自然における神の道は、摂理におけると同様に、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">われら人間</span>の道と異なっている。また、われらの造る模型は、広大深玄であって測り知れない神の<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>にはとうていかなわない。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">まったく神の業はデモクリタスの井戸よりも深い</span>。

ジョオゼフ・グランヴィル

  


私たちはそのとき<ruby><rb>峨々</rb><rt>がが</rt></ruby>としてそびえ立つ岩の頂上にたどりついた。四、五分のあいだ老人はへとへとに疲れきって口もきけないようであった。

「まだそんなに古いことではありません」と、彼はとうとう話しだした。「そのころでしたら、末の息子と同じくらいにらくらくと、この道をご案内できたのですがね。それが三年ほど前に私は、どんな人間も遭ったことのないような――たとえ遭ったにしても、生き残ってそれを話すことなんぞはとてもできないような――恐ろしい目に遭って、そのときの六時間の死ぬような恐ろしさのために、体も心もすっかり参ってしまったものでしてね。あなたは私を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ずいぶん</span>老人だと思っていらっしゃる――が、ほんとうはそうじゃないのですよ。たった一日もたたないうちに、真っ黒だった髪の毛がこんなに白くなり、手足の力もなくなって、神経が弱ってしまいました。だからいまでは、ほんのちょいとした仕事にも体がぶるぶる震え、ものの影にもおびえるような有様です。こんな小さい<ruby><rb>崖</rb><rt>がけ</rt></ruby>から見下ろしても<ruby><rb>眩暈</rb><rt>めまい</rt></ruby>がするんですからね」

その「小さい崖」の縁に、彼は体の重みの半分以上も突き出るくらい<ruby><rb>無頓着</rb><rt>むとんじゃく</rt></ruby>に身を投げだして休んでいて、ただ<ruby><rb>片肘</rb><rt>かたひじ</rt></ruby>をそのなめらかな崖ぎわにかけて落ちないようにしているだけなのであるが、――この「小さい崖」というのは、なんのさえぎるものもない、切り立った、黒く光っている岩の絶壁であって、私たちの下にある重なりあった岩の群れから、ざっと千五、六百フィートもそびえ立っているのである。どんなことがあろうと、私などはその崖の端から六ヤード以内のところへ入る気がしなかったろう。実際、私は同行者のこの危険この上ない姿勢にまったく<ruby><rb>度胆</rb><rt>どぎも</rt></ruby>を抜かれてしまい、地上にぴったりと<ruby><rb>腹這</rb><rt>はらば</rt></ruby>いになって、身のまわりの<ruby><rb>灌木</rb><rt>かんぼく</rt></ruby>にしがみついたまま、上を向いて空を仰ぐ元気さえなかった。――また吹きすさぶ風のために山が根から崩れそうだという考えを振いおとそうと一所懸命に努めたが、それがなかなかできないのであった。どうにか考えなおして<ruby><rb>坐</rb><rt>すわ</rt></ruby>って遠くを<ruby><rb>眺</rb><rt>なが</rt></ruby>めるだけの勇気を出すまでには、だいぶ時間がかかった。

「そんな弱い心持は、追っぱらってしまわねばなりませんね」と案内者が言った。「さっき申しましたあの出来事の場所全体がいちばんよく見渡せるようにと思って、あなたをここへお連れしてきたので――ちょうど<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>の下にその場所を見ながら、一部始終のお話をしようというのですから」

「私たちはいま」と彼はその特徴である詳しい話しぶりで話をつづけた、――「私たちはいま、ノルウェーの海岸に接して――北緯六十八度――広大なノルドランド州の――<ruby><rb>淋</rb><rt>さび</rt></ruby>しいロフォーデン地方にいるのです。いまそのてっぺんに坐っているこの山は、ヘルゼッゲン、雲の山です。さあ、もう少し伸びあがってください、――眩暈がするようでしたら草につかまって――そう、そんなふうに――そうして、帯のようになっている<ruby><rb>靄</rb><rt>もや</rt></ruby>の向うの、海の方をご覧なさい」

私は眩暈がしそうになりながらも見た。すると広々した大洋が見える。その水の色はインクのように黒いので、私の頭にはすぐヌビアの地理学者の書いた Mare Tenebrarum（１）についての記述が思い出された。これ以上に痛ましくも<ruby><rb>荒寥</rb><rt>こうりょう</rt></ruby>とした<ruby><rb>展望</rb><rt>パノラマ</rt></ruby>は、どんな人間の想像でも決して思い浮べることができない。右を見ても左を見ても眼のとどくかぎり、恐ろしいくらいに黒い突き出た絶壁が、この世界の城壁のように長くつらなっている。その絶壁の<ruby><rb>陰鬱</rb><rt>いんうつ</rt></ruby>な感じは、永遠に<ruby><rb>咆哮</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>し号叫しながら、それにぶつかって白いもの<ruby><rb>凄</rb><rt>すご</rt></ruby>い波頭を高くあげている<ruby><rb>寄波</rb><rt>よせなみ</rt></ruby>のために、いっそう強くされているばかりであった。私たちがその頂上に坐っている<ruby><rb>岬</rb><rt>みさき</rt></ruby>にちょうど向きあって、五、六マイルほど離れた沖に、荒れ果てた小島が見えた。もっとはっきり言えば、果てしのない<ruby><rb>波濤</rb><rt>はとう</rt></ruby>の<ruby><rb>彼方</rb><rt>かなた</rt></ruby>に、それにとり囲まれてその位置が見分けられた。それから約二マイルばかり陸に近いところに、それより小さな島がもう一つあった。岩石で恐ろしくごつごつした不毛な島で、一群の黒い岩がその周囲に点々として散在している。

海の様子は、この遠い方の島と海岸とのあいだのところでは、なにかしらひどく並々でないところがあった。このとき疾風が非常に強く陸の方へ向って吹いていたので、遠くの沖合の二本マストの帆船が二つの<ruby><rb>縮帆部</rb><rt>リーフ</rt></ruby>をちぢめた<ruby><rb>縦帆</rb><rt>トライセール</rt></ruby>を張って停船（２）し、しかもなお、その全船体をしきりに波間に没入していたが、その島と海岸とのあいだだけは、規則的な波のうねりらしいものがぜんぜんなく、ただ、あらゆる方向に――風に向った方にもその他の方向と同じように――海水が短く、急速に、怒ったように、逆にほとばしっているだけであった。<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>は岩のすぐ近いところのほかにはほとんど見えない。

「あの遠い方の島は」と老人はまた話しはじめた。「ノルウェー人がヴァルーと言っています。真ん中の島はモスケーです。それから一マイル北の方にあるのはアンバーレン。向うにあるのはイスレーゼン、ホットホルム、ケイルドヘルム、スアルヴェン、ブックホルム。もっと遠くの――モスケーとヴァルーとのあいだには――オッテルホルムとフリーメンとサンドフレーゼンと、ストックホルムとがあります。これはみんなほんとうの地名なんですが――いったいどうしてこういちいち名をつける必要があったのかということは、あなたにも私にもわからないことです。そら、なにか聞えませんか？　水の様子になにか変ったことがあるのがわかりませんか？」

