Soranoha

それから

それから

夏目 漱石

一の一

誰だれか慌あはたゞしく門前もんぜんを馳かけて行く足音あしおとがした時、代助だいすけの頭あたまの中なかには、大きな俎下駄まないたげたが空くうから、ぶら下さがつてゐた。けれども、その俎まないた下駄は、足音あしおとの遠退とほのくに従つて、すうと頭あたまから抜ぬけ出だして消えて仕舞つた。さうして眼めが覚めた。

枕元まくらもとを見ると、八重の椿つばきが一輪いちりん畳たゝみの上に落ちてゐる。代助だいすけは昨夕ゆふべ床とこの中なかで慥かに此花の落ちる音おとを聞いた。彼の耳には、それが護謨毬ごむまりを天井裏から投げ付けた程に響いた。夜が更ふけて、四隣あたりが静かな所為せゐかとも思つたが、念のため、右の手を心臓の上に載せて、肋あばらのはづれに正たゞしく中あたる血ちの音おとを確たしかめながら眠ねむりに就いた。

ぼんやりして、少時しばらく、赤ん坊の頭あたま程もある大きな花の色を見詰めてゐた彼は、急に思ひ出した様に、寐ながら胸の上に手を当あてゝ、又心臓の鼓動を検し始めた。寐ながら胸の脈みやくを聴きいて見るのは彼の近来の癖になつてゐる。動悸は相変らず落ち付いて確たしかに打つてゐた。彼は胸に手を当あてた儘、此鼓動の下に、温あたたかい紅くれなゐの血潮の緩く流れる様さまを想像して見た。是が命いのちであると考へた。自分は今流れる命いのちを掌てのひらで抑へてゐるんだと考へた。それから、此掌てのひらに応こたへる、時計の針に似た響ひゞきは、自分を死しに誘いざなふ警鐘の様なものであると考へた。此警鐘を聞くことなしに生いきてゐられたなら、――血を盛もる袋ふくろが、時ときを盛もる袋ふくろの用を兼ねなかつたなら、如何いかに自分は気楽だらう。如何に自分は絶対に生せいを味はひ得るだらう。けれども――代助だいすけは覚えず悚ぞつとした。彼は血潮ちしほによつて打たるゝ掛念のない、静かな心臓を想像するに堪へぬ程に、生いきたがる男である。彼は時々とき〲寐ねながら、左の乳ちゝの下したに手を置いて、もし、此所こゝを鉄槌かなづちで一つ撲どやされたならと思ふ事がある。彼は健全に生きてゐながら、此生きてゐるといふ大丈夫な事実を、殆んど奇蹟の如き僥倖とのみ自覚し出す事さへある。

彼は心臓から手を放して、枕元の新聞を取り上げた。夜具の中なかから両手を出だして、大きく左右に開ひらくと、左側ひだりがはに男が女を斬きつてゐる絵があつた。彼はすぐ外ほかの頁ページへ眼めを移した。其所そこには学校騒動が大きな活字で出てゐる。代助は、しばらく、それを読んでゐたが、やがて、惓怠だるさうな手から、はたりと新聞を夜具の上うへに落した。夫から烟草を一本吹ふかしながら、五寸許り布団を摺ずり出して、畳の上の椿つばきを取つて、引つ繰くり返かへして、鼻の先へ持もつて来きた。口くちと口髭くちひげと鼻の大部分が全く隠かくれた。烟りは椿つばきの瓣はなびらと蕊ずいに絡からまつて漂たゞよふ程濃く出た。それを白しろい敷布しきふの上うへに置くと、立ち上あがつて風呂場ふろばへ行つた。

其所そこで叮嚀ていねいに歯はを磨みがいた。彼かれは歯並はならびの好いいのを常に嬉しく思つてゐる。肌はだを脱ぬいで綺麗きれいに胸むねと脊せを摩擦まさつした。彼かれの皮膚ひふには濃こまやかな一種の光沢つやがある。香油を塗ぬり込んだあとを、よく拭き取とつた様に、肩かたを揺うごかしたり、腕うでを上あげたりする度たびに、局所きよくしよの脂肪しぼうが薄うすく漲みなぎつて見える。かれは夫それにも満足である。次に黒い髪かみを分わけた。油あぶらを塗つけないでも面白い程自由になる。髭ひげも髪かみ同様に細ほそく且つ初々うい〱しく、口くちの上うへを品よく蔽ふてゐる。代助だいすけは其ふつくらした頬ほゝを、両手で両三度撫でながら、鏡の前まへにわが顔かほを映うつしてゐた。丸で女をんなが御白粉おしろいを付つける時の手付てつきと一般であつた。実際彼は必要があれば、御白粉おしろいさへ付つけかねぬ程に、肉体に誇ほこりを置く人である。彼の尤も嫌ふのは羅漢の様な骨骼と相好さうごうで、鏡に向ふたんびに、あんな顔に生うまれなくつて、まあ可よかつたと思ふ位である。其代り人から御洒落おしやれと云はれても、何の苦痛も感じ得ない。それ程彼は旧時代の日本を乗り超えてゐる。

一の二

約やく三十分の後のち彼は食卓に就いた。熱あつい紅茶を啜すゝりながら焼麺麭やきぱんに牛酪バタを付けてゐると、門野かどのと云ふ書生が座敷から新聞を畳んで持つて来た。四つ折りにしたのを座布団の傍わきへ置きながら、

「先生、大変な事が始まりましたな」と仰山な声で話しかけた。此書生は代助を捕つらまへては、先生先生と敬語を使ふ。代助も、はじめ一二度は苦笑して抗議を申し込んだが、えへゝゝ、だつて先生と、すぐ先生にして仕舞ふので、已を得ず其儘にして置いたのが、いつか習慣になつて、今では、此男に限かぎつて、平気に先生として通とほしてゐる。実際書生が代助の様な主人を呼ぶには、先生以外に別段適当な名称がないと云ふことを、書生を置いて見て、代助も始めて悟つたのである。

「学校騒動の事ぢやないか」と代助は落付いた顔をして麺麭ぱんを食くつて居た。

「だつて痛快ぢやありませんか」

「校長排斥がですか」

「えゝ、到底辞職もんでせう」と嬉うれしがつてゐる。

「校長が辞職でもすれば、君は何か儲かる事ことでもあるんですか」

「冗談云つちや不可いけません。さう損得そんとくづくで、痛快がられやしません」

代助は矢つ張り麺麭ぱんを食くつてゐた。

「君、あれは本当に校長が悪にくらしくつて排斥するのか、他ほかに損得そんとく問題があつて排斥するのか知つてますか」と云ひながら鉄瓶の湯を紅茶々碗の中なかへ注さした。

「知りませんな。何なんですか、先生は御存じなんですか」

「僕も知らないさ。知らないけれども、今の人間が、得とくにならないと思つて、あんな騒動をやるもんかね。ありや方便だよ、君」

「へえ、左様そんなもんですかな」と門野かどのは稍真面目まじめな顔をした。代助はそれぎり黙だまつて仕舞つた。門野かどのは是より以上通じない男である。是より以上は、いくら行つても、へえ左様そんなもんですかなで押し通して澄すましてゐる。此方こちらの云ふことが応こたへるのだか、応へないのだか丸で要領を得ない。代助は、其所そこが漠然として、刺激が要いらなくつて好いいと思つて書生に使つてゐるのである。其代り、学校へも行かず、勉強もせず、一日いつにちごろ〱してゐる。君、ちつと、外国語でも研究しちやどうだなどゝ云ふ事がある。すると門野かどのは何時いつでも、左様さうでせうか、とか、左様そんなもんでせうか、とか答こたへる丈である。決して為しませうといふ事は口くちにしない。又かう、怠惰なまけものでは、さう判然はつきりした答こたへが出来ないのである。代助の方でも、門野かどのを教育しに生うまれて来きた訳でもないから、好加減いゝかげんにして放ほうつて置く。幸さいはひ頭あたまと違ちがつて、身体からだの方は善く動うごくので、代助はそこを大いに重宝がつてゐる。代助ばかりではない、従来からゐる婆さんも門野かどのの御蔭で此頃は大変助かる様になつた。その原因で婆さんと門野かどのとは頗る仲なかが好いい。主人の留守などには、よく二人ふたりで話をする。

「先生は一体いつたい何なにを為する気なんだらうね。小母おばさん」

「あの位くらゐになつて入らつしやれば、何なんでも出来できますよ。心配するがものはない」

「心配はせんがね。何なにか為したら好よささうなもんだと思ふんだが」

「まあ奥様でも御貰ひになつてから、緩つくり、御役でも御探おさがしなさる御積りなんでせうよ」

「いゝ積つもりだなあ。僕も、あんな風に一日いちんち本ほんを読んだり、音楽を聞きに行つたりして暮くらして居たいな」

「御前おまへさんが?」

「本ほんは読まんでも好いいがね。あゝ云ふ具合に遊んで居たいね」

「夫それはみんな、前世ぜんせからの約束だから仕方がない」

「左様そんなものかな」

まづ斯う云ふ調子である。門野かどのが代助の所へ引き移る二週間かん前には、此若い独身の主人と、此食客ゐさうらふとの間に下の様な会話があつた。

一の三

「君は何方どつかの学校へ行つてるんですか」

「もとは行きましたがな。今は廃やめちまいました」

「もと、何処どこへ行つたんです」

「何処どこつて方々ほう〲行きました。然しどうも厭あきつぽいもんだから」

「ぢき厭いやになるんですか」

「まあ、左様さうですな」

「で、大たいして勉強する考もないんですか」

「えゝ、一寸ちよつと有りませんな。それに近頃家うちの都合が、あんまり好よくないもんですから」

「家うちの婆ばあさんは、あなたの御母おつかさんを知つてるんだつてね」

「えゝ、もと、直ぢき近所に居たもんですから」

「御母おつかさんは矢っ張り……」

「矢っ張りつまらない内職をしてゐるんですが、どうも近頃ちかごろは不景気で、余あんまり好よくない様です」

「好よくない様ですつて、君、一所いつしよに居るんぢやないですか」

「一所いつしよに居ることは居ますが、つい面倒だから聞きいた事こともありません。何でも能よくこぼしてる様です」

「兄にいさんは」

「兄あには郵便局の方へ出てゐます」

「家うちは夫それ丈ですか」

「まだ弟がゐます。是は銀行の――まあ小使こづかひに少し毛の生えた位な所なんでせう」

「すると遊あすんでるのは、君許りぢやないか」

「まあ、左様そんなもんですな」

「それで、家うちにゐるときは、何をしてゐるんです」

「まあ、大抵寐ねてゐますな。でなければ散歩でも為しますかな」

「外ほかのものが、みんな稼かせいでるのに、君許り寐てゐるのは苦痛ぢやないですか」

「いえ、左様さうでもありませんな」

「家庭が余よつ程円満なんですか」

「別段喧嘩もしませんがな。妙なもんで」

「だつて、御母おつかさんや兄にいさんから云つたら、一日いちにちも早く君に独立して貰もらひたいでせうがね」

「左様さうかも知れませんな」

「君は余つ程気楽な性分しやうぶんと見える。それが本当の所なんですか」

「えゝ、別に嘘うそを吐つく料簡もありませんな」

「ぢや全くの呑気のんき屋なんだね」

「えゝ、まあ呑気のんき屋つて云ふもんでせうか」

「兄にいさんは何歳いくつになるんです」

「斯かうつと、取つて六ろくになりますか」

「すると、もう細君でも貰はなくちやならないでせう。兄にいさんの細君が出来ても、矢っ張り今の様にしてゐる積ですか」

「其時に為なつて見なくつちや、自分でも見当が付きませんが、何なにしろ、どうか為なるだらうと思つてます」

「其外そのほかに親類はないんですか」

「叔母おばが一人ひとりありますがな。こいつは今、浜はまで運漕業をやつてます」

「叔母おばさんが?」

「叔母おばが遣やつてる訳でもないんでせうが、まあ叔父おぢですな」

「其所そこへでも頼たのんで使つて貰もらつちや、どうです。運漕業なら大分人ひとが要いるでせう」

「根が怠惰なまけもんですからな。大方断わるだらうと思つてるんです」

「さう自任してゐちや困る。実は君の御母おつかさんが、家うちの婆さんに頼んで、君を僕の宅うちへ置いて呉れまいかといふ相談があるんですよ」

「えゝ、何だかそんな事を云つてました」

「君自身は、一体どう云ふ気なんです」

「えゝ、成るべく怠なまけない様にして……」

「家うちへ来くる方が好いいんですか」

「まあ、左様さうですな」

「然し寐て散歩する丈ぢや困る」

「そりや大丈夫です。身体からだの方は達者ですから。風呂でも何でも汲みます」

「風呂は水道があるから汲まないでも可いい」

「ぢや、掃除でもしませう」

門野かどのは斯う云ふ条件で代助の書生になつたのである。

一の四

代助はやがて食事を済まして、烟草を吹ふかし出した。今迄茶箪笥だんすの陰かげに、ぽつねんと膝ひざを抱かゝへて柱に倚より懸かゝつてゐた門野かどのは、もう好いい時分だと思つて、又主人に質問を掛かけた。

「先生、今朝けさは心臓の具合はどうですか」

此間このあひだから代助の癖を知つてゐるので、幾分か茶化した調子である。

「今日けふはまだ大丈夫だ」

「何だか明日あしたにも危あやしくなりさうですな。どうも先生見た様に身体からだを気にしちや、――仕舞には本当の病気に取とつ付つかれるかも知れませんよ」

「もう病気ですよ」

門野かどのは只たゞへえゝと云つた限ぎり、代助の光沢つやの好いい顔色かほいろや肉にくの豊ゆたかな肩のあたりを羽織の上から眺めてゐる。代助はこんな場合になると何時いつでも此青年を気の毒に思ふ。代助から見ると、此青年の頭あたまは、牛うしの脳味噌のうみそで一杯詰つてゐるとしか考へられないのである。話はなしをすると、平民の通とほる大通りを半町位しか付ついて来こない。たまに横町へでも曲まがると、すぐ迷児まいごになつて仕舞ふ。論理の地盤を竪たてに切り下げた坑道などへは、てんから足も踏み込めない。彼かれの神経系に至つては猶更粗末である。恰も荒縄あらなはで組み立てられたるかの感が起る。代助は此青年の生活状態を観察して、彼は必竟何の為ために呼吸を敢てして存在するかを怪しむ事さへある。それでゐて彼は平気にのらくらしてゐる。しかも此こののらくらを以て、暗に自分の態度と同一型に属するものと心得て、中々得意に振舞ふるまひたがる。其上頑強一点張りの肉体を笠かさに着きて、却つて主人の神経的な局所へ肉薄して来くる。自分の神経は、自分に特有なる細緻な思索力と、鋭敏な感応性に対して払ふ租税である。高尚な教育の彼岸に起る反響の苦痛である。天爵的に貴族となつた報むくひに受る不文の刑罰である。是等の犠牲に甘んずればこそ、自分は今の自分に為なれた。否、ある時は是等の犠牲そのものに、人生の意義をまともに認める場合さへある。門野かどのにはそんな事は丸で分らない。

「門野かどのさん、郵便は来きて居ゐなかつたかね」

「郵便ですか。斯かうつと。来きてゐました。端書はがきと封書が。机の上に置きました。持つて来きますか」

「いや、僕が彼方あつちへ行つても可いい」

歯切はぎれのわるい返事なので、門野かどのはもう立つて仕舞つた。さうして端書はがきと郵便を持つて来た。端書は、今日二時東京着、たゞちに表面へ投宿、取敢へず御報、明日あす午前会あひたし、と薄墨うすずみの走はしり書がきの簡単極るもので、表に裏神保町の宿屋やどやの名なと平岡常ひらをかつね次郎といふ差出人の姓名が、表と同じ乱暴さ加減で書いてある。

「もう来きたのか、昨日きのふ着ついたんだな」と独ひとり言ごとの様に云ひながら、封書の方を取り上あげると、是は親爺おやぢの手蹟てである。二三日前帰つて来きた。急ぐ用事でもないが、色々話しがあるから、此手紙が着ついたら来てくれろと書かいて、あとには京都の花がまだ早かつたの、急行列車が一杯で窮屈だつた抔といふ閑文字が数行列ねてある。代助は封書を巻きながら、妙な顔をして、両方見較べてゐた。

「君、電話を掛けて呉れませんか。家うちへ」

「はあ、御宅おたくへ。何なんて掛かけます」

「今日けふは約束があつて、待まち合あはせる人があるから上あがれないつて。明日あしたか明後日あさつて屹度伺ひますからつて」

「はあ。何方どなたに」

「親爺おやぢが旅行から帰つて来きて、話があるから一寸ちよつと来こいつて云ふんだが、――何なに親爺おやぢを呼よび出さないでも可いいから、誰だれにでも左様さう云つて呉くれ給へ」

「はあ」

門野かどのは無雑作に出でて行つた。代助は茶の間まから、座敷を通とほつて書斎へ帰つた。見ると、奇麗に掃除さうじが出来てゐる。落椿おちつばきも何所どこかへ掃はき出されて仕舞つた。代助は花瓶くわへいの右手みぎてにある組くみ重かさねの書棚しよだなの前まへへ行つて、上うへに載せた重い写真帖を取り上あげて、立たちながら、金きんの留金とめがねを外はづして、一枚二枚と繰くり始めたが、中頃迄来きてぴたりと手てを留とめた。其所そこには廿歳はたち位の女の半身はんしんがある。代助は眼めを俯せて凝じつと女の顔を見詰めてゐた。

二の一

着物きものでも着換きかへて、此方こつちから平岡ひらをかの宿やどを訪たづね様かと思つてゐる所へ、折よく先方むかふから遣やつて来きた。車くるまをがら〱と門前迄乗り付けて、此所こゝだ〱と梶かぢ棒を下おろさした声は慥たしかに三年前分わかれた時そつくりである。玄関で、取次とりつぎの婆さんを捕つらまへて、宿やどへ蟇口がまぐちを忘れて来きたから、一寸ちよつと二十銭借してくれと云つた所などは、どうしても学校時代の平岡を思ひ出さずにはゐられない。代助は玄関迄馳かけ出して行つて、手を執とらぬ許りに旧友を座敷へ上あげた。

「何どうした。まあ緩ゆつくりするが好いい」

「おや、椅子いすだね」と云ひながら平岡は安楽椅子いすへ、どさりと身体からだを投なげ掛かけた。十五貫目以上もあらうと云ふわが肉にくに、三文の価値ねうちを置いてゐない様な扱あつかひ方かたに見えた。それから椅子いすの脊せに坊主頭ぼうずあたまを靠もたして、一寸ちよつと部屋の中うちを見廻しながら、

「中々なか〱、好いい家うちだね。思つたより好いい」と賞ほめた。代助は黙だまつて巻莨入まきたばこいれの蓋ふたを開あけた。

「それから、以後いご何どうだい」

「何どうの、斯かうのつて、――まあ色々いろ〱話すがね」

「もとは、よく手紙が来きたから、様子が分わかつたが、近頃ぢや些ちつとも寄よこさないもんだから」

「いや何所どこも彼所かしこも御無沙汰で」と平岡は突然とつぜん眼鏡めがねを外はづして、脊広の胸から皺だらけの手帛ハンケチを出して、眼めをぱち〱させながら拭ふき始めた。学校時代からの近眼である。代助は凝じつと其様子を眺めてゐた。

「僕より君はどうだい」と云ひながら、細ほそい蔓つるを耳みゝの後うしろへ絡からみつけに、両手で持つて行つた。

「僕は相変らずだよ」

「相変らずが一番好いいな。あんまり相変るものだから」

そこで平岡ひらをかは八はちの字じを寄よせて、庭の模様を眺め出だしたが、不意に語調を更かへて、

「やあ、桜さくらがある。今漸やく咲き掛けた所だね。余程気候が違ふ」と云つた。話の具合が何だか故もとの様にしんみりしない。代助も少し気の抜ぬけた風に、

「向ふは大分暖あつたかいだらう」と序ついで同然の挨拶をした。すると、今度は寧ろ法外ぐわいに熱ねつした具合で、

「うん、大分暖かい」と力の這入つた返事があつた。恰も自己の存在を急に意識して、はつと思つた調子である。代助は又平岡の顔を眺めた。平岡は巻莨まきたばこに火を点つけた。其時婆さんが漸く急須きうすに茶を注いれて持つて出た。今しがた鉄瓶に水みづを射さして仕舞つたので、煮立にたてるのに暇ひまが入つて、つい遅おそくなつて済すみませんと言訳をしながら、洋卓テーブルの上うへへ盆ぼんを載せた。二人ふたりは婆ばあさんの喋舌しやべつてる間あひだ、紫檀の盆ぼんを見みて黙だまつてゐた。婆さんは相手にされないので、独ひとりで愛想笑ひをして座敷を出でた。

「ありや何なんだい」

「婆ばあさんさ。雇やとつたんだ。飯めしを食くはなくつちやならないから」

「御世辞が好いいね」

代助は赤い唇くちびるの両端はしを、少し弓ゆみなりに下したの方へ彎まげて蔑さげすむ様に笑つた。

「今迄斯んな所へ奉公した事がないんだから仕方がない」

「君の家うちから誰だれか連つれて呉れば好いいのに。大勢おほぜいゐるだらう」

「みんな若わかいの許りでね」と代助は真面目まじめに答へた。平岡は此時始めて声を出して笑つた。

「若わかけりや猶結構ぢやないか」

「兎に角家うちの奴やつは好よくないよ」

「あの婆ばあさんの外ほかに誰だれかゐるのかい」

「書生が一人ひとりゐる」

門野かどのは何時いつの間まにか帰つて、台所だいどころの方で婆さんと話はなしをしてゐた。

「それ限ぎりかい」

「それ限ぎりだ。何故なぜ」

「細君はまだ貰もらはないのかい」

代助は心持赤い顔をしたが、すぐ尋常一般の極めて平凡な調子になつた。

「妻さいを貰つたら、君の所へ通知位ぐらゐする筈ぢやないか。夫それよりか君の」と云ひかけて、ぴたりと已めた。

二の二

代助と平岡とは中学時代からの知り合で、殊に学校を卒業して後のち、一年間といふものは、殆んど兄弟の様に親しく往来した。其時分は互に凡てを打ち明けて、互に力ちからに為なり合あふ様なことを云ふのが、互に娯楽の尤もなるものであつた。この娯楽が変じて実行となつた事も少なくないので、彼等は双互の為めに口くちにした凡ての言葉には、娯楽どころか、常に一種の犠牲を含んでゐると確信してゐた。さうして其犠牲を即座に払へば、娯楽の性質が、忽然苦痛に変ずるものであると云ふ陳腐な事実にさへ気が付かずにゐた。一年の後平岡は結婚した。同時に、自分の勤つとめてゐる銀行の、京坂地方のある支店詰になつた。代助は、出立しつたつの当時、新夫婦を新橋の停車場に送つて、愉快さうに、直ぢき帰つて来給きたまへと平岡の手を握つた。平岡は、仕方がない、当分辛抱するさと打遣る様に云つたが、其眼鏡めがねの裏には得意の色が羨ましい位動いた。それを見た時、代助は急に此友達を憎らしく思つた。家うちへ帰つて、一日いちにち部屋に這入つたなり考へ込んでゐた。嫂あによめを連れて音楽会へ行く筈はづの所を断わつて、大いに嫂あによめに気を揉ました位である。

平岡からは断えず音信たよりがあつた。安着の端書はがき、向ふで世帯を持つた報知、それが済むと、支店勤務の模様、自己将来の希望、色々あつた。手紙の来くるたびに、代助は何時いつも丁寧な返事を出した。不思議な事に、代助が返事を書かくときは、何時いつでも一種の不安に襲はれる。たまには我慢するのが厭いやになつて、途中で返事を已めて仕舞ふ事がある。たゞ平岡の方から、自分の過去の行為に対して、幾分か感謝の意を表して来くる場合に限つて、安々やす〱と筆が動いて、比較的なだらかな返事が書けた。

そのうち段々手紙の遣やり取りが疎遠になつて、月に二遍が、一遍になり、一遍が又二ふた月、三み月に跨がる様に間あひだを置おいて来くると、今度は手紙を書かかない方が、却つて不安になつて、何の意味もないのに、只この感じを駆逐する為ために封筒の糊のりを湿しめす事があつた。それが半年ばかり続くうちに、代助の頭あたまも胸むねも段々組織が変つて来くる様に感ぜられて来きた。此変化に伴ともなつて、平岡へは手紙を書かいても書かかなくつても、丸で苦痛を覚えない様になつて仕舞つた。現げんに代助が一戸を構へて以来、約一年余と云ふものは、此春このはる年賀状の交換のとき、序を以て、今の住所を知らした丈である。

それでも、ある事情があつて、平岡の事は丸で忘れる訳には行かなかつた。時々とき〲思ひ出だす。さうして今頃は何どうして暮くらしてゐるだらうと、色々に想像して見る事がある。然したゞ思ひ出す丈で、別段問ひ合せたり聞き合せたりする程に、気を揉む勇気も必要もなく、今日迄過すごして来きた所へ、二週間前に突然平岡からの書信が届いたのである。其手紙には近々当地を引き上あげて、御地へまかり越す積りである。但し本店からの命令で、栄転の意味を含んだ他動的の進退と思つてくれては困る。少し考があつて、急に職業替をする気になつたから、着京の上は何分なにぶん宜しく頼たのむとあつた。此何分宜しく頼たのむの頼たのむは本当の意味の頼たのむか、又は単に辞令上の頼たのむか不明だけれども、平岡の一身上に急劇な変化のあつたのは争ふべからざる事実である。代助は其時はつと思つた。

それで、逢あふや否や此変動の一部始終を聞かうと待設けて居たのだが、不幸にして話が外それて容易に其所そこへ戻もどつて来こない。折を見て此方こつちから持ち掛けると、まあ緩ゆつくり話すとか何とか云つて、中々なか〱埒らちを開あけない。代助は仕方しかたなしに、仕舞に、

「久ひさし振ぶりだから、其所そこいらで飯めしでも食はう」と云ひ出した。平岡は、それでも、まだ、何いづれ緩ゆつくりを繰返したがるのを、無理に引張つて、近所の西洋料理へ上あがつた。

二の三

両人ふたりは其所そこで大分だいぶ飲のんだ。飲のむ事ことと食くふ事は昔むかしの通りだねと言いつたのが始はじまりで、硬こわい舌したが段々だんだん弛ゆるんで来きた。代助は面白さうに、二三日前まへ自分の観みに行つた、ニコライの復活祭の話をした。御祭おまつりが夜よの十二時を相図に、世の中の寐鎮ねしづまる頃を見計みはからつて始はじまる。参詣さんけい人が長い廊下を廻まはつて本堂へ帰つて来くると、何時いつの間まにか幾千本いくせんぼんの蝋燭が一度いちどに点ついてゐる。法衣ころもを着きた坊主が行列して向ふを通るときに、黒くろい影かげが、無地むぢの壁かべへ非常に大きく映うつる。――平岡は頬杖を突ついて、眼鏡めがねの奥の二重瞼ふたへまぶちを赤くしながら聞いてゐた。代助はそれから夜の二時頃広ひろい御成おなり街道を通とほつて、深夜しんやの鉄軌レールが、暗くらい中なかを真直まつすぐに渡わたつてゐる上うへを、たつた一人ひとり上野うへのの森もり迄来きて、さうして電燈に照らされた花はなの中なかに這入はいつた。

「人気ひとけのない夜桜よざくらは好いいもんだよ」と云つた。平岡は黙だまつて盃さかづきを干ほしたが、一寸ちよつと気の毒さうに口元くちもとを動うごかして、

「好いいだらう、僕はまだ見た事がないが。――然し、そんな真似まねが出来できる間あひだはまだ気楽なんだよ。世の中なかへ出でると、中々なか〱それ所どころぢやない」と暗に相手の無経験を上から見た様な事を云つた。代助には其調子よりも其返事の内容が不合理に感ぜられた。彼は生活上世渡りの経験よりも、復活祭当夜の経験の方が、人生に於て有意義なものと考へてゐる。其所そこでこんな答をした。

「僕は所謂処世上の経験程愚なものはないと思つてゐる。苦痛がある丈ぢやないか」

平岡は酔つた眼めを心持大きくした。

「大分だいぶ考へが違ちがつて来きた様だね。――けれども其苦痛が後あとから薬くすりになるんだつて、もとは君の持説ぢやなかつたか」

「そりや不見識な青年が、流俗の諺ことわざに降参して、好加減な事を云つてゐた時分の持説だ。もう、とつくに撤回しちまつた」

「だつて、君だつて、もう大抵世の中なかへ出でなくつちやなるまい。其時それぢや困るよ」

「世の中なかへは昔むかしから出でてゐるさ。ことに君と分わかれてから、大変世の中が広ひろくなつた様な気がする。たゞ君の出でてゐる世よの中なかとは種類が違ちがふ丈だ」

「そんな事を云つて威張つたつて、今に降参する丈だよ」

「無論食ふに困る様になれば、何時いつでも降参するさ。然し今日に不自由のないものが、何を苦しんで劣等な経験を嘗なめるものか。印度人が外套を着て、冬の来た時の用心をすると同じ事だもの」

平岡の眉の間あひだに、一寸ちよつと不快の色が閃ひらめいた。赤い眼めを据ゑてぷか〱烟草たばこを吹かしてゐる。代助は、ちと云ひ過ぎたと思つて、少すこし調子を穏おだやかにした。――

「僕の知つたものに、丸で音楽の解わからないものがある。学校の教師をして、一軒ぢや飯めしが食くへないもんだから、三軒も四軒も懸け持をやつてゐるが、そりや気の毒なもんで、下読したよみをするのと、教場へ出でて器械的に口くちを動うごかしてゐるより外に全く暇ひまがない。たまの日曜抔は骨休めとか号して一日ぐう〱寐てゐる。だから何所どこに音楽会があらうと、どんな名人が外国から来きやうと聞きゝに行く機会がない。つまり楽がくといふ一種の美くしい世界には丸で足を踏み込まないで死んで仕舞はなくつちやならない。僕から云はせると、是程憐れな無経験はないと思ふ。麺麭ぱんに関係した経験は、切実かも知れないが、要するに劣等だよ。麺麭ぱんを離れ水を離れた贅沢な経験をしなくつちや人間の甲斐はない。君は僕をまだ坊っちやんだと考へてるらしいが、僕の住んでゐる贅沢な世界では、君よりずつと年長者の積りだ」

平岡は巻莨まきたばこの灰を、皿さらの上うへにはたきながら、沈しづんだ暗くらい調子で、

「うん、何時いつ迄もさう云ふ世界に住んでゐられゝば結構さ」と云つた。其重おもい言葉の足あしが、富とみに対する一種の呪咀を引ひき摺ずつてゐる様に聴きこえた。

二の四

両人ふたりは酔よつて、戸外おもてへ出でた。酒さけの勢で変な議論をしたものだから、肝心の一身上の話はまだ少しも発展せずにゐる。

「少すこし歩あるかないか」と代助が誘さそつた。平岡も口くち程忙いそがしくはないと見えて、生返事なまへんじをしながら、一所に歩ほを運はこんで来きた。通とほりを曲まがつて横町へ出でて、成る可べく、話はなしの為好しいい閑しづかな場所を撰んで行くうちに、何時いつか緒口いとくちが付ついて、思ふあたりへ談柄だんぺいが落ちた。

平岡の云ふ所によると、赴任の当時彼は事務見習のため、地方の経済状況取調のため、大分忙がしく働らいて見た。出来得るならば、学理的に実地の応用を研究しやうと思つた位であつたが、地位が夫程高くないので、已を得ず、自分の計画は計画として未来の試験用に頭あたまの中なかに入れて置いた。尤も始めのうちは色々支店長に建策した事もあるが、支店長は冷然として、何時いつも取り合はなかつた。六むづかしい理窟抔を持ち出すと甚だ御機嫌が悪わるい。青二才に何が分るものかと云ふ様な風をする。其癖自分は実際何も分わかつて居ないらしい。平岡から見ると、其相手にしない所が、相手にするに足らないからではなくつて、寧ろ相手にするのが怖こわいからの様に思はれた。其所そこに平岡の癪はあつた。衝突しかけた事ことも一度いちどや二度にどではない。

けれども、時日じじつを経過するに従つて、肝癪が何時いつとなく薄らいできて、次第に自分の頭あたまが、周囲の空気と融和する様になつた。又成るべくは、融和する様に力つとめた。それにつれて、支店長の自分に対する態度も段々変つて来きた。時々とき〲は向ふから相談をかける事さへある。すると学校を出でたての平岡でないから、先方むかふに解わからない、且つ都合のわるいことは成るべく云はない様にして置く。

「無暗に御世辞を使つたり、胡麻を摺するのとは違ふが」と平岡はわざ〱断つた。代助は真面目まじめな顔をして、「そりや無論さうだらう」と答へた。

支店長は平岡の未来みらいの事に就て、色々いろ〱心配してくれた。近いうちに本店に帰る番に中あたつてゐるから、其時そのときは一所に来き給へ抔などと冗談半分に約束迄した。其頃そのころは事務じむにも慣なれるし、信用も厚くなるし、交際も殖えるし、勉強をする暇ひまが自然となくなつて、又勉強が却つて実務の妨さまたげをする様に感ぜられて来きた。

支店長が、自分に万事を打ち明ける如く、自分は自分の部下の関せきといふ男を信任して、色々と相談相手にして居つた。所ところが此男がある芸妓と関係かゝりあつて、何時いつの間まにか会計に穴を明あけた。それが曝露ばくろしたので、本人は無論解雇しなければならないが、ある事情からして、放ほうつて置くと、支店長に迄多少の煩わづらひが及んで来きさうだつたから、其所そこで自分が責を引いて辞職を申し出でた。

平岡の語る所は、ざつと斯うであるが、代助には彼が支店長から因果を含められて、所決を促がされた様にも聞えた。それは平岡の話しの末に「会社員なんてものは、上うへになればなる程旨うまい事が出来できるものでね。実は関せきなんて、あれつ許ばかりの金を使ひ込んで、すぐ免職になるのは気の毒な位なものさ」といふ句があつたのから推したのである。

「ぢや支店長は一番旨うまい事をしてゐる訳だね」と代助が聞いた。

「或はそんなものかも知れない」と平岡は言葉を濁にごして仕舞つた。

「それで其男の使ひ込んだ金かねは何どうした」

「千せんに足たらない金かねだつたから、僕が出して置おいた」

「よく有あつたね。君も大分旨うまい事をしたと見える」

平岡ひらをかは苦にがい顔をして、ぢろりと代助を見た。

「旨うまい事ことをしたと仮定しても、皆みんな使つて仕舞つてゐる。生活くらしにさへ足りない位だ。其金は借かりたんだよ」

「さうか」と代助は落ち付き払つて受けた。代助は何どんな時でも平生の調子を失はない男である。さうして其調子には低ひくく明あきらかなうちに一種の丸味まるみが出てゐる。

「支店長から借かりて埋うめて置いた」

「何故なぜ支店長がぢかに其関せきとか何とか云ふ男に貸して遣やらないのかな」

平岡ひらをかは何とも答へなかつた。代助も押しては聞かなかつた。二人ふたりは無言の儘しばらくの間あひだ並ならんで歩あるいて行つた。

二の五

代助は平岡ひらをかが語かたつたより外ほかに、まだ何なにかあるに違ちがひないと鑑定した。けれども彼はもう一歩進んで飽迄其真相を研究する程の権利を有もつてゐないことを自覚してゐる。又そんな好奇心を引き起すには、実際あまり都会化し過ぎてゐた。二十世紀の日本に生息する彼は、三十になるか、ならないのに既に nilニル admirariアドミラリ の域に達して仕舞つた。彼の思想は、人間の暗黒面に出逢つて喫驚びつくりする程の山出やまだしではなかつた。彼かれの神経は斯様に陳腐な秘密を嗅かいで嬉しがる様に退屈を感じてはゐなかつた。否、是より幾倍か快よい刺激でさへ、感受するを甘んぜざる位、一面から云へば、困憊してゐた。

代助は平岡のそれとは殆んど縁故のない自家特有の世界の中なかで、もう是程に進化――進化の裏面を見ると、何時いつでも退化であるのは、古今を通じて悲しむべき現象だが――してゐたのである。それを平岡は全く知らない。代助をもつて、依然として旧態を改めざる三年前の初心うぶと見てゐるらしい。かう云ふ御坊つちやんに、洗あらひ浚ざらひ自分の弱点を打うち明あけては、徒いたづらに馬糞まぐそを投なげて、御嬢さまを驚ろかせると同結果に陥いり易い。余計な事をして愛想あいそを尽つかされるよりは黙だまつてゐる方が安全だ。――代助には平岡の腹が斯かう取とれた。それで平岡が自分に返事もせずに無言むごんで歩あるいて行くのが、何となく馬鹿らしく見えた。平岡が代助を小供視こどもしする程度に於て、あるひは其それ以上の程度に於て、代助は平岡を小供視こどもしし始はじめたのである。けれども両人ふたりが十五六間過すぎて、又話はなしを遣やり出した時は、どちらにも、そんな痕迹は更さらになかつた。最初に口くちを切つたのは代助であつた。

「それで、是これから先さき何どうする積つもりかね」

「さあ」

「矢っ張り今迄の経験もあるんだから、同じ職業が可いいかも知れないね」

「さあ。事情次第だが。実は緩ゆつくり君に相談して見様と思つてゐたんだが。何どうだらう、君きみの兄にいさんの会社の方に口くちはあるまいか」

「うん、頼たのんで見様、二三日内うちに家うちへ行く用があるから。然し何どうかな」

「もし、実業の方が駄目なら、どつか新聞へでも這入らうかと思ふ」

「夫それも好いいだらう」

両人ふたりは又電車の通る通とほりへ出でた。平岡は向ふから来きた電車の軒のきを見てゐたが、突然是に乗つて帰ると云ひ出だした。代助はさうかと答へた儘、留とめもしない、と云つて直すぐ分れもしなかつた。赤い棒の立つてゐる停留所迄歩あるいて来きた。そこで、

「三千代みちよさんは何どうした」と聞きいた。

「難有う、まあ相変らずだ。君に宜よろしく云つてゐた。実は今日けふ連つれて来きやうと思つたんだけれども、何だか汽車に揺ゆれたんで頭あたまが悪わるいといふから宿やど屋へ置いて来きた」

電車が二人ふたりの前で留とまつた。平岡は二三歩早足はやあしに行きかけたが、代助から注意されて已めた。彼かれの乗るべき車はまだ着つかなかつたのである。

「子供は惜おしい事をしたね」

「うん。可哀想な事をした。其節は又御叮嚀に難有う。どうせ死ぬ位なら生れない方が好よかつた」

「其後ごは何どうだい。まだ後あとは出来ないか」

「うん、未まだにも何にも、もう駄目だめだらう。身体からだがあんまり好よくないものだからね」

「こんなに動く時は小供のない方が却つて便利で可いいかも知れない」

「夫それもさうさ。一層いつそ君の様に一人身ひとりみなら、猶の事、気楽で可いいかも知れない」

「一人身ひとりみになるさ」

「冗談云つてら――夫よりか、妻さいが頻りに、君はもう奥さんを持つたらうか、未まだだらうかつて気にしてゐたぜ」

所へ電車が来きた。

三の一

代助だいすけの父ちゝは長井得ながゐとくといつて、御維新のとき、戦争に出でた経験のある位な老人であるが、今でも至極達者に生きてゐる。役人を已やめてから、実業界に這入つて、何なにか彼かにかしてゐるうちに、自然と金が貯たまつて、此十四五年来は大分だいぶんの財産家になつた。

誠吾せいごと云ふ兄あにがある。学校を卒業してすぐ、父ちゝの関係してゐる会社へ出でたので、今では其所そこで重要な地位を占める様になつた。梅子といふ夫人に、二人ふたりの子供こどもが出来た。兄は誠太郎と云つて十五になる。妹は縫ぬひといつて三つ違である。

誠吾せいごの外に姉がまだ一人ひとりあるが、是はある外交官に嫁いで、今は夫おつとと共に西洋にゐる。誠吾せいごと此姉の間にもう一人ひとり、それから此姉と代助の間にも、まだ一人ひとり兄弟があつたけれども、それは二人ふたりとも早く死んで仕舞つた。母も死んで仕舞つた。

代助の一家いつけは是丈の人数にんずから出来上できあがつてゐる。そのうちで外そとへ出でてゐるものは、西洋に行つた姉と、近頃ちかごろ一戸を構へた代助ばかりだから、本家ほんけには大小合せて四人よつたり残る訳になる。

代助は月に一度いちどは必ず本家ほんけへ金かねを貰ひに行く。代助は親おやの金かねとも、兄あにの金ともつかぬものを使つかつて生きてゐる。月つきに一度の外ほかにも、退屈になれば出掛けて行く。さうして子供に調戯からかつたり、書生と五目並ごもくならべをしたり、嫂あによめと芝居の評をしたりして帰つて来くる。

代助は此嫂あによめを好すいてゐる。此嫂あによめは、天保調と明治の現代調を、容赦なく継つぎ合あはせた様な一種の人物である。わざ〱仏蘭西ふらんすにゐる義妹いもうとに注文して、六づかしい名のつく、頗る高価な織物おりものを取寄せて、それを四五人で裁たつて、帯に仕立てゝ着きて見たり何なにかする。後あとで、それは日本から輸出したものだと云ふ事が分つて大笑ひになつた。三越陳列所へ行つて、それを調べて来たものは代助である。夫それから西洋の音楽が好すきで、よく代助に誘ひ出されて聞きゝに行く。さうかと思ふと易断うらなひに非常な興味を有もつてゐる。石龍子せきりうしと尾島某おじまなにがしを大いに崇拝する。代助も二三度御相伴しようばんに、俥くるまで易者えきしやの許もと迄食付くつついて行つた事がある。

誠太郎と云ふ子は近頃ベースボールに熱中してゐる。代助が行つて時々とき〲球たまを投なげてやる事がある。彼は妙な希望を持つた子供である。毎年まいとし夏なつの初めに、多くの焼芋やきいも屋が俄然として氷水こほりみづ屋に変化するとき、第一番に馳けつけて、汗も出ないのに、氷菓アイスクリームを食くふものは誠太郎である。氷菓アイスクリームがないときには、氷水こほりみづで我慢する。さうして得意になつて帰つて来くる。近頃では、もし相撲の常設館が出来たら、一番先さきへ這入つて見たいと云つてゐる。叔父おぢさん誰だれか相撲を知りませんかと代助に聞いた事がある。

縫ぬひといふ娘むすめは、何か云ふと、好よくつてよ、知らないわと答へる。さうして日に何遍となくリボンを掛け易へる。近頃はヷイオリンの稽古に行く。帰つて来くると、鋸のこぎりの目立めたての様な声を出して御浚ひをする。たゞし人が見てゐると決して遣やらない。室へやを締しめ切きつて、きい〱云はせるのだから、親おやは可なり上手だと思つてゐる。代助丈が時々とき〲そつと戸を明あけるので、好よくつてよ、知らないわと叱しかられる。

兄あには大抵不在勝がちである。ことに忙いそがしい時になると、家うちで食くふのは朝食あさめし位なもので、あとは、何どうして暮くらしてゐるのか、二人ふたりの子供には全く分わからない。同程度に於て代助にも分らない。是は分わからない方が好このましいので、必要のない限かぎりは、兄あにの日々の戸外こぐわい生活に就て決して研究しないのである。

代助は二人ふたりの子供に大変人望がある。嫂あによめにも可かなりある。兄あにには、あるんだか、ないんだか分わからない。会たまに兄あにと弟おとゝが顔を合せると、たゞ浮世うきよ話をする。双方とも普通の顔で、大いに平気で遣やつてゐる。陳腐に慣なれ抜ぬいた様子である。

三の二

代助の尤もつとも応こたへるのは親爺おやぢである。好いい年としをして、若わかい妾めかけを持もつてゐるが、それは構かまはない。代助から云いふと寧ろ賛成な位なもので、彼かれは妾めかけを置く余裕のないものに限かぎつて、蓄妾ちくしようの攻撃をするんだと考へてゐる。親爺おやぢは又大分だいぶの八釜やかまし屋やである。小供のうちは心魂しんこんに徹てつして困却した事がある。しかし成人せいじんの今日こんにちでは、それにも別段辟易する必要を認みとめない。たゞ応こたへるのは、自分の青年時代と、代助の現今とを混同して、両方共大たいした変りはないと信じてゐる事である。それだから、自分の昔し世に処しよした時の心掛こゝろがけでもつて、代助も遣やらなくつては、嘘うそだといふ論理になる。尤も代助の方では、何なにが嘘うそですかと聞き返した事がない。だから決して喧嘩にはならない。代助は小供の頃非常な肝癪持で、十八九の時分親爺おやぢと組打をした事が一二返ある位だが、成長して学校を卒業して、しばらくすると、此肝癪がぱたりと已やんで仕舞つた。それから以後ついぞ怒おこつた試ためしがない。親爺おやぢはこれを自分の薫育の効果と信じてひそかに誇ほこつてゐる。

実際を云ふと親爺おやぢの所謂薫育は、此父子の間あひだに纏綿する暖あたゝかい情味を次第に冷却せしめた丈である。少なくとも代助はさう思つてゐる。所が親爺おやぢの腹のなかでは、それが全く反対あべこべに解釈されて仕舞つた。何なにをしやうと血肉けつにくの親子おやこである。子が親おやに対する天賦の情合あひが、子を取扱ふ方法の如何に因つて変る筈はづがない。教育の為ため、少しの無理はしやうとも、其結果は決して骨肉の恩愛に影響を及ぼすものではない。儒教の感化を受けた親爺おやぢは、固く斯う信じてゐた。自分が代助に存在を与へたといふ単純な事実が、あらゆる不快苦痛に対して、永久愛情の保証になると考へた親爺おやぢは、その信念をもつて、ぐん〱押して行つた。さうして自分に冷淡な一個の息子むすこを作り上あげた。尤も代助の卒業前後からは其待遇法も大分変つて来きて、ある点から云へば、驚ろく程寛大になつた所もある。然しそれは代助が生うまれ落ちるや否や、此親爺おやぢが代助に向つて作つたプログラムの一部分の遂行に過ぎないので、代助の心意の変移を見抜いた適宜の処置ではなかつたのである。自分の教育が代助に及ぼした悪結果に至つては、今に至つて全く気が付かずにゐる。

親爺おやぢは戦争に出でたのを頗る自慢にする。稍やゝもすると、御前まへ抔はまだ戦争をした事がないから、度胸が据すわらなくつて不可いかんと一概にけなして仕舞ふ。恰も度胸が人間にんげん至上な能力であるかの如き言草いひぐさである。代助はこれを聞きかせられるたんびに厭いやな心持がする。胆力は命いのちの遣やり取とりの劇はげしい、親爺おやぢの若い頃の様な野蛮時代にあつてこそ、生存に必要な資格かも知れないが、文明の今日から云へば、古風な弓術撃剣の類たぐひと大差はない道具と、代助は心得てゐる。否、胆力とは両立し得ないで、しかも胆力以上に難有がつて然るべき能力が沢山ある様に考へられる。御父おとうさんから又胆力の講釈を聞いた。御父おとうさんの様に云ふと、世の中なかで石地蔵が一番偉えらいことになつて仕舞ふ様だねと云つて、嫂あによめと笑つた事がある。

斯う云ふ代助は無論臆病である。又臆病で恥づかしいといふ気は心しんから起らない。ある場合には臆病を以て自任したくなる位である。子供の時、親爺おやぢの使嗾で、夜中よなかにわざ〱青山あをやまの墓地迄出掛けた事がある。気味のわるいのを我慢して一時間も居たら、たまらなくなつて、蒼青な顔をして家うちへ帰つて来きた。其折は自分でも残念に思つた。あくる朝あさ親爺おやぢに笑はれたときは、親爺おやぢが憎にくらしかつた。親爺おやぢの云ふ所によると、彼かれと同時代の少年は、胆力修養の為ため、夜半やはんに結束けつそくして、たつた一人ひとり、御城しろの北きた一里にある剣つるぎが峰みねの天頂てつぺん迄登のぼつて、其所そこの辻堂で夜明よあかしをして、日の出でを拝おがんで帰かへつてくる習慣であつたさうだ。今の若いものとは心得方かたからして違ふと親爺が批評した。

斯んな事を真面目まじめに口くちにした、又今でも口くちにしかねまじき親爺おやぢは気の毒なものだと、代助は考へる。彼は地震が嫌きらひである。瞬間の動揺でも胸むねに波なみが打うつ。あるときは書斎で凝じつと坐すはつてゐて、何かの拍子に、あゝ地震が遠くから寄せて来くるなと感ずる事がある。すると、尻の下に敷しいてゐる坐蒲団も、畳たゝみも、乃至床ゆか板も明らかに震ふるへる様に思はれる。彼かれはこれが自分の本来だと信じてゐる。親爺おやぢの如きは、神経未熟みじゆくの野人か、然らずんば己おのれを偽いつはる愚者としか代助には受け取れないのである。

三の三

代助は今いま此この親爺おやぢと対坐してゐる。廂ひさしの長い小ちいさな部屋なので、居ゐながら庭にはを見ると、廂ひさしの先さきで庭にはが仕切しきられた様な感がある。少すくなくとも空そらは広ひろく見えない。其代り静しづかで、落ち付いて、尻しりの据すわり具合が好いい。

親爺おやぢは刻きざみ烟草たばこを吹ふかすので、手てのある長い烟草盆を前へ引き付けて、時々とき〲灰吹はいふきをぽん〱と叩たゝく。それが静かな庭にはへ響いて好いい音おとがする。代助の方は金きんの吸口すひくちを四五本手烙てあぶりの中なかへ並ならべた。もう鼻はなから烟けむを出すのが厭いやになつたので、腕組うでぐみをして親爺おやぢの顔かほを眺ながめてゐる。其顔かほには年としの割に肉にくが多い。それでゐて頬ほゝは痩こけてゐる。濃こい眉まゆの下したに眼めの皮かはが弛たるんで見える。髭ひげは真白まつしろと云はんよりは、寧ろ黄色きいろである。さうして、話はなしをするときに相手あいての膝頭ひざがしらと顔かほとを半々はん〱に見較べる癖くせがある。其時の眼めの動うごかし方かたで、白眼しろめが一寸ちよつとちらついて、相手あいてに妙な心持もちをさせる。

老人ろうじんは今いま斯んな事を云つてゐる。――

「さう人間にんげんは自分丈を考へるべきではない。世の中なかもある。国家もある。少しは人ひとの為ために何なにかしなくつては心持のわるいものだ。御前だつて、さう、ぶら〱してゐて心持の好いい筈はなからう。そりや、下等社会の無教育のものなら格別だが、最高の教育を受けたものが、決して遊んで居て面白い理由がない。学んだものは、実地に応用して始めて趣味が出でるものだからな」

「左様さうです」と代助は答へてゐる。親爺おやぢから説法されるたんびに、代助は返答に窮するから好加減な事を云ふ習慣になつてゐる。代助に云はせると、親爺おやぢの考は、万事中途半端ちうとはんぱに、或物あるものを独り勝手に断定してから出立するんだから、毫も根本的の意義を有してゐない。しかのみならず、今利他本位でやつてるかと思ふと、何時いつの間まにか利己本位に変つてゐる。言葉丈は滾々として、勿体らしく出るが、要するに端倪すべからざる空談くうだんである。それを基礎から打ち崩して懸かかるのは大変な難事業だし、又必竟出来ない相談だから、始めより成るべく触さはらない様にしてゐる。所が親爺おやぢの方では代助を以て無論自己の太陽系に属すべきものと心得てゐるので、自己は飽までも代助の軌道を支配する権利があると信じて押して来くる。そこで代助も已を得ず親爺おやぢといふ老太陽の周囲を、行儀よく廻転する様に見せてゐる。

「それは実業が厭いやなら厭いやで好いい。何も金かねを儲ける丈が日本の為ためになるとも限るまいから。金かねは取とらんでも構かまはない。金かねの為ために兎や角云ふとなると、御前も心持がわるからう。金かねは今迄通り己おれが補助して遣やる。おれも、もう何時いつ死しぬか分わからないし、死しにや金かねを持つて行く訳にも行いかないし。月々つき〲御前の生計くらし位どうでもしてやる。だから奮発して何か為するが好いい。国民の義務としてするが好いい。もう三十だらう」

「左様さうです」

「三十になつて遊民として、のらくらしてゐるのは、如何にも不体裁だな」

代助は決してのらくらして居ゐるとは思はない。たゞ職業の為ために汚けがされない内容の多い時間を有する、上等人種と自分を考へてゐる丈である。親爺おやぢが斯んな事を云ふたびに、実は気の毒になる。親爺おやぢの幼稚な頭脳には、かく有意義に月日つきひを利用しつゝある結果が、自己の思想情操の上に、結晶して吹き出だしてゐるのが、全く映うつらないのである。仕方がないから、真面目まじめな顔をして、

「えゝ、困ります」と答へた。老人ろうじんは頭あたまから代助を小僧視してゐる上うへに、其返事が何時いつでも幼気おさなげを失はない、簡単な、世帯離しよたいばなれをした文句だものだから、馬鹿ばかにするうちにも、どうも坊ちやんは成人しても仕様がない、困つたものだと云ふ気になる。さうかと思ふと、代助の口調が如何にも平気で、冷静で、はにかまず、もぢ付つかず尋常極まつてゐるので、此奴こいつは手の付け様がないといふ気にもなる。

三の四

「身体からだは丈夫だね」

「二三年このかた風邪かぜを引ひいた事こともありません」

「頭あたまも悪わるい方ぢやないだらう。学校の成蹟も可かなりだつたんぢやないか」

「まあ左様さうです」

「夫それで遊あそんでゐるのは勿体ない。あの何とか云つたね、そら御前おまへの所へ善よく話しに来きた男があるだらう。己おれも一二度逢つたことがある」

「平岡ですか」

「さう平岡。あの人なぞは、あまり出来の可いい方ぢやなかつたさうだが、卒業すると、すぐ何処どこかへ行つたぢやないか」

「其代り失敗しくじつて、もう帰かへつて来きました」

老人は苦笑を禁じ得なかつた。

「どうして」と聞いた。

「詰つまり食くふ為ために働はたらくからでせう」

老人には此意味が善よく解わからなかつた。

「何なにか面白くない事でも遣やつたのかな」と聞き返した。

「其場合々々で当然の事を遣るんでせうけれども、其当然が矢っ張り失敗しくじりになるんでせう」

「はあゝ」と気の乗らない返事をしたが、やがて調子を易かへて、説き出した。

「若い人がよく失敗しくじるといふが、全く誠実と熱心が足りないからだ。己おれも多年の経験で、此年このとしになる迄遣やつて来きたが、どうしても此二つがないと成功しないね」

「誠実と熱心があるために、却つて遣り損ふこともあるでせう」

「いや、先まづないな」

親爺おやぢの頭あたまの上うへに、誠者天之道也と云ふ額が麗々と掛けてある。先代の旧藩主に書いて貰つたとか云つて、親爺おやぢは尤も珍重してゐる。代助は此額が甚だ嫌である。第一字が嫌だ。其上文句が気に喰はない。誠は天の道なりの後あとへ、人の道にあらずと附け加へたい様な心持がする。

其昔し藩の財政が疲弊して、始末が付かなくなつた時、整理の任に当つた長井は、藩侯に縁故のある町人を二三人呼び集めて、刀かたなを脱いで其前に頭あたまを下さげて、彼等に一時の融通を頼んだ事がある。固より返かへせるか、返せないか、分らなかつたんだから、分らないと真直に自白して、それがために其時成功した。その因縁で此額がくを藩主に書かいて貰もらつたんである。爾来長井は何時いつでも、之を自分の居間ゐまに掛けて朝夕眺めてゐる。代助は此額の由来を何遍聞きかされたか知れない。

今から十五六年前に、旧藩主の家いへで、月々つき〲の支出が嵩かさんできて、折角持ち直した経済が又崩くづれ出した時にも、長井は前年の手腕によつて、再度の整理を委託された。其時長井は自分で風呂の薪まきを焚いて見みて、実際の消費高だかと帳面づらの消費高だかとの差違から調しらべにかゝつたが、終日終夜この事丈に精魂を打ち込んだ結果は、約一ヶ月内に立派な方法を立て得るに至つた。それより以後藩主の家では比較的豊かな生計くらしをしてゐる。

斯う云ふ過去の歴史を持つてゐて、此過去の歴史以外には、一歩も踏み出して考へる事を敢てしない長井は、何なんによらず、誠実と熱心へ持つて行きたがる。

「御前は、どう云ふものか、誠実と熱心が欠けてゐる様だ。それぢや不可ん。だから何にも出来ないんだ」

「誠実も熱心もあるんですが、たゞ人事上に応用出来ないんです」

「何どう云ふ訳で」

代助は又返答に窮した。代助の考によると、誠実だらうが、熱心だらうが、自分が出来合できあひの奴やつを胸に蓄たくはへてゐるんぢやなくつて、石と鉄と触れて火花ひばなの出でる様に、相手次第で摩擦の具合がうまく行けば、当事者二人ににんの間に起るべき現象である。自分の有する性質と云ふよりは寧ろ精神の交換作用である。だから相手が悪わるくつては起おこり様がない。

「御父おとうさんは論語だの、王陽明だのといふ、金きんの延金のべがねを呑のんで入らつしやるから、左様さういふ事を仰しやるんでせう」

「金きんの延金のべがねとは」

代助はしばらく黙だまつてゐたが、漸やく、

「延金のべがねの儘出でて来くるんです」と云つた。長井は、書物癖のある、偏窟な、世慣れない若輩のいひたがる不得要領の警句として、好奇心のあるにも拘はらず、取り合ふ事を敢てしなかつた。

三の五

それから約四十分程して、老人は着物きものを着換きかえて、袴はかまを穿はいて、俥くるまに乗のつて、何処どこかへ出でて行いつた。代助も玄関迄送つて出たが、又引き返して客間きやくまの戸を開けて中なかへ這入はいつた。是これは近頃ちかごろになつて建たて増した西洋作りで、内部の装飾其他の大部分は、代助の意匠に本もとづいて、専門家へ注文して出来上つたものである。ことに欄間らんまの周囲に張つた模様画は、自分の知り合ひの去る画家に頼たのんで、色々相談の揚句あげくに成つたものだから、特更興味が深い。代助は立ちながら、画巻物ゑまきものを展開てんかいした様な、横長よこながの色彩しきさいを眺めてゐたが、どう云ふものか、此前このまへ来きて見た時よりは、痛いたく見劣りがする。是では頼たのもしくないと思ひながら、猶局部々々に眼めを付つけて吟味してゐると、突然嫂あによめが這入つて来た。

「おや、此所こゝに入いらつしやるの」と云つたが、「一寸ちよいと其所そこいらに私わたくしの櫛くしが落ちて居ゐなくつて」と聞いた。櫛くしは長椅子ソーフアの足あしの所ところにあつた。昨日きのふ縫子ぬひこに貸かして遣やつたら、何所どこかへ失なくなして仕舞つたんで、探さがしに来きたんださうである。両手で頭あたまを抑へる様にして、櫛くしを束髪の根方ねがたへ押し付けて、上眼うはめで代助を見ながら、

「相変らず茫乎ぼんやりしてるぢやありませんか」と調戯からかつた。

「御父おとうさんから御談義を聞きかされちまつた」

「また? 能く叱しかられるのね。御帰り匆々、随分気が利かないわね。然し貴方あなたもあんまり、好よかないわ。些とも御父おとうさんの云ふ通りになさらないんだもの」

「御父おとうさんの前で議論なんかしやしませんよ。万事控え目に大人しくしてゐるんです」

「だから猶始末が悪わるいのよ。何か云ふと、へい〱つて、さうして、些ちつとも云ふ事を聞かないんだもの」

代助は苦笑して黙だまつて仕舞つた。梅子うめこは代助の方へ向いて、椅子へ腰を卸した。脊せいのすらりとした、色の浅黒い、眉の濃こい、唇の薄い女である。

「まあ、御掛おかけなさい。少し話し相手になつて上あげるから」

代助は矢っ張り立つた儘、嫂あによめの姿すがたを見守つてゐた。

「今日けふは妙な半襟はんえりを掛けてますね」

「これ?」

梅子は顎あごを縮ちゞめて、八の字を寄せて、自分の襦袢の襟を見やうとした。

「此間こないだ買つたの」

「好いい色だ」

「まあ、そんな事は、何どうでも可いいから、其所そこへ御掛おかけなさいよ」

代助は嫂あによめの真ま正面へ腰を卸した。

「へえ掛かけました」

「一体いつたい今日けふは何を叱しかられたんです」

「何を叱しかられたんだか、あんまり要領を得ない。然し御父おとうさんの国家社会の為ために尽すには驚ろいた。何でも十八の年としから今日迄こんにちまでのべつに尽つくしてるんだつてね」

「それだから、あの位に御成りになつたんぢやありませんか」

「国家社会の為に尽つくして、金かねが御父おとうさん位儲かるなら、僕も尽つくしても好いい」

「だから遊んでないで、御尽つくしなさいな。貴方あなたは寐てゐて御金おかねを取とらうとするから狡猾よ」

「御金おかねを取らうとした事は、まだ有ありません」

「取とらうとしなくつても、使つかふから同おんなじぢやありませんか」

「兄にいさんが何なんとか云つてましたか」

「兄にいさんは呆あきれてるから、何とも云やしません」

「随分猛烈だな。然し御父おとうさんより兄にいさんの方が偉えらいですね」

「何どうして。――あら悪にくらしい、又あんな御世辞を使つて。貴方あなたはそれが悪わるいのよ。真面目まじめな顔をして他ひとを茶化すから」

「左様そんなもんでせうか」

「左様そんなもんでせうかつて、他ひとの事ぢやあるまいし。少すこしや考へて御覧なさいな」

「何どうも此所こゝへ来くると、丸で門野かどのと同おんなじ様になつちまふから困こまる」

「門野かどのつて何なんです」

「なに宅うちにゐる書生ですがね。人ひとに何か云はれると、屹度左様そんなもんでせうか、とか、左様さうでせうか、とか答へるんです」

「あの人が? 余っ程妙なのね」

三の六

代助は一寸ちよつと話はなしを已やめて、梅子うめこの肩越かたごしに、窓掛まどかけの間あひだから、奇麗な空そらを透すかす様に見てゐた。遠くに大きな樹きが一本ある。薄茶色うすちやいろの芽めを全体に吹いて、柔やわらかい梢こづえの端はじが天てんに接つゞく所は、糠雨ぬかあめで暈ぼかされたかの如くに霞かすんでゐる。

「好いい気候になりましたね。何所どこか御花見にでも行きませうか」

「行きませう。行くから仰おつしやい」

「何なにを」

「御父おとうさまから云はれた事を」

「云はれた事は色々あるんですが、秩序立ちつじよだてて繰くり返かへすのは困るですよ。頭あたまが悪わるいんだから」

「まだ空そらつとぼけて居ゐらつしやる。ちやんと知つてますよ」

「ぢや、伺うかゞひませうか」

梅子は少しつんとした。

「貴方あなたは近頃余つ程減へらず口ぐちが達者におなりね」

「何なに、姉ねえさんが辟易する程ぢやない。――時に今日けふは大変静かですね。どうしました、小供達は」

「小供は学校です」

十六七の小間使こまづかひが戸とを開あけて顔かほを出した。あの、旦那様が、奥様に一寸ちよつと電話口ぐち迄と取り次ついだなり、黙つて梅子の返事を待つてゐる。梅子はすぐ立つた。代助も立つた。つゞいて客間きやくまを出やうとすると、梅子は振り向いた。

「あなたは、其所そこに居ゐらつしやい。少し話しがあるから」

代助には嫂あによめのかう云ふ命令的の言葉が何時いつでも面白く感ぜられる。御緩ごゆつくりと見送つた儘、又腰を掛けて、再び例の画を眺め出だした。しばらくすると、其色が壁かべの上に塗り付けてあるのでなくつて、自分の眼球めだまの中なかから飛び出して、壁かべの上うへへ行つて、べた〱喰くつ付つく様に見えて来きた。仕舞には眼球めだまから色を出す具合一つで、向ふにある人物樹木が、此方こちらの思ひ通りに変化出来る様になつた。代助はかくして、下手へたな個所々々を悉く塗り更かへて、とう〱自分の想像し得うる限りの尤も美くしい色彩に包囲されて、恍惚と坐すはつてゐた。所へ梅子うめこが帰つて来きたので、忽ち当り前の自分に戻つて仕舞つた。

梅子の用事と云ふのを改まつて聞いて見ると、又例の縁談の事であつた。代助は学校を卒業する前から、梅子の御蔭で写真実物色々な細君の候補者に接した。けれども、何いづれも不合格者ばかりであつた。始めのうちは体裁の好いい逃にげ口上で断わつてゐたが、二年程前からは、急に図迂づう々々しくなつて、屹度相手にけちを付ける。口くちと顎あごの角度が悪わるいとか、眼めの長さが顔の幅はゞに比例しないとか、耳の位置が間違まちがつてるとか、必ず妙な非難を持つて来くる。それが悉く尋常な言草いひぐさでないので、仕舞には梅子も少々考へ出した。是は必竟世話を焼き過ぎるから、付け上つて、人を困こまらせるのだらう。当分打遣うつちやつて置いて、向ふから頼み出させるに若しくはない。と決心して、夫からは縁談の事をついぞ口くちにしなくなつた。所が本人は一向困つた様子もなく、依然として海のものとも、山のものとも見当が付かない態度で今日迄暮くらして来きた。

其所そこへ親爺おやぢが甚だ因念の深ふかいある候補者を見付けて、旅行先さきから帰つた。梅子は代助の来くる二三日前に、其話を親爺おやぢから聞かされたので、今日けふの会談は必ずそれだらうと推したのである。然し代助は実際老人から結婚問題に付いては、此日このひ何にも聞きかなかつたのである。老人は或はそれを披露する気で、呼んだのかも知れないが、代助の態度を見て、もう少し控えて置く方が得策だといふ了見を起した結果、故意わざと話題を避けたとも取れる。

此候補者に対して代助は一種特殊な関係を有もつてゐた。候補者の姓は知つてゐる。けれど名は知らない。年齢、容貌、教育、性質に至つては全く知らない。何故なぜその女が候補者に立つたと云ふ因念になると又能く知つて居る。

三の七

代助の父ちゝには一人ひとりの兄あにがあつた。直記なほきと云つて、父ちゝとはたつた一つ違ひの年上としうへだが、父ちゝよりは小柄こがらなうへに、顔付かほつき眼鼻立めはなだちが非常に似にてゐたものだから、知らない人には往々双子ふたごと間違へられた。其折は父も得とくとは云はなかつた。誠之進といふ幼名で通とほつてゐた。

直記なほきと誠之進とは外貌のよく似てゐた如く、気質きだても本当の兄弟であつた。両方に差支のあるときは特別、都合さへ付けば、同じ所に食くつ付き合つて、同じ事をして暮してゐた。稽古も同時同刻に往き返りをする。読書にも一つ燈火ともしびを分つた位親したしかつた。

丁度直記なほきの十八の秋あきであつた。ある時二人ふたりは城下外じやうかはづれの等覚寺といふ寺へ親おやの使に行つた。これは藩主の菩提寺で、そこにゐる楚水といふ坊さんが、二人ふたりの親おやとは昵近じつこんなので、用の手紙を、此楚水さんに渡しに行つたのである。用は囲碁の招待か何かで返事にも及ばない程簡略なものであつたが、楚水さんに留とめられて、色々話してゐるうちに遅おそくなつて、日の暮れる一時間程前に漸く寺を出た。その日は何か祭のある折で、市中しちうは大分雑沓してゐた。二人ふたりは群集のなかを急いで帰る拍子に、ある横町を曲らうとする角かどで、川向ひの方限ほうぎりの某なにがしといふものに突き当つた。此某なにがしと二人ふたりとは、かねてから仲なかが悪わるかつた。其時某なにがしは大分酒気を帯びてゐたと見えて、二言三言ふたことみこといひ争ふうちに刀かたなを抜ぬいて、いきなり斬り付つけた。斬り付つけられた方は兄あにであつた。已を得ず是も腰の物を抜ぬいて立ち向つたが、相手は平生から極めて評判のわるい乱暴もの丈あつて、酩酊してゐるにも拘はらず、強かつた。黙だまつてゐれば兄の方が負ける。そこで弟も刀を抜いた。さうして二人ふたりで滅茶苦茶に相手を斬り殺して仕舞つた。

