天保のすえ、<ruby><rb>小石川御箪笥町</rb><rt>こいしかわおたんすまち</rt></ruby>の<ruby><rb>稲生播磨守</rb><rt>いのうはりまのかみ</rt></ruby>の上屋敷。

諸士の出入りする通用門につづく<ruby><rb>築地塀</rb><rt>ついじべい</rt></ruby>の陰。夕方。杉、<ruby><rb>八</rb><rt>や</rt></ruby>つ<ruby><rb>手</rb><rt>で</rt></ruby>などの植込みの根方に、中小姓<ruby><rb>税所郁之進</rb><rt>さいしょいくのしん</rt></ruby>と、同じく中小姓池田、森の三人が、しゃがんで話しこんでいる。

池田は昂奮し、税所郁之進は<ruby><rb>蒼白</rb><rt>まっさお</rt></ruby>な顔で、腕を組み、うなだれている。

池田　君主は舟、臣は水。舟を浮かべるは水なり。舟を覆すもまた水なり。<ruby><rb>為政者</rb><rt>いせいしゃ</rt></ruby>の心すべきところだ。それだのに殿は――。

森　しっ！　人に聞かれたらどうする。税所の迷惑を考えろ。

奥に何か催しがあるらしく、羽織袴の藩士たちが続々門をはいって来て、声高に談笑しながら、三人の横を通り過ぎて行く。

池田　いや、このたびの殿の御乱行には、彼らの中の心ある<ruby><rb>士</rb><rt>もの</rt></ruby>は、みな眉を<ruby><rb>顰</rb><rt>ひそ</rt></ruby>めておるのだ。聞こえたとてかまわん。

森　税所！　貴公の心中は察するぞ。いったいいつこんなことになったのだ。

郁之進　（二十四、五の美男。低いふるえ声で）もうその話は止してくれ。おれは何とかして忘れよう、この胸から取り去ろうと努めているのに、君らはそうやって僕を問い詰めるとは惨酷じゃあないか。

池田　（森と顔を見合わせて）もっともだ。そう思うのも無理はない――が、おれたちは貴公に同情して、友人として君を慰めようと――。

郁之進　その友情があったら、何も言わんでくれと頼んでおるのだ。

森　しかし、黙視するに忍びんから――。

郁之進　黙視できぬ？　では、森に訊こう。どうしたらよいというのだ。

池田と森は無言に落ちる。

郁之進　（せせら笑って）それ見ろ。口を<ruby><rb>噤</rb><rt>つぐ</rt></ruby>むよりしようがあるまい。長いものに捲かれろという言葉もある。いや、さような俗言を<ruby><rb>藉</rb><rt>か</rt></ruby>らずとも、先は殿だ。何のおれに、恨みがましい気持ちがあってなるものか。そんな心は<ruby><rb>微塵</rb><rt>みじん</rt></ruby>もないぞ。（言いきる）

池田　藩主と家臣――藩主は、欲しいものがあったら、家来から何を奪ってもいいものだろうか。新婚の夢<ruby><rb>円</rb><rt>まど</rt></ruby>らかな妻をさえも――こういう主従の制度は、いったい誰が決めたのだ。

郁之進も森も、考えこむ。

池田　要するに、<ruby><rb>扶持米</rb><rt>ふちまい</rt></ruby>を貰って食わせてもらっておるから、頭をさげる。それだけのことじゃあないか。おれは、こういう世の中の仕組みは、遠からず<ruby><rb>瓦解</rb><rt>がかい</rt></ruby>するものと思う。何かしら大きな変動が来るような気がしてならんのだ。いや、来べきだ。どことなく、そのにおいがする。

森　（恐しそうに）おれたち<ruby><rb>武士</rb><rt>さむらい</rt></ruby>の先祖たちは、ほんとうに、主君に対して文字どおり絶対服従だったのだろうか。

池田　そりゃむろんそうだとも。おれたちもそれを教え込まれてきた。叩きこまれてきた――だが、おれは近ごろ、人間と人間とのそうした関係に、どうも疑いを持ちはじめてきたのだ。これでいいものかどうかと――。

森　主君の<ruby><rb>欲</rb><rt>ほっ</rt></ruby>するところには、絶対に服従する。ふふうむ、絶対に、理も非もなく――。

池田　何らの大義名分がなくとも、腹を切れと言われれば、即座に腹を切る――切れるか貴公。森、貴様はどうだ。

森　うむ、切る――つもりで、今日まできたが、すこしどうも変だな。

池田　そちの妻を<ruby><rb>夜伽</rb><rt>よとぎ</rt></ruby>に――と言われたら？

郁之進　（狂的に両手で耳を抑さえて）またそれをいう。またそれを言う。

森　そうだ！　長続きせんぞ、こういう君臣の関係は。

池田　おれたちは若いから、世の移り変りを早く予感できるのだ。いずれ、何かある、何か起るぞ、きっと――。

郁之進　（顔色を変えて）いや！　そんな馬鹿なことがあるものか。君臣の義は大磐石だ。また永代大磐石にするのが、われわれのつとめなのだ。そんな<ruby><rb>怪</rb><rt>け</rt></ruby>しからぬ疑念を持って、どうして御奉公がつとまる！　不届きなことを言うやつだ。

森　貴公ほんとうにそう思うのか。

郁之進　そう思うかとは情ない奴だ。そう思わんでどうする。

池田　そうかなあ。この、遠くから近づいて来る世の大変革の<ruby><rb>跫音</rb><rt>あしおと</rt></ruby>が、君にはすこしも聞こえんのかなあ。

