Soranoha

読書法

どくしょほう

戸坂 潤

目次

読書法

序に代えて

Ⅰ 「読書法日記」

1 読書の自由

2 譬喩の権限

3 耕作農民の小説

4 「文化的自由主義者」としてのA・ジード

5 宮本顕治の唯物論的感覚

6 コンツェルン論の「結論」

7 科学が文章となる過程

8 古典の方が却って近代的であること

9 歴史哲学の一古典

10 『日本科学年報』の自家広告

11 心理と環境

12 「外国人」への注意書

13 古本価値

14 文化が実在し始めた

15 科学主義工業に対して

Ⅱ 論議

1 現代文学の主流

2 哲学書翻訳所見

3 世界文学と翻訳

4 作文の意義

5 『本邦新聞の企業形態』に就いて

6 易者流哲学

7 岩波文庫その他

8 現代哲学思潮と文学

9 デカルトと引用精神

Ⅲ 「ブック・レヴュー」

1 『近代唯物論』

2 『小説の本質』

3 『文学と趣味』

4 『唯物恋愛観』

5 『統計学と弁証法』

6 『ファシズムの諸問題』

7 『芸術とヒューマニズム』

8 『日本文学の世界的位置』

9 『世界哲学史』

10 『自然弁証法』

11 『時間意識の心理』

12 『ソヴェート旅行記』

13 『昼夜随筆』

14 『人間の世界』

15 『ファシズムの社会観』

16 『日本歴史読本』

17 『科学的精神と数学教育』

18 『フランス現代文学の思想対立』

19 『農村の工業と副業』

〔付一〕ジードの修正について

〔付二〕「科学主義工業」の観念

Ⅳ 書評

1 マルクス主義と社会学

2 非常時の経済哲学

3 『イデオロギーの系譜学』

4 再び『イデオロギーの系譜学』

5 『唯物弁証法講話』

6 『現代宗教批判講話』

7 『現代哲学辞典』

8 『人間の世界』を読む

9 朗らかな毒舌

10 『日本教育の伝統と建設』

11 『科学的精神と数学教育』

12 社会・思想・哲学・の書籍について

Ⅴ 余論

1 ブック・レヴュー論

2 読書家と読書

3 論文集を読むべきこと

4 如何に書を選ぶべきか

5 論文の新しい書き方

6 校正

7 翻訳について

8 篤学者と世間

〔付〕最近のドイツ哲学の情勢を中心として

序に代えて

「読書法」という題は、本当を云うとあまり適切なものとは思われない。「ブック・レヴュー」という題にしたかったのだけれども、三笠書房主人の意見を容れて、この題にしたのである。私はこの本が、読書術の精神を教訓する本ででもあるかのように受け取られはしないかと心配している。内容は全く、色々の形と意味とに於けるブック・レヴューと、之に関係した少しばかりのエセイとからなっている。

ではなぜ、こんなやや風変りな書物を出版するのか。簡単に云って了えば、ブック・レヴューというものの意義が可なり高いものでなければならぬということを、宣伝するために、特にブック・レヴューを主な内容とするこういう単行本を少し重々しい態度で、出版して見る気になったのである。ブック・レヴューは之までわが国などではあまり重大視されてはいなかった。評論雑誌は云うまでもなく、学術雑誌に於てさえ、巻末のどこかに、ごく小さく雑録風に載せられているに過ぎなかった。それもごく偶然に取り上げられたものが多くて、ブック・レヴューということの、評論としての価値を、高く評価しているとはどうも考えられなかったのである。

これはどう考えても間違ったことだと思う。現に外国の学術雑誌では、ブック・レヴューに権威を集中したように思われるものが多く、沢山のスペースを割くとか、或いは巻頭へ持って行くとかいう例さえある。学術雑誌でなくても、ブック・レヴューのジャーナリズムの上に於ける真剣な意義は、高い価値を認められているように見える。それに又、文芸評論家や一般の評論家達の登竜門が、ブック・レヴューであるということ、現代の有名な評論家の多くがブック・レヴューの筆者としてまず世に出たという例、これは相当著しい事実なのである。それから又、わが国でも実際上そうなのだが、ブック・レヴューは同じ雑誌記事の内でも、特に好んで読まれるものであるという現実がある。

こういう事実を前に、ブック・レヴューの文化上に於ける大きな意義を自覚しないということは、どうしても変なことだと考えられる。ブック・レヴューをもう少し重大視し、尊敬しなければならない、というのが私の気持である。処が偶々、東京の大新聞の若干が、しばらく前ブック・レヴューに或る程度の力点を置くようになった。スペースや回数を増した新聞もあれば、ブック・レヴューの嘱託メンバーを発表した新聞もある。その他一二、ブック・レヴューを主な仕事とする小新聞の企ても始まった。この原因については色々研究しなければならないが、一つは所謂際物出版物に対する反感から、本当に読める書物を、という気持が与って力があったろう。読書が一般に教養というものと結びつけられるような一時期が来たからでもあるだろう。尤もこの気運とは別に、最近の戦時的センセーショナリズムは、新聞紙の学芸欄を圧迫すると共に、ブック・レヴューへの尊敬は編集上著しく衰えたのではあるが。

「ブック・レヴュー」を意識的に尊重し始めたのは、一年半程前からの雑誌『唯物論研究』である。実は之は私たちの提案によるのだ。まず評論される本の数を、毎月(毎号)相当多数に維持することが、最も実質的なやり方だと吾々は考えた。少なくとも十四五冊についてブック・レヴューを掲げるべきだとして、そのためには、紙数の関係から云って、一つ一つのブック・レヴューはごく短かくならざるを得ないが、誰も知っているように、原稿用紙三四枚に見解をまとめることは、実は原稿用紙数十枚の努力をさえ必要とすることである。それだけ質は高いものともなるだろう。

とに角、分量の上で多いということは、ブック・レヴューに圧力を付与するための最も実質的な手段である。之が実施された上で、質の向上を望むことも困難ではない。それに、或る程度以上に数が多いということは、ブック・レヴューの対象となる本の選択から、その偶然性を取り除く点で、甚だ必要なことなのだ。思いつきのように、ポツリポツリと載るのでは、なぜ之が選ばれたのか、またなぜ他の本が選ばれなかったのか、問題にする気にもならないだろう。注目すべき本は、或る程度、又或る方針の下に、やや網羅的にのるということが、ブック・レヴューの権威を高める所以だ。之にはどうしても、少なくとも数の上で盛り沢山でなくてはならぬ。

以上のような見解の下に、今日に至るまで雑誌『唯物論研究』は「ブック・レヴュー」尊重主義を引き続き実行している。その内容は別の問題として、編集上の精神は注目されていい。現に『文学界』は多少之に類似したブック・レヴューを試みるようになったし、『新潮』と『文芸』とも亦、ブック・レヴューを正面に押し出すようになった。『科学ペン』亦そうである。文化雑誌としては当然なことであるが、わが意を得たものと云わねばならぬ。

ではブック・レヴューとは何か、というような抑々の問題になると、本書の「ブック・レヴュー論」という文章もあって、今ここに評説する余裕はないと思うが、要するにブック・レヴューなるものは、クリティシズム(批評・評論)の一つの分野か、一つのジャンル、であると思われるのである。出版物としての本を紹介批評するわけであるが、問題はその本が出版されることの文化上の意義、その本に含まれている思想や見解や研究成果の文化上の意義、というようなことを評論することの内に、横たわるのである。つまり出版された本を手段として、その背景をなす文化的実質を評論する、ということがブック・レヴューの意味で、そういう評論のジャンルや領野が、「ブック・レヴュー」という一つのクリティシズムなのである。決して単に本を紹介するだけが目的ではない。紹介・案内・そして広告・推薦、ということも目的の一部分でなくはないが、最後の目的はもっと広く深い処にあるだろう。だからブック・レヴューを本式にやると、いつの間にか、その本が文芸の本ならば、最も具体的で且つ時事的な文芸評論にもなって来るのだ。時とするとブック・レヴューだと云いながら、その本はそっち除けになって、本とは直接関係のないエセイになったりする場合も、例が多い。又逆に大抵の多少は文献的な扮飾を有った評論やエセイは、要するにブック・レヴューみたいなものであるとも考えられる。

で私は、「ブック・レヴュー」というものがクリティシズムの一つの重大なジャンルであり、一分野であるということ、そしてわが国では之まであまりその点が世間的に自覚されてはいなかったらしいということ、この二つの条件に基いて、こういう風変りな本を出版することにしたのである。私が右に述べたようなことは、勿論沢山の人が嫌ほど知っていることだ。ブック・レヴューが評論の入口であるというようなことは、クリティシズムに関する常識だろう(本多顕彰氏などいつも之を説いている)。併し個々の文学者や評論家の常識であるということと、世間が之を自覚しているということとは、勿論別だ。世間は之を自覚すること決して充分でなかったというのが、事実ではないだろうか。

さて、本書を世に送る所以は、右のような次第であるが、併し私が決してブック・レヴューの模範を示そうというような心算でないのは、断わるまでもあるまい。もし万一之が模範にでもなるとしたら、ブック・レヴューを今日の水準から高めるよりも、寧ろ却って低める作用をしないとも限らない。私がここに登録したブック・レヴューは、私の力自身から計っても、決して満足なものではなく、又世間の水準から云えば愈々貧弱なものだということを、卒直に認めざるを得ない。それにも拘らずこういう貧弱な内容のものを敢えて出版するのは、つまり一種の宣伝(「ブック・レヴュー」のための)であり、このまずいものを以て宣伝することが、やや滑稽に見えるとすれば、結局私はこの宣伝のための犠牲者になるわけなのである。私はこの位いの犠牲は忍ぶことが出来る。そういう図々しさを必要な道徳だとさえ思っているから。ただ恐れるのは、之によって逆効果を来たしはしないかという点だけだ。この本のおかげで、ブック・レヴューというもの一般の信用を傷けることになりはしないかが、心配だ。

模範を示すことは出来ないが、「ブック・レヴュー」というもののサンプルの若干を示すことは出来たかも知れない。「読書法日記」とか「論議」とか「ブック・レヴュー」とか「書評」とかいう類別が、夫々サンプルであり、そうしたサンプルを集めたこの本は、云わばカタローグみたいなものでもあろう。ただ大抵のサンプルは実物よりも良くて他処行きに出来ているものであるが、このサンプルだけは、云わば実物よりも劣っているように思う。つまりブック・レヴューの外交であるこの筆者が、相当の犠牲者である所以である。

「読書法日記」は『日本学芸新聞』にその名で連載したものであり、「ブック・レヴュー」は『唯物論研究』の同欄に載せたものである。「書評」は主に新聞や雑誌に所謂書評として発表されたもの。いずれも特になるべく様式の原型をそのまま保存することにした。サンプルとするためである。「論議」はブック・レヴューに準じたエセイであり、「余論」はブック・レヴューそのものに関する若干の考察からなっている。

Ⅰ 「読書法日記」

1 読書の自由

敢えて新刊紹介や新刊批評という意味ではない。また良書推薦という意味でもない。私はそんなに新刊書を片っぱしから読むことは出来ないし、また何が良書であるかというようなことを少しばかりの読んだ本の間で決定することも出来ない相談のことのように思う。もう少し無責任な読書感想の類を時々書いて行きたいと考える。勿論私の身勝手な選択によることになるだろう。或いは妙な本を読む人間だと思う人もあるかも知れない。併し人間というものは、はたで推測するような注文通りの本を読んでいるものではない。意外のものから意外の示唆を受けるものだ。この示唆は私なら私という人間にしか通用しない場合も多い、だがそうかと云って、そんなに非合理なことでもないのである。

とに角万人必読の良書をえりすぐって評論するというような、第一公式の礼服着用に及んだものではないのだから、御容赦を願いたい。吾々は読書の自由(?)というものを、こういう意味でも亦持とうではないか。旧本、駄本、変本、安本、其の他其の他も恐れないことにしよう。尤も「趣味」本の類ばかりを新刊したがるような一種の新聞的新刊紹介のやり方は、真似したくないものだが。

さて手始めに私の友人である石川湧君を御紹介しよう。勿論彼はフランス語による評論の翻訳者として相当有名な人物だ。同時に彼は大変な不平家である。自分が訳す本は世間でも文壇論壇でもあまり注目しない、何という莫迦ばかりの世の中だろうというのだ。最近彼の選訳になるレミ・ド・グルモンの『哲学的散歩』(春秋社)が出た。全訳ではなくて彼の手に負えるもので、重大性を有ったもので面白いものだけを選んだのであると云っている。併しグルモンの思想、考え方、哲学、文学意識、其の他其の他、要するに吾々にとって必要なグルモンは、之で立派に紹介されているわけである。グルモンのこの本の訳は、すでにどこからか出版されたこともあるとかいう噂を聞いたが、殆んど知られていないので、この石川訳が最初のものと考えていいだろう。

訳者も説明しているようにグルモンは一方に於て詩人だ。クラシシズム派の詩人である。けれども吾々にとってもっと直接縁故のあるのは、寧ろ評論家思想家としてのグルモンだろう。そのグルモンは、自分は主観的観念論だというヨーロッパのブルジョア文化人と共通な仁儀を述べているが、併し実際には、唯物論の精神を相当執拗に追求していて、唯物論の根本テーゼの一つ一つについて、可なり心を砕いて考えている。「観念論の根源」、「動物の心理」、「快楽讃」などがそのいい例であり、又ベーコン、メストル、エルヴェシウス、カント、ゲーテ、ダーウィン、ラマルク、ファーブル、ダ・ヴィンチ、ラスキン、サント・ブーヴ、ニーチェ、スタンダール、モネ、などに対する批評もそうだ。彼の生物学者風の知恵が、グルモンの唯物論(?)を要求している。彼はモラリストの中に立って、一つの新鮮な健康な存在である。何らかの唯物論者がデモクリトス以来、笑える哲学者であることを、彼は読者に思い起こさせるだろう。

2 譬喩の権限

六七年前になるかと思うが、現在京都帝大の教授である九鬼周造氏が長年のヨーロッパ滞在の後、帰朝して京都の哲学の先生に任じられたので、訪問したことがある。その時聞かされたのに、フランスの或るリセの先生であるアランという人が、青年の大した人気者だということだった。一遍読んで見たいと思っていたが、外国語の本では買うのが億劫で、手に這入ってからも読むのが時間がかかるからハキハキしなかった。

その内、この二三年程というもの、フランス語学者や文芸評論家達の書くものに、アランの名がよく出て来るようになった。愈々人気は極東にまで及んで来たなと思った。谷川徹三氏もどこかで「いまの自分はアランで夢中だ」と書いたようだった。で私はアランにめぐり合う(?)のをひそかに期待していたのである。

処が幸いにして、去年の暮に、小林秀雄氏の訳でアランの『精神と情熱とに関する八十一章』というのが出た。とりあえず読んで見たのである。精神とはエスプリで、情熱とはパッションのことであるが、情熱を情念と訳した方が或いは語弊が少なかったのではないかとも思う。日本の文士の間では情熱というものは、云わば尊敬すべきものになっているようだが、アランがパッションに就いて語る場合は、必ずしもそうではないからで、デカルトの頃からフランス其の他の哲学者が人性論(アントロポロジー)に於て取り扱って来たものが、このパッションに他ならないのである。

さてこの本は実は一種の哲学入門である。感覚認識・秩序づけられた経験・論証的認識・行為・情念・道徳・儀式の七部に分れて、併せて八十一章からなる。その風格は次の一二の例から知ることが出来よう。一一〇頁、「神が飛翔の為に翼を作った、と言って安心している人の精神にはただ言葉が在るだけだが、もしその人が、どういう工合に翼が飛翔の為に有効かという事を承知しているなら、所謂諸原因を極めて物を理解している事になる。」之は目的論と因果関係とを有効性というもので結びつけた説明で、そんなに平凡な説明でないことは、知る人ぞ知るであろう。

又一三四頁、「暇の時に人々が出会うと、めいめいの考えを交換するものだが、この交換は言ってみれば、既知の諸公式に依って行なわれるのであって、精神は高々言葉を楽しんでいるだけだ。……様々な記号を確めてみる事に充分幸福を感ずるという人々のこの会話なるものに、古い時代の名残が見える。」会話=暇つぶし=娯楽というものについて反省させるに足る示唆だ。

併し困るのは「公衆」についてという項の類である。「文字通り服従するとは不正な力を支配し処罰する一つの方法である。」「暴君は許すことが好きなものだ、寛大は王権の最後の手段である、だが厳格な服従によって僕はその高貴なマントを剥いでやる。異議を唱えるという事は大きな阿諛だ、暴君に僕の家を開放してやる事だ。」

このそれこそエスプリに富んだすぐれた言葉も、もはや前の二つの場合の例のような、健全な科学性を有っていない。ここに「深い管見」とでも云うべき、局処的真理のもつ虚偽、というものに、私は思いあたるのである。つまり多くの所謂「哲学」の書は譬喩の書ではないだろうか。それは人生の或る絵画ではあるが、設計図ではないようだ。

訳は可なり立派な日本語になっている。いい訳である(最後にどうでもいいことだが一つ気になった個所がある。ハムリンという人名が出て来るが、あれはアリストテレス学者であるアムランのことではないだろうか)。

3 耕作農民の小説

農民作家創作集『平野の記録』という本を寄贈されたので、半分あまり読んで見た。編者鍵山伝史氏の「あとがき」によると、これに収められている六篇の作者は、いずれも農村に在住する耕作農民であるという。私はまずこの点に興味を惹かれた。都会に住んでいる職業的又半職業的な作家でない人達が書いたのだということ、そして恐らくそうした作者の数多の作品の中から選び出された代表作が並べられたものだということ、之は今日注目に値いする。

編者はいっている、「私は雑誌『家の光』の記者だったが、その記者生活において、農村から送られて来る諸種の投稿に触れる機会を非常に多く持った。それらの大部分は、稚拙であり粗雑であった。誤字や、かな遣いの誤りなどを数えるとほとんどきりがなかった。「仕事」を「任事」と書いてあったり「屡々」という副詞を「暫々」と書いたり「意外」と書くべきを「以外」と書いてあったりするのはその一例だが、このように、およそ「文字」の使用に対してあまりにも無雑作である上に「文章」に対してもまた、放埒なまでに無思慮な原稿を見て、時には腹が立ち、時にはふきだしたくなることがあった。ところが、私はそうした原稿になれるにしたがって、職業作家の作品とはまた、おのずから別種のおもしろさを見出すようになったのである」云々。

私の読んだのは、小説だけで、戯曲二篇はまだ読んでいない。なぜか、この場合に限らず、私は戯曲を読むことが億劫なのである。多分、戯曲は読むことで感受が完了するものではないという意識が邪魔をするのだろう。で小説だけ読んだのだが、その出来栄えを見て普通の職業的半職業的な作家のものと、大して違いのあるものとは思われないのだ。非常に優れているとも思われないが、勿論劣っているとも考えられない。職業作家とは別種な面白さというよりも、それと共通な面白さの方が感銘を与えるように思った。一体私は今日の小説で、農民小説は大抵面白いように思うのである。野地氏「平野の記録」は小作地管理人の地主への忠勤振りを描き、野原氏の「嵐の村」はバクチ検挙にからむ村の有士の詐欺を取り扱っている。どれも面白く読める中篇である。渡辺氏「山晴れ」は農村青年と売られて行く農村の娘との悲劇を牧歌的に抒した小篇、栗林氏「新学期」は農村学童が先生から貰った学用品を、泥棒したのだと思い込んだ両親にどやされるという短篇、どれも農村の現実的な矛盾を剔出しようとする判然とした思想と意志とを表わしている。余計なものはどうでもよい、面白い要点はここにある。私は重ねて編者ではないが「文学が必ずしも職業作家のみに任せて置かなければならぬ理由はないという確信を抱くに至ったのである。」

4 「文化的自由主義者」としてのA・ジード

ジードの『ソヴェート旅行記』の全訳が出たので、早速読んだ。三分の一程は中央公論で読んだのだったが、新聞などで紹介を見た時教えられたジードの怪しからぬ(?)点は、この三分の一の内にはあまり出ていなかった。寧ろソヴェートへの好意の方が目立っていた位いだ。この感じは、全訳を読み了って多少は修正されはしたが、併し私の根本的な感じには変りがないのである。

ジードはジードなりにソヴェートを可なり好意的に見ようとしている。元来ジードは決して唯物論者ではなく、そういう立場に立ったコンミュニストでもなかった筈だ。之は誰しも知っていた筈である。彼は個人主義と理想主義とに立脚した「コンミュニスト」に他ならなかったのだ。だから彼がソヴェートに就いて懐いた予備観念が又、極めて理想主義的なものであったことは当然なので、その理想主義がソヴェートの現実に行き当って、一つの動揺に陥った。信頼と共に甚だしい不満を覚えた。ただそれだけのことなのである。

併しそこから偶々彼の地金である色々の弱点が露出せざるを得なかったのである。彼のようなタイプの進歩的な自由主義者は、私がいつも云うように、一種の文化主義者であり、文化的な自由主義者に過ぎない。素より彼のようなタイプの進歩的文化人は、フランスに於ては一定の政治的な積極的役割を果しているわけだが、ジード自身が云っているように、彼は不思議にあまり政治や経済のことを考えていないのである。そして而もみずからコンミュニストだと云うのである。

文化主義者の習性の一つとして、彼は政治と文化とを別々に考える。文化は反抗と自由とによるものであり、政治は之を画一主義(コンフォルミスム)に堕落せしめたものだと考える。政治によって文化の新しい誕生が齎されるというような唯物史観的関係は、殆んど眼中にはない。之が彼の一貫したソヴェート文化観の観点なのだ。

ソヴェート文化に対する善意的同情者が、ソヴェート文化に対する認識の限界につき当らねばならぬ所以が、ここに暗示されていることを知るべきだ。

だがジードによって指摘されたソヴェート市民の文化的画一主義・独善的自慢主義は、あり得べき事態ではあっても、決してソヴェート文化の自慢にはならぬ点だろう。ただその不満をああいう形で発表することが、トロツキー主義に事実上符節を合わせるものであるという点が、文化問題を政治問題と独立に考えている例の文化主義者たるジードにとって、どこまで行ってもピンと来ないのは当然だ。

(付記、ジードの『ソヴェート紀行修正』については別に)。

5 宮本顕治の唯物論的感覚

或る意味で近来の待望の書は宮本顕治『文芸評論』と内田穣吉『日本資本主義論争』とだろう。後者については、追って書こうと思っている。宮本顕治は蔵原惟人に並ぶ素質を持った殆んど唯一の文芸評論家である。単に左翼評論家の内でそうだというのでなく、蔵原が日本の一般文芸評論家の内で占めている追随を許さぬ位置を認識した上で、そう呼ぶことが出来ると思う。

なる程宮本の活動の期間は大へん短い。この『文芸評論』にしてからが決して大部な本ではない。それにまだ年もあまり取ってはいないから善かれ悪しかれ若いものを感じさせる。だがいつでも大切なのは素質――そして社会的な――にあるのだ。その意味で彼の「素質」を高く吾々は買わねばならぬと思うのである。

彼の素質の良質な点は、有名な「敗北の文学」(芥川竜之介論)と「過渡時代の道標」(片上伸論)とにまず第一段として現われている。之は並々ならぬ良識とそれを裏づける展望ある教養とを示している。若々しさと共に一種初めから出来上った感じを与えるものもこれだ。併しこの点よりもより一層私を動かすものは、彼の感覚、彼の感官そのものが、稀に見る程マテリアリスティックに出来ているという第二段の良質である。「マルクス主義的」乃至左翼的な文芸評論家は沢山あったし沢山あるが、平凡な観念論的感覚の詩人や何かではあっても、良心から云ってマテリアリスティックなセンスやムッドを持った人間は案外少ないのだ。宮本の価値は、その教養ある素質が正にこの唯物的感情によって研ぎ澄まされているように見える点だ。

この感覚の確実さを見るには、寧ろいくつかの「文芸時評」なる項目を読むといい。彼はマテリアリストでなければ見出せないいくつかの的確な発見をしている。ものの良し悪しを殆んど本能的にピッタリと云い当てているのが判る。人真似や右顧左眄の産物には決してあり得ないことだ。

ただ彼の素質は理論家ではないようだ。理論的な分析を企てた「評価の科学性について」や「同伴者作家」の項は、やや凡庸である。彼は理論家であるよりも、云って見れば「評論家」というタイプとして、大へん優れているのだと私は思っている。

中条(宮本)百合子の序文は、日本プロレタリア文学運動に於ける彼の役割を規定することに於て、簡にして要を得ている。中条氏で思い出したが、彼女の『昼夜随筆』という評論集が出た。読んで見たが仲々いい。宮本顕治と並べて彼女の評論家としての独自の価値を、世間はもっとハッキリ認識すべきだろう。

6 コンツェルン論の「結論」

『日本コンツェルン発達史』(ワインツァイグ著・永住道雄訳)が出た。菊判ではあるが二百頁を少し越す程度の、手頃の分量の本である。コンツェルンに関する本、しばらく前の習慣で云えば「独占資本」とか「財閥」とかに関する本は、やや分量の大き目のものが多いようだが、この本は之を圧縮したような特色を有っている。日本のコンツェルンの通論として多分最も便利なものだろうと思われる。

モスコウの世界経済世界政治研究所の監修になるもので、外国人の書いた日本研究だからあまり役には立つまい、などと思う人がもしいるとすれば、勿論そういう人は今日の常識を持たない人間である。日本の事情を国外からの距離、「特に云わばモスコウ的距離」から見ることは、狎れっこになった国内事情に対して新鮮な光をあてることでもあるばかりでなく、之を世界的なスケールから要約することでもある。而もこの本では更に、「日本型コンツェルンの一般的特徴づけ」の章とか、「日本型コンツェルンの政治生活」の章とかで見られるように、コンツェルンに対する着眼点を社会的政治的要約にまで高めることに、努力が払われている。例えば「日本型コンツェルンの特徴の一つは、資本の投下部面が種々様々であり、しかもこの種々様々な資本投下部面が非常に屡々コンツェルンの基本的生産と殆んど何らの依存関係もなく、また結びつきもないという点である。」こういう特色で行けば、当然この「日本型」が社会的に政治的に何を意味するかに注意を向けさせる筈だ。

勿論資料の点ではセカンドハンドのものが多く、資料的オリジナリティーを期待するのは控えねばならぬ(鈴木茂三郎氏の独占資本に関する数著を最も屡々引用している)。だが私などが最も興味を惹かれるのは、資料のオリジナリティーの如何という、専門家的な一種の業績計算法に基く検討よりも、寧ろそれから出て来る社会的結論・社会的要約・の方である。こういう点で、特に私には大変有用な本だ。

コンツェルン問題は今日目立って流行している。だが私の希望する処は之をもっと意図的に社会的政治的特色づけにまで高め、且つそういうものとして抽出することだ。だがそれは思うに、ファシズム論、「日本型」ファシズムに関する理論、に転化することに他なるまい。そこで日本に於けるファシズム論議が、もっと意図的に所謂コンツェルン論議の内に現下の資料を求めるべきは勿論のことだ。だが、コンツェルン問題の「結論」が、ファシズム問題でなくてはならぬということは、這般の最後の要点である。

7 科学が文章となる過程

J・ジーンズ卿の『神秘の宇宙』(藪内清氏訳)が重版になった。初め『新物理学の宇宙像』という題で訳されたのだそうだが、今度は原名(Mysterious Universe)の直訳にして出したものである。一九三〇年に原著者がケンブリッジ大学のレード講演に基いて書かれたもので、論文というよりも正に「エッセイ」というべきスタイルにぞくする。

第一章は「滅び行く太陽」、第二章は「近代物理学の新天地」、第三章は「物質と輻射」、第四章は「相対性原理とエーテル」、第五章は「問題は混沌として」(Into the Deep Waters)というのである。私は最初この原本を開けて見た時に、実を云うと、章題のつけ方のこの流儀にやや反感に近いものを感じた。何か大変俗悪な、素人をおどすような気分で書かれているような予感がしたからである。処が読み始めるとスッカリ感心して了った。実に心憎い程の切れ味を有った叙述なのである。巻を措く間も惜しく、読んで了ったものだ。尤も本はごく小さく四六判一四〇頁程のものであるが(訳本の方も二百頁程だ)。

ジーンズは物理学的観念論者の典型ともいうべき人であろうが、そういう哲学は勝手にしゃべらしておけばいいだろう。他にも沢山いることだ。併し科学的名文家としてのジーンズは充分に尊重されていいと思う。同じく物理学的観念論者の一人であるエディントンも亦、食い込むような厚みのある説明を与える叙述力を持っているが、ジーンズはこの本で、もっと掌を指すように、又もっと手玉に取るように、対象を生々と転がしている。

日本にも自然科学者で科学的文章の名文家が少なくない。私の知っている限りでは石原純博士とか仁科芳雄博士などがそうだ。だが英語国民やフランス語国民の自然科学者には、その「科学」が「文章」にまでなって了っている達人(?)が日本よりも多いのではないか、というような気がする。と云うのは、之は単に文章の問題ではない、科学自身の社会的生存に関する問題であるからだ。

8 古典の方が却って近代的であること

ヴォルテールの『カンディード』(池田薫訳)が出た。以前春陽堂文庫であったか、高沖陽造氏の訳が出ているそうだが、今夫と比較する時間がない。この頃フランス文学の紹介翻訳が全盛である。而も之がフランス文学のボンサンス(「ボンサン」の方が正しいのだそうだが)たる知性の輸入ではなくて、非合理主義の上塗りであることは、全く妙だ。あるフランス系文士は、良識をば科学的精神の対立物として礼拝する、何とも挨拶の仕ようがないのだ。

処でフランス哲学への関心も、次第に盛んになって来る。特に十八世紀の啓蒙家、唯物論者などへの。この『カンディード』もその一つと見ていい。之は「風刺文学」の模範であるが、その盛り上った思想や哲学は実に鮮かに顕著にすけて見える。だが思想が充分肉体化していないなどと、云えるものがあったら会って見たいものだ。思想と文学との結合の仕方には、こういうものがあるのだということを、思い知るべきだろう。ディドローの風刺文学としての哲学書『ラモオの甥』(本田喜代治訳)と、色々の意味で、全く好一対である。

『ラモオの甥』の方は同じ面白くても、少しムズかしい点もあるが、『カンディード』の方は大変やさしく面白い。心情のやさしいカンディードの冒険的な運命物語りで、アラビヤンナイトみたいな処もある。が第一の要点はライプニツ哲学の予定調和説と夫に結びついている神義論と楽天説との、経験的事実による転覆である。経験的事実の世界はありとあらゆる不幸と悲惨とに充ちている。著者は之をまるでモダンな筆致で坦々とリアリスティックに描き出す。第二の要点はその不幸と悲惨との無用な充満に最後の責任を持つものは、坊主と教権組織だという一貫した主張だ。悪いことは皆んな坊主が一役買った結果に他ならない。第三の要点は、この悪魔的ペシミズムの哲学にとって唯一の息抜きである理想郷エルドラドーであり、そこで発見される処の「科学」への信頼と希望とだ。処でどの要点も、まことに近代的に生々しい意識を持っているのだから、不思議である。この古典を読むと、現代人の作品でもあるかのような気がするのだ。

9 歴史哲学の一古典

都合で一回休んだが、続けようと思う。私はこの頃類似アカデミシャンという言葉を使って見ている。本質に於て非大衆的なアカデミシャンであるに拘らず反アカデミーの意識を有つことによって、一応反逆的で進歩的な大衆味を有っている今日の若い優秀な自然科学者などをそれだと考える。併し文化理論家の内にもこのカテゴリーに這入る人が、最近の日本では特に多い。之を私は文化的自由主義者という風に呼んで見たことがある。私はこういう種類の人達には充分の共感を感じるものではないが、現在に於けるその役割のプラスに就いては、充分の尊敬を払うことが出来ると思う。多くの危険を顧みながらではあるが。

清水幾太郎氏(『人間の世界』をこの間書いた)などはその典型であるかも知れぬ。もう一人挙げるなら樺俊雄氏である。この人達を一種の社会哲学者とか歴史哲学者とか考えてもいいだろう。或いは文化哲学者とも云うべきだろう。今日の思想のポーズとしては、一つの大きな流れにぞくしている。その樺氏がJ・G・ドロイゼンの『史学綱領』(菊判二三〇頁)を翻訳した(刀江書院)。原書が史学方法論の今日に生きている古典として、歴史家にとっても哲学者、思想家、にとっても、必読の文献であることは云うまでもない。だが私が特に興味を有っているのは、之が現代の解釈学及び解釈学的哲学法にとっての最も有力な古典の一つで、現代型観念論の或る一つの秘密を解きあかしている代表的なエッセイだという点だ。現代の観念論は解釈哲学のシステムを以て最後の保塁としているからだ。尤もこういう観点を離れても、それ自身歴史感覚を深めるための貴重な演習教程になるものなのだが。

この本は樺氏(『歴史哲学概論』其の他の著者である)によって、全く打ってつけの翻訳者を見出した。同氏以上にピッタリとした訳者は今の処得られないものと思う。そういう意味で、この訳書に向かって私は大変爽快な気持ちを覚える。同氏の力の這入った解説文も丁寧で要を得ており、読者の聴きたいことを手回しよく伝えている。最近の編者ロートアッカー版の序文の比ではないようだ。

10 『日本科学年報』の自家広告

岡邦雄氏と私とが編集者ということになっている『日本科学年報』一九三七年版(改造社)が今回出版された(三七年六月)。この際多少自家広告をしておきたく思う。一月程前に出る筈だったのを、編集者側と出版者側との夫々の都合でおくれたので、文芸年鑑其の他よりも一月後になったのは残念だったが、来年度からは用意を手回しよくして出版の時期を早めたいと考える。

初め『年鑑』という名にする心算であったが、経費と時間との関係で便覧風の調査が出来にくかったので、もっとアカデミックな名の『年報』としたわけである。実際に編集に当ったのは唯物論研究会の多数の会員幹事達其の他であって、特に石原辰郎氏の努力を多としなければならぬ。ただ唯物論研究会の第一義的な仕事と銘打っては多少憚りありというので、岡氏と私との編集名義になったのである。すると岡氏や私などは少し割が合わないことになるわけだが、併し又、岡氏と私とだけで編集したらばこの程度のものには決してなれなかったのだから、吾々は(少なくとも私はだ)寧ろ得をしているものだということを告白する。

ここで科学というのは、独り自然科学だけではなく、社会科学(乃至歴史科学)と哲学とを含み、且つ芸術・文化・理論をも含む。総合的で且つ観点の原則が貫徹している点が、本年報の特色であり、又目新しい処であると考える。こういう特色ある年報の類は、之までまず無かったようだ。併しそれだけに又、杜撰を免れないだろう。特に、出来上るまでどういう調子の本になるのかが、どの執筆者にもピンと来ていなかったことが、弱点の源の一つである。少なくとも私自身の場合がそうだった。

だがひいき眼で見ると、読み物の部分はまあ何とか退屈しないで読める程度だし、見る部分である「アルバイト総覧」は少なくともその分量から云って、努力だけは充分に買って貰えるかも知れない。校正だけでも並大抵ではないのである。寛厳宜しきを得た批判を受けたいと思う。

11 心理と環境

E. S. Russell の The Behaviour of Animals, London の訳『動物の行動・環境』は色々の点で面白い本だ(訳者は永野為武と石田周三との両氏)。簡単に云って了えば動物心理の本であるが、併し大切なのは、動物の心理を、と云うのは結局動物の行動をということに他ならないが、その環境から説明しようとする点にある。否、説明するというよりも、その環境に於て観察するという研究の方法に面白味があるのである。

単に実験室でやった実験は動物の正常な生態を蹂躙して了う。それでは動物の本当の習性は判らぬ。何でもトロピズムとかタキシスとか云って片づけられて了うことになる。だが所謂トロピズムとかタキシスの多くは、動物が強制的に置かれた異状生態からノルマルな生態に復帰しようという生活全体の必要からの趨向なのであって、その自然な生態の観察からでなくては、この点がハッキリしないと云うのである。

この考え方はケーラーのチンパンジーに就いての有名な研究と全く同じやり方だ。所謂形態心理学は全くケーラーのこうしたやり方によって実験的な基礎を置かれたもので、ラッセルのも形態心理学の資料として大きな価値があるのである。チンパンジーが色なら色を記憶するのは決して単独な色のあるものとしてではなくて、之と連関している認識対象の或る全体との対比に於てしか記憶していないのだ、という結論を導き出したケーラーの形態心理学は、同時に動物をその形態上の或る全体に於て見なければならぬという方法の結論でもあるのだ。

本能とか知能というものの観察も当然こういうやり方で行なわれなくてはならぬ。両者の対比と連関とをこの本では具体的に丁寧に述べている。読者はここで又マクドゥーガルの心理学を思い出さねばならぬだろう。――なお形態心理学の研究が盛んなのは九州帝大の心理学教室で、古典的な文献の集録も出版されているし、研究発表や著述も多い。

12 「外国人」への注意書

板垣鷹穂氏の評論集『現代日本の芸術』は、五年前に出た『観想の玩具』以来の最初の出版である。そう云っても実はこの本は、同氏の十八冊目か十九冊目の本だ。それ程氏は多作な評論家である。だが今度の評論集は恐らく従来のもの以上に面白いものではないかと思う。大変実際的な落ち付いた観察を以て終始していることによって、或る一つの纏まったアトモスフェアをハッキリと醸し出している。練達の士のものしたものであることを思わせる。