其頃ころの習慣として、侍さむらひが侍さむらひを殺せば、殺した方が切腹をしなければならない。兄弟は其覚悟で家うちへ帰つて来きた。父ちゝも二人ふたりを並べて置いて順々に自分で介錯をする気であつた。所が母はゝが生憎祭まつりで知己ちかづきの家うちへ呼よばれて留守である。父は二人ふたりに切腹をさせる前、もう一遍母はゝに逢あはしてやりたいと云ふ人情から、すぐ母はゝを迎にやつた。さうして母の来くる間あひだ、二人ふたりに訓戒を加へたり、或は切腹する座敷の用意をさせたり可成愚図々々してゐた。

母はゝの客に行つてゐた所は、その遠縁とほえんにあたる高木たかぎといふ勢力家であつたので、大変都合が好よかつた。と云ふのは、其頃は世の中なかの動うごき掛けた当時で、侍さむらひの掟おきても昔の様には厳重に行はれなかつた。殊更殺された相手は評判の悪い無頼の青年であつた。ので高木は母とともに長井の家いへへ来きて、何分の沙汰が公向おもてむきからある迄は、当分其儘にして、手を着けずに置くやうにと、父を諭さとした。

高木はそれから奔走を始めた。さうして第一に家老を説き付けた。それから家老を通して藩主を説き付けた。殺された某なにがしの親おやは又、存外訳の解わかつた人で、平生から倅せがれの行跡ぎやうせきの良くないのを苦に病んでゐたのみならず、斬り付けた当時も、此方こつちから狼藉をしかけたと同然であるといふ事が明瞭になつたので、兄弟を寛大に処分する運動に就ては別段の苦情を持ち出さなかつた。兄弟はしばらく一間ひとまの内うちに閉ぢ籠つて、謹慎の意を表して後、二人ふたりとも人ひと知れず家いへを捨すてた。

三年の後兄あには京都で浪士に殺された。四年目に天下が明治となつた。又五六年してから、誠之進は両親を国元から東京へ呼び寄せた。さうして妻を迎へて、得とくといふ一字名なになつた。其時は自分の命いのちを助けてくれた高木はもう死んで、養子の代になつてゐた。東京へ出て仕官の方法でも講じたらと思つて色々勧めて見たが応じなかつた。此養子に子供が二人ふたりあつて、男の方は京都へ出て同志社へ這入はいつた。其所そこを卒業してから、長らく亜米利加に居つたさうだが、今では神戸で実業に従事して、相当の資産家になつてゐる。女の方は県下の多額納税者の所へ嫁よめに行つた。代助の細君の候補者といふのは此多額納税者の娘である。

「大変込み入つてるのね。私わたし驚ろいちまつた」と嫂あによめが代助に云つた。

「御父おとうさんから何返も聞いてるぢやありませんか」

「だつて、何時いつもは御嫁よめの話はなしが出でないから、好いい加減に聞いてるのよ」

「佐川さがはにそんな娘があつたのかな。僕も些ちつとも知らなかつた」

「御貰おもらひなさいよ」

「賛成なんですか」

「賛成ですとも。因念つきぢやありませんか」

「先祖の拵らえた因念よりも、まだ自分の拵えた因念で貰ふ方が貰もらひ好いい様だな」

「おや、左様そんなのがあるの」

代助は苦笑して答へなかつた。

四の一

代助は今読み切きつた許ばかりの薄うすい洋書を机の上に開あけた儘、両肱ひぢを突ついて茫乎ぼんやり考へた。代助の頭あたまは最後の幕まくで一杯になつてゐる。――遠くの向ふに寒さむさうな樹が立つてゐる後うしろに、二つの小さな角燈が音おともなく揺ゆらめいて見えた。絞首台は其所そこにある。刑人は暗くらい所に立つた。木履くつを片足かたあし失なくなした、寒さむいと一人ひとりが云ふと、何なにを? と一人ひとりが聞き直なほした。木履くつを失なくなして寒いと前まへのものが同じ事を繰り返した。Mは何処どこにゐると誰だれか聞いた。此所こゝにゐると誰だれか答へた。樹きの間あひだに大きな、白い様な、平たいものが見える。湿しめつぽい風かぜが其所そこから吹いて来くる。海だとGが云つた。しばらくすると、宣告文を書かいた紙かみと、宣告文を持つた、白い手――手套てぶくろを穿はめない――を角燈が照てらした。読上よみあげんでも可よからうといふ声がした。其の声は顫へてゐた。やがて角燈が消えた。……もう只たつた一人ひとりになつたとKが云つた。さうして溜息ためいきを吐ついた。Sも死んで仕舞つた。Wも死んで仕舞つた。Mも死んで仕舞つた。只たつた一人ひとりになつて仕舞つた。……

海から日ひが上あがつた。彼等は死骸を一つの車に積み込んだ。さうして引き出した。長くなつた頸くび、飛び出だした眼め、唇くちびるの上うへに咲いた、怖ろしい花の様な血の泡あはに濡ぬれた舌したを積み込んで元もとの路へ引き返した。……

代助はアンドレーフの「七刑人」の最後の模様を、此所こゝ迄頭あたまの中なかで繰り返して見て、竦ぞつと肩かたを縮すくめた。斯かう云ふ時に、彼かれが尤も痛切に感かんずるのは、万一自分がこんな場に臨のぞんだら、どうしたら宜からうといふ心配である。考へると到底死ねさうもない。と云つて、無理にも殺されるんだから、如何いかにも残酷である。彼は生せいの慾望と死の圧迫の間に、わが身を想像して、未練みれんに両方に往つたり来きたりする苦悶を心に描ゑがき出しながら凝じつと坐すはつてゐると、脊中せなか一面いちめんの皮かはが毛穴けあなごとにむづ〱して殆ほとんど堪たまらなくなる。

彼かれの父ちゝは十七のとき、家中かちうの一人ひとりを斬り殺して、それが為ため切腹をする覚悟をしたと自分で常に人に語かたつてゐる。父ちゝの考では兄あにの介錯を自分がして、自分の介錯を祖父ぢゞに頼む筈であつたさうだが、能くそんな真似が出来るものである。父ちゝが過去を語かたる度たびに、代助は父ちゝをえらいと思ふより、不愉快な人間にんげんだと思ふ。さうでなければ嘘吐うそつきだと思ふ。嘘吐うそつきの方がまだ余っ程父ちゝらしい気がする。

父許ちゝばかりではない。祖父ぢゞに就ても、こんな話がある。祖父ぢゞが若い時分、撃剣の同門の何とかといふ男が、あまり技芸に達してゐた所から、他ひとの嫉妬ねたみを受けて、ある夜縄手道みちを城下へ帰る途中で、誰だれかに斬り殺された。其時第一に馳け付つけたものは祖父ぢゞであつた。左の手に提灯を翳かざして、右の手に抜身ぬきみを持つて、其抜身ぬきみで死骸しがいを叩きながら、軍平ぐんぺい確しつかりしろ、創きづは浅あさいぞと云つたさうである。

伯父おぢが京都で殺された時は、頭巾を着た人間にどや〱と、旅宿やどやに踏み込まれて、伯父は二階の廂ひさしから飛び下おりる途端、庭石に爪付つまづいて倒れる所を上うへから、容赦なく遣やられた為に、顔が膾なますの様になつたさうである。殺される十日程ほど前、夜中やちう、合羽かつぱを着きて、傘かさに雪を除よけながら、足駄あしだがけで、四条から三条へ帰つた事がある。其時旅宿やどの二丁程手前で、突然とつぜん後うしろから長井直記なほきどのと呼び懸けられた。伯父おぢは振り向きもせず、矢張り傘かさを差さした儘、旅宿やどの戸口とぐち迄来きて、格子こうしを開あけて中なかへ這入はいつた。さうして格子をぴしやりと締しめて、中うちから、長井直記なほきは拙者だ。何御用か。と聞いたさうである。

代助は斯んな話を聞く度たびに、勇いさましいと云ふ気持よりも、まづ怖い方が先に立たつ。度胸を買つてやる前に、腥なまぐさい臭にほひが鼻柱はなばしらを抜ける様に応こたへる。

もし死が可能であるならば、それは発作ほつさの絶高頂に達した一瞬にあるだらうとは、代助のかねて期待する所である。所が、彼は決して発作ほつさ性の男でない。手も顫ふるへる、足も顫ふるへる。声の顫ふるへる事や、心臓の飛び上あがる事は始終ある。けれども、激する事は近来殆んどない。激すると云ふ心的状態は、死に近づき得る自然の階段で、激するたびに死しに易くなるのは眼めに見えてゐるから、時には好奇心で、せめて、其近所迄押し寄せて見みたいと思ふ事もあるが、全く駄目である。代助は此頃の自己を解剖するたびに、五六年前の自己と、丸で違ちがつてゐるのに驚ろかずにはゐられない。

四の二

代助は机の上の書物を伏せると立ち上あがつた。縁側えんがはの硝子戸がらすどを細目ほそめに開あけた間あひだから暖あたゝかい陽気な風が吹き込んで来きた。さうして鉢植のアマランスの赤い瓣はなびらをふら〱と揺うごかした。日ひは大きな花の上うへに落ちてゐる。代助は曲こゞんで、花の中なかを覗のぞき込んだ。やがて、ひよろ長い雄蕊ずゐの頂いたゞきから、花粉くわふんを取つて、雌蕊しずゐの先さきへ持つて来きて、丹念たんねんに塗ぬり付つけた。

「蟻ありでも付つきましたか」と門野かどのが玄関の方から出でて来きた。袴はかまを穿はいてゐる。代助は曲こゞんだ儘顔を上あげた。

「もう行いつて来きたの」

「えゝ、行いつて来きました。何なんださうです。明日あした御引移おひきうつりになるさうです。今日けふ是から上あがらうと思つてた所だと仰おつしやいました」

「誰だれが? 平岡が?」

「えゝ。――どうも何なんですな。大分御忙いそがしい様ですな。先生た余つ程違ちがつてますね。――蟻なら種油たねあぶらを御注おつぎなさい。さうして苦くるしがつて、穴から出でて来くる所を一々いち〱殺すんです。何なら殺ころしませうか」

「蟻ぢやない。斯かうして、天気の好いい時に、花粉を取とつて、雌蕊しずゐへ塗り付つけて置くと、今に実みが結なるんです。暇ひまだから植木屋から聞きいた通り、遣やつてる所だ」

「なある程。どうも重宝な世の中なかになりましたね。――然し盆栽は好いいもんだ。奇麗で、楽しみになつて」

代助は面倒臭めんどくさいから返事をせずに黙つてゐた。やがて、

「悪戯いたづらも好加減いゝかげんに休よすかな」と云ひながら立ち上あがつて、縁側へ据付すゑつけの、籐との安楽椅子いすに腰を掛けた。夫れ限ぎりぽかんと何か考へ込んでゐる。門野かどのは詰つまらなくなつたから、自分の玄関傍わきの三畳敷じきへ引き取つた。障子じを開あけて這入らうとすると、又縁側へ呼び返かへされた。

「平岡が今日けふ来くると云つたつて」

「えゝ、来くる様な御話しでした」

「ぢや待まつてゐやう」

代助は外出を見合せた。実は平岡の事が此間このあひだから大分気に掛かゝつてゐる。

平岡は此前このぜん、代助を訪問した当時、既すでに落ち付ついてゐられない身分であつた。彼かれ自身の代助に語つた所によると、地位の心当りが二三ヶ所あるから、差し当り其方面へ運動して見る積りなんださうだが、其二三ヶ所が今どうなつてゐるか、代助は殆んど知らない。代助の方から神保町の宿やどを訪たづねた事が二返あるが、一度は留守であつた。一度は居つたには居おつた。が、洋服を着きた儘、部屋へやの敷居しきゐの上に立つて、何なにか急せわしい調子で、細君を極きめ付つけてゐた。――案内なしに廊下を伝つたつて、平岡の部屋の横よこへ出でた代助には、突然ながら、たしかに左様さう取れた。其時平岡は一寸ちよつと振り向むいて、やあ君かと云つた。其顔にも容子にも、少しも快こゝろよさゝうな所は見えなかつた。部屋の内なかから顔を出した細君は代助を見て、蒼白あをじろい頬ほゝをぽつと赤くした。代助は何となく席に就つき悪にくくなつた。まあ這入れと申し訳に云ふのを聞き流して、いや別段用ぢやない。何どうしてゐるかと思つて一寸ちよつと来きて見た丈だ。出掛でかけるなら一所に出様でやうと、此方こつちから誘ふ様にして表おもてへ出でて仕舞つた。

其時平岡は、早く家いへを探さがして落ち付きたいが、あんまり忙いそがしいんで、何どうする事も出来ない、たまに宿やどのものが教へてくれるかと思ふと、まだ人が立ち退のかなかつたり、あるひは今壁かべを塗ぬつてる最中さいちうだつたりする。などと、電車へ乗つて分れる迄諸事苦情づくめであつた。代助も気の毒になつて、そんなら家いへは、宅うちの書生に探さがさせやう。なに不景気だから、大分空あいてるのがある筈だ。と請合うけあつて帰つた。

夫それから約束通り門野かどのを探さがしに出だした。出だすや否や、門野はすぐ恰好かつこうなのを見付けて来きた。門野かどのに案内をさせて平岡夫婦に見せると、大抵可よからうと云ふ事で分わかれたさうだが、門野かどのは家主いへぬしの方へ責任もあるし、又其所そこが気に入らなければ外ほかを探さがす考もあるからと云ふので、借りるか借りないか判然はつきりした所を、もう一遍確かめさしたのである。

「君、家主いへぬしの方へは借かりるつて、断わつて来きたんだらうね」

「えゝ、帰りに寄よつて、明日あした引越すからつて、云つて来きました」

四の三

代助は椅子に腰こしを掛かけた儘、新あたらしく二度の世帯しよたいを東京に持つ、夫婦の未来を考へた。平岡は三年前新橋で分れた時とは、もう大分変つてゐる。彼かれの経歴は処世の階子段はしごだんを一二段で踏ふみ外はづしたと同じ事である。まだ高い所へ上のぼつてゐなかつた丈が、幸さひはひと云へば云ふ様なものゝ、世間の眼めに映ずる程、身体からだに打撲だぼくを受けてゐないのみで、其実精神状態には既に狂ひが出来てゐる。始めて逢つた時、代助はすぐ左様さう思つた。けれども、三年間に起つた自分の方の変化を打算ださんして見て、或は此方こつちの心こゝろが向むかふに反響を起したのではなからうかと訂正した。が、其後そのご平岡の旅宿へ尋ねて行つて、座敷へも這入らないで一所に外そとへ出でた時の、容子から言語動作を眼の前に浮べて見ると、どうしても又最初の判断に戻もどらなければならなくなつた。平岡は其時顔かほの中心ちうしんに一種の神経を寄せてゐた。風かぜが吹ふいても、砂すなが飛とんでも、強い刺激を受けさうな眉まゆと眉まゆの継目つぎめを、憚はゞからず、ぴくつかせてゐた。さうして、口くちにする事ことが、内容の如何に関はらず、如何にも急せわしなく、且つ切せつなさうに、代助の耳みゝに響ひゞいた。代助には、平岡の凡てが、恰も肺の強くない人の、重苦おもくるしい葛湯くづゆの中なかを片息かたいきで泳およいでゐる様に取れた。

「あんなに、焦あせつて」と、電車へ乗つて飛んで行く平岡の姿すがたを見送つた代助は、口くちの内うちでつぶやいだ。さうして旅宿に残されてゐる細君の事を考へた。

代助は此細君を捕つらまへて、かつて奥さんと云つた事がない。何時いつでも三千代みちよさん〱と、結婚しない前の通りに、本名ほんみようを呼よんでゐる。代助は平岡に分わかれてから又引き返して、旅宿りよしゆくへ行つて、三千代みちよさんに逢つて話はなしをしやうかと思つた。けれども、何なんだか行ゆけなかつた。足あしを停とめて思案しあんしても、今の自分には、行くのが悪わるいと云ふ意味はちつとも見出みいだせなかつた。けれども、気きが咎とがめて行いかれなかつた。勇気を出だせば行いかれると思つた。たゞ代助には是丈の勇気を出すのが苦痛であつた。夫それで家うちへ帰つた。其代り帰つても、落おち付つかない様な、物足ものたらない様な、妙な心持がした。ので、又外そとへ出でて酒を飲のんだ。代助は酒をいくらでも飲む男である。ことに其晩はしたゝかに飲んだ。

「あの時は、何どうかしてゐたんだ」と代助は椅子に倚よりながら、比較的冷ひややかな自己で、自己の影を批判した。

「何なにか御用ですか」と門野かどのが又出でて来きた。袴はかまを脱ぬいで、足袋たびを脱ぬいで、団子だんごの様な素足すあしを出だしてゐる。代助は黙だまつて門野かどのの顔かほを見た。門野かどのも代助の顔を見て、一寸ちよつとの間あひだ突立つゝたつてゐた。

「おや、御呼およびになつたんぢやないですか。おや、おや」と云つて引込んで行つた。代助は別段可笑おかしいとも思はなかつた。

「小母おばさん、御呼およびになつたんぢやないとさ。何どうも変だと思つた。だから手も何も鳴らないつて云ふのに」といふ言葉が茶の間まの方で聞きこえた。夫から門野かどのと婆ばあさんの笑ふ声がした。

其時、待ち設けてゐる御客が来きた。取次とりつぎに出でた門野かどのは意外な顔をして這入つて来きた。さうして、其顔を代助の傍そば迄持つて来きて、先生、奥さんですと囁さゝやく様に云つた。代助は黙だまつて椅子を離れて坐敷へ這入つた。

四の四

平岡の細君は、色の白い割に髪かみの黒い、細面ほそおもてに眉毛まみへの判然はつきり映うつる女である。一寸ちよつと見ると何所どことなく淋さみしい感じの起る所が、古版こはんの浮世絵に似てゐる。帰京後は色光沢いろつやがことに可よくないやうだ。始めて旅宿で逢つた時、代助は少すこし驚ろいた位である。汽車で長く揺られた疲れが、まだ回復しないのかと思つて、聞いて見たら、左様さうぢやない、始終斯かうなんだと云はれた時は、気の毒になつた。

三千代みちよは東京を出でて一年目に産をした。生れた子供はぢき死んだが、それから心臓を痛めたと見えて、兎角具合がわるい。始めのうちは、ただ、ぶら〱してゐたが、何どうしても、はか〲しく癒らないので、仕舞に医者に見て貰もらつたら、能よくは分わからないが、ことに依よると何とかいふ六づかしい名の心臓病かも知れないと云つた。もし左様さうだとすれば、心臓から動脈へ出でる血ちが、少しづゝ、後戻あともどりをする難症だから、根治は覚束ないと宣告されたので、平岡も驚ろいて、出来る丈養生に手を尽した所為せゐか、一年許りするうちに、好いい案排あんばいに、元気が滅切めつきりよくなつた。色光沢いろつやも殆んど元もとの様に冴々さえ〲して見える日が多いので、当人も喜よろこんでゐると、帰る一ヶ月ばかり前から、又血色けつしよくが悪くなり出だした。然し医者の話によると、今度のは心臓の為ためではない。心臓は、夫程丈夫にもならないが、決して前よりは悪わるくなつてゐない。弁べんの作用に故障があるものとは、今は決して認められないといふ診断であつた。――是は三千代が直ぢかに代助に話はなした所である。代助は其時三千代の顔を見て、矢っ張り何か心配の為ためぢやないかしらと思つた。

三千代みちよは美うつくしい線せんを奇麗に重ねた鮮あざやかな二重瞼ふたへまぶたを持つてゐる。眼めの恰好は細長い方であるが、瞳ひとみを据ゑて凝じつと物を見るときに、それが何かの具合で大変大きく見える。代助は是を黒眼くろめの働らきと判断してゐた。三千代みちよが細君にならない前、代助はよく、三千代みちよの斯かう云ふ眼遣めづかひを見た。さうして今でも善よく覚えてゐる。三千代みちよの顔を頭あたまの中なかに浮うかべやうとすると、顔の輪廓が、まだ出来上あがらないうちに、此黒くろい、湿うるんだ様に暈ぼかされた眼めが、ぽつと出でて来くる。

廊下伝ひに坐敷へ案内された三千代みちよは今代助の前に腰こしを掛けた。さうして奇麗な手を膝ひざの上うへに畳かさねた。下したにした手にも指輪ゆびわを穿はめてゐる。上うへにした手にも指輪ゆびわを穿はめてゐる。上うへのは細い金きんの枠わくに比較的大きな真珠しんじゆを盛もつた当世風のもので、三年前結婚の御祝として代助から贈られたものである。

三千代みちよは顔かほを上あげた。代助は、突然とつぜん例の眼めを認みとめて、思はず瞬またゝきを一つした。

汽車で着いた明日あくるひ平岡と一所に来くる筈であつたけれども、つい気分が悪わるいので、来損きそくなつて仕舞つて、それからは一人ひとりでなくつては来くる機会がないので、つい出でずにゐたが、今日けふは丁度、と云ひかけて、句を切つて、それから急に思ひ出した様に、此間来きて呉れた時は、平岡が出掛際でかけぎはだつたものだから、大変失礼して済まなかつたといふ様な詫わびをして、

「待まつてゐらつしやれば可よかつたのに」と女らしく愛想をつけ加へた。けれども其調子は沈んでゐた。尤も是これは此女の持もち調子で、代助は却つて其昔を憶おもひ出だした。

「だつて、大変忙いそがしさうだつたから」

「えゝ、忙いそがしい事は忙いそがしいんですけれども――好いいぢやありませんか。居ゐらしつたつて。あんまり他人行儀ですわ」

代助は、あの時、夫婦の間に何があつたか聞いて見様と思つたけれども、まづ已めにした。例いつもなら調戯からかひ半分に、あなたは何か叱しかられて、顔かほを赤くしてゐましたね、どんな悪わるい事をしたんですか位言ひかねない間柄あひだがらなのであるが、代助には三千代の愛嬌が、後あとから其場そのばを取り繕ふ様に、いたましく聞えたので、冗談を云ひ募る元気も一寸ちよつと出でなかつた。

四の五

代助は烟草たばこへ火ひを点つけて、吸口すひくちを啣くわへた儘、椅子の脊せに頭あたまを持もたせて、寛くつろいだ様に、

「久し振ぶりだから、何か御馳走しませうか」と聞きいた。さうして心こゝろのうちで、自分の斯う云ふ態度が、幾分か此女の慰藉になる様に感じた。三千代は、

「今日けふは沢山たくさん。さう緩ゆつくりしちやゐられないの」と云つて、昔むかしの金歯きんばを一寸ちょつと見せた。

「まあ、可いいでせう」

代助は両手を頭あたまの後うしろへ持もつて行つて、指ゆびと指ゆびを組み合せて三千代を見た。三千代はこゞんで帯の間あひだから小さな時計を出だした。代助が真珠の指輪を此女に贈おくりものにする時、平岡は此時計を妻に買つて遣やつたのである。代助は、一つ店みせで別々べつ〱の品物しなものを買つた後あと、平岡と連つれ立だつて其所そこの敷居しきゐを跨またぎながら互に顔を見合せて笑つた事を記憶してゐる。

「おや、もう三時過ぎね。まだ二時位かと思つてたら。――少し寄り道みちをしてゐたものだから」

と独り言ごとの様に説明を加へた。

「そんなに急いそぐんですか」

「えゝ、成なり丈たけ早く帰りたいの」

代助は頭あたまから手てを放はなして、烟草たばこの灰をはたき落した。

「三年さんねんのうちに大分だいぶ世帯染しよたいじみちまつた。仕方しかたがない」

代助は笑つて斯う云つた。けれども其調子には何処どこかに苦にがい所があつた。

「あら、だつて、明日あした引越ひつこすんぢやありませんか」

三千代みちよの声は、此時このとき急に生々いき〱と聞きこえた。代助は引越ひつこしの事を丸で忘れてゐた。

「ぢや引越ひつこしてから緩ゆつくり来くれば可いいのに」

代助は相手の快こゝろよささうな調子に釣り込まれて、此方こつちからも他愛たあいなく追窮した。

「でも」と云つた、三千代は少し挨拶に困つた色を、額ひたひの所へあらはして、一寸ちょつと下したを見たが、やがて頬ほゝを上あげた。それが薄赤く染そまつて居た。

「実じつは私わたくし少し御願おねがひがあつて上あがつたの」

疳かんの鋭どい代助は、三千代の言葉を聞くや否や、すぐ其用事の何であるかを悟つた。実は平岡が東京へ着いた時から、いつか此問題に出逢ふ事だらうと思つて、半意識はんいしきの下したで覚悟してゐたのである。

「何ですか、遠慮なく仰しやい」

「少し御金おかねの工面くめんが出来できなくつて?」

三千代の言葉ことばは丸で子供の様に無邪気であるけれども、両方の頬ほゝは矢つ張り赤くなつてゐる。代助は、此女に斯んな気恥きはづかしい思ひをさせる、平岡の今の境遇を、甚だ気の毒に思つた。

段々聞いて見ると、明日あした引越をする費用や、新らしく世帯を持つ為ための金かねが入用なのではなかつた。支店の方を引き上あげる時、向ふへ置き去ざりにして来きた借金が三口みくちとかあるうちで、其一口ひとくちを是非片付けなくてはならないのださうである。東京へ着ついたら一週間うちに、どうでもすると云ふ堅かたい約束をして来きた上うへに、少し訳があつて、他ほかの様に放ほうつて置おけない性質たちのものだから、平岡も着ついた明日あくるひから心配して、所々奔走してゐるけれども、まだ出来さうな様子が見えないので、已を得ず三千代に云ひ付けて代助の所に頼みに寄よこしたと云ふ事が分わかつた。

「支店長から借りたと云ふ奴やつですか」

「いゝえ。其方そのほうは何時いつ迄延ばして置いても構はないんですが、此方こつちの方を何どうかしないと困るのよ。東京で運動する方に響ひゞいて来くるんだから」

代助は成程そんな事があるのかと思つた。金高かねだかを聞くと五百円と少し許である。代助はなんだ其位と腹の中なかで考へたが、実際自分は一文もない。代助は、自分が金かねに不自由しない様でゐて、其実大いに不自由してゐる男だと気が付いた。

「何なんでまた、そんなに借金をしたんですか」

「だから私わたくし考へると厭いやになるのよ。私わたくしも病気をしたのが、悪わるいには悪わるいけれども」

「病気の時の費用なんですか」

「ぢやないのよ。薬代くすりだいなんか知れたもんですわ」

三千代は夫それ以上を語かたらなかつた。代助も夫それ以上を聞く勇気がなかつた。たゞ蒼白あをしろい三千代の顔を眺めて、その中うちに、漠然たる未来の不安を感じた。

五の一

翌日よくじつ朝あさ早はやく門野かどのは荷車にぐるまを三台雇やとつて、新橋の停車場ていしやば迄平岡の荷物にもつを受取うけとりに行いつた。実は疾とうから着ついて居たのであるけれども、宅うちがまだ極きまらないので、今日けふ迄其儘にしてあつたのである。往復の時間と、向ふで荷物を積み込む時間を勘定して見ると、何どうしても半日仕事である。早く行かなけりや、間まに合はないよと代助は寐床を出るとすぐ注意した。門野かどのは例の調子で、なに訳わけはありませんと答へた。此男は、時間の考などは、あまりない方だから、斯う簡便な返事が出来たんだが、代助から説明を聞いて始めて成程と云ふ顔をした。それから荷物を平岡の宅うちへ届とゞけた上に、万事奇麗に片付く迄手伝をするんだと云はれた時は、えゝ承知しました、なに大丈夫ですと気軽に引き受けて出て行つた。

それから十一時過すぎ迄代助は読書してゐた。が不図ダヌンチオと云ふ人が、自分の家いへの部屋へやを、青色あをいろと赤色あかいろに分わかつて装飾してゐると云ふ話を思ひ出した。ダヌンチオの主意は、生活の二大情調の発現は、此二色に外ほかならんと云ふ点に存するらしい。だから何でも興奮を要する部屋、即ち音楽室とか書斎とか云ふものは、成るべく赤く塗り立てる。又寝室とか、休息室とか、凡て精神の安静を要する所は青に近い色で飾り付をする。と云ふのが、心理学者の説を応用した、詩人の好奇心の満足と見える。

代助は何故なぜダヌンチオの様な刺激を受け易い人に、奮興色とも見傚し得べき程強烈な赤あかの必要があるだらうと不思議に感じた。代助自身は稲荷の鳥居を見ても余り好いい心持はしない。出来得るならば、自分の頭あたま丈でも可いいから、緑みどりのなかに漂はして安らかに眠りたい位である。いつかの展覧会に青木と云ふ人が海の底に立つてゐる脊の高い女を画かいた。代助は多くの出品のうちで、あれ丈が好いい気持に出来てゐると思つた。つまり、自分もああ云ふ沈んだ落ち付いた情調に居りたかつたからである。

代助は縁側へ出て、庭にはから先さきにはびこる一面の青いものを見た。花はいつしか散つて、今は新芽しんめ若葉わかばの初期である。はなやかな緑みどりがぱつと顔かほに吹き付けた様な心持ちがした。眼めを醒さます刺激の底そこに何所どこか沈しづんだ調子のあるのを嬉しく思ひながら、鳥打とりうち帽を被かむつて、銘仙めいせんの不断着ぎの儘門もんを出でた。

平岡の新宅へ来て見ると、門もんが開あいて、がらんとしてゐる丈で、荷物の着ついた様子もなければ、平岡夫婦の来きてゐる気色も見えない。たゞ車夫体の男が一人ひとり縁側に腰を懸かけて烟草を呑んでゐた。聞いて見ると、先刻さつき一返御出おいでになりましたが、此案排ぢや、どうせ午過ひるすぎだらうつて又御帰りになりましたといふ答である。

「旦那と奥さんと一所に来きたかい」

「えゝ御一所です」

「さうして一所に帰つたかい」

「えゝ御一所に御帰りになりました」

「荷物もそのうち着つくだらう。御苦労さま」と云つて、又通りへ出でた。

神田へ来きたが、平岡の旅館へ寄る気はしなかつた。けれども二人ふたりの事が何だか気に掛る。ことに細君の事が気に掛る。ので一寸ちょつと顔かほを出だした。夫婦は膳ぜんを並ならべて飯めしを食くつてゐた。下女げじよが盆ぼんを持もつて、敷居に尻しりを向けてゐる。其後うしろから、声を懸けた。

平岡は驚ろいた様に代助を見た。其眼そのめが血ばしつてゐる。二三日能よく眠ねむらない所為せゐだと云ふ。三千代は仰山なものゝ云ひ方かただと云つて笑つた。代助は気の毒にも思つたが、又安心もした。留とめるのを外そとへ出でて、飯めしを食つて、髪かみを刈つて、九段の上うへへ一寸ちょつと寄つて、又帰りに新宅たくへ行つて見た。三千代は手拭を姉ねえさん被かぶりにして、友禅の長繻絆をさらりと出して、襷たすきがけで荷物の世話を焼やいてゐた。旅宿で世話をして呉れたと云ふ下女も来きてゐる。平岡は縁側で行李の紐ひもを解いてゐたが、代助を見て、笑ひながら、少し手伝てつだはないかと云つた。門野かどのは袴を脱ぬいで、尻しりを端折つて、重かさね箪笥を車夫と一所に坐敷へ抱かゝへ込みながら、先生どうです、此服装なりは、笑わらつちや不可いけませんよと云つた。

五の二

翌日よくじつ、代助が朝食あさめしの膳ぜんに向むかつて、例の如く紅茶を呑のんでゐると、門野かどのが、洗あらひ立たての顔かほを光ひからして茶の間まへ這入つて来きた。

「昨夕ゆふべは何時いつ御帰おかへりでした。つい疲つかれちまつて、仮寐うたゝねをしてゐたものだから、些ちつとも気が付きませんでした。――寐ねてゐる所を御覧になつたんですか、先生も随分人ひとが悪わるいな。全体何時頃ごろなんです、御帰りになつたのは。夫迄それまで何所どこへ行いつて居ゐらしつた」と平生いつもの調子で苦くもなく嘵舌しやべり立てた。代助は真面目まじめで、

「君、すつかり片付迄かたづくまで居ゐて呉くれたんでせうね」と聞いた。

「えゝ、すつかり片付かたづけちまいました。其代り、何どうも骨ほねが折れましたぜ。何なにしろ、我々の引越ひつこしと違ちがつて、大きな物が色々いろ〱あるんだから。奥おくさんが坐敷ざしきの真中まんなかへ立たつて、茫然ぼんやり、斯かう周囲まはりを見回みまはしてゐた様子やうすつたら、――随分可笑おかしなもんでした」

「少すこし身体からだの具合が悪わるいんだからね」

「どうも左様さうらしいですね。色いろが何なんだか可よくないと思つた。平岡さんとは大違ひだ。あの人の体格は好いいですね。昨夕ゆふべ一所に湯ゆに入つて驚ろいた」

代助はやがて書斎へ帰つて、手紙を二三本書かいた。一本は朝鮮の統監府に居る友人宛あてで、先達せんだつて送つて呉れた高麗焼の礼状である。一本は仏蘭西に居る姉婿あねむこ宛で、タナグラの安いのを見付みつけて呉れといふ依頼である。

昼過ひるすぎ散歩の出掛でがけに、門野かどのの室へやを覗のぞいたら又引繰ひつくり返つて、ぐう〱寐てゐた。代助は門野かどのの無邪気な鼻の穴を見て羨ましくなつた。実を云ふと、自分は昨夕ゆふべ寐ねつかれないで大変難義したのである。例に依よつて、枕まくらの傍そばへ置おいた袂たもと時計が、大変大きな音おとを出だす。夫それが気になつたので、手を延のばして、時計を枕まくらの下したへ押し込んだ。けれども音おとは依然として頭あたまの中なかへ響ひゞいて来くる。其音そのおとを聞ききながら、つい、うと〱する間まに、凡ての外ほかの意識は、全く暗窖あんこうの裡うちに降下こうかした。が、たゞ独り夜よるを縫ぬふミシンの針はり丈が刻きざみ足に頭あたまの中なかを断たえず通とほつてゐた事を自覚してゐた。所が其音そのおとが何時いつかりん〱といふ虫の音ねに変つて、奇麗な玄関の傍わきの植込うゑごみの奥で鳴いてゐる様になつた。――代助は昨夕ゆふべの夢を此所こゝ迄辿たどつて来きて、睡眠みんと覚醒かくせいとの間あひだを繋つなぐ一種の糸を発見した様な心持がした。

代助は、何事によらず一度いちど気にかゝり出だすと、何処どこ迄も気にかゝる男である。しかも自分で其馬鹿気げさ加減の程度を明らかに見積みつもる丈の脳力があるので、自分の気にかゝり方かたが猶眼めに付いてならない。三四年前、平生の自分が如何いかにして夢ゆめに入るかと云ふ問題を解決しやうと試みた事がある。夜よる、蒲団へ這入つて、好いい案排にうと〱し掛けると、あゝ此所こゝだ、斯かうして眠ねむるんだなと思つてはつとする。すると、其瞬間に眼めが冴さえて仕舞ふ。しばらくして、又眠りかけると、又、そら此所こゝだと思ふ。代助は殆んど毎晩の様に此好奇心に苦しめられて、同じ事を二遍も三遍も繰くり返した。仕舞には自分ながら辟易した。どうかして、此苦痛を逃れ様と思つた。のみならず、つく〲自分は愚物であると考へた。自分の不明瞭な意識を、自分の明瞭な意識に訴へて、同時に回顧しやうとするのは、ジエームスの云つた通り、暗闇くらやみを検査する為ために蝋燭を点ともしたり、独楽こまの運動を吟味する為ために独楽こまを抑おさへる様なもので、生涯寐ねられつこない訳になる。と解わかつてゐるが晩ばんになると又はつと思ふ。

此困難は約一年許りで何時いつの間まにか漸く遠退とほのいた。代助は昨夕ゆふべの夢ゆめと此困難とを比較して見て、妙に感じた。正気の自己じこの一部分を切り放はなして、其儘の姿すがたとして、知らぬ間まに夢の中なかへ譲ゆづり渡す方が趣おもむきがあると思つたからである。同時に、此作用は気狂きちがひになる時の状態と似て居はせぬかと考へ付いた。代助は今迄、自分は激昂しないから気狂きちがひにはなれないと信じてゐたのである。

五の三

それから二三日は、代助も門野かどのも平岡の消息を聞きかずに過すごした。四日目よつかめの午過ひるすぎに代助は麻布あざぶのある家いへへ園遊会に呼ばれて行いつた。御客は男女を合せて、大分だいぶ来きたが、正賓と云ふのは、英国の国会議員とか実業家とかいふ、無暗に脊の高い男と、それから鼻眼鏡をかけた其細君とであつた。これは中なか々の美人で、日本抔へ来くるには勿体ない位な容色だが、何処どこで買つたものか、岐阜ぎふ出来できの絵日傘ゑひがさを得意に差さしてゐた。

尤も其日は大変な好いい天気で、広い芝生の上うへにフロツクで立つてゐると、もう夏なつが来きたといふ感じが、肩かたから脊中せなかへ掛けて著いちゞるしく起おこつた位、空そらが真蒼まつさをに透すき通とほつてゐた。英国の紳士は顔かほをしかめて空そらを見みて、実じつに美くしいと云つた。すると細君がすぐ、ラツヴレイと答こたへた。非常に疳かんの高たかい声で尤も力を入れた挨拶の仕様であつたので、代助は英国の御世辞は、また格別のものだと思つた。

代助も二言三言ふたことみこと此細君から話はなしかけられた。が三分さんぷんと経たたないうちに、遣やり切れなくなつて、すぐ退却した。あとは、日本服を着きて、わざと島田に結いつた令嬢と、長らく紐育ニユーヨークで商業に従事してゐたと云ふ某が引き受けた。此某は英語を喋舌しやべる天才を以て自ら任ずる男で、欠かかさず英語会へ出席して、日本人と英語の会話を遣やつて、それから英語で卓上演説をするのを、何よりの楽たのしみにしてゐる。何か云つては、あとでさも可笑おかしさうに、げら〱笑わらふ癖くせがある。英国人が時によると怪訝けげんな顔かほをしてゐる。代助はあれ丈は已めたら可よからうと思つた。令嬢も中々旨うまい。是は米国婦人を家庭教師に雇つて、英語を使ふ事を研究した、ある物持ちの娘である。代助は、顔より言葉の方が達者だと考へながら、つく〲感心して聞いてゐた。

代助が此所こゝへ呼ばれたのは、個人的に此所こゝの主人や、此英国人夫婦に関係があるからではない。全く自分の父ちゝと兄あにとの社交的勢力の余波で、招待状が廻つて来たのである。だから、万遍なく方々へ行いつて、好い加減に頭あたまを下さげて、ぶら〱してゐた。其中そのうちに兄あにも居ゐた。

「やあ、来きたな」と云つた儘、帽子に手も掛けない。

「何どうも、好いい天気ですね」

「あゝ。結構だ」

代助も脊の低ひくい方ではないが、兄あには一層高たかく出来てゐる。其上この五六年来次第に肥満して来きたので、中々なか〱立派に見える。

「何どうです、彼方あつちへ行いつて、ちと外国人と話はなしでもしちや」

「いや、真平まつぴらだ」と云つて兄あには苦笑にがわらひをした。さうして大きな腹はらにぶら下さがつてゐる金鎖きんぐさりを指ゆびの先さきで弄いぢくつた。

「何どうも外国人は調子が可いいですね。少すこし可よすぎる位だ。あゝ賞ほめられると、天気の方でも是非好よくならなくつちやならなくなる」

「そんなに天気を賞ほめてゐたのかい。へえ。少し暑過あつすぎるぢやないか」

「私わたしにも暑過あつすぎる」

誠吾と代助は申し合せた様に、白い手巾ハンケチを出だして額ひたひを拭ふいた。両人ふたり共重おもい絹帽シルクハツトを被かぶつてゐる。

兄弟は芝生の外はづれの木蔭こかげ迄来きて留とまつた。近所には誰だれもゐない。向ふの方で余興か何なにか始まつてゐる。それを、誠吾は、宅うちにゐると同じ様な顔をして、遠くから眺めた。

「兄あにの様になると、宅うちにゐても、客に来きても同じ心持ちなんだらう。斯かう世の中なかに慣れ切つて仕舞つても、楽しみがなくつて、詰つまらないものだらう」と思ひながら代助は誠吾の様子を見てゐた。

「今日けふは御父おとうさんは何どうしました」

「御父おとうさんは詩しの会くわいだ」

誠吾は相変らず普通の顔で答へたが、代助の方は多少可笑おかしかつた。

「姉ねえさんは」

「御客の接待掛りだ」

また嫂あによめが後あとで不平を云ふ事だらうと考へると、代助は又可笑おかしくなつた。

五の四

代助は、誠吾の始終忙いそがしがつてゐる様子を知つてゐる。又その忙いそがしさの過半は、斯かう云ふ会合から出来上できあがつてゐるといふ事実も心得てゐる。さうして、別に厭いやな顔かほもせず、一口ひとくちの不平も零こぼさず、不規則に酒を飲んだり、物ものを食くつたり、女を相手にしたり、してゐながら、何時いつ見ても疲つかれた態たいもなく、噪さわぐ気色もなく、物外に平然として、年々肥満してくる技倆に敬服してゐる。

誠吾が待合へ這入つたり、料理茶屋へ上あがつたり、晩餐に出でたり、午餐に呼ばれたり、倶楽部に行つたり、新橋に人を送つたり、横浜に人を迎へたり、大磯へ御機嫌伺ひに行つたり、朝から晩迄多勢の集まる所へ顔を出だして、得意にも見えなければ、失意にも思はれない様子は、斯かう云ふ生活に慣なれ抜ぬいて、海月くらげが海うみに漂たゞよひながら、塩水しほみづを辛からく感じ得ない様なものだらうと代助は考へてゐる。

其所そこが代助には難有い。と云ふのは、誠吾は父ちゝと異ちがつて、嘗て小六づかしい説法抔を代助に向つて遣やつた事がない。主義だとか、主張だとか、人生観だとか云ふ窮窟なものは、てんで、これつ許ぱかりも口くちにしないんだから、有あるんだか、無ないんだか、殆んど要領を得ない。其代り、此窮窟な主義だとか、主張だとか、人生観だとかいふものを積極的せききよくてきに打うち壊こはして懸かゝつた試ためしもない。実に平凡で好いい。

だが面白くはない。話し相手としては、兄あによりも嫂あによめの方が、代助に取つて遥かに興味がある。兄あにに逢ふと屹度何どうだいと云ふ。以太利に地震があつたぢやないかと云ふ。土耳古の天子が廃されたぢやないかと云ふ。其外、向ふ島の花はもう駄目になつた、横浜にある外国船の船底ふなぞこに大蛇だいぢやが飼かつてあつた、誰だれが鉄道で轢ひかれた、ぢやないかと云ふ。みんな新聞に出た事許ばかりである。其代り、当らず障らずの材料はいくらでも持つて居る。いつ迄経たつても種たねが尽きる様子が見えない。

さうかと思ふと。時にトルストイと云ふ人は、もう死んだのかね抔と妙な事を聞く事がある。今いま日本にほんの小説家では誰だれが一番偉えらいのかねと聞く事もある。要するに文芸には丸で無頓着で且つ驚ろくべく無識であるが、尊敬と軽蔑以上に立つて平気で聞くんだから、代助も返事がし易やすい。

斯かう云ふ兄あにと差し向むかひで話をしてゐると、刺激の乏しい代りには、灰汁あくがなくつて、気楽で好いい。たゞ朝から晩迄出歩であるいてゐるから滅多に捕つらまへる事が出来できない。嫂あによめでも、誠太郎でも、縫子でも、兄あにが終日しうじつ宅うちに居て、三度の食事を家族と共に欠かかさず食くふと、却つて珍めづらしがる位である。

だから木蔭こかげに立つて、兄あにと肩かたを比ならべた時とき、代助は丁度好いい機会だと思つた。

「兄にいさん、貴方あなたに少し話はなしがあるんだが。何時いつか暇ひまはありませんか」

「暇ひま」と繰り返かへした誠吾は、何なんにも説明せずに笑つて見せた。

「明日あしたの朝あさは何どうです」

「明日あしたの朝あさは浜はま迄行いつて来こなくつちやならない」

「午ひるからは」

「午ひるからは、会社の方に居る事はゐるが、少すこし相談があるから、来きても緩ゆつくり話はなしちやゐられない」

「ぢや晩ばんなら宜よからう」

「晩ばんは帝国ホテルだ。あの西洋人夫婦を明日あしたの晩ばん帝国ホテルへ呼ぶ事になつてるから駄目だ」

代助は口くちを尖とんがらかして、兄あにを凝じつと見た。さうして二人ふたりで笑ひ出した。

「そんなに急いそぐなら、今日けふぢや、何どうだ。今日けふなら可いい。久し振ぶりで一所に飯めしでも食くはうか」

代助は賛成した。所が倶楽部くらぶへでも行ゆくかと思ひの外ほか、誠吾は鰻うなぎが可よからうと云ひ出した。

「絹帽シルクハツトで鰻うなぎ屋へ行くのは始はじめてだな」と代助は逡巡した。

「何なに構かまふものか」

二人ふたりは園遊会を辞して、車くるまに乗つて、金杉橋かなすぎばしの袂たもとにある鰻屋うなぎやへ上あがつた。

五の五

其所そこは河かはが流れて、柳やなぎがあつて、古風な家いへであつた。黒くろくなつた床柱とこばしらの傍わきの違ちがひ棚だなに、絹帽シルクハツトを引繰返ひつくりかへしに、二つ並ならべて置いて見て、代助は妙だなと云いつた。然し明あけ放はなした二階の間まに、たつた二人ふたりで胡坐あぐらをかいてゐるのは、園遊会より却つて楽らくであつた。

二人ふたりは好いい心持こゝろもちに酒を飲のんだ。兄あには飲のんで、食くつて、世間話せけんばなしをすれば其外ほかに用はないと云ふ態度たいどであつた。代助も、うつかりすると、肝心の事件を忘わすれさうな勢であつた。が下女が三本目の銚子を置いて行つた時に、始めて用談に取り掛かゝつた。代助の用談と云ふのは、言ふ迄もなく、此間三千代みちよから頼たのまれた金策の件である。

実を云ふと、代助は今日迄まだ誠吾に無心を云つた事がない。尤も学校を出た時少々芸者買をし過すぎて、其尻を兄あにになすり付けた覚はある。其時兄あには叱るかと思ひの外ほか、さうか、困り者だな、親爺おやぢには内々で置けと云つて嫂あによめを通とほして、奇麗に借金を払つてくれた。さうして代助には一口ひとくちの小言こごとも云はなかつた。代助は其時から、兄あにきに恐縮して仕舞つた。其後そののち小遣こづかひに困こまる事はよくあるが、困るたんびに嫂あによめを痛いためて事を済ましてゐた。従つて斯かう云ふ事件に関して兄あにとの交渉は、まあ初対面の様なものである。

代助から見ると、誠吾は蔓つるのない薬鑵やくわんと同じことで、何処どこから手を出して好いいか分わからない。然しそこが代助には興味があつた。

代助は世間話せけんばなしの体ていにして、平岡夫婦の経歴をそろ〱話はなし始めた。誠吾は面倒な顔色もせず、へえ〱と拍子を取る様に、飲みながら、聞いてゐる。段々進んで三千代が金かねを借かりに来きた一段になつても、矢っ張りへえ〱と合槌を打つてゐる丈である。代助は、仕方なしに、

「で、私わたしも気の毒だから、何どうにか心配して見様つて受合つたんですがね」と云つた。

「へえ。左様さうかい」

「何どうでせう」

「御前おまい金かねが出来できるのかい」

「私わたしや一文も出来できやしません。借かりるんです」

「誰だれから」

代助は始めから此所こゝへ落おとす積つもりだつたんだから、判然はつきりした調子で、

「貴方あなたから借りて置おかうと思ふんです」と云つて、改めて誠吾の顔かほを見た。兄あには矢っ張り普通の顔をしてゐた。さうして、平気に、

「そりや、御廃よしよ」と答へた。

誠吾の理由を聞いて見ると、義理や人情に関係がない許ばかりではない、返かへす返かへさないと云ふ損得にも関係がなかつた。たゞ、そんな場合には放ほうつて置けば自おのづから何どうかなるもんだと云ふ単純な断定である。

誠吾は此断定を証明する為めに、色々な例を挙げた。誠吾の門内に藤野と云ふ男が長屋を借りて住すんでゐる。其藤野が近頃遠縁のものゝ息子むすこを頼たのまれて宅うちへ置いた。所が其子が徴兵検査で急に国へ帰らなければならなくなつたが、前まへ以て国から送つてある学資も旅費も藤野が使つかひ込こんでゐると云ふので、一時の繰り合せを頼たのみに来きた事がある。無論誠吾が直ぢかに逢つたのではないが、妻さいに云ひ付つけて断ことわらした。夫でも其子そのこは期日迄に国へ帰つて差支なく検査を済すましてゐる。夫から此藤野の親類の何とか云ふ男は、自分の持つてゐる貸家かしやの敷金しききんを、つい使つかつて仕舞つて、借家人しやくやにんが明日あす引越すといふ間際になつても、まだ調達が出来ないとか云つて、矢っ張り藤野から泣き付いて来きた事がある。然し是も断ことわらした。夫でも別べつに不都合はなく敷金は返せてゐる。――まだ其外にもあつたが、まあ斯こんな種類の例ばかりであつた。

「そりや、姉ねえさんが蔭かげへ廻まわつて恵めぐんでゐるに違ちがひない。ハヽヽヽ。兄にいさんも余っ程呑気だなあ」

と代助は大きい声を出して笑つた。

「何なに、そんな事があるものか」

誠吾は矢張当り前の顔をしてゐた。さうして前にある猪口を取つて口くちへ持つて行つた。

六の一

其日誠吾は中々なか〱金かねを貸して遣やらうと云はなかつた。代助も三千代みちよが気の毒だとか、可哀想だとか云ふ泣言なきごとは、可成避ける様にした。自分が三千代に対してこそ、さう云ふ心持もあるが、何にも知らない兄あにを、其所そこ迄連つれて行くのには一通りでは駄目だと思ふし、と云つて、無暗にセンチメンタルな文句を口くちにすれば、兄あにには馬鹿にされる、ばかりではない、かねて自分を愚弄する様な気がするので、矢っ張り平生の代助の通り、のらくらした所を、彼方あつちへ行いつたり此方こつちへ来きたりして、飲んでゐた。飲みながらも、親爺おやぢの所謂熱誠が足りないとは、此所こゝの事だなと考へた。けれども、代助は泣いて人を動かさうとする程、低級趣味のものではないと自信してゐる。凡そ何が気障きざだつて、思はせ振りの、涙や、煩悶や、真面目や、熱誠ほど気障きざなものはないと自覚してゐる。兄あにには其辺の消息がよく解わかつてゐる。だから此手で遣やり損そこなひでもしやうものなら、生涯自分の価値を落おとす事になる。と気が付ついてゐる。

代助は飲むに従つて、段々金かねを遠とほざかつて来きた。たゞ互が差し向ひであるが為めに、旨うまく飲のめたと云ふ自覚を、互に持ち得る様な話をした。が茶漬を食ふ段だんになつて、思ひ出した様に、金かねは借りなくつても好いいから、平岡を何処どこか使つかつて遣やつて呉れないかと頼たのんだ。

「いや、さう云ふ人間は御免蒙る。のみならず此不景気ぢや仕様がない」と云つて誠吾はさく〱飯めしを掻き込んでゐた。

明日あくるひ眼めが覚さめた時、代助は床とこの中なかでまづ第一番に斯う考へた。

「兄あにを動うごかすのは、同じ仲間なかまの実業家でなくつちや駄目だ。単に兄弟けうだいの好よしみ丈では何どうする事も出来ない」

斯かう考へた様なものゝ、別に兄あにを不人情と思ふ気は起らなかつた。寧ろその方が当然であると悟つた。此兄が自分の放蕩費を苦情も云はずに弁償して呉れた事があるんだから可笑しい。そんなら自分が今茲こゝで平岡の為ために判はんを押おして、連借でもしたら、何どうするだらう。矢っ張り彼あの時の様に奇麗に片付けて呉れるだらうか。兄あには其所そこ迄考へてゐて、断わつたんだらうか。或は自分がそんな無理な事はしないものと初から安心して借さないのかしらん。

代助自身の今の傾向から云ふと、到底人の為ために判なぞを押しさうにもない。自分もさう思つてゐる。けれども、兄あにが其所そこを見抜いて金かねを貸さないとすると、一寸ちよつと意外な連帯をして、兄がどんな態度に変るか、試験して見たくもある。――其所そこ迄来きて、代助は自分ながら、あんまり性質たちが能くないなと心こころのうちで苦笑した。

けれども、唯一ひとつ慥たしかな事がある。平岡は早晩借用証書を携へて、自分の判を取りにくるに違ない。

斯う考へながら、代助は床とこを出た。門野かどのは茶ちやの間まで、胡坐あぐらをかいて新聞を読んでゐたが、髪かみを濡ぬらして湯殿ゆどのから帰かへつて来くる代助を見るや否や、急に坐三昧ゐざんまいを直なほして、新聞を畳んで坐ざ蒲団の傍そばへ押おし遣やりながら、

「何どうも『煤烟ばいえん』は大変な事になりましたな」と大きな声で云つた。

「君読んでるんですか」

「えゝ、毎朝まいあさ読よんでます」

「面白おもしろいですか」

「面白おもしろい様ですな。どうも」

「何どんな所が」

「何どんな所がつて。さう改あらたまつて聞きかれちや困りますが。何ぢやありませんか、一体に、斯う、現代的の不安が出でてゐる様ぢやありませんか」

「さうして、肉の臭にほひがしやしないか」

「しますな。大いに」

代助は黙だまつて仕舞つた。

六の二

紅茶々碗を持つた儘、書斎へ引き取つて、椅子へ腰こしを懸けて、茫然ぼんやり庭にはを眺ながめてゐると、瘤こぶだらけの柘榴ざくろの枯枝かれえだと、灰色はいいろの幹みきの根方ねがたに、暗緑あんりよくと暗紅あんかうを混まぜ合あはした様な若わかい芽が、一面に吹き出だしてゐる。代助の眼めには夫それがぱつと映えいじた丈で、すぐ刺激を失つて仕舞つた。

代助の頭あたまには今具体的な何物をも留とゞめてゐない。恰かも戸外こぐわいの天気の様に、それが静しづかに凝じつと働はたらいてゐる。が、其底には微塵みじんの如き本体の分らぬものが無数に押し合つてゐた。乾酪ちいずの中なかで、いくら虫むしが動うごいても、乾酪ちいずが元もとの位置にある間あひだは、気が付かないと同じ事で、代助も此微震びしんには殆んど自覚を有してゐなかつた。たゞ、それが生理的に反射して来くる度たびに、椅子の上うへで、少し宛づゝ身体からだの位置を変かへなければならなかつた。

代助は近頃流行語の様に人が使ふ、現代的とか不安とか云ふ言葉を、あまり口くちにした事がない。それは、自分が現代的であるのは、云はずと知れてゐると考へたのと、もう一つは、現代的であるがために、必ずしも、不安になる必要がないと、自分丈で信じて居たからである。

代助は露西亜文学に出でて来くる不安を、天候の具合と、政治の圧迫で解釈してゐる。仏蘭西文学に出てくる不安を、有夫姦の多いためと見てゐる。ダヌンチオによつて代表される以太利文学の不安を、無制限の堕落から出る自己欠損の感と判断してゐる。だから日本の文学者が、好んで不安と云ふ側がはからのみ社会を描ゑがき出すのを、舶来の唐物とうぶつの様に見傚してゐる。

理智的に物を疑ふ方の不安は、学校時代に、有あつたにはあつたが、ある所迄進行して、ぴたりと留とまつて、夫から逆戻りをして仕舞つた。丁度天へ向つて石を抛なげた様なものである。代助は今では、なまじい石抔を抛げなければ可よかつたと思つてゐる。禅坊さんの所謂大疑現前だいぎげんぜん抔と云ふ境界は、代助のまだ踏み込んだ事のない未知国である。代助は、斯かう真卒性急に万事を疑ふには、あまりに利口りこうに生れ過すぎた男である。

代助は門野かどのの賞ほめた「煤烟」を読んでゐる。今日けふは紅茶々碗の傍そばに新聞を置いたなり、開あけて見る気にならない。ダヌンチオの主人公は、みんな金かねに不自由のない男だから、贅沢ぜいたくの結果けつくわあゝ云ふ悪戯いたづらをしても無理とは思へないが、「煤烟」の主人公に至つては、そんな余地のない程に貧まづしい人である。それを彼所迄あすこまで押おして行くには、全く情愛じやうあいの力でなくつちや出来る筈のものでない。所が、要吉といふ人物にも、朋子ともこといふ女にも、誠まことの愛で、已むなく社会の外そとに押し流されて行く様子が見えない。彼等を動うごかす内面の力は何であらうと考へると、代助は不審である。あゝいふ境遇に居て、あゝ云ふ事を断行し得る主人公は、恐らく不安ぢやあるまい。これを断行するに蹰躇する自分の方にこそ寧ろ不安の分子があつて然るべき筈だ。代助は独りで考へるたびに、自分は特殊人オリヂナルだと思ふ。けれども要吉の特殊人オリヂナルたるに至つては、自分より遥かに上手うはてであると承認した。それで此間このあひだ迄は好奇心に駆かられて「煤烟」を読んでゐたが、昨今になつて、あまりに、自分と要吉の間に懸隔がある様に思はれ出したので、眼めを通さない事がよくある。

代助は椅子の上うへで、時々とき〲身を動うごかした。さうして、自分では飽く迄落ち付いて居ると思つてゐた。やがて、紅茶を呑んで仕舞つて、例いつもの通り読書どくしよに取りかゝつた。約二時間ばかりは故障なく進行したが、ある頁ページの中頃まで来きて急に休やめて頬杖を突ついた。さうして、傍そばにあつた新聞を取つて、「煤烟」を読んだ。呼吸の合はない事は同じ事である。それから外ほかの雑報を読んだ。大隈伯が高等商業の紛擾に関して、大いに騒動しつゝある生徒側の味方をしてゐる。それが中々強い言葉で出でてゐる。代助は斯う云ふ記事を読よむと、是は大隈伯が早稲田へ生徒を呼び寄せる為ための方便だと解釈する。代助は新聞を放り出だした。

六の三

午過ひるすぎになつてから、代助は自分が落ち付いてゐないと云ふ事を、漸く自覚し出だした。腹はらのなかに小ちいさな皺しわが無数に出来できて、其皺そのしわが絶えず、相互さうごの位地と、形状かたちとを変かへて、一面に揺うごいてゐる様な気持がする。代助は時々とき〲斯う云ふ情調の支配を受ける事がある。さうして、此種の経験を、今日迄、単なる生理上の現象としてのみ取り扱つて居つた。代助は昨日きのふ兄あにと一所に鰻うなぎを食くつたのを少し後悔した。散歩がてらに、平岡の所へ行て見みやうかと思ひ出だしたが、散歩が目的か、平岡が目的か、自分には判然たる区別がなかつた。婆さんに着物を出ださして、着換きかへやうとしてゐる所へ、甥をひの誠太郎が来きた。帽子を手に持もつた儘、恰好の好いい円まるい頭あたまを、代助の頭へ出して、腰こしを掛かけた。

「もう学校は引けたのかい。早過はやすぎるぢやないか」

「ちつとも早はやかない」と云つて、笑わらひながら、代助の顔かほを見てゐる。代助は手てを敲たゝいて婆ばあさんを呼よんで、

「誠太郎、チヨコレートを飲のむかい」と聞いた。

「飲のむ」

代助はチヨコレートを二杯命じて置いて誠太郎に調戯からかひだした。

「誠太郎、御前はベースボール許ばかり遣やるもんだから、此頃このごろ手が大変大きくなつたよ。頭あたまより手の方が大きいよ」

誠太郎はにこ〱して、右の手で、円まるい頭あたまをぐる〲撫なでた。実際大きな手を持もつてゐる。

「叔父おぢさんは、昨日きのふ御父おとうさんから奢おごつて貰もらつたんですつてね」

「あゝ、御馳走になつたよ。御蔭おかげで今日けふは腹具合はらぐあひが悪わるくつて不可いけない」

「又また神経しんけいだ」

「神経しんけいぢやない本当だよ。全まつたく兄にいさんの所為せゐだ」

「だつて御父おとうさんは左様さう云つてましたよ」

「何なんて」

「明日あした学校の帰りに代助の所へ廻つて何か御馳走して貰もらへつて」

「へえゝ、昨日きのふの御礼にかい」

「えゝ、今日けふは己おれが奢おごつたから、明日あしたが向むかふの番ばんだつて」

「それで、わざ〱遣やつて来きたのかい」

「えゝ」

「兄あにきの子丈あつて、中々なか〱抜ぬけないな。だから今チヨコレートを飲のまして遣やるから可いいぢやないか」

「チヨコレートなんぞ」

「飲のまないかい」

「飲のむ事は飲のむけれども」

誠太郎の注文を能よく聞きいて見ると、相撲が始まつたら、回向院へ連つれて行つて、正面の最上等の所で見物させろといふのであつた。代助は快こゝろよく引き受けた。すると誠太郎は嬉うれしさうな顔かほをして、突然とつぜん、

「叔父おぢさんはのらくらして居るけれども実際偉えらいんですつてね」と云つた。代助も是には一寸ちよつと呆あきれた。仕方なしに、

「偉えらいのは知れ切つてるぢやないか」と答へた。

「だつて、僕ぼくは昨夕ゆふべ始はじめて御父おとうさんから聞きいたんですもの」と云ふ弁解があつた。

誠太郎の云ふ所によると、昨夕ゆふべ兄あにが宅うちへ帰つてから、父ちゝと嫂あによめと三人して、代助の合評をしたらしい。小供のいふ事だから、能く分わからないが、比較的頭あたまが可いいので、能く断片的に其時の言葉を覚えてゐる。父ちゝは代助を、どうも見込がなささうだと評したのださうだ。兄あには之に対して、あゝ遣やつてゐても、あれで中々解わかつた所がある。当分放ほうつて置おくが可いい。放ほうつて置おいても大丈夫だ、間違はない。いづれ其内に何か遣やるだらうと弁護したのださうだ。すると嫂あによめがそれに賛成して、一週間許り前占者うらなひしやに見てもらつたら、此人このひとは屹度人の上かみに立つに違ないと判断したから大丈夫だと主張したのださうだ。

代助はうん、それから、と云つて、始終面白さうに聞いて居たが、占者うらなひしやの所ところへ来きたら、本当に可笑しくなつた。やがて着物きものを着換きかへて、誠太郎を送りながら表へ出て、自分は平岡の家いへを訪たづねた。

六の四

平岡ひらをかの家いへは、此十数年来の物価騰貴きに伴つれて、中流社会が次第々々に切きり詰つめられて行ゆく有様を、住宅じうたくの上うへに善よく代表してゐる、尤も粗悪な見苦みぐるしき構かまへである。とくに代助には左様さう見えた。

門もんと玄関の間あひだが一間いつけん位しかない。勝手口かつてぐちも其通りである。さうして裏にも、横よこにも同じ様な窮屈な家いへが建たてられてゐる。東京市の貧弱なる膨脹に付つけ込こんで、最低度の資本家が、なけなしの元手もとでを二割乃至三割の高利こうりに廻まはさうと目論もくろんで、あたぢけなく拵こしらへ上あげた、生存競争の記念かたみである。

今日こんにちの東京市、ことに場末ばすえの東京市には、至る所に此種このしゆの家いへが散点してゐる、のみならず、梅雨つゆに入いつた蚤のみの如く、日毎に、格外の増加律を以て殖えつゝある。代助はかつて、是を敗亡の発展はつてんと名なづけた。さうして、之を目下の日本を代表する最好の象徴シンボルとした。

彼等のあるものは、石油缶せきゆくわんの底そこを継つぎ合あはせた四角な鱗うろこで蔽はれてゐる。彼等の一つを借りて、夜中よなかに柱はしらの割れる音おとで眼めを醒さまさないものは一人ひとりもない。彼等の戸には必ず節穴ふしあながある。彼等の襖ふすまは必ず狂くるひが出ると極つてゐる。資本を頭あたまの中なかへ注つぎ込こんで、月々つき〲其頭あたまから利息を取つて生活しやうと云ふ人間にんげんは、みんな斯かういふ所を借かりて立たて籠こもつてゐる。平岡も其一人いちにんである。

代助は垣根かきねの前まへを通るとき、先づ其屋根やねに眼めが付ついた。さうして、どす黒ぐろい瓦の色が妙に彼かれの心を刺激した。代助には此光ひかりのない土つちの板いたが、いくらでも水みづを吸すひ込こむ様に思はれた。玄関前に、此間このあひだ引越のときに解ほどいた菰包こもづゝみの藁屑わらくづがまだ零こぼれてゐた。座敷ざしきへ通とほると、平岡は机の前まへへ坐すはつて、長ながい手紙てがみを書かき掛かけてゐる所であつた。三千代みちよは次つぎの部屋へやで簟笥の環くわんをかたかた鳴らしてゐた。傍そばに大おほきな行李こりが開あけてあつて、中なかから奇麗きれいな長繻絆ながじゆばんの袖そでが半分はんぶん出でかかつてゐた。

平岡が、失敬だが鳥渡ちよつと待まつて呉れと云つた間あひだに、代助は行李こりと長繻絆ながじゆばんと、時々とき〲行李こりの中なかへ落おちる繊ほそい手とを見てゐた。襖ふすまは明あけた儘閉たて切きる様子もなかつた。が三千代の顔は陰かげになつて見えなかつた。

やがて、平岡は筆ふでを机つくえの上へ抛なげ付ける様にして、座ざを直なほした。何なんだか込み入つた事を懸命に書いてゐたと見えて、耳を赤あかくしてゐた。眼めも赤くしてゐた。

「何どうだい。此間このあひだは色々いろ〱難有う。其後ご一寸ちよつと礼れいに行いかうと思つて、まだ行いかない」

平岡の言葉は言訳いひわけと云はんより寧ろ挑戦せんの調子を帯びてゐる様に聞きこえた。襯衣シヤツも股引もゝひきも着つけずにすぐ胡坐あぐらをかいた。襟えりを正たゞしく合あはせないので、胸毛むなげが少し出でゝゐる。

「まだ落おち付つかないだらう」と代助が聞いた。

「落ち付く所どころか、此分このぶんぢや生涯落ち付きさうもない」と、いそがしさうに烟草を吹かし出だした。

代助は平岡が何故なぜこんな態度で自分に応接するか能く心得てゐた。決して自分に中あたるのぢやない、つまり世間せけんに中あたるんである、否己おのれに中あたつてゐるんだと思つて、却つて気の毒になつた。けれども代助の様な神経には、此調子が甚だ不愉快に響いた。たゞ腹はらが立たない丈である。

「宅うちの都合は、どうだい。間取まどりの具合は可よささうぢやないか」

「うん、まあ、悪わるくつても仕方しかたがない。気に入つた家うちへ這入らうと思へば、株かぶでも遣やるより外に仕様がなからう。此頃東京に出来る立派な家うちはみんな株屋が拵こしらへるんだつて云ふぢやないか」