郁之進　（色を<ruby><rb>為</rb><rt>な</rt></ruby>して）いかなる大変革があろうとも、君臣の大義が崩れてたまるものか。

池田　新妻を召し上げられても、君は今でもそう思っているのか。

森　本心を聞かしてくれ、本心を。

郁之進　本心も<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うそ</span>心もあるものか。それとこれとは別だ。それはおれも、悩んださ。うむ、今でも悩んでおらんとは言わぬ。

森と池田は、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちら</span>と顔を見合わせる。

池田　そうだろうとも。いや、人情そうあるべきところだ。

郁之進　お恥かしい次第だが、当座は、あの<ruby><rb>加世</rb><rt>かよ</rt></ruby>の面影が、眼前に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちら</span>ついて――。

森　藩中第一の美女、お加世どのだからなあ。じつは、あのお納戸役<ruby><rb>吾孫子</rb><rt>あびこ</rt></ruby>殿の娘御お加世どのは、誰の手に落ちるかと、われわれ一統、手に汗握る気持ちで眺めておったのだ。自薦運動も大分猛烈だったからな。

池田　（そっと森を小突いて）それを税所が、めでたく中原の鹿を射て、この春いよいよ<ruby><rb>華燭</rb><rt>かしょく</rt></ruby>の典を挙げた時には、なあ森、白状するが、少々<ruby><rb>嫉</rb><rt>や</rt></ruby>けたなあ。

森　うむ、あの晩は大分あちこちで、<ruby><rb>自暴酒</rb><rt>やけざけ</rt></ruby>をやった<ruby><rb>士</rb><rt>やつ</rt></ruby>が多かった。面目ないが、おれと池田も、じつはその組で――。

池田　（うな垂れている郁之進を覗いて）それほど藩中の羨まれものだった貴公が、あんなに美しい掌中の玉、恋女房のお加世どのを殿に召し上げられたのだ。すこしは口惜しいと思わんか。

郁之進　それは人間自然の情で、口惜しいと思ったこともあるさ。

池田　（森に眼配せして）なに、口惜しいと？

郁之進　うむ、悲しみもした。苦しみもした。だが、その気持ちはみんな去った。今はもう何とも思っておらん。相手は殿じゃあないか。どうにもならん。ははは、いや、どうにもならんというよりは、あんな<ruby><rb>不束者</rb><rt>ふつつかもの</rt></ruby>がお眼に留まって、お側へとのお声がかかり、おれはほんとうに光栄だと思っている。ありがたいと思っている。加世は、謹しんで殿へ献上したのだよ。どうかもう心配しないでくれ。

突如池田が足を揚げて、郁之進を蹴倒す。

池田　意気地なし！　武士の風上に置けんやつとは、貴様のことだ！　人心はすでに殿を離れておるのだぞ。この腐れかかった封建制度は、今にも倒れんとしているのだ。おれにはそれがよくわかる。誰か一人、ここで<ruby><rb>下剋上</rb><rt>げこくじょう</rt></ruby>の口火を切る者があれば、天下<ruby><rb>挙</rb><rt>こぞ</rt></ruby>って起ち上るのだ。臣下が主君に怨みを報ずる。じつに驚天動地の痛快事じゃあないか。それには今貴様は、絶好の立場におるのに――。

郁之進　（地面に転がりながら、冷静に）殿に恨みを報いる？　なんでおれがそのような――考えるだにもったいない！

池田　貴様は、人間としてなっておらん。うぬ！　こうしてくれる！

ぺっと唾を吐きかけて、池田は立ち去る。

郁之進　（倒れたまま、その唾を拭いもせず夢みるような独り言に）あの日、先殿様の御命日に、殿が随福寺へお成りのみぎり、選ばれてお茶を献じた加世めが、<ruby><rb>畏</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ多くもお眼に触れて召し上げられた――。

森　（同情するように、また焚きつけるように）うむ。そうだということだなあ。それも、娘のうちならまだしも、君という立派な良人のあることを、殿もよく御存じのくせに――いや、君も知ってのとおり、池田はすぐ<ruby><rb>激昂</rb><rt>げきこう</rt></ruby>する<ruby><rb>性</rb><rt>たち</rt></ruby>で、気の毒だったが、しかし、何といっても殿の今度のなされ方は、すこしお手荒だったよ。老臣たちはことごとく憂慮しておる。また、われわれ一同君の気持ちを察して、殿を憎んでおるのだ。

郁之進　お手荒？　いやいや、そんなことはけっしてない。そこが君臣ではないか。殿をお憎み申し上げるなどとは、もっての外だ。

森　しかし、<ruby><rb>人倫</rb><rt>じんりん</rt></ruby>の大道に反く以上、殿といえども、そのままには――。

郁之進　いやいや！　<ruby><rb>滅相</rb><rt>めっそう</rt></ruby>な！　殿の一言一行こそは、善悪を超えて、そのまま人倫の大道と申すべきだ。もう言うな。加世がお側へ召されて、もう十日になる。お気に入るように勤めていてくれればよいが――。

森　（じっと相手の表情を注視して）聞くところによれば、お加世どのは君を慕って、泣いてばかりおるということだ。

郁之進　なんという不届きな！　おれはそれを聞くと、加代の心得違いが情なくて、涙が出る。なみだが出る。（と泣く）

森　さあ、起てるか。

郁之進　池田の怒るのが、おれにはすこしもわからん。<ruby><rb>彼男</rb><rt>あれ</rt></ruby>は、とんでもない邪悪な考えに取り<ruby><rb>憑</rb><rt>つ</rt></ruby>かれておる。うん、立てるとも。

