一

「バード南極探険」は近ごろ見た映画の内でおもしろいものの一つであった。これまでにも他の探険隊のとった写真やその記事などをいろいろ見てかなりまでは極地の風物の概念を得たつもりでいたのだが、しかし活動映画として映しだされたのを見ると、ただの静映像で見ただけでは到底想像のできなかったいろいろの真実をありありと見せられ体験させられるのである。たとえば流氷のようなものでも<ruby><rb>舷側</rb><rt>げんそく</rt></ruby>で押しくずされるぐあいや、<ruby><rb>海馬</rb><rt>せいうち</rt></ruby>が穴から顔をだす様子などから、その氷塊の堅さや重さや厚さなどが、ほとんど感覚的に直観される。雪原の割れ目などでも、<ruby><rb>橇</rb><rt>そり</rt></ruby>で乗り越して行く時にくずれるさまなどから、その割れ目の状況や雪の固まりぐあいなどが如実に看取されるのである。

食糧品を両側に高く積み上げた雪中の廊下の光景などもおもしろい。食糧箱の表面は一面に柔らかい凝霜でおおわれていて、見ただけではどれがなんだかわからないが、糧食係の男は<ruby><rb>造作</rb><rt>ぞうさ</rt></ruby>もなく目的の箱を見いだして、表面の凝霜をかきのけてからふたを開き中味を取り出す。この廊下一面の凝霜の少なくも一部分は、隊員四十余名の口から吐きだされた水蒸気がこの廊下へ拡散して来て徐々に凝結したものではないかと想像してみた。そう想像することによって隊員の忍苦の長い時間的経過を味わうことができる。

バードが極飛行から無事に<ruby><rb>屯営</rb><rt>とんえい</rt></ruby>に帰って来たのを皆が狂喜して迎え、機上から人々の肩の上にかつぎ上げて連れてくる。その時バードの愛犬が主人に飛びつこう飛びつこうとするのだが人々にさえぎられて近寄れず不平でむやみに駆け回っているがだれも問題にしてくれない。これもおもしろい場面である。それからバードが宿舎にはいってくるとたれかが熱いコーヒー（？）を一杯持ってくる。それを一口飲んだ時の<ruby><rb>頬</rb><rt>ほお</rt></ruby>の筋肉の動きにちょっと説明のできない真実味があると思った。

病犬を射殺するやや感傷的な場面がある。行きには人と犬との足跡のついた同じ道を帰りはただ人だけが帰ってくるのである。安価な感傷と評した人もあったがしかしそれがかなりな真実味をもって表現されている。殺す相談をして雪の中に立っている四人の姿がよくできている。

この映画ではそのほかにも犬が非常に活躍していて、この映画の現実味を助けている。地質学者の一隊が中継ぎのステーションへ向かって突進する、その荷物を<ruby><rb>橇</rb><rt>そり</rt></ruby>で引いて行く犬群の頼もしく勇ましい姿は何かしらわれわれの心の奥底に触れる美しさをもっている。人間はそれぞれの明白な心の目標があって、それに向かわんために充分納得して寒苦と戦っているが、犬はなんのためだか、ちっともわからないで、ただたよる主人の向かう所なら、さもうれしげに死の雪原に突進するのである、犬でもやはり苦しくなくはないであろう。

同じことは映画「沈黙の敵」の中の犬についてもいわれる。しかしこの映画でもっともおもしろいのは、雪の林中でのトナカイと犬との格闘の場面である。トナカイが死地に陥って敢然たる攻勢を取り近寄る犬どもを踏みつぶそうとする光景は獣類とはいえ悲壮である。いかなる名優の活劇でも、これに比べてはおそらく茶番のようなものである。それからの後の場面で荒涼たる大雪原を渡ってくるトナカイの大群の実写は、あれは実に驚くべき傑作である。理屈なし説明なしに端的にすべての人の心を奪う種類のフィルムであり、活動映画というものの独自な領域を鮮明に主張したものである。絵ではもちろんのこと、いかなる言葉でもまた音楽でも、かくのごとき映画を説明することは不可能であろう。それにしてもこの映画に現われた人間の芝居がいかにしてあれほど愚鈍で不愉快であるかが不思議である。少なくも映画俳優としては人間は犬やトナカイの脚下にひざまずいて教えをこう必要がある。

これと連関して自分の常に感ずることは、映画に現われる「機械」の真実不真実による価値の懸隔である。古い映画では「メトロポリス」に現われた機械のばからしさなどが代表的である。機械文化の頂点を示すべき映画の中で、一人の職工は有り余っているべき動力の<ruby><rb>洪水</rb><rt>こうずい</rt></ruby>の中にいながら、最も原始的なその筋肉エネルギーを極度に消費して大きなダイアルの針を回し、そうして、疲れ切って倒れ、そのために大破壊が起こったりする。あの<ruby><rb>魯鈍</rb><rt>ろどん</rt></ruby>な機械に比べて「ベルリーン」に映出される本物の機械の美しさは、実に見ていて胸がすくようである。同じ意味でソビエト映画「トルクシヴ」に現われる紡績機械もおもしろい。そうして「自然の破壊」（Blasting Excavator）における大仕掛けの機械架構が、どうも物足りなく思われるのである。

「トルクシヴ」もかなりおもしろいと思って見物した。いわゆるモンタージュの芸当をあまりにわざとらしく感じさせるようなところもある。たとえば紡績機械の流動のリズムと、雪解けの<ruby><rb>渓流</rb><rt>けいりゅう</rt></ruby>のそれと、またもう一つ綿羊の大群の同じ流れとの交互映出のごときも、いくらかそうである。しかしこういう流動に、さらに貨物車の影がレールの上を走るところなどを重出して、結局何かしら<ruby><rb>莫大</rb><rt>ばくだい</rt></ruby>な運動量を持ったある物が加速的にその運動量を増加しつつ、あの<ruby><rb>茫漠</rb><rt>ぼうばく</rt></ruby>たるアジア大陸の荒野の上を次第に南に向かって進んでいるという感じがかなりまで強く打ちだされていることは充分に認められる。

これに比べて「アジアのあらし」は全体として見ると自分にはどうもあまりおもしろくなかった。これは自分が「赤いめがね」を持ち合わせないせいかもしれない。ただこの映画に現われる多数多様のアジア人種の顔つきや表情は、注意して見ているとなかなか興味がある。毛皮市場や祭礼の群衆の中にわれわれの親兄弟や<ruby><rb>朋友</rb><rt>ほうゆう</rt></ruby>のと同じ血が流れている事を感じさせられ、われわれの遠い祖先と大陸との交渉についての大きな疑問を投げかけられるのであった。最後のクライマックスとして、荒野を吹きまくる砂風に乗じていわゆる「アジアのあらし」が襲来する場面がある。これは自分のようなテンポののろい頭には少しごたごたしすぎているような気がした。ただ錯雑した混乱のあらしの中に、時々瞬間的に映出される白馬のたてがみを炎のように振り乱した顔の大写しは「怒り」の象徴としてかなりに強い効果をもっていたようである。

「西部戦線異状なし」は、今日の映画としては、別にこれといって頭に残るほどのものもなかったようである。ただあまりわざとらしいような芝居が割合に少なく思われたのは成効かもしれない。河畔の営舎の昼飯後の場面が、どこかのどかでものうげで、そうして日光がまぶしいといったような気持ちをだしている。そこにかえって「裏側から見た戦争」というものがわりによく出ているようである。こういう所のおもしろみはやはり映画にのみ可能なものであろう。そうして、言葉の説明でつかまえようとするとふいと消えてしまう不思議なかげろうのようなものである。それでいて、もっとも確実に見る人の心を動かす動力となりうるものである。一口でいってしまえるような効果だけを並べようとした映画はどうもおもしろくないようである。この点で存外ロシア、ドイツのえらい理論家たちがかえってアメリカへんの「純無意義映画」から新しい「火」をもらってくる必要がありはしないかという気がする。

（昭和五年十一―十二月、東京帝国大学新聞）

二

「モロッコ」という発声映画を見た。まず一匹の<ruby><rb>驢馬</rb><rt>ろば</rt></ruby>が出現する。熱帯の白日に照らされた道路のはるか向こうから兵隊のラッパと太鼓が聞こえて来る。アラビア人の馬方が道のまん中に突っ立った驢馬をひき寄せようとするがなかなかいこじに言うことを聞かない。馬方はとうとう自分ですべって引っくりかえって白いほこりがぱっと上がる。おおぜいがどっと笑う。これが序曲である。

一編の終章にはやはり熱帯の白日に照らされた<ruby><rb>砂漠</rb><rt>さばく</rt></ruby>が展開される。その果てなき地平線のただ中をさして一隊の兵士が進む。前と同じ単調な太鼓とラッパの音がだんだんに遠くなって行く。<ruby><rb>野羊</rb><rt>やぎ</rt></ruby>を引きふろしき包みを肩にしたはだしの土人の女の一群がそのあとにつづく。そうしていちばんあとから見えと因襲の<ruby><rb>靴</rb><rt>くつ</rt></ruby>を踏み脱ぎすてたヒロインが追いかける。兵隊の旗も土人の子もみんな熱砂の波のかなたにかくれて、あとにはただ風の音に交じってかすかにかすかに太鼓とラッパの音が残り、やがてそれも聞こえなくなるのである。

この序曲からこの大団円に導く曲折した道程の間に、幾度となくこの同じラッパの単調なメロディと太鼓の単調なリズムが現われては消え、消えてはまた現われる。ラッパはむしろ添え物であって、太鼓の音の最も単純なリズムがこの一編のライトモチーフであり、この音の<ruby><rb>弛張</rb><rt>しちょう</rt></ruby>が全編のドラマの曲折を描いて行くのである。ヒロインの心臓はこの太鼓の音と共に生き共に鼓動する。そうして彼女の心の態度はこのライトモチーフの現われるたびごとに急角度で転回する。そうしてその一転ごとにだんだんにそうして不可避的に最後のクライマックスに近づいて行くのである。

太鼓の描くこの主題の伴奏としてはラッパのほかに兵隊の<ruby><rb>靴音</rb><rt>くつおと</rt></ruby>がある。これがある時は石畳みの街路の上に、ある時は岩山の険路の上にまたある時は<ruby><rb>砂漠</rb><rt>さばく</rt></ruby>の熱砂の上に、それぞれに異なる音色をもって響くのである。

