## <ruby><rb>女神</rb><rt>めがみ</rt></ruby>の<ruby><rb>死</rb><rt>し</rt></ruby>

## 一

世界ができたそもそものはじめ。まず天と地とができあがりますと、それといっしょにわれわれ日本人のいちばんご先祖の、<ruby><rb>天御中主神</rb><rt>あめのみなかぬしのかみ</rt></ruby>とおっしゃる神さまが、天の上の<ruby><rb>高天原</rb><rt>たかまのはら</rt></ruby>というところへお生まれになりました。そのつぎには<ruby><rb>高皇産霊神</rb><rt>たかみむすびのかみ</rt></ruby>、<ruby><rb>神産霊神</rb><rt>かみむすびのかみ</rt></ruby>のお<ruby><rb>二方</rb><rt>ふたかた</rt></ruby>がお生まれになりました。

そのときには、天も地もまだしっかり<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>まりきらないで、両方とも、ただ油を<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かしたように、とろとろになって、くらげのように、ふわりふわりと浮かんでおりました。その中へ、ちょうどあしの<ruby><rb>芽</rb><rt>め</rt></ruby>がはえ出るように、二人の神さまがお生まれになりました。

それからまたお二人、そのつぎには<ruby><rb>男神</rb><rt>おがみ</rt></ruby><ruby><rb>女神</rb><rt>めがみ</rt></ruby>とお二人ずつ、八人の神さまが、つぎつぎにお生まれになった後に、<ruby><rb>伊弉諾神</rb><rt>いざなぎのかみ</rt></ruby>と<ruby><rb>伊弉冉神</rb><rt>いざなみのかみ</rt></ruby>とおっしゃる男神女神がお生まれになりました。

<ruby><rb>天御中主神</rb><rt>あめのみなかぬしのかみ</rt></ruby>はこのお二方の神さまをお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しになって、

「あの、ふわふわしている地を固めて、日本の国を作りあげよ」

とおっしゃって、りっぱな<ruby><rb>矛</rb><rt>ほこ</rt></ruby>を一ふりお<ruby><rb>授</rb><rt>さず</rt></ruby>けになりました。

それでお二人は、さっそく、<ruby><rb>天</rb><rt>あめ</rt></ruby>の<ruby><rb>浮橋</rb><rt>うきはし</rt></ruby>という、雲の中に浮かんでいる橋の上へお出ましになって、いただいた<ruby><rb>矛</rb><rt>ほこ</rt></ruby>でもって、下のとろとろしているところをかきまわして、さっとお引きあげになりますと、その矛の<ruby><rb>刃先</rb><rt>はさき</rt></ruby>についた<ruby><rb>潮水</rb><rt>しおみず</rt></ruby>が、ぽたぽたと下へおちて、それが<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>まって一つの小さな島になりました。

お二人はその島へおりていらしって、そこへ<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>をたててお住まいになりました。そして、まずいちばんさきに<ruby><rb>淡路島</rb><rt>あわじしま</rt></ruby>をおこしらえになり、それから<ruby><rb>伊予</rb><rt>いよ</rt></ruby>、<ruby><rb>讃岐</rb><rt>さぬき</rt></ruby>、<ruby><rb>阿波</rb><rt>あわ</rt></ruby>、<ruby><rb>土佐</rb><rt>とさ</rt></ruby>とつづいた四国の島と、そのつぎには<ruby><rb>隠岐</rb><rt>おき</rt></ruby>の島、それから、そのじぶん<ruby><rb>筑紫</rb><rt>つくし</rt></ruby>といった今の九州と、<ruby><rb>壱岐</rb><rt>いき</rt></ruby>、<ruby><rb>対島</rb><rt>つしま</rt></ruby>、<ruby><rb>佐渡</rb><rt>さど</rt></ruby>の三つの島をお作りになりました。そして、いちばんしまいに、とかげの形をした、いちばん大きな本州をおこしらえになって、それに<ruby><rb>大日本豊秋津島</rb><rt>おおやまととよあきつしま</rt></ruby>というお名まえをおつけになりました。

これで、淡路の島からかぞえて、すっかりで八つの島ができました。ですからいちばんはじめには、日本のことを、<ruby><rb>大八島国</rb><rt>おおやしまぐに</rt></ruby>と<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び、またの名を<ruby><rb>豊葦原水穂国</rb><rt>とよあしはらのみずほのくに</rt></ruby>とも<ruby><rb>称</rb><rt>とな</rt></ruby>えていました。

こうして、いよいよ国ができあがったので、お二人は、こんどはおおぜいの神さまをお生みになりました。それといっしょに、風の神や、海の神や、山の神や、野の神、川の神、火の神をもお生みになりました。ところがおいたわしいことには、<ruby><rb>伊弉冉神</rb><rt>いざなみのかみ</rt></ruby>は、そのおしまいの火の神をお生みになるときに、おからだにおやけどをなすって、そのためにとうとうおかくれになりました。

<ruby><rb>伊弉諾神</rb><rt>いざなぎのかみ</rt></ruby>は、

「ああ、わが妻の神よ、あの一人の子ゆえに、大事なおまえをなくするとは」とおっしゃって、それはそれはたいそうお<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>きになりました。そして、お<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>のうちに、やっと、女神のおなきがらを、<ruby><rb>出雲</rb><rt>いずも</rt></ruby>の国と<ruby><rb>伯耆</rb><rt>ほうき</rt></ruby>の国とのさかいにある<ruby><rb>比婆</rb><rt>ひば</rt></ruby>の山にお<ruby><rb>葬</rb><rt>ほうむ</rt></ruby>りになりました。

女神は、そこから、<ruby><rb>黄泉</rb><rt>よみ</rt></ruby>の国という、死んだ人の行くまっくらな国へたっておしまいになりました。

<ruby><rb>伊弉諾神</rb><rt>いざなぎのかみ</rt></ruby>は、そのあとで、さっそく<ruby><rb>十拳</rb><rt>とつか</rt></ruby>の<ruby><rb>剣</rb><rt>つるぎ</rt></ruby>という長い剣を引きぬいて、女神の<ruby><rb>災</rb><rt>わざわい</rt></ruby>のもとになった火の神を、一うちに<ruby><rb>斬</rb><rt>き</rt></ruby>り殺してしまいになりました。

しかし、神のおくやしみは、そんなことではお<ruby><rb>癒</rb><rt>い</rt></ruby>えになるはずもありませんでした。神は、どうかしてもう一度、女神に会いたくおぼしめして、とうとうそのあとを追って、まっくらな<ruby><rb>黄泉</rb><rt>よみ</rt></ruby>の国までお出かけになりました。

## 二

<ruby><rb>女神</rb><rt>めがみ</rt></ruby>はむろん、もうとっくに、<ruby><rb>黄泉</rb><rt>よみ</rt></ruby>の神の<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>に着いていらっしゃいました。

すると、そこへ、夫の神が、はるばるたずねておいでになったので、女神は急いで戸口へお出迎えになりました。

<ruby><rb>伊弉諾神</rb><rt>いざなぎのかみ</rt></ruby>は、まっくらな中から、女神をお<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>びかけになって、

「いとしきわが妻の女神よ。おまえといっしょに作る国が、まだできあがらないでいる。どうぞもう一度帰ってくれ」とおっしゃいました。すると女神は、残念そうに、

「それならば、もっと早く迎えにいらしってくださいませばよいものを。私はもはや、この国のけがれた火で<ruby><rb>炊</rb><rt>た</rt></ruby>いたものを食べましたから、もう二度とあちらへ帰ることはできますまい。しかし、せっかくおいでくださいましたのですから、ともかくいちおう<ruby><rb>黄泉</rb><rt>よみ</rt></ruby>の神たちに相談をしてみましょう。どうぞその間は、どんなことがありましても、けっして私の<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>をご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>にならないでくださいましな。<ruby><rb>後生</rb><rt>ごしょう</rt></ruby>でございますから」と、女神はかたくそう申しあげておいて、<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>の<ruby><rb>奥</rb><rt>おく</rt></ruby>へおはいりになりました。

<ruby><rb>伊弉諾神</rb><rt>いざなぎのかみ</rt></ruby>は<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>い間戸口にじっと待っていらっしゃいました。しかし、女神は、それなり、いつまでたっても出ていらっしゃいません。<ruby><rb>伊弉諾神</rb><rt>いざなぎのかみ</rt></ruby>はしまいには、もう待ちどおしくてたまらなくなって、とうとう、左のびんのくしをおぬきになり、その<ruby><rb>片</rb><rt>かた</rt></ruby>はしの、<ruby><rb>大歯</rb><rt>おおは</rt></ruby>を一本<ruby><rb>欠</rb><rt>か</rt></ruby>き取って、それへ火をともして、わずかにやみの中をてらしながら、足さぐりに、御殿の中深くはいっておいでになりました。

そうすると、御殿のいちばん奥に、女神は寝ていらっしゃいました。そのお姿をあかりでご覧になりますと、おからだじゅうは、もうすっかりべとべとに<ruby><rb>腐</rb><rt>くさ</rt></ruby>りくずれていて、<ruby><rb>臭</rb><rt>くさ</rt></ruby>い臭いいやなにおいが、ぷんぷん鼻へきました。そして、そのべとべとに腐ったからだじゅうには、うじがうようよとたかっておりました。それから、頭と、胸と、お<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>と、両ももと、両手両足のところには、そのけがれから生まれた<ruby><rb>雷神</rb><rt>らいじん</rt></ruby>が一人ずつ、すべてで八人で、<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしい顔をしてうずくまっておりました。

<ruby><rb>伊弉諾神</rb><rt>いざなぎのかみ</rt></ruby>は、そのありさまをご覧になると、びっくりなすって、怖ろしさのあまりに、急いで<ruby><rb>遁</rb><rt>に</rt></ruby>げ出しておしまいになりました。

女神はむっくりと起きあがって、

「おや、あれほどお止め申しておいたのに、とうとう私のこの<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>をご覧になりましたね。まあ、なんという<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>いお<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>でしょう。人にひどい<ruby><rb>恥</rb><rt>はじ</rt></ruby>をおかかせになった。ああ、くやしい」と、それはそれはひどくお怒りになって、さっそく女の<ruby><rb>悪鬼</rb><rt>わるおに</rt></ruby>たちを<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>んで、

「さあ、早く、あの神をつかまえておいで」と歯がみをしながらお言いつけになりました。

女の悪鬼たちは、

「おのれ、待て」と言いながら、どんどん追っかけて行きました。

<ruby><rb>伊弉諾神</rb><rt>いざなぎのかみ</rt></ruby>は、その鬼どもにつかまってはたいへんだとおぼしめして、走りながら<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>の<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りにさしてある黒いかつらの葉を<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>き取っては、どんどんうしろへお投げつけになりました。

そうすると、見る見るうちに、そのかつらの葉の落ちたところへ、ぶどうの実がふさふさとなりました。女鬼どもは、いきなりそのぶどうを取って食べはじめました。

神はその間に、いっしょうけんめいにかけだして、やっと少しばかり<ruby><rb>遁</rb><rt>に</rt></ruby>げのびたとお思いになりますと、女鬼どもは、まもなく、またじきうしろまで追いつめて来ました。

神は、

「おや、これはいけない」とお思いになって、こんどは、右のびんのくしをぬいて、その歯をひっ欠いては投げつけ、ひっ欠いては投げつけなさいました。そうすると、そのくしの歯が<ruby><rb>片</rb><rt>かた</rt></ruby>はしからたけのこになってゆきました。

<ruby><rb>女鬼</rb><rt>おんなおに</rt></ruby>たちは、そのたけのこを見ると、またさっそく引き抜いて、もぐもぐ食べだしました。

<ruby><rb>伊弉諾神</rb><rt>いざなぎのかみ</rt></ruby>は、そのすきをねらって、こんどこそは、だいぶ向こうまでお<ruby><rb>遁</rb><rt>に</rt></ruby>げになりました。そしてもうこれならだいじょうぶだろうとおぼしめして、ひょいとうしろをふりむいてご覧になりますと、意外にも、こんどはさっきの女神のまわりにいた八人の<ruby><rb>雷人</rb><rt>らいじん</rt></ruby>どもが、千五百人の鬼の軍勢をひきつれて、死にものぐるいでおっかけて来るではありませんか。

神はそれをご覧になると、あわてて<ruby><rb>十拳</rb><rt>とつか</rt></ruby>の<ruby><rb>剣</rb><rt>つるぎ</rt></ruby>を抜きはなして、それでもってうしろをぐんぐん切りまわしながら、それこそいっしょうけんめいにお遁げになりました。そして、ようよう、この世界と<ruby><rb>黄泉</rb><rt>よみ</rt></ruby>の国との<ruby><rb>境</rb><rt>さかい</rt></ruby>になっている、<ruby><rb>黄泉比良坂</rb><rt>よもつひらざか</rt></ruby>という坂の下まで遁げのびていらっしゃいました。

## 三

すると、その坂の下には、ももの木が一本ありました。

神はそのももの実を三つ取って、鬼どもが近づいて来るのを待ち受けていらしって、その三つのももを力いっぱいお投げつけになりました。そうすると、雷神たちはびっくりして、みんなちりぢりばらばらに<ruby><rb>遁</rb><rt>に</rt></ruby>げてしまいました。

神はそのももに向かって、

「おまえは、これから先も、日本じゅうの者がだれでも苦しい目に会っているときには、今わしを助けてくれたとおりに、みんな助けてやってくれ」とおっしゃって、わざわざ<ruby><rb>大神実命</rb><rt>おおかんつみのみこと</rt></ruby>というお名まえをおやりになりました。

そこへ、女神は、とうとうじれったくおぼしめして、こんどはご自分で追っかけていらっしゃいました。神はそれをご覧になると、急いでそこにあった大きな大岩をひっかかえていらしって、それを<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>しつけて、坂の口をふさいでおしまいになりました。

女神は、その岩にさえぎられて、それより先へは一足も<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>み出すことができないものですから、<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>めしそうに岩をにらみつけながら、

「わが夫の神よ、それではこのしかえしに、日本じゅうの人を一日に千人ずつ<ruby><rb>絞</rb><rt>し</rt></ruby>め殺してゆきますから、そう思っていらっしゃいまし」とおっしゃいました。神は、

「わが妻の神よ、おまえがそんなひどいことをするなら、わしは日本じゅうに一日に千五百人の子供を生ませるから、いっこうかまわない」とおっしゃって、そのまま、どんどんこちらへお帰りになりました。

神は、

「ああ、きたないところへ行った。急いでからだを洗ってけがれを<ruby><rb>払</rb><rt>はら</rt></ruby>おう」とおっしゃって、<ruby><rb>日向</rb><rt>ひゅうが</rt></ruby>の国の<ruby><rb>阿波岐原</rb><rt>あわきはら</rt></ruby>というところへお出かけになりました。

そこにはきれいな川が流れていました。

神はその川の岸へつえをお投げすてになり、それからお帯やお下ばかまや、お<ruby><rb>上衣</rb><rt>うわぎ</rt></ruby>や、お<ruby><rb>冠</rb><rt>かんむり</rt></ruby>や、右左のお<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>にはまった<ruby><rb>腕輪</rb><rt>うでわ</rt></ruby>などを、すっかりお取りはずしになりました。そうすると、それだけの物を一つ一つお取りになるたんびに、ひょいひょいと一人ずつ、すべてで十二人の神さまがお生まれになりました。

神は、川の流れをご覧になりながら、

<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>の<ruby><rb>瀬</rb><rt>せ</rt></ruby>は瀬が早い、

<ruby><rb>下</rb><rt>しも</rt></ruby>の瀬は瀬が弱い。

とおっしゃって、ちょうどいいころあいの、中ほどの瀬におおりになり、水をかぶって、おからだじゅうをお洗いになりました。すると、おからだについたけがれのために、二人の<ruby><rb>禍</rb><rt>わざわい</rt></ruby>の神が生まれました。それで<ruby><rb>伊弉諾神</rb><rt>いざなぎのかみ</rt></ruby>は、その神がつくりだす禍をおとりになるために、こんどは三人のよい神さまをお生みになりました。

それから水の底へもぐって、おからだをお清めになるときに、また二人の神さまがお生まれになり、そのつぎに、水の中にこごんでお洗いになるときにもお二人、それから水の上へ出ておすすぎになるときにもお二人の神さまがお生まれになりました。そしてしまいに、左の目をお洗いになると、それといっしょに、それはそれは美しい、<ruby><rb>貴</rb><rt>とうと</rt></ruby>い<ruby><rb>女神</rb><rt>めがみ</rt></ruby>がお生まれになりました。

<ruby><rb>伊弉諾神</rb><rt>いざなぎのかみ</rt></ruby>は、この女神さまに<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>というお名前をおつけになりました。そのつぎに右のお目をお洗いになりますと、<ruby><rb>月読命</rb><rt>つきよみのみこと</rt></ruby>という神さまがお生まれになり、いちばんしまいにお鼻をお洗いになるときに、<ruby><rb>建速須佐之男命</rb><rt>たけはやすさのおのみこと</rt></ruby>という神さまがお生まれになりました。

<ruby><rb>伊弉諾神</rb><rt>いざなぎのかみ</rt></ruby>はこのお<ruby><rb>三方</rb><rt>さんかた</rt></ruby>をご覧になって、

「わしもこれまでいくたりも子供を生んだが、とうとうしまいに、一等よい子供を生んだ」と、それはそれは大喜びををなさいまして、さっそく玉の<ruby><rb>首飾</rb><rt>くびかざ</rt></ruby>りをおはずしになって、それをさらさらとゆり鳴らしながら、<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>におあげになりました。そして、

「おまえは天へのぼって<ruby><rb>高天原</rb><rt>たかまのはら</rt></ruby>を治めよ」とおっしゃいました。それから<ruby><rb>月読命</rb><rt>つきよみのみこと</rt></ruby>には、

「おまえは夜の国を治めよ」とお言いつけになり、三ばんめの<ruby><rb>須佐之男命</rb><rt>すさのおのみこと</rt></ruby>には、

「おまえは<ruby><rb>大海</rb><rt>おおうみ</rt></ruby>の上を治めよ」とお言いわたしになりました。

  


## <ruby><rb>天</rb><rt>あめ</rt></ruby>の<ruby><rb>岩屋</rb><rt>いわや</rt></ruby>

## 一

<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>と、二番目の弟さまの<ruby><rb>月読命</rb><rt>つきよみのみこと</rt></ruby>とは、おとうさまのご命令に従って、それぞれ大空と夜の国とをお治めになりました。

ところが末のお子さまの<ruby><rb>須佐之男命</rb><rt>すさのおのみこと</rt></ruby>だけは、おとうさまのお言いつけをお聞きにならないで、いつまでたっても<ruby><rb>大海</rb><rt>おおうみ</rt></ruby>を治めようとなさらないばかりか、りっぱな長いおひげが<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>の上までたれさがるほどの、大きなおとなにおなりになっても、やっぱり、赤んぼうのように、絶えまもなくわんわんわんわんお<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>き狂いになって、どうにもこうにも手のつけようがありませんでした。そのひどいお泣き方といったら、それこそ、青い山々の草木も、やかましい泣き声で泣き<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>らされてしまい、川や海の水も、その火のつくような泣き声のために、すっかり<ruby><rb>干</rb><rt>ひ</rt></ruby>あがったほどでした。

すると、いろんな悪い神々たちが、そのさわぎにつけこんで、わいわいとうるさくさわぎまわりました。そのおかげで、地の上にはありとあらゆる<ruby><rb>災</rb><rt>わざわい</rt></ruby>が一どきに起こってきました。

<ruby><rb>伊弉諾命</rb><rt>いざなぎのみこと</rt></ruby>は、それをご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になると、びっくりなすって、さっそく<ruby><rb>須佐之男命</rb><rt>すさのおのみこと</rt></ruby>をお<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>びになって、

「いったい、おまえは、わしの言うことも聞かないで、何をそんなに泣き狂ってばかりいるのか」ときびしくおとがめになりました。

すると<ruby><rb>須佐之男命</rb><rt>すさのおのみこと</rt></ruby>はむきになって、

「<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>はおかあさまのおそばへ行きたいから<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>くのです」とおっしゃいました。

<ruby><rb>伊弉諾命</rb><rt>いざなぎのみこと</rt></ruby>はそれをお聞きになると、たいそうお<ruby><rb>腹立</rb><rt>はらだ</rt></ruby>ちになって、

「そんなかってな子は、この国へおくわけにゆかない。どこへなりと出て行け」とおっしゃいました。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は平気で、

「それでは、お姉上さまにおいとま<ruby><rb>乞</rb><rt>ご</rt></ruby>いをしてこよう」とおっしゃりながら、そのまま大空の上の、<ruby><rb>高天原</rb><rt>たかまのはら</rt></ruby>をめざして、どんどんのぼっていらっしゃいました。

すると、力の強い、大男の<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>ですから、力いっぱいずしんずしんと<ruby><rb>乱暴</rb><rt>らんぼう</rt></ruby>にお歩きになると、山も川もめりめりとゆるぎだし、世界じゅうがみしみしと<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>い動きました。

<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>は、その<ruby><rb>響</rb><rt>ひび</rt></ruby>きにびっくりなすって、

「弟があんな勢いでのぼって来るのは、必ずただごとではない。きっと<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>の国を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>い取ろうと思って出て来たに<ruby><rb>相違</rb><rt>そうい</rt></ruby>ない」

こうおっしゃって、さっそく、お身じたくをなさいました。女神はまず急いで<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>をといて、男まげにおゆいになり、両方のびんと両方の<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>とに、<ruby><rb>八尺</rb><rt>やさか</rt></ruby>の<ruby><rb>曲玉</rb><rt>まがたま</rt></ruby>というりっぱな玉の<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りをおつけになりました。そして、お背中には、五百本、千本というたいそうな矢をお<ruby><rb>負</rb><rt>お</rt></ruby>いになり、右手に弓を取ってお突きたてになりながら、勢いこんで足を<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>みならして待ちかまえていらっしゃいました。そのきついお力ぶみで、お庭の<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>い土が、まるで<ruby><rb>粉雪</rb><rt>こなゆき</rt></ruby>のようにもうもうと飛びちりました。

## 二

まもなく<ruby><rb>須佐之男命</rb><rt>すさのおのみこと</rt></ruby>は大空へお着きになりました。

女神はそのお<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>をご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になると、声を張りあげて、

「<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>、そちは何をしに来た」と、いきなりおしかりつけになりました。すると命は、

「いえ、私はけっして悪いことをしにまいったのではございません。おとうさまが、私の泣いているのをご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になって、なぜ泣くかとおとがめになったので、お母上のいらっしゃるところへ行きたいからですと申しあげると、たいそうお<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>りになって、いきなり、出て行ってしまえとおっしゃるので、あなたにお別れをしにまいったのです」とお言いわけをなさいました。

でも女神はすぐにはご信用にならないで、

「それではおまえに悪い心のない<ruby><rb>証拠</rb><rt>しょうこ</rt></ruby>を見せよ」とおっしゃいました。<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は、

「ではお<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>いに子を生んであかしを立てましょう。生まれた子によって、二人の心のよしあしがわかります」とおっしゃいました。

そこでごきょうだいは、<ruby><rb>天安河</rb><rt>あめのやすのかわ</rt></ruby>という<ruby><rb>河</rb><rt>かわ</rt></ruby>の両方の岸に分かれてお立ちになりました。そしてまず<ruby><rb>女神</rb><rt>めがみ</rt></ruby>が、いちばん先に、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>の<ruby><rb>十拳</rb><rt>とつか</rt></ruby>の<ruby><rb>剣</rb><rt>つるぎ</rt></ruby>をお取りになって、それを三つに折って、<ruby><rb>天真名井</rb><rt>あめのまない</rt></ruby>という井戸で洗って、がりがりとおかみになり、ふっと<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>をお吹きになりますと、そのお息の中から、三人の女神がお生まれになりました。

そのつぎには<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>が、女神の左のびんにおかけになっている、<ruby><rb>八尺</rb><rt>やさか</rt></ruby>の<ruby><rb>曲玉</rb><rt>まがたま</rt></ruby>の<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りをいただいて、玉の音をからからいわせながら、<ruby><rb>天真名井</rb><rt>あめのまない</rt></ruby>という井戸で洗いすすいで、それをがりがりかんで霧をお吹き出しになりますと、それといっしょに一人の男の神さまがお生まれになりました。その神さまが、<ruby><rb>天忍穂耳命</rb><rt>あめのおしほみみのみこと</rt></ruby>です。

それからつぎには、女神の右のびんの<ruby><rb>玉飾</rb><rt>たまかざ</rt></ruby>りをお取りになって、<ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>と同じようにして息をお吹きになりますと、その中からまた男の神が一人お生まれになりました。

つづいてこんどは、おかずらの玉飾りを受け取って、やはり<ruby><rb>真名井</rb><rt>まない</rt></ruby>で洗って、がりがりかんで息をお吹きになりますと、その中から、また男の神が一人お生まれになり、いちばんしまいに、女神の右と左のお<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>の玉飾りをかんで、息をお吹きになりますと、そのたんびに、同じ男神が一人ずつ――これですべてで五人の男神がお生まれになりました。

<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>は、

「はじめに生まれた三人の女神は、おまえの<ruby><rb>剣</rb><rt>つるぎ</rt></ruby>からできたのだから、おまえの子だ。あとの五人の男神は<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>の玉飾りからできたのだから、私の子だ」とおっしゃいました。

命は、

「そうら、私が勝った。私になんの<ruby><rb>悪心</rb><rt>あくしん</rt></ruby>もない<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>には、私の子は、みんなおとなしい女神ではありませんか。どうです、それでも私は悪人ですか」と、それはそれは大いばりにおいばりになりました。そして、その勢いに乗ってお<ruby><rb>暴</rb><rt>あば</rt></ruby>れだしになって、女神がお作らせになっている田の<ruby><rb>畔</rb><rt>あぜ</rt></ruby>をこわしたり、みぞを<ruby><rb>埋</rb><rt>う</rt></ruby>めたり、しまいには女神がお<ruby><rb>初穂</rb><rt>はつほ</rt></ruby>を<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しあがる<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>へ、うんこをひりちらすというような、ひどい<ruby><rb>乱暴</rb><rt>らんぼう</rt></ruby>をなさいました。

ほかの神々は、それを見てあきれてしまって、女神に言いつけにまいりました。

しかし女神はちっともお<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>りにならないで、

「何、ほっておけ。けっして悪い気でするのではない。きたないものは、<ruby><rb>酔</rb><rt>よ</rt></ruby>ったまぎれに<ruby><rb>吐</rb><rt>は</rt></ruby>いたのであろう。<ruby><rb>畔</rb><rt>あぜ</rt></ruby>やみぞをこわしたのは、せっかくの地面を、そんなみぞなぞにしておくのが<ruby><rb>惜</rb><rt>お</rt></ruby>しいからであろう」

こうおっしゃって、かえって<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>をかばっておあげになりました。

すると命は、ますます<ruby><rb>図</rb><rt>ず</rt></ruby>に乗って、しまいには、女たちが女神のお<ruby><rb>召物</rb><rt>めしもの</rt></ruby>を織っている、<ruby><rb>機織場</rb><rt>はたおりば</rt></ruby>の屋根を破って、その<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>から、ぶちのうまの皮をはいで、血まぶれにしたのを、どしんと投げこんだりなさいました。<ruby><rb>機織女</rb><rt>はたおりおんな</rt></ruby>は、びっくりして<ruby><rb>遁</rb><rt>に</rt></ruby>げ<ruby><rb>惑</rb><rt>まど</rt></ruby>うはずみに、おさで<ruby><rb>下腹</rb><rt>したはら</rt></ruby>を<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>いて死んでしまいました。

女神は、命のあまりの乱暴さにとうとういたたまれなくおなりになって、<ruby><rb>天</rb><rt>あめ</rt></ruby>の<ruby><rb>岩屋</rb><rt>いわや</rt></ruby>という<ruby><rb>石室</rb><rt>いしむろ</rt></ruby>の中へお<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れになりました。そして入口の岩の戸をぴっしりとおしめになったきり、そのままひきこもっていらっしゃいました。

すると女神は日の神さまでいらっしゃるので、そのお方がお<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>をお<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>しになるといっしょに、<ruby><rb>高天原</rb><rt>たかまのはら</rt></ruby>も下界の地の上も、一度にみんなまっ<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>がりになって、それこそ、昼と夜との区別もない、長い長いやみの世界になってしまいました。

そうすると、いろいろの悪い神たちが、その暗がりにつけこんで、わいわいとさわぎだしました。そのために、世界じゅうにはありとあらゆる<ruby><rb>禍</rb><rt>わざわい</rt></ruby>が、一度にわきあがって来ました。

そんなわけで、大空の神々たちは、たいそうお<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>りになりまして、みんなで<ruby><rb>安河原</rb><rt>やすのかわら</rt></ruby>という、空の上の<ruby><rb>河原</rb><rt>かわら</rt></ruby>に集まって、どうかして、天照大神に岩屋からお出ましになっていただく方法はあるまいかといっしょうけんめいに、相談をなさいました。