森　（植込みの奥を見こんで）おう、もうお歌の会がはじまりそうだ。さ、行こう。

郁之進　おれはこの衣紋の崩れを直してから行く。貴公、構わず先に行ってくれ。

森　そうか。では、待っているぞ。（去る）

郁之進　（そのうしろ姿をじっと見送って、独り言）池田といい、森と言い、揃いもそろっておれを疑っておる。ああ情ない。どうしてこのおれの、殿に対して何らの異心も無いこの胸の内が通ぜぬのだろう。まだ誠がたらぬのか。（と<ruby><rb>地</rb><rt>つち</rt></ruby>に坐って考え込み、はてはぴたりと両手を突いて、うな垂れる）

―――――――――――――――――――――

奥の大広間。正面に開かれた襖の外に廊下、その向うに宵闇の迫る庭が見える。

お加世の父、お納戸役人吾孫子なにがしというおどおどした老人が、池田、森の両人と対坐している。

お坊主がはいって来る。

坊主　（三人へ）ただいま殿には、お歌の会を御中座なされて、ほどなくこれへお渡りになります。

池田　さようですか。これはどうもお使い御苦労。（吾孫子老人へ、前からの話をつづけて）それが、いかに鎌を掛けても、けっして本音を吐かんのですよ。

森　気の弱い男だ。いや、あの、何のうらみも抱いておらぬという、あれがきゃつの本音なのさ。

池田　たといいくら気の強い男でも、相手が藩公ではなあ、はっはっは。

吾孫子　いや、寝覚めの悪い思いをします。こういうことになって、私も思わぬ出世をさせていただくとわかっておったら、もうすこし嫁入りさせずに置くんじゃった。ちと早まりましたて。

池田　なに、あの<ruby><rb>生</rb><rt>なま</rt></ruby>っ<ruby><rb>白</rb><rt>ちろ</rt></ruby>い税所輩が、生意気千万にも、絶世の美人お加世どのを妻にしたりするから、かようなことになるのだ。いや、いい気味というものだ。

森　そうだ。釣り合わぬは不縁の<ruby><rb>因</rb><rt>もと</rt></ruby>といってな。これでやっと腹の虫が納まったぞ。

池田　事に托して、あいつを蹴倒してやった時には、春以来のこの胸が、どうやら<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すうっ</span>といたしたよ、あはははは。

森　しかし、貴公のあの過激な議論には、ちょっと驚いたぞ。

池田　敵を<ruby><rb>欺</rb><rt>あざむ</rt></ruby>くには、まず味方をあざむけ、いや、第一に己れを欺けさ。なんにしても殿のお手で、あのお加世どのが税所のふところから取り上げられたのだから、こんな痛快なことはない。

吾孫子　いやどうも、何やかやと皆さまをお騒がせして、申訳ありませぬ。が、私は郁之進に気の毒で、あれの顔が見られん仕末で――。

正面の庭の燈籠に、腰元が灯を入れてゆく。殿の出御近しと知って、三人はいずまいを直す。二つ折りの褥を捧げた侍女がはいって来て、上手に座を設ける。

稲生播磨守　（廊下を近づく声）ああもう歌などどうでもよい。飽きた、飽きたぞ。

はいって来て座につく。四十五、六の癇癖の強そうな大名。刀を持った子供小姓、つづいてお加世、侍女三、四、それぞれの席にい流れる。

播磨　（平伏した三人へ）どうだ、税所の気が知れたかな。（と大欠伸をする）

お加世はうつ向く。

池田　恐れながら、かねての殿のお<ruby><rb>命令</rb><rt>いいつけ</rt></ruby>に従い、きやつの胸に探りを入れてみましたところ、まったく異心は無いものと見受けましてござります。

播磨　ふむ、そうかな。いやあたり前だ。異心などあってどうする。

森　身にあまる光栄だと申して、よろこんでおりまする。

播磨　うむ。そうあるべきところだ。ははははは、いや、しごく当然の話だ。（振り向いて）加世、聞いたか。これでそちのその小さな胸も、晴れたであろう。この上は、心置きなく余の寵愛を受けい、なあ。

吾孫子　（ひれ伏して）なにとぞ、末始終お眼をおかけ下されまして――。

お坊主　（次の間の敷居ぎわへ来て）申し上げます。皆様<ruby><rb>彼室</rb><rt>あちら</rt></ruby>でお待ちかねでいらっしゃいますが、お歌のほうは、もはや――。

播磨　歌はもうよしたぞ。重立った者だけ、こちらへ話しにでも来いと申せ。

池田　では、われわれは――。（と森へ眼まぜして、<ruby><rb>退</rb><rt>さが</rt></ruby>ろうとする）

播磨　いや、苦しゅうない。そこにおれ。

歌会の席から、家老矢沢某、ほか重役重臣ら二十人ばかりはいってくる。他藩の士も招かれて来ている。

中に、当時刀の観相家として知られた某藩の<ruby><rb>久保奎堂</rb><rt>くぼけいどう</rt></ruby>も混っている。奎堂は五十がらみ、茶筅髪の学者型である。一同が提げ刀のまま入り乱れて席を譲り合いながら、座につこうとする時、ひとりの侍の刀の<ruby><rb>鐺</rb><rt>こじり</rt></ruby>が、他の一人の刀に触れて、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かちっ</span>と音を立てる。

その一人　おっと！　これはこれは、とんだ<ruby><rb>粗相</rb><rt>そそう</rt></ruby>を。なにとぞ御容赦のほどを――。

他の一人　いや、手前こそ、お邪魔になるところへ小長い<ruby><rb>刀</rb><rt>もの</rt></ruby>を突き出しておって、不調法をつかまつりました。平に御勘弁を。

両士は<ruby><rb>慇懃</rb><rt>いんぎん</rt></ruby>に挨拶して、坐る。

播磨　や、それがいわゆる<ruby><rb>鞘当</rb><rt>さやあ</rt></ruby>て。いささかの意趣遺恨でもあろうものなら、その鞘当てからいかなる騒ぎになろうも知れぬところを、見事、平らに<ruby><rb>捌</rb><rt>さば</rt></ruby>いた両人の手並み、ちかごろ鮮やか、鮮やか、ははははは。