これらの音につれてスクリーンに現われる映像は、ただの殺風景な兵隊の行列である。これがその場面場面でいろいろの違ったパースペクチヴで銀幕上に映出され進行する。始めにヒロインとその保護者がこの行列を見送る場面ではヒロインと観客は静止していて行列はその向こう側を横に通過する。次にこの行列の帰還を迎える場面でも行列はやはりわれわれ観客の前を横に通過するのであるが、ここでは前と反対にヒロインがその行列の向こう側に見え隠れにあわただしく行ったり来たりしてカメラはこの女の行動と表情を子細に追跡する。そうして女の心の中に刻々につのって行く不安と焦燥をこくめいに映出するのである。最後の場面ではこの兵士の行列は前とは直角だけ回転している。すなわち観客を背にして遠い砂漠の果ての地平線に向かって進行する。そうする事によってこのドラマの行く手の運命の<ruby><rb>茫漠</rb><rt>ぼうばく</rt></ruby>たる事を暗示している。そうして観客の眼前でこの行列とそれに従うヒロインとは熱砂の波のかなたにありありと完全に消えてしまうのである。

この映画に取り扱われた太鼓の主題はたしかにヒロインの愛の対照のライトモチーフとしての役目を立派に果たしていると思われる。こういう点でこの映画は一つのおもしろい試みである。そうして少なくも有声映画に特有な一つの新しい可能性を指摘する点においてかなりの程度まで成効したものと思われる。

音的主題に最も単調な太鼓が選ばれ、そうしてそれがこれほどに成効しているということはわれわれに何事かを暗示する。元来有声映画はもちろん音楽ではない。われわれは聴覚と視覚を同時に働かせる事を要求される。この場合にもしあまりに複雑な、それ自身の存在を強く主張するような音楽を持ち込んだとしたらどうであろう。おそらくわれわれの注意はその音楽のほうに吸収されて視覚のほうが消えてしまうか、あるいはかえって音楽のほうがわれわれの注意の圏外を上すべりにすべり越してしまうことになりはしないか。ともかくもこれは発声映画製作者に一つの問題を提出するものであろう。

この映画に取り入れられた<ruby><rb>僅少</rb><rt>きんしょう</rt></ruby>な音楽もかなりに有効に使われている。ヒロインが病院の病室を一つ一つ見回って愛人を捜す場面で、階下から聞こえて来る土人女の<ruby><rb>廃頽的</rb><rt>はいたいてき</rt></ruby>な民謡も、この場の陰惨でしかもどこかつやけのある<ruby><rb>雰囲気</rb><rt>ふんいき</rt></ruby>を濃厚にする。それから次の酒場で始終響いているピアノの東洋的なノクターンふうの曲が、巧妙にヒロインの心理の曲折を描写している。愛人の兵士が席を立ったあとで女がただ一人ナイフとカルタをいじっている。この無意識なそうして表面平静な挙動の奥にあばれている心のあらしを、隣室から響くピアノの単純なようで込み入った抑揚が細かに描いて行く。そうして食卓の上に刻まれた彼女自身の名前を見いだした最後の心機の転回に導かれるまでこのピアノ曲はあるいは強くあるいは弱く追跡して来る。突然この音が絶えると同時に銀幕のまん中にはただ一本の旗が現われ、それが強い<ruby><rb>砂漠</rb><rt>さばく</rt></ruby>のあらしになびいてパリパリと鳴る音が響いて来る。ピアノの音からこの旗のはためきに移る瞬間に、われわれはちょうどあるシンフォニーでパッショネートな一楽章から急転直下 Attacca subita il seguente に明朗なフィナーレに移るときと同じような心持ちを味わうのである。

屋上で神に祈る土人の歌謡、カバレでりんごを売る女の唱歌、それらもおもしろくない事はない。また女の捨てばちな気分を表象するようにピアノの<ruby><rb>鍵盤</rb><rt>けんばん</rt></ruby>をひとなでにかき鳴らしたあとでポツンと一つ中央のＣを押すのや、兵士が自分で投げた<ruby><rb>団扇</rb><rt>うちわ</rt></ruby>を拾い上げようとしてそのブルータルな片手で鍵盤をガチャンと鳴らすのや、そういう音的効果もあまりわざとらしくないようにうまく取り入れられている。しかしそういう小技巧だけならば何も、この「モロッコ」に限らず、少し気のきいた映画には至るところに使われていることであろうと想像される。この映画の独自な興味は結局太鼓の音と<ruby><rb>靴音</rb><rt>くつおと</rt></ruby>とこれに伴なう兵隊の行列によって象徴された特異なモチーフをもって貫かせた楽曲的構成にあると思われる。そうしてその単純明白なモチーフが非常に多面的立体的に取り扱われているために、同じものの繰り返しが少しの<ruby><rb>倦怠</rb><rt>けんたい</rt></ruby>を感ぜしめないのみならず、一歩一歩と高調する戯曲的内容を導いて最後の最頂点に達するまでに観客の注意の<ruby><rb>弛緩</rb><rt>しかん</rt></ruby>を許さないのであろう。

この映画を見て非常におもしろいという人とちっともおもしろくないという人と二通りあるようである。これはこの二人の人の有声映画というものに対する心的態度と要求との根本的差違を反映する現象である。将来の有声映画製作者にとってはこの二つの<ruby><rb>対蹠的</rb><rt>たいせきてき</rt></ruby>な現象の分析的研究が必要となるであろう。この二つのものはしかし必ずしも互いに<ruby><rb>相容</rb><rt>あいい</rt></ruby>れないものではないように私には思われるのである。

（昭和六年五月、文芸春秋）

三

「青い天使」と同日に「モンテカルロ」を見たのもおもしろい取り合わせであった。古典音楽のあとでジャズを聞くような感じがした。二つのものの行き方のちがいがかなりはっきり対照される。前者は何かしら考えさせよう考えさせようとする思わせぶりが至るところに鼻につくような気もするが、後者は反対に何事をも考えさせないように考えさせないようにとしているところがある。これはもちろん二つの間のストーリーの根本的の差違によることであり、また一方では劇的分子、一方では音楽的分子が主要なものになっているためもあるが、しかしまた二人の監督の手法の<ruby><rb>些細</rb><rt>ささい</rt></ruby>な点まで行き渡った違いによることも明白である。侯爵家の家従がパッとマグネシウムをたいてポンと写真を取ると、すぐに機関車がスクリーンにとび出してエンジンの音楽の始まるところの呼吸などはちょっと理屈なしにおもしろい。本来ならば実に退屈で到底見ていられそうもない筋と材料を使って、そうしてちっとも退屈させないで緊張をつづけて行くのは映画としての編成の上に至るところ非常に気のきいた取り扱い方があるおかげであろう。そうして、それが簡単に一口に説明のできないようなところにうまみがあるからである。最後のオペラの場面でも、二つの向き合ったロージュと舞台との交錯した切り合わせ方の呼吸などがそれである。あれをもう少し<ruby><rb>下手</rb><rt>へた</rt></ruby>にやろうものならおそらく見るに堪えない退屈なものになるにちがいない。

ソビエト映画「全線」というのを見た。これも肝心な所が省略されているそうであるが、それでもおもしろくなくはない。牛乳びんがいっせいに<ruby><rb>充填</rb><rt>じゅうてん</rt></ruby>されて行くところだとか、耕作機械の大分列式だとか、これらは子供にもおとなにも、赤にも白にも、無条件におもしろい何物かをもっている。映画のそもそもの始めに見物を喜ばせた<ruby><rb>怒濤</rb><rt>どとう</rt></ruby>の実写などが無条件におもしろがられたのは、決して単に珍しいというだけの好奇心の満足ではなくてやはり映画芸術に本質的な随一の要素の一つを具備しているからであろう。<ruby><rb>牡牛</rb><rt>おうし</rt></ruby>の死ぬる前後のところも単なる実写的の真実に対する興味のほかに、映画としての取り扱い方のうまさは充分にある。それから、こういうロシア映画でいつもおもしろいと思うのは出場人物のタイプの豊富さであるが、これは他の欧州諸国では得られない天然の制約によるものであろう。

この監督の新しい理論に基づいて構成されたと称するこの映画は、たしかにおもしろいところがあるには相違ないが、しかしまだなんとしても未来の映画への一つの試みという程度を越えていないような気がする。いろいろないわゆるモンタージュやエディティングの必然性が観客の頭へはそれほどに響いて来ない。おそらくこの監督自身の企図している道程から見ても、わずかに一歩を踏み出したに過ぎないではないかと思われる。聞くところによるとこの有名な映画監督は日本の文化の中の至るところに映画術的要素があるのに、日本の今の映画には不思議にその要素が欠けている、という意味の批評をしているそうである。そうして日本の<ruby><rb>俳諧</rb><rt>はいかい</rt></ruby>や短歌の中にモンタージュ芸術の多分な要素の含まれていることを強調しているそうである。

エイゼンシュテインがいかなる程度にわが国の俳諧を理解してこう言っているかはわかりかねるが、日本人の目から見ても最もすぐれたモンタージュ芸術の典型として推すべきものはいわゆる俳諧連句そのものである。

ヤニングスとディートリヒの「青い天使」「嘆きの天使」というのを見た。同じ監督がこのあとに作った「モロッコ」を見たあとでこれを見たことは一つのおもしろい経験であった。著名な科学者の一代の大論文を読んで感心したあとで、その人のその論文を書くまでの道筋を逆にたどってそれまでのその人の著述を順々に古いほうへと読んで行くと、最初に感心させられたものが、きわめて平凡なあたりまえの落ち着き所であるとしか思えなくなって来る。これとは事がらはちがうが多少似た関係がこの二つの映画の間に見いだされる。すなわち後の「モロッコ」において純化され洗練されて現われているものが「青い天使」ではまだいろいろの過去の<ruby><rb>塵埃</rb><rt>じんあい</rt></ruby>の中にちらばって現われているような気がする。

