Soranoha

五色温泉スキー日記

ごしきおんせんスキーにっき

板倉 勝宣

僕の腹の中にいつの頃からか変な虫が巣を喰っている。十一月頃からこの虫が腹の中で暴れて、雪が食いたい、雪が食いたいとがなりたてる。そうすると身体中の血がにえ返って、雪の天地が目の前にちらついて、いても立ってもいられなくなってくる。試験が終りに近づく時分には、いよいよ暴れ方が烈しくなって早く雪を食わせないと腹の中で何をされるかよほど心配になってきた。僕が虫に襲われた以上、他にも虫喰いがいるはずだ。大変さがして廻ってやっと小池と小林がやっぱり虫喰いなのを見つけだした。三人の虫喰いが上野駅を午後九時の汽車で五色に向かった。以下記するところは虫の言い草で決して僕の考えでない。僕はただ速記者として忠実に筆記するのみである。

三人の服装を見ると、ジラフのような小池が、上着にしては馬鹿に長いしオーバーにしては馬鹿に短いものを着て、ストッキングをはいている。きっとショートコートとでもいうものだろう。まさか借物じゃあるまい。小林と板倉はまた長いオーバーを着ている。世はままならぬものだ。まるで請負師のようだ。汽車は大変こんで各自盛んにディビッている。いくら切符を同じ値で買っても早い奴とずぶとい奴が席を奪っている。社会の平等を叫ぶ一派の社会主義は、よろしく三等車の席を平等に腰かけられる工夫をして貰いたい。それでもやっと腰を下ろした。小林は汽車が出るともう眠ろうと心がけている。世の中に眠りにきたように心得ている。そのくせ十二時頃から騒ぎ出して人の眠りを妨げた上にトランプを強いた。無暗と騒ぐので四方で迷惑したに違いない。その時は周囲に人がいるのは気がつかなかった。傍若無人とはこれだろう。福島で夜があけた。小池は長い足のやり場に困っている。馬を積む貨車に入れるとよかったがもう仕方がない。これから二台の機関車で前後から持ち上げられるのだ。坂はよほど急だと見えて歩むより遅い。この時分になって小林がまた眠りだした。雪がだんだんと増して汽車は山の懐ろへ懐ろへと進む。汽車の窓には重り合った真白な雪の山と深い谷間を流れる墨画のような谷川が見えて行く。スティームと人いきれで汚れた車内の空気が窓外の景色で洗われたように思われた。瓢箪をさげて見る景ではない。もっと荘厳な、もっと幽邃ゆうすいな景である。汽車は雪よけのトンネルを出たり入ったり、静かな雪の世界に響くような音をたてて行く。よほどたってから小林をたたき起すと目をこすりながら「どうだ素敵な雪だ」といまごろ感心している。呆れてものがいえない。七時に雪の塊があるなと思ったら板谷の停車場に着いていた。おろされたものの見当がつかぬ。停車場の前の五色温泉案内所という札をかけた家に、初めて雪の上を歩きながらとびこんだ。気持ちのいい炉辺に坐りこみながら朝食を頼んで、人夫をついでに頼んだ。雪の世界に固有な静けさといかにも落ちついた気分が、小綺麗な炉にも黒ずんだ柱にも認められる。

