Soranoha

黄金虫

こがねむし

ポー エドガー・アラン

おや、おや! こいつ気が狂ったみたいに踊っている。タラント蜘蛛ぐもに咬かまれたんだな。

『みんな間違い(1)』

もうよほど以前のこと、私はウィリアム・ルグラン君という人と親しくしていた。彼は古いユグノー(2)の一家の子孫で、かつては富裕であったが、うちつづく不運のためすっかり貧窮に陥っていた。その災難に伴う屈辱を避けるために、彼は先祖の代から住み慣れたニュー・オーリアンズ(3)の町を去って、南カロライナ州のチャールストンに近いサリヴァン島に住むことになった。

この島は非常に妙な島だ。ほとんど海の砂ばかりでできていて、長さは三マイルほどある。幅はどこでも四分の一マイルを超えない。水鶏くいなが好んで集まる、粘土ねばつちに蘆あしが一面に生い繁しげったところをじくじく流れる、ほとんど目につかないような小川で、本土から隔てられている。植物はもとより少なく、またあったにしてもとても小さなものだ。大きいというほどの樹木は一本も見あたらない。島の西端にはモールトリー要塞ようさい(4)があり、また夏のあいだチャールストンの塵埃じんあいと暑熱とをのがれて来る人々の住むみすぼらしい木造の家が何軒かあって、その近くには、いかにもあのもしゃもしゃした棕櫚しゅろ(5)の林があるにはあった。しかしこの西端と、海岸の堅い白いなぎさの線とをのぞいては、島全体は、イギリスの園芸家たちの非常に珍重するあのかんばしい桃金嬢マートルの下生えでぎっしり蔽おおわれているのだ。この灌木かんぼくは、ここではしばしば十五フィートから二十フィートの高さにもなって、ほとんど通り抜けられないくらいの叢林そうりんとなって、あたりの大気をそのかぐわしい芳香でみたしている。

この叢林のいちばん奥の、つまり、島の東端からあまり遠くないところに、ルグランは自分で小さな小屋を建てて、私がふとしたことから初めて彼と知りあったときには、そこに住んでいたのだった。私たちは間もなく親密になっていった。――というのは、この隠遁者いんとんしゃには興味と尊敬の念とを起させるものが多分にあったからなのだ。私には、彼がなかなか教育があって、頭脳の力が非常にすぐれているが、すっかり人間嫌いミザンスロピーになっていて、いま熱中したかと思うとたちまち憂鬱ゆううつになるといった片意地な気分に陥りがちだ、ということがわかった。彼は書物はたくさん持っていたが、たまにしか読まなかった。主な楽しみといえば、銃猟や魚釣さかなつり、あるいは貝殻かいがらや昆虫こんちゅう学の標本を捜しながら、なぎさを伝い桃金嬢の林のなかを通ってぶらつくことなどであった。――その昆虫学の標本の蒐集しゅうしゅうは、スワンメルダム(6)のような昆虫学者にも羨望せんぼうされるくらいのものだった。こういった遠出をする場合には、たいていジュピターという年寄りの黒人がおともをしていた。彼はルグラン家の零落する前に解放されていたのだが、若い「ウィル旦那だんな」のあとについて歩くことを自分の権利と考えて、おどかしても、すかしても、それをやめさせることができなかった。ことによったら、ルグランの親戚しんせきの者たちが、ルグランの頭が少し変なのだと思って、この放浪癖の男を監視し後見させるつもりで、ジュピターにそんな頑固がんこさを教えこんでおいたのかもしれない。

サリヴァン島のある緯度のあたりでは、冬でも寒さが非常にきびしいということはめったになく、秋には火がなくてはたまらぬというようなことはまったく稀まれである。しかし、一八――年の十月のなかばごろ、ひどくひえびえする日があった。ちょうど日没前、私はあの常磐木ときわぎのあいだをかきわけて友の小屋の方へ行った。その前三、四週間ほど私は彼を訪ねたことがなかった。――私の住居はそのころこの島から九マイル離れているチャールストンにあって、往復の便利は今日よりはずっとわるかった。小屋に着くと、いつも私の習慣にしているように扉とびらを叩たたいたが、なんの返事もないので、自分の知っている鍵かぎの隠し場所を捜し、扉の錠をあけてなかへ入った。炉には気持のいい火があかあかと燃えていた。これは思いがけぬ珍しいものでもあり、また決してありがたからぬものでもなかった。私は外套がいとうを脱ぎすてると、ぱちぱち音をたてて燃えている丸太のそばへ肘掛椅子ひじかけいすをひきよせて、この家の主人たちの帰ってくるのを気長に待っていた。

暗くなってから間もなく彼らは帰ってきて、心から私を歓迎してくれた。ジュピターは耳もとまで口をあけてにたにた笑いながら、晩餐ばんさんに水鶏を料理しようと忙しく立ち働いた。ルグランは例の熱中する発作――発作とでも言わなければほかになんと言おう? ――に罹かかっていた。彼は新しい種類の、世にまだ知られていない二枚貝を発見したのだが、そのうえまた、ジュピターの助けを借りて一匹の甲虫かぶとむしを追いつめて捕えたのだ。その甲虫を彼はまったく新しいものと信じていたが、それについてあす私の意見を聞きたいというのであった。

「で、なぜ今夜じゃいけないのかね?」と、私は火の上で両手をこすりながら尋ねた。甲虫なんぞはみんな悪魔に食われてしまえ、と心のなかで思いながら。

「ああ、君がここへ来ることがわかってさえいたらなあ!」とルグランが言った。「だがずいぶん長く会わなかったし、どうして今夜にかぎって訪ねてきてくれるってことがわかるもんかね? 僕は帰りみちで要塞のG――中尉ちゅういに会って、まったくなんの考えもなしに、その虫を貸してやったんだ。だから君にはあすの朝まで見せるわけにはゆかんのだ。今晩はここで泊りたまえ。そしたら、日の出にジャップを取りにやらせるよ。そりゃあ実にすばらしいものだぜ!」

「何が? ――日の出がかい?」

「ばかな! 違うよ! ――その虫がさ。ぴかぴかした黄金色こがねいろをしていて、――大きな胡桃くるみの実ほどの大きさでね、――背中の一方の端近くに真っ黒な点が二つあり、もう一方のほうにはいくらか長いのが一つある、触角アンテニーは――」

「錫ティンなんて(7)あいつにゃあちっとも入へえっていねえんでがす、ウィル旦那。わっしは前めえから言ってるんでがすが」と、このときジュピターが口を出した。「あの虫はどこからどこまで、羽根だきゃあ別だが、外も中もすっかり、ほんとの黄金虫でさ。――生れてからあんな重てえ虫は持ったことがねえ」

「なるほど。としてもだな、ジャップ」とルグランは、その場合としては不必要なほどちょっと真面目まじめすぎると思われるような調子で、答えた。「それがお前の鳥を焦こがす理由になるのかな? その色はね」とここで彼は私の方へ向いて、――「実際ジュピターの考えももっともだと言ってもいいくらいのものなんだ。あの甲から発するのよりももっとぴかぴかする金属性の光沢つやは、君だって見たことがあるまい。――が、これについちゃああすになるまでは君にはなんとも意見を下せないわけだ。それまでにまず、形だけはいくらか教えてあげることができるよ」こう言いながら、彼は小さなテーブルの前へ腰をかけたが、その上にはペンとインクとはあったけれども、紙はなかった。彼は引出しのなかを捜したが、一枚も見当らなかった。

「なあに、いいさ」ととうとう彼は言った。「これで間に合うだろう」と、チョッキのポケットから、ひどくよごれた大判洋紙フールズキャップらしいもののきれっぱしを取り出して、その上にペンで略図を描いた。彼がそうしているあいだ、私はまだ寒けがするので、火のそばを離れずにいた。図ができあがると、彼は立ち上がらないで、それを私に手渡しした。それを受け取ったとき、高い(8)うなり声が聞え、つづいて扉をがりがりひっかく音がした。ジュピターが扉をあけると、ルグランの飼っている大きなニューファウンドランド種の犬が跳びこんで来て、私の肩に跳びつき、しきりにじゃれついた。いままで私が訪ねて来たときにずいぶんかわいがってやっていたからなのだ。犬のふざけがすんでしまうと、私は例の紙を眺ながめたが、実を言えば友の描いたものを見て少なからず面くらったのであった。

「なるほどね!」と私は、数分間そいつをつくづく見つめた末に、言った。「こりゃあたしかに奇妙な甲虫だよ。僕には初めてだ。これまでにこんなものは見たことがない――頭蓋骨ずがいこつか髑髏どくろでなければね。僕のいままで見たもののなかでは、なによりもその髑髏に似ているよ」

「髑髏だって!」とルグランは鸚鵡返おうむがえしに言った。――「うん、――そうだ、いかにも紙に描かいたところでは幾分そんな格好をしてるな、たしかに。上の方の二つの黒い点は、眼めのように見えるし、え、そうだろう? それから下にある長いのは口に見えるし、――それに、全体の形が楕円形だえんけいだからね」

「たぶんそうだろう」と私は言った。「しかしだね、ルグラン、君は絵が上手じゃないねえ。とにかく、その虫の本物を見るまで待たなくちゃならん、どんなご面相をしているのか知ろうと思ったらね」

「そうかなあ」彼は少しむっとして言った。「僕はかなり描けるんだがね、――少なくとも描けなくちゃならんのだ、――いい先生に教わったんだし、自分じゃあそうひどい愚物でもないつもりなんだから」

「しかし、君、それじゃあ君は茶化しているんだよ」と私は言った。「こりゃあ、ちゃんとした普通の頭蓋骨だ。――実際、生理学上のこの部分に関する一般の考えにしたがえば、実に立派な頭蓋骨だと言ってもいいね。――そして君の甲虫というのが、もしこれに似てるのなら、それこそ珍無類の甲虫にちがいない。そうだな、この暗示ヒントでぞっとするような迷信が一つこさえられるぜ。きっと君はその虫を scarabœus caput hominis(人頭甲虫)とか、何かそういったような名をつけるだろうね。――博物学にはそういうような名前がたくさんあるからね。ところで、君の話したあの触角というのはどこにあるんだい?」

「触角!」とルグランが言った。彼はこの話題に奇妙に熱中しているようだった。「触角は君には見えるはずだと思うんだが。僕は、実物の虫についているとおりにはっきりと描いたんだし、それで十分だと思うんだがな」

「うん、そうかねえ」と私は言った。「きっと君は描いておいたんだろう、――でもやっぱり僕には見えない」そして、私は彼の機嫌きげんを損じないようにと、それ以上なにも言わないで、その紙を彼に渡した。が、私は形勢が一変してしまったのにはすっかり驚いた。彼の不機嫌には私も面くらったし、――それに、甲虫の図はと言えば、ほんとうに触角などはちっとも見えなくて、全体が髑髏の普通の絵にたしかにそっくりだったのだ。

彼はひどく不機嫌に紙を受け取り、火のなかへ投げこむつもりらしく、それを皺しわくちゃにしようとしたが、そのときふと図をちらりと見ると、とつぜんそれに注意をひきつけられたようであった。たちまち彼の顔は真っ赤になり、――それから真っ蒼さおになった。数分間、彼は坐すわったままその図を詳しく調べつづけていた。とうとう立ち上がると、テーブルから蝋燭ろうそくを取って、部屋のいちばん遠い隅すみっこにある船乗りの衣類箱のところへ行って腰をかけた。そこでまた、紙をあらゆる方向にひっくり返してしきりに調べた。だが彼は一ことも口をきかなかった。そして彼の挙動は大いに私をびっくりさせた。それでも、私はなにか口を出したりしてだんだんひどくなってくる彼の気むずかしさをつのらせないほうがよいと考えた。やがて彼は上衣うわぎのポケットから紙入れを取り出して、例の紙をそのなかへ丁寧にしまいこみ、それを書机ライティング・デスクのなかに入れて、錠をかけた。彼の態度は今度はだんだん落ちついてきた。が最初の熱中しているような様子はまったくなくなっていた。それでも、むっつりしているというよりも、むしろ茫然ぼうぜんとしているようだった。夜が更ふけるにしたがって彼はますます空想に夢中になってゆき、私がどんな洒落しゃれを言ってもそれから覚ますことができなかった。私は前にたびたびそこに泊ったことがあるので、その夜も小屋に泊るつもりだったが、なにしろ主あるじがこんな機嫌なので、帰ったほうがいいと思った。彼は強しいて泊って行けとは言わなかったが、別れるときには、いつもよりももっと心をこめて私の手を握った。