寧ろアトモスフェアが出来上り過ぎてさえいないかということが気にかかる程だ。氏の文章にはもはや青年らしい焦慮も野心もない。文化世間での苦労人らしい坦々たる論調と共に長者らしい鷹揚ささえも備わっているのである。元来氏はアカデミックな気むずかしやの一人である。直子女史のアカデミー振りと琴瑟相和す部分もないではないようだ。併し結局氏は批評的精神ではなくて肯定的精神である。世俗的な権威についての最もよい理解者の一人であることにもそれは現われている。落ちつき払って見えるのもそこに原因しているらしい。

処でこの評論集は異彩陸離たるものがある。都市、流行、建築、文芸、映画、美術、写真、舞台、放送、教育、という十項目の下に、夫々二三篇から二十篇の文章が収められているが、現代日本人の日常生活に於ける芸術形態を、これ程親切に忠実に、紹介批評し、且つ記録したものは、他に殆んどないと云ってもよい。氏には今日では特別のイデオロギーがあるとは云えない。だから氏は単なる記述者であるとも云うことが出来るかも知れない。併し、この記録者が偽りなく記録した結論は、恐らくこういうことになるらしい。曰く、現代日本人の芸術は、歌舞伎でもなければお能でもなく茶の湯でも生花でもない。所謂近代芸術こそがみずからのものと感じている芸術なのだと。色々な意味に於ける「外国人」――日本主義的エキゾティシストをも含む――にそういうことを教えるに有効な本だ。

13 古本価値

散歩の序でに、小さな古本屋で、ルナンの『科学の将来』という小さなうすぎたない本を見つけた。三十銭で買った。『ヤソ伝』のエルネスト・ルナンが一八四八年頃、二十六七歳の若さで書いた本である。翻訳者は西宮藤朝氏で、氏はたしかブトルーの『自然法則の偶然性』を訳出していたと思う。この訳は全体の約半分を含むもので大正十五年に資文堂という出版屋から出ている。叢書形式の内の一冊かも知れない。そうすれば半分だけを訳して出すということも、分量の上から云って止むを得ないことだったかも知れない。

併しそのために、何と云っても出版物としての価値を損ずること甚だしいのは事実だ。この原著自身は、何も隅から隅まで目を通さなければならぬ程大事な内容で充満しているわけではなく、まだ幾分に生まな常識のかき合わせに過ぎぬと思われる部分も多いが、それにしても訳者も云っている通り、ルナンの其の後の仕事の方針を宣明したものとして、大いに価値のある文献なのだが、それが半分では、全く雑本としての価値しかない。こう古くなって誰も手にとっても見ないようになると、そういう点が特に目に立つ。惜しいことだ。

同じ頃でた本で山田吉彦氏訳のリボオ『変態心理学』というのがある。之はリボーの有名な『記憶の疾患』、『意志の疾患』、『人格の疾患』の独立の三著を、三部作であるが故に、一冊にして訳出したものだ。そういう加工だけですでに、古本価値のあるものだ。恐らくあまり人の読まないだろうこの訳書を、私は割合大事に、蔵っておいている。之は独り原著が優秀であるばかりではない。

序にルナンは文献学と哲学とを比較して、文献学に二次的な位置を与えている。之は私にとっては興味と同情とに値いする点である。又訳者がフィロロジーを文献学と訳した一つの小さな見識にも敬意を払っていい。科学的精神が問題になる折柄、通読しても、無駄にはならぬようだ。

14 文化が実在し始めた

ミショオの『フランス現代文学の思想的対立』(春山行夫訳――原文は英語)は私にとっては最初から興味のあった本で、読んで見て勿論失望はしなかった。今日一国の文学を論じる以上、之を思想問題として論じなくてはならないのは、当り前すぎるほど当り前なのに、多くは、ただの「文学」(?)の紹介と云った水準のものが、普通の通り相場である。そういうものに対比して、之見よがしに、之を持ち出して来るのも、一興である。

内容は少しゴタゴタしすぎている。それというのも、出来るだけ沢山の人について書こうとしたためだろう。ただの報告に近いものさえある。そういうニュース的な興味をもう少し節約したならば、文明評論としても生きて来るし、文化の真の報道としてさえも生きて来るだろう。

巻末の相当分量の付録「人民戦線以後の文学」という春山氏の筆になる文学と政治とのクロニクルは、この書物の意義をよく見抜いた上での補足というに値いしよう。

この頃私は、文化問題に関する諸国の評論兼報告と云ったものの、纏った本に関心を持っている。今のミショオのもその代表者であるが、国際作家会議報告の『文化の擁護』、国際連盟のインテリジェンス国際協会の記録『現代人の建設』、ミールスキーの『イギリスのインテリゲンチャ』(之はまだ訳が出ていないが)、ロマン・ローランの『闘争の十五年』(ジードの『ソヴェート旅行記』も入れてよい)、等々の纏まったものを買って読みたいという気持である。

右の本はまだ全部読んでいるわけではないが、それにつけても思い当るのは、「文化」という問題が本当に吾々民衆、と云って悪ければ吾々インテリ大衆、の生活問題そのものにまで高まって来たということだ。

文化は民衆の自主的なものでない限り、インチキであるという実感がいつとなく、わが国の思想をも捉え始めている。それは今云った出版の情況からさえも知られる。文化は実在し始めた。文化をゴマかしたりマルめたりするデマゴーグの征伐を、そろそろ始めていい時期である。

15 科学主義工業に対して

理研コンツェルンの言論株式会社ともいうべき「科学主義工業社」から、『科学主義工業』という月刊雑誌がこの頃出ている。社長はよく知らないが、恐らく大河内正敏博士だろう。科学主義工業というのは博士が実施している最近の産業哲学であり、同時に工業経営の国家的大方針であるようだ。科学主義工業とは、資本主義工業に対立するのである。

この論旨を解明するものとして最も興味のあるのが、同博士の『農村の工業と副業』という小さな本だ。本の体裁は一見時局的際物の感があるが、内容はとにかく価値のあるものである。

科学主義工業の特徴は、高賃金低コストという処にあるという。資本主義工業は、一方に於て出来るだけ低賃金を求める。と共に他方、工業立地に就いて情実や俗間常識に左右されたり何かして、結局高コストについている。その反対が科学主義工業であるという。

この際の科学主義とは、工作機械や測定機械の高度の機械化、技術化、によって、職工の熟練に俟つ部分を極度に小さくすることである。之によって如何なる不熟練工も、容易に高度の加工工業や最高の精密工業に極めて短時間で熟達出来る。

更に又、高度の加工精密部分品工業の如きは運賃が相対的に少ないから、コスト計算上、農村工業として最も適切である。それ故これに科学主義を適用すれば、理想的な農村工業となる。之はすでに方々の理研関係の農村小工作場で実験ずみだという。

科学主義工業の観点に基いて「熟練工」の観念を批判するなどを含めて、甚だ同感であるが、科学主義的農村工業は、なぜ一体高賃金であり得ねばならぬのか。著者は単調無味な労働に耐え得る「農業精神」なるものが、「能率」をあげるのだとも云っている。そして工業精神の侵入は資本主義工業の個人主義を植えつけることで農業精神の破壊だという。之は余り「科学主義」的な表現ではない、素より高賃金の説明にもならぬ。

農村は低賃金だから、という博士の数年前までの論拠を、今の博士は恥かしいものだと云っているが、それにしても高賃金とならねばならぬという結論は、どうも必然性を欠いている。思うに、低コストはいいとして、高賃金の方は、「科学主義」以外の問題であったに相違ないのだ。

Ⅱ 論議

1 現代文学の主流

「文化擁護」問題の報告書――(レジス・ミショオ著・春山行夫訳『フランス現代文学の思想対立』)

本書については、私はすでに一二の原稿を書いたから、重複は避けたいと思う。この本を読んでまず第一に気がつくのは、フランスに於ける文学なるものが、如何に直接、文化全般と密接な連関に立っているか、ということである。ここでの文学は、哲学や科学や政治と、或るものは意識的に、或るものは無意識的に、だがいずれにしても直接に、関係を持っている。文学が理想であり文化となっている。云わば、思想や文化が文学から理解されるのではなくて文学が理想や文化から理解されねばならぬように見える。

だから次のような言葉も意味があるわけだ。「フランスの思想は過剰なフランスの文学によって誤導され、腐敗させられたと人はいうかも知れない。事実数多く思想家達は平穏を求めてリリシズムに逃避して了った。このことがロマン・ロラン、アンリ・バルビュス、及び『勝利』、『聖なる顔』のエリイ・フォール、『人生について』のアンドレ・シュアレスのごとき知的指導者達の失敗の一部を物語っている」云々。

文学が思想問題として、従って又文化問題として、全幅の意義を発揮しつつあるのは、現代の世界文学の国際的特色であろう。元来、旧くから文学はそういうものであった筈だが、それをハッキリと自覚しなければ文学として安心出来なくなったのは、現代の世界情勢の特徴だ。外交・政治・さえが一方に於ては思想的な課題となりつつある。文化問題としての資格をさえ持って来ている。そのことはつまり、逆に云うと、文化や思想が、それ自身ですでに政治的・外交的・意義を国際的国内的に持つようになったことを意味するのであるが、そこへ文学を持って行くと、文学は正に思想として、文化として、政治や外交と直接関係を生じるのである。フランスに於ける文学のそうした事情を最もよく告げているのがこの書物だろう。

併しフランス文学がこの関係に於て、吾々に特別の文化的政治的関心を呼び起こすのは、云うまでもなく「文化擁護」運動を介してである。だが之は勿論、決してフランスだけの問題ではなく、又フランス文学だけの問題でもない。世界文化全般が、「文化擁護」という焦点をめぐって、回転している。フランスはその回転軸の一つとなろうとしつつある点に於て、特に代表的なのだ。

ミショオはアメリカとフランスとの文学に精通したフランス人であり、本書はアメリカで英語で出版したものだ。大体に於て左翼的な進歩主義者であるが、右翼作家(例えばモーリス・バレースやシャール・モラスなど)に対しても充分な理解を示すことによって、却って最後的な批判を加えているとも見ることが出来る。本書は文化擁護問題の一報告書として記憶に値いする。日本の現代文学・芸術・哲学・科学についても、こうした思想的文化的報告書があっていいと思う。かつて土田杏村は英語でこの種の本を一冊出版した(著者自身による邦訳も出ている)。だがこの文化専門家は残念ながら思想的評尺の然るべきものを持たず、批評家に欠くことの出来ない警抜さと烱眼とを持たなかった。真の思想の力関係を見て取ることが出来なかった。そしてまだ、当時は充分そういう機が熟してはいなかった。

今や吾々は、「文化問題」なるものが今後有つだろう社会的重大性をより一層立ち入って理解しなければならぬ。本書はそういうための刺激となるだろう。

2 哲学書翻訳所見

この間或る人に会った所、日本で出版された科学史の良いものは何かと尋ねられた。私は即答に窮したので、岩波版のセジウィク・タイラーのものや矢島祐利氏の諸著作などを挙げたのだが、質問した人はなぜかあまり満足しなかったようだ。私は一般の心ある読者がどれ程思想の歴史を書いた纏った書物を欲しているかに、又同時に、そうしたものが日本では如何に数が少ないかに、初めて気がついたような気がするのだ。この点、哲学の歴史に就いても大した変りはないが、併しここでは事情はもう少しはいいだろう。

この頃はユーベルヴェークの大きな哲学史も翻訳されているようなわけで、この方面の読者は愈々恵まれて来たようだ。K・フィッシャーやエルトマンのものも系統的に訳されていい頃だろう。ところで云うまでもなく、こうした科学的な哲学史はヘーゲルに始まるのであるが、ヘーゲルの哲学史は鉄塔書院と岩波書店とから併行して訳出されている。この二つの訳書の特色の比較は興味のあることだろうが、手元にないので出来兼ねる。その代りにヘーゲル哲学史の後継者の一人であるL・フォイエルバハの『近世科学史』が私の注目を惹く(上巻・松本義雄氏訳・政経書院版)。これはヨードルのフォイエルバハ全集に依ったもので、詳しくは、『ベーコンからスピノザまでの近世哲学史』であるが、主としてフォイエルバハがヘーゲルの完全な影響の下に立っている時期の著作と見做されている。だがそれにも拘らず一種の近世唯物論史の観がある所に現在この書物の大きい価値があるのである。

ところが訳には遺憾ながら感心しない個所が多い。単に読みにくい許りではなく、何か非常識な感じさえしないではない。エリザベス女王の後継者はジェームス一世とあるべき所をヤコブ一世とあったり、スターチェンバーとすべき所を、わざわざシュテルン・カンマーとルビを振ったり、フランシス・ベーコンで通っているのをフランツ・ベーコンとしたりするのも気にかかる。なぜこうドイツ語から一種の直訳を敢えてするのだろう。読者に不親切な訳文と不注意からくる誤植は眼にあまる。――だがこういっても、こういう本の訳の出ないよりは、とに角出た方がいいということは、素直に一般的に強調しておかねばならぬ点だ。多分訳者は文筆上の経験の深くない人と思うが、もう少し時間が経ってから訳を直して見たらばキッと良くなることと思う。

こういう場合、世間の自称篤学者達は何かというと訳者の「学的良心」といったようなことを口にしたがる。それも無論必要なことに違いはないが、併し翻訳者なり著者なりの仕事の全体から切り離して、又出版屋の資本上の制約からも抽象して、単に之やあれやの書物の出来栄えで人間の「学的良心」を云々することは、全く世間を見る眼を持たぬ非常識だ。『思想』(一九三四年)七月号で畠中尚志という人が斎藤晌氏のスピノザ全集の訳を根拠として、斎藤氏について例の「学的良心」を疑っているのも亦、そういう場合の一種ではないかと疑われる。そこでは旧いオランダ語のテキストが問題になっているので、私には内容については全く何の意見も持てないが、仮に畠中氏の指摘した斎藤氏の誤訳や悪訳が全部畠中氏のいう通りにしても、斎藤氏が次号の『思想』で与えている返答の方に依然「真理」があると思う。『思想』の編集者諸氏はこの点どう考えるか。

古典の翻訳で一寸注目に値いする毛色の変ったものはJ・S・ミルの『社会科学の方法論』(伊藤安二氏訳・杉森孝次郎氏序・敬文堂版)だろう。これはミルの百科辞典的代表作『論理学体系』のモーラル・サイエンスに関する部分(第六巻全体)を訳出したもので、ブルジョア社会科学論の上では極めて大切な古典の一つであることは能く知られている。この本が現在持つべき意義に就いては、必ずしも杉森氏の序文に同意出来ないとしても、この頃読まれていい本の一つだと私は思う。訳も中々良い。

やはり部分的な訳出だが、ディルタイの『近世美学史』(徳永郁介氏訳・第一書房版)は甚だ手頃な便宜な好訳である。これは全集の第六巻の内「近世美学の三画期と今日の課題」(一八九二)の全訳で、訳文も嫌味のない達文だし、訳注の親切なのも有難い(なお同氏にはE・ウーティツの『美学史要』の訳もある)。

訳文が達者だといえば、河上徹太郎氏のシェストーフ『虚無よりの創造』(芝書店版)の訳は流石に名訳だ。同じくシェストーフ『悲劇の哲学』(河上徹太郎氏・阿部六郎氏・訳・芝書店版)の訳も名文だ。正確かどうかは知るところでないが、とに角翻訳であることを忘れて巻を措かずに読ませるものがある。前者は然し木寺・安土・福島・三氏の訳になる『無からの創造』(三笠書房版)と対比させて見ると興味がある。三氏の訳の方は収められた論文の数も遙かに多く、訳文も場合によっては地味に過ぎて生硬であったりするので、あまり読み良くはない。――だが実をいうと、私にはこういったニュヒテルンな性質の訳の方が所謂「名訳」よりも好ましいのである。なぜなら地味な訳は、概念上の連想が却って豊富なために、読むに骨は折れるが思想上の示唆に富んでいるからだ。尤も三笠書房のはもう一段手を入れるとズッと達意なものとなる余地があるとは思うが。

3 世界文学と翻訳

R・G・モールトンの『文学の近代的研究』(本多顕彰氏訳・岩波書店)を曾て私は読んで、第一に興味を惹かれたのは、文学と哲学との交渉に就いてであった。明治以来わが国では、文学と哲学とが殆んど全く絶縁されたような関係におかれている。それは文学が世界観や思想というものから縁遠くなって了っているからばかりではなく、哲学自身が世界観や思想として何等の積極性も自覚していないことから来るのである。だから偶々文学や哲学が何か世界観や思想を強いて持とうとすると、公式的文学観が生じたり、又その対立物として公式呼ばわり的文学論が発生したり、それから止め度もない体験の哲学や生の哲学が発生したりする。そして偶々文学と哲学とを結びつけたと見えるものには、往々極めてイージーな而もスケールの小さく浅はかな文学めいた哲学や哲学めいた文学が見出される。こうした手先の扮飾では、文学と哲学との根本的な結び付きなど決して浮び上って来るものではない。文学と哲学とが本格的に交渉するのは、クリティシズム(批評・評論)に於いてなのだ。考え方によっては極めて判り切ったこの関係を、克明に講義したものが、モールトンの今の本だ。

第二に興味を有った点は文学と古来及び近来のジャーナリズムとの関係である。遠くはホーマーや中世の吟遊詩人、降って廿世紀のジャーナリストに至るまで、その文学的役割が割合一貫して問題にされている。文学とジャーナリズムとを結びつける点は、ここでも亦クリティシズムなのである。

処がクリティシズムという観点から文学を根本的に取り上げるならば、第一に批判されるべきものは、文学研究を語学研究と取りちがえ勝ちな一つのペダンティックな錯覚である。日本でも英文学とか独文学とかいう少し考えて見ると実に変な文学研究が行なわれているようだ。そして之は何も日本に限ったことではないらしい。モールトンはこの弊害を指摘する点に於て可なり徹底的なのである。彼はそこで、こうした国語の制約によって束縛され得ない真に文学的なものを求めて「世界文学」の観念に到着する。『世界文学』(本多顕彰氏訳・岩波書店)は主として、世界文学的な普遍通用性を有った文学的源泉を五つ挙げて、真に文学的なものの世界史的系統樹立を解説している(バイブル・古典叙事詩と古典悲劇・シェークスピア・ダンテとミルトン・ファウスト物語の五つが之である)。

だが云うまでもなくここですぐ様問題になるのは「翻訳」というテーマである。吾々は之まで、翻訳というものの本当に文学的な或いは哲学的な意義に就いて、充分な注意を払っていないのではないかと思う。併し実は翻訳の問題ほど、今日重大な社会問題は他にないとさえ云ってもいい位いだ。例えば、所謂外来思想は日本へ翻訳され得ないものだとか、日本精神は外国へ翻訳され得ないものだとか、というようなデマゴギーがもし本当ならば、本当の文学や哲学はその日から消えてなくなるからだ。広く翻訳の可能性はクリティシズムに含まれる根本要素の一つであって、文化の紹介や批評のために欠くべからざる要具なのである。モールトンのこの二つの書物は翻訳のこの広範な意義を最もよく明らかにしていると思われる。

野上豊一郎氏『能の再生』(岩波書店)の出版を見たが、そこでも能を、英文へ翻訳するに就いて翻訳問題が提起されているのを見受けた。氏は翻訳の意義に就いて夙に注目している文学者の一人である。モールトンの著書の発行年度は決して新しいものではない。『世界文学』などは一九一一年に出ている。それから云うまでもなく之は、社会科学的な訓練を経た文芸科学書ではなくて、典型的なブルジョア文学教科書に過ぎない。それにも拘らず実に卓越した多くの主張と強調点とを持っていることは注目に値いするだろう。

4 作文の意義

――垣内松三教授の著『国語教育科学概説』について――

私は国語についても、教育についても、ただの素人に過ぎない。併しかねがね懐いている一つの意見があるのだ。それは所謂作文というものの意義についてである。

作文というと学校で教える教授課目の一つであるように思われるかも知れないが、併しこれは決してそんな教壇的な学校教育者風な興味からだけ論じられてはならない問題なのだ。われわれの日常生活は毎日社会自身から何かの形で成人教育を受けているものに他ならないが、その内でも今日最も信頼するに足る最も有効なそれからまた最も大規模な成人社会教育の手段は、出版だといっていい(今日のラジオは有効ではあるが併し決して信頼するに足る手段とはなっていない)。

ところが世間の多くの人達は出版物によって、ただ受動的に教育されているだけで、必ずしも自分では能動的に言論を発表しているとは限らない。ということは、世間一般の人達が、思想を構成しこれを言葉によって表現するというような訓練をあまりやっていないということである。それであるから出版物の多い割合に、一部の執筆業者や研究家を除いては、表現能力や従ってまた思想構成能力が教育されていないので、これは人類の訓練という目的からいうと、全く不経済なことだという他はない。

ところで作文とはこの表現能力従ってまた思想構成能力の訓練を目的とするものだろうと思うが、これは単に文章を作ることといったような訓練などではないので、実は常識を陶冶し見識を養成するための自発的な訓練方法のことなのである。学校でやる外国語もまたただ英語やドイツ語を覚えて、欧米人の無意味で不必要な真似をすることが目的ではない筈で、凡そ文章なるものに注意を集中させることによって、合理的で進歩的な思想・常識・見識・を養成するための手段としての、作文科に他ならなかった筈だと考える。

さてこうした作文は無論国語教育の問題に帰着するのだが、実際をいって、大学を出ても満足な「文章」一つ書ける人間が非常に少ないということは、意外な事実なのである。美文などならば元来が殆んど意味のないものだから、それが上手でも下手でも構わないと思うが、少なくとも悪文でなしに、達意の文章を書けるということは、人間の資格に関わる大切な能力である。国語教育というもの、またこれを研究する国語教育科学というものがあるなら、それはこうした人生における作文の意義を闡明する立場に立脚しなくてはなるまい。

今度、垣内松三教授の『国語教育科学』(全十二巻)の計画が発表されて、その第一巻『国語教育科学概説』が出たが、それを読んで見て、私がかねがねもっているこの作文論が、大した見当違いの思い込みでなく、この専門家によっても立派に認められているのを知ることが出来たのは愉快である。

氏はその新鮮で独創的な「国語教育科学」という科学(国語教育を取り扱う教育科学)をば言語哲学的考察から出発させる。E・カッシーラーの見解に近いのかと思うが、国語の力を象徴形式としての言語の内に見ようとするのである。氏はそれに因んでW・フンボルトの言語哲学や、ペスタロッチの国語教育説、更にカントやフィヒテの言語論にまで論拠を求めているのである。こうした言語哲学の上に立って、教授はその国語教育科学について、いわば科学論を展開して見せる。国語教育科学は新興教育科学の最前線にあってその主力を形成するものだというのである。例の私の作文論からいってもそれは甚だ賛成出来ることだ。教授は更に国語教育科学の方法論に這入るのであるが、その点になると全く素人の私には説をなす資格がない。

5 『本邦新聞の企業形態』に就いて

東京帝大文学部内の新聞研究室の第二回研究報告『本邦新聞の企業形態』という本が出ている。本年(一九三四)三月の発行。新刊とは云えないが、世間には必ずしも広く知られていないので、紹介傍々問題にして見たいと思う。

同研究室は殆んど日本に於ける唯一の科学的新聞研究所で、すでに多数の実際の新聞記者を輩出しているばかりではなく、新聞現象に関する基本的な実証的並びに理論的な研究に従事し、相当その成績をあげている。一つには今日の日本の大学が持っている各種の制限のために、この研究室の社会的見解は必ずしも進歩的な社会科学の本筋を辿っているとは云えないかも知れないが、併しそれは無論決して反動的な意図からなどではないのである。寧ろあくまで実地的な基本的研究に精力を集中しようとする学的努力からだと信じる。

すでに第一回報告として『新聞研究室第一回研究報告』なるものが出版されているが、之は思うに、わが国に於ける理論的な新聞研究の最高水準を略々占めるものだと云っていいだろう。そこでは無論、新聞と云っても所謂新聞紙に限られないので、広く新聞現象・報道現象・ジャーナリズム現象・が取り上げられた。調査的研究としては東京の五大新聞の内容分類があった。処で、今度の第二回報告では、新聞調査の範囲は著しく拡大されたのである。

序文に云っている、「欧州大戦末期に於ける我邦経済界の好景気以来、我邦に於ける新聞の経営状態は一変して、一般事業と同じく大部分企業的形態をとるに至った。併しながら之に対して調査を行ないたるものなく、研究上不便を感ずること尠からざるにより、本研究室は研究員経済学士鍋島達君に其の調査を命じ、爾後約二ヵ年の日子を費して之を完成することを得た。本調査は各種企業形態の社会的、心理的乃至経済的機能の研究上欠くべからざる根本資料であって、我邦新聞界に稗益する所、蓋し少なからざるべしと信ずる。此の種の調査は独逸ライプチッヒ大学新聞研究が、数年前之を行ないたることあるのみにて、本研究室の如く之を全国的且つ全般的に行ないたるものは欧米諸国を通じて他に類例を見ないのである」云々。――この報告の斯界に於ける意義は右の序文で明らかだろう。

調査の課題は、各新聞の企業形態、資本金及び収益、新聞企業持分の譲渡性、の三項目を主とし(企業持分の譲渡性というのは、新聞紙がただの商品ではなくて主義主張を持った言論物だからそれがどういう個人又は団体の手にあるか又は移り得るかを問題にするのである)、副項目としては主張乃至政党関係、配当、広告料と購読料、兼営事業、其の他である。範囲は日刊の有保証新聞に限り、地域は内地、北海道、台湾、朝鮮に渡り、満州及び上海に於ける本邦人経営の新聞若干をも含んでいる。一九三一(昭和六)年八月を中心にする調査で、随所に之をドイツ及びアメリカの情勢と対比することを怠っていない。

内容は資料で以て充満しているから「紹介」の限りではないが、調査方針に一つの意見を揷んでいいなら、或いは寧ろ希望を述べていいなら、新聞の読者層をも検べて欲しかったということだ。蓋しここでは、企業形態其の他と並んで、新聞紙という言論的商品に特有な、社会的・階級的・制約が発見されるだろうからである。尤もこの調査は、単に新聞社への問い合わせだけでは出来ないわけで、色々複雑な調査方法を研究してかからなければならないだろうが。

調査票を送ってやった新聞社は九二一社で、回答が来たのはその四二・九パーセントの三九五社である。新聞社自身この企てにあまり興味を有っていないことはやや意外で、ことに『東京朝日』や『東京日日』は回答をしていないらしい。吾々は新聞業者のこの種の意識に対して多分の不満を表するものだ。一〇以上の発送数のある府県で、五〇パーセント以上の回答率のあったものは、神奈川(五〇%)、茨城(六六・七%)、宮城(六〇%)、富山(一〇〇%)、大阪(六二・二%)、愛媛(六四・三%)、大分(六三%)、樺太(七六・二%)、朝鮮(六三%)である。大阪が六二%以上であるのに、東京は三四・一%にしか過ぎない(発送数は東京四一大阪四五)。――之自身又新聞界調査の一資料となるかも知れない。

同研究室の実際上の指導者小野秀雄氏は、最近時潮社出版『現代新聞論』を出版した。まだ手にしないが期待を持っている。

6 易者流哲学

――反動哲学の一傾向――

私はかつて或る新聞で、阿部次郎教授が『改造』にのせた論文に対して少し悪口を書いたことがある。「文化の中心問題としての教養」というのが教授の論文の題で、私はこれに対して、文化とか教養とかいう一種特別に取りすました概念では、時代の問題は一寸片づかないのではないか、という意味を述べたのである。教授の論文は、それにも拘らず、昔ながら甚だ透徹した、しかも甚だ「阿部次郎」らしい独自のものであったことはいうまでもない。

所がその後暫くして、学校気付で未知の人から私あての封書が来た。開けて見るとこうである。お前の次郎批判は極めて浅薄である、阿部次郎氏の例の論文は実は、兼子某という人がドイツ文で印刷にした本の焼き直しだということを知らないか。この本は日本でこそ人が注意しないが、ドイツやフランスでは有名なもので、方々で研究会さえ持たれているのだ。今に日本にこれが逆輸入されてくるだろうが、その時はお前は自分の次郎批判が如何に無知で浅薄であったかを恥じなければならぬだろう、というのである。

ドイツ語の新刊書を有難がってはいない不用意な私は、一時なる程そうかなあと思ったが、この手紙に紹介してあるドイツ語の本のタイトル(ブロークンなドイツ語だったが)に見覚えがあるような気がして考えていると、思い当ったものがある。兼子という篤志の人自身からそれらしい本を送ってもらったことがあったのを思いだしたのだ。家へ帰って戸棚を引っくり返して取りだして見ると果せるかなその本なのである。

一体何んなことが書いてあるかと思って所々読んで見ると、人間の身体は左側が男性の原理で右側が女性の原理で出来ているから、重心の所在が移行することによって女が男性化したり男が女性化したりするので、そこから起きる色々の病気もあるわけで、これは身体の左右の均衡を回復することによって治療出来る云々、といったようなことが書いてあるのである。

人間学と治療とが結びついたよく在る種類のもので、偶々それが哲学の名の下に現われたのがこの本なのだ。こういう有難い哲学には必ず信者や道友がいるものだが、阿部次郎氏がこの本を剽竊したと知らせて呉れた未知の人も多分その信者や道友の一人なのだろう。――だが私は遂々フキだしてしまったのである。次郎氏、哲学行者の本を剽竊して『改造』に論文を書く! 何と愉快ではないか。

ところが問題は笑って済まなくなってくるのである。兼子氏の「道友」は更に今度は日本語で書かれた氏の『哲学概論』めいた本を恵贈して呉れたが、それを見ると、前のドイツ語の方の本に対する「独仏」における大家(?)の賛辞が付録になっている。ブランシュヴィク氏やリッケルト氏は月並の無意味なお世辞を述べているに過ぎないが、O・フィッシャー氏の如きになるとクラーゲスなどを紹介してマンザラでもない賛同の意を表わしている。即ち、東洋思想とか東亜文明とかもっともらしい片言を述べ立てた「サムライ」や「ハラキーリ」式の東洋哲学観なのである。「西洋思想」を軽蔑するらしいこの友達が、欧州人に褒められたからといって喜んでいるのは少し変だが、それはとに角として、もう一つ気にかかるのは、兼子氏がこの本でもっとも興味をもっているらしい哲学的な思想対策と言ったものを見ると、何のことはないもっとも俗物的な国粋ファッショ式な善導案にすぎないという点である。私は折角深遠な「哲学」もこれでスッカリお座がさめはしないかを恐れるのである。

で、兼子氏のような哲学に何か意味があるとすれば、それは一種の人間学と国粋哲学との結びつきを、相当ハッキリと体現して、現代のファッショ化したブルジョア哲学の漫画的一風景を点出した点にあるのである。

「独仏」ではこの頃色々の意味でのアントロポロギーが流行している。性格学とか人相学とかが、医者や心理学者や哲学者によって担ぎだされている。夜店で手相を見る易者が、哲学博士と名乗っているのは、今日では大いに冗談ではなくなって来たのである。

この人間学は治療とか開運とかいう手取り早い御利益に結び付いているのだが、これがもっと陰険なのになると、「体験」という範疇に訴える場合が多い。もっとも体験といっても色々あるが、この頃使われるものは、歴史や社会の内部を遍歴する様な科学的な意義を持った体験(ディルタイなどに見られる)のことではなくて、矢張り、手取り早く、身体と結び付いた言葉通りの「体験」でなくてはいけないらしい。「悟り」とか「肚」とか、男がすたるとか男にするとかいう「男」とか、およそ安価なイージーゴーイングな体験がもっとも良いらしい。こうした「体験」の御利益は、世界の問題を、自分の一身上の肉体に集中することによって片づけることが出来る、という点にあるのである。

こういう「精神的」な肉体主義式体験の専門家又は愛好者を以て自ら任じる人々が、今日では大抵、国粋ファッショ哲学者だという事実は、注目すべき根本公式である。読者はすでに、「精神的な」肉体家倉田百三氏の場合を知っているだろう。それから又、西田哲学を禅的な・スティグマ的な・少女ホルモン文学的な・「体験」の哲学だと考えている男や女は至るところに満ち充ちているが、そういう所から西田哲学で思想善導をやろうと考えている人も決して少なくない。そして、今日では肉体主義式「体験」が、東洋文化や国民思想や日本精神への鍵だというこの点を、最も露骨に組織的に示しているのが兼子氏のような「哲学」なのである。

私は別に兼子氏の件を問題にしているのではない。之は単に引合いに出しただけなのだから、「道友」達に何とかかんとか云われることは迷惑である。問題はわが国の現在に於ける哲学的イニシャティブの惨めな退行現象にあるのだ。例えばドイツ哲学などはその精神的なペダントリーにも拘らず、今では極めて低級な文化的水準のものだとしか考えられないが、わが国になるとそれがもっと徹底的に露骨に、特有な形で低級なのである。

もっともわが国のブルジョア哲学の或るものは、ブルジョア哲学としては、国粋家を喜ばせるべく世界最高の水準に達しているようにも見えるだろう。然しそうした哲学は決して、自分の変り種である例の肉体主義式「体験」哲学を粉砕することを欲しないし、又事実それは出来ない相談なのである。けだしファッショ式な悟りや「肚」の哲学は、外でもない、わが国現代ブルジョア哲学そのものの優秀なカリカチュアに外ならないからである。

7 岩波文庫その他

現在発行されている文庫版の主なものは岩波文庫(レクラム版の装幀に近い)・改造文庫(ゲッシェン版の装幀にまねて及ばず)・春陽堂文庫などである。春陽堂文庫は本年(一九三〇年)七月現在ではほぼ千種に近いようであり、改造文庫は約三百五十種、岩波文庫は約六百種程あるようだ。他に数の少ないものでは山本文庫(三十種程)などもあるが、今の処まだ問題とするには足りないだろう。読者から見ると文庫版の一般的な特色がその廉価なことと、ありとあらゆる代表的な著作に権威ある選定を与えたものであるということとにあるのは、云うまでもない。なるべく安く、そして出来るだけ代表的な著述の全般的なセットを、なるべく信頼するに足る校訂によって手にしたいということが、読者の希望だ。

終局に於ける価格の問題から見ると、どの文庫版も大差ないと見ることが出来よう。星一つの値段は違っても、字数からいうとあまり価格の差はないようだ。問題はその内容の区別にある。まずありと凡ゆる著述の中からその代表的なものを選ぶという点になると、つまり、一切の学術文芸について多少とも古典的な意味を有つか、又は著しく大衆的な一般性を認められたものの内の良質なものか、を選ぶことになるわけだが、その範囲が広いという点では、岩波文庫が第一で、改造文庫・春陽堂文庫・の順でこれに次ぐのである。春陽堂文庫は主として文学のものが多く、改造文庫は文学と社会科学に限定されているといってもよいが、岩波文庫は殆んど凡ての文化領域にその関心を拡げている。これは代表的著作のセットとして、一般的な教養のために用意するには、必要な性質なのである。一般に文庫版は研究書や学術書というよりも一般的な教養の書物を提供する任務を持っているからだ。

校訂の権威については、矢張り岩波文庫を推さねばならぬようだ。他の文庫に権威がないというのではないが、元来校訂に最も細心な注意を払うのが、岩波出版物の特色で、文庫もまたその例にもれない。少なくとも学究的な安心を以て読むことが出来るという点が、この文庫を買い又は所有させる魅力の一つだと思われる。

だが岩波文庫のもう一種の特色は、現代日本に於て著われた著述を含むこと極めて乏しいということだ。大部分が外国に於ける古典的価値ある歴史的に残る文献の翻訳であり、その次が多少の日本の古典である。例外として、現代作家のものがいくつかあるが、この点到底春陽堂や改造の諸文庫の比ではない。勿論これは営業関係から見ると却って、岩波出版物全般の商業上の堅実さを意味するわけで、つまり自分の処の普通の現代著述の単行本は、文庫版としては安売しないということだが。

それに事実上今日最も読まれるものは、何れによらず翻訳物であるらしい、これは日本の読書界の或る種の健康さをこそ現わせ、決してその無気力を意味するものではない。実際吾々の摂取する最も良質な知識や見識は、その大半が古典的意義のある外国の書物の翻訳から来るのである。というのは、真に古典的なものは実は世界的なものなので、之を外国の書物であるとか日本の本でないとか云うことが殆ど無意味であるからなのだ。――従って岩波文庫が翻訳物に主力をそそいでいるということは、その営業上の理由を別にして考えて見ても、極めて意味の深いことなので、もし文庫版なるものが一般に、さき程云ったように一般的な教養の糧を提供するという文化的目的を持ち前とするなら、いやより正確に云って、そういう文化的目的を標榜し得るような結果を企業上持ち得るものなら、日本の今日の文庫版は、翻訳物を中心としなければならぬということが、必然であろうと私は考える。私は本多顕彰氏と共に「翻訳家の社会的地位」を尊重するばかりでなく、翻訳そのものの日本文化に於ける地位が、極めて高からざるを得ない、と考えている者なのである。

岩波文庫が大体に於いて信頼すべき権威ある翻訳を中核としているという事情は、もう一つこの文庫に長所を与えている。それはこの文庫が云わば「岩波的観念」に大して支配されていないということだ。他の岩波出版物は、少なくともその選定に於て、今日では決して高級出版物を全面的に代表しているとは、考えられない。そこには著しく岩波臭い好みがある。文化が好みに堕す時、もはや対社会的な指導力を失う時だ。有態に云って、最近幾年かの岩波出版物は文化指導的なものだと云い切ってしまうことは出来ないのではないかと思う。「講座」や「全書」はなる程、日本文化の最高水準を示し指導力の絶大なものだが、併しアカデミックな技術水準だけで、文化水準を測ることは、アカデミシャンの迷信である。私は岩波出版物に於て、その内容の高さに拘らず、一種低い階級性の感触を有つものだが、古典的な外国文献の翻訳は云わば文化の材料のようなものだから、そういう欠陥が目だたない。岩波文庫が日本の文化に貢献すること大である所以だ。