まだ五色にはスキーのお客は一人もいないと聞いて大変うれしくなってきた。そのうえ宿屋は千人も宿れるといわれて、少しそら恐ろしいような気にもなった。十時ごろ五色から二人の人夫がスキーで迎えにきてくれた。二町ばかりは雪をはいた線路をつたうので、スキーを抱えながら歩いて行く。左手は線路の下の谷をへだてて真白な山が並んでいる。眼界はことごとく雪である。二つばかりトンネルをくぐって、いよいよ左手の谷に下りることとなった。スキーをつけて下をのぞくと大変急だ。どうも仕方がない。小林と板倉はどうにか首尾よく降りた。さて下に降りて上を仰ぐと、小池の姿が雪の上に巍然ぎぜんと聳えている。そのうちになんとなく危げな腰つきだなと見るまに、身体が雪の上を落下してきて雪煙が勇しく立って、小池の姿は見えなくなった。また見えたなと思うと五、六間してまた煙が上る。神出鬼没じつに自由なものだ。やっと三人が揃って、杉の森をぬけて谷川の上に架した釣橋をゆれながら渡ると大変な急な傾斜が頭の上を圧している。その上に雪が柔い。ひどい目に会いそうだと思いながら人夫の後ろから登って行った。案の定大変すべる。もとよりスキーをはいているから滑るつもりできたのだが、登る時に滑るのははなはだ迷惑だ。後滑りする度に見る見るエナージーが減って行くように思える。小林はあの眼鏡とあの立派に発達した足とをもってしても、なおかつ雪の上にわずかに顔を出した樹の枝にすがってあらゆる奮闘をよぎなくされた。枝は一カ所に留っているけれども、スキーは物理の法則通り下に滑る。したがって身体は一カ所でのびたり縮んだり、雪に孔をあけたり盛んな運動である。ついに勇敢なる将軍も天地の法則を破るあたわず、雪は滑るものと悟ったか「スキーをぬぐ」と悲鳴をあげた。小林のいわゆる「わっぱ」と自ら名をつけたかんじきをはき、膝まで雪にうずめながら歩きだした。小池もまた大変樹の枝を好む。枝につかまったきり別れを惜しんでいる。あるいはひざまずいて離別の涙を流し、あるいは雪の上に身体を横たえて神代の礼拝をしている。ついに天を仰いで「おれもスキーをぬごうか」という。頭上に板倉が気の毒なような痛快を叫びたいような顔をしながら「ぬぐともぐるぜ」と同情のない言を放つ。くやしそうな表情とともに憤然として小池将軍は立った。勇敢なものだ。やっとこの急なところを登るとよほど楽になる。二町も行くと、わが仰ぐ行手に学校の寄宿舎を集めたような建物が後ろに山を背負って巍然とたっている。その建物はことごとく藁でおおわれていた。ついに十一時過ぎにむしろをめくって、小さな入口から宿屋についた。座敷に通されていきなり炬燵にもぐりこんだ。鉄瓶の音のみが耳に入るただ一つの音である。この静けさはただ雪の世界においてのみ味い得るものだ。三人が顔を見合わせた時に、いままでの奮闘の悲惨と浮世はなれたこの神境の心よさとを感じて笑わないわけには行かなかった。あらゆる都の塵をすっかり洗った心持ちである。昼からいよいよ練習にかかった。宿の前の一町ほどは何の障害もない広場で、傾斜も自由に選べる。ことに雪にはだれの跡方もない。三人の庭であるようにむやみと滑った。小池は棒のごとくまっすぐになってくる。そして相変らず忍術を盛んにやって姿を隠す。そのあとにきっと孔があく。忍術と孔とは何かよほど深い関係があるらしい。小林は制動法の名手である。必ず馬にまたがるごとく落着きはらって滑走する。あれでせきばらいでもされたなら何千万の貔貅ひきゅうといえども道を開けるに違いない。板倉の滑り方はなかなかうまいもんだ。うそじゃない。本人がそういっている。雪の上に立って眺めると、遙か前面に鉢盛山がその柔かい雪の線を見せて、その後の雪は夕日にはえて種々な色を見せる。寒さなぞは考えのうちにない。暗くなってから家に入って温泉に入る。トンネルのような岩の下から湯が出ている。馬鹿にぬるいから長く入ってでたらめに声を出す。まだ二日ばかりしないと変に声をふるわす声楽家はこないので少し安心できる。いよいよ寝るとなって枕を見ると鼠色だ。さすがの板倉も降参して、取りかえて貰うと盛んに主張して、女中に交渉したが、洗ってありますとやられてひっこみ、それではこの変な蒲団だけでもと嘆願したら、どうでもいい掛蒲団だけかえてくれたのでまた降参した。やむを得ず手拭いで枕を巻き、タオルで口を予防して三人で炬燵をかこんで神妙に寝た。

十二月二十五日。「もう九時ですぜ」と顔に穴のたくさんあいている番頭さんが火を入れながら枕許で笑った。七時には朝食ができてるんだそうだ。もとより眼鏡は起きない。十時ごろから滑る。昨夜雪が降って昨日のスキーの跡をうめてくれた。小池は今日はどうかして曲れるようになろうと骨を折っている。棒のような身体が右に傾いて行くと思うと、しゃちほこばったまま右に朽木の倒れるごとく倒れる。これは右に廻ろうとするためだそうだ。したがって左も同様である。このくらい思いきりの好い倒れかたは珍しい。真に活溌なものだ。あらためて穿孔虫の名を献ずることにする。この日午後に二高の人が六人ばかりきた。明日からまた穿孔虫がますだろう。恐ろしいことだ。