そうすると、<ruby><rb>思金神</rb><rt>おもいかねのかみ</rt></ruby>という、いちばんかしこい神さまが、いいことをお考えつきになりました。

みんなはその神のさしずで、さっそく、にわとりをどっさり集めて来て、岩屋の前で、ひっきりなしに鳴かせました。

それから一方では、<ruby><rb>安河</rb><rt>やすのかわ</rt></ruby>の河上から<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>い岩をはこんで来て、それを<ruby><rb>鉄床</rb><rt>てつどこ</rt></ruby>にして、<ruby><rb>八咫</rb><rt>やた</rt></ruby>の<ruby><rb>鏡</rb><rt>かがみ</rt></ruby>というりっぱな鏡を作らせ、<ruby><rb>八尺</rb><rt>やさか</rt></ruby>の<ruby><rb>曲玉</rb><rt>まがたま</rt></ruby>というりっぱな玉で<ruby><rb>胸飾</rb><rt>むなかざ</rt></ruby>りを作らせました。そして、<ruby><rb>天香具山</rb><rt>あめのかぐやま</rt></ruby>という山からさかきを根<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>きにして来て、その上の方の<ruby><rb>枝</rb><rt>えだ</rt></ruby>へ、<ruby><rb>八尺</rb><rt>やさか</rt></ruby>の<ruby><rb>曲玉</rb><rt>まがたま</rt></ruby>をつけ、中ほどの枝へ<ruby><rb>八咫</rb><rt>やた</rt></ruby>の<ruby><rb>鏡</rb><rt>かがみ</rt></ruby>をかけ、下の枝へは、白や青のきれをつりさげました。そしてある一人の神さまが、そのさかきを持って天の岩屋に立ち、ほかの一人の神さまが、そのそばでのりとをあげました。

それからやはり岩屋の前へ、あきだるを<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>せて、<ruby><rb>天宇受女命</rb><rt>あめのうずめのみこと</rt></ruby>という女神に、<ruby><rb>天香具山</rb><rt>あめのかぐやま</rt></ruby>のかつらのつるをたすきにかけさせ、かつらの葉を<ruby><rb>髪飾</rb><rt>かみかざ</rt></ruby>りにさせて、そのおけの上へあがって踊りを踊らせました。

<ruby><rb>宇受女命</rb><rt>うずめのみこと</rt></ruby>は、お<ruby><rb>乳</rb><rt>ちち</rt></ruby>もお<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>も、もももまるだしにして、足をとんとん<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>みならしながら、まるでつきものでもしたように、くるくるくるくると<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>り<ruby><rb>狂</rb><rt>くる</rt></ruby>いました。

するとそのようすがいかにもおかしいので、何千人という神たちが、一度にどっとふきだして、みんなでころがりまわって笑いました。そこへにわとりは声をそろえて、コッケコー、コッケコーと鳴きたてるので、そのさわぎといったら、まったく耳もつぶれるほどでした。

天照大神は、そのたいそうなさわぎの声をお聞きになると、何ごとが起こったのかとおぼしめして、岩屋の戸を細めにあけて、そっとのぞいてご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になりました。そして<ruby><rb>宇受女命</rb><rt>うずめのみこと</rt></ruby>に向かって、

「これこれ<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>がここに、隠れていれば、空の上もまっくらなはずだのに、おまえはなにをおもしろがって踊っているのか。ほかの神々たちも、なんであんなに笑いくずれているのか」とおたずねになりました。

すると宇受女命は、

「それは、あなたよりも、もっと<ruby><rb>貴</rb><rt>とうと</rt></ruby>い神さまが出ていらっしゃいましたので、みんなが喜んでさわいでおりますのでございます」と申しあげました。

それと同時に一人の神さまは、例の、<ruby><rb>八咫</rb><rt>やた</rt></ruby>の<ruby><rb>鏡</rb><rt>かがみ</rt></ruby>をつけたさかきを、ふいに大神の前へ突き出しました。鏡には、さっと、大神のお顔がうつりました。大神はそのうつった顔をご覧になると、

「おや、これはだれであろう」とおっしゃりながら、もっとよく見ようとおぼしめして、少しばかり戸の外へお出ましになりました。

すると、さっきから、岩屋のそばに<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れて待ちかまえていた、<ruby><rb>手力男命</rb><rt>たぢからおのみこと</rt></ruby>という大力の神さまが、いきなり、女神のお手を取って、すっかり外へお引き出し申しました。それといっしょに、一人の神さまは、女神のおうしろへまわって、

「どうぞ、もうこれからうちへはおはいりくださいませんように」と申しあげて、そこへしめなわを張りわたしてしまいました。

それで世界じゅうは、やっと長い夜があけて、再び明るい昼が来ました。

神々たちは、それでようやく安心なさいました。そこでさっそく、みんなで相談して、<ruby><rb>須佐之男命</rb><rt>すさのおのみこと</rt></ruby>には、あんなひどい<ruby><rb>乱暴</rb><rt>らんぼう</rt></ruby>をなすった<ruby><rb>罰</rb><rt>ばつ</rt></ruby>として、ご身代をすっかりさし出させ、そのうえに、りっぱなおひげも切りとり、手足の<ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>まではぎとって、下界へ追いくだしてしまいました。

そのとき<ruby><rb>須佐之男命</rb><rt>すさのおのみこと</rt></ruby>は、<ruby><rb>大気都比売命</rb><rt>おおけつひめのみこと</rt></ruby>という女神に、何か物を食べさせよとおおせになりました。<ruby><rb>大気都比売命</rb><rt>おおけつひめのみこと</rt></ruby>は、おことばに従って、さっそく、鼻の<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>や口の中からいろいろの食べものを出して、それをいろいろにお料理してさしあげました。

すると<ruby><rb>須佐之男命</rb><rt>すさのおのみこと</rt></ruby>は<ruby><rb>大気都比売命</rb><rt>おおけつひめのみこと</rt></ruby>のすることを見ていらしって、

「こら、そんな、お前の口や鼻から出したものがおれに食えるか。無礼なやつだ」と、たいそうお<ruby><rb>腹立</rb><rt>はらだ</rt></ruby>ちになって、いきなり剣を<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>いて、<ruby><rb>大気都比売命</rb><rt>おおけつひめのみこと</rt></ruby>を一うちに切り殺しておしまいになりました。

そうすると、その死がいの頭から、かいこが生まれ、両方の目にいねがなり、二つの耳にあわがなりました。それから鼻にはあずきがなり、おなかに、むぎとだいずがなりました。

それを<ruby><rb>神産霊神</rb><rt>かみむすびのかみ</rt></ruby>がお取り集めになって、日本じゅうの<ruby><rb>穀物</rb><rt>こくもつ</rt></ruby>の種になさいました。

<ruby><rb>須佐之男命</rb><rt>すさのおのみこと</rt></ruby>は、そのまま下界へおりておいでになりました。

  


## <ruby><rb>八俣</rb><rt>やまた</rt></ruby>の<ruby><rb>大蛇</rb><rt>おろち</rt></ruby>

## 一

<ruby><rb>須佐之男命</rb><rt>すさのおのみこと</rt></ruby>は、大空から追いおろされて、<ruby><rb>出雲</rb><rt>いずも</rt></ruby>の国の、<ruby><rb>肥</rb><rt>ひ</rt></ruby>の<ruby><rb>河</rb><rt>かわ</rt></ruby>の<ruby><rb>河上</rb><rt>かわかみ</rt></ruby>の、<ruby><rb>鳥髪</rb><rt>とりかみ</rt></ruby>というところへおくだりになりました。

すると、その<ruby><rb>河</rb><rt>かわ</rt></ruby>の中にはしが流れて来ました。<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は、それをご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になって、

「では、この河の上の方には人が住んでいるな」とお察しになり、さっそくそちらの方へ向かって<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>し探しおいでになりました。そうすると、あるおじいさんとおばあさんとが、まん中に一人の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>をすわらせて三人でおんおん<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>いておりました。

命は、おまえたちは何者かとおたずねになりました。

おじいさんは、

「私は、この国の<ruby><rb>大山津見</rb><rt>おおやまつみ</rt></ruby>と申します神の子で、<ruby><rb>足名椎</rb><rt>あしなずち</rt></ruby>と申します者でございます。妻の名は<ruby><rb>手名椎</rb><rt>てなずち</rt></ruby>、この娘の名は<ruby><rb>櫛名田媛</rb><rt>くしなだひめ</rt></ruby>と申します」とお答えいたしました。

命は、

「それで三人ともどうして泣いているのか」と、かさねてお聞きになりました。

おじいさんは涙をふいて、

「私たち二人には、もとは八人の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>がおりましたのでございますが、その娘たちを、<ruby><rb>八俣</rb><rt>やまた</rt></ruby>の<ruby><rb>大蛇</rb><rt>おろち</rt></ruby>と申します<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしい大じゃが、毎年出てきて、一人ずつ食べて行ってしまいまして、とうとうこの子一人だけになりました。そういうこの子も、今にその大じゃが食べにまいりますのでございます」

こう言って、みんなが泣いているわけをお話しいたしました。

「いったいその大じゃはどんな形をしている」と、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はお聞きになりました。

「その大じゃと申しますのは、からだは一つでございますが、頭と<ruby><rb>尾</rb><rt>お</rt></ruby>は八つにわかれておりまして、その八つの頭には、赤ほおずきのようなまっかな目が、燃えるように光っております。それからからだじゅうには、こけや、ひのきやすぎの木などがはえ<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>っております。そのからだのすっかりの長さが、八つの谷と八つの山のすそをとりまくほどの、大きな大きな大じゃでございます。その<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>はいつも血にただれてまっかになっております」と怖ろしそうにお話しいたしました。命は、

「ふん、よしよし」とおうなずきになりました。そして改めておじいさんに向かって、

「その娘はおまえの子ならば、わしのお<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>にくれないか」とおっしゃいました。

「おことばではございますが、あなたさまはどこのどなただか存じませんので」とおじいさんは<ruby><rb>危</rb><rt>あや</rt></ruby>ぶんで怖る怖るこう申しました。命は、

「じつはおれは<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>の同じ<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>の弟で、たった今、大空からおりて来たばかりだ」と、うちあけてお名まえをおっしゃいました。すると、<ruby><rb>足名椎</rb><rt>あしなずち</rt></ruby>も<ruby><rb>手名椎</rb><rt>てなずち</rt></ruby>も、

「さようでございますか。これはこれはおそれおおい。それでは、おおせのままさしあげますでございます」と、両手をついて申しあげました。

命は、<ruby><rb>櫛名田媛</rb><rt>くしなだひめ</rt></ruby>をおもらいになると、たちまち媛をくしに化けさせておしまいになりました。そして、そのくしをすぐにご自分のびんの<ruby><rb>巻髪</rb><rt>まきがみ</rt></ruby>におさしになって、<ruby><rb>足名椎</rb><rt>あしなずち</rt></ruby>と<ruby><rb>手名椎</rb><rt>てなずち</rt></ruby>に向かっておっしゃいました。

「おまえたちは、これからこめをかんで、よい酒をどっさり作れ。それから、ここへぐるりとかきをこしらえて、そのかきへ、<ruby><rb>八</rb><rt>や</rt></ruby>ところに門をあけよ。そしてその門のうちへ、一つずつさじきをこしらえて、そのさじきの上に、大おけを一つずつおいて、その中へ、二人でこしらえたよい酒を一ぱい入れて待っておれ」とお言いつけになりました。

二人は、おおせのとおりに、すっかり準備をととのえて、待っておりました。そのうちに、そろそろ大じゃの出て来る時間が近づいて来ました。

命は、それを聞いて、じっと待ちかまえていらっしゃいますと、まもなく、二人が言ったように、大きな大きな<ruby><rb>八俣</rb><rt>やまた</rt></ruby>の<ruby><rb>大蛇</rb><rt>おろち</rt></ruby>が、大きなまっかな目をぎらぎら光らして、のそのそと出て来ました。

大じゃは、目の前に八つの<ruby><rb>酒</rb><rt>さか</rt></ruby>おけが<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>んでいるのを見ると、いきなり八つの頭を一つずつその中へつっこんで、そのたいそうなお酒を、がぶがぶがぶがぶとまたたくまに飲み<ruby><rb>干</rb><rt>ほ</rt></ruby>してしまいました。そうするとまもなくからだじゅうによいがまわって、その場へ倒れたなり、ぐうぐう<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>いってしまいました。

<ruby><rb>須佐之男命</rb><rt>すさのおのみこと</rt></ruby>は、そっとその<ruby><rb>寝息</rb><rt>ねいき</rt></ruby>をうかがっていらっしゃいましたが、やがて、さあ今だとお思いになって、<ruby><rb>十拳</rb><rt>とつか</rt></ruby>の<ruby><rb>剣</rb><rt>つるぎ</rt></ruby>を引き<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>くが早いか、おのれ、おのれと、つづけさまにお切りつけになりました。そのうちに八つの<ruby><rb>尾</rb><rt>お</rt></ruby>の中の、中ほどの尾をお切りつけになりますと、その尾の中に何か<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>い物があって、剣の<ruby><rb>刃先</rb><rt>はさき</rt></ruby>が、少しばかりほろりと欠けました。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は、

「おや、変だな」とおぼしめして、そのところを切り<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>いてご覧になりますと、中から、それはそれは刃の鋭い、りっぱな剣が出て来ました。命は、これはふしぎなものが手にはいったとお思いになりました。その剣はのちに<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>へご<ruby><rb>献上</rb><rt>けんじょう</rt></ruby>になりました。

命はとうとう、大きな大きな大じゃの胴体をずたずたに切り<ruby><rb>刻</rb><rt>きざ</rt></ruby>んでおしまいになりました。そして、

「<ruby><rb>足名椎</rb><rt>あしなずち</rt></ruby>、<ruby><rb>手名椎</rb><rt>てなずち</rt></ruby>、来て見よ。このとおりだ」とお<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>びになりました。

二人はがたがたふるえながら出て来ますと、そこいら一面は、きれぎれになった大じゃの胴体から吹き出る血でいっぱいになっておりました。その血がどんどん<ruby><rb>肥</rb><rt>ひ</rt></ruby>の<ruby><rb>河</rb><rt>かわ</rt></ruby>へ流れこんで、河の水もまっかになって落ちて行きました。

命はそれから、<ruby><rb>櫛名田媛</rb><rt>くしなだひめ</rt></ruby>とお二人で、そのまま<ruby><rb>出雲</rb><rt>いずも</rt></ruby>の国にお住まいになるおつもりで、<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>をおたてになるところを、そちこちと、<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>してお歩きになりました。そして、しまいに、<ruby><rb>須加</rb><rt>すか</rt></ruby>というところまでおいでになると、

「ああ、ここへ来たら、心持がせいせいしてきた。これはよいところだ」とおっしゃって、そこへ御殿をおたてになりました。そして、<ruby><rb>足名椎神</rb><rt>あしなずちのかみ</rt></ruby>をそのお宮の役人の<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>になさいました。

命にはつぎつぎにお子さまお孫さまがどんどんおできになりました。その八代目のお孫さまのお子さまに、<ruby><rb>大国主神</rb><rt>おおくにぬしのかみ</rt></ruby>、またの名を<ruby><rb>大穴牟遅神</rb><rt>おおなむちのかみ</rt></ruby>とおっしゃるりっぱな神さまがお生まれになりました。

  


## むかでの<ruby><rb>室</rb><rt>むろ</rt></ruby>、へびの<ruby><rb>室</rb><rt>むろ</rt></ruby>

## 一

この<ruby><rb>大国主神</rb><rt>おおくにぬしのかみ</rt></ruby>には、<ruby><rb>八十神</rb><rt>やそがみ</rt></ruby>といって、何十人というほどの、おおぜいのごきょうだいがおありになりました。

その<ruby><rb>八十神</rb><rt>やそがみ</rt></ruby>たちは、<ruby><rb>因幡</rb><rt>いなば</rt></ruby>の国に、<ruby><rb>八上媛</rb><rt>やがみひめ</rt></ruby>という美しい女の人がいると聞き、みんなてんでんに、自分のお<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>にもらおうと思って、一同でつれだって、はるばる因幡へ出かけて行きました。

みんなは、大国主神が、おとなしいかたなのをよいことにして、このかたをお<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>の代わりに使って、<ruby><rb>袋</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>を背おわせてついて来させました。そして、因幡の<ruby><rb>気多</rb><rt>けた</rt></ruby>という海岸まで来ますと、そこに毛のないあか<ruby><rb>裸</rb><rt>はだか</rt></ruby>のうさぎが、地べたにころがって、苦しそうにからだじゅうで息をしておりました。

<ruby><rb>八十神</rb><rt>やそがみ</rt></ruby>たちはそれを見ると、

「おいうさぎよ。おまえからだに毛がはやしたければ、この海の<ruby><rb>潮</rb><rt>しお</rt></ruby>につかって、高い山の上で風に吹かれて<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>ておれ。そうすれば、すぐに毛がいっぱいはえるよ」とからかいました。うさぎはそれをほんとうにして、さっそく海につかって、ずぶぬれになって、よちよちと山へのぼって、そのまま寝ころんでおりました。

するとその<ruby><rb>潮水</rb><rt>しおみず</rt></ruby>がかわくにつれて、からだじゅうの皮がひきつれて、びりびり<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>け破れました。うさぎはそのひりひりする、ひどい<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>みにたまりかねて、おんおん泣き<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>しておりました。そうすると、いちばんあとからお通りかかりになった、お供の大国主神がそれをご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になって、

「おいおいうさぎさん、どうしてそんなに泣いているの」とやさしく聞いてくださいました。

うさぎは泣き泣き、

「私は、もと<ruby><rb>隠岐</rb><rt>おき</rt></ruby>の島におりましたうさぎでございますが、この本土へ<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>ろうと思いましても、渡るてだてがございませんものですから、海の中のわにをだまして、いったい、おまえとわしとどっちがみうちが多いだろう、ひとつくらべてみようじゃないか、おまえはいるだけのけん族をすっかりつれて来て、ここから、あの向こうのはての、<ruby><rb>気多</rb><rt>けた</rt></ruby>のみさきまでずっと<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>んでみよ、そうすればおれがその<ruby><rb>背</rb><rt>せ</rt></ruby>中の上をつたわって、かぞえてやろうと申しました。

すると、わにはすっかりだまされまして、出てまいりますもまいりますも、それはそれは、うようよと、まっくろに集まってまいりました。そして、私の申しましたとおりに、この海ばたまでずらりと一列に並びました。

私は五十八十と数をよみながら、その背なかの上をどんどん渡って、もう一足でこの海ばたへ上がろうといたしますときに、やあいまぬけのわにめ、うまくおれにだまされたァいとはやしたてますと、いちばんしまいにおりましたわにが、むっと<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>って、いきなり私をつかまえまして、このとおりにすっかりきものをひっぺがしてしまいました。

そこであすこのところへ<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>しころんで<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>いておりましたら、さきほどここをお通りになりました<ruby><rb>八十神</rb><rt>やそがみ</rt></ruby>たちが、いいことを教えてやろう、これこれこうしてみろとおっしゃいましたので、そのとおりに<ruby><rb>潮水</rb><rt>しおみず</rt></ruby>を浴びて風に吹かれておりますと、からだじゅうの皮がこわばって、こんなにびりびり<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けてしまいました」

こう言って、うさぎはおんおん泣きだしました。

<ruby><rb>大国主神</rb><rt>おおくにぬしのかみ</rt></ruby>は、話を聞いてかわいそうだとおぼしめして、

「それでは早くあすこの川口へ行って、ま水でからだじゅうをよく洗って、そこいらにあるかばの花をむしって、それを下に敷いて<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>ころんでいてごらん。そうすれば、ちゃんともとのとおりになおるから」

こう言って、教えておやりになりました。うさぎはそれを聞くとたいそう喜んでお礼を申しました。そしてそのあとで言いました。

「あんなお人の悪い<ruby><rb>八十神</rb><rt>やそがみ</rt></ruby>たちは、けっして<ruby><rb>八上媛</rb><rt>やがみひめ</rt></ruby>をご自分のものになさることはできません。あなたは<ruby><rb>袋</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>などをおしょいになって、お<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>についていらっしゃいますけれど、八上媛はきっと、あなたのお<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>さまになると申します。みていてごらんなさいまし」と申しました。

まもなく、八十神たちは八上媛のところへ着きました。そして、代わる代わる、自分のお嫁になれなれと言いましたが、<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>はそれをいちいちはねつけて、

「いえいえ、いくらお言いになりましても、あなたがたのご自由にはなりません。私は、あそこにいらっしゃる大国主神のお嫁にしていただくのです」と申しました。

八十神たちはそれを聞くとたいそう<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>って、みんなで大国主神を殺してしまおうという相談をきめました。

みんなは、大国主神を、<ruby><rb>伯耆</rb><rt>ほうき</rt></ruby>の国の<ruby><rb>手間</rb><rt>てま</rt></ruby>の山という山の下へつれて行って、

「この山には赤いいのししがいる。これからわしたちが山の上からそのいのししを追いおろすから、おまえは下にいてつかまえろ。へたをして<ruby><rb>遁</rb><rt>に</rt></ruby>がしたらおまえを殺してしまうぞ」と、言いわたしました。そして急いで、山の上へかけあがって、さかんにたき火をこしらえて、その火の中で、いのししのようなかっこうをしている大きな石をまっかに焼いて、

「そうら、つかまえろ」と言いながら、どしんと、<ruby><rb>転</rb><rt>ころ</rt></ruby>がし落としました。

ふもとで待ち受けていらしった大国主神は、それをご覧になるなり、大急ぎでかけ寄って、力まかせにお組みつきになったと思いますと、からだはたちまちそのあか焼けの石の<ruby><rb>膚</rb><rt>はだ</rt></ruby>にこびりついて、

「あッ」とお言いになったきり、そのままただれ死にに死んでおしまいになりました。

## 二

大国主神の生みのおかあさまは、それをお聞きになると、たいそうお<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>きになって、<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>き泣き大空へかけのぼって、<ruby><rb>高天原</rb><rt>たかまのはら</rt></ruby>においでになる、<ruby><rb>高皇産霊神</rb><rt>たかみむすびのかみ</rt></ruby>にお助けをお願いになりました。

すると、<ruby><rb>高皇産霊神</rb><rt>たかみむすびのかみ</rt></ruby>は、<ruby><rb>蚶貝媛</rb><rt>きさがいひめ</rt></ruby>、<ruby><rb>蛤貝媛</rb><rt>うむがいひめ</rt></ruby>と名のついた、あかがいとはまぐりの二人の貝を、すぐに下界へおくだしになりました。

二人は大急ぎでおりて見ますと、<ruby><rb>大国主神</rb><rt>おおくにぬしのかみ</rt></ruby>はまっくろこげになって、山のすそに<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れていらっしゃいました。あかがいはさっそく自分のからを<ruby><rb>削</rb><rt>けず</rt></ruby>って、それを焼いて黒い粉をこしらえました。はまぐりは急いで水を出して、その黒い粉をこねて、おちちのようにどろどろにして、二人で大国主神のからだじゅうへ<ruby><rb>塗</rb><rt>ぬ</rt></ruby>りつけました。

そうすると大国主神は、それほどの大やけどもたちまちなおって、もとのとおりの、きれいな若い神になってお起きあがりになりました。そしてどんどん歩いてお<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ帰っていらっしゃいました。

<ruby><rb>八十神</rb><rt>やそがみ</rt></ruby>たちは、それを見ると、びっくりして、もう一度みんなでひそひそ相談をはじめました。そしてまたじょうずに大国主神をだまして、こんどは別の山の中へつれこみました。そしてみんなで寄ってたかって、ある大きなたち木を根もとから切りまげて、その切れ目へくさびをうちこんで、その間へ大国主神をはいらせました。そうしておいて、ふいにポンとくさびを打ちはなして、はさみ殺しに殺してしまいました。

大国主神のおかあさまは、若い子の神がまたいなくなったので、おどろいて方々さがしておまわりになりました。そして、しまいにまた殺されていらっしゃるところをおみつけになると、大急ぎで木の幹を切り開いて、子の神のお死がいをお引き出しになりました。そしていっしょうけんめいに<ruby><rb>介抱</rb><rt>かいほう</rt></ruby>して、ようようのことで再びお生きかえらせになりました。おかあさまは、

「もうおまえはうかうかこの土地においてはおかれない。どうぞこれからすぐに、<ruby><rb>須佐之男命</rb><rt>すさのおのみこと</rt></ruby>のおいでになる、<ruby><rb>根堅国</rb><rt>ねのかたすくに</rt></ruby>へ<ruby><rb>遁</rb><rt>に</rt></ruby>げておくれ、そうすれば<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>が必ずいいようにはからってくださるから」

こう言って、<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>い子の神を、そのままそちらへ立ってお行かせになりました。

大国主神は、言われたとおりに、命のおいでになるところへお着きになりました。すると、命のお<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>ごの<ruby><rb>須勢理媛</rb><rt>すぜりひめ</rt></ruby>がお取次をなすって、

「お父上さま、きれいな神がいらっしゃいました」とお言いになりました。

お父上の<ruby><rb>大神</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>は、それをお聞きになると、急いでご自分で出てご覧になって、

「ああ、あれは、大国主という神だ」とおっしゃいました。そして、さっそくお<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>びいれになりました。

<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>は大国主神のことをほんとに美しいよい方だとすぐに大すきにお思いになりました。大神には、第一それがお気にめしませんでした。それで、ひとつこの若い神を<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>らせてやろうとお思いになって、その晩、大国主神を、へびの<ruby><rb>室</rb><rt>むろ</rt></ruby>といって、大へび小へびがいっぱいたかっているきみの悪いおへやへお<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>かせになりました。

そうすると、やさしい<ruby><rb>須勢理媛</rb><rt>すぜりひめ</rt></ruby>は、たいそう気の毒にお思いになりました。それでご自分の、<ruby><rb>比礼</rb><rt>ひれ</rt></ruby>といって、<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>かけのように使うきれを、そっと大国主神におわたしになって、

「もしへびがくいつきにまいりましたら、このきれを三度<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>って追いのけておしまいなさい」とおっしゃいました。

まもなく、へびはみんなでかま首を立ててぞろぞろとむかって来ました。<ruby><rb>大国主神</rb><rt>おおくにぬしのかみ</rt></ruby>はさっそく言われたとおりに、<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りのきれを三度お<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>りになりました。するとふしぎにも、へびはひとりでにひきかえして、そのままじっとかたまったなり、一晩じゅう、なんにも害をしませんでした。<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>い神はおかげで、気らくにぐっすりおよって、朝になると、あたりまえの顔をして、<ruby><rb>大神</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>の前に出ていらっしゃいました。

すると大神は、その晩はむかでとはちのいっぱいはいっているおへやへお<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>かせになりました。しかし<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>が、またこっそりと、ほかの首飾りのきれをわたしてくだすったので、大国主神は、その晩もそれでむかでやはちを追いはらって、また一晩じゅうらくらくとおやすみになりました。

大神は、大国主神がふた晩とも、平気で切りぬけてきたので、よし、それではこんどこそは見ておれと、心の中でおっしゃりながら、かぶら<ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby>と言って、矢じりに<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>があいていて、<ruby><rb>射</rb><rt>い</rt></ruby>るとびゅんびゅんと鳴る、こわい大きな矢を、草のぼうぼうとはえのびた、広い野原のまん中にお射こみになりました。そして、大国主神に向かって、

「さあ、今飛んだ矢を拾って来い」とおおせつけになりました。

若い神は、<ruby><rb>正直</rb><rt>しょうじき</rt></ruby>にご命令を聞いて、すぐに草をかき分けてどんどんはいっておいでになりました。大神はそれを見すまして、ふいに、その野のまわりへぐるりと火をつけて、どんどんお焼きたてになりました。大国主神は、おやと思うまに、たちまち四方から火の手におかこまれになって、すっかり遁げ場を失っておしまいになりました。それで、どうしたらいいかとびっくりして、とまどいをしていらっしゃいますと、そこへ一ぴきのねずみが出て来まして、

「うちはほらほら、そとはすぶすぶ」と言いました。それは、中は、がらんどうで、外はすぼまっている、という意味でした。

若い神は、すぐそのわけをおさとりになって、足の下を、とんときつく<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>んでごらんになりますと、そこは、ちゃんと下が大きな穴になっていたので、からだごとすっぽりとその中へ落ちこみました。それで、じっとそのままこごまって隠れていらっしゃいますと、やがてま近まで燃えて来た火の手は、その穴の上を走って、向こうへ遠のいてしまいました。

そのうちに、さっきのねずみが大神のお射になったかぶら矢をちゃんとさがし出して、口にくわえて持って来てくれました。見るとその矢の羽根のところは、いつのまにかねずみの子供たちがかじってすっかり食べてしまっておりました。

## 三

<ruby><rb>須勢理媛</rb><rt>すぜりひめ</rt></ruby>は、そんなことはちっともご存じないものですから、美しい若い神は、きっと焼け死んだものとお思いになって、ひとりで<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>き悲しんでいらっしゃいました。そして火が消えるとすぐに、急いでお<ruby><rb>弔</rb><rt>とむら</rt></ruby>いの道具を持って、<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>き<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>きさがしにいらっしゃいました。

