Soranoha

壺井栄作品集『暦』解説

つぼいさかえさくひんしゅう『こよみ』かいせつ

宮本 百合子

小説をかくひととしての壺井栄さんが人々の前にあらわれたのは一九三八年(昭和十三年)の末のことであった。この集にはおさめられていない「大根の葉」という作品をよんだ人々は、これまでの婦人作家の誰ともちがった気質と話しぶりとをもっている一人の婦人作家をそこに発見したのだった。つづいて「暦」が栄さんの作家としての力量を動かしがたいものとして示した。

作品集「暦」の出版記念会が一九四〇年(昭和十五年)の春にもたれたとき、テーブル・スピーチに立った人々は、云い合わせたように、壺井栄さんの温く明るく生活の営みを愛して生きぬいてゆく人間としての実力を高く評価した。同時に、ある人は、壺井栄さんがこの頃小説をかき出したにしては、非常に技術がしっかりしているのを、一つの不思議として話した。

昭和十三年―十五年という年は、一方に戦争が拡大強行されて、すべての文化・文学が軍部、情報局の統制、思想検事の監視のもとにおかれるようになりはじめた時代だった。これまでの文学が、しかけていた話の中途でその主題をさえぎられたように方向を失い萎縮しはじめた時期だった。その半面に昭和十四年は、特に婦人作家たちの活躍した年として特徴づけられた。その原因について、男の文学者の或る人は、女性の社会感覚がせまいことがかえって幸して、主観のうちにとらえられている主題を外界に煩わされずに――荒々しい社会性に妨げられずに一意専念自分の手に入った技巧でたどってゆくから、この文学荒廃の時期に、婦人作家は思いがけない花を咲かせた、と解釈した。

壺井栄さんが、偶然そのころから小説をかき出したというのは、やっぱり、この婦人作家も社会性がよわくて、女の作家という特殊地帯であらい風をさけられたからであったのだろうか。事実は、全くその反対である。壺井栄さんが小説をかいたのは、「大根の葉」がはじめてでもなければ「暦」がはじめてでもなかった。栄さんの小説勉強は思いつきのものではない。詩人である壺井繁治さんが、プロレタリア文化運動のために投獄されていた留守のころ、何かの雑誌で栄さんの書いた短篇をよんだことがあった。「財布」という題であったように思う。働いて娘と暮しているつましい若い母が、一ヵ月の労苦のかたまりである月給を入れたまま財布を失った事件がかかれていた。若い母親のつとめさきである下町の時計問屋の生活の内部の情景、困難や災難にも明るさを失うまいとして娘と生きたたかっている妻、母の思いも克明に描かれていた。栄さんは、おそらく現実にそういう経験をしたことがあったのではなかったろうか。そして、獄中の繁治さんのためにも、その小説が印刷されるように努力したのではなかったろうか。

その短篇は、主題は働いて生きる女性の積極な面をとらえていても、表現は一般的な写実の範囲にあった。ところが、それから四五年したら、「大根の葉」「暦」と、壺井栄さん独特の作風をもつ作品が生まれはじめた。これは、壺井栄さんが婦人作家のおちいりやすい技巧をこねまわした工夫の結果ではなかった。わたしは、むしろ、人間として女としての壺井栄さんが、ある意味で腹を立て、地声で、自分の言葉と云いまわしで、素直で自然な多くの人々はどう生きるかということについてすぱすぱとものを云いはじめた結果だと思う。さもなければ、「財布」から「大根の葉」「暦」への決定的な表現の飛躍が理解されない。ますます息づまって来る当時の戦争万能の社会の空気と、そのなかでからくも情緒的な何かを保とうとしているいわゆる女流の文学。そのころはプロレタリア文学の運動も挫かれていた。壺井栄さんは、『戦旗』の発行や発送のためには大きい見えない力として扶たすけた人だった。良人や息子を獄中に送った女の人々のよい相談あいてであるばかりでなく励ましてであった。子供のうちから体で働いて生きながら、そのような人生の中に美しいもの、愛くるしいもの、素朴で、うそのない親愛なものの存在するのが、働く人々の宝であることを感じて生きて来た婦人の一人である。自身、人間の生活に何かのよろこびをもたらさずにはいられない栄さんが、世間も文学もあの息苦しさと人為的な形にしいられるなかで、こらえ切れなくなった息を一つ深く深く吸いこみ、さて、と立って襷をかけ、動き出したのが、「暦」そのほかこの集にもおさめられたいくつもの作品であったのではないかと思う。「暦」にしろ、「女傑の村」にしろ、盲目の女の子を語る「赤いステッキ」、子供の労働を、ひとりでにいつか遊戯と絡まり合う自然の姿で描いた「桃栗三年」、不幸だった女がみかん畑の日雇い婆さんで暮している晩年に、ふとあったかい人生の道づれを見出す「三夜待ち」、それぞれの題にふくらみと生活性がこもっているとおり、すべてこれらの物語は、読者のこころにふれ、人生は生きるに価するところである思いを与える。だが、壺井栄さんは、ただたくまないたくみさで、あれからこれへと人生風景を語っているのではない。「女がこんな風なのは一体どこが悪く、何がそうさせるのだろうか」(「暦」第一一章)壺井栄さんの全作品を貫いて、この疑問がつよく、くりかえして提出されているのである。女がこんな風なのは、という言葉とその意味とは、社会がこんな風なのは、の同義語としてあらわされてもいる。(「赤いステッキ」及びここに入っていない「廊下」など)

一九四五年八月からあと、日本の社会生活には女がこんな風なのは、つまり社会がこんな風なのは一体どこがわるくて、何がそうさせるのだろう、という作者と読者に共通な課題を解決して行こうとして、働く人民の政党・労働組合・文化団体などができた。壺井栄さんのこの時代の作品の多くは、人民が自分たちの生存を発揮してゆくために必要ないろいろの組織をもてなかった時代のものであった。きょう、人民は組織をもつようになった。しかし、それを持たすまいとして日夜活動をつづけている権力がある。その権力は金の魔力で組織をこわしさえもする。それとたたかい、不幸から自分たちの運命を救い出してゆくのが、わたしたちの生活の切実な実体だとすれば、壺井栄さんのこの作品集にたたえられている働いて生きるものの実際から苅りとられて来ている智慧、ものわかりよさ、決断、きたないことをきらう精神は、人民生活のもつよりよい素質のいくつかとしてはっきり評価されていい。よい素質だけで人民は歴史の主人となり得ない。組織に属し一定の認識をもつだけで、或はそういう人々だけで幸福の道をきりひらくことも出来ないであろう。現代の歴史がもっているこの機微についても、これらの作品は読者に考えさせるものをもっているだろうと思う。

〔一九四九年十月〕

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十三巻」新日本出版社
1979(昭和54)年11月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十一巻」河出書房
1952(昭和27)年5月発行
初出:壺井栄著「暦」解説、光文社日本文学選
1949(昭和24)年10月
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年4月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/003009_000311/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/003009_000311/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/003009_000311/

宮本 百合子「壺井栄作品集『暦』解説」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十三巻』新日本出版社、1979年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 003009_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite