう</rt></ruby>しているときでも「あっ、くさっ、あっ、あっ」といいだす。

すると、教室のその一<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>から、「あっ、くさっ、あっ、くさっ」という声が、<ruby><rb>波紋</rb><rt>はもん</rt></ruby>のようにひろがり、ざわめきだす。すると藤井先生は、あわててハンケチを胸のポケットから出す。（あまり<ruby><rb>倉卒</rb><rt>そうそつ</rt></ruby>にとり出すので、<ruby><rb>頭髪</rb><rt>とうはつ</rt></ruby>をすく小さいくしが、まつわってとび出したこともある）ハンケチで鼻をしっかりとおさえる。鼻声で、まどをあけろ、まどを、そっちも、こっちもと、<ruby><rb>下知</rb><rt>げち</rt></ruby>なさる。

それから南のまどぎわへ歩いていって、外の空気をすうために、ややハンケチをおはなしになる。藤井先生のいつもきまった動作がおもしろいので、生徒らは、男子も女子も、ますます、くさいとさわぐ。すると、古手屋の遠助が、きょうは<ruby><rb>大根屁</rb><rt>だいこんぺ</rt></ruby>だとか、きょうはいも屁だとか、きょうは、えんどう豆屁だとか、正確にかぎわけて、手がら顔にいうのである。

みんなは、遠助の<ruby><rb>鑑識眼</rb><rt>かんしきがん</rt></ruby>を信用しているので、かれのいったとおりのことばを、また伝えはじめる。

「あ、大根屁だ。大根くせえ」

というふうに。ようやく<ruby><rb>喧騒</rb><rt>けんそう</rt></ruby>が大きくなったころ、先生は、

「だれだっ」

と一かつされる。一同はぴたっと沈黙する。そして申しあわせたように、教室の後方に頭をめぐらす。みんなの視線の集まるところに、屁えこき虫の石太郎が、てれた顔をつくえに近くさげて、左右にすこしずつゆすっているのである。

その<ruby><rb>静寂</rb><rt>せいじゃく</rt></ruby>の時間がやや長くつづくと、石だ、石だ、という声が、こんどはだれいうとなく、石太郎よりもっとも遠い一角より起こってくる。藤井先生は黒板のうらがわにかけてある竹のむちを持って、つかつかと石太郎のところへいき、いいかげんにしとけと、むちの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">え</span>で、石太郎のこめかみをこづかれる。そのときは先生も、石太郎と協力してとった古<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いたち</span>の代で、一ぱいいけたことは、忘れていられるように見えるのである。

こういう情景は、もうなんどくり返されたかしれない。いつも判でおしたかのごとく同じ順序で。

秋もはじめのころの、学校の前の松の木山のうれに、たくさんのからすがむれて、そのやかましく鳴きたてる声が、勉強のじゃまになる、ある晴れた日の午後であった。

春吉君たちは、六時間めの<ruby><rb>手工</rb><rt>しゅこう</rt></ruby>をしていた。その日の手工は、かわら屋の森一君がバケツ一ぱい持ってきたねんどで、思い思いの<ruby><rb>細工</rb><rt>さいく</rt></ruby>をするのである。

春吉君は茶のみ茶わんをつくっていた。ほんとうの茶わんのように、土をうすく、しかも正しい円形につくることは、なかなかよういではない。すでになんべんも、できあがった茶わんが意にみたず、ひねりつぶし、またはじめからやりなおしていた。そしてついに、こんどこそはと思われる<ruby><rb>逸品</rb><rt>いっぴん</rt></ruby>ができあがりつつあった。春吉君は、細心の注意をはらって、竹べらをぬらしては、茶わんのはらの<ruby><rb>凹凸</rb><rt>おうとつ</rt></ruby>をならしていった。

すっかり茶わんに心をうばわれ、ほかの、いっさいのことを忘れていたが、ふとわれに返った春吉君は、「しまった」と思った。朝からすこし腹ぐあいがわるく、なにか重いものが下腹いったいにつまっている感じで、ときどき、ぷつぷつと豆のにえるような音もしていたので、ゆだんすると<ruby><rb>屁</rb><rt>へ</rt></ruby>をするぞと、心をいましめていたのだが、ついに、しごとに熱中していて、今その屁を音もたてずにしてしまったのである。おかげで腹がかるくなったが、腹のかるくなるほどの屁というものは、はげしい臭気をともなっているはずだと、春吉君は思った。