最初にハンブルグの一<ruby><rb>陋巷</rb><rt>ろうこう</rt></ruby>の屋根が現われ<ruby><rb>鵞鳥</rb><rt>がちょう</rt></ruby>の鳴き声が聞こえ、やがて、それらの鵞鳥を荷車へ積み込む光景が現われる。次には、とある店先のショーウィンドウの<ruby><rb>鎧戸</rb><rt>よろいど</rt></ruby>が引き上げられる、その音のガーガーと鵞鳥のガーガーが交錯する。そうしてこの窓にヒロインの絵姿のビラがはってあるのである。これを<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の「モロッコ」の冒頭に出て来るアラビア人と<ruby><rb>驢馬</rb><rt>ろば</rt></ruby>のシーンに比べるとおもしろい。後者のほうがよほど<ruby><rb>垢</rb><rt>あか</rt></ruby>が取れた感じがする。前者のほうは容易に説明のできる小細工のおもしろみであるに対して、後者のほうには一口には説明のできない深い暗示があり不思議なアトモスフェアがあるのである。ラート教授の下宿の朝食のトロストロースな光景はかなりよくできている。いつも鳴く小鳥が死んでいる。そうして教授の唯一の愛が奪われるのであるが、後に教授が女の家で泊まった朝、二人でコーヒーをのんでいるときに小鳥の声が聞こえることになっている。こういうふうの技巧で過去を現在に反射――対照する方法はこの監督のかなり得意な慣用手段であるように見える。たとえば同じようなスートケースが少なくも四五度現われて、それが皆それぞれ違った役目をつとめると同時にその物を通して過去をフラッシュバックして運命の推移を意識させる。またたとえば教授の出勤時刻をしらせる時計の音が何度も出て来る。教場の光景も初めと終わりに現われそれが皆それぞれ全く変わった主人公の心境の背景として現われるのである。同じ女の絵はがきでも初めは生徒の手から没収したのを後には自分でお客に売り歩くことになっている。要するにこの映画ではこういうものがあまり錯雑し過ぎていた、なんとなく<ruby><rb>渾然</rb><rt>こんぜん</rt></ruby>としない感じがする。これに比べると「モロッコ」の太鼓とラッパの一貫したモティフの繰り返しはよほど洗練されたものである。そう言えば「青い天使」の舞台や楽屋の間のシーンも視覚的効果としてやはり少しうるさすぎる感じがある。それが下宿屋の荒涼な環境との対比であるにしても少しあくが強すぎるような気がするがそこがドイツ向きなところかもしれない。ここの楽屋で始終影のようにつきまとう一人の道化師がある。これが不思議な存在である。断えず出入りしているが劇中の人には見えない聞こえない、ちょうど幽霊のような役目をつとめている。教授自身が道化師になって後にはこれが現われて来ない。これはおそらく教授のドッペルゲンガーのようなもので、そうして未来の悲運の夢魔であり、眼前の不安の予覚である。これは監督苦心の産物かもしれないが、効果は遺憾ながらあまり上乗とは思われない。後日「モロッコ」を作る場合にはこの道化師までもみんないっしょに太鼓とラッパの音の中へたたき込んでしまったものと思われる。

<ruby><rb>俳諧連句</rb><rt>はいかいれんく</rt></ruby>については私はすでにしばしば論じたこともあるからここでは別に述べない。とにかく、連句に携わる人はもちろん、まだこれについて何も知らない人でも、試みに「<ruby><rb>芭蕉</rb><rt>ばしょう</rt></ruby>七部集」の岩波本を活動帰りの電車の中ででも少しばかりのぞいて見れば、このごろ舶来のモンタージュ術と本質的に全く同型で、しかもこれに比べて比較にならぬほど立派なものが何百年前の日本の民衆の間に平気で行なわれていたことを発見して驚くであろう。ウンター・デン・リンデンを歩いている女と、タウエンチーン街を歩いている男と、ホワイトハウスの玄関をはぎ合わせたりするような事はそもそも<ruby><rb>宵</rb><rt>よい</rt></ruby>の口のことであって、もっともっと美しい深い内容的のモンタージュはいかなる連句のいかなる所にも見いだされるであろう。そうしてそのモンタージュの必然的な正確さから言ってもその推移のリズムの美しさから言っても、そのままに今の映画製作者の模範とするに足るものは至るところに見いださるるであろう。しかし現代の日本人から忘れられ誤解されている連句は本家の日本ではだれも顧みる人がない。そうして遠いロシアの新映画の先頭に立つ豪傑の<ruby><rb>慧眼</rb><rt>けいがん</rt></ruby>によって掘り出され利用されて行くのを指をくわえて<ruby><rb>茫然</rb><rt>ぼうぜん</rt></ruby>としていなければならないのである。しかも、ロシア人にほんとうに日本の<ruby><rb>俳諧</rb><rt>はいかい</rt></ruby>が了解されようとは考えにくいのに、それだのにそのロシア人の目を一度通ったものでなければ、今の日本人は受け付けないのである。浮世絵の相場が西洋人の顧客によって制定されると一般である。また日本人の独創的な科学的研究でも、西洋人が一度きわめをつけないと、学位さえもらえないことがあるのとも一般である。

モンタージュはすなわちモンテーであり、マウンティングであり、日本語では取り付け、取り合わせ、付け合わせ、あしらいである。花を生けるのもこれである。試みに<ruby><rb>西川一草亭</rb><rt>にしかわいっそうてい</rt></ruby>一門の生けた花を見れば、いかに草と木と、花と花と、花と花器とのモンタージュの洗練されうるかを知ることができる。文人風や<ruby><rb>遠州</rb><rt>えんしゅう</rt></ruby><ruby><rb>好</rb><rt>ごの</rt></ruby>みの床飾りもやはりそうである。庭作りもまたそれである。かしこの山ここの川から<ruby><rb>選</rb><rt>よ</rt></ruby>り集めた名園の一石一木の排置をだれが自由に一寸でも動かしうるかを考えてみればよい。しかもこれらのいっさいを一束にしても<ruby><rb>天秤</rb><rt>てんびん</rt></ruby>は俳諧連句のほうへ下がるであろう。

連句はその末流の<ruby><rb>廃頽期</rb><rt>はいたいき</rt></ruby>に当たって当時のプチブルジョア的有閑階級の<ruby><rb>玩弄物</rb><rt>がんろうぶつ</rt></ruby>となったために、そういうものとしてしか現代人の目には映らないことになった。しかし本来はそれどころか実に深刻な時代世相の端的描写であり、そうして支配階級よりはより多く被支配階級の悲痛な忍苦の表現をもそれらの中に看取することができるのである。

こういう、エイゼンシュテインのいわゆる映画術の骨髄を昔から伝えきたったその日本現在の映画は誠に彼の言うとおり、どうヒイキ目に見ても残念ながらいくらもこれを具備していないようである。これはしかし日本映画製作者だけの責任ではないので、これと同様な批評はまさに今の日本文化の全体にわたって適用さるべきであろう。

しかし失望するには当たらない。大昔から何度となく外国文化を模倣し<ruby><rb>鵜</rb><rt>う</rt></ruby>のみにして来た日本にも、いつか一度は<ruby><rb>光琳</rb><rt>こうりん</rt></ruby>が生まれ、<ruby><rb>芭蕉</rb><rt>ばしょう</rt></ruby>が現われ、<ruby><rb>歌麿</rb><rt>うたまろ</rt></ruby>が出たことはたしかである。それで、映画の世界にもいつかはまたそうした人が出るであろうという気長い希望をいだいてそうしてそれまでは与えられたる「<ruby><rb>荒木又右衛門</rb><rt>あらきまたえもん</rt></ruby>」を、また「<ruby><rb>街</rb><rt>まち</rt></ruby>のルンペン」をその与えられたる限りにおいて観賞することに努力すべきであろう。

（昭和六年六月、時事新報）

四

「アフリカは語る」を一見した。この種の実写映画は何度同じようなものを見せられても見るたびに新しい興味を呼びさまされるのであるが、今度のはそれが発声映画であるだけにいっそう実証的の興味を増しているようである。

いちばん珍しいのは空をおおうて<ruby><rb>飛翔</rb><rt>ひしょう</rt></ruby>する<ruby><rb>蝗</rb><rt>いなご</rt></ruby>の大群である。これは写真としてはリリュストラシオンのさし絵で見た事はあったが、これが映画になったのはおそらく今度が始めてであり、ことに発声映画としてはこれがレコードであるにちがいない。<ruby><rb>蝗</rb><rt>いなご</rt></ruby>の羽音がどれだけ忠実に再現されているかは明らかでないがともかくも不思議な音である。聞いたことのないものには想像することのできない音である。いくらか似た音を求めれば、製材所の<ruby><rb>丸鋸</rb><rt>まるのこ</rt></ruby>で材木を引き割るあの音ぐらいなものであろう。先年<ruby><rb>小田原</rb><rt>おだわら</rt></ruby>の浜べで大波の日にヘルムホルツの共鳴器を耳に当て波音の分析を試みたことがあったが、かなりピッチの高い共鳴器で聞くとチリチリチリといったように一秒間に十回二十回ぐらいの割合で断続する<ruby><rb>轢音</rb><rt>れきおん</rt></ruby>が聞こえる、それがいくらかこの蝗群の羽音に<ruby><rb>似通</rb><rt>にかよ</rt></ruby>っているのである。やはり、音の生成機巧に共通なところがあるからであろう。すなわち、浜べで無数の<ruby><rb>砂利</rb><rt>じゃり</rt></ruby>が相打ち相きしるように無数の蝗の羽根が轢音を発している、その集団的効果があのように聞こえるのではないかと思われる。そういえば丸鋸で材木をひく時にもこれに似た不規則な轢音の急速な断続があるのである。

この蝗の羽音は何を語るか。蝗は何を目的として何物に導かれてどこからどこへ移動するか。世界は自分らのためにのみできているとばかり思っているわれわれ愚かな人間は<ruby><rb>茫然</rb><rt>ぼうぜん</rt></ruby>としてテントの小窓からこの恐ろしい生命のあらしをながめてため息をつくであろう。

湖畔のフラミンゴーの大群もおもしろい<ruby><rb>見物</rb><rt>みもの</rt></ruby>である。一面におり立った群れの中に一か所だけ円形な空地があるのはどういうわけかと思って考えてみた。おそらくそこだけ湖底に<ruby><rb>凹所</rb><rt>おうしょ</rt></ruby>があって鳥の足には深すぎるので、それでそこだけが明いているのだろうと想像された。もしそうだとすれば鳥の群れの写真から湖底の等深線の一つがわかるはずである。こういうことも実写映画のおもしろみの一つである。群集から少し離れた前面を二列に並んだ鳥の縦隊が歩調をそろえて進行するところがある。鳥はどういう気でなんのためにああいう事をやっているのか人間にはやはりわからない。