私たちはヘルゼッゲンの頂上にもう十分ばかりいた。ここへ来るにはロフォーデンの奥の方からやってきたので、途中では海がちっとも見えなくて、絶頂に来て初めて海がぱっと眼の前に展開したのである。老人がそう言ったときに、私はアメリカの<ruby><rb>大草原</rb><rt>プレアリー</rt></ruby>における野牛の大群の咆哮のようなだんだんと高まってゆく騒々しい物音に気がついた。と同時にまた、眼の下に見えていた船乗りたちのいわゆる<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">狂い波</span>（３）が、急速に東の方へ流れる潮流に変りつつあることに気がついた。みるみるうちに、この潮流はすさまじく速くなった。刻一刻と速さを増し――せっかちな激しさを加えた。五分もたつと、ヴァルーまでの海は一面に抑えきれぬ<ruby><rb>狂瀾怒濤</rb><rt>きょうらんどとう</rt></ruby>をまき上げた。が、怒濤のいちばんひどく<ruby><rb>猛</rb><rt>たけ</rt></ruby>り狂っているのはモスケーと海岸とのあいだであった。そこではひろびろとたたえている海水が、裂けて割れて無数の衝突しあう水路になったかと思うと、たちまち狂おしく<ruby><rb>痙攣</rb><rt>けいれん</rt></ruby>し、――高まり、<ruby><rb>湧</rb><rt>わ</rt></ruby>きたち、ざわめき、――巨大な無数の<ruby><rb>渦</rb><rt>うず</rt></ruby>となって旋回し、まっさかさまに落下する急流のほかにはどこにも見られぬような速さで、渦巻きながら、突進しながら、東の方へ流れてゆく。

それからさらに四、五分たつと、この光景にまた一つの根本的な変化が起った。海面は一般にいくらか穏やかになり、渦巻は一つ一つ消えて、不思議な泡の<ruby><rb>縞</rb><rt>しま</rt></ruby>がいままでなにもなかったところにあらわれるようになったのだ。この縞はしまいにはずっと遠くの方までひろがってゆき、互いに結びあって、いったん<ruby><rb>鎮</rb><rt>しず</rt></ruby>まった渦巻の旋回運動をふたたび始め、さらに巨大な渦巻の<ruby><rb>萌芽</rb><rt>ほうが</rt></ruby>を形づくろうとしているようであった。とつぜん――まったくとつぜんに――これがはっきり定まった形をとり、直径一マイル以上もある円をなした。その渦巻の縁は、白く光っている<ruby><rb>飛沫</rb><rt>しぶき</rt></ruby>の幅の広い帯となっている。しかしその飛沫の一滴さえもこの恐ろしい<ruby><rb>漏斗</rb><rt>じょうご</rt></ruby>の口のなかへ落ちこまない。その漏斗の内側は、眼のとどくかぎり、なめらかな、きらきら輝いている<ruby><rb>黒玉</rb><rt>こくぎょく</rt></ruby>のように黒い水の壁であって、水平線にたいして約四十五度の角度で傾斜し、揺らぎながら恐ろしい速さで目まぐるしくぐるぐるまわり、なかば号叫し、なかば咆哮し、かのナイヤガラの<ruby><rb>大瀑布</rb><rt>だいばくふ</rt></ruby>が天に向ってあげる<ruby><rb>苦悶</rb><rt>くもん</rt></ruby>の声さえかなわないような、すさまじい声を風に向ってあげているのだ。

山はその根からうち震え、岩は揺れた。私はぴったりとひれ伏して、神経の激動のあまり少しばかりの草にしがみついた。

「これこそ」と、私はやっと老人に言った、――「これこそ、あのメールストロム（４）の大渦巻なんですね」

「ときには、そうも言いますが」と彼は言った。「私どもノルウェー人は、あの真ん中にあるモスケー島の名をとって、モスケー・ストロムと言っております」

この渦巻についての普通の記述は、いま眼の前に見たこの光景にたいして、少しも私に前もって覚悟させてくれなかった。ヨナス・ラムス（５）の記述はおそらくどれよりもいちばん詳しいものではあろうが、この光景の雄大さ、あるいは恐ろしさ――あるいは見る者の度胆を抜くこの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">奇観</span>の心を奪うような感じ――のちょっとした概念をも伝えることができない。私はこの著者がどんな地点から、またどんな時刻に、この渦巻を見たのかは知らない。が、それはヘルゼッゲンの頂上からでもなく、また<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>の吹いているあいだでもなかったにちがいない。しかし彼の記述のなかには、その光景の印象を伝えるにはたいへん効果は弱いが、その詳しい点で引用してもよい数節がある。

彼はこう書いている。「ロフォーデンとモスケーとのあいだにおいては、水深三十五<ruby><rb>尋</rb><rt>ひろ</rt></ruby>ないし四十尋なり。されど他の側においては、ヴェル（ヴァルー）に向いてこの深さはしだいに減り、船舶の航行に不便にして、静穏な天候のおりにもしばしば<ruby><rb>岩礁</rb><rt>がんしょう</rt></ruby>のために難破するの危険あり。満潮時には潮流は猛烈なる速度をもってロフォーデンとモスケーとのあいだを陸に向って奔流す。されどその激烈なる退潮時の咆哮にいたりては、もっとも恐ろしき<ruby><rb>轟々</rb><rt>ごうごう</rt></ruby>たる大瀑布も及ぶところにあらず、――その響きは数リーグの遠きに達す。しかしてその渦巻すなわち<ruby><rb>凹</rb><rt>くぼ</rt></ruby>みは広くかつ深くして、もし船舶にしてその吸引力圏内に入るときは、かならず吸いこまれ海底に運び去られて岩礁に打ちくだかれ、水力衰うるに及び、その破片ふたたび水面に投げ出されるなり。しかれども、かく平穏なる<ruby><rb>間隙</rb><rt>かんげき</rt></ruby>は潮の干満の交代時に、しかも天候静穏の日に見るのみにして、十五分間継続するにすぎず、その猛威はふたたびしだいに加わる。潮流もっとも猛烈にして暴風によってさらにその狂暴を加うるときは、一ノルウェー・マイル以内に入ること危険なり。この圏内に入らざるうちにそれにたいして警戒するところなかりしため、端艇、快走船、船舶など多く海底に運び去られたり。同様に<ruby><rb>鯨群</rb><rt>げいぐん</rt></ruby>のこの潮流の近くに来たり、その激烈なる水勢に巻きこまるること少なからず、逃れんとするむなしき努力のなかに叫喚し、怒号するさまは筆の及ぶところにあらず。かつて一頭の<ruby><rb>熊</rb><rt>くま</rt></ruby>ロフォーデンよりモスケーに泳ぎわたらんとして潮流に巻きこまれて押し流され、そのもの凄く咆哮する声は遠く岸にも聞えたるほどなりき。<ruby><rb>樅</rb><rt>もみ</rt></ruby>、松などの大なる幹、潮流に<ruby><rb>呑</rb><rt>の</rt></ruby>まれたるのちふたたび浮び上がるや、はなはだしく折れ砕けてあたかもそが上に<ruby><rb>剛毛</rb><rt>あらげ</rt></ruby>を生ぜるがごとく見ゆ。こは明らかに、渦巻の底の<ruby><rb>峨々</rb><rt>がが</rt></ruby>たる岩石より成り、そのあいだにこれらの木材のあちこちと旋転することを示すものなり。この潮流は海水の干満によりて支配せらる、――すなわち常に六時間ごとに高潮となり落潮となる。一六四五年、<ruby><rb>四旬斎前第二日曜</rb><rt>セクサゼシマ</rt></ruby>の早朝、その怒号狂瀾ことにはげしく、ために海辺なる家屋の石材すら地に崩落せり」