お父上の大神の、こんどこそはだいじょうぶ死んだろうとお思いになって、媛のあとからいらしってごらんになりました。

すると<ruby><rb>大国主神</rb><rt>おおくにぬしのかみ</rt></ruby>は、もとのお<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>のままで、焼けあとのなかから出ていらっしゃいました。そしてさっきのかぶら矢をちゃんとお手におわたしになりました。

<ruby><rb>大神</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>もこれには<ruby><rb>内々</rb><rt>ないない</rt></ruby>びっくりしておしまいになりまして、しかたなくいっしょに<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>へおかえりになりました。そして大きな広間へつれておはいりになって、そこへごろりと横におなりになったと思うと、

「おい、おれの頭のしらみを取れ」と、いきなりおっしゃいました。

大国主神はかしこまって、その長い長いお<ruby><rb>髪</rb><rt>ぐし</rt></ruby>の毛をかき分けてご覧になりますと、その中には、しらみでなくて、たくさんなむかでが、うようよたかっておりました。

すると、<ruby><rb>須勢理媛</rb><rt>すぜりひめ</rt></ruby>がそばへ来て、こっそりとむくの実と赤土とをわたしてお行きになりました。

大国主神は、そのむくの実を<ruby><rb>一粒</rb><rt>ひとつぶ</rt></ruby>ずつかみくだき、赤土を少しずつかみとかしては、いっしょにぷいぷいお<ruby><rb>吐</rb><rt>は</rt></ruby>き出しになりました。大神はそれをご覧になると、

「ほほう、むかでをいちいちかみつぶしているな。これは感心なやつだ」とお思いになりながら、安心して、すやすやと寝いっておしまいになりました。

大国主神は、この上ここにぐずぐずしていると、まだまだどんなめに会うかわからないとお思いになって、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>がちょうどぐうぐうおやすみになっているのをさいわいに、その長いお<ruby><rb>髪</rb><rt>ぐし</rt></ruby>をいく<ruby><rb>束</rb><rt>たば</rt></ruby>にも分けて、それを四方のたる木というたる木へ一束ずつ<ruby><rb>縛</rb><rt>しば</rt></ruby>りつけておいたうえ、五百人もかからねば動かせないような、大きな大きな大岩を、そっと戸口に立てかけて、中から出られないようにしておいて、<ruby><rb>大神</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>の<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>と<ruby><rb>弓矢</rb><rt>ゆみや</rt></ruby>と、玉の飾りのついた<ruby><rb>貴</rb><rt>とうと</rt></ruby>い<ruby><rb>琴</rb><rt>こと</rt></ruby>とをひっ<ruby><rb>抱</rb><rt>かか</rt></ruby>えるなり、急いで<ruby><rb>須勢理媛</rb><rt>すぜりひめ</rt></ruby>を背なかにおぶって、そっと御殿をお<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げ出しになりました。

するとまの悪いことに、抱えていらっしゃる琴が、<ruby><rb>樹</rb><rt>き</rt></ruby>の幹にぶつかって、じゃらじゃらじゃらんとたいそうなひびきを立てて鳴りました。

大神はその音におどろいて、むっくりとお立ちあがりになりました。すると、おぐしがたる木じゅうへ縛りつけてあったのですから、<ruby><rb>大力</rb><rt>おおぢから</rt></ruby>のある大神がふいにお立ちになるといっしょに、そのおへやはいきなりめりめりと<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れつぶれてしまいました。

大神は、

「おのれ、あの<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>ッ神め」と、それはそれはお<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りになって、<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>の毛をひと束ずつ、もどかしく解きはなしていらっしゃるまに、こちらの大国主神はいっしょうけんめいにかけつづけて、すばやく遠くまで逃げのびていらっしゃいました。

すると大神は、まもなくそのあとを追っかけて、とうとう<ruby><rb>黄泉比良坂</rb><rt>よもつひらざか</rt></ruby>という坂の上までかけつけていらっしゃいました。そしてそこから、はるかに大国主神を呼びかけて、大声をしぼってこうおっしゃいました。

「おおいおおい、小僧ッ神。その太刀と弓矢をもって、そちのきょうだいの<ruby><rb>八十神</rb><rt>やそがみ</rt></ruby>どもを、山の下、川の中と、逃げるところへ追いつめ切り<ruby><rb>払</rb><rt>はら</rt></ruby>い、そちが国の神の<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>になって、<ruby><rb>宇迦</rb><rt>うか</rt></ruby>の山のふもとに御殿を立てて住め。わしのその<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>はおまえのお<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>にくれてやる。わかったか」とおどなりになりました。

<ruby><rb>大国主神</rb><rt>おおくにぬしのかみ</rt></ruby>はおおせのとおりに、改めていただいた、<ruby><rb>大神</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>の<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>と<ruby><rb>弓矢</rb><rt>ゆみや</rt></ruby>を持って、<ruby><rb>八十神</rb><rt>やそがみ</rt></ruby>たちを<ruby><rb>討</rb><rt>う</rt></ruby>ちにいらっしゃいました。そして、みんながちりぢりに<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げまわるのを追っかけて、そこいらじゅうの坂の下や川の中へ、切り<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>し<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>き落として、とうとう一人ももらさず<ruby><rb>亡</rb><rt>ほろ</rt></ruby>ぼしておしまいになりました。そして、国の神の<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>になって、<ruby><rb>宇迦</rb><rt>うか</rt></ruby>の山の下に<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>をおたてになり、<ruby><rb>須勢理媛</rb><rt>すぜりひめ</rt></ruby>と二人で楽しくおくらしになりました。

## 四

そのうちに例の<ruby><rb>八上媛</rb><rt>やがみひめ</rt></ruby>は、大国主神をしたって、はるばるたずねて来ましたが、その大国主神には、もう<ruby><rb>須勢理媛</rb><rt>すぜりひめ</rt></ruby>というりっぱなお<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>さまができていたので、しおしおと、またおうちへ帰って行きました。

大国主神はそれからなお順々に四方を平らげて、だんだんと国を広げておゆきになりました。そうしているうちに、ある日、<ruby><rb>出雲</rb><rt>いずも</rt></ruby>の国の<ruby><rb>御大</rb><rt>みお</rt></ruby>の<ruby><rb>崎</rb><rt>さき</rt></ruby>という海ばたにいっていらっしゃいますと、はるか向こうの海の上から、一人の小さな小さな神が、お供の者たちといっしょに、どんどんこちらへ向かって船をこぎよせて来ました。その乗っている船は、ががいもという、小さな草の実で、着ている着物は、ひとりむしの皮を丸はぎにしたものでした。

大国主神は、その神に向かって、

「あなたはどなたですか」とおたずねになりました。しかし、その神は口を<ruby><rb>閉</rb><rt>と</rt></ruby>じたまま名まえをあかしてくれませんでした。大国主神はご自分のお供の神たちに聞いてご覧になりましたが、みんなその神がだれだかけんとうがつきませんでした。

するとそこへひきがえるがのこのこ出て来まして、

「あの神のことは<ruby><rb>久延彦</rb><rt>くえびこ</rt></ruby>ならきっと存じておりますでしょう」と言いました。久延彦というのは山の田に立っているかかしでした。<ruby><rb>久延彦</rb><rt>くえびこ</rt></ruby>は足がきかないので、ひと足も歩くことはできませんでしたけれど、それでいて、この下界のことはなんでもすっかり知っておりました。

それで大国主神は急いでその<ruby><rb>久延彦</rb><rt>くえびこ</rt></ruby>にお聞きになりますと、

「ああ、あの神は大空においでになる<ruby><rb>神産霊神</rb><rt>かみむすびのかみ</rt></ruby>のお子さまで、<ruby><rb>少名毘古那神</rb><rt>すくなびこなのかみ</rt></ruby>とおっしゃる方でございます」と答えました。大国主神はそれでさっそく、<ruby><rb>神産霊神</rb><rt>かみむすびのかみ</rt></ruby>にお<ruby><rb>伺</rb><rt>うかが</rt></ruby>いになりますと、神も、

「あれはたしかにわしの子だ」とおっしゃいました。そして改めて少名毘古那神に向かって、

「おまえは大国主神ときょうだいになって二人で国々を開き<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>めて行け」とおおせつけになりました。

大国主神は、そのお言葉に従って、<ruby><rb>少名毘古那神</rb><rt>すくなびこなのかみ</rt></ruby>とお二人で、だんだんに国を作り開いておゆきになりました。ところが、<ruby><rb>少名毘古那神</rb><rt>すくなびこなのかみ</rt></ruby>は、あとになると、急に<ruby><rb>常世国</rb><rt>とこよのくに</rt></ruby>という、海の向こうの遠い国へ行っておしまいになりました。

<ruby><rb>大国主神</rb><rt>おおくにぬしのかみ</rt></ruby>はがっかりなすって、<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>一人では、とても思いどおりに国を開いてゆくことはできない、だれか力を<ruby><rb>添</rb><rt>そ</rt></ruby>えてくれる神はいないものかと言って、たいそうしおれていらっしゃいました。

するとちょうどそのとき、一人の神さまが、海の上一面にきらきらと光を<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>ちながら、こちらへ向かって近づいていらっしゃいました。それは<ruby><rb>須佐之男命</rb><rt>すさのおのみこと</rt></ruby>のお子の<ruby><rb>大年神</rb><rt>おおとしのかみ</rt></ruby>というお方でした。その神が、大国主神に向かって、

「私をよく大事にまつっておくれなら、いっしょになって国を作りかためてあげよう。おまえさん一人ではとてもできはしない」と、こう言ってくださいました。

「それではどんなふうにおまつり申せばいいのでございますか」とお聞きになりますと、

「<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>御諸</rb><rt>みもろ</rt></ruby>の山の上にまつってくれればよい」とおっしゃいました。

大国主神はお<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>のとおりに、そこへおまつりして、その神さまと二人でまただんだんに国を広げておゆきになりました。

  


## きじのお<ruby><rb>使</rb><rt>つか</rt></ruby>い

## 一

そのうちに大空の<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>は、お子さまの<ruby><rb>天忍穂耳命</rb><rt>あめのおしほみみのみこと</rt></ruby>に向かって、

「下界に見える、あの<ruby><rb>豊葦原水穂国</rb><rt>とよあしはらのみずほのくに</rt></ruby>は、おまえが治めるべき国である」とおっしゃって、すぐにくだって行くように、お言いつけになりました。<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はかしこまっておりていらっしゃいました。しかし<ruby><rb>天</rb><rt>あめ</rt></ruby>の<ruby><rb>浮橋</rb><rt>うきはし</rt></ruby>の上までおいでになって、そこからお見おろしになりますと、下では勢いの強い神たちが、てんでんに<ruby><rb>暴</rb><rt>あば</rt></ruby>れまわって、大さわぎをしているのが見えました。命は急いでひきかえしていらしって、そのことを大神にお話しになりました。

それで大神と<ruby><rb>高皇産霊神</rb><rt>たかみむすびのかみ</rt></ruby>とは、さっそく<ruby><rb>天安河</rb><rt>あめのやすのかわ</rt></ruby>の河原に、おおぜいの神々をすっかりお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>し集めになって、

「あの<ruby><rb>水穂国</rb><rt>みずほのくに</rt></ruby>は、私たちの<ruby><rb>子孫</rb><rt>しそん</rt></ruby>が治めるはずの国であるのに、今あすこには、悪強い神たちが勢い鋭く荒れまわっている。あの神たちを、おとなしくこちらの言うとおりにさせるには、いったいだれを使いにやったものであろう」とこうおっしゃって、みんなにご相談をなさいました。

すると例のいちばん考え深い<ruby><rb>思金神</rb><rt>おもいかねのかみ</rt></ruby>が、みんなと会議をして、

「それには<ruby><rb>天菩比神</rb><rt>あめのほひのかみ</rt></ruby>をおつかわしになりますがよろしゅうございましょう」と申しあげました。そこで大神は、さっそくその<ruby><rb>菩比神</rb><rt>ほひのかみ</rt></ruby>をおくだしになりました。

ところが<ruby><rb>菩比神</rb><rt>ほひのかみ</rt></ruby>は、下界へつくと、それなり<ruby><rb>大国主神</rb><rt>おおくにぬしのかみ</rt></ruby>の手下になってしまって、三年たっても、大空へはなんのご返事もいたしませんでした。

それで大神と<ruby><rb>高皇産霊神</rb><rt>たかみむすびのかみ</rt></ruby>とは、またおおぜいの神々をお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しになって、

「<ruby><rb>菩比神</rb><rt>ほひのかみ</rt></ruby>がまだ帰ってこないが、こんどはだれをやったらよいであろう」と、おたずねになりました。

<ruby><rb>思金神</rb><rt>おもいかねのかみ</rt></ruby>は、

「それでは、<ruby><rb>天津国玉神</rb><rt>あまつくにたまのかみ</rt></ruby>の子の、<ruby><rb>天若日子</rb><rt>あめのわかひこ</rt></ruby>がよろしゅうございましょう」と、お答え申しました。

大神はその<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>に従って、<ruby><rb>天若日子</rb><rt>あめのわかひこ</rt></ruby>にりっぱな<ruby><rb>弓</rb><rt>ゆみ</rt></ruby>と<ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby>をお授けになって、それを持たせて下界へおくだしになりました。

するとその若日子は大空にちゃんとほんとうのお<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>があるのに、下へおり着くといっしょに、<ruby><rb>大国主神</rb><rt>おおくにぬしのかみ</rt></ruby>の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>の<ruby><rb>下照比売</rb><rt>したてるひめ</rt></ruby>をまたお嫁にもらったばかりか、ゆくゆくは<ruby><rb>水穂国</rb><rt>みずほのくに</rt></ruby>を自分が取ってしまおうという<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>で、とうとう八年たっても大神の方へはてんでご返事にも帰りませんでした。

大神と<ruby><rb>高皇産霊神</rb><rt>たかみむすびのかみ</rt></ruby>とは、また神々をお集めになって、

「二度めにつかわした天若日子もまたとうとう帰ってこない。いったいどうしてこんなにいつまでも下界にいるのか、それを<ruby><rb>責</rb><rt>せ</rt></ruby>めただしてこさせたいと思うが、だれをやったものであろう」とお聞きになりました。

<ruby><rb>思金神</rb><rt>おもいかねのかみ</rt></ruby>は、

「それでは<ruby><rb>名鳴女</rb><rt>ななきめ</rt></ruby>というきじがよろしゅうございましょう」と申しあげました。大神たちお二人はそのきじをお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しになって、

「おまえはこれから行って<ruby><rb>天若日子</rb><rt>あめのわかひこ</rt></ruby>を責めてこい。そちを<ruby><rb>水穂国</rb><rt>みずほのくに</rt></ruby>へおくりだしになったのは、この国の神どもを説き伏せるためではないか、それだのに、なぜ八年たってもご返事をしないのか、と言って、そのわけを聞きただしてこい」とお言いつけになりました。

名鳴女は、はるばると大空からおりて、天若日子のうちの門のそばの、かえでの木の上にとまって、大神からおおせつかったとおりをすっかり言いました。

すると若日子のところに使われている、<ruby><rb>天佐具売</rb><rt>あめのさくめ</rt></ruby>という女が、その言葉を聞いて、

「あすこに、いやな鳴き声を出す鳥がおります。早く<ruby><rb>射</rb><rt>い</rt></ruby>ておしまいなさいまし」と若日子にすすめました。

若日子は、

「ようし」と言いながら、かねて大神からいただいて来た<ruby><rb>弓</rb><rt>ゆみ</rt></ruby>と<ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby>を取り出して、いきなりそのきじを射殺してしまいました。すると、その当たった矢が名鳴女の<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>を<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>き通して、さかさまに大空の上まではねあがって、<ruby><rb>天安河</rb><rt>あめのやすのかわ</rt></ruby>の<ruby><rb>河原</rb><rt>かわら</rt></ruby>においでになる、<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>と<ruby><rb>高皇産霊神</rb><rt>たかみむすびのかみ</rt></ruby>とのおそばへ落ちました。

<ruby><rb>高皇産霊神</rb><rt>たかみむすびのかみ</rt></ruby>はその矢を手に取ってご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になりますと、矢の羽根に血がついておりました。

高皇産霊神は、

「この矢は<ruby><rb>天若日子</rb><rt>あめのわかひこ</rt></ruby>につかわした矢だが」とおっしゃって、みんなの神々にお見せになった後、

「もしこの矢が、若日子が悪い神たちを射たのが飛んで来たのならば、若日子にはあたるな。もし若日子が悪い心をいだいているなら、かれを射殺せよ」とおっしゃりながら、さきほどの矢が通って来た空の<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>から、力いっぱいにお突きおろしになりました。

そうするとその矢は、若日子がちょうど下界であおむきに<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>ていた胸のまん中を、ぷすりと突き<ruby><rb>刺</rb><rt>さ</rt></ruby>して一ぺんで殺してしまいました。

若日子のお<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>の<ruby><rb>下照比売</rb><rt>したてるひめ</rt></ruby>は、びっくりして、大声をあげて<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>きさわぎました。

その泣く声が風にはこばれて、大空まで聞こえて来ますと、若日子の父の<ruby><rb>天津国玉神</rb><rt>あまつくにたまのかみ</rt></ruby>と、若日子のほんとうのお嫁と子供たちがそれを聞きつけて、びっくりして、下界へおりて来ました、そして泣き泣きそこへ<ruby><rb>喪屋</rb><rt>もや</rt></ruby>といって、死人を寝かせておく小屋をこしらえて、がんを<ruby><rb>供物</rb><rt>くもつ</rt></ruby>をささげる役に、さぎをほうき持ちに、かわせみをお<ruby><rb>供</rb><rt>そな</rt></ruby>えの<ruby><rb>魚</rb><rt>さかな</rt></ruby>取りにやとい、すずめをお供えのこめつきに<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び、きじを泣き役につれて来て、<ruby><rb>八日</rb><rt>ようか</rt></ruby><ruby><rb>八晩</rb><rt>よばん</rt></ruby>の間、若日子の死がいのそばで楽器をならして、死んだ<ruby><rb>魂</rb><rt>たましい</rt></ruby>を<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>めておりました。

そうしているところへ、<ruby><rb>大国主神</rb><rt>おおくにぬしのかみ</rt></ruby>の子で、<ruby><rb>下照比売</rb><rt>したてるひめ</rt></ruby>のおあにいさまの<ruby><rb>高日子根神</rb><rt>たかひこねのかみ</rt></ruby>がお<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>みに来ました。そうすると<ruby><rb>若日子</rb><rt>わかひこ</rt></ruby>の父と<ruby><rb>妻子</rb><rt>つまこ</rt></ruby>たちは、

「おや」とびっくりして、その神の手足にとりすがりながら、

「まあまあおまえは生きていたのか」

「まあ、あなたは死なないでいてくださいましたか」と言って、みんなでおんおんと<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>し<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>きに泣きだしました。それは<ruby><rb>高日子根神</rb><rt>たかひこねのかみ</rt></ruby>の顔や<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>が<ruby><rb>天若日子</rb><rt>あめのわかひこ</rt></ruby>にそっくりだったので、みんなは一も二もなく若日子だとばかり思ってしまったのでした。

すると高日子根神は、

「何をふざけるのだ」とまっかになって<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>りだして、

「人がわざわざ<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>みに来たのに、それをきたない死人などといっしょにするやつがどこにある」とどなりつけながら、長い<ruby><rb>剣</rb><rt>つるぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>きはなすといっしょに、その<ruby><rb>喪屋</rb><rt>もや</rt></ruby>をめちゃめちゃに切り倒し、足でぽんぽんけりちらかして、ぷんぷん怒って行ってしまいました。

そのとき妹の<ruby><rb>下照比売</rb><rt>したてるひめ</rt></ruby>は、あの美しい若い神は私のおあにいさまの、これこれこういう方だということを、歌に歌って、<ruby><rb>誇</rb><rt>ほこ</rt></ruby>りがおに若日子の父や妻子に知らせました。

## 二

<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>は、そんなわけで、また神々に向かって、こんどというこんどはだれを<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>わしたらよいかとご相談をなさいました。

<ruby><rb>思金神</rb><rt>おもいかねのかみ</rt></ruby>とすべての神々は、

「それではいよいよ、<ruby><rb>天安河</rb><rt>あめのやすのかわ</rt></ruby>の<ruby><rb>河上</rb><rt>かわかみ</rt></ruby>の、<ruby><rb>天</rb><rt>あめ</rt></ruby>の<ruby><rb>岩屋</rb><rt>いわや</rt></ruby>におります<ruby><rb>尾羽張神</rb><rt>おはばりのかみ</rt></ruby>か、それでなければ、その神の子の<ruby><rb>建御雷神</rb><rt>たけみかずちのかみ</rt></ruby>か、二人のうちどちらかをお<ruby><rb>遣</rb><rt>つかわ</rt></ruby>しになるほかはございません。しかし尾羽張神は、天安河の水をせきあげて、道を通れないようにしておりますから、めったな神では、ちょっと<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>びにもまいれません。これはひとつ<ruby><rb>天迦久神</rb><rt>あめのかくのかみ</rt></ruby>をおさしむけになりまして、尾羽張神がなんと申しますか聞かせてご覧になるがようございましょう」と申しあげました。

大神はそれをお聞きになると、急いで<ruby><rb>天迦久神</rb><rt>あめのかくのかみ</rt></ruby>をおやりになってお聞かせになりました。

そうすると<ruby><rb>尾羽張神</rb><rt>おはばりのかみ</rt></ruby>は、

「これは、わざわざもったいない。その使いには私でもすぐにまいりますが、それよりも、こんなことにかけましては、私の子の<ruby><rb>建御雷神</rb><rt>たけみかずちのかみ</rt></ruby>がいっとうお役に立ちますかと存じます」

こう言って、さっそくその神を大神のご<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>へうかがわせました。

大神はその建御雷神に、<ruby><rb>天鳥船神</rb><rt>あめのとりふねのかみ</rt></ruby>という神をつけておくだしになりました。

二人の神はまもなく<ruby><rb>出雲国</rb><rt>いずものくに</rt></ruby>の<ruby><rb>伊那佐</rb><rt>いなさ</rt></ruby>という浜にくだりつきました。そしてお<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>いに長い<ruby><rb>剣</rb><rt>つるぎ</rt></ruby>をずらりと<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>き<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>して、それを海の上にあおむけに<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>き立てて、そのきっさきの上にあぐらをかきながら、<ruby><rb>大国主神</rb><rt>おおくにぬしのかみ</rt></ruby>に談判をしました。

「わしたちは<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>と<ruby><rb>高皇産霊神</rb><rt>たかみむすびのかみ</rt></ruby>とのご命令で、わざわざお使いにまいったのである。大神はおまえが治めているこの<ruby><rb>葦原</rb><rt>あしはら</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>つ<ruby><rb>国</rb><rt>くに</rt></ruby>は、大神のお子さまのお治めになる国だとおっしゃっている。そのおおせに従って大神のお子さまにこの国をすっかりお<ruby><rb>譲</rb><rt>ゆず</rt></ruby>りなさるか。それともいやだとお言いか」と聞きますと、<ruby><rb>大国主神</rb><rt>おおくにぬしのかみ</rt></ruby>は、

「これは私からはなんともお答え申しかねます。私よりも、むすこの<ruby><rb>八重事代主神</rb><rt>やえことしろぬしのかみ</rt></ruby>が、とかくのご返事を申しあげますでございましょうが、あいにくただいま<ruby><rb>御大</rb><rt>みお</rt></ruby>の<ruby><rb>崎</rb><rt>さき</rt></ruby>へりょうにまいっておりますので」とおっしゃいました。

<ruby><rb>建御雷神</rb><rt>たけみかずちのかみ</rt></ruby>はそれを聞くと、すぐに<ruby><rb>天鳥船神</rb><rt>あめのとりふねのかみ</rt></ruby>を<ruby><rb>御大</rb><rt>みお</rt></ruby>の<ruby><rb>崎</rb><rt>さき</rt></ruby>へやって、<ruby><rb>事代主神</rb><rt>ことしろぬしのかみ</rt></ruby>を<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>んで来させました。そして大国主神に言ったとおりのことを話しました。

すると事代主神は、父の神に向かって、

「まことにもったいないおおせです。お<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>のとおり、この国は大空の神さまのお子さまにおあげなさいまし」と言いながら、自分の乗って帰った船を<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>み<ruby><rb>傾</rb><rt>かたむ</rt></ruby>けて、おまじないの手打ちをしますと、その船はたちまち、青いいけがきに変わってしまいました。事代主神はそのいけがきの中へ急いでからだをかくしてしまいました。

<ruby><rb>建御雷神</rb><rt>たけみかずちのかみ</rt></ruby>は大国主神に向かって、

「ただ今事代主神はあのとおりに申したが、このほかには、もうちがった意見を持っている子はいないか」とたずねました。

大国主神は、

「私の子は事代主神のほかに、もう一人、<ruby><rb>建御名方神</rb><rt>たけみなかたのかみ</rt></ruby>というものがおります。もうそれきりでございます」とお答えになりました。

そうしているところへ、ちょうどこの<ruby><rb>建御名方神</rb><rt>たけみなかたのかみ</rt></ruby>が、千人もかからねば動かせないような大きな大きな大岩を両手でさしあげて出て来まして、

「やい、おれの国へ来て、そんなひそひそ話をしているのはだれだ。さあ来い、力くらべをしよう。まずおれがおまえの手をつかんでみよう」と言いながら、大岩を投げだしてそばへ来て、いきなり<ruby><rb>建御雷神</rb><rt>たけみかずちのかみ</rt></ruby>の手をひっつかみますと、<ruby><rb>御雷神</rb><rt>みかずちのかみ</rt></ruby>の手は、たちまち氷の柱になってしまいました。<ruby><rb>御名方神</rb><rt>みなかたのかみ</rt></ruby>がおやとおどろいているまに、その手はまたひょいと<ruby><rb>剣</rb><rt>つるぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>刃</rb><rt>は</rt></ruby>になってしまいました。

御名方神はすっかりこわくなっておずおずとしりごみをしかけますと、<ruby><rb>御雷神</rb><rt>みかずちのかみ</rt></ruby>は、

「さあ、こんどはおれの番だ」と言いながら、御名方神の手くびをぐいとひっつかむが早いか、まるではえたてのあしをでも扱うように、たちまち一<ruby><rb>握</rb><rt>にぎ</rt></ruby>りに握りつぶして、ちぎれ取れた手先を、ぽうんと向こうへ投げつけました。

御名方神は、まっさおになって、いっしょうけんめいに<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げだしました。<ruby><rb>御雷神</rb><rt>みかずちのかみ</rt></ruby>は、

「こら待て」と言いながら、どこまでもどんどんどんどん追っかけて行きました。そしてとうとう<ruby><rb>信濃</rb><rt>しなの</rt></ruby>の<ruby><rb>諏訪湖</rb><rt>すわこ</rt></ruby>のそばで追いつめて、いきなり、一ひねりにひねり殺そうとしますと、<ruby><rb>建御名方神</rb><rt>たけみなかたのかみ</rt></ruby>はぶるぶるふるえながら、

「もういよいよおそれいりました。どうぞ命ばかりはお助けくださいまし。私はこれなりこの<ruby><rb>信濃</rb><rt>しなの</rt></ruby>より外へはひと足も<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>み出しはいたしません。また、父や兄の申しあげましたとおりに、この<ruby><rb>葦原</rb><rt>あしはら</rt></ruby>の中つ国は、大空の神のお子さまにさしあげますでございます」と、平たくなっておわびしました。

そこで<ruby><rb>建御雷神</rb><rt>たけみかずちのかみ</rt></ruby>はまた<ruby><rb>出雲</rb><rt>いずも</rt></ruby>へ帰って来て、<ruby><rb>大国主神</rb><rt>おおくにぬしのかみ</rt></ruby>に問いつめました。

「おまえの子は二人とも、大神のおおせにはそむかないと申したが、おまえもこれでいよいよ言うことはあるまいな、どうだ」と言いますと、大国主神は、

「私にはもう何も異存はございません。この中つ国はおおせのとおり、すっかり、大神のお子さまにさしあげます。その上でただ一つのおねがいは、どうぞ私の<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>として、大空の神の<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>のような、りっぱな、しっかりした御殿をたてていただきとうございます。そうしてくださいませば私は遠い世界から、いつまでも大神のご子孫にお仕え申します。じつは私の子は、ほかに、まだまだいくたりもありますが、しかし、<ruby><rb>事代主神</rb><rt>ことしろぬしのかみ</rt></ruby>さえ神妙にご奉公いたします上は、あとの子たちは一人も不平を申しはいたしません」

こう言って、いさぎよくその場で死んでおしまいになりました。

それで<ruby><rb>建御雷神</rb><rt>たけみかずちのかみ</rt></ruby>は、さっそく、<ruby><rb>出雲国</rb><rt>いずものくに</rt></ruby>の<ruby><rb>多芸志</rb><rt>たぎし</rt></ruby>という浜にりっぱな大きなお<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>をたてて、ちゃんと望みのとおりにまつりました。そして<ruby><rb>櫛八玉神</rb><rt>くしやたまのかみ</rt></ruby>という神を、お<ruby><rb>供</rb><rt>そな</rt></ruby>えものを料理する料理人にしてつけ<ruby><rb>添</rb><rt>そ</rt></ruby>えました。