この映画を見た晩に<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>へ帰って夕刊を見ると早慶三回戦だかのグラウンドの写真が大きく出ている。それを見たとき自分は<ruby><rb>愕然</rb><rt>がくぜん</rt></ruby>として驚いたのであった。場を<ruby><rb>埋</rb><rt>うず</rt></ruby>むる人間の群れが、先刻見たばかりの映画中のフラミンゴーの群れとそっくりに見えたからである。もしやアフリカのフラミンゴーが偶然球戯場の空へ飛んで来て人間の群れを見おろしたとしたら、彼らにはやはりこの集団の意味はわからないであろう。実はこういう自分にも近ごろの野球戦に群がる人間の大群の意味は充分完全にはよくわからないのである。

しかし<ruby><rb>蝗</rb><rt>いなご</rt></ruby>やフラミンゴーに限らず、ゼブラでもニューでも、インパラでもジラフでもみんな群れをなして<ruby><rb>棲息</rb><rt>せいそく</rt></ruby>している。アフリカでは食うことの不自由はないであろうからやはり生命の敵に対する防衛の便宜から自然に集団生活に慣らされたのか、それとも生殖の便宜からか、あるいはスポーツのためだか自分にはわからない。それはとにかくアフリカ映画でこれらのたくさんな動物の群れの中に交じった少数な人間の群れを見ると、アフリカの原野では少なくとも動物も人間も対等の存在であるという感じがする。それをいわゆる文明人が出かけて行って単なる娯楽のためにムザムザ殺すのがどうも不都合だという気がしてくる。

<ruby><rb>酋長</rb><rt>しゅうちょう</rt></ruby>のむすこがライオンに食われる場面がある。あれはどうも映画師がほとんど計画的に食わせるように思われて不愉快であった。白人にとっては黒人はおそらくゼブラや<ruby><rb>疣猪</rb><rt>いぼいのしし</rt></ruby>とたいしてちがったものには思われてないのではないかという気がしてならない。黄色人はどの程度に思われているのかが次の問題になる。西洋のある国が世界を征服する日を夢みているような日本人があったら、そういう人はこの映画を見るといいと思う。

この<ruby><rb>酋長</rb><rt>しゅうちょう</rt></ruby>の子が食われたので、映画師らは酋長に合わせる顔がないといってしょげる場面はどうも少し芝居じみる。A life for a life というタイトルが出たから映画師が殺されるかと思ったら、そうでなくてやはりライオンが一匹やられるのである。しかしライオンなどは少しも芝居しないから愉快である。ライオンが自動車のタイアを草原に見いだして前足でつついてみては腹を立ててうなる場面は傑作である。ライオンがふきげんであればあるほど観客は笑うのである。もしか自分がライオンだったら、この不都合な侵入者らに対してどんなに腹の立つことであろう。

アフリカは世界の動物園、野獣の楽園として永久に保存したい。天然物保存地帯として少なくもこの大陸内地の大部分を万国協定で指定してほしいと思うのである。

<ruby><rb>獅子</rb><rt>しし</rt></ruby>のいる草原の中にどうも地震による断層らしく見えるものが写っている。あとで地震学者に聞いてみると、あのタンガニイカ湖付近には実際大地震による断層が縦横に通っているのである。この一部が偶然にライオンの背景の中に出ているのも実写映画の妙味である。

蛮人の顔のクローズアップにはこの映画に限らず頭の上をはう<ruby><rb>蠅</rb><rt>はえ</rt></ruby>が写っている。この蠅がいわゆる<ruby><rb>画竜点睛</rb><rt>がりょうてんせい</rt></ruby>の役目をつとめる。これを見ることによってわれわれは百度の気温と強烈な体臭を想像する。この際蠅はエキストラでなくてスターである。しかし監督の意図など無視して登場し活躍しているからおもしろい。

蛮人の王城らしい建物が映写される。この建物はきわめて原始的であるが一種の均整の美をもっている。<ruby><rb>素人目</rb><rt>しろうとめ</rt></ruby>にはわが大学の<ruby><rb>安田講堂</rb><rt>やすだこうどう</rt></ruby>よりもかえって格好がいいように思われる。デテイルがないだけに全体の輪郭だけに意匠が集注されるためかもしれない。

インパラという動物の跳躍も<ruby><rb>見物</rb><rt>みもの</rt></ruby>である。十数尺の高さを水平距離で四十尺も一飛びにとぶのである。何か簡単な器械を人間のからだへつけて、この動物のようにとんで歩くスポーツを発明したらおもしろいかもしれないという気がした。

こういう実写を見ているとつくづく人間のこしらえた映画のばかばかしさを感じる。天然の芸術にはかなわぬことは始めからわかっていることではあるが。

（昭和六年十一月、東京帝国大学新聞）

五

「三文オペラ」を見た。文明のどん底、東ロンドンの<ruby><rb>娼家</rb><rt>しょうか</rt></ruby>の戸口から、意気でデスペラドのマッキー・メッサーが出てくる。その家の窓からおかみが置き忘れたステッキを突きだすのを、取ろうとすると、スルスルと仕込みの白刃が現われる。ドック近くの裏町の門々にたたずむ無気味な浮浪人らの前をいばって通り抜けて川岸へくると護岸に突っ立ったシルクハットのだぶだぶルンペンが<ruby><rb>下手</rb><rt>へた</rt></ruby>な掛け図を棒でたたきながら Die Moriat von Mackie Messer を歌っている。伴奏に<ruby><rb>紙腔琴</rb><rt>しこうきん</rt></ruby>をまわしているばあさんの横顔が象徴的である。背景には岸近くもやった船の帆柱の林立がある。掛け図には殺されて倒れている人や、ソホの火事場の粗末な絵の見えるのもちょっとした効果がある。ここの場面がいちばん昔の東ロンドンの<ruby><rb>雰囲気</rb><rt>ふんいき</rt></ruby>を濃厚に現わしているように思われる。これと、ずっと後に警察で電話をかけたりする場面とはどうも全く別の世界のような気がする。ポリー<ruby><rb>母子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>がミリナーの店の前で飾り窓の中のマヌカンを見ている。そこへ近づくメッサーの姿が窓ガラスに映ってだんだん大きくなるのが印象的な迫力をもっている。「<ruby><rb>烏賊</rb><rt>いか</rt></ruby>」ホテルの酒場のガラス窓越しに、話す男女の口の動きだけを見せるところは、「パリの屋根の下」の一場面を思いだす。

メッサーの手下が婚礼式場用の<ruby><rb>椅子</rb><rt>いす</rt></ruby>や時計を盗みだすところはわりによくできている。くどく、あくどくならないところがうまいのであろう。倉庫の暗やみでのねずみのクローズアップや天井から下がった<ruby><rb>繩</rb><rt>なわ</rt></ruby>にうっかり首を引っかけて驚いたりするのも、わざとらしくない。そうして<ruby><rb>塵埃</rb><rt>じんあい</rt></ruby>のにおいが鼻に迫る。

結婚式場のぎょうぎょうしくて派手で、それでいて実に陰惨でグロテスクな光景もよくできている。ここでポリーの歌う Barbara Song はなかなか美しい。セットのおぼろ夜の空とおぼろ月がかえって本物より効果がいいようである。

情婦ジェニーが<ruby><rb>市松模様</rb><rt>いちまつもよう</rt></ruby>のガラス窓にもたれて歌うところがちょっと、マチスの絵を見るような感じである。

<ruby><rb>乞食頭</rb><rt>こじきがしら</rt></ruby>のピーチャムのする芝居にはどうも少ししっくりしないわざとらしさを感じる。

この映画の前半はいかにも昔のロンドンのような気分があるのに後半はなんとなく近代のベルリーンあたりのような気持ちになるのが不思議である。それで前半ではドイツ語が不自然に聞こえ、後半ではそれが当然に聞こえる。

音楽はなかなかおもしろい。同じジャズの楽器でもドイツ人の手にかかると、こうも美しくなるものかと感心させられる。あのサキソフォーンでさえも実に味のこまやかな音として聞かれる。アメリカのジャズはなるほどおもしろいと思う時はあっても、自分にはどうも妙な臭みが感ぜられる。たとえば場末の洋食屋で食わされるキャベツ巻きのようにプンとするものを感じる。これはおそらくアメリカそのもののにおいであろう。しかしこのクルト・ワイルのジャズ（？）にはそれがみじんもなくて、ゲーテやバッハを生んだドイツ民族の情緒が濃厚ににじみだしている。そうしてそれでいて同時にまたどれにもどこかしら Gallow Song しかもやはりイギリスらしいそれの味がしみじみとかみしめられるような気もするのである。最後に町の暗やみの中に幽霊のように消えて行くルンペンの行列とともにゆるやかに句切って再び響くモリアットの歌も、スクリーンの前の幕がおりて席を立ってそうして往来へ出て後までもいつまでも耳に残って忘れ難いものである。

この映画を見た前夜にグスタフ・マーラーの第五交響楽を聞いた。あまりにも複雑な機巧に満ちたこの大曲に盛りつぶされ疲らされたすぐあとであったので、この単純なしかし新鮮なフィルムの音楽がいっそうおもしろく聞かれたのかもしれない。そうしてその翌晩はまた<ruby><rb>満州</rb><rt>まんしゅう</rt></ruby>から放送のラジオで<ruby><rb>奉天</rb><rt>ほうてん</rt></ruby>の女学生の唱歌というのを聞いた。これはもちろん単純なる女学生の唱歌には相違なかったが、しかし不思議に自分の中にいる日本人の<ruby><rb>臓腑</rb><rt>ぞうふ</rt></ruby>にしみる何ものかを感じさせられた。それはなんと言ったらいいか、たとえば「アジアの声」を聞くといったような感じであった。アメリカのジャズとドイツのジャズとの偶然な対比の余響からたまたまそういう気がしたかもしれない。

それにしてもわれわれ<ruby><rb>生粋</rb><rt>きっすい</rt></ruby>の日本人のほんとうに要求する音映画はまだどこにもない。そういったような気がするのであった。われわれの要求するものはやはり日本のパブストであり、日本のルネ・クレールであろう。こういつまでも外国のものの封切りを追いかけては感心させられる事に忙しいのでは困るという気もした。