十二月二十六日。案のごとく穿孔虫がまして孔だらけだ。宿の息子の孝一さんと懇意になった。二十五、六で小林にくらべると小さな、つまり普通の眼鏡をかけている。服装もこっちより完全だ。先輩として尊敬する。棒を五、六本たてて空手でその間を抜けることを練習した。いささか圧倒のきみがあって小林の鼻などは大分のびた。小池は神妙に下で練習している。まだ大きなことはいえないから大丈夫だ。昼から孝ちゃんに連れられて右手の原に行く。土の色などは見たくても見られない。純白な雪があるばかりだ。この二日で土の色は忘れてしまってどこへ倒れても決してよごれない。雪が親しい友達のように思えてきた。この原からはことに連山がよく見える。あらゆる自然の醜なるものをおおったものは雪の天地である。頭上には、広い天がある。眼にうつるものは雪の山々である。マッチ箱のような人間の家が軒と軒とをくっつけてくしゃくしゃにかたまった胸の悪い光景も、紙屑によごれた往来も、臭い自動車もそんなものは影も形もなく消えうせている。夜中のような静けさの中に人間の浮薄をいましめる雪の荘厳がひしひしと迫る。机の上の空論と屁理窟とを木葉微塵にうちくだく大いなる力がこの雪をもって虚偽を悟れと叫んでいる。虚偽を洗えと教えている。小池が雪の中に倒れて荘厳な雪の匂いがあると盛んに主張した。ほんとの真面目を教える匂いである。人間の本性を示す匂いである。雪の匂いをかぎうる人は確かに幸いだ。棒のように倒れても雪の匂いをかげばちっとも損にならない。この原をさきへ行くといい傾斜がある。一線のスキーの跡もないところを滑って行くのは愉快である。とめどもなく滑るような気がする。たちまちにして新天地に達するのだから面白い。眼がだんだん雪に反射されて傾斜が分らなくなってくる。平らだと思うと滑り出す。この新しい場所を教えられた帰りに宿の側で三町ばかり林の中をぬけて滑った。むやみと速くなって恐ろしいなと思うときっと倒れる。恐れては駄目だが木が列のように見え出す、とこれは速過ぎると思ってしまう。馬でひっかけられたより速いように思える。夜は炬燵にあたりながらトランプをやった。