すると<ruby><rb>八玉神</rb><rt>やたまのかみ</rt></ruby>は、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">う</span>になって、海の<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>の土をくわえて来て、それで、いろんなお供えものをあげるかわらけをこしらえました。

それからある海草の<ruby><rb>茎</rb><rt>くき</rt></ruby>で<ruby><rb>火切臼</rb><rt>ひきりうす</rt></ruby>と<ruby><rb>火切杵</rb><rt>ひきりぎね</rt></ruby>という物をこしらえて、それをすり合わせて火を切り出して、<ruby><rb>建御雷神</rb><rt>たけみかずちのかみ</rt></ruby>に向かってこう言いました。

「私が切ったこの火で、そこいらが、大空の神の御殿のお料理場のように、すすでいっぱいになるまで欠かさず火をたき、かまどの下が地の底の岩のように<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>くなるまで絶えず火をもやして、りょうしたちの取って来る大すずきをたくさんに料理して、大空の神の召しあがるようなりっぱなごちそうを、いつもいつもお供えいたします」と言いました。

<ruby><rb>建御雷神</rb><rt>たけみかずちのかみ</rt></ruby>はそれでひとまず安心して、大空へ帰りのぼりました。そして<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>と<ruby><rb>高皇産霊神</rb><rt>たかみむすびのかみ</rt></ruby>に、すっかりこのことを、くわしく<ruby><rb>奏上</rb><rt>そうじょう</rt></ruby>いたしました。

  


## <ruby><rb>笠沙</rb><rt>かささ</rt></ruby>のお宮

## 一

<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>と<ruby><rb>高皇産霊神</rb><rt>たかみむすびのかみ</rt></ruby>とは、あれほど<ruby><rb>乱</rb><rt>みだ</rt></ruby>れさわいでいた下界を、<ruby><rb>建御雷神</rb><rt>たけみかずちのかみ</rt></ruby>たちが、ちゃんとこちらのものにして帰りましたので、さっそく<ruby><rb>天忍穂耳命</rb><rt>あめのおしほみみのみこと</rt></ruby>をお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しになって、

「<ruby><rb>葦原</rb><rt>あしはら</rt></ruby>の中つ国はもはやすっかり<ruby><rb>平</rb><rt>たい</rt></ruby>らいだ。おまえはこれからすぐにくだって、さいしょ申しつけたように、あの国を治めてゆけ」とおっしゃいました。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はおおせに従って、すぐに出発の用意におとりかかりになりました。するとちょうどそのときに、お<ruby><rb>妃</rb><rt>きさき</rt></ruby>の<ruby><rb>秋津師毘売命</rb><rt>あきつしひめのみこと</rt></ruby>が男のお子さまをお生みになりました。

<ruby><rb>忍穂耳命</rb><rt>おしほみみのみこと</rt></ruby>は大神のご<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>へおいでになって、

「私たち二人に、<ruby><rb>世嗣</rb><rt>よつぎ</rt></ruby>の子供が生まれました。名前は<ruby><rb>日子番能邇邇芸命</rb><rt>ひこほのににぎのみこと</rt></ruby>とつけました。中つ国へくだしますには、この子がいちばんよいかと存じます」とおっしゃいました。

それで大神は、そのお孫さまの<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>が大きくおなりになりますと、改めておそばへ召して、

「下界に見えるあの中つ国は、おまえの治める国であるぞ」とおっしゃいました。命は、かしこまって、

「それでは、これからすぐにくだってまいります」とおっしゃって、急いでそのお手はずをなさいました。そしてまもなく、いよいよお立ちになろうとなさいますと、ちょうど、大空のお通り道のある四つじに、だれだか一人の神が立ちはだかって、まぶしい光をきらきらと放ちながら、上は<ruby><rb>高天原</rb><rt>たかまのはら</rt></ruby>までもあかあかと照らし、下は中つ国までいちめんに照り<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>かせておりました。

<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>と<ruby><rb>高皇産霊神</rb><rt>たかみむすびのかみ</rt></ruby>とはそれをご覧になりますと、急いで<ruby><rb>天宇受女命</rb><rt>あめのうずめのみこと</rt></ruby>をお呼びになって、

「そちは女でこそあれ、どんな<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>くれた神に向かいあっても、びくともしない神だから、だれをもおいておまえを<ruby><rb>遣</rb><rt>つかわ</rt></ruby>すのである。あの、道をふさいでいる神のところへ行ってそう言って来い。大空の神のお子がおくだりになろうとするのに、そのお通り道を<ruby><rb>妨</rb><rt>さまた</rt></ruby>げているおまえは何者かと、しっかり<ruby><rb>責</rb><rt>せ</rt></ruby>めただして来い」とお言いつけになりました。

<ruby><rb>宇受女命</rb><rt>うずめのみこと</rt></ruby>はさっそくかけつけて、きびしくとがめたてました。すると、その神は<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>をひくくして、

「私は下界の神で名は<ruby><rb>猿田彦神</rb><rt>さるたひこのかみ</rt></ruby>と申します者でございます。ただいまここまで出てまいりましたのは、大空の神のお子さまがまもなくおくだりになると承りましたので、<ruby><rb>及</rb><rt>およ</rt></ruby>ばずながら私がお道<ruby><rb>筋</rb><rt>すじ</rt></ruby>をご案内申しあげたいと存じまして、お迎えにまいりましたのでございます」とお答え申しました。

大神はそれをお聞きになりましてご安心なさいました。そして<ruby><rb>天児屋根命</rb><rt>あめのこやねのみこと</rt></ruby>、<ruby><rb>太玉命</rb><rt>ふとだまのみこと</rt></ruby>、<ruby><rb>天宇受女命</rb><rt>あめのうずめのみこと</rt></ruby>、<ruby><rb>石許理度売命</rb><rt>いしこりどめのみこと</rt></ruby>、<ruby><rb>玉祖命</rb><rt>たまのおやのみこと</rt></ruby>の五人を、お孫さまの<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>のお供の<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>としておつけ<ruby><rb>添</rb><rt>そ</rt></ruby>えになりました。そしておしまいにお別れになるときに、<ruby><rb>八尺</rb><rt>やさか</rt></ruby>の<ruby><rb>曲玉</rb><rt>まがたま</rt></ruby>という、それはそれはごりっぱなお<ruby><rb>首飾</rb><rt>くびかざ</rt></ruby>りの玉と、<ruby><rb>八咫</rb><rt>やた</rt></ruby>の<ruby><rb>鏡</rb><rt>かがみ</rt></ruby>という<ruby><rb>神々</rb><rt>こうごう</rt></ruby>しいお鏡と、かねて<ruby><rb>須佐之男命</rb><rt>すさのおのみこと</rt></ruby>が大じゃの尾の中からお拾いになった、鋭い<ruby><rb>御剣</rb><rt>みつるぎ</rt></ruby>と、この三つの<ruby><rb>貴</rb><rt>とうと</rt></ruby>いご自分のお持物を、お手ずから<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>にお授けになって、

「この鏡は私の<ruby><rb>魂</rb><rt>たましい</rt></ruby>だと思って、これまで私に仕えてきたとおりに、たいせつに<ruby><rb>崇</rb><rt>あが</rt></ruby>め<ruby><rb>祀</rb><rt>まつ</rt></ruby>るがよい」とおっしゃいました。それから大空の神々の中でいちばんちえの深い<ruby><rb>思金神</rb><rt>おもいかねのかみ</rt></ruby>と、いちばんすぐれて力の強い<ruby><rb>手力男神</rb><rt>たぢからおのかみ</rt></ruby>とをさらにおつけ<ruby><rb>添</rb><rt>そ</rt></ruby>えになったうえ、

「<ruby><rb>思金神</rb><rt>おもいかねのかみ</rt></ruby>よ、そちはあの鏡の<ruby><rb>祀</rb><rt>まつ</rt></ruby>りをひき受けて、よくとり行なえよ」とおおせつけになりました。

<ruby><rb>邇邇芸命</rb><rt>ににぎのみこと</rt></ruby>はそれらの神々をはじめ、おおぜいのお供の神をひきつれて、いよいよ大空のお住まいをおたちになり、いく<ruby><rb>重</rb><rt>え</rt></ruby>ともなくはるばるとわき重なっている、深い雲の<ruby><rb>峰</rb><rt>みね</rt></ruby>をどんどんおし分けて、ご<ruby><rb>威光</rb><rt>いこう</rt></ruby>りりしくお進みになり、やがて<ruby><rb>天浮橋</rb><rt>あめのうきはし</rt></ruby>をもおし<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>って、どうどうと下界に向かってくだっておいでになりました。そのまっさきには、<ruby><rb>天忍日命</rb><rt>あめのおしひのみこと</rt></ruby>と、<ruby><rb>天津久米命</rb><rt>あまつくめのみこと</rt></ruby>という、よりすぐった二人の強い神さまが、大きな<ruby><rb>剣</rb><rt>つるぎ</rt></ruby>をつるし、大きな弓と強い矢とを<ruby><rb>負</rb><rt>お</rt></ruby>い<ruby><rb>抱</rb><rt>かか</rt></ruby>えて、勇ましくお先払いをして行きました。

命たちはしまいに、<ruby><rb>日向</rb><rt>ひゅうが</rt></ruby>の国の<ruby><rb>高千穂</rb><rt>たかちほ</rt></ruby>の山の、<ruby><rb>串触嶽</rb><rt>くしふるだけ</rt></ruby>という<ruby><rb>険</rb><rt>けわ</rt></ruby>しい峰の上にお着きになりました。そしてさらに<ruby><rb>韓国嶽</rb><rt>からくにだけ</rt></ruby>という峰へおわたりになり、そこからだんだんと、ひら地へおくだりになって、お住まいをお定めになる場所を探し探し、海の方へ向かって出ておいでになりました。

そのうちに同じ<ruby><rb>日向</rb><rt>ひゅうが</rt></ruby>の<ruby><rb>笠沙</rb><rt>かささ</rt></ruby>の<ruby><rb>岬</rb><rt>みさき</rt></ruby>へお着きになりました。

<ruby><rb>邇邇芸命</rb><rt>ににぎのみこと</rt></ruby>は、

「ここは朝日もま向きに<ruby><rb>射</rb><rt>さ</rt></ruby>し、夕日もよく照って、じつにすがすがしいよいところだ」とおっしゃって、すっかりお気にめしました。それでとうとう最後にそこへお住まいになることにおきめになりました。そしてさっそく、地面のしっかりしたところへ、大きな広い<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>をおたてになりました。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は、それから例の<ruby><rb>宇受女命</rb><rt>うずめのみこと</rt></ruby>をお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しになって、

「そちは、われわれの道案内をしてくれた、あの<ruby><rb>猿田彦神</rb><rt>さるたひこのかみ</rt></ruby>とは、さいしょからの知り合いである。それでそちがつき添って、あの神が帰るところまで送って行っておくれ。それから、あの神のてがらを記念してやる印に、<ruby><rb>猿田彦</rb><rt>さるたひこ</rt></ruby>という名まえをおまえが<ruby><rb>継</rb><rt>つ</rt></ruby>いで、あの神と二人のつもりで<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>に仕えよ」とおっしゃいました。<ruby><rb>宇受女命</rb><rt>うずめのみこと</rt></ruby>はかしこまって、猿田彦神を送ってまいりました。

猿田彦神は、その後、<ruby><rb>伊勢</rb><rt>いせ</rt></ruby>の<ruby><rb>阿坂</rb><rt>あざか</rt></ruby>というところに住んでいましたが、あるときりょうに出て、ひらふがいという大きな貝に手をはさまれ、とうとうそれなり海の中へ引き入れられて、おぼれ死にに死んでしまいました。

<ruby><rb>宇受女命</rb><rt>うずめのみこと</rt></ruby>はその神を送り<ruby><rb>届</rb><rt>とど</rt></ruby>けて帰って来ますと、<ruby><rb>笠沙</rb><rt>かささ</rt></ruby>の海ばたへ、大小さまざまの<ruby><rb>魚</rb><rt>さかな</rt></ruby>をすっかり追い集めて、

「おまえたちは大空の神のお子さまにお仕え申すか」と聞きました。そうすると、どの魚も一ぴき残らず、

「はいはい、ちゃんとご奉公申しあげます」とご返事をしましたが、中でなまこがたった一人、お答えをしないで<ruby><rb>黙</rb><rt>だま</rt></ruby>っておりました。

すると<ruby><rb>宇受女命</rb><rt>うずめのみこと</rt></ruby>は怒って、

「こゥれ、返事をしない口はその口か」と言いざま、手早く<ruby><rb>懐剣</rb><rt>かいけん</rt></ruby>を<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>きはなって、そのなまこの口をぐいとひとえぐり切り<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>きました。ですからなまこの口はいまだに裂けております。

## 二

そのうちに<ruby><rb>邇邇芸命</rb><rt>ににぎのみこと</rt></ruby>は、ある日、同じみさきできれいな若い女の人にお出会いになりました。

「おまえはだれの<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>か」とおたずねになりますと、その女の人は、

「私は<ruby><rb>大山津見神</rb><rt>おおやまつみのかみ</rt></ruby>の娘の<ruby><rb>木色咲耶媛</rb><rt>このはなさくやひめ</rt></ruby>と申す者でございます」とお答え申しました。

「そちにはきょうだいがあるか」とかさねてお聞きになりますと、

「私には<ruby><rb>石長媛</rb><rt>いわながひめ</rt></ruby>と申します一人の姉がございます」と申しました。<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は、

「わたしはおまえをお<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>にもらいたいと思うが、来るか」とお聞きになりました。すると<ruby><rb>咲耶媛</rb><rt>さくやひめ</rt></ruby>は、

「それは私からはなんとも申しあげかねます。どうぞ父の<ruby><rb>大山津見神</rb><rt>おおやまつみのかみ</rt></ruby>におたずねくださいまし」と申しあげました。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はさっそくお使いをお出しになって、<ruby><rb>大山津見神</rb><rt>おおやまつみのかみ</rt></ruby>に<ruby><rb>咲耶媛</rb><rt>さくやひめ</rt></ruby>をお嫁にもらいたいとお申しこみになりました。

<ruby><rb>大山津見神</rb><rt>おおやまつみのかみ</rt></ruby>はたいそう喜んで、すぐにその<ruby><rb>咲耶媛</rb><rt>さくやひめ</rt></ruby>に、姉の<ruby><rb>石長媛</rb><rt>いわながひめ</rt></ruby>をつき<ruby><rb>添</rb><rt>そ</rt></ruby>いにつけて、いろいろのお祝いの品をどっさり持たせてさしあげました。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は非常にお喜びになって、すぐ咲耶媛とご婚礼をなさいました。しかし姉の石長媛は、それはそれはひどい顔をした、みにくい女でしたので、同じ<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>でいっしょにおくらしになるのがおいやだものですから、そのまますぐに、父の神の方へお送りかえしになりました。

<ruby><rb>大山津見</rb><rt>おおやまつみ</rt></ruby>は<ruby><rb>恥</rb><rt>は</rt></ruby>じ入って、使いをもってこう申しあげました。

「私が<ruby><rb>木色咲耶媛</rb><rt>このはなさくやひめ</rt></ruby>に、わざわざ<ruby><rb>石長媛</rb><rt>いわながひめ</rt></ruby>をつき添いにつけましたわけは、あなたが<ruby><rb>咲耶媛</rb><rt>さくやひめ</rt></ruby>をお嫁になすって、その名のとおり、花が<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>き<ruby><rb>誇</rb><rt>ほこ</rt></ruby>るように、いつまでもお栄えになりますばかりでなく、<ruby><rb>石長媛</rb><rt>いわながひめ</rt></ruby>を同じ御殿にお使いになりませば、あの子の名まえについておりますとおり、岩が雨に打たれ風にさらされても、ちっとも変わらずにがっしりしているのと同じように、あなたのおからだもいつまでもお変わりなくいらっしゃいますようにと、それをお祈り申してつけ添えたのでございます。それだのに、<ruby><rb>咲耶媛</rb><rt>さくやひめ</rt></ruby>だけをおとめになつて、<ruby><rb>石長媛</rb><rt>いわながひめ</rt></ruby>をおかえしになったうえは、あなたも、あなたのご子孫のつぎつぎのご<ruby><rb>寿命</rb><rt>じゅみょう</rt></ruby>も、ちょうど咲いた花がいくほどもなく散りはてるのと同じで、けっして<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>くは続きませんよ」と、こんなことを申し送りました。

そのうちに<ruby><rb>咲耶媛</rb><rt>さくやひめ</rt></ruby>は、まもなくお子さまが生まれそうになりました。

それで命にそのことをお話しになりますと、命はあんまり早く生まれるので変だとおぼしめして、

「それはわしたち二人の子であろうか」とお聞きになりました。<ruby><rb>咲耶媛</rb><rt>さくやひめ</rt></ruby>は、そうおっしゃられて、

「どうしてこれが二人よりほかの者の子でございましょう。もし私たち二人の子でございませんでしたら、けっして無事にお産はできますまい。ほんとうに二人の子である<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>には、どんなことをして生みましても、必ず無事に生まれるに相違ございません」

こう言ってわざと出入口のないお家をこしらえて、その中におはいりになり、すきまというすきまをぴっしり土で<ruby><rb>塗</rb><rt>ぬ</rt></ruby>りつぶしておしまいになりました。そしていざお産をなさるというときに、そのお家へ火をつけてお<ruby><rb>燃</rb><rt>も</rt></ruby>やしになりました。

しかしそんな<ruby><rb>乱暴</rb><rt>らんぼう</rt></ruby>な生み方をなすっても、お子さまは、ちゃんとご無事に三人もお生まれになりました。<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>は、はじめ、うちじゅうに火が燃え広がって、どんどん<ruby><rb>炎</rb><rt>ほのお</rt></ruby>をあげているときにお生まれになった方を<ruby><rb>火照命</rb><rt>ほてりのみこと</rt></ruby>というお名まえになさいました。それから、つぎつぎに、<ruby><rb>火須勢理命</rb><rt>ほすせりのみこと</rt></ruby>、<ruby><rb>火遠理命</rb><rt>ほおりのみこと</rt></ruby>というお<ruby><rb>二方</rb><rt>ふたかた</rt></ruby>がお生まれになりました。<ruby><rb>火遠理命</rb><rt>ほおりのみこと</rt></ruby>はまたの名を<ruby><rb>日子穂穂出見命</rb><rt>ひこほほでみのみこと</rt></ruby>ともお<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び申しました。

  


## <ruby><rb>満潮</rb><rt>みちしお</rt></ruby>の玉、<ruby><rb>干潮</rb><rt>ひしお</rt></ruby>の玉

## 一

三人のごきょうだいは、まもなく大きな<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>い人におなりになりました。その中でおあにいさまの<ruby><rb>火照命</rb><rt>ほてりのみこと</rt></ruby>は、海でりょうをなさるのがたいへんおじょうずで、いつもいろんな大きな<ruby><rb>魚</rb><rt>さかな</rt></ruby>や小さな魚をたくさんつってお帰りになりました。末の弟さまの<ruby><rb>火遠理命</rb><rt>ほおりのみこと</rt></ruby>は、これはまた、山でりょうをなさるのがそれはそれはお得意で、しじゅういろんな鳥や獣をどっさりとってお帰りになりました。

あるとき弟の<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は、おあにいさまに向かって、

「ひとつためしに二人で道具を取りかえて、<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>いに持ち場をかえて、りょうをしてみようではありませんか」とおっしゃいました。

おあにいさまは、弟さまがそう言って三度もお<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みになっても、そのたんびにいやだと言ってお聞き入れになりませんでした。しかし弟さまが、あんまりうるさくおっしゃるものですから、とうとうしまいに、いやいやながらお取りかえになりました。

弟さまは、さっそくつり道具を持って海ばたへお出かけになりました。しかし、つりのほうはまるでおかってがちがうので、いくらおあせりになっても一ぴきもおつれになれないばかりか、しまいにはつり<ruby><rb>針</rb><rt>ばり</rt></ruby>を海の中へなくしておしまいになりました。

おあにいさまの<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>も、山のりょうにはおなれにならないものですから、いっこうに<ruby><rb>獲物</rb><rt>えもの</rt></ruby>がないので、がっかりなすって、弟さまに向かって、

「わしのつり道具を返してくれ、海のりょうも山のりょうも、お<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>いになれたものでなくてはだめだ。さあこの弓矢を返そう」とおっしゃいました。

弟さまは、

「私はとんだことをいたしました。とうとう魚を一ぴきもつらないうちに、針を海へ落としてしまいました」とおっしゃいました。するとおあにいさまはたいへんにお<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>りになって、無理にもその針をさがして来いとおっしゃいました。弟さまはしかたなしに、身につるしておいでになる長い<ruby><rb>剣</rb><rt>つるぎ</rt></ruby>を打ちこわして、それでつり針を五百本こしらえて、それを代わりにおさしあげになりました。

しかし、おあにいさまは、もとの針でなければいやだとおっしゃって、どうしてもお聞きいれになりませんでした。それで弟さまはまた千本の針をこしらえて、どうぞこれでかんべんしてくださいましと、お頼みになりましたが、おあにいさまは、どこまでも、もとの針でなければいやだとお言いはりになりました。

ですから弟さまは、<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>っておしまいになりまして、ひとりで海ばたに立って、おいおい<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>いておいでになりました。そうすると、そこへ<ruby><rb>塩椎神</rb><rt>しおつちのかみ</rt></ruby>という神が出てまいりました。

「もしもし、あなたはどうしてそんなに泣いておいでになるのでございます」と聞いてくれました。弟さまは、

「<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>はおあにいさまのつり針を借りてりょうをして、その針を海の中へなくしてしまったのです。だから代わりの針をたくさんこしらえて、それをお返しすると、おあにいさまは、どうしてももとの針を返せとおっしゃってお聞きにならないのです」

こう言って、わけをお話しになりました。

<ruby><rb>塩椎神</rb><rt>しおつちのかみ</rt></ruby>はそれを聞くと、たいそうお気の毒に思いまして、

「それでは私がちゃんとよくしてさしあげましょう」と言いながら、大急ぎで、水あかが少しもはいらないように、かたく編んだ、かごの<ruby><rb>小船</rb><rt>こぶね</rt></ruby>をこしらえて、その中へ<ruby><rb>火遠理命</rb><rt>ほおりのみこと</rt></ruby>をお乗せ申しました。

「それでは私が<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>し出しておあげ申しますから、そのままどんどん海のまんなかへ出ていらっしゃいまし。そしてしばらくお行きになりますと、向こうの波の間によい道がついておりますから、それについてどこもでも流れておいでになると、しまいにたくさんのむねが魚のうろこのように立ち<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>んだ、大きな大きなお宮へお着きになります。それは<ruby><rb>綿津見</rb><rt>わたつみ</rt></ruby>の神という海の神の<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>でございます。そのお宮の門のわきに<ruby><rb>井戸</rb><rt>いど</rt></ruby>があります。井戸の上にかつらの木がおいかぶさっておりますから、その木の上にのぼって待っていらっしゃいまし。そうすると海の神の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>が見つけて、ちゃんといいようにとりはからってくれますから」と言って、力いっぱいその船を押し出してくれました。

## 二

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はそのままずんずん流れてお行きになりました。そうするとまったく<ruby><rb>塩椎神</rb><rt>しおつちのかみ</rt></ruby>が言ったように、しばらくして大きな大きなお宮へお着きになりました。

命はさっそくその門のそばのかつらの木にのぼって待っておいでになりました。そうすると、まもなく、<ruby><rb>綿津見神</rb><rt>わたつみのかみ</rt></ruby>の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>の<ruby><rb>豊玉媛</rb><rt>とよたまひめ</rt></ruby>のおつきの女が、玉の<ruby><rb>器</rb><rt>うつわ</rt></ruby>を持って、かつらの木の下の<ruby><rb>井戸</rb><rt>いど</rt></ruby>へ水をくみに来ました。

女は井戸の中を見ますと、人の<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>がうつっているので、ふしぎに思って上を向いて見ますと、かつらの木にきれいな男の方がいらっしゃいました。

命は、その女に水をくれとお言いになりました。女は急いで玉の器にくみ入れてさしあげました。

しかし命はその水をお飲みにならないで、首にかけておいでになる<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りの玉をおほどきになって、それを口にふくんで、その玉の器の中へ<ruby><rb>吐</rb><rt>は</rt></ruby>き入れて、女にお渡しになりました。女は器を受け取って、その玉をとり出そうとしますと、玉は器の底に<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>くくっついてしまって、どんなにしても<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れませんでした。それで、そのままうちの中へ持ってはいって、豊玉媛にその器ごとさし出しました。

<ruby><rb>豊玉媛</rb><rt>とよたまひめ</rt></ruby>は、その玉を見て、

「<ruby><rb>門口</rb><rt>かどぐち</rt></ruby>にだれかおいでになっているのか」と聞きました。

女は、

「井戸のそばのかつらの木の上にきれいな男の方がおいでになっています。それこそは、こちらの王さまにもまさって、それはそれはけだかい<ruby><rb>貴</rb><rt>とうと</rt></ruby>い方でございます。その方が水をくれとおっしゃいましたから、すぐに、この器へくんでさしあげますと、水はおあがりにならないで、お首飾りの玉を中へお吐き入れになりました。そういたしますと、その玉が、ご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>のように、どうしても底から離れないのでございます」と言いました。

<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>は<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>のお姿を見ますと、すぐにおとうさまの海の神のところへ行って、

「門口にきれいな方がいらしっています」と言いました。

海の神は、わざわざ自分で出て見て、

「おや、あのお方は、大空からおくだりになった、貴い神さまのお子さまだ」と言いながら、急いでお宮へお通し申しました。そしてあしかの毛皮を八<ruby><rb>枚</rb><rt>まい</rt></ruby><ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて<ruby><rb>敷</rb><rt>し</rt></ruby>き、その上へまた絹の<ruby><rb>畳</rb><rt>たたみ</rt></ruby>を八枚重ねて、それへすわっていただいて、いろいろごちそうをどっさり<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>べて、それはそれはていねいにおもてなしをしました。そして豊玉媛をお<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>にさしあげました。

それで<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はそのまま<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>といっしょにそこにお住まいになりました。そのうちに、いつのまにか三年という月日がたちました。

すると命はある晩、ふと例の<ruby><rb>針</rb><rt>はり</rt></ruby>のことをお思い出しになって、深いため息をなさいました。

<ruby><rb>豊玉媛</rb><rt>とよたまひめ</rt></ruby>はあくる朝、そっと父の神のそばへ行って、

「おとうさま、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はこのお宮に三年もお住まいになっていても、これまでただの一度もめいったお顔をなさったことがないのに、ゆうべにかぎって深いため息をなさいました。なにか急にご心配なことがおできになったのでしょうか」と言いました。

海の神はそれを聞くと、あとで命に向かって、

「さきほど<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>が申しますには、あなたは三年の間こんなところにおいでになりましても、ふだんはただの一度も、ものをお<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>きになったことがないのに、ゆうべはじめてため息をなさいましたと申します。何かわけがおありになるのでございますか。いったいいちばんはじめ、どうしてこの海の中なぞへおいでになったのでございます」こう言っておたずね申しました。

命はこれこれこういうわけで、つり<ruby><rb>針</rb><rt>ばり</rt></ruby>をさがしに来たのですとおっしゃいました。

海の神はそれを聞くと、すぐに海じゅうの大きな<ruby><rb>魚</rb><rt>さかな</rt></ruby>や小さな魚を一ぴき残さず<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び集めて、

「この中にだれか命の針をお取り申した者はいないか」と聞きました。すると魚たちは、

「こないだから<ruby><rb>雌</rb><rt>め</rt></ruby>だいがのどにとげを立てて物が食べられないで<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>っておりますが、ではきっとお話のつり針をのんでいるに相違ございません」と言いました。

海の神はさっそくそのたいを呼んで、のどの中をさぐって見ますと、なるほど、大きなつり針を一本のんでおりました。

海の神はそれを取り出して、きれいに洗って命にさしあげました。すると、それがまさしく命のおなくしになったあの針でした。海の神は、

「それではお帰りになって、おあにいさまにお返しになりますときには、

いやなつり針、

わるいつり針、

ばかなつり針。

とおっしゃりながら、必ずうしろ向きになってお渡しなさいまし。それから、こんどからはおあにいさまが高いところへ田をお作りになりましたら、あなたは低いところへお作りなさいまし。そのあべこべに、おあにいさまが低いところへお作りになりましたら、あなたは高いところへお作りになることです。すべて世の中の水という水は私が自由に出し入れするのでございます。おあにいさまは針のことでずいぶんあなたをおいじめになりましたから、これからはおあにいさまの田へはちっとも水をあげないで、あなたの田にばかりどっさり入れておあげ申します。ですから、おあにいさまは三年のうちに必ず<ruby><rb>貧乏</rb><rt>びんぼう</rt></ruby>になっておしまいになります。そうすると、きっとあなたをねたんで殺しにおいでになるに相違ございません。そのときには、この<ruby><rb>満潮</rb><rt>みちしお</rt></ruby>の玉を取り出して、おぼらしておあげなさい。この中から水がいくらでもわいて出ます。しかし、おあにいさまが助けてくれとおっしゃられておわびをなさるなら、こちらのこの<ruby><rb>干潮</rb><rt>ひしお</rt></ruby>の玉を出して、水をひかせておあげなさいまし。ともかく、そうして少しこらしめておあげになるがようございます」