うまくだれも気づかずにいてくれればよいがと、春吉君はひそかに願った。ならびの席にいる<ruby><rb>源五兵衛</rb><rt>げんごべえ</rt></ruby>君は、鼻じるをすすりながら、ぶかっこうに大きな動物――たぶん、かめだろうと思われるが、ともかく四足動物の四本めの足をくっつけようと努力している。うしろの照次郎君も、<ruby><rb>与之助</rb><rt>よのすけ</rt></ruby>君も、それぞれの制作に余念がない。

すこし時間がたった。春吉君はたすかったと思った。と、そのせつな、古手屋の遠助が、あ、くせ、と、第一声をはなった。すぐに、くせえ、くせえ、という声が、四方に伝わった。春吉君は、はずかしさで顔がほてってきた。

いつもと同じさわぎがはじまった。屁えこき虫の石太郎が屁をはなったときと、<ruby><rb>寸分</rb><rt>すんぶん</rt></ruby>ちがわぬことが。

春吉君は、どうしていいのかわからない。もう、なりゆきにまかすばかりだ。

やがて古手屋の遠助が、きょうは<ruby><rb>大根菜屁</rb><rt>だいこんなっぺ</rt></ruby>だといった。なんという<ruby><rb>鋭敏</rb><rt>えいびん</rt></ruby>な<ruby><rb>嗅覚</rb><rt>きゅうかく</rt></ruby>だろう。たしかに春吉君は、けさ大根菜のはいったみそしるでたべてきたのである。

やがてさわぎが大きくなりだしたころ、藤井先生が例によって、

「だれだっ」

とどなられた。春吉君は意味もなくねんどをひねりながら、いきをのんて、<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>をふせた。みんなの視線が、ちょうどいつも石太郎の上に<ruby><rb>蝟集</rb><rt>いしゅう</rt></ruby>するように、きょうは、じぶんにそそがれているのだと思いながら。

いまにどこからか、春吉君だという声が起こってくるにそういない、と思った。そういうふうにすっかり<ruby><rb>観念</rb><rt>かんねん</rt></ruby>していたので、石だ、石だ、というあやまった声があがったときには、じぶんの頭上に落ちてくるはずのげんこつが、わきにそれたように、ほっとしたきみょうな感じになった。

顔をあげてみると、意外にも、みんなの視線は、春吉君に集中されておらず、やはり石太郎の方にむいているのだ。

藤井先生が、黒板のうらにかかっているむちをとって、つかつかと石太郎の前に歩いていかれる。春吉君の心の底から、正義感がむくっと起きてきた。じぶんだといってしまおうか、しかし、だれひとり、じぶんをうたがってはいないのである。ここで白状するのは、なんともはずかしい。先生が石太郎の席に達するまでのみじかい時間を、春吉君の中で正義感と<ruby><rb>羞恥心</rb><rt>しゅうちしん</rt></ruby>とが、めまぐるしい闘争をした。それが春吉君の<ruby><rb>動悸</rb><rt>どうき</rt></ruby>を、<ruby><rb>鼓膜</rb><rt>こまく</rt></ruby>にドキッドキッとひびくほど、はげしくした。そして、しばらく正義感がおさえられた。

反射的に、ねんどを親指と人さし指の腹ですりつぶしながら、春吉君は見ていた。石太郎はいつもと変わらず、てれた顔をつくえに近くゆすっている。いまに、おれじゃないと弁解するかと、春吉君がひそかにおそれながらも期待していたのに、その期待もうらぎられた。石太郎は、むちでこめかみをぐいとおされ、左へぐにゃりとよろけたが、<ruby><rb>依然</rb><rt>いぜん</rt></ruby>てれたような表情で、沈黙しているばかりである。

春吉君はよぎなく、じぶんの罪を白状させられる機会は、ついにこなかった。これでさわぎはすんでしまった。一同は、ふたたび作業にとりかかった。

しかし春吉君だけは、事がまだ終末にいたっていない。気持ちにせおいきれぬほどの負担ができてしまった。春吉君には、こんな経験は、生まれてはじめてといってもよい。春吉君はいままで、修身の教科書の教えているとおりの、正しいすぐれた人間であると、じぶんのことを思っていた。

