Soranoha

ソヴェト労働者の夏休み

ソヴェトろうどうしゃのなつやすみ

宮本 百合子

さて、いよいよモスクワも本物にあつくなって来た。

あっちは、日本みたいに梅雨はないが、冬がひどく長い。四月頃やっと雪がとけて、メーデーには、小雨でも降ると、まだどうしてなかなか冷えるという時候だ。

それが五月二十日すぎるとカーッと一時に夏になるんだ。

こないだまでその上でみんながスケートをやってたと思うモスクワ河には河童どもがいっぱいだ。

夕方、仕事から引きあげて来ると、もう早い連中が、河の堤の青い草の上へ服をぬぎすてて、バシャバシャやってる。裸身の親父がまだボシャボシャすることも知らない小さい息子を抱いて、体を洗ってやってると、妻君が嬉しそうにしゃがんで眺めているのなどもよく見かける。

一寸電車にのって行くと、やっぱりモスクワ河に沿って、「文化と休みの公園」という数万坪の大公園がある。

河には職業組合の貸ボートがある。

公園の茂った樹の間には、図書館、芝居、音楽、活動写真館、その他、ラジオだの発明相談所だのがウンとある。素敵な水浴場もある。一晩ゆっくり楽しんだって、隅から隅までは見きれるものじゃない。

白い木綿や麻のルバシカ(シャツの一種)を着たソヴェトのプロレタリアートに支那人もコーカサス人もグルジヤ人も(スターリンが生れたところの人たちだ)混って、愉快に大衆遊戯などやってる光景は、実に世界に二つとない見ものだ。

昔から、劇場は夏になると閉められ、軽い芝居を公園の中の夏舞台でやる習慣だが、今年の夏は、夏もぶっ通して芝居をやるらしい。それは何故かというと、御承知のソヴェトの社会主義建設五ヵ年計画の今年は三年目だ。極く大切な年だ。

これまでだって、ソヴェトのプロレタリアートは力を合わせ、この大仕事の完成に努力して来たが、今年の力瘤の入れようはまた別だ。

働くのに五日週間制で、順ぐり「間断なき週間」でやるのに、休みのときの楽しみを与えてくれる文化活動だけが夏休みしちまうのは変だ。芝居も、役者は順ぐり休むがいいが、小屋はズッと開けろという意見が出ているわけだ。

アーク燈に美しく照らされたモスクワ市中の並木道は、日に二時間ぐらいずつ自由時間のある赤衛兵、ピオニェール、その他大衆の散歩で賑やかだ。並木道にも音楽堂があって、労働者音楽団の奏する音楽が遠くまで、夜おそくまで聞える。

ソヴェト同盟はひろい国だ。北と南との端では気候がまるきり違う。モスクワ辺は、五月下旬から九月までが夏で、あと短い雨の多い秋からすぐ半年の冬に入るから、夏の楽しみようは、想像以上なんだ。

ところで、ソヴェトの労働者は、年一ヵ月の有給休暇を貰う。

有名な海岸、温泉場、山の避暑地に昔ブルジョアが建てた立派な別荘、宮殿がある。それが今は勤労者のための「休みの家」になっている。結核療養所になってるところもある。

各工場は、職業組合を通して、めいめい自分たちの「休みの家」を何処かしらに持っている。

職場の連中は、順にその組合の「休みの家」へ出かける。大抵無料だ。けれども、「休みの家」が満員で、順がおそい連中は行けないという場合には「休みのために」或る額の金をくれる。それで、勝手にどっかへ出かけてノーノー一ヵ月休んで来るという仕組みだ。

夏になると、ロシアじゅうのステーションと列車とは、この休暇連中で埋まっちまう。

「君はどこまで行くのかね?」

「俺はコーカサスの『休みの家』だ。――お前は?」

「我々は見学だヨ。スターリングラードの耕作トラクトル工場見学に行って、ずうっとドンの炭山まで視察だ」

見学団も各工場から出る。新しいソヴェトがどんないい工場を持ってるか、集団農場、国営農場はどんなにやっているか、都会の工場からの代表が一大隊繰り出すのにもよく出逢う。

父親や兄が職場からそうして珍らしいところを見学しながら休む時、子供連は、ではどうしてるか?

区の林間学校とピオニェールの夏の野営というものが、ちゃんと子供のために手をひろげて待っている。

親の給料の額によって、有料、無料。とり扱いは全く同一だ。五六十人から五六百人までの男の子、女の子、プロレタリアート闘士の交代者たちが、景色のいい林の間、森や野の中で、これも一ヵ月、勉強し、遊び、働いて来るのだ。

だから実に晴れ晴れとして希望にみちた会話がソヴェトの夏の職場ではとり交わされる。

「おい、お前の休みはいつからだ」

「俺は八月にくれるように工場委員会へたのんで来たよ。女房の奴、『赤いローザ』にいるんだが八月にあっちは貰えるんだそうだ。一緒に貰いたいと思ってね」

「へえ、うまくやるね。俺んところじゃ、また別のプランだぜ。今年は二人とも村へかえるんだ。村が集団農場になって、丁度収穫時だ。ひとつ手伝ってやろうってんだ」

「息子どうするんだ? ペーチャも村か?」

「いや、ありゃピオニェールの野営だよ」

こうして一家揃って一ヵ月を有益に健康に過す。ソヴェト同盟の勤労者が各人一ヵ月を楽しく過す夏の費用は、国家計画部が、ちゃんと一年間の労働保護費へ加算して、各企業の予算へふり当ててあるのだ。〔一九三一年九年〕

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第九巻」新日本出版社
1980(昭和55)年9月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
親本:「宮本百合子全集 第六巻」河出書房
1952(昭和27)年12月発行
初出:「戦旗」
1931(昭和6)年9月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2002年10月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「ソヴェト労働者の夏休み」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第九巻』新日本出版社、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 002739_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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