8 現代哲学思潮と文学

古来哲学は思想の科学である。そういうと殊更哲学の領域を制限するように聞えるかも知れないが、恐らく夫は、思想とか哲学とかいう観念をごく便宜的に呑み込んでいる一種の常識のせいだろう。私は今夜(一九三七年三月)偶然横光利一氏の「科学と哲学」というラジオ講演を耳にしたが、その論旨はとに角として、思想とか科学とかいう言葉が甚だ軽薄な使われ方をしているので、寧ろ心外であった。言葉はどうでもいいように見えるが、言葉のルーズなのや軽薄なのは直ちに物の考え方を誤る恐れがあるし、又それ自身物の考え方のルーズさや軽薄さを意味しさえするだろう。――だがこう云って来ると、直ちに、哲学と文学との連関に這入って来るが、それは後にするとして、とに角哲学は古来思想の科学であったし、現在でもそうなのだ。

自然哲学はでは思想の科学か、と云うかも知れない。だが自然哲学の歴史は、自然を如何に考えるかという問題の解決と共に動いて来たことを忘れてはならぬ(例えばタレスの水から無限定者に来るまで)。形而上学は思想の科学かと云うだろう。所謂形而上学(純正哲学という意味での)は明らかに思想の科学である。例えばベルグソンを見るがよい。世界に就いて物を最も広く深く考える考え方が、ベルグソンなどの形而上学と呼びたいものに他ならぬ。

思想の科学は常に認識理論乃至論理学であった。勿論新カント派の意味する認識論や論理学、又学校論理学の類に局限されたものの謂ではない。一切の文化領域を貫く認識とそれに必要なカテゴリーの秩序や観念の秩序の検討のことだ。だから思想の科学としての哲学は一切の文化領域を思想内容という媒質により連関関係させる処の観念的技術だと云ってもよい。この思想上の又思潮上の観念的技術に触れない時、どの文化領域も方言を脱することは出来ぬ。方言から批評へ行くことは堂々とした形では不可能だ。この点文学と哲学的思考との関係についてもそのままあて嵌まる。私は先日上田敏の『現代の芸術』という本を読んだが、今から二十年も前に、すでにこの点が詳細に解説されているのを見て敬服したものだ。だが云って見ればこんなことは常識に過ぎない。処がその常識さえが方言の世界では通用しないのだ。

さて現代の問題にあて嵌めて見ると、例えばアランの『精神と情熱に関する八十一章』(小林秀雄訳)(情熱は情念と訳した方が語弊がないようだ)などは、フランスの現代哲学思想と文学との連関を示す一種類の典型だろう。彼はこの一種の哲学概論で、要素的なテーマから段々高度のテーマに移りながら、極めて手の届いた説明を試みているが、高度の問題はいつか文学の問題に接着して行っている。その思想傾向の特色は今は問題ではないが、とに角、哲学の問題がやがて文学の問題に接着して行くということは、決してアランの場合に限るのではなくて、フランスの文芸評論家や思想家、哲学者には珍しくない。而も之は哲学と文学の間とか、文学的哲学とか、哲学的文学とかいう種類の半パ物ではないのだ。要点は大体モラルの問題にあるようだ。モラリストの云う意味でのモラルに於て、哲学と文学とが接着しているのである。

勿論現代の哲学思潮の凡ゆる傾向は文学の内に多少とも現われているし、又その逆も真だ。主観的観念論と心理主義又身辺小説とか、客観的観念論と各種ユートピア文学(科学小説も含む)とか色々の一対があるわけだ。特に現代に於ける哲学思潮と文学との特色ある一対は唯物論とプロレタリア文学との一対だ。だがここでもやはり、哲学思想と文学との連関点が今日でもモラルの問題に集中している。唯物論的なカテゴリーとしてモラルが何であるかは別として、とに角、モラルは文学と哲学とにとって、クロスした要点なのだ。というのはつまり、文学的認識に就いての認識論上の最も大切なカテゴリーがモラルにあるというわけなのだ。モラルは認識論上のカテゴリーなのだから、思想の科学としての哲学にとっては、元来、極めて大きな役割を持った概念でなければならなかったわけである。そして、之こそが又文芸界の最大課題なのだ。

9 デカルトと引用精神

古くダンテがイタリア語の父であるとされ、又降ってルターがドイツ語の完成者と云われるように、ルネ・デカルトはフランス語の恩人とされている。ダンテの『神曲』、ルターの『新約聖書』の翻訳に、その意味で比較すべきものは、『方法叙説』と呼ばれているあの Discours de la Méthode である(之は屈折光学と気象学と幾何学との後から書かれたものでこれ等の序説の意味をも有っている)。これはデカルトの母国語であるフランス語で書かれた殆んど最初の哲学書である。而も人の知る通り、最も貴重な思想的意義をもった哲学書である。

それ以前の学術書で、ラテン語で書かれずにフランス語で書かれたものは、一つか二つしかなかったと云われている。学術用語として無条件の権威のあったラテン語を用いずに、日常の俗語であるフランス語を使って哲学の根本問題を論じようとしたことには、吾々が今日想像する以上の重大意義がなければならなかったと共に、又想像以上の決意をも必要としたものであったろうことを、思って見ねばならぬ。古典的な著書を、著述された実際の雰囲気の中にありありと眼に浮べて見ようと試みたことのある人ならば、誰でもこの推定をしないわけには行かないだろう。

デカルトは『方法叙説』の終りの辺で、みずからこの問題に解答を与えている。「私が私の先生の言葉であるラテン語で書かずに、母国の言葉であるフランス語で書いたのは、自分自身の本来の極めて純粋な理性しか用いない人の方が、古人の書物しか信じない人よりも、私の意見をよく判ってくれるだろうと思うからだ。良識と探求とを結びつける人こそ私の審判官として望ましいのだが、そういう人達は、私が自説を俗語で説いたからと云って、その理解を拒むほどに、ラテン語のひいきではなかろうと信じる」、と云うのである。

フランス語のよくは読めない私自身は、この『ディスクール』の文章全体が果して純粋な美しいフランス語であるかどうか判定の限りではない。多分良いフランス文であろうとは想像している。だが、デカルトのフランス語に対する功績は、そういう作文問題にあるよりも、勿論もっと根本的な処に横たわる。と云うのは、この俗語を以て最も厳密な思案の道具としたという、フランス語に対するその信任の厚さに、功績があるわけだ。之は一応は言葉や国語の問題ではあるが、だが決してそれだけの問題には止まらない。実を云うと、そういう俗語によって表わされる観念の問題であり、使われる概念の問題であり、運用されるカテゴリーの問題なのである。

するとこの俗語への信任は、全く伝承的な惰性を脱却した思考法への信頼、ということに他ならないことがわかる。逆に、そういう自分自身の苦心から始まる思案の方法、伝承的な惰性や又学者社会の習慣的な約束から全く独立した思惟、をやる決心、そういう思考態度をみずから例示しなければならぬ筈のこの『叙説』の如きはワザワザ俗語を使うことによって、或いは使いこなして見せることによって、その意義の疑うべからざる所以を実証し得なければならぬという理屈になる。つまり最も日常的な平俗な俗語によればよるほど、わが『ディスクール』の所説自身が、より実地に証拠立てられるわけだ。

尤も、この点になると、デカルトの恐らく極めて意識的に注意を払った方針にも拘らず、必ずしも極端に徹底しているとは云えない。と云うのは、時々、恐らくやむを得ないというような仕方で、この場合では学術上の寧ろ安易なコンヴェンションであるラテン語をば、説明のために括弧に入れているからだ。俗語ではなお不安だと考えられる個所もあるわけである。だが勿論そんなことは、揚げ足取り以外に、今大した苦情にはならないだろう。

フランス語で書いたのは、この『ディスクール』と、エリザベト女皇のために書かれた『パッション』論だけだ。尤も『メディタチオネス』や『プリンキピア』(いずれもラテン原文)の仏訳語については、デカルト自身責任を取っているが。処が併し『ディスクール』をフランス語で書いたという根本精神は、即ち「古人の書物」によらずに「生来の最も純粋な理性」によって物を考えるという根本態度は、実はもっと広く、デカルトの著述の全体を一貫する或る一つの特色としても現われているのである。

彼の著述態度或いは身振り(ポーズ)の著しい特色の一つは、広義に於ても狭義に於ても、引用というものを利用することが極めて少ないという事である。リフェレンス又はアリュージョンという形の引用さえ少ない、ということである。デカルトはこうした引用を極度に避けただけでなく、自分の思想の様々な源泉に通じる要素が、先人に負う所のありそうな個所をば、極力抹殺し、マスクをかぶることに努めている、とさえ批評されている。所がA・コワレ(『デカルトとスコラ哲学』)などのいう所によっても、デカルトは決して古人や先輩の書物を読んでいないのではないのだ。ひそかに大いに読んでいる。必要な本が手に這入るまでは脱稿をのばしたとか、聖トマスの『スンマ・テオロギカ』やスアレスの本を携えて旅行に出たとか、という事実も挙がっている。

ガリレイの裁判事件を聴いて極度に衝撃を受け、自分の著述活動に恐らく必要以上の政治的要心をしたらしいデカルトの性格と、今述べたこの著述態度との間には、恐らく関係があるのだろう。コワレも云っている。「彼は決して引用をやらない、やってもアルキメデスやアリストテレスの名を挙げるだけである。のみならず例えば明らかにアウグスティヌスやアンセルムスの真似だと思われると、自分がまだ読んだことのない先人と偶然な思いもよらぬ一致を見出したと云って、驚き且つ喜んで見せるという子供らしい又少し滑稽じみた芝居を始めるのだ。そして全くの詭弁や甚だ芳しからぬ説明を用いて、自分の説とその先人の説とが相違しているという苦しい区別を探し出すのである」と。

だが彼のこういう一面の性格に関するらしいことは今問題でない。実は彼こそ最もすぐれたスコラ哲学の悉知者であった。彼の思想の源泉は、ありと凡ゆる処から来ている。恐らくデカルトは、一般にそういう文献学的な(スコラ的・学校的)知識において甚だ豊富な学者であったと推定される。そして特にスコラ哲学的教養に至っては、彼の「近世的」なそして独創的な哲学そのものの、根本的な素養をなすものだと云われている。彼はただそれをあからさまに、それとは示さないように心掛けたわけだが。

デカルトの本当のオリジナリティーは、この伝承的な教養をそのまま使う代りに、これを分解しすりつぶして、自分自身の観念と言葉とによって、自分自身気のすむように築き上げ直そう、というその極めて懐疑的であると同時に極めて建設的な決心の内にあったと見ねばならぬ。そう見れば云うまでもなく、さっきから述べて来たような引用抹殺のポーズは、決して虚勢や何かではなかったことがわかる。そしてそれが云わば露骨に、見本のように現われたのが、他ならぬ『ディスクール』であったのだ。

かくて私はデカルトの俗語によるこの哲学著述において、アレキサンドリア的・スコラ的・(それからもっと一般に種々の)文献学主義に対する最も近代的な批判の精神を見るのである。彼は「引用」というもののもち得る科学上の弱点に対する最も鋭い批判者である。学術的僧侶用語に対する最も大胆な挑戦者である(事実僧侶生活と無関係ではなかったに拘らず)。この文献学主義に対する反対態度は、すでにF・ベーコンの「劇場の偶像」の打倒のモットーとしても現われているし、更に溯れば、ルネサンスにおける「書かれた知恵」に対する「自然の知恵」の高唱としても現われている。だからデカルトはこの意味において最も近代的な哲学者であり従って又近世哲学の祖でもある、と云っていいわけだ。

普通、デカルトの自我問題を以て、近世哲学は始まると考えられている。私は必ずしもこれに同意することが出来ない。近世哲学はF・ベーコンの「唯物論」を以て始まると見るべき世界史的理由があると思うからだ。しかし唯物論の最も重大な批判的要点である「フィロロギー主義反対」(これはすでに唯名論の形から始まる)をば最も自覚的に意識的に企てた人としては、そしてこれを『ディスクール』という実例を以て実演さえして見せた人としては、デカルトを第一位に推さねばならぬ。デカルトのこの歴史的意義は、単に近世的や近代的であるというだけではない、これこそ正に現代的な意義だというべきだろう。

Ⅲ 「ブック・レヴュー」

1 森宏一著『近代唯物論』

唯物論の発展の時代区分は一般の思想史の夫と同じく、ルネサンスを以てすることが出来る。ルネサンス以前の唯物論は主にギリシアのものであり、更には、アラビア哲学に於て見られる。ルネサンス以後は、時期を二つに分けることが出来る。初めの方はルネサンスからフランス唯物論を経て十九世紀の唯物論に至るまで。後の方はマルクス・エンゲルス・以降の弁証法的唯物論。後者は同じく『唯物論全書』の内に這入っている『現代唯物論』に於て永田広志氏が書いている。森氏の本書は之に対して、前者の時期、即ちルネサンス時代(コペルニクス・ティコ=ブラーエ・ケプラー・ガリレイ・ブルーノ)と十七世紀(ベーコン・ホッブズ・ロック)(デカルト・ガッサンディ・ベール・スピノザ)及び十八世紀(コンディヤック・ラ=メトリ・ディドロ・ドルバック・エルヴェシウス)と十九世紀(フォークト・ビュヒナー・モレスコット)を概論したものであり、すでにその主題から云って、日本ではあまり之まで見られなかった処のものである。

唯物論の歴史的発展の検討は、今日の思想の科学の欠くべからざる一つの課題であるが、唯物論全般に関する歴史的研究は極めて乏しい。日本に於ては『唯物論全書』の内の三冊(本書と前掲『現代唯物論』と松原宏氏『唯物論通史』)が主なものだ。特に唯物弁証法の研究のためにも欠くべからざるものはフランスの唯物論の研究であるが、之が又極端に乏しいのである。この頃大アンシクロペディスト達に就いての多少の研究が発表されているし、又一二の人物やテーマに就いての研究ならば絶無ではないが、まだ唯物論史の体裁をなさぬ。フランス唯物論者のテキストとしては中央公論版・杉捷夫訳『フランス唯物論』が重宝なものだ。森氏の『近代唯物論』の有用な点の一つは、確かに、このフランス唯物論の歴史を極めて手短かに要領よくまとめたことであり、而も之を中心として前後の近代唯物論の諸時期段階を歴史的に又体系的に叙述したことだ。この点まで吾々の切望にも拘らず得られなかった内容を盛ったものが本書である。本書はその存在の意義から見て目立って然るべきものだと思う。

叙述の方法は唯物論的である。と云うのは唯物論的な思想学説理論の発展を、単にそれ自身の動因に基く発展として見るだけでなく、之を出来る限り時代の根本的諸条件(経済的・政治的・社会的・其の他一般文化上及び思想家生活上の)に照して説明しようと企てられている。云うまでもなくこうすることによって、思想の展開の必要性が合理的に呑みこめるのであり、近代唯物論への移行の必然性を納得出来るのである。大冊子とは云えないから詳しい思想分析も社会事情の分析も不可能なわけだが、要点を指摘しているから今後の研究の要領を指導出来ると信じる。再版の時は誤植を訂正のこと。

(一九三五年十月・三笠書房版・新四六判・二六一頁・定価八〇銭)

2 熊沢復六訳『小説の本質――(ロマンの理論)』

ソヴェートの『文芸百科辞典』の「ロマン」の項を起草するために行なわれた研究報告と討論(一九三四―五年)を編纂したもので、報告者はルカーチ(最初の二八頁)、討論者の主なるものはシルレル・ヌシノフ・リフシッツ・ペリベルゼフ・等(総数十数名)。報告者ルカーチによると、小説即ちロマンの特色は夫がブルジョア社会の文学ジャンルであるという処に存する。ロマンはエポス(叙事詩――古代英雄詩)に対比させられる。古代ギリシアのエポスは個人と社会とが分裂していない時代の意識を反映するに適した文学ジャンルであって、そこでは、個人が社会から圧迫されて自己の身辺を中心とし散文生活を送らねばならぬというような社会条件はまだ存在しないから、英雄というものが文学的に可能であり、英雄の物語りが詩的表現を取ることが出来る。之がエポスである。然るに、ブルジョアジーの社会に於ては、個人は社会から分裂し、個人はもはや社会を代表する英雄ではあり得なくなる。英雄譚は不可能となる。個人は社会によって圧迫されるからだ。ここにロマンがこの時代の特有な文学ジャンルとなる所以がある。第一はブルジョア社会勃興期のロマン(ラブレエやセルバンテス)、その様式的特徴はリアリスティックな空想性にある。第二はブルジョア社会の初期の蓄積的発展期のロマン。よりリアリスティックとなり、ブルジョアジーの積極性を表現した積極的主人公が現われる。デフォー・フィールディング・スモレットなど。第三はブルジョア社会の矛盾が完全に展開され、併しまだプロレタリアートの自立的進歩の始まらぬ時期のロマン。ブルジョアジー生活の散文性が明白となる。ロマンティシズムが国際的に発生する。この時期の大ロマン作品はこのロマンティシズムへの傾向を克服することに努力する(バルザック)。資本主義の矛盾に就いての認識の増大、その矛盾の雄大な描写は、作品の意志を裏切って、作品のあらゆる積極性を破壊する。第四はロマン形式の崩壊期。プロレタリアートの自立的進出の始まる時期。ブルジョアジーとプロレタリアートとの争闘がテーマとなる。リアリズムの偉大な遺産と伝統とは腐敗に委ねられ、荒廃した主観主義でなければ空疎な客観主義が、ロマンの内容となる。社会は硬化したものとして描かれる。之に対するプロレタリア側からの新しいリアリズムの動きが発生する。かくてロマンの形式の決定的崩壊さえ始まる(プルスト・ジョイス)。

かくてロマンはブルジョア社会に固有な文学的ジャンルであり、ブルジョアジーの台頭と共に支配的となり、ブルジョアジーの没落と共に崩壊に瀕する。社会主義的リアリズムはこのロマン形式の崩壊を条件として発展せねばならぬ。その時このプロレタリア的文学的世界観と手法とは、ロマンとは異った或るジャンルを必要とするだろう。社会主義社会の特色は、個人と社会との間にギャップの代りに組織があるということだ。そこでは再び英雄的行為が可能だ。して見るとこれは再び(併し全く新しい条件での)エポス的形式に達した時期だろう。ロマンはエポスによって取って代られねばならぬだろう、とルカーチは結論している。

だがここで新しいエポスと考えられるものが何であるかは必ずしも明らかではない。社会主義的リアリズムに基くロマンがエポス的な契機に富んでいることは著名な事実だが、併し今問題になっているのはエポスというジャンルのことであって単に内容上のモメントのことではないからだ。ここに一点疑問はあるのだが、ルカーチの特色づけは美学的に且つ文芸史的に、極めて的確だろう。無論古代以来ロマンはあったとか、ロマンにも色々の分類が必要だとかいう、歴史上や形式上のトリビアリズムを以てルカーチのテーゼを一応批判することは出来ようが(ペリヴェルゼフの如き)、本質的なことは、事実の羅列ではなくて事物の根本的な特徴づけなのである。ロマンの本質がブルジョア社会の文学ジャンルであるというテーゼが、卓絶した真実であることは、リフシッツやグリーブやシルレルの討論によって解明されている。そしてロマンの要素は今後と雖も止揚されて大いに用いられて行くものと思われている。

本書が日本に於ける文芸活動(創作・文芸批評・文芸学)にとって根本的な指針となるものとして、多大のセンセーションをまき起こしたことは極めて当然だ。近来の文芸論上の収穫の白眉と云わねばならぬ。と共に参考になることは、ソヴェート・ロシアに於けるこの種の理論的検討が、極めて大衆的内容であるにも拘らず甚だ水準が高いということだ(コム・アカデミー文学部編)。

(一九三五年・清和書店版・八十銭)

3 シュッキング著 金子和訳『文学と趣味』

(L. L. Schucking の『文学的趣味形成の社会学』・一九三一年・の訳――初版は一九一三年の『文学史と趣味史』)

一言にして云えば文学の社会学である。シュッキングに於ては文学そのものが初めから云わば社会学的な観念の下に理解されている。彼は之を趣味として理解するのである。彼は普通の文化理論で用いられている時代精神なるものをもこの趣味に還元し、そこに文学(及び一般芸術)の内容を見ようともする。この点、このドイツの社会学者はフランス文化の影響の下に立っているようだ(特にブリュンティエールの影響が大きいらしい)。考えて見れば、一体趣味というのは一般に思想が日常生活に端的に現われた断面のようなもので、趣味や風俗を離れて思想の現実の姿は捉え難いとも云うべきであり、今日まで思想や文学に就いて、趣味の問題を真面目に取り上げなかったことは確かに至らない所以だったろう。併しそれはそうでも文学や思想を趣味に帰着させることは、実は文学の社会学化であって、文学の美学乃至芸術学的な観念としては不充分だと云わねばなるまい。

だが文学の観念それ自体が社会学的に造られているから、文学の諸現象に就いてのシュッキングの着眼点には、到底普通の文学者や評論家や美学者の及ばないものがあるとも云える。例えば今日わが国のブルジョア文壇でも多少話題になっている芸術家の社会的地位とか、芸術と大衆との関係――大衆芸術の問題や批評家としての大衆の意義――とか、文芸家の活動形態や活動施設(協会や図書館其の他)とか、芸術とジャーナリズムとの関係や、ジャーナリズムの文芸上の意義とか、そう云ったものが最もアデケートの形で、と云うことは即ち社会学的にという事だが、取り上げられ、その相当実証的な材料と歴史的な考察とが提供されている。文学の社会性というような問題を考えるについて、一応の出発点として参照を必要とするものだと考える。無論吾々は文芸に限らず一般にイデオロギーの理論に於て、之を単に社会的に分析する段階に止まることは出来ない。之を美学的価値に於て理解すべく社会的分析を行なうことこそ史的唯物論によるイデオロギー論でなければならぬ。その限りシュッキング流の方法は社会学主義でありまだ少しも社会科学的ではない(この点F・シルレル『文芸学の発展と批判』――熊沢復六訳――のシュッキング批判を見よ)。だがシュッキングの特色は、彼が文芸そのものを初めから趣味という社会学的な形態の下に理解していることだ。それだけに彼が夫に就いて行なう社会学的分析は普通の社会学的分析に較べてズット活き活きした内容をもつことが出来る。ここに価値があるのだと思う。なお趣味という観念を文芸学上の一カテゴリーとしていることは、趣味という言葉を出鱈目に使っている日本人にとっては甚だ教訓的だと考える。

(一九三六年・清和書店版・四六判一七一頁)

4 エス・ヴォリフソン著 広尾猛訳『唯物恋愛観』

(『唯物弁証法的現象学入門』)

この書物の価値はソヴェートに於ける性関係の諸事情を知ることが出来るということが第一であり、第二は唯物論による恋愛・結婚・婦人・其の他の問題の現代に即した解明を見ることが出来るということである。コロンタイの『新婦人論』(ナウカ社版)と並べることが出来るだろう。尤もコロンタイのに較べて内容はやや見劣りするのであるが。

併し方法上の問題があると思う。ヴォリフソン教授はミュラー・リアーのゲネオノミー(Geneonomie)(生殖学)なる学術名を採用している。併しこの生殖学なるものはミュラー・リアーの代表的なブルジョア社会学的な比較法と切っても切れない立場を云い表わしてはいないかと思う。そうするとマルクス主義的ゲネオノミーとか唯物論的ゲネオノミーとかいうのも変なものではないかと思う。この方面の唯物論的研究があまり進んでいないから、こういう一時的な代用物も無意味ではないが、とに角本物でないことは忘れてはならぬ。

それから訳であるが、現象学というのは何かと色々考えて見たが、ヘネオノミーの訳であるらしい。処でヘネオノミーは、ゲネオノミーの発音の仕違いだろうと思う(ロシア語ではHとGとが一つだから)。それにしてもなぜ之を現象学と訳したかは私には判らぬ。一寸気になるので読者への注意までに。

(一九三四年・ナウカ社版・四六判三二〇頁・部分訳)

5 M・N・スミット著 堀江邑一訳『統計学と弁証法』

スミット女史はソヴェート連邦に於ける統計界の実際家であるという。それだけのことから見ても、この本がソヴェートの建設プランの下に生じた必要に応じて生まれたものであろうことが推定される。事実ソヴェートに於ける実際問題が至る処引き合いに出されているのである。だがそれと共に、マルクス、エンゲルス、レーニン・等の分析的方法及び統計的方法の理論及び運用に就いての論証的・理論的・関心も非常に高い。女史は統計に関係する諸根本概念を理論的・哲学的・に根本から検討してかかる。かくてヘーゲルの「量の弁証法」から統計乃至統計方法及び統計学の規定を導いている。

第一章「量の弁証法」に於ては、統計の本質をば量の質への転化とその逆という、弁証法の根本的一規定から鮮かに展開している。統計とは一定の質を特色づける一定標式によって、この質をもつ一群の物質の量的規定を発見することであるが、併し同時に、量の一定以上の変化は新しい質をなすと見ることによって初めて、大量集団相互の間の本質的分類が可能になるのである。――量質の関係に就いての弁証法的理解を欠く時は、大量集団は徒らに「全体的」な総体と見なされて、それを「部分的」な総体に分析することを見失う。と同時にこの総体を発展過程の下に捉えて行くことが出来なくなる。かくて農民なら農民の層の内部に於ける本質的な層的差別を無視した「平均的」農民の如き無意味な観念が生じる。農民層の内部に於ける推移変化も之では理解できない。

このことは処で、統計が何か先天的で数学的なものだという観念論的迷信と関係がある。統計に於てまず第一に大切なのは、統計の対象たる大量集団が仮に社会現象にぞくするならば、それの政治的特質の認識であって、それに就いての単なる数学的遊戯ではない。統計を先天的で数学的と思い込むことは統計の実際的適用を全くの無意味へ導くに過ぎぬ。――この観点は第二章「謂ゆる大数法則について」と第三章「統計学及び弁証法に於ける偶然性の概念」の二章に於て具体化される。

第二章は、大数法則が含む処の定理や命題が、決して形式的な数学的理論の枠内に尽きるものではなくて、その哲学的意義から検討されねばならぬ所以を説き、先に論理学的に述べた点を統計の基本観念たるこの大数法則に集中して叙述する。第三章は統計の基礎となる処の偶然性・チャンス・及びプロバビリティーに関する諸家の哲学的・数学的・統計学的・諸理論の批判であり、ボレル(「ボーレリ」とあるはボレルであろう)・ミーゼス・ボーレー・ケーンズ・同志ゲッセン・等の最近の所説を、ラプラス・ケトレ・クルノー・等の古典的理論から跡づけて検討している。プロバビリティーに就いての先験(先天)説、チャンス乃至偶然性の背後に横たわる或る神秘的な量の想定、及び夫に常に伴う偶然性に関する主観主義説、等に対する唯物論的な克服が盛られている。

最初述べた量の弁証法としての統計の観点は、統計なるものの弁証法的理解を提供したが、それは非弁証法的な統計的方法の根本的誤謬を明らかにすると共に、弁証法的な統計的方法と分析方法(之が弁証法の普通の場合だ)との相互的で相対的な役割をも理解せしめる。之が第四章「科学研究における統計的方法と分析方法との相対的役割」である。之は科学の方法論から見ても重大な内容で、分析方法(所謂弁証法と呼ばれている方法)が統計的方法にとって如何に基本的であるか(マルクス『資本論』に於ける模範的な分析方法とレーニン『ロシアに於ける資本主義の発展』に於ける模範的な統計的方法とを見よ)、そして二つの結びつきが何であるか、という根本問題に触れる。

第五章「経済学と統計学」とは前章の問題を特に社会科学・経済学・に就いて詳論したもので、次の要点を以て結ばれている。曰く、経済生活は何等の「論理的」恒数なるものを知らぬ。経済学者=統計学者の取扱うべきものは正に「経済的」恒数であることを忘れてはならぬ(ガウスの曲線やピアソンの曲線も純然たる数学的要求に従ったもので経済学にとって不充分を極めたものだ)。そして最後に、ソヴェートに見るような組織的経済の建設への推移は、経済統計学に対して全く新しい道を拓くものである、というのである。

さて以上のように統計・統計的方法・統計学・経済統計学・に就いての、哲学的・論理学的・科学論的・な研究が本書であり、唯物弁証法的観点からした切実な批判が本書である。抽象的なフラーゼがなく実質的で冷静周到な内容のもので、必読の書物ではないかと考える。日本に於ける唯物弁証法は具体的であるなしよりも、寧ろ具体的な実際的なテーマを取り上げていないと思う。量質の弁証法などもそうだ。この点この書物の課題だけでも大いに教える処はないだろうか。それから吾々は確率に就いての数学的著述や統計学に就いてのハンドブック的なものには事欠かないが、統計的方法に就いて検討したものになるとよい本を沢山知ってはいない。統計なるもの自身の理論について書いたものは一層身辺に乏しい。まして之を論理学の広範な観点から根本的に取り扱おうとしたものはなお更である。――とに角本書が提供するものは吾々の理論的野心をかき立てるに足るテーマだと思う。内容の如何に拘らず注目しなければならぬテーマではないだろうか。

(一九三六年・ナウカ社版・四六判二一二頁・定価八〇銭・スミット女史論文集『ソヴェート統計学の理論と実践』の中の第一編)

6 庄司登 松原宏 訳編『ファシズムの諸問題』

一九三五―六年の『モスコー・ニュース』、『レーバー・マンスリー』、『アグラール・プロブレーメ』の各号から取捨選択して訳出したもの。パーム・ダット「ファシズム汎論」、エル・マジャール「ファッショ化の型について」、パウル・ライマン「都市中間層論」、カール・ラデック「ドイツ・ファシズムの経済政策」、エー・ヘルンレ「ドイツ・ファシズムの農業政策」(之は一九三四年のもの)からなり、「ナチスの対中産階級政策」を付録としている。

ファシズムに関する重要な代表的著作の邦訳は之まで大体三つを数えることが出来るようである。第一はシュナイダー『ファシズム国家論』(中央公論社版・戸野原・佐々・訳)、第二はダット『ファシズム論』(叢文閣版・松原訳)、第三はピアトニツキー『ドイツ・ファシズム論』(叢文閣版・吉田訳)である。他に参考に値いするものとして、今中次麿著『独裁政治学叢書』全四冊をも数えることが公平だと思う。唯物論全書の『ファシズム論』(今中・具島・著)は、『図書評論』七月号(一九三六年)の筆者によると、あまり尊重されていないようであるが、決してそういうものではないと私は思う。なぜならファシズムのイデオロギーの解説とファシズムの法制政治機構の纏った解説としては、あれ程便利な本は手近かにはないだろうからだ。書物の価値は書き方の趣味や慣習だけに立って判断すべきものではなくて、役立つかどうかということからも、リアリスティックに評価されるべきだ。――さてシュナイダーの本はイタリアのファシズムを取扱っているがもう時代が古い。ダットのものはイギリスの事情を詳説しながら国際的に問題を提起した名著である。ピアトニツキーのは眼界がドイツの情勢に限定しているが、実に卓越した教訓に充ちている。だが極めて特殊な形式を持っている日本ファシズムに連関して、吾々が日頃懐いている多数の未解決な問題に対する解決の観点を、この種の叙述の内から導き出すことは、事実あまり容易なことではないだろう。日本ファシズムに関して特に要点をなすものは、ファッショ化の現象であり、「半ファシズム」や「前ファシズム」の現象なのである(そして之に連関して文武官僚や中間層の問題だ)。吾々はかねがねこれ等の基本問題をば、要点を強調するという形に於いて抽象的な定式の下に、理論的に用意して呉れないかと考えている。――処でこういう要求を充たすものが、恰も本書なのである。

ダットはまず初めに「ファッショ化」と「社会ファシズムの諸問題」とに筆を集中している。ファシズムの所謂「定義」にとってはこの観点は必要欠くことの出来ぬものなのである。之は最近のファシズム現象の分析には大切な要点だ。それと共に、最近のファシズムの分析が要求する課題として、ダットは、第一、ファシズムの経済的基礎の取扱いの深化、第二、ファシズムの大衆的基礎とその階級的デマゴギーとの関係を明晰にすること、第三、ファッショ化過程の多様性のより立ち入った分析、第四、ファシズムと植民地諸国の問題、第五、社会民主主義とファシズムとの関係に関する新しい諸問題、第六、中間層の問題の重大性をより以上認識すること、を挙げている。次に彼は「半ファシズム」、「前ファシズム」、「隠蔽されたファシズム」、等々の過渡的諸段階のカテゴリーを厳正に使用する試みを与えている。それと共に、「各国にとって単一なファッショ化方針などがあるものではない」ことを強調することによって、ファシズムに就いての生きた実際的な観念が読者に与えられるだろう。之は「日本ファシズム」の理解にとって極めて重大な点だ。

マジャールの論文は世界各国のファッショ化過程についての有益な概括から出発している。云わば世界ファシズム小論と云っていい。次のライマンの論文と共に、ダットの「汎論」に帰するものである。ライマン「都市中間層論」ではファシズムの大衆的基礎とその階級的本質との食い違いから問題が提起される。そして社民とマルクス主義とによる中間層論の比較があり、やがてインテリゲンチャ論に及んでいる。勿論ここではインテリゲンチャなるカテゴリーを中間層の一種などに数えているのではない。中間層外のブルジョア的又はプロレタリア的なインテリゲンチャを想定した上で分析が施されるのだ。「知識階級に関してはそのうちのブルジョア分子は問題外として、注意すべきことは賃金労働に従事している層と、未だに独立の小ブルジョア的生活を営む者(自由労働者)とを区別することである。」(一二七頁)。ラデックの論文はドイツ・ファシズムの経済政策が如何に戦争にその最後のはけ口を求めねばならぬかを明らかにしている。ヘルンレの論文は訳編者の言葉によると、「ドイツ・ファシズムの農業政策を取り扱った論文の少い折柄相当参考になる。」要するにこの書物は、可なりかゆい処へ手の届いたという感じを与えるもので、日本のファシズムを原則的に分析するためには必読の書物だと云わねばならぬ。そう云っただけで「批判」はしないのか? と問われるかも知らぬが、之は実際的に充用する前に「批判」してかからねばならぬ程の不満を呼び起こすものを、含んでいないだろうと思う。出来るだけ有効な示唆を惹き出す方が、この際実際的な読書法だ。

(一九三六・叢文閣版・四六判一九二頁・定価九〇銭)

7 T・E・ヒューム 長谷川鉱平訳『芸術とヒューマニズム』

ヒューマニズムの声の高い時にこの本を選んで訳したことは、意味のあることだ。なぜなら之は要するにヒューマニズムに対する反対をとなえた本だからである。著者はベルグソンの理解者として知られているものであるが、本書はその遺稿集である。カトリック主義に立ちつつモダーニズムを包括しようという処に、現代に於けるヒューマニズムとの対抗を必然的に結果しなければならぬものがある。恐らくこの本はその代表的なものだろう。主論文は「ヒューマニズムと宗教的態度」であり、之に「現代芸術と、その哲学」、「浪漫主義、と古典主義」、「ベルグソンの芸術論」、「ベルグソンの哲学」、其の他が続く。意義の最も深いのは勿論最初の主論文である。

ヒュームの方法は隔絶主義又は非連続主義とも云うべきもので、無機的なものと有機的なものとの分離分裂が認められるように、生物界と倫理的宗教的価値界との間にも絶対的な分裂を認めねばならぬ。ヒューマニズム(之は勿論ルネサンス以来のものを指す)は第一の方の分裂を承認するに拘らず第二の方の分裂を承認しようとしない。ヒューマニズムによると人間と神とは同じ系列におかれる。ヒューマニズムは神の人間化であり、又同時に人間の神化である。そうした人間主義乃至擬人化がヒューマニズムだ。文学に於ける浪漫主義・倫理に於ける相対主義・哲学に於けるアイデアリズム(観念論・唯心論・理想主義)・及び宗教に於けるモダーニズムが、このヒューマニズムだという。

人間と神との間の隔絶、絶対的分離は、原罪の観念による。ヒューマニズムはこの堕罪の論理を知らない。かくして倫理的宗教的な世界への思想の道を失って了っている。之が今日までの文化の特徴であると共に根本弱点で、今日この弱点が文化の進行と一緒に、漸く暴露されて来つつあるという。なぜかというに、ヒューマニズムに対立する文化意識は幾何学的精神であり、完成と厳粛と明確との硬質を有つものである。之によらなければビザンチン芸術も理解出来ないばかりではなく、現代のキュビズムさえが次第に理解出来なくなる。又更に近代的な機械の有つ美にしても、硬質性を欠いたヒューマニズムでは到底処理出来ないものだという。

ヒューマニズムがこの眼前の崩壊にも拘らず、なお世人の心をつなぎ止めている所以は、ヒューマニズムによると、哲学の基準が満足(又は幸福と云い直してもいいと私は思うが)ということにあるからである。処がこの満足という素朴な基準は容易に打ち破られることが出来る。満足は自覚され心の表面に持ち出され客観化されたものではない。単に人々がそれを通して物を見ている処のものに過ぎない。それ故にこそこれは不可避なカテゴリーのように見えるのだ。併しこのカテゴリーを一旦客観化して見る時、心の表面に持ち出して見せる時、之はその不可避性を失って了って、単なる擬似カテゴリーであったことが暴露される。歴史はそういう暴露を仕事とする。ルネサンス以来の文化の歴史は、ヒューマニズムが立つ満足というカテゴリーが擬似範疇でしかないことを示している、という。