両人　鞘当てとはどうも、ははははは、それがまた自らなる御座興となって、殿の御感を得るとは。なんなら、いま一度お当て下されい。

たがいに会釈して笑う。

座の一人　いや、文字どおりの鞘当てでござりましたて。一時はどうなることかと、はっはっは。

その二　<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はらはら</span>いたしました。まさか、ははははは。

一同爆笑する。

その三　お、そう申せば、その問題のお鞘は、いかさまお見事なる作りでござるな。卒事ながら、拝見願われますまいか。

刀をぶつけた侍　かような<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">やくざ</span>な<ruby><rb>刀</rb><rt>もの</rt></ruby>がお眼に留まるとは、恐縮です。とてもお歴々の見参に<ruby><rb>供</rb><rt>そな</rt></ruby>えるようなものではござりませぬが、お望みとあらば、お安い御用。どうぞ御覧を。

と人手をとおして、その刀を順送りに渡す。

受け継ぐ人々　ほほう、<ruby><rb>小柄</rb><rt>こづか</rt></ruby>は<ruby><rb>祐乗</rb><rt>ゆうじょう</rt></ruby>ですな。

おなじく二　糸輪覗き<ruby><rb>桔梗</rb><rt>ききょう</rt></ruby>の御紋は、これは御家紋で？

同三　彫りは、肥後の林重長と<ruby><rb>観</rb><rt>み</rt></ruby>ましたが。

四　いや、お眼がお高い。

五　この鍔は、明珍の誰でござりますな？

所有主　義房作とか、伝えられておりますが、いや、お恥かしいもので。

一見を所望した侍　（受け取って）結構な<ruby><rb>蝋色鞘</rb><rt>ろういろざや</rt></ruby>ですな。失礼ながら、いい時代がついておりますて。ほ！　お鍔の彫りは、替り蝶の飛び姿！　いや、凝った凝った、大凝りですな。こうなると、ぜひ<ruby><rb>刀身</rb><rt>なかみ</rt></ruby>が拝見したくて<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぞくぞく</span>致してまいる。お刀は？

所有主　いや、つまらぬもので。会津でござる。

座の一人　会津と申しますと、<ruby><rb>兼定</rb><rt>かねさだ</rt></ruby>？　それとも、三善か若狭守か――。

所有主　兼定でございます。

播磨　初代か。

所有主　はっ。いえ、五代目でござりまする。

刀相家久保奎堂　すると、<ruby><rb>近江大掾</rb><rt>おうみたいじょう</rt></ruby>となった元禄の兼定ですな。

刀を見ている侍　その兼定ならば、定めし大物でしょう。<ruby><rb>悍馬</rb><rt>かんば</rt></ruby>のごとく<ruby><rb>逸</rb><rt>はや</rt></ruby>って、こりゃ鞘当てもしかねますまいて。ははははは、いや、どうせのことに、ちょっと拝見せずにはおられぬ。（懐紙を口に<ruby><rb>銜</rb><rt>くわ</rt></ruby>え、いずまいを正して播磨守に目礼）御免を――。

一、二寸抜きかける。

家老矢沢　（あわてて）これ、御前ですぞ。鯉口を拡げるはおそれ多い。御遠慮を、御遠慮を。

抜きかけた侍　（<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はっ</span>と気づいて）見たい一心に駆られて、つい心づきませんでした。粗忽のほどは、御前よしなにお取りなしを。

ぱちんと鞘へ返して、手を突く。

播磨　なんだ。構わぬ。抜け抜け。余も見たい。（矢沢へ）爺い！　余計な口出しして、興醒めな奴じゃ。大名だとて武士だぞ。白刃に驚くか。抜かせい。

矢沢　それでは、お許しが出ましたによって、御自由に。

抜きかけた侍　おそれいりまする。では、御前をも顧みませず――。（作法どおり<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すらり</span>と抜いて、見入る）ううむ、物凄き<ruby><rb>作往</rb><rt>さくゆ</rt></ruby>き！

隣の侍　やっ、斬れそうですなあ。

と覗き込む。刀は転々と座をめぐって、人々のあいだに感嘆の呟き起る。

久保奎堂　（受け取って、じっと刀身を見守る）ふうむ、威といい、品と言い、ちかごろにないよい気もちですなあ。

鞘を触れられた侍　一つ、その兼定に鞘当てされた<ruby><rb>某</rb><rt>それがし</rt></ruby>の刀も、御列座の高覧に預かりたいもので、ははははは。

座の一人　<ruby><rb>御佩刀</rb><rt>ごはいとう</rt></ruby>は？

鞘を触れられた侍　<ruby><rb>国綱</rb><rt>くにつな</rt></ruby>です。

奎堂　<ruby><rb>粟田口</rb><rt>あわたぐち</rt></ruby>。それはまた時代な。いや、今宵は名刀揃いですな、さだめし他の方々も、素晴しいものを帯びておられることでしょう。

矢沢　（<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はた</span>と膝を打ち、播磨守へ）殿にもお聞き及びと存じまするが、これなる久保奎堂氏は、剣相をよくつかまつります。刀の観相きわめて奇妙でござりまして、その効著しく、世上にてももっぱらの評判――。

