Soranoha

『長女』について

『ちょうじょ』について

宮本 百合子

野沢富美子の作品集『長女』に収められている「長女」「陽のない屋根」「過失」などは、いずれも現代日本の庶民の生活の偽らず飾らない記録として読者に迫って来る一種の力を持っている。綺麗ごとで生活の上皮を塗って暮している人々にとって、ここに描かれている生活はそういう生活が現実に在るということで一つの権利を示しているようでもある。

「凝視」という作品を私は様々の感想を動かされながら読んだ。体が悪くて働けない十九の娘の野沢富美子が、父と弟とに「豚、食いつぶし、くたばりぞこない、厄病神」などと罵られながら、荒々しい境遇に荒々しく抵抗して「煉瓦女工」が出てから一躍有名になり有名になったことに絡んで又そこに別な荒っぽい波の打って来た前後のことをありのまま書き連ねたものである。

ここには、野沢富美子が、急に自分をとりかこんで天才だの作家だの人気商売だからと半ば嚇おどかすように云ったりする人間だの、急におとなしくなった家のものだのに向って感じる信頼の出来ないいやな心持が、極めて率直に語られている。富美子の生麦弁を「言葉の気魄」とかいたりすることへの皮肉な気分も書かれていて、それ等の反撥はいずれも同感をもって思いやられた。野生な自然な反撥があるのだが、同時に野沢富美子が、その反撥をバカな流行唄をジャンジャン歌うというような形でしか表現することを知らないことに、心からの気の毒さを感じる。深い時代的な意味も加わってこの気の毒さは感じられるのである。所謂お品をよくするのでなしに、彼女の生活力と文才とを健全に成長させ、境遇の意味をひろい視野から理解させてやることこそ周囲の人の責任であろうと思う。

〔一九四一年一月〕

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十二巻」新日本出版社
1980(昭和55)年4月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
親本:「宮本百合子全集 第八巻」河出書房
1952(昭和27)年10月発行
初出:「朝日新聞」
1941(昭和16)年1月15日号
入力:柴田卓治
校正:松永正敏
2003年2月13日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「『長女』について」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十二巻』新日本出版社、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 002910_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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