ヒュームはこの反ヒューマニズムの哲学の基礎を近代カトリック系のドイツ哲学に迄も求めている。マイノンクの対象論やフッセルルの『学としての哲学』にその裏づけを見出す。特に後者を援用して云うには、哲学は学であって決して世界観の如きものであってはならない、と云うのである。なる程世界観なる概念はディルタイによって代表されるようにプロテスタントのものである。従って又哲学は「生の哲学」であってもならないわけだ。生命的なものに於てしか文化や芸術を求めることを知らないのが、ヒューマニズムの大きな制限だというのである。ヒューマニズム的な意味に於ける生命を有たぬものこそ、実在だというのである。生命感や世界観のカテゴリーの拒否と共に、ヒュームは進歩の観念をも拒否する。進歩とは人間と神との間の絶対的間隔をズルズルに埋めて了うためにヒューマニズムが用いる処の擬似範疇だというのである。

さて以上のように紹介して見ると、この論文がヒューマニズムの特性を可なり鋭く指摘していることが判る。私はルネサンス以来のヒューマニズムとルネサンス以来の唯物論との不可避的な癒着については多大な疑問を持っているので、ヒューマニズムの弱点についてはここから教えられる処が多かった。ヒュームは或る個所で自分のカトリック主義が一見唯物論に近く見えるが、それは固よりそうではないのだ、というような弁解をさえ必要としているが、それ程に、この論文は、ヒューマニズムと唯物論との差異の考察にとって、参考に値いするものを含んでいる。尤もヒューマニズムとみずから名乗るものが必ずしもヒューマニズムとは限らず、又ヒューマニズム反対者が必ずヒューマニストでないとも云えない。ヒューマニズムというカテゴリーを言葉として承認するかしないかで、ヒューマニズム肯定か否定かは判らない。吾々は言葉とレッテルとに迷わされてはならぬ。現にヒュームさえも、今後の文化は矢張り今日までのヒューマニズムを包括してその dry hardness なる文化形態を進めることが出来よう、この点ルネサンス以前のカトリシズムとは異るのだとも云っている。

だが、それにも拘らず、之は云わば、部分的な進歩性の芽と、之と札つきの反動性との、不思議な結合なのである。現在までのヒューマニズム的常識(唯物論は今はこの常識を批判的に処理しなければならぬと私は考えるのだが)の批判としては極めて鋭い示唆に富んではいるが、ヒューム自身のカトリック的立場は札つきの典型的な反動の公式以外のものではないだろう。人間と神との絶対的隔絶(そういう反ディアレクティックとしての形而上学)やそこに必要なる原罪説(之は宇宙創造論に帰する)、客観性と科学性との名の下に却って人間性と文化的進歩と政治的満足感との無視、こうしたものはもはやカトリック主義には限らない処の今日の反動文化理論一般の様式の一つに他ならない。

にも拘らずヒューマニズム批判としてこの本が重大な用途を有っているという点を、吾々は注目すべきだ。訳文はまだ少し固い処もあるが信頼すべき筋のものである。

(一九三六年十月・芝書店版・四六判函入三三〇頁・定価一円六〇銭)(Thomas Ernest Hulme; Essays on Humanism and the Philosophy of Art, 1924 Ed. by H. Read の全訳)

8 勝本清一郎著『日本文学の世界的位置』

四篇二十四個の論文からなる評論集である。全篇を貫くモティーフは題名が最もよく示している。「僕は欧州へ行って見て、始めて日本の醤油が非常にくさいものであること、日本婦人が揃いも揃って非常に出っ歯であることを発見した。これと同じ位いに現代の日本文学を客観的に展望して見たい」、という言葉を以て最初の論文を始めている。

「海外から見た現代の日本文学」では、日本の短篇が固苦しかったりケレンに堕したりして貧弱であること、短篇の形態にふさわしい素材をうまくものしていないこと、そして日本の長篇がまた単にノヴェルの形態であって決してロマンの態をなしていないこと、かくてどこにも見出されるものが随筆的性質を有ったものであること、を指摘している。著者は一方に於て之を日本のジャーナリズム機構の特性(新聞小説・雑誌文壇・単行本委託販売制度・其の他)に帰しており、之がこの著書の最も光った見解の一つになるのであるが、他方に於てこの随筆的性質の精神的由来をこう説明している、「現代の日本作家の多くは、鎌倉足利時代の禅坊主や徳川時代のサムライと原則的にあまり違わない日常生活を営んで居り、又頭の中にも彼等の如き自然観や道徳観の残りをこびりつかせているので、それが彼等に芸術に対する本格的要求の豊熟をさまたげているのだとなる。禅坊主やサムライの諸観念、心理、趣味は、元来、芸術を瘠せさせる性質のものなのである。」

さてこの二つの観点が、各篇の文章の殆んど凡てに於て、色々の側面から展開される。上高地に於て山の美を論じるにしても(田部重治氏式な無限・崇高・超俗・等々の礼賛に不満な著者は、物質の力の大きさに山の美を見出す)、日本精神的マンネリズムの打破に力める。日本特有な文学形式として絵巻物形式を取り出して、之を例の随筆的特性や、新聞小説の形式と関係づける。著者によれば日本の新聞小説は必然的に絵巻物形式を選ばねばならぬが、之が決して文学の大きな発達に幸するものではないという(大熊信行氏の絵巻物形式肯定論と対立)。「純粋小説とは?」に於ては横光利一式論理の日本的弱点を指摘する。「日本文学に於けるエロチシズム」に於ては、日本文学の特性がその感覚的な卓越にあることを認めながら、次のような批評を加える、「が、さて感覚が肉体の質量から離れて宙に浮いたものになれば、もう感覚の行き止りである。私としては感覚やエロチシズムを突き抜けるにしても、それによって肉体そのものの世界へ、物質の世界へ、大きな世界認識へ、社会の把握へと出て行く道を選ばねばならぬと考える。この点では我々は鈍感なる西洋作家たちから学ばねばならぬ。」

以上は第一篇であるが、第二篇は民族文化を世界文化の観点から見る。「芸術の国民的評価と世界的評価」に於ては、三つの評価の拮抗によって両者の高まった一致の可能性を説く。之はヨーロッパで日本文学を見た著者の実感を最もよく云い表わしているだろう。「日本文学翻訳問題」では、日本文化の国粋主義的宣揚としては撞着を免れないが、日本文化の国際主義的強調として重大な意義を見出されている。――第三篇は日本文壇に於ける矛盾を摘発しその対策を考察したものとして、単なる文壇人の企て得ない処だろう。総合雑誌や文学雑誌に対する批判も相当的確である。特に日本に於ける単行本文化の極度の不振を終局に於て取次店経由の委託販売制度の結果であるとし、雑誌発行資本の回収が年四回であるに反して、単行本の夫は実質に於て一年乃至二年を一期とする回転である処に基いて、単行本は雑誌に完全に圧倒される所以を説く。当然なことではあるが、有用な分析だ。評論雑誌の特大号が年四回なのも雑誌資本の年四回の回転率に基くという観察も、仲々警抜である。

第四篇は言葉の問題を文学者の立場から実際的に分析したもので、第三篇と共に、文壇人に必要な参考材料であるだけではなく、文芸評論の新しい領域に先鞭をつけたものと見做してよい。「ローマ字問題雑感」はヘボン式に対する日本式ローマ字論の優越を証言したもので、一寸才気に充ちたものだ。平生文相の漢字廃止論の批評や、メートル法論議も、文化問題として正常に捉えられている。小学読本の文章法の検討も亦一読に値いする。現代文章に対する考察から始めて「将来の文章について」でこの本を終っている。

著者はこの評論集によって、独特な地歩を占める文芸評論家であることを示したと云っていいようだ。その第一の特色は日本文学に対する国際的な考察だ。その第二は日本文壇に対するジャーナリズム機構・国際問題・からする理論的な分析だ。そして第三にこの底に見えかくれて流れている唯物論文化の文化意識である。日本ペン・クラブの書記としての著者は、世間からの多少の誤解もあるように私は思っていたのだが、この評論集は勝本清一郎氏の健在を証明するものであり、それだけではなく、氏が今後の評論界に於ける位置の独特さを約束するもののように見える。日本的論理ともいうべきものの強調の雑音が吾々の耳に這入って来る時、本書は啓蒙的な役割を果すことが出来る。

(一九三六年十月・協和書院版・四六判三五七頁・定価一円五〇銭)

9 秋沢修二著『世界哲学史』〔西洋篇〕

本書は「東洋篇」と並ぶべきものであるという。現代日本の哲学界にとって、今の処他に代わるべきもののないような特性を備えた尊重すべき著述である。現在の日本では日本語で書かれた西洋哲学史で纏ったものは非常に少ないのに(波多野博士のもの、桑木博士のもの、以外には著しいものがない)、之は一応纏った体系に基いて概観したものであり、而もあまり小さすぎず又大きすぎもしないもので、ハンドブックとして役立つ性質を充分に備えているのである。だが勿論、重点は之が全巻、唯物論的観点によって貫かれているということにあり、又そこから当然出て来ることであるが、史的唯物論の科学的な歴史叙述方法を具体的に適用して書かれている、という点にある。この二つの点でかけがえのない力作だ。

即ちギリシアから今日に至るまでの世界哲学(西洋篇という名称を仮に用いるとして)をば、観念論に対する唯物論の闘争として可なり克明に跡づけただけではなく、この闘争の消長を時代の社会構成によって首尾一貫して説明することを試みている。本書の最も価値のある部分は、判然と史的唯物論によっている哲学通史だというこの点に横たわる。そして固よりこの史的唯物論的叙述は、哲学が社会に於ける歴史的所産であると共に、そのためにも亦、元来夫が実在の模写であり、従って論理的所産であるという所以を、誤たずに典拠を示しながら実現して見せている。メーリングの哲学史の方法に対する著者の批判は、この本の内容自身によって、生かされている。だから人々は之によって、この本がもつ哲学史叙述としての水準をほぼ知ることが出来よう。

第一篇は「哲学史の方法論」であり、ヘーゲルの哲学史方法とメーリングの夫とを批判することによって、「科学としての哲学史」の課題を決定する。第二篇は古代・中世・近代・の三部に分れる(第三篇は多分「東洋篇」になるのだろう)。第一部古代の第一期(ミレトス学派からデモクリトスまで)は古代唯物論の確立を、第二期はソフィストから(プラトン・アリストテレス・を経て)エピクロスまでの観念論と唯物論との闘争を、第三期はギリシア・ローマ・哲学の観念論的堕落を取扱う。この時代区分は一見従来の哲学史の夫とは別ではないが、この区分が見事に唯物論と観念論との間の消長を意味していることを、読者は初めてハッキリと知るだろう。この点今の個処には限らないのである。古代哲学は本書の内でも最も力が這入ったものではないかと思う。特にその社会的背景があまり之まで注目されていない古代の哲学者達と、その哲学との社会的階級的分析は、教える処が多い。例えばデモクリトスの評価やソフィストの再評価や夫とソクラテスとの対比などは、当然なことではあるが事柄を非常に明確にしている。プラトンとアリストテレスとの思想上及び階級上の対比も示唆に富んでいる。奴隷制と古代哲学との一貫した関係は云うまでもないとして。

第二部中世ではスコラ哲学・アラビア哲学・の思想的・社会的・要約があり、それを通じて封建制の崩壊と共に自然科学の勃興と唯物論の復活とが必然であることを示す。第三部の近代哲学はイギリス唯物論(経験論)・大陸唯物論(合理主義)・主観的観念論及び不可知論・フランス唯物論・ドイツ古典哲学・弁証法的唯物論・ヘーゲル以後の俗流唯物論や観念論諸流派・を取り扱う。本書の近代はその歴史が複雑である割合に叙述の簡単な処が少なくないが、之は或いはそれでいいかも知れない。と云うのは多くの読者は近代哲学に就いては相当の哲学史的常識と社会機構上の分析の多少を持ち合わせているからだ。

全篇を通じて目立つことは、繰り返して云うが、社会機構の必然的な推移に於ける夫々の位置によって、一切の哲学者と哲学思潮とを特色づけ、それと思想の哲学的推移の必然性とを、注意深く組み合わせたという可なりオリジナルな努力だ。夫々の哲学思想の細かいニュアンスに就いての分析は、この種の概括的な本に求めるべきではない。社会に於ける哲学思想の流れの要所々々をおさえるのに、必要欠くべからざるものが本書だ。

之はこの本にとっては大きな問題ではないかも知れぬが、著者はフィロロギーが哲学の歴史上演じた役割をどう評価するだろうか。特に近代観念論とフィロロギーとの関係は実に深いだろう(フンボルト・ニーチェ・シュライエルマッハー・ディルタイ・ハイデッガーなどは云うまでもないとしてヘーゲルさえ)。否、プラトン・アリストテレス・でさえ、関係は浅くないようだ。とにかく近代に於いては哲学的フィロロギーは唯物論の最大の敵手の一つのようだ。

この書物は現代日本に於ける唯物論の発達にとって、一つの有用な踏台を提供するものである。そのオリジナルな功績は注目と尊敬とに値いする。

(一九三六年・白揚社版・菊判四〇三頁・定価一円五〇銭)

10 岡邦雄・吉田斂・石原辰郎著『自然弁証法』

本書はまず二つの著しい特色を有つ。第一は自然弁証法に関する日本に於ける最初の纏った叙述であるという特色だ。本書の内でも触れているように、日本にも自然弁証法に関係した著述は決して少なくないが、基本的な問題から検討してかかった単行本はない(訳は別として)。小冊子ではあるがこの点、記憶されるべき云わば画期的な作品である。第二の特色は、之が三名の著者の真の共同研究になるものであるばかりでなく、同じ問題に就いての三名夫々の意見が読者の前に並べられつつ或る程度まで整理されて行くという、対話或いは寧ろシュンポジションの形を持っている事だ。実際やったディスカッションをそのまま本にしたもので、日本の本としては極めて珍しいものだ。単に珍しいだけが勿論能ではない。この形式が齎す長所は、読者に対して著者の往々不用意な見解を押しつけずにすむという事、そしてどの点に多くの疑問があり、どの点にはもはや大した疑問がないかということが、読者におのずから判るということ、従って読者は一方に於て安心して信頼しつつ読めるとともに、著者達の異論を比較検討しつつ読むので、みずから考え方を練りつつ独自の見解をそこから導き出し得るということ、そうした処にあろう。特に自然弁証法のような多くの問題を蔵しているテーマについては、今の処、こういう書き方の方が、科学的に慎重だとさえ云えるかも知れない。

前篇「自然弁証法史」と後篇「自然弁証法概論」とからなり、前篇は主としてAと名乗る吉田氏、後者は主としてCと名乗る岡氏が、原案提出者として筆を執り、AとCはBと名乗る石原氏と共に、之を審議するという形になっている。前篇はドイツに於ける自然弁証法の確立(ヘーゲル・フォイエルバハ・マルクス・エンゲルス)(エンゲルスは特に詳細でデューリングの解説にも触れる)、ソヴェートに於けるその発展、日本に於けるその展開、の三章からなり、今までなかった可なり役立つ史的叙述だ。日本に於ける自然弁証法の文献も亦便利なものである。この篇は比較的ディスカッションは少なく、寧ろ普通の叙述体に近い。――最も特色のあるのは後篇で、特にC氏に対するB氏の批判が目立つ。ここでは所謂自然弁証法なるものに含まれる根本問題とトピックとが一通り尽されているが、皆が皆まで終局的な解決の形を取っているとは限らない。最もディスカッションに興味のあるのは例証の問題と「自然弁証法の具体化」の問題とだ。これ等の問題に通ずる大体の傾向から云って、Cは自然弁証法なるものの力点を科学的認識の総合という点におこうとするに反して、Bは之を自然観という点におこうとする。そしてAは之を自然科学概論に近いものと考える傾きがあるようだ。勿論三者とも自然の運動発展の一般法則が自然弁証法だということを認めた上でのことだが。私の意見を揷んでよいなら、自然弁証法は、自然が自然認識の方法を含むことによって、より具体的な認識対象となった処の、「世界」というようなものと考える(拙著『科学論』〔本全集第一巻所収〕)。之は多分Bの意見に一等近いだろう。それはさておき、後篇の主役たるC氏の根本傾向には、エンゲルスの弁証法に対する一種のスコラ的批判が存するようだ(一般的なスコラ主義はAになると更に表面化している)。その結果、読者はC氏が自然弁証法を少し儀礼的に、義務的に、取り上げているというような感触を受け取らなくもない。勿論之はC氏の本意ではないのだ。だが自然弁証法の具体化を技術という観点から力説しているのは、C氏の極めて積極的な点である(尤も之だけが具体化の唯一の内容ではないにしても)。

本書特に後篇はまだ多分に引用に終止する自然弁証法の概説か序論かであって、その限り研究というよりも、可なり権威ある啓蒙と云うべきだろう。すでに『唯物論研究』誌上で批判された一二の個処もあるが、唯物論研究会に於ける自然弁証法検討の成果をよく組織したものとして、尊重すべき文献である。

(一九三五年十月・三笠書房版・第一次『唯物論全書』の内、新四六判二八六頁・定価八〇銭)

11 安部三郎著『時間意識の心理』

この著書をブック・レヴューの材料として選んだ理由の一つは、日本に於て時間に関する独立な研究が極度に乏しいという事情である。物理学関係からする研究も乏しいし、心理学関係からするのも乏しい。比較的眼につくのは田辺元博士や高橋里美教授による哲学的研究であるが、之もまだ包括的なものでない。処が時間の問題は哲学的に最も重大な意義を有っている。実在の史的転化の形式が時間であり、又意識そのものの形式が時間である。時間問題は空間問題と並んで、唯物論的に最も重要なテーマなのだ。唯物論的研究を一応ここに集中することさえ必要だと思われる位いだ。

東北帝大心理学教室で編集しているこの叢書は恐らくどれも尊重されてよい著述的アルバイトだろう。本書も亦そうだ。著者は千葉胤成教授の実験的で且つ内省的な心理学的方法をうけついでいるようである。「対象意識としての時間意識」と「固有意識としての時間体験」との区別に夫はよく現われている。それから時間の哲学的分析に於て功績のある高橋教授の影響も大変よく取入れている。知覚的時間と情意的時間との区別などがそれだ。著者が最も得意とする業績の部分は、「二時程比較判断」を中心とする時間評価の実験的研究であるらしいが、之を包括している哲学的省察力は相当力量があると思われる。

本書は大体に於いて「時間意識」に関する科学的入門書として必要な観念と知識との整理を与えたものと見てよい。時間概念の分類、固有意識としての時間体験、知覚的時間・時間感覚・時間直観・の問題、時間領域・時間閾・時間評価・過現未(時間のモーディー)、等の問題、睡眠時や変態条件下に於ける時間意識等、が検討されて一応の整頓を与えられている(病態心理学的な時間研究を示唆しているのも教えられる点だ)。この包括的な取り扱い方では、殆んど日本に於ける唯一の著書かも知れない。

併し著者の眼界は心理学的関心によって可なり制限されているようだ。つまり時間意識を一般的な時間問題解決の尺度にし過ぎてはいないだろうか。著者は哲学的想定として、大体現象学(フッセルルの)の立場に立つと思われるが、そこらから時間というカテゴリーを観念論化して所有するかのような観を呈している。「客観的時間従って物理学的時間は如何なる意味に於ても体験時間でないであろうか。著書は客観的時間も亦一種の体験時間であると思うものである」云々。「人はいつしか吾々の心中の構成物であることを忘れて、それを意識とは独立に存在するものとするに至った。」併しこういう見方によっては実在の歴史転化の形式としての時間は遂に理解出来ないだろう。時間は時間意識だけでは片づかないのである。――巻末に文献がつけてある。文筆的には地味であるが、理論上の必要から正当に注目されるべき書物だ。

(一九三六年九月・『生活と精神の科学』叢書・二十八巻・東宛書房版・菊判二六〇頁・定価二円六〇銭)

12 ジード著 小松清訳『ソヴェート旅行記』

あまりに多く論じられた書物であるから、今更特別な紹介を必要としないだろう。この本に於けるジード自身に対する私の感想はすでに「文化的自由主義者としてのジード」という拙文(「読書法日記」中)で述べた。ここではその要点をジードみずからに語らしめよう。括弧内の数字は頁数である。――跋には「訳者の言葉」がある。

「私にとっては私自身よりもソヴェートよりもずっと重大なものがある。それは人類でありその運命でありその文化である」(一三)。「云わばわれわれのユートピアが現実のものとなりつつある国がソヴェートであったのだ」(一七・一八)。処が「これらの住宅の『内部』で私がしみじみと感じたあの異様な物悲しい印象を、どう云い現わしたらいいだろう。それは謂わば完全な非個性化といった感じのものである」(七二)。

「規律の範囲内での批評はどんなにやっても構わない。だが規律の範囲を一歩でものりだした批評は許されないのである」(八〇・八一)。

「いま尚革命的精神によって動かされている人々や、またこれらの連続的な譲歩を妥協とみなす人々が、邪魔物扱いをうけ辱しめられ芟除される」、「革命的精神(より簡単に云うと批判精神)はソヴェートではもはや必要でない、とあからさまに云ってのけた方がいいのではなかろうか」、ああ「順応主義」なる哉(一一二・一一三)。

「したがって現在の情勢に満足の意を表しないものはみなトロツキストと見なされるのである」(一三〇)。「レーニン主義からの逸脱はこれ以上なお必要であるだろうか」(一二五)。

「家族制度――『社会的細胞』としての――や遺産相続制の復活とともに、享楽的な嗜好、私有財産にたいする慾望が、ついに僚友的精神や共有や共同生活の要求を追いこしつつあるように思われる」。「一種の貴族層」(一〇五・一〇六)が出来つつあり、「このプチ・ブルジョア的精神はソヴェートに於て追々拡がってゆきつつあるように思われる」(一一〇)。

「今日のような社会形態に於ては、すべて偉大な作家や芸術家は本質的に反順応主義者である筈だ」(一三六)。だが「最早反対すべき何らかの対象を失ってしまって、ただ流れの儘に流されるだけのことになれば、どうなるだろうか」(一三八)。併ししばらく前にジードは演説している、「ところで今日ソ連邦においてはこの問題ははじめて、すっかり異ったかたちで提出されているのです。即ち、作家は革命家でありながらもはや反対者オッポーザンではない。まったくその反対に、作家は多数者の希望、全国民の希望に応えている」(一七四・一七五)。だが後ではこう思いかえす、「一国の市民が一人残らず同じような思想をもつようになれば、……こうした精神の貧困を前にして何人が『文化』を語る信念をもち得るだろうか」(一三二)。「こうした事も政治的には有用なのかも知れない。がその場合は文化などといったことは口にしないで欲しい」(一四七)。「この『理想的なもの』から『政治的なもの』への移行は、不可抗的に一種の『転落』を伴うものであろうか」(一二八)。

かくて最初にヒューマニティーや文化からジードによって区別された「ソヴェート」は、ジードの「ユートピア」であった処の「自由」を満足させなかった。「ソヴェート」の「政治」はジードの「文化」を満足させなかった。ジードのアイディアリズムはソヴェートのリアリズムと撞着した。何等かの観念論(理想主義)者が現実の前に戸迷ったという現象は、驚くには値いしない事だし、又喜んだり怒ったりするにも値いしないことだ。初めからそうあるべきものだったのだ。読者は文化的自由主義者としてのジードの誠実を疑うことは出来ない。そしてジードの言葉の意義の重さを知らねばならぬ。併し文化的自由主義者の誠実よりも一層リアルであるとしたならば、どうだろうか。

(一九三六年・第一書房版・四六判二四六頁・一円二〇銭)

13 中条百合子著『昼夜随筆』

随筆という名であるが評論集である。二十七の文章が社会評論・文芸時評・作家論・の三篇に分類されている。巻頭のやや長い論文「若き世代への恋愛論」は書き下しで、あとは大体再録されたものと思う。旧著『冬を越す蕾』から二三採用されたものがある。

序の言葉、「私は、小説を書いて行く地力の骨組みを強くする意味からも、適当な機会に評論風な仕事に於て自分をもっと鍛錬してゆきたいと希望している」という言葉は、私が以前から作家に対して持っていた或る疑問に答えるものとして、感銘が深い。評論の文筆的な意義をこういう形で理解している作家は少ないのではないかと思っていたからである。

「若き世代への恋愛論」は、近代日本の恋愛観の発達を叙したものだが、最後に云っている。「若き世代は、生活の達人でなければならない。……恋愛や結婚が人間の人格完成のためにある、と云えばそれは一面の誇大であるが、真の愛の情熱は驚くばかりに具体的なものである。必要を鋭くかぎわける。」之はみずから、この社会に於ける愛の矛盾を或る程度解き得た人の言葉である。この幸福な(?)著者は、或る(呵然? とでも云うべき)濃まやかな思いやりでこの階級社会の塵にまみれた愛慾の葛藤を打診している。「新しい一夫一婦」、「夫婦が作家である場合」、「インガ」(「ソヴェート文学に現われた婦人の生活」)、などがそれである。

「暮の街」や「村からの娘」は、大抵の婦人評論家が取り上げる婦人問題の評論であるが、中条氏の場合は、ただの所謂婦人問題をつき抜けている点を買わねばならぬ。――「文学に於ける今日の日本的なもの」は、文学に於ける日本的な動きに対する世間の諸批判の内で、最も根柢もあり切実でもあるのだ。特に明治以来の文学運動の歴史に沿うて述べてある処は威力がある。「『大人の文学』論の現実性」と「『迷いの末』――横光氏の『厨房日記』について」とは、日本的なものをかつぎ回る数名の文士の心情を、辛辣に且つ鮮かに暴露する。――「芸術が必要とする科学」は色彩論から始めて文章道にまで至る異色のある省察で、示唆に富んでいる。

氏の作家論は、専門の評論家も容易に追随出来ぬ底のものを含んでいる。「トゥルゲーネフの生きかた」は彼の階級的制限を説く点で教える処が多く、ゴーリキーに関する三つの評伝(尤も多少重複しているが)は、伝記として面白い。「ジードとそのソヴェート旅行記」は、ジード批判の一つとして記録される価値がある。「『或る女』についてのノート」は多少資料的検討に基いた好論文である。

私は作家としての中条百合子に就いては、新しいモラルの実際的な探求者として、作家一般(独り婦人作家に限らず)の内の白眉の一つと考える。世間で必ずしもそうは思わぬらしいことは、私にすれば一つの不思議だ。処がこの評論集は、評論家としての中条百合子氏の位置をハッキリと決定するものだと思う。物ごとを分析的に考えながら感情を整理出来る人は、作家一般の内で珍しいと思う。氏の合理的精神とでもいうものが、或いは文壇の地膚に合わぬかも知れない。だが夫は広い世間からすれば何等の問題でもないことだ。

ただ評論家としての中条百合子氏は、テーマをもっと婦人問題、女の問題、からつき離す必要があるだろう。評論が身辺随筆の名残りを止める限り、そして彼女が女である以上、この女らしい制限を脱し得ぬわけだ。多分氏は女であることで、自分で少し損をしているかも知れぬと思う。

(一九三七年四月・白揚社版・四六判三九一頁・一円五〇銭)

14 清水幾太郎著『人間の世界』

「人間に就いて」、「悪に就いて」、「歴史に就いて」、「慣習に就いて」、「文化に就いて」、「言語に就いて」の七篇からなるエッセイであり(その内雑誌ですでに見たものもある)、この七篇を通じて著者は全く首尾一貫した見地を取っている。それは個人主義並びに合理主義という見地だ。本には著者の見地を包む著者の願いというようなモラルがあるものだが、この著者の願いは強い人間となることであり幸福になることである。それが個人主義と合理主義とを要求する。

人間については、人間をば人間を超えた人間以上のものに対立させる。処で人間はこの超人間的なものをば却って人間以下のものとして踏み超えなくてはいけない、とするのがヒューマニズムだという。だが、所謂ヒューマニズムの考えるヒューマニティー(人間の本性)は、なお文化的なもので、過去の歴史や慣習や制限にアダプトしたノモス(法則)の世界にぞくする限り、真のフューシス(自然)にはぞくさぬ。フューシスにぞくする人間こそは個人であり、之にして、初めて人間的なものを抑えつける超人間的な社会に真に、反逆し得るというのだ。そして之が現代の生きたヒューマニズムであろうと云う。

「自己を滅却した謙虚な人間が出来上った人間或は完成した人間の姿として、個人主義者という言葉は非難の言葉として通用する。」だが「自己に対する厚き信頼、傲慢、自尊の如きを欠いて生ずる思想があるであろうか。」『社会と個人』の著者である清水氏のモラリストらしい既成常識批判の一端を之で知ることが出来るが、この個人主義的主張は、一方現代の封建主義的な全体主義に向けられていると共に、他方かつての擬似マルクス主義的な個人否定主義の如きものにも向けられている。之が現代のインテリゲンチャの常識とよく一致していることを注意しなくてはならぬ。

社会と個人との対立は、この本ではノモス(法則)とフューシス(自然)との対立として、一つの一般的な原則にまで高められている。そして之がこの著書を一貫する分析のメカニズムとなっている。超人間的なもの・対・人間個人が夫であったが、悪も亦ノモスの否定を指すものとして、或る種の評価を受ける。歴史も亦二つの意味を有つ。ルネサンス以来十八世紀に至る啓蒙や進歩の観念は、十九世紀の、特に反動に立つコントの、歴史観念とは反対であるという意味に於て非歴史的であるが、併し実は之こそ本当の歴史であり創る処の歴史であるという。之がフューシスにぞくする歴史である。之に反してコント風のノモスにぞくする造られた歴史は、過去に向く歴史であり、そこで考えられる進歩は秩序と共にあるものでしかない。然るに「ドルバックに於ける進歩は秩序の否定にあった。」ではマルクスでは如何?

制度と慣習がノモスにぞくするのは当然である(慣習は習慣から区別される)。文化も亦ノモスのものにしか過ぎない。その根柢にあるフューシスは文明でなくてはならぬ、とする。最後に言語の章で、レヴィ・ブリュールの所謂パルティシパション(未開人の論理)が、現代に於ても白昼堂々と通用している天下の情勢に、眼を向けることを知らない社会学者達の愚劣に、釘をさしている。――本書に見られるものは文化主義からの脱却の努力である。だがその脱却が個人主義を結果するというのが、独特な特徴なのである。それからこの個人主義と「合理主義」とがどう結びついているかは、現代の常識としては理解出来ても、理論的な解明に乏しいようである。にも拘らずこの本は現代のインテリゲンチャの若いジェネレーションに訴える魅力に充ちている。斬然として特色の書だ。

(一九三七年三月・刀江書院版・四六判二一一頁・一円二〇銭)

15 新明正道著『ファシズムの社会観』

大体に於てすでに発表された論文を編集したものであるが、完全に体系立った著書である。第一部「イタリアのファシズム運動」、第二部「イタリアのファシズムの社会的国家的観念」、第三部「イタリアのファシスモと関連する社会的体系」と注釈(引用文献)とからなり、第一章は主としてイタリア・ファッショの政治的社会的活動の解説・特色づけ・批判・を与えたもので、本書の予備的知識を整理するという意味での緒論をなす。この部分だけを取って見ても、日本文で書かれたイタリア・ファッショ研究として高水準なもので、執筆の時期が比較的新しいということと、学究的な異論批判を通じて処理されていること、そして著者が日本に於ける最良の社会学者であることを示す冷静で緻密で且つ進歩的理解力の行きとどいた頭脳とを以て、読者に感銘を与える処が大きい。

だが本書の目標は書名が多少示しているように、ファシスモのイデオロギーであり、特にその系譜学(ゲネオロギー)である。かつて新明教授が東北帝大社会学研究室を動員して出版した『イデオロギーの系譜学』(上巻)(下巻は別名で出ている)は、世間であまり沢山は読まれなかったようだが、尊重すべき業績であった。本書の目標も亦、ファシズムに関する思想的系譜学の叙述にあるのである。この点については日本では他にわずかに今中次麿教授の『ファシズム論』(唯物論全書)中の論文があるだけであり、夫もジローネからの抜粋にすぎぬから、本書が殆んど最初の纏ったもののように考えられる。勿論外国文ではこの種のもの、又この種のものを含む本はおびただしく多いが、併し恐らく新明氏の仕事は之に勝るとも劣らぬものだろうと推察する理由がある。

ファシスモ・イデオロギーは勿論その特有な社会観念と国家観念とを中心とするものであり、その観念の推移(社会は即ち国家だという観念に到達するまでの)に懸る処が多い。ファシスモの社会・国家・及び協同体乃至協同体国家・の観念を評論したものが第二部であって、之も亦組織立った卓越した仕事であると考えられる。第三部は本書の半ば以上を占める本論であるが、その直接の準備となるものが第二部である。

第三部に於てはソレル・パレート・ニーチェの三人の思想と、ファシズム・イデオロギーとの理論的歴史的関連が、詳細に又具体的に説かれている。ソレルの暴力理論・プロレタリア革命理論とムッソリーニ其の他の政治的実践・理論・との連続と背反、パレートの社会主義・経済学・理論とエリート(選良)循環説のファッショ・イデオロギー的効果、ニーチェの超人と永劫回帰理論のファッショ・イデオロギーへの貢献とその批判、などが之で、ファシズムのイデオロギー論的思想史的分析が可なりよく成功していると共に、こうした諸思想家の社会学的評論としても異彩を放つものだ。保存すべき近来の良書である。

疑問は二つある。一つは一体ファシズムのイデオロギーなどあまり問題にならぬではないか、という一種の常識だ。併しそれは単に思想史上の関心が浅いという事を暴露する疑問でしかあるまい。も一つは本書の目標がファシズムのイデオロギーに集中している事には異論ないとしても、ファシズムに対する充分な政治的批判(社会機構の分析の上に立脚する)がその条件とならねばならぬではないか、という疑問だ。著者が実践的な社会理論家ではなくて、学究的な社会理論家であるということが、ファシズム・イデオロギーに対する政治的水準と政治的角度とを許さぬらしい。だが本書のような仕事は、却って又、例えばパーム・ダットなどでは見得ないものでもあるのだ。

(一九三六年十二月・岩波書店版・菊判・四八〇頁・定価三円)

16 早川二郎著『日本歴史読本』

以前発表された『日本歴史読本』を殆んど全部に渡って書き改め、全く別稿としたものである。旧版以来の新興歴史学派の諸業績を摂取し、多少の意見を変更し(奴隷所有者的構成や近世土地制度の沿革についての如き)、「経済史的偏向を可成り克服し」、「個々の政治的事件・制度・人物等に渡っても大いに述べた」と著者は云っている。

第一章は「原始時代及び『部』民制度の時代」(この部分は考古学的考証の新しい成果から出発している)、第二章は「『アジア的封建主義』の時代」(ここでは当然奴婢乃至奴隷と荘園発生発展という最も問題を含む部分が取り扱われている)、第三章は「典型的封建主義の完成時代」(鎌倉・建武中興・南北朝・に渡りその歴史的意義は時節柄最も興味のあるものだ)、第四章は「商業資本の発生及び発展の時代」(室町時代でありイデオロギーの問題としては鎌倉室町を一続きに論じている)、第五章は「封建制度再編成の時代」(戦国・安土桃山)、第六章は「資本主義の諸前提の生誕及び成熟時代」(江戸時代)、第七章は「明治維新」、第八章は「ブルジョア的変革の完成化の時代」であり、明治二十二・三年を以て筆を止めている。付録として「社会経済構成より見た世界対照年表」と「重要事件の年表」と更に「参考書の解題」とがあり、各章の終りには各節毎の参考文献と若干の注解とを含む「補注篇」がついている。図版(別刷を入れて)七十二図に及ぶ。

之によって明らかなように、本書が日本歴史に関する極めて統一ある且つ親切な教科書であり、更に又注目すべきは、その歴史認識と歴史叙述とが科学的な本格を踏んでいる(と云うのは即ち史的唯物論の方法によって貫かれているということだ)、ということが判るのである。今の処本書が占めているユニックな位置は動かすことが出来ない。日本文によって書かれた日本歴史に関する特に文法的に科学的な唯一の現代的教科書であると云うべきだろう。それ故唯物論研究会に於ける国史特別研究会(レクチュア)のテキストとしても、又其の他の学生の諸研究会用のテキストとしても、用いられているわけだ。

国史に関する専門的研究をやっていない私としては、個々の具体的な問題、著者の文献批判・史的解釈・社会構成的カテゴリーの発見及び適用・其の他に関する詳しい意見をここに示すことの出来ないのは遺憾である。ただ本書を一つの歴史叙述として又教科書として見る時、多少の意見を加えることが出来るだけだ。著者が「経済史的偏向」を克服しようとした試みは或る意味で高く評価されねばならぬ。歴史的認識は歴史叙述に於て初めて具体的になるものであるが、この歴史叙述は普通の社会構成論では片づかない要因を含んでおり、それが従来のブルジョア歴史学の伝統的な課題なのだが、この伝統は史的唯物論に於ても別な重要性に於て摂取されねばならぬからだ。