「左様さうかも知れない。其代り、あゝ云ふ立派な家うちが一軒立たつと、其陰かげに、どの位沢山な家うちが潰つぶれてゐるか知れやしない」

「だから猶なほ住すみ好いいだらう」

平岡は斯かう云つて大いに笑わらつた。其所そこへ三千代みちよが出でて来きた。先達てはと、軽かるく代助に挨拶をして、手に持もつた赤いフランネルのくる〱と巻まいたのを、坐すはると共に、前まへへ置おいて、代助に見せた。

「何ですか、それは」

「赤ん坊の着物きものなの。拵こしらへた儘、つい、まだ、解ほどかずにあつたのを、今行李こりの底そこを見みたら有あつたから、出だして来きたんです」と云ひながら、附紐つけひもを解といて筒袖つゝそでを左右に開ひらいた。

「こら」

「まだ、そんなものを仕舞つといたのか。早く壊こわして雑巾にでもして仕舞へ」

六の五

三千代みちよは小供こどもの着物きものを膝の上うへに乗のせた儘、返事もせずしばらく俯向うつむいて眺めてゐたが、

「貴方あなたのと同おんなじに拵こしらへたのよ」と云つて夫おつとの方を見た。

「是これか」

平岡は絣かすりの袷あはせの下したへ、ネルを重かさねて、素肌すはだに着きてゐた。

「是これはもう不可いかん。暑あつくて駄目だめだ」

代助は始はじめて、昔むかしの平岡ひらをかを当面まのあたりに見みた。

「袷あはせの下したにネルを重かさねちやもう暑あつい。繻絆にすると可いい」

「うん、面倒だから着きてゐるが」

「洗濯をするから御脱ぬぎなさいと云つても、中々なか〱脱ぬがないのよ」

「いや、もう脱ぬぐ、己おれも少々厭いやになつた」

話はなしは死しんだ小供こどもの事をとう〱離はなれて仕舞つた。さうして、来きた時よりは幾分か空気に暖味あたゝかみが出来できた。平岡は久し振りに一杯飲まうと云ひ出だした。三千代みちよも支度したくをするから、緩ゆつくりして行いつて呉くれと頼たのむ様に留とめて、次つぎの間まへ立たつた。代助は其後姿うしろすがたを見て、どうかして金かねを拵こしらへてやりたいと思つた。

「君何所どこか奉公口ぐちの見当は付ついたか」と聞いた。

「うん、まあ、ある様な無ない様なもんだ。無なければ当分遊あそぶ丈の事だ。緩ゆつくり探さがしてゐるうちには何どうかなるだらう」

云ふ事は落ち付ついてゐるが、代助が聞きくと却つて焦あせつて探さがしてゐる様にしか取れない。代助は、昨日きのふ兄あにと自分の間に起つた問答の結果を、平岡に知らせやうと思つてゐたのだが、此一言を聞いて、しばらく見合せる事にした。何だか、構かまへてゐる向ふの体面を、わざと此方こつちから毀損する様な気がしたからである。其上そのうへ金かねの事に付ついては平岡からはまだ一言いちげんの相談も受けた事もない。だから表向おもてむき挨拶をする必要もないのである。たゞ、斯かうして黙だまつてゐれば、平岡からは、内心で、冷淡な奴やつだと悪わるく思はれるに極きまつてゐる。けれども今いまの代助はさう云ふ非難に対して、殆んど無感覚である。又実際自分はさう熱烈な人間にんげんぢやないと考へてゐる。三四年前の自分になつて、今の自分を批判して見れば、自分は、堕落してゐるかも知れない。けれども今の自分から三四年前の自分を回顧して見ると、慥かに、自己の道念を誇張して、得意に使ひ回まはしてゐた。渡金めつきを金きんに通用させ様とする切せつない工面より、真鍮を真鍮で通とほして、真鍮相当の侮蔑を我慢する方が楽らくである。と今は考へてゐる。

代助が真鍮を以て甘あまんずる様になつたのは、不意に大きな狂瀾に捲き込まれて、驚ろきの余り、心機一転の結果を来きたしたといふ様な、小説じみた歴史を有もつてゐる為ためではない。全く彼れ自身に特有な思索と観察の力によつて、次第々々に渡金めつきを自分で剥がして来きたに過すぎない。代助は此渡金めつきの大半をもつて、親爺おやぢが捺摺なすり付けたものと信じてゐる。其時分じぶんは親爺おやぢが金きんに見えた。多くの先輩が金きんに見えた。相当の教育を受けたものは、みな金きんに見えた。だから自分の渡金めつきが辛つらかつた。早く金きんになりたいと焦あせつて見た。所が、他ほかのものゝ地金ぢがねへ、自分の眼光がぢかに打ぶつかる様になつて以後は、それが急に馬鹿な尽力の様に思はれ出だした。

代助は同時に斯う考へた。自分が三四年の間に、是迄変化したんだから、同じ三四年の間に、平岡も、かれ自身の経験の範囲内で大分変化してゐるだらう。昔しの自分なら、可成平岡によく思はれたい心から、斯んな場合には兄あにと喧嘩をしても、父ちゝと口論をしても、平岡の為ために計つたらう、又其計はかつた通りを平岡の所へ来きて事々こと〲しく吹聴したらうが、それを予期するのは、矢っ張り昔しの平岡で、今の彼は左程に友達を重くは見てゐまい。

それで肝心の話は一二言で已やめて、あとは色々な雑談に時を過すごすうちに酒が出でた。三千代が徳利の尻しりを持つて御酌をした。

六の六

平岡は酔よふに従つて、段々口くちが多くなつて来きた。此男このをとこはいくら酔つても、中なか〱平生を離れない事がある。かと思ふと、大変に元気づいて、調子に一種の悦楽えつらくを帯びて来くる。さうなると、普通の酒家以上に、能く弁する上に、時としては比較的真面目まじめな問題を持ち出して、相手と議論を上下して楽たのし気げに見える。代助は其昔し、麦酒ビールの壜びんを互たがひの間あひだに並ならべて、よく平岡と戦たゝかつた事を覚えてゐる。代助に取つて不思議とも思はれるのは、平岡が斯かう云ふ状態に陥つた時が、一番平岡と議論がしやすいと云ふ自覚であつた。又酒を呑んで本音ほんねを吐はかうか、と平岡の方からよく云つたものだ。今日こんにちの二人ふたりの境界は其時分じぶんとは、大分離はなれて来きた。さうして、其離れて、近ちかづく路みちを見出し悪にくい事実を、双方共に腹の中なかで心得てゐる。東京へ着ついた翌日あくるひ、三年振りで邂逅した二人ふたりは、其時そのとき既すでに、二人ふたりともに何時いつか互たがひの傍そばを立退たちのいてゐたことを発見した。

所が今日けふは妙である。酒さけに親したしめば親したしむ程、平岡が昔むかしの調子を出だして来きた。旨うまい局所へ酒が回まはつて、刻下こくかの経済や、目前の生活や、又それに伴ふ苦痛やら、不平やら、心の底の騒さわがしさやらを全然痲痺まひして仕舞つた様に見える。平岡の談話は一躍いちやくして高たかい平面に飛び上あがつた。

「僕は失敗したさ。けれども失敗しても働はたらいてゐる。又是からも働はたらく積つもりだ。君は僕の失敗したのを見て笑つてゐる。――笑はないたつて、要するに笑つてると同じ事に帰着するんだから構はない。いゝか、君は笑つてゐる。笑つてゐるが、其君そのきみは何も為しないぢやないか。君は世の中なかを、有ありの儘まゝで受け取る男だ。言葉を換えて云ふと、意志を発展させる事の出来ない男だらう。意志がないと云ふのは嘘うそだ。人間だもの。其証拠には、始終物足りないに違ちがひない。僕は僕の意志を現実社会に働はたらき掛かけて、其現実社会が、僕の意志の為ために、幾分でも、僕の思ひ通りになつたと云ふ確証を握らなくつちや、生きてゐられないね。そこに僕と云ふものゝ存在の価値かちを認めるんだ。君はたゞ考へてゐる。考へてる丈だから、頭あたまの中なかの世界と、頭あたまの外そとの世界を別々べつ〱に建立こんりうして生きてゐる。此大不調和を忍んでゐる所が、既に無形の大失敗ぢやないか。何故なぜと云つて見給へ。僕のは其不調和を外そとへ出だした迄で、君のは内に押し込んで置く丈の話だから、外面ぐわいめんに押し掛けた丈、僕の方が本当の失敗の度どは少すくないかも知れない。でも僕は君に笑はれてゐる。さうして僕は君を笑ふ事が出来ない。いや笑ひたいんだが、世間から見ると、笑つちや不可いけないんだらう」

「何なに笑わらつても構はない。君が僕を笑ふ前に、僕は既に自分を笑つてゐるんだから」

「そりや、嘘うそだ。ねえ三千代みちよ」

三千代みちよは先刻さつきから黙だまつて坐すはつてゐたが、夫おつとから不意に相談を受けた時、にこりと笑つて、代助を見た。

「本当でせう、三千代みちよさん」と云ひながら、代助は盃さかづきを出だして、酒を受うけた。

「そりや嘘うそだ。おれの細君が、いくら弁護べんごしたつて、嘘うそだ。尤も君は人ひとを笑わらつても、自分を笑つても、両方共頭あたまの中なかで遣やる人だから、嘘うそか本当か其辺はしかと分わからないが……」

「冗談云つちや不可いけない」

「冗談ぢやない。全く本気の沙汰であります。そりや昔むかしの君きみはさうぢや無なかつた。昔の君はさうぢや無なかつたが、今の君は大分違ちがつてるよ。ねえ三千代みちよ。長井ながゐは誰だれが見たつて、大得意ぢやないか」

「何なんだか先刻さつきから、傍そばで伺うかがつてると、貴方あなたの方が余っ程御得意の様よ」

平岡は大きな声を出してハヽヽと笑つた。三千代みちよは燗かん徳利を持つて次つぎの間へ立たつた。

六の七

平岡は膳の上うへの肴さかなを二口三口ふたくちみくち、箸はしで突つついて、下を向いた儘、むしや〱云はしてゐたが、やがて、どろんとした眼めを上げて、云つた。――

「今日けふは久し振ぶりに好いい心持に酔つた。なあ君。――君はあんまり好いい心持にならないね。何どうも怪けしからん。僕が昔むかしの平岡常次郎になつてるのに、君が昔むかしの長井代助にならないのは怪けしからん。是非なり給たまへ。さうして、大いに遣やつて呉くれ給たまへ。僕ぼくも是これから遣やる。から君きみも遣やつて呉れ給たまへ」

代助は此言葉のうちに、今の自己を昔むかしに返かへさうとする真卒な又無邪気な一種の努力を認みとめた。さうして、それに動うごかされた。けれども一方では、一昨日おとゝひ、食くつた麺麭パンを今返かへせと強請ねだられる様な気がした。

「君は酒を呑むと、言葉丈酔払つても、頭あたまは大抵確たしかな男だから、僕も云ふがね」

「それだ。それでこそ長井君だ」

代助は急に云ふのが厭いやになつた。

「君、頭あたまは確たしかかい」と聞いた。

「確たしかだとも。君さへ確たしかなら此方こつちは何時いつでも確たしかだ」と云つて、ちやんと代助の顔を見た。実際自分の云ふ通りの男である。そこで代助が云つた。――

「君はさつきから、働はたらかない〱と云つて、大分僕ぼくを攻撃したが、僕は黙だまつてゐた。攻撃される通り僕は働はたらかない積つもりだから黙だまつてゐた」

「何故なぜ働はたらかない」

「何故なぜ働はたらかないつて、そりや僕が悪わるいんぢやない。つまり世よの中なかが悪わるいのだ。もつと、大袈裟に云ふと、日本対西洋の関係が駄目だから働はたらかないのだ。第一、日本程借金を拵らへて、貧乏震ぶるひをしてゐる国はありやしない。此借金が君、何時いつになつたら返せると思ふか。そりや外債位は返せるだらう。けれども、それ許ばかりが借金ぢやありやしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでゐて、一等国を以て任じてゐる。さうして、無理にも一等国の仲間入をしやうとする。だから、あらゆる方面に向つて、奥行おくゆきを削けづつて、一等国丈の間口まぐちを張はつちまつた。なまじい張れるから、なほ悲惨ひさんなものだ。牛うしと競争をする蛙かへると同じ事で、もう君、腹はらが裂さけるよ。其影響はみんな我々個人の上うへに反射してゐるから見給へ。斯う西洋の圧迫を受けてゐる国民は、頭あたまに余裕がないから、碌な仕事は出来ない。悉く切り詰めた教育で、さうして目の廻る程こき使はれるから、揃つて神経衰弱になつちまふ。話をして見給へ大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日こんにちの、只今の事より外に、何も考へてやしない。考へられない程疲労してゐるんだから仕方がない。精神の困憊こんぱいと、身体の衰弱とは不幸にして伴ともなつてゐる。のみならず、道徳の敗退はいたいも一所に来きてゐる。日本国中何所どこを見渡したつて、輝かゞやいてる断面だんめんは一寸四方も無いぢやないか。悉く暗黒だ。其間あひだに立つて僕一人ひとりが、何と云つたつて、何を為したつて、仕様がないさ。僕は元来怠なまけものだ。いや、君と一所に往来してゐる時分から怠なまけものだ。あの時は強ひて景気をつけてゐたから、君には有為多望の様に見えたんだらう。そりや今だつて、日本の社会が精神的、徳義的、身体的に、大体の上に於て健全なら、僕は依然として有為多望なのさ。さうなれば遣やる事はいくらでもあるからね。さうして僕の怠惰性に打ち勝かつ丈の刺激も亦いくらでも出来て来くるだらうと思ふ。然し是ぢや駄目だ。今の様なら僕は寧ろ自分丈になつてゐる。さうして、君の所謂有ありの儘の世界を、有の儘で受取つて、其中うち僕に尤も適したものに接触を保つて満足する。進んで外ほかの人を、此方こつちの考へ通りにするなんて、到底出来できた話ぢやありやしないもの――」

代助は一寸ちよつと息いきを継ついだ。さうして、一寸ちよつと窮屈きうくつさうに控えてゐる三み千代の方を見て、御世辞を遣つかつた。

「三千代みちよさん。どうです、私わたしの考かんがへは。随分呑気のんきで宜いいでせう。賛成しませんか」

「何なんだか厭世の様な呑気のんきの様な妙なのね。私わたくしよく分わからないわ。けれども、少し胡麻化ごまくわして入らつしやる様よ」

「へええ。何処どこん所ところを」

「何処どこん所ところつて、ねえ貴方あなた」と三千代みちよは夫おつとを見た。平岡は股もゝの上うへへ肱ひぢを乗のせて、肱ひぢの上へ顎あごを載のせて黙だまつてゐたが、何にも云はずに盃さかづきを代助の前に出だした。代助も黙つて受けた。三千代は又酌をした。

六の八

代助は盃さかづきへ唇くちびるを付つけながら、是から先さきはもう云ふ必要がないと感じた。元来が平岡を自分の様に考へ直なほさせる為ための弁論でもなし、又平岡から意見されに来きた訪問でもない。二人ふたりはいつ迄立たつても、二人ふたりとして離はなれてゐなければならない運命を有もつてゐるんだと、始めから心付こゝろづいてゐるから、議論は能い加減に引き上あげて、三千代みちよの仲間なかま入りの出来る様な、普通の社交上の題目に談話を持つて来きやうと試みた。

けれども、平岡は酔ふとしつこくなる男であつた。胸毛むなげの奥おく迄赤くなつた胸むねを突き出だして、斯う云つた。

「そいつは面白い。大いに面白い。僕見た様に局部に当あたつて、現実と悪闘あくとうしてゐるものは、そんな事を考へる余地がない。日本が貧弱ひんじやくだつて、弱虫よはむしだつて、働はたらいてるうちは、忘れてゐるからね。世の中なかが堕落だらくしたつて、世の中なかの堕落に気が付つかないで、其中うちに活動するんだからね。君の様な暇人ひまじんから見れば日本の貧乏びんぼうや、僕等の堕落だらくが気になるかも知れないが、それは此社会に用のない傍観者にして始めて口くちにすべき事だ。つまり自分の顔を鏡で見る余裕があるから、さうなるんだ。忙いそがしい時は、自分の顔の事なんか、誰だつて忘れてゐるぢやないか」

平岡は嘵舌しやべつてるうち、自然と此比喩に打ぶつかつて、大いなる味方を得た様な心持がしたので、其所そこで得意に一段落をつけた。代助は仕方しかたなしに薄笑うすわらひをした。すると平岡はすぐ後あとを附加つけくはへた。

「君は金かねに不自由しないから不可いけない。生活に困こまらないから、働はたらく気にならないんだ。要するに坊ぼつちやんだから、品ひんの好いい様なこと許ばつかり云つてゐて、――」

代助は少々平岡が小憎こにくらしくなつたので、突然中途で相手を遮さへぎつた。

「働はたらくのも可いいが、働はたらくなら、生活以上の働はたらきでなくつちや名誉にならない。あらゆる神聖な労力は、みんな麺麭パンを離れてゐる」

平岡は不思議に不愉快な眼めをして、代助の顔かほを窺うかゞつた。さうして、

「何故なぜ」と聞きいた。

「何故なぜつて、生活の為ための労力は、労力の為ための労力でないもの」

「そんな論理学の命題めいだい見た様なものは分わからないな。もう少し実際的の人間に通じる様な言葉で云つてくれ」

「つまり食くふ為ための職業は、誠実にや出来悪にくいと云ふ意味さ」

「僕の考へとは丸で反対だね。食ふ為めだから、猛烈に働らく気になるんだらう」

「猛烈には働はたらけるかも知れないが誠実には働はたらき悪にくいよ。食くふ為ための働はたらきと云ふと、つまり食くふのと、働はたらくのと何方どつちが目的だと思ふ」

「無論食くふ方さ」

「夫れ見給へ。食くふ方が目的で働はたらく方が方便なら、食くひ易やすい様に、働はたらき方かたを合あはせて行くのが当然だらう。さうすりや、何を働はたらいたつて、又どう働はたらいたつて、構はない、只麺麭パンが得られゝば好いいと云ふ事に帰着して仕舞ふぢやないか。労力の内容も方向も乃至順序も悉く他から掣肘される以上は、其労力は堕落の労力だ」

「まだ理論的だね、何どうも。夫で一向差支ないぢやないか」

「では極ごく上品な例で説明してやらう。古臭ふるくさい話はなしだが、ある本で斯こんな事を読んだ覚えがある。織田信長が、ある有名な料理人を抱へた所が、始めて、其料理人の拵こしらへたものを食くつて見ると頗すこぶる不味まづかつたんで、大変小言こごとを云つたさうだ。料理人の方では最上の料理を食くはして、叱しかられたものだから、其次そのつぎからは二流もしくは三流の料理を主人しゆじんにあてがつて、始終褒ほめられたさうだ。此料理人を見給へ。生活の為ために働らく事は抜目ぬけめのない男だらうが、自分の技芸たる料理其物のために働はたらく点から云へば、頗る不誠実ぢやないか、堕落料理人ぢやないか」

「だつて左様さうしなければ解雇されるんだから仕方があるまい」

「だからさ。衣食に不自由のない人が、云はゞ、物数奇にやる働はたらきでなくつちや、真面目まじめな仕事は出来できるものぢやないんだよ」

「さうすると、君の様な身分のものでなくつちや、神聖の労力は出来ない訳だ。ぢや益ます〱遣やる義務がある。なあ三千代」

「本当ですわ」

「何だか話はなしが、元もとへ戻つちまつた。是だから議論は不可いけないよ」と云つて、代助は頭あたまを掻かいた。議論はそれで、とう〱御仕舞になつた。

七の一

代助は風呂ふろへ這入はいつた。

「先生、何どうです、御燗おかんは。もう少し燃もさせませうか」と門野かどのが突然とつぜん入り口ぐちから顔かほを出だした。門野かどのは斯かう云ふ事には能よく気きの付つく男である。代助は、凝じつと湯ゆに浸つかつた儘、

「結構けつこう」と答へた。すると、門野かどのが、

「ですか」と云ひ棄すてゝ、茶の間まの方へ引き返かへした。代助は門野かどのの返事のし具合に、いたく興味を有もつて、独りにや〱と笑つた。代助には人ひとの感じ得ない事を感じる神経がある。それが為ため時々とき〲苦しい思おもひもする。ある時、友達の御親爺おやぢさんが死んで、葬式の供ともに立つたが、不図其友達が装束を着きて、青竹を突ついて、柩ひつぎのあとへ付ついて行く姿すがたを見て可笑おかしくなつて困つた事がある。又ある時は、自分の父ちゝから御談義を聞いてゐる最中に、何の気もなく父ちゝの顔を見たら、急に吹き出だしたくなつて弱り抜ぬいた事がある。自宅に風呂を買かはない時分には、つい近所の銭湯せんとうに行つたが、其所そこに一人ひとりの骨骼こつかくの逞ましい三助さんすけがゐた。是が行くたんびに、奥おくから飛び出だして来きて、流ながしませうと云つては脊中せなかを擦こする。代助は其奴そいつに体からだをごし〱遣やられる度たびに、どうしても、埃及人エジプトじんに遣やられてゐる様な気がした。いくら思ひ返しても日本人とは思へなかつた。

まだ不思議な事がある。此間、ある書物を読んだら、ウエーバーと云ふ生理学者は自分の心臓しんぞうの鼓動を、増したり、減へらしたり、随意に変化さしたと書いてあつたので、平生から鼓動を試験する癖くせのある代助は、ためしに遣やつて見たくなつて、一日いちじつに二三回位怖々こわ〲ながら試ためしてゐるうちに、何どうやら、ウエーバーと同じ様になりさうなので、急に驚ろいて已めにした。

湯のなかに、静しづかに浸つかつてゐた代助は、何の気なしに右の手を左の胸の上うへへ持つて行つたが、どん〱と云ふ命いのちの音おとを二三度聞くや否や、忽ちウエーバーを思ひ出だして、すぐ流ながしへ下おりた。さうして、其所そこに胡坐あぐらをかいた儘、茫然と、自分の足あしを見詰めてゐた。すると其足あしが変になり始めた。どうも自分の胴から生はえてゐるんでなくて、自分とは全く無関係のものが、其所そこに無作法に横よこたはつてゐる様に思はれて来きた。さうなると、今迄は気が付つかなかつたが、実じつに見るに堪えない程醜くいものである。毛が不揃むらに延のびて、青あをい筋すぢが所々ところ〲に蔓はびこつて、如何にも不思議な動物である。

代助は又湯ゆに這入つて、平岡の云つた通り、全たく暇ひまがあり過すぎるので、こんな事迄考へるのかと思つた。湯から出でて、鏡に自分の姿を写うつした時、又平岡の言葉を思ひ出だした。幅の厚あつい西洋髪剃かみそりで、顎あごと頬を剃そる段だんになつて、其鋭するどい刃はが、鏡かゞみの裏うらで閃ひらめく色が、一種むづ痒がゆい様な気持を起おこさした。是これが烈敷はげしくなると、高い塔の上から、遥かの下したを見下みおろすのと同じになるのだと意識しながら、漸く剃り終おはつた。

茶の間まを抜ぬけ様とする拍子に、

「何どうも先生は旨うまいよ」と門野かどのが婆ばあさんに話はなしてゐた。

「何なにが旨うまいんだ」と代助は立ちながら、門野を見た。門野かどのは、

「やあ、もう御上おあがりですか。早いですな」と答へた。此挨拶では、もう一遍、何が旨うまいんだと聞かれもしなくなつたので、其儘書斎へ帰かへつて、椅子いすに腰こしを掛けて休息してゐた。

休息しながら、斯かう頭あたまが妙な方面に鋭どく働はたらき出だしちや、身体からだの毒だから、些ちと旅行でもしやうかと思つて見た。一ひとつは近来持ち上あがつた結婚問題を避さけるに都合が好いいとも考へた。すると又平岡の事が妙に気に掛かゝつて、転地する計画をすぐ打ち消して仕舞つた。それを能く煎じ詰めて見ると、平岡の事が気に掛るのではない、矢っ張り三千代みちよの事が気にかかるのである。代助は其所そこ迄押して来きても、別段不徳義とは感じなかつた。寧ろ愉快な心持がした。

七の二

代助が三千代みちよと知しり合あひになつたのは、今から四五年前の事で、代助がまだ学生の頃ころであつた。代助は長井家けの関係から、当時交際社会の表面にあらはれて出でた、若い女の顔も名も、沢山に知つてゐた。けれども三千代は其方面の婦人ではなかつた。色合いろあひから云ふと、もつと地味ぢみで、気持きもちから云ふと、もう少し沈しづんでゐた。其頃、代助の学友に菅沼すがぬまと云ふのがあつて、代助とも平岡とも、親しく附合つきあつてゐた。三千代みちよは其妹そのいもとである。

此菅沼すがぬまは東京近県のもので、学生になつた二年目の春はる、修業の為ためと号して、国くにから妹を連つれて来くると同時に、今迄の下宿を引き払はらつて、二人ふたりして家いへを持つた。其時妹いもとは国くにの高等女学校を卒業した許ばかりで、年としは慥たしか十八とか云ふ話はなしであつたが、派出な半襟を掛かけて、肩上かたあげをしてゐた。さうして程なくある女学校へ通かよひ始はじめた。

菅沼の家いへは谷中やなかの清水町しみづちようで、庭にはのない代りに、椽側へ出でると、上野の森もりの古ふるい杉すぎが高たかく見えた。それがまた、錆さびた鉄てつの様に、頗すこぶる異あやしい色いろをしてゐた。其その一本は殆んど枯かれ掛かかつて、上うへの方には丸裸まるはだかの骨許ほねばかり残つた所に、夕方ゆふがたになると烏が沢山集まつて鳴いてゐた。隣には若わかい画家ゑかきが住すんでゐた。車くるまもあまり通らない細い横町で、至極閑静な住居すまゐであつた。

代助は其所そこへ能よく遊びに行いつた。始めて三千代みちよに逢あつた時、三千代はたゞ御辞儀をした丈で引込んで仕舞つた。代助は上野の森を評して帰つて来きた。二返行つても、三返行つても、三千代はたゞ御茶を持もつて出でる丈であつた。其癖くせ狭い家うちだから、隣となりの室へやにゐるより外はなかつた。代助は菅沼と話はなしながら、隣となりの室へやに三千代がゐて、自分の話を聴いてゐるといふ自覚を去る訳に行ゆかなかつた。

三千代みちよと口くちを利きき出だしたのは、どんな機会はづみであつたか、今では代助の記憶に残つてゐない。残つて居ゐない程、瑣末な尋常の出来事から起つたのだらう。詩や小説に厭あいた代助には、それが却つて面白かつた。けれども一旦口くちを利きき出だしてからは、矢っ張り詩や小説と同じ様に、二人ふたりはすぐ心安こゝろやすくなつて仕舞つた。

平岡も、代助の様に、よく菅沼すがぬまの家うちへ遊あそびに来きた。あるときは二人ふたり連つれ立だつて、来きた事もある。さうして、代助と前後して、三千代みちよと懇意になつた。三千代は兄と此二人ふたりに食付くつついて、時々池の端はた抔を散歩した事がある。

四人よつたりは此関係で約二年やくにねん足らず過すごした。すると菅沼すがぬまの卒業する年としの春はる、菅沼すがぬまの母はゝと云ふのが、田舎いなかから遊あそびに出でて来きて、しばらく清水しみづ町に泊とまつてゐた。此母はゝは年に一二度づつは上京して、子供の家に五六日寐起ねおきする例になつてゐたんだが、其時は帰る前日ぜんじつから熱ねつが出でだして、全く動うごけなくなつた。それが一週間の後窒扶斯ちふすと判明したので、すぐ大学病院へ入れた。三千代は看護の為ため附添つきそひとして一所に病院に移つた。病人の経過は、一時稍佳良であつたが、中途からぶり返かへして、とう〱死んで仕舞つた。それ許ばかりではない。窒扶斯ちふすが、見舞に来きた兄あにに伝染して、是も程なく亡なくなつた。国くににはたゞ父親ちゝおやが一人ひとり残のこつた。

それが母はゝの死んだ時も、菅沼すがぬまの死んだ時も出でて来きて、始末をしたので、生前に関係の深ふかかつた代助とも平岡とも知り合になつた。三千代を連つれて国へ帰る時は、娘とともに二人ふたりの下宿を別々に訪たづねて、暇乞いとまごひ旁かた〲礼を述のべた。

其年そのとしの秋、平岡は三千代と結婚した。さうして其間あひだに立つたものは代助であつた。尤も表向きは郷里の先輩を頼んで、媒酌人として式に連つらなつて貰つたのだが、身体からだを動うごかして、三千代みちよの方を纏まとめたものは代助であつた。

結婚して間まもなく二人ふたりは東京を去つた。国に居ゐた父ちゝは思はざるある事情の為ために余儀なくされて、是も亦北海道へ行つて仕舞つた。三千代みちよは何方どつちかと云へば、今いま心細い境遇に居る。どうかして、此東京に落付おちついてゐられる様にして遣やりたい気がする。代助はもう一返嫂あによめに相談して、此間このあひだの金かねを調達する工面をして見やうかと思つた。又三千代みちよに逢つて、もう少し立ち入つた事情を委くわしく聞いて見やうかと思つた。

七の三

けれども、平岡へ行つた所で、三千代が無暗に洗あらひ浚ざらい嘵舌しやべり散ちらす女ではなし、よしんば何どうして、そんな金かねが要いる様になつたかの事情を、詳しく聞きき得たにした所で、夫婦ふうふの腹はらの中なかなんぞは容易に探さぐられる訳のものではない。――代助の心の底を能く見詰めてゐると、彼かれの本当に知りたい点は、却つて此所こゝに在ると、自から承認しなければならなくなる。だから正直を云ふと、何故なにゆへに金かねが入用であるかを研究する必要は、もう既に通り越してゐたのである。実は外面の事情は聞いても聞きかなくつても、三千代に金かねを貸して満足させたい方であつた。けれども三千代の歓心を買ふ目的を以て、其手段として金かねを拵こしらへる気は丸でなかつた。代助は三千代に対して、それ程政略的な料簡を起す余裕を有もつてゐなかつたのである。

其上そのうへ平岡の留守へ行き中あてゝ、今日こんにち迄の事情を、特に経済の点に関して丈でも、充分聞き出すのは困難である。平岡が家うちにゐる以上は、詳しい話はなしの出来ないのは知れ切つてゐる。出来ても、それを一から十迄真まに受ける訳には行かない。平岡は世間的な色々の動機から、代助に見栄みえを張つてゐる。見栄みえの入らない所でも一種の考から沈黙を守つてゐる。

代助は、兎も角もまづ嫂あによめに相談して見やうと決心した。さうして、自分ながら甚だ覚束ないとは思つた。今迄嫂あによめにちび〱、無心を吹き掛けた事は何度もあるが、斯かう短兵急に痛いため付けるのは始めてゞである。然し梅子は自分の自由になる資産をいくらか持もつてゐるから、或は出来ないとも限らない。夫それで駄目なら、又高利でも借かりるのだが、代助はまだ其所そこ迄には気が進んでゐなかつた。たゞ早晩平岡から表向きに、連帯責任を強ひられて、それを断わり切れない位なら、一層いつそ此方こつちから進んで、直接に三千代みちよを喜ばしてやる方が遥かに愉快だといふ取捨の念丈は殆んど理窟を離れて、頭あたまの中なかに潜ひそんでゐた。

生暖なまあたゝかい風かぜの吹ふく日であつた。曇くもつた天気が何時迄いつまでも無精ぶせうに空そらに引掛ひつかゝつて、中々なか〱暮くれさうにない四時過から家うちを出でて、兄あにの宅迄たくまで電車で行つた。青山あをやま御所の少すこし手前迄来くると、電車の左側ひだりがはを父ちゝと兄あにが綱曳つなびきで急いそがして通とほつた。挨拶あいさつをする暇ひまもないうちに擦すれ違ちがつたから、向ふは元より気が付つかずに過すぎ去つた。代助は次つぎの停留所で下おりた。

兄あにの家いへの門を這入ると、客間きやくまでピアノの音おとがした。代助は一寸ちよつと砂利の上うへに立ち留どまつたが、すぐ左へ切れて勝手口ぐちの方へ廻つた。其所そこには格子の外そとに、ヘクターと云ふ英国産の大きな犬が、大きな口くちを革紐ひもで縛しばられて臥ねてゐた。代助の足音を聞きくや否や、ヘクターは毛の長い耳みゝを振ふるつて、斑まだらな顔かほを急に上あげた。さうして尾を揺うごかした。

入口いりぐちの書生部屋を覗き込んで、敷居の上うへに立ちながら、二言三言ふたことみこと愛嬌を云つた後あと、すぐ西洋間まの方へ来きて、戸とを明あけると、嫂あによめがピヤノの前に腰を掛けて両手を動うごかして居た。其傍そのそばに縫ぬひ子が袖そでの長い着物を着きて、例の髪かみを肩迄掛けて立たつてゐた。代助は縫ぬひ子の髪かみを見るたんびに、ブランコに乗のつた縫子の姿すがたを思ひ出だす。黒くろい髪かみと、淡紅色ときいろのリボンと、それから黄色い縮緬ちりめんの帯が、一時いちじに風に吹かれて空くうに流れる様さまを、鮮あざやかに頭あたまの中なかに刻み込んでゐる。

母子おやこは同時に振ふり向いた。

「おや」

縫子の方は、黙だまつて馳かけて来きた。さうして、代助の手をぐい〱引張ひつぱつた。代助はピヤノの傍そば迄来きた。

「如何なる名人が鳴ならしてゐるのかと思つた」

梅子は何にも云はずに、額ひたいに八の字を寄よせて、笑ひながら手を振り振り、代助の言葉を遮ぎつた。さうして、向むかふから斯かう云つた。

「代さん、此所こゝん所ところを一寸ちよつと遣やつて見みせて下ください」

代助は黙だまつて嫂あによめと入れ替かはつた。譜ふを見ながら、両方の指ゆびをしばらく奇麗に働はたらかした後あと、

「斯かうだらう」と云つて、すぐ席を離れた。

七の四

それから三十分程の間あひだ、母子おやこして交かはる〲楽器の前に坐すはつては、一つ所ところを復習してゐたが、やがて梅子が、

「もう廃よしませう。彼方あつちへ行いつて、御飯ごはんでも食たべませう。叔父おぢさんもゐらつしやい」と云ひながら立つた。部屋のなかはもう薄暗うすぐらくなつてゐた。代助は先刻さつきから、ピヤノの音おとを聞いて、嫂あによめや姪めいの白い手の動うごく様子を見て、さうして時々とき〲は例の欄間らんまの画ゑを眺ながめて、三千代みちよの事も、金かねを借かりる事も殆んど忘れてゐた。部屋を出でる時、振り返つたら、紺青こんじやうの波なみが摧くだけて、白く吹き返かへす所丈だけが、暗くらい中なかに判然はつきり見えた。代助は此大濤おほなみの上うへに黄金色こがねいろの雲くもの峰みねを一面に描かかした。さうして、其雲くもの峰みねをよく見ると、真裸まはだかな女性によせうの巨人きよじんが、髪かみを乱みだし、身を躍おどらして、一団となつて、暴あれ狂つてゐる様やうに、旨うまく輪廓を取とらした。代助はヷルキイルを雲くもに見立てた積で此図を注文したのである。彼は此雲くもの峰だか、又巨大な女性だか、殆んど見分けの付つかない、偉いな塊かたまりを脳中のうちうに髣髴ほうふつして、ひそかに嬉うれしがつてゐた。が偖出来上あがつて、壁かべの中なかへ嵌はめ込んでみると、想像したよりは不味まづかつた。梅子と共に部屋を出でた時ときは、此ヷルキイルは殆んど見えなかつた。紺青こんじやうの波は固より見えなかつた。たゞ白い泡あはの大きな塊かたまりが薄白うすじろく見えた。

居間ゐまにはもう電燈が点ついてゐた。代助は其所そこで、梅子と共に晩食ばんしよくを済すました。子供二人ふたりも卓たくを共にした。誠太郎に兄あにの部室へやからマニラを一本取とつて来こさして、夫それを吹ふかしながら、雑談をした。やがて、小供こどもは明日あしたの下読したよみをする時間だと云ふので、母はゝから注意を受けて、自分の部屋へやへ引き取とつたので、後あとは差し向むかひになつた。

代助は突然例の話はなしを持もち出すのも、変なものだと思つて、関係のない所からそろ〱進行を始めた。先づ父ちゝと兄あにが綱曳つなつぴきで車くるまを急いそがして何所どこへ行つたのだとか、此間このあひだは兄にいさんに御馳走になつたとか、あなたは何故なぜ麻布の園遊会へ来こなかつたのだとか、御父おとうさんの漢詩は大抵法螺ほらだとか、色々いろいろ聞いたり答へたりして居ゐるうちに、一つ新しい事実を発見した。それは外ほかでもない。父ちゝと兄あにが、近来目に立たつ様に、忙いそがしさうに奔走し始めて、此四五日は碌々ろく〱寐ねるひまもない位だと云ふ報知である。全体何が始はじまつたんですと、代助は平気な顔かほで聞いて見た。すると、嫂あによめも普通の調子で、さうですね、何なにか始はじまつたんでせう。御父おとうさんも、兄にいさんも私わたくしには何なんにも仰おつしやらないから、知しらないけれどもと答へて、代さんは、それよりか此間このあひだの御嫁およめさんをと云ひ掛けてゐる所へ、書生が這入つて来きた。

今夜こんやも遅おそくなる、もし、誰だれと誰だれが来きたら何なんとか屋やへ来くる様に云つて呉れと云ふ電話を伝つたへた儘、書生は再び出でて行いつた。代助は又結婚問題に話はなしが戻もどると面倒だから、時に姉ねえさん、些ちつと御願ねがひがあつて来きたんだが、とすぐ切り出して仕舞つた。

梅子うめこは代助の云ふ事を素直すなほに聞きいて居ゐた。代助は凡てを話すに約十分許を費ついやした。最後に、

「だから思ひ切つて貸して下ください」と云つた。すると梅子は真面目まじめな顔をして、

「さうね。けれども全体何時いつ返かへす気なの」と思ひも寄よらぬ事を問ひ返した。代助は顎あごの先さきを指ゆびで撮つまんだ儘、じつと嫂あによめの気色けしきを窺うかゞつた。梅子うめこは益真面目まじめな顔かほをして、又斯う云つた。

「皮肉ぢやないのよ。怒おこつちや不可いけませんよ」

代助は無論怒おこつてはゐなかつた。たゞ姉弟けうだいから斯かういふ質問を受けやうと予期してゐなかつた丈である。今更返かへす気きだの、貰もらう積りだのと布衍ふえんすればする程馬鹿になる許ばかりだから、甘あまんじて打撃を受けてゐた丈である。梅子は漸やく手に余る弟を取つて抑えた様な気がしたので、後あとが大変云ひ易やすかつた。――

七の五

「代さん、あなたは不断ふだんから私わたくしを馬鹿にして御出おいでなさる。――いゝえ、厭味いやみを云ふんぢやない、本当の事なんですもの、仕方がない。さうでせう」

「困こまりますね、左様さう真剣しんけんに詰問きつもんされちや」

「善よござんすよ。胡魔化ごまくわさないでも。ちやんと分わかつてるんだから。だから正直に左様さうだと云つて御仕舞なさい。左様さうでないと、後あとが話はなせないから」

代助は黙だまつてにや〱笑わらつてゐた。

「でせう。そら御覧なさい。けれども、それが当り前よ。ちつとも構かまやしません。いくら私わたしが威張つたつて、貴方あなたに敵かなひつこないのは無論ですもの。私わたしと貴方あなたとは今迄通どほりの関係で、御互ひに満足なんだから、文句はありやしません。そりや夫それで好いいとして、貴方あなたは御父おとうさんも馬鹿にして入らつしやるのね」

代助は嫂あによめの態度の真卒な所が気に入つた。それで、

「えゝ、少しは馬鹿にしてゐます」と答へた。すると梅子は左さも愉快さうにハヽヽヽと笑つた。さうして云つた。

「兄にいさんも馬鹿にして入らつしやる」

「兄にいさんですか。兄にいさんは大いに尊敬してゐる」

「嘘うそを仰おつしやい。序ついでだから、みんな打ぶち散まけて御仕舞しまひなさい」

「そりや、或点あるてんでは馬鹿にしない事もない」

「それ御覧らんなさい。あなたは一家族中ぢう悉く馬鹿にして入らつしやる」

「どうも恐れ入りました」

「そんな言訳いひわけはどうでも好いいんですよ。貴方あなたから見れば、みんな馬鹿にされる資格があるんだから」

「もう、廃よさうぢやありませんか。今日けふは中中なかなかきびしいですね」

「本当なのよ。夫それで差支さしつかへないんですよ。喧嘩も何なにも起おこらないんだから。けれどもね、そんなに偉えらい貴方あなたが、何故なぜ私わたしなんぞから御金おかねを借かりる必要があるの。可笑おかしいぢやありませんか。いえ、揚足あげあしを取ると思ふと、腹はらが立つでせう。左様そんなんぢやありません。それ程偉えらい貴方あなたでも、御金おかねがないと、私わたし見た様なものに頭あたまを下さげなけりやならなくなる」

「だから先さつきから頭あたまを下さげてゐるんです」

「まだ本気で聞いてゐらつしやらないのね」

「是が私わたしの本気な所なんです」

「ぢや、それも貴方あなたの偉えらい所かも知れない。然し誰だれも御金おかねを貸かし手てがなくつて、今の御友達を救すくつて上あげる事が出来なかつたら、何どうなさる。いくら偉えらくつても駄目ぢやありませんか。無能力な事は車屋くるまやと同おんなしですもの」

代助は今迄嫂あによめが是程適切な異見を自分に向つて加へ得やうとは思はなかつた。実は金かねの工面を思ひ立つてから、自分でも此弱点を冥々の裡うちに感じてゐたのである。

「全く車屋ですね。だから姉ねえさんに頼たのむんです」

「仕方がないのね、貴方あなたは。あんまり、偉過えらすぎて。一人ひとりで御金かねを御取とんなさいな。本当の車屋なら貸かして上げない事もないけれども、貴方あなたには厭いやよ。だつて余あんまりぢやありませんか。月々つき〲兄にいさんや御父おとうさんの厄介になつた上うへに、人ひとの分ぶん迄自分に引受けて、貸してやらうつて云ふんだから。誰だれも出だし度たくはないぢやありませんか」

梅子の云ふ所は実に尤もである。然し代助は此尤もつともを通り越して、気が付つかずにゐた。振り返つて見ると、後うしろの方に姉あねと兄あにと父ちゝがかたまつてゐた。自分も後戻あともどりをして、世間並せけんなみにならなければならないと感じた。家うちを出でる時、嫂あによめから無心を断わられるだらうとは気遣きづかつた。けれども夫それが為ために、大いに働はたらいて、自から金を取らねばならぬといふ決心は決して起し得なかつた。代助は此事件を夫程重くは見てゐなかつたのである。

七の六

梅子は、此機会を利用して、色々の方面から代助を刺激しやうと力めた。所が代助には梅子の腹はらがよく解わかつてゐた。解わかれば解わかる程激する気にならなかつた。そのうち話題は金かねを離れて、再び結婚に戻もどつて来きた。代助は最近の候補者に就て、此間このあひだから親爺おやぢに二度程悩なやまされてゐる。親爺おやぢの論理は何時いつ聞きいても昔し風に甚だ義理堅かたいものであつたが、其代り今度は左程権柄づくでもなかつた。自分の命いのちの親おやに当あたる人ひとの血統を受けたものと縁組をするのは結構な事であるから、貰もらつて呉れと云ふんである。さうすれば幾分か恩が返かへせると云ふんである。要するに代助から見ると、何が結構なのか、何が恩返しに当るのか、丸で筋の立たたない主張であつた。尤も候補者自身に就ては、代助も格別の苦情は持つてゐなかつた事丈は慥かである。だから父ちゝの云ふ事の当否は論弁の限かぎりにあらずとして、貰もらへば貰もらつても構かまはないのである。代助は此二三年来、凡ての物に対して重きを置かない習慣になつた如く、結婚けつこんに対しても、あまり重きを置く必要を認めてゐない。佐川の娘といふのは只写真で知つてゐる許であるが、夫丈でも沢山な様な気がする。――尤も写真は大分美くしかつた。――従つて、貰ふとなれば、左様さう面倒な条件を持ち出す考も何もない。たゞ、貰ひませうと云ふ確答が出でなかつた丈である。

その不明晰な態度を、父ちゝに評させると、丸で要領を得てゐない鈍物同様の挨拶振になる。結婚を生死の間あひだに横よこたはる一大要件と見傚して、あらゆる他の出来事を、これに従属させる考の嫂あによめから云はせると、不可思議になる。

「だつて、貴方あなただつて、生涯一人ひとりでゐる気でもないんでせう。さう我儘を云はないで、好いい加減な所で極きめて仕舞つたら何どうです」と梅子は少すこし焦ぢれつたさうに云つた。

生涯一人ひとりでゐるか、或は妾めかけを置いて暮くらすか、或は芸者と関係をつけるか、代助自身にも明瞭な計画は丸でなかつた。只たゞ、今いまの彼は結婚といふものに対して、他の独身者の様に、あまり興味を持もてなかつた事は慥たしかである。是は、彼の性情が、一図に物に向つて集注し得ないのと、彼の頭あたまが普通以上に鋭するどくつて、しかも其鋭するどさが、日本現代の社会状況のために、幻像イリユージヨン打破の方面に向むかつて、今日迄多く費やされたのと、それから最後には、比較的金銭に不自由がないので、ある種類の女を大分多く知つてゐるのとに帰着するのである。が代助は其所そこ迄解剖して考へる必要は認めてゐない。たゞ結婚に興味がないと云ふ、自己に明あきらかな事実を握にぎつて、それに応じて未来を自然に延のばして行く気でゐる。だから、結婚を必要事件と、初手から断定して、何時いつか之を成立させ様と喘あせる努力を、不自然であり、不合理であり、且つあまりに俗臭を帯びたものと解釈した。

代助は固より斯こんな哲理フヒロソフヒーを嫂あによめに向つて講釈する気はない。が、段々押し詰つめられると、苦し紛まぎれに、

「だが、姉ねえさん、僕は何どうしても嫁よめを貰もらはなければならないのかね」と聞きく事がある。代助は無論真面目まじめに聞きく積つもりだけれども、嫂あによめの方では呆あきれて仕舞ふ。さうして、自分を茶にするのだと取る。梅子は其晩代助に向つて、平生いつもの手続てつゞきを繰くり返かへした後あとで、斯こんな事を云つた。

「妙なのね、そんなに厭いやがるのは。――厭いやなんぢやないつて、口くちでは仰おつしやるけれども、貰もらはなければ、厭いやなのと同おんなしぢやありませんか。それぢや誰だれか好すきなのがあるんでせう。其方そのかたの名を仰おつしやい」

代助は今迄嫁よめの候補者としては、たゞの一人も好すいた女をんなを頭あたまの中なかに指名してゐた覚がなかつた。が、今いま斯かう云はれた時、どう云ふ訳か、不意に三千代といふ名が心に浮かんだ。つゞいて、だから先刻さつき云つた金かねを貸して下ください、といふ文句が自おのづから頭あたまの中なかで出来上できあがつた。――けれども代助はたゞ苦笑して嫂あによめの前に坐すはつてゐた。

八の一

代助が嫂あによめに失敗して帰つた夜よは、大分だいぶ更ふけてゐた。彼は辛からうじて青山の通りで、最後さいごの電車を捕つらまえた位である。それにも拘はらず彼かれの話してゐる間あひだには、父ちゝも兄あにも帰つて来こなかつた。尤も其間そのあひだに梅子は電話口ぐちへ二返呼ばれた。然し、嫂あによめの様子に別段変つた所ところもないので、代助は此方こつちから進んで何にも聞かなかつた。

其夜そのよは雨催あめもよひの空そらが、地面ぢめんと同おなじ様な色いろに見えた。停留所の赤い柱の傍そばに、たつた一人ひとり立たつて電車を待ち合はしてゐると、遠とほい向むかふから小さい火の玉たまがあらはれて、それが一直線に暗い中なかを上下うへしたに揺ゆれつつ代助の方に近ちかづいて来るのが非常に淋しく感ぜられた。乗のり込んで見ると、誰だれも居なかつた。黒くろい着物きものを着きた車掌と運転手の間あひだに挟はさまれて、一種の音おとに埋うづまつて動うごいて行くと、動うごいてゐる車くるまの外そとは真暗まつくらである。代助は一人ひとり明あかるい中なかに腰を掛かけて、どこ迄も電車に乗つて、終ついに下おりる機会が来こない迄引つ張り廻まはされる様な気がした。

神楽坂かぐらざかへかゝると、寂ひつそりとした路みちが左右の二階家にかいやに挟はさまれて、細長ほそながく前まへを塞ふさいでゐた。中途迄上のぼつて来きたら、それが急に鳴り出だした。代助は風かぜが家やの棟むねに当る事と思つて、立ち留どまつて暗くらい軒のきを見上げながら、屋根から空そらをぐるりと見廻すうちに、忽ち一種の恐怖に襲はれた。戸とと障子と硝子がらすの打うち合あふ音おとが、見る〱烈はげしくなつて、あゝ地震だと気が付ついた時は、代助の足は立ちながら半ば竦すくんでゐた。其時代助は左右の二階家やが坂さかを埋うづむべく、双方から倒れて来くる様に感じた。すると、突然右側みぎかはの潜くゞり戸どをがらりと開あけて、小供を抱だいた一人ひとりの男が、地震だ〱、大きな地震だと云つて出でて来た。代助は其男の声を聞いて漸く安心した。

家うちへ着ついたら、婆さんも門野かどのも大いに地震の噂をした。けれども、代助は、二人ふたりとも自分程には感じなかつたらうと考へた。寐てから、又三千代の依頼をどう所置し様やうかと思案して見た。然し分別を凝こらす迄には至らなかつた。父ちゝと兄あにの近来の多忙は何事だらうと推して見た。結婚は愚図々々にして置かうと了簡を極きめた。さうして眠ねむりに入つた。

其明日そのあくるひの新聞に始めて日糖事件なるものがあらはれた。砂糖を製造する会社の重役が、会社の金かねを使用して代議士の何名かを買収したと云ふ報知である。門野は例の如く重役や代議士の拘引されるのを痛快だ々々々と評してゐたが、代助にはそれ程痛快にも思へなかつた。が、二三日するうちに取り調べを受けるものゝ数かずが大分多くなつて来きて、世間ではこれを大疑獄の様に囃し立たてる様になつた。ある新聞ではこれを英国に対する検挙と称した。其説明には、英国大使が日糖株を買ひ込んで、損をして、苦情を鳴らし出だしたので、日本政府も英国へ対する申訳に手を下くだしたのだとあつた。

日糖事件の起る少し前、東洋汽船といふ会社は、壱割二分の配当をした後あとの半期に、八十万円の欠損を報告した事があつた。それを代助は記憶して居た。其時の新聞が此報告を評して信を置くに足らんと云つた事も記憶してゐた。

代助は自分の父ちゝと兄あにの関係してゐる会社に就ては何事なにごとも知らなかつた。けれども、いつ何どんな事が起るまいものでもないとは常から考へてゐた。さうして、父ちゝも兄あにもあらゆる点に於て神聖であるとは信じてゐなかつた。もし八釜敷しい吟味をされたなら、両方共拘引に価あたひする資格が出来はしまいかと迄疑つてゐた。それ程でなくつても、父ちゝと兄あにの財産が、彼等の脳力と手腕丈で、誰だれが見ても尤もつともと認める様に、作つくり上あげられたとは肯うけがはなかつた。明治の初年に横浜へ移住奨励のため、政府が移住者に土地を与へた事がある。其時たゞ貰もらつた地面の御蔭で、今は非常な金満家になつたものがある。けれども是は寧ろ天の与へた偶然である。父ちゝと兄あにの如きは、此自己にのみ幸福なる偶然を、人為的に且政略的に、暖室むろを造つて、拵こしらえ上あげたんだらうと代助は鑑定してゐた。

八の二

代助は斯かう云ふ考で、新聞記事に対しては別に驚ろきもしなかつた。父ちゝと兄あにの会社に就ても心配をする程正直ではなかつた。たゞ三千代の事丈が多少気に掛つた。けれども、徒手てぶらで行くのが面白くないんで、其うちの事と腹はらの中なかで料簡を定さだめて、日々にち〱読書に耽つて四五日過すごした。不思議な事に其後そのご例の金かねの件に就いては、平岡からも三千代からも何とも云つて来こなかつた。代助は心こゝろのうちに、あるひは三千代が又一人ひとりで返事を聞ききに来くる事もあるだらうと、実じつは心待こゝろまちに待つてゐたのだが、其甲斐はなかつた。

仕舞にアンニユイを感じ出だした。何処どこか遊びに行く所はあるまいかと、娯楽案内を捜さがして、芝居でも見やうと云ふ気を起した。神楽坂から外濠そとぼり線へ乗つて、御茶の水みづ迄来くるうちに気が変かはつて、森川丁にゐる寺尾といふ同窓の友達を尋ねる事にした。此男は学校を出ると、教師は厭いやだから文学を職業とすると云ひ出して、他ほかのものゝ留めるにも拘らず、危険な商買をやり始めた。やり始めてから三年になるが、未だに名声も上あがらず、窮々きう〱云つて原稿生活を持続してゐる。自分の関係のある雑誌に、何なんでも好いいから書けと逼せまるので、代助は一度面白いものを寄草した事がある。それは一ヶ月の間雑誌屋の店頭に曝さらされたぎり、永久人間世界から何処どこかへ、運命の為めに持つて行かれて仕舞つた。それぎり代助は筆を執る事を御免蒙つた。寺尾は逢ふたんびに、もつと書け書けと勧める。さうして、己おれを見ろと云ふのが口癖くちくせであつた。けれども外ほかの人ひとに聞きくと、寺尾ももう陥落かんらくするだらうと云ふ評判であつた。大変露西亜ものが好すきで、ことに人が名前を知らない作家が好すきで、なけなしの銭ぜにを工面しては新刊物ものを買ふのが道楽であつた。あまり気焔が高かつた時、代助が、文学者も恐露病に罹つてるうちはまだ駄目だ。一旦日露戦争を経過したものでないと話せないと冷評ひやかし返した事がある。すると寺尾は真面目まじめな顔かほをして、戦争は何時いつでもするが、日露戦争後の日本の様に往生しちや詰つまらんぢやないか。矢っ張り恐露病に罹つてる方が、卑怯でも安全だ、と答へて矢っ張り露西亜文学を鼓吹してゐた。

玄関から座敷へ通つて見ると、寺尾は真中まんなかへ一貫張ばりの机を据ゑて、頭痛がすると云つて鉢巻はちまきをして、腕まくりで、帝国文学の原稿を書かいてゐた。邪魔ならまた来くると云ふと、帰らんでもいゝ、もう今朝けさから五五ごご、二円五十銭丈稼かせいだからと云ふ挨拶であつた。やがて鉢巻はちまきを外はづして、話はなしを始はじめた。始めるが早いか、今の日本の作家と評家を眼の玉の飛び出る程痛快に罵倒し始めた。代助はそれを面白く聞いてゐた。然し腹の中では、寺尾の事を誰だれも賞ほめないので、其対抗運動として、自分の方では他ひとを貶けなすんだらうと思つた。ちと、左様さう云ふ意見を発表したら好いいぢやないかと勧めると、左様さうは行いかないよと笑つてゐる。何故なぜと聞き返しても答へない。しばらくして、そりや君の様に気楽に暮くらせる身分なら随分云つて見せるが――何なにしろ食くふんだからね。どうせ真面目まじめな商買ぢやないさ。と云つた。代助は、夫それで結構だ、確しつかり遣やり玉へと奨励した。すると寺尾は、いや些ちつとも結構ぢやない。どうかして、真面目まじめになりたいと思つてゐる。どうだ、君ちつと金かねを借かして僕を真面目まじめにする了見はないかと聞きいた。いや、君が今の様な事をして、夫それで真面目まじめだと思ふ様になつたら、其時借してやらうと調戯からかつて、代助は表へ出でた。

本郷の通り迄来きたが惓怠アンニユイの感は依然として故もとの通りである。何処どこをどう歩あるいても物足りない。と云つて、人ひとの宅うちを訪たづねる気はもう出でない。自分を検査して見ると、身体からだ全体が、大きな胃病の様な心持がした。四丁目から又電車へ乗のつて、今度は伝通院前迄来きた。車中で揺ゆられるたびに、五尺何寸かある大きな胃嚢ぶくろの中なかで、腐くさつたものが、波なみを打つ感じがあつた。三時過ぎにぼんやり宅うちへ帰かへつた。玄関で門野が、

「先刻さつき御宅たくから御使おつかいでした。手紙は書斎の机の上うへに載せて置きました。受取は一寸ちよつと私わたくしが書かいて渡わたして置おきました」と云つた。

八の三

手紙てがみは古風こふうな状箱じようばこの中うちにあつた。其その赤塗あかぬりの表おもてには名宛なあても何なにも書かかないで、真鍮しんちうの環くわんに通とほした観世撚かんじんよりの封ふうじ目めに黒くろい墨すみを着けてあつた。代助は机つくえの上うへを一目ひとめ見て、此手紙の主ぬしは嫂あによめだとすぐ悟さとつた。嫂あによめは斯かう云ふ旧式な趣味があつて、それが時々とき〲思おもはぬ方角へ出でてくる。代助は鋏はさみの先さきで観世撚かんじんよりの結目むすびめを突つつつきながら、面倒な手数てかずだと思つた。

けれども中なかにあつた手紙てがみは、状箱とは正反対に、簡単な言文一致で用を済すましてゐた。此間このあひだわざ〱来きて呉くれた時は、御依頼おたのみ通り取り計はからひかねて、御気の毒をした。後あとから考へて見ると、其時そのとき色々無遠慮な失礼を云つた事が気にかゝる。どうか悪わるく取とつて下くださるな。其代り御金おかねを上あげる。尤もつともみんなと云ふ訳わけには行かない。二百円丈都合して上あげる。から夫それをすぐ御友達おともだちの所へ届けて御上おあげなさい。是は兄にいさんには内所ないしよだから其積そのつもりでゐなくつては不可いけない。奥さんの事も宿題にするといふ約束だから、よく考へて返事をなさい。

手紙てがみの中なかに巻まき込めて、二百円の小切手が這入はいつてゐた。代助は、しばらく、それを眺ながめてゐるうちに、梅子うめこに済すまない様な気がして来きた。此間あひだの晩ばん、帰かへりがけに、向むかふから、ぢや御金おかねは要いらないのと聞きいた。貸かして呉れと切り込こんで頼たのんだ時は、あゝ手痛てきびしく跳ね付けて置おきながら、いざ断念して帰る段になると、却つて断わつた方から、掛念けねんがつて駄目だめを押おして出でた。代助はそこに女性によしやうの美くしさと弱よはさとを見た。さうして其弱さに付け入る勇気を失つた。此美うつくしい弱点を弄もてあそぶに堪たえなかつたからである。えゝ要いりません、何どうかなるでせうと云つて分わかれた。それを梅子は冷ひやゝかな挨拶と思つたに違ちがひない。其冷ひやゝかな言葉が、梅子の平生の思ひ切つた動作どうさの裏うらに、何処どこにか引つ掛かゝつてゐて、とう〱此手紙になつたのだらうと代助は判断した。

代助はすぐ返事を書いた。さうして出来る丈暖あたゝかい言葉を使つて感謝の意を表した。代助が斯かう云ふ気分になる事は兄あにに対してもない。父ちゝに対してもない。世間一般に対しては固よりない。近来は梅子に対してもあまり起おこらなかつたのである。

代助はすぐ三千代の所へ出掛け様かと考へた。実じつを云ふと、二百円は代助に取つて中途半端ちうとはんぱな額たかであつた。是丈これだけ呉れるなら、一層いつそ思ひ切つて、此方こつちの強請ねだつた通りにして、満足を買へばいゝにと云ふ気も出でた。が、それは代助の頭あたまが梅子を離れて三千代の方へ向むいた時の事であつた。その上うへ、女は如何いかに思ひ切つた女でも、感情上中途半端ちうとはんぱなものであると信じてゐる代助には、それが別段不平にも思へなかつた。否いな女の斯う云ふ態度の方が、却つて男性の断然たる所置よりも、同情の弾力性を示してゐる点に於て、快こゝろよいものと考へてゐた。だから、もし二百円を自分に贈つたものが、梅子でなくつて、父ちゝであつたとすれば、代助は、それを経済的中途半端ちうとはんぱと解釈して、却つて不愉快な感に打たれたかも知れないのである

代助は晩食ばんめしも食くはずに、すぐ又表おもてへ出た。五軒町から江戸川の縁へりを伝つたつて、河かはを向むかふへ越した時は、先刻さつき散歩からの帰りの様に精神の困憊を感じてゐなかつた。坂を上のぼつて伝通院の横へ出でると、細く高い烟突が、寺てらと寺てらの間あひだから、汚きたない烟けむを、雲くもの多い空そらに吐はいてゐた。代助はそれを見みて、貧弱な工業が、生存の為ために無理に吐つく呼吸いきを見苦みぐるしいものと思つた。さうして其近ちかくに住すむ平岡と、此烟突とを暗々あん〱の裏うちに連想せずにはゐられなかつた。斯かう云ふ場合には、同情の念より美醜の念が先さきに立つのが、代助の常つねであつた。代助は此瞬間に、三千代の事を殆んど忘れて仕舞つた位、空そらに散ちる憐れな石炭の烟けむりに刺激された。

平岡ひらをかの玄関の沓脱くつぬぎには女の穿はく重かさね草履が脱ぬぎ棄てゝあつた。格子を開あけると、奥の方から三千代が裾すそを鳴ならして出でて来きた。其時上あがり口ぐちの二畳にじやうは殆ほとんど暗くらかつた。三千代みちよは其暗くらい中なかに坐すはつて挨拶をした。始めは誰だれが来きたのか、よく分わからなかつたらしかつたが、代助の声こえを聞きくや否や、何方どなたかと思つたら……と寧ろ低い声で云つた。代助は判然はつきり見えない三千代の姿を、常よりは美うつくしく眺めた。

八の四

平岡ひらをかは不在ふざいであつた。それを聞きいた時、代助は話はなしてゐ易やすい様な、又話はなしてゐ悪にくい様な変な気がした。けれども三千代の方は常つねの通り落ち付ついてゐた。洋燈ランプも点つけないで、暗くらい室へやを閉たて切つた儘二人ふたりで坐すはつてゐた。三千代は下女も留守だと云つた。自分も先刻さつき其所そこ迄用達たしに出でて、今帰つて夕食ゆふめしを済ました許りだと云つた。やがて平岡の話が出でた。

予期した通り、平岡は相変らず奔走してゐる。が、此一週間程は、あんまり外そとへ出でなくなつた。疲つかれたと云つて、よく宅うちに寐ねてゐる。でなければ酒さけを飲のむ。人ひとが尋たづねて来くれば猶飲のむ。さうして善よく怒おこる。さかんに人ひとを罵倒する。のださうである。

「昔むかしと違ちがつて気が荒あらくなつて困こまるわ」と云つて、三千代みちよは暗に同情を求める様子であつた。代助は黙だまつてゐた。下女が帰かへつて来きて、勝手口ぐちでがた〱音おとをさせた。しばらくすると、胡摩竹ごまだけの台だいの着ついた洋燈ランプを持つて出でた。襖ふすまを締しめる時とき、代助の顔かほを偸ぬすむ様に見て行つた。

代助は懐ふところから例の小切手ぎつてを出だした。二つに折をれたのを其儘三千代の前に置いて、奥さん、と呼び掛かけた。代助が三千代を奥さんと呼んだのは始めてゞあつた。

「先達せんだつて御頼おたのみの金かねですがね」

三千代は何にも答へなかつた。たゞ眼めを挙あげて代助を見た。

「実じつは、直すぐにもと思つたんだけれども、此方こつちの都合が付つかなかつたものだから、遂つい遅おそくなつたんだが、何どうですか、もう始末は付つきましたか」と聞いた。

其時三千代は急に心細さうな低ひくい声になつた。さうして怨えんずる様に、

「未まだですわ。だつて、片付かたづく訳が無ないぢやありませんか」と云つた儘、眼めを睜みはつて凝じつと代助を見てゐた。代助は折をれた小切手を取り上あげて二つに開ひらいた。

「是丈ぢや駄目だめですか」

三千代は手を伸のばして小切手を受取うけとつた。

「難有う。平岡が喜びますわ」と静しづかに小切手を畳たゝみの上うへに置おいた。

代助は金かねを借りて来きた由来を、極ざつと説明して、自分は斯かういふ呑気な身分の様に見えるけれども、何か必要があつて、自分以外の事に、手を出ださうとすると、丸で無能力になるんだから、そこは悪わるく思つて呉れない様にと言訳を付け加へた。

「それは、私わたくしも承知してゐますわ。けれども、困こまつて、何どうする事も出来できないものだから。つい無理を御願して」と三千代は気の毒さうに詫わびを述べた。代助はそこで念を押した。

「夫それ丈で、何どうか始末が付つきますか。もし何どうしても付つかなければ、もう一遍工面くめんして見るんだが」

「もう一遍いつぺん工面するつて」

「判を押おして高い利のつく御金おかねを借かりるんです」

「あら、そんな事を」と三千代はすぐ打ち消けす様に云つた。「それこそ大変よ。貴方あなた」

代助は平岡の今苦しめられてゐるのも、其起りは、性質たちの悪わるい金かねを借かり始めたのが転々てん〱して祟つてゐるんだと云ふ事を聞きいた。平岡は、あの地で、最初のうちは、非常な勤勉家として通とほつてゐたのだが、三千代が産後さんご心臓が悪わるくなつて、ぶら〱し出だすと、遊び始めたのである。それも初めのうちは、夫程それほど烈しくもなかつたので、三千代はたゞ交際つきあひ上已やむを得ないんだらうと諦あきらめてゐたが、仕舞にはそれが段々高かうじて、程度ほうづが無くなる許なので三千代も心配をする。すれば身体からだが悪わるくなる。なれば放蕩が猶募る。不親切なんぢやない。私わたくしが悪わるいんですと三千代はわざ〱断わつた。けれども又淋しい顔かほをして、責せめて小供でも生きてゐて呉れたら嘸さぞ可よかつたらうと、つく〲考へた事もありましたと自白した。

代助は経済問題の裏面に潜んでゐる、夫婦の関係をあらまし推察し得た様な気がしたので、あまり多く此方こつちから問とふのを控えた。帰りがけに、

「そんなに弱よはつちや不可いけない。昔むかしの様に元気に御成おなんなさい。さうして些ちつと遊びに御出いでなさい」と勇気をつけた。

「本当ほんとね」と三千代は笑つた。彼等は互たがひの昔むかしを互たがひの顔かほの上うへに認めた。平岡はとう〱帰つて来こなかつた。

八の五

中二日なかふつか置おいて、突然平岡が来きた。其日ひは乾いた風かぜが朗ほがらかな天そらを吹ふいて、蒼あをいものが眼めに映うつる、常つねよりは暑あつい天気であつた。朝あさの新聞に菖蒲の案内が出でてゐた。代助の買つた大きな鉢植の君子蘭くんしらんはとう〱縁側で散ちつて仕舞つた。其代り脇差わきざし程も幅はゞのある緑みどりの葉はが、茎くきを押し分けて長ながく延のびて来きた。古ふるい葉はは黒くろずんだ儘まゝ、日に光ひかつてゐる。其一枚が何かの拍子に半分はんぶから折れて、茎くきを去る五寸許ばかりの所ところで、急に鋭するどく下さがつたのが、代助には見苦しく見えた。代助は鋏はさみを持もつて椽に出た。さうして其葉はを折をれ込こんだ手前てまへから、剪きつて棄てた。時に厚い切きり口くちが、急に煮染にじむ様に見えて、しばらく眺めてゐるうちに、ぽたりと椽に音おとがした。切口きりくちに集あつまつたのは緑色みどりいろの濃い重おもい汁しるであつた。代助は其香そのにほひを嗅かがうと思つて、乱みだれる葉はの中なかに鼻を突つつ込んだ。椽側の滴したゝりは其儘にして置いた。立ち上あがつて、袂たもとから手帛ハンケチを出だして、鋏はさみの刃はを拭ふいてゐる所へ、門野かどのが平岡さんが御出おいでですと報しらせて来きたのである。代助は其時平岡の事ことも三千代の事も、丸で頭あたまの中なかに考へてゐなかつた。只たゞ不思議な緑色みどりいろの液体えきたいに支配されて、比較的世間せけんに関係のない情調の下もとに動うごいてゐた。それが平岡の名を聞くや否や、すぐ消えて仕舞つた。さうして、何だか逢ひたくない様な気持がした。