これより前にソビエト映画「婦人の衛生」を見た。これは「三文オペラ」とは全然別の畑のもので、ほとんど純粋な教育映画としか思われないものであったが、それでも一つ一つのシーンにもまた編集の効果にもなかなか美しいものが多数に見られるのであった。ムジークのお客さんには少しもったいなくもあるし、またわかりにくそうにも思われるくらいであった。ただこの映画を見ているうちに感じた一つのことは、この映画に使われている子供や女工や、その他の婦人の集団やがちょうど機械か何かのように使われていることである。これを見ていると、なんだか現在のロシアでは三度のめしを食うのでもみんな号令でフォークやナイフを動かしているのではないかというような気がして来て、これでは自分のようなわがままな人間はとてもやりきれないだろうという気がするのであった。たとえば工場の仕事の合間に号令一下で体操をやってまた仕事にとりかかる。海岸で裸で日光浴をやっているオットセイのような群れも号令でいっせいに寝返りを打ってこちらを向く。おおぜいの子供が原っぱに小さなきのこの群れのように並んで体操をやっている。赤ん坊でもちょうど<ruby><rb>蛙</rb><rt>かえる</rt></ruby>か何かのように足をつかまえてぶらさげてぴょんぴょんとはねさせるのである。こういうふうに人間の個性をなくしているところは全く軍隊式である。年じゅうこのとおりだったら<ruby><rb>梟</rb><rt>ふくろう</rt></ruby>やたぬきのような種類の人間にはさぞ都合が悪いことであろうと思われたのであった。これはこの映画を見たときにちょっとそう思ったことである。

この映画でもっとも美しいと思ったのはアパートのバルコンのような所へおおぜいの女が出て来て体操をする光景である。これは全く理屈なしに明るく力強く新鮮で朝日ののぼるごとき感じのするシーンである。同じ体操でも前の工場の体操とはまるで別な感じがするのは不思議である。工場の場合にはすぐ前の労働のシーンとの関係上あまりに実感的であるのにバルコンのほうではそれがあまりに見なれぬ変わった光景であるために、あっけにとられて現実の感じがどこかへ飛んでしまい、いわばレビューでも見るような気になって見たせいかもしれない。しかしどうだかそれはわからない。

この映画と同時にロシアのニュース映画を見た中に、たぶんカリニンであったか、<ruby><rb>野羊</rb><rt>やぎ</rt></ruby>ひげのにがい老人が展覧会を見てあるくところがあった。この映画を見ながら、英雄崇拝は結局永久普遍に不可避的な人間界の事実だというような気がした。われわれが見るとムッソリニが閲兵式に臨んでいるニュース映画もこれと全く同格な現象のニュースとして実におもしろく見られるのである。

（昭和七年三月、東京帝国大学新聞）

六

評判のフランス映画「パリの屋根の下」というのを見物した。同じく評判のドイツ映画「青い天使」のすぐあとでこのフランス的なるフランス映画を見たことは望外のおもしろい回り合わせであった。さもしい<ruby><rb>譬喩</rb><rt>ひゆ</rt></ruby>ではあるが、言わばビフテキのあとで良いサラダを食ったような感じがある。あるいはまたドイツの近代画家の絵とフランス近代画家の絵との二つの展覧会を続けて見たという感じもする。これは当然なことであろうが、しかしこれほどまでに二つのちがった国民に対する自分の感じの特徴を表象した二つの映画をこのように相次いで見うるという機会はそう始終はないであろう。そうしてもう一つおもしろいことには、そのあとでまた、無声ではあるが、ソビエト映画の「大地」を見て、そして最後に大日本松竹国産発声映画「マダムと女房」というのを見ることになったのも思えば妙な回り合わせである。

「パリの屋根の下」にはたいしたドラマはない。ちょっとしたロマンスはあるが、それはシャボン玉のようなロマンスである。ちょっとしたけんかはあるがそれもシャボン玉のようなけんかである。ピストルも一発だけ申し訳にぶっ放すが結果は街燈を一つシャボン玉のようにこわすだけである。この映画の中に現われている限りの出来事と<ruby><rb>達引</rb><rt>たてひき</rt></ruby>とはおそらくパリという都ができて以来今日に至るまでほとんど毎日のようにどこかの裏町どこかの路地で行なわれている尋常<ruby><rb>茶飯</rb><rt>さはん</rt></ruby>のバナールな出来事に過ぎないであろう。それほどに平凡な月並み、日並み、夜並みの市井の<ruby><rb>些事</rb><rt>さじ</rt></ruby>がカメラと映写機のレンズをくぐり録音器の機構を通過したというだけでどうして「評判の映画」となり、世界じゅうの常設館に渡り渡って人を呼ぶであろうか。もちろん観客の内の一部はたぶんそれが評判の映画であるために見ないうちから感心してそうして無条件にその評判をのみ込んでしまうであろうが、すべての観客はそれほどの<ruby><rb>鵜</rb><rt>う</rt></ruby>の鳥でない限りこの評判には何かの実証的根拠があるはずであろう。

この映画にもやはりだれでもすぐに気のつく、そうしてだれにでも簡単な言葉で表現されうるようなうまい見せ場はたくさんある。たとえばいちばん始めに映出される屋上の「煙突のある風景」が最後にもう一度現われて、この一巻の「パリのスケッチ」の首尾の表軸となり締めくくりをつけていることなどがそれである。また始めにはカメラが、従って観客が、あたかも鳥にでもなったように高い空からだんだんに裏町の舗道におりて行って歌う人と聞く人の群れの中に溶け込むのであるが、最後の大団円には、そのコースを逆の方向に取って観客はだんだん空中にせり上がって行って、とうとう天上の人か鳥かになってしまう。そうして地獄を見物に行って来たダンテのように、今見て来た変わった世界の幻像をいつまでもいつまでも心の中で繰り返し蒸し返すように余儀なくされるのである。あるいはまた<ruby><rb>艶歌師</rb><rt>えんかし</rt></ruby>アルベールが結婚の準備にと買って来た女のスリッパーを取り出す場面と切り換えに、ポーラが自分の<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>ではき古したスリッパーをカバンにしまっているシーンが現われたり、またアルベールが預かったカバンの係り合いで捕われて行くのとポーラが重いカバンをさげて嫁入りして来るのとをぶつからせたり、こういう種類の細かい技巧をあげればいくらでもあげられるであろうと思われる。

しかしこういう種類の技巧は芸術としての映画が始まって以来、おそらく<ruby><rb>常套的</rb><rt>じょうとうてき</rt></ruby>に慣用されて来た技巧であって、それがさまざまな違った着物を着て出現しているに過ぎないものであって、こういうことはまた、自分自身の頭を持って生まれることを忘れた三流以下の監督などが、すぐにまねをしたがり、またある程度まではだれでもまねのできることである。

また音響効果のほうでも、たとえば立ち回りの場で、すぐ眼前を通過する汽車の響きと、格闘者の群れが舗道の石をける<ruby><rb>靴音</rb><rt>くつおと</rt></ruby>との合奏を聞かせたり、あるいはまた終巻でアルベールの愛の<ruby><rb>破綻</rb><rt>はたん</rt></ruby>と友情の危機を象徴するために、蓄音機の針をレコードの<ruby><rb>音溝</rb><rt>おんこう</rt></ruby>の損所に追い込んでガーガーと週期的な不快な音を立てさせたり、あるいは、重要でない対話はガラス戸の向こう側でさせて、観客の耳を解放し、そうすることによって想像力を活動させるほうに観客のエネルギーを集注させ、そうしてかえって所要の効果を強めたりするのも、これらも決しておもしろくないことはない。これらは発声映画と無声映画との特長をそれぞれ充分に<ruby><rb>把握</rb><rt>はあく</rt></ruby>した上で、巧みに臨機にそれを調合配剤しているものと判断されることはたしかである。しかしこのような見え透いた細工だけであれほどの長い時間観客を退屈させないでぐいぐい引きずり回して行くだけの魅力を醸成することはできそうに思われない。それにはもっともっと深い所に容易には簡単な分析的説明を許さないような技術が潜伏しているに相違ないと思われるのである。

自分の感じたところでは、この映画の最もすぐれた長所であり、そうして容易にまねのできそうもないと思われる美点は、全巻を通じて流れている美しい時間的律動とその調節の上に現われたこの監督の鋭敏な<ruby><rb>肌理</rb><rt>きめ</rt></ruby>の細かい感覚である。換言すれば映画芸術の要素としての律動的要素の優秀なるできばえである。従って一つの楽曲のおもしろさを貧弱な人間の「言葉」と名づける道具で現わすことが困難であると同様にこの映画の律動的和声的要素の長所を文字の<ruby><rb>羅列</rb><rt>られつ</rt></ruby>で置き換えようとすることは、始めから見込みのないことでなければならない。

音楽における律動的要素の由来は、学問的に言えばなかなかむつかしい問題であろうが、<ruby><rb>素人流</rb><rt>しろうとりゅう</rt></ruby>に言えば、要するに人間という生理的機関の構造によって規定されたいろいろの物理的振動の週期性、感官や運動機関の慣性と弾性と疲労とから来る心理的な週期性、なおまた人間常住の環境に現われる種々の週期性、そういういろいろな週期に対するわれわれの無意識的な経験と知識から生まれて来る律動の予感、あるいは期待がぐあいよく的確に満足されるということが一つの最重大な基礎となっていることは疑いもないことである。平たく言えばわれわれが自然に踊り回ると同じリズムの音楽でなければ踊る気にもなれず、また踊ろうにも踊られぬわけである。

「パリの屋根の下」における律動的要素の著しい場面をあげると、たとえば二度目にアルベールが舗道で前とはちがった第二の歌を歌っているシーンである。歌っているアルベールの大写しの顔と交互に彼を取り巻いているいろいろな顔が現われる。一番目の同じようなシーンでは観客はまだそこに現われる群集の一人一人の素性について何も知らなかったのであるが、この二度目の同じ場面では一人一人の来歴、またその一人一人がアルベールならびに連れ立った<ruby><rb>可憐</rb><rt>かれん</rt></ruby>のポーラに対する交渉がちゃんとわかっている。<ruby><rb>掏摸</rb><rt>すり</rt></ruby>に金をすられた<ruby><rb>肥</rb><rt>ふと</rt></ruby>った<ruby><rb>年増</rb><rt>としま</rt></ruby>の顔、その密告によって疑いの目を見張る刑事の典型的な<ruby><rb>探偵</rb><rt>たんてい</rt></ruby>づら、それからポーラを取られた意趣返しの機会をねらう悪漢フレッド、そういう顔が順々に現われるだけでそれをながめる観客は今までに起こって来た事件の行きさつを一つ一つありありと思い出させられる。そうしてなじみになったアルベールとポーラのために一種不安な緊張を感じさせられる。それでアルベール自身の頭の中に経過しつつある不安な警戒の念が彼の絶えず移動する目のくばりに現われて、それが直ちに観客の頭に同じような感情の波動を伝えるのである。そうしておもしろいことにはこのシーンの伴奏となりまた背景ともなる音響のほうはなんの滞りもなくすらすらと歌の言葉と旋律を運んで進行していることである。もしもこれが無声であるかあるいは歌はあってもこの律動的な画像がなかったとしたら効果は二分の一になるどころかおそらくゼロになって、<ruby><rb>倦怠</rb><rt>けんたい</rt></ruby>以外の何ものをも生じないであろう。