それから一カ月ばかりもたったころ(そのあいだ私はルグランにちっとも会わなかった)、彼の下男のジュピターが私をチャールストンに訪ねて来た。私は、この善良な年寄りの黒人がこんなにしょげているのを、それまでに見たことがなかった。で、なにかたいへんな災難が友の身に振りかかったのではなかろうかと気づかった。

「おい、ジャップ」と私が言った。「どうしたんだい? ――旦那はどうかね?」

「へえ、ほんとのことを申しますと、旦那さま、うちの旦那はあんまりよくねえんでがす」

「よくない! それはほんとに困ったことだ。どこが悪いと言っているのかね?」

「それ、そこがですよ! どこも悪わりいと言っていらっしゃらねえだが、――それがてえへん病気なんでがす」

「たいへん病気だって! ジュピター。――なぜお前はすぐそう言わないんだ? 床とこに寝ているのかい?」

「いいや、そうでねえ! ――どこにも寝ていねえんで、――そこが困ったこっで、――わっしは可哀かええそうなウィル旦那のことで胸がいっぺえになるんでがす」

「ジュピター、もっとわかるように言ってもらいたいものだな。お前は旦那が病気だと言う。旦那はどこが悪いのかお前に話さないのか?」

「へえ、旦那さま、あんなこっで気が違うてなぁ割に合わねえこっでがすよ。――ウィル旦那はなんともねえって言ってるが、――そんならなんだって、頭を下げて、肩をつっ立って、幽霊みてえに真っ蒼になって、こんな格好をして歩きまわるだかね? それにまた、しょっちゅう計算してるんで――」

「なにをしているって? ジュピター」

「石盤に数字を書いて計算してるんでがす、――わっしのいままで見たことのねえ変てこな数字でさ。ほんとに、わっしはおっかなくなってきましただ。旦那のすることにゃあしっかり眼を配ってなけりゃなんねえ。こねえだも、夜の明けねえうちにわっしをまいて、その日一日いちんちいねえんでがす。わっしは、旦那が帰けえって来たらしたたかぶん殴ってくれようと思って、でっけえ棒をこせえときました。――だけど、わっしは馬鹿ばかで、どうしてもそんな元気が出ねえんでがす。――旦那があんまり可哀かええそうな様子をしてるで」

「え? ――なんだって? ――うん、そうか! ――まあまあ、そんなかわいそうな者にはあんまり手荒なことをしないほうがいいと思うな。――折檻せっかんしたりなんぞしなさんな、ジュピター。――そんなことをされたら旦那はとてもたまるまいからね。――だが、どうしてそんな病気に、というよりそんな変なことをするように、なったのか、お前にはなにも思い当らないのかね? この前僕がお前んとこへ行ってからのち、なにか面白くないことでもあったのかい?」

「いいや、旦那さま、あれからあとにゃあなんにも面白くねえことってごぜえません。――そりゃああれより前のこったとわっしは思うんでがす。――あんたさまがいらっしゃったあの日のことで」

「どうして? なんのことだい?」

「なあに、旦那さま、あの虫のこっでがすよ、――それ」

「あの何だって?」

「あの虫で。――きっと、ウィル旦那はあの黄金虫に頭のどっかを咬かまれたんでがす」

「と思うような理由があるのかね? ジュピター」

「爪つめも、口もありんでがすよ、旦那さま。わっしはあんないまいましい虫あ見たことがねえ。――そばへ来るもんはなんでもみんな蹴けったり咬みついたりするんでさ。ウィル旦那が初めにつかまえただが、すぐにまたおっ放ぱなさなけりゃなんなかっただ。――そんときに咬まれたにちげえねえ。わっしは自分じゃああの虫の口の格好が気に食わねえんで、指では持ちたくねえと思って、めっけた紙っきれでつかまえましただ。紙に包んでしまって、その紙っきれの端をそいつの口に押しこんでやりましただ、――そんなぐあいにやったんでがす」

「じゃあ、お前は旦那がほんとうにその甲虫に咬まれて、それで病気になったのだと思うんだな?」

「そう思うんじゃごぜえません、――そうと知ってるんでがす。あの黄金虫に咬まれたんでなけりゃあ、どうしてあんなにしょっちゅう黄金こがねの夢をみてるもんかね? わっしは前めえにもあんな黄金虫の話を聞いたことがありますだ」

「しかし、どうして旦那が黄金の夢をみているということがお前にわかるかね?」

「どうしてわかるって? そりゃあ、寝言にまでそのことを言ってなさるからでさ、――それでわかるんでがす」

「なるほど、ジャップ。たぶんお前の言うとおりかもしれん。だが、きょうお前がここへご入来じゅらいになったのは、どんなご用なのかな?」

「なんでごぜえます? 旦那さま」

「お前はルグラン君からなにか伝言ことづけを言いつかってきたのかい?」

「いいや、旦那さま、この手紙を持ってめえりましただ」と言ってジュピターは次のような一通の手紙を私に渡した。

「拝啓。どうして君はこんなに長く訪ねに来てくれないのか? 僕のちょっとした無愛想ブリュスクリーなどに腹を立てるような馬鹿な君ではないと思う。いや、そんなことはあるはずがない。

この前君に会ってから、僕には大きな心配事ができている。君に話したいことがあるのだが、それをどんなぐあいに話していいか、あるいはまた話すべきかどうかも、わかり兼ねるのだ。

僕はこの数日来あまりぐあいがよくなかったが、ジャップめは好意のおせっかいからまるで耐えがたいくらいに僕を悩ませる。君は信じてくれるだろうか? ――彼は先日、大きな棒を用意して、そいつで、僕が彼をまいて一人で本土の山中にその日を過したのを懲こらそうとするのだ。僕が病気のような顔つきをしていたばかりにその折檻をまぬかれたのだと、僕はほんとうに信じている。

この前お目にかかって以来、僕の標本棚ひょうほんだなにはなんら加うるところがない。

もしなんとかご都合がついたら、ジュピターと同道にて来てくれたまえ。ぜひ来てくれたまえ。重大な用件について、今晩お目にかかりたい。もっとも重大な用件であることを断言する。

敬具

ウィリアム・ルグラン」

この手紙の調子にはどこか私に非常な不安を与えるものがあった。全体の書きぶりがいつものルグランのとはよほど違っている。いったい彼はなにを夢想しているのだろう? どんな変な考えが新たに彼の興奮しやすい頭にとっついたのだろう? どんな「もっとも重大な用件」を彼が処理しなければならんというのだろう? ジュピターの話の様子ではどうもあまりいいことではなさそうだ。私はたび重なる不運のためにとうとう彼がまったく気が狂ったのではなかろうかと恐れた。だから、一刻もぐずぐずしないで、その黒人と同行する用意をした。

波止場へ着くと、一梃ちょうの大鎌おおがまと三梃の鋤すきとが我々の乗って行こうとするボートの底に置いてあるのに気がついた。どれもみな見たところ新しい。

「これはみんなどうしたんだい? ジャップ」と私は尋ねた。

「うちの旦那だんなの鎌と鋤でがす、旦那さま」

「そりゃあそうだろう。が、どうしてここにあるんだね?」

「ウィル旦那がこの鎌と鋤を町へ行って買って来いってきかねえんでがす。眼の玉がとび出るほどお金あしを取られましただ」

「しかし、いったいぜんたい、お前のところの『ウィル旦那』は鎌や鋤なんぞをどうしようというのかね?」

「そりゃあわっしにゃあわからねえこっでさ。また、うちの旦那にだってやっぱしわかりっこねえにちげえねえ。だけど、なんもかもみんなあの虫のせえでがすよ」

ジュピターは「あの虫」にすっかり自分の心を奪われているようなので、彼にはなにをきいても満足な答えを得られるはずがないということを知って、私はそれからボートに乗りこみ、出帆した。強い順風をうけて間もなくモールトリー要塞ようさいの北の小さい入江に入り、そこから二マイルほど歩くと小屋に着いた。着いたのは午後の三時ごろだった。ルグランは待ちこがれていた。彼は私の手を神経質な熱誠アンプレスマンをこめてつかんだので、私はびっくりし、またすでにいだいていたあの疑念を強くした。彼の顔色はもの凄すごいくらいにまで蒼白あおじろく、深くくぼんだ眼はただならぬ光で輝いていた。彼の健康について二こと三こと尋ねてから、私は、なにを言っていいかわからなかったので、G――中尉ちゅういからもう例の甲虫かぶとむしを返してもらったかどうかと尋ねた。

「もらったとも」彼は顔をさっと真っ赤にして答えた。「あの翌朝返してもらったんだ。もうどんなことがあろうと、あの甲虫を手放すものか。君、あれについてジュピターの言ったことはまったくほんとなんだぜ」

「どんな点がかね?」私は悲しい予感を心に感じながら尋ねた。

「あれをほんとうの黄金でできている虫だと想像した点がさ」彼はこの言葉を心から真面目まじめな様子で言ったので、私はなんとも言えぬほどぞっとした。

「この虫が僕の身代をつくるのだ」と彼は勝ち誇ったような微笑を浮べながら言いつづけた。「僕の先祖からの財産を取り返してくれるのだ。とすると、僕があれを大切にするのも決して不思議じゃあるまい? 運命の神があれを僕に授けようと考えたからには、僕はただそれを適当に用いさえすればいいのだ。そうすればあれが手引きとなって僕は黄金のところへ着くだろうよ。ジュピター、あの甲虫を持ってきてくれ!」

「えっ! あの虫でがすか? 旦那。わっしはあの虫に手出ししたかあごぜえません、――ご自分で取りにいらっせえ」そこでルグランは真面目な重々しい様子で立ち上がり、甲虫の入れてあるガラス箱からそれを持ってきてくれた。それは美しい甲虫で、またその当時には博物学者にも知られていないもので、――むろん、科学的の見地から見て大した掘出し物だった。背の一方の端近くには円い、黒い点が二つあり、もう一方の端近くには長いのが一つある。甲は非常に堅く、つやつやしていて、見たところはまったく磨みがきたてた黄金のようであった。この虫の重さも大したもので、すべてのことを考え合せると、ジュピターがああ考えるのをとがめるわけにはゆかなかった。しかし、ルグランまでがジュピターのその考えに同意するのはなんと解釈したらいいか、私にはどうしてもわかりかねた。

「君を迎えにやったのはね」と彼は、私がその甲虫を調べてしまったとき、大げさな調子で言った。「君を迎えにやったのは、運命の神とこの甲虫との考えを成功させるのに、君の助言と助力とを願いたいと思って――」

「ねえ、ルグラン君」私は彼の言葉をさえぎって大声で言った。「君はたしかにぐあいがよくない。だから少し用心したほうがいいよ。寝たまえ。よくなるまで、僕は二、三日ここにいるから。君は熱があるし――」

「脈をみたまえ」と彼は言った。

私は脈をとってみたが、実のところ、熱のありそうな様子はちっともなかった。

「しかし熱はなくても病気かもしれないよ。まあ、今度だけは僕の言うとおりにしてくれたまえ。第一に寝るのだ。次には――」

「君は思い違いをしている」と彼は言葉をはさんだ。「僕はいま罹かかっている興奮状態ではこれで十分健康なのだ。もし君がほんとうに僕の健康を願ってくれるなら、この興奮を救ってくれたまえ」

「というと、どうすればいいんだい?」

「わけのないことさ。ジュピターと僕とはこれから本土の山のなかへ探検に行くんだが、この探検には誰か信頼できる人の助けがいる。君は僕たちの信用できるただ一人なのだ。成功しても失敗しても、君のいま見ている僕の興奮は、とにかく鎮しずめられるだろう」