十二月二十七日。朝起きて見ると烈しい風だ。雪がとばされて吹雪のように見える。今日は孝ちゃんに裏の山へ連れて行って貰う約束をしたのでなんだか少し恐ろしくなった。それでもみんなやせ我慢をして決して止めようとはいわない。スキーに縄を結びつけて滑り止めを作った。板倉が三人の弁当を背負ったがきっと潰れるにきまっている。宿の左に直ちに登りにかかるとむやみと急である。垂直に近い崖を角をつけながら登って行くと猛烈な烈風に身体が中心を失いそうになる。雪が顔を横なぐりにして行く。痛いのと寒いのと恐いのとでみんなむきな顔をしていた。この急なところを登ると小屋があってやっと普通な傾斜になる。風は依然として雪を捲いて吹きつけるからセーターの中まで針を通すような寒さが襲ってくる。小さな灌木の間を縫って行くと右手の遙か下の谷に新五色の温泉宿が平面的に見えて、その前に建物の陰か水か、真白な雪の上に薄黒く見えている。水ならきっと凍っているからスケートができるがと思いながら小池に聞くと「陰だよ」と一言のもとにしりぞけられた。登り行く途々鉢盛山の方向には山々が重り合っているのが見えるが、烈しい雪風に立っているのさえつらい。登れば登るほど風はひどくなった。孝ちゃんが早く帰ろうといってくれればよいと思いながら後をついて行った。風と雪とが後から吹くと前にのめりそうだ。いくら雪の景もこう苦しくてはなさけない。小池も小林も猿のような顔をして一言も声を出さない。そのうちに孝ちゃんが止ってこのさきに行っても風がひどいから帰りましょうといったのでたちまち賛成した。後を見るといままで歩いてきた跡はたちまち吹き消されている。孝ちゃんが滑って行ったと思うと影も見えなくなる。こいつは大変だと後を向くともうスキーが滑り出した。谷が実際にひかえているのだからおじけざるを得ない。スキーは遠慮なく低い方へ低い方へと滑って、木でも何でも見さかいなしだから乗ってる人間は気が気じゃない。まだ馬にひっかけられた方が生物だけに少しく安全だ。倒れると大変深くて柔かい雪だからどうにも起きられない。杖はどこまでももぐるし身体ももぐる。どうしても三分以上はもがかねばならない。やたらと力を使用してやっと孝ちゃんの後にくると往きに登った急なところをおろされるのだ。小林は「ここは底が知れませんぜ」といわれて足が振動したようだ。横足のつま先が少し低いとずるりと滑ろうとする。滑れば底なしにころがらねばならない。泣き顔をして恐る恐る足をのばす時はほんとに邪気のない時だ。からいばりをする奴はこういうところに連れてきて二、三度上下さしたら薬になるだろう。やっと下ってきてもう僅かになったので、板倉はまっすぐに急なところを下りたのはいいが雪が深いからたちまち桜の木の側で倒れた。スキーがこんがらかって雪にささった上に身体は急な傾斜の下に行っている。ころがりなおすにも足が逆になっていて動けない。雪の中で考えたがとても駄目だ。上では小池と小林が喜んでいる。木の枝にも一寸ばかり手が短いし、ほんとに困っていると孝ちゃんが助けてくれた。穿孔虫と小林が大変喜んで、確かに六分かかったと大げさなことをいう。五分くらいのものだ。昼にはコールドビーフを食わされてみんな大喜びをした。三時頃までくたびれて炬燵でねた。それから昨日の原に行って滑って暗くなって帰ってくると東京からお連れさんがきたというので、誰だろうと待っていると坊城と戸田がきた。北里はこないそうだ。今日から室内が大変明るくなった。それがガスのように青光りがする。誰のせいだろう。菓子がきたので大喜びだ。今日から風呂で振動的音声が聞えて頭にひびく。誰だか知らないが聞いたような声だ。何しろ二人増したのでにぎやかだ。

十二月二十八日。初滑りの人がいるので宿の前で滑ることにする。坊城はわが手並を見ろとばかり滑ったが、スキーが雪につまずいて倒れる。スキーがつまずくので当人がつまずくのではないから、柔道でつまずくのと同意義な、少し違うようなまた同じような意義になる。戸田は後光を背負っているようだがどこが光るやら。一間は確かに滑る。立って三尺、倒れて二尺、起きる時にまた一尺、しめて六尺だから、間に直すと六尺を六で割って、いんろくが六で、一間ということになる。計算に違いがあったら直してもいい。午後から大分雪が硬くなってつまらなくなった。戸田は進歩して三、四間滑るようになった。今日から一つ炬燵に五人ねることになったので、板倉は唐紙のそばに圧迫された。今日オーストリアの人が一人きたということだ。

十二月二十九日。九時半頃から滑りに出た。オーストリアの人は左手の公園で滑っていた。今日は宿の前は氷のように危険だ。原に行くことにする。二度ばかり坂を滑りおりていつもの傾斜に行った。心地のいい新しい雪の上を縦横に滑った。戸田は他人がいないのを幸い、六尺もあるスキーをなくして片足を雪につっこんで探している。こんな探しものは少なかろう。寒いだろうに御苦労様だ。