水深については、どうして渦巻のすぐ近くでこういうことが確かめられたか私にはわからぬ。この「四十尋」というのは、モスケーかあるいはロフォーデンかどちらかの岸に近い、海峡の一部分にだけあてはまることにちがいない。モスケー・ストロムの中心の深さはもっと大したものにちがいなく、この事実のなによりの証拠は、ヘルゼッゲンの頂の岩上からこの渦巻の<ruby><rb>深淵</rb><rt>しんえん</rt></ruby>をななめに一見するだけで十分である。この高峰から眼下の咆哮する phlegethon（６）を見下ろしながら、私は鯨や熊の話をさも信じがたい事がらのように書いているかの善良なヨナス・ラムス先生の単純さに微笑せずにはいられなかった。というのは、現存の最大の戦闘艦でさえ、この恐ろしい吸引力のおよぶ範囲内に来れば、一片の羽毛が台風に吹きまくられるようになんの抵抗もできずに、たちまちその姿をなくしてしまうことは、実にわかりきったことに思われたからである。

この現象を説明しようとした記述は、そのなかのある部分は、読んでいるときには十分もっともらしく思われたようだったが――いまではひどく異なった不満足なものになった。一般に信じられている考えでは、この渦巻は、フェロー諸島（７）のあいだにある三つの、これより小さな渦巻と同様に、「その原因、満潮および干潮にさいして<ruby><rb>漲落</rb><rt>ちょうらく</rt></ruby>する波濤が岩石および暗礁の<ruby><rb>稜</rb><rt>りょう</rt></ruby>に激して互いに衝突するためにほかならず、海水はその岩石暗礁にせきとめられて瀑布のごとく急下す、かくて潮の上ること高ければその落下はますます深かるべく、これらの当然の結果として<ruby><rb>旋渦</rb><rt>せんか</rt></ruby>すなわち渦巻を生じ、その巨大なる吸引力はより小なる実験によりても十分知るを得べし」というのである。以上は『<ruby><rb>大英百科全書</rb><rt>エンサイクロピーディア・ブリタニカ</rt></ruby>』のしるすところである。キルヘル（８）やその他の人々は、メールストロムの海峡の中心には、地球を貫いてどこか非常に遠いところ――以前はボスニア湾（９）がかなり断定的に挙げられた――へ出ている深淵がある、と想像している。この意見は、本来はなんの根拠もないものではあるが、<ruby><rb>目</rb><rt>ま</rt></ruby>のあたり眺めたときには私の想像力がすぐなるほどと思ったものであった。そしてそれを案内者に話すと、彼は、このことはノルウェー人のほとんどみながいだいている見方ではあるが、自分はそう思っていないといったので、私はちょっと意外に思った。しかし、この見方については、彼は自分の力では理解することができないということを告白したが、その点では私はまったく同感であった。――なぜなら、理論上ではどんなに決定的なものであっても、この深淵の雷のような<ruby><rb>轟</rb><rt>とどろ</rt></ruby>きのなかにあっては、それはまったく不可解なばかげたものとさえなってしまうからである。

「もう渦巻は十分ご覧になったでしょう」と老人は言った。「そこでこの岩をまわって風のあたらぬ陰へ行き、水の轟きの弱くなるところで、話をしましょう。それをお聞きになれば、私がモスケー・ストロムについていくらかは知っているはずだということがおわかりになるでしょう」

老人の言った所へ行くと、彼は話しはじめた。

「私と二人の兄弟とはもと、七十トン積みばかりのスクーナー帆式の漁船を一<ruby><rb>艘</rb><rt>そう</rt></ruby>持っていて、それでいつもモスケーの向うの、ヴァルーに近い島々のあいだで、漁をすることにしておりました。すべて海でひどい渦を巻いているところは、やってみる元気さえあるなら、時機のよいときにはなかなかいい漁があるものです。が、ロフォーデンの漁師全体のなかで私ども三人だけが、いま申し上げたようにその島々へ出かけてゆくのを決った仕事にしていた者なのでした。普通の漁場はそれからずっと南の方へ下ったところです。そこではいつでも大した危険もなく魚がとれるので、誰でもその場所の方へ行きます。だが、この岩のあいだのえりぬきの場所は、上等な種類の魚がとれるばかりではなく、数もずっとたくさんなので、私どもはよく、同じ商売の<ruby><rb>臆病</rb><rt>おくびょう</rt></ruby>な連中が一週間かかってもかき集めることのできないくらいの魚を、たった一日でとったものでした。実際、私どもは命がけの<ruby><rb>投機</rb><rt>やま</rt></ruby>仕事をしていたので――骨を折るかわりに命を<ruby><rb>賭</rb><rt>か</rt></ruby>け、勇気を<ruby><rb>資本</rb><rt>もとで</rt></ruby>にしていた、というわけですね。

私どもは船を、ここから海岸に沿うて五マイルほど<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>へ行ったところの入江に<ruby><rb>繋</rb><rt>つな</rt></ruby>いでおきました。そして天気のよい日に十五分間の<ruby><rb>滞潮</rb><rt>よどみ</rt></ruby>を利用して、モスケー・ストロムの本海峡を横ぎって<ruby><rb>淵</rb><rt>ふち</rt></ruby>のずっと上手につき進み、<ruby><rb>渦流</rb><rt>うず</rt></ruby>がよそほどはげしくないオッテルホルムやサンドフレーゼンの近くへ下って行って、<ruby><rb>錨</rb><rt>いかり</rt></ruby>を下ろすことにしていました。そこでいつも次の<ruby><rb>滞潮</rb><rt>よどみ</rt></ruby>に近いころまでいて、それから錨を揚げて帰りました。行くにも帰るにも確かな横風がないと決して出かけませんでした、――着くまでは大丈夫やまないと思えるようなやつですね、――そしてこの点では、私どもはめったに見込み違いをしたことはありませんでした。六年間に二度、まったくの無風のために、一晩じゅう錨を下ろしたままでいなければならないことがありました。がそんなことはこの辺ではまったく<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なことなのです。それから一度は、私どもが漁場へ着いて間もなく<ruby><rb>疾風</rb><rt>はやて</rt></ruby>が吹き起って、帰ることなどは思いもよらないくらいに海峡がひどく大荒れになったために、一週間近くも漁場に<ruby><rb>留</rb><rt>とど</rt></ruby>まっていなければならなくて、<ruby><rb>餓死</rb><rt>うえじに</rt></ruby>しようとしたことがありました。あのときは、もし私どもがあの無数の逆潮流――今日はここにあるかと思うと明日はなくなっているあの逆潮流――の一つのなかへうまく流れこまなかったとしたら、（なにしろ渦巻が猛烈に荒れて船がぐるぐるまわされるので、とうとう錨をもつらせてそれを引きずったような有様でしたから）どんなに手をつくしても沖へ押しながされてしまったでしょうが、その逆潮流が私どもをフリーメンの<ruby><rb>風下</rb><rt>かざしも</rt></ruby>の方へ押し流し、そこで運よく<ruby><rb>投錨</rb><rt>とうびょう</rt></ruby>することができたのでした。