「なんとかして君のお役に立ちたいと思う」と私は答えた。「だが、君はこのべらぼうな甲虫が君の探検となにか関係があるとでも言うのかい?」

「あるよ」

「じゃあ、ルグラン、僕はそんなばかげた仕事の仲間入りはできない」

「それは残念だ、――実に残念だ。――じゃあ僕ら二人だけでやらなくちゃあならない」

「君ら二人だけでやるって! この男はたしかに気が違っているぞ! ――だが待ちたまえ、――君はどのくらいのあいだ留守にするつもりなんだ?」

「たぶん一晩じゅうだ。僕たちはいまからすぐ出発して、ともかく日の出ごろには戻って来られるだろう」

「では君は、この君の酔狂がすんでしまって、甲虫一件がだ(ちぇっ!)、君の満足するように落着したら、そのときは家へ帰って、医者の勧告と同じに僕の勧告に絶対にしたがう、ってことを、きっと僕に約束するかね?」

「うん、約束する。じゃあ、すぐ出かけよう。一刻もぐずぐずしちゃあおられないんだから」

気が進まぬながら私は友に同行した。我々は四時ごろに出発した、――ルグランと、ジュピターと、犬と、私とだ。ジュピターは大鎌と鋤とを持っていたが、――それをみんな自分で持って行くと言い張って肯きかなかったのは、過度の勤勉や忠実からというよりも、そのどちらの道具でも主人の手のとどくところに置くことを恐れるかららしく、私には思われた。彼の態度はひどく頑固がんこで、みちみち彼の唇くちびるをもれるのは「あのいまいましい虫めが」という言葉だけであった。私はというと龕灯がんどう(9)を二つひきうけたが、ルグランは例の甲虫だけで満足していて、それを鞭索むちなわの端にくくりつけ、歩きながら手品師のような格好でそいつをくるくる振りまわしていた。私は友の気のふれていることのこの最後の明白な証拠を見たときには、どうにも涙をとめることのできないくらいであった。しかし、少なくとも当分のあいだは、あるいは成功の見込みのありそうななにかもっと有力な手段をとることができるまでは、彼のしたいままにさせておくのがいちばんいい、と考えた。一方、探検の目的について彼にさぐりを入れてみたが、まるで駄目だめだった。私をうまく同行させることができたので、彼はさして重要でない問題など話したくないらしく、なにを尋ねても「いまにわかるさ!」としか返事をしてくれなかった。

我々は島のはずれの小川を小舟で渡り、それから本土の海岸の高地を登って、人の通らない非常に荒れはてた寂しい地域を、北西の方向へと進んだ。ルグランは決然として先頭に立ってゆき、ただ自分が前に来たときにつけておいた目標らしいものを調べるために、ところどころでほんのちょっとのあいだ立ち止るだけだった。

こんなふうにして我々は約二時間ほど歩き、ちょうど太陽が沈みかけたときに、いままでに見たどこよりもずっともの凄い地帯へ入ったのであった。そこは一種の高原で、ほとんど登ることのできない山の頂上近くにあった。その山は麓ふもとから絶頂まで樹木がぎっしり生えていて、ところどころに巨岩が散らばっていて、その岩は地面の上にただごろごろころがっているらしく、たいていはよりかかっている樹木に支えられて、やっと下の谷底へ転落しないでいるのだ。さまざまな方向に走っている深い峡谷は、あたりの風景にいっそう凄然せいぜんとした森厳の趣をそえているのであった。

我々のよじ登ったこの天然の高台には茨いばらが一面を蔽おおっていて、大鎌がなかったらとても先へ進むことができまいということがすぐわかった。ジュピターは主人の指図によって、途方もなく高い一本のゆりの木の根もとまで、我々のために道を切りひらきはじめた。そのゆりの木というのは八本から十本ばかりの樫かしの木とともにこの平地に立っていて、その葉や形の美しいこと、枝の広くひろがっていること、外観の堂々たることなどの点では、それらの樫の木のどれよりも、また私のそれまでに見たどんな木よりも、はるかに優まさっているのであった。我々がこの木のところへ着いたとき、ルグランはジュピターの方へ振り向いて、この木によじ登れると思うかどうかと尋ねた。老人はこの問いにちょっとためらったようで、しばらくのあいだは返事をしなかった。とうとうその大きな幹に近づいて、まわりをゆっくり歩きまわって、念入りにそれを調べた。すっかり調べおえると、ただこう言った。

「ええ、旦那、ジャップの見た木で登れねえってえのはごぜえません」

「そんならできるだけ早く登ってくれ。じきに暗くなって、やることが見えなくなるだろうから」

「どこまで登るんですか? 旦那」とジュピターが尋ねた。

「まず大きい幹を登るんだ。そうすれば、どっちへ行くのか言ってやるから。――おい、――ちょっと待て! この甲虫を持ってゆくんだ」

「虫でがすかい! ウィル旦那。――あの黄金虫でがすかい!」とその黒人は恐ろしがって尻込しりごみしながら叫んだ。――「なんだってあんな虫を木の上まで持って上がらにゃなんねえでがす? ――わっしゃあそんなこと、まっぴらだあ!」

「ジャップ、お前が、お前みたいな大きな丈夫な黒んぼが、なにもしない、小さな、死んだ甲虫を持つのが怖いんならばだ、まあ、この紐ひもにつけて持って行ってもいいさ。――だが、なんとかしてこいつを持って行かないんなら、仕方がないからおれはこのシャベルでお前の頭をたたき割らねばなるまいて」

「なんでごぜえます? 旦那」ジャップはいかにも恥ずかしがって承知しながら、言った。「しょっちゅう年寄りの黒んぼを相手に喧嘩けんかしてばかりさ。ちょっと冗談を言っただけでがすよ。わっしがあの虫を怖がるって! あんな虫ぐれえ、なんとも思うもんかねえ?」そう言って彼は用心深く紐のいちばん端をつかみ、できるだけ虫を自分の体から遠くはなして、木に登る用意をした。

アメリカの森林樹のなかでもっとも荘厳なゆりの木、つまり Liriodendron Tulipiferum(訳注「ゆりの木」の学名)は、若木のときには、幹が奇妙になめらかで、横枝を出さずにしばしば非常な高さにまで生長する。しかし、年をとるにつれて、樹皮が瘤こぶだらけになり、凹凸おうとつができる一方、たくさんの短い枝が幹にあらわれるのである。だから、いまの場合、よじ登る困難は、実際は見かけほどひどくないのであった。大きな円柱形の幹を両腕と両膝りょうひざとでできるだけしっかり抱き、手でどこかとび出たところをつかんで、素足の指を別のにかけながら、ジュピターは、一、二度落ちそうになったのをやっとまぬかれたのち、とうとう最初の大きな樹きの股またのところまで這はい登ってゆき、もう仕事は実質的にはすっかりすんでしまったと考えたらしかった。地上から約六、七十フィートばかり登ったのではあるけれど、木登りの危険は事実もう去ったのだ。

「今度はどっちへ行くんでがす? ウィル旦那」と彼は尋ねた。

「やっぱりいちばん大きな枝を登るんだ、――こっち側のだぞ」とルグランが言った。黒人はすぐその言葉にしたがって、なんの苦もなさそうに、だんだん高く登ってゆき、とうとう彼のずんぐりした姿は、そのまわりの茂った樹の葉のあいだから少しも見えなくなってしまった。やがて彼の声が、遠くから呼びかけるように聞えてきた。

「まだどのくれえ登るんでがすかい?」

「どれくらい登ったんだ?」とルグランがきいた。

「ずいぶん高うがす」と黒人が答えた。「木のてっぺんの隙間すきまから空が見えますだ」

「空なんかどうでもいい。がおれの言うことをよく聞けよ。幹の下の方を見て、こっち側のお前の下の枝を勘定してみろ。いくつ枝を越したか?」

「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、――五つ越しましただ、旦那、こっち側ので」

「じゃあもう一つ枝を登れ」

しばらくたつとまた声が聞えて、七本目の枝へ着いたと知らせた。

「さあ、ジャップ」とルグランは、明らかに非常に興奮して、叫んだ。「その枝をできるだけ先の方まで行ってくれ。なにか変ったものがあったら、知らせるんだぞ」

このころには、哀れな友の発狂について私のいだいていたかすかな疑いも、とうとうまったくなくなってしまった。彼は気がふれているのだと断定するよりほかなかった。そして彼を家へ連れもどすことについて、本気に気をもむようになった。どうしたらいちばんいいだろうかと思案しているうちに、ジュピターの声が聞えてきた。

「この枝をうんと先の方までゆくのは、おっかねえこっでがす。ずっと大概てえげえ枯枝でがすよ」

「枯枝だと言うのかい? ジュピター」とルグランは震え声で叫んだ。

「ええ、旦那、枯れきってまさ、――たしかに参めえってますだ、――この世からおさらばしてますだ」

「こいつあいったい、どうしたらいいだろうなあ?」とルグランは、いかにも困りきったらしく、言った。

「どうするって!」と私は、口を出すきっかけができたのを喜びながら、言った。「うちへ帰って寝るのさ。さあさあ! ――そのほうが利口だ。遅くもなるし、それに、君はあの約束を覚えてるだろう」

「ジュピター」と彼は、私の言うことには少しも気をとめないで、どなった。「おれの言うことが聞えるか?」

「ええ、ウィル旦那だんな、はっきり聞えますだ」

「じゃあ、お前のナイフで木をよっくためして、ひどく腐ってるかどうか見ろ」

「腐ってますだ、旦那、やっぱし」としばらくたってから黒人が答えた。「だけど、そんなにひどく腐ってもいねえ。わっしだけなら、枝のもう少し先まで行けそうでがすよ、きっと」

「お前だけならって! そりゃあどういうことなんだ?」

「なあに、虫のこっでがすよ。とっても重てえ虫でさ。こいつを先に落せば、黒んぼ一人ぐれえの重さだけにゃあ、枝は折れますめえ」

「このいまいましい馬鹿ばか野郎!」とルグランは、よほどほっとしたような様子で、どなった。「なんだってそんなくだらんことを言うんだ? その甲虫を落したが最後、お前のくびをへし折ってくれるぞ。こら、ジュピター! おれの言うことが聞えるか?」

「聞えますだ、旦那。かわいそうな黒んぼにそんなふうにどならなくてもようがすよ」

「よしよし! じゃあよく聞け! ――もしお前が、その甲虫を放さないで、危なくないと思うところまでその枝をずっと先の方へ行くなら、降りて来たらすぐ、一ドル銀貨をくれてやるぞ」

「いま行ってるところでがす、ウィル旦那、――ほんとに」と黒人はすばやく答えた。――「もうおおかた端っこのとこでさ」

「端っこのところだって!」と、そのときルグランはまったく金切り声をたてた。「お前はその枝の端っこのところまで行ったと言うのか?」

「もうじき端っこでがすよ。旦那。――わあ! おったまげただ! 木の上のここんとこにあるのあなんだろう?」

「よしよし!」ルグランは非常に喜んで叫んだ。「そりゃあなんだ?」

「なあに、髑髏しゃれこうべでごぜえますよ。――誰か木の上に自分の頭を置いて行ったんで、鴉からすがその肉をみんなくらってしまったんでがす」

「髑髏だと言ったな! ――上等上等! ――それはどうして枝に結びつけてあるかい? ――なんでとめてあるかい?」

「なるほど、旦那。見やしょう。やあ、こりゃあたしかになんと不思議なこった。――髑髏のなかにゃでっけえ釘くぎがあって、それで木にくっついてますだ」

「よし、ジュピター、おれの言うとおりにするんだぞ。――わかるか?」

「ええ、旦那」

「じゃあ、よく気をつけろ! ――髑髏の左の眼めを見つけるんだ」

「ふうん! へえ! ようがす! ええっと、眼なんてちっとも残っていねえんでがすが」

「このまぬけめが! お前は自分の右の手と左の手の区別を知ってるか?」

「ええ、そりゃあ知ってますだ、――よく知ってますだ、――わしが薪まきを割るのが左の手でがす」

「なるほど! お前は左ききだっけな。で、お前の左の眼は、お前の左の手と同じ方にあるんだぞ。とすると、お前にゃあ髑髏の左の眼が、というのはもと左の眼のあったところだが、わかるだろう。見つけたか?」

