Soranoha

汚ない家

きたないいえ

横光 利一

地震以後家に困つた。崩れた自家へ二ヶ月程して行つてみたら、誰れだか知らない人が這入つてゐた。表札はもとの儘だ。其からある露路裏の洋服屋の汚い二階を借りた。それも一室より借れなかつた。ある日菊池師が朝早く一人でひよこつと僕の家へ来られた。二三週間した日、師は、

「君の家を書いた。」と云はれた。

「どこです。」と訊ねると、中央公論とのこと。

公論を見ると「震災余譚」と云ふ戯曲が出てゐて、舞台がそつくり僕のゐる内の洋服屋であつた。人物も洋服屋の人物そつくりで、一人の老母が出て来るがあれは僕の母らしかつた。「震災余譚」が沢正一派で天幕劇場にかかつたとき、下の洋服屋にそのことを云つて、見に行つて来てはと云ふと、喜んで行つた。しかし帰つて来てから洋服屋は失望してゐた。

「なぜか」と訊くと、

「あの芝居は私とこの洋服屋ぢやない。」と云ふ。

「いやさうだよ。」と云ふと、

「本には初音町となつてゐる。私とこは餌差町だ」と云ふ。

「なるほどね、僕は地震前に隣りの初音町にゐたから。」と云ふと、

「さうだな、間違へたのだな、失敗つた。」と云ふ。

僕が笑つてゐると、洋服屋さん。

「あれが餌差町となつてゐると、わし所のは大流行になるのだが、失敗つた。」と失敗つたを頻りに繰り返してゐた。

それから一ヶ月ほどして私は直ぐ近所へ変つて来た。ここも実際汚い長屋の中の一つである。外から見れば貧民窟とよりどうしても見えない。しかし、ここを借るにもどれほど多くの借り手と戦つたかしれなかつたのだ。漸く安心が出来たが、戸を閉めるのに眼を瞑つて閉めなければならなかつた。ほこりがいくらでも天井から落ちて来るのだ。一寸戸を動かしても、家全体が慄へてゐるのである。柱へ触るにも気をつけてゐないと痛いものが刺さりさうなのだ。壁がなくて、博覧会の部屋のやうな紙壁なので隣家の話声が馬鹿らしいほど聞える。例へば、いびきが聞える。すると私はそれが母のいびきか隣家のいびきであるかと暫く考へる必要が生じて来てゐる。しかし、いくら大きな地震でもやつて来いと云ふ気になつてゐる。屋根がもし倒れて来ても、私の頭で却つて屋根が上へ飛び上つて了ふにちがいないのだ。それにまだ良いことがある。第一に一見して美事にプロレタリアだと分ることだ。私はプロレタリアである。これは自慢でも謙遜でもない。第二に、家へ訊ねて来てくれる未知の人達は気の毒がつて二度と来てくれないことである。私は未知の人に逢ふのは厭な部類に属してゐる。第三に、幻想が豊富になること。これは貧乏街に住んでみない人には一寸分らない。非常に面白い所が多々あるのだ。一鉢の植木がどれほど快活に新鮮な感じを持つてその街を飾るかと云ふことも、人々はあまりに富貴を望んで鈍感になつてゐる時であるだけに、面白いことである。之は一例。まだ良いことは風景にも生活にも沢山あるが汚い家に住んでゐて悪いいけない事も沢山ある。未知の人々が来ると、いきなりあぐらをかく、之は悪い事でも不快な事でもまアないが確に滑稽な事ではないか。かう云ふ現象の生じると云ふ事の心理の分析は先づ各自の人々に譲つておいて、第一に訪ねて来て貰ふ人々に気の毒な事である。汚い家を訪ねる人々の気持ちには、その訪問をすると云ふことに誇りがない。誇りを与へないと云ふことはこちらが確にいけないのだ。この点私は恐縮するより仕方がない。で、私は成るべく来て下さいとは云はないのである。私はいけないことに非常にズボラである。手紙と云ふものはとても書けない。返事なども雑誌新聞の応答にさへ、どうも書けない。汚い家にゐるからなほ相手の人々のやうにこちらもズボラをしていいと思ふのであらう。このため友人にも親戚にも不義理をかけて困る。またその弁解するにこれまた厄介なこと、ドウケンシイではないが、In many walks of life, a conscience is a more expensive encumbrance than a wife or a carriage; である。こんな英語位誰でも読める言葉だから訳しないでおく。分らない人は妻君に聞き給へ。但し、その時の妻君の表情には注意する可き必要がある。

底本 / Source edition

底本:「日本の名随筆83 家」作品社
1989(平成元)年9月25日第1刷発行
底本の親本:「定本 横光利一全集 第一四巻」河出書房新社
1982(昭和57)年12月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2004年8月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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横光 利一「汚ない家」(新字旧仮名)、底本『日本の名随筆83 家』作品社、1989年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 002154_000168, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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