著者が歴史的諸個性(事件・制度・人物・其の他)を叙述するに力めたことは正当なことだ。併しその点なおまだ充分とは云うことが出来ない。戦争と帝王との歴史が無意味であるのは云うまでもないが、社会構成に従うエポックから出発することによって、結果に於て依然として政治的エポック(新しい時代分けでもよい)を結論するというのが、歴史叙述の本道ではないだろうか。之によって初めて社会史の認識は具象的になるのである。その意味で経済史的文献の引用の類は本書では多少比重を失して多すぎるようで、之は補注でリファーする方がいいと思う。ブルジョア的教科書のひそみに倣うのでは決してないが、ブルジョア的教科書の大衆に対する説得力も、唯物論的教科書の大衆性と市民的通用性とから云って、現代、意味のあることだ。それからもう一つ、著者の調子のよい文調は考証的又理論的な推理の厳密さを忘れさせるような個所も時にはあるようだ。――だが要するに本書の教科書的な価値は絶大であり、その現代に於ける社会的意義は重いと断せざるを得ない。

(一九三七年四月改版・白揚社版・菊判四八〇頁・定価二円)

17 小倉金之助著『科学的精神と数学教育』

小倉金之助博士が二十余年間に渡って選集した評論集であり、序篇の五篇は比較的旧いもの、本篇の十二篇は比較的新しいものである。序篇と本篇とを一貫するものは云うまでもなく科学的精神の提唱と検討とであり、又数学及び数学教育を中心とした自然科学乃至社会科学に於ける科学的精神の役割についての研究である。この一貫した根本主張は、すでに著者の著書『数学教育の根本問題』や『数学教育史』、『数学史研究』の内にも反覆主張され、また云わば実証されているものであり、博士の首尾一貫して変らぬ不羈独立の精神を告げて余りあるものだ。氏はみずからこの人間的態度を名づけてヒューマニズムとも呼んでいる。氏にとってはヒューマニズムという人間的態度と科学的精神との間に、絶対に切り離すことの出来ない直接連関があるのだ。ヒューマニズムと科学的精神とを対立させようなどとする現代の無知な文士や準文士達のヒューマニズムとは根本的に選を異にしている。尤も博士のヒューマニズムと考えるものは恐らくはレアリスティッシェ・シューレ(理科)に対するフマニスティッシェ・シューレ(文科)を連想させるものであり、特別に考え抜かれたものとは思われないが、それにしても、それが科学的精神の裏となり表となることによって、ハッキリとした内容を示している。

博士の根本主張は、数学教育は、科学的精神をば数学を通じて教育するにある、ということだ。数学は人間の日常生活の経験から抽象されて発達したものである。従ってそこにまた数学なるものの真に科学的なそしてヒューマニスティックな本質が横たわる。数学専門家は之に基いて色々の抽象的又構想的な数学体系を組み立てることが出来るにも拘らず、日常生活と直接するという本来の数学の面目を忘れない実用数学(直接に日常生活から出発する数学の謂)は、数学教育にとって本道でなくてはならぬ。数学の実用数学に於て現われるような経験的・生活的・な本質があればこそ、数学と物理学其の他の自然科学との交流も理解出来る。

私はさっき、数学の科学的な本質と云って解説した。科学的とはこの場合、博士によると歴史的・実証的・であることを意味する。事物の因果関係に立脚する発展法則を探求することだ。そして之がおのずから科学的精神なのである。だからこそ、生活に直接基いた数学を教育することによって、初めて、数学を通じての科学的精神の教育が行なわれ得るわけである。――かくて氏にとって実用数学――科学的精神の問題は、一面に於て中等・高等・諸学校に於ける数学教育(乃至科学教育)の現状に対する飽くなき不満を云い現わすと共に、他面に於て、科学的精神の訓練を経たことのない処から来る現下の日本の哀れむべき文化意識に対する呵責する処のない弾劾なのだ。私は多くの自然科学者達が、本書の態度に学ぶ処あらんことを切望する。

序篇と本篇とを比較すると、前者に於て科学と云えば往々単に自然科学だけを指しているのが、後者では是正されている。その個処々々に於ける著者の注がみずから之を訂正しているのでも判る。そして著者は、序篇の時代に於けるマッハ主義的な見解を、現在の立場に立って、注に於てみずから指摘している。つまり博士は序篇時代から本篇時代に移ることによって、社会科学というものの観念と唯物論に立つカテゴリーとを獲得したことを、特に明示している。博士が専門家としてと共に言論家として、威力を頓に加えるに至ったのは全くここに由来するだろう。

私個人の関心からすれば、本書のいくつかの論文には思い出の深いものがある。学生の頃に読んで頭に残っているものもある。又世間の多くの人は、最近の博士の有名な論策のいくつかをここで読み合わせることが出来るだろう。――最後にただ一つ私の気にかかる点がある。それは数学教育の問題を一旦別として、博士は日本に於ける教育家或いは師範教育乃至師範的教育に対して、どういう社会的批判の態度を取っているのであろうか。アレキサンドリア的学者と共に、先生的イデオローグも亦、科学的精神の敵であることを私は痛感しているので、この点博士の意見に期待する処が大きい。

(一九三七年七月・岩波書店版・四六判・三四八頁・定価一円八〇銭)

18 ミショオ著 春山行夫訳『フランス現代文学の思想対立』

Regis Michaud, Modern Thought and Literature in France, 1934 の翻訳に、訳者の「付録、人民戦線以後の文学」という政治的・文学的・クロニクルをつけたもの。訳者は「あとがき」で云っている、「ミショオがアメリカにいて、現代のフランス文学を三十年代の文学の見方から展望したことは、ある意味で、私のようにフランス文学だけを特に『フランスの国文学』として見ないで、これを同時代(コンテンポラリー)の文学として、世界文学の立場から見ようとしているものと、どこか一味通じている。」この言葉は多分当っているだろう。本書を繙いてまず感じることは、フランス文学の報告書であるこの本が、普通の現代フランス文学の紹介書のようにフランス文学だけに興味を持っているのではなくて、正しい世界文学的角度から之を問題にしているのだ、という点である。次に又気のつくことは、フランス文学を単に文学だけの興味から取扱っているのではなくて、正に文化と思想との観点から取り上げているのだという点である。著者がフランス文学に於て見ているものは現代世界文学の一環であり、且つ文化上の思想対立なのである。私は本書を、「文化問題」にかかわる最近の若干の単行本の一つとして、尊重すべきだと考える。今後新しい意味に於て、「文化問題」が社会の只中に押し出されるだろうと観測されるからだ。

直接思想対立の現象を取り扱ったものは、最後の二章(第十三・第十四)の「左右両翼の主張」である。ミショオはここで左右両翼に対する可なり誠実な理解者であることを示している。そうでなければ、錯雑と交錯との綾を織りなしているフランスの思想対立をさばくことは出来ない。その手腕は鮮かだと云うことは出来ないが、その代り簡単に片づけたいという感は少しもない。そしてこのいい理解を通して、ミショオが略々左翼的な最も常識に富んだ進歩主義者であることを知ることが出来よう。「新古典主義、新スコラ主義、新ヒューマニズムの三者は、近代フランスに於て伝統主義者達と保守主義者達とが採用した三つの基本的な見地であるように見える。これらはいずれも興味ある見地ではあるが、しかし世界の進展を止め得るほど強力な見地でも、最も広い意味に於て社会的、道徳的、並びに科学的に世界の要求に答え得るほど普遍的な見地でもあり得ない。」そしてフランス文化の将来について云っている、「フランスに於ける政治的、社会的情熱の坩堝のなかに新しい活力が数多く醗酵しつつあるとともに、新しい徴候が続々と芽えつつある現在、我々は確信をもって未来を期待する」と。

クロデル(第二章)、プルスト(第三章)、ジード(第四章)、デュアメル其の他(第五章)、ダダとシュールレアリスト(第九章)、ヴァレリ(第十章)、新旧の小説(第十一章)、などに関する章は、夫々独立した評論としても読み甲斐のあるものと思う。

(一九三七年八月・第一書房版・四六判・四一六頁・定価一円五〇銭)

19 大河内正敏著『農村の工業と副業』

理化学研究所及び所謂理研コンツェルンの指導者ともいうべき著者が、日本の工業政策について技術家的専門家の立場から、最近の見解の結論を叙述したものであり、書き流した風の、而も小冊子ではあるが、重大な意義を含むものと思われる。節は十二に分れているが、凡てを貫くものは「科学主義工業」の観念である。ここに出て来る一切の主要問題を、この科学主義工業の観念に結びつけて惹き出すことが出来ると私は考える。

科学主義工業とは資本主義工業に対立させられる。第一に之は、資本主義工業の事実上の状態である低賃金高コストに反して、高賃金低コストを目標とし、現にそれを実現しているという。世間では之をなお資本主義工業と同一視して、労働力の搾取の形式であるように非難する向きもあるが、処が他方では農村などで科学主義工業による賃金が高すぎて困ると云って非難さえされているのが事実であるという。著者大河内博士自身も、しばらく前までは農村工業が低賃金である故に有利だと考えていたが、今それは「慚愧にたえぬ」という。併し科学主義工業がなぜ高賃金であるかは後にして、なぜそれが低コストであるかから見て行こう。

科学主義工業はまず工業立地の方針を科学的ならしめる。地方の情実や資本主義工業による様々の陋習に捉われず、原価を決定すべき一切のファクターを総体に於て最低たらしめるべく、科学的な工業立地を採用せねばならぬ。次に科学主義工業は熟練を科学によって置きかえ、熟練のために要する時間を出来るだけ短縮するような、専門的に分化した精密な機械(工作機や測定機)を採用する必要がある。この点科学主義工業が就中科学的である所以で、農村の素人の婦女子でも直ちに熟練出来るように、熟練の時間が節約出来る機械を工夫すべきである。そして之は農村に於ける工事場に於て、現に実現されているという。著者は之を「熟練の大衆化」と呼んでいる。工業の地方分散(五年前の著者の見解)は科学主義工業的ではない、日本の農村の物質的(そして恐らく精神的)条件に立脚した副業として農村工業こそ、日本に於ける科学主義工業の温床で、生産費に較べて著しく運賃の安い精密機械の部分品製造などが、最も適当であり、日本の工業をして世界と角逐させる道は之をおいてはないし、戦時に於てもこの形なら少しの動揺も蒙らずに済むという。以上は主に科学主義工業による低コストを証明する材料である。

ではなぜ科学主義工業によると高賃金となるか。この証明は直接にはどこにも見出されない。唯一の理解の仕方は之を農村労働力の能率に結びつけることだろう。つまり労働力の能率がよければ低コストになると共に、同じ他の条件の下では、名目上高賃金の意味を有つだろうからだ。そこで曰く「そうして其(工作機械や測定機)の使い方が単調、無味であるように製作されてある程度精密に加工されるから、農村の子女が最も適当している。」「毎日毎日同じ作業をすると云うこと、而して此の簡単な作業に、飽きることを知らない農村の子女が、農業精神で精密加工するから。」「都会の人には堪え得られないような単調な作業でも、農業上の労苦忍耐の前には、日常の茶飯事である。」「日本の農業精神は土に親しみ郷土を愛し奉公の念に満ちている。外国から移し植えられて数十年にもならない日本の現代工業には残念ながらまだ此の種の精神的基礎が出来ていない。」「欧米の工業は資本主義、個人主義下の工業であって、日本の農業精神とは相距ること頗る遠い。」「農業精神が失われずして工業が副業として行なわれる」ことが望ましい。「農魂工才で行かなければいけないのである。」

之が科学主義工業による、労働力側の能率の良さの根拠である。つまり農民の忍耐力が唯一の根拠だ。そして恐らく、この忍耐力のみが、名目上の高賃金の外見を招き得る唯一のものだろう。処が之は何等「科学」や「科学主義工業」の科学性やと関係のないことだ。科学主義工業は熟練を「科学」によっておきかえた。それでコストは安くなる。だがその代り、更に賃金までも高く見せるためには、この「科学」に農業精神という日本農民のあわれな道徳を補充しなければならぬ、ということになる。

すると、「大資本の株式会社であると、すぐ資本主義に堕するように思えるが、科学主義工業下の資本は、資本主義下の資本と異り、情実と私利とから離れて、唯科学の指示する処に従って合理的に運用せられるに過ぎない」という著者の結論は、裏切られる。科学の他に日本的農業精神が大いに必要であったのだ。すると又、農村工業の低賃金による搾取ということを計画に入れたという著者の過去の誤りは、今日でも大して改悛されてはいないことになる。「大資本の株式会社」たる理研コンツェルンの諸会社が、資本主義ではなくて、ただ科学だけによる合理的経営であるというような科学主義工業説(農村副業論)は、極めて日本的な条件を援用したテクノクラシーだと批評されても、やむを得まい。資本主義に対立するものとして、社会主義の代りに科学主義を持って来たことの、社会認識としての苦しさはさることながら、ここでも、文芸其の他の世界と同じに、科学自身や科学的精神は重大だが、「科学主義」などというものはあり得ないのである。博士の産業国策の実際案としては、之を決してナンセンスなどとは云わぬ。だが科学主義工業というそれの説明や意義のつけ方が、ナンセンスなのだ。

以上の批評だけでは、この本の背景をなす著者の見解の、本当の社会的意義を明らかにするには足りない。それは他日。

(一九三七年十月・科学主義工業社版・四六判一四三頁・定価九〇銭)

〔付一〕 ジードの修正について

小松清氏訳のジード『ソヴェート紀行』を、かつて私は津々たる興味と切実な同情とを以て読んだ。ジードが着眼したソヴェートの優れた点も、ソヴェートの慨嘆すべき傾向も、さもあろうと思われるものであって、若し現実の事情にそういうものが全く欠けているというなら、恐らく私はそういう現実を、にせものと思ったに相違ない位いだ。

ただあそこで吾々とジードとの物の感じ方を別つものは、ジードが専ら文化主義者として一切の現象をながめようとしている点である。彼は勿論あそこでは、生産機構や社会機構の物的本質に触れていない。だが仮に触れていたとしても恐らく、文化主義者らしい触れ方であったに相違ないのである。事実彼は、そういう方面の事柄については、発表しなかったが、観察を怠っていたのではない。それは『ソヴェート紀行修正』が示している。この『修正』に統計の引用が沢山あるというようなことを云っているのではない。そういうものがなくても修正は『紀行』よりもジードの生産機構や社会機構に対する注目を示している。処がその注目が、依然として文化主義者らしく、又文学者らしいのだ。

『修正』の方は後にして『紀行』はその体裁から云っても極めてジードらしい。つまり文化主義が純粋な形で、従って又それ相当の尊敬を要求しているような形で、首尾一貫して現われている。誠実な文化人、特に純粋で鋭敏な文化主義者ならば、ああ感じるのが当然だという気がする。之がジードに対する同情を惹き起こす。之が正しい興味を呼びおこす。

好意のある興味と同情とは、勿論ジードの見解の狭さを指摘することとは矛盾しない。文化主義者ならああ感じるのが尤もだという理解は、だから文化主義者が正しいということと一つではない。吾々はジードの感じ方に同情を示しながらも、決してそのままジードに追随することは出来ない。吾々は世界の出来ごとを見るのに、ああした文化主義の角度からするのを、世界の文化人に最も普及した原則上の誤りだと考えるものであり、物ごとをもっと唯物論的に見ねばならぬと考えるからだ。マテリアリスティックなセンスを全く欠いている文化主義的リアリズムでは、そういう君の哲学では、判らぬものが世界には沢山ある筈だ、ホレーシオ君よ。

もし仮にもっとマテリアリストとしての思考の訓練を経た他の人がソヴェート紀行を書くなら、ジードの『紀行』に載った材料の凡てと、その他のジードが見なかった又は書き留めなかった材料とによって、ジードとはやや反対の結論を導くのではないかと考える。私はフォイヒトヴァンガーのものも全部は読んでいないし、ウェッブ夫妻のものも見ていないが、私の想像は決して空想ではあるまい。

だがそれにも拘らず『紀行』はフランスの自由な一思想家文学者の、最も誠実な印象記として、敬意を表するに値いすると信ずる。この本が出版された際に提出された反対、抗議、誹謗の内には、この誠実ささえ疑おうとするものも少なくなかったが、私は少なくともこの誠実だけは信じることが出来ると考える。吾々がサンセリテの思想家として紹介されているジード氏を、この『紀行』は決して裏切りはしなかった。ジード氏が誠実であり、又誠実であったということを、私は少しも疑うことは出来ない。のみならず誠実から来る一種の文化的勇気――之は下手をするとドン・キホーテのものであるが勿論彼はキホーテではない――に敬服さえするのである。

ただもし疑う余地があるとすれば、ジード氏やその他の文化人が、事実上持っていることに間違のないその誠実そのものが、どれだけの信頼に値いするかである。誠実は信用されていい、だが信頼されてはならぬ場合が多い。人間性や良心というものと同じに、誠実は如何なる誠実であるかを問わねば、単に誠実であるというだけでは、個人的に信用出来ても、客観的には信頼出来ないことがあるのだ。

私はかつて以上のような主旨を、手短かに一二度書いたことがある。処が今度堀口大学氏訳の『ソヴェート紀行修正』を読んだ。その結果は、右の私の見解そのものを修正しなければならなくなったのである。ジード氏の修正が修正であると共に或る方向の発展であるように、私の読後感も亦、前言の修正であると共に、或る方向への発展を余儀なくされる。

まず『紀行』と『修正』との出版の直接目標の差に、私は第一に気がついた。紀行の方はソヴェートをよりよく理解させるために、ソヴェートの友に与える文章である。それを書いているジード自身が、みずから何遍も強調しているように、ソヴェートの友として語っているのである。処が『修正』の方は、『紀行』に対する反対者への反駁が直接目標だ。ここではジードはソヴェートのために物を云っているのではなくて、専ら自分の見解を維持するために物を云っている。ここでのジードは、もはや、つけ足しにそう云っていないでもないに拘らず、ソヴェートの友としてではなくて、専らジードの友として物語っている。「イライラした」語調や「ギラギラした」文体と批評されているのは、彼自身何を云おうと守るべきものはソヴェートではなくなってジードの思想自身になっていることを告げているのだ。

私は之を不当だとも正当だとも云わない。併しまず第一に、不可解なのは訳者堀口氏の左の「あとがき」の一部に関する点だ。『紀行』中でこう叫んだその声も、今は絶望と反抗の声に紛れてしまっている。曩には、人間的感情といい、青春といったようなものは、無条件に承認し得たのだった。それが「修正以前の唯一のオアシスだったのだ。ところが、今はただ良心に従ってソヴェート連邦に容赦のない反撃を加え、徹頭徹尾ソヴェートの敵になってしまうより仕方がなくなった。」私にとっても亦、『修正』の読後に、訳者と似た印象が残る。この印象がジードの本意にかなっているかどうかは知らぬ。つまり堀口氏の右のような解説が、当っているかどうかは知らぬ。併しどうも直接の印象は誰によってもこのようなものであろう。して見ると、『修正』のジード氏はソヴェートの敵になったというのか、『紀行』に於けるソヴェートの友はその敵に豹変したのか。

君子豹変は嘉すべきであるが、併し『紀行』と『修正』との間には、ジードにとってどんな出来事が起きたというのだろう。なるほどソヴェートに於ては粛党運動にからんだ色々の刺激的な事件が起きた。だが、それが急にジードをソヴェートの敵とするには足りなかったことは、『修正』を読んでも明らかである。ジードは改めて旅行のし直しでもしたのであるか、そうでもない。彼を『修正』へ刺激したのは専らジード的見解の反対者であり、ジード攻撃者の活動である。それが豹変のためのほとんど唯一の新条件だ。そしてこの豹変を表現するために材料となったものは、即ちシットリン、トロツキー・メルシェ、イヴォン、ヴィクトオル・セルデ、ルゲェ、ルドルフ其の他の諸家の研究だ。つまり「統計」その他のものだ。ジードの実地の見聞ではないのである。

でこうして彼は、友から敵へ豹変した。その条件か責任か何かは、本来の対象であったソヴェート自身にあるよりも、ジードに対する攻撃者の手にあったのである。ジードはソヴェートの友としてソヴェートを批判した。処が偶々それがひどく攻撃されたので、自分の説を守り続けるために、ソヴェートの敵となることをも辞しない、という筋道である。この筋道は正に転向者の筋道である、転向者の心理の公式そのままである。ソヴェートの友であろうと、敵であろうと、私などの直接関わりのあることではない。ただ私に気になるのは、この心理だ。恐らくジードの誠実を以てしても自覚し得ないだろうこの心理だ。而もそれが最も誠実であった筈のジードに於てさえ、最も典型的に現われるとは。

ジードのような文化主義者が誠実であることを信用していいが、併しその誠実そのものは信頼出来るとは限らぬ、と私が初めに云ったことは、恰もこのことなのだ。個人的な不満から、段々と客観的な認識を歪曲させて行くということは性格の薄弱な者や、一種の性格破産者のもつインチキ性であるが、良心のきびしい文学者など、間違ってもこういう陥井に墜ちてはならない筈である。修正を読んで何より直接に感じる文学的印象は、ジードが自説に少しでも有利そうな材料を、あれこれとかき集めるのに汲々としていると云ったような弱々しさである。ここに載せられた色々の插話は、著者によって捻出されたものとは誰にも思えないだろうが、併し又、これほど瑣末な偶然なアトランダムな誹謗のスケッチを試みる位いなら、同時に、之と反対に賞賛の材料になるような同様に瑣末な偶然なアトランダムなスケッチが、なぜ載せられ得なかったのだろう、と誰しも不思議に思うに違いない。あの誠実な頭脳が文学的論証の上に於けるこれほど明らかな欠陥を、気づかないというのは、一体どうした事情なのだろうか。私は或る重役上りの人がアインシュタインの相対性理論への反駁を書いたのを見たが、それには自説の賛成者として、海軍機関学校の一生徒の賛成の書信が大事そうに載せられていたのを、今偶々思い出すのである。私は機関学校の生徒の手紙が贋造であるなどとは決して思わない。丁度ジードが出会ったどこかの「平凡な大学生」その他が贋造ではないようである。

『修正』が著しく「雑然」たるものだという批評もあるようだが、この雑然たる所以は右のようなサンセリテそのものの粗雑さの穴ボコだらけのところによるのだ。之ではまるで、最も良心のないデマゴーグがリアリズムもそっちのけで、あれこれの材料を持出して来て、デマをまき散すのと、結果に於ては少しも変りがない。正直な印象から云って、そういう印象だ。サンセリテとリアリズムとによって信用されているジード氏にとっては、少し痛ましいことだと云わねばならぬ。――読者は誤解してはならない。ジードの挙げた材料が本当でないと云うのではない。私には之を批判すべき材料が手許にないから批判はさし控えるが、ジードへの信用によって、私はこの材料が恐らく本当のものであろうと信じている。だが、それにも拘らず、『修正』全体は結局に於て、嘘であると思われる。少なくともジードがああ云う限り、あれはジードの嘘である。あのジードは純粋ではない。何等かのヴァニティーに捉えられている。尤も之はジードだけの現象ではない。文化主義者一般に、極めてあり得るところの現象なのだ。

(一九三七・一一)

〔付二〕「科学主義工業」の観念

――大河内正敏氏の思想について――

元貴族院議員、子爵大河内正敏氏については、個人的に殆んど全く知る処はない。元東大工学部教授・工学博士大河内正敏氏についても同様である。更に理化学研究所所長、及び理研コンツェルンの総帥としての氏についてさえも、個人的にはあまり知っていない。事実私が知っていないというだけではなく、思想家でも文学者でもなく、又所謂政治家でもない氏のようなタイプの人について、街の人物批評風のものはとに角として、所謂人物論と呼ばれる個性的な人身問題を提起するということは、あまり誂え向きなことではないだろう。

今日氏が重きをなすものは、世間の人の殆んど総てが知っているように、理研コンツェルンの指導者としてである。従ってこの方向に於ける氏の公人としての社会的本質は、理研コンツェルンの現下の社会に於ける著しい活躍と、その研究の背景をなす理化学研究所の業績とを検討することによって、大体明らかになるのであるが、その点ならば、大して困難な分析はないとも云うことが出来る。併し私は之も亦今ここで試みようとするものではない。なぜというに、理研や理研コンツェルンの社会的活動を本当に検討批判しようとすれば、今日の日本に於ける工業上の実際問題に立ち入らざるを得ないわけだが、そうなると、問題は勢い時事的批評に這入らざるを得ない。そこには本機関誌では取り扱い得ない範囲に横たわる問題が無限に匿されているばかりでなく、恐らく私の現在の力では決定し切れない要素も見出されはしないか、と考えられるからだ。

私は単に、氏が最近到達したらしく見える工業思想の理論について、理論的検討を試みるに止めなければならぬ。それとても理研コンツェルンが社会に於て実際に演じつつある事業の分析と批判との関係から見ない限り、実際的ではないのであるが、ここでも、前に述べたと同じ理由によって、そういう点は切り捨てなければならない。

処で大河内氏は、最近『農村の工業と副業』という小著を出版した。この小著については、私はすでに本誌〔『唯研』〕の「ブック・レヴュー」で思想内容の要点を簡単に批評したのである。つまり科学主義工業なる観念の有っている困難と矛盾とを指摘したのである。科学主義工業という観念こそ大河内氏が最近到達した工業思想上の結論であり、云わば氏の独創的な――併し現に実地に理研コンツェルンを支配の下に実現しつつある処の――産業哲学なのである。尤も氏の独創的な産業哲学と云っても、氏に云わせると、ドイツや北ヨーロッパの科学者やエンジニヤーが烽火を挙げた新しい工業の精神であるというのであり、氏の所謂「第二産業革命」の声に応じるものであるというのだから、初めから氏にだけ特有な観念であると断じ去ることは出来ない。或いは寧ろ、こういう言葉によって、常識的に想像されるだろう内容は、要するに今日、誰しも一応は考えて見ている常識であり、工業が資本主義に横取りされているから之を科学の手に取り戻すということは、至極尤もな常識であると云った方がいいかも知れない。必ずしもドイツや北ヨーロッパの科学者やエンジニヤーの頭を必要としないのであり、又大河内氏の頭も必要としないだろう。それが、単なる観念である限りはだ。

だが之が工業思想上の多少具体的な問題になると、勿論之を単にあり振れた常識的観念であるとして見すごすことは出来ない。実際にそういう観念を具体的に懐き得るものは、必ずしも世界の心ある科学者や技術家の凡てではあり得ない。ここに科学主義工業提唱者のオリジナリティーかイニシャティヴがあるのであるが、併し更に、この観念を日本の特有な条件について具体化し、更に又、之を実地に実現し、且つ又それが企画上の成功を齎し得ているという点になると、恐らく大河内氏の独創と見ていいものであろう。そういう意味に於て、科学主義工業の観念は、全く大河内氏のものにぞくする。

氏の独創性は、つまり科学主義工業の日本に於ける実施に関する観念の内にあったわけだ。人も知る通り日本に於ける農村人口のパーセンテージは諸外国に較べて著しく高い方であるから、科学主義工業の日本に於ける実施は、農村をめぐっての科学主義工業の問題に帰着する。だから日本に於ける科学主義工業は、必然的に、「農村の工業」の問題に帰着せざるを得ないわけであり、そして農村が工業村や工業都市となる代りに、あくまで農業生産を本業とする所謂「農村」に止まる限りは、「農村の副業」の問題に結びつかねばならぬ。かくて氏の科学主義工業に関する啓蒙的な小著の名が『農村の工業と副業』となるわけだ。

だが之は氏の最近の観点なのである。科学主義工業という観点は、全く最近のものであるらしい。なる程従来と雖も理化学研究所の工学的技術学的研究は、科学的であることを以て知られている。この研究所の研究成果の実施機関とも云うべき所謂理研コンツェルンが、他の資本活動に較べて著しく自覚的に科学的であったということも、亦広く知られた事実だ。つまり、強いて云うなら、そこにはすでに、工業が科学的な自覚の下に企画されたという特色を有っていたのだ。之を科学主義工業と呼んで呼べないことはなかったろう。だがそれが特に「科学主義工業」という建前として自覚されたのは、即ちそういう観念が実地に確立されたのは、大河内氏によるのであり、そして特に最近の大河内氏の産業哲学的反省によるのである。

大河内氏の初めからの観点は、科学主義工業ではなくて、寧ろ「農村工業」ということであった。農村の工業化という問題が、数年前の日本に於て、一つの産業政策上の思想として唱えられ、夫が中小工業政策論と農村問題との結合点として或る程度の希望をつなぎ得たことがあった。これは当時の識者にとって可なり魅力のある着想であるように見えた。一時当局も亦全く問題の解決をこの着想に求めようとするように思われた。尤もその後の成績によって見ると、遂に農村工業化という観念の実地に於ける失敗に帰したことは、かつて当事者が告白した通りであるが、併しこの観点の魅力はそれだけで消えてなくなるものではない。処で当時、農村工業化・農村工業・の観念の最も有力な代表的提唱者が、他ならぬかつての大河内氏であったことは、人の知る通りである。それはまず今から三年程の昔である。その時著わされた大河内氏の著書は『農村工業』という名であった。

『農村工業』時代の氏は、決して科学主義工業家ではない。工業の科学化、或いは寧ろ、工業の最も科学的な精華と云ってもいいかも知れない精密機械とその部分品との製造という、極めて「科学的」(?)な課題から出発しているのであるが、まだ科学主義工業家ではないのである。理研の科学的研究によるパテントは至る処に、理研関係の生産会社によって実施された。そして夫が農村工業の問題を解決するようにも見えた。例えば理研ピストンリング株式会社などがその模範的な一例として、広く社会に紹介された。特に農村の只中に横たわる柏崎工場の例は有名だろう。だが之は、その高度の技術充用にも拘らず、決して科学主義工業にはぞくさない。寧ろ、科学主義工業に対立すべきであった処の、従来の「資本主義工業」の旧観念によって貫かれていたものだ。

「農村工業」(「農村工業化」)の観念は、大河内氏にとっての初めの観念だ。農村に於ける工業の問題、或いは又、工業の農村化・地方化・の問題は、初め「農村工業化」という形で解かれようとした。だがそれの社会問題解決としての実地の総体は、失敗に帰したことをすでに述べたが、氏によるこの観念も亦、破綻せざるを得なかったらしい。世間は嘗て柏崎工場の如きに於ける農村工業化の現実が、如何に模範的に低賃金であったかを問題にしたが、之は大河内氏の「農村工業」の観念にとって恐らく有力な反省の動機ともなったろう。今や氏はかつての「農村工業化」という観念を清算する。之は資本主義工業にしか過ぎなかった。そして之に代わる新しいイデーが、科学主義工業だ。科学主義工業に立つ時、「農村工業」や「農村工業化」や「工業の地方分化」という公式は、「農村の副業としての工業」という公式に変らねばならぬ。

かくて今や科学主義工業家としての大河内氏は、みずから『農村工業』を批判して云っている――

「農村工業は農村余剰労力を現金化するのがその主なる目的の一つであるとするならば、農村加工工業だけではどうしても其の目的が達せられない。其処に農産物以外のものを加工することが考えられなければならぬ。併し農産物以外のものを加工する工業は、農村と殆んど何等の関係を持たぬものである。農村に於て農家に少しも関係のない仕事が入り込んで来ることは、果して農村の機構や農村の精神に害を与えぬであろうか。……著者も嘗ては農村が工村化するのが、農村のために好いと考えた。併し今日はこれが非常な誤りであったことを、農村工業から得た体験によって自覚し得たのである。」(『農村の工業と副業』五五頁)。

農村が工村化し、農村らしくなるのがよくない、という論拠であるように見える。して又なぜ農村の工村化が悪いかは、氏にとっては極めて深い「精神的」な根拠があることであるが、それは後に見よう。だが真の欠点は、そこにあるのではなくて、その裏にあるのである。氏は云っている、「工村と迄行かずとも、半農半工の村を造ると云うことは、農村の余剰労力を賃金化しようと云う考えから出る。そうして此の案の裏には、どうせ余っている労力だから、労賃は安くて好い、低賃金だから低コストで生産されると云う考えがひそむのである。」「著者も亦今から三年も前迄は、そう考えていた一人であった。」(五八―九頁)。

三年前の著『農村工業』をこの著者は引用する。「農村の労銀は大体に於て今日は大都市の三分の一である。而も三倍の労銀を得る大都市の労働者の方が、生活は却って遙かに困難であって、半農半工の農村の方が遥かに恵まれている。」「大都市の大工場を幾つもの小工場に分割して、地方に分散せしめるのは農村工業のもっとも容易なやり方であるが、然しそれではまだ農村の廉価な過剰労力の真の利用にはならない」云々。――こう引用した著者は、この言葉がみずから「慚愧に堪えない」と告白しているのである(六〇頁)。

つまり「農村工業」時代の大河内氏は、低賃金という利益を以て、その工業政策観念の支柱とした。だから之は資本主義工業の観念に他ならぬというのである。之に反して、科学主義工業は、「高賃金低コスト」を目標とするものでなければならないというのだ。

かくて氏は過去の工業政策観念を清算して初めて科学主義工業の観念に到着したのである。云うまでもなくこの変化は注目に値いする。一つの大きな前進であり進歩と云わなければならぬ。そしてこの進歩を云わば余儀なくしたものは、農村工業の問題そのものである。だから実際を云うと、前にも述べたように、科学主義工業の観念と農村工業問題との間には、氏の場合にとって、切っても切れない因縁がある。だが、それはとに角として、一体、科学主義工業という一般観念は、原則的にはどういうものであるのか。

科学主義工業が資本主義工業に対立することはすでにのべた。資本主義工業は科学を資本の偉力の下に屈せしめ、工業を資本の要求によって歪曲し停滞させ非能率化する。科学的研究と発明とを聡明に利用するだけの勇気を有たないから、低コストを欲すればまず第一に低賃金を要求せざるを得ない。それだけではない、事実に於ては低賃金にも拘らず、資本主義工業は正に高コスト以外のものを実現し得ていない。これでは国際競争場裏に立って、日本の工業が太刀打ち出来なくなるのは明らかだ。そこで科学主義工業であるが、之こそ正に低コスト高賃金を産む唯一の工業政策だというのである。

なぜ資本主義工業が悪くて科学主義工業が良いのであるか。恐らく氏にとっても常識的には、資本主義の如きものの弊害は云うまでもなく良くないものであり、之に反して科学(主に自然科学のことだが)は立派なものである、からに相違ない。だが勿論そんなことは氏によって何かの根拠とされているわけではない。そういう一つの文化人的常識が事実動機になっているにしても、それを合理的論拠とするには、大河内博士はあまりに科学的だ。そこが政治家やファッショ壮士と科学者との異る点であろう。論拠は全く資本主義工業が低賃金高コストであるに反して、科学主義工業の方は逆に高賃金低コストになるからである。事実そうなっているのが現実だからというのである。ではなぜ低賃金高コストが悪くて、高賃金低コストが良いのであるか。併しここでも亦、氏は低賃金よりも高賃金の方が社会的な正義か何かであるからというような、「科学」外の論拠を持ち出してはいない。恐らくそういう現代の社会的通念が有力な動機にはなっているだろうが、併し之を以て合理的な論拠としようとするには、博士はあまりに「自然科学者」であるのだろう。氏の挙げ得る論拠は正に、そうでなければ日本の産業は国際的に太刀打ちが出来ないから、ということであるらしい。

だがそうなら、寧ろ低賃金と愈々の低コストの方が一層増しではないだろうか。科学主義工業は、単なる高賃金低コストの代りに、低賃金及び益々の低コストの方が益々合理的ではないだろうか。私は博士の社会正義観の如きものを知らないではない。だがそれが合理的な論拠となり得ない限り、最も合理的な科学主義工業は、寧ろ低賃金低コストでなければならない、という理屈に落ちざるを得まい。して見ると、大河内氏式の「科学主義工業」よりも、もっと合理的な科学主義工業が可能なわけだ。いや単に思考の上で可能なだけではない。やがてはいつかこの社会に実現する可能性が大いにあろうというものだ。いつか大河内氏がその制限つきの「科学主義工業」の観念をもう一遍清算しなければならぬ時期が、来ないとも限らない。もし今そこまで観念として徹底しないのだとすると、科学主義工業の低コスト高賃金主義には、多分の社会正義か何かのイデオロギーが含まれていて、それが暗々裏に心理的な作用を(論理的ではない作用を)営んでいるのではないだろうか。そしてこの心理的な作用の主が、どうやって氏の「科学主義」の内に編入されるのか、之は私にとって最も興味のある点でなければならぬ。

尤も、誰が考えても、低賃金高コストよりも、高賃金低コストの方が、合理的であろう。併しこうした関係の合理性は、つまり産業合理化の場合のような意味に於ける合理性なのであって、一般の抽象的な合理性ではあり得ない。と云うのは一定の政策的な目標に照して決って来る合理性だ。産業合理化はあまり賃金の社会的合理化(高賃金)のことは計算に入れない資本主義的習慣であるようだが、併しそれが科学主義に乗り替えることによって、この新しい産業合理化は高賃金を計算に入れなければならぬようになるというのは、どういうわけだろうか。日本の産業が国際的に太刀打ち出来るようにという目標によって、立派に科学主義的工業の合理性は設定され得る。この合理性に照して、最も合理的なるものは、低コストと同時に又より以上の低賃金ということではあるまいか。そうでないとしたら、もっと何か別な目標に照して合理的である処の合理性が介入しているのでなくてはならぬ。ではそれは「科学」か。併し科学は低コストを必然にしても、低賃金であることを妨げる何物をも含まない。それとも社会に於ける一般的な合理性(正義感とか何等かの理想的精神の如き)にでもよるのであるか。だが大河内氏の科学主義に於ける科学はそういうものの合理性の支柱となれるのだろうか。