昼からは坊城と板倉と小林でむやみと急な崖を下りた。坊城が知らぬ間に一尺ばかりスキーが浮いたといって得意になっている。谷間に下りて向こうに登ると路に出た。板谷に行く急なところを図に乗って下りた。小林らは静かに登る炭焼き小屋の煙をめがけて下りて行った。坊城と板倉は途中で景色を見ている。前の谷をへだてて向こうの山の中途を汽車が大きな音をたてて蚯蚓みみずの歩むよりも遅く登っている。前後の機関車から吐く煙と共にこの静かな天地に音ばかり大きく響かして行く。見る間に雪におおわれたトンネルに姿が消えると雪の世界はもとの静けさに帰った。一分もすると遙か先のトンネルの出口に煙が出て、再びボッボッという音が、小さく見える列車から響く。それが実に面白い。二人は顔を見合わして笑った。小林は帰りにはスキーを抱えて汗をかいて登ってきた。スキーを抱えて雪の上を歩くのは気がしれない。おまけに、フーフー息をきったにいたっては沙汰の限りだ。帰りにさっきの崖を見ると真白な崖にスキーの跡が一人一人ついている。あんな急なところを下りたと思うと得意だ。もっと急なところにたくさん跡をつけてやろうと三人で急なところをえらんで登って行った。戸田と小池はさきに帰ったと見えて姿が見えぬ。四時半ごろ宿に帰った。この晩坊城が甘酒の罐詰を開けた。ほんとに好きなのは御当人と戸田ぐらいなものだが、例のがんばりで塩をむやみと入れたのでしょっぱくてはなはだ迷惑だ。小池らは胸が悪いからお湯をくれといって甘酒を侮辱したので、坊城の頭が傾いたと思うと断然うまいとがんばった。瘠我慢で戸田と二人でとうとう呑みほした。恐ろしいがんばり方だ。戸田はローマ法皇のような平和論者だからおつきあいをしていたが、坊城は唯一の味方を得たつもりで東京に帰ったら家に甘酒をのみにこいと誘っていた。いまに甘酒に中毒してさかだちしても駄目だ。

十二月二十九日。朝は昨日のところで滑る。昼から新天地を見つけに右手に入って行った。雪にうずもれた炭焼き小屋から煙が静かに上っている。みんなここで滑っているうちに板倉は一つ山を越えて向こうへ行った。いい傾斜があったと思って滑って行くと三尺ばかりの段があったので、知らぬ間に空中に浮いたと思うと下に落ちた。杖を力に倒れずにすんだので、大変得意でそのまますべって行ったら木を股にはさんで倒れた。そのうちに後の面々もかぎつけて柄にないジャンプを試みる。雪をけずって、無理にも空中に飛び上るようにして滑ってくる。板倉は一間ばかり空中に飛び上ったと思うと、二間もさきにいやというほどたたきつけられた。後の三人は人の痛さも思わず笑っている。坊城は飛び上る時から横になっているから空中に浮いた時は天勝の催眠術のようになって、それが地面にクチャリと落ちるのだから見ていて涙が出る。小林、小池もとより成功の見込みはない。制動法も朽木の倒れ方もジャンプには応用できない。戸田は神妙に傍で滑っている。大変うまくなった。足の方向はあんまり障害にならないようだ。日が傾き出したので帰途についた。途中まできた時にみんなさきに行って、ただ一人になった。彼方の山の雲はオレンジと灰色と紫と様々な色にいろどられた。真白な雪の上に顔を出した笹の葉ずれの音がさらさらと耳に入る。静かな、身をしめるような自然である。自然を眺めているのではない。自然から自分は、はえたようだ。杖をたてて手を口にあてて温めながら、この寂しい、しかも清浄な景に見とれた。今晩はしるこの罐詰にありつけた。こうなると鍋の底までなめる。甘酒とは大変な違いだ。小林は明日帰るので、大きな五色せんべいをあつらえて土産にする。そのついでにサイダーを飲んで干物をやいて火鉢をかこんで食った。

十二月三十日。小林は昨夜大眼鏡をわったので、みんなが飯を食う時分にもまだ床の中でしょげている。やっと坊城が普通の眼鏡を貸したので床を出た。この眼鏡だとだいぶ人間に近づいて見える。人間らしいまでにはまだ行かない。西洋人がきたというので小林と途中まで迎えに行って見ると下の方から雪の中を登ってくる。昨日つけた崖のスキーの跡は今日の雪でけされた。自然にあってはかなわない。二番目の英人らしいのに Is there any Japanese? といったら、Down below? ときた。うまいことをいいやがる。英国人は英語がうまい。今日は宿の前で滑った。今日きた異人は独二人、英二人だ。盛んにドイツ語の会話をやるがなかなかうまいもんだ。ドイツ語はもっとごつごつするかと思ったらまるで英語のようだ。冠詞が一格だか二格だか考えずに出るからドイツ語はドイツが本場だと見える。一時頃小林が帰るので小池と坊城と板倉で送って行く。小林が先で林をぬけて雪の降りくる中を滑って行くのは見ても気持ちがいい。四町の道を一気にすべって順次に三人が止まると「それでは失敬」と帽子をとる。一人別れてすべって行く小林の後ろ姿を雪が降りしきっている。一人へってもだいぶ寂しい。