私どもが『漁場で』遭った難儀は、その二十分の一もお話しできません、――なにしろそこは、天気のよいときでもいやな場所なんです、――だが私どもは、どうにかこうにか、いつも大したこともなくモスケー・ストロムの<ruby><rb>虎口</rb><rt>ここう</rt></ruby>を通りぬけていました。それでもときどき、<ruby><rb>滞潮</rb><rt>よどみ</rt></ruby>に一分ほど遅れたり早すぎたりしたときには、肝っ玉がひっくり返ったものですよ。またときによると、出帆するときに風が思ったほど強くなくて、望みどおりに進むことができず、そのうちに潮流のために船が自由にならなくなるようなこともありました。兄には十八になる息子がありましたし、私にも丈夫な<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>が二人ありました。この連中がそんなときにいれば、<ruby><rb>大橈</rb><rt>おおかい</rt></ruby>を<ruby><rb>漕</rb><rt>こ</rt></ruby>ぐのにも、あとで魚をとるときにも、よほど助けになったでしょうが、どうしたものか、自分たちはそんな冒険をしていても、若い連中をその危険な仕事のなかへひき入れようという気はありませんでした、――なんと言っても結局、恐ろしい危険なこと<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">でした</span>からね。

もう五、六日もたてば、私がいまからお話しようとしていることが起ってから、ちょうど三年になります。一八――年の七月十八日のことでした。その日をこの地方の者は決して忘れますまい、――というのは、<ruby><rb>開闢</rb><rt>かいびゃく</rt></ruby>以来吹いたことのないような、実に恐ろしい台風の吹きあれた日ですから。だが午前中いっぱい、それから午後も遅くまで、ずっと穏やかな西南の微風が吹いていて、<ruby><rb>陽</rb><rt>ひ</rt></ruby>が照り輝いていたので、私どものあいだでもいちばん年寄りの経験のある船乗りでさえ、そのあとにつづいて起ることを見とおすことができなかったくらいです。

私ども三人――二人の兄弟と私――は、午後の二時ごろ例の島の方へ渡って、間もなく見事な魚をほとんど船いっぱいに積みましたが、その日はそれまでに一度もなかったほど、たくさんとれたと三人とも話し合いました。いよいよ錨を揚げて帰りかけたのは、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">私の時計で</span>ちょうど七時。ストロムでいちばんの難所を<ruby><rb>滞潮</rb><rt>よどみ</rt></ruby>のときに通りぬけようというのです。それは八時だということが私どもにはわかっているのでした。

私どもは<ruby><rb>右舷</rb><rt>うげん</rt></ruby>後方にさわやかな風を受けて出かけ、しばらくはすばらしい速力で水を切って進み、危険なことがあろうなどとは夢にも思いませんでした。実際そんなことを<ruby><rb>懸念</rb><rt>けねん</rt></ruby>する理由は少しもなかったのですから。ところが、たちまち、ヘルゼッゲンの峰越しに吹きおろす風のために、船は裏帆（<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>）になってしまいました。こういうことはまったくただならぬ――それまでに私どもの遭ったことのないようなことなので、はっきりなぜということもわかりませんでしたが、なんとなしに私はちょっと不安を感じはじめました。私どもは船を詰め開き（<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>）にしましたが、少しも<ruby><rb>渦流</rb><rt>うず</rt></ruby>を乗り切って進むことができません。で、私がもとの停泊所へ戻ろうかということを言いだそうとしたそのとたん、<ruby><rb>艫</rb><rt>とも</rt></ruby>の方を見ると、実に驚くべき速さでむくむくと湧き上がる、奇妙な銅色をした雲が、水平線をすっかり<ruby><rb>蔽</rb><rt>おお</rt></ruby>っているのに気がついたのです。

そのうちにいままで向い風であった風がぱったり落ちて、まったく<ruby><rb>凪</rb><rt>な</rt></ruby>いでしまい、船はあちこちと漂いました。しかしこの状態は、私どもがそれについてなにか考える暇があるほど、長くはつづきませんでした。一分とたたないうちに嵐がおそってきました、――二分とたたないうちに空はすっかり雲で蔽われました、――そして、その雲と跳びかかる<ruby><rb>飛沫</rb><rt>しぶき</rt></ruby>とのためにたちまち、船のなかでお互いの姿を見ることもできないくらい、あたりが暗くなってしまいました。

そのとき吹いたような台風のことをお話ししようとするのは愚かなことです。ノルウェーじゅうでいちばん年寄りの船乗りだって、あれほどのには遭ったことはありますまい。私どもはその台風がすっかりおそってこないうちに<ruby><rb>帆索</rb><rt>ほづな</rt></ruby>をゆるめておきましたが、最初の一吹きで、二本の<ruby><rb>檣</rb><rt>マスト</rt></ruby>は<ruby><rb>鋸</rb><rt>のこぎり</rt></ruby>でひき切ったように折れて海へとばされました。その<ruby><rb>大檣</rb><rt>メインマスト</rt></ruby>のほうには弟が用心のために体を結えていたのですが、それと一緒にさらわれてしまったのです。

私どもの船はいままでに水に浮んだ船のなかでもいちばん軽い<ruby><rb>羽毛</rb><rt>はね</rt></ruby>のようなものでした。それはすっかり平甲板（<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>）が張ってあり、<ruby><rb>舳</rb><rt>へさき</rt></ruby>の近くに小さな<ruby><rb>艙口</rb><rt>ハッチ</rt></ruby>が一つあるだけで、この<ruby><rb>艙口</rb><rt>ハッチ</rt></ruby>はストロムを渡ろうとするときには、例の狂い波の海にたいする用心として、しめておくのが習慣になっていました。こうしてなかったらすぐにも浸水して沈没したでしょう。――というのは、しばらくのあいだは船はまったく水にもぐっていたからです。どうして兄が助かったのか私にはわかりません、確かめる機会もなかったものですから。私はと言いますと、<ruby><rb>前檣</rb><rt>フォアマスト</rt></ruby>の帆索をゆるめるとすぐ、甲板の上にぴったりと<ruby><rb>腹這</rb><rt>はらば</rt></ruby>いになって、両足は舳のせまい<ruby><rb>上縁</rb><rt>うわべり</rt></ruby>にしっかり踏んばり、両手では前檣の根もとの近くにある<ruby><rb>環付螺釘</rb><rt>リング・ボールト</rt></ruby>（<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">13</span>）をつかんでいました。それはたしかに私のできることとしては最上の方法でしたが――こんなふうに私をさせたのは、まったくただ本能でした。――というのは、ひどくうろたえていて、ものを考えるなんてことはとてもできなかったのですから。