こう言って、そのたいせつな二つの玉を<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>にさしあげました。それからけらいのわにをすっかり<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び集めて、

「これから大空の神のお子さまが陸の世界へお帰りになるのだが、おまえたちはいく日あったら命をお送りして帰ってくるか」と聞きました。

わにたちは、お互いにからだの大きさにつれてそれぞれかんじょうして、めいめいにお返事をしました。その中で六<ruby><rb>尺</rb><rt>しゃく</rt></ruby>ばかりある大わには、

「私は一日あれば行ってまいります」と言いました。海の神は、

「それではおまえお送り申してくれ。しかし海を渡るときに、けっしてこわい思いをおさせ申してはならないぞ」とよく言い聞かせた上、その首のところへ命をお乗せ申して、はるばるとお送り申して行かせました。すると、わにはうけあったとおりに、一日のうちに命をもとの浜までおつれ申しました。

命はご自分のつるしておいでになる小さな刀をおほどきになって、それをごほうびにわにの首へくくりつけておかえしになりました。

命はそれからすぐに、おあにいさまのところへいらしって、海の神が教えてくれたとおりに、

いやなつり<ruby><rb>針</rb><rt>ばり</rt></ruby>、

悪いつり針、

ばかなつり針。

と言い言い、例のつり針を、うしろ向きになってお返しになりました。それから田を作るにも海の神が言ったとおりになさいました。

そうすると、命の田からは、毎年どんどんおこめが取れるのに、おあにいさまの田には、水がちっとも来ないものですから、おあにいさまは、三年の間にすっかり<ruby><rb>貧乏</rb><rt>びんぼう</rt></ruby>になっておしまいになりました。

するとおあにいさまは、あんのじょう、命のことをねたんで、いくどとなく殺しにおいでになりました。命はそのときにはさっそく<ruby><rb>満潮</rb><rt>みちしお</rt></ruby>の玉を出して、大水をわかせてお防ぎになりました。おあにいさまは、たんびにおぼれそうになって、助けてくれ、助けてくれ、とおっしゃいました。命はそのときには<ruby><rb>干潮</rb><rt>ひしお</rt></ruby>の玉を出してたちまち水をおひかせになりました。そんなわけで、おあにいさまも、しまいには弟さまの命にはとてもかなわないとお思いになり、とうとう頭をさげて、

「どうかこれまでのことは許しておくれ。私はこれからしょうがい、夜昼おまえのうちの番をして、おまえに奉公するから」と、かたくお<ruby><rb>誓</rb><rt>ちか</rt></ruby>いになりました。

ですから、このおあにいさまの命のご子孫は、後の<ruby><rb>代</rb><rt>よ</rt></ruby>まで、命が水におぼれかけてお苦しみになったときの<ruby><rb>身振</rb><rt>みぶ</rt></ruby>りをまねた、さまざまなおかしな<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>りを踊るのが、代々きまりになっておりました。

## 三

そのうちに、<ruby><rb>火遠理命</rb><rt>ほおりのみこと</rt></ruby>が海のお宮へ残しておかえりになった、お<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>さまの<ruby><rb>豊玉媛</rb><rt>とよたまひめ</rt></ruby>が、ある日ふいに海の中から出ていらしって、

「私はかねて<ruby><rb>身重</rb><rt>みおも</rt></ruby>になっておりましたが、もうお産をいたしますときがまいりました。しかし大空の神さまのお子さまを海の中へお生み申してはおそれ多いと存じまして、はるばるこちらまで出てまいりました」とおっしゃいました。

それで<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は急いで、うぶやという、お産をするおうちを、海ばたへおたてになりました。その屋根はかやの代わりに、うの羽根を集めておふかせになりました。

するとその屋根がまだできあがらないうちに、豊玉媛は、もう産けがおつきになって、急いでそのうちへおはいりになりました。

そのとき<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>は命に向かって、

「すべての人がお産をいたしますには、みんな自分の国のならわしがありまして、それぞれへんなかっこうをして生みますものでございます。それですから、どうぞ私がお産をいたしますところも、けっしてご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>にならないでくださいましな」と、かたくお願いしておきました。命は<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>がわざわざそんなことをおっしゃるので、かえって変だとおぼしめして、あとでそっと行ってのぞいてご覧になりました。

そうすると、たった今まで美しい女であった豊玉媛が、いつのまにか八ひろもあるような恐ろしい大わにになって、うんうんうなりながらはいまわっていました。命はびっくりして、どんどん<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げ出しておしまいになりました。

豊玉媛はそれを感づいて、恥ずかしくて恥ずかしくてたまらないものですから、お子さまをお生み申すと、命に向かって、

「私はこれから、しじゅう海を往来して、お目にかかりにまいりますつもりでおりましたが、あんな、私の姿をご覧になりましたので、ほんとうにお恥ずかしくて、もうこれきりおうかがいもできません」こう言って、そのお子さまをあとにお残し申したまま、海の中の通り道をすっかりふさいでしまって、どんどん海の底へ帰っておしまいになりました。そしてそれなりとうとう一生、二度と出ていらっしゃいませんでした。

お二人の中のお子さまは、うの羽根の屋根がふきおえないうちにお生まれになったので、それから取って、<ruby><rb>鵜茅草葺不合命</rb><rt>うがやふきあえずのみこと</rt></ruby>とお<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>びになりました。

<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>は海のお宮にいらしっても、このお子さまのことが心配でならないものですから、お妹さまの<ruby><rb>玉依媛</rb><rt>たまよりひめ</rt></ruby>をこちらへよこして、その方の手で育てておもらいになりました。媛は夫の命が自分のひどい姿をおのぞきになったことは、いつまでたっても<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>めしくてたまりませんでしたけれど、それでも命のことはやっぱり恋しくおしたわしくて、かたときもお<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れになることができませんでした。それで玉依媛にことづけて、

赤玉は、

<ruby><rb>緒</rb><rt>お</rt></ruby>さえ光れど、

<ruby><rb>白玉</rb><rt>しらたま</rt></ruby>の、

君が<ruby><rb>装</rb><rt>よそお</rt></ruby>し、

<ruby><rb>貴</rb><rt>とうと</rt></ruby>くありけり。

という歌をお送りになりました。これは、

「赤い玉はたいへんにりっぱなもので、それをひもに通して<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りにすると、そのひもまで光って見えるくらいですが、その赤玉にもまさった、白玉のようにうるわしいあなたの貴いお<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>を、私はしじゅうお<ruby><rb>慕</rb><rt>した</rt></ruby>わしく思っております」という意味でした。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はたいそうあわれにおぼしめして、私もおまえのことはけっして<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れはしないという意味の、お情けのこもったお歌をお返しになりました。

命は<ruby><rb>高千穂</rb><rt>たかちほ</rt></ruby>の宮というお宮に、とうとう五百八十のお年までお住まいになりました。

  


## <ruby><rb>八咫烏</rb><rt>やたがらす</rt></ruby>

## 一

<ruby><rb>鵜茅草葺不合命</rb><rt>うがやふきあえずのみこと</rt></ruby>は、ご成人の後、<ruby><rb>玉依媛</rb><rt>たまよりひめ</rt></ruby>を改めてお<ruby><rb>妃</rb><rt>きさき</rt></ruby>にお立てになって、四人の男のお子をおもうけになりました。

この四人のごきょうだいのうち、二番めの<ruby><rb>稲氷命</rb><rt>いなひのみこと</rt></ruby>は、海をこえてはるばると、<ruby><rb>常世国</rb><rt>とこよのくに</rt></ruby>という遠い国へお渡りになりました。ついで三番めの<ruby><rb>若御毛沼命</rb><rt>わかみけぬのみこと</rt></ruby>も、お母上のお国の、海の国へ行っておしまいになり、いちばん末の弟さまの<ruby><rb>神倭伊波礼毘古命</rb><rt>かんやまといわれひこのみこと</rt></ruby>が、<ruby><rb>高千穂</rb><rt>たかちほ</rt></ruby>の宮にいらしって、天下をお治めになりました。しかし、<ruby><rb>日向</rb><rt>ひゅうが</rt></ruby>はたいへんにへんぴで、<ruby><rb>政</rb><rt>まつりごと</rt></ruby>をお聞きめすのにひどくご不便でしたので、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はいちばん上のおあにいさまの<ruby><rb>五瀬命</rb><rt>いつせのみこと</rt></ruby>とお二人でご相談のうえ、

「これは、もっと東の方へ移ったほうがよいであろう」とおっしゃって、軍勢を残らずめしつれて、まず<ruby><rb>筑前国</rb><rt>ちくぜんのくに</rt></ruby>に向かっておたちになりました。その途中、<ruby><rb>豊前</rb><rt>ぶぜん</rt></ruby>の<ruby><rb>宇佐</rb><rt>うさ</rt></ruby>にお着きになりますと、その土地の<ruby><rb>宇佐都比古</rb><rt>うさつひこ</rt></ruby>、<ruby><rb>宇佐都比売</rb><rt>うさつひめ</rt></ruby>という二人の者が、<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>をつくってお迎え申し、てあつくおもてなしをしました。

命はそこから<ruby><rb>筑前</rb><rt>ちくぜん</rt></ruby>へおはいりになりました。そして<ruby><rb>岡田宮</rb><rt>おかだのみや</rt></ruby>というお宮に一年の間ご滞在になった後、さらに<ruby><rb>安芸</rb><rt>あき</rt></ruby>の国へおのぼりになって、<ruby><rb>多家理宮</rb><rt>たけりのみや</rt></ruby>に七年間おとどまりになり、ついで<ruby><rb>備前</rb><rt>びぜん</rt></ruby>へお進みになって、八年の間<ruby><rb>高島宮</rb><rt>たかしまのみや</rt></ruby>にお住まいになりました。そしてそこからお船をつらねて、波の上を東に向かっておのぼりになりました。

そのうちに<ruby><rb>速吸門</rb><rt>はやすいのかど</rt></ruby>というところまでおいでになりますと、向こうから一人の者が、かめの背なかに乗って、<ruby><rb>魚</rb><rt>さかな</rt></ruby>をつりながら出て来まして、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>のお船を見るなり、両手をあげてしきりに<ruby><rb>手招</rb><rt>てまね</rt></ruby>きをいたしました。命はその者を<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>びよせて、

「おまえは何者か」とお聞きになりますと、

「私はこの地方の神で<ruby><rb>宇豆彦</rb><rt>うずひこ</rt></ruby>と申します」とお答えいたしました。

「そちはそのへんの海路を存じているか」とおたずねになりますと、

「よく存じております」と申しました。

「それではおれのお供につくか」とおっしゃいますと、

「かしこまりました。ご奉公申しあげます」とお答え申しましたので、命はすぐにおそばの者に命じて、さおをさし出させてお船へ引きあげておやりになりました。

みんなは、そこから、なお東へ東へとかじを取って、やがて<ruby><rb>摂津</rb><rt>せっつ</rt></ruby>の<ruby><rb>浪速</rb><rt>なみはや</rt></ruby>の海を乗り切って、<ruby><rb>河内国</rb><rt>かわちのくに</rt></ruby>の、<ruby><rb>青雲</rb><rt>あをぐも</rt></ruby>の<ruby><rb>白肩津</rb><rt>しらかたのつ</rt></ruby>という浜へ着きました。

するとそこには、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>鳥見</rb><rt>とみ</rt></ruby>というところの<ruby><rb>長髄彦</rb><rt>ながすねひこ</rt></ruby>という者が、兵をひきつれて待ちかまえておりました。命は、いざ船からおおりになろうとしますと、かれらが急にどっと矢を<ruby><rb>射</rb><rt>い</rt></ruby>向けて来ましたので、お船の中から<ruby><rb>盾</rb><rt>たて</rt></ruby>を取り出して、ひゅうひゅう飛んで来る矢の中をくぐりながらご上陸なさいました。そしてすぐにどんどん<ruby><rb>戦</rb><rt>いくさ</rt></ruby>をなさいました。

そのうちに<ruby><rb>五瀬命</rb><rt>いつせのみこと</rt></ruby>が、<ruby><rb>長髄彦</rb><rt>ながすねひこ</rt></ruby>の鋭い矢のために大きずをお受けになりました。<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はその傷をおおさえになりながら、

「おれたちは日の神の子孫でありながら、お日さまの方に向かって攻めかかったのがまちがいである。だからかれらの矢にあたったのだ。これから東の方へ遠まわりをして、お日さまを背なかに受けて戦おう」とおっしゃって、みんなをめし集めて、弟さまの命といっしょにもう一度お船におめしになり、大急ぎで海のまん中へお出ましになりました。

その途中で、命はお手についた傷の血をお洗いになりました。

しかしそこから南の方へまわって、<ruby><rb>紀伊国</rb><rt>きいのくに</rt></ruby>の<ruby><rb>男</rb><rt>お</rt></ruby>の<ruby><rb>水門</rb><rt>みなと</rt></ruby>までおいでになりますと、お傷の<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>みがいよいよ激しくなりました。命は、

「ああ、くやしい。かれらから負わされた手傷で死ぬるのか」と残念そうなお声でお叫びになりながら、とうとうそれなりおかくれになりました。

## 二

<ruby><rb>神倭伊波礼毘古命</rb><rt>かんやまといわれひこのみこと</rt></ruby>は、そこからぐるりとおまわりになり、同じ<ruby><rb>紀伊</rb><rt>きい</rt></ruby>の<ruby><rb>熊野</rb><rt>くまの</rt></ruby>という村にお着きになりました。するとふいに大きな大ぐまが現われて、あっというまにまたすぐ消えさってしまいました。ところが、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>もお供の軍勢もこの大ぐまの毒気にあたって、たちまちぐらぐらと目がくらみ、一人のこらず、その場に気絶してしまいました。

そうすると、そこへ<ruby><rb>熊野</rb><rt>くまの</rt></ruby>の<ruby><rb>高倉下</rb><rt>たかくらじ</rt></ruby>という者が、一ふりの<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>を持って出て来まして、<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>し<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れておいでになる<ruby><rb>伊波礼毘古命</rb><rt>いわれひこのみこと</rt></ruby>に、その太刀をさしだしました。命はそれといっしょに、ふと<ruby><rb>正気</rb><rt>しょうき</rt></ruby>におかえりになって、

「おや、おれはずいぶん<ruby><rb>長寝</rb><rt>ながね</rt></ruby>をしたね」とおっしゃりながら、<ruby><rb>高倉下</rb><rt>たかくらじ</rt></ruby>がささげた<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>をお受けとりになりますと、その太刀に備わっている威光でもって、さっきのくまをさし向けた熊野の山の荒くれた<ruby><rb>悪神</rb><rt>わるがみ</rt></ruby>どもは、ひとりでにばたばたと<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れて死にました。それといっしょに命の軍勢は、まわった毒から一度にさめて、むくむくと元気よく起きあがりました。

命はふしぎにおぼしめして、<ruby><rb>高倉下</rb><rt>たかくらじ</rt></ruby>に向かって、この<ruby><rb>貴</rb><rt>とうと</rt></ruby>い<ruby><rb>剣</rb><rt>つるぎ</rt></ruby>のいわれをおたずねになりました。

<ruby><rb>高倉下</rb><rt>たかくらじ</rt></ruby>は、うやうやしく、

「実はゆうべふと夢を見ましたのでございます。その夢の中で、<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>と<ruby><rb>高皇産霊神</rb><rt>たかみむすびのかみ</rt></ruby>のお<ruby><rb>二方</rb><rt>ふたかた</rt></ruby>が、<ruby><rb>建御雷神</rb><rt>たけみかずちのかみ</rt></ruby>をおめしになりまして、<ruby><rb>葦原中国</rb><rt>あしはらのなかつくに</rt></ruby>は、今しきりに<ruby><rb>乱</rb><rt>みだ</rt></ruby>れ<ruby><rb>騒</rb><rt>さわ</rt></ruby>いでいる。われわれの子孫たちはそれを平らげようとして、<ruby><rb>悪神</rb><rt>わるがみ</rt></ruby>どもから苦しめられている。あの国は、いちばんはじめそちが従えて来た国だから、おまえもう一度くだって平らげてまいれとおっしゃいますと、<ruby><rb>建御雷神</rb><rt>たけみかずちのかみ</rt></ruby>は、それならば、私がまいりませんでも、ここにこの前あすこを平らげてまいりましたときの<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>がございますから、この太刀をくだしましょう。それには、<ruby><rb>高倉下</rb><rt>たかくらじ</rt></ruby>の<ruby><rb>倉</rb><rt>くら</rt></ruby>のむねを突きやぶって落としましょうと、こうお答えになりました。

それからその<ruby><rb>建御雷神</rb><rt>たけみかずちのかみ</rt></ruby>は、私に向かって、おまえの<ruby><rb>倉</rb><rt>くら</rt></ruby>のむねを突きとおしてこの刀を落とすから、あすの朝すぐに、大空の神のご子孫にさしあげよとお教えくださいました。目がさめまして、倉へまいって見ますと、おおせのとおりに、ちゃんとただいまのその<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>がございましたので、急いでさしあげにまいりましたのでございます」

こう言って、わけをお話し申しました。

そのうちに、<ruby><rb>高皇産霊神</rb><rt>たかみむすびのかみ</rt></ruby>は、雲の上から<ruby><rb>伊波礼毘古命</rb><rt>いわれひこのみこと</rt></ruby>に向かって、

「大空の神のお子よ、ここから<ruby><rb>奥</rb><rt>おく</rt></ruby>へはけっしてはいってはいけませんよ。この向こうには<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>らくれた神たちがどっさりいます。今これから私が<ruby><rb>八咫烏</rb><rt>やたがらす</rt></ruby>をさしくだすから、そのからすの飛んで行く方へついておいでなさい」とおさとしになりました。

まもなくおおせのとおり、そのからすがおりて来ました。<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はそのからすがつれて行くとおりに、あとについてお進みになりますと、やがて<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>吉野河</rb><rt>よしのがわ</rt></ruby>の<ruby><rb>河口</rb><rt>かわぐち</rt></ruby>へお着きになりました。そうするとそこにやなをかけて<ruby><rb>魚</rb><rt>さかな</rt></ruby>をとっているものがおりました。

「おまえはだれだ」とおたずねになりますと、

「私はこの国の神で、名は<ruby><rb>贄持</rb><rt>にえもち</rt></ruby>の子と申します」とお答え申しました。

それから、なお進んでおいでになりますと、今度はおしりにしっぽのついている人間が、<ruby><rb>井戸</rb><rt>いど</rt></ruby>の中から出て来ました。そしてその井戸がぴかぴか光りました。

「おまえは何者か」とおたずねになりますと、

「私はこの国の神で<ruby><rb>井冰鹿</rb><rt>いひか</rt></ruby>と申すものでございます」とお答えいたしました。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はそれらの者を、いちいちお<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>におつれになって、そこから山の中を分けていらっしゃいますと、またしっぽのある人にお会いになりました。この者は岩をおし分けて出て来たのでした。

「おまえはだれか」とお聞きになりますと、

「わたしはこの国の神で、名は<ruby><rb>石押分</rb><rt>いわおしわけ</rt></ruby>の子と申します、ただいま、大空の神のご子孫がおいでになると承りまして、お供に加えていただきにあがりましたのでございます」と申しあげました。命は、そこから、いよいよ<ruby><rb>険</rb><rt>けわ</rt></ruby>しい深い山を<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>み分けて、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>宇陀</rb><rt>うだ</rt></ruby>というところへおでましになりました。

この宇陀には、<ruby><rb>兄宇迦斯</rb><rt>えうかし</rt></ruby>、<ruby><rb>弟宇迦斯</rb><rt>おとうかし</rt></ruby>というきょうだいの<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>くれ者がおりました。命はその二人のところへ<ruby><rb>八咫烏</rb><rt>やたがらす</rt></ruby>を使いにお出しになって、

「今、大空の神のご子孫がおこしになった。おまえたちはご奉公申しあげるか」とお聞かせになりました。

すると、兄の<ruby><rb>兄宇迦斯</rb><rt>えうかし</rt></ruby>はいきなりかぶら矢を<ruby><rb>射</rb><rt>い</rt></ruby>かけて、お使いのからすを追いかえしてしまいました。<ruby><rb>兄宇迦斯</rb><rt>えうかし</rt></ruby>は命がおいでになるのを待ち受けて<ruby><rb>討</rb><rt>う</rt></ruby>ってかかろうと思いまして、急いで兵たいを集めにかかりましたが、とうとう<ruby><rb>人数</rb><rt>にんずう</rt></ruby>がそろわなかったものですから、いっそのこと、命をだまし討ちにしようと思いまして、うわべではご奉公申しあげますと言いこしらえて、命をお迎え申すために、大きな<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>をたてました。そして、その中に、つり天じょうをしかけて、待ち受けておりました。

すると弟の<ruby><rb>弟宇迦斯</rb><rt>おとうかし</rt></ruby>が、こっそりと<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>のところへ出て来まして、命を<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>し拝みながら、

「私の兄の<ruby><rb>兄宇迦斯</rb><rt>えうかし</rt></ruby>は、あなたさまを<ruby><rb>攻</rb><rt>せ</rt></ruby>め<ruby><rb>亡</rb><rt>ほろ</rt></ruby>ぼそうとたくらみまして、兵を集めにかかりましたが、思うように集まらないものですから、とうとう御殿の中につり天じょうをこしらえて待ち受けております。それで急いでおしらせ申しにあがりました」と申しました。そこで<ruby><rb>道臣命</rb><rt>みちおみのみこと</rt></ruby>と<ruby><rb>大久米命</rb><rt>おおくめのみこと</rt></ruby>の二人の大将が、<ruby><rb>兄宇迦斯</rb><rt>えうかし</rt></ruby>を<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>びよせて、

「こりゃ<ruby><rb>兄宇迦斯</rb><rt>えうかし</rt></ruby>、おのれの作った御殿にはおのれがまずはいって、こちらの<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>をおもてなしする、そのもてなしのしかたを見せろ」とどなりつけながら、<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>のえをつかみ、矢をつがえて、無理やりにその御殿の中へ追いこみました。<ruby><rb>兄宇迦斯</rb><rt>えうかし</rt></ruby>は追いまくられて逃げこむはずみに、自分のしかけたつり天じょうがどしんと落ちて、たちまち<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>し殺されてしまいました。

二人の大将は、その死がいを引き出して、ずたずたに切り<ruby><rb>刻</rb><rt>きざ</rt></ruby>んで投げ<ruby><rb>捨</rb><rt>す</rt></ruby>てました。

命は<ruby><rb>弟宇迦斯</rb><rt>おとうかし</rt></ruby>が<ruby><rb>献上</rb><rt>けんじょう</rt></ruby>したごちそうを、けらい一同におくだしになって、お祝いの大<ruby><rb>宴会</rb><rt>えんかい</rt></ruby>をお開きになりました。命はそのとき、

「<ruby><rb>宇陀</rb><rt>うだ</rt></ruby>の<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>にしぎなわをかけて待っていたら、しぎはかからないで大くじらがかかり、わなはめちゃめちゃにこわれた。ははは、おかしや」という意味を、歌にお歌いになって、<ruby><rb>兄宇迦斯</rb><rt>えうかし</rt></ruby>のはかりごとの破れたことを、喜びお<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>いになりました。

それからまたその<ruby><rb>宇陀</rb><rt>うだ</rt></ruby>をおたちになって、<ruby><rb>忍坂</rb><rt>おざか</rt></ruby>というところにお着きになりますと、そこには<ruby><rb>八十建</rb><rt>やそたける</rt></ruby>といって、<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>の中に住んでいる、しっぽのはえた、おおぜいの<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>くれた悪者どもが、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>の軍勢を<ruby><rb>討</rb><rt>う</rt></ruby>ち破ろうとして、大きな岩屋の中に待ち受けておりました。

命はごちそうをして、その悪者たちをお呼びになりました。そして前もって、相手の一人に一人ずつ、お給仕につくものをきめておき、その一人一人に<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>を<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>しもたせて、合い図の歌を聞いたら一度に切ってかかれと言い<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>めておおきになりました。

みんなは、命が、

「さあ、今だ、うて」とお歌いになると、たちまち一度に太刀を<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>き放って、<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>どもをひとり残さず切り殺してしまいました。

しかし命は、それらの賊たちよりも、もっともっとにくいのはおあにいさまの<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>のお命を<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>った、あの<ruby><rb>鳥見</rb><rt>とみ</rt></ruby>の<ruby><rb>長髄彦</rb><rt>ながすねひこ</rt></ruby>でした。命はかれらに対しては、ちょうどしょうがを食べたあと、口がひりひりするように、いつまでも<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みをお<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れになることができませんでした。命は、畑のにらを、根も<ruby><rb>芽</rb><rt>め</rt></ruby>もいっしょに引き抜くように、かれらを根こそぎに討ち亡ぼしてしまいたい、海の中の大きな石に、きしゃごがまっくろに取りついているように、かれらをひしひしと取りまいて、一人残さず討ち取らなければおかないという意味を、勇ましい歌にしてお歌いになりました。そして、とうとうかれらを攻め亡ぼしておしまいになりました。

そのとき、<ruby><rb>長髄彦</rb><rt>ながすねひこ</rt></ruby>の方に、やはり大空の神のお血すじの、<ruby><rb>邇芸速日命</rb><rt>にぎはやひのみこと</rt></ruby>という神がいました。

その神が<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>のほうへまいって、

「私は大空の神の御子がおいでになったと承りまして、ご奉公に出ましてございます」と申しあげました。そして大空の神の<ruby><rb>血筋</rb><rt>ちすじ</rt></ruby>だという<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>の宝物を、命に<ruby><rb>献上</rb><rt>けんじょう</rt></ruby>しました。

命はそれから<ruby><rb>兄師木</rb><rt>えしき</rt></ruby>、<ruby><rb>弟師木</rb><rt>おとしき</rt></ruby>というきょうだいのものをご征伐になりました。その<ruby><rb>戦</rb><rt>いくさ</rt></ruby>で、命の軍勢は<ruby><rb>伊那佐</rb><rt>いなさ</rt></ruby>という山の林の中に<ruby><rb>盾</rb><rt>たて</rt></ruby>を<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>べて戦っているうちに、中途でひょうろうがなくなって、少し弱りかけて来ました。命はそのとき、

「おお、<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>も<ruby><rb>飢</rb><rt>う</rt></ruby>え<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れた。このあたりのうを使う者たちよ。早くたべ物を持って助けに来い」という意味のお歌をお歌いになりました。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はなおひきつづいて、そのほかさまざまの<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>びる神どもをなつけて従わせ、<ruby><rb>刃</rb><rt>は</rt></ruby>向かうものをどんどん<ruby><rb>攻</rb><rt>せ</rt></ruby>め<ruby><rb>亡</rb><rt>ほろ</rt></ruby>ぼして、とうとう天下をお平らげになりました。それでいよいよ<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>橿原宮</rb><rt>かしはらのみや</rt></ruby>で、われわれの一番最初の天皇のお位におつきになりました。<ruby><rb>神武天皇</rb><rt>じんむてんのう</rt></ruby>とはすなわち、この<ruby><rb>貴</rb><rt>とうと</rt></ruby>い<ruby><rb>伊波礼毘古命</rb><rt>いわれひこのみこと</rt></ruby>のことを申しあげるのです。

## 三

天皇は、はじめ<ruby><rb>日向</rb><rt>ひゅうが</rt></ruby>においでになりますときに、<ruby><rb>阿比良媛</rb><rt>あひらひめ</rt></ruby>という方をお<ruby><rb>妃</rb><rt>きさき</rt></ruby>に<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>して、<ruby><rb>多芸志耳命</rb><rt>たぎしみみのみこと</rt></ruby>と、もう<ruby><rb>一方</rb><rt>ひとかた</rt></ruby>男のお子をおもうけになっていましたが、お位におつきになってから、改めて、皇后としてお立てになる、美しい方をおもとめになりました。

すると<ruby><rb>大久米命</rb><rt>おおくめのみこと</rt></ruby>が、

「それには、やはり、大空の神のお血をお分けになった、<ruby><rb>伊須気依媛</rb><rt>いすけよりひめ</rt></ruby>と申す美しい方がおいでになります。これは<ruby><rb>三輪</rb><rt>みわ</rt></ruby>の<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>の<ruby><rb>大物主神</rb><rt>おおものぬしのかみ</rt></ruby>が、<ruby><rb>勢夜陀多良媛</rb><rt>せやだたらひめ</rt></ruby>という女の方のおそばへ、<ruby><rb>朱塗</rb><rt>しゅぬ</rt></ruby>りの矢に化けておいでになり、<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>がその矢を持っておへやにおはいりになりますと、矢はたちまちもとのりっぱな男の神さまになって、媛のお<ruby><rb>婿</rb><rt>むこ</rt></ruby>さまにおなりになりました。<ruby><rb>伊須気依媛</rb><rt>いすけよりひめ</rt></ruby>はそのお二人の中にお生まれになったお媛さまでございます」と申しあげました。