今、じぶんが沈黙を守って、石太郎にぬれぎぬをきせておくことは、正しいことではない。じぶんは、どうどうというべきである。いまからでもよい。さあ、いまから。そう口の中でいいながら、どうしても立ちあがる勇気が出ないのであった。

春吉君はくやしさのあまり、なきたいような気持ちになってきた。それをはぐらかすために、できあがっていただいじな茶わんを、ぐっとにぎりつぶしたのである。

＊

まったくこれは、春吉君にとって、この世における最初の、じぶんで処理せねばならぬ<ruby><rb>煩悶</rb><rt>はんもん</rt></ruby>であった。それは家へ帰ってからも、つぎの日学校にふたたびくるまでも、しつこく春吉君のあとをつけてきた。たいていのなやみは、おかあさんにぶちまければ、そして場合によっては少々なけば、解決つくのだが、こんどは、そういうわけにはいかない。

だいいち、どういっておかあさんに説明したらいいのか。雑誌がほしいとか、おとうさんのだいじな<ruby><rb>鉢</rb><rt>はち</rt></ruby>をわってしまったとかならば、かんたんにじぶんのなやみを知ってもらえるが、これはそんなやさしいものではない。複雑さが、春吉君の表現をこえている。<ruby><rb>屁</rb><rt>へ</rt></ruby>をひった話などしたら、まっさきにおかあさんはわらいだしてしまうだろう、とても、まじめにとってくれぬだろう。

春吉君は、ただじぶんの正しさというものに汚点がついたのが、しゃくだった。ちょうど、買ったばかりの白いシャツに、<ruby><rb>汚泥</rb><rt>おでい</rt></ruby>の<ruby><rb>飛沫</rb><rt>ひまつ</rt></ruby>をひっかけられたように。

石太郎にすまないという気持ちや、石太郎はぎせいに立ってえらいなという心は、ぜんぜん起こらなかった。石太郎が弁解しなかったのは、他人の罪をきて出ようというごとき<ruby><rb>高潔</rb><rt>こうけつ</rt></ruby>な動機からでなく、かれが、歯がゆいほどのぐずだったからにすぎない。

また石太郎は、なんどむちでこづかれたとて、いっこう<ruby><rb>骨身</rb><rt>ほねみ</rt></ruby>にこたえない。まるで日常<ruby><rb>茶飯事</rb><rt>さはんじ</rt></ruby>のようにこころえているのだから、いささかも、かれにすまないと思う必要はないわけである。

むしろ、石太郎みたいな屁の常習犯がいたために、こんななやみが残ったのだと思うと、かれがうらめしいのである。

しかし、ときが、春吉君の<ruby><rb>煩悶</rb><rt>はんもん</rt></ruby>を解決してくれた。十日もすると、もうほとんど忘れてしまった。

だが春吉君は、それからのち、屁そうどうが教室で起こって、例のとおり石太郎がしかられるとき、けっしていぜんのようにかんたんに、それが石太郎の屁であると信じはしなかった。だれの屁かわからない。そしてみんなが、石だ、石だといっているときに、そっとあたりのものの顔を見まわし、あいつかもしれない、こいつかもしれないと思う。

うたがいだすと、のこらずのものがうたがえてくる。いや、おそらくは、だれにもいままでに、春吉君と同じような経験があったにそういないと考えられる。

そういうふうに、みんな<ruby><rb>狡猾</rb><rt>こうかつ</rt></ruby>そうに見える顔をながめていると、なぜか春吉君は、それらの少年の顔が、その父親たちの狡猾な顔に見えてくる。おとなたちが、せちがらい世の中で、表面はすずしい顔をしながら、きたないことを平気でして生きていくのは、この少年たちが、ぬれぎぬをものいわぬ石太郎にきせて知らん顔しているのと、なにか、にかよっている。しぶんもそのひとりだと反省して、<ruby><rb>自己嫌悪</rb><rt>じこけんお</rt></ruby>の情がわく。だが、それは強くない、心のどこかで、こういう種類のことが、人の生きていくためには、<ruby><rb>肯定</rb><rt>こうてい</rt></ruby>されるのだと、春吉君には思えるのであった。