しばらくのあいだはいま申しましたとおり、船はまったく水につかっていましたが、そのあいだ私はずっと息をこらえて<ruby><rb>螺釘</rb><rt>ボールト</rt></ruby>にしがみついていました。それがもう辛抱できなくなると、手はなおもはなさずに、<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>をついて体を上げ、首を水の上へ出しました。やがて私どもの小さな船は、ちょうど犬が水から出てきたときにするように、ぶるぶるっと一ふるいして、海水をいくらか振いおとしました。それから私は、気が遠くなっていたのを取りなおして、意識をはっきりさせてどうしたらいいか考えようとしていたときに、誰かが自分の腕をつかむのを感じました。それは兄だったのです。兄が波にさらわれたものと思いこんでいたものですから、私の心は喜びで跳びたちました、――が次の瞬間、この喜びはたちまち一変して恐怖となりました、――兄が私の耳もとに口をよせて一こと、『<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">モスケー</span>・<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ストロムだ</span>！』と叫んだからです。

そのときの私の心持がどんなものだったかは、誰にも決してわかりますまい。私はまるで猛烈な<ruby><rb>瘧</rb><rt>おこり</rt></ruby>の発作におそわれたように、頭のてっぺんから足の<ruby><rb>爪先</rb><rt>つまさき</rt></ruby>まで、がたがた震えました。私には兄がその一ことで言おうとしたことが十分よくわかりました、兄が私に知らせようとしたことがよくわかりました。船にいま吹きつけている風のために、私たちはストロムの<ruby><rb>渦巻</rb><rt>うずまき</rt></ruby>の方へ押し流されることになっているのです、そしてもうどんなことも私たちを救うことができないのです！

ストロムの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">海峡</span>を渡るときにはいつでも、たといどんなに天気の穏やかなときでも、渦巻のずっと上手の方へ行って、それから<ruby><rb>滞潮</rb><rt>よどみ</rt></ruby>のときを注意深くうかがって待っていなければならない、ということはお話ししましたね。――ところがいま、私たちはその淵の方へ、まっしぐらに押し流されているのです、しかも、このような台風のなかを！　『きっと、私たちはちょうど<ruby><rb>滞潮</rb><rt>よどみ</rt></ruby>の時分にあそこへ着くことになろう、――とすると多少は望みがあるわけだ』と私は考えました。――しかし次の瞬間には、少しでも望みなどを夢みるなんてなんという<ruby><rb>大馬鹿者</rb><rt>おおばかもの</rt></ruby>だろうと自分を<ruby><rb>呪</rb><rt>のろ</rt></ruby>いました。もし私どもの船が九十門の大砲を積載している軍艦の十倍もあったとしても、もう破滅の運命が決っているのだ、ということがよくわかったのです。

このころまでには、嵐の最初のはげしさは衰えていました。あるいはたぶん、追風で走っていたのでそんなに強く感じなかったのかもしれません。がとにかく、いままで風のために平らにおさえつけられて<ruby><rb>泡立</rb><rt>あわだ</rt></ruby>っていた波は、いまではまるで山のようにもり上がってきました。また、空にも不思議な変化が起っていました。あたりはまだやはり、どちらも一面に真っ黒でしたが、頭上あたりにとつぜん円い雲の切れ目ができて、澄みきった空があらわれました、――これまで見たことのないほど澄みきった、明るく濃い青色の空です、――そして、そこから、私のそれまで一度も見たことのないような光を帯びた満月が輝きだしたのです。その月は私どものまわりにあるものをみな、実にはっきりと照らしました、――が、おお、なんという光景を照らし出したことでしょう！

私はそのとき一、二度、兄に話しかけようとしました、――がどうしたわけかわかりませんが、やかましい物音が非常に高くて、耳もとで声をかぎりに叫んだのですけれども、一ことも兄に聞えるようにはできませんでした。やがて兄は死人のように<ruby><rb>真</rb><rt>ま</rt></ruby>っ<ruby><rb>蒼</rb><rt>さお</rt></ruby>な顔をして頭を振り、『<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">聴いてみろ</span>！』とでもいうようなふうに、指を一本挙げました。

初めはそれがどういう意味かわかりませんでした、――が間もなく恐ろしい考えが頭に<ruby><rb>閃</rb><rt>ひらめ</rt></ruby>きました。私はズボンの時計<ruby><rb>衣嚢</rb><rt>かくし</rt></ruby>から、時計をひっぱり出しました。それは止っています。私は月の光でその文字面をちらりと<ruby><rb>眺</rb><rt>なが</rt></ruby>め、それからその時計を遠く海のなかへ<ruby><rb>放</rb><rt>ほう</rt></ruby>り投げてわっと泣きだしました。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">時計はぜんまいが解けてしまって七時で止っていたのです</span>！　<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">私どもは滞潮の時刻に遅れたのです</span>。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">そして</span>、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ストロムの渦巻は荒れくるっている真っ最中なのです</span>！

船というものは、丈夫にできていて、きちんと手入れがしてあり、積荷が重くなければ、追風に走っているときは、疾風のときの波でもかならず船の下をすべってゆくように思われるものです、――海に慣れない人には非常に不思議に思われることですが、――これは海の言葉では<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">波に乗る</span>と言っていることなのです。で、それまで私どもの船は非常にうまくうねり波に乗ってきたのですが、やがて恐ろしく大きな波がちょうど<ruby><rb>船尾張出部</rb><rt>カウンター</rt></ruby>の下のところにぶつかって、船をぐうっと持ち上げました、――高く――高く――天にもとどかんばかりに。波というものがあんなに高く上がるものだということは、それまでは信じようとしたって信じられなかったでしょう。それから今度は下の方へ傾き、すべり、ずっと落ちるので、ちょうど夢のなかで高い山の頂上から落ちるときのように気持が悪く<ruby><rb>眩暈</rb><rt>めまい</rt></ruby>がしました。しかし船が高く上がったときに、私はあたりをちらりと一目見渡しました、――その一目だけで十分でした。私は一瞬間で自分たちの正確な位置を見てとりました。モスケー・ストロムの渦巻は真正面の四分の一マイルばかりのところにあるのです、――が、あなたがいまご覧になった渦巻が水車をまわす流れと違っているくらい、毎日のモスケー・ストロムとはまるで違っているのです。もし私がどこにいるのか、そしてどうなるのか、ということを知らなかったら、その場所がどんなところかぜんぜんわからなかったことでしょう。ところが知っていたものですから、恐ろしさのために私は思わず<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>を閉じました。<ruby><rb>眼瞼</rb><rt>まぶた</rt></ruby>が<ruby><rb>痙攣</rb><rt>けいれん</rt></ruby>でも起したように、ぴったりとくっついたのです。