「此方こつちへ御通とほし申しませうか」と門野から催促された時、代助はうんと云つて、座敷へ這入つた。あとから席せきに導みちびかれた平岡を見ると、もう夏の洋服を着きてゐた。襟えりも白襯衣しろしやつも新あたらしい上うへに、流行の編襟飾あみえりかざりを掛かけて、浪人とは誰だれにも受け取れない位、ハイカラに取り繕つくろつてゐた。

話はなして見ると、平岡の事情は、依然として発展してゐなかつた。もう近頃は運動しても当分駄目だから、毎日斯かうして遊あそんで歩あるく。それでなければ、宅うちに寐ねてゐるんだと云つて、大きな声を出だして笑つて見せた。代助もそれが可よからうと答へたなり、後あとは当あたらず障らずの世間話せけんばなしに時間じかんを潰つぶしてゐた。けれども自然に出でる世間話ばなしといふよりも、寧ろある問題を回避する為ための世間話せけんばなしだから、両方共に緊張きんちようを腹はらの底そこに感かんじてゐた。

平岡は三千代の事も、金かねの事も口くちへ出ださなかつた。従したがつて三日前みつかまへ代助が彼かれの留守宅を訪問した事に就ても何も語かたらなかつた。代助も始めのうちは、わざと、その点に触ふれないで澄すましてゐたが、何時いつ迄経たつても、平岡の方で余所よそ々々しく構へてゐるので、却つて不安になつた。

「実は二三日前まへ君の所ところへ行つたが、君は留守だつたね」と云ひ出した。

「うん。左様さうだつたさうだね。其節は又難有う。御蔭かげさまで。――なに、君を煩はさないでも何どうかなつたんだが、彼奴あいつがあまり心配し過すぎて、つい君に迷惑を掛けて済すまない」と冷淡な礼を云つた。それから、

「僕も実は御礼に来きた様やうなものだが、本当の御礼には、いづれ当人が出でるだらうから」と丸で三千代と自分を別物べつものにした言分いひぶんであつた。代助はたゞ、

「そんな面倒な事をする必要があるものか」と答へた。話はなしは是で切れた。が又両方に共通で、しかも、両方のあまり興味を持もたない方面に摺ずり滑すべつて行いつた。すると、平岡が突然、

「僕はことによると、もう実業は已やめるかも知れない。実際内幕うちまくを知れば知る程厭いやになる。其上此方こつちへ来きて、少し運動をして見て、つくづく勇気がなくなつた」と心底しんそこかららしい告白をした。代助は、一口ひとくち、

「それは、左様さうだらう」と答へた。平岡はあまり此返事の冷淡なのに驚ろいた様子であつた。が、又あとを付つけた。

「先達ても一寸ちよつと話はなしたんだが、新聞へでも這入らうかと思つてる」

「口くちがあるのかい」と代助が聞きき返した。

「今いま、一ひとつある。多分出来できさうだ」

来きた時は、運動しても駄目だから遊んでゐると云ふし、今は新聞に口くちがあるから出様と云ふし、少し要領を欠かいでゐるが、追窮するのも面倒だと思つて、代助は、

「それも面白からう」と賛成の意を表して置いた。

八の六

平岡の帰りを玄関迄見送つた時、代助はしばらく、障子に身みを寄せて、敷居しきゐの上うへに立つてゐた。門野かどのも御附合つきあひに平岡の後姿うしろすがたを眺ながめてゐた。が、すぐ口くちを出だした。

「平岡さんは思つたよりハイカラですな。あの服装なりぢや、少すこし宅うちの方が御粗末過すぎる様です」

「左様さうでもないさ。近頃はみんな、あんなものだらう」と代助は立ちながら答へた。

「全まつたく、服装なり丈ぢや分わからない世の中なかになりましたからね。何処どこの紳士かと思ふと、どうも変へんちきりんな家うちへ這入はいつてますからね」と門野かどのはすぐあとを付けた。

代助は返事も為しずに書斎へ引き返した。椽側に垂たれた君子蘭らんの緑みどりの滴したゝりがどろ〱になつて、干上ひあがり掛かゝつてゐた。代助はわざと、書斎と座敷ざしきの仕切しきりを立たて切きつて、一人ひとり室へやのうちへ這入はいつた。来客に接せつした後あとしばらくは、独坐どくざに耽ふけるが代助の癖くせであつた。ことに今日けふの様に調子の狂ふ時は、格別その必要を感じた。

平岡はとう〱自分と離れて仕舞つた。逢あふたんびに、遠くにゐて応対する様な気がする。実を云ふと、平岡ばかりではない。誰だれに逢つても左そんな気がする。現代の社会は孤立した人間の集合体に過すぎなかつた。大地だいちは自然に続つゞいてゐるけれども、其上に家いへを建たてたら、忽ち切きれ〱ぎれになつて仕舞つた。家いへの中なかにゐる人間にんげんも亦切きれ切ぎれになつて仕舞つた。文明は我等をして孤立せしむるものだと、代助は解釈した。

代助と接近してゐた時分の平岡は、人に泣ないて貰もらふ事を喜よろこぶ人ひとであつた。今いまでも左様さうかも知れない。が、些ちつともそんな顔かほをしないから、解わからない。否、力つとめて、人ひとの同情を斥しりぞける様に振舞ふるまつてゐる。孤立しても世は渡つて見せるといふ我慢か、又は是が現代社会に本来の面目だと云ふ悟さとりか、何方どつちかに帰着する。

平岡に接近してゐた時分の代助は、人ひとの為ために泣なく事の好すきな男であつた。それが次第々々に泣なけなくなつた。泣なかない方が現代的だからと云ふのではなかつた。事実は寧むしろ之これを逆ぎやくにして、泣なかないから現代的だと言ひたかつた。泰西の文明の圧迫あつぱくを受うけて、其重荷にの下したに唸うなる、劇烈な生存競争場裏に立つ人ひとで、真しんによく人ひとの為ために泣き得るものに、代助は未いまだ曾かつて出逢であはなかつた。

代助は今の平岡に対して、隔離の感よりも寧ろ嫌悪けんをの念を催ふした。さうして向ふにも自己同様の念が萌きざしてゐると判じた。昔しの代助も、時々とき〲わが胸のうちに、斯う云ふ影かげを認めて驚ろいた事があつた。其時は非常に悲かなしかつた。今いまは其悲かなしみも殆んど薄うすく剥はがれて仕舞つた。だから自分で黒い影かげを凝じつと見詰めて見る。さうして、これが真まことだと思ふ。已やむを得ないと思ふ。たゞそれ丈になつた。

斯かう云ふ意味の孤独の底そこに陥おちいつて煩悶するには、代助の頭あたまはあまりに判然はつきりし過すぎてゐた。彼はこの境遇を以て、現代人の踏ふむべき必然の運命と考へたからである。従つて、自分と平岡の隔離は、今いまの自分の眼まなこに訴へて見て、尋常一般の径路を、ある点迄進行した結果に過すぎないと見傚した。けれども、同時に、両人ふたりの間あひだに横よこたはる一種の特別な事情の為ため、此隔離が世間並せけんなみよりも早く到着したと云ふ事を自覚せずにはゐられなかつた。それは三千代みちよの結婚であつた。三千代みちよを平岡に周旋したものは元来が自分であつた。それを当時に悔くゆる様な薄弱な頭脳づのうではなかつた。今日こんにちに至つて振り返つて見ても、自分の所作しよさは、過去を照てらす鮮あざやかな名誉であつた。けれども三年経過するうちに自然は自然に特有な結果を、彼等二人ににんの前に突き付けた。彼等は自己の満足と光輝を棄てゝ、其前に頭あたまを下さげなければならなかつた。さうして平岡は、ちらり〱と何故なぜ三千代を貰もらつたかと思ふ様になつた。代助は何処どこかしらで、何故なぜ三千代を周旋したかと云ふ声を聞いた。

代助は書斎に閉とぢ籠こもつて一日いちにち考へに沈しづんでゐた。晩食ばんしよくの時、門野が、

「先生今日けふは一日いちにち御勉強ですな。どうです、些ちと御散歩になりませんか。今夜こんやは寅毘沙とらびしやですぜ。演芸館で支那人ちやんの留学生が芝居を演やつてます。どんな事を演やる積ですか、行いつて御覧なすつたら何どうです。支那人ちやんてえ奴やつは、臆面がないから、何なんでも遣やる気だから呑気なもんだ。……」と一人ひとりで喋舌しやべつた。

九の一

代助は又また父ちゝから呼よばれた。代助には其用事が大抵分わかつてゐた。代助は不断ふだんから成るべく父ちゝを避さけて会あはない様にしてゐた。此頃このごろになつては猶更奥おくへ寄より付つかなかつた。逢あふと、叮嚀な言葉を使つかつて応対してゐるにも拘はらず、腹はらの中なかでは、父ちゝを侮辱ぶじよくしてゐる様な気がしてならなかつたからである。

代助は人類の一人いちにんとして、互たがひを腹はらの中なかで侮辱する事なしには、互たがひに接触を敢てし得ぬ、現代の社会を、二十世紀の堕落と呼んでゐた。さうして、これを、近来急に膨脹した生活慾の高圧力が道義慾の崩壊を促がしたものと解釈してゐた。又これを此等新旧両慾の衝突と見傚してゐた。最後に、此生活慾の目醒しい発展を、欧洲から押し寄せた海嘯つなみと心得てゐた。

この二ふたつの因数フアクトーは、何処どこかで平衡を得なければならない。けれども、貧弱な日本が、欧洲の最強国と、財力に於て肩を較ならべる日の来くる迄は、此平衡は日本に於て得えられないものと代助は信じてゐた。さうして、斯かゝる日ひは、到底日本の上を照てらさないものと諦あきらめてゐた。だからこの窮地に陥つた日本紳士の多数は、日毎に法律に触れない程度に於て、もしくはたゞ頭あたまの中なかに於て、罪悪を犯さなければならない。さうして、相手が今如何なる罪悪を犯しつゝあるかを、互に黙知しつゝ、談笑しなければならない。代助は人類の一人いちにんとして、かゝる侮辱を加ふるにも、又加へらるゝにも堪へなかつた。

代助の父ちゝの場合は、一般に比くらべると、稍やゝ特殊的傾向を帯びる丈に複雑であつた。彼は維新前の武士に固有な道義本位の教育を受けた。此教育は情意行為の標準を、自己以外の遠い所に据ゑて、事実の発展によつて証明せらるべき手近てぢかな真まことを、眼中がんちうに置かない無理なものであつた。にも拘かゝはらず、父ちゝは習慣に囚へられて、未いまだに此教育に執着してゐる。さうして、一方には、劇烈な生活慾に冒され易い実業に従事した。父は実際に於て年々此生活慾の為ために腐蝕されつゝ今日に至つた。だから昔の自分と、今の自分の間には、大いな相違のあるべき筈である。それを父ちゝは自認してゐなかつた。昔むかしの自分が、昔通むかしどほりの心得で、今の事業を是迄に成し遂とげたとばかり公言する。けれども封建時代にのみ通用すべき教育の範囲を狭せばめる事なしに、現代の生活慾を時々刻々に充みたして行ける訳がないと代助は考へた。もし双方を其儘に存在させ様とすれば、之これを敢てする個人は、矛盾の為ために大苦痛を受うけなければならない。もし内心に此苦痛を受けながら、たゞ苦痛の自覚丈明あきらかで、何の為ための苦痛だか分別が付かないならば、それは頭脳の鈍にぶい劣等な人種である。代助は父に対する毎ごとに、父ちゝは自己を隠蔽いんぺいする偽君子ぎくんしか、もしくは分別の足らない愚物ぐぶつか、何方どつちかでなくてはならない様な気がした。さうして、左さう云ふ気がするのが厭いやでならなかつた。

と云つて、父ちゝは代助の手際で、何どうする事も出来ない男であつた。代助には明あきらかに、それが分わかつてゐた。だから代助は未いまだ曾かつて父ちゝを矛盾の極端迄追ひ詰つめた事がなかつた。

代助は凡ての道徳の出立点しつたつてんは社会的事実より外にないと信じてゐた。始めから頭あたまの中に硬張こわばつた道徳を据ゑ付けて、其道徳から逆に社会的事実を発展させ様とする程、本末を誤つた話はないと信じてゐた。従つて日本の学校でやる、講釈の倫理教育は、無意義のものだと考へた。彼等は学校で昔し風の道徳を教授してゐる。それでなければ一般欧洲人に適切な道徳を呑み込ましてゐる。此劇烈なる生活慾に襲はれた不幸な国民から見れば、迂遠の空談に過すぎない。此迂遠な教育を受けたものは、他日社会を眼前に見る時とき、昔むかしの講釈を思ひ出して笑つて仕舞ふ。でなければ馬鹿にされた様な気がする。代助に至つては、学校のみならず、現に自分の父ちゝから、尤も厳格で、尤も通用しない徳義上の教育を受けた。それがため、一時非常な矛盾の苦痛を、頭あたまの中なかに起した。代助はそれを恨うらめしく思つてゐる位であつた。

代助は此前このまへ梅子に礼を云ひに行つた時、梅子から一寸ちよつと奥おくへ行つて、挨拶をしてゐらつしやいと注意された。代助は笑ひながら御父とうさんはゐるんですかと空そらとぼけた。ゐらつしやるわと云ふ確答を得た時でも、今日けふはちと急いそぐから廃よさうと帰つて来きた。

九の二

今日けふはわざ〱其為そのために来きたのだから、否いやでも応でも父ちゝに逢はなければならない。相変らず、内ない玄関の方から廻つて座敷へ来くると、珍めづらしく兄あにの誠吾が胡坐あぐらをかいて、酒さけを呑んでゐた。梅子も傍そばに坐すはつてゐた。兄あには代助を見て、

「何どうだ、一盃遣やらないか」と、前にあつた葡萄酒の壜びんを持つて振ふつて見せた。中なかにはまだ余程這入つてゐた。梅子は手を敲たゝいて洋盞コツプを取り寄せた。

「当あてゝ御覧らんなさい。どの位古ふるいんだか」と一杯注ついだ。

「代助に分わかるものか」と云つて、誠吾は弟の唇くちびるのあたりを眺ながめてゐた。代助は一口ひとくち飲のんで盃さかづきを下したへ下おろした。肴さかなの代りに薄いウエーファーが菓子皿ざらにあつた。

「旨うまいですね」と云つた。

「だから時代を当あてゝ御覧なさいよ」

「時代じだいがあるんですか。偉えらいものを買ひ込んだもんだね。帰かへりに一本いつぽん貰もらつて行いかう」

「御生憎様、もう是限これぎりなの。到来物とうらいものよ」と云つて梅子は椽側へ出でて、膝ひざの上うへに落おちたウエーフアーの粉こを払はたいた。

「兄にいさん、今日けふは何どうしたんです。大変気楽さうですね」と代助が聞きいた。

「今日けふは休養だ。此間中このあひだぢうは何どうも忙いそがし過すぎて降参したから」と誠吾は火の消えた葉巻はまきを口くちに啣えた。代助は自分の傍そばにあつた燐寸まつちを擦すつて遣やつた。

「代だいさん貴方あなたこそ気楽ぢやありませんか」と云ひながら梅子が椽側から帰かへつて来きた。

「姉ねえさん歌舞伎座へ行いきましたか。まだなら、行いつて御覧なさい。面白いから」

「貴方あなたもう行いつたの、驚ろいた。貴方あなたも余よっ程怠なまけものね」

「怠なまけものは可よくない。勉強の方向が違ふんだから」

「押おしの強い事ばかり云つて。人ひとの気も知らないで」と梅子は誠吾の方を見た。誠吾は赤あかい瞼まぶたをして、ぽかんと葉巻はまきの烟けむを吹ふいてゐた。

「ねえ、貴方あなた」と梅子が催促した。誠吾はうるささうに葉巻はまきを指ゆびの股またへ移して、

「今のうち沢山たんと勉強して貰もらつて置いて、今いまに此方こつちが貧乏したら、救すくつて貰もらふ方が好いいぢやないか」と云つた。梅子は、

「代さん、あなた役者になれて」と聞いた。代助は何にも云はずに、洋盞コツプを姉の前に出だした。梅子も黙だまつて葡萄酒の壜を取り上あげた。

「兄にいさん、此間中このあひだぢうは何だか大変忙いそがしかつたんだつてね」と代助は前へ戻つて聞いた。

「いや、もう大弱りだ」と云ひながら、誠吾は寐転ねころんで仕舞つた。

「何なにか日糖事件に関係でもあつたんですか」と代助が聞いた。

「日糖事件に関係はないが、忙いそがしかつた」

兄あにの答は何時いつでも此程度以上に明瞭になつた事がない。実は明瞭に話したくないんだらうけれども、代助の耳には、夫が本来の無頓着で、話すのが臆怯なためと聞える。だから代助はいつでも楽らくに其返事の中なかに這入はいつてゐた。

「日糖も詰つまらない事ことになつたが、あゝなる前に何どうか方法はないもんでせうかね」

「左さうさなあ。実際世よの中なかの事は、何なにが何どうなるんだか分わからないからな。――梅うめ、今日けふは直木なほきに云ひ付つけて、ヘクターを少し運動させなくつちや不可いけないよ。あゝ大食おほぐひをして寐て許ばかりゐちや毒だ」と誠吾は眠ねむさうな瞼まぶたを指ゆびでしきりに擦こすつた。代助は、

「愈いよ〱奥おくへ行いつて御父おとうさんに叱しかられて来くるかな」と云ひながら又洋盞コツプを嫂あによめの前へ出だした。梅子は笑わらつて酒さけを注ついだ。

「嫁よめの事か」と誠吾が聞きいた。

「まあ、左さうだらうと思ふんです」

「貰もらつて置おくがいゝ。さう老人としよりに心配さしたつて仕様があるものか」と云つたが、今度はもつと判然はつきりした語勢で、

「気を付つけないと不可いかんよ。少し低気圧が来きてゐるから」と注意した。代助は立たち掛けながら、

「まさか此間中このあひだぢうの奔走からきた低気圧ぢやありますまいね」と念を押した。兄あには寐転んだ儘、

「何なんとも云へないよ。斯う見えて、我々も日糖の重役と同じ様に、何時いつ拘引されるか分わからない身体からだなんだから」と云つた。

「馬鹿な事を仰おつしやるなよ」と梅子が窘たしなめた。

「矢っ張り僕ぼくののらくらが持ち来きたした低気圧なんだらう」と代助は笑ひながら立つた。

九の三

廊下伝づたひに中庭なかにはを越こして、奥おくへ来きて見ると、父ちゝは唐机とうづくえの前まへへ坐すはつて、唐本とうほんを見みてゐた。父ちゝは詩が好すきで、閑ひまがあると折々支那人の詩集を読よんでゐる。然し時によると、それが尤も機嫌のわるい索引さくいんになる事があつた。さう云ふときは、いかに神経のふつくら出来上あがつた兄あにでも、成るべく近寄ちかよらない事にしてゐた。是非顔かほを合あはせなければならない場合には、誠太郎か、縫子か、何方どつちか引張ひつぱつて父ちゝの前まへへ出でる手段を取とつてゐた。代助も椽側迄来きて、そこに気が付ついたが、夫程それほどの必要もあるまいと思つて、座敷を一ひとつ通とほり越して、父ちゝの居間まに這入つた。

父はまづ眼鏡めがねを外はづした。それを読み掛けた書物の上うへに置くと、代助の方に向き直なほつた。さうして、たゞ一言ひとこと、

「来きたか」と云つた。其語調は平常よりも却つて穏おだやかな位であつた。代助は膝ひざの上うへに手を置きながら、兄あにが真面目まじめな顔をして、自分を担かついたんぢやなからうかと考へた。代助はそこで又苦にがい茶を飲のませられて、しばらく雑談に時を移うつした。今年ことしは芍薬しやくやくの出でが早いとか、茶摘歌ちやつみうたを聞きいてゐると眠ねむくなる時候だとか、何所どことかに、大きな藤ふぢがあつて、其花の長さが四尺足たらずあるとか、話はなしは好加減いゝかげんな方角へ大分だいぶ長く延のびて行いつた。代助は又また其方そのほうが勝手なので、いつ迄も延のばす様にと、後あとから後あとを付つけて行いつた。父ちゝも仕舞には持て余あまして、とう〱、時に今日けふ御前を呼んだのはと云ひ出した。

代助はそれから後あとは、一言ひとことも口くちを利きかなくなつた。只謹んで親爺おやぢの云ふことを聴きいてゐた。父ちゝも代助から斯かう云ふ態度に出られると、長い間あひだ自分一人ひとりで、講義でもする様に、述のべて行かなくてはならなかつた。然し其半分以上は、過去を繰り返す丈であつた。が代助はそれを、始めて聞くと同程度の注意を払つて聞きいてゐた。

父ちゝの長なが談義のうちに、代助は二三の新あたらしい点も認みとめた。その一つは、御前は一体是からさき何どうする料簡なんだと云ふ真面目な質問であつた。代助は今迄父ちゝからの注文ばかり受けてゐた。だから、其注文を曖昧に外はづす事に慣なれてゐた。けれども、斯う云ふ大質問になると、さう口くちから出任でまかせに答へられない。無暗な事を云へば、すぐ父ちゝを怒おこらして仕舞ふからである。と云つて正直を自白すると、二三年間父ちゝの頭あたまを教育した上うへでなくつては、通じない理窟になる。何故なぜと云ふと、代助は今此大質問に応じて、自分の未来を明瞭に道破いひやぶる丈の考も何も有つてゐなかつたからである。彼はそれが自分に取つては尤もな所だと思つてゐた。から、父ちゝが、其通りを聞きいて、成程と納得する迄には、大変な時間がかゝる。或は生涯通つうじつこないかも知れない。父ちゝの気に入る様にするのは、何でも、国家の為ためとか、天下の為ためとか、景気の好いい事を、しかも結婚と両立しない様な事を、述のべて置けば済すむのであるが、代助は如何に、自己を侮辱する気になつても、是ばかりは馬鹿気ばかげてゐて、口くちへ出す勇気がなかつた。そこで已を得ないから、実は色々計画もあるが、いづれ秩序立だてゝ来きて、御相談をする積であると答へた。答へた後あとで、実に滑稽だと思つたが仕方がなかつた。

代助は次つぎに、独立の出来る丈の財産が欲ほしくはないかと聞かれた。代助は無論欲ほしいと答へた。すると、父ちゝが、では佐川の娘むすめを貰もらつたら好よからうと云ふ条件を付つけた。其財産は佐川の娘むすめが持つて来くるのか、又は父ちゝが呉くれるのか甚だ曖昧であつた。代助は少すこし其点に向つて進んで見たが、遂に要領を得なかつた。けれども、それを突き留める必要がないと考へて已やめた。

次つぎに、一層いつそ洋行する気はないかと云はれた。代助は好いいでせうと云つて賛成した。けれども、これにも、矢っ張り結婚が先決問題として出でて来た。

「そんなに佐川の娘を貰ふ必要があるんですか」と代助が仕舞に聞いた。すると父ちゝの顔かほが赤あかくなつた。

九の四

代助は父ちゝを怒おこらせる気は少しもなかつたのである。彼かれの近頃の主義として、人ひとと喧嘩をするのは、人間にんげんの堕落の一範鋳はんちうになつてゐた。喧嘩けんくわの一部分として、人ひとを怒おこらせるのは、怒おこらせる事自身よりは、怒おこつた人ひとの顔色かほいろが、如何に不愉快にわが眼めに映えいずるかと云ふ点に於て、大切なわが生命を傷きづつける打撃に外ほかならぬと心得てゐた。彼かれは罪悪に就ても彼れ自身に特有な考を有もつてゐた。けれども、それが為ために、自然の儘に振舞ひさへすれば、罰ばつを免かれ得るとは信じてゐなかつた。人を斬きつたものゝ受くる罰ばつは、斬きられた人ひとの肉にくから出でる血潮であると固かたく信しんじてゐた。迸ほとばしる血の色を見て、清きよい心の迷乱を引き起さないものはあるまいと感ずるからである。代助は夫程神経の鋭どい男であつた。だから顔かほの色いろを赤くした父ちゝを見た時、妙に不快になつた。けれども此罪を二重に償ふために、父ちゝの云ふ通りにしやうと云ふ気は些ちつとも起らなかつた。彼かれは、一方に於て、自己の脳力に、非常な尊敬を払ふ男であつたからである。

其時父ちゝは頗すこぶる熱した語気で、先まづ自分の年としを取つてゐる事、子供の未来が心配になる事、子供に嫁よめを持もたせるのは親おやの義務であると云ふ事、嫁よめの資格其他に就ては、本人よりも親おやの方が遥かに周到な注意を払つてゐると云ふ事、他ひとの親切は、其当時にこそ余計な御世話に見えるが、後あとになると、もう一遍うるさく干かん渉して貰ひたい時機が来くるものであるといふ事を、非常に叮嚀に説といた。代助は慎重な態度で、聴きいてゐた。けれども、父の言葉が切れた時も、依然として許諾だくの意を表さなかつた。すると父ちゝはわざと抑おさえた調子で、

「ぢや、佐川は已やめるさ。さうして誰だれでも御前の好すきなのを貰もらつたら好いいだらう。誰だれか貰もらひたいのがあるのか」と云つた。是は嫂あによめの質問と同様であるが、代助は梅子うめこに対たいする様に、たゞ苦笑くしやうばかりしてはゐられなかつた。

「別べつにそんな貰ひたいのもありません」と明あきらかな返事をした。すると父ちゝは急に肝の発した様な声で、

「ぢや、少すこしは此方こつちの事も考へて呉れたら好よからう。何もさう自分の事ばかり思つてゐないでも」と急調子に云つた。代助は、突然父ちゝが代助を離れて、彼かれ自身の利害に飛び移つたのに驚ろかされた。けれども其驚ろきは、論理なき急劇の変化の上うへに注そゝがれた丈であつた。

「貴方あなたにそれ程御都合が好いい事があるなら、もう一遍考へて見ませう」と答へた。

父は益機嫌をわるくした。代助は人と応対してゐる時、何どうしても論理を離れる事の出来ない場合がある。夫それが為ため、よく人ひとから、相手を遣やり込めるのを目的とする様に受取られる。実際を云ふと、彼かれ程人を遣やり込める事の嫌な男はないのである。

「何も己おれの都合許ばかりで、嫁よめを貰へと云つてやしない」と父ちゝは前まへの言葉を訂正した。「そんなに理窟を云ふなら、参考の為ため、云つて聞かせるが、御前おまへはもう三十だらう、三十になつて、普通のものが結婚をしなければ、世間せけんでは何なんと思ふか大抵分わかるだらう。そりや今いまは昔むかしと違ふから、独身も本人の随意だけれども、独身の為ために親おやや兄弟が迷惑めいわくしたり、果はては自分の名誉に関係くわんけいする様な事が出来しつたいしたりしたら何どうする気だ」

代助はたゞ茫然として父ちゝの顔かほを見てゐた。父ちゝは何どの点に向つて、自分を刺した積りだか、代助には殆んど分わからなかつたからである。しばらくして、

「そりや私わたくしのことだから少すこしは道楽もしますが……」と云ひかけた。父ちゝはすぐ夫それを遮さへぎつた。

「そんな事ことぢやない」

二人ふたりは夫限それぎりしばらく口くちを利きかずにゐた。父ちゝは此沈黙を以て代助に向つて与へた打撃の結果と信じた。やがて、言葉を和やわらげて、

「まあ、よく考へて御覧」と云つた。代助ははあと答へて、父ちゝの室へやを退しりぞいた。座敷へ来きて兄あにを探さがしたが見えなかつた。嫂あによめはと尋ねたら、客間きやくまだと下女が教へたので、行いつて戸を明あけて見ると、縫子のピヤノの先生が来きてゐた。代助は先生に一寸ちよつと挨拶をして、梅子うめこを戸口とぐち迄呼よび出だした。

「あなたは僕ぼくの事を何か御父おとうさんに讒訴しやしないか」

梅子はハヽヽヽと笑つた。さうして、

「まあ御這入んなさいよ。丁度好いい所だから」と云つて、代助を楽器の傍そば迄引張つて行いつた。

十の一

蟻ありの座敷ざしきへ上あがる時候になつた。代助は大きな鉢はちへ水を張はつて、其中なかに真白まつしろなリリー、オフ、ゼ、ヷレーを茎くきごと漬つけた。簇むらがる細こまかい花が、濃こい模様の縁ふちを隠かくした。鉢はちを動うごかすと、花はなが零こぼれる。代助はそれを大おほきな字引じびきの上うへに載のせた。さうして、其傍そばに枕まくらを置おいて仰向あほむけに倒れた。黒くろい頭あたまが丁度鉢はちの陰かげになつて、花から出でる香にほひが、好いい具合に鼻はなに通かよつた。代助は其香そのにほひを嗅かぎながら仮寐うたゝねをした。

代助は時々とき〲尋常な外界から法外に痛烈な刺激を受ける。それが劇はげしくなると、晴天から来くる日光につこうの反射にさへ堪へ難くなる事があつた。さう云ふ時には、成る可べく世間せけんとの交渉を稀薄にして、朝あさでも午ひるでも構はず寐ねる工夫をした。其手段には、極めて淡あわい、甘味あまみの軽かるい、花はなの香かをよく用ひた。瞼まぶたを閉とぢて、瞳ひとみに落おちる光線を謝絶して、静かに鼻はなの穴あな丈で呼吸こきうしてゐるうちに、枕元まくらもとの花はなが、次第に夢ゆめの方ほうへ、躁さわぐ意識を吹ふいて行く。是が成功すると、代助の神経が生うまれ代かはつた様に落ち付いて、世間せけんとの連絡れんらくが、前よりは比較的楽らくに取れる。

代助は父ちゝに呼よばれてから二三日の間あひだ、庭にはの隅すみに咲いた薔薇ばらの花はなの赤あかいのを見るたびに、それが点々てん〱として眼めを刺さしてならなかつた。其時は、いつでも、手水鉢てみづばちの傍そばにある、擬宝珠ぎぼしゆの葉はに眼めを移うつした。其葉はには、放肆ほうしな白しろい縞しまが、三筋みすぢか四筋よすぢ、長ながく乱みだれてゐた。代助が見るたびに、擬宝珠ぎぼしゆの葉はは延のびて行く様に思はれた。さうして、それと共に白しろい縞しまも、自由に拘束なく、延のびる様な気がした。柘榴ざくろの花はなは、薔薇ばらよりも派出はでに且つ重苦おもくるしく見えた。緑みどりの間あひだにちらり〱と光ひかつて見える位、強い色を出だしてゐた。従つて是これも代助の今の気分には相応うつらなかつた。

彼の今いまの気分は、彼に時々とき〲起おこる如ごとく、総体の上うへに一種の暗調を帯びてゐた。だから余あまりに明あかる過すぎるものに接すると、其矛盾に堪えがたかつた。擬宝珠ぎぼしゆの葉はも長く見詰めてゐると、すぐ厭いやになる位であつた。

其上そのうへ彼かれは、現代の日本に特有なる一種の不安に襲はれ出だした。其不安は人と人との間あひだに信仰がない源因から起おこる野蛮程度の現象であつた。彼は此心的現象のために甚しき動揺を感じた。彼は神かみに信仰を置く事を喜よろこばぬ人であつた。又頭脳の人として、神に信仰を置く事の出来ぬ性質たちであつた。けれども、相互さうごに信仰を有するものは、神に依頼するの必要がないと信じてゐた。相互が疑ひ合ふときの苦しみを解脱げだつする為めに、神は始めて存在の権利を有するものと解釈してゐた。だから、神かみのある国では、人が嘘うそを吐つくものと極きめた。然し今の日本は、神かみにも人ひとにも信仰のない国柄くにがらであるといふ事を発見した。さうして、彼かれは之を一いつに日本の経済事情に帰着せしめた。

四五日前、彼は掏摸すりと結託して悪事を働らいた刑事巡査の話を新聞で読んだ。それが一人ひとりや二人ふたりではなかつた。他の新聞の記しるす所によれば、もし厳重に、それからそれへと、手を延ばしたら、東京は一時殆んど無警察の有様に陥おちいるかも知れないさうである。代助は其記事を読んだとき、たゞ苦笑した丈であつた。さうして、生活の大難に対抗せねばならぬ薄給の刑事が、悪い事をするのは、実際尤もだと思つた。

代助が父に逢あつて、結婚の相談を受けた時も、少し是と同様の気がした。が、これはたゞ父ちゝに信仰がない所から起る、代助に取つて不幸な暗示に過ぎなかつた。さうして代助は自分の心のうちに、かゝる忌はしい暗示を受けたのを、不徳義とは感じ得なかつた。それが事実となつて眼前にあらはれても、矢張り父ちゝを尤もだと肯うけがふ積りだつたからである。

代助は平岡に対しても同様の感じを抱いてゐた。然し平岡に取つては、それが当然な事であると許してゐた。たゞ平岡を好すく気になれない丈であつた。代助は兄を愛してゐた。けれども其兄に対しても矢張り信仰は有もち得なかつた。嫂あによめは実意のある女であつた。然し嫂あによめは、直接生活の難関に当あたらない丈、それ丈兄あによりも近付き易やすいのだと考へてゐた。

代助は平生から、此位に世の中なかを打遣うちやつてゐた。だから、非常な神経質であるにも拘はらず、不安の念に襲はれる事は少なかつた。さうして、自分でもそれを自覚してゐた。夫それが、何どう云ふ具合か急に揺うごき出だした。代助は之を生理上の変化から起るのだらうと察さつした。そこである人が北海道から採とつて来きたと云つて呉れたリリー、オフ、ゼ、ヷレーの束たばを解といて、それを悉く水みづの中なかに浸ひたして、其下そのしたに寐ねたのである。

十の二

一時間いちぢかんの後のち、代助は大きな黒い眼めを開あいた。其眼めは、しばらくの間あひだ一つ所ところに留とゞまつて全く動うごかなかつた。手ても足あしも寐ねてゐた時の姿勢を少しも崩くづさずに、丸で死人しにんのそれの様であつた。其時一匹の黒くろい蟻ありが、ネルの襟えりを伝はつて、代助の咽喉のどに落おちた。代助はすぐ右の手を動うごかして咽喉のどを抑おさへた。さうして、額ひたひに皺しわを寄よせて、指ゆびの股またに挟はさんだ小ちいさな動物を、鼻はなの上うへ迄持つて来きて眺ながめた。其時蟻はもう死んでゐた。代助は人指指ひとさしゆびの先さきに着ついた黒いものを、親指おやゆびの爪つめで向むかふへ弾はぢいた。さうして起おき上あがつた。

膝ひざの周囲まはりに、まだ三四匹しひき這つてゐたのを、薄うすい象牙の紙小刀ペーパーナイフで打ち殺した。それから手を叩たゝいて人ひとを呼よんだ。

「御目醒ざめですか」と云つて、門野かどのが出でて来きた。

「御茶でも入いれて来きませうか」と聞きいた。代助は、はだかつた胸むねを掻かき合あはせながら、

「君きみ、僕ぼくの寐てゐるうちに、誰だれか来きやしなかつたかね」と、静しづかな調子で尋ねた。

「えゝ、御出おいででした。平岡の奥さんが。よく御存ぞんじですな」と門野かどのは平気に答へた。

「何故なぜ起おこさなかつたんだ」

「余あんまり能よく御休おやすみでしたからな」

「だつて御客おきやくなら仕方しかたがないぢやないか」

代助の語勢は少し強くなつた。

「ですがな。平岡の奥さんの方ほうで、起おこさない方が好いいつて、仰おつしやつたもんですからな」

「それで、奥さんは帰つて仕舞つたのか」

「なに帰かへつて仕舞つたと云ふ訳でもないんです。一寸ちよつと神楽坂かぐらざかに買物かひものがあるから、それを済すまして又来くるからつて、云はれるもんですからな」

「ぢや又来くるんだね」

「さうです。実じつは御目覚めざめになる迄待まつてゐやうかつて、此座敷迄上あがつて来こられたんですが、先生の顔かほを見て、あんまり善よく寐ねてゐるもんだから、こいつは、容易に起おきさうもないと思つたんでせう」

「また出でて行いつたのかい」

「えゝ、まあ左さうです」

代助は笑ひながら、両手で寐起ねおきの顔かほを撫なでた。さうして風呂場へ顔かほを洗ひに行いつた。頭あたまを濡ぬらして、椽側えんがは迄帰かへつて来きて、庭にはを眺ながめてゐると、前まへよりは気分が大分だいぶ晴々せい〱した。曇くもつた空そらを燕つばめが二羽は飛んでゐる様さまが大いに愉快に見えた。

代助は此前このまへ平岡の訪問を受けてから、心待こゝろまちに、後あとから三千代の来くるのを待まつてゐた。けれども、平岡ひらをかの言葉ことばは遂ついに事実として現あらはれて来こなかつた。特別の事情があつて、三千代みちよがわざと来こないのか、又は平岡が始はじめから御世辞を使つかつたのか、疑問であるが、それがため、代助は心こゝろの何処どこかに空虚くうきよを感じてゐた。然し彼かれは此この空虚くうきよな感じを、一つの経験として日常生活中に見出みいだした迄で、其原因をどうするの、斯かうするのと云ふ気はあまりなかつた。此経験自身の奥おくを覗のぞき込むと、それ以上に暗くらい影かげがちらついてゐる様に思つたからである。

それで彼かれは進すゝんで平岡を訪問するのを避さけてゐた。散歩のとき彼かれの足あしは多く江戸川の方角に向むいた。桜さくらの散ちる時分には、夕暮ゆふぐれの風かぜに吹ふかれて、四よつつの橋はしを此方こちらから向むかふへ渡わたり、向むかふから又此方こちらへ渡わたり返して、長い堤どてを縫ぬふ様に歩あるいた。が其桜さくらはとくに散ちつて仕舞つて、今いまは緑蔭の時節になつた。代助は時々とき〲橋はしの真中まんなかに立たつて、欄干に頬杖を突いて、茂しげる葉はの中なかを、真直まつすぐに通とほつてゐる、水みづの光ひかりを眺ながめ尽つくして見みる。それから其光ひかりの細ほそくなつた先さきの方ほうに、高く聳える目白台の森もりを見上みあげて見みる。けれども橋を向むかふへ渡わたつて、小石川の坂さかを上のぼる事はやめにして帰かへる様になつた。ある時とき彼かれは大曲おほまがりの所で、電車を下おりる平岡の影かげを半町程手前から認みとめた。彼かれは慥たしかに左様さうに違ちがひないと思つた。さうして、すぐ揚場あげばの方へ引ひき返した。

彼かれは平岡の安否あんぴを気きにかけてゐた。まだ坐食ゐぐひの不安な境遇に居おるに違ちがひないとは思ふけれども、或は何どの方面かへ、生活の行路こうろを切り開く手掛りが出来できたかも知れないとも想像して見た。けれども、それを確たしかめる為ために、平岡ひらをかの後あとを追ふ気にはなれなかつた。彼は平岡に面めんするときの、原因不明な一種の不快を予想する様になつた。と云つて、たゞ三千代の為ためにのみ、平岡の位地を心配する程、平岡を悪にくんでもゐなかつた。平岡の為ためにも、矢張り平岡の成功を祈る心はあつたのである。

十の三

斯んな風ふうに、代助は空虚なるわが心こゝろの一角いつかくを抱いだいて今日こんにちに至つた。いま先方さきがた門かど野を呼よんで括くゝり枕まくらを取とり寄よせて、午寐ひるねを貪むさぼつた時は、あまりに溌溂たる宇宙の刺激に堪えなくなつた頭あたまを、出来できるならば、蒼あをい色いろの付ついた、深ふかい水みづの中なかに沈しづめたい位に思つた。それ程彼かれは命いのちを鋭するどく感じ過すぎた。従つて熱あつい頭あたまを枕へ着つけた時は、平岡も三千代も、彼に取つて殆んど存在してゐなかつた。彼は幸にして涼すゞしい心持に寐ねた。けれども其穏おだやかな眠ねむりのうちに、誰だれかすうと来きて、又すうと出でて行いつた様な心持がした。眼めを醒さまして起おき上あがつても其感じがまだ残つてゐて、頭あたまから拭ぬぐひ去る事が出来なかつた。それで門野を呼んで、寐ねてゐる間あひだに誰だれか来きはしないかと聞きいたのである。

代助は両手を額ひたひに当あてゝ、高たかい空そらを面白さうに切きつて廻まはる燕つばめの運動を椽側から眺めてゐたが、やがて、それが眼めま苦ぐるしくなつたので、室へやの中なかに這入はいつた。けれども、三千代みちよが又訪たづねて来くると云ふ目前の予期が、既すでに気分の平調を冒おかしてゐるので、思索も読書も殆んど手に着つかなかつた。代助は仕舞に本棚ほんだなの中なかから、大きな画帖を出だして来きて、膝の上うへに広ひろげて、繰くり始はじめた。けれども、それも、只たゞ指ゆびの先さきで順々に開あけて行いく丈であつた。一つ画を半分はんぶんとは味あぢはつてゐられなかつた。やがてブランギンの所ところへ来きた。代助は平生から此装飾画家に多大の趣味を有つてゐた。彼かれの眼めは常つねの如く輝かゞやきを帯びて、一度ひとたびは其上うへに落おちた。それは何処どこかの港みなとの図であつた。背景に船ふねと檣ほばしらと帆ほを大きく描かいて、其余あまつた所に、際立きはだつて花やかな空そらの雲くもと、蒼黒あをぐろい水みづの色をあらはした前まへに、裸体らたいの労働者が四五人ゐた。代助は是等の男性の、山の如くに怒らした筋肉の張り具合や、彼等の肩かたから脊せへかけて、肉塊にくくわいと肉塊にくくわいが落ち合つて、其間に渦うづの様な谷たにを作つくつてゐる模様を見て、其所そこにしばらく肉の力ちからの快感を認めたが、やがて、画帖を開あけた儘、眼めを放はなして耳みゝを立たてた。すると勝手の方で婆さんの声がした。それから牛乳配達が空壜あきびんを鳴らして急ぎ足に出て行つた。宅うちのうちが静かなので、鋭どい代助の聴神経には善く応こたへた。

代助はぼんやり壁かべを見詰めてゐた。門野かどのをもう一返呼よんで、三千代が又くる時間を、云ひ置いて行つたか何どうか尋ねやうと思つたが、あまり愚だから憚はゞかつた。それ許ばかりではない、人ひとの細君が訪たづねて来くるのを、それ程待ち受ける趣意がないと考へた。又それ程待ち受ける位なら、此方こちらから何時いつでも行いつて話はなしをすべきであると考へた。此矛盾の両面を双対そうたいに見た時、代助は急に自己の没論理に恥ぢざるを得なかつた。彼の腰は半ば椅子を離れた。けれども彼はこの没論理の根底に横はる色々いろ〱の因数フアクターを自分で善よく承知してゐた。さうして、今いまの自分に取とつては、この没論理の状態が、唯一の事実であるから仕方しかたないと思つた。且、此事実と衝突する論理は、自己に無関係な命題めいだいを繋つなぎ合あはして出来上あがつた、自己の本体を蔑視する、形式に過ぎないと思つた。さう思つて又椅子へ腰こしを卸した。

それから三千代の来くる迄、代助はどんな風に時ときを過すごしたか、殆んど知らなかつた。表おもてに女の声がした時とき、彼は胸むねに一鼓動いつこどうを感じた。彼は論理に於て尤も強い代りに、心臓の作用に於て尤も弱い男であつた。彼が近来怒おこれなくなつたのは、全まつたく頭あたまの御蔭おかげで、腹はらを立たてる程自分を馬鹿にすることを、理智りちが許ゆるさなくなつたからである。が其他の点に於ては、尋常以上に情緒しよの支配を受けるべく余儀なくされてゐた。取次とりつぎに出でた門野かどのが足音あしおとを立たてゝ、書斎の入口いりぐちにあらはれた時、血色けつしよくのいゝ代助の頬ほゝは微かすかに光沢つやを失うしなつてゐた。門野かどのは、

「此方こつちにしますか」と甚だ簡単に代助の意向を確たしかめた。座敷ざしきへ案内するか、書斎で逢ふかと聞くのが面倒だから、斯かう詰つめて仕舞つたのである。代助はうんと云つて、入口いりぐちに返事を待まつてゐた門野かどのを追ひ払はらふ様に、自分で立たつて行いつて、椽側へ首くびを出だした。三千代は椽側と玄関げんくわんの継目つぎめの所に、此方こちらを向むいてためらつて居ゐた。

十の四

三千代の顔かほは此前このまへ逢あつた時ときよりは寧ろ蒼白あをしろかつた。代助に眼めと顎あごで招まねかれて書斎の入口いりぐちへ近寄ちかよつた時、代助は三千代の息いきを喘はづましてゐることに気が付いた。

「何どうかしましたか」と聞きいた。

三千代は何なににも答へずに室へやの中なかに這入はいつて来きた。セルの単衣ひとへの下したに襦袢を重かさねて、手てに大きな白い百合ゆりの花はなを三本許ばかり提さげてゐた。其百合そのゆりをいきなり洋卓テーブルの上うへに投なげる様に置おいて、其横よこにある椅子いすへ腰こしを卸おろした。さうして、結ゆつた許ばかりの銀杏返がへしを、構かまはず、椅子いすの脊せに押おし付つけて、

「あゝ苦くるしかつた」と云ひながら、代助の方を見て笑わらつた。代助は手を叩たゝいて水みづを取り寄よせ様とした。三千代は黙だまつて洋卓テーブルの上うへを指さした。其所そこには代助の食後しよくごの嗽うがひをする硝子がらすの洋盃コツプがあつた。中なかに水みづが二口許ふたくちばかり残つてゐた。

「奇麗なんでせう」と三千代が聞きいた。

「此奴こいつは先刻さつき僕ぼくが飲んだんだから」と云つて、洋盃コツプを取とり上あげたが、蹰躇ちうちよした。代助の坐すはつてゐる所から、水みづを棄すてやうとすると、障子の外そとに硝子戸がらすどが一枚邪魔をしてゐる。門野かどのは毎朝椽側の硝子戸がらすどを一二枚宛開あけないで、元もとの通とほりに放ほうつて置く癖くせがあつた。代助は席せきを立たつて、椽へ出でて、水みづを庭にはへ空あけながら、門野かどのを呼よんだ。今ゐた門かど野は何処どこへ行つたか、容易に返事をしなかつた。代助は少すこしまごついて、又三千代みちよの所ところへ帰つて来きて、

「今いますぐ持もつて来きて上あげる」と云ひながら、折角空あけた洋盃コツプを其儘洋卓テーブルの上に置おいたなり、勝手の方へ出でて行つた。茶ちやの間まを通ると、門野かどのは無細工な手をして錫すゞの茶壺ちやつぼから玉露を撮つまみ出だしてゐた。代助の姿すがたを見て、

「先生、今直ぢきです」と言訳いひわけをした。

「茶は後あとでも好いい。水みづが要いるんだ」と云つて、代助は自分で台所へ出でた。

「はあ、左様さうですか。上あがるんですか」と茶壺ちやつぼを放り出だして門野も付ついて来きた。二人ふたりで洋盃コツプを探さがしたが一寸ちよつと見付みつからなかつた。婆さんはと聞くと、今御客さんの菓子を買ひに行つたといふ答であつた。

「菓子がなければ、早く買つて置おけば可いいのに」と代助は水道の栓せんを捩ねぢつて湯呑に水を溢あふらせながら云つた。

「つい、小母をばさんに、御客さんの呉くる事を云つて置かなかつたものですからな」と門野かどのは気の毒さうに頭あたまを掻かいた。

「ぢや、君が菓子を買かひに行いけば可いいのに」と代助は勝手かつてを出でながら、門野かどのに当あたつた。門野かどのはそれでも、まだ、返事をした。

「なに菓子の外ほかにも、まだ色々いろ〱買かひ物があるつて云ふもんですからな。足あしは悪わるし天気は好よくないし、廃よせば好いいんですのに」

代助は振ふり向きもせず、書斎へ戻もどつた。敷居しきゐを跨いで、中なかへ這入るや否や三千代の顔かほを見ると、三千代は先刻さつき代助すけの置おいて行いつた洋盃コツプを膝の上うへに両手で持つてゐた。其洋盃コツプの中なかには、代助が庭にはへ空あけたと同じ位に水みづが這入はいつてゐた。代助は湯呑を持もつた儘まゝ、茫然として、三千代の前まへに立たつた。

「何どうしたんです」と聞きいた。三千代は例いつもの通り落ち付いた調子で、

「難有ありがたう。もう沢山。今あれを飲んだの。あんまり奇麗だつたから」と答へて、リリー、オフ、ゼ、ヷレーの漬つけてある鉢はちを顧かへりみた。代助は此大鉢おほはちの中なかに水を八分目はちぶんめ程張はつて置いた。妻つま楊枝位な細ほそい茎くきの薄青うすあをい色いろが、水みづの中なかに揃そろつてゐる間あひだから、陶器やきものの模様が仄ほのかに浮ういて見えた。

「何故なぜあんなものを飲んだんですか」と代助は呆あきれて聞きいた。

「だつて毒どくぢやないでせう」と三千代は手に持もつた洋盃コツプを代助の前へ出だして、透すかして見みせた。

「毒どくでないつたつて、もし二日ふつかも三日みつかも経たつた水みづだつたら何どうするんです」

「いえ、先刻さつき来きた時、あの傍そば迄顔かほを持もつて行つて嗅かいで見たの。其時、たつた今其鉢そのはちへ水みづを入れて、桶おけから移うつした許ばかりだつて、あの方かたが云つたんですもの。大丈夫だわ。好いい香にほひね」

代助は黙だまつて椅子へ腰こしを卸した。果して詩しの為ために鉢はちの水を呑んだのか、又は生理上の作用に促うながされて飲んだのか、追窮する勇気も出でなかつた。よし前者ぜんしやとした所で、詩を衒てらつて、小説の真似なぞをした受売うけうりの所作とは認められなかつたからである。そこで、たゞ、

「気分はもう好よくなりましたか」と聞きいた。

十の五

三千代の頬ほゝに漸やく色が出でて来きた。袂たもとから手帛ハンケチを取り出だして、口くちの辺あたりを拭ふきながら話はなしを始はじめた。――大抵は伝通院前から電車へ乗のつて本郷迄買物かひものに出でるんだが、人ひとに聞いて見ると、本郷の方は神楽坂かぐらざかに比くらべて、何どうしても一割か二割物ものが高たかいと云ふので、此間このあひだから一二度此方こつちの方へ出でて来きて見た。此前このまへも寄よる筈はづであつたが、つい遅おそくなつたので急いそいで帰かへつた。今日けふは其積つもりで早はやく宅うちを出でた。が、御息おやすみ中ちうだつたので、又通とほり迄行つて買物かひものを済すまして帰かへり掛がけに寄よる事にした。所ところが天気模様が悪わるくなつて、藁店わらだなを上あがり掛かけるとぽつ〱降ふり出だした。傘かさを持もつて来こなかつたので、濡ぬれまいと思つて、つい急いそぎ過すぎたものだから、すぐ身体からだに障さわつて、息いきが苦くるしくなつて困つた。――

「けれども、慣なれつこに為なつてるんだから、驚おどろきやしません」と云つて、代助を見て淋さみしい笑わらひ方かたをした。

「心臓の方ほうは、まだ悉皆すつかり善よくないんですか」と代助は気の毒さうな顔かほで尋ねた。

「悉皆すつかり善よくなるなんて、生涯駄目ですわ」

意味の絶望な程、三千代の言葉は沈しづんでゐなかつた。繊ほそい指ゆびを反そらして穿はめてゐる指環ゆびわを見た。それから、手帛ハンケチを丸めて、又袂たもとへ入れた。代助は眼めを俯ふせた女の額ひたひの、髪かみに連つらなる所を眺めてゐた。

すると、三千代は急に思ひ出だした様に、此間このあひだの小切手こぎつての礼を述のべ出だした。其時そのとき何だか少し頬ほゝを赤くした様に思はれた。視感の鋭敏な代助にはそれが善よく分わかつた。彼はそれを、貸借たいしやくに関係した羞恥しうちの血潮ちしほとのみ解釈かいしやくした。そこで話はなしをすぐ他所よそへ外そらした。

先刻さつき三千代が提さげて這入はいつて来きた百合ゆりの花が、依然として洋卓テーブルの上うへに載のつてゐる。甘あまたるい強つよい香かが二人ふたりの間あひだに立ちつゝあつた。代助は此重苦おもくるしい刺激を鼻の先さきに置くに堪へなかつた。けれども無断むだんで、取り除のける程、三千代に対たいして思ひ切つた振舞が出来できなかつた。

「此花このはなは何どうしたんです。買かつて来きたんですか」と聞きいた。三千代は黙だまつて首肯うなづいた。さうして、

「好いい香にほひでせう」と云つて、自分の鼻はなを、瓣はなびらの傍そば迄持もつて来きて、ふんと嗅かいで見せた。代助は思はず足あしを真直まつすぐに踏ふん張ばつて、身みを後うしろの方へ反そらした。

「さう傍そばで嗅かいぢや不可いけない」

「あら何故なぜ」

「何故なぜつて理由もないんだが、不可いけない」

代助は少し眉をひそめた。三千代は顔をもとの位地に戻した。

「貴方あなた、此花このはな、御嫌おきらひなの?」

代助は椅子の足あしを斜なゝめに立てゝ、身体からだを後うしろへ伸のばした儘、答へをせずに、微笑して見せた。

「ぢや、買かつて来こなくつても好よかつたのに。詰つまらないわ、回まはり路みちをして。御負まけに雨あめに降ふられ損そくなつて、息いきを切きらして」

雨あめは本当に降ふつて来た。雨滴あまだれが樋に集あつまつて、流れる音おとがざあと聞きこえた。代助は椅子から立ち上あがつた。眼めの前まへにある百合の束たばを取り上あげて、根元ねもとを括くゝつた濡藁ぬれわらを挘むしり切きつた。

「僕に呉れたのか。そんなら早く活いけやう」と云ひながら、すぐ先刻さつきの大鉢おほはちの中なかに投なげ込こんだ。茎くきが長ながすぎるので、根ねが水みづを跳はねて、飛とび出だしさうになる。代助は滴したゝる茎くきを又また鉢はちから抜ぬいた。さうして洋卓テーブルの引出ひきだしから西洋鋏はさみを出だして、ぷつり〱と半分はんぶん程の長さに剪きり詰つめた。さうして、大きな花はなを、リリー、オフ、ゼ、ヷレーの簇むらがる上うへに浮うかした。

「さあ是これで好いい」と代助は鋏はさみを洋卓テーブルの上うへに置いた。三千代は此不思議に無作法に活いけられた百合を、しばらく見てゐたが、突然とつぜん、

「あなた、何時いつから此花が御嫌きらひになつたの」と妙な質問をかけた。

昔し三千代の兄あにがまだ生いきてゐる時分、ある日何なにかのはづみに、長い百合ゆりを買かつて、代助が谷中やなかの家いへを訪たづねた事があつた。其時そのとき彼は三千代に危あやしげな花瓶はないけの掃除をさして、自分で、大事さうに買つて来きた花はなを活いけて、三千代にも、三千代の兄あににも、床とこへ向直むきなほつて眺ながめさした事があつた。三千代はそれを覚えてゐたのである。

「貴方あなただつて、鼻はなを着つけて嗅かいで入らしつたぢやありませんか」と云つた。代助はそんな事があつた様にも思つて、仕方なしに苦笑した。

十の六

そのうち雨あめは益ます〱深ふかくなつた。家いへを包つゝんで遠い音おとが聴きこえた。門野かどのが出でて来きて、少すこし寒さむい様ですな、硝子戸がらすどを閉しめませうかと聞きいた。硝子戸がらすどを引ひく間あひだ、二人ふたりは顔かほを揃そろえて庭にはの方を見みてゐた。青あをい木きの葉はが悉ことごとく濡ぬれて、静しづかな湿しめり気けが、硝子越がらすごしに代助の頭あたまに吹ふき込こんで来きた。世よの中なかの浮ういてゐるものは残らず大地だいちの上うへに落ち付ついた様に見えた。代助は久ひさし振ぶりで吾われに返かへつた心持がした。

「好いい雨あめですね」と云つた。

「些ちつとも好よかないわ、私わたし、草履ざうりを穿はいて来きたんですもの」

三千代は寧ろ恨うらめしさうに樋から洩もる雨点あまだれを眺ながめた。

「帰かへりには車くるまを云ひ付つけて上あげるから可いいでせう。緩ゆつくりなさい」

三千代はあまり緩ゆつくり出来できさうな様子も見えなかつた。まともに、代助の方を見て、

「貴方あなたも相変らず呑気のんきな事を仰おつしやるのね」と窘たしなめた。けれども其眼元めもとには笑わらひの影かげが泛うかんでゐた。

今迄三千代の陰かげに隠かくれてぼんやりしてゐた平岡の顔かほが、此時明あきらかに代助の心こゝろの瞳ひとみに映うつつた。代助は急に薄暗うすくらがりから物ものに襲はれた様な気がした。三千代は矢張り、離はなれ難がたい黒い影かげを引き摺ずつて歩あるいてゐる女であつた。

「平岡君は何どうしました」とわざと何気なにげなく聞きいた。すると三千代の口元くちもとが心持こゝろもち締しまつて見えた。

「相変らずですわ」

「まだ何なんにも見付めつからないんですか」

「その方はまあ安心なの。来月らいげつから新聞の方が大抵出来るらしいんです」

「そりや好よかつた。些ちつとも知らなかつた。そんなら当分夫で好いいぢやありませんか」

「えゝ、まあ難有いわ」と三千代は低い声で真面目まじめに云つた。代助は、其時三千代を大変可愛かあいく感じた。引き続つゞいて、

「彼方あつちの方ほうは差し当あたり責せめられる様な事もないんですか」と聞きいた。

「彼方あつちの方ほうつて――」と少すこし逡巡ためらつてゐた三千代は、急きうに顔かほを赧あからめた。

「私わたし、実は今日けふ夫それで御詫おわびに上あがつたのよ」と云ひながら、一度俯向うつむいた顔を又上あげた。

代助は少しでも気不味きまづい様子を見せて、此上にも、女の優やさしい血潮を動うごかすに堪えなかつた。同時に、わざと向むかふの意を迎へる様な言葉を掛かけて、相手を殊更に気の毒がらせる結果を避けた。それで静かに三千代の云ふ所を聴いた。

先達せんだつての二百円は、代助から受取うけとるとすぐ借銭しやくせんの方へ回まはす筈はずであつたが、新あたらしく家うちを持もつた為ため、色々いろ〱入費が掛かゝつたので、つい其方の用を、あのうちで幾分か弁べんじたのが始はじまりであつた。あとはと思つてゐると、今度こんどは毎日の活計くらしに追おはれ出だした。自分ながら好いい心持こゝろもちはしなかつたけれども、仕方しかたなしに困こまるとは使つかひ、困こまるとは使つかひして、とう〱荒増あらまし亡なくして仕舞つた。尤もさうでもしなければ、夫婦は今日こんにち迄斯かうして暮くらしては行いけなかつたのである。今から考へて見ると、一層いつその事無なければ無ないなりに、何どうか斯かうか工面くめんも付ついたかも知れないが、なまじい、手元てもとに有あつたものだから、苦くるし紛まぎれに、急場きうばの間まに合あはして仕舞つたので、肝心の証書を入れた借銭しやくせんの方は、いまだに其儘にしてある。是は寧むしろ平岡の悪わるいのではない。全く自分の過あやまちである。

「私わたし、本当ほんとうに済すまない事をしたと思つて、後悔してゐるのよ。けれども拝借するときは、決して貴方あなたを瞞だまして嘘うそを吐つく積つもりぢやなかつたんだから、堪忍かんにんして頂戴」と三千代は甚だ苦くるしさうに言訳いひわけをした。

「何どうせ貴方あなたに上あげたんだから、何どう使つかつたつて、誰だれも何とも云ふ訳はないでせう。役やくにさへ立たてば夫それで好いいぢやありませんか」と代助は慰なぐさめた。さうして貴方あなたといふ字をことさらに重おもく且つ緩ゆるく響ひゞかせた。三千代はたゞ、

「私わたし、夫それで漸く安心したわ」と云つた丈であつた。

雨が頻しきりなので、帰かへるときには約束通り車くるまを雇つた。寒さむいので、セルの上うへへ男の羽織を着きせやうとしたら、三千代は笑つて着きなかつた。

十一の一

何時いつの間まにか、人ひとが絽ろの羽織を着きて歩あるく様になつた。二三日、宅うちで調物しらべものをして庭先にはさきより外ほかに眺ながめなかつた代助は、冬帽を被かぶつて表おもてへ出て見みて、急に暑さを感じた。自分もセルを脱ぬがなければならないと思つて、五六町歩あるくうちに、袷あはせを着きた人ひとに二人ふたり出逢であつた。左様さうかと思ふと新らしい氷屋で書生が洋盃コツプを手てにして、冷つめたさうなものを飲んでゐた。代助は其時誠太郎を思ひ出だした。

近頃代助は元もとよりも誠太郎が好すきになつた。外ほかの人間にんげんと話はなしてゐると、人間にんげんの皮かはと話はなす様で歯痒はがゆくつてならなかつた。けれども、顧かへりみて自分を見ると、自分は人間中にんげんちうで、尤も相手を歯痒はがゆがらせる様に拵こしらえられてゐた。是も長年ながねん生存競争の因果いんぐわに曝さらされた罰ばちかと思ふと余り難有い心持はしなかつた。

此頃誠太郎はしきりに玉乗りの稽古をしたがつてゐるが、それは、全く此間このあひだ浅草の奥山おくやまへ一所に連つれて行いつた結果である。あの一図な所はよく、嫂あによめの気性を受け継ついでゐる。然し兄あにの子丈あつて、一図なうちに、何処どこか逼せまらない鷹揚おほような気象がある。誠太郎の相手をしてゐると、向ふの魂たましひが遠慮なく此方こつちへ流ながれ込こんで来くるから愉快である。実際代助は、昼夜ちうやの区別なく、武装を解といた事ことのない精神に、包囲されるのが苦痛であつた。

誠太郎は此春このはるから中学校へ行き出だした。すると急に脊丈せたけが延のびて来くる様に思はれた。もう一二年すると声が変かはる。それから先さき何どんな径路けいろを取つて、生長するか分わからないが、到底人間にんげんとして、生存する為ためには、人間にんげんから嫌きらはれると云ふ運命に到着するに違ちがひない。其時そのとき、彼かれは穏おだやかに人の目に着つかない服装なりをして、乞食こじきの如く、何物をか求めつゝ、人ひとの市いちをうろついて歩あるくだらう。

代助は堀端ばたへ出でた。此間このあひだ迄向むかふの土手にむら躑躅つゝぢが、団団だんだんと紅白はくの模様を青い中なかに印してゐたのが、丸で跡形あとかたもなくなつて、のべつに草が生おい茂つてゐる高い傾斜の上うへに、大きな松まつが何十本となく並んで、何処どこ迄もつゞいてゐる。空そらは奇麗に晴はれた。代助は電車でんしやに乗のつて、宅うちへ行つて、嫂あによめに調戯からかつて、誠太郎と遊ばうと思つたが、急に厭いやになつて、此松このまつを見みながら、草臥くたびれる所迄堀端ほりばたを伝つたつて行く気になつた。

新見付しんみつけへ来くると、向むかふから来きたり、此方こつちから行いつたりする電車が苦くになり出だしたので、堀ほりを横切よこぎつて、招魂社の横よこから番町へ出でた。そこをぐる〱回まはつて歩あるいてゐるうちに、かく目的なしに歩あるいてゐる事ことが、不意に馬鹿らしく思はれた。目的があつて歩あるくものは賤民だと、彼かれは平生から信じてゐたのであるけれども、此場合に限かぎつて、其賤民の方が偉えらい様な気がした。全まつたく、又アンニユイに襲はれたと悟つて、帰かへりだした。神楽坂へかゝると、ある商店で大きな蓄音器を吹かしてゐた。其音そのおとが甚しく金属きんぞく性の刺激を帯びてゐて、大いに代助の頭あたまに応こたへた。

家いへの門もんを這入はいると、今度は門野かどのが、主人の留守を幸ひと、大きな声で琵琶歌をうたつてゐた。夫それでも代助の足音あしおとを聞きいて、ぴたりと已やめた。

「いや、御早うがしたな」と云つて玄関へ出でて来きた。代助は何にも答へずに、帽子を其所そこへ掛かけた儘、椽側から書斎へ這入つた。さうして、わざ〱障子を締しめ切つた。つゞいて湯呑ゆのみに茶を注ついで持つて来きた門野が、

「締しめときますか。暑あつかありませんか」と聞きいた。代助は袂たもとから手帛ハンケチを出だして額ひたひを拭いてゐたが、矢っ張り、

「締しめて置いてくれ」と命令した。門野は妙な顔をして障子を締しめて出でて行つた。代助は暗くらくした室へやのなかに、十分許じつぷんばかりぽかんとしてゐた。

彼は人ひとの羨うらやむ程光沢つやの好いい皮膚ひふと、労働者に見出しがたい様に柔かな筋肉を有もつた男であつた。彼は生れて以来、まだ大病と名のつくものを経験しなかつた位、健康に於て幸福を享うけてゐた。彼はこれでこそ、生甲斐いきがひがあると信じてゐたのだから、彼の健康は、彼に取つて、他人たにんの倍以上に価値を有もつてゐた。彼の頭あたまは、彼の肉体と同じく確たしかであつた。たゞ始終論理に苦しめられてゐたのは事実である。それから時々とき〲、頭あたまの中心ちうしんが、大弓だいきうの的まとの様に、二重にぢうもしくは三重さんぢうにかさなる様に感ずる事があつた。ことに、今日けふは朝あさから左様そんな心持がした。

十一の二

代助が黙然もくねんとして、自己じこは何の為ために此世このよの中なかに生うまれて来きたかを考へるのは斯かう云ふ時であつた。彼は今迄何遍も此大問題を捕とらへて、彼かれの眼前がんぜんに据ゑ付けて見た。其動機どうきは、単たんに哲学上の好奇心から来きた事こともあるし、又世間せけんの現象が、余あまりに複雑ふくざつな色彩しきさいを以て、彼かれの頭あたまを染め付つけやうと焦あせるから来くる事もあるし、又最後には今日こんにちの如くアンニユイの結果として来くる事もあるが、其都度つど彼は同じ結論に到着した。然し其結論は、此問題の解決ではなくつて、寧ろ其否定と異ならなかつた。彼の考によると、人間はある目的を以て、生れたものではなかつた。之これと反対に、生うまれた人間にんげんに、始めてある目的が出来できて来くるのであつた。最初から客観的にある目的を拵こしらえて、それを人間にんげんに附着するのは、其人間にんげんの自由な活動を、既に生れる時に奪つたと同じ事になる。だから人間にんげんの目的は、生れた本人が、本人自身に作つたものでなければならない。けれども、如何な本人でも、之を随意に作る事は出来ない。自己存在の目的は、自己存在の経過が、既にこれを天下に向つて発表したと同様だからである。