そこで天皇は、大久米命をおつれになって、その<ruby><rb>伊須気依媛</rb><rt>いすけよりひめ</rt></ruby>を見においでになりました。すると同じ<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の、<ruby><rb>高佐士野</rb><rt>たかさじの</rt></ruby>という野で、七人の若い女の人が野遊びをしているのにお出会いになりました。するとちょうど<ruby><rb>伊須気依媛</rb><rt>いすけよりひめ</rt></ruby>がその七人の中にいらっしゃいました。

大久米命はそれを見つけて、天皇に、このなかのどの方をおもらいになりますかということを、歌に歌ってお聞き申しますと、天皇はいちばん前にいる方を<ruby><rb>伊須気依媛</rb><rt>いすけよりひめ</rt></ruby>だとすぐにおさとりになりまして、

「あのいちばん前にいる人をもらおう」と、やはり歌でお答えになりました。大久米命は、その方のおそばへ行って、天皇のおおせをお伝えしようとしますと、媛は、大久米命が大きな目をぎろぎろさせながら来たので、変だとおぼしめして、

あめ、つつ、

ちどり、ましとと、

など<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>ける<ruby><rb>利目</rb><rt>とめ</rt></ruby>。

とお歌いになりました。それは、

「<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あめ</span>という鳥、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つつ</span>という鳥、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ましとと</span>という鳥やちどりの目のように、どうしてあんな大きな、鋭い目を光らせているのであろう」という意味でした。

大久米命は、すぐに、

「それはあなたを見つけ出そうとして、さがしていた目でございます」と歌いました。

<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>のおうちは、<ruby><rb>狹井川</rb><rt>さいがわ</rt></ruby>という川のそばにありました。そこの<ruby><rb>川原</rb><rt>かわら</rt></ruby>には、やまゆりがどっさり咲いていました。天皇は、媛のおうちへいらしって、ひと晩とまってお帰りになりました。媛はまもなく宮中におあがりになって、<ruby><rb>貴</rb><rt>とうと</rt></ruby>い皇后におなりになりました。お二人の中には、<ruby><rb>日子八井命</rb><rt>ひこやいのみこと</rt></ruby>、<ruby><rb>神八井耳命</rb><rt>かんやいみみのみこと</rt></ruby>、<ruby><rb>神沼河耳命</rb><rt>かんぬかわみみのみこと</rt></ruby>と申す三人の男のお子がお生まれになりました。

天皇は、後におん年百三十七でおかくれになりました。おなきがらは<ruby><rb>畝火山</rb><rt>うねびやま</rt></ruby>にお<ruby><rb>葬</rb><rt>ほうむ</rt></ruby>り申しあげました。

するとまもなく、さきに<ruby><rb>日向</rb><rt>ひゅうが</rt></ruby>でお生まれになった<ruby><rb>多芸志耳命</rb><rt>たぎしみみのみこと</rt></ruby>が、お<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>ちがいの弟さまの<ruby><rb>日子八井命</rb><rt>ひこやいのみこと</rt></ruby>たち三人をお殺し申して、自分ひとりがかってなことをしようとお<ruby><rb>企</rb><rt>くわだ</rt></ruby>てになりました。

お母上の皇后はそのはかりごとをお見ぬきになって、

「<ruby><rb>畝火山</rb><rt>うねびやま</rt></ruby>に昼はただの雲らしく、静かに雲がかかっているけれど、夕方になれば<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れが来て、ひどい風が吹き出すらしい。木の葉がそのさきぶれのように、ざわざわさわいでいる」という意味の歌をお歌いになり、<ruby><rb>多芸志耳命</rb><rt>たぎしみみのみこと</rt></ruby>が、いまに、おまえたちを殺しにかかるぞということを、それとなくおさとしになりました。

三人のお子たちは、それを聞いてびっくりなさいまして、それでは、こっちから先に<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>を殺してしまおうとご相談なさいました。

そのときいちばん下の<ruby><rb>神沼河耳命</rb><rt>かんぬかわみみのみこと</rt></ruby>は、中のおあにいさまの<ruby><rb>神八井耳命</rb><rt>かんやいみみのみこと</rt></ruby>に向かって、

「では、あなた、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>のところへ<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>しいって、お殺しなさい」とおっしゃいました。

それで<ruby><rb>神八井耳命</rb><rt>かんやいみみのみこと</rt></ruby>は<ruby><rb>刀</rb><rt>かたな</rt></ruby>を持ってお出かけになりましたが、いざとなるとぶるぶるふるえ出して、どうしても手出しをなさることができませんでした。そこで弟さまの<ruby><rb>神沼河耳命</rb><rt>かんぬかわみみのみこと</rt></ruby>がその刀をとってお進みになり、ひといきに命を殺しておしまいになりました。

<ruby><rb>神八井耳命</rb><rt>かんやいみみのみこと</rt></ruby>はあとで弟さまに向かって、

「私はあのかたきを殺せなかったけれど、そなたはみごとに殺してしまった。だから、私は兄だけれど、人のかみに立つことはできない。どうぞそなたが天皇の位について天下を治めてくれ、私は神々をまつる役目をひき受けて、そなたに奉公をしよう」とおっしゃいました。それで、弟の命はお二人のおあにいさまをおいてお位におつきになり、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>葛城宮</rb><rt>かつらぎのみや</rt></ruby>にお移りになって、天下をお治めになりました。すなわち第二代、<ruby><rb>綏靖天皇</rb><rt>すいぜいてんのう</rt></ruby>さまでいらっしゃいます。

天皇はご短命で、おん年四十五でお<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れになりました。

  


## 赤い<ruby><rb>盾</rb><rt>たて</rt></ruby>、黒い<ruby><rb>盾</rb><rt>たて</rt></ruby>

## 一

<ruby><rb>綏靖天皇</rb><rt>すいぜいてんのう</rt></ruby>から<ruby><rb>御</rb><rt>おん</rt></ruby>七代をへだてて、第十代目に<ruby><rb>崇神天皇</rb><rt>すじんてんのう</rt></ruby>がお位におつきになりました。

天皇にはお子さまが十二人おありになりました。その中で皇女、<ruby><rb>豊鉏入媛</rb><rt>とよすきいりひめ</rt></ruby>が、はじめて<ruby><rb>伊勢</rb><rt>いせ</rt></ruby>の<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>のお<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>に仕えて、そのお祭りをお<ruby><rb>司</rb><rt>つかさど</rt></ruby>りになりました。また、<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby><ruby><rb>倭日子命</rb><rt>やまとひこのみこと</rt></ruby>がおなくなりになったときに、人がきといって、お墓のまわりへ人を生きながら<ruby><rb>埋</rb><rt>う</rt></ruby>めてお<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>をさせるならわしがはじまりました。

この天皇の<ruby><rb>御代</rb><rt>みよ</rt></ruby>には、はやり<ruby><rb>病</rb><rt>やまい</rt></ruby>がひどくはびこって、人民という人民はほとんど死に絶えそうになりました。

天皇は非常にお<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>きになって、どうしたらよいか、神のお告げをいただこうとおぼしめして、<ruby><rb>御身</rb><rt>おんみ</rt></ruby>を<ruby><rb>潔</rb><rt>きよ</rt></ruby>めて、<ruby><rb>慎</rb><rt>つつし</rt></ruby>んでお<ruby><rb>寝床</rb><rt>ねどこ</rt></ruby>の上にすわっておいでになりました。そうするとその夜のお夢に、<ruby><rb>三輪</rb><rt>みわ</rt></ruby>の<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>の<ruby><rb>大物主神</rb><rt>おおものぬしのかみ</rt></ruby>が現われていらしって、

「こんどのやく病はこのわしがはやらせたのである。これをすっかり<ruby><rb>亡</rb><rt>ほろ</rt></ruby>ぼしたいと思うならば、<ruby><rb>大多根子</rb><rt>おおたねこ</rt></ruby>というものにわしの<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>を<ruby><rb>祀</rb><rt>まつ</rt></ruby>らせよ」とお告げになりました。天皇はすぐに四方へはやうまのお使いをお出しになって、そういう名まえの人をおさがしになりますと、一人の使いが、<ruby><rb>河内</rb><rt>かわち</rt></ruby>の<ruby><rb>美努村</rb><rt>みぬむら</rt></ruby>というところでその人を見つけてつれてまいりました。

天皇はさっそくご前にお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しになって、

「そちはだれの子か」とおたずねになりました。

すると<ruby><rb>大多根子</rb><rt>おおたねこ</rt></ruby>は、

「私は<ruby><rb>大物主神</rb><rt>おおものぬしのかみ</rt></ruby>のお<ruby><rb>血筋</rb><rt>ちすじ</rt></ruby>をひいた、<ruby><rb>建甕槌命</rb><rt>たけみかづちのみこと</rt></ruby>と申します者の子でございます」とお答えいたしました。

それというわけは、<ruby><rb>大多根子</rb><rt>おおたねこ</rt></ruby>から五<ruby><rb>代</rb><rt>だい</rt></ruby>もまえの世に、<ruby><rb>陶都耳命</rb><rt>すえつみみのみこと</rt></ruby>という人の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>で<ruby><rb>活玉依媛</rb><rt>いくたまよりひめ</rt></ruby>というたいそう美しい人がおりました。

この<ruby><rb>依媛</rb><rt>よりひめ</rt></ruby>があるとき、一人の若い人をお<ruby><rb>婿</rb><rt>むこ</rt></ruby>さまにしました。その人は、顔かたちから、いずまいの美しいけだかいことといったら、世の中にくらべるものもないくらい、りっぱな、りりしい人でした。

<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>はまもなく子供が生まれそうになりました。しかしそのお婿さんは、はじめから、ただ夜だけ媛のそばにいるきりで、あけがたになると、いつのまにかどこかへ行ってしまって、けっしてだれにも顔を見せませんし、お嫁さんの媛にさえ、どこのだれかということすらも、うちあけませんでした。

媛のおとうさまとおかあさまとは、どうかして、そのお婿さんを、どこの何びとか突きとめたいと思いまして、ある日、<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>に向かって、

「今夜は、おへやへ赤土をまいておおき、それからあさ糸のまりを<ruby><rb>針</rb><rt>はり</rt></ruby>にとおして用意しておいて、お<ruby><rb>婿</rb><rt>むこ</rt></ruby>さんが出て来たら、そっと着物のすそにその針をさしておおき」と言いました。

媛はその晩、言われたとおりに、お婿さんの着物のすそへあさ糸をつけた針をつきさしておきました。

あくる朝になって見ますと、針についているあさ糸は、戸のかぎ<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>から外へ伝わっていました。そして糸のたまは、すっかり繰りほどけて、おへやの中には、わずか三まわり<ruby><rb>輪</rb><rt>わ</rt></ruby>に巻けた長さしか残っておりませんでした。

それで、ともかくお婿さんは、戸のかぎ穴から出はいりしていたことがわかりました。媛はその糸の伝わっている方へずんずん行って見ますと、糸はしまいに、<ruby><rb>三輪山</rb><rt>みわやま</rt></ruby>のお<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>にはいって止まっていました。それで、はじめて、お婿さんは<ruby><rb>大物主神</rb><rt>おおものぬしのかみ</rt></ruby>でいらしったことがわかりました。

<ruby><rb>大多根子</rb><rt>おおたねこ</rt></ruby>はこのお二人の間に生まれた子の四代目の孫でした。

天皇は、さっそくこの大多根子を三輪の社の<ruby><rb>神主</rb><rt>かんぬし</rt></ruby>にして、大物主神のお祭りをおさせになりました。それといっしょに、お供えものを入れるかわらけをどっさり作らせて、大空の神々や下界の多くの神々をおまつりになりました。その中のある神さまには、とくに赤色の<ruby><rb>盾</rb><rt>たて</rt></ruby>や<ruby><rb>黒塗</rb><rt>くろぬり</rt></ruby>の盾をおあげになりました。

そのほか、山の神さまや川の<ruby><rb>瀬</rb><rt>せ</rt></ruby>の神さまにいたるまで、いちいちもれなくお供えものをおあげになって、ていちょうにお祭りをなさいました。そのために、やく病はやがてすっかりとまって、天下はやっと安らかになりました。

## 二

天皇はついで<ruby><rb>大毘古命</rb><rt>おおひこのみこと</rt></ruby>を<ruby><rb>北陸道</rb><rt>ほくろくどう</rt></ruby>へ、その子の<ruby><rb>建沼河別命</rb><rt>たけぬかわわけのみこと</rt></ruby>を<ruby><rb>東山道</rb><rt>とうさんどう</rt></ruby>へ、そのほか強い人を方々へお<ruby><rb>遣</rb><rt>つかわ</rt></ruby>しになって、ご命令に従わない、多くの悪者どもをご征伐になりました。

<ruby><rb>大毘古命</rb><rt>おおひこのみこと</rt></ruby>はおおせをかしこまって出て行きましたが、途中で、<ruby><rb>山城</rb><rt>やましろ</rt></ruby>の<ruby><rb>幣羅坂</rb><rt>へらざか</rt></ruby>というところへさしかかりますと、その坂の上に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>ぬのばかりを身につけた<ruby><rb>小娘</rb><rt>こむすめ</rt></ruby>が立っていて、

これこれ申し天子さま、

あなたをお殺し申そうと、

前の戸に、

<ruby><rb>裏</rb><rt>うら</rt></ruby>の戸に、

行ったり来たり、

すきを<ruby><rb>狙</rb><rt>ねら</rt></ruby>っている者が、

そこにいるとも知らないで、

これこれ申し天子さま。

と、こんなことを歌いました。

<ruby><rb>大毘古命</rb><rt>おおひこのみこと</rt></ruby>は変だと思いまして、わざわざうまをひきかえして、

「今言ったのはなんのことだ」とたずねました。

すると<ruby><rb>小娘</rb><rt>こむすめ</rt></ruby>は、

「私はなんにも言いはいたしません。ただ歌を歌っただけでございます」と答えるなり、もうどこへ行ったのか、ふいに<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>が見えなくなってしまいました。

<ruby><rb>大毘古命</rb><rt>おおひこのみこと</rt></ruby>は、その歌の<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>がしきりに気になってならないものですから、とうとうそこからひきかえしてきて、天皇にそのことを申しあげました。すると天皇は、

「それは、きっと、<ruby><rb>山城</rb><rt>やましろ</rt></ruby>にいる、<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>の<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>ちがいの兄、<ruby><rb>建波邇安王</rb><rt>たけはにやすのみこ</rt></ruby>が、悪だくみをしている知らせに相違あるまい。そなたはこれから軍勢をひきつれて、すぐに<ruby><rb>討</rb><rt>う</rt></ruby>ちとりに行ってくれ」とおっしゃって、<ruby><rb>彦国夫玖命</rb><rt>ひこくにぶくのみこと</rt></ruby>という方を<ruby><rb>添</rb><rt>そ</rt></ruby>えて、いっしょにお<ruby><rb>遣</rb><rt>つかわ</rt></ruby>しになりました。

二人は、神々のお祭りをして、勝利を祈って出かけました。そして、<ruby><rb>山城</rb><rt>やましろ</rt></ruby>の<ruby><rb>木津川</rb><rt>きつがわ</rt></ruby>まで行きますと、<ruby><rb>建波邇安王</rb><rt>たけはにやすのみこ</rt></ruby>は案のじょう、天皇におそむき申して、兵を集めて待ち受けていらっしゃいました。両方の軍勢は川を<ruby><rb>挟</rb><rt>はさ</rt></ruby>んで向かい合いに<ruby><rb>陣取</rb><rt>じんど</rt></ruby>りました、<ruby><rb>彦国夫玖命</rb><rt>ひこくにぶくのみこと</rt></ruby>は、敵に向かって、

「おおい、そちらのやつ、まずかわきりに一<ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby><ruby><rb>射</rb><rt>い</rt></ruby>てみよ」とどなりました。敵の大将の<ruby><rb>建波邇安王</rb><rt>たけはにやすのみこ</rt></ruby>は、すぐにそれに応じて、大きな矢をひゅうッと射放しましたが、その矢はだれにもあたらないで、わきへそれてしまいました。それでこんどはこちらから<ruby><rb>国夫玖命</rb><rt>くにぶくのみこと</rt></ruby>が射かけますと、その矢はねらいたがわず<ruby><rb>建波邇安王</rb><rt>たけはにやすのみこ</rt></ruby>を<ruby><rb>刺</rb><rt>さ</rt></ruby>し殺してしまいました。

敵の軍勢は、<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>が倒れておしまいになると、たちまち総くずれになって、どんどん<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げだしてしまいました。<ruby><rb>国夫玖命</rb><rt>くにぶくのみこと</rt></ruby>の兵はどんどんそれを追っかけて、<ruby><rb>河内</rb><rt>かわち</rt></ruby>の国のある川の渡しのところまで追いつめて行きました。

すると賊兵のあるものは、苦しまぎれにうんこが出て下ばかまを<ruby><rb>汚</rb><rt>よご</rt></ruby>しました。

こちらの軍勢はそいつらの逃げ道をくいとめて、かたっぱしからどんどん切り殺してしまいました。そのたいそうな死がいが川に浮かんで、ちょうど、うのように流れくだって行きました。

<ruby><rb>大毘古命</rb><rt>おおひこのみこと</rt></ruby>は天皇にそのしだいをすっかり申しあげて、改めて<ruby><rb>北陸道</rb><rt>ほくろくどう</rt></ruby>へ出発しました。

そのうちに<ruby><rb>大毘古命</rb><rt>おおひこのみこと</rt></ruby>の親子をはじめ、そのほか方々へお<ruby><rb>遣</rb><rt>つかわ</rt></ruby>しになった人々が、みんなおおせつかった地方を平らげて帰りました。そんなわけで、もういよいよどこにも天皇におさからいする者がなくなって、天下は平らかに治まり、人民もどんどん<ruby><rb>裕福</rb><rt>ゆうふく</rt></ruby>になりました。それで天皇ははじめて人民たちから、男から<ruby><rb>弓端</rb><rt>ゆはず</rt></ruby>の<ruby><rb>調</rb><rt>みつぎ</rt></ruby>といって、弓矢でとった<ruby><rb>獲物</rb><rt>えもの</rt></ruby>の中のいくぶんを、女からは<ruby><rb>手末</rb><rt>たなすえ</rt></ruby>の<ruby><rb>調</rb><rt>みつぎ</rt></ruby>といって、<ruby><rb>紡</rb><rt>つむ</rt></ruby>いだり、織ったりして得たもののいくぶんを、それぞれ<ruby><rb>貢物</rb><rt>みつぎもの</rt></ruby>としておめしになりました。

天皇はまた、人民のために方々へ耕作用の池をお作りになりました。天皇の高いお徳は、後の<ruby><rb>代</rb><rt>よ</rt></ruby>からも、いついつまでも<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>くおほめ申しあげました。

  


## おしの<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>

## 一

<ruby><rb>崇神天皇</rb><rt>すじんてんのう</rt></ruby>のおあとには、お子さまの<ruby><rb>垂仁天皇</rb><rt>すいにんてんのう</rt></ruby>がお位をお<ruby><rb>継</rb><rt>つ</rt></ruby>ぎになりました。天皇は、<ruby><rb>沙本毘古王</rb><rt>さほひこのみこ</rt></ruby>という方のお妹さまで<ruby><rb>沙本媛</rb><rt>さほひめ</rt></ruby>とおっしゃる方を皇后にお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しになって、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>玉垣</rb><rt>たまがき</rt></ruby>の宮にお移りになりました。

その<ruby><rb>沙本毘古王</rb><rt>さほひこのみこ</rt></ruby>が、あるとき皇后に向かって、

「あなたは夫と兄とはどちらがかわいいか」と聞きました。皇后は、

「それはおあにいさまのほうがかわゆうございます」とお答えになりました。すると<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>は、用意していた鋭い短刀をそっと皇后にわたして、

「もしおまえが、ほんとうに<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>をかわいいと思うなら、どうぞ、この刀で天皇がおよっていらっしゃるところを<ruby><rb>刺</rb><rt>さ</rt></ruby>し殺しておくれ。そして二人でいつまでも天下を治めようではないか」と言って、無理やりに皇后を説き<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>せてしまいました。

天皇は二人がそんな<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしいたくらみをしているとはご存じないものですから、ある晩、なんのお気もなく、皇后のおひざをまくらにしてお<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>りになりました。

皇后はこのときだとお思いになって、いきなり短刀を<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>き放して、天皇のお首をま下にねらって、三度までお<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>りかざしになりましたが、いよいよとなると、さすがにおいたわしくて、どうしてもお手をおくだしになることができませんでした。そしてとうとう悲しさに<ruby><rb>堪</rb><rt>た</rt></ruby>えきれないで、おんおんお<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>きだしになりました。

その<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>が天皇のお顔にかかって流れ落ちました。天皇はそれといっしょに、ひょいとお目ざめになって、

「おれは今きたいな夢を見た。<ruby><rb>沙本</rb><rt>さほ</rt></ruby>の村の方からにわかに大雨が降って来て、おれの顔にぬれかかった。それから、にしき色の小さなへびがおれの首へ巻きついた。いったいこんな夢はなんの<ruby><rb>兆</rb><rt>しるし</rt></ruby>であろう」と、皇后に向かっておたずねになりました。皇后はそうおっしゃられると、ぎくりとなすって、これはとても<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>しきれないとお思いになったので、おあにいさまとお二人のおそれ多いたくらみをすっかり白状しておしまいになりました。

天皇はそれをお聞きになると、びっくりなすって、

「いやそれは危くばかな目を見るところであった」とおっしゃりながら、すぐに軍勢をお集めになって、<ruby><rb>沙本毘古</rb><rt>さほひこ</rt></ruby>を<ruby><rb>討</rb><rt>う</rt></ruby>ちとりにおつかわしになりました。

すると<ruby><rb>沙本毘古</rb><rt>さほひこ</rt></ruby>のほうでは、いねたばをぐるりと積みあげて、それでとりでをこしらえて、ちゃんと待ち受けておりました。天皇の軍勢はそれをめがけて撃ってかかりました。

皇后はそうなると、こんどはまたおあにいさまのことがおいたわしくおなりになって、じっとしておいでになることができなくなりました。それで、とうとうこっそり<ruby><rb>裏口</rb><rt>うらぐち</rt></ruby>のご門から<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>け出して、<ruby><rb>沙本毘古</rb><rt>さほひこ</rt></ruby>のとりでの中へかけつけておしまいになりました。

皇后はそのときちょうど、お<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>にお子さまをお持ちになっていらっしゃいました。

天皇は、もはや三年もごちょう愛になっていた皇后でおありになるうえに、たまたまお身持ちでいらっしゃるものですから、いっそうおかわいそうにおぼしめして、どうか皇后のお身におけががないようにと、それからは、とりでもただ遠まきにして、むやみに攻め落とさないように、とくにご命令をおくだしになりました。

## 二

そんなことで、かれこれ<ruby><rb>戦</rb><rt>いくさ</rt></ruby>も長びくうちに、皇后はおあにいさまのとりでの中で皇子をお生みおとしになりました。

皇后はそのお子さまをとりでのそとへ出させて、天皇の軍勢の者にお見せになり、

「この<ruby><rb>御子</rb><rt>みこ</rt></ruby>をあなたのお子さまとおぼしめしてくださるならば、どうぞひきとってご養育なすってくださいまし」と、天皇にお伝えさせになりました。

天皇はそのことをお聞きになりますと、ついでにどうかして皇后をもいっしょに取りかえしたいとお思いになりました。それは、兄の<ruby><rb>沙本毘古</rb><rt>さほひこ</rt></ruby>に対しては、<ruby><rb>刻</rb><rt>きざ</rt></ruby>み殺してもたりないくらい、お<ruby><rb>憤</rb><rt>いきどお</rt></ruby>りになっておりますが、皇后のことだけは、どこまでもおいたわしくおぼしめしていらっしゃるからでした。

それで味方の兵士の中で、いちばん力の強い、そしていちばんすばしっこい者をいく人かお選びになって、

「そちたちはあの皇子を受け取るときに、必ず母の<ruby><rb>后</rb><rt>きさき</rt></ruby>をもひきさらってかえれ。髪でも手でも、つかまりしだいに取りつかまえて、無理にもつれ出して来い」とお言いつけになりました。

しかし皇后のほうでも、天皇がきっとそんなお<ruby><rb>企</rb><rt>くわだて</rt></ruby>をなさるに違いないと、ちゃんとお感づきになっていましたので、そのときの用意に、前もってお<ruby><rb>髪</rb><rt>ぐし</rt></ruby>をすっかりおそり落としになって、そのお毛をそのままそっとお<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>りになり、それからお<ruby><rb>腕先</rb><rt>うでさき</rt></ruby>のお<ruby><rb>玉飾</rb><rt>たまかざ</rt></ruby>りも、わざと、つなぎの<ruby><rb>緒</rb><rt>ひも</rt></ruby>を<ruby><rb>腐</rb><rt>くさ</rt></ruby>らして、お腕へ<ruby><rb>三重</rb><rt>みえ</rt></ruby>にお巻きつけになり、お<ruby><rb>召物</rb><rt>めしもの</rt></ruby>もわざわざ酒で腐らしたのをおめしになって、それともなげに皇子を<ruby><rb>抱</rb><rt>かか</rt></ruby>えて、とりでの外へお出ましになりました。

待ちかまえていた勇士たちは、そのお子さまをお受け取り申すといっしょに、皇后をも奪い取ろうとして、すばやく飛びかかってお<ruby><rb>髪</rb><rt>ぐし</rt></ruby>をひっつかみますと、髪はたちまちすらりとぬげ落ちてしまいました。

「おや、しまった」と、こんどはお手をつかみますと、そのお手の玉飾りの<ruby><rb>緒</rb><rt>ひも</rt></ruby>もぷつりと切れたので、<ruby><rb>難</rb><rt>なん</rt></ruby>なくお手をすり<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>いてお<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げになりました。こちらはまたあわてて追いすがりながら、ぐいとお召物をつかまえました。すると、それもたちまちぼろりとちぎれてしまいました。その間に皇后は、さっと中へ逃げこんでおしまいになりました。

勇士どもはしかたなしに、皇子一人をお<ruby><rb>抱</rb><rt>かか</rt></ruby>え申して、しおしおと帰ってまいりました。

天皇はそれらの者たちから、

「お<ruby><rb>髪</rb><rt>ぐし</rt></ruby>をつかめばお髪がはなれ、玉の<ruby><rb>緒</rb><rt>ひも</rt></ruby>もお<ruby><rb>召物</rb><rt>めしもの</rt></ruby>も、みんなぷすぷす切れて、とうとうおとりにがし申しました」とお聞きになりますと、それはそれはたいそうお<ruby><rb>悔</rb><rt>くや</rt></ruby>みになりました。

天皇はそのために、宮中の玉飾りの<ruby><rb>細工人</rb><rt>さいくにん</rt></ruby>たちまでお<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>みになって、それらの人々が<ruby><rb>知行</rb><rt>ちぎょう</rt></ruby>にいただいていた土地を、いきなり残らず取りあげておしまいになりました。

それから改めて皇后の方へお使いをお出しになって、

「すべて子供の名は母がつけるものときまっているが、あの皇子は、なんという名前にしようか」とお聞きかせになりました。

皇后はそれに答えて、

「あの<ruby><rb>御子</rb><rt>みこ</rt></ruby>は、ちょうどとりでが火をかけられて焼けるさいちゅうに、その火の中でお生まれになったのでございますから、<ruby><rb>本牟智別王</rb><rt>ほむちわけのみこ</rt></ruby>とお呼び申したらよろしゅうございましょう」とおっしゃいました。そのほむちというのは火のことでした。

天皇はそのつぎには、

「あの子には母がないが、これからどうして育てたらいいか」とおたずねになりますと、

「ではうばをお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>し<ruby><rb>抱</rb><rt>かか</rt></ruby>えになり、お湯をおつかわせ申す女たちをもおおきになって、それらの者にお<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せになればよろしゅうございます」とお答えになりました。

天皇は最後に、

「そちがいなくなっては、おれの世話はだれがするのだ」とお聞きになりました。すると皇后は、

「それには、<ruby><rb>丹波</rb><rt>たんば</rt></ruby>の<ruby><rb>道能宇斯王</rb><rt>みちのうしのみこ</rt></ruby>の子に、<ruby><rb>兄媛</rb><rt>えひめ</rt></ruby>、<ruby><rb>弟媛</rb><rt>おとひめ</rt></ruby>というきょうだいの<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>がございます。これならば<ruby><rb>家柄</rb><rt>いえがら</rt></ruby>も正しい女たちでございますから、どうかその二人をお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しなさいまし」とおっしゃいました。