それから二分とたたないころに、急に波が<ruby><rb>鎮</rb><rt>しず</rt></ruby>まったような気がして、一面に泡に包まれました。

船は<ruby><rb>左舷</rb><rt>さげん</rt></ruby>へぐいとなかばまわり、それからその新たな方向へ<ruby><rb>電</rb><rt>いなずま</rt></ruby>のようにつき進みました。同時に水の轟く音は、鋭い叫び声のような――ちょうど幾千という<ruby><rb>蒸気釜</rb><rt>じょうきがま</rt></ruby>がその放水管から一時に蒸気を出したと思われるような――物音にまったく消されてしまいました。船はいま、渦巻のまわりにはいつもあるあの<ruby><rb>寄波</rb><rt>よせなみ</rt></ruby>の帯のなかにいるのです。そして無論次の瞬間には<ruby><rb>深淵</rb><rt>しんえん</rt></ruby>のなかへつきこまれるのだ、と私は考えました、――その深淵の下の方は、驚くべき速さで船が走っているのでぼんやりとしか見えませんでしたが。しかし船は少しも水のなかへ沈みそうではなく、<ruby><rb>気泡</rb><rt>きほう</rt></ruby>のように波の上を<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>り飛ぶように思われるのです。その右舷は渦巻に近く、左舷にはいま通ってきた<ruby><rb>大海原</rb><rt>おおうなばら</rt></ruby>がもり上がっていました。それは私たちと水平線とのあいだに、巨大な、のたうちまわる壁のようにそびえ立っているのです。

奇妙なように思われるでしょうが、こうしていよいよ渦巻の<ruby><rb>顎</rb><rt>あご</rt></ruby>に<ruby><rb>呑</rb><rt>の</rt></ruby>まれかかりますと、渦巻にただ近づいているときよりもかえって気が落ちつくのを感じました。もう助かる望みがないと心を決めてしまったので、初め私の元気をすっかり<ruby><rb>失</rb><rt>な</rt></ruby>くした、あの恐怖の念が大部分なくなったのです。絶望が神経を張り締めてくれたのでしょうかね。

<ruby><rb>空威張</rb><rt>からいば</rt></ruby>りするように見えるかもしれません――が、まったくほんとうの話なんです、――私は、こうして死ぬのはなんというすばらしいことだろう、そして、神さまの<ruby><rb>御力</rb><rt>みちから</rt></ruby>のこんな驚くべき<ruby><rb>示顕</rb><rt>じげん</rt></ruby>のことを思うと、自分一個の<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>などという取るにも足らぬことを考えるのはなんというばかげたことだろう、と考えはじめました。この考えが心に浮んだとき、たしか恥ずかしさで顔を<ruby><rb>赧</rb><rt>あか</rt></ruby>らめたと思います。しばらくたつと、渦巻そのものについての鋭い好奇心が強く心のなかに起ってきました。私は、自分の生命を犠牲にしようとも、その底を探ってみたいという<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">願い</span>をはっきりと感じました。ただ私のいちばん大きな悲しみは、<ruby><rb>陸</rb><rt>おか</rt></ruby>にいる古くからの仲間たちに、これから自分の見る神秘を話してやることができまい、ということでした。こういう考えは、こんな危急な境遇にある人間の心に起るものとしては、たしかに奇妙な考えです。――そしてその後よく考えることですが、船が淵のまわりをぐるぐるまわるので、私は少々頭が変になっていたのではなかろうかと思いますよ。

心の落着きを取りもどすようになった事情はもう一つありました。それは風のやんだことです。風は私どものいるところまで吹いて来ることができないのです、――というわけは、さっきご覧になったとおり、<ruby><rb>寄波</rb><rt>よせなみ</rt></ruby>の帯は海面よりかなり低いので、その海面は今では高く黒い山の背のようになって私どもの上にそびえていたのですから。もしあなたが海でひどい疾風にお遭いになったことがないなら、あの風と<ruby><rb>飛沫</rb><rt>しぶき</rt></ruby>とが一緒になってどんなに人の心をかき乱すものかということは、とてもご想像ができません。あれにやられると目が見えなくなり、耳も聞えず、首が締められるようになり、なにかしたり考えたりする力がまるでなくなるものです。しかし私どもはいまではもう、そのような苦しみをよほどまぬかれていました。――ちょうど<ruby><rb>牢獄</rb><rt>ろうごく</rt></ruby>にいる死刑を宣告された重罪人が、判決のまだ定まらないあいだは禁じられていた多少の寛大な待遇を許される、といったようなものですね。

この寄波の帯を何回ほどまわったかということはわかりません。流れるというよりむしろ飛ぶように、だんだんに波の真ん中へより、それからまたその恐ろしい内側の縁のところへだんだん近づきながら、たぶん一時間も、ぐるぐると走りまわりました。このあいだじゅうずっと、私は決して<ruby><rb>環付螺釘</rb><rt>リング・ボールト</rt></ruby>を放しませんでした。兄は<ruby><rb>艫</rb><rt>とも</rt></ruby>の方にいて、船尾張出部の<ruby><rb>籠</rb><rt>かご</rt></ruby>の下にしっかり結びつけてあった、小さな<ruby><rb>空</rb><rt>から</rt></ruby>になった<ruby><rb>水樽</rb><rt>みずだる</rt></ruby>につかまっていました。それは甲板にあるもので疾風が最初におそってきたとき海のなかへ吹きとばされなかったただ一つの物です。船が深淵の縁へ近づいてきたとき、兄はつかまっていたその樽から手を放し、<ruby><rb>環</rb><rt>リング</rt></ruby>のほうへやってきて、恐怖のあまりに私の手を<ruby><rb>環</rb><rt>リング</rt></ruby>からひき放そうとしました。その<ruby><rb>環</rb><rt>リング</rt></ruby>は二人とも安全につかまっていられるくらい大きくはないのです。私は兄がこんなことをしようとするのを見たときほど悲しい思いをしたことはありません、――兄はそのとき正気を失っていたのだ――あまりの恐ろしさのため乱暴な狂人になっていたのだ、とは承知していましたが。しかし私はその場所を兄と争おうとは思いませんでした。私ども二人のどちらがつかまったところでなんの違いもないことを知っていましたので、私は兄に螺釘を持たせて、艫の樽の方へ行きました。そうするのはべつに大してむずかしいことではありませんでした。というのは船は非常にしっかりと、そして水平になったまま、ぐるぐる飛ぶようにまわっていて、ただ渦巻がはげしくうねり<ruby><rb>湧</rb><rt>わ</rt></ruby>き立っているために前後に揺れるだけでしたから。その新しい位置にうまく落ちついたかと思うとすぐ、船は右舷の方へぐっと傾き、深淵をめがけてまっしぐらに突き進みました。私はあわただしい神さまへの祈りを口にし、もういよいよおしまいだなと思いました。

胸が悪くなるようにすうっと下へ落ちてゆくのを感じたとき、私は本能的に樽につかまっている手を固くし、眼を閉じました。何秒かというものは思いきって眼をあけることができなくて――いま死ぬかいま死ぬかと待ちかまえながら、まだ水のなかで断末魔のもがきをやらないのを不審に思っていました。しかし時は刻々とたってゆきます。私はやはり生きているのです。落ちてゆく感じがやみました。そして船の運動は泡の帯のところにいたときと同じようになったように思われました。ただ違うのは船が前よりもいっそう傾いていることだけです。私は勇気を出して、もう一度あたりの有様を見わたしました。