此根本義から出立した代助は、自己本来の活動を、自己本来の目的としてゐた。歩あるきたいから歩あるく。すると歩あるくのが目的になる。考へたいから考へる。すると考へるのが目的になる。それ以外の目的を以て、歩あるいたり、考かんがへたりするのは、歩行と思考の堕落になる如く、自己の活動以外に一種の目的を立てゝ、活動するのは活動の堕落になる。従つて自己全体の活動を挙げて、これを方便の具に使用するものは、自みづから自己存在の目的を破壊したも同然である。

だから、代助は今日迄、自分の脳裏に願望ぐわんもう、嗜欲きよくが起るたび毎ごとに、是等の願望ぐわんもう嗜欲きよくを遂行するのを自己の目的として存在してゐた。二個の相容れざる願望ぐわんもう嗜欲きよくが胸に闘ふ場合も同じ事であつた。たゞ矛盾から出でる一目的の消耗と解釈してゐた。これを煎せんじ詰つめると、彼は普通に所謂無目的な行為を目的として活動してゐたのである。さうして、他を偽いつはらざる点に於てそれを尤も道徳的なものと心得てゐた。

此主義を出来る丈遂行する彼かれは、其遂行の途中で、われ知らず、自分のとうに棄却した問題に襲はれて、自分は今何の為ために、こんな事をしてゐるのかと考へ出だす事がある。彼が番町を散歩しながら、何故なぜ散歩しつゝあるかと疑つたのは正に是これである。

其時彼かれは自分ながら、自分の活力の充実してゐない事に気がつく。餓えたる行動は、一気に遂行する勇気と、興味に乏しいから、自みづから其行動の意義を中途で疑ふ様になる。彼はこれをアンニユイと名なづけてゐた。アンニユイに罹かゝると、彼は論理の迷乱を引き起すものと信じてゐた。彼の行為の中途に於て、何なにの為ためと云ふ、冠履顛倒の疑を起させるのは、アンニユイに外ほかならなかつたからである。

彼かれは立たて切きつた室へやの中なかで、一二度頭あたまを抑えて振ふり動うごかして見た。彼は昔むかしから今日こんにち迄の思索家の、屡しばしば繰くり返かへした無意義な疑義を、又脳裏のうりに拈定ねんていするに堪えなかつた。その姿すがたのちらりと眼前がんぜんに起おこつた時、またかと云ふ具合に、すぐ切きり棄てゝ仕舞つた。同時に彼は自己の生活力の不足を劇しく感じた。従つて行為其物を目的として、円満に遂行する興味も有もたなかつた。彼はたゞ一人ひとり荒野こうやの中うちに立たつた。茫然としてゐた。

彼は高尚な生活欲の満足を冀ふ男であつた。又ある意味に於て道義欲の満足を買はうとする男であつた。さうして、ある点へ来くると、此二つのものが火花ひばなを散ちらして切り結むすぶ関門くわんもんがあると予想してゐた。それで生活欲を低い程度に留とめて我慢してゐた。彼の室へやは普通の日本間にほんまであつた。是これと云ふ程の大した装飾もなかつた。彼に云はせると、額がくさへ気の利きいたものは掛けてなかつた。色彩しきさいとして眼めを惹ひく程に美うつくしいのは、本棚に並べてある洋書に集められたと云ふ位であつた。彼かれは今此書物の中なかに、茫然として坐すはつた。良やゝあつて、これほど寐入ねいつた自分の意識を強烈にするには、もう少し周囲の物を何どうかしなければならぬと、思ひながら、室へやの中なかをぐる〱見廻みまはした。それから、又ぽかんとして壁かべを眺ながめた。が、最後さいごに、自分を此薄弱な生活から救ひ得る方法は、たゞ一つあると考へた。さうして口くちの内うちで云つた。

「矢つ張り、三千代さんに逢あはなくちや不可いかん」

十一の三

彼は足の進まない方角へ散歩に出でたのを悔いた。もう一遍出直でなほして、平岡の許もと迄行いかうかと思つてゐる所へ、森川町から寺尾が来きた。新らしい麦藁むぎわら帽を被かぶつて、閑静な薄い羽織を着て、暑あつい〱と云つて赤い顔かほを拭ふいた。

「何なんだつて、今時分いまじぶん来きたんだ」と代助は愛想あいそもなく云ひ放つた。彼と寺尾とは平生でも、この位な言葉で交際してゐたのである。

「今時分じぶんが丁度訪問に好いい刻限だらう。君きみ、又昼寐ひるねをしたな。どうも職業のない人間は、惰弱で不可いかん。君は一体何の為ために生うまれて来きたのだつたかね」と云つて、寺尾は麦藁むぎわら帽で、しきりに胸のあたりへ風かぜを送おくつた。時候はまだ夫程暑くないのだから、此所作は頗る愛嬌を添へた。

「何の為ために生うまれて来きやうと、余計な御世話だ。夫それより君こそ何しに来きたんだ。又「此所こゝ十日許とほかばかりの間あひだ」ぢやないか、金かねの相談ならもう御免だよ」と代助は遠慮なく先さきへ断ことわつた。

「君も随分礼義を知らない男だね」と寺尾は已を得ず答へた。けれども別段感情を害した様子も見えなかつた。実を云ふと、此位な言葉は寺尾に取つて、少しも無礼とは思へなかつたのである。代助は黙だまつて、寺尾の顔かほを見てゐた。それは、空むなしい壁かべを見てゐるより以上の何等の感動をも、代助に与へなかつた。

寺尾は懐ふところから汚きたない仮綴かりとぢの書物を出だした。

「是を訳やくさなけりやならないんだ」と云つた。代助は依然として黙だまつてゐた。

「食くふに困こまらないと思つて、さう無精ぶせうな顔かほをしなくつて好よからう。もう少し判然はんぜんとして呉くれ。此方こつちは生死せいしの戦たゝかひだ」と云つて、寺尾は小形こがたの本をとん〱と椅子いすの角かどで二返敲たゝいた。

「何時いつ迄に」

寺尾は、書物の頁ページをさら〱と繰くつて見せたが、断然たる調子で、

「二週間」と答へた後あとで、「何どうでも斯かうでも、夫迄に片付かたづけなけりや、食くへないんだから仕方がない」と説明した。

「偉えらい勢いきほひだね」と代助は冷ひやかした。

「だから、本郷からわざ〱遣やつて来きたんだ。なに、金かねは借かりなくても好いい。――貸かせば猶好いいが――夫それより少し分わからない所があるから、相談しやうと思おもつて」

「面倒だな。僕は今日けふは頭あたまが悪わるくつて、そんな事は遣やつてゐられないよ。好いい加減に訳して置けば構かまはないぢやないか。どうせ原稿料は頁ページで呉れるんだらう」

「なんぼ、僕ぼくだつて、さう無責任な翻訳は出来できないだらうぢやないか。誤訳でも指摘されると後あとから面倒だあね」

「仕様がないな」と云つて、代助は矢っ張り横着な態度を維持してゐた。すると、寺尾は、

「おい」と云つた。「冗談ぢやない、君の様に、のらくら遊んでる人ひとは、たまには其位な事でも、しなくつちや退屈で仕方がないだらう。なに、僕だつて、本ほんの善よく読める人ひとの所へ行いく気なら、わざ〱君の所迄来きやしない。けれども、左そんな人ひとは君きみと違ちがつて、みんな忙いそがしいんだからな」と少すこしも辟易した様子を見せなかつた。代助は喧嘩をするか、相談に応ずるか何方どつちかだと覚悟を極きめた。彼の性質として、斯かう云ふ相手を軽蔑する事は出来るが、怒おこり付つける気は出だせなかつた。

「ぢや成るべく少すこしに仕様ぢやないか」と断ことわつて置いて、符号マークの附つけてある所丈を見た。代助は其書物の梗概さへ聞く勇気がなかつた。相談を受けた部分にも曖昧あいまいな所は沢山あつた。寺尾は、やがて、

「やあ、難有う」と云つて本を伏せた。

「分わからない所は何どうする」と代助が聞きいた。

「なに何どうかする。――誰だれに聞きいたつて、さう善く分わかりやしまい。第一時間じかんがないから已を得ない」と、寺尾は、誤訳よりも生活費の方が大事件である如く天てんから極めてゐた。

相談が済すむと、寺尾は例によつて、文学談を持ち出だした。不思議な事に、さうなると、自己の翻訳とは違ちがつて、いつもの通り非常に熱心になつた。代助は現今の文学者の公けにする創作のうちにも、寺尾の翻訳と同じ意味のものが沢山あるだらうと考へて、寺尾の矛盾を可笑おかしく思つた。けれども面倒だから、口くちへは出ださなかつた。

寺尾の御蔭で、代助は其日とう〱平岡へ行きはぐれて仕舞つた。

十一の四

晩食ばんめしの時とき、丸善から小包こづゝみが届とゞいた。箸はしを措おいて開あけて見ると、余程前に外国へ注文した二三の新刊書であつた。代助はそれを腋わきの下したに抱かゝへ込こんで、書斎へ帰つた。一冊づゝ順々に取り上あげて、暗くらいながら二三頁ページ、捲はぐる様に眼めを通とほしたが何処どこも彼の注意を惹ひく様な所はなかつた。最後の一冊に至つては、其名前さへ既に忘れてゐた。何いづれ其中そのうち読む事にしやうと云ふ考で、一所に纏まとめた儘、立つて、本棚の上うへに重かさねて置いた。椽側から外そとを窺うかゞうと、奇麗な空そらが、高い色いろを失うしなひかけて、隣となりの梧桐ごとうの一際ひときは濃こく見える上うへに、薄うすい月つきが出でてゐた。

そこへ門野かどのが大きな洋燈ランプを持つて這入はいつて来きた。それには絹縮きぬちゞみの様やうに、竪たてに溝みぞの入いつた青い笠かさが掛かけてあつた。門野かどのはそれを洋卓テーブルの上うへに置おいて、又椽側へ出でたが、出掛でがけに、

「もう、そろ〱蛍ほたるが出でる時分ですな」と云つた。代助は可笑をかしな顔かほをして、

「まだ出でやしまい」と答へた。すると門野かどのは例の如く、

「左様さうでしやうか」と云ふ返事をしたが、すぐ真面目まじめな調子で、「蛍ほたるてえものは、昔むかしは大分だいぶ流行はやつたもんだが、近来は余あまり文士方がたが騒さわがない様になりましたな。何どう云ふもんでせう。蛍ほたるだの烏からすだのつて、此頃このごろぢやついぞ見た事がない位なもんだ」と云つた。

「左様さうさ。何どう云ふ訳わけだらう」と代助も空そらつとぼけて、真面目な挨拶をした。すると門野かどのは、

「矢っ張り、電気燈に圧倒されて、段々退却するんでせう」と云ひ終つて、自みづから、えへゝゝと、洒落しやれの結末をつけて、書生部屋へ帰つて行つた。代助もつゞいて玄関迄出でた。門野は振返ふりかへつた。

「また御出掛でかけですか。よござんす。洋燈ランプは私わたくしが気を付つけますから。――小母をばさんが先刻さつきから腹はらが痛いたいつて寐ねたんですが、何なに大たいした事はないでせう。御緩ごゆつくり」

代助は門もんを出でた。江戸川迄来くると、河かはの水みづがもう暗くらくなつてゐた。彼は固より平岡を訪たづねる気であつた。から何時いつもの様に川辺かはべりを伝つたはないで、すぐ橋はしを渡わたつて、金剛寺坂こんごうじざかを上あがつた。

実を云ふと、代助はそれから三千代にも平岡にも二三遍逢つてゐた。一遍は平岡から比較的長い手紙を受取つた時であつた。それには、第一に着京以来御世話になつて難有いと云ふ礼が述べてあつた。それから、――其後そのご色々朋友や先輩の尽力を辱うしたが、近頃ある知人の周旋で、某新聞の経済部の主任記者にならぬかとの勧誘を受けた。自分も遣やつて見たい様な気がする。然し着京の当時君に御依頼をした事もあるから、無断では宜よろしくあるまいと思つて、一応御相談をすると云ふ意味が後あとに書いてあつた。代助は、其当時そのとうじ平岡から、兄あにの会社に周旋してくれと依頼されたのを、其儘にして、断わりもせず今日こんにち迄放ほうつて置いた。ので、其返事を促うながされたのだと受取つた。一通の手紙で謝絶するのも、あまり冷淡過すぎると云ふ考もあつたので、翌日よくじつ出で向いて行いつて、色々兄あにの方の事情を話して当分、此方こつちは断念して呉れる様に頼んだ。平岡は其時そのとき、僕も大方おほかた左様さうだらうと思つてゐたと云つて、妙な眼めをして三千代の方を見みた。

いま一遍は、愈新聞の方が極きまつたから、一晩ひとばん緩ゆつくり君きみと飲のみたい。何日いくかに来きて呉れといふ平岡の端書はがきが着ついた時、折悪く差支が出来たからと云つて散歩の序に断わりに寄よつたのである。其時平岡は座敷の真中まんなかに引繰ひつくり返かへつて寐ねてゐた。昨夕ゆふべどこかの会くわいへ出でて、飲み過すごした結果けつくわだと云つて、赤い眼めをしきりに摩こすつた。代助を見て、突然とつぜん、人間にんげんは何どうしても君の様に独身でなけりや仕事は出来ない。僕も一人ひとりなら満洲へでも亜米利加へでも行くんだがと大いに妻帯の不便を鳴らした。三千代は次つぎの間まで、こつそり仕事しごとをしてゐた。

三遍目さんべんめには、平岡の社へ出た留守を訪たづねた。其時は用事も何もなかつた。約三十分許り椽へ腰こしを掛かけて話はなした。

夫それから以後は可成小石川の方面へ立ち回まはらない事にして今夜こんやに至たのである。代助は竹早町へ上あがつて、それを向ふへ突き抜けて、二三町行くと、平岡と云ふ軒燈のすぐ前へ来きた。格子の外そとから声を掛かけると、洋燈ランプを持つて下女が出でた。が平岡は夫婦とも留守であつた。代助は出先でさきも尋ねずに、すぐ引返して、電車へ乗つて、本郷迄来きて、本郷から又神田へ乗り換えて、そこで降りて、あるビヤー、ホールへ這入つて、麦酒ビールをぐい〱飲んだ。

十一の五

翌日よくじつ眼めが覚さめると、依然として脳のうの中心から、半径はんけいの違ちがつた円えんが、頭あたまを二重にぢうに仕切つてゐる様な心持がした。斯かう云ふ時に代助は、頭あたまの内側うちがはと外側そとがはが、質しつの異ことなつた切り組くみ細工で出来上できあがつてゐるとしか感じ得られない癖くせになつてゐた。夫それで能よく自分じぶんで自分じぶんの頭あたまを振ふつてみて、二つのものを混まぜやうと力つとめたものである。彼かれは今いま枕まくらの上うへへ髪かみを着つけたなり、右みぎの手を固かためて、耳みゝの上うへを二三度敲たゝいた。

代助は斯かゝる脳髄のうずいの異状を以て、かつて酒さけの咎とがに帰した事はなかつた。彼は小供の時ときから酒さけに量を得た男であつた。いくら飲のんでも、左程平常を離れなかつた。のみならず、一度いちど熟睡さへすれば、あとは身体からだに何の故障も認める事が出来できなかつた。嘗かつて何かのはづみに、兄あにと競せり飲のみをやつて、三合入さんごういりの徳利を十三本倒した事がある。其翌日あくるひ代助は平気な顔をして学校へ出でた。兄あには二日ふつかも頭あたまが痛いたいと云つて苦にがり切きつてゐた。さうして、これを年齢としの違ちがひだと云つた。

昨夕ゆふべ飲んだ麦酒ビールは是これに比くらべると愚おろかなものだと、代助は頭あたまを敲たゝきながら考へた。幸さいはひに、代助はいくら頭あたまが二重にぢうになつても、脳の活動に狂くるひを受けた事がなかつた。時としては、たゞ頭あたまを使つかふのが臆劫になつた。けれども努力さへすれば、充分複雑な仕事に堪えるといふ自信があつた。だから、斯こんな異状を感じても、脳の組織の変化から、精神に悪わるい影響を与へるものとしては、悲観する余地がなかつた。始めて、こんな感覚があつた時は驚ろいた。二遍目は寧ろ新奇な経験として喜よろこんだ。この頃ごろは、此経験が、多くの場合に、精神気力の低落ていらくに伴ともなふ様になつた。内容の充実しない行為を敢てして、生活する時の徴候になつた。代助にはそこが不愉快だつた。

床とこの上うへに起おき上あがつて、彼は又頭あたまを振ふつた。朝食あさめしの時、門野かどのは今朝けさの新聞に出てゐた蛇へびと鷲わしの戦たゝかひの事を話はなし掛けたが、代助は応じなかつた。門野は又始はじまつたなと思つて、茶の間まを出でた。勝手の方で、

「小母をばさん、さう働はたらいちや悪わるいだらう。先生の膳は僕が洗つて置くから、彼方あつちへ行いつて休やすんで御出おいで」と婆ばあさんを労いたはつてゐた。代助は始めて婆ばあさんの病気の事を思ひ出だした。何なにか優やさしい言葉でも掛ける所であつたが、面倒だと思つて已やめにした。

食刀ナイフを置おくや否や、代助はすぐ紅茶々碗を持もつて書斎へ這入はいつた。時計を見るともう九時過すぎであつた。しばらく、庭にはを眺ながめながら、茶を啜すゝり延のばしてゐると、門野かどのが来きて、

「御宅たくから御迎おむかひが参りました」と云つた。代助は宅うちから迎むかひを受ける覚おぼえがなかつた。聞き返かへして見ても、門野かどのは車夫しやふがとか何とか要領を得ない事を云ふので、代助は頭あたまを振り〱玄関へ出でて見た。すると、そこに兄あにの車くるまを引ひく勝かつと云ふのがゐた。ちやんと、護謨ごむ輪の車くるまを玄関へ横付よこづけにして、叮嚀に御辞義をした。

「勝かつ、御迎おむかへつて何なんだい」と聞きくと、勝かつは恐縮の態度で、

「奥様が車くるまを持もつて、迎むかひに行いつて来こいつて、御仰おつしやいました」

「何なにか急用でも出来できたのかい」

勝かつは固もとより何事なにごとも知らなかつた。

「御出おいでになれば分わかるからつて――」と簡潔に答へて、言葉ことばの尻を結むすばなかつた。

代助は奥へ這入はいつた。婆ばあさんを呼んで着物きものを出させやうと思つたが、腹の痛むものを使つかふのが厭いやなので、自分で簟笥の抽出ひきだしを掻かき回まはして、急いで身支度みじたくをして、勝かつの車くるまに乗つて出でた。

其日そのひは風かぜが強く吹ふいた。勝かつは苦くるしさうに、前まへの方ほうに曲こゞんで馳かけた。乗のつてゐた代助は、二重の頭あたまがぐる〱回転するほど、風かぜに吹かれた。けれども、音おとも響ひゞきもない車輪しやりんが美くしく動うごいて、意識に乏しい自分を、半睡の状態で宙ちうに運はこんで行く有様が愉快であつた。青山あをやまの家うちへ着く時分には、起おきた頃とは違ちがつて、気色きしよくが余程晴々して来きた。

十一の六

何なにか事ことが起おこつたのかと思つて、上あがり掛がけに、書生部屋を覗のぞいて見たら、直木なほきと誠太郎がたつた二人ふたりで、白砂糖しろざとうを振ふり掛かけた苺いちごを食くつてゐた。

「やあ、御馳走だな」と云ふと、直木は、すぐ居ゐずまひを直なほして、挨拶をした。誠太郎は唇くちびるの縁ふちを濡ぬらした儘まゝ、突然、

「叔父おぢさん、奥おくさんは何時いつ貰もらふんですか」と聞きいた。直木はにや〱してゐる。代助は一寸返答に窮した。已を得ず、

「今日けふは何故なぜ学校がつこうへ行いかないんだ。さうして朝あさつ腹ぱらから苺いちごなんぞを食くつて」と調戯からかふ様に、叱しかる様に云つた。

「だつて今日けふは日曜ぢやありませんか」と誠太郎は真面目まじめになつた。

「おや、日曜か」と代助は驚ろいた。

直木は代助の顔かほを見てとう〱笑ひ出だした。代助も笑つて、座敷へ来きた。そこには誰だれも居なかつた。替かえ立ての畳たゝみの上うへに、丸い紫檀の刳抜盆くりぬきぼんが一つ出でてゐて、中なかに置いた湯呑には、京都の浅井黙語の模様画ぐわが染そめ付つけてあつた。からんとした広ひろい座敷へ朝あさの緑みどりが庭にはから射さし込んで、凡すべてが静しづかに見えた。戸外そとの風かぜは急に落ちた様に思はれた。

座敷を通り抜ぬけて、兄あにの部屋へやの方ほうへ来きたら、人ひとの影かげがした。

「あら、だつて、夫それぢや余あんまりだわ」と云ふ嫂あによめの声が聞えた。代助は中なかへ這入つた。中なかには兄あにと嫂あによめと縫子がゐた。兄あには角帯かくおびに金鎖きんぐさりを巻まき付つけて、近頃流行る妙な絽ろの羽織を着きて、此方こちらを向むいて立つてゐた。代助の姿すがたを見て、

「そら来きた。ね。だから一所に連つれて行いつて御貰おもらひよ」と梅子に話しかけた。代助には何の意味だか固より分わからなかつた。すると、梅子が代助の方に向き直つた。

「代さん、今日けふ貴方あなた、無論暇ひまでせう」と云つた。

「えゝ、まあ暇ひまです」と代助は答へた。

「ぢや、一所に歌舞伎座へ行いつて頂戴」

代助は嫂あによめの此言葉を聞いて、頭あたまの中なかに、忽ち一種の滑稽を感じた。けれども今日けふは平常いつもの様に、嫂あによめに調戯からかふ勇気がなかつた。面倒だから、平気な顔かほをして、

「えゝ宜よろしい、行いきませう」と機嫌きげんよく答へた。すると梅子は、

「だつて、貴方あなたは、最早もう、一遍観みたつて云ふんぢやありませんか」と聞きき返した。

「一遍だらうが、二遍だらうが、些ちつとも構かまはない。行いきませう」と代助は梅子を見て微笑した。

「貴方あなたも余っ程道楽ものね」と梅子が評した。代助は益滑稽を感かんじた。

兄あには用があると云つて、すぐ出でて行いつた。四時頃用が済すんだら芝居の方へ回る約束なんださうである。それ迄自分と縫子丈で見てゐたら好よささうなものだが、梅子は夫それが厭いやだと云つた。そんなら直木を連れて行いけと兄あにから注意された時、直木は紺絣こんがすりを着きて、袴はかまを穿はいて、六づかしく坐すはつてゐて不可いけないと答へた。夫それで仕方がないから代助を迎ひに遣やつたのだ、と、是は兄あにが出掛でがけの説明であつた。代助は少々理窟に合はないと思つたが、たゞ、左様さうですかと答へた。さうして、嫂あによめは幕まくの相間あひまに話はなし相手が欲ほしいのと、夫それからいざと云ふ時ときに、色々いろ〱用を云ひ付けたいものだから、わざ〱自分を呼び寄よせたに違ないと解釈した。

梅子と縫子は長い時間を御化け粧に費やした。代助は懇よく御化粧の監督者になつて、両人ふたりの傍そばに附ついてゐた。さうして時々は、面白半分はんぶんの冷ひやかしも云つた。縫子からは叔父おぢさん随分だわを二三度繰り返かへされた。

父ちゝは今朝けさ早くから出でて、家うちにゐなかつた。何処どこへ行つたのだか、嫂あによめは知らないと云つた。代助は別に知りたい気もなかつた。たゞ父のゐないのが難有かつた。此間このあひだの会見以後、代助は父とはたつた二度程しか顔かほを合せなかつた。それも、ほんの十分か十五分に過すぎなかつた。話が込み入りさうになると、急に叮嚀な御辞義をして立つのを例にしてゐた。父ちゝは座敷の方へ出でて来きて、どうも代助は近頃少しも尻が落ち付かなくなつた。おれの顔さへ見れば逃にげ支度をすると云つて怒おこつた。と嫂あによめは鏡かゞみの前で夏帯なつおびの尻を撫でながら代助に話した。

「ひどく、信用を落おとしたもんだな」

代助は斯う云つて、嫂あによめと縫子ぬひこの蝙蝠傘かはほりがさを抱さげて一足ひとあし先へ玄関へ出でた。車はそこに三挺并ならんでゐた。

十一の七

代助は風かぜを恐れて鳥打とりうち帽を被かぶつてゐた。風かぜは漸く歇やんで、強い日ひが雲くもの隙間すきまから頭あたまの上うへを照てらした。先さきへ行ゆく梅子と縫子は傘かさを広ひろげた。代助は時々とき〲手ての甲かうを額ひたひの前まへに翳かざした。

芝居の中なかでは、嫂あによめも縫ぬひ子も非常に熱心な観客けんぶつであつた。代助は二返目めの所為せゐといひ、此三四日来さんよつからいの脳の状態からと云ひ、左様さう一図に舞台ばかりに気を取とられてゐる訳わけにも行いかなかつた。堪えず精神に重苦しい暑あつさを感ずるので、屡団扇うちはを手てにして、風かぜを襟えりから頭あたまへ送おくつてゐた。

幕まくの合間あひまに縫子が代助の方を向むいて時々とき〲妙な事を聞きいた。何故なぜあの人は盥たらひで酒を飲むんだとか、何故なぜ坊さんが急に大将になれるんだとか、大抵説明の出来ない質問のみであつた。梅子はそれを聞くたんびに笑つてゐた。代助は不図二三日前新聞で見た、ある文学者の劇評を思ひ出だした。それには、日本の脚本が、あまりに突飛な筋すぢに富とんでゐるので、楽らくに見物が出来ないと書かいてあつた。代助は其時そのとき、役者の立場たちばから考へて、何なにもそんな人ひとに見て貰ふ必要はあるまいと思つた。作者に云ふべき小言こごとを、役者の方へ持つてくるのは、近松の作を知るために、越路の浄瑠理が聴きたいと云ふ愚物と同じ事だと云つて門野かどのに話した。門野は依然として、左様そんなもんでせうかなと云つてゐた。

小供のうちから日本在来の芝居を見慣れた代助は、無論梅子と同じ様に、単純なる芸術の鑑賞家であつた。さうして舞台に於ける芸術の意味を、役者の手腕しゆわんに就てのみ用ひべきものと狭義に解釈してゐた。だから梅子とは大いに話はなしが合あつた。時々とき〲顔かほを見合みあはして、黒人くらうとの様な批評を加へて、互に感心してゐた。けれども、大体に於て、舞台にはもう厭あきが来きてゐた。幕まくの途中とちうでも、双眼鏡で、彼方あつちを見たり、此方こつちを見たりしてゐた。双眼鏡の向むかふ所には芸者が沢山ゐた。そのあるものは、先方むかふでも眼鏡めがねの先さきを此方こつちへ向けてゐた。

代助の右隣みぎどなりには自分と同年輩の男が丸髷に結いつた美くしい細君を連れて来きてゐた。代助は其細君の横顔を見て、自分の近付ちかづきのある芸者によく似てゐると思つた。左隣ひだりどなりには男連づれが四人許よつたりばかりゐた。さうして、それが、悉ことごとく博士であつた。代助は其顔を一々覚えてゐた。其又隣となりに、広ひろい所を、たつた二人ふたりで専せん領してゐるものがあつた。その一人ひとりは、兄あにと同じ位な年恰好としかつこうで、正たゞしい洋服を着きてゐた。さうして金縁きんぶちの眼鏡めがねを掛けて、物を見みるときには、顎あごを前まへへ出だして、心持こゝろもち仰向あほむく癖くせがあつた。代助は此この男を見たとき、何所どこか見覚みおぼえのある様な気がした。が、ついに思ひ出ださうと力つとめても見なかつた。其伴侶つれは若わかい女であつた。代助はまだ廿はたちになるまいと判定した。羽織を着きないで、普通よりは大きく廂ひさしを出だして、多くは顎あごを襟元えりもとへぴたりと着つけて坐すはつてゐた。

代助は苦くるしいので、何返なんべんも席せきを立たつて、後うしろの廊下へ出でて、狭せまい空そらを仰いだ。兄あにが来きたら、嫂あによめと縫子を引き渡わたして早はやく帰りたい位に思つた。一遍ぺんは縫子を連つれて、其所等そこいらをぐる〱運動して歩あるいた。仕舞には些ちと酒でも取り寄よせて飲のまうかと思つた。

兄あには日暮ひくれとすれ〱に来きた。大変遅おそかつたぢやありませんかと云つた時、帯の間あひだから、金時計を出だして見せた。実際六時少し回まはつた許であつた。兄あには例の如く、平気な顔かほをして、方々見回みまはしてゐた。が、飯めしを食くふ時、立つて廊下へ出たぎり、中々なか〱帰かへつて来こなかつた。しばらくして、代助は不図振り返かへつたら、一軒置おいて隣となりの金縁きんぶちの眼鏡めがねを掛けた男の所へ這入つて、話はなしをしてゐた。若い女にも時々話しかける様であつた。然し女の方では笑わらひ顔を一寸ちよつと見せる丈で、すぐ舞台の方へ真面目まじめに向き直つた。代助は嫂あによめに其人そのひとの名を聞きかうと思つたが、兄あには人ひとの集あつまる所へさへ出れば、何所どこへでも斯かくの如く平気に這入り込む程、世間せけんの広ひろい、又世間せけんを自分の家いへの様に心得てゐる男であるから、気にも掛かけずに黙だまつてゐた。

すると幕まくの切れ目に、兄あにが入口いりぐち迄帰かへつて来きて、代助一寸ちよつと来こいと云ひながら、代助を其金縁きんぶちの男の席へ連れて行いつて、愚弟だと紹介した。それから代助には、是が神戸の高木さんだと云つて引合ひきあはした。金縁きんぶちの紳士は、若わかい女を顧みて、私の姪めいですと云つた。女はしとやかに御辞義をした。其時そのとき兄が、佐川さんの令嬢だと口くちを添そへた。代助は女の名を聞いたとき、旨うまく掛かけられたと腹はらの中なかで思つた。が何事も知らぬものゝ如く装よそほつて、好加減いゝかげんに話はなしてゐた。すると嫂あによめが一寸ちよつと自分の方を振り向むいた。

十一の八

五六分ぷんして、代助は兄あにと共ともに自分の席に返かへつた。佐川の娘むすめを紹介される迄は、兄あにの見え次第逃にげる気であつたが、今いまでは左様さう不可いかなくなつた。余あまり現金に見えては、却つて好よくない結果を引き起おこしさうな気がしたので、苦しいのを我慢して坐すはつてゐた。兄あにも芝居に就ては全たく興味がなささうだつたけれども、例の如く鷹揚に構えて、黒い頭あたまを燻いぶす程、葉巻はまきをゆらした。時々とき〲評をすると、縫子ぬひこあの幕まくは綺麗きれいだらう位の所であつた。梅子は平生の好奇心にも似ず、高木に就ても、佐川の娘に就ても、何等の質問も掛けず、一言の批評も加へなかつた。代助には其澄すました様子が却つて滑稽に思はれた。彼は今日こんにち迄嫂あによめの策略にかゝつた事が時々とき〲あつた。けれども、只たゞの一返も腹はらを立たてた事はなかつた。今度こんどの狂言も、平生ならば、退屈紛まぎらしの遊戯程度に解釈して、笑つて仕舞たかも知れない。夫許そればかりではない。もし自分が結婚する気なら、却つて、此狂言を利用して、自みづから人巧的に、御目出度おめでたい喜劇きげきを作り上あげて、生涯自分を嘲あざけつて満足する事も出来た。然し此姉このあね迄が、今いまの自分を、父ちゝや兄あにと共謀して、漸々ぜん〱窮地に誘いざなつて行ゆくかと思ふと、流石さすがに此所作しよさをたゞの滑稽として、観察する訳には行いかなかつた。代助は此先このさき、嫂あによめが此事件を何どう発展させる気だらうと考へて、少々弱つた。家うちのものゝ中うちで、嫂あによめが一番斯こんな計画に興味をもつてゐたからである。もし嫂あによめが此方面に向つて代助に肉薄すればする程、代助は漸々家族かぞくのものと疎遠にならなければならないと云ふ恐れが、代助の頭あたまの何処どこかに潜ひそんでゐた。

芝居の仕舞になつたのは十一時近ちかくであつた。外そとへ出でて見ると、風は全く歇やんだが、月つきも星ほしも見みえない静しづかな晩を、電燈が少し許り照らしてゐた。時間が遅おそいので茶屋では話はなしをする暇ひまもなかつた。三人の迎むかひは来きてゐたが、代助はつい車くるまを誂あつらへて置くのを忘れた。面倒だと思つて、嫂あによめの勧すゝめを斥しりぞけて、茶屋の前から電車に乗つた。数寄屋すきや橋で乗のり易かえ様と思つて、黒くろい路みちの中なかに、待ち合あはしてゐると、小供を負おぶつた神かみさんが、退儀たいぎさうに向むかふから近寄よつて来きた。電車は向むかふ側がはを二三度通とほつた。代助と軌道レールの間あひだには、土つちか石いしの積つんだものが、高たかい土手の様に挟はさまつてゐた。代助は始はじめて間違まちがつた所に立たつてゐる事を悟つた。

「御神さん、電車へ乗るなら、此所こゝぢや不可いけない。向側むかふがはだ」と教へながら歩あるき出だした。神さんは礼を云つて跟ついて来きた。代助は手探てさぐりでもする様に、暗くらい所を好加減いゝかげんに歩あるいた。十四五間けん左ひだりの方へ濠際ほりぎはを目標めあてに出でたら、漸く停留所ていりうじよの柱が見付みつかつた。神さんは其所そこで、神田橋の方へ向むいて乗つた。代助はたつた一人ひとり反対の赤坂行ゆきへ這入つた。

車くるまの中なかでは、眠ねむくて寐ねられない様な気がした。揺ゆられながらも今夜の睡眠が苦になつた。彼かれは大いに疲労して、白昼はくちうの凡てに、惰気だきを催うすにも拘はらず、知られざる何物なにものかの興奮の為ために、静かな夜よを恣ほしいまゝにする事が出来ない事がよくあつた。彼かれの脳裏のうりには、今日けふの日中につちうに、交かはる〲痕あとを残した色彩が、時ときの前後と形かたちの差別を忘れて、一度に散ちらついてゐた。さうして、それが何なにの色彩であるか、何の運動であるか慥たしかに解わからなかつた。彼かれは眼めを眠ねむつて、家うちへ帰かへつたら、又またヰスキーの力ちからを借りやうと覚悟した。

彼かれは此この取り留めのない花やかな色調しきちやうの反照として、三千代の事を思ひ出さざるを得なかつた。さうして其所そこにわが安住の地を見出みいだした様な気がした。けれども其安住の地は、明あきらかには、彼かれの眼めに映じて出でなかつた。たゞ、かれの心こゝろの調子全体で、それを認みとめた丈であつた。従つて彼かれは三千代の顔や、容子や、言葉や、夫婦の関係くわんけいや、病気や、身分みぶんを一纏ひとまとめにしたものを、わが情調にしつくり合ふ対象として、発見したに過ぎなかつた。

十一の九

翌日よくじつ代助は但馬にゐる友人から長い手紙を受取つた。此友人は学校を卒業すると、すぐ国へ帰かへつたぎり、今日迄こんにちまでついぞ東京へ出でた事のない男であつた。当人は無論山やまの中なかで暮くらす気はなかつたんだが、親おやの命令で已やむを得ず、故郷に封じ込められて仕舞つたのである。夫それでも一年許いちねんばかりの間あひだは、もう一返親父おやぢを説とき付つけて、東京へ出でる出でると云つて、うるさい程手紙を寄よこしたが、此頃は漸く断念したと見みえて、大した不平がましい訴もしない様になつた。家いへは所ところの旧家きうかで、先祖から持もち伝へた山林を年々伐きり出すのが、重おもな用事になつてゐるよしであつた。今度こんどの手紙には、彼かれの日常生活の模様が委しく書かいてあつた。それから、一ヶ月前町長に挙あげられて、年俸を三百円頂戴する身分になつた事を、面白半分おもしろはんぶん、殊更に真面目まじめな句調で吹聴して来きた。卒業してすぐ中学の教師になつても、此三倍は貰もらへると、自分と他の友人との比較がしてあつた。

此友人は国へ帰つてから、約一年許りして、京都在ざいのある財産家から嫁よめを貰もらつた。それは無論親おやの云ひ付つけであつた。すると、少時しばらくして、直すぐ子供が生れた。女房の事は貰もらつた時より外ほかに何も云つて来こないが、子供の生長おいたちには興味があると見えて、時々とき〲代助の可笑おかしくなる様な報知をした。代助はそれを読むたびに、此子供に対して、満足しつゝある友人の生活を想像した。さうして、此子供の為ために、彼の細君に対する感想が、貰もらつた当時に比べて、どの位変化したかを疑つた。

友人は時々とき〲鮎あゆの乾ほしたのや、柿の乾ほしたのを送つてくれた。代助は其返礼に大概は新らしい西洋の文学書を遣やつた。すると其返事には、それを面白く読んだ証拠になる様な批評が屹度あつた。けれども、それが長くは続つゞかなかつた。仕舞には受取うけとつたと云ふ礼状さへ寄よこさなかつた。此方こつちからわざ〱問ひ合せると、書物は難有く頂戴した。読んでから礼を云はうと思つて、つい遅おそくなつた。実はまだ読よまない。白状すると、読よむ閑ひまがないと云ふより、読む気がしないのである。もう一層露骨に云へば、読んでも解わからなくなつたのである。といふ返事が来きた。代助は夫それから書物を廃やめて、其代りに新らしい玩具おもちやを買かつて送おくる事にした。

代助は友人の手紙を封筒に入れて、自分と同じ傾向を有もつてゐた此旧友が、当時とは丸で反対の思想と行動とに支配されて、生活の音色ねいろを出だしてゐると云ふ事実を、切せつに感じた。さうして、命いのちの絃いとの震動しんどうから出でる二人ふたりの響ひゞきを審つまびらかに比較した。

彼かれは理論家セオリストとして、友人の結婚けつこんを肯うけがつた。山やまの中なかに住すんで、樹きや谷たにを相手にしてゐるものは、親おやの取り極きめた通りの妻つまを迎へて、安全な結果を得るのが自然の通則と心得たからである。彼かれは同じ論法で、あらゆる意味の結婚が、都会人士には、不幸を持ち来きたすものと断定した。其原因を云へば、都会は人間にんげんの展覧会に過ぎないからであつた。彼は此前提このぜんていから此この結論に達する為ために斯かう云ふ径路を辿たどつた。

彼は肉体と精神に於て美びの類別を認める男であつた。さうして、あらゆる美びの種類に接触する機会を得るのが、都会人士の権能であると考へた。あらゆる美びの種類に接触して、其たび毎ごとに、甲から乙に気を移し、乙から丙に心を動うごかさぬものは、感受性に乏しい無鑑賞家かであると断定した。彼かれは是これを自家の経験に徴ちようして争ふべからざる真理と信じた。その真理から出立して、都会的生活を送る凡ての男女は、両性間の引力アツトラクシヨンに於て、悉く随縁臨機ずいえんりんきに、測りがたき変化を受うけつゝあるとの結論に到着した。それを引き延のばすと、既婚きこんの一対いつついは、双方ともに、流俗に所謂いはゆる不義インフイデリチの念に冒おかされて、過去から生じた不幸を、始終嘗なめなければならない事になつた。代助は、感受性の尤も発達した、又接触点の尤も自由な、都会人士の代表者として、芸妓を撰んだ。彼等のあるものは、生涯に情夫を何人取り替かえるか分わからないではないか。普通の都会人は、より少すくなき程度に於て、みんな芸妓ではないか。代助は渝かはらざる愛を、今いまの世に口くちにするものを偽善家ぎぜんかの第一位に置おいた。

此所こゝ迄考へた時、代助の頭あたまの中なかに、突然三千代みちよの姿すがたが浮うかんだ。其時そのとき代助はこの論理中に、或ある因数フアクターを数かぞへ込むのを忘れたのではなからうかと疑うたぐつた。けれども、其因数フアクターは何どうしても発見はつけんする事が出来できなかつた。すると、自分が三千代に対する情合あひも、此論理ろんりによつて、たゞ現在的げんざいてきのものに過すぎなくなつた。彼かれの頭あたまは正まさにこれを承認した。然し彼かれの心ハートは、慥かに左様さうだと感かんずる勇気がなかつた。

十二の一

代助は嫂あによめの肉薄を恐れた。又三千代の引力を恐れた。避暑にはまだ間あひだがあつた。凡ての娯楽には興味を失つた。読書をしても、自己の影かげを黒い文字の上うへに認める事が出来できなくなつた。落付おちついて考へれば、考へは蓮はちすの糸いとを引く如くに出でるが、出たものを纏めて見みると、人ひとの恐おそろしがるもの許ばかりであつた。仕舞には、斯様かやうに考へなければならない自分が怖こわくなつた。代助は蒼白あをしろく見える自分の脳髄を、ミルクセークの如く廻転させる為ために、しばらく旅行しやうと決心した。始めは父ちゝの別荘に行く積つもりであつた。然し、是は東京から襲はれる点に於て、牛込に居ると大たいした変りはないと思つた。代助は旅行案内を買つて来きて、自分の行いくべき先さきを調しらべて見た。が、自分の行くべき先さきは天下中てんかぢう何処どこにも無ない様な気がした。しかし、代助は無理にも何処どこかへ行いかうとした。それには、支度を調とゝのへるに若しくはないと極めた。代助は電車に乗つて、銀座ぎんざ迄来きた。朗ほがらかに風かぜの往来を渡わたる午後であつた。新橋の勧工場ばを一回ひとまはりして、広い通りをぶら〱と京橋の方へ下くだつた。其時そのとき代助の眼めには、向ふ側がはの家いへが、芝居の書割かきわりの様に平ひらたく見えた。青あをい空そらは、屋根やねの上うへにすぐ塗ぬり付つけられてゐた。

代助は二三の唐物屋やを冷ひやかして、入用いりやうの品しなを調とゝのへた。其中そのなかに、比較的高たかい香水があつた。資生堂で練歯磨ねりはみがきを買はうとしたら、若わかいものが、欲ほしくないと云ふのに自製のものを出だして、頻しきりに勧すゝめた。代助は顔かほをしかめて店みせを出でた。紙包かみゞつみを腋わきの下したに抱かゝへた儘、銀座の外はづれ迄遣やつて来きて、其所そこから大根河岸だいこんがしを回まはつて、鍛冶橋かじばしを丸の内うちへ志こゝろざした。当あてもなく西にしの方へ歩あるきながら、是これも簡便な旅行と云へるかも知れないと考へた揚句あげく、草臥くたびれて車くるまをと思つたが、何処どこにも見当みあたらなかつたので又電車へ乗のつて帰つた。

家うちの門もんを這入はいると、玄関に誠太郎のらしい履くつが叮嚀に并ならべてあつた。門野かどのに聞きいたら、へえ左様さうです、先方さつきから待まつて御出おいでですといふ答こたへであつた。代助はすぐ書斎へ来きて見みた。誠太郎は、代助の坐すはる大きな椅子いすに腰こしを掛かけて、洋卓テーブルの前まへで、アラスカ探検たんけん記を読んでゐた。洋卓テーブルの上うへには、蕎麦饅そばまん頭と茶盆ぼんが一所に乗つてゐた。

「誠太郎、何だい、人ひとのゐない留守るすに来きて、御馳走だね」と云ふと、誠太郎は、笑ひながら、先づアラスカ探検記をポツケツトへ押し込んで、席せきを立たつた。

「其所そこに居ゐるなら、ゐても構かまはないよ」と云つても、聞きかなかつた。

代助は誠太郎を捕つらまえて、例いつもの様に調戯からかひ出だした。誠太郎は此間このあひだ代助が歌舞伎座ざでした欠伸あくびの数かずを知つてゐた。さうして、

「叔父おぢさんは何時いつ奥さんを貰もらふの」と、又先達せんだつてと同じ様な質問を掛けた。

此日ひ誠太郎は、父ちゝの使つかひに来きたのであつた。其口上は、明日あしたの十一時迄に一寸ちよつと来きて呉れと云ふのであつた。代助はさう〱父ちゝや兄あにに呼び付つけられるが面倒であつた。誠太郎に向つて、半分怒おこつた様に、

「何なんだい、苛ひどいぢやないか。用も云はないで、無暗むやみに人ひとを呼びつけるなんて」と云つた。誠太郎は矢っ張りにや〱してゐた。代助はそれぎり話はなしを外ほかへそらして仕舞つた。新聞に出てゐる相撲の勝負が、二人ふたりの題目の重おもなるものであつた。

晩食ばんめしを食くつて行いけと云ふのを学校の下調があると云つて辞退して誠太郎は帰つた。帰る前に、

「それぢや、叔父おぢさん、明日あしたは来こないんですか」と聞きいた。代助は已を得ず、

「うむ。何どうだか分わからない。叔父おぢさんは旅行するかも知れないからつて、帰つてさう云つて呉れ」と云つた。

「何時いつ」と誠太郎が聞き返したとき、代助は今日けふ明日あすのうちと答へた。誠太郎はそれで納得して、玄関迄出て行いつたが、沓脱くつぬぎへ下おりながら振り返つて、突然

「何処どこへ入らつしやるの」と代助を見上みあげた。代助は、

「何処どこつて、まだ分わかるもんか。ぐる〱回まはるんだ」と云つたので、誠太郎は又にや〱しながら、格子を出た。

十二の二

代助は其夜そのよすぐ立たたうと思つて、グラツドストーンの中なかを門野かどのに掃除じさして、携帯品を少すこし詰つめ込こんだ。門野かどのは少すくなからざる好奇心を以て、代助の革鞄かばんを眺ながめてゐたが、

「少すこし手伝てつだひませうか」と突立つたまゝ聞いた。代助は、

「なに、訳わけはない」と断わりながら、一旦詰つめ込んだ香水の壜びんを取とり出だして、封被ふうひを剥はいで、栓せんを抜ぬいて、鼻はなに当あてゝ嗅かいで見た。門野は少すこし愛想を尽つかした様な具合で、自分の部屋へ引き取つた。二三分ぷんすると又出でて来きて、

「先生、車くるまを左様さう云つときますかな」と注意した。代助はグラツドストーンを前へ置いて、顔かほを上あげた。

「左様さう、少し待まつて呉れ給へ」

庭にはを見ると、生垣いけがきの要目かなめの頂いたゞきに、まだ薄明うすあかるい日足ひあしがうろついてゐた。代助は外そとを覗のぞきながら、是から三十分のうちに行く先さきを極きめやうと考へた。何でも都合のよささうな時間かんに出でる汽車に乗つて、其汽車の持つて行く所へ降おりて、其所そこで明日あした迄暮くらして、暮くらしてゐるうちに、又新らしい運命が、自分を攫さらひに来くるのを待つ積つもりであつた。旅費は無論充分でなかつた。代助の旅装に適した程の宿泊とまりを続つゞけるとすれば、一週間も保もたない位であつた。けれども、さう云ふ点になると、代助は無頓着であつた。愈いよ〱となれば、家うちから金かねを取り寄よせる気でゐた。それから、本来が四辺しへんの風気ふうきを換えるのを目的とする移動だから、贅沢の方面へは重きを置かない決心であつた。興に乗れば、荷持にもちを雇つて、一日いちにち歩あるいても可いいと覚悟した。

彼は又旅行案内を開ひらいて、細かい数字を丹念たんねんに調べ出だしたが、少しも決定の運はこびに近寄ちかよらないうちに、又三千代の方に頭あたまが滑すべつて行いつた。立たつ前まへにもう一遍様子を見て、それから東京を出でやうと云ふ気が起つた。グラツドストーンは今夜中こんやぢうに始末を付つけて、明日あすの朝早あさはやく提さげて行いかれる様にして置けば構はない事になつた。代助は急ぎ足で玄関迄出でた。其音おとを聞き付つけて、門野かどのも飛び出だした。代助は不断着ふだんぎの儘、掛釘かけくぎから帽子を取つてゐた。

「又御出掛でかけですか。何か御買物おかひものぢやありませんか。私わたくしで可よければ買かつて来きませう」と門野かどのが驚おどろいた様やうに云つた。

「今夜こんやは已やめだ」と云ひ放はなした儘、代助は外そとへ出でた。外そとはもう暗くらかつた。美うつくしい空そらに星ほしがぽつ〱影かげを増まして行く様に見えた。心持こゝろもちの好いい風かぜが袂たもとを吹ふいた。けれども長ながい足あしを大きく動かした代助は、二三町も歩あるかないうちに額際ひたひぎはに汗あせを覚えた。彼は頭あたまから鳥打を脱とつた。黒い髪かみを夜露よつゆに打たして、時々とき〲帽子をわざと振ふつて歩あるいた。

平岡の家いへの近所へ来くると、暗くらい人影ひとかげが蝙蝠かはほりの如く静しづかに其所そこ、此所こゝに動うごいた。粗末な板塀いたべいの隙間すきまから、洋燈ランプの灯ひが往来へ映うつつた。三千代みちよは其光そのひかりの下したで新聞を読よんでゐた。今頃いまごろ新聞を読むのかと聞きいたら、二返目だと答へた。

「そんなに閑ひまなんですか」と代助は座蒲団を敷居の上に移うつして、椽側へ半分身体からだを出だしながら、障子へ倚りかゝつた。

平岡は居なかつた。三千代みちよは今いま湯から帰かへつた所だと云つて、団扇さへ膝ひざの傍そばに置いてゐた。平生いつもの頬ほゝに、心持こゝろもち暖あたゝかい色を出だして、もう帰るでせうから、緩ゆつくりしてゐらつしやいと、茶の間まへ茶を入れに立たつた。髪は西洋風に結つてゐた。

平岡は三千代の云つた通りには中々なか〱帰らなかつた。何時いつでも斯んなに遅おそいのかと尋ねたら、笑ひながら、まあ左そんな所でせうと答へた。代助は其笑わらひの中なかに一種いつしゆの淋さみしさを認めて、眼めを正たゞして、三千代の顔かほを凝じつと見た。三千代は急に団扇うちはを取つて袖そでの下したを煽あほいだ。

代助は平岡の経済の事が気に掛かゝつた。正面から、此頃このごろは生活費には不自由はあるまいと尋ねて見た。三千代は左様さうですねと云つて、又前の様な笑わらひ方かたをした。代助がすぐ返事をしなかつたものだから、

「貴方あなたには、左様さう見えて」と今度は向ふから聞き直なほした。さうして、手に持つた団扇うちはを放り出だして、湯ゆから出でたての奇麗な繊ほそい指ゆびを、代助の前に広ひろげて見せた。其指ゆびには代助の贈おくつた指環ゆびわも、他ほかの指環ゆびわも穿はめてゐなかつた。自分の記念を何時いつでも胸に描ゑがいてゐた代助には、三千代みちよの意味がよく分わかつた。三千代は手を引き込こめると同時に、ぽつと赤い顔をした。

「仕方がないんだから、堪忍して頂戴」と云つた。代助は憐れな心持がした。

十二の三

代助は其夜よ九時頃平岡の家いへを辞じした。辞じする前まへ、自分の紙入かみいれの中なかに有あるものを出だして、三千代に渡わたした。其時は、腹はらの中なかで多少の工夫くふうを費ついやした。彼かれは先まづ何気なにげなく懐中物くわいちうものを胸むねの所ところで開あけて、中なかにある紙幣を、勘定もせずに攫つかんで、是これを上あげるから御使おつかひなさいと無雑作に三千代の前まへへ出だした。三千代は、下女を憚はゞかる様な低い声で、

「そんな事を」と、却かへつて両手をぴたりと身体からだへ付つけて仕舞つた。代助は然し自分の手を引ひき込こめなかつた。

「指環を受取うけとるなら、これを受取つても、同じ事でせう。紙の指環ゆびわだと思つて御貰ひなさい」

代助は笑ひながら、斯う云つた。三千代はでも、余あんまりだからとまだ蹰躇した。代助は、平岡に知れると叱しかられるのかと聞いた。三千代は叱しかられるか、賞ほめられるか、明あきらかに分わからなかつたので、矢張り愚図々々してゐた。代助は、叱しかられるなら、平岡に黙だまつてゐたら可よからうと注意した。三千代はまだ手を出ださなかつた。代助は無論出だしたものを引き込こめる訳わけに行いかなかつた。已やむを得ず、少すこし及び腰ごしになつて、掌てのひらを三千代の胸むねの傍そば迄持もつて行いつた。同時に自分の顔かほも一尺許ばかりの距離に近寄ちかよせて、

「大丈夫だから、御取おとんなさい」と確しつかりした低ひくい調子で云つた。三千代は顎あごを襟えりの中なかへ埋うづめる様に後あとへ引いて、無言の儘右の手を前へ出だした。紙幣は其上うへに落ちた。其時三千代は長い睫毛まつげを二三度打ち合はした。さうして、掌てのひらに落ちたものを帯おびの間あひだに挟はさんだ。

「又来くる。平岡君によろしく」と云つて、代助は表おもてへ出でた。町まちを横断して小路こうぢへ下くだると、あたりは暗くなつた。代助は美うつくしい夢ゆめを見た様に、暗くらい夜よを切きつて歩あるいた。彼は三十分と立たないうちに、吾家わがいへの門前もんぜんに来きた。けれども門もんを潜くゞる気がしなかつた。彼かれは高い星ほしを戴いたゞいて、静しづかな屋敷町やしきまちをぐる〱徘徊した。自分では、夜半迄歩あるきつゞけても疲つかれる事はなからうと思つた。兎角とかくするうち、又自分の家いへの前へ出でた。中なかは静しづかであつた。門野かどのと婆ばあさんは茶の間まで世間話せけんばなしをしてゐたらしい。

「大変遅おそうがしたな。明日あしたは何時なんじの汽車で御立たちですか」と玄関へ上あがるや否いなや問とひを掛かけた。代助は、微笑しながら、

「明日あしたも御已やめだ」と答こたへて、自分の室へやへ這入はいつた。そこには床とこがもう敷しいてあつた。代助は先刻さつき栓せんを抜ぬいた香水を取つて、括枕くゝりまくらの上うへに一滴いつてき垂たらした。夫それでは何だか物足ものたりなかつた。壜びんを持もつた儘まゝ、立たつて室へやの四隅よすみへ行いつて、そこに一二滴づゝ振ふりかけた。斯様かやうに打うち興きようじた後あと、白地しろぢの浴衣ゆかたに着換きかえて、新あたらしい小掻巻かいまきの下したに安やすらかな手足てあしを横よこたへた。さうして、薔薇ばらの香かのする眠ねむりに就ついた。

眼めが覚さめた時は、高い日ひが椽に黄金色ごんしよくの震動を射込んでゐた。枕元まくらもとには新聞が二枚揃えてあつた。代助は、門野が何時いつ、雨戸を引ひいて、何時いつ新聞を持もつて来きたか、丸まるで知らなかつた。代助は長ながい伸のびを一つして起おき上あがつた。風呂場で身体からだを拭ふいてゐると、門野かどのが少すこし狼狽うろたへた容子で遣やつて来きて、

「青山あをやまから御兄おあにいさんが御見えになりました」と云つた。代助は今直いますぐ行ゆく旨むねを答へて、奇麗に身体からだを拭ふき取とつた。座敷はまだ掃除が出来てゐるか、ゐないかであつたが、自分で飛び出だす必要もないと思つたから、急ぎもせずに、いつもの通り、髪かみを分けて剃そりを中あてて、悠々と茶の間へ帰かへつた。そこでは流石さすがにゆつくりと膳につく気も出でなかつた。立ちながら紅茶を一杯啜すゝつて、タヱルで一寸ちよつと口髭くちひげを摩こすつて、それを、其所そこへ放り出すと、すぐ客間へ出でて、

「やあ兄にいさん」と挨拶をした。兄あには例れいの如ごとく、色いろの濃こい葉巻はまきの、火ひの消えたのを、指ゆびの股またに挟はさんで、平然として代助の新聞を読よんでゐた。代助の顔かほを見るや否や、

「此室このへやは大変好いい香にほひがする様だが、御前おまへの頭あたまかい」と聞いた。

「僕ぼくの頭あたまの見える前まへからでせう」と答こたへて、昨夜ゆふべの香水の事を話はなした。兄あには、落ち付いて、

「はゝあ、大分洒落しやれた事をやるな」と云つた。

十二の四

兄あには滅多に代助の所へ来きた事のない男であつた。たまに来くれば必ず来こなくつてならない用事を持つてゐた。さうして、用を済すますとさつさと帰つて行つた。今日けふも何事なにごとか起おこつたに違ちがひないと代助は考へた。さうして、それは昨日きのふ誠太郎を好加減いゝかげんに胡魔化ごまくわして返かへした反響だらうと想像した。五六分ぷん雑談をしてゐるうちに、兄あにはとう〱斯かう云ひ出だした。

「昨夕ゆふべ誠太郎が帰かへつて来きて、叔父おぢさんは明日あしたから旅行するつて云ふ話はなしだから、出でて来きた」

「えゝ、実じつは今朝けさ六時頃ごろから出でやうと思つてね」と代助は嘘うその様な事を、至極冷静に答こたへた。兄あにも真面目な顔をして、

「六時に立てる位な早起はやおきの男なら、今時分じぶんわざわざ青山あをやまから遣やつて来きやしない」と云つた。改めて用事を聞いて見ると、矢張り予想の通とほり肉薄にくはくの遂行に過ぎなかつた。即ち今日けふ高木と佐川の娘を呼んで午餐を振舞ふるまふ筈だから、代助にも列席しろと云ふ父ちゝの命令であつた。兄あにの語かたる所によると、昨夕ゆふべ誠太郎の返事を聞いて、父ちゝは大いに機嫌を悪くした。梅子は気を揉もんで、代助の立たたない前に逢あつて、旅行を延のばさせると云ひ出だした。兄あにはそれを留とめたさうである。

「なに彼奴あいつが今夜中こんやぢうに立たつものか、今頃いまごろは革鞄かばんの前へ坐すはつて考へ込んでゐる位ぐらゐのものだ。明日あしたになつて見ろ、放ほうつて置いても遣やつて来くるからつて、己おれが姉ねえさんを安心させたのだよ」と誠吾は落付おちつき払つてゐた。代助は少し忌々いま〱しくなつたので、

「ぢや、放ほうつて置いて御覧なされば好いいのに」と云つた。

「所ところが女をんなと云ふものは、気の短みぢかいもので、御父おとうさんに悪わるいからつて、今朝けさ起おきるや否や、己おれをせびるんだからね」と誠吾は可笑おかしい様な顔かほもしなかつた。寧むしろ迷惑さうに代助を眺ながめてゐた。代助は行くとも、行かないとも決答を与へなかつた。けれども兄に対しては、誠太郎同様に、要領を握らせないで返かへして仕舞ふ勇気も出でなかつた。其上そのうへ午餐を断つて、旅行するにしても、もう自分の懐中くわいちうを当あてにする訳わけには行いかなかつた。矢張り、兄とか嫂あによめとか、もしくは父ちゝとか、いづれ反対派の誰だれかを痛いためなければ、身動みうごきが取とれない位地にゐた。そこで、即つかず離はなれずに、高木たかぎと佐川の娘むすめの評判をした。高木には十年程前まへに一遍逢あつた限ぎりであつたが、妙なもので、何処どこかに見み覚があつて、此間このあひだ歌舞伎座で眼めに着ついた時ときは、はてなと思つた。これに反して、佐川の娘むすめの方は、つい先達せんだつて、写真を手にした許ばかりであるのに、実物に接せつしても、丸で聯想が浮うかばなかつた。写真は奇体なもので、先づ人間を知つてゐて、その方から、写真の誰彼だれかれを極きめるのは容易であるが、その逆ぎやくの、写真から人間にんげんを定める方は中々なか〱六づかしい。是これを哲学にすると、死しから生せいを出だすのは不可能だが、生せいから死しに移るのは自然の順序であると云ふ真理に帰着する。

「私わたしは左様さう考へた」と代助が云つた。兄あには成程と答へたが別段感心した様子もなかつた。葉巻はまきの短みぢかくなつて、口髭くちひげに火ひが付きさうなのを無暗に啣くわへ易かえて、

「それで、必ずしも今日けふ旅行する必要もないんだらう」と聞きいた。

代助はないと答へざるを得なかつた。

「ぢや、今日けふ餐めしを食くひに来きても好いいんだらう」

代助は又好いいと答へない訳わけに行いかなかつた。

「ぢや、己おれはこれから、一寸ちよつと他所わきへ回まはるから、間違まちがひのない様に来きてくれ」と相変らず多忙に見えた。代助はもう度胸を据ゑたから、何どうでも構はないといふ気で、先方に都合の好いい返事を与へた。すると兄あにが突然、

「一体何どうなんだ。あの女を貰ふ気はないのか。好いいぢやないか貰もらつたつて。さう撰えり好ごのみをする程女房に重きを置くと、何だか元禄げんろく時代の色男の様で可笑しいな。凡てあの時代の人間にんげんは男女に限らず非常に窮屈な恋こひをした様だが、左様さうでもなかつたのかい。――まあ、どうでも好いいから、成る可べく年寄としよりを怒おこらせない様に遣やつてくれ」と云つて帰つた。

代助は座敷へ戻もどつて、しばらく、兄あにの警句を咀嚼してゐた。自分も結婚に対しては、実際兄と同意見であるとしか考へられない。だから、結婚を勧すゝめる方ほうでも、怒おこらないで放つて置くべきものだと、兄とは反対に、自分に都合の好いい結論を得た。

十二の五

兄あにの云ふ所ところによると、佐川の娘は、今度久ひさし振ぶりに叔父おぢに連つれられて、見物旁かた〲上京したので、叔父の商用が済み次第又連つれられて国くにへ帰るのださうである。父ちゝが其機会を利用して、相互の関係に、永遠の利害を結むすび付つけやうと企だてたのか、又は先達せんだつての旅行先さきで、此機会をも自発的に拵こしらえて帰つて来きたのか、どつちにしても代助はあまり研究の余地を認めなかつた。自分はたゞ是等の人ひとと同じ食卓しよくたくで、旨うまさうに午餐ごさんを味あぢはつて見せれば、社交上の義務は其所そこに終るものと考へた。もしそれより以上に、何等の発展が必要になつた場合には、其時に至つて、始めて処置を付つけるより外ほかに道みちはないと思案した。

代助は婆さんを呼よんで着物きものを出ださした。面倒だと思つたが、敬意を表するために、紋付もんつきの夏羽織を着きた。袴は一重のがなかつたから、家うちへ行いつて、父ちゝか兄あにかのを穿はく事に極きめた。代助は神経質な割わりに、子供の時からの習慣で、人中ひとなかへ出でるのを余り苦くにしなかつた。宴会とか、招待とか、送別とかいふ機会があると、大抵は都合して出席した。だから、ある方面に知名な人の顔は大分覚えてゐた。其中なかには伯爵とか子爵とかいふ貴公子も交まじつてゐた。彼は斯こんな人ひとの仲間入なかまいりをして、其仲間なかまなりの交際つきあひに、損も得とくも感じなかつた。言語げんご動作は何処どこへ出でても同じであつた。外部ぐわいぶから見ると、其所そこが大変能く兄あにの誠吾に似てゐた。だから、よく知しらない人は、此兄弟の性質を、全く同一型に属するものと信じてゐた。

代助が青山に着ついた時は、十一時五分前であつたが、御客はまだ来きてゐなかつた。兄あにもまだ帰かへらなかつた。嫂あによめ丈がちやんと支度をして、座敷に坐すはつてゐた。代助の顔かほを見て、

「あなたも、随分乱暴ね。人ひとを出だし抜ぬいて旅行するなんて」と、いきなり遣やり込めた。梅子は場合によると、決して論理ロジツクを有もち得ない女であつた。此場合にも、自分が代助を出だし抜ぬいた事には丸で気が付ついてゐない挨拶の仕方しかたであつた。それが代助には愛嬌に見えた。で、直すぐそこへ坐すはり込んで梅子の服装の品評を始めた。父ちゝは奥にゐると聞きいたが、わざと行いかなかつた。強しひられたとき、

「今に御客さんが来きたら、僕が奥おくへ知らせに行く。其時挨拶をすれば好よからう」と云つて、矢っ張り平常へいぜいの様な無駄口むだくちを叩たゝいてゐた。けれども佐川の娘に関しては、一言も口くちを切きらなかつた。梅子は何なんとかして、話はなしを其所そこへ持つて行かうとした。代助には、それが明あきらかに見えた。だから、猶なほ空そらとぼけて讐かたきを取つた。

其うち待ち設けた御客が来きたので、代助は約束通りすぐ父ちゝの所へ知しらせに行いつた。父ちゝは、案あんのじよう、

「左様さうか」とすぐ立ち上あがつた丈であつた。代助に小言こごとを云ふ暇ひまも何なにも無なかつた。代助は座敷へ引き返かへして来きて、袴を穿はいて、それから応接間へ出た。客と主人とはそこで悉ことごとく顔を合はせた。父ちゝと高木とが第一に話はなしを始めた。梅子は重おもに佐川の令嬢の相手になつた。そこへ兄あにが今朝けさの通りの服装なりで、のつそりと這入つて来きた。

「いや、何どうも遅おそくなりまして」と客の方に挨拶をしたが、席に就いたとき、代助を振り返かへつて、

「大分だいぶ早はやかつたね」と小ちいさな声を掛けた。

食堂には応接室しつの次つぎの間まを使つた。代助は戸との開あいた間あひだから、白しろい卓布の角かどの際立きはだつた色いろを認めて、午餐は洋食だと心づいた。梅子は一寸ちよつと席を立つて、次つぎの入口いりぐちを覗のぞきに行つた。それは父ちゝに、食卓の準備が出来上あがつた旨むねを知らせる為ためであつた。

「では何どうぞ」と父ちゝは立ち上あがつた。高木も会釈して立ち上あがつた。佐川の令嬢も叔父おぢに継ついで立ち上あがつた。代助は其時、女の腰から下したの、比較的に細く長ながい事を発見した。食卓では、父ちゝと高木が、真中まんなかに向き合つた。高木の右に梅子が坐つて、父ちゝの左に令嬢が席を占しめた。女同志が向き合つた如く、誠吾と代助も向き合つた。代助は五味台クルエツト、スタンドを中なかに、少し斜なゝめに反それた位地から令嬢の顔かほを眺める事になつた。代助は其頬ほゝの肉と色が、著いちぢるしく後うしろの窓から射さす光線の影響を受けて、鼻の境さかひに暗過くらすぎる影かげを作つた様に思つた。其代り耳に接した方は、明あきらかに薄紅うすくれなゐであつた。殊に小さい耳が、日ひの光を透とほしてゐるかの如くデリケートに見えた。皮膚ひふとは反対に、令嬢は黒い鳶色の大きな眼めを有したゐた。此二つの対照から華はなやかな特長を生ずる令嬢の顔の形は、寧ろ丸い方であつた。

十二の六

食卓しよくたくは、人数にんずが人数にんずだけに、左程大きくはなかつた。部屋の広ひろさに比例して、寧むしろ小ちさ過すぎる位であつたが、純白じゆんぱくな卓布を、取り集めた花で綴つゞつて、其中そのなかに肉刀ナイフと肉匙フオークの色いろが冴さえて輝かゞやいた。