奎堂　いや、これは御家老、よしなきことをお耳にたっしては、拙者が困ります。

播磨　久保うじのことは聞いておるとも。うむ、刀にも相があるということだな。

奎堂　おそれながら、人相家相等と同じく、刀剣にも刀相、剣相というものがござりまして――。

矢沢　これなる奎堂先生は、帯剣の吉凶を相し、腰刀の禍福を試みて、その言い当てるところ、万に一つの誤ちもござりませぬよし。

奎堂　いえ、それは<ruby><rb>過褒</rb><rt>かほう</rt></ruby>と申すもの――。

播磨　一段と興を覚えたぞ。その剣相の達人が幸い一座におるとは面白い。

矢沢　されば、<ruby><rb>今夕</rb><rt>こんせき</rt></ruby>のお慰みに――いや、おなぐさみと申しては、奎堂先生に失礼でござるが、一同の刀を相せしめましてはいかがで。

播磨　奎堂足下、皆の刀を一見して、吉凶禍福を申されよ。

奎堂　それでは、未熟ながら仰せにしたがいまして――。

と座を改めて、まず播磨守の佩刀を小姓に乞い受け、うやうやしく一覧する。

奎堂　さすがは太守のお腰の物、領民鼓腹、お家万代のはなはだ吉相、上々吉と観相つかまつりまする。<ruby><rb>相州</rb><rt>そうしゅう</rt></ruby>でございますな。正宗でございますな。まことに御名作で。

次ぎに家老矢沢の刀を観相し、同じく<ruby><rb>賞</rb><rt>ほ</rt></ruby>める。それより席順に諸士の刀を受けては、相を案ずる。

奎堂　ははあ、<ruby><rb>陸奥守包保</rb><rt>むつのかみかねやす</rt></ruby>、<ruby><rb>左文字大銘</rb><rt>ひだりもじだいめい</rt></ruby>に切ってござろうな。左陸奥守――いたって吉相。常用差しつかえござらぬ。（つぎの刀を受け取って）うむ、<ruby><rb>虎徹</rb><rt>こてつ</rt></ruby>が出ましたな。これも善相。いや、ちょっとお待ちを――ふうむ、少々<ruby><rb>相</rb><rt>すがた</rt></ruby>が荒びておりますな。めったに<ruby><rb>鞘走</rb><rt>さやばし</rt></ruby>りいたしませぬように、ちと御用心を。

つぎつぎに刀を<ruby><rb>観</rb><rt>み</rt></ruby>ていく。一同は帯刀を下げて、<ruby><rb>交</rb><rt>かわ</rt></ruby>る<ruby><rb>代</rb><rt>がわ</rt></ruby>る起って奎堂の前へ行き、相を受けては座に帰る。いつの間にか人々の背ろに、税所郁之進が来て坐っている。それと見て、加世は播磨守のかげに身をすくめる。

奎堂　これは佐々木一峰の作とお見受けいたす。吉凶あいなかば――次ぎ。筑前利次ですな。素直な相でござる。つぎ――守正でしょうか、安永でしょうかな。可も不可もなし。おつぎは――金道の二代目あたりと観ますが、これはいささか凶相を帯びております。お差料には御遠慮あったほうが、お身のおため――。

そのたびに、喜ぶ者、頭を掻くもの。笑声、讃嘆の声々湧き、播磨守をはじめ一座ことごとく感じ入る。

正面の庭に、月が昇る。

末座の一人　（左右を見廻して笑う）後は、この顔触れでは、あまり名刀も出ないようですな。一人ずつ奎堂先生をわずらわすほどのこともありますまい。それでは先生も大変だ。どうです、おあとは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">こみ</span>にして願っては。

その隣　さようさ。そうすれば、女難の相なぞ現れた場合に、誰のかわからぬから顔を赤らめずにすむというもの。名案名案。

一同笑い崩れる中に、言いだした侍が起って、残りの十人ほどの帯刀を一しょに集めて、ひとかかえ奎堂の前へ置く。まるで刀屋ですな、などという声がする。

奎堂　（その一本一本を抜いては手早く観相して）これは吉。これも吉。これは半吉。これはどうも凶ですな。が、むろん。たいした悪相ではござらぬから、けっしてお気にかけぬように――これは吉凶半々。これは大吉です。失礼ながら作はあまりよくはないが、刀相としては大福なので。

などと、片端から片づけてゆく。そのうちに、鞘を払った<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">と</span>ある一刀にじっと見入って、おや！　という思い入れ。一座に、さっと真剣の気が流れる。

奎堂は無言で、長いこと凝然とその刀相を<ruby><rb>白眼</rb><rt>にら</rt></ruby>んだ後、ただならぬ面持ちで近くの燭台の下へ急ぎ、灯にかざして改めてとみこうみする。

奎堂　（驚愕狼狽の表情で呻く）ううむ！

矢沢　（愕いて）いかが召された。何かその刀に、御不審の点でも――。

奎堂　（はっと心づきたる態）いや、なに――ははははは、何でもござらぬ、ははははは。

<ruby><rb>強</rb><rt>し</rt></ruby>いて笑いに<ruby><rb>紛</rb><rt>まぎ</rt></ruby>らそうとしながら、しきりに首を捻る。

奎堂　（まだ刀を見詰めながら、思わず知らず）はてな？　よもや――しかし、どう観てもこの線の切れが――（強く自分へ）いや！　さようなことのあるべきはずはない。わしの気の迷い、気の迷い――。

恐しそうにその刀を下へ置き、次ぎを取り上げる。

奎堂　（虚ろな声で）これは吉相――。

言いかけてまた前の一刀を手にとる。

奎堂　うむ！　そうだ！　たしかに！　――いやいや！　わしの眼の曇りであろう。恐しいことじゃ。

投げ捨てるようにその刀を置いて、つぎを取ろうとする。その手は<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>えている。一同はこの奎堂の異様なようすに、眼を<ruby><rb>瞠</rb><rt>みは</rt></ruby>り、粛然としている。

矢沢　（いきなり進み出て、つぎの刀を取ろうとする奎堂の手を押さえる）しばらく！　ただならぬただいまのお言葉、気掛りでござる。その刀がいかがいたしました。かまわずお打ち明け下されたい。