自分のまわりを眺めたときのあの、<ruby><rb>畏懼</rb><rt>いく</rt></ruby>と、恐怖と、嘆美との感じを、私は決して忘れることはありますまい。船は円周の広々とした、深さも巨大な、<ruby><rb>漏斗</rb><rt>じょうご</rt></ruby>の内側の表面に、まるで魔法にでもかかったように、なかほどにかかっているように見え、その漏斗のまったくなめらかな面は、眼が<ruby><rb>眩</rb><rt>くら</rt></ruby>むほどぐるぐるまわっていなかったなら、そしてまた、満月の光を反射して閃くもの<ruby><rb>凄</rb><rt>すご</rt></ruby>い輝きを発していなかったら、<ruby><rb>黒檀</rb><rt>こくたん</rt></ruby>とも見まがうほどでした。そして月の光は、さっきお話ししました雲のあいだの円い切れ目から、黒い水の壁に沿うて<ruby><rb>漲</rb><rt>みなぎ</rt></ruby>りあふれる<ruby><rb>金色</rb><rt>こんじき</rt></ruby>の輝きとなって流れ出し、ずっと下の深淵のいちばん深い奥底までも<ruby><rb>射</rb><rt>さ</rt></ruby>しているのです。

初めはあまり心が乱れていたので、なにも正確に眼にとめることはできませんでした。とつぜん眼の前にあらわれた恐るべき荘厳が私の見たすべてでした。しかし、いくらか心が落ちついたとき、私の視線は本能的に下の方へ向きました。船が<ruby><rb>淵</rb><rt>ふち</rt></ruby>の傾斜した表面にかかっているので、その方向はなんのさえぎるものもなく見えるのです。船はまったく水平になっていました、――というのは、船の甲板が水面と平行になっていた、ということです、――がその水面が四十五度以上の角度で傾斜しているので、私どもは横ざまになっているのです。しかしこんな位置にありながら、まったく平らな面にいると同じように、手がかりや足がかりを保っているのがむずかしくないことに、気がつかずにはいられませんでした。これは船の回転している速さのためであったろうと思います。

月の光は深い渦巻の底までも射しているようでした。しかしそれでも、そこのあらゆるものを立ちこめている濃い霧のために、なにもはっきりと見分けることができませんでした。その霧の上には、マホメット教徒が現世から<ruby><rb>永劫</rb><rt>えいごう</rt></ruby>の国へゆく<ruby><rb>唯一</rb><rt>ゆいいつ</rt></ruby>の通路だという、あのせまいゆらゆらする橋（<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">14</span>）のような、壮麗な<ruby><rb>虹</rb><rt>にじ</rt></ruby>がかかっていました。この霧あるいは飛沫は、疑いもなく漏斗の大きな水壁が底で合って互いに衝突するために生ずるものでした。――がその霧のなかから天に向って湧き上がる大叫喚は、お話ししようとしたって、とてもできるものではありません。

上の方の泡の帯のところから最初に深淵のなかへすべりこんだときは、斜面をよほど下の方へ降りましたが、それからのちはその割合では降りてゆきませんでした。ぐるぐるまわりながら船は走ります、――が一様な速さではなく――目まぐるしく揺れたり跳び上がったりして、あるときはたった二、三百ヤード――またあるときは渦巻の周囲をほとんど完全に一周したりします。一回転ごとに船が下に降りてゆくのは、急ではありませんでしたが、はっきりと感じられました。

こうして船の運ばれてゆくこの広々とした流れる黒檀の上で、自分のまわりを見渡していますと、渦に巻きこまれるのが私どもの船だけではないことに気がつきました。上の方にも下の方にも、船の破片や、建築用材の大きな塊や、樹木の幹や、そのほか家具の砕片や、こわれた箱や、樽や、<ruby><rb>桶板</rb><rt>おけいた</rt></ruby>などの小さなものが、たくさん見えるのです。私は前に、不自然なくらいの好奇心が最初の恐怖の念にとってかわっていたことを申しましたね。その好奇心は恐ろしい破滅にだんだんに近づくにつれて、いよいよ増してくるのです。私は奇妙な関心をもって、私どもと仲間になって流れている無数のものを見まもりはじめました。どうも気が変になっていたに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちがいありません</span>、――そのいろいろのものが下の泡の方へ降りてゆく速さを比較することに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">興味</span>を求めさえしていたのですから。ふと気がつくとあるときはこんなことを言っているのです。『きっとあの<ruby><rb>樅</rb><rt>もみ</rt></ruby>の木が今度、あの恐ろしい底へ跳びこんで見えなくなるだろうな』――ところが、オランダ商船の難破したのがそれを追い越して先に沈んでしまったので、がっかりしました。このような種類の推測を何べんもやり、そしてみんな間違ったあげく、この事実――私がかならず見込み違いをしたというその事実――が私にある一つながりの考えを思いつかせ、そのために手足はふたたびぶるぶる震え、心臓はもう一度どきんどきんと強く打ちました。

このように私の心を動かしたのは新たな恐怖ではなくて前よりもいっそう心を奮いたたせる<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">希望</span>の光が射してきたことなのです。この希望は、一部分は過去の記憶から、また一部分は現在の観察から、生れてきたのでした。私は、モスケー・ストロムに呑みこまれ、それからまた投げ出されてロフォーデンの海岸に<ruby><rb>撒</rb><rt>ま</rt></ruby>き散らされた、いろいろな漂流物を思い浮べました。そのなかの大部分のものは、実にひどく打ち砕かれていました、――<ruby><rb>刺</rb><rt>とげ</rt></ruby>がいっぱいにつきたっているように見えるくらい、<ruby><rb>擦</rb><rt>す</rt></ruby>りむかれてざらざらになっていました、――が私はまた、そのなかには少しもいたんでいない<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ものも</span>あったことを、はっきり思い出しました。そこでこの相違は、ざらざらになった破片だけが<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">完全に呑みこまれたもの</span>であり、その他のものは潮時を大分遅れて渦巻に入ったか、あるいはなにかの理由で入ってからゆっくりと降りたために、底にまで達しないうちに満潮あるいは干潮の変り目が来てしまったのだ、と思うよりほかに説明ができませんでした。どちらにしろ、これらのものが早い時刻に巻きこまれたり、あるいは急速に吸いこまれたりしたものの運命に遭わずに、こうしてふたたび大洋の表面に巻き上げられることはありそうだ、と考えました。私はまた三つの重要な観察をしました。第一は、一般に物体が大きければ大きいほど、下へ降りる速さが速いこと、――第二は、球形のものと<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">その他の形の</span>ものとでは、同じ大きさでも、下降の速さは球形のものが大であること、第三は、円筒形のものとその他の形のものとでは、同じ大きさでも、円筒形がずっと遅く吸いこまれてゆくということです。私は助かってから、このことについて、この地方の学校の年寄りの先生となんども話したことがありますが、『円筒形』だの『球形』だのという言葉を使うことはその先生から教わったのです。その先生は、私の観察したことが実際水に浮いている破片の形からくる自然の結果だということを説明してくれました、――その説明は忘れてしまいましたが、――そしてまた、どういうわけで渦巻のなかを走っている円筒形のものが、他のすべての形をした同じ容積の物体よりも、渦巻の吸引力に強く抵抗し、それらよりも引きこまれにくいかということを、私に聞かせてくれたのです（<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">15</span>）。