卓上の談話は重おもに平凡な世間話ばなしであつた。始はじめのうちは、それさへ余あまり興味が乗のらない様に見えた。父ちゝは斯かう云ふ場合には、よく自分の好すきな書画骨董の話はなしを持ち出だすのを常つねとしてゐた。さうして気きが向むけば、いくらでも、蔵くらから出だして来きて、客きやくの前まへに陳ならべたものである。父ちゝの御蔭おかげで、代助は多少斯道このみちに好悪こうおを有もてる様になつてゐた。兄あにも同様の原因から、画家の名前位は心得てゐた。たゞし、此方このほうは掛物かけものの前まへに立つて、はあ仇英きうえいだね、はあ応挙だねと云ふ丈であつた。面白おもしろい顔かほもしないから、面白い様にも見えなかつた。それから真偽しんぎの鑑定の為ために、虫眼鏡むしめがねなどを振ふり舞まはさない所は、誠吾も代助も同じ事であつた。父ちゝの様に、こんな波なみは昔むかしの人ひとは描かかないものだから、法にかなつてゐない抔といふ批評は、双方共に、未だ嘗て如何なる画に対しても加へた事はなかつた。

父ちゝは乾かはいた会話くわいわに色彩しきさいを添そへるため、やがて好すきな方面の問題に触ふれて見た。所が一二言いちにげんで、高木はさう云ふ事ことに丸まるで無頓着な男であるといふ事が分わかつた。父ちゝは老巧の人ひとだから、すぐ退却した。けれども双方に安全な領分に帰ると、双方共に談話の意味を感じなかつた。父ちゝは已やむを得ず、高木に何どんな娯楽があるかを確たしかめた。高木は特別に娯楽を持もたない由よしを答へた。父ちゝは万事休すといふ体裁で、高木を誠吾と代助に托して、しばらく談話の圏外に出でた。誠吾は、何の苦もなく、神戸の宿屋やどややら、楠公神社やら、手当り次第に話題を開拓して行つた。さうして、其中そのうちに自然令嬢の演ずべき役割を拵こしらえた。令嬢はたゞ簡単に、必要な言葉丈を点じては逃げた。代助と高木とは、始め同志社を問題にした。それから亜米利加の大学の状況に移つた。最後にエマーソンやホーソーンの名が出でた。代助は、高木に斯かう云ふ種類の知識があるといふ事を確めたけれども、たゞ確めた丈で、それより以上に深入ふかいりもしなかつた。従つて文学談は単に二三の人名と書名に終つて、少しも発展しなかつた。

梅子は固より初はじめから断たえず口くちを動うごかしてゐた。其努力の重おもなるものは、無論自分の前にゐる令嬢の遠慮と沈黙を打ち崩すにあつた。令嬢は礼義上から云つても、梅子の間断かんだんなき質問に応じない訳に行かなかつた。けれども積極的に自分から梅子の心こゝろを動うごかさうと力つとめた形迹は殆んどなかつた。たゞ物ものを云ふときに、少し首くびを横よこに曲まげる癖くせがあつた。それすらも代助には媚こびを売うるとは解釈出来できなかつた。

令嬢は京都で教育を受けた。音楽は、始はじめは琴ことを習つたが、後にはピヤノに易かえた。ヷイオリンも少し稽古けいこしたが、此方このほうは手の使つかい方かたが六づかしいので、まあ遣やらないと同じである。芝居は滅多に行つた事がなかつた。

「先達せんだつての歌舞伎座は如何いかゞでした」と梅子が聞きいた時、令嬢は何とも答へなかつた。代助には夫それが劇を解かいしないと云ふより、劇を軽蔑してゐる様に取れた。それだのに、梅子はつゞけて、同じ問題に就ついて、甲の役者は何どうだの、乙の役者は何なんだのと評し出だした。代助は又嫂あによめが論理を踏ふみ外はづしたと思つた。仕方がないから、横合よこあひから、

「芝居は御嫌ひでも、小説は御読みになるでせう」と聞きいて芝居の話を已めさした。令嬢は其時始めて、一寸ちよつと代助の方を見た。けれども答は案外に判然はつきりしてゐた。

「いえ小説も」

令嬢の答を待ち受けてゐた、主客はみんな声を出だして笑つた。高木は令嬢の為ために説明の労を取つた。その云ふ所によると、令嬢の教育を受けたミス何なんとか云ふ婦人の影響で、令嬢はある点では殆んど清教徒ピユリタンの様に仕込まれてゐるのださうであつた。だから余程時代後おくれだと、高木は説明のあとから批評さへ付つけ加へた。其時は無論誰だれも笑はなかつた。耶蘇教に対して、あまり好意を有もつてゐない父ちゝは、

「それは結構だ」と賞ほめた。梅子は、さう云ふ教育の価値を全く解かいする事が出来できなかつた。にも拘はらず、

「本当にね」と趣味に適かなはない不得要領の言葉を使つかつた。誠吾は梅子の言葉が、あまり重い印象を先方に与へない様に、すぐ問題を易えた。

「ぢや英語は御上手でせう」

令嬢はいゝえと云つて、心持顔を赤くした。

十二の七

食事しよくじが済すんでから、主客しゆかくは又応接間まに戻もどつて、話はなしを始はじめたが、蝋燭ろうそくを継つぎ足たした様に、新あたらしい方へは急に火が移りさうにも見えなかつた。梅子は立つて、ピヤノの蓋ふたを開あけて、

「何なにか一つ如何いかゞですか」と云ひながら令嬢を顧みた。令嬢は固より席を動かなかつた。

「ぢや、代さん、皮切かはきりに何か御遣やり」と今度は代助に云つた。代助は人ひとに聞かせる程の上手でないのを自覚してゐた。けれども、そんな弁解をすると、問答が理窟臭くさく、しつこくなる許ばかりだから、

「まあ、蓋ふたを開あけて御置おおきなさい。今いまに遣やるから」と答へたなり、何かなしに、無関係の事を話はなしつゞけてゐた。

一時間程して客きやくは帰かへつた。四人よつたりは肩かたを揃へて玄関迄出でた。奥へ這入る時、

「代助はまだ帰かへるんぢやなからうな」と父ちゝが云つた。代助はみんなから一足ひとあし後おくれて、鴨居かもゐの上うへに両手が届とゞく様な伸のびを一つした。それから、人ひとのゐない応接間まと食堂を少しうろ〱して座敷へ来きて見ると、兄あにと嫂あによめが向き合あつて何か話はなしをしてゐた。

「おい、すぐ帰かへつちや不可いけない。御父おとうさんが何か用があるさうだ。奥おくへ御出おいで」と兄あにはわざとらしい真面目まじめな調子で云つた。梅子は薄笑わらひをしてゐる。代助は黙だまつて頭あたまを掻かいた。

代助は一人ひとりで父ちゝの室へやへ行く勇気がなかつた。何とか蚊とか云つて、兄あに夫婦を引張つて行いかうとした。それが旨うまく成功しないので、とう〱其所そこへ坐すはり込んで仕舞つた。所へ小間使こまづかひが来きて、

「あの、若旦那様に一寸ちよつと、奥おく迄入いらつしやる様に」と催促した。

「うん、今いま行いく」と返事をして、それから、兄あに夫婦に斯かういふ理窟を述べた。――自分一人ひとりで父ちゝに逢あふと、父ちゝがあゝ云ふ気象の所へ持つて来きて、自分がこんな図法螺づぼらだから、殊によると大いに老人としよりを怒おこらして仕舞ふかも知れない。さうすると、兄あに夫婦だつて、後あとから面倒くさい調停をしたり何かしなければならない。其方そのほうが却つて迷惑になる訳だから、骨惜ほねおしみをせずに今一寸ちよつと一所に行いつて呉れたら宜よからう。

兄あには議論が嫌な男おとこなので、何なんだ下くだらないと云はぬ許ばかりの顔をしたが、

「ぢや、さあ行かう」と立ち上あがつた。梅子も笑ひながらすぐに立たつた。三人して廊下を渡つて父ちゝの室へやに行いつて、何事なにごとも起おこらなかつたかの如く着坐した。

そこでは、梅子が如才じよさいなく、代助の過去に父ちゝの小言こごとが飛とばない様な手加減てかげんをした。さうして談話の潮流を、成るべく今帰つた来客の品評の方へ持もつて行いつた。梅子は佐川の令嬢を大変大人おとなしさうな可いい子こだと賞ほめた。是には父ちゝも兄あにも代助も同意を表した。けれども、兄あには、もし亜米利加のミスの教育を受けたと云ふのが本当なら、もう少しは西洋流にはき〱しさうなものだと云ふ疑うたがひを立たてた。代助は其疑うたがひにも賛成した。父ちゝと嫂あによめは黙だまつてゐた。そこで代助は、あの大人おとなしさは、羞恥はにかむ性質せいしつの大人おとなしさだから、ミスの教育とは独立に、日本の男女の社交的関係から来たものだらうと説明した。父ちゝはそれも左さうだと云つた。梅子は令嬢の教育地が京都だから、あゝなんぢやないかと推察した。兄あには東京だつて、御前おまへ見みた様なの許ばかりはゐないと云つた。此時父ちゝは厳正げんせいな顔かほをして灰吹はいふきを叩たゝいた。次つぎに、容色きりようだつて十人並なみより可いいぢやありませんかと梅子が云つた。是には父ちゝも兄あにも異議はなかつた。代助も賛成の旨むねを告白した。四人は夫それから高木の品評に移つた。温健の好人物と云ふ事で、其方そのほうはすぐ方付かたづいて仕舞つた。不幸にして誰だれも令嬢の父母を知らなかつた。けれども、物堅ものがたい地味な人ひとだと云ふ丈は、父ちゝが三人さんにんの前で保証した。父ちゝはそれを同県下の多額納税議員の某から確たしかめたのださうである。最後に、佐川家の財産に就ても話はなしが出でた。其その時父は、あゝ云ふのは、普通の実業家より基礎が確しつかりしてゐて安全だと云つた。

令嬢の資格が略ほゞ定さだまつた時、父ちゝは代助に向つて、

「大した異存もないだらう」と尋ねた。其語調と云ひ、意味と云ひ、何どうするかね位の程度ではなかつた。代助は、

「左様さうですな」と矢っ張り煮にえ切きらない答をした。父ちゝはじつと代助を見てゐたが、段々だん〱皺しわの多い額ひたひを曇くもらした。兄あには仕方なしに、

「まあ、もう少し善よく考へて見るが可いい」と云つて、代助の為ために余裕を付つけて呉れた。

十三の一

四日程よつかほどしてから、代助は又父ちゝの命令で、高木の出立しつたつを新橋迄見送つた。其日そのひは眠ねむい所を無理に早く起おこされて、寐足ねたらない頭あたまを風かぜに吹ふかした所為せゐか、停車場に着つく頃ころ、髪かみの毛の中なかに風邪かぜを引ひいた様な気がした。待合所まちあひじよに這入はいるや否や、梅子から顔色かほいろが可よくないと云ふ注意を受けた。代助は何なんにも答へずに、帽子を脱ぬいで、時々とき〲濡ぬれた頭あたまを抑えた。仕舞には朝あさ奇麗きれいに分わけた髪かみがもぢや〱になつた。

プラツトフオームで高木は突然代助に向つて、

「何どうです此汽車で、神戸迄遊びに行きませんか」と勧めた。代助はたゞ難有うと答へた丈であつた。愈いよ〱汽車の出でる間際まぎはに、梅子はわざと、窓際まどぎはに近寄ちかよつて、とくに令嬢の名を呼んで、

「近ちかい内うちに又是非入らつしやい」と云つた。令嬢は窓まどのなかで、叮嚀に会釈したが、窓の外そとへは別段の言葉も聞きこえなかつた。汽車を見送つて、又改札場を出た四人よつたりは、それぎり離れ〲になつた。梅子は代助を誘つて青山へ連れて行かうとしたが、代助は頭あたまを抑えて応じなかつた。

車くるまに乗つてすぐ牛込へ帰かへつて、それなり書斎へ這入つて、仰向あほむけに倒れた。門野かどのは一寸ちよつと其様子を覗のぞきに来きたが、代助の平生を知つてゐるので、言葉も掛けず、椅子に引ひつ掛かけてある羽織丈を抱かゝへて出でて行つた。

代助は寐ねながら、自分の近き未来を何どうなるものだらうと考へた。斯かうして打遣うちやつて置けば、是非共嫁よめを貰もらはなければならなくなる。嫁よめはもう今迄いままでに大分だいぶ断ことわつてゐる。此上断ことわれば、愛想を尽つかされるか、本当に怒おこり出だされるか、何方どつちかになるらしい。もし愛想を尽つかされて、結婚勧誘をこれ限かぎり断念して貰もらへれば、それに越した事はないが、怒おこられるのは甚だ迷惑である。と云つて、進まぬものを貰もらひませうと云ふのは今代人こんだいじんとして馬鹿気てゐる。代助は此このヂレンマの間あひだに彽徊した。

彼は父と違ちがつて、当初からある計画を拵らえて、自然を其計画通りに強ひる古風な人ひとではなかつた。彼は自然を以て人間の拵こしらえた凡ての計画よりも偉大なものと信じてゐたからである。だから父ちゝが、自分の自然に逆さからつて、父ちゝの計画通りを強ひるならば、それは、去られた妻つまが、離縁状を楯たてに夫婦の関係を証拠立だてやうとすると一般であると考へた。けれども、そんな理窟を、父ちゝに向つて述のべる気は、丸でなかつた。父ちゝを理攻りぜめにする事は困難中の困難であつた。其困難を冒した所で、代助に取つては何等の利益もなかつた。其結果は父ちゝの不興を招く丈で、理由を云はずに結婚を拒絶するのと撰む所はなかつた。

彼かれは父ちゝと兄あにと嫂あによめの三人さんにんの中うちで、父ちゝの人格に尤も疑うたがひを置おいた。今度の結婚にしても、結婚其物が必ずしも父ちゝの唯一いつの目的ではあるまいと迄推察した。けれども父ちゝの本意が何処どこにあるかは、固もとより明あきらかに知る機会を与へられてゐなかつた。彼は子として、父ちゝの心意を斯様かやうに揣摩する事を、不徳義とは考へなかつた。従つて自分丈が、多くの親子おやこのうちで、尤も不幸なものであると云ふ様な考は少しも起さなかつた。たゞ是がため、今日こんにち迄の程度より以上に、父ちゝと自分の間あひだが隔へだたつて来きさうなのを不快に感じた。

彼は隔離の極端として、父子ふし絶縁の状態を想像して見た。さうして其所そこに一種の苦痛を認みとめた。けれども、其苦痛は堪え得られない程度のものではなかつた。寧むしろそれから生ずる財源の杜絶とぜつの方が恐ろしかつた。

もし馬鈴薯ポテトーが金剛石ダイヤモンドより大切になつたら、人間にんげんはもう駄目であると、代助は平生から考へてゐた。向後父ちゝの怒いかりに触れて、万一金銭きんせん上の関係が絶えるとすれば、彼かれは厭いやでも金剛石ダイヤモンドを放り出して、馬鈴薯ポテトーに噛かぢり付かなければならない。さうして其償つぐなひには自然の愛が残る丈である。其愛の対象は他人の細君であつた。

彼は寐ながら、何時いつ迄も考へた。けれども、彼の頭あたまは何時いつ迄も何処どこへも到着ちやくする事が出来なかつた。彼は自分の寿命を極きめる権利を持たぬ如く、自分の未来をも極め得なかつた。同時に、自分の寿命に、大抵の見当を付つけ得る如く、自分の未来にも多少の影かげを認めた。さうして、徒らに其影を捕捉しやうと企てた。

十三の二

其時代助の脳の活動は、夕闇ゆふやみを驚ろかす蝙蝠かはほりの様な幻像をちらり〱と産うみ出だすに過すぎなかつた。其羽搏はばたきの光ひかりを追おひ掛かけて寐ねてゐるうちに、頭あたまが床ゆかから浮うき上あがつて、ふわ〱する様に思はれて来きた。さうして、何時いつの間まにか軽かるい眠ねむりに陥おちいつた。

すると突然誰だれか耳みゝの傍はたで半鐘を打つた。代助は火事と云ふ意識さへまだ起おこらない先さきに眼めを醒さました。けれども跳はね起おきもせずに寐ねてゐた。彼かれの夢ゆめに斯こんな音おとの出でるのは殆んど普通であつた。ある時ときはそれが正気に返つた後あと迄も響ひゞいてゐた。五六日前まへ彼かれは、彼かれの家いへの大いに揺ゆれる自覚と共に眠ねむりを破やぶつた。其時とき彼かれは明あきらかに、彼かれの下したに動うごく畳たゝみの様さまを、肩かたと腰こしと脊せの一部に感かんじた。彼は又夢ゆめに得た心臓の鼓動を、覚さめた後あと迄持もち伝つたへる事が屡あつた。そんな場合には聖徒セイントの如く、胸むねに手を当あてゝ、眼めを開あけた儘まゝ、じつと天井を見詰めてゐた。

代助は此時も半鐘の音おとが、じいんと耳みゝの底そこで鳴り尽つくして仕舞ふ迄横よこになつて待まつてゐた。それから起おきた。茶ちやの間まへ来きて見ると、自分の膳ぜんの上うへに簀垂すだれが掛かけて、火鉢の傍そばに据ゑてあつた。柱時計はもう十二時回まはつてゐた。婆ばあさんは、飯めしを済すました後あとと見みえて、下女部屋で御櫃はちの上うへに肱ひぢを突ついて居眠ゐねむりをしてゐた。門野かどのは何処どこへ行いつたか影かげさへ見えなかつた。

代助は風呂場へ行つて、頭あたまを濡ぬらしたあと、独ひとり茶ちやの間まの膳ぜんに就いた。そこで、淋さみしい食事を済すまして、再ふたゝび書斎に戻つたが、久し振ぶりに今日けふは少し書見をしやうと云ふ心組こゝろぐみであつた。

かねて読よみ掛かけてある洋書を、栞しをりの挟はさんである所で開あけて見ると、前後の関係を丸で忘れてゐた。代助の記憶に取とつて斯かう云ふ現象は寧ろ珍めづらしかつた。彼かれは学校生活の時代から一種の読書家であつた。卒業の後のちも、衣食の煩わづらひなしに、講読の利益を適意に収め得る身分みぶんを誇ほこりにしてゐた。一頁ページも眼めを通とほさないで、日ひを送ることがあると、習慣上何なにとなく荒癈の感を催ふした。だから大抵な事故があつても、成るべく都合して、活字に親したしんだ。ある時は読書そのものが、唯一なる自己の本領の様な気がした。

代助は今茫然として、烟草たばこを燻くゆらしながら、読よみ掛けた頁ページを二三枚あとへ繰くつて見た。そこに何どんな議論があつて、それが何どう続つゞくのか、頭あたまを拵こしらえる為ために一寸ちよつと骨を折つた。其努力は艀はしけから桟橋へ移る程楽らくではなかつた。食くひ違ちがつた断面の甲に迷付まごついてゐるものが、急に乙に移るべく余儀なくされた様であつた。代助はそれでも辛抱して、約二時間程眼めを頁ページの上うへに曝さらしてゐた。が仕舞にとう〱堪え切れなくなつた。彼かれの読よんでゐるものは、活字の集合あつまりとして、ある意味を以て、彼かれの頭あたまに映えいずるには違ちがひないが、彼かれの肉や血ちに廻まはる気色は一向見えなかつた。彼かれは氷嚢を隔てゝ、氷こほりに食くひ付ついた時の様に物足らなく思つた。

彼は書物を伏ふせた。さうして、こんな時に書物を読よむのは無理だと考へた。同時にもう安息する事も出来なくなつたと考へた。彼かれの苦痛は何時いつものアンニユイではなかつた。何なにも為するのが慵ものういと云ふのとは違ちがつて、何なにか為しなくてはゐられない頭あたまの状態であつた。

彼は立ち上あがつて、茶ちやの間まへ来きて、畳んである羽織を又引掛ひつかけた。さうして玄関に脱ぬぎ棄てた下駄を穿はいて馳かけ出だす様に門を出でた。時は四時頃であつた。神楽坂かぐらざかを下おりて、当あてもなく、眼めに付ついた第一の電車に乗のつた。車掌に行先ゆくさきを問はれたとき、口くちから出任でまかせの返事をした。紙入かみいれを開あけたら、三千代に遣やつた旅行費の余りが、三折みつをりの深底ふかぞこの方にまだ這入つてゐた。代助は乗車券を買つた後あとで、札の数を調べて見た。

彼かれは其晩を赤坂のある待合で暮くらした。其所そこで面白い話はなしを聞きいた。ある若わかくて美くしい女が、去る男と関係して、其種そのたねを宿やどした所が、愈子を生うむ段になつて、涙なみだを零こぼして悲かなしがつた。後あとから其訳を聞いたら、こんな年としで子供を生うませられるのは情なさけないからだと答へた。此女は愛を専もつぱらにする時機が余り短か過すぎて、親子おやこの関係が容赦もなく、若い頭あたまの上うへを襲つて来きたのに、一種の無定を感じたのであつた。それは無論堅気かたぎの女ではなかつた。代助は肉の美びと、霊れいの愛にのみ己おのれを捧げて、其他を顧みぬ女の心理状体として、此話を甚だ興味あるものと思つた。

十三の三

翌日よくじつになつて、代助はとう〱又三千代に逢あひに行つた。其時彼かれは腹はらの中なかで、先達せんだつて置おいて来きた金かねの事を、三千代が平岡に話したらうか、話はなさなかつたらうか、もし話はなしたとすれば何どんな結果を夫婦の上うへに生じたらうか、それが気掛きがゝりだからと云ふ口実を拵こしらえた。彼は此気掛きがゝりが、自分を駆かつて、凝じつと落ち付つかれない様に、東西に引張回ひつぱりまはした揚句、遂ついに三千代の方に吹ふき付つけるのだと解釈した。

代助は家いへを出でる前まへに、昨夕ゆふべ着きた肌着はだぎも単衣ひとへも悉く改あらためて気きを新あらたにした。外そとは寒暖計の度盛どもりの日を逐おふて騰あがる頃ころであつた。歩あるいてゐると、湿しめつぽい梅雨つゆが却つて待ち遠とほしい程熾さかんに日ひが照てつた。代助は昨夕ゆふべの反動で、此陽気な空気の中なかに落おちる自分の黒くろい影かげが苦くになつた。広ひろい鍔つばの夏帽なつぼうを被かぶりながら、早く雨季うきに入れば好いいと云ふ心持があつた。其雨季うきはもう二三日にちの眼前がんぜんに逼せまつてゐた。彼かれの頭あたまはそれを予報するかの様に、どんよりと重おもかつた。

平岡の家うちの前まへへ来きた時は、曇くもつた頭あたまを厚あつく掩ふ髪かみの根元ねもとが息切いきれてゐた。代助は家いへに入る前まへに先まづ帽子を脱ぬいだ。格子には締しまりがしてあつた。物音ものおとを目的めあてに裏うらへ回まはると、三千代は下女と張物はりものをしてゐた。物置ものおきの横よこへ立たて掛かけた張板はりいたの中途ちうとから、細ほそい首くびを前へ出だして、曲こゞみながら、苦茶くちや々々になつたものを丹念に引き伸のばしつゝあつた手を留とめて、代助を見みた。一寸ちよつとは何なんとも云はなかつた。代助も、しばらくは唯たゞ立たつてゐた。漸くにして、

「又来きました」と云つた時とき、三千代は濡ぬれた手を振ふつて、馳け込む様に勝手から上あがつた。同時に表おもてへ回まはれと眼めで合図をした。三千代は自分で沓脱くつぬぎへ下おりて、格子の締しまりを外はづしながら、

「無ぶ用心じんだから」と云つた。今迄いままで日の透とほる澄すんだ空気の下したで、手てを動うごかしてゐた所為せゐで、頬ほゝの所ところが熱ほてつて見えた。それが額際ひたひぎはへ来きて何時いつもの様に蒼白あをしろく変かはつてゐる辺あたりに、汗あせが少し煮染にじみ出だした。代助は格子の外そとから、三千代の極きわめて薄手うすでな皮膚を眺めて、戸の開あくのを静かに待まつた。三千代は、

「御待遠さま」と云つて、代助を誘いざなふ様に、一足ひとあし横よこへ退のいた。代助は三千代とすれ〱になつて内うちへ這入はいつた。座敷ざしきへ来きて見ると、平岡の机の前まへに、紫むらさきの座蒲団がちやんと据すゑてあつた。代助はそれを見た時一寸ちよつと厭いやな心持がした。土つちの和なれない庭にはの色いろが黄色きいろに光ひかる所に、長ながい草が見苦しく生はえた。

代助は又忙いそがしい所を、邪魔に来きて済まないといふ様な尋常な云訳いひわけを述べながら、此無趣味な庭にはを眺めた。其時三千代をこんな家うちへ入れて置おくのは実際気の毒だといふ気が起おこつた。三千代は水みづいぢりで爪先つまさきの少すこしふやけた手てを膝ひざの上うへに重かさねて、あまり退屈たいくつだから張物はりものをしてゐた所だと云つた。三千代の退屈といふ意味は、夫おつとが始終外そとへ出でてゐて、単調な留守居の時間を無聊に苦しむと云ふ事であつた。代助はわざと、

「結構な身分みぶんですね」と冷ひやかした。三千代は自分の荒涼な胸むねの中うちを代助に訴へる様子もなかつた。黙だまつて、次つぎの間まへ立たつて行いつた。用簟笥の環くわんを響ひゞかして、赤あかい天鵞絨で張はつた小ちさい箱はこを持もつて出でて来きた。代助の前まへへ坐すはつて、それを開あけた。中なかには昔し代助の遣やつた指環がちやんと這入はいつてゐた。三千代は、たゞ

「可いでせう、ね」と代助に謝罪する様に云つて、すぐ又立つて次つぎの間まへ行いつた。さうして、世よの中なかを憚はゞかる様に、記念の指環をそこ〱に用簟笥に仕舞つて元もとの坐に戻つた。代助は指環に就ては何事も語かたらなかつた。庭にはの方を見て、

「そんなに閑ひまなら、庭にはの草くさでも取とつたら、何どうです」と云つた。すると今度は三千代の方が黙だまつて仕舞つた。それが、少時しばらく続つゞいた後あとで代助は又改あらためて聞いた。

「此間このあひだの事を平岡君に話はなしたんですか」

三千代は低ひくい声こえで、

「いゝえ」と答へた。

「ぢや、未まだ知らないんですか」と聞き返した。

其時三千代の説明には、話さうと思つたけれども、此頃平岡はついぞ落ち付ついて宅うちにゐた事がないので、つい話はなしそびれて未まだ知らせずにゐると云ふ事であつた。代助は固より三千代の説明を嘘うそとは思はなかつた。けれども、五分ごふんの閑ひまさへあれば夫おつとに話はなされる事を、今日けふ迄それなりに為してあるのは、三千代の腹はらの中なかに、何だか話はなし悪にくい或ある蟠わだかまりがあるからだと思はずにはゐられなかつた。自分は三千代を、平岡に対して、それだけ罪のある人ひとにして仕舞つたと代助は考へた。けれども夫それは左程に代助の良心を螫さすには至らなかつた。法律の制裁はいざ知らず、自然の制裁として、平岡も此結果に対して明かに責せめを分わかたなければならないと思つたからである。

十三の四

代助は三千代に平岡の近来の模様を尋ねて見た。三千代は例によつて多くを語る事を好このまなかつた。然し平岡の妻に対する仕打しうちが結婚当時と変つてゐるのは明あきらかであつた。代助は夫婦が東京へ帰つた当時既すでにそれを見抜いた。夫それから以後改あらたまつて両人ふたりの腹はらの中なかを聞いた事ことはないが、それが日毎に好よくない方に、速度を加へて進行しつゝあるのは殆んど争ふべからざる事実と見えた。夫婦の間あひだに、代助と云ふ第三者が点ぜられたがために、此疎隔そかくが起つたとすれば、代助は此方面に向つて、もつと注意深く働らいたかも知れなかつた。けれども代助は自己の悟性に訴へて、さうは信ずる事が出来なかつた。彼は此結果の一部分を三千代の病気に帰した。さうして、肉体上の関係が、夫おつとの精神に反響を与へたものと断定した。又其一部分を子供の死亡に帰した。それから、他の一部分を平岡の遊蕩に帰した。又他の一部分を会社員としての平岡の失敗に帰した。最後に、残りの一部分を、平岡の放埒から生じた経済事状に帰した。凡てを概括した上うへで、平岡は貰もらふべからざる人ひとを貰もらひ、三千代は嫁とつぐ可べからざる人ひとに嫁とついだのだと解決した。代助は心の中うちで痛いたく自分が平岡の依頼に応じて、三千代を彼の為ために周旋した事を後悔した。けれども自分が三千代の心を動うごかすが為ために、平岡が妻さいから離れたとは、何どうしても思ひ得なかつた。

同時に代助の三千代に対する愛情は、此夫婦の現在の関係を、必須条件として募りつゝある事もまた一方では否いなみ切れなかつた。三千代が平岡に嫁とつぐ前まへ、代助と三千代の間柄あひだがらは、どの位の程度迄進んでゐたかは、しばらく措おくとしても、彼かれは現在の三千代には決して無頓着でゐる訳には行かなかつた。彼は病気に冒された三千代をたゞの昔むかしの三千代よりは気の毒に思つた。彼は小供を亡なくなした三千代をたゞの昔むかしの三千代よりは気の毒に思つた。彼は夫おつとの愛を失ひつゝある三千代をたゞの昔むかしの三千代よりは気の毒に思つた。彼かれは生活難に苦しみつゝある三千代をたゞの昔むかしの三千代よりは気の毒に思つた。但し、代助は此夫婦の間あひだを、正面から永久に引き放はなさうと試みる程大胆ではなかつた。彼の愛はさう逆上してはゐなかつた。

三千代の眼まのあたり、苦しんでゐるのは経済問題であつた。平岡が自力で給し得る丈の生活費を勝手の方へ回まはさない事は、三千代の口吻で慥たしかであつた。代助は此点丈でもまづ何どうかしなければなるまいと考へた。それで、

「一ひとつ私わたしが平岡君に逢あつて、能く話して見やう」と云つた。三千代は淋しい顔かほをして代助を見た。旨うまく行けば結構だが、遣やり損そくなへば益三千代の迷惑になる許ばかりだとは代助も承知してゐたので、強ひて左様さうしやうとも主張しかねた。三千代は又立つて次つぎの間まから一封いつぷうの書状を持もつて来きた。書状は薄青うすあをい状袋へ這入つてゐた。北海道にゐる父ちゝから三千代へ宛あてたものであつた。三千代は状袋の中なかから長い手紙を出だして、代助に見せた。

手紙には向むかふの思はしくない事や、物価の高くて活計くらしにくい事や、親類も縁者もなくて心細い事や、東京の方へ出でたいが都合はつくまいかと云ふ事や、――凡て憐れな事ばかり書かいてあつた。代助は叮嚀に手紙を巻まき返して、三千代に渡わたした。其時三千代は眼めの中なかに涙なみだを溜ためてゐた。

三千代の父はかつて多少の財産と称となへらるべき田畠の所有者であつた。日露戦争の当時、人の勧すゝめに応じて、株に手を出して全く遣やり損そくなつてから、潔よく祖先の地を売り払つて、北海道へ渡つたのである。其後そのごの消息は、代助も今いま此手紙を見せられる迄一向知らなかつた。親類はあれども無なきが如しだとは三千代の兄あにが生きてゐる時分よく代助に語つた言葉であつた。果はたして三千代は、父ちゝと平岡ばかりを便たよりに生きてゐた。

「貴方あなたは羨うらやましいのね」と瞬またゝきながら云つた。代助はそれを否定する勇気に乏しかつた。しばらくしてから又、

「何なんだつて、まだ奥おくさんを御貰おもらひなさらないの」と聞いた。代助は此問とひにも答へる事が出来きなかつた。

十三の五

しばらく黙然もくねんとして三千代の顔を見てゐるうちに、女の頬ほゝから血ちの色いろが次第に退しりぞいて行いつて、普通よりは眼めに付く程蒼白あをしろくなつた。其時そのとき代助は三千代と差向さしむかひで、より長く坐すはつてゐる事の危険に、始めて気が付ついた。自然の情合あひから流ながれる相互の言葉が、無意識のうちに彼等を駆つて、準じゆん縄の埒らつを踏ふみ超えさせるのは、今いま二三分ぷんの裡うちにあつた。代助は固より夫それより先さきへ進すゝんでも、猶素知そしらぬ顔かほで引返ひきかへし得うる、会話の方を心得こゝろえてゐた。彼は西洋の小説を読むたびに、そのうちに出でて来くる男女の情話が、あまりに露骨ろこつで、あまりに放肆で、且つあまりに直線的に濃厚なのを平生から怪あやしんでゐた。原語で読めば兎に角、日本には訳し得ぬ趣味のものと考へてゐた。従つて彼は自分と三千代との関係を発展させる為ために、舶来の台詞せりふを用ひる意志は毫もなかつた。少すくなくとも二人ふたりの間あひだでは、尋常の言葉で充分用が足りたのである。が、其所そこに、甲の位地から、知らぬ間まに乙の位置に滑すべり込む危険が潜ひそんでゐた。代助は辛からうじて、今一歩いまいつぽと云ふ際きはどい所で、踏み留とゞまつた。帰る時、三千代みちよは玄関迄送つて来きて、

「淋さむしくつて不可いけないから、又来きて頂戴」と云つた。下女はまだ裏うらで張物はりものをしてゐた。

表おもてへ出でた代助は、ふら〱と一丁程歩あるいた。好いい所ところで切きり上あげたといふ意識があるべき筈であるのに、彼かれの心こゝろにはさう云ふ満足が些ちつとも無なかつた。と云つて、もつと三千代と対座してゐて、自然の命めいずるが儘まゝに、話し尽して帰れば可よかつたといふ後悔くわいもなかつた。彼かれは、彼所あすこで切り上あげても、五分十分の後切り上げても、必竟は同じ事であつたと思ひ出した。自分と三千代との現在の関係は、此前このまへ逢つた時、既に発展してゐたのだと思ひ出した。否、其前逢つた時既に、と思ひ出だした。代助は二人ふたりの過去を順次に溯さかのぼつて見て、いづれの断面だんめんにも、二人ふたりの間に燃もえる愛の炎ほのほを見出さない事はなかつた。必竟は、三千代が平岡に嫁とつぐ前、既すでに自分に嫁とついでゐたのも同じ事だと考へ詰めた時、彼は堪えがたき重おもいものを、胸むねの中なかに投なげ込こまれた。彼かれは其その重量の為ために、足あしがふらついた。家いへに帰つた時、門野かどのが、

「大変顔かほの色いろが悪わるい様ですね、何どうかなさいましたか」と聞いた。代助は風呂場へ行いつて、蒼あをい額ひたひから奇麗に汗あせを拭ふき取つた。さうして、長く延のび過すぎた髪を冷水に浸ひたした。

それから二日ふつか程代助は全く外出しなかつた。三日目の午後、電車に乗のつて、平岡を新聞社に尋ねた。彼は平岡に逢つて、三千代の為ために充分話はなしをする決心であつた。給仕に名刺を渡わたして、埃ほこりだらけの受付うけつけに待まつてゐる間あひだ、彼かれはしばしば袂たもとから手帛ハンケチを出だして、鼻を掩ふた。やがて、二階の応接間まへ案内された。其所そこは風通とほしの悪わるい、蒸むし暑あつい、陰気な狭せまい部屋であつた。代助は此所こゝで烟草たばこを一本吹ふかした。編輯室と書かいた戸口とぐちが始終開あいて、人ひとが出でたり這入はいつたりした。代助の逢あひに来きた平岡も其戸口とぐちから現あらはれた。先達て見みた夏服なつふくを着きて、相変らず奇麗な襟カラとカフスを掛かけてゐた。忙いそがしさうに、

「やあ、暫しばらく」と云つて代助の前まへに立たつた。代助も相手に唆そゝのかされた様に立ち上あがつた。二人ふたりは立たちながら一寸ちよつと話はなしをした。丁度編輯のいそがしい時ときで緩ゆつくり何どうする事も出来なかつた。代助は改めて平岡の都合を聞いた。平岡はポツケツトから時計を出だして見て、

「失敬だが、もう一時間程して来きてくれないか」と云つた。代助は帽子を取つて、又暗くらい埃ほこりだらけの階段を下おりた。表へ出でると、夫それでも涼すゞしい風が吹いた。

代助はあてもなく、其所そこいらを逍遥ぶらついた。さうして、愈平岡と逢つたら、どんな風に話はなしを切きり出ださうかと工夫した。代助の意は、三千代に刻下の安慰を、少しでも与へたい為ために外ほかならなかつた。けれども、夫それが為ために、却つて平岡の感情を害がいする事があるかも知れないと思つた。代助は其悪結果の極端として、平岡と自分の間に起り得る破裂をさへ予想した。然し、其時は何どんな具合にして、三千代を救はうかと云ふ成案あんはなかつた。代助は三千代と相対あひたいづくで、自分等じぶんら二人ふたりの間あひだをあれ以上に何どうかする勇気を有もたなかつたと同時に、三千代のために、何なにかしなくては居られなくなつたのである。だから、今日けふの会見は、理知の作用から出でた安全の策と云ふよりも、寧ろ情の旋風つむじに捲まき込こまれた冒険の働はたらきであつた。其所そこに平生の代助と異なる点があらはれてゐた。けれども、代助自身は夫それに気が付いてゐなかつた。一時間の後のち彼かれは又編輯室の入口いりぐちに立つた。さうして、平岡と一所に新聞社の門を出た。

十三の六

裏通りを三四丁来きた所で、平岡が先さきへ立つて或家あるいへに這入はいつた。座敷ざしきの軒のきに釣忍つりしのぶが懸かゝつて、狭せまい庭にはが水で一面に濡ぬれてゐた。平岡は上衣うはぎを脱ぬいで、すぐ胡坐あぐらをかいた。代助は左程暑あついとも思はなかつた。団扇は手にした丈で済すんだ。

会話は新聞社内の有様ありさまから始まつた。平岡は忙いそがしい様で却つて楽らくな商買で好いいと云つた。其語気には別に負惜まけおしみの様子も見えなかつた。代助は、それは無責任だからだらうと調戯からかつた。平岡は真面目になつて、弁解をした。さうして、今日こんにちの新聞事業程競争の烈しくて、機敏な頭あたまを要するものはないと云ふ理由わけを説明した。

「成程たゞ筆ふでが達者な丈ぢや仕様があるまいよ」と代助は別に感服した様子を見せなかつた。すると、平岡は斯かう云つた。

「僕は経済方面の係りだが、単にそれ丈でも中々なか〱面白い事実が挙あがつてゐる。ちと、君の家うちの会社の内幕うちまくでも書かいて御覧に入れやうか」

代助は自分の平生の観察から、斯こんな事を云はれて、驚ろく程ぼんやりしては居ゐなかつた。

「書かくのも面白おもしろいだらう。其代り公平に願ひたいな」と云つた。

「無論嘘うそは書かかない積つもりだ」

「いえ、僕ぼくの兄あにの会社ばかりでなく、一列一体いちれついつたいに筆誅して貰ひたいと云ふ意味だ」

平岡は此時邪気のある笑わらひ方かたをした。さうして、

「日糖事件丈ぢや物足ものたりないからね」と奥歯に物の挟はさまつた様に云つた。代助は黙だまつて酒を飲んだ。話はなしは此調子で段々はずみを失うしなふ様に見えた。すると平岡は、実業界の内状に関聯するとでも思つたものか、何かの拍子に、ふと、日清戦争の当時、大倉組に起おこつた逸話を代助に吹聴した。その時、大倉組は広島で、軍隊用の食料品として、何百頭かの牛を陸軍に納める筈になつてゐた。それを毎日まいにち何なん頭かづつ、納めて置いては、夜よるになると、そつと行つて偸ぬすみ出だして来きた。さうして、知らぬ顔をして、翌日あくるひ同じ牛うしを又納めた。役人は毎日々々同じ牛を何遍も買かつてゐた。が仕舞に気が付いて、一遍受取つた牛には焼印を押した。所がそれを知らずに、又偸ぬすみ出だした。のみならず、それを平気に翌日あくるひ連れて行いつたので、とう〱露見ろけんして仕舞つたのださうである。

代助は此話このはなしを聞いた時、その実社会に触れてゐる点に於て、現代的滑稽の標本だと思つた。平岡はそれから、幸徳秋水と云ふ社会主義の人ひとを、政府がどんなに恐れてゐるかと云ふ事を話した。幸徳秋水の家いへの前まへと後うしろに巡査が二三人宛づゝ昼夜張番はりばんをしてゐる。一時は天幕てんとを張つて、其中なかから覗ねらつてゐた。秋水が外出すると、巡査が後あとを付ける。万一見失ひでもしやうものなら非常な事件になる。今本郷に現はれた、今神田へ来きたと、夫それから夫それへと電話が掛かゝつて東京市中大騒ぎである。新宿しんじゆく警察署では秋水一人ひとりの為ために月々つき〲百円使つかつてゐる。同じ仲間なかまの飴屋あめやが、大道で飴細工あめざいくを拵こしらえてゐると、白服しろふくの巡査が、飴あめの前まへへ鼻はなを出だして、邪魔になつて仕方しかたがない。

是も代助の耳みゝには、真面目まじめな響ひゞきを与へなかつた。

「矢っ張り現代的滑稽の標本ぢやないか」と平岡は先刻さつきの批評を繰くり返かへしながら、代助を挑いどんだ。代助はさうさと笑つたが、此方面にはあまり興味がないのみならず、今日けふは平生いつもの様に普通の世間話ばなしをする気でないので、社会主義の事はそれなりにして置いた。先刻さつき平岡の呼ばうと云ふ芸者を無理に已めさしたのも是が為ためであつた。

「実じつは君きみに話はなしたい事があるんだが」と代助は遂ついに云ひ出だした。すると、平岡は急に様子を変へて、落ち付つかない眼めを代助の上うへに注そゝいだが、卒然そつぜんとして、

「そりや、僕も疾とうから、何どうかする積つもりなんだけれども、今いまの所ぢや仕方しかたがない。もう少すこし待つて呉れ玉へ。其代り君の兄にいさんや御父おとつさんの事も、斯かうして書かかずにゐるんだから」と代助には意表な返事をした。代助は馬鹿馬鹿しいと云ふより、寧ろ一種の憎悪ぞうおを感じた。

「君きみも大分だいぶ変かはつたね」と冷ひやゝかに云つた。

「君きみの変かはつた如ごとく変かはつちまつた。斯かう摺すれちや仕方しかたがない。だから、もう少すこし待つて呉くれ給たまへ」と答へて、平岡はわざとらしい笑わらひ方かたをした。

十三の七

代助は平岡の言語げんごの如何いかんに拘かゝはらず、自分の云ふ事丈は云はうと極きめた。なまじい、借金の催促に来きたんぢやない抔と弁明べんめいすると、又平岡が其裏うらを行ゆくのが癪しやくだから、向ふの疳違かんちがひは、疳違かんちがひで構かまはないとして置おいて、此方こつちは此方こつちの歩ほを進める態度たいどに出でた。けれども第一に困こまつたのは、平岡の勝手元もとの都合を、三千代の訴うつたへによつて知しつたと切きり出だしては、三千代に迷惑めいわくが掛かゝるかも知れない。と云つて、問題が其所そこに触ふれなければ、忠告も助言も全く無益である。代助は仕方しかたなしに迂回うくわいした。

「君きみは近来斯かう云ふ所へ大分だいぶ頻繁ひんぱんに出ではいりをすると見みえて、家うちのものとは、みんな御馴染なじみだね」

「君きみの様に金回かねまはりが好よくないから、さう豪遊も出来ないが、交際つきあひだから仕方がないよ」と云つて、平岡は器用な手付てつきをして猪口ちよくを口くちへ着つけた。

「余計な事だが、それで家うちの方ほうの経済は、収支償つぐなふのかい」と代助は思ひ切つて猛進した。

「うん。まあ、好いい加減かげんにやつてるさ」

斯う云つた平岡は、急に調子を落おとして、極きわめて気のない返事をした。代助は夫限それぎり食くひ込こめなくなつた。已やむを得ず、

「不断ふだんは今頃いまごろもう家うちへ帰かへつてゐるんだらう。此間このあひだ僕が訪たづねた時は大分だいぶ遅おそかつた様だが」と聞いた。すると、平岡は矢張やはり問題を回避くわいひする様な語気で、

「まあ帰つたり、帰かへらなかつたりだ。職業が斯かう云ふ不規則な性質だから、仕方がないさ」と、半ば自分を弁護するためらしく、曖昧に云つた。

「三千代さんは淋さむしいだらう」

「なに大丈夫だ。彼奴あいつも大分だいぶ変かはつたからね」と云つて、平岡は代助を見た。代助は其眸ひとみの内うちに危あやしい恐れを感じた。ことによると、此夫婦の関係は元もとに戻もどせないなと思つた。もし此夫婦が自然の斧おので割さき限きりに割さかれるとすると、自分の運命は取とり帰かへしの付つかない未来を眼めの前まへに控えてゐる。夫婦が離れゝば離れる程、自分じぶんと三千代はそれ丈接近しなければならないからである。代助は即座そくざの衝動しやうどうの如ごとくに云つた。――

「そんな事が、あらう筈はづがない。いくら、変かはつたつて、そりや唯たゞ年としを取とつた丈の変化だ。成るべく帰かへつて三千代さんに安慰を与へて遣やれ」

「君はさう思ふか」と云ひさま平岡はぐいと飲んだ。代助は、たゞ、

「思ふかつて、誰だれだつて左様さう思はざるを得んぢやないか」と半ば口くちから出任でまかせに答へた。

「君は三千代を三年前まへの三千代と思つてるか。大分だいぶ変つたよ。あゝ、大分だいぶ変かはつたよ」と平岡は又ぐいと飲のんだ。代助は覚おぼえず胸むねの動悸きを感じた。

「同おんなじだ、僕ぼくの見る所では全く同おんなじだ。少すこしも変かはつてゐやしない」

「だつて、僕は家うちへ帰つても面白おもしろくないから仕方がないぢやないか」

「そんな筈はづはない」

平岡は眼めを丸くして又代助を見た。代助は少し呼吸が逼せまつた。けれども、罪あるものが雷火らいくわに打たれた様な気は全たくなかつた。彼は平生にも似ず論理に合はない事をたゞ衝動的に云つた。然しそれは眼めの前にゐる平岡のためだと固く信じて疑うたがはなかつた。彼は平岡夫婦を三年前の夫婦にして、それを便たよりに、自分を三千代から永く振り放はなさうとする最後の試こゝろみを、半ば無意識的に遣やつた丈であつた。自分と三千代の関係を、平岡から隠かくす為ための、糊塗策ことさくとは毫も考へてゐなかつた。代助は平岡に対して、左程に不信な言動げんどうを敢てするには、余あまりに高尚であると、優に自己を評価してゐた。しばらくしてから、代助は又平生の調子に帰かへつた。

「だつて、君がさう外そとへ許ばかり出でてゐれば、自然金かねも要いる。従つて家うちの経済も旨うまく行かなくなる。段々家庭が面白くなくなる丈ぢやないか」

平岡は、白襯衣しろしやつの袖そでを腕うでの中途ちうと迄捲まくり上あげて、

「家庭か。家庭もあまり下くださつたものぢやない。家庭を重おもく見るのは、君きみの様な独身者ものに限かぎる様だね」と云つた。

十三の八

此言葉ことばを聞きいたとき、代助は平岡が悪にくくなつた。あからさまに自分の腹はらの中なかを云ふと、そんなに家庭が嫌きらひなら、嫌きらひでよし、其代り細君を奪とつちまふぞと判然はつきり知らせたかつた。けれども二人ふたりの問答は、其所そこ迄行ゆくには、まだ中中なかなか間あひだがあつた。代助はもう一遍外ほかの方面から平岡の内部に触れて見た。

「君きみが東京へ着きたてに、僕は君から説教されたね。何なにか遣やれつて」

「うん。さうして君の消極な哲学を聞きかされて驚ろいた」

代助は実際平岡が驚ろいたらうと思つた。その時の平岡は、熱病に罹かゝつた人間にんげんの如く行為アクシヨンに渇かはいてゐた。彼は行為アクシヨンの結果として、富を冀つてゐたか、もしくは名誉、もしくは権勢を冀つてゐたか。夫それでなければ、活動としての行為アクシヨン其物を求めてゐたか。それは代助にも分わからなかつた。

「僕の様に精神的に敗残した人間は、已を得ず、あゝ云ふ消極な意見も出すが。――元来意見があつて、人ひとがそれに則のつとるのぢやない。人ひとがあつて、其人そのひとに適てきした様な意見が出でて来くるのだから、僕ぼくの説は僕ぼく丈に通用する丈だ。決して君の身の上を、あの説で、何どうしやうの斯かうしやうのと云ふ訳ぢやない。僕はあの時の君の意気に敬服してゐる。君きみはあの時自分で云つた如く、全く活動の人だ。是非共活動して貰もらひたい」

「無論大いに遣やる積つもりだ」

平岡の答こたへはたゞ此一句限ぎりであつた。代助は腹はらの中なかで首くびを傾かたむけた。

「新聞で遣やる積つもりかね」

平岡は一寸ちよつと蹰躇ちうちよした。が、やがて、判然はつきり云ひ放はなつた。――

「新聞にゐるうちは、新聞で遣やる積つもりだ」

「大いに要領を得てゐる。僕だつて君の一生涯の事を聞いてゐるんぢやないから、返事はそれで沢山だ。然し新聞で君に面白い活動が出来るかね」

「出来できる積つもりだ」と平岡は簡明な挨拶をした。

話はなしは此所こゝ迄来ても、たゞ抽象的に進んだ丈であつた。代助は言葉の上うへでこそ、要領を得たが、平岡の本体を見届ける事は些ちつとも出来できなかつた。代助は何となく責任のある政府委員か弁護士を相手にしてゐる様な気がした。代助は此時思ひ切つた政略的な御世辞を云つた。それには軍神広瀬中佐の例が出て来た。広瀬中佐は日露戦争のときに、閉塞隊に加はつて斃れたため、当時の人ひとから偶像アイドル視されて、とう〱軍神と迄崇められた。けれども、四五年後の今日こんにちに至つて見ると、もう軍神広瀬中佐の名を口くちにするものも殆んどなくなつて仕舞つた。英雄ヒーローの流行はやり廃すたりはこれ程急劇なものである。と云ふのは、多くの場合に於て、英雄ヒーローとは其時代に極めて大切な人ひとといふ事で、名前丈は偉えらさうだけれども、本来は甚だ実際的なものである。だから其大切な時機を通り越すと、世間は其資格を段々奪ひにかゝる。露西亜と戦争の最中こそ、閉塞隊は大事だらうが、平和克こく復の暁あかつきには、百の広瀬中佐も全くの凡人に過ぎない。世間は隣人りんじんに対して現金げんきんである如く、英雄ヒーローに対しても現金である。だから、斯かう云ふ偶像にも亦常に新陳代謝や生存競争が行はれてゐる。さう云ふ訳で、代助は英雄ヒーローなぞに担かつがれたい了見は更にない。が、もし茲に野心があり覇気のある快男子があるとすれば、一時的の剣けんの力よりも、永久的の筆の力で、英雄ヒーローになつた方が長持ながもちがする。新聞は其方面の代表的事業である。

代助は此所こゝ迄述のべて見たが、元来が御世辞の上うへに、云ふ事があまり書生らしいので、自分の内心には多少滑稽に取れる位、気が乗らなかつた。平岡は其返事に、

「いや難有う」と云つた丈であつた。別段腹を立てた様子も見えなかつたが、些ちつとも感激してゐないのは、此返事でも明かであつた。

代助は少々平岡を低く見過ぎたのに恥はぢ入つた。実は此側このがはから、彼かれの心を動うごかして、旨うまく油あぶらの乗のつた所を、中途から転ころがして、元もとの家庭へ滑すべり込ませるのが、代助の計画であつた。代助は此迂遠で、又尤も困難の方法の出立点から、程遠からぬ所で、蹉跌さてつして仕舞つた。

十三の九

其夜そのよ代助は平岡と遂に愚図々々で分わかれた。会見の結果から云ふと、何の為ために平岡を新聞社に訪たづねたのだか、自分にも分わからなかつた。平岡の方から見れば、猶更左様さうであつた。代助は必竟何なにしに新聞社迄出掛て来きたのか、帰る迄ついに問ひ詰つめづに済んで仕舞つた。

代助は翌日よくじつになつて独ひとり書斎で、昨夕ゆふべの有様ありさまを何遍なんべんとなく頭あたまの中なかで繰くり返した。二時間かんも一所に話はなしてゐるうちに、自分が平岡に対して、比較的真面目まじめであつたのは、三千代を弁護した時丈であつた。けれども其真面目まじめは、単に動機どうきの真面目まじめで、口くちにした言葉は矢張好加減いゝかげんな出任でまかせに過ぎなかつた。厳酷に云へば、嘘許うそばかりと云つても可よかつた。自分で真面目まじめだと信じてゐた動機でさへ、必竟は自分の未来を救ふ手段である。平岡から見れば、固もとより真摯なものとは云へなかつた。まして、其他の談話に至ると、始めから、平岡を現在の立場から、自分の望む所へ落おとし込まうと、たくらんで掛かゝつた、打算ださん的のものであつた。従つて平岡を何どうする事も出来なかつた。

もし思ひ切つて、三千代を引合ひきあひに出だして、自分の考へ通りを、遠慮なく正面から述のべ立てたら、もつと強い事が云へた。もつと平岡を動揺ゆすぶる事が出来た。もつと彼かれの肺腑に入る事が出来た。に違ちがひない。其代り遣やり損そこなへば、三千代に迷惑がかゝつて来くる。平岡と喧嘩になる。かも知れない。

代助は知らず〱の間あひだに、安全にして無能力な方針を取つて、平岡に接してゐた事を腑甲斐なく思つた。もし斯かう云ふ態度で平岡に当あたりながら、一方では、三千代の運命を、全然平岡に委ゆだねて置けない程の不安があるならば、それは論理の許ゆるさぬ矛盾を、厚顔こうがんに犯してゐたと云はなければならない。

代助は昔むかしの人ひとが、頭脳づのうの不明瞭な所から、実は利己本位の立場に居りながら、自みづからは固かたく人ひとの為ためと信じて、泣ないたり、感じたり、激したり、して、其結果遂に相手を、自分の思ふ通りに動うごかし得たのを羨うらやましく思つた。自分の頭あたまが、その位のぼんやりさ加減であつたら、昨夕ゆふべの会談にも、もう少し感激して、都合のいゝ効果を収める事が出来たかも知れない。彼は人ひとから、ことに自分の父ちゝから、熱誠の足りない男だと云はれてゐた。彼かれの解剖によると、事実は斯かうであつた。人間にんげんは熱誠を以て当あたつて然るべき程に、高尚な、真摯な、純粋な、動機や行為を常住に有するものではない。夫よりも、ずつと下等なものである。其下等な動機や行為を、熱誠に取り扱ふのは、無分別なる幼稚な頭脳の所有者か、然らざれば、熱誠を衒てらつて、己れを高くする山師やましに過ぎない。だから彼かれの冷淡は、人間としての進歩とは云へまいが、よりよく人間を解剖した結果には外ほかならなかつた。彼は普通自分の動機や行為を、よく吟味して見て、其そのあまりに、狡黠ずるくつて、不真面目ふまじめで、大抵は虚偽きよぎを含んでゐるのを知つてゐるから、遂に熱誠な勢力を以てそれを遂行する気になれなかつたのである。と、彼は断然信じてゐた。

此所こゝで彼は一いつのヂレンマに達した。彼は自分と三千代との関係を、直線的に自然の命ずる通り発展させるか、又は全然其反対に出て、何も知らぬ昔むかしに返るか。何方どつちかにしなければ生活の意義を失つたものと等ひとしいと考へた。其他のあらゆる中途半端ちうとはんぱの方法は、偽いつはりに始はじまつて、偽いつはりに終おはるより外ほかに道はない。悉く社会的に安全であつて、悉く自己に対して無能無力である。と考へた。

彼かれは三千代と自分の関係を、天意によつて、――彼はそれを天意としか考へ得られなかつた。――醗酵させる事の社会的危険を承知してゐた。天意には叶ふが、人の掟おきてに背く恋こひは、其恋こひの主ぬしの死によつて、始めて社会から認みとめられるのが常であつた。彼かれは万一の悲劇を二人ふたりの間に描ゑがいて、覚えず慄然とした。

彼かれは又反対に、三千代と永遠の隔離を想像して見た。其時は天意に従ふ代りに、自己の意志に殉する人ひとにならなければ済すまなかつた。彼かれは其手段として、父ちゝや嫂あによめから勧められてゐた結婚に思ひ至つた。さうして、此結婚を肯うけがふ事が、凡ての関係を新あらたにするものと考へた。

十四の一

自然の児にならうか、又意志の人ひとにならうかと代助は迷まよつた。彼かれは彼かれの主義として、弾力性のない硬張こわばつた方針の下もとに、寒暑にさへすぐ反応を呈する自己を、器械の様に束縛そくばくするの愚を忌んだ。同時に彼かれは、彼かれの生活が、一大断案を受くべき危機に達たつして居る事を切に自覚した。

彼かれは結婚問題に就ついて、まあ能よく考へて見ろと云はれて帰つたぎり、未いまだに、それを本気に考へる閑ひまを作つくらなかつた。帰つた時、まあ今日けふも虎口ここうを逃のがれて難有ありがたかつたと感謝したぎり、放り出だして仕舞つた。父ちゝからはまだ何なんとも催促されないが、此二三日は又青山へ呼び出だされさうな気がしてならなかつた。代助は固より呼よび出だされる迄何なにも考へずにゐる気であつた。呼よび出されたら、父ちゝの顔色かほいろと相談の上、又何とか即席に返事を拵らえる心組ぐみであつた。代助はあながち父ちゝを馬鹿にする了見ではなかつた。あらゆる返事は、斯かう云ふ具合に、相手と自分を商量して、臨機に湧いて来くるのが本当だと思つてゐた。

もし、三千代に対する自分の態度が、最後の一歩前迄押し詰つめられた様な気持もちがなかつたなら、代助は父ちゝに対して無論さう云ふ所置を取つたらう。けれども、代助は今相手の顔色かほいろ如何いかんに拘はらず、手に持つた賽さいを投なげなければならなかつた。上うへになつた目めが、平岡に都合が悪わるからうと、父ちゝの気に入らなからうと、賽を投なげる以上は、天の法則通りになるより外ほかに仕方しかたはなかつた。賽を手に持もつ以上は、又賽さいが投げられ可べく作つくられたる以上は、賽さいの目めを極きめるものは自分以外にあらう筈はなかつた。代助は、最後の権威は自己にあるものと、腹はらのうちで定さだめた。父ちゝも兄あにも嫂あによめも平岡も、決断の地平線上には出でて来こなかつた。

彼はたゞ彼かれの運命に対してのみ卑怯であつた。此四五日は掌てのひらに載のせた賽さいを眺ながめ暮くらした。今日けふもまだ握にぎつてゐた。早く運命が戸外そとから来きて、其手てを軽く敲はたいて呉れれば好いいと思おもつた。が、一方いつぽうでは、まだ握にぎつてゐられると云ふ意識が大層嬉うれしかつた。

門野かどのは時々とき〲書斎へ来きた。来くる度たびに代助は洋卓デスクの前に凝じつとしてゐた。

「些ちつと散歩にでも御出おいでになつたら如何いかゞです。左様さう御勉強ぢや身体からだに悪わるいでせう」と云つた事が一二度あつた。成程顔色かほいろが好よくなかつた。夏向なつむきになつたので、門野かどのが湯ゆを毎日沸わかして呉れた。代助は風呂場に行くたびに、長ながい間あひだ鏡かゞみを見た。髯ひげの濃こい男なので、少すこし延びると、自分には大層見苦しく見えた。触さわつて、ざら〱すると猶不愉快だつた。

飯めしは依然として、普通の如く食くつた。けれども運動の不足と、睡眠の不規則と、それから、脳の屈托とで、排泄機能に変化を起した。然し代助はそれを何とも思はなかつた。生理状態は殆んど苦にする暇いとまのない位、一つ事をぐる〱回まはつて考へた。それが習慣になると、終局なく、ぐる〱回まはつてゐる方が、埒らつの外そとへ飛び出だす努力よりも却つて楽になつた。

代助は最後に不決断の自己嫌悪けんおに陥つた。已を得ないから、三千代と自分の関係を発展させる手段として、佐川の縁談を断らうかと迄考へて、覚えず驚ろいた。然し三千代と自分の関係を絶つ手段として、結婚を許諾して見様かといふ気は、ぐる〱回転してゐるうちに一度も出でて来こなかつた。

縁談を断ことわる方は単独にも何遍となく決定が出来た。たゞ断つた後あと、其反動として、自分をまともに三千代の上うへに浴あびせかけねば已やまぬ必然の勢力が来るに違ないと考へると、其所そこに至つて、又恐ろしくなつた。

代助は父ちゝからの催促を心待に待つてゐた。しかし父ちゝからは何の便たよりもなかつた。三千代にもう一遍逢はうかと思つた。けれども、それ程の勇気も出でなかつた。

一番仕舞に、結婚は道徳の形式に於て、自分と三千代を遮断するが、道徳の内容に於て、何等の影響を二人ふたりの上うへに及ぼしさうもないと云ふ考が、段々代助の脳裏に勢力を得て来きた。既に平岡に嫁とついだ三千代に対して、こんな関係が起り得るならば、此上このうへ自分に既婚者の資格を与へたからと云つて、同様の関係が続つゞかない訳には行かない。それを続つゞかないと見るのはたゞ表向の沙汰で、心を束縛そくばくする事の出来できない形式は、いくら重かさねても苦痛を増す許である。と云ふのが代助の論法であつた。代助は縁談を断るより外に道みちはなくなつた。

十四の二

斯かう決心した翌日よくじつ、代助は久し振ぶりに髪かみを刈かつて髯ひげを剃そつた。梅雨つゆに入つて二三日凄すさまじく降ふつた揚句なので、地面ぢめんにも、木きの枝にも、埃ほこりらしいものは悉ことごとくしつとりと静しづまつてゐた。日ひの色いろは以前より薄うすかつた。雲くもの切きれ間まから、落ちて来くる光線は、下界げかいの湿しめり気けのために、半ば反射力を失つた様に柔らかに見えた。代助は床屋とこやの鏡かゞみで、わが姿すがたを映うつしながら、例の如くふつくらした頬ほゝを撫なでゝ、今日けふから愈積極的生活に入るのだと思つた。

青山へ来きて見ると、玄関に車くるまが二台程あつた。供待ともまちの車夫は蹴込けこみに倚より掛かゝつて眠つた儘、代助の通り過ぎるのを知らなかつた。座敷には梅子が新聞しんぶんを膝ひざの上うへへ乗のせて、込こみ入つた庭にはの緑みどりをぼんやり眺めてゐた。是もぽかんと眠ねむさうであつた。代助はいきなり梅子うめこの前へ坐すはつた。

「御父おとうさんは居ゐますか」

嫂あによめは返事をする前に、一応代助の様子を、試験官の眼めで見た。

「代さん、少し瘠やせた様ぢやありませんか」と云つた。代助は又頬ほゝを撫なでて、

「そんな事も無ないだらう」と打ち消した。

「だつて、色沢いろつやが悪わるいのよ」と梅子は眼めを寄よせて代助の顔かほを覗のぞき込こんだ。

「庭にはの所為せゐだ。青葉あをばが映うつるんだ」と庭にはの植込うゑごみの方を見たが、「だから貴方あなただつて、矢やっ張ぱり蒼あをいですよ」と続つゞけた。

「私わたし、此二三日にち具合が好よくないんですもの」

「道理どうりでぽかんとして居ゐると思おもつた。何どうかしたんですか。風邪かぜですか」

「何なんだか知らないけれど生欠許なまあくびばかり出でて」

梅子は斯かう答へて、すぐ新聞を膝ひざから卸おろすと、手を鳴らして、小間使こまづかひを呼んだ。代助は再び父ちゝの在ざい、不在ふざいを確たしかめた。梅子は其問とひをもう忘れてゐた。聞いて見ると、玄関にあつた車は、父ちゝの客きやくの乗のつて来きたものであつた。代助は長ながく懸かゝらなければ、客きやくの帰る迄待またうと思つた。嫂あによめは判然はつきりしないから、風呂場へ行いつて、水みづで顔を拭ふいて来くると云つて立つた。下女が好いい香にほひのする葛くづの粽ちまきを、深ふかい皿さらに入れて持もつて来きた。代助は粽ちまきの尾をぶら下さげて、頻しきりに嗅かいで見みた。

梅うめ子が涼すゞしい眼付めつきになつて風呂場から帰つた時、代助は粽ちまきの一ひとつを振子ふりこの様に振ふりながら、今度は、

「兄にいさんは何どうしました」と聞いた。梅子はすぐ此陳腐な質問に答へる義務がないかの如く、しばらく椽鼻ばなに立たつて、庭にはを眺ながめてゐたが、

「二三日の雨あめで、苔こけの色いろが悉皆すつかり出でた事こと」と平生に似合はぬ観察をして、故もとの席せきに返かへつた。さうして、

「兄にいさんが何どうしましたつて」と聞き直なほした。代助は先さきの質問を繰り返した時、嫂あによめは尤も無頓着な調子で、

「何どうしましたつて、例の如くですわ」と答へた。

「相変らず、留守勝がちですか」

「えゝ、えゝ、朝あさも晩ばんも滅多に宅うちに居た事はありません」

「姉ねえさんは夫それで淋さむしくはないですか」

「今更いまさら改あらたまつて、そんな事ことを聞きいたつて仕方しかたがないぢやありませんか」と梅子は笑ひ出だした。調戯からかふんだと思つたのか、あんまり小供染みてゐると思つたのか殆んど取り合ふ気色けしきはなかつた。代助も平生の自分を振ふり返つて見て、真面目まじめに斯こんな質問を掛かけた今の自分を、寧ろ奇体に思つた。今日こんにち迄兄あにと嫂あによめの関係を長い間あひだ目撃してゐながら、ついぞ其所そこには気が付つかなかつた。嫂あによめも亦代助の気が付つく程物足りない素振そぶりは見せた事がなかつた。

「世間せけんの夫婦ふは夫それで済すんで行いくものかな」と独言ひとりごとの様に云つたが、別に梅子の返事を予期する気もなかつたので、代助は向むかふの顔かほも見ず、たゞ畳の上うへに置いてある新聞しんぶんに眼めを落おとした。すると梅子は忽ち、

「何なんですつて」と切きり込む様に云つた。代助の眼めが、其調子に驚ろいて、ふと自分の方に視線を移した時、

「だから、貴方あなたが奥さんを御貰おもらひなすつたら、始終宅うちに許ばかりゐて、たんと可愛かあいがつて御上おあげなさいな」と云つた。代助は始めて相手が梅子であつて、自分が平生の代助でなかつた事を自覚した。それで成るべく不断ふだんの調子を出ださうと力つとめた。

十四の三

けれども、代助の精神は、結婚謝絶と、其謝絶に次ついで起るべき、三千代と自分の関係にばかり注そゝがれてゐた。従つて、いくら平生の自分に帰つて、梅子の相手になる積でも、梅子の予期してゐない、変つた音色ねいろが、時々とき〲会話の中なかに、思はず知らず出でて来きた。

「代さん、貴方あなた今日けふは何どうかしてゐるのね」と仕舞に梅子が云つた。代助は固もとより嫂あによめの言葉を側面そくめんへ摺ずらして受ける法をいくらでも心得てゐた。然るに、それを遣やるのが、軽薄の様で、又面倒な様で、今日けふは厭いやになつた。却かへつて真面目まじめに、何処どこが変へんか教へて呉れと頼たのんだ。梅子は代助の問とひが馬鹿気てゐるので妙な顔をした。が、代助が益ます〱頼たのむので、では云つて上あげませうと前置をして、代助の何どうかしてゐる例を挙げ出した。梅子は勿論わざと真面目まじめを装つてゐるものと代助を解釈した。其中そのなかに、