ここで長い合間があった。とうとう黒人が尋ねた。

「髑髏の左の眼もやっぱり髑髏の左の手と同じ側にあるんでがすかい? ――でも髑髏にゃあ手なんてちっともねえだ。――なあに、かまわねえ! いま、左の眼を見つけましただ。――ここが左の眼だ! これをどうするんでがすかい?」

「そこから甲虫かぶとむしを通しておろすんだ。紐ののばせるだけな。――だが、気をつけてつかんでいる紐をはなさんようにするんだぞ」

「すっかりやりましただ、ウィル旦那。この穴から虫を通すなあわけのねえこっでさあ。――下から見てくだせえ!」

この会話のあいだじゅう、ジュピターの体は少しも見えなかった。が、彼のおろした甲虫は、いま、紐の端に見えてきて、我々の立っている高台をまだほのかに照らしている落陽の名残の光のなかに、磨みがきたてた黄金の球のようにきらきら輝いていた。甲虫はどの枝にもひっかからないでぶら下がっていて、落せば我々の足もとへ落ちて来たろう。ルグランはすぐに大鎌おおがまを取り、それで虫の真下に直径三、四ヤードの円い空地を切りひらき、それをやってしまうと、ジュピターに紐をはなして木から降りて来いと命じた。

ちょうどその甲虫の落ちた地点に、すこぶる精確に杭くいを打ちこむと、友は今度はポケットから巻尺を取り出した。それの一端を杭にいちばん近いその木の幹の一点に結びつけてから、彼はそれを杭にとどくまでのばし、そこからさらに、木と杭との二点でちゃんと確定された方向に、五十フィートの距離までのばした。――そのあいだをジュピターが大鎌で茨を刈り取る。こうして達した地点に第二の杭が打ちこまれ、それを中心にして直径四ヤードばかりのぞんざいな円が描かれた。それからルグランは、自分で一梃ちょうの鋤すきを取り、ジュピターに一梃、私に一梃渡して、できるだけ速く掘りにかかってくれと頼んだ。

実を言うと、私はもともとこんな道楽には特別の趣味を持っていなかったし、ことにそのときには進んで断わりたかったのだ。というのは、だんだん夜は迫って来るし、それにこれまでの運動でずいぶん疲れてもいたから。しかし、のがれる方法もなかったし、また拒絶してかわいそうな友の心の平静をみだしたりすることを恐れた。もしジュピターの助けをほんとに頼りにできるなら、私はさっそくこの狂人を無理にも連れて帰ろうとしたろう。だが、その年寄りの黒人の性質を十分にのみこんでいるので、私が彼の主人と争うようなときには、どんな場合にしろ、私に味方をしてくれようとは望めないのであった。私は、ルグランが金かねが埋められているというあの南部諸州に無数にある迷信のどれかにかぶれていて、また例の甲虫を発見したことのために、あるいはおそらくジュピターがそれをしきりに「ほんとうの黄金でできている虫」だと言い張ったことのために、彼の空想がいよいよ強められているのだ、ということを疑わなかった。いったい、発狂しやすい人間というものはそういう暗示には造作なくかかりがちなもので、ことにそれが前から好んで考えていることと一致する場合にはなおさらである。それから私はこの気の毒な男が甲虫を「自分の身代の手引き」だと言ったことを思い出した。とにかく、私はむしょうにいらいらし、また途方に暮れた。が、しまいにはとうとう、やむを得ぬことと諦あきらめて気持よくやろう――本気で掘って、そうして早くこの空想家に目まのあたり証拠を見せつけて、彼のいだいている考えのまちがっていることを納得させてやろう――と心に決めたのであった。

角灯に火をつけて、我々一同は、こんなことよりはもっとわけのわかった事がらにふさわしいような熱心さをもって仕事にとりかかった。そして、火影が我々の体や道具を照らしたとき、私は、我々がどんなに絵のような一群をなしているだろう、また、偶然に我々のいるところを通りかかる人があったら、その人には我々のやっていることがどんなにか奇妙にも、おかしくも見えるにちがいない、ということを考えないではいられなかった。

二時間のあいだ我々は脇目わきめもふらずに掘った。ほとんどものも言わなかった。いちばん困ったことは犬のきゃんきゃん啼なきたてることだった。犬は我々のしていることを非常に面白がっているのだ。しまいにはそれがあまり騒々しくなったので、誰か付近をうろついている者どもに聞きとがめられはしまいかと気づかった。――いや、もっと正確に言えば、これはルグランの気がかりであったのだ。――なぜなら、私としては、どんな邪魔でも入ってこの放浪者を連れかえることができるならむしろ喜んだろうから。とうとう、そのやかましい声をジュピターがたいへんうまく黙らせてしまった。彼は、いかにもしかつめらしく考えこんだような様子をしながら穴から出て、自分の片方のズボン吊つりで犬の口をしばりあげ、それから低くくすくす笑いながら、また自分の仕事にかかった。

その二時間がたってしまうと、我々は五フィートの深さに達したけれども、やはり宝などのあらわれて来そうな様子もなかった。一同はそれからちょっと休んだ。そして私はこの茶番狂言もいよいよおしまいになればいいがと思いはじめた。しかしルグランは、明らかにひどく面くらってはいたけれど、もの思わしげに額をぬぐうと、またふたたび鋤を取りはじめた。それまでに我々は直径四フィートの全円を掘ってしまっていたのだが、今度は少しその範囲を大きくし、さらに二フィートだけ深く掘った。それでもやはりなにもあらわれて来なかった。あの黄金探索者は、私は心から彼を気の毒に思ったが、とうとう、顔一面にはげしい失望の色を浮べながら穴から這い上がり、仕事を始めるときに脱ぎすてておいた上衣うわぎを、のろのろといやいやながら着はじめた。そのあいだ私はなにも言わなかった。ジュピターは主人の合図で道具を寄せはじめた。それがすんでしまい、犬の口籠くつごをはずしてやると、我々は黙りこくって家路へとついた。

その方向へたしか十歩ばかり歩いたとき、ルグランは大きな呪のろいの声をあげながら、ジュピターのところへ大股につかつかと歩みより、彼の襟頸えりくびをひっつかんだ。びっくりした黒人は眼と口とをできるだけ大きく開き、鋤を落して、膝をついた。

「この野郎!」ルグランは食いしばった歯のあいだから一こと一ことを吐き出すように言った。――「このいまいましい黒んぼの悪党め! ――さあ、言え! ――おれの言うことにいますぐ返事をしろ、ごまかさずに! ――どっちが――どっちがお前の左の眼だ?」

「ひぇっ! ご免くだせえ、ウィル旦那。こっちがたしかにわっしの左の眼でがしょう?」とどぎもを抜かれたジュピターは、自分の右の眼に手をあてて、主人がいまにもそれをえぐり取りはしないかと恐れるように、必死になってその眼をおさえながら、叫んだ。

「そうだろうと思った! ――おれにゃあわかっていたんだ! しめたぞ!」とルグランはわめくと、黒人を突きはなして、つづけざまに跳び上がったりくるくるまわったりしたので、下男はびっくり仰天して、立ち上がりながら、無言のまま主人から私を、また私から主人をと眺ながめかえした。

「さあ! あともどりだ」とルグランは言った。「まだ勝負はつかないんだ」そして彼はふたたび先に立って、あのゆりの木の方へ行った。

「ジュピター」と、我々がその木の根もとのところへ来ると、彼は言った。「ここへ来い! 髑髏は顔を外にして枝に打ちつけてあったか、それとも顔を枝の方へ向けてあったか?」

「顔は外へ向いていましただ、旦那。だから鴉は造作なく眼を突っつくことができたんでがす」

「よし。じゃあ、お前が甲虫を落したのは、こっちの眼からか、それともそっちの眼からか?」――と言いながら、ルグランは、ジュピターの両方の眼に一つ一つ触ってみせた。

「こっちの眼でがす、旦那。――左の眼で、あんたさまのおっしゃったとおりに」と言って黒人の指したのは彼の右の眼だった。

「それでよし。――もう一度やり直しだ」

こうなると、私は友の狂気のなかにもなにかある方法らしいもののあることがわかった。あるいは、わかったような気がした。彼は甲虫の落ちた地点を標示する例の杭を、もとの位置から三インチばかり西の方へ移した。それから、前のように巻尺を幹のいちばん近い点から杭までひっぱり、それをさらに一直線に五十フィートの距離までのばして、さっき掘った地点から数ヤード離れた場所に目標を立てた。

その新しい位置の周囲に、前のよりはいくらか大きい円を描き、ふたたび我々は鋤を持って仕事にとりかかった。私はおそろしく疲れていた。が、なにがそういう変化を自分の気持に起させたのかちっともわからなかったけれど、もう課せられた労働が大して厭いやではなくなった。私は奇妙に興味を感じてきた。――いや、興奮をさえ感じてきた。おそらく、ルグランのすべての突飛な振舞いのなかには、なにかあるもの――なにか先見とか熟慮とかいったような様子――があって、それが私の心を動かしたのであろう。私は熱心に掘った。そしてときどき、期待に似たようなある心持で、不幸な友を発狂させたあの空想の宝を、実際に待ちうけている自分に、ふと気がつくことがあった。そういう妄想もうそうがすっかり私の心をとらえていたとき、そして掘りはじめてからたぶん一時間半もたったころ、我々はふたたび犬のはげしく吠ほえる声に邪魔された。前に犬が騒ぎたてたのはあきらかにふざけたがりか気まぐれからであったが、今度ははげしい真剣な調子だった。ジュピターがまた口籠をかけようとすると、犬ははげしく抵抗し、穴のなかへ跳びこんで、狂ったように爪つめで土をひっかいた。そして数秒のうちに、一塊の人骨を掘り出したが、それは二人分の完全な骸骨がいこつをなすもので、数個の金属性のボタンと、毛織物の腐って塵ちりになったのらしく見えるものとが、それにまじっていた。鋤を一、二度打ちこむと、大きなスペイン短剣ナイフの刀身がひっくり返って出た。それからさらに掘ると、ばらばらの金貨や銀貨が三、四枚あらわれた。

これを見ると、ジュピターの喜びはほとんど抑えきれぬくらいだった。が、彼の主人の顔はひどい失望の色を帯びた。しかし、彼はもっと努力をつづけてくれと我々を励ましたが、その言葉が言い終るか終らぬうちに、私はつまずいてのめった。自分の長靴ながぐつの爪先つまさきを、ばらばらの土のなかに半分埋まっていた大きな鉄の鐶かんにひっかけたのだ。

我々はいまや一所懸命に掘った。そして私はかつてこれ以上に強烈な興奮の十分間を過したことがない。その十分間に、我々は一つの長方形の木製の大箱をすっかり掘り出したのだ。この箱は、それが完全に保存されていることや、驚くべき堅牢けんろうさを持っていることなどから考えると、明らかになにかある鉱化作用――たぶん塩化第二水銀の鉱化作用――をほどこされているのであった。長さは三フィート半、幅は三フィート、深さは二フィート半あった。鍛鉄たんてつの箍たがでしっかりと締め、鋲びょうを打ってあって、全体に一種の格子こうし細工をなしている。箱の両側の、上部に近いところに、鉄の鐶が三つずつ――みんなで六つ――あり、それによって六人でしっかり持つことができるようになっている。我々が一緒になってあらんかぎりの力を出してみたが、底をほんの少しばかりずらすことができただけであった。こんな恐ろしく重いものはとうてい動かせないということがすぐにわかった。ありがたいことには、蓋ふたを留めてあるのは二本の抜き差しのできる閂かんぬきだけだった。不安のあまりぶるぶる震え、息をはずませながら――我々はその閂を引き抜いた。とたちまち、価あたいも知れぬほどの財宝が我々の眼前に光りきらめいて現われた。角灯の光が穴のなかへ射さしたとき、雑然として積み重なっている黄金宝石の山から、実に燦爛さんらんたる光輝が照りかえして、まったく我々の眼を眩くらませたのであった。