低コストの必然性は、科学主義工業の観念によって、よく理解出来るだろう。それは次に見る。だが科学主義工業による高賃金の必然性は、どうも理解出来ない。そこには科学主義の科学以外のものがある。そしてそれは日本工業の海外発展という目標と必ずしも一致しないような或る社会正義的なものでさえあるようだ。もしこの二つを強いて結びつける観念を見出そうとするならば、どういうものがいいだろうか。勿論この結びつきは、本当は成功しないだろうから、単に観念的な結びつきで結構なのだが、夫は例えばどういうものだろうか。社会的常識によっても想像出来るものは、恐らく農村精神という観念のようなものではないだろうか。――果して大河内氏は、そこへ行くのである。

だがまず低コストの理論を見よう。ここにこそ「科学」の得意の世界がある。まず工業立地の科学性。原料・運賃・其の他一切のコストのファクターの総和を、最小にするような科学的工業立地である。之に対立する云わば資本主義的立地(?)は、科学的に無知な資本家の陋習と、既成社会の情実による合理化の不徹底とを意味している。次に併し最も重大なのは、工業生産の極度の機械化である。工作機械と測定機械との充分な充用である。それは当然工作機械の専門的分化(万能工作機の回避)が必要である。之によって精度は量的に向上するばかりでなく質的に転化を遂げる。と云うのは、専門的に分化した工作機械に於ては、問題は単に機械そのものの精度に限定されることなく、製作品そのものの精度の問題が正当に登場することが出来るのであって、ここに初めて、工作機械自身の本当の実際的な精度が高められるからだ(「機械工業と生産費」――『科学主義工業』〔一九三七年〕十一月号)。

さて製品そのものの精度の向上こそは、コストを引き下げる最も科学的な要点である。つまりこのようにして精密工業生産の精度を高めることが、科学主義工業の科学主義工業らしい面目なのである。精度が向上するということは処で、所謂熟練が機械によって取って代わられるということだ。だから、機械が熟練にとって代わるということが、科学主義工業の建前である、とも氏は定義しているのである(熟練の大衆化)。この点、五年も前には夢にも思わなかったことだと氏は云っている。博士の最近の思想であるこの「科学主義工業」にとって、この要点がどんなに重大な個処をなしているかが、ここからも判ると思う。――之によって所謂熟練工の問題も原則的には解消するし、農村に於ける工業の合理的基礎も置かれると氏は説いている。なぜというに、元来、科学的工業立地の上から云って、比較的運賃を食う農村には、価格に較べて出来るだけ運賃の安い製品ほど生産に適しているわけだが、処が恰もそういうものは、精密機械の部分品でなければならぬ。処が今云ったことから、そうした精密工業生産に於ける所謂熟練は、科学主義工業のおかげで機械がとって代るのであるから、この農村に科学主義工業的な施設(精巧で分化した工作機械その他)さえ設けられれば、精密機械の部分品は、熟練の不足な素人農民のための、この上ない工業生産となり得るわけである。

だが所謂科学主義工業、つまり科学的研究の成果を思う存分充用した工業、がコストを何等かの形で引き下げるということは、要するに常識的に見当のつくことだ。大河内氏に聞くべき点は、それがどういう実際的な内容に於て行なわれ得るかということだ。そこでは博士の機械学者らしい専門的知識(博士の元来の専門は兵機であり又内燃機関である)が、常識に見ごとな解答を与えて呉れる。――だが、常識でも何でも理解出来ないのは、例の高賃金の方だ。なぜ科学主義工業は必然的に高賃金を結果しなければならないのか。賃金の方も低くして、愈々コストを下げるということが、なぜ科学主義工業の精神に矛盾するのか。なぜその代りに資本主義的工業に近いのか。そしてなぜそういう意味での資本主義工業(?)が誤っているのか。それがどう考えて見ても、大河内氏の説明から判断しかねるのである。

私は今、『農村の工業と副業』に関する前出の私のブック・レヴューの一節を多少補足訂正しながら引用する方がいいように思う。――曰く、ではなぜ科学主義工業によると高賃金となるか。この証明は直接にはどこにも見出されない。唯一の理解の余地は之を農村労働力の能率に結びつけることだろう。つまり労働力の能率がよければ低コストとなるとともに、他の条件が同じならば名目上高賃金の意味を有つだろうからだ。そこで氏曰く「そうして其(工作機械や測定機)の使い方が単調無味であるように製作されてある程精密に加工されるから、農村の子女が最も適当している。」「毎日毎日同じ作業をするということ、而して此の簡単な作業に、飽きることを知らない農村の子女が、農業精神で精密加工するから。」「都会の人には堪え得られないような単調な作業でも、農業上の労苦忍耐の前には、日常茶飯事である。」「日本の農業精神は土に親しみ郷土を愛し奉公の念に満ちている。外国から移し植えられて数十年にもならない日本の現代工業には残念ながらまだこの種の精神的基礎が出来ていない。」「欧米の工業は資本主義、個人主義下の工業であって、日本の農業精神とは相距ること頗る遠い。」「農業精神が失われずして工業が副業として行なわれる」ことが望ましい。「農魂工才で行かなければいけないのである。」等々。

私のブック・レヴューからの引用はこの位いにしておこう。ここで気のつく第一のことは、恐らく高賃金の唯一の原因であり得るだろうと思われるこの農村労働力の能率は、もはや決して、科学主義工業というものの一般原則には含まれていないということだ。それは専ら日本の特有な条件であり、そして日本の農村の特有な条件であるらしいということだ。科学主義工業はドイツや北ヨーロッパの科学者や技術家の提唱に負う処が多い筈であったのに、その必然的な属性の一半であるべき高賃金という要因が、日本の、而も日本の農村の、特有な事情に基くということは、何としたことだろうか。

そして第二に気のつく点は、ここに突如として「農業精神」が出現して来ることだ。つまり農民の忍耐力がその唯一の根拠であったということだ。だが農業精神と名づけられる農村労働力の忍耐力は、一体科学主義工業に於ける科学とどんな関係にあるのだろう。だが一方に於て日本産業の海外発展という目標を持ち、他方に於て何等かの意味での社会正義――それはやがて社会的な道徳ともなる――という目標でも持つとすると、この二つのチグハグなものを、観念的に結びつける観念は、全く農業精神というようなものでありそうなのは、蓋し現代の一部人士の常識ではないか。然り、一部人士の常識だ。だが決して科学ではあり得ない。科学主義工業は、高賃金という名目上の属性を必然的ならしめるためには、日本農民のやや憐むべき道徳を援用しなければならぬ。科学ではなくて道徳をだ。

農村工業が何故特に副業でなければならなかったかも、全くこの日本農民の道徳のおかげであって決して科学主義工業そのものの科学のおかげではない。大河内氏は、農村工業化の非を覚って、科学主義工業による農村副業論に到達した。この非を覚ったことは、資本主義工業から科学主義工業への転向かと思われたのだが、今や必ずしもそうではない。どうも工業的精神から農業精神への転向であるらしいのである。するとつまり、却って科学的なものから道徳的なものへの転向でもあるらしい。実際博士によると、工業的精神は資本主義的で、農業精神は科学主義的であるようにも見える。欧米の工業は資本主義個人主義のもので、日本の農業精神とは相距ること頗る遠いと云っているのである。

でこう見て来ると、所謂低コスト高賃金の科学主義工業は、一般的な科学主義工業ではなくて、単に日本的な科学主義工業だということになる。すると一般の科学主義工業では、やはり私の云う通り、低コスト低賃金の方が科学主義的により合理的だということになるのである。日本の科学主義工業を離れて一般の科学主義工業など何の意味があるか。吾々は抑々日本人ではないか、と云われるかも知れない、全くその通りである。だが如何に日本的な科学主義工業の観念であっても、科学主義工業である以上は、科学的でなくてはならぬ。大事な処に、農業精神というような、精度を計ることも出来なければ原価計算も出来ないようなものを持って来るのでは、少なくとも日本的科学主義工業ではあり得ないではないだろうか。

私は博士が「農村工業」から科学主義工業への転化を進歩であると云った。だがもしその進歩が、一種の社会正義的な常識や農業精神による能率への期待というような精神主義の助けによるものであり、丁度科学主義工業が熟練をば機械によって置きかえたように、この正義感や精神主義的理想を理論によって置きかえ得るのではないなら、之は感情と情緒の上での進歩ではあっても、この点に限って理論的には決して進歩でないと云わねばならぬ。大いに革新的であるかも知れないが、進歩的とは云えないようだ。

「大資本の株式会社であると、すぐ資本主義に堕するように思えるが、科学主義工業下の資本は、資本主義下の資本と異り、情実と私利から離れて、唯科学の指示する処に従って合理的に運用せられるに過ぎない、」と云っているが、その「大資本の株式会社」とは一体資本主義の意味に於ける株式会社であるのかどうか。まさか株式会社そのものが科学主義的であるとは云えないだろう。もし株式組織そのものが科学主義に依るべきならば、氏はその方針を科学主義工業の重要な一項としてつけ加えた筈だからだ。科学的な株式募集や科学的な配当法やを決定せねばならぬ。恐らく現行商法を科学主義的に改革しなければならなくなるだろう。して見るとどうも株式会社自身は資本主義的な商法に則った株式会社の謂であろう。資本主義に則った株式会社の資本が、「資本主義下の資本と異る」とはどういう意味か。「情実と私利」を除くことによって、資本主義的資本が他の資本に転化するとは信じられない。勿論資本主義を離れても企画ということは成り立たねばならぬ。だが大河内氏の科学主義工業は、資本主義的でない処の社会的企画を立ち処に確立出来るというのであろうか。

資本主義に対立するものを科学主義と考える処に、一切の困難と矛盾とがあるのである。資本に対立するものが即ち科学だという観念は、資本主義下に働いている技術家が、最も自然発生的に感得する一つの知恵だろう。技術家は自分の科学が、常に資本家の資本に対立することを意味する。そこで資本対科学と考えたくなる。だが豈計らんや、この資本と科学との対立こそ、資本主義の上での対立だったのだ。私は一般にテクノクラシー的観念の発生を、こういう風にして説明出来ると考える。わが大河内博士の「科学主義工業」的観念も亦、日本的な農本主義によって色揚げされたテクノクラシー的観念の一つではないかと、推察するのだ。

科学主義という言葉が抑々、妙なものである。本当の科学的精神は科学主義などという言葉に本能的な不純さを感じるだろう。それは科学の専門家に特有な或る制限された観念を象徴している。特に自然科学専門家の、専門家なるが故に制限された科学的精神を象徴する様だ。之は文学主義と好一対の仇名として相応わしいだろう。

だが私は大河内博士の「科学主義工業」の観念の背景をなす社会的地盤を検討出来なかったのを残念に思う。

(博士は雑誌『科学主義工業』十二月号から、「資本主義工業と科学主義工業」という論文を執筆している。今の処まだ要点に触れる処まで議論が進行していない。だがすでに気になるのは、産業革命を単に科学の発達の功績に帰しようとし勝ちな点の見えることだ。その科学の発達自身が、却って技術的社会的な要求に基いて行なわれたという、より根本的な関係にあまり注意を払わないらしいことだ。科学から第一テーゼを出発させるという意味で、ここでも氏が科学主義的な工学者であることを、吾々は忘れてはならぬ。)

Ⅳ 書評

1 マルクス主義と社会学

――住谷悦治氏の『プロレタリアの社会学』に就いて――

元来「社会学」なるものは、近世ブルジョアジーがその市民的生活の自己認識を一般化するために造りだしたところの、ブルジョアジー特有の、一種の告白科学だともいうことが出来る。それは市民生活の理想のための内的闘争と未来への希望とから、始まった。このことは今日に至っても、無論変るはずがない。社会学が今日ありとあらゆる形において、依然一つの歴史乃至社会の哲学として、或いは形式的社会諸関係の本質論として、資本主義社会の保存のために忠誠を誓うことを忘れない。それは歴史哲学としては、ドイツ風の精神哲学(文化社会学・歴史主義・等々)であったりフランス風の社会学主義となって現われたりする。

この反唯物史観的武器として取り上げられるものは、いうまでもなく史的観念論である。それは又次に、形式社会学としては、歴史的社会における一切の歴史的原理を放逐し、そうしておいて逆に歴史観を指導しようとする。唯物史観は、社会のこの普遍的恒常的な形式に、特殊なしかも偏狭な内容を無批判に揷入したものとして、完全に排斥されるか、高々条件つきで市民権を与えられる。武器はこの場合その形式至上主義なのである。

社会学のこうした武器がどれ程戦闘力を持つか、否どれ程戦闘力を有たないか、は今更問題ではないが、必要なことは、社会学なるものが、一般にいって、いつもこうした反唯物史観的武器の所有者だという点である。――だから、唯物史観を一つの社会学として、仲の好い社会学者達のサロンの食卓につけることは、単に唯物史観にとって馬鹿々々しいばかりではなく、社会学自身にとっても迷惑なことだろう。

然し社会学が、言葉通り社会の学(社会科学)を意味するならば、そういう言葉をわれわれは何も好き嫌いしなくても好いだろう。

で唯物史観が一つの社会の学であり、その限り社会学と呼ばれて好いとして、問題は、この社会学と他の社会諸科学(経済学・法律学・政治学・又歴史学・等々)とどう関係するかである。この問題は併し可なり原理的なものから来ている。

ブハーリンは唯物史観を社会学として規定しながらいっている、それは社会と社会発展法則との一般的理論である、と。それは経済学や政治学という特殊の理論ではなくて一般的理論であり、又それは一般史ではなくて一般的理論である、というのである。――なる程こういう区別が必要であることは誰でも認めなければならない。

だが問題は、こう区別されたもの同志の連関がどう与えられるかである。社会学を経済学・政治学・史学・等々から区別することこそ、ブルジョア社会学のもっとも戯画的に徹底純化されたもの――形式社会学――の、生命ではなかったか。

マルクス主義的社会学は、こういう形式社会学との原理的な対立をハッキリさせるためにも、その一般的理論たる所以の一般性の吟味に、意識的でなくてはならぬ。

ブハーリンは唯物史観が単なる方法には尽きないことを力説している。だが凡そ体系から機械的に区別された単なる方法があり得るだろうか。それが経済学・政治学・法律学・文化理論・歴史学・等々を貫く一貫した方法であればこそ始めて、唯物史観は、体系的理論となることが出来、またならねばならないのである。これを外にしてそれが理論であり得る理由はない。だから唯物史観(マルクス主義社会学)は、他の諸社会科学から単に機械的に区別されない所に、例えば形式社会学などと資格の異った点があるのである。

さて一体我々は何のためにブハーリンを持ちだしたか。外でもない。住谷悦治氏の『プロレタリアの社会学』を、今いった点について、ブハーリンの『史的唯物論』に比較するためである。ブハーリンの書物の方は相当大きく、これに反して住谷氏の方は小さいから凡そ二つを比較することは無理に見えるかも知れないが、善い意味における内容の通俗性・大衆性・とその総括的性質とからいって、わが国で書かれたものとしては、住谷氏のこの書物を外にしてブハーリンのものに較べるべきものを私はほとんど知らないからである。――そこで氏は、今いった点について、どうブハーリンと異るか。氏もまた少なくとも社会学という概念については完全にブハーリンを採用しているようである。

氏の書物はブハーリンのものよりも、その視角は遥かに高く、問題を取り上げるにも、より政治的な線に沿うている。この点からだけいっても、プロレタリアのための「入門」として、氏の著書がより有益であることについて注意を喚起しなければならない。

だが社会学が有つ一般性と他の社会諸科学の有つ特殊性との関係について問題をあまり意識的にしていない点では、ブハーリンと大して隔りがないのではなかろうか。

もし社会科学への「入門」とか概論とかいう意味において仮に社会学という名を用いるのならば別であるが、そうでないことは氏自身の説明からも知ることが出来る。まことに唯物史観の理論は、自然科学および社会科学の総合を与える発展の理論である。社会学は唯物史観において初めて科学性をかち得たのである。

無論我々は、住谷氏がその社会学と諸社会科学との弁証法的連関を無視している、というのではない。それどころではなく、事実においてはその豊富な具体的な社会科学的知識内容を唯物史観的方法を以て、見事に弁証法的に貫いている。ただ、今いった一見科学論的な見地からして、社会学と他の諸社会科学との弁証法的連関の問題が吾々の問題として、残されていはしないかというのである。

2 非常時の経済哲学

――高木教授著『生の経済哲学』――

経済哲学と云えば誰でもまず故左右田博士を思い出す。左右田博士は新カント派特に西南学派の価値哲学から出発して、その独特な極限概念の「論構」(故博士はそういう言葉を好んだ)を使って、経済学の方法論を問題の中心に齎した。吾々は価値哲学というものの科学論上の権限に就いて根本的な疑問を持つし、又その極限概念というものの論理学的効用に対しても大して期待を有つことは出来ない。なぜなら、論理主義を標榜する所謂価値哲学は、心理主義や発生論の名の下に、歴史的観点を排除するからであり、又極限という範疇も形式論理の最後の切札として使われているに過ぎないからである。で、この経済哲学は独創的で強健な首尾一貫性を有つにも拘らず、実際の歴史社会の経済機構とは殆んど無縁でさえあったと云わねばならぬ。その核心が所謂経済学「方法論」の埒外に出ることの出来なかった理由もここから来たのであった。左右田博士自身の経済哲学の核心に相当する部分は断片的に止まっていたが、仮に左右田経済哲学を体系化しても、今述べた点は殆んど変る処はないだろう。東京商大の杉村助教授の細密な思索によっても、左右田経済哲学は依然として左右田経済哲学に外ならない。歴史的社会の存在を敢えて無視はしなくても、歴史的社会の存在を貫く現実的な原理は見つからないのである。その意味に於て之は「生活」「生」に立脚した経済哲学ではないと云って好いだろう。

京大の石川興二博士はすでに、ディルタイの方法に倣って「精神科学」としての経済学を書いたが、之は明らかに一種の「生の経済哲学」である。ディルタイの愛好者である博士は、アリストテレスとアダム・スミスの学説史上の意義を明らかにしようとするのであるが、ややたどたどしいその文章によって、ディルタイの水際立った方法がどこまで模倣され得たかは疑わしい。

法政大学教授高木友三郎氏の学位論文「生の経済哲学」は、今云った二つの経済哲学とその立場を夫々異にした注目すべき著述である。左右田経済哲学に対しては、夫が一般に「生」の経済哲学であることによって、それから石川経済哲学(?)に対してはこの「生」がディルタイの生の概念とは全く別なものだという点に於て、夫々に対する区別は明らかになる。ディルタイの歴史哲学的「生」に対して、生物学的「生」がこの経済哲学の原理となるのである。

高木博士による生の経済学の何よりもの特色は、人間の歴史的社会的生活が、進化論によって、即ち博士に従えば、生存闘争・自然淘汰・によって、説明出来るとする想定の内に横たわる。人間の生活を統制する規範としての法則(規範法則)も全く生存闘争によって淘汰されて吾々にまで残されたものに外ならない。従って之と経験法則とは元来合流出来る筈のもので、経済法則の如きはその一例なのだと博士は考える。経済法則とは経済価値の実現展開の法則のことであり、之によって生はよりよき善に高められ、かくて文化価値そのものの進展に資することが出来るというのである。之が経済現象に於ける進化の謂である。

処で普通進化論は生物学主義的な有機体説に結び付き勝ちであるが、博士は進化過程の動力を説明するのに、寧ろ弁証法を以てしようとする。細胞の相互抗争による相互作用(もはや単なる因果関係ではない)を介して生物個体が運動し変化するように社会の運動・変化(進化)・も亦弁証法を介して初めて行なわれると考える。

だが博士による弁証法の哲学的解明は多分に曖昧のように見受けられる。経済現象に於ける弁証法的展開の過程はあまり原則的な線を踏んで跡づけられてはいない。経済現象の弁証法的発展の動力として需要力(之は人口関係に関する)と生産力との相互関係が挙げられており、前者に関しては衝動と欲望との問題が、後者に関しては合理化の問題が取上げられているが、主体にぞくするこの衝動や欲望と、客体的な経済組織におけるこの合理化との連絡は、一寸見当らないように思われる。自然的衝動乃至欲望と社会的合理化過程とが、進化論のアナロジーによって、同じく弁証法的と呼ばれているに過ぎない。だからこの弁証法は、一体有機体説なのかそれとも又本当に弁証法なのかがハッキリしないのである。

こういう、最後の限定を残した擬似弁証法につきものであるのは、ブハーリン型の均衡理論であるが、博士も亦均衡論者であるように見える。景気変動論に立脚する博士にとっては均衡の破壊が不況であり、均衡の恢復が好況に向かうということであって、資本主義のサイクルは多分一九四六(?)年度までに上昇期に這入るだろう、と博士は予言している。現在の行きつまった帝国主義的独占資本主義は、統制経済・ブロック経済・の計画経済によって、華々しくその強健な均衡を恢復するだろうというのである。この際博士が興味と期待とを最も大にしているものは所謂「日満ブロック」乃至「東亜モンロー主義」であるように見える。ビジネス・サイクルを仮定することは資本主義の均衡が絶対的には破壊されないと仮定することである。之が博士の非常時的「イデオロギー」なのであり、そして博士によれば、異った立場にある人はその人々で、各々のイデオロギー実現のために、生の激流に投じて抜手を切って進むことが勧められる。

処で今日、均衡主義の経済哲学の多くは現象主義に立っているようである。之はパレート一派の所謂数理経済学などに於て最も著しい。博士の現象主義は併しその経済価値論に於て最も著しく現われている。客観価値説でも主観価値説でもなく、又二つの折衷でもなくて、最小費用最大効用という経済の理想へ進むことから来る差額剰余の拡大が、価値の唯一の現実的な量だと考えられる。価値が現象する形態はそうだろうが、では価値の客観的な尺度はどこから出て来るのであろうか。――尤も博士によると、価値は一つの経済理念と考えられている。之は現実の差額剰余(価値)や価格に対しては云わば物自体又は本体のようなものに当るだろう。併し博士の理念は現実に対しては当為(ゾルレン)だということになっているから、此の理念の機能は云わば(カントの意味に於て)反省的であって規定的ではないだろう。之はだから無論価値を限定する尺度としての価値ではあり得ない。それにゾルレンの対象としてのイデーは本当は客観的とは云われないから、この理念価値の客観的な尺度では到底ないわけである。一般にこうした現象主義は資本制末期に於ける経済理論の意味ある共通特色ではないだろうか。

私は紹介しようと思いながらつい下手な感想に終って了ったようである。而も専門的知識のない私が大急ぎで読んだ感想なのだから、恐らく大きな誤解もあることだろう。之は儀礼からではなく陳謝しなければならないことだ。

実は私は津々たる興味を以てこの学位論文を読むことが出来たのである。一体学位論文というものは普通こんなに退屈しないで読めるものではない。博士の実際家らしい板についた引例や多量の学殖は、後学の徒に学的な野心と刺激とを与えずには置かないだろうと思う。私も亦こういう後学の徒の一人でありたいと願っている。

3 新明正道編『イデオロギーの系譜学』

イデオロギー乃至イデオロギー論という言葉は、少なくとも言葉としては随分広く今日は行なわれているようである。沢山の人が口にするということが必ずしもそのことが理解されていることではなく、ましてそのことの理解を進めることでないのは云うまでもないが、併しそういう、言葉が流行るということは、一つの必然性と客観性とがあってのことである。

一方に於てはマルクス主義の大衆化に伴う社会意識の進歩がマルクス主義的イデオロギー理論を結果し、従来文化哲学や文明批判や又一種の心理学によって取り扱われて来た対象は、今やイデオロギーとして取り上げられる。処が之は、従来のブルジョア社会理論特にブルジョア社会学、の独自の領域を犯すことになるのだから、そこで第二に、ブルジョア社会学は、之に対抗するために、文化社会学とか知識社会学とかいう名の下に、「社会学的」なイデオロギー論を造り出した。

今日、イデオロギー乃至イデオロギー論というテーマが流行っているのが、こうした客観的情勢から必然的に出て来たものであることは、誰でも知っている。――処で、この頃は、流行るものは何でも却って評判を悪くする傾きがある。というのは「批判者」達は、何でも盛んに行なわれているものに対して、単に盛んに行なわれているというだけで、批判したくなる傾きがあるようである。そういう理由からかどうか知らないが、イデオロギーやイデオロギー論というテーマは、必要以上に、無理に批判されなければならないように仕向けられている。その癖そういう批判者は、マルクス主義的イデオロギー論をブルジョア社会学のイデオロギー論から擁護する必要がどこにあるかも知らなければ、ましてイデオロギーの歴史的社会的発展展開の姿を分析し得るのでもない。またイデオロギー理論の歴史的発達を跡づけるという仕事を実践しようとするのでもない。

東北帝国大学の社会学教授新明正道氏は、同教室の陳紹馨・飛沢謙一・の両氏と共に、『イデオロギーの系譜学』(第一部)を公にした。之はイデオロギー理論の近世に於ける発達史を辿る目的のもので、マルクス乃至エンゲルスと直接には関係のない時代を取り扱った部分であり、やがて、公にされる第二・第三・部ではフォイエルバハから始めて、マルクス・エンゲルス、及びその後のイデオロギー理論の発達を追跡しようとするものである。

新明教授は、正統派的(?)なマルクス主義者ではあるまい。他の二人の共同著者も亦そうだろうと思う。それにも拘らず、イデオロギー理論の歴史的な追跡は、一二の視角の小さな洞察の乏しい文献を外にしては、マルクス主義者によっても組織的に遂行されていないのではないかと思うが、恰もこの書物の著者達は、この欠陥を埋め合わせるために、この仕事に取りかかったように見えるのである。

だから吾々は之を批判するよりも先に、之を紹介することを先にしなければならないわけで、客観的な必要から云っても、又この仕事の功績に対する敬意から云っても、そういう順序にならなければならないのである。

私はすでに『東京朝日新聞』でこの書物を紹介した(次項)。だから紹介としてはさし当り夫を繰り返す外はない。――マキャヴェリはその『君主論』に於て、〔君主〕に必要な譎詐・欺瞞・狡知・を分析し、権謀術策の原理を授けているが、その結果は計らずも〔君主〕の陰険な心事を暴露すると共に、一般に人間性の虚偽性を暴露している。之は人間論的虚偽論に外ならない。新明教授はここにイデオロギー論の近世に於ける最初の企てを見て取る。之は同時に一種の心理学的イデオロギー論でもあるわけだ。

ベーコンになると事情は少し異って来る。F・ベーコンのイデオロギー論は例のイドラの理論に外ならないが、之はマキャヴェリのものなどとは異って、もはや単なる人間論的・心理学的・なイデオロギー論又は虚偽論ではない。四つの偶像がどれも社会的関係から解明されているのである。だから之は、今日行なわれている意味でのイデオロギー・社会意識・の理論の先駆をなすもので、ただ夫が社会の分析の上に積極的な基礎を置いていないために、遂に本当のイデオロギー論にまで展開しないで終ったものだ、というのである。

フランス啓蒙哲学に就いては、コンディヤックやエルヴェシウス、ドルバックの、認識理論又道徳理論が、一種のイデオロギー論として引かれている。その理由は、こうした意識諸形態を彼等は感覚や欲情や感性などという物質的根拠から説明しようと企てたからである。無論この場合は、イデオロギー論の萌芽とは云っても、殆んどイデオロギー論とは認めなくてもいい位いに不完全な、萌芽でしかない。イデオロギー論だとして、之は全くの心理的なイデオロギー論でしかない。

イデオロギーという言葉の歴史的発展、否、歴史的変遷、を見るためには、ド・トラシの「イデオロジー」の解説は是非とも必要である。イデオローグの思想をこれ程纏った形で与えて呉れたのは、手近かには一寸ないのではないかと想像する。

最後にシュティルナーとニーチェとの思想が、イデオロギー論として解明される。自我の内から既成の固定した観念を追放し唯一者の固有な所有に立ち帰らなければならない、というシュティルナー。真理や道徳が権力意志の本能的な創造的な而も功利的な基底に基く一つの上部的成果に外ならぬと考えるニーチェ。この二人の天才は近代に於けるイデオロギー論の(マルクス主義は除くとして)最も影響の大きいものを与えている。シュティルナーのイデオロギーはすでにマルクスによって取り上げられているし、ニーチェの如きは、主人の道徳と奴隷の道徳とを対比させている。

さて以上挙げた思想家達のイデオロギー論は、彼等の夫々の一般的思想の内から浮き出た姿の下に捉えられている。そしてこの諸イデオロギー論そのものが夫々一つのイデオロギーとして、夫々の時代の経済的・政治的・社会的・文化的・地盤から、合理的に説明されるように、努力が払われている。――新明教授の叙述は各思想家の思想内容の内部的連関を明らかにする点に於て、中々優れた文学的手腕を示している。之に対比して、他の二人の著者は、唯物史観の定石を良心的に定式的に、踏もうと力めているように見受けられる。ただ、思想の根柢をなし背景をなす経済的・社会的・政治的・条件が、如何に思想そのものの機構にまで反映しなければならなかったかの説明に就いて、多少のギャップが気にかからぬでもない。

各章を通じて見受けられる特色は、著者達がイデオロギー論を人間論との連関に於て捉えているという点にある。というのは、嘘をつき虚偽や誤謬を犯す人間性の一側面を、取り出そうとする人間論が、イデオロギー論として挙げられているのである。そういう意味ではイデオロギー論は「心理的なイデオロギー論」に帰着し、又それに止まらざるを得ない。実際この書物で挙げられた思想家のイデオロギー論は、多少の例外を除けば、どれも心理的なイデオロギー論に外ならないのである。だから、ここで取り扱われたものは、社会意識としてのイデオロギーを論じる本格的なイデオロギー論に対して、云わばイデオロギー論の前史に当る部分と云って好いだろう。第二部第三部に本格的なイデオロギー論の歴史が展開される筈である。

聞く処によると、この書物は東北帝大の社会学研究室に於ける演習の成果だそうである。吾々はこのように活発な活動をし始めたアカデミーに対して、もう一遍評価のやり直しを試みなければならなくなるかも知れない。

4 再び『イデオロギーの系譜学』

東北帝大社会学教室は今度、新明正道教授外二名の手になる『イデオロギーの系譜学』(第一部)を世に送った。まず最初に取り上げられるものはマキャヴェリの思想、特にその政治学的権謀術策論であって、彼が、君主に権謀術策を献言することによって計らずもその欺まんの機構を暴露する結果となり、イデオロギー論の先駆をなしたゆえんが説かれる。

ベーコンのイドラの理論がその前後の思想家達のものに較べて如何に社会学上約束に満ちたイデオロギー論を含むかが、次に明らかにされる(第二章)。第三章では、フランスの啓蒙哲学について、コンディヤックの感覚による認識の解明と、エルヴェシウスの自愛による道徳の説明、それからドルバックの感性による道徳の説明が、イデオロギー論の至極不完全な萌芽として見られている。

第四章として揷入されたド・トラシの「イデオロジー」の項目は、イデオロギーという言葉の歴史的淵源を明らかにするためのもので、最後の第五第六の二章はそれぞれシュティルナーとニーチェとの解説に当てられている。前者は自我の内から一切の既成の固定観念を追放し、唯一者の独自の所有に立ち帰れと叫ぶ点において、又後者は、真理や道徳が本能という権力意志の創造的な功利によって評価されねばならぬと主張する点で、不完全ではあるが天才的なイデオロギー論を示すものとして、挙げられているのを見る。

これ等の思想家達のイデオロギー理論それ自身が、無論ここでは一つのイデオロギーとして、即ちそれぞれの時代の経済的・政治的・文化的・地盤から相当によく説明され又批判されているのである。

さて、以上挙げた思想家達が特にイデオロギー論の先駆者として選ばれた理由は、多分、彼等が虚偽論乃至誤謬論に対して著しい興味を示しているからだろう。実際イデオロギーという概念のもっとも挑発的な点は、それが虚偽意識を意味するという所に横たわっている。従ってここに展開された思想史は、単に「イデオロギー論の系譜学」であるばかりではなく(『イデオロギーの系譜学』というタイトルよりもこの方が適切ではなかったかと思うが)、うそをつき虚偽を犯し誤謬に陥る限りの、人間性を描きだそうとした人間学の系譜学でもあるように見える。

所で、マルクス主義的イデオロギー論に先立つこれ等思想家達の「イデオロギー論」は、一つの共通の特色を有っている。それは、ベーコンなどの場合を除けば、どれもこれも、心理学的地盤にだけ立って意識形態を説明しようとする「心理学的イデオロギー論」(著者達はそういう言葉を使っている)だという点にある。それはまだ社会意識の理論にはいる処にまで来ていない。そういう意味で今の場合は、イデオロギー論の前史にぞくするものといって好いだろう。――私はこういう心理学的イデオロギー論に因んで、現在のフランスの一群の心理学者達(リボーやポーラン)を思い起こすのである。

この書物を読んで私は様々な種類の喜びを感じる。イデオロギーの研究でこれまで一等欠けていたのが、あたかもこうした実質のある歴史的叙述だったからである。又、これによってイデオロギー論の心理学や人間学に対する連関をハッキリと示すことが出来るからである。そして最後に、こういう研究にもっとも便宜を有っているアカデミー社会学の一角から、一流の気むずかしさや萎縮を蹴破って、新鮮な仕事が発表されたのを見るからである。これは三部からなる研究の一部だそうであるが、第二部第三部が早く出版されれば好いと考える。

5 『唯物弁証法講話』

マルクス主義哲学或いはもっと正確にいうならば唯物弁証法を、もっとも入り易い形で与えて呉れる本はないか、とよく私は色々の人から尋ねられる。しかしこれは中々簡単に答えることの出来ない質問なのである。入り易いということは、単に読み易いとか考えずに理解出来るとかいうこととは別なのだ。それは無用なペダントリーがないということだが、それと同時に、濁った信用出来ないような変な命題にぶつからないことの方が理解を容易にするためにはもっと大切である。そればかりではなく、我々の直接に経験している世界へ色々の命題を結びつけて呉れるのでなければ、理解は活きて来ない。

信用すべき教科書乃至参考書としては、すでにシロコフ・アイゼンベルクの『弁証法的唯物論教程』やミーチン・ラズウモフスキーの『史的唯物論』が翻訳されている。いずれもソヴェートの公認の書物で、国際的な価値を持っているのであるが、併し吾々は又吾々の手になった相当信頼すべき参考書が欲しいと思う。それは日本には日本に特有な特殊の文化的教養の与件があるからで、この与件にシックリと合った叙述を平明な然し澄んだ具体的な形でやって呉れる読み物が欲しいのである。

最近特にこういう要求に答えるために、少なからぬ人達が色々の唯物弁証法の読本を発表した。代表的なものとしては大森義太郎氏の『唯物弁証法読本』と、徳永直・渡辺順三・両氏の『弁証法読本』とを挙げることが出来ると思うが、永田広志氏の『唯物弁証法講話』は、これ等のものに較べて、今いった点でズット立ち勝ったものだと断言出来るのではないかと思う。

永田氏はいわば私達の友達仲間だから、あまり褒めることは遠慮するが、元来もっともすぐれたロシア語翻訳者であった。だが優れたロシア語翻訳者は実は今日では優れたソヴェート思想文化の紹介者にならなくてはならない。同氏はその随一者だ。それから永田氏の一般に哲学に対する又特にブルジョア哲学に対する教養も亦注意しなければならない。氏はこの道でも相当確実な理解者である。それから、こういう素養に基いて最近同氏は可なり前進力のある独自の研究家として現われ始めた。それは主に雑誌『唯物論研究』で発表した弁証法の諸研究(認識論・論理学・弁証法・の同一性に関するもの)を見ても判る。

で以上述べた同氏の三つの特徴がこの書物の内に非常に良く出ている。目次を見ると従来の翻訳された教科書と大同小異だが、叙述の内容は、現在の日本における学問上の又経済上・政治上・の諸問題を取りあげながら説明を進めている。又特に我々が最近問題にした哲学上の諸解決をば思いださせるように触れて行っている。例えば弁証法の根本法則の一つ「量から質への転化及びその逆」の問題とか、形式論理学の問題とか、認識論の問題とか、等々の場合がそれだ。個々の点については私の意見もあるがそれは今書けない。がとにかく、触れるべき問題にはお座狎れでなく触れているのを見て、悪くない気持を我々は有つのである。

もっとも便利な信頼出来る又甚だ興味に富んだ書物としては、単に初学者の入門書としてばかりではなく、専門家の研究整理用の参考書としても、私はこの本を勧めることが出来る。

6 『現代宗教批判講話』

わが国における現在の知能分子の内には、往々にして進歩的言辞を弄しながら、甚だしいのになると左翼的言辞をさえ弄しながら、実際には唯物論と何の関係もない頭脳が甚だ多く見出される。こういう頭脳を甄別するのにもっとも手近かな方法は、彼等が宗教に対してどういう態度を取るかをまず見ることである。もっとも彼等は初めから少なくとも既成宗教の同情者ではない場合が多いし、又その進歩的な模倣によって「宗教批判」をさえし兼ねまじいのだが、そうする裏から、宗教的・神学的・形而上学的・そしてやがて又文学的な信仰を露出して来るのである。そこに着眼すれば間違いはない。

彼等は宗教批判という、この唯物論の恐らく最も大きな使命の一つを、徹底する意図を決して有つことが出来ない。彼等が気にかけるのは、単に進歩的(?)に見えるかどうか、つまり気が利いているかどうかであって、決して、理論的に唯物論的であるかどうかではない。宗教批判などは、彼等によると、既成宗教の批判としてはバカバカしいものだし、宗教一般に対する批判ならば大した必要のあるものではないと考えられる。