奎堂　（ちらりと上座の播磨守を見やって）いやいや、何でもござらぬ。何でもござらぬ。拙者の眼違い、けっしてお気に<ruby><rb>支</rb><rt>さ</rt></ruby>えられぬよう。（と蒼白な顔でごまかして、いそいでつぎつぎに刀を見る）これも吉、これも吉、これは――。

矢沢　久保氏、<ruby><rb>其許</rb><rt>そこもと</rt></ruby>の挙動は、合点がいきませぬ。何かはばかりのあることですか。

奎堂　わたくしもとんと合点がいきませぬ。じつに恐しともおそろしき剣相――いやなに、いや、拙者の見誤りでござる。はは、ははははは。（青白く笑う）

播磨　（じっと奎堂を見つめていたが）奎堂足下、いかなることか、その刀相を述べてみるがよい。

奎堂　おそれながら、君子は怪邪魔神を<ruby><rb>談</rb><rt>かた</rt></ruby>らずとか。久保奎堂、荒唐無稽なることは、君前において申し上げかねまする。その儀は平に御容赦を。

播磨　ははははは、変ではないか。みょうではないか。刀の観相に絶対の自信を有する、当代無二の久保奎堂が、それなる一刀にかぎって荒唐無稽などとは――言えぬとあらば、なお聞きたい。

矢沢　お声掛りじゃ、久保殿。

奎堂　しかし、余のこととちがって、このことばかりは――。

播磨　（気を焦って）言えぬ？　どうあっても言えぬか。

矢沢　他言をはばからば、拙者の内聞にまで、さ！

と奎堂の口許へ耳を持って行く。一座は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しん</span>として、固唾を呑んでいる。奎堂は追い詰められたごとく、やむなく矢沢の耳へ何ごとか<ruby><rb>私語</rb><rt>ささや</rt></ruby>く。矢沢は卒然として色をなし、にわかに恐怖昏迷の体。

矢沢　（一同の興味を他へ転ぜんと）なに、そんなことですか。さような微々たる――ははははは、殿、お庭を御覧じませ。美しき<ruby><rb>下弦</rb><rt>かげん</rt></ruby>の月。昼間のお歌のつづきをこれにて。さぞや御名吟が――。

播磨　（脇息を打つ）ええいっ！　ごまかそうとするかっ！　いま奎堂の言ったことを申せ。余はその刀相が聞きたいのだ。

仕方がないと、矢沢と奎堂は二、三低声に相談して。

矢沢　しからば、お人払いを願いまする。

播磨　なにを大仰な！　ならぬ！　この、<ruby><rb>一同</rb><rt>みな</rt></ruby>のおるところで言えっ。

矢沢　（奎堂へ）御貴殿から言上――。

奎堂　いや、あなたよりよしなに――。

矢沢　しかし、観相なされたのは、貴殿ゆえ、貴殿より申し上ぐるが順当です。

播磨　早く言えっ！　聞こう。

奎堂　（観念して）では、その前にちょっと諸士に伺いますが、このお刀は、どなたの――？

一同顔を見合わす時、人々のうしろから<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぱっ</span>と税所郁之進が飛び出して、呼吸を弾ませて奎堂の前に手を突く。

郁之進　（臆病に）わ、わたくしの帯刀でござります。

奎堂　たしかめますが、この多門三郎景光でござるぞ。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しか</span>とお手前の<ruby><rb>刀</rb><rt>もの</rt></ruby>に相違ありませぬな。

播磨　郁之進の刀か。それがどうした。

奎堂　はっ、おそれながら、これはもっての他の凶相。手前、もはや三十年の余も刀相を観ておりますが、かような悪相は初めてでござりまする。

播磨　ほほう、どう悪い？

奎堂　必ずお気に留められませぬよう――主君に崇りをなす相が、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ありあり</span>と浮かんでおりまする。（座中愕然とざわめき立つ）

播磨　なに、余に<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby>を？　郁之進か――うふ、うふふ、思いあたることが無いでもない。

お加世は殿のかげに、いっそう身を縮める。

郁之進　（懸命に殿の前へいざり寄って、平伏する）と、とんでもない！　この男は山師でござります。詐欺師でござります。（奎堂へ涙声で）これ！　刀相などと、好い加減なことを並べて、私の刀が殿に崇りをなすとは、む、無責任――め、迷惑にもほどがある！　と、取消して下さい！　取消せ！

矢沢　他藩の高名なる大先生なるぞ。取り<ruby><rb>逆上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>せるな、郁之進！　言葉を謹しめっ！

奎堂　（郁之進へ）いや、ごもっとも。あなたよりも、私が否定したいのです。<ruby><rb>鑑識</rb><rt>めがね</rt></ruby>ちがいではないか、どうかそうあってくれればよいがと、御覧のとおり、何度見直したか知れぬ。が、見れば見るほど――さよう、明鏡のごとき観相の表を私情で曇らし、白を黒と言うことは、刀相に生くる拙者にはでき申さぬ！　この多門三郎景光には、たしかに君を害し奉る相がある。うむ、秘かに殿に害心を抱く刀と観た。

播磨　なに、余に対して害心とな――？

郁之進　（おろおろして）あまりと言えば、あまりな！　（播磨へ）殿！　御座興の一端と、お聞き流しを願いまする。奎堂先生はわたくしに、いかなるお怨みがあって、かような――。