それを眺めたときの心持を私は書きしるそうとはしまい。驚きが主だったことは言うまでもない。ルグランは興奮のあまりへとへとになっているようで、ほとんど口もきかなかった。ジュピターの顔はちょっとのあいだ黒人の顔としてはこれ以上にはなれないほど、死人のように蒼白あおじろくなった。彼はあっけにとられて――胆きもをつぶしているらしかった。やがて彼は穴のなかに膝ひざをついて、袖そでをまくり上げた両腕を肘ひじのところまで黄金のなかに埋め、ちょうど湯に入って好い気持になってでもいるように、腕をそのままにしていた。とうとう、深い溜息ためいきをつきながら、独言ひとりごとのように叫んだ。

「で、こりゃあみんなあの黄金虫からなんだ! あのきれいな黄金虫! わっしがあんなに乱暴に悪口言った、かわいそうなちっちぇえ黄金虫からなんだ! お前めえは恥ずかしくねえか? 黒んぼ、――返事してみろ!」

とうとう、私は主従の二人をうながして財宝を運ぶようにさせなければならなくなった。夜はだんだん更ふけて来るし、夜明け前になにもかもみんな家へ持ってゆくには、一働きする必要があったのだ。が、どうしたらいいかなかなかわからず、考えるのにずいぶん長く時間がかかった。――それほど一同の頭は混乱していたのだ。とうとう、なかにある物の三分の二を取り出して箱を軽くすると、どうにか穴から引き揚げることができた。取り出した品物は茨いばらのあいだに置いて、その番をさせるために犬を残し、我々が帰って来るまでは、どんなことがあってもその場所から離れぬよう、また口を開かぬようにと、ジュピターから犬にきびしく言いつけた。それから我々は箱を持って急いで家路についた。そして無事に、だが非常に骨を折ったのちに、小屋へ着いたのは、午前一時だった。疲れきっていたので、すぐまたつづけて働くということは人間業ではできないことだった。我々は二時まで休み、食事をとった。それからすぐ、幸いに家のなかにあった三つの丈夫な袋をたずさえて、山に向って出発した。四時すこし前にさっきの穴へ着き、残りの獲物を三人にできるだけ等分に分け、穴は埋めないままにして、ふたたび小屋へと向ったが、二度目に我々の黄金の荷を小屋におろしたのは、ちょうど曙あけぼのの最初の光が東の方の樹々きぎの頂から輝きだしたころであった。

一同はもうすっかりへたばっていた。が、はげしい興奮が我々を休息させなかった。三、四時間ばかりうとうとと眠ると、我々は、まるで申し合せてでもあったように、財宝を調べようと起き上がった。

箱は縁のところまでいっぱいになっていて、その内容を吟味するのに、その日一日と、その夜の大部分がかかった。秩序とか排列とかいったようなものは少しもなかった。なにもかも雑然と積み重ねてあった。すべてを念入りに択えり分けてみると、初めに想像していたよりももっと莫大ばくだいな富が手に入ったことがわかった。貨幣では四十五万ドル以上もあった。――これは一つ一つの価格を、当時の相場表によって、できるだけ正確に値ぶみしてである。銀貨は一枚もなかった。みんな古い時代の金貨で、種類も種々様々だった。――フランスや、スペインや、ドイツの貨幣、それにイギリスのギニー金貨(10)が少し、また、これまで見本を見たこともないような貨幣もあった。ひどく磨すりへっているので、刻印のちっとも読めない、非常に大きくて重い貨幣もいくつかあった。アメリカの貨幣は一つもなかった。宝石の価格を見積るのはいっそう困難だった。金剛石ダイヤモンドは――そのなかにはとても大きい立派なものもあったが――みんなで百十個あり、小さいのは一つもない。すばらしい光輝をはなつ紅玉ルビーが十八個、緑柱玉エメラルドが三百十個、これはみなきわめて美しい。青玉サファイアが二十一個と、蛋白石オパールが一個。それらの宝石はすべてその台からはずして、箱のなかにばらばらに投げこんであった。ほかの黄金のあいだから択り出したその台のほうは、見分けのつかぬようにするためか、鉄鎚かなづちで叩きつぶしたものらしく見えた。これらすべてのほかに、非常にたくさんの純金の装飾品があった。つまり、どっしりした指輪やイヤリングがかれこれ二百。立派な首飾り、――これはたしか三十あったと記憶する。とても大きな重い十字架が八十三個。非常な価格の香炉が五個。葡萄ぶどうの葉と酔いしれて踊っている人々の姿とを見事に浮彫りした大きな黄金のポンス鉢ばちが一個。それから精巧に彫りをした刀剣の柄つかが二本と、そのほか、思い出すことのできないたくさんの小さな品々。これらの貴重品の重量は三百五十ポンドを超えていた。そしてこの概算には百九十七個のすばらしい金時計が入っていないのだ。そのなかの三個はたしかにそれぞれ五百ドルの価はある。時計の多くは非常に古くて、機械が腐食のために多少ともいたんでいるので、時を測るものとしては無価値であった。が、どれもこれも皆たくさんの宝石をちりばめ、高価な革に入っていた。この箱の全内容を、その夜、我々は百五十万ドルと見積った。ところが、その後、その装身具や宝石類を(いくつかは我々自身が使うのに取っておいたが)売り払ってみると、我々がこの財宝をよほど安く値ぶみしていたことがわかったのだった。

いよいよ調べが終って、はげしい興奮がいくらか鎮しずまると、ルグランは、私がこの不思議きわまる謎なぞの説明を聞きたくてたまらないでいるのを見て、それに関するいっさいの事情を詳しく話しはじめたのだ。

「君は覚えているだろう」と彼は言った。「僕が甲虫かぶとむしの略図を描かいて君に渡したあの晩のことを。また、君が僕の描いた絵を髑髏どくろに似ていると言い張ったのに僕がすっかり腹を立てたことも、思い出せるだろう。初め君がそう言ったときには、僕は君が冗談を言っているのだと思ったものだ。だがその後、あの虫の背中に妙な点があるのを思い浮べて、君の言ったことにも少しは事実の根拠がないでもないと内心認めるようになった。でも、君が僕の絵の腕前を冷やかしたのが癪しゃくだった。――僕は絵が上手だと言われているんだからね。――だから、君があの羊皮紙の切れっぱしを渡してくれたとき、僕はそいつを皺しわくちゃにして、怒って火のなかへ投げこもうとしたんだ」

「あの紙の切れっぱしのことだろう」と私が言った。

「いいや。あれは見たところでは紙によく似ていて、最初は僕もそうかと思ったが、絵を描いてみると、ごく薄い羊皮紙だということにすぐ気がついたよ。覚えているだろう、ずいぶんよごれていたね。ところで、あれをちょうど皺くちゃにしようとしていたとき、君の見ていたあの絵がちらりと僕の眼にとまったのさ。で、自分が甲虫の絵を描いておいたと思ったちょうどその場所に、事実、髑髏の図を認めたときの僕の驚きは、君にも想像できるだろう。ちょっとのあいだ、僕はあんまりびっくりしたので、正確にものを考えることができなかった。僕は、自分の描いた絵が、大体の輪郭には似ているところはあったけれども――細かい点ではそれとはたいへん違っていることを知った。やがて蝋燭を取って、部屋の向う隅すみへ行って腰をかけ、その羊皮紙をもっとよく吟味しはじめた。ひっくり返してみると、僕の絵が自分の描いたとおりにその裏にあるのだ。そのときの僕の最初の感じは、ただ、両方の絵の輪郭がまったくよく似ているということにたいする驚きだった。――羊皮紙の反対の側に、僕の描いた甲虫の絵の真下に、僕の眼めにつかずに頭蓋骨ずがいこつがあり、この頭蓋骨の輪郭だけではなく、大きさまでが、僕の絵によく似ている、という事実に含まれた不思議な暗合にたいする驚きだった。この暗合の不思議さはしばらくのあいだ僕をまったく茫然ぼうぜんとさせたよ。これはこういうような暗合から起る普通の結果なんだ。心は連絡を――原因と結果との関連を――確立しようと努め、それができないので、一種の一時的な麻痺まひ状態に陥るんだね。だが、僕がこの茫然自失の状態から回復すると、その暗合よりももっともっと僕を驚かせた一つの確信が、心のなかにだんだんと湧わき上がってきたんだ。僕は、甲虫の絵を描いたときには羊皮紙の上になんの絵もなかったことを、明瞭めいりょうに、確実に、思い出しはじめた。僕はこのことを完全に確かだと思うようになった。なぜなら、いちばんきれいなところを捜そうと思って、初めに一方の側を、それから裏をと、ひっくり返してみたことを、思い出したからなんだ。もし頭蓋骨がそのときそこにあったのなら、もちろん見のがすはずがない。この点に、実際、説明のできないと思われる神秘があった。が、そのときもうはや、僕の知力のいちばん奥深いところでは、昨夜の冒険であんなに見事に証明されたあの事実の概念が、蛍火ほたるびのように、かすかに、ひらめいたようだった。僕はすぐ立ち上がり、羊皮紙を大事にしまいこんで、一人になるまでそれ以上考えることはいっさいやめてしまった。

君が帰ってゆき、ジュピターがぐっすり眠ってしまうと、僕はその事がらをもっと順序立てて研究することに着手した。まず第一に、羊皮紙がどうして自分の手に入ったかということを考えてみた。僕たちがあの甲虫を発見した場所は、島の東の方一マイルばかりの本土の海岸で、満潮点のほんの少し上のところだった。僕がつかまえると、強く咬かみついたので、それを落した。ジュピターはいつもの用心深さで、自分の方へ飛んできたその虫をつかむ前に、樹の葉か、なにかそういったようなものを捜して、それでつかまえようと、あたりを見まわした。彼の眼と、それから僕の眼とが、あの羊皮紙の切れっぱしにとまったのは、この瞬間だった。もっとも、そのときはそれを紙だと思っていたがね。それは砂のなかになかば埋まっていて、一つの隅だけが出ていた。それを見つけた場所の近くに、僕は帆船の大短艇ロング・ボートらしいものの残骸を認めた。その難破船はよほど長いあいだそこにあるものらしかった。というのは、ボートの用材らしいということがやっとわかるほどだったから。

さて、ジュピターがその羊皮紙を拾い上げ、甲虫をそのなかに包んで、僕に渡してくれた。それから間もなく僕たちは家へ帰りかけたが、その途中でG――中尉ちゅういに会った。虫を見せたところ、要塞ようさいへ借りて行きたいと頼むのだ。僕が承知すると、彼はすぐにその虫を、それの包んであった羊皮紙のなかへ入れないで、そのまま自分のチョッキのポケットのなかへ突っこんでしまった。その羊皮紙は彼が虫を調べているあいだ僕が手に持っていたのさ。たぶん、彼は僕の気が変るのを恐れて、すぐさま獲物をしまってしまうほうがいいと考えたんだろうよ。――なにしろ君も知っているとおり、あの男は博物学に関することならなんでもまるで夢中だからね。それと同時に、僕はなんの気なしに、羊皮紙を自分のポケットのなかへ入れたにちがいない。

僕が甲虫の絵を描こうと思って、テーブルのところへ行ったとき、いつも置いてあるところに紙が一枚もなかったことを、君は覚えているね。引出しのなかを見たが、そこにもなかった。古手紙でもないかと思ってポケットを捜すと、そのとき、手があの羊皮紙に触れたのだ。あれが僕の手に入った正確な経路をこんなに詳しく話すのは、その事情がとくに強い印象を僕に与えたからなんだよ。

きっと君は僕が空想を駆りたてているのだと思うだろう、――が、僕はもうとっくに連絡を立ててしまっていたのだ。大きな鎖の二つの輪を結びつけてしまったのだ。海岸にボートが横たわっていて、そのボートから遠くないところに頭蓋骨の描いてある羊皮紙――紙ではなくて――があったんだぜ。君はもちろん、『どこに連絡があるのだ?』と問うだろう。僕は、頭蓋骨、つまり髑髏は誰でも知っているとおり海賊の徽章きしょうだと答える。髑髏の旗は、海賊が仕事をするときにはいつでも、かかげるものなのだ。