この律動的編成の巧拙の分かれるところがどこにあるかと考えてみると、これはやはりこの画面に現われたような実際の出来事が起こる場合に、天然自然にアルベール、すなわち観客の目があちらからこちらへと渡って歩くと同じリズムで画面の切り換えが行なわれるかどうかによるのであろう。観客があちらを見たくなる時にちょうどあちらの群れが現われ、こちらを向きたくなる時にちょうどこちらが現われ、アルベールの顔が見たくなる瞬間を見すましてアルベールの顔が現われる。そうしてまた彼の目に案内されて観客が見たいと思う方面が誤たず即座にスクリーンに出現するのである。

これと全く同一技法は終巻に近い酒場の場面でも使用されている。すなわち、一方にはある決心をしたアルベールと不安をかくしているポーラが踊っている。一方のすみには<ruby><rb>熊鷹</rb><rt>くまたか</rt></ruby>のような悪漢フレッドの一群が陣取って何げないふうを装って油断なくにらまえている。ここで第三者たる観客はまさに起こらんとする活劇の不安なしかも好奇な期待に緊張しながら、交互にあちらを見たりこちらを見たりして、そうして自分も劇中の一員となってクライマックスへの歩みを運んで行くのである。そうしてこの場面にもまた背景となる音楽がなめらかに流れているのである。たったこれだけのことである。しかしここでもし<ruby><rb>下手</rb><rt>へた</rt></ruby>な監督がこのような筆法を皮相的にまねてこれに似たことをやったとしたら、この単調な繰り返しはたぶん堪え難い<ruby><rb>倦怠</rb><rt>けんたい</rt></ruby>を招くほかはないであろう。実際そういうまずいほうの実例はいくらでもある。それをそうさせない微妙な呼吸はただこの際における「固有な自然のリズム」の正確の<ruby><rb>把握</rb><rt>はあく</rt></ruby>によってのみ得られるのである。

<ruby><rb>上手</rb><rt>じょうず</rt></ruby>と下手の相違はだいたい何事でも言葉では言い現わせないところにあり、メーターで測れないところにあるのが通例であるが、これらの映画の切り換えのリズムは一つ一つの相次ぐフィルム切片の<ruby><rb>駒数</rb><rt>こますう</rt></ruby>を数えて、その数字を適当に図示し曲線でも作ってみれば、それによってこの場合の芸術的効果がいくらか科学的分析のメスにかけられる見込みがあるかもしれない。これはやってみたら必ず映画製作に従事する人たちにとって何かの良い参考になるであろうと思われる。

発声映画としての「パリの屋根の下」のもう一つの特徴は、筋を運ぶための言葉をほとんど極端にまで切り詰め省略してしまったことである。それで話の筋から見れば事実上はほとんど無声映画と同じようなものである。それがためにかえってわずかに使われた人間の声がかなり有効に強調されて来る。たとえばアルベールがポーラの夜の宿の戸口で彼女に何事か繰り返してささやくと「イヤ」「イヤ」とそのたびに否定する。たったそれだけである。これが、大概のアメリカトーキーだと、おそらく、このアルベール君は三町四方に響くような大声で「ささやく」ことであろう。また<ruby><rb>掏摸</rb><rt>すり</rt></ruby>にすられた<ruby><rb>中</rb><rt>ちゅう</rt></ruby>ばあさんが髪をくくりながら鼻歌を歌っているうちに手さげの中の<ruby><rb>財布</rb><rt>さいふ</rt></ruby>の紛失を発見してけたたましい叫び声を立てるが、ただそれだけである。これもアメリカトーキーだとここでなんとか一つ取っておきのせりふを言わせて、そうしてアメリカ語のわかる観客だけをどっと笑わせないと気がすまないであろう。

普通の演劇においてはせりふは本質的要素である。役者の言葉を一言一句聞きのがしてはならない。芝居は見るものであると同じくらいにまた聞くものである。聴覚のほうが主になれば役者は材木と布切れで作った<ruby><rb>傀儡</rb><rt>かいらい</rt></ruby>でもよい。人形芝居がすなわちそれである。

しかし、今私がかりにパリへ行ってその屋根の下を流れ渡り、<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby>の<ruby><rb>艶歌師</rb><rt>えんかし</rt></ruby>を聞いたり、酒場の<ruby><rb>一隅</rb><rt>いちぐう</rt></ruby>に陣取ったりしていると想像した場合に、私の眼前に登場する人物の話している言葉が一つ一つ明確に私にわかるかどうか。私がかりにはえ抜きのパリッ子であってもそう一々わかるはずがないのである。理由は簡単である。これら登場人物中には舞台の役者のような気になってしゃべっている人は一人もないからである。これはパリに限らずわれわれの日常生活の環境における明白な事実である。こういう意味でわれわれはわれわれの直接の対話の相手の言葉以外にはかなりな<ruby><rb>聾者</rb><rt>ろうしゃ</rt></ruby>であり、また「外国人」である。しかし、電車の中で向こう側にすわった彼と彼女の対話を、ちょうどフランス発声映画に対すると同じ態度で見つつかつ聞き、そうして彼らの「ノン」「ウイ」だけを<ruby><rb>明瞭</rb><rt>めいりょう</rt></ruby>に了解するのである。ただし電車の二人連れについては、われわれは「その前」と「その前々」のシーンに関する予備知識を持たないのであるから、従って「その次」のシーンに対する好奇心も起こらない。結局トーキーの中のただ一片のカットを見物したと同じに、興味はただそれだけで<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>のように消えてしまうのである。またある四つ<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby>で人々がけんかをしている。交番に引かれる。巡査が尋問する。人だかりがする。通りかかった私は立ち止まって耳を立てる。しかし言葉はほとんど聞き取れない。ただ人々の態度とおりおり聞こえる単語や、間投詞でおよその事件の推移を<ruby><rb>臆測</rb><rt>おくそく</rt></ruby>し、そうして自分の頭の中の<ruby><rb>銀幕</rb><rt>スクリーン</rt></ruby>に自製のトーキー「東京の屋根の下」一巻を映写するのである。

それで「パリの屋根の下」の観客は、この東京の電車や四つ辻におけると同じような態度で、フランスの都の裏町を漫歩しつつその町の屋根の下に起こりつつあるであろうところの尋常<ruby><rb>茶飯事</rb><rt>さはんじ</rt></ruby>を見物してあるくのである。これは決してつまらないことではない。かくする事によって観客はほんとうのパリとフランスとその人間とをその正常の姿において認識することができるであろう。

ルネ・クレールという作者の意図がどこにあるかはもちろん知るよしもないが、この発声映画は上記のような意味において私に発声映画というものの一つの可能性を教えてくれたものである。この先駆者の道を追って行けば日本語トーキーで世界的なものを作ることも不可能ではない。「ノン」の代わりに「いや」を<ruby><rb>插入</rb><rt>そうにゅう</rt></ruby>し「ヴーザレヴォアル」のところへ「まあ見たまえ」をはめ込んでも効果においてはほとんど何もちがわないのである。

ソビエト映画「大地」もいろいろの意味において私には相当おもしろいものであった。もっともソビエトの思想に充分なる理解を持たない自分にとってはいわゆるソビエト映画としてこの映画の価値がどうかというようなことはもちろんわかるはずはない。ただのありふれの日本人としての目で見て来ただけの感想しか持ち合わせていない。

この映画でいちばん自分の注意を引いたのはいろいろのシーンの静的画面の美しさである。実に美しい<ruby><rb>活人画</rb><rt>タブローヴィーヴァン</rt></ruby>がそれからそれと現われて来る。それがちょうど<ruby><rb>俳諧連句</rb><rt>はいかいれんく</rt></ruby>の句々の連珠のようなモンタージュによって次々に展開進行して行くのである。開巻第一に現われる風の草原の一シーンから実に世にも美しいものである。風にゆれる野の草がさながら炎のように揺れて前方の小高い丘の丸山のほうへなびいて行く、その行く手の空には一団の綿雲が隆々と勢いよく盛り上がっている。あたかも沸き上がり燃え上がる大地の精気が空へ空へと集注して天上ワルハラの殿堂に流れ込んでいるような感じを与える。同じようではあるが「全線」の巻頭に現われるあの平野とその上を静かに流れる雲の影のシーンには、言い知らぬ荒涼の趣があり慰めのない憂愁を含んでいるが、ここでは反対に<ruby><rb>旺盛</rb><rt>おうせい</rt></ruby>な活力の暗示がある。そうしてそのあとに豊富な果樹の収穫の山の中に死んで行く「過去」の老翁の微笑が現われ、あるいはまた輝く<ruby><rb>向日葵</rb><rt>ひまわり</rt></ruby>の花のかたわらに「未来」を夢みる<ruby><rb>乙女</rb><rt>おとめ</rt></ruby>の凝視が現われる。これらは立派な連句であり俳諧である。

しかしこれらの一つ一つのシーンは多くの場合に静的であり活人画でありポーズである。そうして、これらの静的なものから静的なものへの推移の過程の中に動的なるものを求め、そうしてそこに「シーンのメロディ」を作っているように見える。このようなことはいわゆるモンタージュの一つの技法であって、何もこの映画ばかりに限ったことはなく、「トルクシヴ」でも「全線」でも始終に見せられて来たことではあるが、ただこの「大地」においては特別にこの一つ一つのシーンの静的な因子が強調されているように感じられたのであった。この静的が時にはあまりに鈍重の感があっていささか<ruby><rb>倦怠</rb><rt>けんたい</rt></ruby>を招くような気のすることもあった。たとえばだいじのむすこを毒殺された<ruby><rb>親父</rb><rt>おやじ</rt></ruby>の<ruby><rb>憂鬱</rb><rt>ゆううつ</rt></ruby>を表現する室内のシーンでもその画面の明暗の構図の美しさはさまにレンブラントを想起させるものがあるが、この場面のいろいろなヴァリエーションが少なくも多くの日本人には少し長すぎるであろうと思われる。しかしまた一方から見ればまさにこの点が私にはこの映画をしていっそうロシア的ならしむる要素であるようにも思われる。すなわち、こういう遅緩なテンポとリズムを使用することによって、ロシアの<ruby><rb>片田舎</rb><rt>かたいなか</rt></ruby>のムジークの鈍重で<ruby><rb>執拗</rb><rt>しつよう</rt></ruby>な心持ちがわれわれ観客の心の中にしみじみとしみ込んで来るような気がしないことはない。