「だつて、兄にいさんが留守勝るすがちで、嘸御淋さむしいでせうなんて、あんまり思遣おもひやりが好過よすぎる事を仰おつしやるからさ」と云ふ言葉があつた。代助は其所そこへ自分を挟はさんだ。

「いや、僕の知つた女をんなに、左様さう云ふのが一人ひとりあつて、実じつは甚だ気の毒だから、つい他ほかの女をんなの心持こゝろもちも聞きいて見たくなつて、伺うかゞつたんで、決して冷ひやかした積つもりぢやないんです」

「本当に? 夫そりや一寸ちよいと何なんてえ方かたなの」

「名前は云いひ悪にくいんです」

「ぢや、貴方あなたが其旦那に忠告をして、奥さんをもつと可愛かわいがるやうにして御上あげになれば可いいのに」

代助は微笑した。

「姉ねえさんも、さう思ひますか」

「当り前ですわ」

「もし其夫おつとが僕の忠告を聞きかなかつたら、何どうします」

「そりや、何どうも仕様がないわ」

「放ほうつて置おくんですか」

「放ほうつて置おかなけりや、何どうなさるの」

「ぢや、其細君は夫おつとに対たいして細君の道を守まもる義務があるでせうか」

「大変理責りぜめなのね。夫そりや旦那の不親切の度合どあひにも因よるでせう」

「もし、其細君に好すきな人があつたら何どうです」

「知らないわ。馬鹿らしい。好すきな人がある位なら、始めつから其方そつちへ行いつたら好いいぢやありませんか」

代助は黙だまつて考へた。しばらくしてから、姉ねえさんと云つた。梅子は其深い調子に驚ろかされて、改あらためて代助の顔かほを見た。代助は同じ調子で猶なほ云つた。

「僕ぼくは今度こんどの縁談えんだんを断ことわらうと思おもふ」

代助の巻烟草まきたばこを持もつた手が少すこし顫ふるへた。梅子は寧ろ表情を失うしなつた顔付かほつきをして、謝絶の言葉を聞いた。代助は相手の様子に頓着なく進行した。

「僕は今迄結婚問題に就いて、貴方あなたに何返となく迷惑を掛けた上うへに、今度こんども亦心配して貰もらつてゐる。僕ぼくももう三十だから、貴方あなたの云ふ通り、大抵な所で、御勧め次第になつて好いいのですが、少し考があるから、この縁談もまあ已やめにしたい希望です。御父おとうさんにも、兄にいさんにも済すまないが、仕方しかたがない。何なにも当人が気に入らないと云ふ訳ではないが、断ことわるんです。此間御父おとうさんによく考へて見ろと云はれて、大分考へて見たが、矢っ張り断ことわる方が好いい様だから断ことわります。実じつは今日けふは其用で御父おとうさんに逢あひに来きたんですが、今いま御客おきやくの様だから、序ついでと云つては失礼だが、貴方あなたにも御話おはなしをして置きます」

梅子は代助の様子が真面目なので、何時いつもの如く無駄口くちも入れずに聞いてゐたが、聞き終つた時、始めて自分の意見を述べた。それが極きわめて簡単かんたんな且つ極きわめて実際的な短かい句であつた。

「でも、御父おとうさんは屹度御困りですよ」

「御父おとうさんには僕が直ぢかに話すから構ひません」

「でも、話はなしがもう此所こゝ迄進すゝんでゐるんだから」

「話が何所どこ迄進んでゐやうと、僕はまだ貰もらひますと云つた事はありません」

「けれども判然はつきり貰もらはないとも仰しやらなかつたでせう」

「それを今云ひに来きた所です」

代助と梅子は向むかひ合あつたなり、しばらく黙だまつた。

十四の四

代助の方では、もう云ふ可べき事ことを云ひ尽つくした様な気がした。少すくなくとも、是これより進すゝんで、梅子に自分を説明しやうといふ考は丸で無なかつた。梅子は語かたるべき事こと、聞きくべき事ことを沢山たくさん持もつてゐた。たゞ夫それが咄嗟とつさの間あひだに、前まへの問答もんどうに繋つながり好よく、口くちへ出でて来こなかつたのである。

「貴方あなたの知しらない間まに、縁談が何どれ程進すゝんだのか、私わたしにも能よく分わからないけれど、誰だれにしたつて、貴方あなたが、さう的確きつぱり御断おことわりなさらうとは思ひ掛がけないんですもの」と梅子は漸やうやくにして云つた。

「何故なぜです」と代助は冷ひやゝかに落おち付ついて聞きいた。梅子は眉を動うごかした。

「何故なぜですつて聞きいたつて、理窟ぢやありませんよ」

「理窟でなくつても構かまはないから話はなして下ください」

「貴方あなたの様にさう何遍断ことわつたつて、詰つまり同おんなじ事ぢやありませんか」と梅子は説明した。けれども、其意味がすぐ代助の頭あたまには響ひゞかなかつた。不可解ふかかいの眼めを挙あげて梅子を見た。梅子は始めて自分の本意を布衍しに掛かかつた。

「つまり、貴方あなただつて、何時いつか一度は、御奥さんを貰もらふ積つもりなんでせう。厭いやだつて、仕方がないぢやありませんか。其様さう何時迄いつまでも我儘を云つた日には、御父おとうさんに済すまない丈ですわ。だからね。何どうせ誰だれを持もつて行いつても気きに入らない貴方あなたなんだから、つまり誰だれを持もたしたつて同おんなじだらうつて云ふ訳なんです。貴方あなたには何どんな人ひとを見せても駄目なんですよ。世の中なかに一人ひとりも気に入る様なものは生きてやしませんよ。だから、奥さんと云ふものは、始はじめから気に入らないものと、諦あきらめて貰ふより外に仕方がないぢやありませんか。だから私わたし達が一番好いいと思ふのを、黙だまつて貰もらへば、夫で何所どこも彼所かしこも丸く治おさまつちまふから、――だから、御父おとうさんが、殊によると、今度こんどは、貴方あなたに一から十迄相談して、何なにか為なさらないかも知れませんよ。御父おとうさんから見れば夫それが当り前ですもの。さうでも、為しなくつちや、生いきてる内うちに、貴方あなたの奥おくさんの顔を見る事は出来ないぢやありませんか」

代助は落ち付いて嫂あによめの云ふ事を聴きいてゐた。梅子うめこの言葉が切れても、容易に口くちを動うごかさなかつた。若もし反駁はんぱくをする日には、話はなしが段々込み入る許ばかりで、此方こちらの思ふ所は決して、梅子の耳へ通らないと考へた。けれども向ふの云ひ分ぶんを肯うけがふ気は丸でなかつた。実際問題として、双方が困こまる様になる許ばかりと信じたからである。それで、嫂あによめに向つて、

「貴方あなたの仰おつしやる所も、一理あるが、私わたしにも私わたしの考があるから、まあ打遣うちやつて置おいて下ください」と云つた。其調子には梅子うめこの干渉を面倒がる気色けしきが自然と見えた。すると梅子は黙だまつてゐなかつた。

「そりや代だいさんだつて、小供ぢやないから、一人前いちにんまへの考の御有おありな事は勿論ですわ。私わたしなんぞの要いらない差出口さしでぐちは御迷惑でせうから、もう何にも申しますまい。然し御父とうさんの身になつて御覧なさい。月々つき〲の生活費は貴方あなたの要いると云ふ丈今でも出だして入いらつしやるんだから、つまり貴方あなたは書生時代よりも余計御父おとうさんの厄介になつてる訳わけでせう。さうして置いて、世話になる事は、元もとより世話になるが、年を取つて一人前いちにんまへになつたから、云ふ事は元もとの通りには聞きかれないつて威張つたつて通用しないぢやありませんか」

梅子は少し激したと見えて猶も云ひ募らうとしたのを、代助が遮つた。

「だつて、女房を持てば此上うへ猶御父とうさんの厄介に為ならなくつちや為ならないでせう」

「宜いいぢやありませんか、御父おとうさんが、其方そのほうが好いいと仰しやるんだから」

「ぢや、御父おとうさんは、いくら僕の気に入らない女房でも、是非持もたせる決心なんですね」

「だつて、貴方あなたに好すいたのがあればですけれども、そんなのは日本中探さがして歩あるいたつて無ないんぢやありませんか」

「何どうして、夫それが分わかります」

梅子は張はりの強い眼めを据ゑて、代助を見た。さうして、

「貴方あなたは丸で代言人の様な事を仰しやるのね」と云つた。代助は蒼白あをじろくなつた額ひたひを嫂あによめの傍そばへ寄よせた。

「姉ねえさん、私わたしは好すいた女があるんです」と低ひくい声で云ひ切つた。

十四の五

代助は今迄冗談に斯んな事を梅子に向つて云つた事が能くあつた。梅子も始めはそれを本気に受けた。そつと手を廻まはして真相を探つて見た抔といふ滑稽もあつた。事実が分つて以後は、代助の所謂好すいた女は、梅子に対して一向利目きゝめがなくなつた。代助がそれを云ひ出だしても、丸で取り合はなかつた。でなければ、茶化してゐた。代助の方でも夫それで平気であつた。然し此場合丈は彼かれに取つて、全く特別であつた。顔付かほつきと云ひ、眼付めつきと云ひ、声の低ひくい底そこに籠こもる力ちからと云ひ、此所こゝ迄押し逼せまつて来きた前後の関係と云ひ、凡ての点から云つて、梅子をはつと思はせない訳に行かなかつた。嫂あによめは此短みじかい句くを、閃ひらめく懐剣の如くに感じた。

代助は帯おびの間あひだから時計を出して見た。父ちゝの所へ来きてゐる客は中々なか〱帰りさうにもなかつた。空そらは又曇くもつて来きた。代助は一旦引き上あげて又改あらためて、父ちゝと話はなしを付つけに出直でなほす方が便宜だと考かんがへた。

「僕は又来きます。出直でなほして来きて御父おとうさんに御目に掛かゝる方が好いいでせう」と立ちにかかつた。梅子は其間あひだに回復した。梅子は飽く迄人の世話を焼く実意のある丈に、物を中途で投なげる事の出来ない女であつた。抑おさえる様に代助を引ひき留とめて、女の名を聞いた。代助は固より答へなかつた。梅子は是非にと逼つた。代助は夫それでも応じなかつた。すると梅子は何故なぜ其女を貰もらはないのかと聞き出だした。代助は単純に貰もらへないから、貰もらはないのだと答へた。梅子は仕舞に涙を流した。他ひとの尽力を出だし抜ぬいたと云つて恨んだ。何故なぜ始はじめから打ち明けて話さないかと云つて責めた。かと思ふと、気の毒だと云つて同情して呉れた。けれども代助は三千代に就ては、遂に何事も語かたらなかつた。梅子はとう〱我がを折つた。代助の愈いよ〱帰ると云ふ間際まぎはになつて、

「ぢや、貴方あなたから直ぢかに御父おとうさんに御話おはなしなさるんですね。それ迄は私わたくしは黙だまつてゐた方が好いいでせう」と聞いた。代助は黙だまつてゐて貰もらふ方が好いいか、話はなして貰もらふ方が好いいか、自分にも分わからなかつた。

「左様さうですね」と蹰躇ちうちよしたが、「どうせ、断ことわりに来くるんだから」と云つて嫂あによめの顔かほを見みた。

「ぢや、若もし話はなす方が都合が好よささうだつたら話はなしませう。もし又悪わるい様だつたら、何にも云はずに置くから、貴方あなたが始はじめから御話おはなしなさい。夫それが宜いいでせう」と梅子は親切に云つて呉れた。代助は、

「何分なにぶん宜よろしく」と頼たのんで外そとへ出でた。角かどへ来きて、四谷よつやから歩あるく積つもりで、わざと、塩しほ町行ゆきの電車に乗のつた。練兵場の横よこを通るとき、重おもい雲くもが西で切れて、梅雨つゆには珍めづらしい夕せき陽が、真赤まつかになつて広ひろい原はら一面いちめんを照てらしてゐた。それが向むかふを行ゆく車くるまの輪わに中あたつて、輪わが回まはる度たびに鋼鉄はがねの如く光ひかつた。車くるまは遠い原はらの中なかに小ちいさく見えた。原はらは車くるまの小ちいさく見みえる程、広ひろかつた。日ひは血ちの様に毒々しく照てつた。代助は此光景けいを斜なゝめに見みながら、風かぜを切きつて電車に持つて行いかれた。重おもい頭あたまの中なかがふら〱した。終点迄来きた時は、精神が身体からだを冒おかしたのか、精神の方が身体からだに冒されたのか、厭いやな心持がして早く電車を降おりたかつた。代助は雨あめの用心に持つた蝙蝠傘かうもりがさを、杖の如く引き摺ずつて歩あるいた。

歩あるきながら、自分じぶんは今日けふ、自みづから進んで、自分の運命の半分はんぶんを破壊したのも同じ事だと、心のうちに囁つぶやいだ。今迄は父ちゝや嫂あによめを相手に、好い加減な間隔かんかくを取つて、柔らかに自我を通とほして来きた。今度は愈本性を露あらはさなければ、それを通し切れなくなつた。同時に、此方面に向つて、在来の満足を求もとめ得る希望は少なくなつた。けれども、まだ逆戻りをする余地はあつた。たゞ、夫それには又父ちゝを胡魔化す必要が出て来るに違なかつた。代助は腹の中で今迄の我われを冷笑した。彼は何どうしても、今日けふの告白を以て、自己の運命の半分を破壊したものと認めたかつた。さうして、それから受ける打撃の反動として、思ひ切つて三千代の上に、掩おつ被かぶさる様に烈しく働はたらき掛けたかつた。

彼は此次このつぎ父ちゝに逢ふときは、もう一歩いつぽも後あとへ引けない様に、自分の方を拵こしらえて置きたかつた。それで三千代と会見する前に、又父ちゝから呼び出される事を深く恐れた。彼は今日けふ嫂あによめに、自分の意思を父ちゝに話はなす話はなさないの自由を与へたのを悔いた。今夜こんやにも話はなされれば、明日あしたの朝あさ呼よばれるかも知れない。すると今夜中に三千代に逢つて己れを語つて置く必要が出来る。然し夜よるだから都合がよくないと思つた。

十四の六

角上つのかみを下おりた時、日ひは暮くれ掛かかつた。士官学校の前まへを真直まつすぐに濠端ほりばたへ出でて、二三町来くると砂土原さどはら町へ曲まがるべき所を、代助はわざと電車路みちに付ついて歩あるいた。彼かれは例れいの如ごとくに宅うちへ帰つて、一夜いちやを安閑と、書斎の中なかで暮くらすに堪えなかつたのである。濠ほりを隔へだてゝ高い土手の松まつが、眼めのつゞく限かぎり黒くろく並ならんでゐる底そこの方を、電車がしきりに通とほつた。代助は軽かるい箱はこが、軌道レールの上うへを、苦もなく滑すべつて行いつては、又滑すべつて帰かへる迅速な手際てぎはに、軽快の感じを得た。其代り自分と同おなじ路みちを容赦なく往来ゆきゝする外濠線そとぼりせんの車くるまを、常よりは騒々敷しく悪にくんだ。牛込見附みつけ迄来きた時とき、遠くの小石川の森もりに数点の灯影ひかげを認みとめた。代助は夕飯ゆふめしを食くふ考もなく、三千代のゐる方角へ向むいて歩あるいて行いつた。

約二十分の後、彼かれは安藤坂を上あがつて、伝通院の焼跡やけあとの前へ出でた。大きな木が、左右から被かぶさつてゐる間あひだを左りへ抜ぬけて、平岡の家いへの傍そば迄来くると、板塀いたべいから例の如く灯ひが射さしてゐた。代助は塀へいの本もとに身みを寄よせて、凝じつと様子を窺うかゞつた。しばらくは、何の音おともなく、家いへのうちは全く静しづかであつた。代助は門もんを潜くゞつて、格子の外そとから、頼たのむと声を掛かけて見様かと思つた。すると、椽側に近ちかく、ぴしやりと脛すねを叩たゝく音おとがした。それから、人ひとが立つて、奥おくへ這入つて行く気色けしきであつた。やがて話声はなしごえが聞きこえた。何なんの事か善よく聴き取れなかつたが、声は慥たしかに、平岡と三千代であつた。話声はなしごえはしばらくで歇やんで仕舞つた。すると又足音が椽側迄近付ちかづいて、どさりと尻を卸おろす音おとが手に取る様に聞きこえた。代助は夫それなり塀へいの傍そばを退しりぞいた。さうして元もと来きた道みちとは反対の方角に歩あるき出だした。

しばらくは、何処どこを何どう歩あるいてゐるか夢中であつた。其間そのあひだ代助の頭あたまには今見た光景ばかりが煎り付つく様に踊つてゐた。それが、少し衰へると、今度は自己の行為に対して、云ふべからざる汚辱の意味を感じた。彼は何の故に、斯かゝる下劣な真似をして、恰かも驚ろかされたかの如くに退却したのかを怪しんだ。彼かれは暗くらい小路こみちに立つて、世界が今いま夜よるに支配されつゝある事を私かに喜よろこんだ。しかも五月雨さみだれの重い空気に鎖とざされて、歩あるけば歩あるく程、窒息ちつそくする様な心持がした。神楽坂上かぐらざかうへへ出でた時、急に眼めがぎら〱した。身みを包つゝむ無数の人ひとと、無数の光ひかりが頭あたまを遠慮なく焼やいた。代助は逃にげる様に藁店わらだなを上あがつた。

家うちへ帰ると、門野かどのが例の如く漫然まんぜんたる顔をして、

「大分だいぶ遅うがしたな。御飯ごはんはもう御済おすみになりましたか」と聞いた。

代助は飯めしが欲ほしくなかつたので、要いらない由よしを答へて、門野かどのを追おひ帰かへす様に、書斎から退しりぞけた。が、二三分ぷん立たたない内に、又手を鳴らして呼び出だした。

「宅うちから使つかひは来きやしなかつたかね」

「いゝえ」

代助は、

「ぢや、宜よろしい」と云つた限ぎりであつた。門野かどのは物足りなさうに入口いりぐちに立つてゐたが、

「先生は、何なんですか、御宅おたくへ御出おいでになつたんぢや無なかつたんですか」

「何故なぜ」と代助は六むづかしい顔をした。

「だつて、御出掛でかけになるとき、そんな御話おはなしでしたから」

代助は門野かどのを相手にするのが面倒になつた。

「宅うちへは行つたさ。――宅うちから使つかひが来こなければそれで、好いいぢやないか」

門野かどのは不得ふとく要領に、

「はあ左様さうですか」と云ひ放はなして出て行つた。代助は、父ちゝがあらゆる世界に対してよりも、自分に対して、性急であるといふ事を知つてゐるので、ことによると、帰つた後あとから直すぐ使つかひでも寄よこしはしまいかと恐れて聞きき糺たゞしたのであつた。門野が書生部屋へ引き取つたあとで、明日あしたは是非共三千代に逢はなければならないと決心した。

其夜代助は寐ねながら、何どう云ふ手段で三千代に逢はうかと云ふ問題を考へた。手紙を車夫に持たせて宅うちへ呼びに遣やれば、来くる事は来くるだらうが、既すでに今日けふ嫂あによめとの会談が済んだ以上は、明日あしたにも、兄あにか嫂あによめの為ために、向ふから襲はれないとも限かぎらない。又平岡のうちへ行つて逢ふ事は代助に取つて一種の苦痛があつた。代助は已を得ず、自分にも三千代にも関係のない所で逢ふより外ほかに道はないと思つた。

夜半から強く雨が降り出だした。釣つつてある蚊帳かやが、却つて寒く見える位な音おとがどう〱と家いへを包つゝんだ。代助は其音おとの中うちに夜の明あけるのを待まつた。

十四の七

雨あめは翌日よくじつ迄晴はれなかつた。代助は湿しめつぽい椽側に立たつて、暗くらい空模様そらもやうを眺ながめて、昨夕ゆふべの計画を又変かえた。彼かれは三千代を普通の待合抔へ呼んで、話をするのが不愉快であつた。已やむなくんば、蒼あをい空そらの下したと思つてゐたが、此天気では夫それも覚束なかつた。と云つて、平岡の家いへへ出向でむく気は始めから無なかつた。彼は何どうしても、三千代を自分の宅うちへ連つれて来くるより外ほかに道はないと極きめた。門野かどのが少し邪魔になるが、話はなしのし具合では書生部屋に洩れない様にも出来できると考へた。

午ひる少すこし前まへ迄は、ぼんやり雨あめを眺ながめてゐた。午飯ひるめしを済すますや否や、護謨ごむの合羽かつぱを引き掛けて表へ出た。降ふる中なかを神楽坂下かぐらざかした迄来きて青山あをやまの宅うちへ電話を掛かけた。明日あす此方こつちから行く積つもりであるからと、機先きせんを制して置おいた。電話口ぐちへは嫂あによめが現あらはれた。先達せんだつての事は、まだ父ちゝに話はなさないでゐるから、もう一遍よく考かんがへ直して御覧なさらないかと云はれた。代助は感謝の辞と共に号鈴ベルを鳴ならして談話を切つた。次に平岡の新聞社の番号を呼んで、彼かれの出社の有無を確たしかめた。平岡は社しやに出でてゐると云ふ返事を得た。代助は雨あめを衝ついて又坂さかを上のぼつた。花屋はなやへ這入つて、大きな白百合しろゆりの花はなを沢山買かつて、夫それを提さげて、宅うちへ帰かへつた。花はなは濡ぬれた儘、二ふたつの花瓶くわへいに分わけて挿さした。まだ余あまつてゐるのを、此間このあひだの鉢はちに水みづを張はつて置いて、茎くきを短かく切つて、はぱ〱放ほうり込んだ。それから、机に向つて、三千代へ手紙を書かいた。文句は極きわめて短かいものであつた。たゞ至急御目に掛かゝつて、御話おはなししたい事があるから来きて呉れろと云ふ丈であつた。

代助は手を打うつて、門野かどのを呼よんだ。門野かどのは鼻はなを鳴らして現あらはれた。手紙を受取りながら、

「大変好いい香にほひですな」と云つた。代助は、

「車くるまを持つて行いつて、乗のせて来くるんだよ」と念ねんを押おした。門野かどのは雨あめの中なかを乗のりつけの帳場迄出でて行いつた。

代助は、百合ゆりの花はなを眺ながめながら、部屋を掩おゝふ強い香かの中なかに、残のこりなく自己を放擲ほうてきした。彼は此この嗅覚の刺激のうちに、三千代みちよの過去を分明ふんみように認めた。其その過去には離はなすべからざる、わが昔むかしの影かげが烟けむりの如く這はひ纏まつはつてゐた。彼はしばらくして、

「今日けふ始はじめて自然しぜんの昔むかしに帰るんだ」と胸むねの中なかで云つた。斯かう云ひ得た時、彼は年頃としごろにない安慰を総身そうしんに覚えた。何故なぜもつと早く帰かへる事が出来なかつたのかと思つた。始はじめから何故なぜ自然に抵抗したのかと思つた。彼は雨あめの中なかに、百合ゆりの中なかに、再現さいげんの昔むかしのなかに、純一無雑に平和な生命を見出した。其生命の裏にも表にも、慾得はなかつた、利害はなかつた、自己を圧迫する道徳はなかつた。雲の様な自由と、水の如き自然とがあつた。さうして凡てが幸ブリスであつた。だから凡てが美うつくしかつた。

やがて、夢ゆめから覚さめた。此一刻いつこくの幸ブリスから生ずる永久の苦痛が其時卒然として、代助の頭あたまを冒おかして来きた。彼かれの唇くちびるは色いろを失うしなつた。彼かれは黙然として、我われと吾わが手を眺ながめた。爪つめの甲の底そこに流れてゐる血潮ちしほが、ぶる〱顫ふるへる様に思はれた。彼かれは立たつて百合ゆりの花はなの傍そばへ行つた。唇くちびるが瓣はなびらに着つく程近く寄よつて、強い香かを眼めの眩まう迄まで嗅かいだ。彼かれは花はなから花はなへ唇くちびるを移うつして、甘あまい香かに咽むせて、失心して室へやの中なかに倒れたかつた。彼かれはやがて、腕を組くんで、書斎と座敷ざしきの間あひだを往いつたり来きたりした。彼かれの胸は始終鼓動を感じてゐた。彼かれは時々とき〲椅子の角かどや、洋卓デスクの前へ来きて留とまつた。それから又歩あるき出だした。彼かれの心こゝろの動揺は、彼かれをして長く一所いつしよに留とゞまる事を許さなかつた。同時に彼は何物をか考へる為ために、無暗むやみな所ところに立ち留どまらざるを得なかつた。

其内そのうちに時は段々移うつつた。代助は断えず置時計の針はりを見た。又覗のぞく様に、軒のきから外そとの雨あめを見た。雨あめは依然として、空そらから真直まつすぐに降ふつてゐた。空そらは前まへよりも稍暗くらくなつた。重かさなる雲くもが一ひとつ所ところで渦うづを捲まいて、次第しだいに地面の上うへへ押し寄よせるかと怪しまれた。其時雨あめに光ひかる車くるまを門もんから中うちへ引き込んだ。輪わの音おとが、雨あめを圧あつして代助の耳みゝに響いた時、彼は蒼白あをしろい頬ほゝに微笑を洩もらしながら、右みぎの手を胸むねに当あてた。

十四の八

三千代は玄関から、門野かどのに連つれられて、廊下伝づたひに這入つて来きた。銘仙めいせんの紺絣こんがすりに、唐草からくさ模様の一重ひとえ帯を締しめて、此前とは丸で違ちがつた服装なりをしてゐるので、一目ひとめ見た代助には、新あたらしい感かんじがした。色いろは不断の通り好よくなかつたが、座敷の入口いりぐちで、代助と顔かほを合あはせた時、眼めも眉まゆも口くちもぴたりと活動を中止した様に固かたくなつた。敷居しきゐに立たつてゐる間あひだは、足あしも動うごけなくなつたとしか受取れなかつた。三千代は固もとより手紙を見た時から、何事をか予期して来きた。其予期のうちには恐れと、喜よろこびと、心配とがあつた。車から降おりて、座敷へ案内される迄、三千代の顔は其その予期の色をもつて漲みなぎつてゐた。三千代の表情はそこで、はたと留とまつた。代助の様子は三千代に夫丈の打衝シヨツクを与へる程に強烈であつた。

代助は椅子の一つを指ゆびさした。三千代は命ぜられた通りに腰を掛けた。代助は其向そのむかふに席を占しめた。二人ふたりは始めて相対した。然し良やゝ少時しばらくは二人ふたりとも、口くちを開ひらかなかつた。

「何なにか御用なの」と三千代は漸くにして問ふた。代助は、たゞ、

「えゝ」と云つた。二人ふたりは夫限それぎりで、又しばらく雨あめの音おとを聴いた。

「何なにか急な御用なの」と三千代が又尋ねた。代助は又、

「えゝ」と云つた。双方共何時いつもの様に軽くは話し得なかつた。代助は酒の力を借りて、己れを語らなければならない様な自分を恥ぢた。彼は打ち明けるときは、必ず平生の自分でなければならないものと兼かねて覚悟をして居ゐた。けれども、改たまつて、三千代に対して見ると、始はじめて、一滴いつてきの酒精が恋こひしくなつた。ひそかに次つぎの間まへ立たつて、例いつものヰスキーを洋盃コツプで傾かたむけ様かと思つたが、遂に其決心に堪えなかつた。彼は青天白日の下もとに、尋常の態度で、相手に公言し得る事でなければ自己の誠まことでないと信じたからである。酔よひと云ふ牆壁を築いて、其掩護に乗じて、自己を大胆にするのは、卑怯で、残酷で、相手に汚辱を与へる様な気がしてならなかつたからである。彼は社会の習慣に対しては、徳義的な態度を取る事が出来なくなつた、其代り三千代に対しては一点も不徳義な動機を蓄たくわへぬ積であつた。否、彼かれをして卑吝ひりんに陥らしむる余地が丸でない程に、代助は三千代を愛した。けれども、彼は三千代から何の用かを聞かれた時に、すぐ己れを傾かたむける事が出来なかつた。二度聞きかれた時に猶蹰躇した。三度目には、已やむを得ず、

「まあ、緩ゆつくり話はなしませう」と云つて、巻烟草まきたばこに火を点つけた。三千代の顔かほは返事を延のばされる度たびに悪わるくなつた。

雨は依然として、長ながく、密みつに、物に音おとを立てゝ降ふつた。二人ふたりは雨の為ために、雨の持ち来きたす音おとの為ために、世間せけんから切り離された。同じ家いへに住む門野からも婆さんからも切り離された。二人ふたりは孤立の儘、白百合の香かの中なかに封じ込められた。

「先刻さつき表へ出でて、あの花を買つて来きました」と代助は自分の周囲を顧かへりみた。三千代の眼めは代助に随ついて室へやの中なかを一回ひとまはりした。其後あとで三千代は鼻から強く息いきを吸すひ込んだ。

「兄にいさんと貴方あなたと清水しみづ町にゐた時分の事を思ひ出ださうと思つて、成るべく沢山買つて来きました」と代助が云つた。

「好いい香にほひですこと」と三千代は翻ひるがへる様に綻ほころびた大きな花瓣はなびらを眺ながめてゐたが、夫それから眼めを放はなして代助に移した時、ぽうと頬ほゝを薄赤くした。

「あの時分の事を考へると」と半分云つて已やめた。

「覚えてゐますか」

「覚えてゐますわ」

「貴方あなたは派手な半襟を掛かけて、銀杏返しに結つてゐましたね」

「だつて、東京へ来立きたてだつたんですもの。ぢき已やめて仕舞つたわ」

「此間このあひだ百合の花を持つて来きて下くださつた時も、銀杏返しぢやなかつたですか」

「あら、気が付いて。あれは、あの時限ぎりなのよ」

「あの時はあんな髷に結ひ度たくなつたんですか」

「えゝ、気迷きまぐれに一寸ちよいと結ゆつて見たかつたの」

「僕はあの髷まげを見て、昔むかしを思ひ出した」

「さう」と三千代は恥はづかしさうに肯うけがつた。

三千代が清水町にゐた頃、代助と心安く口くちを聞く様になつてからの事だが、始めて国くにから出て来きた当時の髪かみの風を代助から賞ほめられた事があつた。其時三千代は笑つてゐたが、それを聞いた後あとでも、決して銀杏返しには結はなかつた。二人ふたりは今も此事をよく記臆してゐた。けれども双方共口くちへ出だしては何も語らなかつた。

十四の九

三千代の兄あにと云ふのは寧むしろ豁達な気性で、懸隔かけへだてのない交際振つきあひぶりから、友達ともだちには甚ひどく愛されてゐた。ことに代助は其親友であつた。此兄あには自分が豁達である丈に、妹の大人おとなしいのを可愛かあいがつてゐた。国から連れて来きて、一所に家うちを持もつたのも、妹を教育しなければならないと云ふ義務の念からではなくて、全く妹の未来に対する情合あひと、現在自分の傍そばに引き着つけて置きたい欲望とからであつた。彼かれは三千代を呼ぶ前、既に代助に向つて其旨を打うち明あけた事があつた。其時代助は普通の青年の様に、多大の好奇心を以て此計画を迎へた。

三千代が来きてから後、兄あにと代助とは益親したしくなつた。何方どつちが友情の歩を進めたかは、代助自身にも分わからなかつた。兄あにが死んだ後あとで、当時を振り返つて見る毎に、代助は此この親密の裡うちに一種の意味を認めない訳に行かなかつた。兄あには死ぬ時迄それを明言しなかつた。代助も敢て何事をも語らなかつた。斯かくして、相互の思おもはくは、相互の間の秘密として葬られて仕舞つた。兄あには在生中に此意味を私ひそかに三千代に洩もらした事があるかどうか、其所そこは代助も知らなかつた。代助はたゞ三千代の挙止動作と言語談話からある特別な感じを得た丈であつた。

代助は其頃から趣味の人として、三千代の兄あにに臨んでゐた。三千代の兄あには其方面に於て、普通以上の感受性を持つてゐなかつた。深い話はなしになると、正直に分わからないと自白して、余計な議論を避さけた。何処どこからか arbiterアービター elegantiarumエレガンシアルム と云ふ字を見付出みつけだして来きて、それを代助の異名の様に濫用したのは、其頃の事であつた。三千代は隣となりの部屋で黙だまつて兄あにと代助の話はなしを聞いてゐた。仕舞にはとう〱 arbiterアービター elegantiarumエレガンシアルム と云ふ字を覚えた。ある時其意味を兄あにに尋ねて、驚ろかれた事があつた。

兄あには趣味に関する妹の教育を、凡て代助に委任した如くに見えた。代助を待つて啓発されべき妹の頭脳に、接触の機会を出来る丈与へる様に力めた。代助も辞退はしなかつた。後あとから顧みると、自みづから進んで其任に当つたと思はれる痕迹もあつた。三千代は固より喜よろこんで彼かれの指導を受けた。三人は斯くして、巴ともえの如くに回転しつゝ、月から月へと進んで行つた。有意識か無意識か、巴ともえの輪わは回めぐるに従つて次第に狭せばまつて来きた。遂ついに三巴みつどもえが一所いつしよに寄よつて、丸い円にならうとする少し前の所で、忽然其一つが欠かけたため、残る二つは平衡を失なつた。

代助と三千代は五年の昔むかしを心置なく語り始めた。語るに従つて、現在の自己が遠退いて、段々と当時の学生時代に返つて来きた。二人ふたりの距離は又元もとの様に近くなつた。

「あの時兄にいさんが亡なくならないで、未まだ達者でゐたら、今頃いまごろ私わたくしは何どうしてゐるでせう」と三千代は、其時を恋こひしがる様に云つた。

「兄にいさんが達者でゐたら、別べつの人ひとになつて居ゐる訳ですか」

「別な人ひとにはなりませんわ。貴方あなたは?」

「僕も同じ事です」

三千代は其時、少し窘たしなめる様な調子で、

「あら嘘うそ」と云つた。代助は深ふかい眼めを三千代の上うへに据ゑて、

「僕は、あの時も今いまも、少しも違ちがつてゐやしないのです」と答へた儘、猶しばらくは眼めを相手から離さなかつた。三千代は忽ち視線を外そらした。さうして、半なかば独り言ごとの様に、

「だつて、あの時から、もう違ちがつてゐらしつたんですもの」と云つた。

三千代の言葉は普通の談話としては余りに声が低過ひくすぎた。代助は消きえて行く影かげを踏ふまへる如くに、すぐ其尾を捕とらえた。

「違ちがやしません。貴方あなたにはたゞ左様さう見える丈です。左様さう見みえたつて仕方がないが、それは僻目ひがめだ」

代助の方は通例よりも熱心に判然はつきりした声こえで自己を弁護する如くに云つた。三千代の声は益低ひくかつた。

「僻目ひがめでも何でも可よくつてよ」

代助は黙だまつて三千代の様子を窺うかゞつた。三千代は始めから、眼めを伏ふせてゐた。代助には其長い睫毛まつげの顫ふるへる様さまが能く見えた。

十四の十

「僕の存在には貴方あなたが必要だ。何どうしても必要だ。僕ぼくは夫丈の事を貴方あなたに話はなしたい為ためにわざ〱貴方あなたを呼よんだのです」

代助の言葉には、普通の愛人あいじんの用ひる様な甘あまい文彩あやを含ふくんでゐなかつた。彼の調子は其言葉と共に簡単で素朴であつた。寧ろ厳粛の域に逼せまつてゐた。但たゞ、夫丈それだけの事を語かたる為ために、急用として、わざ〱三千代を呼んだ所が、玩具おもちやの詩歌しかに類してゐた。けれども、三千代は固より、斯う云ふ意味での俗を離れた急用を理解し得る女であつた。其上世間せけんの小説に出でて来くる青春せいしゆん時代の修辞には、多くの興味を持つてゐなかつた。代助の言葉が、三千代の官能に華はなやかな何物をも与へなかつたのは、事実であつた。三千代がそれに渇いてゐなかつたのも事実であつた。代助の言葉は官能を通り越して、すぐ三千代の心こゝろに達した。三千代は顫ふるへる睫毛まつげの間あひだから、涙を頬ほゝの上うへに流した。

「僕はそれを貴方あなたに承知して貰もらひたいのです。承知して下ください」

三千代は猶泣ないた。代助に返事をする所どころではなかつた。袂たもとから手帛ハンケチを出だして顔かほへ当あてた。濃い眉まゆの一部分と、額ひたひと生際はえぎは丈が代助の眼めに残つた。代助は椅子を三千代の方へ摺すり寄せた。

「承知して下くださるでせう」と耳みゝの傍はたで云つた。三千代は、まだ顔かほを蔽つてゐた。しやくり上げながら、

「余あんまりだわ」と云ふ声が手帛ハンケチの中なかで聞えた。それが代助の聴覚を電流の如くに冒した。代助は自分の告白が遅おそ過ぎたと云ふ事を切に自覚した。打ち明けるならば三千代が平岡へ嫁とつぐ前に打ち明けなければならない筈であつた。彼は涙なみだと涙なみだの間あひだをぼつ〱綴つゞる三千代の此一語を聞くに堪えなかつた。

「僕は三四年前に、貴方あなたに左様さう打ち明けなければならなかつたのです」と云つて、憮ぶ然として口くちを閉とぢた。三千代は急に手帛ハンケチを顔かほから離はなした。瞼まぶたの赤あかくなつた眼めを突然代助の上うへに睜みはつて、

「打ち明あけて下くださらなくつても可いいから、何故なぜ」と云ひ掛かけて、一寸ちよつと蹰躇ちうちよしたが、思ひ切つて、「何故なぜ棄すてゝ仕舞つたんです」と云ふや否や、又手帛ハンケチを顔かほに当あてゝ又泣ないた。

「僕ぼくが悪わるい。堪忍して下ください」

代助は三千代の手頸てくびを執とつて、手帛ハンケチを顔かほから離はなさうとした。三千代は逆さからはうともしなかつた。手帛ハンケチは膝の上うへに落ちた。三千代は其膝ひざの上うへを見た儘まゝ、微かすかな声で、

「残酷だわ」と云つた。小さい口元くちもとの肉にくが顫ふるふ様に動いた。

「残酷と云はれても仕方がありません。其代り僕は夫丈それだけの罰ばつを受うけてゐます」

三千代は不思議な眼めをして顔かほを上あげたが、

「何どうして」と聞きいた。

「貴方あなたが結婚して三年以上になるが、僕はまだ独身どくしんでゐます」

「だつて、夫それは貴方あなたの御勝手ぢやありませんか」

「勝手ぢやありません。貰もらはうと思つても、貰もらへないのです。それから以後、宅うちのものから何遍結婚を勧められたか分わかりません。けれども、みんな断つて仕舞ひました。今度こんども亦一人ひとり断ことわりました。其結果僕と僕の父ちゝとの間あひだが何どうなるか分わかりません。然し何どうなつても構はない、断ことわるんです。貴方あなたが僕に復讐ふくしうしてゐる間あひだは断ことわらなければならないんです」

「復讐」と三千代は云つた。此二字を恐るゝものゝ如くに眼めを働はたらかした。「私わたくしは是でも、嫁よめに行いつてから、今日こんにち迄一日いちにちも早く、貴方あなたが御結婚なされば可いいと思はないで暮くらした事はありません」と稍改あらたまつた物の言いひ振ぶりであつた。然し代助はそれに耳を貸さなかつた。

「いや僕は貴方あなたに何所どこ迄も復讐して貰もらひたいのです。それが本望なのです。今日けふ斯こうやつて、貴方あなたを呼んで、わざ〱自分の胸を打ち明けるのも、実は貴方あなたから復讐ふくしうされてゐる一部分としか思やしません。僕は是で社会的に罪を犯したも同じ事です。然し僕はさう生れて来きた人間にんげんなのだから、罪を犯す方が、僕には自然なのです。世間に罪を得ても、貴方あなたの前に懺悔ざんげする事が出来れば、夫で沢山なんです。是程嬉しい事はないと思つてゐるんです」

十四の十一

三千代は涙なみだの中なかで始はじめて笑つた。けれども一言ひとことも口くちへは出ださなかつた。代助は猶己れを語る隙ひまを得た。――

「僕は今更こんな事を貴方あなたに云ふのは、残酷だと承知してゐます。それが貴方あなたに残酷に聞えれば聞える程僕は貴方あなたに対して成功したも同様になるんだから仕方がない。其上僕はこんな残酷な事を打ち明けなければ、もう生きてゐる事が出来なくなつた。つまり我儘わがまゝです。だから詫あやまるんです」

「残酷では御座いません。だから詫あやまるのはもう廃よして頂戴」

三千代の調子は、此時急に判然はつきりした。沈しづんではゐたが、前に比べると非常に落ち着ついた。然ししばらくしてから、又

「たゞ、もう少し早く云つて下くださると」と云ひ掛けて涙ぐんだ。代助は其時斯う聞いた。――

「ぢや僕が生涯黙だまつてゐた方が、貴方あなたには幸福だつたんですか」

「左様さうぢやないのよ」と三千代は力を籠めて打ち消した。「私わたくしだつて、貴方あなたが左様さう云つて下くださらなければ、生きてゐられなくなつたかも知れませんわ」

今度は代助の方が微笑した。

「夫それぢや構はないでせう」

「構かまはないより難有いわ。たゞ――」

「たゞ平岡に済すまないと云ふんでせう」

三千代は不安らしく首肯うなづいた。代助は斯う聞いた。――

「三千代さん、正直に云つて御覧。貴方あなたは平岡を愛してゐるんですか」

三千代は答へなかつた。見るうちに、顔の色が蒼くなつた。眼めも口くちも固かたくなつた。凡てが苦痛の表情であつた。代助は又聞いた。

「では、平岡は貴方あなたを愛してゐるんですか」

三千代は矢張り俯うつ向むいてゐた。代助は思ひ切つた判断を、自分の質問しつもんの上に与へやうとして、既に其言葉が口くち迄出掛でかゝつた時、三千代は不意に顔を上あげた。其顔には今見た不安も苦痛も殆んど消えてゐた。涙なみださへ大抵は乾かはいた。頬ほゝの色いろは固より蒼かつたが、唇くちびるは確しかとして、動く気色けしきはなかつた。其間そのあひだから、低く重い言葉が、繋つながらない様に、一字づゝ出でた。

「仕様がない。覚悟を極きめませう」

代助は脊中せなかから水みづを被かぶつた様に顫ふるへた。社会から逐ひ放はなたるべき二人ふたりの魂たましひは、たゞ二人ふたり対むかひ合つて、互たがひを穴の明あく程眺めてゐた。さうして、凡すべてに逆さからつて、互たがひを一所に持ち来きたした力を互たがひと怖おそれ戦おののいた。

しばらくすると、三千代は急に物に襲はれた様に、手を顔かほに当あてて泣き出だした。代助は三千代の泣なく様さまを見るに忍しのびなかつた。肱ひぢを突ついて額ひたひを五指ごしの裏うらに隠かくした。二人ふたりは此態度を崩くづさずに、恋愛の彫刻の如く、凝じつとしてゐた。

二人ふたりは斯う凝じつとしてゐる中うちに、五十年を眼まのあたりに縮ちゞめた程の精神の緊きん張を感じた。さうして其その緊きん張と共に、二人ふたりが相並んで存在して居おると云ふ自覚を失はなかつた。彼等は愛の刑けいと愛の賚たまものとを同時に享うけて、同時に双方を切実に味はつた。

しばらくして、三千代は手帛ハンケチを取つて、涙を奇麗に拭ふいたが、静しづかに、

「私わたくしもう帰つてよ」と云つた。代助は、

「御帰りなさい」と答へた。

雨は小降こぶりになつたが、代助は固より三千代を独ひとり返す気はなかつた。わざと車くるまを雇はずに、自分で送つて出でた。平岡の家迄附ついて行く所を、江戸川の橋の上うへで別わかれた。代助は橋の上に立つて、三千代が横町を曲まがる迄見送みおくつてゐた。夫それから緩ゆつくり歩を回めぐらしながら、腹はらの中なかで、

「万事終る」と宣告した。

雨は夕方歇やんで、夜よに入つたら、雲がしきりに飛とんだ。其中うち洗つた様な月が出でた。代助は光ひかりを浴あびる庭の濡葉ぬれはを長い間あひだ椽側から眺ながめてゐたが、仕舞に下駄を穿はいて下したへ降おりた。固より広い庭でない上うへに立木たちきの数かずが存外多いので、代助の歩あるく積せきはたんと無なかつた。代助は其真中まんなかに立つて、大おほきな空そらを仰いだ。やがて、座敷から、昼間ひるま買つた百合ゆりの花を取つて来きて、自分の周囲まはりに蒔まき散らした。白い花瓣くわべんが点々てん〱として月の光ひかりに冴さえた。あるものは、木下闇やみに仄ほのめいた。代助は何をするともなく其間あひだに曲かゞんでゐた。

寐る時になつて始めて座敷へ上あがつた。室へやの中なかは花の香にほひがまだ全く抜ぬけてゐなかつた。

十五の一

三千代に逢つて、云ふべき事を云つて仕舞つた代助は、逢はない前に比べると、余程心の平和に接近し易くなつた。然し是は彼の予期する通りに行いつた迄で、別に意外の結果と云ふ程のものではなかつた。

会見の翌日彼は永らく手に持つてゐた賽さいを思ひ切つて投なげた人の決心を以て起きた。彼は自分と三千代の運命に対して、昨日きのふから一種の責任を帯びねば済まぬ身みになつたと自覚した。しかも夫それは自みづから進んで求めた責任に違ちがいなかつた。従つて、それを自分の脊せに負ふて、苦しいとは思へなかつた。その重おもみに押されるがため、却つて自然と足あしが前に出る様な気がした。彼は自みづから切り開いた此運命の断片を頭あたまに乗のせて、父ちゝと決戦すべき準備を整へた。父ちゝの後あとには兄あにがゐた、嫂あによめがゐた。是等と戦つた後あとには平岡がゐた。是等を切り抜ぬけても大きな社会があつた。個人の自由と情実を毫も斟酌して呉くれない器械の様な社会があつた。代助には此社会が今全然暗黒に見えた。代助は凡てと戦ふ覚悟をした。

彼は自分で自分の勇気と胆力に驚ろいた。彼は今日迄、熱烈を厭ふ、危きに近寄り得ぬ、勝負事ぶごとを好まぬ、用心深い、太平の好紳士と自分を見傚してゐた。徳義上重大な意味の卑怯はまだ犯した事がないけれども、臆病と云ふ自覚はどうしても彼かれの心から取り去る事が出来なかつた。

彼は通俗なある外国雑誌の購読者であつた。其中なかのある号で、Mountainマウンテン Accidentsアクシデンツ と題する一篇に遭あつて、かつて心こゝろを駭おどろかした。夫それには高山を攀よぢ上のぼる冒険者の、怪我過あやまちが沢山に並ならべてあつた。登山の途中雪崩ゆきなだれに圧おされて、行き方知れずになつたものゝ骨が、四十年後ごに氷河の先さきへ引懸かゝつて出でた話や、四人の冒険者が懸崖の半腹にある、真直に立つた大きな平ひら岩を越すとき、肩から肩の上へ猿さるの様に重かさなり合つて、最上の一人の手が岩いはの鼻へ掛かるや否や、岩いはが崩くづれて、腰の縄が切れて、上の三人が折り重なつて、真逆様に四番目の男の傍そばを遥かの下に落ちて行つた話などが、幾何いくつとなく載せてあつた間に、錬瓦れんぐわの壁かべ程急な山腹さんぷくに、蝙蝠かうもりの様に吸すひ付いた人間にんげんを二三ヶ所点綴した挿画さしゑがあつた。其時代助は其絶壁の横よこにある白い空間のあなたに、広ひろい空そらや、遥かの谷たにを想像して、怖おそろしさから来くる眩暈めまひを、頭あたまの中なかに再現げんせずには居られなかつた。

代助は今道徳界に於て、是等の登攀者と同一な地位に立つてゐると云ふ事を知つた。けれども自みづから其場に臨んで見ると、怯ひるむ気は少しもなかつた。怯ひるんで猶予する方が彼に取つては幾倍の苦痛であつた。

彼は一日いちじつも早く父ちゝに逢つて話はなしをしたかつた。万一の差支を恐れて、三千代が来きた翌日、又電話を掛けて都合を聞き合せた。父ちゝは留守だと云ふ返事を得た。次つぎの日又問ひ合せたら、今度は差支があると云つて断ことわられた。其次には此方こちらから知らせる迄は来くるに及ばんといふ挨拶であつた。代助は命令通り控ひかえてゐた。其間嫂あによめからも兄あにからも便たよりは一向なかつた。代助は始めは家うちのものが、自分に出来る丈長い、反省再考の時間を与へる為ための策略ではあるまいかと推察して、平気に構へてゐた。三度の食事も旨うまく食くつた。夜よるも比較的安やすらかな夢を見た。雨あめの晴間はれまには門野かどのを連れて散歩を一二度した。然し宅うちからは使つかひも手紙てがみも来こなかつた。代助は絶壁ぜつぺきの途中で休息する時間の長過ぎるのに安やすからずなつた。仕舞に思ひ切つて、自分の方から青山へ出掛でかけて行つた。兄あには例の如く留守であつた。嫂あによめは代助を見みて気の毒さうな顔をした。が、例の事件に就ては何にも語かたらなかつた。代助の来意を聞きいて、では私わたしが一寸ちよつと奥おくへ行いつて御父おとうさんの御都合を伺うかゞつて来きませうと云つて立つた。梅子の態度は、父ちゝの怒りから代助を庇かばう様にも見えた。又彼を疎外する様にも取とれた。代助は両方の何いづれだらうかと煩わづらつて待つてゐた。待ちながらも、何どうせ覚悟の前だと何遍も口くちのうちで繰り返した。

奥から梅子が出て来る迄には、大分暇ひまが掛かゝつた。代助を見て、又気の毒さうに、今日けふは御都合が悪わるいさうですよと云つた。代助は仕方なしに、何時いつ来きたら宜よからうかと尋ねた。固より例れいの様やうな元気はなく悄然とした問ひ振りであつた。梅子は代助の様子に同情の念を起した調子で、二三日中に屹度自分が責任を以て都合の好いい時日を知らせるから今日けふは帰れと云つた。代助が内玄関を出でる時、梅子はわざと送つて来きて、

「今度こんだこそ能く考へて入らつしやいよ」と注意した。代助は返事もせずに門もんを出でた。

十五の二

帰る途中とちうも不愉快で堪たまらなかつた。此間このあひだ三千代に逢あつて以後、味はう事を知つた心の平和を、父ちゝや嫂あによめの態度で幾分か破壊されたと云ふ心持が路々みち〱募つた。自分は自分の思ふ通りを父ちゝに告つげる、父ちゝは父ちゝの考へを遠慮なく自分に洩らす、それで衝突する、衝突の結果はどうあらうとも潔よく自分で受ける。是が代助の予期であつた。父ちゝの仕打しうちは彼かれの予期以外に面白くないものであつた。其仕打は父ちゝの人格を反射する丈夫丈多く代助を不愉快にした。

代助は途みちすがら、何なにを苦くるしんで、父ちゝとの会見を左迄に急いだものかと思ひ出だした。元来が父ちゝの要求に対する自分の返事に過ぎないのだから、便宜は寧ろ、是を待ち受ける父ちゝの方にあるべき筈であつた。其父ちゝがわざとらしく自分を避ける様にして、面会を延のばすならば、それは自己の問題を解決する時間が遅くなると云ふ不結果を生ずる外に何なにも起り様がない。代助は自分の未来に関する主要な部分は、もう既に片付かたづけて仕舞つた積つもりでゐた。彼は父ちゝから時日を指定して呼び出だされる迄は、宅うちの方の所置を其儘にして放つて置く事に極めた。

彼は家いへに帰つた。父ちゝに対しては只薄暗うすぐらい不愉快の影かげが頭あたまに残つてゐた。けれども此影は近き未来に於て必ず其暗くらさを増してくるべき性質のものであつた。其他には眼前に運命の二つの潮流を認めた。一つは三千代と自分が是から流れて行くべき方向を示してゐた。一つは平岡と自分を是非共一所に捲まき込むべき凄すさまじいものであつた。代助は此間このあひだ三千代に逢あつたなりで、片片かたかたの方は捨てゝある。よし是これから三千代の顔かほを見るにした所で、――また長い間あひだ見ずにゐる気はなかつたが、――二人ふたりの向後取るべき方針に就て云へば、当分は一歩も現在状態より踏み出す了見は持たなかつた。此点に関して、代助は我ながら明瞭な計画を拵こしらえてゐなかつた。平岡と自分とを運び去るべき将来に就ても、彼はたゞ何時いつ、何事なにごとにでも用意ありと云ふ丈であつた。無論彼は機きを見て、積極的に働らき掛ける心組はあつた。けれども具体的な案は一つも準備しなかつた。あらゆる場合に於て、彼の決して仕損しそんじまいと誓つたのは、凡てを平岡に打ち明けると云ふ事であつた。従つて平岡と自分とで構成すべき運命の流は黒くろく恐ろしいものであつた。一つの心配は此恐ろしい暴風あらしの中なかから、如何にして三千代を救すくひ得べきかの問題であつた。

最後に彼の周囲を人間のあらん限かぎり包つゝむ社会に対しては、彼は何の考も纏めなかつた。事実として、社会は制裁の権を有してゐた。けれども動機行為の権は全く自己の天分から湧いて出でるより外に道はないと信じた。かれは此点に於て、社会と自分との間には全く交渉のないものと認めて進行する気であつた。

代助は彼かれの小ちいさな世界の中心に立つて、彼かれの世界を斯様に観て、一順其関係比例を頭あたまの中で調べた上、

「善よからう」と云つて、又家いへを出た。さうして一二丁歩あるいて、乗り付つけの帳場迄来きて、奇麗で早はやさうな奴やつを択んで飛び乗のつた。何処どこへ行く当あてもないのを好加減な町を名指なざして二時間程ぐる〱乗り廻まはして帰かへつた。

翌日も書斎の中なかで前日同様、自分の世界の中心に立つて、左右前後を一応隈くまなく見渡した後あと、

「宜よろしい」と云つて外そとへ出て、用もない所を今度は足に任せてぶら〱歩あるいて帰つた。

三日目にも同じ事を繰くり返した。が、今度は表へ出でるや否や、すぐ江戸川を渡つて、三千代の所へ来きた。三千代は二人ふたりの間あひだに何事も起おこらなかつたかの様に、

「何故なぜ夫それから入らつしやらなかつたの」と聞きいた。代助は寧ろ其落ち付き払はらつた態度に驚ろかされた。三千代はわざと平岡の机の前に据ゑてあつた蒲団を代助の前へ押し遣やつて、

「何なんでそんなに、そわ〱して居ゐらつしやるの」と無理に其上そのうへに坐すはらした。

一時間ばかり話してゐるうちに、代助の頭あたまは次第に穏おだやかになつた。車くるまへ乗つて、当あてもなく乗り回まはすより、三十分でも好いいから、早く此所こゝへ遊びに来くれば可よかつたと思ひ出した。帰るとき代助は、

「又来きます。大丈夫だから安心して入いらつしやい」と三千代を慰める様に云つた。三千代はたゞ微笑した丈であつた。

十五の三

其夕方ゆふがた始めて父ちゝからの報知しらせに接した。其時代助は婆さんの給仕で飯めしを食くつてゐた。茶碗を膳の上うへへ置いて、門野かどのから手紙を受取つて読むと、明朝何時迄に御出いでの事といふ文句があつた。代助は、

「御役所風だね」と云ひながら、わざと端書はがきを門野かどのに見せた。門野かどのは、

「青山あをやまの御宅おたくからですか」と叮嚀に眺めてゐたが、別に云ふ事がないものだから、表おもてを引つ繰り返して、

「何どうも何なんですな。昔むかしの人ひとは矢っ張り手蹟てが好いい様ですな」と御世辞を置き去ざりにして出て行つた。婆さんは先刻さつきから暦こよみの話はなしをしきりに為してゐた。みづのえだのかのとだの、八朔だの友引ともびきだの、爪つめを切きる日だの普請をする日だのと頗る煩うるさいものであつた。代助は固より上うはの空そらで聞きいてゐた。婆さんは又門野かどのの職しよくの事を頼たのんだ。十五円でも宜いいから何方どつかへ出だして遣やつて呉れないかと云つた。代助は自分ながら、何どんな返事をしたか分わからない位気にも留とめなかつた。たゞ心こゝろのうちでは、門野所どころか、この己おれが危あやしい位だと思つた。

食事しよくじを終るや否や、本郷から寺尾が来きた。代助は門野の顔かほを見て暫らく考へてゐた。門野かどのは無雑作に、

「断ことわりますか」と聞いた。代助は此間から珍らしくある会くわいを一二回欠席した。来客も逢あはないで済すむと思ふ分は両度程謝絶した。

代助は思ひ切つて寺尾に逢つた。寺尾は何時いつもの様に、血眼ちまなこになつて、何か探さがしてゐた。代助は其様子を見て、例の如く皮肉で持ち切る気にもなれなかつた。翻訳だらうが焼き直しだらうが、生きてゐるうちは何処どこ迄も遣やる覚悟だから、寺尾の方がまだ自分より社会の児じらしく見えた。自分がもし失脚して、彼と同様の地位に置かれたら、果して何どの位の仕事に堪えるだらうと思ふと、代助は自分に対して気の毒になつた。さうして、自分が遠からず、彼かれよりも甚ひどく失脚するのは、殆んど未発の事実の如く確たしかだと諦めてゐたから、彼は侮蔑の眼めを以て寺尾を迎へる訳には行かなかつた。

寺尾は、此間の翻訳を漸くの事で月末迄に片付けたら、本屋の方で、都合が悪いから秋迄出版を見合せると云ひ出したので、すぐ労力を金かねに換算する事が出来ずに、困つた結果遣やつて来きたのであつた。では書肆と契約なしに手を着つけたのかと聞きくと、全く左様さうでもないらしい。と云つて、本屋の方が丸で約束を無視しした様にも云はない。要するに曖昧であつた。たゞ困つてゐる事丈は事実らしかつた。けれども斯かう云ふ手違てちがひに慣れ抜ぬいた寺尾は、別に徳義問題として誰にも不満を抱いだいてゐる様には見えなかつた。失敬だとか怪けしからんと云ふのは、たゞ口くちの先許さきばかりで、腹はらの中なかの屈托は、全然飯めしと肉にくに集注してゐるらしかつた。

代助は気の毒になつて、当座の経済に幾分の補助を与へた。寺尾は感謝の意を表して帰つた。帰る前に、実は本屋からも少しは前借はしたんだが、それは疾とくの昔むかしに使つかつて仕舞つたんだと自白した。寺尾の帰つたあとで、代助はあゝ云ふのも一種の人格だと思つた。たゞ斯かう楽に活計くらしてゐたつて決して為なれる訳のものぢやない。今の所謂文壇が、あゝ云ふ人格を必要と認めて、自然に産み出した程、今の文壇は悲しむべき状況の下もとに呻吟してゐるんではなからうかと考へて茫乎ぼんやりした。

代助は其晩そのばん自分の前途をひどく気に掛けた。もし父ちゝから物質的に供給の道を鎖とざされた時、彼は果して第二の寺尾になり得る決心があるだらうかを疑うたぐつた。もし筆を執つて寺尾の真似さへ出来なかつたなら、彼は当然餓死すべきである。もし筆を執とらなかつたら、彼は何をする能力があるだらう。

彼は眼めを開あけて時々とき〲蚊帳かやの外そとに置おいてある洋燈ランプを眺めた。夜中よなかに燐寸マツチを擦すつて烟草たばこを吹ふかした。寐返りを何遍も打つた。固より寐ね苦しい程暑い晩ではなかつた。雨が又ざあ〱と降ふつた。代助は此雨の音おとで寐ね付くかと思ふと、又雨の音おとで不意に眼めを覚さました。夜は半醒半睡のうちに明け離れた。

十五の四

定刻ていこくになつて、代助は出掛でかけた。足駄穿あしだばきで雨傘あまがさを提さげて電車に乗のつたが、一方の窓まどが締しめ切きつてある上うへに、革紐かはひもにぶら下さがつてゐる人ひとが一杯なので、しばらくすると胸むねがむかついて、頭あたまが重おもくなつた。睡眠不足が影響したらしく思はれるので、手てを窮屈に伸のばして、自分の後うしろ丈を開あけ放はなつた。雨は容赦なく襟から帽子に吹ふき付つけた。二三分の後のち隣となりの人ひとの迷惑さうな顔かほに気が付ついて、又元もとの通りに硝子窓がらすまどを上あげた。硝子がらすの表側おもてがはには、弾はぢけた雨あめの珠たまが溜たまつて、往来が多少歪ゆがんで見えた。代助は首くびから上うへを捩ねぢ曲まげて眼めを外面そとに着つけながら、幾いくたびか自分の眼めを擦こすつた。然し何遍擦こすつても、世界の恰好が少し変つて来きたと云ふ自覚が取れなかつた。硝子がらすを通とほして斜なゝめに遠方を透すかして見るときは猶左様さういふ感じがした。

弁慶橋べんけいばしで乗り換かえてからは、人もまばらに、雨も小降こぶりになつた。頭あたまも楽らくに濡ぬれた世の中なかを眺める事が出来できた。けれども機嫌きげんの悪わるい父ちゝの顔かほが、色々な表情を以て彼かれの脳髄を刺戟した。想像の談話さへ明あきらかに耳に響ひゞいた。

玄関を上あがつて、奥へ通る前まへに、例の如く一応嫂あによめに逢つた。嫂あによめは、

「鬱陶しい御天気ぢやありませんか」と愛想よく自分で茶を汲んで呉れた。然し代助は飲む気にもならなかつた。

「御父おとうさんが待つて御出おいででせうから、一寸ちよつと行いつて話はなしをして来きませう」と立ち掛かけた。嫂あによめは不安らしい顔かほをして、

「代さん、成ならう事なら、年寄としよりに心配を掛けない様になさいよ。御父おとうさんだつて、もう長ながい事はありませんから」と云つた。代助は梅子の口くちから、こんな陰気な言葉を聞きくのは始めてであつた。不意に穴倉あなぐらへ落おちた様な心持がした。

父ちゝは烟草盆を前に控えて、俯向うつむいてゐた。代助の足音を聞きいても顔かほを上あげなかつた。代助は父ちゝの前まへへ出でて、叮嚀に御辞儀をした。定さだめて六づかしい眼付めつきをされると思ひの外、父ちゝは存外穏おだやかなもので、

「降ふるのに御苦労だつた」と労いたはつて呉れた。其時始めて気が付ついて見ると、父ちゝの頬ほゝが何時いつの間まにかぐつと瘠こけてゐた。元来が肉にくの多い方だつたので、此変化が代助には余計目立つて見えた。代助は覚えず、

「何どうか為なさいましたか」と聞いた。

父ちゝは親おやらしい色いろを一寸ちよつと顔かほに動うごかした丈で、別に代助の心配を物ものにする様子もなかつたが、少時しばらく話はなしてゐるうちに、

「己おれも大分だいぶ年としを取つてな」と云ひ出だした。其調子が何時いつもの父ちゝとは全く違ちがつてゐたので、代助は最前嫂あによめの云つた事を愈重く見なければならなくなつた。

父ちゝは年としの所為せゐで健康の衰へたのを理由として、近々実業界を退く意志のある事を代助に洩もらした。けれども今は日露戦争後の商工業膨脹の反動を受けて、自分の経営にかゝる事業が不景気の極端に達してゐる最中さいちうだから、此難関を漕こぎ抜けた上うへでなくては、無責任の非難を免かれる事が出来ないので、当分已を得ずに辛抱してゐるより外に仕方がないのだと云ふ事情を委しく話した。代助は父ちゝの言葉を至極尤もだと思つた。

父ちゝは普通の実業なるものゝ困難と危険と繁劇と、それ等から生ずる当事者の心こゝろの苦痛及び緊張の恐るべきを説いた。最後に地方の大地主ぢぬしの、一見地味ぢみであつて、其実自分等よりはずつと鞏固の基礎を有してゐる事を述べた。さうして、此比較を論拠として、新たに今度の結婚を成立させやうと力めた。

「さう云ふ親類が一軒位あるのは、大変な便利で、且つ此際このさい甚だ必要ぢやないか」と云つた。代助は、父ちゝとしては寧ろ露骨過ぎる此政略的結婚の申し出いでに対して、今更驚ろく程、始めから父ちゝを買ひ被つてはゐなかつた。最後の会見に、父ちゝが従来の仮面かめんを脱ぬいで掛かかつたのを、寧ろ快こゝろよく感じた。彼自身かれじしんも、斯こんな意味の結婚を敢てし得る程度の人間にんげんだと自みづから見積みつもつてゐた。

其上そのうへ父ちゝに対して何時いつにない同情があつた。其顔かほ、其声こえ、其代助を動かさうとする努力、凡てに老後の憐れを認める事が出来た。代助はこれをも、父の策略とは受取り得なかつた。私わたくしは何どうでも宜よう御座いますから、貴方あなたの御都合の好いい様に御極きめなさいと云ひたかつた。

十五の五

けれども三千代と最後の会見くわいけんを遂とげた今更いまさら、父ちゝの意に叶かなふ様な当座の孝行は代助には出来かねた。彼は元来が何方付どつちつかずの男であつた。誰だれの命令も文字通りに拝承した事のない代りには、誰だれの意見にも露むきに抵抗した試がなかつた。解釈のしやうでは、策士の態度とも取れ、優柔の生れ付つきとも思はれる遣口やりくちであつた。彼かれ自身さへ、此二つの非難の何いづれを聞きいた時に、左様さうかも知れないと、腹はらの中なかで首くびを捩ひねらぬ訳わけには行いかなかつた。然し其原因の大部分は策略でもなく、優柔でもなく、寧ろ彼かれに融通の利きく両ふたつの眼めが付ついてゐて、双方を一時に見みる便宜を有してゐたからであつた。かれは此能力の為に、今日迄一図に物ものに向つて突進する勇気を挫くぢかれた。即かず離れず現状に立ち竦すくんでゐる事が屡しば〱あつた。此現状維持の外観が、思慮の欠乏から生ずるのでなくて、却つて明白な判断に本いて起ると云ふ事実は、彼かれが犯すべからざる敢為の気象を以て、彼の信ずる所を断行した時に、彼自身にも始めて解わかつたのである。三千代の場合は、即ち其適例てきれいであつた。

彼は三千代の前に告白した己おのれを、父ちゝの前で白紙にしやうとは想おもひ到いたらなかつた。同時に父ちゝに対しては、心しんから気の毒であつた。平生の代助が此際に執るべき方針は云はずして明あきらかであつた。三千代との関係を撤回する不便なしに、父に満足を与へる為ための結婚を承諾するに外ほかならなかつた。代助は斯かくして双方を調和する事が出来できた。何方付どつちつかずに真中まんなかへ立たつて、煮え切らずに前進する事は容易であつた。けれども、今いまの彼かれは、不断ふだんの彼とは趣おもむきを異にしてゐた。再び半身を埒外らつぐわいに挺ぬきんでて、余人と握手するのは既に遅おそかつた。彼は三千代に対する自己の責任を夫程深く重いものと信じてゐた。彼の信念は半なかば頭あたまの判断から来きた。半ば心こゝろの憧憬から来きた。二つのものが大きな濤なみの如くに彼を支配した。彼は平生の自分から生れ変つた様に父ちゝの前に立たつた。

彼かれは平生の代助の如く、成る可く口数くちかずを利きかずに控ひかえてゐた。父ちゝから見れば何時いつもの代助と異なる所はなかつた。代助の方では却つて父ちゝの変かはつてゐるのに驚ろいた。実は此間から幾度いくたびも会見を謝絶されたのも、自分が父ちゝの意志に背く恐おそれがあるから父ちゝの方でわざと、延のばしたものと推してゐた。今日けふ逢あつたら、定めて苦にがい顔をされる事と覚悟を極きめてゐた。ことによれば、頭あたまから叱しかり飛とばされるかも知れないと思つた。代助には寧ろ其方そのほうが都合が好よかつた。三分ぶの一いちは、父ちゝの暴怒ぼうどに対する自己の反動を、心理的に利用して、判然きつぱり断ことわらうと云ふ下心したごゝろさへあつた。代助は父ちゝの様子、父ちゝの言葉遣つかひ、父の主意、凡てが予期に反して、自分の決心を鈍にぶらせる傾向に出でたのを心苦しく思つた。けれども彼は此心苦こゝろぐるしさにさへ打ち勝つべき決心を蓄たくはへた。