天皇はもういよいよしかたなしに、一気にとりでを攻め落として、<ruby><rb>沙本毘古</rb><rt>さほひこ</rt></ruby>を殺させておしまいになりました。

皇后も、それといっしょに、えんえんと燃えあがる火の中に飛びこんでおしまいになりました。

## 三

お母上のない<ruby><rb>本牟智別王</rb><rt>ほむちわけのみこ</rt></ruby>は、それでもおしあわせに、ずんずんじょうぶにご成長になりました。

天皇はこの皇子のために、わざわざ<ruby><rb>尾張</rb><rt>おわり</rt></ruby>の<ruby><rb>相津</rb><rt>あいず</rt></ruby>というところにある、二またになった大きなすぎの木をお切らせになって、それをそのままくって二またの<ruby><rb>丸木船</rb><rt>まるきぶね</rt></ruby>をお作らせになりました。そして、はるばると<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>まで運ばせて、<ruby><rb>市師</rb><rt>いちし</rt></ruby>の池という池にお<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かべになり、その中へごいっしょにお乗りになって、皇子をお遊ばせになりました。

しかしこの皇子は、後にすっかりご<ruby><rb>成人</rb><rt>せいじん</rt></ruby>になって、長いお下ひげがお<ruby><rb>胸先</rb><rt>むねさき</rt></ruby>にたれかかるほどにおなりになっても、お口がちっともおきけになりませんでした。

ところがあるとき、こうの鳥が、空を鳴いて飛んで行くのをご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になって、お生まれになってからはじめて、

「あわわ、あわわ」とおおせになりました。

天皇は、さっそく、<ruby><rb>山辺大鷹</rb><rt>やまべのおおたか</rt></ruby>という者に、

「あの鳥をとって来てみよ」とおいいつけになりました。

<ruby><rb>大鷹</rb><rt>おおたか</rt></ruby>はかしこまって、その鳥のあとをどこまでも追っかけて、<ruby><rb>紀伊国</rb><rt>きいのくに</rt></ruby>、<ruby><rb>播磨国</rb><rt>はりまのくに</rt></ruby>へとくだって行き、そこから<ruby><rb>因幡</rb><rt>いなば</rt></ruby>、<ruby><rb>丹波</rb><rt>たんば</rt></ruby>、<ruby><rb>但馬</rb><rt>たじま</rt></ruby>をかけまわった後、こんどは東の方へまわって、<ruby><rb>近江</rb><rt>おうみ</rt></ruby>から<ruby><rb>美濃</rb><rt>みの</rt></ruby>、<ruby><rb>尾張</rb><rt>おわり</rt></ruby>をかけぬけて<ruby><rb>信濃</rb><rt>しなの</rt></ruby>にはいり、とうとう<ruby><rb>越後</rb><rt>えちご</rt></ruby>のあたりまでつけて行きました。そして、やっとのことで<ruby><rb>和那美</rb><rt>わなみ</rt></ruby>という港でわな<ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>を張って、ようやく、そのこうの鳥をつかまえました。そして大急ぎで<ruby><rb>都</rb><rt>みやこ</rt></ruby>へ帰って、天皇におさし出し申しました。

天皇は、その鳥を皇子にお見せになったら、おものがおっしゃれるようにおなりになりはしないかとおぼしめして、わざわざとりにおつかわしになったのでした。しかし皇子は、やはりそのまま<ruby><rb>一言</rb><rt>ひとこと</rt></ruby>もおものをおっしゃいませんでした。

天皇はそのために、いつもどんなにお心をおいためになっていたかしれませんでした。

そのうちに、ある晩、ふと夢の中で、

「<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>のお<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>を天皇のお宮のとおりにりっぱに作り直して下さるなら<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>は必ず口がきけるようにおなりになる」と、こういうお告げをお聞きになりました。

天皇は、どの神さまのお告げであろうかと急いで<ruby><rb>占</rb><rt>うらな</rt></ruby>いの役人に言いつけて占わせてごらんになりますと、それは<ruby><rb>出雲</rb><rt>いずも</rt></ruby>の<ruby><rb>大神</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>のお告げで、皇子はその神のおたたりでおしにお生まれになったのだとわかりました。

それで天皇は、すぐに皇子を出雲へおまいりにお出しになることになさいました。

それにはだれをつけてやったらよかろうと、また占わせてごらんになりますと、<ruby><rb>曙立王</rb><rt>けたつのみこ</rt></ruby>という方が占いにおあたりになりました。

天皇は、その<ruby><rb>曙立王</rb><rt>けたつのみこ</rt></ruby>にお言いつけになって、なお念のために、うかがいのお祈りを立てさせてごらんになりました。

<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>はおおせによって、さぎの<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>の池のそばへ行って、

「あの夢のお告げのとおり、出雲の大神を<ruby><rb>拝</rb><rt>おが</rt></ruby>んでおしるしがあるならば、その<ruby><rb>証拠</rb><rt>しょうこ</rt></ruby>にこの池のさぎどもを死なせて見せてくださるように」とお祈りをしますと、そのまわりの木の上にとまっていた池じゅうのさぎが、いっせいにぱたぱたと池に落ちて死んでしまいました。そこでこんどは祈りを返して、

「あのさぎがことごとく生きかえりますように」と言いますと、いったん死んだそれらのさぎが、またたちまちもとのとおりに生きかえりました。そのつぎには<ruby><rb>古樫</rb><rt>ふるがし</rt></ruby>の<ruby><rb>岡</rb><rt>おか</rt></ruby>という岡の上に<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>っている、葉の大きなかしの木も、<ruby><rb>曙立王</rb><rt>けたつのみこ</rt></ruby>の祈りによって、同じように<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れたりまた生きかえったりしました。

そんなわけで、お夢のこともまったく出雲の<ruby><rb>大神</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>のお告げだということがいよいよたしかになりました。

天皇はすぐに<ruby><rb>曙立王</rb><rt>けたつのみこ</rt></ruby>と<ruby><rb>兎上王</rb><rt>うがみのみこ</rt></ruby>との二人を<ruby><rb>本牟智別王</rb><rt>ほむちわけのみこ</rt></ruby>につけて、出雲へおつかわしになりました。

そのご<ruby><rb>出立</rb><rt>しゅったつ</rt></ruby>のときにも、どちらの道を選べばよいかとお<ruby><rb>占</rb><rt>うらな</rt></ruby>わせになりました。すると、<ruby><rb>奈良街道</rb><rt>ならかいどう</rt></ruby>からでは、途中でいざりやめくらに会うし、<ruby><rb>大阪口</rb><rt>おおさかぐち</rt></ruby>から行っても、やはりめくらやいざりに会うので、どちらとも旅立ちには<ruby><rb>不吉</rb><rt>ふきつ</rt></ruby>である、<ruby><rb>脇道</rb><rt>わきみち</rt></ruby>の<ruby><rb>紀井街道</rb><rt>きいかいどう</rt></ruby>をとおって行けば、必ずさい<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>がよいと、こう占いに出ました。一同はそのとおりにして立っておいでになりました。

天皇は皇子のお名前を<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>く後の世までお伝えになるために、その途中のいたるところに、<ruby><rb>本牟智部</rb><rt>ほむちべ</rt></ruby>という部族をおこしらえさせになりました。

皇子は、いよいよ出雲にお着きになって、<ruby><rb>大神</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>のお<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>におまいりになりました。

そしてまた<ruby><rb>都</rb><rt>みやこ</rt></ruby>へお帰りになろうとなさいますと、その出雲の国をおあずかりしている、<ruby><rb>国造</rb><rt>くにのみやつこ</rt></ruby>という、いちばん上の役人が、<ruby><rb>肥</rb><rt>ひ</rt></ruby>の<ruby><rb>河</rb><rt>かわ</rt></ruby>の中へ<ruby><rb>仮</rb><rt>かり</rt></ruby>のお宮をつくり、それへ、<ruby><rb>細木</rb><rt>ほそき</rt></ruby>を<ruby><rb>編</rb><rt>あ</rt></ruby>んだ橋を渡して、その宮で、皇子を、ごちそうしておもてなし申しあげました。

そのとき川下の方には、皇子のお目を<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>めるために、青葉で、作りものの山がこしらえてありました。

皇子はそれをご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になって、

「あの川下に、山のように見えている青葉は、あれはほんとうの山ではないだろう。<ruby><rb>神主</rb><rt>かんぬし</rt></ruby>たちが<ruby><rb>大国主神</rb><rt>おおくにぬしのかみ</rt></ruby>のお祭りをする場所ででもあるのか」と突然こうお聞きになりました。

お供の<ruby><rb>曙立王</rb><rt>けたつのみこ</rt></ruby>や<ruby><rb>兎上王</rb><rt>うがみのみこ</rt></ruby>たちは、皇子がふいにおものをおっしゃれるようになったので、びっくりして喜んで、すぐに早うまのお使いを立てて、そのことを天皇にお知らせ申しました。

皇子はそれからほかのお宮へお移りになって、<ruby><rb>肥長媛</rb><rt>ひながひめ</rt></ruby>という人をお<ruby><rb>妃</rb><rt>きさき</rt></ruby>におもらいになりました。

ところがあとでご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になりますと、それはへびが女になって出て来たのだとわかりました。皇子はびっくりなすって、みんなとごいっしょに船に乗ってお<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げになりました。

するとへびの<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>は、皇子のおあとを<ruby><rb>慕</rb><rt>した</rt></ruby>って、急いで別の船をしたてて、海の上をきらきらと照らしながら、どんどん追っかけて来ました。皇子はいよいよ<ruby><rb>気味</rb><rt>きみ</rt></ruby>が悪くおなりになって、あわてて船をひきあげさせて、それをひっぱらせて山の間をお<ruby><rb>越</rb><rt>こ</rt></ruby>えになり、またその船をおろして海をお<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>りになったりなすって、やっと無事に<ruby><rb>都</rb><rt>みやこ</rt></ruby>へ逃げておかえりになりました。

<ruby><rb>曙立王</rb><rt>けたつのみこ</rt></ruby>は天皇におめみえをして、

「おおせのとおりに大神をお<ruby><rb>拝</rb><rt>おが</rt></ruby>みになりますと、まもなく、急にお口がおきけになるようになりましたので、一同でお供をして帰ってまいりました」と申しあげました。

天皇は、それはそれは言うに言われないほどお喜びになりました。そしてすぐに<ruby><rb>兎上王</rb><rt>うがみのみこ</rt></ruby>をまた<ruby><rb>再</rb><rt>ふたた</rt></ruby>び<ruby><rb>出雲</rb><rt>いずも</rt></ruby>へおくだしになって、大神のお<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>をりっぱにご<ruby><rb>造営</rb><rt>ぞうえい</rt></ruby>になりました。

## 四

天皇はそれですっかりご安心になったので、こんどはご不自由がちな、おそばのご用をおいいつけになるために、かねて皇后がおっしゃってお置きになったように、<ruby><rb>丹波</rb><rt>たんば</rt></ruby>から<ruby><rb>兄媛</rb><rt>えひめ</rt></ruby>たちのきょうだい四人をおめしよせになりました。

しかし下の二人はたいそうみにくい子でしたので、天皇は<ruby><rb>兄媛</rb><rt>えひめ</rt></ruby>とそのつぎの<ruby><rb>弟媛</rb><rt>おとひめ</rt></ruby>とだけをお<ruby><rb>抱</rb><rt>かか</rt></ruby>えになって、あとの二人はそのまま家へかえしておしまいになりました。

すると、いちばん下の<ruby><rb>円野媛</rb><rt>まどのひめ</rt></ruby>は、四人がいっしょにおめしに会って<ruby><rb>伺</rb><rt>うかが</rt></ruby>いながら、二人だけは顔が<ruby><rb>汚</rb><rt>きた</rt></ruby>ないためにご奉公ができないでかえされたと言えば、近所の村々への聞こえも恥ずかしく、とても生きてはいられないと言って、途中の<ruby><rb>山城</rb><rt>やましろ</rt></ruby>の<ruby><rb>乙訓</rb><rt>おとくに</rt></ruby>というところまでかえりますと、あわれにも、そこの深いふちに身を投げて死んでしまいました。

それから天皇はある年、<ruby><rb>多遅摩毛理</rb><rt>たじまもり</rt></ruby>という者に、<ruby><rb>常世国</rb><rt>とこよのくに</rt></ruby>へ行って、<ruby><rb>香</rb><rt>かおり</rt></ruby>の高いたちばなの<ruby><rb>実</rb><rt>み</rt></ruby>を取って来いとおおせつけになりました。

<ruby><rb>多遅摩毛理</rb><rt>たじまもり</rt></ruby>はかしこまって、長い<ruby><rb>年月</rb><rt>としつき</rt></ruby>の間いっしょうけんめいに苦心して、はてしもない<ruby><rb>大海</rb><rt>おおうみ</rt></ruby>の向こうの、遠い遠いその国へやっとたどり着きました。そしておおせのたちばなの実の、<ruby><rb>枝葉</rb><rt>えだは</rt></ruby>のままついたのを八つ、実ばかりのを八つもぎ取って、また長い間かかって、ようよう都へ帰って来ました。しかし天皇はその前に、もうとっくにおかくれになっていました。

<ruby><rb>多遅摩毛理</rb><rt>たじまもり</rt></ruby>はそのことを承ると、それはそれはがっかりして、葉つきの実を四つと、葉のないのを四つとを、天皇のおそばにお仕え申していた<ruby><rb>兄媛</rb><rt>えひめ</rt></ruby>にさしあげたうえ、あとの四つずつを天皇のお墓にお供え申しました。そして<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>き泣き大声を張りあげて、

「ご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>くださいまし。このとおりおおせの実を取ってまいりました。どうぞご覧くださいまし」とそのたちばなを両手にさしあげて、<ruby><rb>繰</rb><rt>く</rt></ruby>りかえし繰りかえし、いつまでもそのお墓の前で叫び続けて、とうとうそれなり叫び死にに死んでしまいました。

  


## 白い鳥

## 一

第十二代<ruby><rb>景行天皇</rb><rt>けいこうてんのう</rt></ruby>は、お身の<ruby><rb>丈</rb><rt>たけ</rt></ruby>が一<ruby><rb>丈</rb><rt>じょう</rt></ruby>二<ruby><rb>寸</rb><rt>すん</rt></ruby>、おひざから下が四<ruby><rb>尺</rb><rt>しゃく</rt></ruby>一寸もおありになるほどの、偉大なお体格でいらっしゃいました。それからお子さまも、すべてで八十人もお生まれになりました。

天皇はその中で、後におあとをお<ruby><rb>継</rb><rt>つ</rt></ruby>ぎになった<ruby><rb>若帯日子命</rb><rt>わかたらしひこのみこと</rt></ruby>と、<ruby><rb>小碓命</rb><rt>おうすのみこと</rt></ruby>とおっしゃる<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>と、ほかにもう<ruby><rb>一方</rb><rt>ひとかた</rt></ruby>とだけをおそばにお止めになり、あとの七十七人の<ruby><rb>方々</rb><rt>かたがた</rt></ruby>をことごとく、地方地方の<ruby><rb>国造</rb><rt>くにのみやつこ</rt></ruby>、<ruby><rb>別稲置</rb><rt>わけいなぎ</rt></ruby>、<ruby><rb>県主</rb><rt>あがたぬし</rt></ruby>という、それぞれの役におつけになりました。

あるとき天皇は、<ruby><rb>美濃</rb><rt>みの</rt></ruby>の、<ruby><rb>神大根王</rb><rt>かんおおねのみこ</rt></ruby>という方の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>で、<ruby><rb>兄媛</rb><rt>えひめ</rt></ruby><ruby><rb>弟媛</rb><rt>おとひめ</rt></ruby>という<ruby><rb>姉妹</rb><rt>きょうだい</rt></ruby>が、二人ともたいそうきりょうがよい子だという評判をお聞きになって、それをじっさいにお<ruby><rb>確</rb><rt>たし</rt></ruby>かめになったうえ、さっそく<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>にお<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>いになるおつもりで、皇子の<ruby><rb>大碓命</rb><rt>おおうすのみこと</rt></ruby>にお言いつけになって、二人を<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しのぼせにお<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>わしになりました。

すると、<ruby><rb>大碓命</rb><rt>おおうすのみこと</rt></ruby>は、その二人の者をご自分のお召使いに取っておしまいになり、別に二人の<ruby><rb>姉妹</rb><rt>きょうだい</rt></ruby>の女を<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>し出して、それを<ruby><rb>兄媛</rb><rt>えひめ</rt></ruby>、<ruby><rb>弟媛</rb><rt>おとひめ</rt></ruby>だといつわって、天皇にお目通りをおさせになりました。

天皇はそれがほかの女であるということを、ちゃんとお見抜きになりました。しかしうわべでは、あくまでだまされていらっしゃるようにお見せかけになって、二人をそのまま<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>にお置きになりました。その代わりお<ruby><rb>手近</rb><rt>てぢか</rt></ruby>のご用は、わざとほかの者にお言いつけになって、それとなく二人をおこらしめになりました。

<ruby><rb>大碓命</rb><rt>おおうすのみこと</rt></ruby>はそんな悪いことをなすってからは、天皇の<ruby><rb>御前</rb><rt>ごぜん</rt></ruby>へお出ましになるのをうしろぐらくおぼしめして、さっぱりお顔をお見せになりませんでした。

天皇はある日、弟さまの<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>の<ruby><rb>小碓命</rb><rt>おうすのみこと</rt></ruby>に向かって、

「そちが兄は、どういうわけで、このせつ朝夕の食事のときにも出て来ないのであろう。おまえ行って、よく申し聞かせよ」とおっしゃいました。

しかし、それから五日もたっても、<ruby><rb>大碓命</rb><rt>おおうすのみこと</rt></ruby>は、やっぱりそのままお顔出しをなさらないものですから、天皇は<ruby><rb>小碓命</rb><rt>おうすのみこと</rt></ruby>を<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>して、

「兄はどうして、いつまでも<ruby><rb>食事</rb><rt>しょくじ</rt></ruby>に出て来ないのか。おまえはまだ言わないのではないか」とお聞きになりました。

「いいえ、申し聞かせました」と<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はお答えになりました。

「では、どういうふうに話したのか」

「ただ朝早く、おあにいさまがかわやにはいりますところを待ち受けて、つかみくじき、手足をむしりとって、死体をこもにくるんでうッちゃりました」と、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はまるでむぞうさにこう言って、すましていらっしゃいました。

天皇はそれ以来、<ruby><rb>小碓命</rb><rt>おうすのみこと</rt></ruby>のきつい<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>いご<ruby><rb>気性</rb><rt>きしょう</rt></ruby>を<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしくおぼしめして、どうかしてそれとなく命をおそばから遠ざけようとお考えになりました。それでまもなく命を<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>して、

「実は西の方に<ruby><rb>熊襲建</rb><rt>くまそたける</rt></ruby>という者のきょうだいがいる。二人とも私の命令に従わない無礼なやつである。そちはこれから行って、かれらを打ちとってまいれ」とおおせになりました。それで命は、急いで<ruby><rb>伊勢</rb><rt>いせ</rt></ruby>におくだりになって、<ruby><rb>大神宮</rb><rt>だいじんぐう</rt></ruby>にお仕えになっている、おんおば上の<ruby><rb>倭媛</rb><rt>やまとひめ</rt></ruby>にお別れをなさいました。

するとおば上からは、ご<ruby><rb>料</rb><rt>りょう</rt></ruby>のお<ruby><rb>上着</rb><rt>うわぎ</rt></ruby>と、おはかま<ruby><rb>着</rb><rt>ぎ</rt></ruby>と、<ruby><rb>懐剣</rb><rt>かいけん</rt></ruby>とを、お別れのお<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>におくだしになりました。

命はそれからすぐに、今の<ruby><rb>日向</rb><rt>ひゅうが</rt></ruby>、<ruby><rb>大隅</rb><rt>おおすみ</rt></ruby>、<ruby><rb>薩摩</rb><rt>さつま</rt></ruby>の地方へ向かっておくだりになりました。そのとき命は、まだお<ruby><rb>髪</rb><rt>ぐし</rt></ruby>をお<ruby><rb>額</rb><rt>ひたい</rt></ruby>にお<ruby><rb>結</rb><rt>ゆ</rt></ruby>いになっている、ただほんの一少年でいらっしゃいました。

## 二

命は、その土地にお着きになり、<ruby><rb>熊襲建</rb><rt>くまそたける</rt></ruby>のうちへ近づいて、ようすをおうかがいになりますと、<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>らは、うちのまわりへ軍勢をぐるりと三<ruby><rb>重</rb><rt>じゅう</rt></ruby>に立て<ruby><rb>囲</rb><rt>かこ</rt></ruby>わせて、その中に住まっておりました。そして、たまたまちょうどその家ができあがったばかりで、近々にそのお祝いの<ruby><rb>宴会</rb><rt>えんかい</rt></ruby>をするというので、大さわぎでしたくをしているところでした。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はそのあたりをぶらぶら歩きまわって、その<ruby><rb>宴会</rb><rt>えんかい</rt></ruby>の日が来るのを待ちかまえていらっしゃいました。そして、いよいよその日になりますと、今までお<ruby><rb>結</rb><rt>ゆ</rt></ruby>いになっていたお<ruby><rb>髪</rb><rt>ぐし</rt></ruby>を、少女のようにすきさげになさり、おんおば上からおさずかりになったご<ruby><rb>衣裳</rb><rt>いしょう</rt></ruby>を<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>して、すっかり<ruby><rb>小女</rb><rt>こおんな</rt></ruby>の<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>におなりになりました。そして、ほかの女たちの中にまじって、<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>どもの<ruby><rb>宴会</rb><rt>えんかい</rt></ruby>のへやへはいっておいでになりました。

すると<ruby><rb>熊襲建</rb><rt>くまそたける</rt></ruby>きょうだいは、命をほんとうの女だとばかり思いこんでしまいまして、その姿のきれいなのがたいそう気にいったので、とくに自分たち二人の間にすわらせて、大喜びで飲みさわぎました。

命は、みんながすっかり<ruby><rb>興</rb><rt>きょう</rt></ruby>に入ったころを見はからって、そっと<ruby><rb>懐</rb><rt>ふところ</rt></ruby>から<ruby><rb>剣</rb><rt>つるぎ</rt></ruby>をお取り出しになったと思いますと、いきなり片手で兄の<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>のえり首をつかんで、<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>のところをひと<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>きに突き通しておしまいになりました。

弟の<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>はそれを見ると、あわててへやの外へ逃げ出そうとしました。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は、それをもすかさず、<ruby><rb>階段</rb><rt>かいだん</rt></ruby>の下に追いつめて、手早く<ruby><rb>背中</rb><rt>せなか</rt></ruby>をひっつかみ、ずぶりとおしりをお突き<ruby><rb>刺</rb><rt>さ</rt></ruby>しになりました。

<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>はそれなりじたばたしようともしないで、

「どうぞその刀をしばらく動かさないでくださいまし。<ruby><rb>一言</rb><rt>ひとこと</rt></ruby>申しあげたいことがございます」と、言いました。それで<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は刀をお<ruby><rb>刺</rb><rt>さ</rt></ruby>しになったなり、しばらく<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>し<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>せたままにしていらっしゃいますと、<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>は、

「いったいあなたはどなたでございます」と聞きました。

「おれは、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>日代</rb><rt>ひしろ</rt></ruby>の<ruby><rb>宮</rb><rt>みや</rt></ruby>に<ruby><rb>天下</rb><rt>てんか</rt></ruby>を治めておいでになる、<ruby><rb>大帯日子天皇</rb><rt>おおたらしひこてんのう</rt></ruby>の<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>、名は<ruby><rb>倭童男王</rb><rt>やまとおぐなのみこ</rt></ruby>という者だ。なんじら二人とも天皇のおおせに従わず、無礼なふるまいばかりしているので、<ruby><rb>勅命</rb><rt>ちょくめい</rt></ruby>によって、ちゅう<ruby><rb>伐</rb><rt>ばつ</rt></ruby>にまいったのだ」と、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はおおしくお名乗りになりました。

<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>はそれを聞いて、

「なるほど、そういうお方に相違ございますまい。この西の国じゅうには、私ども二人より強い者は一人もおりません。それにひきかえ<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>には、われわれにもまして、すばらしいお方がいられたものだ。おそれながら私がお名まえをさしあげます。これからあなたのお名まえは<ruby><rb>倭建命</rb><rt>やまとたけるのみこと</rt></ruby>とお<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び申したい」と言いました。

命は<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>がそう言いおわるといっしょに、その<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>くれ者を、まるで<ruby><rb>熟</rb><rt>じゅく</rt></ruby>したまくわうりを切るように、ずぶずぶと切りほうっておしまいになりました。

それ以来、だれもかれも命のご武勇をおほめ申して、お名まえを<ruby><rb>倭建命</rb><rt>やまとたけるのみこと</rt></ruby>と申しあげるようになりました。

命は、それから<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>へおひきかえしになる途中で、いろんな山の神や川の神や、<ruby><rb>穴戸</rb><rt>あなど</rt></ruby>の神と<ruby><rb>称</rb><rt>とな</rt></ruby>えて、方々の<ruby><rb>険阻</rb><rt>けんそ</rt></ruby>なところにたてこもっている<ruby><rb>悪神</rb><rt>わるがみ</rt></ruby>どもを、<ruby><rb>片</rb><rt>かた</rt></ruby>はしからお従えになった後、<ruby><rb>出雲</rb><rt>いずも</rt></ruby>の国へおまわりになって、そのあたりで<ruby><rb>幅</rb><rt>はば</rt></ruby>をきかせている、<ruby><rb>出雲建</rb><rt>いずもたける</rt></ruby>という悪者をお<ruby><rb>退治</rb><rt>たいじ</rt></ruby>になりました。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はまずその<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>の家へたずねておいでになって、その悪者とごこうさいをお結びになりました。そして、そのあとで、こっそりとあかひのきという木を刀のようにお<ruby><rb>削</rb><rt>けず</rt></ruby>りになり、それをりっぱな<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>のように<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りをつけておつるしになって、<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>をさそい出して、二人で<ruby><rb>肥</rb><rt>ひ</rt></ruby>の<ruby><rb>河</rb><rt>かわ</rt></ruby>の水を浴びにいらっしゃいました。そして、いいかげんなころを見はからって、ご自分の方が先におあがりになり、ごじょうだんのように<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>の太刀をお身におつけになりながら、

「どうだ、二人でこの刀のとりかえっこをしようか」とおっしゃいました。<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>はあとからのそのそあがって来て、

「よろしい取りかえよう」と言いながら、うまくだまされて命のにせの刀をつるしました。命は、

「さあ、ひとつ二人で試合をしよう」とお言いになりました。そして二人とも刀を<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>き放すだんになりますと、<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>のはにせの刀ですから、いくら力を入れても抜けようはずがありません。命は<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>がそれでまごまごしているうちに、すばやくほんものの刀を引き抜いて、たちまちその悪者を切り殺しておしまいになりました。そして、そのあとで、<ruby><rb>建</rb><rt>たける</rt></ruby>が抜けない刀を抜こうとして、まごまごとあわてたおかしさを、歌につくってお<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>いになりました。

## 三

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はこんなにして、お<ruby><rb>道筋</rb><rt>みちすじ</rt></ruby>の<ruby><rb>賊</rb><rt>ぞく</rt></ruby>どもをすっかり<ruby><rb>平</rb><rt>たい</rt></ruby>らげて、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>へおかえりになり、天皇にすべてをご<ruby><rb>奏上</rb><rt>そうじょう</rt></ruby>なさいました。

すると天皇は、またすぐにひき続いて、命に、東の方の十二か国の悪い神々や、おおせに従わない悪者どもを<ruby><rb>説</rb><rt>と</rt></ruby>き従えてまいれとおおせになって、ひいらぎの<ruby><rb>矛</rb><rt>ほこ</rt></ruby>をお<ruby><rb>授</rb><rt>さず</rt></ruby>けになり、<ruby><rb>御鉏友耳建日子</rb><rt>みすきともみみたけひこ</rt></ruby>という者をおつけ<ruby><rb>添</rb><rt>そ</rt></ruby>えになりました。

命はお言いつけを奉じて、またすぐにおでかけになりました。そして途中で<ruby><rb>伊勢</rb><rt>いせ</rt></ruby>のお宮におまいりになって、おんおば上の<ruby><rb>倭媛</rb><rt>やまとひめ</rt></ruby>に<ruby><rb>再度</rb><rt>さいど</rt></ruby>のお別れをなさいました。そのとき命はおんおば上に向かっておっしゃいました。

「天皇は私を早くなくならせようとでもおぼしめすのでしょう。でも、こないだまで西の方の賊を<ruby><rb>討</rb><rt>う</rt></ruby>ちにまいっておりまして、やっと、たった今かえったと思いますと、またすぐに、こんどは東の方の悪者どもを討ちとりにお出しになるのはどういうわけでございましょう。それもほとんど<ruby><rb>軍勢</rb><rt>ぐんぜい</rt></ruby>というほどのものもくださらないのです。こんなことからおして考えてみますと、どうしても私を早く死なせようというお心持としか思われません」命はこうおっしゃって<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>ながらにお立ちになろうとしました。