僕は、その切れっぱしが羊皮紙であって、紙ではないと言ったね。羊皮紙は持ちのいいもので――ほとんど不滅だ。ただ普通絵を描いたり字を書いたりするには、とても紙ほど適していないから、大して重要ではない事がらはめったに羊皮紙には書かない。こう考えると、髑髏になにか意味が――なにか適切さが――あることに思いついた。僕はまたその羊皮紙の形にも十分注意した。一つの隅だけがなにかのはずみでちぎれてしまっていたけれど、もとの形が長方形であることはわかった。実際、それはちょうど控書として――なにか長く記憶し大切に保存すべきことを書きしるすものとして――選ばれそうなものなんだ」

「しかしだね」と私が言葉をはさんだ。「君は、甲虫の絵を描いたときにはその頭蓋骨は羊皮紙の上になかったと言う。とすると、どうしてボートと頭蓋骨のあいだに連絡をつけるんだい? ――その頭蓋骨のほうは、君自身の認めるところによれば、(どうして、また誰によって、描かれたか、ということはわからんが)君が甲虫を描いたのちに描かれたにちがいないんだからねえ」

「ああ、そこに全体の神秘がかかっているんだよ。もっとも、この点では、その秘密を解決するのは僕には比較的むずかしくはなかったがね。僕のやり方は確実で、ただ一つの結論しか出てこないのだ。たとえば、僕はこんなふうに推理していったんだ。僕が甲虫を描いたときには頭蓋骨は少しも羊皮紙にあらわれていなかった。絵を描きあげると僕はそれを君に渡し、君が返すまでじっと君を見ていた。だから君があの頭蓋骨を描いたんじゃないし、またほかにそれを描くような者は誰も居合わさなかった。してみると、それは人間業で描かれたんじゃない。それにもかかわらず描いてあったんだ。

ここまで考えてくると、僕はそのときの前後に起ったあらゆる出来事を、十分はっきり思い出そうと努め、また実際思い出したのだ。気候のひえびえする日で(ほんとに珍しいことだった!)炉には火がさかんに燃えていた。僕は歩いてきたので体がほてっていたから、テーブルのそばに腰かけていた。だが君は椅子いすを炉のすぐ近くへひきよせていた。僕が君の手に羊皮紙を渡し、君がそれを調べようとしたちょうどそのとき、あのニューファウンドランド種のウルフの奴やつが入ってきて、君の肩に跳びついた。君は左手で犬を撫なで、また遠ざけながら、羊皮紙を持った右の手を無頓着むとんじゃくに膝のあいだの、火のすぐ近くのところへ垂れた。一時はそれに火がついたかと思ったので、君に注意しようとしたが、僕が言いださないうちに君はそれをひっこめて、調べにかかったのだ。こういうすべての事がらを考えたとき、僕は、熱こそ羊皮紙にその頭蓋骨をあらわさせたものだということを少しも疑わなかったんだよ。君もよく知っているとおり、紙なり皮紙ヴェラムなりに文字を書き、火にかけたときにだけその文字が見えるようにできる化学的薬剤があるし、またずっと昔からあった。不純酸化コバルトを王水アクア・リージアに浸し、その四倍の重量の水に薄めたものが、ときどき用いられる。すると緑色が出る。コバルトの鈹ひ(11)を粗製硝酸に溶かしたものだと、赤色が出る。これらの色は、文字を書いた物質が冷却すると、そののち速い遅いの差はあっても、消えてしまう。が、火にあてると、ふたたびあらわれてくるのだ。

僕はそこで今度はその髑髏をよくよく調べてみた。と、外側の端のほう――皮紙の端にいちばん近い絵の端のほう――は、ほかのところよりはよほどはっきりしている。火気の作用が不完全または不平等だったことは明らかだ。僕はすぐ火を焚たきつけて、羊皮紙のあらゆる部分を強い熱にあててみた。初めは、ただ髑髏のぼんやりした線がはっきりしてきただけだった。が、なおも辛抱強くその実験をつづけていると、髑髏を描いてある場所の斜め反対の隅っこに、最初は山羊やぎだろうと思われる絵が見えるようになってきた。しかし、もっとよく調べてみると、それは仔山羊キッドのつもりなのだということがわかった」

「は、は、は!」私は言った。「たしかに僕には君を笑う権利はないが、――百五十万という金は笑いごとにしちゃああんまり重大だからねえ、――だが君は、君の鎖の第三の輪をこさえようとしているんじゃあるまいね。海賊と山羊とのあいだにはなにも特別の関係なんかないだろう。海賊は、ご承知のとおり、山羊なんかには縁はないからな。山羊ならお百姓さんの畑だよ」

「しかし僕はいま、その絵は山羊じゃないと言ったぜ」

「うん、そんなら仔山羊キッドだね、――まあ、ほとんど同じものさ」

「ほとんどね。だが、まったく同じものじゃない」とルグランが言った。「君はキッド船長という男の話を聞いたことがあるだろう。僕はすぐこの動物の絵を、地口じぐちの署名か、象形文字の署名、といったようなものだと見なしたんだ。署名だというわけは、皮紙ヴェラムの上にあるその位置がいかにもそう思わせたからなんだよ。その斜め反対の隅にある髑髏も、同じように、印章とか、印判とかいうふうに見えた。しかし、そのほかのものがなに一つないのには、――書類だろうと自分の想像したものの主体――文の前後にたいする本文――がないのには、僕もまったく弱ったね」

「君は印章と署名とのあいだに手紙でも見つかると思ったんだろう」

「まあ、そういったようなことさ。実を言うと、僕はなにかしらすばらしい好運が向いてきそうな予感がしてならなかったんだ。なぜかってことはほとんど言えないがね。つまり、たぶん、それは実際の信念というよりは願望だったのだろう。――だが、あの虫を純金だと言ったジュピターのばかげた言葉が僕の空想に強い影響を及ぼしたんだよ。それからまた、つぎつぎに起った偶然の出来事と暗合、――そういうものがまったく実に不思議だった。一年じゅうで火の要るほど寒い日はその日だけと、あるいはその日だけかもしれんと、思われるその日に、ああいう出来事が起ったということ、また、その火がなかったら、あるいはちょうどあの瞬間に犬が入って来なかったなら、僕が決して髑髏に気がつきはしなかったろうし、したがって宝を手に入れることもできなかったろうということは、ほんとに、ほんの偶然のことじゃないか?」

「だが先を話したまえ、――じれったくてたまらないよ」

「よしよし。君はもちろん、あの世間にひろまっているたくさんの話――キッド(12)とその一味の者が大西洋のどこかの海岸に金を埋めたという、あの無数の漠然ばくぜんとした噂うわさ――を聞いたことがあるね。こういう噂はなにか事実の根拠があったにちがいない。そして、その噂がそんなに長いあいだ、そんなに引きつづいて存在しているということは、その埋められた宝がまだやはり埋まったままになっているという事情からだけ起りうることだ、と僕には思われたのだ。もしキッドが自分の略奪品を一時隠しておいて、その後それを取り返したのなら、その噂は現在のような、いつも変らない形で僕たちの耳に入りはしないだろう。君も気がついているだろうが、話というのはどれもこれもみんな、金を捜す人のことで、金を見つけ出した人のことではない。あの海賊が自分の金を取りもどしたのなら、そこでこの事件は立消えになってしまうはずだ。で、僕はこう思った。キッドはなにかの事故のために――たとえば、その場所を示す控書をなくしたといったようなことのために――それを取りもどす手段をなくしたのだ。そしてそのことが彼の手下の者どもに知れたのだ。でなければ彼らは宝が隠してあるなどということを聞くはずがなかったんだろうがね。そこで彼らはそれを取り返そうとしきりにやってみたが、なんの手がかりもないので失敗し、その連中が今日誰でも知っているあの噂の種をまき、それからそれが広く世間にひろがるようになったのだ、とね。君は、海岸でなにか大事な宝が掘り出されたということを、いままで聞いたことがあるかい?」

「いいや」

「しかしキッドの蓄えた財宝が莫大ばくだいなものであることはよく知られている。だから、僕はそいつがまだ土のなかにあるのだと考えたんだよ。で、あんなに不思議なぐあいにして見つかったあの羊皮紙が、それの埋めてある場所の記録の紛失したものなのだという、ほとんど確信と言えるくらいの希望を、僕がいだいたと言っても、君はべつに驚きはしないだろう」

「だがそれからどうしたんだい?」

「僕は火力を強くしてから、ふたたびその皮紙を火にあててみた。が、なにもあらわれなかった。そこで今度は、泥どろのついていることがこの失敗となにか関係があるかもしれん、と考えた。だから羊皮紙に湯をかけて丁寧に洗い、それから錫すずの鍋なべのなかへ頭蓋骨の絵を下に向けて入れ、その鍋を炭火の竈かまどにかけた。二、三分たつと、鍋がすっかり熱くなったので、羊皮紙を取りのけてみると、なんとも言えないほど嬉うれしかったことには、行になって並んでいる数字のようなものが、ところどころに斑点はんてんになって見えるんだね。それでまた鍋のなかへ入れて、もう一分間そのままにしておいた。取り出してみると、全体がちょうど君のいま見るとおりになっていたんだ」

こう言って、ルグランは羊皮紙をまた熱して、私にそれを調べさせた。髑髏と山羊とのあいだに、赤い色で、次のような記号が乱雑に出ている。――

53‡‡†305))6*;4826)4‡.)4‡);806*;48†860))85;1‡(;:‡*8†83(88)5*†;46(;88*96*?;8)*‡(;485);5*†2:*‡(;4956*2(5*―4)88*;4069285);)6†8)4‡‡;1(‡9;48081;8:8‡1;48†85;4)485†528806*81(‡9;48;(88;4(‡?34;48)4‡;161;:188;‡?;(13)

「しかし」と私は紙片を彼に返しながら言った。「僕にゃあやっぱり、まるでわからないな。この謎なぞを解いたらゴルコンダ(14)の宝石をみんなもらえるとしても、僕はとてもそれを手に入れることはできないねえ」

「でもね」とルグランが言った。「これを解くことは、決してむずかしくはないんだよ。君がこの記号を最初にざっと見て想像するほどにはね。誰でもたやすくわかるだろうが、この記号は暗号をなしているのだ。――つまり、意味を持っているのだ。しかし、キッドについて知られていることから考えると、彼にそう大して難解な暗号文を組み立てる能力などがあろうとは僕には思えなかった。僕はすぐ、これは単純な種類のもの――だが、あの船乗りの頭には、解キイがなければ絶対に解けないと思われるような、そんな程度のもの――だと心を決めてしまったんだ」

「で君はほんとうにそれを解いたんだね?」

「わけなしにさ。僕はいままでにこの一万倍もむずかしいのを解いたことがある。境遇と、頭脳のある性向とが、僕をそういう謎に興味をもたせるようにしたのだ。人間の知恵を適切に働かしても解けないような謎を、人間の知恵が組み立てることができるかどうかということは、大いに疑わしいな。事実、連続した読みやすい記号が、一度それとわかってしまえば、その意味を展開する困難などは、僕はなんとも思わなかった。

いまの場合では――秘密文書の場合では実際すべてそうだが――第一の問題は暗号の国語が何語かということなんだ。なぜなら、解釈の原則は、ことに簡単な暗号となると、ある特定の国語の特質によるのであるし、またそれによって変りもするんだからね。一般に、どの国語かがわかるまでは、解釈を試みる人の知っているあらゆる国語を(蓋然率プロバビリティにしたがって)実験してみるよりほかに仕方がない。だがいま僕たちの前にあるこの暗号では、署名があるので、このことについてのいっさいの困難が取りのぞかれている。『キッド』という言葉の洒落しゃれは英語以外の国語ではわからないものだ。こういう事情がなかったなら、僕はまずスペイン語とフランス語とでやりはじめたろうよ。スパニッシュ・メイン(15)の海賊がこの種の秘密を書くとすればたいていそのどちらかの国語だろうからね。ところがそういうわけだったから、僕はこの暗号を英語だと仮定した。