「貴方あなたの仰おつしやる所は一々いち〱御尤もだと思ひますが、私わたくしには結婚を承諾する程の勇気がありませんから、断ことわるより外に仕方がなからうと思ひます」ととう〱云つて仕舞つた。其時父ちゝはたゞ代助の顔かほを見てゐた。良やゝあつて、

「勇気が要いるのかい」と手に持もつてゐた烟管きせるを畳たゝみの上うへに放ほうり出だした。代助は膝頭ひざがしらを見詰めて黙だまつてゐた。

「当人が気に入らないのかい」と父が又聞きいた。代助は猶返事をしなかつた。彼は今迄父ちゝに対して己おのれの四半分も打ち明あけてはゐなかつた。その御蔭かげで父ちゝと平和の関係を漸く持続して来きた。けれども三千代の事丈は始めから決して隠かくす気はなかつた。自分の頭あたまの上うへに当然落ちかゝるべき結果を、策で避さける卑怯が面白くなかつたからである。彼はたゞ自白の期に達してゐないと考へた。従つて三千代の名は丸で口くちへは出ださなかつた。父ちゝは最後に、

「ぢや何なんでも御前おまへの勝手にするさ」と云つて苦にがい顔かほをした。

代助も不愉快であつた。然し仕方がないから、礼をして父ちゝの前まへを退さがらうとした。ときに父ちゝは呼び留とめて、

「己おれの方でも、もう御前おまへの世話はせんから」と云つた。座敷へ帰つた時、梅子は待ち構へた様に、

「何どうなすつて」と聞いた。代助は答へ様もなかつた。

十六の一

翌日あくるひ眼めが覚さめても代助の耳の底そこには父ちゝの最後の言葉が鳴なつてゐた。彼かれは前後の事情から、平生以上の重おもみを其内容に附着しなければならなかつた。少すくなくとも、自分丈では、父ちゝから受ける物質的の供給がもう絶えたものと覚悟する必要があつた。代助の尤も恐るゝ時期は近づいた。父ちゝの機嫌を取り戻もどすには、今度の結婚を断るにしても、あらゆる結婚に反対してはならなかつた。あらゆる結婚に反対しても、父ちゝを首肯うなづかせるに足る程の理由を、明白に述べなければならなかつた。代助に取つては二つのうち何いづれも不可能であつた。人生に対する自家の哲学フヒロソフヒーの根本に触れる問題に就いて、父ちゝを欺くのは猶更不可能であつた。代助は昨日きのふの会見を回顧して、凡てが進むべき方向に進んだとしか考へ得なかつた。けれども恐ろしかつた。自己が自己に自然な因果を発展させながら、其因果の重おもみを脊中せなかに負しよつて、高い絶壁の端はじ迄押し出された様な心持であつた。

彼かれは第一の手段として、何か職業を求めなければならないと思つた。けれども彼かれの頭あたまの中なかには職業と云ふ文字がある丈で、職業其物は体を具えて現あらはれて来こなかつた。彼は今日迄如何なる職業にも興味を有つてゐなかつた結果として、如何なる職業を想ひ浮うかべて見ても、只たゞ其上そのうへを上滑うはすべりに滑すべつて行く丈で、中なかに踏ふみ込んで内部から考へる事は到底出来なかつた。彼には世間が平ひらたい複雑な色分いろわけの如くに見えた。さうして彼かれ自身は何等の色いろを帯びてゐないとしか考へられなかつた。

凡ての職業を見渡した後のち、彼かれの眼めは漂泊者の上うへに来きて、そこで留とまつた。彼は明あきらかに自分の影を、犬と人ひとの境さかいを迷まよふ乞食こつじきの群むれの中なかに見出いだした。生活の堕落は精神の自由を殺す点に於て彼の尤も苦痛とする所であつた。彼は自分の肉体に、あらゆる醜穢しうえを塗ぬり付けた後あと、自分の心こゝろの状態が如何に落魄するだらうと考へて、ぞつと身振みぶるひをした。

此落魄のうちに、彼は三千代を引張り廻まはさなければならなかつた。三千代は精神的に云つて、既に平岡の所有ではなかつた。代助は死に至る迄彼女かのをんなに対して責任を負ふ積であつた。けれども相当の地位を有もつてゐる人の不実ふじつと、零落れいらくの極に達した人の親切とは、結果に於て大たいした差違はないと今更ながら思はれた。死ぬ迄三千代に対して責任を負ふと云ふのは、負おふ目的があるといふ迄で、負おつた事実には決してなれなかつた。代助は惘然もうぜんとして黒内障そこひに罹かゝつた人の如くに自失した。

彼かれは又三千代を訪たづねた。三千代は前日ぜんじつの如く静しづかに落おち着ついてゐた。微笑ほゝえみと光輝かゞやきとに満みちてゐた。春風はるかぜはゆたかに彼女かのをんなの眉まゆを吹いた。代助は三千代が己おのれを挙げて自分に信頼してゐる事を知つた。其証拠を又眼まのあたりに見た時、彼かれは愛憐あいれんの情と気の毒の念に堪えなかつた。さうして自己を悪漢の如くに呵責かしやくした。思ふ事は全く云ひそびれて仕舞つた。帰るとき、

「又都合して宅うちへ来きませんか」と云つた。三千代はえゝと首肯うなづいて微笑した。代助は身を切きられる程酷つらかつた。

代助は此間このあひだから三千代を訪問する毎ごとに、不愉快ながら平岡の居ゐない時を択えらまなければならなかつた。始めはそれを左程にも思はなかつたが、近頃では不愉快と云ふよりも寧ろ、行き悪にくい度が日毎に強くなつて来きた。其上そのうへ留守の訪問が重かさなれば、下女に不審を起させる恐れがあつた。気の所為せゐか、茶を運はこぶ時にも、妙に疑ぐり深い眼付めつきをして、見られる様でならなかつた。然し三千代は全く知らぬ顔をしてゐた。少すくなくとも上部うはべ丈は平気であつた。

平岡との関係に就ては、無論詳しく尋ねる機会もなかつた。会たまに一言二言ひとことふたこと夫それとなく問を掛けて見ても、三千代は寧ろ応じなかつた。たゞ代助の顔を見みれば、見てゐる其間そのあひだ丈の嬉うれしさに溺おぼれ尽つくすのが自然の傾向であるかの如くに思はれた。前後を取り囲かこむ黒い雲が、今にも逼せまつて来はしまいかと云ふ心配は、陰かげではいざ知らず、代助の前まへには影かげさへ見せなかつた。三千代は元来神経質の女であつた。昨今の態度は、何どうしても此女の手際ではないと思ふと、三千代の周囲の事情が、まだ夫程険悪に近づかない証拠になるよりも、自分の責任が一層重くなつたのだと解釈せざるを得なかつた。

「すこし又話したい事があるから来きて下ください」と前よりは稍真面目に云つて代助は三千代と別れた。

十六の二

中二日なかふつか置おいて三千代が来くる迄、代助の頭あたまは何等の新あたらしい路みちを開拓し得なかつた。彼かれの頭あたまの中なかには職業の二字が大きな楷書かいしよで焼き付つけられてゐた。それを押おし退のけると、物質的供給の杜絶がしきりに踊り狂くるつた。それが影を隠かくすと、三千代の未来が凄すさまじく荒れた。彼かれの頭あたまには不安の旋風つむじが吹き込んだ。三つのものが巴ともえの如く瞬時の休やすみなく回転した。其結果として、彼の周囲が悉く回転しだした。彼かれは船ふねに乗つた人ひとと一般であつた。回転する頭あたまと、回転する世界の中なかに、依然として落ち付いてゐた。

青山あをやまの宅うちからは何の消息もなかつた。代助は固よりそれを予期してゐなかつた。彼は力つとめて門野を相手にして他愛ない雑談に耽ふけつた。門野は此暑さに自分の身体からだを持ち扱つてゐる位、用のない男であつたから、頗る得意に代助の思ふ通り口くちを動うごかした。それでも話し草臥くたびれると、

「先生、将棋は何どうです」抔と持ち掛けた。夕方ゆふがたには庭にはに水を打うつた。二人ふたり共跣足はだしになつて、手桶を一杯宛づゝ持もつて、無分別に其所等そこいらを濡ぬらして歩あるいた。門野かどのが隣となりの梧桐の天辺てつぺん迄水みづにして御目にかけると云つて、手桶の底を振り上あげる拍子に、滑すべつて尻持を突ついた。白粉草おしろいそうが垣根の傍そばで花を着けた。手水鉢の蔭かげに生はえた秋海棠の葉が著いちゞるしく大きくなつた。梅雨つゆは漸く晴れて、昼は雲くもの峰みねの世界となつた。強い日ひは大きな空そらを透すき通とほす程焼いて、空そら一杯の熱を地上に射り付ける天気となつた。

代助は夜よに入つて頭あたまの上うへの星ばかり眺ながめてゐた。朝あさは書斎に這入つた。二三日は朝から蝉の声が聞きこえる様になつた。風呂場へ行つて、度々たび〱頭あたまを冷ひやした。すると門野がもう好いい時分だと思つて、

「何どうも非常な暑さですな」と云つて、這入つて来きた。代助は斯かう云ふ上うはの空そらの生活を二日程送おくつた。三日目の日盛ひざかりに、彼は書斎の中なかから、ぎら〱する空そらの色いろを見詰みつめて、上うへから吐はき下おろす焔ほのほの息いきを嗅かいだ時に、非常に恐ろしくなつた。それは彼かれの精神が此猛烈なる気候から永久の変化を受けつゝあると考へた為ためであつた。

三千代は此暑このあつさを冒おかして前日ぜんじつの約やくを履ふんだ。代助は女の声こえを聞き付けた時、自分で玄関迄飛び出だした。三千代は傘かさをつぼめて、風呂敷包づゝみを抱へて、格子の外そとに立たつてゐた。不断着ふだんぎの儘まゝ宅うちを出でたと見えて、質素しつそな白地しろぢの浴衣ゆかたの袂たもとから手帛はんけちを出し掛かけた所であつた。代助は其姿そのすがたを一目ひとめ見た時、運命が三千代の未来を切り抜ぬいて、意地悪く自分の眼の前に持つて来きた様に感じた。われ知らず、笑ひながら、

「馳落かけおちでもしさうな風ぢやありませんか」と云つた。三千代は穏おだやかに、

「でも買物をした序でないと上あがり悪にくいから」と真面目な答をして、代助の後あとに跟ついて奥迄這入つて来きた。代助はすぐ団扇を出だした。照り付けられた所為せゐで三千代の頬ほゝが心持よく輝かゞやいた。何時いつもの疲つかれた色は何処どこにも見えなかつた。眼めの中なかにも若わかい沢つやが宿やどつてゐた。代助は生々いき〱した此美くしさに、自己の感覚を溺らして、しばらくは何事も忘れて仕舞つた。が、やがて、此美くしさを冥々の裡うちに打ち崩しつゝあるものは自分であると考へ出だしたら悲かなしくなつた。彼は今日けふも此美うつくしさの一部分を曇らす為ために三千代を呼んだに違ちがひなかつた。

代助は幾度たびか己れを語る事を蹰躇した。自分の前に、これ程幸福に見える若い女を、眉まゆ一筋ひとすぢにしろ心配の為ために動うごかさせるのは、代助から云ふと非常な不徳義であつた。もし三千代に対する義務の心が、彼の胸のうちに鋭するどく働らいてゐなかつたなら、彼は夫それから以後の事情を打ち明ける事の代りに、先達ての告白を再び同じ室へやのうちに繰り返して、単純なる愛の快感の下もとに、一切いつさいを放擲して仕舞つたかも知れなかつた。

代助は漸くにして思ひ切つた。

「其後そのご貴方あなたと平岡との関係は別に変りはありませんか」

三千代は此問を受けた時でも、依然として幸福であつた。

「あつたつて、構かまはないわ」

「貴方あなたは夫程僕を信用してゐるんですか」

「信用してゐなくつちや、斯かうして居られないぢやありませんか」

代助は目映まぼしさうに、熱あつい鏡かゞみの様な遠い空そらを眺ながめた。

十六の三

「僕には夫程信用される資格がなささうだ」と苦く笑しながら答へたが、頭あたまの中なかは焙炉ほいろの如く火照ほてつてゐた。然し三千代は気にも掛かからなかつたと見えて、何故なぜとも聞きき返さなかつた。たゞ簡単に、

「まあ」とわざとらしく驚ろいて見せた。代助は真面目まじめになつた。

「僕は白状するが、実を云ふと、平岡君より頼たよりにならない男なんですよ。買ひ被つてゐられると困るから、みんな話はなして仕舞ふが」と前置まへおきをして、夫それから自分と父ちゝとの今日迄の関係を詳しく述のべた上うへ、

「僕の身分みぶんは是から先さき何どうなるか分わからない。少すくなくとも当分は一人前いちにんまへぢやない。半人前にもなれない。だから」と云ひ淀よどんだ。

「だから、何どうなさるんです」

「だから、僕の思ふ通り、貴方あなたに対して責任が尽せないだらうと心配してゐるんです」

「責任つて、何どんな責任なの。もつと判然はつきり仰おつしやらなくつちや解わからないわ」

代助は平生から物質的状況に重きを置くの結果、たゞ貧苦が愛人の満足に価あたひしないと云ふ事丈を知つてゐた。だから富とみが三千代に対する責任の一つと考へたのみで、夫それより外ほかに明らかな観念は丸で持つてゐなかつた。

「徳義上の責任ぢやない、物質上の責任です」

「そんなものは欲ほしくないわ」

「欲ほしくないと云いつたつて、是非必要になるんです。是から先さき僕が貴方あなたと何どんな新あたらしい関係に移つて行くにしても、物質上の供給が半分は解決者ですよ」

「解決者でも何なんでも、今更いまさら左様そんな事を気にしたつて仕方がないわ」

「口くちではさうも云へるが、いざと云ふ場合になると困るのは眼めに見えてゐます」

三千代は少し色いろを変かへた。

「今いま貴方あなたの御父様おとうさまの御話おはなしを伺うかゞつて見ると、斯かうなるのは始めから解わかつてるぢやありませんか。貴方あなただつて、其位な事は疾とうから気が付ついて入いらつしやる筈だと思ひますわ」

代助は返事が出来なかつた。頭あたまを抑えて、

「少し脳が何どうかしてゐるんだ」と独ひとり言ごとの様に云つた。三千代は少し涙なみだぐんだ。

「もし、夫それが気になるなら、私わたくしの方は何どうでも宜よう御座ござんすから、御父様おとうさまと仲なか直りをなすつて、今迄通り御交際つきあひになつたら好いいぢやありませんか」

代助は急に三千代の手頸てくびを握にぎつてそれを振ふる様に力を入れて云つた。――

「そんな事を為する気きなら始めから心配をしやしない。たゞ気の毒だから貴方あなたに詫あやまるんです」

「詫あやまるなんて」と三千代は声を顫ふるはしながら遮さへぎつた。「私わたくしが源因もとで左様さうなつたのに、貴方あなたに詫あやまらしちや済すまないぢやありませんか」

三千代は声を立たてゝ泣いた。代助は慰撫なだめる様に、

「ぢや我慢しますか」と聞きいた。

「我慢はしません。当り前まへですもの」

「是から先さきまだ変化がありますよ」

「ある事は承知してゐます。何どんな変化があつたつて構やしません。私わたくしは此間このあひだから、――此間このあひだから私わたくしは、若もしもの事があれば、死ぬ積で覚悟を極きめてゐるんですもの」

代助は慄然りつぜんとして戦おののいた。

「貴方あなたに是これから先さき何どうしたら好いいと云ふ希望はありませんか」と聞いた。

「希望なんか無ないわ。何なんでも貴方あなたの云ふ通りになるわ」

「漂泊はく――」

「漂泊でも好いいわ。死ねと仰おつしやれば死ぬわ」

代助は又竦ぞつとした。

「此儘このまゝでは」

「此儘このまゝでも構はないわ」

「平岡君は全く気が付ついてゐない様ですか」

「気が付ついてゐるかも知れません。けれども私わたくしもう度胸を据ゑてゐるから大丈夫なのよ。だつて何時いつ殺ころされたつて好いいんですもの」

「さう死ぬの殺されるのと安やすつぽく云ふものぢやない」

「だつて、放ほうつて置おいたつて、永ながく生きられる身体からだぢやないぢやありませんか」

代助は硬かたくなつて、竦すくむが如く三千代を見詰めた。三千代は歇私的里ヒステリの発作ほつさに襲おそはれた様に思ひ切つて泣ないた。

十六の四

一仕切ひとしきり経たつと、発作ほつさは次第に収おさまつた。後あとは例いつもの通り静しづかな、しとやかな、奥行おくゆきのある、美うつくしい女になつた。眉のあたりが殊に晴はれ〲しく見えた。其時代助は、

「僕が自分で平岡君に逢つて解決を付つけても宜よう御座ござんすか」と聞きいた。

「そんな事が出来て」と三千代は驚ろいた様であつた。代助は、

「出来る積つもりです」と確しつかり答へた。

「ぢや、何どうでも」と三千代が云つた。

「さうしませう。二人ふたりが平岡君を欺あざむいて事をするのは可よくない様だ。無論事実を能く納得出来できる様に話はなす丈です。さうして、僕の悪わるい所はちやんと詫あやまる覚悟です。其結果は僕の思ふ様に行いかないかも知れない。けれども何どう間違まちがつたつて、そんな無暗な事は起らない様にする積つもりです。斯かう中途半端ちうとはんぱにしてゐては、御互も苦痛だし、平岡君に対しても悪わるい。たゞ僕が思ひ切つて左様さうすると、あなたが、嘸さぞ平岡君に面目なからうと思つてね。其所そこが御気の毒なんだが、然し面目ないと云へば、僕だつて面目ないんだから。自分の所為に対しては、如何に面目なくつても、徳義上の責任を負ふのが当然だとすれば、外ほかに何等の利益がないとしても、御互の間に有あつた事丈は平岡君に話さなければならないでせう。其上今の場合では是からの所置を付つける大事の自白なんだから、猶更必要になると思ひます」

「能く解わかりましたわ。何どうせ間違まちがへば死ぬ積なんですから」

「死ぬなんて。――よし死ぬにしたつて、是から先さき何どの位くらゐ間あひだがあるか――又そんな危険がある位なら、なんで平岡君に僕から話すもんですか」

三千代は又泣き出だした。

「ぢや能よく詫あやまります」

代助は日ひの傾くのを待まつて三千代を帰かへした。然し此前の時の様に送おくつては行いかなかつた。一時間程書斎の中で蝉の声を聞きいて暮くらした。三千代に逢つて自分の未来を打ち明けてから、気分が薩張りした。平岡へ手紙を書かいて、会見の都合を聞き合せ様として、筆を持つて見たが、急に責任の重いのが苦になつて、拝啓以後を書き続つゞける勇気が出なかつた。卒然、襯衣しやつ一枚になつて素足で庭へ飛とび出だした。三千代が帰る時は正体なく午睡ひるねをしてゐた門野かどのが、

「まだ早いぢやありませんか。日が当つてゐますぜ」と云ひながら、坊主頭あたまを両手で抑えて椽端にあらはれた。代助は返事もせずに、庭の隅へ潜もぐり込んで竹の落葉おちばを前の方へ掃き出だした。門野かどのも已を得ず着物きものを脱ぬいで下おりて来きた。

狭い庭だけれども、土つちが乾かはいてゐるので、たつぷり濡らすには大分だいぶん骨が折れた。代助は腕うでが痛いたいと云つて、好加減いゝかげんにして足を拭ふいて上あがつた。烟草たばこを吹ふいて、椽側に休んでゐると、門野が其姿を見みて、

「先生心臓の鼓動が少々狂くるやしませんか」と下したから調戯からかつた。

晩には門野かどのを連つれて、神楽坂の縁日へ出で掛けて、秋草あきくさを二鉢三鉢買つて来きて、露つゆの下おりる軒のきの外そとへ並ならべて置おいた。夜は深く空そらは高たかかつた。星の色いろは濃こく繁しげく光ひかつた。

代助は其晩わざと雨戸あまどを引ひかずに寐ねた。無ぶ用心と云ふ恐れが彼かれの頭あたまには全く無なかつた。彼は洋燈ランプを消けして、蚊帳かやの中なかに独ひとり寐転ねころびながら、暗くらい所から暗い空そらを透すかして見た。頭あたまの中なかには昼ひるの事が鮮あざやかに輝かゞやいた。もう二三日にちのうちには最後の解決が出来できると思つて幾度たびか胸むねを躍おどらせた。が、そのうち大おほいなる空そらと、大いなる夢ゆめのうちに、吾知らず吸収された。

翌日の朝あさ彼は思ひ切つて平岡へ手紙を出だした。たゞ、内々で少し話したい事があるが、君の都合を知らせて貰もらひたい。此方こつちは何時いつでも差支ない。と書いた丈だが、彼かれはわざとそれを封書にした。状袋の糊のりを湿しめして、赤い切手をとんと張はつた時には、愈クライシスに証券を与へた様な気がした。彼は門野かどのに云ひ付けて、此運命の使つかひを郵便函ばこに投なげ込ました。手渡わたしにする時、少し手先が顫ふるへたが、渡したあとでは却つて茫然として自失した。三年前三千代と平岡の間あひだに立たつて斡旋あつせんの労を取つた事を追想すると丸で夢の様であつた。

十六の五

翌日よくじつは平岡の返事を心待こゝろまちに待まち暮くらした。其明あくる日も当あてにして終日しうじつ宅うちにゐた。三日みつか四日よつかと経たつた。が、平ひら岡からは何の便たよりもなかつた。其中そのうち例月れいげつの通り、青山あをやまへ金かねを貰もらひに行くべき日ひが来きた。代助の懐中くわいちうは甚だ手薄てうすになつた。代助は此前父ちゝに逢あつた時以後、もう宅うちからは補助を受けられないものと覚悟を極きめてゐた。今更平気な顔かほをして、のそ〱出掛でかけて行く了見は丸でなかつた。何なに二ヶ月や三ヶ月は、書物か衣類を売り払つても何どうかなると腹はらの中なかで高たかを括くゝつて落ち付ついてゐた。事ことの落着次第緩ゆつくり職業を探さがすと云ふ分別もあつた。彼かれは平生から人ひとのよく口癖くちくせにする、人間は容易な事ことで餓死するものぢやない、何どうにかなつて行くものだと云ふ半諺はんことわざの真理を、経験しない前から信しんじ出だした。

五日いつか目に暑あつさを冒おかして、電車へ乗のつて、平岡の社迄出掛でかけて行つて見て、平岡は二三日出社しないと云ふ事が分わかつた。代助は表へ出て薄汚うすぎたない編輯局の窓を見上みあげながら、足あしを運ぶ前に、一応電話で聞き合あはすべき筈だつたと思つた。先達ての手紙は、果して平岡の手に渡つたかどうか、夫それさへ疑うたがはしくなつた。代助はわざと新聞社宛でそれを出だしたからである。帰りに神田へ廻まはつて、買ひつけの古本ふるほん屋に、売払ひたい不用の書物があるから、見みに来きてくれろと頼たのんだ。

其晩ばんは水みづを打うつ勇気も失うせて、ぼんやり、白い網襯衣あみしやつを着きた門野の姿すがたを眺ながめてゐた。

「先生今日けふは御疲おつかれですか」と門野かどのが馬尻ばけつを鳴らしながら云つた。代助の胸は不安ふあんに圧おされて、明あきらかな返事も出でなかつた。夕食ゆふめしのとき、飯めしの味あぢは殆んどなかつた。呑のみ込む様に咽喉のどを通とほして、箸はしを投なげた。門野かどのを呼んで、

「君、平岡の所へ行つてね、先達せんだつての手紙は御覧になりましたか。御覧になつたら、御返事を願ひますつて、返事を聞いて来きて呉れ玉へ」と頼たのんだ。猶要領を得ぬ恐おそれがありさうなので、先達てこれ〱の手紙を新聞社の方へ出して置いたのだと云ふ事迄説明して聞きかした。

門野かどのを出だした後あとで、代助は椽側に出でて、椅子に腰を掛かけた。門野かどのの帰つた時は、洋燈ランプを吹ふき消けして、暗くらい中なかに凝じつとしてゐた。門野かどのは暗くらがりで、

「行いつて参りました」と挨拶をした。「平岡さんは御居おゐでゞした。手紙は御覧になつたさうです。明日あしたの朝あさ行いくからといふ事です」

「左様さうかい、御苦労さま」と代助は答へた。

「実じつはもつと早く出でるんだつたが、うちに病人が出来たんで遅おそくなつたから、宜よろしく云つてくれろと云はれました」

「病人?」と代助は思はず問とひ返かへした。門野かどのは暗くらい中なかで、

「えゝ、何でも奥さんが御悪おわるい様です」と答へた。門野の着きてゐる白地の浴衣ゆかた丈がぼんやり代助の眼めに入いつた。夜よるの明あかりは二人ふたりの顔を照らすには余り不充分であつた。代助は掛かけてゐる籐と椅子の肱掛ひぢかけを両手で握にぎつた。

「余程悪わるいのか」と強く聞いた。

「何どうですか、能く分わかりませんが。何なんでもさう軽かるさうでもない様でした。然し平岡さんが明日あした御出おいでになられる位なんだから、大たいした事ことぢやないでせう」

代助は少し安心した。

「何だい。病気は」

「つい聞きき落おとしましたがな」

二人ふたりの問答は夫それで絶たえた。門野かどのは暗くらい廊下を引き返して、自分の部屋へ這入つた。静しづかに聞いてゐると、しばらくして、洋燈ランプの蓋かさをホヤに打ぶつける音おとがした。門野は灯火あかりを点つけたと見えた。

代助は夜よの中なかに猶凝じつとしてゐた。凝じつとしてゐながら、胸むねがわく〱した。握にぎつてゐる肱掛ひぢかけに、手から膏あぶらが出でた。代助は又手を鳴らして門野を呼び出した。門野かどののぼんやりした白地しろぢが又廊下のはづれに現あらはれた。

「まだ暗闇くらやみですな。洋燈ランプを点つけますか」と聞いた。代助は洋燈ランプを断ことわつて、もう一度いちど、三千代の病気を尋ねた。看護婦の有無やら、平岡の様子やら、新聞社を休んだのは、細君の病気の為ためだか、何どうだか、と云ふ点に至る迄、考へられる丈問ひ尽した。けれども門野の答は必竟前と同じ事を繰り返すのみであつた。でなければ、好加減な当あてずつぽうに過ぎなかつた。それでも、代助には一人ひとりで黙つてゐるよりも堪こらえ易やすかつた。

十六の六

寐ねる前まへに門野かどのが夜中投函から手紙を一本出だして来きた。代助は暗い中うちでそれを受取うけとつた儘、別べつに見様ともしなかつた。門野かどのは、

「御宅おたくからの様です。灯火あかりを持もつて来きませうか」と促うながす如くに注意した。

代助は始めて洋燈ランプを書斎に入れさして、其下そのしたで、状袋の封を切きつた。手紙は梅子から自分に宛あてた可なり長いものであつた。――

「此間から奥さんの事で貴方あなたも嘸さぞ御迷惑なすつたらう。此方こつちでも御父おとう様始め兄にいさんや、私わたくしは随分心配をしました。けれども其甲斐もなく先達て御出いでの時とき、とう〱御父おとうさんに断然御断ことわりなすつた御様子、甚だ残念ながら、今では仕方がないと諦あきらめてゐます。けれども其節御父様は、もう御前の事は構はないから、其積でゐろと御怒りなされた由、後あとで承りました。其後のちあなたが御出おいでにならないのも、全く其為ためぢやなからうかと思つてゐます。例月のものを上あげる日ひには何どうかとも思ひましたが、矢張り御出いでにならないので、心配してゐます。御父さんは打遣うちやつて置けと仰います。兄さんは例の通り呑気で、困つたら其内うち来くるだらう。其時親爺おやぢによく詫あやまらせるが可いい。もし来こない様だつたら、おれの方から行つてよく異見してやると云つてゐます。けれども、結婚の事は三人とももう断念してゐるんですから、其点では御迷惑になる様な事はありますまい。尤も御父さんは未まだ怒おこつて御出いでの様子です。私の考では当分昔むかしの通りになる事は、六づかしいと思ひます。それを考へると、貴方あなたが入らつしやらない方が却つて貴方あなたの為ために宜いいかも知れません。たゞ心配になるのは月々上あげる御金かねの事です。貴方あなたの事だから、さう急に自分で御金かねを取る気遣はなからうと思ふと、差し当り御困りになるのが眼の前に見える様で、御気の毒で堪たまりません。で、私の取計で例月分を送つて上あげるから、御受取の上は是で来月迄持ち応こたへて入らつしやい。其内うちには御父さんの御機嫌も直なほるでせう。又兄にいさんからも、さう云つて頂く積です。私わたくしも好いい折をりがあれば、御詫わびをして上あげます。それ迄は今迄通り遠慮して入らつしやる方が宜よう御座います。……」

まだ後あとが大分あつたが、女の事だから、大抵は重複に過ぎなかつた。代助は中なかに這入つてゐた小切手を引き抜ぬいて、手紙丈をもう一遍よく読み直した上うへ、丁寧に元の如くに巻き収めて、無言の感謝を改めて嫂あによめに致した。梅子よりと書いた字は寧ろ拙であつた。手紙の体の言文一致なのは、かねて代助の勧めた通りを用ひたのであつた。

代助は洋燈ランプの前にある封筒を、猶つくづくと眺ながめた。古ふるい寿じゆ命が又一ヶ月延のびた。晩おそかれ早かれ、自己を新たにする必要のある代助には、嫂あによめの志は難有いにもせよ、却つて毒になる許ばかりであつた。たゞ平岡と事を決する前は、麺麭パンの為ために働らく事を肯うけがはぬ心を持つてゐたから、嫂あによめの贈物おくりものが、此際このさい糧食としてことに彼には貴たつとかつた。

其晩も蚊帳へ這入はいる前にふつと、洋燈ランプを消けした。雨戸あまどは門野かどのが立たてに来きたから、故障も云はずに、其儘まゝにして置いた。硝子戸がらすどだから、戸越とごしにも空そらは見えた。たゞ昨夕ゆふべより暗くらかつた。曇くもつたのかと思つて、わざ〱椽側迄出でて、透すかす様にして軒のきを仰ぐと、光ひかるものが筋すぢを引いて斜なゝめに空そらを流れた。代助は又蚊帳かやを捲まくつて這入つた。寐付ねつかれないので団扇をはたはた云はせた。

家いへの事は左のみ気に掛かからなかつた。職業もなるが儘になれと度胸を据ゑた。たゞ三千代の病気と、其源因と其結果が、ひどく代助の頭あたまを悩なやました。それから平岡との会見の様子も、様々さま〲に想像して見た。それも一方ひとかたならず彼かれの脳髄を刺激した。平岡は明日あしたの朝九時頃ごろあんまり暑くならないうちに来くるといふ伝言であつた。代助は固より、平岡に向つて何どう切り出ださう抔と形式的の文句を考へる男をとこではなかつた。話す事は始めから極きまつてゐて、話す順序は其時の模も様次第だから、決して心配にはならなかつたが、たゞ成る可く穏かに自分の思ふ事が向ふに徹する様にしたかつた。それで過度の興奮を忌んで、一夜の安静を切に冀つた。成るべく熟睡じゆくすいしたいと心掛けて瞼まぶたを合せたが、生憎眼が冴えて昨夕ゆふべよりは却つて寐ね苦しかつた。其内うち夏の夜がぽうと白しらみ渡わたつて来きた。代助は堪たまりかねて跳ね起きた。跣足はだしで庭先へ飛び下りて冷たい露つゆを存分に踏んだ。夫から又椽側の籐椅子に倚つて、日の出でを待つてゐるうちに、うと〱した。

十六の七

門野かどのが寐惚ねぼけ眼まなこを擦こすりながら、雨戸あまどを開あけに出でた時、代助ははつとして、此仮睡うたゝねから覚さめた。世界の半面はもう赤い日ひに洗あらはれてゐた。

「大変御早うがすな」と門野が驚ろいて云つた。代助はすぐ風呂場へ行つて水を浴あびた。朝飯あさめしは食くはずに只紅茶を一杯飲んだ。新聞を見たが、殆んど何が書かいてあるか解わからなかつた。読むに従つて、読よんだ事が群むらがつて消えて行いつた。たゞ時計の針ばかりが気になつた。平岡が来くる迄にはまだ二時間あまりあつた。代助は其間あひだを何どうして暮くらさうかと思つた。凝じつとしてはゐられなかつた。けれども何をしても手に付つかなかつた。責せめて此二時間をぐつと寐込んで、眼めを開あけて見ると、自分の前に平岡が来きてゐる様にしたかつた。

仕舞に何か用事を考へ出ださうとした。不図机の上うへに乗のせてあつた梅子の封筒が眼めに付ついた。代助は是だと思つて、強いて机の前に坐すはつて、嫂あによめへ謝状を書かいた。成るべく叮嚀に書く積であつたが、状袋へ入れて宛名迄認したゝめて仕舞つて、時計を眺めると、たつた十五分程しか経たつてゐなかつた。代助は席せきに着ついた儘、安やすからぬ眼めを空くうに据ゑて、頭あたまの中なかで何か捜さがす様に見えた。が、急に起つた。

「平岡が来きたら、すぐ帰かへるからつて、少すこし待またして置いて呉れ」と門野かどのに云ひ置おいて表へ出でた。強い日が正面から射竦ゐすくめる様な勢で、代助の顔かほを打うつた。代助は歩あるきながら絶たえず眼めと眉まゆを動うごかした。牛込見附を這入つて、飯田町を抜ぬけて、九段坂下ざかしたへ出でて、昨日きのふ寄よつた古本屋ふるほんや迄来きて、

「昨日きのふ不要の本ほんを取りに来きて呉れと頼たのんで置いたが、少し都合があつて見合せる事にしたから、其積で」と断つた。帰りには、暑さが余り酷ひどかつたので、電車で飯田橋へ回まはつて、それから揚場あげばを筋違すぢかひに毘沙門前びしやもんまへへ出でた。

家うちの前には車が一台いちだい下おりてゐた。玄関には靴くつが揃へてあつた。代助は門野かどのの注意を待たないで、平岡の来きてゐる事を悟つた。汗あせを拭ふいて、着物きものを洗あらひ立たての浴衣ゆかたに改めて、座敷へ出でた。

「いや、御使おつかひで」と平岡が云つた。矢張り洋服を着きて、蒸むされる様に扇を使つた。

「何どうも暑あつい所を」と代助も自おのづから表立おもてだつた言葉遣づかひをしなければならなかつた。

二人ふたりはしばらく時候の話をした。代助はすぐ三千代の様子を聞いて見たかつた。然しそれが何どう云ふものか聞き悪にくかつた。其内そのうち通例の挨拶も済すんで仕舞つた。話はなしは呼び寄せた方から、切り出すのが順当であつた。

「三千代さんは病気だつてね」

「うん。夫それで社しやの方ほうも二三日休やすませられた様な訳で。つい君の所へ返事を出すのも忘れて仕舞つた」

「そりや何どうでも構はないが。三千代さんはそれ程悪わるいのかい」

平岡は断然たる答を一言葉ひとことばでなし得なかつた。さう急に何どうの斯かうのといふ心配もない様だが、決して軽かるい方ではないといふ意味を手短かに述のべた。

此前暑あつい盛さかりに、神楽坂へ買物に出た序に、代助の所へ寄つた明日あくるひの朝あさ、三千代は平岡の社へ出掛でかける世話をしてゐながら、突とつ然夫おつとの襟飾えりかざりを持つた儘卒倒した。平岡も驚ろいて、自分の支度したくは其儘に三千代を介抱した。十分の後三千代はもう大丈夫だから社へ出て呉くれと云ひ出だした。口元くちもとには微笑の影さへ見えた。横よこにはなつてゐたが、心配する程ほどの様子もないので、もし悪わるい様だつたら医者を呼ぶ様に、必要があつたら社へ電話を掛ける様に云ひ置いて平岡は出勤した。其晩は遅おそく帰つた。三千代は心持が悪わるいといつて先さきへ寐ねてゐた。何どんな具合かと聞きいても、判然はつきりした返事をしなかつた。翌日朝起きて見ると三千代の色沢いろつやが非常に可よくなかつた。平岡は寧ろ驚ろいて医者を迎へた。医者は三千代の心臓を診察して眉をひそめた。卒倒は貧血の為ためだと云つた。随分強い神経衰弱に罹かゝつてゐると注意した。平岡は夫それから社を休やすんだ。本人は大丈夫だから出て呉くれろと頼む様に云つたが、平岡は聞きかなかつた。看護をしてから二日目ふつかめの晩ばんに、三千代みちよが涙なみだを流して、是非詫あやまらなければならない事があるから、代助の所へ行つて其訳を聞いて呉れろと夫おつとに告げた。平岡は始めてそれを聞いた時には、本当にしなかつた。脳のうの加減かげんが悪わるいのだらうと思つて、好よし〱と気休きやすめを云つて慰めてゐた。三日目みつかめにも同じ願が繰り返された。其時平岡は漸やく三千代の言葉に一種の意味を認みとめた。すると夕方ゆふがたになつて、門野が代助から出した手紙の返事を聞ききにわざ〱小石川迄遣やつて来きた。

「君の用事と三千代の云ふ事と何か関係があるのかい」と平岡は不思議さうに代助を見た。

十六の八

平岡の話は先刻さつきから深い感動を代助に与へてゐたが、突然此思はざる問とひに来きた時とき、代助はぐつと詰つまつた。平岡の問は実に意表に、無邪気に、代助の胸むねに応こたへた。彼かれは何時いつになく少すこし赤面せきめんして俯向うつむいた。然し再ふたゝび顔かほを上あげた時は、平生の通り静かな悪わるびれない態度を回復してゐた。

「三千代さんの君きみに詫あやまる事と、僕の君に話したい事とは、恐らく大いなる関係があるだらう。或は同おんなじ事かも知れない。僕は何どうしても、それを君に話さなければならない。話す義務があると思ふから話はなすんだから、今日迄の友誼に免めんじて、快こゝろよく僕に僕の義務を果はたさして呉れ給へ」

「何だい。改あらたまつて」と平岡は始めて眉を正たゞした。

「いや前置をすると言訳らしくなつて不可いけないから、僕も成る可くなら卒直に云つて仕舞ひたいのだが、少し重大な事件だし、夫それに習慣に反した嫌きらひもあるので、若し中途で君に激されて仕舞ふと、甚だ困るから、是非仕舞迄君に聞きいて貰ひたいと思つて」

「まあ何だい。其話はなしと云ふのは」

好奇心と共に平岡の顔かほが益真面目まじめになつた。

「其代り、みんな話はなした後あとで、僕は何どんな事を君から云はれても、矢張り大人しく仕舞迄聞く積だ」

平岡は何にも云はなかつた。たゞ眼鏡めがねの奥から大きな眼めを代助の上うへに据ゑた。外そとはぎら〱する日が照てり付けて、椽側迄射返いかへしたが、二人ふたりは殆んど暑さを度外に置いた。

代助は一段声を潜ひそめた。さうして、平岡夫婦が東京へ来きてから以来、自分と三千代との関係が何どんな変化を受けて、今日に至つたかを、詳しく語り出だした。平岡は堅かたく唇くちびるを結むすんで代助の一語一句に耳みゝを傾けた。代助は凡てを語るに約一時間余を費やした。其間に平岡から四遍程極めて単簡な質問を受けた。

「ざつと斯かう云ふ経過だ」と説明の結末を付つけた時、平岡はたゞ唸うなる様に深ふかい溜息ためいきを以て代助に答へた。代助は非常に酷つらかつた。

「君の立場たちばから見れば、僕は君を裏切りした様に当る。怪けしからん友達ともだちだと思ふだらう。左様さう思れても一言いちごんもない。済すまない事になつた」

「すると君は自分のした事を悪わるいと思つてるんだね」

「無論」

「悪わるいと思ひながら今日こんにち迄歩を進めて来きたんだね」と平岡は重ねて聞きいた。語気は前よりも稍切迫してゐた。

「左様さうだ。だから、此事このことに対して、君の僕等に与へやうとする制裁は潔よく受ける覚悟だ。今のはたゞ事実を其儘に話した丈で、君の処分の材料にする考だ」

平岡は答へなかつた。しばらくしてから、代助の前へ顔を寄せて云つた。

「僕の毀損された名誉が、回復出来る様な手段が、世の中なかにあり得ると、君は思つてゐるのか」

今度は代助の方が答へなかつた。

「法律や社会の制裁は僕には何にもならない」と平岡は又云つた。

「すると君は当事者とうじしや丈のうちで、名誉を回復する手段があるかと聞くんだね」

「左様さうさ」

「三千代さんの心機を一転して、君きみを元もとよりも倍以上に愛させる様にして、其上僕を蛇蝎の様に悪にくませさへすれば幾分か償つぐなひにはなる」

「夫それが君の手際で出来るかい」

「出来ない」と代助は云ひ切つた。

「すると君は悪わるいと思つた事を今日迄発展さして置いて、猶其悪わるいと思ふ方針によつて、極端押して行かうとするのぢやないか」

「矛盾かも知れない。然し夫それは世間の掟おきてと定めてある夫婦関係と、自然の事実として成り上あがつた夫婦関係とが一致しなかつたと云ふ矛盾なのだから仕方がない。僕は世間の掟として、三千代さんの夫おつとたる君に詫あやまる。然し僕の行為其物に対しては矛盾も何も犯してゐない積だ」

十六の九

「ぢや」と平岡は稍声を高めた。「ぢや、僕等二人ふたりは世間の掟おきてに叶かなふ様な夫婦関係は結むすべないと云ふ意見だね」

代助は同情のある気の毒さうな眼めをして平岡を見た。平岡の険けわしい眉が少し解けた。

「平岡君。世間せけんから云へば、これは男子の面目に関かゝはる大事件だ。だから君が自己の権利を維持する為ために、――故意に維持しやうと思はないでも、暗に其心が働らいて、自然と激して来くるのは已を得ないが、――けれども、こんな関係の起らない学校時代の君になつて、もう一遍僕の云ふ事をよく聞いて呉れないか」

平岡は何とも云はなかつた。代助も一寸控ひかえてゐた。烟草を一吹ひとふき吹ふいた後あとで、思ひ切つた。

「君は三千代さんを愛してゐなかつた」と静しづかに云つた。

「そりや」

「そりや余計な事だけれども、僕は云はなければならない。今度の事件に就て凡ての解決者はそれだらうと思ふ」

「君には責任がないのか」

「僕は三千代さんを愛してゐる」

「他ひとの妻さいを愛する権利が君にあるか」

「仕方がない。三千代さんは公然君の所有だ。けれども物件ぢやない人間だから、心こゝろ迄所有する事は誰にも出来ない。本人以外にどんなものが出て来きたつて、愛情の増減や方向を命令する訳には行かない。夫おつとの権利は其所そこ迄は届とゞきやしない。だから細君の愛を他ほかへ移さない様にするのが、却つて夫おつとの義務だらう」

「よし僕が君の期待する通り三千代を愛してゐなかつた事が事実としても」と平岡は強いて己おのれを抑おさえる様に云つた。拳こぶしを握つてゐた。代助は相手の言葉の尽つきるのを待つた。

「君は三年前の事を覚えてゐるだらう」と平岡は又句を更かへた。

「三年前は君が三千代さんと結婚した時だ」

「さうだ。其時ときの記憶が君の頭あたまの中なかに残つてゐるか」

代助の頭あたまは急に三年前に飛とび返かへつた。当時の記憶が、闇やみを回めぐる松明たいまつの如く輝かゞやいた。

「三千代を僕に周旋しやうと云ひ出したものは君だ」

「貰もらいたいと云ふ意志を僕に打ち明けたものは君だ」

「それは僕だつて忘れやしない。今に至る迄君の厚意を感謝してゐる」

平岡は斯う云つて、しばらく冥想してゐた。

「二人ふたりで、夜よる上野うへのを抜ぬけて谷中やなかへ下おりる時だつた。雨上あめあがりで谷中やなかの下したは道みちが悪わるかつた。博物館の前から話しつゞけて、あの橋はしの所迄来きた時、君は僕の為ために泣いて呉れた」

代助は黙然としてゐた。

「僕は其時程朋友を難有いと思つた事はない。嬉うれしくつて其晩は少しも寐ねられなかつた。月のある晩ばんだつたので、月の消える迄起きてゐた」

「僕もあの時は愉快だつた」と代助が夢の様に云つた。それを平岡は打ち切る勢で遮さへぎつた。――

「君は何だつて、あの時僕の為ために泣いて呉れたのだ。なんだつて、僕の為ために三千代を周旋しやうと盟ちかつたのだ。今日こんにちの様な事を引き起す位なら、何故なぜあの時、ふんと云つたなり放ほうつて置いて呉れなかつたのだ。僕は君から是程深刻な復讐かたきを取られる程、君に向つて悪い事をした覚おぼえがないぢやないか」

平岡は声を顫ふるはした。代助の蒼あをい額に汗あせの珠たまが溜たまつた。さうして訴たへる如くに云つた。

「平岡、僕は君より前から三千代さんを愛してゐたのだよ」

平岡は茫然として、代助の苦痛の色を眺めた。

「其時の僕は、今の僕でなかつた。君から話を聞いた時、僕の未来を犠牲にしても、君の望のぞみを叶かなへるのが、友達の本分だと思つた。それが悪わるかつた。今位頭あたまが熟してゐれば、まだ考へ様があつたのだが、惜しい事に若わかかつたものだから、余りに自然を軽蔑し過すぎた。僕はあの時の事を思つては、非常な後悔の念に襲はれてゐる。自分の為ためばかりぢやない。実際君の為ために後悔してゐる。僕が君に対して真に済まないと思ふのは、今度の事件より寧ろあの時僕がなまじいに遣やり遂とげた義侠心だ。君、どうぞ勘弁して呉れ。僕は此通り自然に復讐かたきを取られて、君の前に手を突いて詫あやまつてゐる」

代助は涙なみだを膝ひざの上うへに零こぼした。平岡の眼鏡めがねが曇つた。

十六の十

「どうも運命だから仕方しかたがない」

平岡は呻吟うめく様な声を出だした。二人ふたりは漸く顔かほを見合せた。

「善後策に就て君の考があるなら聞かう」

「僕は君の前に詫あやまつてゐる人間だ。此方こつちから先さきへそんな事を云ひ出す権利はない。君の考から聞くのが順だ」と代助が云つた。

「僕には何なんにもない」と平岡は頭あたまを抑えてゐた。

「では云ふ。三千代さんを呉れないか」と思ひ切つた調子に出た。

平岡は頭あたまから手を離して、肱を棒の様に洋卓てえぶるの上に倒した。同時に、

「うん遣やらう」と云つた。さうして代助が返事をし得ないうちに、又繰り返した。

「遣やる。遣やるが、今いまは遣やれない。僕は君の推察通り夫程三千代を愛して居なかつたかも知れない。けれども悪にくんぢやゐなかつた。三千代は今病気だ。しかも余り軽い方ぢやない。寐ねてゐる病人を君に遣やるのは厭いやだ。病気が癒なほる迄君に遣やれないとすれば、夫迄は僕が夫おつとだから、夫おつととして看護する責任がある」

「僕は君に詫あやまつた。三千代さんも君に詫あやまつてゐる。君から云へば二人ふたりとも、不埒な奴やつには相違ないが、――幾何いくら詫あやまつても勘弁出来できんかも知れないが、――何しろ病気をして寐ねてゐるんだから」

「夫それは分わかつてゐる。本人の病気に付つけ込んで僕が意趣晴ばらしに、虐待ぎやくたいでもすると思つてるんだらうが、僕だつて、まさか」

代助は平岡の言ことを信じた。さうして腹の中なかで平岡に感謝した。平岡は次つぎに斯かう云つた。

「僕は今日けふの事がある以上は、世間的の夫おつとの立場たちばからして、もう君と交際する訳には行かない。今日けふ限り絶交するから左様さう思つて呉れ玉へ」

「仕方がない」と代助は首を垂れた。

「三千代の病気は今云ふ通り軽い方ぢやない。此先このさき何どんな変化がないとも限かぎらない。君も心配だらう。然し絶交した以上は已やむを得ない。僕の在不在に係かゝはらず、宅うちへ出入ではいりする事丈は遠慮して貰もらひたい」

「承知した」と代助はよろめく様に云つた。其頬ほゝは益蒼あをかつた。平岡は立ち上あがつた。

「君、もう五分許ばかり坐すはつて呉くれ」と代助が頼たのんだ。平岡は席に着ついた儘無言でゐた。

「三千代さんの病気は、急に危険きけんな虞おそれでもありさうなのかい」

「さあ」

「夫それ丈教へて呉れないか」

「まあ、さう心配しないでも可いいだらう」

平岡は暗くらい調子で、地ぢに息いきを吐はく様に答へた。代助は堪たえられない思がした。

「若もしだね。若もし万一の事がありさうだつたら、其前にたつた一遍丈で可いいから、逢はして呉れないか。外ほかには決して何も頼たのまない。たゞ夫丈だ。夫丈を何どうか承知して呉くれ玉へ」

平岡は口くちを結むすんだなり、容易に返事をしなかつた。代助は苦痛の遣やり所どころがなくて、両手の掌たなごゝろを、垢あかの綯よれる程揉もんだ。

「夫それはまあ其時の場合にしやう」と平岡が重おもさうに答へた。

「ぢや、時々とき〲病人の様子を聞ききに遣やつても可いいかね」

「夫それは困こまるよ。君と僕とは何なんにも関係がないんだから。僕は是から先さき、君と交渉があれば、三千代を引き渡す時丈だと思つてるんだから」

代助は電流に感じた如く椅子の上うへで飛び上あがつた。

「あつ。解わかつた。三千代さんの死骸丈を僕に見せる積つもりなんだ。それは苛ひどい。それは残酷だ」

代助は洋卓てえぶるの縁ふちを回まはつて、平岡に近ちかづいた。右の手で平岡の脊広せびろの肩かたを抑えて、前後に揺ゆりながら、

「苛ひどい、苛ひどい」と云つた。

平岡は代助の眼めのうちに狂くるへる恐ろしい光ひかりを見出した。肩かたを揺ゆられながら、立ち上あがつた。

「左そんな事があるものか」と云つて代助の手を抑おさえた。二人ふたりは魔まに憑つかれた様な顔をして互を見た。

「落ち付かなくつちや不可いけない」と平岡が云つた。

「落ち付ついてゐる」と代助が答へた。けれども其言葉は喘あへぐ息いきの間あひだを苦くるしさうに洩れて出た。

暫らくして発作の反動が来きた。代助は己おのれを支ふる力を用ひ尽つくした人の様に、又椅子に腰を卸おろした。さうして両手で顔を抑えた。

十七の一

代助は夜の十時過すぎになつて、こつそり家いへを出でた。

「今いまから何方どちらへ」と驚ろいた門野かどのに、

「何なに一寸ちよつと」と曖昧な答をして、寺町てらまちの通り迄来きた。暑あつい時分の事なので、町まちはまだ宵よひの口くちであつた。浴衣ゆかたを着きた人が幾人となく代助の前後ぜんごを通つた。代助には夫それが唯たゞ動うごくものとしか見えなかつた。左右さゆうの店みせは悉く明あかるかつた。代助は眩まぼしさうに、電気燈の少すくない横町へ曲まがつた。江戸川の縁ふちへ出でた時、暗くらい風が微かすかに吹ふいた。黒くろい桜さくらの葉が少し動うごいた。橋はしの上うへに立つて、欄干らんかんから下したを見下おろしてゐたものが二人ふたりあつた。金剛寺坂ざかでは誰にも逢はなかつた。岩崎家の高い石垣が左右から細い坂道さかみちを塞ふさいでゐた。

平岡の住すんでゐる町まちは、猶静かであつた。大抵な家うちは灯影ひかげを洩もらさなかつた。向ふから来きた一台の空車からぐるまの輪の音おとが胸を躍らす様に響ひゞいた。代助は平岡の家いへの塀際迄来きて留とまつた。身を寄せて中なかを窺ふと、中なかは暗くらかつた。立て切つた門の上に、軒燈が空むなしく標札を照てらしてゐた。軒燈の硝子がらすに守宮やもりの影かげが斜なゝめに映うつつた。

代助は今朝けさも此所こゝへ来きた。午ひるからも町内を彷徨うろついた。下女が買物にでも出でる所を捕つらまへて、三千代の容体を聞かうと思つた。然し下女は遂に出て来こなかつた。平岡の影も見えなかつた。塀の傍そばに寄よつて耳を澄すましても、夫それらしい人声ひとごえは聞えなかつた。医者を突つき留とめて、詳しい様子を探らうと思つたが、医者らしい車は平岡の門前には留とまらなかつた。そのうち、強い日に射付けられた頭あたまが、海うみの様に動うごき始めた。立ち留どまつてゐると、倒れさうになつた。歩あるき出すと、大地が大きな波紋を描ゑがいた。代助は苦しさを忍しのんで這はふ様に家うちへ帰つた。夕食ゆふめしも食くはずに倒れたなり動うごかずにゐた。其時恐おそるべき日は漸く落おちて、夜が次第だいに星ほしの色いろを濃こくした。代助は暗くらさと涼しさのうちに始めて蘇生よみがへつた。さうして頭あたまを露つゆに打うたせながら、又三千代のゐる所迄遣やつて来きたのである。

代助は三千代の門前を二三度行いつたり来きたりした。軒燈の下したへ来くるたびに立ち留どまつて、耳を澄すました。五分乃至十分は凝じつとしてゐた。しかし家うちの中なかの様子は丸で分わからなかつた。凡てが寂しんとしてゐた。

代助が軒燈けんとうの下したへ来きて立ち留とまるたびに、守宮やもりが軒燈の硝子がらすにぴたりと身体からだを貼はり付けてゐた。黒い影は斜はすに映うつつた儘何時いつでも動うごかなかつた。

代助は守宮やもりに気が付く毎ごとに厭いやな心持がした。其動うごかない姿が妙に気に掛かゝつた。彼の精神は鋭どさの余りから来くる迷信に陥いつた。三千代は危険だと想像した。三千代は今苦しみつゝあると想像した。三千代は今死につゝあると想像した。三千代は死ぬ前に、もう一遍自分に逢ひたがつて、死に切れずに息いきを偸ぬすんで生きてゐると想像した。代助は拳こぶしを固めて、割れる程平岡の門を敲たゝかずにはゐられなくなつた。忽ち自分は平岡のものに指ゆびさへ触れる権利がない人間だと云ふ事に気が付いた。代助は恐おそろしさの余り馳かけ出だした。静かな小路こうぢの中うちに、自分の足音あしおと丈が高く響ひゞいた。代助は馳かけながら猶恐ろしくなつた。足あしを緩ゆるめた時は、非常に呼息いきが苦くるしくなつた。

道端みちばたに石段いしだんがあつた。代助は半なかば夢中で其所そこへ腰を掛けたなり、額ひたひを手で抑おさえて、固かたくなつた。しばらくして、閉ふさいだ眼めを開あけて見ると、大きな黒い門もんがあつた。門の上うへから太い松が生垣の外そと迄枝を張つてゐた。代助は寺てらの這入り口くちに休んでゐた。

彼は立たち上あがつた。惘然もうぜんとして又歩あるき出した。少し来きて、再び平岡の小路へ這入つた。夢の様に軒燈の前で立留たちどまつた。守宮やもりはまだ一つ所に映うつつてゐた。代助は深い溜息ためいきを洩もらして遂に小石川を南側みなみがはへ降おりた。

其晩は火の様に、熱くて赤い旋風つむじの中なかに、頭あたまが永久に回転した。代助は死力を尽して、旋風つむじの中なかから逃のがれ出様でやうと争つた。けれども彼の頭あたまは毫も彼の命令に応じなかつた。木の葉の如く、遅疑ちぎする様子もなく、くるり〱と焔ほのほの風かぜに巻まかれて行つた。

十七の二

翌日あくるひは又燬やけ付く様に日ひが高く出でた。外そとは猛烈な光ひかりで一面にいら〱し始めた。代助は我慢して八時過すぎに漸く起きた。起きるや否や眼めがぐらついた。平生の如く水みづを浴あびて、書斎へ這入はいつて凝じつと竦すくんだ。

所へ門野かどのが来きて、御客さまですと知しらせたなり、入口いりぐちに立たつて、驚ろいた様に代助を見た。代助は返事をするのも退儀であつた。客は誰だと聞き返しもせずに手で支へた儘の顔かほを、半分ばかり門野かどのの方へ向き易かへた。其時そのとき客の足音あしおとが椽側にして、案内も待またずに兄あにの誠吾が這入つて来きた。

「やあ、此方こつちへ」と席を勧めたのが代助にはやうやうであつた。誠吾は席に着つくや否や、扇子を出して、上布じやうふの襟えりを開ひらく様に、風かぜを送つた。此暑さに脂肪しぼうが焼やけて苦しいと見えて、荒い息遣いきづかひをした。

「暑あついな」と云つた。

「御宅おたくでも別に御変りもありませんか」と代助は、左さも疲つかれ果はてた人ひとの如くに尋たづねた。

二人ふたりは少時しばらく例の通りの世間話せけんばなしをした。代助の調子態度は固より尋常ではなかつた。けれども兄あには決して何どうしたとも聞きかなかつた。話はなしの切きれ目めへ来きた時、

「今日けふは実じつは」と云ひながら、懐ふところへ手を入れて、一通の手紙を取り出した。

「実じつは御前まへに少し聞ききたい事があつて来きたんだがね」と封筒の裏うらを代助の方へ向けて、

「此男を知つてるかい」と聞いた。其所そこには平岡の宿所姓名が自筆で書いてあつた。

「知つてます」と代助は殆んど器械的に答へた。

「元もと、御前おまへの同級生だつて云ふが、本当か」

「さうです」

「此男の細君も知つてるのかい」

「知つてゐます」

兄あには又扇を取り上あげて、二三度ぱち〱と鳴らした。それから、少し前へ乗り出す様に、声を一段落おとした。

「此男の細君と、御前おまへが何か関係があるのかい」

代助は始めから万事を隠す気はなかつた。けれども斯う単簡に聞かれたときに、何どうして此複雑な経過を、一言いちげんで答へ得るだらうと思ふと、返事は容易に口くちへは出でなかつた。兄あには封筒の中なかから、手紙を取とり出だした。それを四五寸ばかり捲まき返かへして、

「実じつは平岡と云ふ人が、斯かう云ふ手紙を御父おとうさんの所へ宛あてゝ寄よこしたんだがね。――読よんで見るか」と云つて、代助に渡わたした。代助は黙だまつて手紙を受取つて、読よみ始めた。兄あには凝じつと代助の額ひたひの所を見詰めてゐた。

手紙は細こまかい字で書かいてあつた。一行二行と読むうちに、読み終つた分ぶんが、代助の手先てさきから長く垂たれた。それが二尺余あまりになつても、まだ尽きる気色はなかつた。代助の眼めはちらちらした。頭あたまが鉄てつの様に重おもかつた。代助は強いても仕舞しまひ迄読み通さなければならないと考へた。総身さうしんが名状しがたい圧迫を受けて、腋わきの下したから汗あせが流れた。漸く結末へ来きた時は、手に持つた手紙を巻まき納おさめる勇気もなかつた。手紙は広ひろげられた儘洋卓てえぶるの上うへに横よこたはつた。

「其所そこに書かいてある事は本当なのかい」と兄あにが低い声で聞きいた。代助はたゞ、

「本当です」と答へた。兄あには打衝を受けた人の様に一寸ちよつと扇の音おとを留とゞめた。しばらくは二人ふたりとも口くちを聞きき得なかつた。良やゝあつて兄あにが、

「まあ、何どう云ふ了見で、そんな馬鹿な事をしたのだ」と呆あきれた調子で云つた。代助は依然として、口くちを開ひらかなかつた。

「何どんな女だつて、貰もらはうと思へば、いくらでも貰もらへるぢやないか」と兄がまた云つた。代助はそれでも猶黙つてゐた。三度目に兄あにが斯う云つた。――

「御前おまへだつて満更まんざら道楽をした事のない人間でもあるまい。こんな不始末を仕出しでかす位なら、今迄折角金かねを使つた甲斐がないぢやないか」

代助は今更兄あにに向つて、自分の立場たちばを説明する勇気もなかつた。彼かれはつい此間このあひだ迄全く兄あにと同意見であつたのである。

十七の三

「姉ねえさんは泣ないてゐるぜ」と兄あにが云つた。

「さうですか」と代助は夢の様に答へた。

「御父おとうさんは怒おこつてゐる」

代助は答をしなかつた。たゞ遠い所を見る眼めをして、兄あにを眺めてゐた。

「御前おまへは平生から能よく分わからない男だつた。夫でも、いつか分わかる時機が来くるだらうと思つて今日こんにち迄交際つきあつてゐた。然し今度こんだと云ふ今度こんだは、全く分わからない人間だと、おれも諦あきらめて仕舞つた。世の中に分わからない人間にんげん程危険なものはない。何を為するんだか、何を考へてゐるんだか安心が出来ない。御前おまへは夫それが自分の勝手だから可よからうが、御父おとうさんやおれの、社会上の地位を思つて見ろ。御前だつて家族の名誉と云ふ観念は有もつてゐるだらう」

兄あにの言葉は、代助の耳みゝを掠かすめて外そとへ零こぼれた。彼はたゞ全身に苦痛を感じた。けれども兄あにの前に良心の鞭撻を蒙る程動揺してはゐなかつた。凡てを都合よく弁解して、世間的の兄あにから、今更同情を得やうと云ふ芝居気は固より起らなかつた。彼かれは彼かれの頭あたまの中うちに、彼自身に正当な道を歩あゆんだといふ自信があつた。彼は夫で満足であつた。その満足を理解して呉れるものは三千代丈であつた。三千代以外には、父ちゝも兄あにも社会も人間も悉く敵てきであつた。彼等は赫々かく〱たる炎火えんくわの裡うちに、二人ふたりを包つゝんで焼やき殺ころさうとしてゐる。代助は無言の儘、三千代と抱き合つて、此焔ほのほの風に早く己れを焼やき尽つくすのを、此上うへもない本望とした。彼は兄には何の答もしなかつた。重い頭あたまを支へて石の様に動かなかつた。

「代助」と兄あにが呼んだ。「今日けふはおれは御父おとうさんの使つかひに来きたのだ。御前は此間このあひだから家うちへ寄より付つかない様になつてゐる。平生なら御父とうさんが呼び付けて聞き糺たゞす所だけれども、今日けふは顔かほを見るのが厭いやだから、此方こつちから行つて実否を確たしかめて来こいと云ふ訳で来きたのだ。それで――もし本人に弁解があるなら弁解を聞くし。又弁解も何もない、平岡の云ふ所が一々根拠のある事実なら、――御父おとうさんは斯かう云はれるのだ。――もう生涯代助には逢はない。何処どこへ行いつて、何なにをしやうと当人とうにんの勝手だ。其代り、以来子としても取り扱はない。又親おやとも思つて呉くれるな。――尤もの事だ。そこで今いま御前おまへの話はなしを聞いて見ると、平岡の手紙には嘘うそは一つも書いてないんだから仕方がない。其上御前は、此事に就て後悔もしなければ、謝罪もしない様に見受けられる。それぢや、おれだつて、帰つて御父おとうさんに取り成し様がない。御父おとうさんから云はれた通りを其儘御前に伝へて帰る丈の事だ。好いいか。御父おとうさんの云はれる事は分わかつたか」

「よく分わかりました」と代助は簡明に答へた。

「貴様きさまは馬鹿だ」と兄あにが大きな声を出した。代助は俯向うつむいた儘顔かほを上あげなかつた。

「愚図だ」と兄あにが又云つた。「不断ふだんは人並ひとなみ以上に減へらず口ぐちを敲く癖に、いざと云ふ場合には、丸で唖の様に黙だまつてゐる。さうして、陰かげで親の名誉に関かゝはる様な悪戯いたづらをしてゐる。今日こんにち迄何の為ために教育を受けたのだ」

兄あには洋卓てえぶるの上うへの手紙を取とつて自分で巻まき始めた。静しづかな部屋の中なかに、半切はんきれの音おとがかさ〱鳴なつた。兄あにはそれを元もとの如ごとくに封筒に納めて懐中した。

「ぢや帰るよ」と今度は普通の調子で云つた。代助は叮嚀に挨拶をした。兄は、

「おれも、もう逢あはんから」と云ひ捨てて玄関に出た。

兄あにの去さつた後あと、代助はしばらくして元の儘じつと動かずにゐた。門野かどのが茶器を取り片付かたづけに来きた時、急に立たち上あがつて、

「門野かどのさん。僕は一寸ちよつと職業を探さがして来くる」と云ふや否や、鳥とり打帽を被かぶつて、傘かさも指ささずに日盛ひざかりの表おもてへ飛び出した。

代助は暑あつい中なかを馳かけない許ばかりに、急いそぎ足に歩あるいた。日ひは代助の頭あたまの上から真直まつすぐに射下おろした。乾かはいた埃ほこりが、火の粉この様に彼かれの素足すあしを包つゝんだ。彼かれはぢり〱と焦こげる心持がした。

「焦こげる〱」と歩あるきながら口くちの内うちで云つた。

飯田橋へ来きて電車に乗のつた。電車は真直に走はしり出だした。代助は車のなかで、

「あゝ動うごく。世の中が動く」と傍はたの人に聞える様に云つた。彼かれの頭あたまは電車の速力を以て回転し出だした。回転するに従つて火ひの様に焙ほてつて来きた。是で半日乗り続つゞけたら焼き尽す事が出来るだらうと思つた。

忽ち赤あかい郵便筒が眼めに付ついた。すると其赤い色が忽ち代助の頭あたまの中なかに飛び込んで、くる〱と回転し始めた。傘屋かさやの看板に、赤い蝙蝠傘かうもりがさを四つ重かさねて高たかく釣つるしてあつた。傘かさの色が、又代助の頭あたまに飛び込んで、くる〱と渦うづを捲まいた。四つ角かどに、大きい真赤な風船玉を売つてるものがあつた。電車が急に角かどを曲まがるとき、風船玉は追懸おつかけて来きて、代助の頭あたまに飛び付ついた。小包こづゝみ郵便を載のせた赤い車がはつと電車と摺すれ違ふとき、又代助の頭あたまの中なかに吸ひ込まれた。烟草屋の暖簾が赤かつた。売出しの旗も赤かつた。電柱が赤かつた。赤ペンキの看板がそれから、それへと続つゞいた。仕舞には世の中が真赤まつかになつた。さうして、代助の頭あたまを中心としてくるり〱と焔ほのほの息いきを吹いて回転した。代助は自分の頭が焼け尽きる迄電車に乗つて行かうと決心した。

底本 / Source edition

底本:「漱石全集 第六巻」岩波書店
1994(平成6)年5月9日発行
初出:「東京朝日新聞」、「大阪朝日新聞」
1909(明治42)年6月27日~10月4日
※底本の本文は、漱石の自筆原稿によっています。
※ルビは、漱石の原稿にあったルビのみ付け、岩波編集部が付けたルビは省きました。
※ルビ、文字遣い、語句の混在は底本の通りとしました。
入力:Godot、野口英司、oto
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年4月16日作成
2013年3月13日修正
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書誌 / Bibliography
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夏目 漱石「それから」(新字旧仮名)、底本『漱石全集 第六巻』岩波書店、1994年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 001746_000148, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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