Soranoha

隣の家

となりのいえ

与謝野 晶子

私達が去年から借りて住んで居る家の左隣は我国の二大富豪の一として知られた某家の一族の邸である。私の家との間に高さ一丈余りの厚い煉瓦塀が立つて、其上に忍び返しが置かれて居る。その塀に接近して建てられた私の家は全く風通しが悪いので今日此頃の暑さが非常である。おまけに塀の上部に隣の庭の高い木立が黒味を帯びた緑をして掩ひかぶさつて居て、その木蔭から発生する無数の藪蚊が塀を越えて断えず私の家に襲来する。蚊遣線香をのべつに焚いても防ぎ切れない。私の家の多勢が又しても呟き呟きアンモニヤを手足へ附けて居る。大きな体をした悪性の藪蚊で、子供や女中の中には螫された跡が飛ぶ火と云ふ発疹物のやうにじくじくと気持悪るく膿を持つて両脚一面にお医者さんから繃帯をして貰つて居る者さへある。

其塀の彼方は広い立派な庭になつて居ると聞くだけで、勿論こちらからは見える筈が無い。隣の邸の建物はずつと遠くにあるのであらう、私達は此処へ移つて来てから塀の向ふでする人の笑ひ声一つ聞いたことも無い。いつも塀の向ふは静かである。唯だ夜になると大きな飼犬が邸の内へ放たれると見えて、それの吠える声が聞える。さうして、夜更けて私達が書斎の戸を締めたり、子供達が便所へ行つたり、末の子のために私が牛乳を温めに起きたりする物音の聞える度に、屹度其犬が塀の側へ駈け寄つて私達に吠える。私はその主人に忠実な犬だとぐらゐしか思つて居ないけれども、僻む人には毎晩隣の犬に怪まれねばならないと云ふことがいい感じを与へないであらう。

富んだ私人の家や公共的の建築が高い、いかめしい、堅固な塀で取巻かれて居ることを私は好ましくないことだと思つて居る。それは他と親まずに秘密主義を守つて居た封建割拠時代の遺風である。館やかたや城に立て籠つて最後まで戦ふ準備を必要とした武士道時代の余習である。また武士と町民との区別がやかましくて、前者が後者に対し形式的に威張り散らした時代の模倣である。もう今の時代に監獄と火薬庫と要塞とを除いて、其様な恐しい塀の設備が必要だとは考へられない。塀は邸の境を分つだけに役立てばよいから、自由に内外の見通せる鉄柵か石の金剛柵こんがうさくかを設けて置けば十分である。欧洲では帝王の家までがバツキンガム宮、ヹルサイユ宮のやうに鉄柵の間から自由に覗かれるやうに造られて居る。維納の宮殿などは全く開放的で、其中を民衆が自由に馬車や自動車を駆つて横断して居る。私は靖国神社のやうな国民の崇拝的記念建築がなつかしくない排他的な重苦しい塀で掩護されて居るのを見ると、折々一種の不快を覚えるのである。

若し私の家も隣の塀が清楚な鉄柵か石の柵であつたら風通しが好くなるであらう。風と日光とが好く通れば隣の庭に藪蚊が発生して私の家族を悩ませることも減じるであらう。また鉄柵の間から隣の立派な庭が覗かれて、どんなに私達の目と心とを爽かにするであらう。偶には双方の家族が塀越しに微笑と挨拶とを交換して隣同志の人情を流露し合ふ機会も生じるであらう。少くとも隣の犬が私達の顔を見知つて夜中に吠えたりすることが無くなるであらう。

一体に貴族や富豪で宏大な庭園や、立派な建築や、珍しい沢山の美術品やを所有して居る家は出来るだけ開放して公衆の縦覧を許すやうにして欲しいものである。巴里の大美術商ジユラン・リユイル氏が毎週に一度その寝室までを公開して所蔵の印象派以後の諸大家の絵を縦覧させて居るやうなことは、完全な公設美術館の無い我国では殊に必要であり、有益であると思ふ。例へば私達は日本式の庭園術が特色を持つて居ることを書物の上で知つて居ても、京都の桂の離宮や二条離宮を拝観しない以上、有名な小堀遠州の庭園術を実際に鑑賞することは出来ない。かう云ふ遺憾は日本の各時代と各流派とを代表する美術品に就いても常に感じることである。私は紀州の徳川侯が南葵文庫を公開されたり、尾張の徳川侯が有名な源氏物語絵巻其他の貴重な美術品を先頃一部の人達に一日の縦覧を許されたりしたやうなことが続々行れて欲しいと思つて居る。今の若い芸術家は自分の国の芸術を知らないと云はれるが、知らうにも知る機会が非常に乏しいのである。私の知つて居る若い文人で木下杢太郎さん程日本の芸術に該博な知識を持つて居る人は無いと思はれるが、木下さんが其れまでに蘊蓄されるには非常な注意と時間とを費されたことであらう。巴里のルウヴル宮やリユクサンブルの美術館のやうな所があつたら半年でも得られる知識を、木下さんは東京と奈良と京都とで恐らく十年も費して居られるであらう。私なども日本では其断片しか見なかつた浮世絵を、初めて白耳義アンヹルの博物館で各流派に亘つて一目ひとめに知ることが出来たやうな次第である。

底本 / Source edition

底本:「日本の名随筆83 家」作品社
1989(平成元)年9月25日第1刷発行
底本の親本:「定本 與謝野晶子全集 第一五巻」講談社
1980(昭和55)年5月
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2004年8月10日作成
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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与謝野 晶子「隣の家」(新字旧仮名)、底本『日本の名随筆83 家』作品社、1989年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 002167_000885, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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