十二月三十一日。戸田は風邪らしいので休む。後の三人は外人と山に行くことになった。オーストリアのウインクレル氏は二十九の元気な青年だ。「今日おともを・さして下さい」と英語式日本語がつい出た。すると「ええ、だけどちょいと近くですよ。余り面白くもありません」と流暢な日本語が返ってきた。後の面々の年は外人だから分らない。何しろ三十以上四十ぐらいの人もいるようだ。孝ちゃんも一緒で日英独の山登りは面白い対照だ。この前登った崖も今日は楽に登って風雪に弱ったところを列をつくって登って行く。ウインクレル氏が先頭で孝ちゃんが殿しんがりに。まん中の日本人三人がむやみに後滑りしていたが余りみっともよくなかった。電光形に正しく先頭の後を登って行くといよいよ初めての下りがきた。左手に山をひかえたところだから下りにくい。先頭が手際よく下りてぴたりと止ると次が下る。坊城が滑り出したと思うと、右にそれて下に行って煙をあげた。何のあいずやら。小池は滑るたびに左手の山にのしあげる。決してスキーが下を向かないで山の方を向く。つまり傾斜面と直角な線が平行につく。はしご段を一段一段横に滑って、また一段下に足をのばすと思えば想像がつく。真に安全だが楽じゃなさそうだ。これから少し行くと賽の河原に出る。岩の上をスキーで歩かされた。やがて尾根に出た。猛烈な風だ。寒いの寒くないの、夏でも寒そうなところだもの、とてもやり切れぬ。見ると米沢の盆地が一面に見渡せる。遙か遙か先に山のかげに平らなところが見える。地図のようだ。上杉のところだなと思いながら眼界の広い寒い景色を眺めた。これから山の中腹を右手に行くとやがて先頭が止った。いよいよ下るのだなと思っているとウインクレル氏の姿がスーとばかり山の下に消えて行く。先はどんなだかちょっと見当がつかない。何しろスキーの後を追って滑り出した。一つの山を曲りながら下りるとウ氏の姿が下に小さく見える。大変長い傾斜だと喜ぶうちにスキーは刻々に速度をまして行く。スキーの跡はS字形にうねって下りて行っているが、大変な速さになると曲り切れなくなった。それでもまっすぐに行っては悪いと思うから少しなりともS字を画こうと努力するとたちまち一間ぐらいはねとばされた。今度は怒ってまっすぐに下りた。速いの速くないの風がうなっている。たちまち先頭の止っているところにきた。やむを得ず自己流の杖をついて身体をぐんと後にかけてやっと止るとウ氏が見ていた。「杖を後については見にくいです。横にならよろしい」と戒められた。後からきた坊城が、「ほらみろ叱られたろう」というような笑い方をしている。仰ぎ見ると十数町の大傾斜が空の下に横たわる。それを上の方から豆つぶのような人が三つばかりS字を画きながら下りてくる。時々ぱっと雪煙が上ってひっくりかえるのが見える。ドイツのスキーの先生がみごとに下りてきた。「ああいうふうに下りるのです」とウ氏が手をかざす。ドイツの人は曲り角で腰をぐんと落しながら杖を巧みに使ってくるが杖を持ちかえるところなど落着いたものだ。もう一人のドイツ人は今度が初めてだそうだ。勇敢にひっくりかえる。ウ氏が「孝ちゃん、ここに去年炭焼き小屋がありましたね」と孝ちゃんを振返る。「今年は焼かないのです」と孝ちゃんが答える。「困りましたね、お弁当を食べようと思ったのに」といいながら、それでも「ここで食べましょう」と各自場所を見つけた。大木の切株が二つある。一つは独が占領した。日本も他の一つをとった。英はまた他の場所によった。眺めると独英日が別々に陣をとっている。「戦争をしようか」と三人で笑った。頭上には硫黄を運ぶケーブルが動いている。ウ氏がつるさがってくる飛行船のような薪のたばを指して「ほらツェッペリン」と遠くのほうから愛嬌をいう。パンをほおばりながら見ると、わが眼界に遠くの山々が真白にいかにも地球のしわのごとく凸凹を見せて、そのまたさきに平野が美しく横たわって見える。こういうところから見ると、山は全く地球の襞だと合点される。天体から見ると無いといってもいいような地球の上にまたあんな襞がある。その一つの凸凹さえわれらから見ると大変な大きさだ。こうやって見ていると地球の外から地球を見ているような気がする。空をとおる雲足がむやみと速くなった。太陽が顔を出すと暖かい光がこごえた身体には大変有難いが、たちまち雲におおわれると同時に風が吹いてくる。ふるえながらパンと干葡萄をほおばった。日本は三人ともセーターだが、異人はみんな上着の用意がある。そのうえ日本人の靴は普通のだから冷たいの冷たくないの痛むことおびただしい。孝ちゃんも寒いとみえて体操をしていた。山登りは完全な用意が必要だとつくづく情けなくなった。やがて出発した。さっきの大傾斜の側を通ってまた上に登って行く。急な山をウ氏がさきに立って路をつけて行くと後の者は一列になってその跡を登って行く。急だから一歩一歩眼界が広くなった。前に見える鉢盛山の左手には鋭い山や丸い山の頭が連って見える。その端はいま登っている山のつづきの大きな雪の山でさえぎられている。その山から今登っている山との間にさっきのいいスロープがある。真白なためにどこでも滑れそうだが大変急だ。先頭のウ氏が遠く聳えた鋭い山を指して「あれも登りました、七面山です」という。登る山はいくらでも控えている。残念だがまだどれもわが足の下に踏んだことがない。いまに見ろと力んでも実際登らないんだから駄目だ。少し進んだ時前にいた新米のドイツ紳士が「少し落ちましょう。愉快ですね」といった。滑り落ちるんだから落ちましょうは大できだ。今度は右に谷を控えた山の腹を下るのだが、かなり急に上に曲って下りられそうもない。先頭は相変らず見事に二町程先で止った。その後は大抵雪に埋まってしまった。やがて自分の番なので決心を固めて滑り出すと、果して大変速くなった。みんなのスキーが遅くなる辺でもこっちのスキーは大変な勢いだ。たちまちみんなが留っているところへきた時はとても止らない。前を見ると十間ほどさきに岩が出てそのさきはとても助かりそうもない谷だ。やむなく杖を力一ぱいに雪についた。非常に雪が硬かったので杖は雪にささって身は岩の見えてる傍で、でんぐり返った。異人の「バンザイ」という声に苦笑して立ち上ると、ウ氏に「曲ることをもっと稽古しないといけません」と教えられた。ますます頭が上らない。これから尾根に出ようとすると、雪が硬い上に鏡のような雪が底の見えない谷に落込んでいる。その腹を左に山を控えて登るので足がくすぐったい。尾根に出ると猛烈な風だ。これでは長く歩いては凍死だと思った。礫つぶてのような雪を吹きつけるばかりか身体が逆に吹き戻される。手のさきの感覚が無くなって顔がむやみとほてった。ついにとても駄目で引き返した時には早く山の陰に行きたいと思った。かたい雪の上を滑って行きながら曲らねばならぬが、速くなるので曲り切れないで倒れては滑りなおした。みんなむきで滑っているがさきはなかなか長い。大てい左手に山を控えているので滑りにくくて困った。急な谷を下りる時などは遙かさきに小さく見える先頭を見ながらどこで止るやらわれながら分らない。心細いことだ。なにしろ人の跡は大変速くなるから全く違った道を滑ることにした。そのさきで、大変に急な山にぶつかって引っかえした。「ツールュック」ときた。戻りながら木のむやみとはえた谷を見て「ここを下ります。去年も通ったことがあります」とウ氏が気の毒そうにいった。「身体を小さくしてゆっくりいらっしゃい」といいながら雑木の中をくぐって行った。これはことだと思ったがやむを得ぬ。スキーがやっと並ぶようなしかも急な木の間を突進するのだ。運は勿論天にまかした。寝るように身体を低くして、枝の間をあっという間にぬける。ことごとく、無茶苦茶である。立ち止まると寒くていけない。雪が降っている上に風が吹いて日が傾いたからいよいよ寒い。杖を木にとられて身体だけ滑ったり木の枝につっかかったり様々な曲芸を演じる。ドイツの先生が時々止まって新米の紳士に声をかける。「ステンメン」とどなっている。新米のドイツ人は非常に勇敢で木の中でも林でもかまわず突進する。勇猛なので感心した。やっと毎日滑りに行くところに出た。「無茶苦茶の真の意味が分った」と三人で笑った。変な奴がそろったものだ。宿に着いたらもう暗かった。戸田が一人ぽつねんと待っていた。