奎堂　私心はござらぬ。刀相に現れしところを、そのまま申し述べたまで。

郁之進　いいや！　お眼の誤ちでございます。この刀は、祖父から伝来のもので、父<ruby><rb>臨終</rb><rt>いまわ</rt></ruby>のきわにこれを汝に譲るぞ、この刀をば父と思って殿に忠勤を励めと、くれぐれも申し聞けられました景光にござります。（泣く。涙の眼で奎堂を<ruby><rb>白眼</rb><rt>にら</rt></ruby>む）しかるにこれを指して、口にするだも恐しい、君のお命を縮めまいらす刀相などとは――。

奎堂　（冷然と）凶相じゃ、凶相じゃ。そこもとが何といおうと、凶相じゃ。必ず思いあたることがあろうぞ。

矢沢　（あわてて）久保氏！　あなたもまた、何もそんな不吉なことをそう言い張らんでも――。

奎堂　私が言うのではない。刀が語っているのです。相に出ておるのです。それを偽ることはできませぬ。

郁之進　ええ！　まださようなことを！　（掴みかかろうとする）

播磨　ははははは、よいよい、郁之進。騒ぐでない。相対で話をしよう。これ、皆の者、遠慮せい。

矢沢　しかし、殿。ただいまの奎堂先生のお説もござりますれば、ただお一人にて郁之進めと御対坐遊ばす儀だけは、せつにお思い止まり下さりますよう。

播磨　何を下らぬことを！　郁之進ごときが十人掛かっても、<ruby><rb>後退</rb><rt>たじろ</rt></ruby>ぐ余か。

矢沢　しかし、郁之進の刀は魔物と申すことですから、充分に御注意を。

播磨　みな退れ。加世、そちだけはここにおれ。

家老矢沢、久保奎堂をはじめ、一同は不安げな面持ちで、去る。お刀持ちの小姓も、追い払うように退げられる。後には、播磨守と郁之進。その播磨の陰に震え<ruby><rb>戦</rb><rt>おのの</rt></ruby>くお加世の三人だけになる。

郁之進　（問題の多門景光を、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">どさり</span>と殿の前へ差し出して）この一刀は、なにとぞお手許に――。

播磨　（笑って）近う！　男と男だ――なに、その刀を余の手に。ははははは、いや、それには及ばぬ。

郁之進　（<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はっ</span>として）男と男――？

播磨　うむ、男と男の相対づくだ。遠慮するな。その凶刀を膝傍に引きつけて話をしろ。

郁之進　殿！　そもそも剣相と申すこと、昔は聞きも及びませぬ。いつのころより始まりましたものか、わたくしはさようなこと、一向に信用いたしませぬ。将軍家第一の御宝刀は、本庄正宗のお刀と洩れ<ruby><rb>承</rb><rt>うけたまわ</rt></ruby>っておりますが、元この刀は酒田の臣、右馬助とやら申す者の佩刀で、この刀で右馬助が上杉の本庄殿へ斬りつけましたもの。さすれば、持主に崇った凶相の刀でござります。この悪剣が、将軍家代々の御宝刀とは、いかなる訳でございましょうか。

播磨　（にこにこして）わかっておる。余も刀相などは信ぜぬよ。

郁之進　（がたがた顫えつつ）刀というものは、君を守護し、また一身を守る道具。持ち主の心忠義に存すれば、刀も忠義のために働き、持ち主にして邪念不道なれば――。

播磨　<ruby><rb>五月蠅</rb><rt>うるさ</rt></ruby>いっ！　つべこべ言うな。刀相などどうでもよい。余がその刀に事寄せて、そちと二人きりになりたかったのは、じつは、この加世のことだが――。

この時庭からの風で、ふっと燭台の灯一つ二つ消えて、あたり薄暗くなる。

郁之進　（独り言のように、陰々と）持ち主にして邪念無道なれば、刀もまた悪しき方へ役立つものと、愚考いたします。

播磨　（乗りだして）邪念無道？　いや！　なんでもよい。これ！　郁之進、この加世はなあ、この加世は――。

郁之進　（その播磨守の声を耳に入れまいと、呪文のように）いえ、その女めは、失礼ながら殿へ献上仕りましたもの――要は、刀に善悪なくして――。

播磨　ええい、解っておるというに！

郁之進　いいえ！　おわかりではござりませぬ。刀に善悪はないのです。帯びる者の心で、凶相にも吉相にもなるのですっ。

播磨　（上機嫌に）よくぞ申した。そうだとも、そうだとも！　そちの言うとおり。

起って、ぴたりと郁之進の前へ来て坐る。

播磨　刀を見せい。ささその主殺しの相あるという景光を、余は見たい。

郁之進　（恐懼して）いえ！　とんでもござりませぬ。さような悪剣と観相されました以上、なにとぞ御免を――。

播磨　大事ない。これ、見せろというに！

と刀に手をかけて、引き寄せようとする。郁之進は必死に刀を押さえて、尻込みする途端、立ちかけた彼の手から、下に向けた柄の重みで、さっと鞘を辷って刀身が流れ出る。

播磨　（ぎょっと身を押し反らして）やっ！　抜いたな！

郁之進　（狼狽をきわめて）いえ！　抜いたのではござりませぬ。ひとりでに鞘走りして、これは、何とも申訳ない粗相を――。

播磨　いや、抜いた抜いた！　抜いたついでだ。見てやる。これ！　見せろっ！

郁之進　いえ、いえ――。（逃げようとする）

播磨　かまわぬ見せろというに！

と刀を取ろうとする途端、不意に、何ものか乗り移ったごとき郁之進、すらりと右手に景光を抜き放つ。

加世　あれ！

郁之進　家宝の一刀に由なき傷をつけたのみか、こ、この私めが、あろうことか、殿に対して害心を蔵するようなかの奎堂の言い草。彼をこのままにさしおいては、臣下の一分が立ちませぬ。この郁之進の胸が納まりませぬ。おのれ！　久保奎堂を真っ二つに――。