葬式の行列もやはりわれわれには多少テンポのゆるやかすぎる感じがある。これを「全線」に現われる雨ごいの行列と対照するとやはり後者のほうがより多く動的であるように見えるのである。しかしここでもわれわれが、あるいは私が、テンポのゆるやかすぎると感じるところは、ロシアの農民の多数にはおそらくそうは感じられないであろう。これは私が前に述べたリズム感の基礎をなす「固有週期」といったようなものがロシア農民と日本のファンとで著しくちがうためではないかと思われる。そうしてこれがまた、この映画が日本あるいは東京の一般活動愛好者の感激を促し得ない理由であろうと想像される。

この上記の点で著しく<ruby><rb>対蹠的</rb><rt>たいせきてき</rt></ruby>のコントラストを形成するものは、日本の剣劇映画における立ち回りの場面である。超自然的スピードをもって白刃と人形とが場面に入り乱れて<ruby><rb>旋渦</rb><rt>せんか</rt></ruby>のごとく回転する。すると、過去何百年来<ruby><rb>歌舞伎</rb><rt>かぶき</rt></ruby>や講談やの因襲的教条によって確保されて来た立ち回りというものに対する一般観客の内部に自然に進行するところのリズムがまさしくスクリーンの上に躍動するために、それによって観客の心の波は共鳴しつつ高鳴りし、そうして彼らの腕の筋肉は自然に運動を起こして拍手を誘発されるのであろう。しかしこの際これらの映画製作者は一つのだいじな事を忘却しているように見える。それは写真器械というものと人間の目というものの間に存する一つの越え難き<ruby><rb>溝渠</rb><rt>こうきょ</rt></ruby>の存在を忘れているように私には思われることである。

急速な運動を人間の目で見る場合には、たとえば暗中に振り回す線香の火のような場合ならば網膜の惰性のためにその光点は糸のように引き延ばされて見えるのであるが、普通の照明のもとに人間の運動などを見る場合だとその効果は少なくも心理的には感じられなくて、そうして各瞬間における物像はいつもくずれずに見えているように、少なくも感じるのである。ところが、これが写真の場合だとカメラのシャッターの開いている間の各瞬間における影像はことごとく重合し、その重合したぼやけくずれただらしのないものがフィルムに固定される。そういうぼやけたものを今度は週期的に一秒の何分の一の間隔をおいて投射し、それを人間の目でながめるのであるから、結果はただ全部が雑然としてごみ箱をひっくら返した上にとろろでも打ちまいたようなものになってしまう。もっともわざと焦点をはずした場合のように全部が均等に調和的にぼやけたのならば別であるが、明確なものと<ruby><rb>曖昧</rb><rt>あいまい</rt></ruby>なものとが雑然と不調和に同居しているところに<ruby><rb>破綻</rb><rt>はたん</rt></ruby>があり不快がある。このような失敗はほとんど日本の時代物の映画に限って現われる特異現象であるらしく思われるのである。

ロシア映画で常に気づくことはカメラの向け方から来る構図の美しさ、ことにまた画面における線や明暗のリズミカルな駆使である。「大地」の場合においても、たとえば三人の管理人が小高い所へ立って桜ん坊か何かつまんでは吐き出しながらトラクターの来るのをながめているところがある。下のほうからカメラを上向けに、対眼点を高くしてとったために三人の垂直線が互いに傾き合って天の一方に集中しようとした形に現われ、しかも三人の頭が画面の上端に接近しているのでいっそう不思議な効果を呈するのである。これが単にちょっと一風変わった構図であるというだけならそれまでであるが、この構図があの場合におけるあの<ruby><rb>頭巾</rb><rt>ずきん</rt></ruby>とあのシャツを着たあの三人のシチュエーションなりムードなりまたテンペラメントなりに実によく適合している。こういう技巧はロシア映画ではあえて珍しくない、むしろすでに伝統的のものであるということは、たとえばわずかに書物のさし絵として見る「ポチョムキン」や「母」の中のいろいろのシーンからもうかがわれる。これらの構図に現われた空間的幾何学的構成美の鋭敏な感覚と、それに対応すべき人間の心理的現象の確実な<ruby><rb>把握</rb><rt>はあく</rt></ruby>とは、要するにこれら映画の作者がすぐれた芸術家であるという平板な事実を証明するものである。芸術家でない凡庸作者がいたずらに皮相的模倣を志していかにカメラの角度を超自然的にねじ回そうとしても到底それだけで得らるべきものではない。こういう意味ではおそらくあらゆる他の国々の作者よりもロシアの作者が断然一頭地をぬいているように私にも思われる。現在のロシア、あるいはむしろ日本の若干のロシア崇拝の芸術家の仮定しているロシアの影像のかなたに存する現実のロシアに、こういう、古典的の意味での芸術の存在することはむしろ一種のアイロニーであるかもしれないのである。

ほこりっぽい、<ruby><rb>乾苦</rb><rt>かわきぐる</rt></ruby>しい、塩っ辛い汗と涙の葬礼行列の場面が続いたあとでの、<ruby><rb>沛然</rb><rt>はいぜん</rt></ruby>として降り注ぐ果樹園の雨のラストシーンもまた実に心ゆくばかり美しいものである。しかしこのシーンは何を「意味する」か。観客はこのシーンからなんら論理的なる結論を引き出すことはできないであろう。それはちょうど<ruby><rb>俳諧連句</rb><rt>はいかいれんく</rt></ruby>の揚げ句のようなものだからである。

映画「大地」はドラマでもなく、エピックでもなく、またリュリックでもない。これに比較さるべき唯一の芸術形式は東洋日本の特産たる<ruby><rb>俳諧連句</rb><rt>はいかいれんく</rt></ruby>である。

はなはだ拙劣でしかも連句の格式を全然無視したものではあるがただエキスペリメントの一つとして試みにここに若干の<ruby><rb>駄句</rb><rt>だく</rt></ruby>を連ねてみる。

草を吹く風の果てなり雲の峰

娘十八<ruby><rb>向日葵</rb><rt>ひまわり</rt></ruby>の宿

死んで行く人の<ruby><rb>片頬</rb><rt>かたほ</rt></ruby>に残る<ruby><rb>笑</rb><rt>えみ</rt></ruby>

秋の実りは豊かなりけり

こんな<ruby><rb>連続</rb><rt>コンチニュイティ</rt></ruby>をもってこの一巻の「<ruby><rb>歌仙式</rb><rt>かせんしき</rt></ruby>フィルム」は始まるのである。それからたとえば

踊りつつ月の坂道ややふけて

はたと断えたる露の玉の緒

とでもいったような場面などがいろいろあって、そうして終わりには

葬礼のほこりにむせて<ruby><rb>萩尾花</rb><rt>はぎおばな</rt></ruby>

母なる土に帰る秋雨

これらの映画を見たあとで国産の「マダムと女房」を見た。これは新式のトーキーだという話である。どれだけのところに独創的な機構の長所があるのか知ることはできないが、ともかくもトーキー器械としての役目をある程度までは果たしているようである。そうしてまず、始めから終わりまで見た後の自分の印象からいうと、それほどいやで見ていられないような場面や、退屈で腹の立つような<ruby><rb>長町場</rb><rt>ながちょうば</rt></ruby>もない。善良なる一日本人として時々は愉快な笑いを誘われるところもある。これをあの実に不愉快にして愚劣なる「<ruby><rb>洛陽</rb><rt>らくよう</rt></ruby><ruby><rb>餓</rb><rt>う</rt></ruby>ゆ」のごときものに比べるとそれはいかなる意味においても比較にならぬほどよい。「スピード・アップ・ホー」の合唱のごときはなはだばかげていてノンセンスではあるが、そのノンセンスの中にはおのずからノンセンスの律動的な呼吸があるから、ともかくもあまり人を退屈させない。役者も一人一人に見るとなかなかよく役々を務めて申し分ないもののようである。しかしこの映画全体を一つの芸術品として批評し、そうしてこれを「パリの屋根の下」や「大地」と比較し、そうしてまた、フランスならびにロシアに対する日本のものとして見ようとする際には遺憾ながら私は帝劇の真夏の午後の善良なる一人のお客としての地位を享楽することの幸福を放棄しなければならなくなるのである。

たとえば文士<ruby><rb>渡辺篤</rb><rt>わたなべあつし</rt></ruby>君の家庭の夜の風景を表現するとして、そうしてねずみが騒いだり赤ん坊が泣いたり子供が強硬におしっこを要求したりして肝心の仕事ができぬという事件の推移を表現するにしても、何もあれほどまでに概念的、説明的、型録的に一から十までを一々<ruby><rb>羅列</rb><rt>られつ</rt></ruby>して見せなくてもよいと思われる。あれだけならば何もカメラを借りずに筋書きを読まされても、印象においてはたいした変わりはない。これは映画の<ruby><rb>草昧</rb><rt>そうまい</rt></ruby>時代において、波の寄せては砕けるさまがそのままに映るのを見せて喜ばせたと同様に、トーキーというものにまだ一度も接したことのない観客に、<ruby><rb>丸髷</rb><rt>まるまげ</rt></ruby>の<ruby><rb>田中絹代</rb><rt>たなかきぬよ</rt></ruby>嬢の「ネー、あなたあ」というような声を聞かせて喜ばせようというだけの目的であるのならばその企図は<ruby><rb>明瞭</rb><rt>めいりょう</rt></ruby>に了解される。われわれの日常生活の皮相的推移の見本がそっくり、あるいは少し誇張されて、眼前に映出されるのを見て珍しがるだけの目的ならばそれは確かに成効と言わなければなるまい。しかしこの概念的記述的なるものの連続の中には詩もなければ音楽もなく、何一つ生活の内面に立ち入ったリアルな生きた実相をつかまえてわれわれに教えてくれるものはないようである。つまり現代の映画の標準から見ればあまりに内容に乏しい恨みがあるのである。同じ家庭の一夜を現わすにしても、ルネ・クレールは、また、ドブジェンコは、おそらくこのようには表現しなかったであろう。概念の代わりに「印象」を、説明の代わりに「詩」を、そうして、三面記事の代わりに「<ruby><rb>俳諧</rb><rt>はいかい</rt></ruby>」を提出したであろうと想像される。