一月一日。正月などは、どこにも見つからない。したがって年をとるのも止めだ。昨日と同じ雪の世界は真白である。年をとりたい人や竹の節のようにお正月にもってきてくぎりをつけたい人は勝手に節をつけるがいい。こっちは勝手なところでくぎりをつけて、年は生れてから死ぬまでを一つと算えることにする。一体日本人は早くもったいぶったり容態ぶったりしたがる。したがって三十越すともう並のかけ足さえできないで、家鴨のようなようすで電車を追いかけている。みんながしないから、俺もしないでいいと思っているらしい。勝手に自分で年をとって、俺にはそんな暇はないとかもう大人だからとかいっている。運動をしないから自然をほんとうに知らない。したがって屁理窟と机上の空論がむやみと多くなる。他人の思想をそのまま右から左に受けついで蓄音器となる人や、他人の考えを筆にしてタイプライターとなる人が増す。運動をしない人間は運動に口を出す資格はない。いな青年の気分を解する資格がない。自然に接し得ない人間は片輪である。自分の頭の空虚に気がつかず、外見大人になって内容のない議論をされてはやかましくていけない。一人で雪の中に立てば自分の馬鹿がわかる。浮草のような根のない理窟が馬鹿げてくる。もっと子供になったほうがいい。自分の頭の空虚を知った子供にはさきがあるが、うぬぼれで錆がついた大人の前途は世の障害となるばかりだ。見ろ、雪の世界に立つと雪があるばかりだ。