ごらんのとおり、語と語とのあいだにはなんの句切りもない。句切りがあったら、仕事は比較的やさしかったろう。そういう場合には、初めに短い言葉を対照し、分析する。そしてもし、よくあるように、一字の語(たとえばaとか、Iとかいう語だね)が見つかったら、解釈はまずできたと思っていいのだ。しかし、句切りが少しもないので、僕の最初にとるべき手段は、いちばん多く出ている字と、いちばん少ししか出ていない字とを、つきとめることだった。で、すっかり数えて、僕はこういう表を作った。

8   という記号は     三十三  ある

;      〃       二十六

4      〃        十九

‡)     〃        十六

*      〃        十三

5      〃        十二

6      〃        十一

†1     〃         八

0      〃         六

92     〃         五

:3     〃         四

?      〃         三

      〃         二

―      〃         一

さて、英語でもっともしばしば出てくる字はeだ。それからaoidhnrstuycfglmwbkpqxzという順序になっている。しかしeは非常に多いので、どんな長さの文章でも、一つの文章にeがいちばんたくさん出ていないということは、めったにないのだ。

とすると、ここで、僕たちはまず手初めに、単なる憶測以上のあるものの基礎を得たことになるね。表というものが、一般に有益なものであるということは明白だ、――が、この暗号にかぎっては、僕たちはほんのわずかしかその助けを要しない。いちばん多い記号は8だから、まずそれを普通のアルファベットのeと仮定して始めることにしよう。この推定を証拠だててみるために、8が二つ続いているかどうかを見ようじゃないか。――なぜかというと、英語ではeが二つつづくことがかなりの頻度であるからだ、――たとえば、‘meet’‘fleet’‘speed’‘seen’‘been’‘agree’などのようにね。僕たちの暗号の場合では、暗号文が短いにもかかわらずそれが五度までも重なっているよ。

そこで、8をeと仮定してみよう。さて、英語のすべての語のなかで、いちばんありふれた語は、‘the’だ。だから、最後が8になっていて、同じ配置の順序になっている三つの記号が、たびたび出ていないかどうかを見よう。そんなふうに並んだ、そういう文字がたびたび出ていたら、それはたぶん、‘the’という語をあらわすものだろう。調べてみると、そういう排列が七カ所もあって、その記号というのは ;48 だ。だから、;はtをあらわし、4はhをあらわし、8はeをあらわしていると仮定してもよかろう。――この最後の記号はいまではまず十分確証された。こうして一歩大きく踏み出したのだ。

しかも、一つの語が決ったので、たいへん重要な一点を決めることができるわけだ。つまり、他の語の初めと終りとをいくつか決められるのだね。たとえば暗号のおしまい近くの――最後から二番目の ;48 という組合せのあるところを見よう。と、そのすぐ次にくる;が語の初めであることがわかる。そうして、この‘the’の後にある六つの記号のうち、僕たちは五つまで知っているのだ。そこで、わからないところは空けておいて、その五つの記号をわかっている文字に書きかえてみようじゃないか。――

t eeth

ここで、この‘th’が、この初めのtで始まる語の一部分をなさないものとして、すぐにこれをしりぞけることができる。というわけは、この空いているところへ当てはまる文字としてアルファベットを一つ残らず調べてみても、th がその一部分となるような語ができないことがわかるからなんだ。こうして僕たちは

t ee

に局限され、そして、もし必要ならば前のようにアルファベットを一つ一つあててみると、考えられる唯一ゆいいつの読み方として‘tree’という語に到達する。こうして(で表わしてあるrという字をもう一つ知り、‘the tree’という言葉が並んでいることがわかるのだ。 この言葉の少し先の方を見てゆくと、また ;48 の組合せがあるから、これをそのすぐ前にある語にたいする句切りとして用いる。するとこういう排列になっているね。

the tree ;4(‡?34 the

つまり、わかっているところへ普通の文字を置きかえると、こうなる。

the tree thr ‡?3 h the

さて、未知の記号のかわりに、空白を残すか、または点を打てば、こうなるだろう。

the tree thr・・・h the

すると‘through’という言葉がすぐに明らかになってくるが、この発見は、‡、?、3であらわされているo、u、gという三つの文字を僕たちに与えてくれるのだ。

それから既知の記号の組合せがないかと暗号を念入りに捜してゆくと、初めのほうからあまり遠くないところに、こんな排列が見つかる。

83(88 すなわち egree

これは明白に‘degree’という語の終りで、†であらわしてあるdという文字がまた一つわかるのだ。

この、‘degree’という語の四つ先に

;46(;88*

という組合せがある。

既知の記号を翻訳し、未知のを前のように点であらわすと、こうなるね。

th・rtee・

この排列はすぐ‘thirteen’という言葉を思いつかせ、6、*であらわしてあるi、nという二つの新しい文字をまた教えてくれる。

今度は、暗号文の初めを見ると、

53‡‡†

という組合せがあるね。

前のように翻訳すると、

・good

となるが、これは最初の文字がAで、初めの二つの語が‘A good’であることを確信させるものだ。

混乱を避けるために、もういまでは、わかっただけの鍵を表の形式にして整えたほうがいいだろう。それはこうなる。

5    は    a を表わす

†    〃    d

8    〃    e

3    〃    g

4    〃    h

6    〃    i

*    〃    n

‡    〃    o

(    〃    r

:    〃    t

?    〃    u

だから、これでもっとも重要な文字が十一(16)もわかったわけで、これ以上解き方の詳しいことをつづけて話す必要はないだろう。僕は、この種の暗号の造作なく解けるものであることを君に納得させ、またその展開の理論的根拠にたいする多少の洞察どうさつを君に与えるために、もう十分話したのだ。だが、僕たちの前にあるこの見本なんぞは、暗号文の実にもっとも単純な種類に属するものだと思いたまえ。いまではもう、この羊皮紙に書いてある記号を、解いたとおりに全訳したものを、君に示すことが残っているだけだ。それはこうだよ。

‘A good glass in the bishop's hostel in the devil's seat forty-one degrees and thirteen minutes northeast and by north main branch seventh limb east side shoot from the left eye of the death's-head a bee-line from the tree through the shot fifty feet out.’

(『僧正の旅籠はたご悪魔の腰掛けにて良き眼鏡四十一度十三分北東微北東側第七の大枝髑髏どくろの左眼ひだりめより射る樹きより弾を通して五十フィート外方に直距線』)」

「だが」と私は言った。「謎は依然として前と同じくらい厄介やっかいなようだね。『悪魔の腰掛け』だの、『髑髏』だの、『僧正の旅籠』だのというような、こんな妄語たわごとから、どうして意味をひっぱり出すことができるのかね?」

「そりゃあね」とルグランが答えた。「ちょっと見たときには、まだ問題は容易ならぬものに見えるさ。まず僕の努力したことは、暗号を書いた人間の考えたとおりの自然な区分に、文章を分けることだった」

「というと、句読くとうをつけることだね?」

「そういったようなことさ」

「しかしどうしてそれができたんだい?」

「僕は、これを書いた者にとっては、解釈をもっとむずかしくするために言葉を区分なしにくっつけて書きつづけることが重要な点だったのだ、と考えた。ところで、あまり頭の鋭敏ではない人間がそういうことをやるときには、たいていは必ずやりすぎるものだ。文を書いてゆくうちに、当然句読点をつけなければならんような文意の切れるところへくると、そういう連中はとかく、その場所で普通より以上に記号をごちゃごちゃにつめて書きがちなものだよ。いまの場合、この書き物を調べてみるなら、君はそういうひどく込んでいるところが五カ所あることをたやすく眼にとめるだろう。このヒントにしたがって、僕はこんなふうに区分をしたんだ。

‘A good glass in the bishop's hostel in the devil's seat ―― forty-one degrees and thirteen minutes ―― northeast and by north ―― main branch seventh limb east side ―― shoot from the left eye of the death's-head ―― a bee-line from the tree through the shot fifty feet out.’

(『僧正の旅籠悪魔の腰掛けにて良き眼鏡――四十一度十三分――北東微北――東側第七の大枝――髑髏の左眼より射る――樹より弾を通して五十フィート外方に直距線』)」

「こういう区分をされても」と私は言った。「まだやっぱり僕にはわからないね」

「二、三日のあいだは僕にもわからなかったよ」とルグランが答えた。「そのあいだ、僕はサリヴァン島の付近に『僧正の旅館ビショップス・ホテル』という名で知られている建物がないかと熱心に捜しまわった。むろん、『旅籠ホステル』という古語はよしたのさ。が、それに関してはなにも得るところがなかったので、捜索の範囲をひろげてもっと系統的な方法でやってゆこうとしていたとき、ある朝、まったくとつぜんに頭に浮んだのは、この『僧正の旅籠ビショップス・ホステル』というのは、島の四マイルばかり北方にずっと昔から古い屋敷を持っていたベソップという名の旧家となにか関係があるかもしれない、ということだった。そこで、僕はそこの農園へ行って、その土地の年寄りの黒んぼたちにまたいろいろきいてみた。とうとう、よほど年をとった一人の婆ばあさんが、ベソップの城というような所のことを聞いたことがあって、そこへご案内することができるだろうと思うが、それは城でも宿屋でもなくて高い岩だと言ってくれた。

僕は骨折り賃は十分出すがと言うと、婆さんはしばらくためらったのち、その場所へ一緒に行ってくれることを承知した。大した困難もなくそこが見つかったので、それから婆さんを帰して、僕はその場所を調べはじめた。その『城』というのは崖がけや岩が雑然と集まっているところのことで、そのなかの一つの岩は、ずっと高くて、また孤立していて人工的なふうに見えるので、たいへん目立っていた。僕はその岩のてっぺんへよじ登ったんだが、さて、それからどうしたらいいかということには大いに途方に暮れてしまったね。

さんざんに考えこんでいるうちに、僕の眼はふと、自分の立っている頂上からたぶん一ヤードくらい下の岩の東の面にあるせまい出っ張りに落ちた。この出っ張りは約十八インチほど突き出ていて、幅は一フィート以上はなく、そのすぐ上の崖に凹くぼみあるので、われわれの祖先の使ったあの背を刳くった椅子いすにあらまし似ているんだ。僕はこれこそあの書き物にある『悪魔の腰掛け』にちがいないと思い、もうあの謎の秘密をすっかり握ったような気がしたよ。

『良き眼鏡』というのが望遠鏡以外のものであるはずがないということは、僕にはわかっていた。船乗りは『眼鏡』という言葉をそれ以外の意味にはめったに使わないからね。そこで、僕は望遠鏡はここで用いるべきであるということ、ここがそれを用いるに少しの変更をも許さぬ定まった観察点であるということが、すぐにわかったのだ。また、『四十一度十三分』や『北東微北』という文句が眼鏡を照準する方向を示すものであることは、すぐに信じられた。こういう発見に大いに興奮して、急いで家へ帰り、望遠鏡を手に入れて、また岩のところへひき返した。

出っ張りのところへ降りると、一つのきまった姿勢でなければ席を取ることができないということがわかった。この事実は僕が前からもっていた考えをますます確かめてくれたのだ。それから眼鏡の使用にとりかかった。むろん、『四十一度十三分』というのは現視地平(17)の上の仰角を指しているものにちがいない。なぜなら、水平線上の方向は「北東微北」という言葉ではっきり示されているんだからね。この北東微北の方向を僕は懐中磁石ですぐに決めた。それから、眼鏡を大体の見当でできるだけ四十一度(18)の仰角に向けて、気をつけながらそれを上下に動かしていると、そのうちにはるか彼方かなたに群を抜いてそびえている一本の大木の葉の繁しげみのなかに、円い隙間すきま、あるいは空いているところがあるのに、注意をひかれた。この隙間の真ん中に白い点を認めたが、初めはそれがなんであるか見分けがつかなかった。望遠鏡の焦点を合わせて、ふたたび見ると、今度はそれが人間の頭蓋骨ずがいこつであることがわかった。