このような観察を裏づけ、さらにそれを実地に利用したいと私に思わせた、驚くべき事実が一つありました。それは、渦巻をぐるぐるまわるたびに船は樽やそのほか船の<ruby><rb>帆桁</rb><rt>ほげた</rt></ruby>や<ruby><rb>檣</rb><rt>マスト</rt></ruby>のようなもののそばを通るのですが、そういうような多くのものが、私が初めてこの渦巻の不思議な眺めに眼を開いたときには同じ高さにあったのが、いまではずっと私どもの上の方にあり、もとの位置からちょっとしか動いていないらしい、ということなのです。

もう私はなすべきことをためらってはいませんでした。現につかまっている水樽にしっかり身を結びつけ、それを船尾張出部から切りはなして、水のなかへ跳びこもうと心を決めたのです。私は合図をして兄の注意をひき、<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>に流れてきた樽を指さし、私のしようとしていることをわからせるために自分の力でできるかぎりのことをしました。とうとう兄には私の計画がわかったものと思われました、――がほんとにわかったのか、それともわからなかったのか、兄は絶望的に首を振り、<ruby><rb>環付螺釘</rb><rt>リング・ボールト</rt></ruby>につかまっている自分の位置から離れることを承知しないのです。兄の心を動かすことはできないことですし、それに危急のさいで一刻もぐずぐずしていられないので、私はつらい思いをしながら、兄を彼の運命にまかせ、船尾張出部に結びつけてあった<ruby><rb>縛索</rb><rt>しばりなわ</rt></ruby>で体を樽にしっかり縛り、そのうえもう一刻もためらわずに樽とともに海のなかへ跳びこみました。

その結果はまさに私の望んでいたとおりでした。いまこの話をしているのが私自身ですし――私が無事に助かって<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しまった</span>ことはご覧のとおりですし――また助かった方法ももうはやご承知で、このうえ私の言おうとすることはみんなおわかりのことでしょうから、話を急いで切りあげましょう。私が船をとび出してから一時間ばかりもたったころ、船は私よりずっと下の方へ降りてから、三、四回つづけざまに猛烈な回転をして、愛する兄を乗せたまま、下の<ruby><rb>混沌</rb><rt>こんとん</rt></ruby>とした湧きたつ<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>のなかへ、永久にまっさかさまに落ちこんでしまいました。私のからだを縛りつけた樽が、渦巻の底と、船から跳びこんだところとの、中間くらいのところまで沈んだころに、渦巻の様子に大きな変化が起りました。広大な漏斗の側面の傾斜が、刻一刻とだんだん<ruby><rb>嶮</rb><rt>けわ</rt></ruby>しくなくなってきます。渦巻の回転もだんだん勢いが弱くなります。やがて泡や虹が消え、渦巻の底がゆるゆると高まってくるように思われました。空は晴れ、風はとっくに落ち、満月は輝きながら西の方へ沈みかけていました。そして私は、ロフォーデンの海岸のすっかり見える、モスケー・ストロムの淵が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さっきまであった</span>ところの上手の、大洋の表面に浮び上がっているのでした。<ruby><rb>滞潮</rb><rt>よどみ</rt></ruby>の時刻なのです、――が海はまだ台風の名残りで山のような波を揚げていました。私はストロムの海峡のなかへ猛烈に巻きこまれ、海岸に沿うて数分のうちに漁師たちの『漁場』へ押し流されました。そこで一<ruby><rb>艘</rb><rt>そう</rt></ruby>の船が私を拾いあげてくれました、――疲労のためにぐったりと弱りはてている、そして（もう危険がなくなったとなると）その恐ろしさの思い出のために口もきけなくなっている私を。船にひきあげてくれた人たちは、古くからの仲間や、毎日顔を合わせている連中でした、――が、ちょうどあの世からやってきた人間のように誰ひとり私を見分けることができませんでした。その前の日までは<ruby><rb>鴉</rb><rt>からす</rt></ruby>のように真っ黒だった髪の毛は、ご覧のとおりに白くなっていました。みんなは私の顔つきまですっかり変ってしまったといいます。私はみんなにこの話をしました、――が誰もほんとうにしませんでした。今それを<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あなたに</span>お話ししたのですが、――人の言うことを茶化してしまうあのロフォーデンの漁師たち以上に、あなたがそれを信じてくださろうとは、どうも私にはあまり思えないんですがね」

（１）「暗黒の海」――昔、地中海沿岸の住民に知られない外海（大西洋）のことをかく言ったのであるという。――前の「ヌビアの地理学者」というのは誰のことか、はっきりわかっていない。ポーの晩年の論文『ユウレカ』のなかには、「ヌビアの地理学者 Ptolemy Hephestion によって記述された<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">暗黒の海</span>」<ruby><rb>云々</rb><rt>うんぬん</rt></ruby>とあるが、これはポーの思い違いであるらしく、おそらくアレクサンドリアの天文地理学者 Claudius Ptolemy ではなかろうかと言われている。

（２）強風のときに船が海上で安全のため、帆を低く下げあるいは絞って、できるかぎり風の方へ船首を向け、ほとんど静止していること。

（３）chopping ――強い潮流の方向と反対に風が吹くとき、あるいは二つの潮流が合するときなどに生ずるように、波が短く不規則に乱れたように立ち騒ぐこと。かりに「狂い波」と訳しておいた。

（４）Maelström ――ノルウェー北部の海岸にある有名な<ruby><rb>大旋渦</rb><rt>だいせんか</rt></ruby>。モスケン（モスケー）・ストロムとも呼ばれる。原語読みならばメールシトルムとでも書くべきであるが、ここでは英語読みにした。前のノルドランド（ノルラン）以下の固有名詞も必ずしも原語読みにしたがわず、便宜上の読み方を用いた。島の名などは多く作者の創作にかかるものらしい。

（５）Jonas Rarmus（一六四九―一七一八）――ノルウェーの<ruby><rb>僧侶</rb><rt>そうりょ</rt></ruby>。ノルウェーの地理および歴史に関する著述がある。

（６）ギリシャ神話の<ruby><rb>冥府</rb><rt>めいふ</rt></ruby>にある燃ゆる炎の河。

（７）アイスランドの東南、スコットランドの北方の洋上にある諸島。

（８）Athanasius Kircher（一六〇一―八〇）――ドイツの数学、言語学、考古学の学者。

（９）バルチック海の北方の海。

（<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>）向い風のために帆がマストに吹きつけられること。

（<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>）できるだけ風の来る方に近く帆走し上がること。

（<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>）船首から船尾にいたるまですっかり<ruby><rb>平坦</rb><rt>へいたん</rt></ruby>に張られた上甲板。通し甲板。

（<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">13</span>）ring\-bolt ――綱などを結びつけるために甲板に取り付けられた<ruby><rb>環</rb><rt>かん</rt></ruby>のついた<ruby><rb>螺釘</rb><rt>ねじくぎ</rt></ruby>。環釘。

（<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">14</span>）マホメット教徒の信ずるところによれば、現世から天国へ至るには<ruby><rb>蜘蛛</rb><rt>くも</rt></ruby>の糸よりも細い橋を渡るのである。その橋を渡るときに罪ある者は地獄の<ruby><rb>深淵</rb><rt>しんえん</rt></ruby>に落ちるという。

（<span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">15</span>）アルキメデス<span data-tei-rend="yokogumi horizontal" style="writing-mode: horizontal-tb">“De Incidentibus in Fluido”</span>第二巻を見よ。（原注）