<ruby><rb>憑</rb><rt>つ</rt></ruby>きものでもしたように、抜刀を提げたまま、よろよろと廊下へ出ようとする。

播磨　待て！　（追い<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>って留める）

郁之進　（争って）いえ、この多門三郎景光、はたして凶相か吉相か、久保奎堂の<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>に問うてみるのですっ！　殿、お放し下さいっ。

刀を振り<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>って行かんとする。立ち塞がる播磨守を払い退けようとして、その拍子に、まるでひとりでに手が動いて、横殴りに一刀深く斬りつける。

播磨　（脇腹を押さえて、<ruby><rb>後退</rb><rt>たじろ</rt></ruby>ぐ）や！　き、斬ったな――。

加世　（転び寄って郁之進に縋りつく）あなた！　ま、そのお刀を――。

郁之進　（呆然と驚きあわてて）ややっ！　こりゃ殿を――しまった！　あ、ああどうしたらよいやら。

と刀を<ruby><rb>凝視</rb><rt>みつ</rt></ruby>めると、また<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ふらふらっ</span>となって、真っ向から播磨守に二の太刀を浴びせる。薄く小鬢を掠める。

郁之進　（自ら愕然として）やっ、また！　おお、この刀は魔性だ！　心にもなく手が滑って、二度までも――殿、御免なされて――。（刀を投げ捨てて、倒れた播磨守を抱き起す）ああ、これはいったいどうしたというのだ。殿！　お傷は軽うございます。し、しっかり遊ばして！

播磨　なんの、これしき！　ううむ、そうか。<ruby><rb>主</rb><rt>しゅう</rt></ruby>に<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby>なす多門景光――ははははは、斬れ斬れ！　だが、郁之進、この加世を、この加世をそちに返すぞ！

郁之進　（顛倒して）ああ俺は、殿に刃向った。殿にお手傷を負わせ申した。この手で殿を斬った！　なんという恐ろしい！　うむ、そうだ、この上は――（刀を拾って）御免！

どっかと坐り、手早く腹を<ruby><rb>寛</rb><rt>くつろ</rt></ruby>げて突き立てようとする。

播磨　（その手を抑さえて）早まるな、主君と家来ではない。人間と人間、男と男として、おれの言うことをひととおり聞いてくれ。この加世は、いまだに立派にそちの妻だぞ。側へ召し上げて以来、そちを想う加世の純情を見るにつけ、余は、自分の乱行に眼が覚めた――。

郁之進　えっ！　（茫然たることしばし、ふたたび腹を切ろうとする）

播磨　（傷に苦しみながら、郁之進を制して）おれは加世によって、人間の美しい愛情を、はじめて見たぞ――今までの女は今まで余の手をつけたすべての女は、余を主君とのみ観て、みな絶対無条件に、死んだようになって余の意志に従った。が、おれは、男として、人間として、そのたましいの脱けた人形のような女たちには、飽き飽きしてしまったのだ――。

郁之進と加世は、苦しげな播磨守のようすにおどろいて、あわてて左右から支える。

播磨　ううむ、それで、それで、理不尽にも加世を奪り上げたのだが、<ruby><rb>彼女</rb><rt>かれ</rt></ruby>は、いかにしても拒みとおすのみか、日夜良人を慕って泣く加世の純真な姿に、おれは、おれは、長らく求めてえなんだほんとうの女を見たのだ――加世だけはこのおれを、馬鹿大名と扱ってはくれなかった。憎むべき一個の男として、拒絶しとおしてくれたのだ。おれはそれが嬉しい。何よりもうれしい！　おれはこれを探していた。おれの望んでいたものは、これだったのだ！　どんなにそれを捜し求めたことか、おれのその味気ない胸中は、だ、誰も知らぬ。うむ、誰も知らぬ――加世の拒絶によって、おれは初めて男になった。加世はおれを、人間にしてくれたのだ。おれはもう馬鹿大名ではないぞ。郁之進と同じ人間だぞ、一人の男だぞ。それが郁之進と加世を争って、み、見事に負けたのだ。ははははは、ああ愉快だ、ああ愉快だ！　加世のおかげで、おれはやっと、この人間らしい、男らしい晴ればれとした気持ちを、とうとう味わうことができたのだ。その大恩人の<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>に、どうして触れられよう！　郁之進！　加世は潔い身体だぞ。す、末長く、仲よく添い遂げい。

郁之進　（狂乱して）殿！　お気を確かに――私はこの場に<ruby><rb>屠腹</rb><rt>とふく</rt></ruby>して、お詫びつかまつります。

播磨　ええいっ、馬鹿め！　わからぬか。それでは余の念が届かぬ。

どやどや<ruby><rb>跫音</rb><rt>あしおと</rt></ruby>を乱して家老矢沢、吾孫子老人、池田、森ら多勢走り込んでくる。一同この場の仕儀に愕然として、物をも言わず郁之進を召し捕りにかかる。

播磨　（<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すっく</span>と起って、大手を拡げて郁之進と加世を<ruby><rb>背</rb><rt>うし</rt></ruby>ろに<ruby><rb>庇</rb><rt>かば</rt></ruby>う）何をするかっ！　郁之進に斬られて、余は今、生まれて初めて、日本晴れの気もちが致しておるところだ。うういや、郁之進が斬ったのではない。多門三郎が余を斬ったのだ。者ども、郁之進に手をつけることはならん！　（矢沢へ）爺い！　いかさまあの久保奎堂は、刀相の名人だて。当ったぞ、適中いたした、ははははは。（よろばいながら、笑う）郁之進は腹を切るには及ばぬ。禄を召上げるにも、閉門を命ずるにも及ばぬ。追って加増の沙汰をいたす。が、憎くき下手人はその刀じゃ。多門三郎景光を、獄門にかけい、はははははは。