日本人、ことに知識階級の人々の中にはとかく同胞人の業績に対してその短所のみを郭大し外国人のものに対してはその長所のみを強調したがるような傾向をもつものがないとは言われない。そうしてかなりつまらない西洋の新しいものをひどく感嘆し崇拝して、それと同じあるいはずっとすぐれたものが、ずっと古くから日本にあってもそれは問題にしないような例は往々ある。私が一般に西洋映画に対して常に日本映画を低く評価するような傾向を自覚するのは<ruby><rb>畢竟</rb><rt>ひっきょう</rt></ruby>私もまたこのようなやぶにらみの眼病にかかっているせいであるかとも考えてみる。

しかし、思うに今世界的にいわゆる名監督と呼ばるる第一人者たちは、いずれも皆群を抜いた優秀な頭脳の所有者であって、もしも運命の回り合わせが彼らを他の本職に導いたとしたら、おそらく、彼らはそれぞれの方面でやはり第一人者でありうるだけの基礎的素質を備えているのではないかという気がする。換言すれば、アインシュタインとかボーアとか、ショーとか、シンクレア・リューウィスとか、あるいはマチスとか、ラヴェルとかあるいはまたそれほどでないとしたところでたとえば今度空中を飛んで来たリンドバークのような、そういう階級の頭脳をもった人たちがたまたまメガフォンを取ってシャツ一枚になって映画を作っているのではないか。

私は一般平均から見ても、また個別的に見ても、学芸にかけての日本人の頭が少しでも欧米文化国民のそれに劣らないものだと信じて疑わないものである。しかし今までのところでまだ学芸方面において世界第一人者として、少なくとも公認されたものの数のはなはだしく希少なことについては、これにはまたいろいろの「事情」があるようである。

今ここでこの事情なるものの分析を試みるべき筋ではないが、ともかくも、たとえばリンドバークがもし現在の日本に生まれていたら彼は決して飛行家になっていないであろうと同様に、スタンバーグ、クレール、エイゼンシュテインが日本に生まれていたのであったら彼らはまたおそらく映画監督にはなっていなかったであろうと想像される。従って、もしそうであるとしたら、この「事情」が取り除かれない限り、将来日本でほんとうに世界的な映画の作られる見込みもまたはなはだ希薄であろうと思われるのである。この事情はいつまで持続するか。これは実に単に映画界だけの問題ではなくて、日本の文化一般の将来に係わる実にだいじな一問題ではないかという気もするのである。

（昭和六年十月、中央公論）

七

ルネ・クレール作「自由をわれらに」は近ごろ見た発声映画の中でもっとも愉快なものである。刑務所や工場を題材にしているにかかわらず、全体に明るい朗らかな<ruby><rb>諧調</rb><rt>かいちょう</rt></ruby>が一貫している。このおもしろさはもちろん物語の筋から来るのでもなく、哲学やイデオロギーからくるのでもなんでもなくて、全編の律動的な構成からくる広義の音楽的効果によるものと思われる。

この映画の視覚的要素で著しく目立ったライトモチーフと思われるものは、並行直線と円による幾何学的形像の構成、それから直線運動と円運動との律動的な交錯である。

刑務所の仕事場と食堂の並行直線。これに対応して蓄音機工場における全く同様な机と人間の並行線列。学校教場の生徒の列もいくらかこれに応ずるエピソードである。刑務所と工場との建築に現われるあらゆる美しい並行直線の交響楽。脱獄のシーンに現われる二重の<ruby><rb>高塀</rb><rt>たかべい</rt></ruby>の描く単純で力強い並行線のパースペクチヴ。<ruby><rb>牢屋</rb><rt>ろうや</rt></ruby>や留置場の窓の<ruby><rb>鉄格子</rb><rt>てつごうし</rt></ruby>、工場の窓の十字格子。終わりに近く映出される丸箱に入った蓄音機の幾何学的整列。こういったようなものが緩急自在な律動で不断に繰り返される。円形の要素としては蓄音機の円盤、工場の煙突や軒に現われるレコードのマーク。工場の入り口にある出勤登録器のダイアル。それから昼顔の花もかすかにこれに反映するものである。直線運動としては囚徒や職工の行列、工作台上の滑走台、ジュアンヌの机の前の壁を走り上る数字の列等が著しいモチーフとして繰り返される。円形運動ではレコードや、ダイアルの回転があるほかに、新工場開場式のクライマックスに吹き起こる狂風の複雑な旋転的乱舞がやはり全編の運動のクライマックスを成しているのである。そのあとで、解放された男女職工が野外のメイポールの下で踊るのがやはり円運動の余響として見られる。最後に愉快なルンペン、ルイとエミールが向かって行く手の道路の並行直線のパースペクチヴが未知なる未来への橋となって銀幕の奥へ消えて行くのである。

音響効果としていろいろなモチーフが繰り返される。たとえば刑務所と工場の仕事場では音楽に交じる<ruby><rb>金鎚</rb><rt>かなづち</rt></ruby>の音が繰り返され、両方の食堂では食器の触れ合うような音の簡単な旋律が繰り返される。クライマックスの狂風の場面の物をかきむしるような伴奏もはなはだ特異なもので画面の効果を十二分に強調する効果がある。この場面の群衆の運動の排列が実際非常に音楽的なものである。決していいかげんの狂奔ではなくて複雑な編隊運動になっていることがわかる。

役者も皆それぞれにうまいようである。アメリカ役者にはどこを捜してもない一種の俳味といったようなものが、このルイとエミールの二人にはどこかに顔を出しているのがおもしろいと思う。このいわゆる俳味というのはロイドやキートンになくてチャプリンのどこかにある東洋哲学的のにおいである。そういえば最後のシーンで百万長者からもとのルンペンに逆もどりしたルイのメーキアップはかなりチャプリンに似たところがある。

編中に<ruby><rb>插入</rb><rt>そうにゅう</rt></ruby>された水面の<ruby><rb>漣波</rb><rt>れんぱ</rt></ruby>、風にそよぐ<ruby><rb>蘆荻</rb><rt>ろてき</rt></ruby>のモンタージュがあるが、この插入にも一脈の<ruby><rb>俳諧</rb><rt>はいかい</rt></ruby>がある。この無意味なような插入が最後の「自由」のシーンと照応して生きてくるように思われる。それのみならず自分はこの映画いったいの仕組みの上からもいっさいの理屈をなくした心持ち気持ちのコンティニュイティとしての一種の俳諧を感じる。これは「パリの屋根の下」でも「百万両」でも感じたものであるが、この「自由をわれらに」でいっそうそう思わされるのである。

労働至上主義などというかび臭い説教はこの映画のどこからも自分には感じられない。この映画を見ていると工場の中で器械として働く人間は刑務所に働く囚徒と全く同じもののように思われる。学校生徒も同様である。この映画に現われる社交界の人々もやはり一種の囚徒であるように見えてくる。開場式のお歴々の群集も<ruby><rb>畢竟</rb><rt>ひっきょう</rt></ruby>一種の囚徒で、工場主の<ruby><rb>晩餐会</rb><rt>ばんさんかい</rt></ruby>の卓上に<ruby><rb>列</rb><rt>つら</rt></ruby>なる紳士淑女も、刑務所の食卓に並ぶルンペンらも同じくギャングであり囚人の群れであるように思われてくる。

ルイとエミールはこれらのあらゆる囚獄を片端から打ち破り、踏み破って「自由」の世界へ踏みだして行くのである。晩餐会で腹をかかえて<ruby><rb>哄笑</rb><rt>こうしょう</rt></ruby>するのもキュラソのビンで自分の肖像のどてっ腹に穴をあけるのも、工場と富とを投げ出してギャングの前にたたきつけるのもみんな自由へのパスポートである。

自由はどこにある。それは<ruby><rb>川面</rb><rt>かわも</rt></ruby>の<ruby><rb>漣波</rb><rt>れんぱ</rt></ruby>に、<ruby><rb>蘆荻</rb><rt>ろてき</rt></ruby>のそよぎに、昼顔の花に、鳥のさえずりに、ボロ服とボロ<ruby><rb>靴</rb><rt>ぐつ</rt></ruby>にあるのではないか。<ruby><rb>西行</rb><rt>さいぎょう</rt></ruby>や<ruby><rb>芭蕉</rb><rt>ばしょう</rt></ruby>は消極的に言えば世をのがれたに相違ないが、積極的に見ればこの自由を求めたとも見られる。

これはしかしただ自分がこの映画を見たときに偶然そう感じたというだけのことであって、もとより作者の意図ではないかもしれない。それにしてもこの作者のこの作品の中にどこかそういうエレメントが伏在していない限り、こういう見方の可能性を許すような作品が生まれることはないはずだとも言われはしないか。

世界じゅうでいくらかでも<ruby><rb>俳諧</rb><rt>はいかい</rt></ruby>を理解する国民は、フランス人とロシア人であるらしい。おもしろいことには映画で俳諧の要素の認められるのはやはりロシア映画とフランス映画だけである。いっそうおもしろい事実はそもそも俳諧の本場であるわが日本の映画が、もっとも俳諧の欠乏したアメリカ映画にそっくりな手法ばかりを墨守していることである。

ともかくもルネ・クレールの映画のおもしろみを充分に味わうには、その中に含まれた俳諧的要素を認めることも必要ではないか。もしそうだとすれば日本人は彼の映画を鑑賞する際に、アメリカ人や、ドイツ人には許されない特等席の一部を占有した形になるのである。

「百万両」にはなんとなく<ruby><rb>諧調</rb><rt>かいちょう</rt></ruby>の統整といったようなものが足りなくて、違った畑のものが交じっているような気がしたが、今度のはそういう不満はあまり感じさせられない。ただ職工の<ruby><rb>釣</rb><rt>つ</rt></ruby>りをたれているところと、その次の野外舞踊の場面だけが少ししっくりしかねるように思われた。これだけ切ってしまってもおそらくこの映画価値は決して損失を受けないばかりかむしろいっそう<ruby><rb>渾然</rb><rt>こんぜん</rt></ruby>としたものになりはしないかという気がするのである。

ゆがみて<ruby><rb>蓋</rb><rt>ふた</rt></ruby>のあわぬ<ruby><rb>半櫃</rb><rt>はんびつ</rt></ruby>　　　<ruby><rb>凡兆</rb><rt>ぼんちょう</rt></ruby>

<ruby><rb>草庵</rb><rt>そうあん</rt></ruby>にしばらくいては打ちやぶり　　　<ruby><rb>芭蕉</rb><rt>ばしょう</rt></ruby>

（昭和七年五月、東京帝国大学新聞）