<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>なるものを描かんと欲するかとの御質問であるが、私は、如何なるものをも書きたいと思う。自分の能力の許す限りは、色々種類の変化したものを書きたい。自分の性情に適したものは、なるべく多方面に<ruby><rb>亙</rb><rt>わた</rt></ruby>って書きたい。<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>し、私のような人間であるから、それは単に希望<ruby><rb>丈</rb><rt>だ</rt></ruby>けで、其希望通りに書くことは出来ないかも知れぬ。で、御質問に対して<ruby><rb>漠然</rb><rt>ばくぜん</rt></ruby>としたお答えではあるが、大抵以上に尽きて居る。私は、或る主義主張があって、その主義主張を創作に依って世に示して居るのではない。であるから、<ruby><rb>斯</rb><rt>こ</rt></ruby>う云うものを書いて斯うしたいと云う、局部的な考えは別にない。従って、社会一般に及ぼす影響とか、感化とか云うけれ<ruby><rb>共</rb><rt>ども</rt></ruby>、それも、作物の種類、性質に依って<ruby><rb>自</rb><rt>おのずか</rt></ruby>ら生じて来るものであるから、斯う云う方面の人を、斯う云う風に、斯う云う点で影響しようと云うのは、<ruby><rb>茲</rb><rt>ここ</rt></ruby>に判然と具象的に出来上ったものに<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>て云うことで、それを、作物の<ruby><rb>未</rb><rt>ま</rt></ruby>だ出来上って居ない未来のことに<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>て、今茲に判然と云うことは出来ない。

では過去の作物に<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>て話せと云うのですか。では<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>の方で質問を呈出して下さい。それに就てお答えすることにします。『<ruby><rb>虞美人草</rb><rt>ぐびじんそう</rt></ruby>』の藤尾の性格は、<ruby><rb>我儘</rb><rt>わがまま</rt></ruby>に育った<ruby><rb>我</rb><rt>が</rt></ruby>の強い所から来たのか、自意識の強いモダーンな所から来たのかと云うのですか。それは両方に<ruby><rb>跨</rb><rt>またが</rt></ruby>って居る。単に自意識の強いモダーンな所を見せようと云う、それを目的にして書いたなら、ああは書かなかったであろう。<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し一面に<ruby><rb>於</rb><rt>おい</rt></ruby>てはそれも含んで居る。柔順な女と、我の強い女を、藤尾と糸公に依って対照させ、そして、<ruby><rb>然</rb><rt>そ</rt></ruby>うした性格の異る二個の女性の運命を書いて見せたのかと云うのかね。別に<ruby><rb>然</rb><rt>そ</rt></ruby>んな考えはない。必ずしも自意識の強い女はああ云う風に終るもので、お糸のように順良な女は、ああ云う結果になると<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>ったものではない。従って、あの作に異った性格を有する二個の女性の運命が書いてあるからと云って、<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>にあの作に依って世間全体のああした性格の女性を説明し尽したと思われては困る。両方ともああ云う性格の女はああなると<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>っては居ない。<ruby><rb>唯</rb><rt>ただ</rt></ruby>、パティキュラー・ケースがああなると云う<ruby><rb>丈</rb><rt>だ</rt></ruby>けで、全体がああ云う運命になると云うことは含んで居ない。

で、ああした二個の女性を描き、あの事件を発展させ、そしてああした終りになったのは、何か教訓的意味を含んで居るのではないかとのお尋ねであるが、一体教訓と言えば、<ruby><rb>所謂</rb><rt>いわゆる</rt></ruby>昔流の小説に於て、道徳上の制裁を、読者も、作者も予期して居た時代に、人の云々した世の中の教訓に合わして<ruby><rb>拵</rb><rt>こし</rt></ruby>らえたのかとお聞きになるのならば、<ruby><rb>然</rb><rt>そ</rt></ruby>うじゃないとお答えする。それは作家として<ruby><rb>茲</rb><rt>ここ</rt></ruby>に一種の教訓的の考えを頭に置いて、其考えに都合の好いように人物を造り、事件を発展させて作物を<ruby><rb>捏</rb><rt>こ</rt></ruby>ね上げたと云うことは、自分で作家の資格を<ruby><rb>削</rb><rt>けず</rt></ruby>り取ると同じことではあるまいか。けれ共、一種の作品が出来て、其作品が、作品として出来上る――<ruby><rb>即</rb><rt>すなわ</rt></ruby>ち作品として外のモーチブに支配を受けないと云う意味、更に言葉を換えて<ruby><rb>詳</rb><rt>くわ</rt></ruby>しく云うならば、自分が利害関係の為めに作品を<ruby><rb>拵</rb><rt>こし</rt></ruby>らえ上げたとか、或は私憤を<ruby><rb>洩</rb><rt>も</rt></ruby>らす為めに書き上げたとか、<ruby><rb>総</rb><rt>す</rt></ruby>べて目的の他にある所の作品は、私は作品として出来上ったとは言わない。作品として出来上ったと云う意味は、何物の支配命令も拘束も受けずに、作品其物を作り上げるを目的として作られた作品のことである。で、作品として出来上った所の其作品が、何かの教訓を読者に与えるなれば、<ruby><rb>敢</rb><rt>あえ</rt></ruby>て作家の辞する所でない。一向<ruby><rb>差支</rb><rt>さしつか</rt></ruby>えないのである。だから読者が『虞美人草』を読んで、此の作は<ruby><rb>斯</rb><rt>こ</rt></ruby>う云う教訓を書くために、それに合せるように<ruby><rb>殊更</rb><rt>ことさら</rt></ruby>に作家が筆を曲げて書いたのだと云うことを感じるなれば、私は其作に殊更故意に書き上げた作為の<ruby><rb>痕跡</rb><rt>こんせき</rt></ruby>が見える<ruby><rb>丈</rb><rt>だ</rt></ruby>け、それ丈け多くの作品としては失敗したものであると言わねばならぬ。