だがこうした一種のインテリゲンチャの好みなどとは関係なく、わが国の反宗教闘争の運動は決して四年や五年の歴史ではつきない本当の無神論が唯物論の名において展開されるようになってから既に相当の時間が経っている。処で併し、その理論的成果は今度初めて纏って本になったといってもいいと私は考える。なぜなら唯物論に立って、宗教問題を統一的に理論的に取り上げたわが国の書物では、何といってもこれが最初のものなのだから。

内容は大体三つの部分に分れるといっていい。第一は宗教一般に関する唯物論的研究の綱要的な紹介、第二は日本宗教史の叙述、第三は現代の宗教復興の批判。

第一では、アニミズム・トーテミズム、から始まって民族宗教・世界宗教・への発展を、実証的に又歴史的に更に又哲学的に解明している。これを貫く何よりも大切な点は、こうした宗教の発展段階がすべて社会の生産の発展段階に相応するものである所以を、組織的に論証して行っていることである。この部分は纏った宗教学教科書として役立つだろうと思う。

第二の部分が、唯物史観による日本宗教史の唯一のものだという点に就いては、世間は殆んど疑問を挾む余地を持つまい。唯物史観に立たないものでも、こう手短かに且つ体系的に纏った日本宗教史はそんなにザラにはないのではないかと思う。そればかりではなく、唯物史観から行けば当然なことだが、読者はこの部分に実は手短かなそして特徴的な日本社会史のプロフィルを見ることが出来るだろう。著者はこれを書くのに、日本における若い専門家達の新しい業績を可なりの注意を配って採り入れているように見受けられる。これは今後大いに利用されるだろう部分である。

第三の宗教復興批判は、近頃の快事に数えねばならぬ。現在の宗教論者の論理的ナンセンスと露骨な階級的意図が、見事に裸にされている。これは宗教復興現象に対する総決算になるといっていい。

併し、この本で欠けているものは宗教思想史である。之亦唯物論にとって見逃すことの出来ない課題である。唯物史観による日本宗教思想史は、処で最近三枝博音氏が手を着けている。尤もその際氏の唯物論はまだ動揺を免れないらしいが、氏が材料を征服し終る時が近い内に来ることを吾々は期待してよいと思う(なお日本宗教史の研究では「日本宗教史研究会」から論文集が出ている――『日本宗教研究』及び最近の『寺院経済史研究』)。

著者秋沢修二氏(永田氏に就いてはすでに前に書いた)が哲学的教養に富んだ徹底した唯物論者であることは、以前から知られている。そして宗教批判こそは氏の得意の壇場なのである。私はこの書物によって唯物論的に甚だしく啓発されたことを、素直に断わっておく。

7 『現代哲学辞典』

三木清氏が編集代表となり、他に甘粕石介、樺俊雄、加茂儀一、清水幾太郎、の四氏を編集委員とする『現代哲学辞典』が、出版の運びに至った。現代哲学研究会という或るグループを中心としての仕事であるが、この研究会のメンバーには文化上の各方面の新鋭な代表者が少なからず含まれている。その各々は夫々の専門領域をば広義に於ける現代哲学へ結びつけることを忘れない人々なのである。現代哲学辞典というようなものの編集執筆には、打ってつけのスタッフだと云わねばならぬ。執筆者は三十二名である。

この辞典の第一の特色は、序言にもある通り、Vierkandt の Handwörterbuch der Soziologie の編集方針に倣ったという点にある。即ち比較的少数の項目によって、最も必要な事項を網羅するというのがその建前であり、夫々の項目が比較的に詳しく説明されることによって、項目として現われていない諸問題概念も、おのずから取上げられるという仕組みである。六十七項目の内に含まれた諸事項に就いては、別に邦語及び外国語による索引が与えられていて、検索することが出来るようになっている。人名についても同様である。つまりこの形式の編集による辞書は単に検索を目的とするだけではなく、却って通読又は翻読されることを目標とするものなのだ。引く辞引であると同時に読む辞典である。この点を徹底したものとしては、日本で最初の辞書だろう。

だから之は単に辞典であるばかりでなく、又一つの総括的な単行本と考えられていいのだ。現代哲学に就いての総括的単行本である。現代哲学という意味は併し、単に現代の哲学を指すだけではない。現代にとって生きた意味を持つ処の哲学を指すのである。そして哲学と云っても学校式な意味に於ける所謂哲学だけを指すのではなく、一切の文化・思想・学術・の根柢を一貫する統一的な脈絡物を意味する。そういう意味での広義の哲学だ。で例えば階級論とかインテリゲンチャとか、経済学・言語学・考古学・ジャーナリズム・新聞・政治学・戦争・地理学・民俗学・及び土俗学・其の他其の他の項目が含まれている。この種の項目を副次的な参照としてでなく、正面からその哲学的ヴァリューに於て評価尊重したことは、この辞典が誇ってよい態度だと思う。こういう編集方針を取ったということは、この辞典の編集が可なり卓越した見識に基いていることを物語っている。

かかる編集上の見識、それは又執筆者の銘々に共通な見識なのだが、この見識はそれ自身一つの哲学的態度を意味している。そこにこの辞典のもつ哲学的意義の要点があるだろう。少なくともかかる哲学的態度は、諸分科に分れた文化を総括し組織づけ得る処のエンサイクロペディスト的な能力を意味する。それが無意味な、何でも屋主義に陥らぬためには、思想の相当高度の蓄積発達を必要とする。でこの辞書に現われた哲学的態度なるものは、日本の哲学界・思想界・乃至文化圏・が今日相当発達したという事情に照応するものと推定することが出来るだろう。学術の技術的なアカデミックな水準と思想的な水準とを能く接合し得たものが、これを貫く見地である。

従ってここに一貫する哲学的見地は、勿論相当に進歩的なものなのである。執筆者の顔触れから云っても、その大体の内容から云っても、そう云うことにさし閊えはないだろう。云うまでもなく各執筆者も編集委員達も客観的公正を厳守している。それは辞書として当然であり、又思想・学術・の建前からしても当然なことだ。見解の客観的公正を厳守するが故に、進歩的見地に立たざるを得ないわけだ。

だが進歩的見地に立つと云ってもその進歩の段階には色々ある。この書物を貫く進歩性は云わば自由主義的乃至社会民主主義的なもののそれに近いだろう。そのことの良し悪しは別問題だが、とにかく今はこの進歩性は尊重されねばならぬ。現にこうした「進歩的」な辞典、総合的見地のハッキリした而も翻読されるべき性質を持つ進歩的辞典は、日本で最初のものなのだから。揷図も四十七入っていて、中々手のこんだ注意深い編集振りである。

8 『人間の世界』を読む

『人間の世界』と清水幾太郎氏が呼ぶものは、社会対個人の世界であり、虚偽対真実の世界である、つまり真の人間は、或いは人間の真実は、個人の世界にあるのであり、之に反して偽った人間界或いは人間の虚偽は、社会の側にあるのである。

勿論この個人は、社会に先行する社会の要素のようなあの「個人」のことではない。社会の内から生まれ、社会の内に住みながら、なおかつ社会を抜け出で、之をつき抜けた個人のことだ。社会から奪還された個人である。その意味から云う限り、著者の立場は決して所謂個人主義ではない。社会的な個人が人間なのであって、非社会的や社会前的な個人が人間なのではない。

この「人間」が何であるかはとに角として、清水氏はなぜこうした「人間」や「個人」に到着したのだろうか。同氏は進歩的な社会学者である。社会主義に対する良い理解者である。にも拘らず現代日本の多くのインテリゲンチャと同様に、社会主義に対する良い理解者である以上に出ない。と云うことは、理論上でも之に対する傍観者だということにもなる。社会主義的社会科学が、あまりに多く社会と社会階級とが有つ客観的意義を強調しすぎ、個人が之を主体的に作為するという点を忘れすぎていた、という常識を是認することから、人間的真実を専ら社会ではなしに個人に求めようという結論を導き出したようにさえ、私には思われる。

清水氏はかつての社会主義的社会科学に、或る宗教的な特徴を見たらしい。処がこの宗教的特徴を洗い流すために、社会主義的社会科学そのものからも手を引いた。その結果、同氏が最も烈しい批判の相手とした処の「社会学」的な或るものに自分自身行きついて了ったようだ。社会学というレッテルは氏にとって多分迷惑だろう。だから私は所謂ゾチオロギーだけを今日の社会学だとは思わない。寧ろ今日の日本で方々に新しく顔を出し始めた社会学は、社会主義的社会科学から手を引いた各種の文化論的社会論のことであるのを注意したい。之は現下の新しい形而上学である、文化的形而上学である。之は日本の思潮に現われ始めた新しい体系だ。

この新しい何年型かの流線型哲学は、個人を社会から奪還することに情熱的であることを、共通特色とする。だが個人をそこから奪還せねばならぬその社会とは何か。階級的闘争場裏である社会から個人にまで脱却せよというのか、それとも又、ファッショ化乃至アブソリュティズム化しつつあるこの日本の社会から吾々民衆の各個人を防衛せよというのか。清水氏の本書に於ては、恐らくそのどっちでもあるようだ。そしてこの二つの区別が大して問題にならないようなシステムが、正に本書の特徴をなす。氏は今日の文化人の信念である反ファッショ的情緒をこの本の至る処に侵み出させている。だが之は「社会」なるノモス(法則)の世界に個人なるフューシス(自然)を対立させよということで、実地上の効果を期待出来るものだろうか。又理論上の論拠を与えられるものだろうか。

氏は反ファッショ的な情緒の論理的背景として、合理主義について思いをめぐらしている。だがこの合理主義と個人奪還説とは、どうやって結びついているのだろうか。反ファッショ的論拠が合理的精神にあることは、当然であり又今日の常識だ。だが今日の文化上の根本困難の一つは、この反ファッショ的な合理的精神と人間個人の復活という二つの常識の間に、どういう必然的な繋帯を発見するかにある。今日の日本のヒューマニズム論議が今だに解き得ない要処がここだ。この『人間の世界』も、この点に来るとやはり無力であるようだ。

だが本書の価値はまず、人間が人間外、人間以上、のものに対する、反逆この反逆一般の精神にあるのである。思えば今日程人間の反逆的精神一般が不足を感じている時はない。反逆精神が減ったからではなく、反逆精神の必要が増したからである。そこで清水氏は、悪を(之は必ずしも神学的なあの悪のことではなくて社会面の記事で云う社会悪に近い)反逆の一つの形式と見る。個人の傲慢不遜も新しい反逆のモラルと考えられる。所謂歴史論風な歴史も亦踏みにじられねばならぬ。ここが著者の本書に於ける結局の覗い処であり、同時にここが本書の結局の価値である。――私はこの点甚だ同感だ。だが依然として、この反逆が反逆一般であることについては心配がなくはないのである。清水氏は、この本を、人間を「強く」し、人間が自己を「幸福」にするために書いている。そのモラリストらしい心情は共感を禁じ得ない。ただ強がることも「強く」なることの具体的な一場合だし、「好い気になる」のも幸福の一種であるということを、清水氏は林首相や文武官僚などに教えねばならなかったのである。

私はこの本を実は、極めて特色の豊かな、而も時代を象徴するに足る、良書だと思っているのだ。それだけに自分の意見を混えて見たくなるのである。

9 朗らかな毒舌

――『現代世相読本』――

阿部真之助氏の『現代世相読本』が出た。みずからいうところによると「この二、三年来の私の所謂『毒舌』の集積であって、いい換えると、私の善人振りを証明したものである」という。この言葉は決して嘘ではない。これほど痛快な毒舌を他に求めることが出来ないと共に、これほど善意で朗らかに読み取れる毒舌もまた少ないだろう。阿部真之助氏独特の毒舌タイプである。

政治論約十六篇、時事論評約五十四篇、人物論大小合せて六十五篇程、他に婦人論その他の雑評九篇からなっているが、見られる通り人物論が比率にして一等多い。そしてこの人物論こそは最も利き目のある毒舌振りなのだ。と共に、又この位い素直さと一種の同情とによって貫かれた人物論を他に見ることが出来ない。氏は見方を誇張もしないがまた遠慮もしない。これは個人的利害関係の介在しない場合にだけありうる批評眼だが、しかしその他に批評家の持つべき確実さともいうべき或るリアリズムがなくては出て来ない風格だ。ところで氏はこのリアリズムに、キビキビとしたユーモアまたは愛嬌で更に一段と磨きをかけている。

ありとあらゆる分野の人物を、よくもこんなに知り、よくもこんなに調べたものだという感じだ。新聞記者でなければ出来ない仕事だが、またただの新聞記者では書けないものだ。主観めいた観察のポーズなどは遙かに卒業済みであり、下手な人間学に陥ることを避けて、人物をその仕事と客観的な環境とから洗って行くところは、敬服に値いする。生きている人物の評論(棺を覆わぬ内の人物評論)として、上々のものだろう。

人物論といっても大体において、政治論または時事論評と大して変った内容のものでないことは、寧ろよい特色だと思われる。ところで政治論の一群は言論界の苦労人であることを示すに充分である。時事論評にはやや一応の常識に流れたものも多いが、健康なリベラリストとしての強靱性を示していることに変りはない。婦人論や雑評もまた大体人物論に帰するが、これはうらやましくも最も余裕綽々たるもので、全く面白い。

阿部氏の最も得意とするところはつまり人物論であるという結論に、私はこの本を読みながら到着した。そしてその人物論が、実に現代世相を物語るそれぞれの短篇作品になっているというわけだ。杉山平助風の文学者的人間論とも違えば、野依秀市式の政治屋流人物観とも異る。正に阿部流人物論の型を確立したものといってよい。

10 入沢宗寿著『日本教育の伝統と建設』

日本の伝統の問題、単にこの伝統なるものをかつぎ回ることではなくて、実際問題として之と取組まねばならぬという関係、夫は教育に連関して初めて切実になる問題だ。日本伝統なるものは教育に際して初めて実際問題となると思う。そういう意味で私は本書の書評を引き受けた。割合慎重に読んで見て得た収穫は、或る程度まで私の渇望が充たされたということである。だがそれだけに又、私がこの日本伝統の問題に関して懐いている疑点が、クローズ・アップされたことを意識する。

本書は四つの部分から成り立っている。第一篇「日本教育の伝統と現代」、第二篇「日本教育と宗教教育」、第三篇「日本教育内容の改善」、それから付録である。本篇三箇を一貫するものは、宗教教育の提唱である。著者は日本教育の伝統を歴史的に叙述することによって(「我が宗教教育の歴史的考察」や「日本教育史に於ける仏教教育」の如き)、日本教育の本質は宗教教育にあることを明らかにし、それが明治維新の誤った排仏毀釈と、キリスト教学校の反国家的教育方針とを縁とする宗教一般の否定、とによって遺憾ながら見失われてしまったことを反復力説する。道徳からさえ宗教的意味を取り捨てて了った。処で最近、学校に於ける宗教教育が説かれるようになった現象は、全くわが意を得たものだと考えている。

著者の云う宗教教育とは宗教的情操の教育であって成立宗教のものではない。そして夫は日本に於て、祖先崇拝・敬神・等々から始めて、忠君愛国にまで至り得べき国民の宗教意識を指す。一切の教科はここに発しなければいけない。修身・作法・国語・歴史・公民科・等々は云うまでもなく家事や理科に至るまで、専らこの宗教教育に帰着せねばならぬとする。

処で日本国民の宗教的情操は又、仏教・儒教・神道・と離れてはあり得なかったし、又あり得ないと考えられる。つまりこの三つの「教え」を単に道徳的内容と見ることが誤りで、之を宗教的な内容だと見ねばならぬとする。かくて日本国民の伝統たる例の宗教的情操は、神仏儒を一丸としたような内容を持つことによって、まさに「教学」となり「学問」となるものでなくてはならぬ。日本国民の「宗教的情操」とその東洋的な「教学」とが、どう結びついているのかは、実はあまり明らかにされていないと思うが、とに角之が日本文化の伝統であり従って又日本教育の伝統であるということは、正に大いに首肯すべきだろう。

だが問題はこの伝統がなぜ明治政府によって断絶せしめられたように見えたかである。夫は単に「誤った」教育政策などに帰することは出来まい。日本の資本主義と夫の基底に横たわる生産技術とを見逃しては、前資本主義的伝統の理解は途方に迷うだろう。著者はこの点についてあまり注目していない。単に、徒らなる排外主義は心ないものだ、大いに西欧的観点をも容れて日本教育の伝統を生かし、以て新日本教育を建設せねばならぬ、と云った種類の気休めに落ちているように見える。

終局の問題は著者の教学のイデーの内にある。教学は東洋的封建観念論の性格的なもので、生産技術と凡そ無関係なことを一特色としている。それであるが故に、之は科学ではなくて教学であり、学術ではなくて教えなのだ。だから著者が理科教育などについて云い得ることは、自然を通じて神を見ることを教えるのだとか、優れた自然科学者は又宗教家であるとかいう、ナンセンス以上のものではあり得ないのである。教学主義を以て理科教育や科学的精神の教育を企てることが如何に無意味であるかを、吾々はもう少し真面目に省察することが必要だろう。――こう考えるとき、私は日本伝統の問題の困難さを、この書物によって愈々切実に感ぜざるを得ない。

著者は、教育は「児童より」と称して、児童の要求を出発点とすることを力説するように思われるが、今日の日本の児童の心理がどういう動向をとりつつあるか、之を社会的に観察した結果は何であるか、夫を私は著者から聞きたいと思う。子供は或る種の大人よりも、現代生活のリアルな真実をもっとよく知っていはしないだろうか。処が著者は子供達の社会の現代的動向を洞察するよりも、寧ろ文部省其の他の法令や制度や教員などの方に、より以上の教学的情熱を示しているようである。

云いたい点は沢山あるが、紙数に制限があるので割愛せねばならぬ。実を云うと私は著者の実際家らしい識見に啓発される処が甚だ大きいのだが、夫と同時に右に述べたような疑点が却って鮮かに私の眼の前に浮び出して来ることを禁じ得ない。なお付録の四つの文章は有体に云ってあまり共感出来ないものだ。

11 小倉金之助著『科学的精神と数学教育』

科学的精神は時代の最も重大な課題である。之こそ現代人の建設の課題であると共に、現下の国民にとっての文化的性能の試金石であると云ってもいい。この時現われた本書の意義は、私が改めて説明するまでもないと思われる。

小倉金之助博士は、数十年来、首尾一貫して科学的精神の提唱と検討とをその文化的目標としていると云っても云いすぎではない。博士が実用数学の権威であると共に数学教育の権威であることは人の知る通りだが、この実用数学についての抱負と云い数学教育の理想と云い、科学的精神問題以外のどこからも発してはいない。

氏によると科学的精神とは日常生活から科学的認識を導き出すことである。数学も亦そのようで実用性に基いて史的発達を遂げたものであり、従って数学教育の道も亦この数学史の個体発生的に反覆する事になければならぬ。かくして数学教育の目的は科学的精神の獲得にあることとなる。勿論之は単に数学教育に限ったことではないのであるが。

生活は科学的精神から離れて一刻もあり得ない。それ故科学的精神とヒューマニズムとは離れてはあり得ないと氏は主張する。

この思想はヒューマニズムを科学的精神の反対物ででもあるかのように妄想している一部の人達に、猛省を与えるのに最も役立つだろう。序篇と本篇とから成り、前者は比較的旧い時代のもの、後者はこの十年あまりのものである。

序篇から本篇への進歩は、マッハ主義から唯物論への前進と社会科学的省察の徹底とに現われている。本書は『数学教育の根本問題』や『数学史研究』『数学教育史』を貫く根本精神の顕揚に資するために存在する。

12 社会・思想・哲学・の書籍について

聞く処によると、今年(一九三六年)の出版界は前年度に較べて多少勢づいて来たということである。尤もここで出版界というのは、文化的に一応承認された水準に達したものの出版をする世界のことで、色々な意味に於てインチキな出版物は計算外においての上であるようだ。つまり云わば真面目なものが、従って亦所謂「固い」ものも、前年度より少しは余計に出版されたと云われている。之は正確な統計によらなければ、何とも云えないことであるが、併し恐らくこの見方は当っているのではないかと思う。

その本質上の動きはとに角として、所謂右翼(国粋・ファッショ・反動)の華々しさは、昨年の暮から今年の初めにかけて、多分その絶頂にあっただろう。それ以後は、華々しさの点から云えば、夫は下り坂になっている。例えば新聞は昨年頃よりは少しは自由に、日本の政治的動きに対する批評を下し始めることが出来たし、右翼も亦その所謂「右翼小児病」を清算して、観念的な華々しさから転向するようになった。無論その根柢には、右翼団体の戦線統一や大衆化というものが、かくされているのであるが、夫と同時に、今ではすでに、露骨にセンセーショナルな右翼張った口吻は引き潮になった。無論そういう皮相な変化は、一等よくジャーナリズム営業に反映するものである。

で、機関説問題などがやかましかったに拘らず、そして之に関する多少は形をなした書類も無論少なからず出版されたにも拘らず、出版界の大勢は、もっと真面目に落ち着いて来たと見て好いだろう。流石の宗教物も急速に下火になったようだ。もしこのブルジョア社会に、仮にくだらぬ愚劣なものであるにしても、とに角世論というものがあり、それが少なくともジャーナリズムには直接の関係があるとすれば、この世論は、たしかに今年になってからは、もっと真面目な内容のある読物を要求したと云わねばならぬ。ここに世論とは、文字を読む社会層のその時々の共通感情の発現のことだが。

読書界の真面目な内容のあるこの落ち付き振りは(但し夫をあまり買い被ることは出来ないが)、二つの方向を取って現われた。一つは左翼的内容を有った出版物の復興であり、而も以前よりは一層落ち付きのある内容を有った出版物の復興であり、もう一つは、広い意味に於ける古典的な文学的著作(必ずしも文芸物には限らぬ)や自然科学的著作などの相当計画的な出版である。この後の方の場合は、おのずから、一見政治的傾向とは関係の薄い、云わばイデオロギー的に見れば中性を帯びたように見えるものの出版で、この出版現象が社会現象として実際に何を意味するかは別として、とに角読書としては一種の落ち付きに基くものと見ねばなるまい。

所謂左翼出版を行なって来た出版業者は二三年以前までに仕事を抛り出して了ったものが沢山あった。希望閣・共生閣・鉄塔書院・其の他がそうだった。今年の一九三六年の初めまでに残った左翼的出版業者は叢文閣と白揚社とナウカ社位いなものだろう。処が最近では多少そうした種類の出版物に関心を持ち出した書店がなくはない。例えば三笠書房などがその例だろう。そうしてこのいずれの出版業者にしても、その出版書籍の口数は決して他の種類の出版業者に較べて少ないとは云われないようだ。少なくとも今年になってこの種の出版は相当調子づいて来たように思われる。

社会科学方面では、小林良正、森喜一、相川春喜、永田広志、其の他の諸氏の研究が白揚社から単行本になって出た。野呂栄太郎氏の『日本資本主義発達史』が岩波から再版されたことも注目に値いする。叢文閣は、ヴァルガの年報を続けて翻訳出版していることは別として、ヴィットフォーゲルの『市民社会史』其の他やダットの『ファシズム論』や、ポポフの日本に関する諸研究など読み応えのある翻訳物を続々出版している。

哲学・自然科学・方面では、白揚社から出た秋沢・永田・両氏の宗教批判講話、巌木勝氏の日本宗教史などがこの方面の開拓者の役目を果したと見てもいい。永田広志氏や私なども、哲学に関したものをここから出版した。岡邦雄氏は自然科学史を出した。アインシュタインの『わが世界観』も出た。考古学や言語学に関する訳も出た。三枝博音氏と戸弘柯三氏とは日本思想史に関する書物を他の書店から出版している。ナウカ社はソヴェートに於ける自然科学的著述の翻訳出版に力を注ぐ。数学や物理学・化学・などに関する中等教程とか、『ソヴェート科学の達成』とかマキシモフの自然科学とレーニンとに関する論集とかも出た。三笠書房は最近『ソヴェート文学全集』を出しているが、之と前後して、『唯物論全書』を続刊している。之は唯物論の視角から見た学術的に根本的な諸テーマを取り上げて研究解説したもので、日本では最初の企てだと云えるだろう。すでに十三巻以上出ている(一九三六年まで)。

著書の序でに、左翼的な又は建前に於て進歩的な評論乃至学術雑誌を見るとすれば、『経済評論』(叢文閣)、『歴史科学』(白揚社)、『唯物論研究』(唯物論研究会)、『社会評論』(ナウカ社)、其の他の読者の定着を注目しなければならぬ。

以上は或る意味に於て「左翼的」(?)な、と云うのは、本当の意味に於て進歩性を建前とする、出版界のことだったが、その実質的な内容から云って、到底、所謂右翼出版物の遠く及ぶ処でないことは今更問題ではない。尤も企業的に見て、どっちが儲かっているかは、私の知る限りではないが。

併し、イデオロギー上の中性を有つ出版物が、著しく盛大になったことは、今年の何よりの特色に数えられるだろう。自然科学関係のもの(例えば『岩波全書』)が多数出版されて重厚な読者層を見出しつつあることは、之も一つの思想上の現象であり、中性に於てサスペンドしようとすると共に、しばらく退いて落ち付いた勉強をしようという、社会意識の現われだろう。でこの種のものは多く教科書の形をとる。そしてこの中性式教科書好みは無論決して自然科学だけではなくて、社会科学に就いてもその通り云われることだ(尤も改造社の『現代金融経済全集』や『統計学全集』などは、評論社や改造社が往年競争して出版した『経済学全集』の類とは較べものにならぬが)。この教科書好みの大規模なものは辞典や古典の全集となって現われる。辞典の方は尤も、勉強を省略しようとする読者にとって魅力を有つが、古典の全集は恐らく勉強するために買われるわけだろう。文芸辞典やゲーテ・ニーチェ・ドストエフスキー(尤も再版)其の他の全集が、出つつある。

だがイデオロギーの中性を求めるというこの読書界の大きな部分の現象、即ち又それに相応する出版界の現象は、一面に於て地道な手続きを取った探求の精神の現われであると共に、直ちに又他面に於ては、却ってつきつめる底ていの探求を放擲するものであるということを、深く注目しなければならぬ。之は左翼運動家の転向現象とも一定の関係があり、左翼思想家の退却とも連りがあり、それから特に文学の世界に於ては、文学主義化の傾向とも連絡があるのである。だから例えば、同じく中性的な哲学でも、普通のコースを取った所謂哲学という形を有つ哲学よりも、文学主義的な立場をハッキリと表面に現わし、従って文学的な内容の豊富なような哲学が主として選ばれた。『ニーチェ全集』やキールケゴールのもの又或る制限の下では『ゲーテ全集』などが夫だ(ニーチェに関する研究書は著書と訳書を加えて三四種に及ぶ)。之に反してプロパーなブルジョア哲学の出版物は、解説風のもの(岩波の『大思想文庫』)を除けば、非常に少ない。

この中性的イデオロギーによる出版現象の台頭に直接する、哲学・思想・社会・理論・其の他の一種のこの文学化と関係するものに、批評の問題への関心が存する。ティボデ、ファゲ、サント・ブーヴのものなどが訳されている。之は元来、吾々の問題探求の深化でなければならないのだが、下手をするとその皮相化に終る危険があるだろう。

政治上の自由主義はとに角今日極めて困難に面接している。之に反して、右に見たような意味に於て、文化上の自由主義は中々盛んであり、又根強いものがあると考えられる。もし左翼的な進歩性と、自由主義者の進歩性とがあるとすれば、この両者がいかに結びついて行くかは、一九三六年度の出版界に就いての興味ある観点だろう(私個人の関心が累して遺漏と偏局とがあったと思う。紙数の制限のために省いたものも多い)。

Ⅴ 余論

1 ブック・レヴュー論

厳密に考えて行くと、ブック・レヴューというものの意義は意外の処へ連っている。元来「本」という物が、一方に於ては思想の表現物だし、他方では之とは独立的に、一つのジャーナリズム的商品で、印刷や装幀という物質的条件を含む。本に現われた表現報道現象の、表現上又は報道上の価値は、必ずしもそのまま本という商品の交換上の価値であるとは限らない。現に、本という商品はその内容の良さだけで売れるのではなくて、本の名前や著者の有名さや人気や時宜や広告のスペースや広告文の偉力で売れるわけだから。

本というものがこういう二面を備えたもので、而もこの二面は必ずしもうまくソリの合ったものではない。だから、ブック・レヴューも亦単純なものではない。思想表現物としての本という側からブック・レヴューを試みれば、之は正に評論・レヴューというものであって、単に本自身を批評するのではなく、之によって著者の思想自身を批評するのだ。この種のブック・レヴューは決して珍しくはない。一例を挙げるに止めるが、ライプニツがロックの『エッセイ』を逐条評論した大著『ヌーヴォ・ゼッセイ』は、ブック・レヴューでないとは云えまい。マルクスの『ヘーゲル法律哲学批判』(本文の方)や、エンゲルスの『反デューリング論』などを思い出して見てもそうだ。解説書・注解書・までも考えるなら、この種のブック・レヴューが、文学史や思想史の上などで如何に多すぎるかを、読者は知っているだろう。

処がそんなものまでをブック・レヴューと呼ぶことは非常識の至りで、アカデミックな愚挙に他ならぬという非難があるかも知れない。だが実際はそうでもないようだ。何となれば、大小の雑誌に載る「ブック・レヴュー」(「新刊紹介」・「新刊批評」・其の他)其の他、は勿論書物の内容に就いての解説・注解・批評・を含んでいるので、単にそれが、原稿用紙にして数枚とか十数枚とかいう短いものに過ぎないのが多い、というまでである。以上は思想の表現物としての側から、本をブック・レヴュー(図書批評)したものであるが、他方之に対立するジャーナル商品としての本をブック・レヴューするという側面を考えてみると、その極端なものは広告文なのである(一二のものを除く大方の新聞の読書欄ブック・レヴューも、出版屋が原稿料を払うのであるから、広告の意味を有っている)。新聞の広告についても、広告主の出版屋や新聞社の営業の方では、記事とは別な「広告」だと考えているかも知れないが、読者の方から云えば之は最も重大な「記事」(時報的なニュース)の一つなのである。東京新聞の第一面出版広告欄がもつ記事としての魅力は、大阪新聞のただ中に置かれたことのあるインテリならば誰でも気づく処だろう。この広告文が意味のない最大級の誇張と、不正確なペテン解説とに終っているという習慣は、一つには出版者の教養の問題にあるが、不都合なことだ。私は著書の広告文は著者みずから自己解説するのが本当だと信ずる。著者たるものはゼルプスト・ダルステルングする権利と義務があると信ずる。序でだが、広告文を自分で書くことによって、例えば無意味で陰険な謙遜という東洋的な著者の悪習も、自然矯正されるだろう。之は自他を公正卒直に評価する風習に貢献するだろう。序文を書く時の著者というものは、多少センチメンタルになっているもので、酒癖の悪い少数の者は徒らに威丈け高になるが、大多数はヤニ下るものだ。例えば経済学の著書の序文に和歌などを入れたくなったり、擱筆の瞬間? の風物を抒したりしたくなる。それもいいだろうが、序文は著書の著者による自己解説であり、最も意味のあるブック・レヴューの一種だ。新聞学芸欄のブック・レヴューが著書の序文だけを材料として新刊紹介を企てるのも、ニュース・センスとしては正確なのである。

さて普通に漠然と考えられている所謂「ブック・レヴュー」は、一面に於て著書に盛られた著者の思想の原則的な解説・批評・であると共に、他面に於て、出版物としての本に対する公正な読者による時事的な解説・批評・を建前とするものでもある(ブック・レヴューが新刊を選ぶ場合の多いのはこの点から当然である)。後者の意味では出版の体裁、ヴォリューム、定価に至るまで、批評されねばならぬ。処が実際には定価やページ数という商品としての本質をあまり重大視しないブック・レヴューが珍しくない。東京其の他でこそ、店頭で自由に新刊本を手に取って見ることが出来るが、地方読者はこういう風にジャーナリズムずれする機会がないから、地方読者はブック・レヴューを最もよく活用する人だ。読者が一人の経済人として本を買う時の参考になるように書くのが、商品出版物としての著書のブック・レヴューのやり方であるべきだ。――で多くの雑誌がブック・レヴューに、つけ足りのスペースしか割かぬのは考えの不行届きから来る誤りである。一定数以上の本をブック・レヴューするのが、特に評論月刊雑誌の使命の一つである。この際ブック・レヴューが一定数以下では、偶然性に支配されるので殆んど無意味に近い。外国の学術雑誌がブック・レヴューに絶大な意義を置いているのは羨望に堪えないものがある。

2 読書家と読書

イギリスの数学教育者であるペリーが書いた有名な『数学教育論』を読むと、アレキサンドリア的な数学教師というような言葉がよく使ってある。丁度古代文学を集大成したアレキサンドリアの学者のように、ペダンティックな教科書を用いて幾何や代数の教育をやることを、何か学者らしい態度だと考えている数学教師のことを指すらしい。

私はこの言葉が大変気に入ったのである。勿論数学の世界だけではない。一切の科学また芸術の世界に、アレキサンドリア主義者がはびこっているのである。数学とアレキサンドリア式文学とは、あまりに明らかに過ぎる対蹠をなしているから、事情の妙なことはすぐ気がつくけれども、文化に関する科学や文学などとなると、このアレキサンドリア振りは、人の気のつかない内に、思わぬ勢力を張るものである。私は或る冊子をのぞいて見て驚いたが、その本は「科学精神」とかいうものを批判するのに、日本の高貴な方の和歌や、偉くも何ともないようなヨーロッパのあれこれの学究の片言双語などをもって自分の論拠の助けとしているのである。スペンセル氏曰く、の類のモダーン版なのだ。

また私の曾て勤めていた或る大学の東洋哲学の教授先生は、議論が少し込み入って来ると、やたらに審美的な漢詩を引用して、自分の主張の論拠に代えようとするので、大いに困らされたことがある。こういう誰が見ても妙な滑稽な現象は、歯牙にかけるに値いしないが、しかし考えて見ると、今日の「学問」とか「教養」とか「学殖」とかというものの大半が、これと同じ本質であるといわねばならぬ。

世に愛書家なるものがある。また蔵書家なるものがいる。いずれも性のよいのと性の悪いのといるが、今は問わぬとしよう。これに因んで読書家というものがいる。大体において物知りで博学な人である。ところが読書家の大半が、恐らくこのアレキサンドリア派なのである。ただそのアレキサンドリアン振りが、比較的馬鹿げていないかいるかの差はある。しかし実は、本を読むことから少しも利口になるのではなくて、却って読めば読むほど、頭が悪くなるという点で、同じ本質のものなのだ。現に今の私自身、この間偶然ペリーの本などを読んだものだから、そんなものを引合いに出さなくてもよいのに、何か文章に色艶でもつけようというような潜在意識で、アレキサンドリア主義などという衒学的な言葉を使って見たくなったのである。私の思想、それはここでは、文献学というものが軌道を脱線すると文化にとってどんなに有害であるかということを指摘論証しようという思想だが、この私の思想は、こういう「読書」によって一見豊富になったとも考えられるが、同時に著しくレディー・メード化して貧弱になったとも思われるというようなわけだ。

本が如何に人間を馬鹿にするかということについては、昔から色々の人が述べているが、それは決して逆説ではなかったのである。いわゆる読書子には、案外特色のある思想家はいないというのが、事実ではないだろうか。本を読まない人間の無教養は今問題でない。本を読む人間の内で、読書子や「読書家」は決して信頼すべからざる文化人である。彼等は雑誌の投書階級のような特色を、一般文化の上でもっているようにも思われる。一種の謙遜な弥次馬でなければ、不遜な能無しである。

こういう読書子は決して「読者」の代表者ではあり得ない。真の読者は読書主義には陥らぬものだ。というのは本を読むと同時に、それだけの分量の時間を、自分自身で物を考えるのに使う義務をみずから課しているのが、本当の読者である。本を読んだかどうかを記憶する人ではなくて、本を読むことによって何を考えたか、を記憶する人が、本当の読者である。

ブック・レヴューが最近盛大であるが、これはこういう「読者」を代表するところの、批評家の大きな仕事の一つなのだ。文芸の出版物を批評することが所謂文芸批評だとすると、一般の出版物を批評するブック・レヴューはクリティシズム一般の仕事の筈である。ブック・レヴューは、本格的な文明批評の一環である。アナトール・フランスなども文芸上のブック・レヴューによって名をなした。古来批評家は書評家である。ということは、批評家は本当の「読者」の代表者だということである。これはアレキサンドリア派の文献主義者なる所謂読書子や「読書家」のよくする所ではあるまい。

3 論文集を読むべきこと

大抵の本屋は、書き下しの単行本を書け書けという。一遍雑誌其の他に載ったものはあまり売れないという。論文集や評論集にしても書き下しの論文が這入っていないと売れないと云っている。或る本屋は論文集ならば、仮とじにして簡単に中味のわからぬようにしておく必要があると主張する。蒸し返しの中味をなるべく暴露する機会を少なくしようという魂胆である。なる程之は尤ものことで当然至極な考え方のように見える。一遍読んだものを誰が繰返して読むものか、と考えられるだろう。処が私は、これに大反対なのである。尤も、大反対と云っても、そういう論文集や評論集が売れないということが嘘で、大変売れるものだと主張する心算ではない。多分売れにくいのは事実だろう。だが私はそういう事実が気に入らないのである。そんな事実に不平なのである。事実に不平を云ったって仕方がないと言われるかも知れないが、併し少し不平の声を大きくすれば少しは改まる事実だろうと思うので、云って見れば、読書術の水準がもう少し向上(?)すれば、評論集や論文集がもっとよく読まれるようになって行くに違いないというのが、私の意見だ。