これを発見すると、僕はすっかり喜びいさんで、謎なぞが解けてしまったと考えたよ。なぜかと言えば、『東側第七の大枝』という文句は、木の上の頭蓋骨の位置を指すものに決っているし、また『髑髏の左眼より射る』というのも、埋められた宝の捜索に関して唯一の解釈しか許さないものだったから。僕は、頭蓋骨の左の眼から弾丸を落す仕組みになっているので、また、幹のいちばん近い点から『弾』(つまり弾丸の落ちたところ)を通して直距離、あるいは別の言葉で言えば一直線を引き、そこからさらに五十フィートの距離に延長すれば、ある一定の点が示されるだろう、ということを悟った。――そして、この地点の下に貴重な品物が隠されているということは、少なくともないとも言えぬことだと考えたしだいなのさ」

「なにもかもすべて、実にはっきりしているね」と私は言った。「また巧妙ではあるが、簡単で明瞭めいりょうだよ。で君はその『僧正の旅籠』を出て、それからどうしたんだい?」

「もちろん、その木の方位をよく見定めてから、家へ帰ったさ。だが、その『悪魔の腰掛け』を離れるとすぐ、例の円い隙間は見えなくなり、その後はどっちへ振り向いてもちらりとも見ることができなかったよ。この事件全体のなかで僕にいちばん巧妙だと思われるのは、この円く空いているところが、岩の面のせまい出っ張り以外のどんな視点からも見られない、という事実だね。(幾度もやってみて、それが事実だということを僕は確信してるんだ)

この『僧正の旅籠』へ探検に行ったときには、ジュピターも一緒についてきたが、あいつは、それまでの数週間、僕の態度のぼんやりしていることにちゃんと気がついていて、僕を一人ではおかぬようにとくに注意をしていた。だがその次の日、僕は非常に早く起きて、うまくあいつをまいて、例の木を捜しに山のなかへ行ったんだ。ずいぶん骨を折った末、そいつを見つけた。夜になって家へ帰ると、奴やっこさんは僕を折檻せっかんしようというんだよ。それからのちの冒険については、君は僕自身と同様によく知っているはずだ」

「最初に掘ったときに」と私が言った。「君が場所をまちがえたのは、ジュピターがまぬけにも頭蓋骨の左の眼からではなくて右の眼から虫を落したためだったんだね」

「そのとおりさ。そのしくじりは『弾』のところに――つまり、木に近いほうの杭くいの位置に――二インチ半ほどの差ができた。そして、もし宝が『弾』の真下にあったのなら、この誤りはなんでもなかったろう。ところが、『弾』と、木のいちばん近い点とは、ただ方向の線を決定する二点にすぎなかったのだ。むろんその誤りは、初めは小さなものであっても、線をのばしてゆくにしたがって大きくなり、五十フィートも行ったときには、すっかり場所が違ってしまったのさ。宝がどこかこの辺にほんとうに埋められているという深い確信が僕になかったなら、僕たちの骨折りもすっかり無駄になってしまうところだったよ」

「頭蓋骨を用いるという思いつき――頭蓋骨の眼から弾丸を落すという思いつき――は、海賊の旗からキッドが考えついたことだろうと、僕は思うね。きっと彼は、この気味のわるい徽章きしょうで自分の金を取りもどすことに、詩的調和といったようなものを感じたんだぜ」

「あるいはそうかもしれん。だが僕は、常識ということが、詩的調和ということとまったく同じくらい、このことに関係があると考えずにはいられないんだ。あの『悪魔の腰掛け』から見えるためには、その物は、もし小さい物なら、どうしても白くなくちゃならん。ところで、どんな天候にさらされても、その白さを保ち、さらにその白さを増しもするものとしては、人間の頭蓋骨にかなうものはないからな(19)」

「しかし君の大げさなものの言いぶりや、甲虫かぶとむしを振りまわす振舞いといったら――そりゃあ実に奇妙きてれつだったぜ! 僕はてっきり君が気が狂ったのだと思ったよ。で、君はなぜあの頭蓋骨から、弾丸ではなくて、虫を、落させようと言い張ったんだい?」

「いや、実を言うと、君が明らかに僕の正気を疑っているのが少し癪しゃくだったので、僕一流のやり方で、真面目まじめにちょっとばかり煙けむに巻いて、君をこっそり懲こらしてやろうと思ったのさ。甲虫を振りまわしたのもそのためだし、あれを木から落させたのもそのためなんだ。君があれを非常に重いと言ったので、木から落すというその考えを思いついたのだ」

「なるほど。わかったよ。ところで、僕にはもう一つだけ合点のゆかぬことがある。あの穴のなかにあった骸骨がいこつはなんと解釈すべきだろうね?」

「それは僕にだって君以上には答えられぬ問題だよ。しかし、あれを説明するのにたった一つだけもっともらしい方法があるようだな。――僕の言うような凶行があったと信ずるのは恐ろしいことだがね。キッドが――もしほんとうにキッドがこの宝を隠したのならだよ。僕はそうと信じて疑わないが――彼がそれを埋めるときに誰かに手伝ってもらったことは明らかだ。だが、その仕事のいちばん厄介なところがすんでしまうと、彼は自分の秘密に関係した者どもをみんな片づけてしまったほうが都合がいいと考えたんだろう。それには、たぶん、手伝人たちが穴のなかでせっせと働いている時に、鶴嘴つるはしで二つも食らわせば十分だったろうよ。それとも、一ダースも殴りつけなければならなかったか、――その辺は誰にだってわからんさ」

(1)“All in the Wrong”――イギリスの俳優で劇作家の Arthur Murphy(一七二七―一八〇五)の喜劇。一七六一年初演。一八三六年にニューヨークでも上演された。

(2)Huguenot ――十六、七世紀頃のフランスの新教徒。一六八五年にルイ十四世によってナント勅令が廃棄され、新教が禁止されると、多くの新教徒ユグノーがアメリカの植民地に移住した。

(3)New Orleans ――ミシシッピ河の海に注ぐあたりのルイジアナ州にある都会。

(4)Fort Moultrie ――チャールストン港の防御のために一七七六年に建てられ、まだ竣功しゅんこうしないうちにアメリカ軍の William Moultrie(一七三一―一八〇五)大佐がここに立て籠こもってイギリス軍を防いだので、その名が付せられた。ポーは青年時代に軍隊にいたときしばらくこの要塞ようさいに勤務していたことがある。

(5)Palmetto ――南カロライナ州は一名“Palmette State”と言われるほどだから、この棕櫚しゅろがよほど多いのであろう。

(6)Jan Swammerdam(一六三七―八〇)――オランダの有名な博物学者。ことに昆虫こんちゅう学者として、その蒐集しゅうしゅうと著述とが知られている。

(7)ルグランが antennœ(触角)と言いかけたのを、ジュピターは tin(錫すず)のことと思い違いをしたのであろう。ボードレールは“Calembour intraduisible”だと書いているが、日本語でもやはり訳されないことは同様である。

(8)この「高い」loud という語は、ステッドマン・ウッドベリー版には「低い」low となっているが、ハリスン版、イングラム版、その他の諸版にはみな前者になっている。ボードレールの訳本もその意味に訳してある。ステッドマン版はこの語をグリズウォルド版に拠よったのであろうか。しかし、ここでは前者をとることにして、意味がまったく反対になっている相違なので特に注をしておく。

(9)dark lantern ――光をさえぎる蓋ふたのついている角灯。

(10)guinea ――十七世紀後葉アフリカ西海岸のギニー地方に産する金で初めて鋳造された往時のイギリスの金貨。一八一三年以降は鋳造されなかったのだから、この物語の書かれた当時にもすでに、一般に流通していなかったのである。

(11)鉱物を溶解するときに炉床または坩堝るつぼの底に沈澱ちんでんするもの。

(12)William Kidd(一六四五?―一七〇一)――十七世紀の末の有名な海賊。スコットランドに生れ、初め剛胆な船長として世に知られていたが、のち海上生活を退いてニューヨークに隠退中、その船舶操縦術の手腕を時の植民大臣 Earl of Bellamont に認められ、当時アメリカの沿岸およびインド洋に横行していた海賊を剿滅そうめつせよとの命を受けて、一六九六年に“Adventure”号の船長としてイングランドのプリマス港から出帆し、ニューヨークへ行き、それからマダガスカル島へ航した。その後間もなく彼自身が海賊になったと噂うわさが立った。一六九九年にアメリカの海岸へ帰り、やがてボストンで逮捕されて部下と共にイングランドへ送られ、海賊を働いたことを否認したが、船員の一人を殺害した廉かどで、九人の部下と共に絞刑こうけいに処せられた。これより前、彼はニューヨークの東方ロング島の東にあるガーディナア島に一部分の財宝を埋めておいたが、それはのちに発掘された。その没収された財宝の総額は約一万四千ポンドに達するものであった。しかし、「キッド船長の宝」が大西洋のどこかの海岸にまだ埋められているという噂は、その後も永く世間に伝えられていた。

(13)この暗号文のうち一カ所は、ステッドマン・ウッドベリー版およびハリスン版が、他の諸版と異なっている。他の諸版の“forty-one degrees”に当る記号が“twenty-one degrees”になっているからである。(初めから四十四番目1‡(;:………………;)が8*;:………………)これは、のちに注18においてしるすような理由で、たぶん、作者自身が一八四五年出版の彼の『物語集』にのちの刊行の準備として自筆で推敲すいこうの筆を加えたときに、書き直したものであろう。ステッドマン・ウッドベリー版、ハリスン版は、そのポーの自筆を加えたいわゆるロリマー・グレアム本を参照して、それに拠ったのである。しかし、ハリスン版の訂正個所はまちがっているし、またハリスン版、ステッドマン版ともにあとの記号の数のところが訂正暗号に合っていないので、この訳本ではあとのほうの数字を訂正したりすることは避けて、普通の諸版のもとの暗号を用いることにした。他の諸版にもそれぞれ小さな誤りがあるので、以下暗号に関するかぎり、諸版から妥当と思うところを取ることにする。

(14)Golconda ――インドの南部にある旧ふるい町。金剛石の市場として有名であった。

(15)Spanish main ――往時、南アメリカの北海岸のオリノコ河またはアマゾン河の口からパナマ海峡に至る一帯の地方や、カリブ海のこれに接した部分を、漠然ばくぜんと指した名称。スペインと南アメリカとの航路に当り、昔さかんに海賊が出没した。

(16)この「十一」は、ステッドマン版、イングラム版、ハリスン版等の標準版にはみな前の行の「?〃u」を除いて「十」となっているが、これはたぶん作者自身の誤りであろう。「?〃u」を加えて「十一」となっている版もあるので、それにしたがう。

(17)実際に見得うべき水と空との分界線。

(18)この「四十一度」は、ハリスン版とステッドマン・ウッドベリー版では、すべて「二十一度」となっている。事実、「四十一度十三分の仰角」で見て、「はるか彼方かなたに」見える大木というのは、あまりに高過ぎて不自然、あるいはむしろ不合理であろう。しかしこの変更は注13で書いたように、暗号文の記号と共に、おそらく、ポーがのちの刊行本のための用意にときどき筆を加えておいたいわゆるロリマー・グレアム本の、自筆の書き入れに拠ったものらしく、まだ決定的な、あるいは完全な、訂正ではないので、この訳本ではすべてもとの「四十一度」にしておいた。

(19)以上の頭蓋骨云々うんぬんに関する二節の対話は、普通の諸版には全然ない。ボードレールの訳本にもない。同じくロリマー・グレアム本にポーがのちに書き加えておいた部分であろう。

底本 / Source edition

底本:「黒猫・黄金虫」新潮文庫、新潮社
1951(昭和26)年8月15日発行
1995(平成7)年10月15日89刷改版
1997(平成9)年11月25日93刷
入力:福田直子
校正:鈴木厚司
2004年6月10日作成
2014年2月24日修正
青空文庫作成ファイル:
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TEI
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書誌 / Bibliography
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ポー エドガー・アラン「黄金虫」(新字新仮名)、底本『黒猫・黄金虫』新潮文庫、新潮社、1951年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 002525_000094, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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