けれ共、作品としては自然と出来上ったもので、<ruby><rb>故</rb><rt>わざ</rt></ruby>とらしく教訓を<ruby><rb>狙</rb><rt>ねら</rt></ruby>って書いたものではないが、自然と出来上った其作品の中に<ruby><rb>於</rb><rt>おい</rt></ruby>て、余は如上の教訓を認め得たと云うなれば、私は作家として満足である。其作物に於て是非共現わさなければならぬと云う作家の一種の哲学に<ruby><rb>捉</rb><rt>とら</rt></ruby>えられて、そして、事件の発展なり、性格の活動なりを、其自分の目的の都合の可いように、作家の私で<ruby><rb>殊更</rb><rt>ことさら</rt></ruby>ああ云う結果に持ち<ruby><rb>来</rb><rt>きた</rt></ruby>らしたと言われては、<ruby><rb>仮令</rb><rt>たとえ</rt></ruby>、其現わさんとした哲学なり、教訓なりを現わす目的を<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>に<ruby><rb>能</rb><rt>よ</rt></ruby>く達しても、作家としての私の面目は<ruby><rb>潰</rb><rt>つぶ</rt></ruby>れる訳になる。

イブセンを能く引合いに出すようであるが、イブセンのものを読むと、彼れは一種の哲学に依って其作品を作り上げて居るけれ共、然し、其作品を読んで、作家が一種の哲学に<ruby><rb>捉</rb><rt>とら</rt></ruby>えられて書いた作品であるとは思われない。描き出されて居る人間が動いて居て、シチュエーションが自然に、殊更筆を曲げたような<ruby><rb>痕跡</rb><rt>こんせき</rt></ruby>なく、あそこまで<ruby><rb>煎</rb><rt>せん</rt></ruby>じ詰められて来て居るのであるから、<ruby><rb>吾々</rb><rt>われわれ</rt></ruby>はイブセンを読んで、彼れは一種の哲学を発表する為めに、殊更な非芸術な作品を作ったとは思わない。イブセンの作に曲ぐ<ruby><rb>可</rb><rt>べか</rt></ruby>らざる生命のあるものは<ruby><rb>其故</rb><rt>そのせい</rt></ruby>だろうと思う。所が、バーナード・ショウになると、私は余り多くは読んで居ないが、<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>自分の読んだだけの範囲で云うと、<ruby><rb>茲</rb><rt>ここ</rt></ruby>に一種の哲学なら哲学があって、それを現わす為めに、殊更な劇を組み立てたように思われる。即ち、其哲学に<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>までも<ruby><rb>囚</rb><rt>とら</rt></ruby>われて居る。哲学に圧迫された劇である。だから<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>にイブセンとショウとの間に、大なる差違があるように思う。即ち同じく哲学を持ち<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら、其哲学の為めに作り上げる作品が<ruby><rb>累</rb><rt>わずら</rt></ruby>いされて、直ちにそれが読者の目に見え<ruby><rb>透</rb><rt>す</rt></ruby>くか、或は自然に作り上げられた作品の中へ、其哲学が畳み込まれるかの別れる処は、ほんの<ruby><rb>僅</rb><rt>わず</rt></ruby>かな一線で、<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>が呼吸ものだと思う。私の『虞美人草』などは問題にもなるまいが、<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>、其<ruby><rb>極</rb><rt>ご</rt></ruby>く<ruby><rb>幽</rb><rt>かす</rt></ruby>かな一線の別れ方に依って、作品として失敗する人と、成功する人とに別れるのである。

教訓的意味を芸術的作品に依って、得る必要はないと云うが、それは、教訓の為めに作品の価値を曲げては<ruby><rb>可</rb><rt>い</rt></ruby>けないので、自然な作品の中から、<ruby><rb>自</rb><rt>おのずか</rt></ruby>ら教訓が浮いて来るなら一向<ruby><rb>差支</rb><rt>さしつか</rt></ruby>えないと思われる。で、<ruby><rb>総</rb><rt>すべ</rt></ruby>ての文芸上の作品は、或る意味に於いて、必ず一種の教訓を持ち来すものである、と私は信じて居る。その教訓の意味とか、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>う云う訳で教訓になるとか云うことに就て述べたいが、今は時間がないから略する。<ruby><rb>尤</rb><rt>もっと</rt></ruby>もこれは今度出版する『文学評論』の中に<ruby><rb>詳</rb><rt>くわ</rt></ruby>しく書いて置いた。