三人でいつもの山に行った。雪が降っている。今日は戸田が大きな毛の帽子をかぶったから西洋の古武士の面影がある。「ジャン将軍よ」と山の下から呼ぶと、雪の山の上に足をふんばって空に浮いた勇ましい将軍の姿が下ってくる。たちまち「ほーい」と声を上げ給いつつ雪煙が立つ。板倉と坊城とは急な崖をどうかして成功しようと滑ってくるが、えぐれたようなところでその上倒れた穴だらけだから猛烈に雪の中にたたきこまれる。坊城は相変らずがんばって何度でもやる。板倉もやったがついに二人とも兜をぬいだ。昼からは炬燵にあたりながら遊んだ。明日は帰ることにした。

一月二日。板谷のそばまで外人と一緒に滑ってきた。外人は鉢盛に行くのだ。別れ道で「それでは失礼」というとウ氏が「また会いましょう」と答えた。名残り惜しい雪を眺めながら汽車が出た。戸田は宇都宮で降りた。後の三人は上野に七時に着いた。泥濘にごった返した土を見た時、帰らなければよかったと思った。銀座を歩くと貧民窟のような汚なさを感じた。飾ってある人形の衣裳を見ても毒々しくてちっとも美の感じがしない。万事が毒々しく汚れて見えた。人の顔はいじけて見えた。大声で笑いたくなった。僕らのはいてる靴は破れ、服もしわくちゃだ。人が変な顔をする。乞食になったらこんな気分になれると思った。乞食もなかなかいいものだ。うぬぼれには乞食にもなれない。

以上は腹の中の虫の言い草だ。随分ひどい悪口をいったから、筆記している僕さえ腹がたった。さいわいと僕のことはあまりいわなかった。腹をかしたので遠慮したのであろう。したがって悪口をいわれた人はいわれ損だ。輔仁会雑誌にのせたのは僕が悪い。大きな心で許してやれ。

(大正七年三月)

底本 / Source edition

底本:「山と雪の日記」中公文庫、中央公論社
1977(昭和52)年4月10日初版
1992(平成4)年12月15日6版
底本の親本:「山と雪の日記」梓書房
1930(昭和5)年3月
入力:林 幸雄
校正:ちはる
2001年12月25日公開
2005年11月24日修正
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リリース / Release
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TEI
/works/002651_000864/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/002651_000864/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/002651_000864/

板倉 勝宣「五色温泉スキー日記」(新字新仮名)、底本『山と雪の日記』中公文庫、中央公論社、1977年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 002651_000864, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite