Soranoha

ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ

ドレフューだいぎごくとエミール・ゾーラ

幸徳 秋水

近時世界の耳目を聳動せる仏国ドレフューの大疑獄は軍政が社会人心を腐敗せしむる較著なる例証也。

見よ其裁判の曖昧なる其処分の乱暴なる、其間に起れる流説の奇怪にして醜悪なる、世人をして殆ど仏国の陸軍部内は唯だ悪人と痴漢とを以て充満せらるるかを疑わしめたり。怪しむ勿き也。軍隊の組織は悪人をして其凶暴を逞しくせしむること、他の社会よりも容易にして正義の人物をして痴漢と同様ならしむるの害や、亦他の社会に比して更に大也、何となれば陸軍部内は××の世界なれば也。威権の世界なれば也、階級の世界なれば也。服従の世界なれば也。道理や徳義の此門内に入るを許さざれば也。

蓋し司法権の独立完全ならざる東洋諸国を除くの外は此如き暴横なる裁判、暴横なる宣告は、陸軍部内に非ざるよりは、軍法会議に非ざるよりは、決して見ること得ざる所也。

然り是実に普通法衙の苟も為さざる所也。普通民法刑法の苟も許さざる所也。

而も赳々たる幾万の豼貅、一個の進んでドレフューの為めに、其寃を鳴し以って再審を促す者あらざりき。皆曰く。寧ろ一人の無辜を殺すも陸軍の醜辱を掩蔽するに如かずと。而してエミール・ゾーラは蹶然として起てり。彼が火の如き花の如き大文字は、淋漓たる熱血を仏国四千万の驀頭に注ぎ来れる也。

当時若しゾーラをして黙して己ましめんか、彼れ仏国の軍人は遂に一語を出すなくしてドレフューの再審は永遠に行われ得ざりしや必せり。彼等の恥なく義なく勇なきは、実に市井の一文士に如かざりき。彼軍人的教練なる者是に於て一毫の価値ある耶。

孔子曰く、自らなして直くんば千万人と雖も我往かんと。此意気精神、唯一文士ゾーラに見て堂々たる軍人に見ざるは何ぞや。

或は曰く、長上に抗するは軍人の為す可らざる事、且つ為すを得ざるの事也。ドレフュー事件の際に於ける仏国軍人の盲従は、未だ以って彼等の道心欠乏を証するに足らずと。果して然る乎。

底本 / Source edition

底本:「日本プロレタリア文学大系(序)」三一書房
1955(昭和30)年3月31日初版発行
1961(昭和36)年6月20日第2刷
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2001年12月17日公開
2005年12月10日修正
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幸徳 秋水「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」(新字新仮名)、底本『日本プロレタリア文学大系(序)』三一書房、1955年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 002946_000261, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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