Soranoha

新女性のルポルタージュより

しんじょせいのルポルタージュより

宮本 百合子

集った原稿をよんで、生活のルポルタージュというものは案外むずかしいものであることを深く感じました。

ごく主観的に自分の気持というものを自分の気持の内からだけ書いた感想のようなものが多いことも、現代の社会での若い婦人の生活について考えさせます。そういう文章は、なるほどこの人はこんな心持でいるということだけは分らせるけれど、ルポルタージュとして今日の社会に生きる一人の女性とその周囲とのいきさつを丸彫りに浮び上らせて来ないから、読んだ人がそこから自分と自分の周囲を考えるヒントを得て来ることも出来ないし、又、書いている人自身にしても、そのルポルタージュをかくことで自分の生活や気持を社会の関係のなかで見直したしかめてゆく助けにならせることも出来ないでしょう。

生活記録というものは、自分とその周囲との生活や心持なりを、只私はこう思うという点で表現するばかりでなく、私がこう思って生きているのはどういう訳と条件があるからなのだろうか、というところまで考えて見て、書かれなければならないものだと思います。

佳作三篇

(一)木枯。(奈良)  鷹美艶

これは小学校の女先生の報告です。特別鋭い観察や感情があるわけではないが、自分の仕事のなかでめぐり会った一情景と感情とを社会の姿として描き出しているところが、一番まとまっていました。書き方が小品との区別を明かにしていないようなところがありますが、ルポルタージュとしては、もっと具体的にその小学校のある地域の特殊性などをはっきり書く方がいいと思います。

所謂文学的な言葉のあやにかかずらう必要もないと思います。

(二)母への報告(熊本)  中島敏子

稚いけれども、母亡いのち一家のために役立とうとして暮している娘さんのひとすじの生活が語られています。

こんな気取りのない調子で、いろいろ複雑な生活の観察も書かれたらルポルタージュとしてよいものが出来るだろうと思いました。

(三)仕事場書き抜き  藤川睿子

地方の町で洋服仕立屋をやっている娘の生活やその気持が出ていると思います。しかし、その率直な表現はよいとして筆者は生活に向ってゆく自分の勝気というものを自分でどう内省していられるでしょうか。それから又、年期を中途で去った弟子に対して怒る自分の心持を、仕立屋商売という立場の利害からせめてはいくらかなりともふみ出したところで見ているでしょうか、地方産業が守られる必要は当然ですが、弟子の動きをよしんばそれが間違っているにしろ若い弟子が時代の波に動かされる姿として観察することは出来なかったでしょうか。

現代の世相に対してこのような自分の立場からの怒りだけを感じ、それを肯定して生活することは、人間としての心のゆたかさの点から一考されてよいでしょう。(井上澄江さんの「怒る日々」という文章も、この頃の人手不足から地主と小作の地位が逆になった有様への憤りを、生活感情全体への憤懣に押しひろげたところのものでした。)

刻々と生活が変化する今日の時代の若い婦人は、自分の損得から一歩出て人間社会の動きを見得る眼の力が大切です。その人が生きてゆく心のために必要です。

猶題の抄という字は、それだけで抜き書きの意味ですからとりました。

選外

「文化映画編輯室より」(桂将子)これは真面目な気持で執筆されていますが、ルポルタージュというものの性質がのみこめていなかったため、文化映画の仕事の説明となりました。「療養しながら」(田村由岐)ここに語られている心持は実感からのものであり、生活への理解も正しいと思いますが、これも感想であってルポルタージュではないのが残念です。「憂鬱の弁」(玖島ひさ子)勤めている若い女が官僚風な空気の中でくしゃくしゃする気分はかかれていますが、ルポルタージュというものは、後記にかかれているような気分と本文の気分の間に漂う自分を自分で把握した上で具体的に書かれるものでしょう。〔一九四〇年五月〕

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十一巻」新日本出版社
1980(昭和55)年1月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
初出:「女子文苑」
1940(昭和15)年5月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年2月17日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「新女性のルポルタージュより」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十一巻』新日本出版社、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 002819_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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