例をまず他の方面から取れば、私など絵の普通の展覧会は到底見るに耐えないのである。疲れるも疲れるが、テンでわからぬし、テンで興味がわかないのだ。無意味な印象が明滅交替するにすぎない。処がそれが個展となると、実に面白く、注目した絵の印象はいつまでも忘れない。

短篇小説もそうである。評論雑誌や文学雑誌にのるものを私は一つ一つ読んで行くことに、儚なくなるような苦痛が伴うのだ。勿論私は月々の作品の大部分を読んでいるのではないから、一人一人の作家について充分な用意が出来ていない。だから結局その作品の世界がわからずに終る場合が尠くないのだ。

評論や論文もやはりそうなのである。或る人の思想は一つや二つの文章を偶然のように読んでもわかるものではない。どうしても或る程度体系的に読まねばならぬのだが、それでは初めから纏めて書いた書き下し単行本が一等いいだろうと考えられるかも知れない。併し事実はそうでない。或る人の考えを最も特徴的に知ろうと思う時、私など最も頼みにするのは、その人の論文集や評論集なのである。之を割合に克明に理解すれば、その人の思想の骨肉ともに比較的早く呑みこむことが出来る。大がかりに書き下した「体系的」な著述の類は、云わば文筆的な儀礼が大部分を占めていて、筆者の本音は仲々伝えられるものではない。

それに所謂書き下し著書なるものは、一種気合いの抜けた、平均された結論が先に立っているもので、著者の思考の苦心の跡は、お客さんの前に出た主人達の夫婦喧嘩のように、ケロリと片づいて見える。これでは読者は、あたりさわりのない隣人の程度を容易に出られるものではない。どうせ物を書くのは、日記にしても著書にしても、一つのポーズであることは甘受して肯定しなければならぬが、ポーズにも儀礼的なものとそうでないものとがある。所謂体系的な著書は第一公式か第二公式の儀礼に従ったものなのだ。

評論集や論文集は、併しそうではない。一篇々々の文筆が粒々たる苦心と混乱克服との跡である。遂に混迷に立ち佇んで終っているものさえある。そしてこの文化的に愛嬌さえある文章の一つ二つを丹念に読み、其の他の諸篇を参照しながら行くと、不思議と、或る抜け穴が見えて来るものだ。そうなれば著者の考え方と思想とは、もしも著者が文化的なロクデナシででもない限り見当がつくものだ。これで見当のつかない著者は、よほど独自な難解な人物であるのか、それとも全くナッていない作文屋であると見れば、間違いないようだ。

かくて私は論文集や評論集の、学術的価値と文化的意義とを、高く尊重すべきであると結論する。夢々無知な本屋などにダマされてはならぬ。――それから序でに云っておくが、私の論文集はいくつか出ているから、以上の根拠により、今後遠慮なく売って欲しいものである! 一九三七年九月二十七日、誕辰の佳日に当って、一筆件の如し。

4 如何に書を選ぶべきか

私は学生の頃、数理哲学に関する本を店頭で買ったり注文したりして集めた。この頃は高価くつくので、最近の出版のものは持っていない。次に空間や時間に関係した書物を集めた。之は今でも、外国書のカタログを見た時に、徴しをつけておいて思い出せるようにしている。是非要りそうなものはメモにとっておく(いつか大いに役に立ちそうな本はなるべくメモにしておく)。安いものは早速取り寄せる、取引先は東京にあるのだから。一頃は物質に関する文献や、唯物論に関した文献も機会あるごとに買うことにしたが、前者は近代物理学に関係があるので高価くて買えないし、後者は稀覯本が多くて、一向捗らない。ファシズムに関する日本で出た単行本は今でも注意して買っておくことにしている。一頃新聞乃至ジャーナリズムに関する書物を買うことにしたこともある。之は古本屋に思いがけないものを発見することが珍しくない。

何も併し、之は私の収集趣味からではない。私はもっと本を実用的に考えている。だからどんな偉い本でも、大切な本でも資料という資格をしか与えない。どんなによごれていても、半ぱでさえなければいいと思っている。どっかの学生が使った仮名で訳を盛んに書き込んだものでも、安価くて資料として役立ちそうなら平気で買うのである。

私の興味には自分でもよく判らない或るシステムがあるのであって、処々にテーマとなるようなステーションがある。そこのまわりの本を買っておけば、ステーション相互の間に、いつの間にか意外な連関が発見される、とそういう気持ちがするのである。実際そうなった場合もあれば、どうもなりそうもない時もある。つまり私の興味の網の目にひっかかった本を、何はともあれ(安価である限り)買っておく。こういうライブラリーが、まず五千冊にも及べば、少しは役に立つセットになるかと思っている。

どうしても新刊書を買いたくなるものである。自分には縁遠いと知りつつ、新刊書だというだけで、買って見たくなる本もある。新刊書の魅力というものは不思議なものであるが、一つには時代の動きが私を誘惑するためだろうし、もう一つは他人に負けまいという我慢も知らず知らず働いているようだ。おかげで随分つまらない本を読まされることも少なくないが、併し新しい関心の開拓には、確かに新刊書が最も有効であるように思う。そこは大体好奇心であるが、好奇心はごく新しい新刊と共に、又約十年以上も旧い古本に対しても動く。

私は古くなった新本よりも、本当の古本がすきで(恐らく安価いことがそういう審美感を産むのだろう)、古本屋で本を眺めながら色々の想念を捉えることが楽しみだ。どうも之は東京堂や丸善では起きて来ない気持ちである。

本を買うのはすぐ読むためとばかりは考えない。私にとっては買って持っている本は、読んで持っている本の三分の一の価値、読んで今持っていない本の、二分の一位いの価値、があるように思える。本は読むためばかりではなく、見るためのものでもあるし、所有するためのものでもあるというのが、私の持論である。

皆んなが読むものを、是非自分も読まねばならぬというのは、あまり賢明なこととは思われない。大変価値のある本とか、自分が読んだら特別の意味があるとかいうなら別だが、他人が読むからという理由で、読むのはヤキモチの一種である。本というものはなるべくなら他人に読ませて、その読者にその本を紹介させたり批評させたりして、その要領で大体の見当をつける方が、正しい勉強(?)のように思う。自分は自分の本を読むべきであって、他人の読む本を読むべきではない。

何でも読んでやるという太肚と野心とが絶対に必要だが、読む順序には自我流の見識がなくてはならぬようだ。一頃猫も杓子も騒ぎ立てた本で、その後全く声も聞かなくなったような本を悠々と読んで見るなどは、中々痛快なものである。之は他人の知らない本をコッソリ読んで、種本にしたりするよりも、公明な心境だろう。読むのは凡てを読め、読む順序は独断的であれ、と私は思う。

読む順序のシステムは、教程のように初めから人工的には決らない。次から次へと自然に導かれるべきである。次の本を選ばせるだけの暗示を与えない本は、その当座は自分に役に立たぬ身に添わぬ本と思えばよい。そして次のは、割合あてズッポーに選べばよい。問題にひっかかって来ると、本の選択などは本自身が教えて呉れるだろうと思う。

一定の限られた解決を必要とするような形での研究上の選書法は、恐らくその時々で異るだろう。私が考えて見たのは、半ば研究的で半ば教養のための、選書法のことである。

5 論文の新しい書き方

文章の書き方、論文の書き方、については、旧くから色々云われている。書き始めはどう、中の処はどう、結尾の辺はどう、という具合に、何かの範型があるように云われて来ている。なる程唐宍八家文などにはそういう手本になるようなエッセイが大分ある。だが私は、韓退之のようなああいう艶っぽいくせに鈍重な「論文」は大きらいなのである。一体、支那の古典文が大方そうなのかも知れないが、あれは作文であって論文ではない。作文には規範めいた定式は考えられるが、論文にそういうものはあり得ないだろう、というのが私の考えである。特に大臣の演説や政治家や軍人の教化的講演をここから連想させられると、もう我慢が出来ない。なぜ日本の支配者達はこんなに考え方が作文的なのかと、味気なくなるのである。

それはさておき、論文には一定の型式となるようなものはない。内容が一定の文章を要求するのである。書く人は出来るだけの力を自分なりに発揮して、この内容を自分自身に逐一納得の行くように整理し点検して行けばいいのである。それがおのずから、読者にもよく判る論文となるのであって、普通の論文では、人に判らせるために書いたものよりも、書く当人によく判らせるように書いたものの方が、判りがいいのである。尤も判るとか判らないとか、やさしいとかむずかしいとかは、読む人の教養と思考力とによることではあるが、少なくともユックリと丹念に読む場合、専門の特別な論文でもない限り、正しいものなら必ず或る程度、要点は判るものだ。

一読して、つまりごく不注意に読んで、何だか判ったように思われる論文でも、少し疑問を持ちながら注意して読むと、一向取り止めのない判らない論文がよくあるものである。その人間の云いたいことがさっぱり判らないのは論外としても、云いたいらしいことは大体常識的に見当はついても、さてその云いたいことがその論文によっては一向特別な根拠を与えられないようでは、その論文は要するに何の役にも立っていないのであって、ただ、こうだああだ、と主張だけを書いた方がまだしも正直なことで、論文の体裁などはコケおどしの見せかけに過ぎなくなる。つまり既知の常識を常識として反覆するだけで、その常識を掘り起こすでもなく、糾明するでもなく、高めるでもない。こういう論文はアタマの悪い論文である。そしてアタマの悪い論文は、往々歓迎されるものであるのも忘れてならぬ事実だ。つまり読者の既知の世界に抵抗して行くだけの骨のない論文は、一種の人間的弱さから来る好意を以て迎えられる。――アタマの悪い論文に堕さぬためには、論文は作文でないことを注目してかかる必要があろう。勿論アタマのよい論文で、作文としても修辞的で愁訴力に富んでいたり扇動力を持っていたりすれば、それに越したことはない。

論文の生命は、あくまで分析を通しての総合という手口にあるのである。分析とは大体区別を明らかにすることだ。同じ言葉や意味の近かそうな言葉を区別して、夫々の通用範囲をハッキリさせ、それを使って事物を解明して行くことである。総合とは之に反して、連関と対立物の統一とを明らかにすることである。お互いに無関係に見えるもの、お互いに違っているものの間に、或る同一性に帰する関係を発見することである。そして、二つの相違し又無関係に見えた事物をこういう風に関係させるためには、二つのものの夫々について、さっき云った分析が予め必要なのである。充分に分析されないものは、決して満足に総合はされない。充分に分解されて初めて確実な組み立てが出来る。論文の主張はこの時初めて成り立つ。云って見れば、之が論文の書き方の方式の唯一のものであるかも知れない。アタマの悪い論文とは、この方式を実行出来ない論文のことだ。それをゴマ化すために、作文などに努力をする。

処で、事物には凡て表と裏とがある。事物を処理するためには、表と裏との両面から這入って行かねばならぬ。之は論文の作文法の問題ではなくて、事物そのものの性質が文章に対して一般的に要求する処だ。反語や逆説やアフォリズムという作文様式は、この要求から使われるのであって、特に反語や逆説やアフォリズムを使って見たくなったから使う、というものであってはならぬ。又そういうことは、本当は不可能なのだ。こうしたものを何か便宜的なものと考えている人があるとすれば、浅墓の極みである。物を少し親切にリアリスティックに掴もうとすると、そう棒ちぎりを振りまわすように行かなくなる。批評論文にしても、少し気をつけて読むためには、賛成している処に反対しようという用意を見、反対している処に賛成の素地を見出す底の用心がなくてはならぬ。結論は賛否ハッキリ出来る場合が勿論極めて多いわけだが、その結論まで行く迂余曲折が論文の生命で、そうでなければ折角通過した地点も容易に失われねばならぬだろう。論文の進め方は戦線の前進のように考える必要がある。前にさえ行けばいいというわけのものではないのだ。いや、結論ということ自身をもっと慎重に理解すべきであって、ただの結論は何の実力もない独断と同じである。結論は分析と総合とを通して得た行論の結論以外のものではなかった筈だ。

論文は出来るだけ簡潔に卒直に書かねばならぬ。余計な尾鰭は原則として邪道の因である。だが論文は幼稚であってはならぬ。用意周到に事物の表裏を点検しなければならぬ。その意味では、出来るだけ複雑で皮肉で触角の伸びたものであってほしい。そしてそういう雑多を整理した上での、卒直簡潔が本当の水際立った論文なのである。――だがこういうことが出来るために、最後に最も大切なのは、勘である、感覚である。事物に対して持つ直覚の優秀さである。之は不断の訓練に俟つものだ。

6 校正

「そのやうな」は「ような」とは書かない。「しようと思ふ」は「しやう」とは書かない。「用ゐる」は「ゐる」又は「ひる」であって、決して「用ふる」や「用ゆる」であってはならない。校正者はこの程度の国文学者であることが必要だ。

なる程発音通りに仮名を使えという主張がある。之は確かに進歩的な主張だと思う。併し、仮名通りに書かない処の国語の習慣に従った原稿である場合には、少なくとも以上のように校正することが必要だろう。

それから又、文法的に正しくあろうともなかろうとも、現に大衆的にそう使っている以上、それでいいではないかという反対もあるだろうが、それだけの覚悟があるなら又別だが、併しそれにしてもさっきのような点は、知っていなくてはならぬ、ということに変りはあるまい。之を知らない程度の校正者は何を仕出かすか安心ならぬ。

校正者は国文法だけではなく、漢字の熟語や、英独仏露、エス、ギリシア、ラテン其の他の語学の素養がなくてはならぬ。だけではなく、諸科学上の常識と、普通の常識とが絶対に必要である。例えば「トロツキー」は「トロッキー」ではなくて「トロツキー」だ。准南子は準南子ではない。其の他幾万の常識。

校正係りは原稿がそのまま活字になったかどうかを校閲するのではなくて、印刷になったものが文章及び文字として正しいかどうかを検閲するものだ。技術だけではなく、文章の筆者以上の理解と、持ち合わせの大常識とが、絶対に必要である。

処で、こういう偉い博学者で注意周到な人間は、なかなか校正などという賤しい仕事をやろうとしない。二流以下の出版屋では校正は小僧にさせる場合さえ多い。悲しむべき現象である。

『唯研』や『唯物論全書』にさえ、誤植が少なくないのは、こういう悲しむべき現象の、典型を実現して見せるためである。悪く思わないで読んで欲しい。

併し原稿渡しがギリギリで、優秀な校正者も手のほどこしようがない場合は、又別に考えねばならぬ。多分之は原稿料や印税が安いからだろう。之亦悲しむべき現象と云わなくてはならない。云いたいことは段々あるが、いずれその内又。

7 翻訳について

武田武志氏は『唯物論研究』(一九三七年六月号)のブック・レヴューで、ゴーリキー『文学論』の翻訳三種を比較した序でに、三笠書房版熊沢復六氏訳に関説して云っている。「最後に、この機会にわが国の翻訳について一言したい。ナウカ社版や本間氏訳は大体わかり易い訳であるが、熊沢復六氏のは悪訳である、私は熊沢氏の訳本は大部分通読しているが、あまりにもひどすぎる(例えば『文芸評論』)。ソヴェート文献翻訳の仕事の意義は実に大きい。その任務の大きさにもっともっと自覚して責任ある訳書をどしどし出版していただきたい。ナウカ社版は論文を随分勝手に省略してそれぞれの論文を切りさいなんでいるが、良心ある訳者ならばこれを読者に断わるべきである。吾が国のソヴェート文献翻訳事業に、もっと責任と良心とを要求したい。あえて苦言を呈する」と。

之では熊沢氏はまるで、無責任と無良心の巨頭であるように見える。果してそう云っていいだろうか。なる程、私も熊沢氏の訳にはあまり感心はしていない。ロシア語の読めない私でもこれは何かの誤りでないかと思われるような氏の訳に出会った経験もある。最近の一例では『文芸学の方法』(清和書店版)の内で、イギリス文明史を書いた「ボークル」云々という言葉が数ヵ所出て来たが、之はバックルでなくてはならぬだろうと思った。処が旧ナウカ社版、白揚社新版のミーチン・イシチェンコの『唯物論辞典』にも矢張りバックルがボークルとなっているから、この誤りは殆んど伝統的なものであるらしく、決して熊沢氏一人の誤りではないのでないかとも考えた。こういうような翻訳検察官になることは誰にでも割合に容易であり、偶々熊沢訳は検察官の目につき易いのが事実であるというにすぎぬのだが、併しそれがすぐ様責任と良心との問題だと云って了っていいだろうか。

私はかつて斎藤晌氏のスピノザ全集訳に対する或る精鋭な(但し当時殆んど無名な)古典学者の非難(『思想』にのった)に就いて、『東朝』紙上でこういう意味のことを書いたことがある(次項を見よ)。著作翻訳其の他を品隲するに際しては、その人の之までの業績全体が持っている社会的功績の程から批評されねばならぬ。それから各種の社会的条件もそこへ入れて計算しなければならぬ。翻訳の云わば内在的な(観念的な)可否だけでその仕事の現実的価値を決定して了ってはならぬ。学的良心というようなものも、出版業者の資本や訳者の経済的社会的生活条件と大いに関係があるのだから、軽々に言及すべきでないと。それに私はひそかに考えるのだが、仕事の分量の大さというようなことも或る程度まで質の良さの代位をするものであって、或る程度の質を備えたものを多量に産出出来るということは、良質なものを極めて稀にしか発表しないアカデミシャニズムよりも、却って客観的価値のあることだと思うのだ。

熊沢氏の場合についても大体同じことが云えるのではないかと思う。私のようにロシア語を知らぬ読者は、何と云っても熊沢氏の仕事に随分恩を負うていると云わざるを得ない。仮に私が氏の誤訳悪訳を指摘するとすれば、それはとりも直さず氏の訳そのものの社会的余沢(?)であると云う他あるまい。つまり熊沢氏は何も訳さずにどこかの語学の先生でもしていれば、誤訳もしないで済んだわけで、その責任も良心も無事であった筈だ。だから結局、その質の良否は第二段として、翻訳をやらぬよりもやった方が一般に価値があるのだという事実を私は強調したいのである。凡てが欠点で悪い作用一方だというような訳はあり得ないのだから。

それから今日では、その方が、翻訳の質を段々よくして行くという実際上の効果が一層あるように思われる。特に熊沢氏のようにその仕事の意図が吾々と本質的に一致している時には、こういうやり方の方が却って峻厳な批評の実質を備えるものだ、というのが批評というものの一つの秘密であろう。――批評は峻厳でなければならぬ。不純な手心があってならぬ。だが厚意ある峻厳こそは最も峻厳であり、最大のリアルな苦言なのだ。武田氏自身がゴーリキーの批評家としての態度について云っている、「この愛情は若い作家達に対する彼の指導と、世間一般の『批評家』達が作家・作品・に対する態度とを比較するならばあまりにも明瞭である」。武田・熊沢・両氏の批評者と被批評者としての関係についても(ムタティス・ムタンディに)、同じことが云える筈だ。

8 篤学者と世間

斎藤晌氏と畠中尚志氏なる人とが、『思想』誌上でスピノザ邦訳に関して喧嘩をしている。初めて攻撃の矢を放ったのは畠中氏の方であって、相当痛烈なものだったが、斎藤氏は之に対して、多少問題の核心を避けながら、一種皮肉な口吻で高踏的な答をした。翻訳に多少の誤訳のあるのは已むを得ないことだが、それをそんなに大騒ぎするのはどういう目的なのか、という口吻である。併しテキストに関する論争としては、素人の眼から見て、勝味は畠中氏の方に多いように見えるのであって、畠中氏は今月号(一九三四年九月)の『思想』では大分落ちついて、斎藤氏に止めを刺そうとしているらしい。

だが吾々素人の読者にとっては、この種の問題は決してただのテキスト批判の問題には止まらないのである。現に畠中氏も斎藤氏もそれぞれ「学的良心」とか「学者の信用と地位」とかいうものを持ち出して問題にしているが、それが単なるテキスト・クリティックの問題に止まらない証拠である。そこでテキスト・クリティックの観点以上の観点に立つと、どっちの方に理があるか、簡単には決まらなくなる。

一体『思想』という雑誌は之まで時々この種の学界警備に任じて来た。和辻哲郎氏は東北帝大教授藤岡氏のコーエン翻訳をヤッツケて訳者を馘にしたし、林達夫氏は関根氏のブリュンティエールの旧訳をタタいて凹ませたし、小島喜久雄氏は団氏の西洋美術史の訳書のデタラメを手痛く指摘して東大助教授を止めさせて了った。道徳上の善し悪しなどは少しも問題ではないが、併し注意すべき点は、どの場合にもヤッツケた人自身、大抵それまでに既に相当のアルバイトを世間に向かって客観的に示していた人だったということで、そこで世間はこの春秋子の立場を尤もなものとして承服するのである(それに大抵事前に相手と個人的な折衝を試みている)。本当にインチキなものならば大いにヤッツケるべきだが、併し他方、日本の各種古典学者の通弊は、篤学以て独り潔しとすることである。処が世間は学者の存在理由を、その仕事の客観化された量質で以て計るものである。

〔付〕 最近のドイツ哲学の情勢を中心として

――戸坂潤氏にものをきく会――

中村 本日は雨中を態々お集り下さいまして誠に有難う御座います。「何を読むべきか」について、色々お気付の事をうかがいたいと思いまして、此の様にお集りを願った次第であります。

A 今夜は主として最近のドイツの哲学界の情勢とそれの日本の思想界への反映について戸坂氏のお話をうかがい度いと思います。

戸坂 独逸の哲学に就いてですが、それも新刊は此の頃余り手にしませんからよくわかりませんが、少しお話致します。

大体、最近の独逸の哲学の傾向と云うのは、恐らく広い意味で生の哲学と云う特色を持って居ると思います。

生の哲学には、いろんな通俗哲学もある様ですが例えばシュペングラーとか云った連中が非常によく読まれているそうですが、アカデミカルな方面ではハイデッガーの哲学が全盛の様に思われます。ハイデッガーの哲学は、一体ディルタイとフッセルルを結合したものにあたるわけで、フッセルルはよく知られて居るように、非常に科学的な研究方法を採っています。云わば数学的な特色を持っている哲学であって、ディルタイの方は歴史的生活という問題を中心にしているだけに、可なり文学的な、詩的な特色を持っている。ですけれども、此の二つの相反した哲学は、最近の代表的なものとして一般の注目を惹いて居る。

狭い意味での所謂生の哲学、これはディルタイの方を含むわけですが、しかしフッセルルの哲学と雖も、矢張り体験とか意識とか云う問題が中心になって居るものであって、広い意味では之も生の哲学に入れることが出来ます。

フランスの生の哲学者として有名なベルグソンの問題の領域と、フッセルルのそれとは非常に似たものを持っているようです。

ハイデッガーは此の二つの近代哲学の対立物を、両方が生の哲学である点を媒介として結び付け、そして更に其の上「生」と云う概念に特別な色調を与える。其の色調と云うのは、「生」即ち生命、人間の存在と云うものが、本来宗教的な生活を真面目とする筈のところ世俗の生活としては日常的な生活態度として、宗教的な生活態度から離れ落ちてる。そういう生活の分裂を通して、人々が再び真の宗教的生活態度に帰って行かねばならぬという風に人間生活を規定した。そういう風に規定された宗教的人間存在の何よりの特色は、人間の生活が有限である、死が待っているという点で条件づけられている。斯ういう風にライフが死によって条件づけられているのです。ハイデッガーの哲学が現在に於ける最も代表的な、世界を通じて代表的な、生の哲学であることは前に述べた。そして此のハイデッガーの哲学の思想的背景は明らかにカトリックのものであって、其の先生であるフッセルルの哲学は、スコラ哲学の現代的形態とも云うことが出来るでしょう。

しかし、ハイデッガー哲学の持つもう一つの要素である所のディルタイは、云う迄もなくプロテスタントであり、嘗てのプロテスタントの驍将シュライエルマッハーの後を継ぐものである。従ってそれだけハイデッガーの哲学は、プロテスタント的特色をも兼ね備えていると云われています。

所がハイデッガーが言わば発見したと云ってよいキールケゴール、此のキールケゴールこそ、ハイデッガーが自分の哲学のやり方の先駆者として見出したのでありますが、恰も、其のキールケゴールは今日の弁証法的神学者達の拠り所となっている。弁証法的神学は言う迄もなく、プロテスタントの甦生運動であるけれども、シュライエルマッハー風のプロテスタンティズムに反対して、もっと古典的なものに帰ろうとして、其の為めにキールケゴールを持ち出す。そういう具合に、一方弁証法的神学が、従来のプロテスタント主義から離れると同時に、他方ハイデッガーは、従来のカトリック主義から多少ずれて来て、其所で、ハイデッガーの哲学と、弁証法的神学とが、例えばキールケゴールと言うようなものによって、一つづきの関係に這入るわけです。ところで最近九州帝大の今中次麿氏などが指摘しているように、弁証法的神学が、全くファシストの哲学体系であるとすれば、ハイデッガーの哲学も亦、ファシスト的哲学への密接なる連絡を持っているということを想像するのは難くない。噂によると、ハイデッガーが最近ナチスに入ったということも耳にしないではない。

ハイデッガーの哲学をいろいろな方面に使って見ようという運動が方々に行なわれている。そういうものから出て来た一つとして社会哲学というものも既にある。詳しい内容は見ないがレーヴィトの社会哲学は、ハイデッガーの根本概念を使って書かれたものであるのです。

大体、独逸の最近の哲学がそれであるとして、それが日本の思想界に如何に反映したかの問題に這入ろうと思います。

第一にハイデッガーを担いだのは、色々ある中でも京都の和辻哲郎博士である。氏の倫理学は、ハイデッガーが人間の存在は日常的な生活としては世の中に於ける存在即ち世間的存在であるという点を借りて来て、之を倫理学の根柢に置こうと考えているのです。之がハイデッガーを真正面から利用したという例で、他の一方は先き程ちょっと触れたハイデッガーに連関のあると考えられる弁証法的神学(危機神学)の思想は、西田幾多郎博士によって自分の哲学体系の相当重大な場所に位置づけられた。西田博士は其の自分の弁証法を、ヘーゲルの観念論的な弁証法であるとか、又、マルクス主義の唯物論的弁証法に対して、自覚の弁証法(即ち自己意識の弁証法)として主張するのであるが、此の場合に持って来られるのが、危機神学の弁証法なのです。西田博士は最近自分の哲学を恰も生の哲学として特色づけて居られるが、それは我々にとって非常に意味のあることです。

B ヘーゲル復興の運動とハイデッガーとの連関については……

戸坂 ハイデッガーを動かしている形而上学的な意志は、直接に新カント派の哲学の没落として現われて来ている。だから、ハイデッガーもカント主義であるべきカントの哲学をさえ形而上学であると解釈しようとしている。で、ヘーゲル復興とは、形而上学の復興という意味を持っていると思います。言う迄もなくヘーゲルは国際的にもマルクス主義の連関の下にとりあげられているが、形而上学復興の意味と二つあるというのは改めて云うまでもありません。

我国にもそのままの二つの形が発見される。例えば、国際ヘーゲル連盟の支部は、ヘーゲル復興に属するし、また今日の学生其の他が研究しているヘーゲル研究は左翼に属している。

先日偶然独逸の雑誌で見かけたのですが、それに日本に於けるヘーゲル連盟日本支部からの報告が載っている。勿論、日本に於けるヘーゲル研究の形の一つとして、左翼側からの研究を見逃がしてはいないが、それよりも興味のあるのは、他の一つの形のヘーゲル研究をヘーゲル哲学と東洋精神との合致に原因していると説明している点です。そういうことは実際には我々から見れば云えないことですが、其の報告者は其の一例として、日本大学に於けるヘーゲル百年忌を指示している。これは噂によるとヘーゲル百年忌として、お経を読んだ由。報告者の説明に拠ると、日大は仏教的な大学であるとある。之は非常はヨタですが。

話が逆になるが、独逸の国際ヘーゲル連盟に於ける国際的講演会に於て、ソヴェートの学者達が出場を拒まれたことは注目に値いする。

A 独逸でマルクス主義哲学者として重きをなす人々は……

戸坂 ウィットフォーゲルとか『バンナー』〔『マルクス主義の旗の下に』誌〕に書く連中でしょうか。……いろいろマルキストにはあるが、……カント主義マルキストなどまで数えれば数は少なくないでしょう。

A ザウエルランドの唯物弁証法が最近日本に於て注目され、近く其の第一巻が白揚社から発行されるそうですが、之については……

中村 ザウエルランドの唯物弁証法の中にはハイデッガーに対する批判は扱われていましょうか。

C ハイデッガーに対する批判はザウエルランドの全巻を通じて出て来ない筈です。それはザウエルランドは唯物弁証法の問題を中心に取り扱ったためでした。しかしその話はあとにして、戸坂氏の述べられた、ドイツの観念論哲学はどういう風に日本に影響したかということの外に、なおドイツの観念論哲学は、どんなものに結び付けられていたかという問題が残っています。ドイツ観念論哲学は戸坂氏の特色づけられた様に非常に宗教的色彩が豊かである。特に哲学に於ても、カトリックの復活が余りに著しいものであって、例えばハイデッガーによれば、真理というものは、科学によっては真に把握されない。何によってかと言うと、感情によって把握される。

そのハイデッガーが言う所の形而上学的実在が、人間にひらかれるところの感情は不安の感情である、そういうことを『形而上学とは何ぞや』と言う本の中で述べている。

斯う云う風に大体にハイデッガーの根本思想とでも言うものは、一方に於て科学を否定し、不安の感情といった様なものを強調し、これによって結局は宗教に逃れている……

戸坂 なぜ科学の否定が今日必要であると考えられているかが問題でしょう。

C 人間の根本的な存在が不安だというような斯ういう哲学が、現代の社会情勢に、どういう連関を持っているか……そういうことがなお重要問題として残されていると思います。

B その問題については、例えば、ハイデッガーやヤスペルスが科学的認識の代りに不安の感情という様なものを持ち出したり、シュペングラーが因果性の代りに運命の概念を持って来ると云った様な、そういう一連の最近の生の哲学の傾向……それは一口にいえば資本主義の一般的危機の哲学的表現として規定出来るでしょう。

戸坂 一体今日の科学(自然科学を標準として)、自然科学の根本観念は、近世の資本主義の発達と共に与えられた。従って資本主義の一般的危機と言ったもの、それから当然、自然科学的根本概念そのものの一般的危機が出て来るわけだと思います。社会科学と雖も自然科学の根本概念と一定の連帯を持っている自然科学的な諸根本概念が行き詰ったとして、ブルジョア的哲学者から受取られる。そこから資本主義の行詰りを観念的に飛び越えようとして自然科学的概念に拠る認識の代りに、何か他の認識形態を持ち出さねばならない。そこで形而上学という認識の仕方が新しく思い起こされるわけでしょう。

ところが欧州のブルジョア哲学者達によると、そういう形而上学的認識は、最早欧州其のものの中には求めることが出来ず、東洋其の他の文化の中から拾い上げられねばならないと考えられる。

シェーラーの如きも、形而上学的乃至宗教的な知識というものを……欧州を救う新しい観念的武器だと考えている。

シェーラーの如きに依れば、飽くまでも自然科学的認識即ち科学的認識に立とうとする態度が、一般に実証主義だというので、マルクス主義なども実証主義と同じに取扱われて居る。

C そこで、ドイツのブルジョア哲学と、それの自然科学との問題が戸坂さんによって触れられたと思います。

なおB君の方からハイデッガーの哲学の社会的基礎として、資本主義の一般的危機という問題が提出されたようです。ハイデッガーの哲学は単に自然科学との連関からばかり説明出来ないと思います。実際、現在の資本主義制度其のものが全く行きつまって、如何にしても逃れ路がない、そういう事実が、直接に感情的に一般に感じられたもの、それがハイデッガーの様な不安の感情というものを神秘的に祭り上げる様な哲学を生んだということが云われると思います。

戸坂 しかし、それと同時に、ハイデッガーの哲学が何故流行し得たかと云えば、それは予め自然科学的認識に対する不信認が、横たわっているからで、現に新カント派に属する哲学などが、ハイデッガーの仕事には何等の注意も払っていないように見える。彼等新カント主義哲学者達は、多少とも自然科学的認識に信用を置いているのである、従って容易にハイデッガー風の超物理学的な即ち形而上学的な考えを受け取ることが出来ない。

C しかしハイデッガーが一般に受け入れられた理由は次のような方面からも強調されねばならないと思います。

それは小ブルジョアの生活の窮迫が一方に於ては小ブルジョアを積極的なファッショ運動へと駆り立てる。

又、一方には小ブルジョアを非常に絶望的気分に陥れます、だからウィットフォーゲルが指摘して居るように、ハイデッガー哲学は、シュパンなどが真正面からファッショを弁護するものとはいくらか異っていますが、結局、小ブルジョアの不安の根源を現実的に説明することなく、超越的な形而上学の問題に祭り上げて、ファッショの御用を勤めるのだと思います。

なおハイデッガー哲学が非常に宗教的、特にカトリック的な色彩が強いことは、一方に於ては現在ドイツに於て、政党方面ではカトリック中央党の進出なんかを思い合わせることが出来る。また現在ドイツのパーペン政府自身が大体次の様に言っています。

我々はあらゆる私的な世界観を斥ける、そしてキリスト教の永遠の真理を擁護する。

そう云ってるのでもよくわかる通りに、現在のドイツに於けるファシズムの発展と共に、宗教の役割が非常に重要になって来る。これらはハイデッガー哲学が一般に受け入れられる理由だと思います。

戸坂 ハイデッガーの受け入れられるのは、カトリックの哲学としてよりも、むしろ、資本主義の行詰りの小ブルジョアへの反映として説明された方が一般的ではありませんか。

C そういう点もあると思います。しかし先に私が言おうとしたことは、ハイデッガー哲学が非常にカトリック的色彩を持っているということに関して、現在ドイツに於て、カトリックの著しい復興が指摘される、そういうことであります。

戸坂 異議ない。

B ハイデッガーがプチブルに投ずるからといって、それを主にプチブルの気分の反映として見ることは多少疑問の余地があるでしょう。たしかにそうした方面をモメントとして内包しているとは思うが、やはり本質的にはプチブルでなく、危機に瀕したブルジョアジーの気持の一面を表わしているものじゃないでしょうか。

戸坂氏の言われたように、自然科学に対するブルジョア哲学の多少とも肯定的な態度が新カント主義を以て終ってることは強調さるべきだと思います。

ブルジョアジーが自然科学や技術を発展させる力がなくなって来た場合に、そうした情勢の下で、ハイデッガー哲学が現われたのは必然的現象であるという点、この点が強調されなければならぬでしょう。

C D君も同様なことを寸時いわれましたが、もっとよく説明して下さい。

D それはB君の如し。小ブルジョアの不安に投じているからといって、それを小ブルジョアの生活反映として考えることは間違いではないかと思う。僕は今迄の話を聞いて、思い出していたのは、ドイツの今話された哲学傾向と日本の最近の農本主義のイデオロギーとが非常に密接な関係があるという点である。

農本主義イデオロギーに対しても、山川氏達はそれが農村の独立小生産者のイデオロギーだと言って居る。しかし僕等の考えでは、農本主義イデオロギーは没落過程にある寄生地主のイデオロギーであると思う。一般にファシズム・イデオロギーを評価する場合に、そのイデオロギーに引きずられる階級層というものと、そのイデオロギーを生産し指導する階級層とを区別しなければならない。その意味で、例えばドイツでも人民革命が問題であって、従って小ブルジョアの不安ということから、直ちに反動的な哲学が引き出される様にいうことは疑問と思う。

戸坂 僕もそう思う。

C D君によって、その点は明らかにされたと思います。

中村 ハイデッガーを知るに、何を読むのが近道でしょうか。

戸坂 ハイデッガーの『存在と時間』です。また簡単に知ろうとするには、ハイデッガーの『形而上学とは何ぞや』であります。湯浅氏によって訳されたものが理想社から出版されています。

結語

戸坂 要するにハイデッガーの哲学は、自然及び社会に対する科学的認識の否定を意味する。

それは一方ブルジョア社会の技術的発展の行詰りを言い表わすと共に、他方自然及び社会をば、いよいよ技術的に把握して行こうとしつつあるマルクス主義に対する反抗を意味する。

その意味に於て、ハイデッガーの哲学は反ソヴェート・イデオロギーの一つの代表者と見做されるべきだ。

一つというのは、それ自身には明確にファシズム・イデオロギーを標榜しないが、それにも拘らず、ファシズム・イデオロギーへの準備を与えるという形を言う。

B なおハイデッガー等の哲学が、現実に対する科学的認識の代りに、感情、気分と云った様なものによる非合理的な把握の仕方を強調している点も、政治的アヴァンチュリズムを特色とするファシズムに対して、理論的連関があると云えるでしょう。

底本 / Source edition

底本:「戸坂潤全集 第五巻」勁草書房
1967(昭和42)年2月25日第1刷発行
1968(昭和43)年12月10日第3刷発行
入力:矢野正人
校正:土屋隆
2007年1月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/001712_000281/

戸坂 潤「読書法」(新字新仮名)、底本『戸坂潤全集 第五巻』勁草書房、1967年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 001712_000281, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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