おんおば上は、命のそのお<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みをおやさしくおなだめになったうえ、もと<ruby><rb>神代</rb><rt>かみよ</rt></ruby>のときに、<ruby><rb>須佐之男命</rb><rt>すさのおのみこと</rt></ruby>が<ruby><rb>大</rb><rt>だい</rt></ruby>じゃの尾の中からお拾いになった、あの<ruby><rb>貴</rb><rt>とうと</rt></ruby>いお<ruby><rb>宝物</rb><rt>たからもの</rt></ruby>の<ruby><rb>御剣</rb><rt>みつるぎ</rt></ruby>と、ほかに<ruby><rb>袋</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>を一つお授けになり、まん一、急なことが起こったら、この<ruby><rb>袋</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>の口をお<ruby><rb>解</rb><rt>と</rt></ruby>きなさい、とおおせになりました。

命はそれから<ruby><rb>尾張</rb><rt>おわり</rt></ruby>へおはいりになって、そこの<ruby><rb>国造</rb><rt>くにのみやつこ</rt></ruby>の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>の<ruby><rb>美夜受媛</rb><rt>みやずひめ</rt></ruby>のおうちにおとまりになりました。そして、かえりにはまた<ruby><rb>必</rb><rt>かなら</rt></ruby>ず立ち<ruby><rb>寄</rb><rt>よ</rt></ruby>るからとお言いのこしになって、さらに東の国へお進みになり、山や川に住んでいる、<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>くれ神や、そのほか天皇にお仕えしない悪者どもをいちいちお<ruby><rb>説</rb><rt>と</rt></ruby>き従えになりました。そしてまもなく<ruby><rb>相模</rb><rt>さがみ</rt></ruby>の国へお着きになりました。

するとそこの<ruby><rb>国造</rb><rt>くにのみやつこ</rt></ruby>が、命をお殺し申そうとたくらんで、

「あすこの野中に大きな<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>がございます。その沼の中に住んでおります神が、まことに<ruby><rb>乱暴</rb><rt>らんぼう</rt></ruby>なやつで、みんな<ruby><rb>困</rb><rt>こま</rt></ruby>っております」と、おだまし申しました。

命はそれをまにお受けになって、その野原の中へはいっておいでになりますと、<ruby><rb>国造</rb><rt>くにのみやつこ</rt></ruby>は、ふいにその野へ火をつけて、どんどん四方から焼きたてました。

命ははじめて、あいつにだまされたかとお気づきになりました。その<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>にも火はどんどんま近に<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>って来て、お身が<ruby><rb>危</rb><rt>あやう</rt></ruby>くなりました。

命はおんおば上のおおせを思い出して、急いで、例の袋のひもをといてご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になりますと、中には<ruby><rb>火打</rb><rt>ひうち</rt></ruby>がはいっておりました。

命はそれで、急いでお<ruby><rb>宝物</rb><rt>たからもの</rt></ruby>の<ruby><rb>御剣</rb><rt>みつるぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>いて、あたりの草をどんどんおなぎ払いになり、今の<ruby><rb>火打</rb><rt>ひうち</rt></ruby>でもって、その草へ向かい火をつけて、あべこべに向こうへ向かってお焼きたてになりました。命はそれでようやく、その野原からのがれ出ていらっしゃいました。そしていきなり、その悪い<ruby><rb>国造</rb><rt>くにのみやつこ</rt></ruby>と、<ruby><rb>手下</rb><rt>てした</rt></ruby>の者どもを、ことごとく切り殺して、火をつけて焼いておしまいになりました。

それ以来そのところを<ruby><rb>焼津</rb><rt>やいず</rt></ruby>と呼びました。それから、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>が草をお切りはらいになった<ruby><rb>御剣</rb><rt>みつるぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>草薙</rb><rt>くさなぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>剣</rb><rt>つるぎ</rt></ruby>と申しあげるようになりました。

命はその<ruby><rb>相模</rb><rt>さがみ</rt></ruby>の<ruby><rb>半島</rb><rt>はんとう</rt></ruby>をおたちになって、お船で<ruby><rb>上総</rb><rt>かずさ</rt></ruby>へ向かってお<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>りになろうとしました。すると途中で、そこの海の神がふいに<ruby><rb>大波</rb><rt>おおなみ</rt></ruby>を<ruby><rb>巻</rb><rt>ま</rt></ruby>きあげて、海一面を<ruby><rb>大荒</rb><rt>おおあ</rt></ruby>れに荒れさせました。命の船はたちまちくるくるまわり流されて、それこそ進むこともひきかえすこともできなくなってしまいました。

そのとき命がおつれになっていたお<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつかい</rt></ruby>の<ruby><rb>弟橘媛</rb><rt>おとたちばなひめ</rt></ruby>は、

「これはきっと海の神のたたりに相違ございません。私があなたのお身代わりになりまして、海の神をなだめましょう。あなたはどうぞ天皇のお言いつけをおしとげくださいまして、めでたくあちらへおかえりくださいまし」と言いながら、すげの<ruby><rb>畳</rb><rt>たたみ</rt></ruby>を八<ruby><rb>枚</rb><rt>まい</rt></ruby>、<ruby><rb>皮畳</rb><rt>かわだたみ</rt></ruby>を六枚に、<ruby><rb>絹畳</rb><rt>きぬだたみ</rt></ruby>を八枚<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて、波の上に投げおろさせるやいなや、身をひるがえして、その上へ飛びおりました。

<ruby><rb>大波</rb><rt>おおなみ</rt></ruby>は見るまに、たちまち<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>を<ruby><rb>巻</rb><rt>ま</rt></ruby>きこんでしまいました。するとそれといっしょに、今まで荒れ狂っていた海が、ふいにぱったりと静まって、急に<ruby><rb>穏</rb><rt>おだや</rt></ruby>かななぎになってきました。

命はそのおかげでようやく船を進めて、<ruby><rb>上総</rb><rt>かずさ</rt></ruby>の岸へ無事にお着きになることができました。

それから七日目に、<ruby><rb>橘媛</rb><rt>たちばなひめ</rt></ruby>のくしがこちらの浜へうちあげられました。命はそのくしを拾わせて、あわれな<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>のためにお墓をお作らせになりました。

<ruby><rb>橘媛</rb><rt>たちばなひめ</rt></ruby>が生前に歌った歌に、

さねさし、

さがむの<ruby><rb>小野</rb><rt>おぬ</rt></ruby>に、

もゆる火の、

<ruby><rb>火中</rb><rt>ほなか</rt></ruby>に立ちて、

問いしきみはも。

これは、<ruby><rb>相模</rb><rt>さがみ</rt></ruby>の野原で火攻めにお会いになったときに、その燃える火の中にお立ちになっていた、あの危急なときにも、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は私のことをご心配くだすって、いろいろに<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>め問うてくだすった、ほんとに、お情け深い方よと、そのもったいないお心持を<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れない<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>に歌ったのでした。

命はそこから、なおどんどんお進みになって、いたるところで手におえない悪者どもをご<ruby><rb>平定</rb><rt>へいてい</rt></ruby>になり、山や川の<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>くれ神をもお従えになりました。

それでいよいよ、<ruby><rb>再</rb><rt>ふたた</rt></ruby>び<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>へおかえりになることになりました。

そのお途中で、<ruby><rb>足柄山</rb><rt>あしがらやま</rt></ruby>の坂の下で、お食事をなすっておいでになりますと、その坂の神が、白いしかに姿をかえて現われて、命を見つめてつっ立っておりました。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は、それをご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になると、お食べ残しのにらの<ruby><rb>切</rb><rt>きれ</rt></ruby>はしをお取りになって、そのしかをめがけてお投げつけになりました。すると、それがちょうど目にあたって、しかはばたりと<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れてしまいました。

命はそれから坂の頂上へおあがりになり、そこから東の海をおながめになって、あの<ruby><rb>哀</rb><rt>あわ</rt></ruby>れな<ruby><rb>橘媛</rb><rt>たちばなひめ</rt></ruby>のことを、つくづくとお思いかえしになりながら、

「あずまはや」（ああ、わが女よ）とお<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>きになりました。それ以来そのあたりの国々を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あずま</span>と<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>ぶようになりました。

## 四

命は、そこから<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かい</rt></ruby>の国へお<ruby><rb>越</rb><rt>こ</rt></ruby>えになりました。そして<ruby><rb>酒折宮</rb><rt>さかおりのみや</rt></ruby>という<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>におとまりになったときに、

にいばり、つくばを過ぎて、

いく<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>か<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>つる。

とお歌いになりますと、あかりのたき火についていた一人の老人が、すぐにそのおあとを受けて、

かかなべて、

<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>には<ruby><rb>九夜</rb><rt>ここのよ</rt></ruby>、

日には<ruby><rb>十日</rb><rt>とおか</rt></ruby>を。

と歌いました。それは、

「<ruby><rb>蝦夷</rb><rt>えびす</rt></ruby>どもをたいらげながら、<ruby><rb>常陸</rb><rt>ひたち</rt></ruby>の<ruby><rb>新治</rb><rt>にいばり</rt></ruby>や<ruby><rb>筑波</rb><rt>つくば</rt></ruby>を通りすぎて、ここまで来るのに、いく夜寝たであろう」とおっしゃるのに対して、

「かぞえて見ますと、<ruby><rb>九夜</rb><rt>ここのよ</rt></ruby>寝て<ruby><rb>十日目</rb><rt>とおかめ</rt></ruby>を迎えましたのでございます」という意味でした。

命はその答えの歌をおほめになって、そのごほうびに、老人を<ruby><rb>東国造</rb><rt>あずまのくにのみやつこ</rt></ruby>という役におつけになりました。

それから<ruby><rb>信濃</rb><rt>しなの</rt></ruby>へおはいりになり、そこの<ruby><rb>国境</rb><rt>くにざかい</rt></ruby>の地の神を<ruby><rb>討</rb><rt>う</rt></ruby>ち従えて、ひとまずもとの<ruby><rb>尾張</rb><rt>おわり</rt></ruby>までお帰りになりました。

命はお行きがけにお約束をなすったとおり、<ruby><rb>美夜受媛</rb><rt>みやずひめ</rt></ruby>のおうちへおとまりになりました。そして<ruby><rb>草薙</rb><rt>くさなぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>宝剣</rb><rt>ほうけん</rt></ruby>を<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>におあずけになって<ruby><rb>近江</rb><rt>おうみ</rt></ruby>の<ruby><rb>伊吹山</rb><rt>いぶきやま</rt></ruby>の、山の神を<ruby><rb>征伐</rb><rt>せいばつ</rt></ruby>においでになりました。

命はこの山の神ぐらいは、す手でも殺すとおっしゃって、どんどんのぼっておいでになりました。すると途中で、うしほどもあるような、大きな白いいのししが現われました。命は、

「このいのししに<ruby><rb>化</rb><rt>ば</rt></ruby>けて出たのは、まさか山の神ではあるまい。神の<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつかい</rt></ruby>の者であろう。こんなやつは今殺さなくとも、かえりにしとめてやればたくさんである」とおいばりになって、そのままのぼっておいでになりました。

そうすると、ふいに大きなひょうがどッと降りだしました。<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はそのひょうにお<ruby><rb>襲</rb><rt>おそ</rt></ruby>われになるといっしょに、ふらふらとお目まいがして、ちょうどものにお<ruby><rb>酔</rb><rt>よ</rt></ruby>いになったように、お気分が遠くおなりになりました。

それというのは、さきほどの白いいのししは、山の神の召使ではなくて、山の神自身が化けて出たのでした。それを命があんなにけいべつして<ruby><rb>広言</rb><rt>こうげん</rt></ruby>をお<ruby><rb>吐</rb><rt>は</rt></ruby>きになったので、山の神はひどく<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>って、たちまち<ruby><rb>毒気</rb><rt>どくき</rt></ruby>を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>んだひょうを降らして、命をおいじめ申したのでした。

命は、ほとんどとほうにくれておしまいになりましたが、ともかく、ようやくのことで山をおくだりになって、<ruby><rb>玉倉部</rb><rt>たまくらべ</rt></ruby>というところにわき出ている<ruby><rb>清水</rb><rt>しみず</rt></ruby>のそばでご休息をなさいました。そして、そのときはじめて、いくらかご気分がたしかにおなりになりました。しかし命はとうとうその毒気のために、すっかりおからだをこわしておしまいになりました。

やがて、そこをお立ちになって、<ruby><rb>美濃</rb><rt>みの</rt></ruby>の<ruby><rb>当芸野</rb><rt>たぎの</rt></ruby>という野中までおいでになりますと、

「ああ、おれは、いつもは空でも飛んで行けそうに思っていたのに、今はもう歩くこともできなくなった。足はちょうど船のかじのように曲がってしまった」とおっしゃって、お<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>きになりました。そしてそのまままた少しお歩きになりましたが、まもなくひどく<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れておしまいになったので、とうとうつえにすがって<ruby><rb>一足</rb><rt>ひとあし</rt></ruby><ruby><rb>一足</rb><rt>ひとあし</rt></ruby>お進みになりました。

そんなにして、やっと<ruby><rb>伊勢</rb><rt>いせ</rt></ruby>の<ruby><rb>尾津</rb><rt>おつ</rt></ruby>の<ruby><rb>崎</rb><rt>さき</rt></ruby>という海ばたの、一本まつのところまでおかえりになりますと、この前お行きがけのときに、そのまつの下でお食事をお取りになって、つい<ruby><rb>置</rb><rt>お</rt></ruby>き<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れていらしった<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>が、そのままなくならないで、ちゃんと残っておりました。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は、

「おお一つまつよ、よくわしのこの<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>の番をしていてくれた。おまえが人間であったら、ほうびに太刀をさげてやり、着物を着せてやるのだけれど」と、こういう意味の歌を歌ってお喜びになりました。それからなおお歩きになって、ある村までいらっしゃいました。

命は、そのとき、

「わしの足はこんなに<ruby><rb>三重</rb><rt>みえ</rt></ruby>に曲がってしまった。どうもひどく<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れて歩けない」とおっしゃいました。しかしそれでも無理にお歩きになって、<ruby><rb>能褒野</rb><rt>のぼの</rt></ruby>という野へお着きになりました。

命は、その野の中でつくづくと、おうちのことをお思いになり、

あの<ruby><rb>青山</rb><rt>あおやま</rt></ruby>にとりかこまれた、

美しい<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>が恋しい。

しかし、ああ<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は、

その恋しい土地へも、

帰りつくことはできない。

<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>あるものは、

これからがいせんして、

あの<ruby><rb>平群</rb><rt>へぐり</rt></ruby>の山の、

くまがしの葉を、

<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>に<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>って祝い楽しめよ。

という意味をお歌いになり、

はしけやし、

わぎへの<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>よ、

雲いたち<ruby><rb>来</rb><rt>く</rt></ruby>も。

（おおなつかしや、

わが<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>のある、

はるかな<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の方から、

雲が出て来るよ。）

と、お歌いになりました。

そして、それといっしょにご<ruby><rb>病勢</rb><rt>びょうせい</rt></ruby>もどっとご<ruby><rb>危篤</rb><rt>きとく</rt></ruby>になってきました。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は、ついに、

おとめの、

<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>のべに、

わがおきし、

<ruby><rb>剣</rb><rt>つるき</rt></ruby>の<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>。

その太刀はや。

と、あの<ruby><rb>美夜受媛</rb><rt>みやずひめ</rt></ruby>のおうちにおいていらしった<ruby><rb>宝剣</rb><rt>ほうけん</rt></ruby>も、とうとう<ruby><rb>再</rb><rt>ふたた</rt></ruby>び手にとることもできないかとお歌いになり、そのお歌の終わるのとともに、この世をお去りになりました。

早うまのお使いは、このことを天皇に申しあげにかけつけました。

<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>からは、命のお<ruby><rb>妃</rb><rt>きさき</rt></ruby>やお子さまたちが、びっくりしてくだっておいでになりました。そして、命のご<ruby><rb>陵</rb><rt>りょう</rt></ruby>をお作りになって、そのぐるりの田の中に<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>しまろんで、おんおんおんおんと泣いていらっしゃいました。

するとおなくなりになった命は、大きな白い鳥になって、お墓の中からお出ましになり、空へ高くかけのぼって、<ruby><rb>浜辺</rb><rt>はまべ</rt></ruby>の方へ向かって飛んでおいでになりました。

お<ruby><rb>妃</rb><rt>きさき</rt></ruby>やお子さまたちは、それをご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になると、すぐに泣き泣きそのあとを追いしたって、ささの切り<ruby><rb>株</rb><rt>かぶ</rt></ruby>にお足を傷つけて血だらけにおなりになっても、<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>さを<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れて、いっしょうけんめいにかけておいでになりました。

そしてしまいには、海の中にまではいって、ざぶざぶと追っかけていらっしゃいました。

白い鳥はその人々をあとにおいて、海の中のいそからいそにと伝わって飛んで行きました。

お<ruby><rb>妃</rb><rt>きさき</rt></ruby>は<ruby><rb>潮</rb><rt>しお</rt></ruby>の中を歩きなやみながら、おんおんお泣きになりました。

その鳥は、とうとう<ruby><rb>伊勢</rb><rt>いせ</rt></ruby>から<ruby><rb>河内</rb><rt>かわち</rt></ruby>の<ruby><rb>志紀</rb><rt>しき</rt></ruby>というところへ来てとまりました。それで、そこへお墓を作って、いったんそこへお<ruby><rb>鎮</rb><rt>しず</rt></ruby>め申しましたが、しかし鳥は、あとにまた飛び出して、どんどん空をかけて、どこへともなく<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げ去ってしまいました。

## 五

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>には、お子さまが男のお子ばかり六人おいでになりました。その中の、<ruby><rb>帯中津日子命</rb><rt>たらしなかつひこのみこと</rt></ruby>とおっしゃる方は、後にお<ruby><rb>祖父上</rb><rt>そふうえ</rt></ruby>の天皇のおつぎの<ruby><rb>成務天皇</rb><rt>せいむてんのう</rt></ruby>のおあとをお<ruby><rb>継</rb><rt>つ</rt></ruby>ぎになりました。すなわち<ruby><rb>仲哀天皇</rb><rt>ちゅうあいてんのう</rt></ruby>でいらっしゃいます。

命が諸方を<ruby><rb>征伐</rb><rt>せいばつ</rt></ruby>しておまわりになる間は、<ruby><rb>七拳脛</rb><rt>ななつかはぎ</rt></ruby>という者が、いつもご料理番としてお供について行きました。

<ruby><rb>御父上</rb><rt>おんちちうえ</rt></ruby>の<ruby><rb>景行天皇</rb><rt>けいこうてんのう</rt></ruby>は、おん年百三十七でおかくれになりました。

  


## <ruby><rb>朝鮮征伐</rb><rt>ちょうせんせいばつ</rt></ruby>

## 一

<ruby><rb>仲哀天皇</rb><rt>ちゅうあいてんのう</rt></ruby>は、ある年、ご自身で<ruby><rb>熊襲</rb><rt>くまそ</rt></ruby>をお<ruby><rb>征伐</rb><rt>せいばつ</rt></ruby>におくだりになり、<ruby><rb>筑前</rb><rt>ちくぜん</rt></ruby>の<ruby><rb>香椎</rb><rt>かしい</rt></ruby>の宮というお宮におとどまりになっていらっしゃいました。

そのとき天皇は、ある夜、<ruby><rb>戦</rb><rt>いくさ</rt></ruby>のお手だてについて、神さまのお告げをいただこうとおぼしめして、大臣の<ruby><rb>武内宿禰</rb><rt>たけのうちのすくね</rt></ruby>をお<ruby><rb>祭場</rb><rt>まつりば</rt></ruby>へお<ruby><rb>坐</rb><rt>すわ</rt></ruby>らせになり、御自分はお<ruby><rb>琴</rb><rt>こと</rt></ruby>をおひきになりながら、お二人でお<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>りをなさいました。そうすると、どなたか一人の神さまが、皇后の<ruby><rb>息長帯媛</rb><rt>おきながたらしひめ</rt></ruby>のおからだにお乗りうつりになり、皇后のお口をお借りになって、

「これから西の方にあるひとつの国がある、そこには金銀をはじめ、目もまぶしいばかりの、さまざまの<ruby><rb>珍</rb><rt>めずら</rt></ruby>しい<ruby><rb>宝</rb><rt>たから</rt></ruby>がどっさりある。つまらぬ<ruby><rb>熊襲</rb><rt>くまそ</rt></ruby>の土地よりも、まずその国をあなたのものにしてあげよう」とおっしゃいました。

「しかし、高いところへ登って西の方を見ましても、そちらの方はどこまでも<ruby><rb>大海</rb><rt>おおうみ</rt></ruby>ばかりで、国などはちっとも見えないではありませんか」と、天皇はお答えになりました。そしてお心のうちでは、

「これはほんとうの神さまではあるまい。きっといつわりを言う神が乗りうつったにちがいない」とおぼしめして、それなりお<ruby><rb>琴</rb><rt>こと</rt></ruby>をおしのけて、だまっておすわりになっていました。

すると神さまはたいそうお<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りになって、

「そんな、わしの<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>をうたぐったりするものには、この国も<ruby><rb>任</rb><rt>まか</rt></ruby>せてはおかれない。あなたはもう、さっさと死んでおしまいなさるがよい」と、おおせになりました。

<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>はその言葉を聞くと、びっくりして、

「これはたいへんでございます。陛下よ、どうぞもっとお琴をおひきあそばしませ」と、あわててご注意申しあげました。

天皇は仕方なしに、しぶしぶお琴をおひき寄せになって、しばらくの間、申しわけばかりにぽつぽつひいておいでになりましたが、そのうちにまもなく、ふッつりとお琴の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>がとだえてしまいました。

<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>はへんだと思って、<ruby><rb>灯</rb><rt>ひ</rt></ruby>をさし上げて見ますと、天皇はもはやいつのまにかお息が絶えて、その場にお<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れになっていらっしゃいました。

皇后も<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>も、神さまのお<ruby><rb>罰</rb><rt>ばつ</rt></ruby>に<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>れて、急いでそのお<ruby><rb>空骸</rb><rt>なきがら</rt></ruby>を仮のお宮へお移し申しました。そしてまず第一番に、神さまのお怒りをおなだめ申すために、そのあたりの国じゅうで生きた<ruby><rb>獣</rb><rt>けもの</rt></ruby>の皮を<ruby><rb>剥</rb><rt>は</rt></ruby>いだり、獣を<ruby><rb>逆</rb><rt>さか</rt></ruby>はぎにしたものをはじめとして、田の<ruby><rb>畔</rb><rt>くろ</rt></ruby>をこわしたもの、<ruby><rb>溝</rb><rt>みぞ</rt></ruby>をうめたもの、<ruby><rb>汚</rb><rt>きた</rt></ruby>ないものをひりちらしたもの、そのほか言うも<ruby><rb>穢</rb><rt>けが</rt></ruby>らわしいような、さまざまの汚ない罪を犯したものたちをいちいちさがし出させて、<ruby><rb>御幣</rb><rt>ごへい</rt></ruby>をとって、はらい清めて、国じゅうのけがれをすっかりなくしておしまいになりました。そして、<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>が<ruby><rb>再</rb><rt>ふたた</rt></ruby>びお祭場に<ruby><rb>坐</rb><rt>すわ</rt></ruby>って、改めて神さまのお告げをお祈り申しました。

すると神さまからは、この前おっしゃった西の国のことについて、同じようなおおせがありました。

「それからこの日本の国は、今、皇后のお<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>にいらっしゃるお子がお治めになるべきものだ」とおっしゃいました。

皇后は、そのときちょうどお<ruby><rb>身重</rb><rt>みおも</rt></ruby>でいらっしゃいました。<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>はそのおおせを聞いて、

「では、<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れながら、今、皇后のお腹においでになりますお子さまは、男のお子さまと女のお子さまと、どちらでいらっしゃりましょう」とうかがいますと、

「お子はご<ruby><rb>男子</rb><rt>なんし</rt></ruby>である」とお告げになりました。

<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>はなお、すべてのことをうかがっておこうと思いまして、

「まことにおそれいりますが、かようにいちいちお告げを下さいますあなたさまは、どなたさまでいらっしゃいますか。どうぞお名まえをおあかしくださいまし」と申しあげました。神さまは、やはり皇后のお口を通して、

「これはすべて<ruby><rb>天照大神</rb><rt>あまてらすおおかみ</rt></ruby>のおぼしめしである。また、<ruby><rb>底筒男命</rb><rt>そこつつおのみこと</rt></ruby>、<ruby><rb>中筒男命</rb><rt>なかつつおのみこと</rt></ruby>、<ruby><rb>上筒男命</rb><rt>うわつつおのみこと</rt></ruby>の三人の神も、いっしょに申し<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>しているのだ」と、そこではじめてお名まえをお告げになりました。

神さまはなお改めて、

「もしそなたたちが、ほんとうにあの西の国を得ようと思うならば、まず大空の神々、地上の神々、また、山の神、海の神、海と<ruby><rb>河</rb><rt>かわ</rt></ruby>との神々にことごとくお供えを<ruby><rb>奉</rb><rt>たてまつ</rt></ruby>り、それから私たち三人の神の<ruby><rb>御魂</rb><rt>みたま</rt></ruby>を船のうえに<ruby><rb>祀</rb><rt>まつ</rt></ruby>ったうえ、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">まき</span>の<ruby><rb>灰</rb><rt>はい</rt></ruby>を<ruby><rb>瓠</rb><rt>ひさご</rt></ruby>に入れ、また<ruby><rb>箸</rb><rt>はし</rt></ruby>と<ruby><rb>盆</rb><rt>ぼん</rt></ruby>とをたくさんこしらえてそれらのものを、みんな海の上に散らし浮かべて、その中を<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>って行くがよい」とおっしゃって、くわしく<ruby><rb>征伐</rb><rt>せいばつ</rt></ruby>の<ruby><rb>手順</rb><rt>てじゅん</rt></ruby>をおしえてくださいました。

それで、皇后はすぐ軍勢をお集めになり、神々のお<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>のとおりに、すべてご用意をお<ruby><rb>整</rb><rt>ととの</rt></ruby>えになって、<ruby><rb>仰山</rb><rt>ぎょうさん</rt></ruby>なお船をめしつらねて、勇ましく大海のまん中へお乗り出でになりました．

そうすると海じゅうの、あらゆる大小の魚が、のこらず<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>けよって来て、すっかりのお船をみんなで<ruby><rb>背中</rb><rt>せなか</rt></ruby>にお<ruby><rb>担</rb><rt>かつ</rt></ruby>ぎ申しあげて、わッしょいわッしょいと、<ruby><rb>威勢</rb><rt>いせい</rt></ruby>よく<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>しはこんで行きました。そこへ、ちょうどつごうよく、追い手の風がどんどん吹き<ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>って来ました。ですから、それだけのお船がみんな、かけ飛ぶように走って行きました。

そのうちに、そのたいそうな大船に押しまくられた<ruby><rb>大浪</rb><rt>おおなみ</rt></ruby>が、しまいには大きな、すさまじい<ruby><rb>大海嘯</rb><rt>おおつなみ</rt></ruby>となって、これから皇后がご征伐になろうとする、今の<ruby><rb>朝鮮</rb><rt>ちょうせん</rt></ruby>の一部分の<ruby><rb>新羅</rb><rt>しらぎ</rt></ruby>の国へ、ふいにどどんと<ruby><rb>打</rb><rt>う</rt></ruby>ち上げました。そして、あっという<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に、国じゅうを半分までも<ruby><rb>巻</rb><rt>ま</rt></ruby>き<ruby><rb>込</rb><rt>こ</rt></ruby>んでしまいました。

皇后の軍勢は、その大海嘯と入れちがいに、息もつかせずうわあッと<ruby><rb>攻</rb><rt>せ</rt></ruby>めこみました。すると<ruby><rb>新羅</rb><rt>しらぎ</rt></ruby>の王はすっかり<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>れちぢこまって、すぐに<ruby><rb>降参</rb><rt>こうさん</rt></ruby>してしまいました。

国王は、

「私どもはこれからいついつまでも、天皇のおおせのままに、おうま<ruby><rb>飼</rb><rt>かい</rt></ruby>の<ruby><rb>下郎</rb><rt>げろう</rt></ruby>となりまして、いっしょうけんめいにご奉公申しあげます。そして<ruby><rb>毎年</rb><rt>まいとし</rt></ruby>船をどっさり仕立てまして、その<ruby><rb>船底</rb><rt>ふなぞこ</rt></ruby>の<ruby><rb>乾</rb><rt>かわ</rt></ruby>くときもなく、<ruby><rb>棹</rb><rt>さお</rt></ruby>や<ruby><rb>櫂</rb><rt>かい</rt></ruby>の乾くまもなもないほどおうかがわせ申しまして、絶えず<ruby><rb>貢物</rb><rt>みつぎもの</rt></ruby>を<ruby><rb>奉</rb><rt>たてまつ</rt></ruby>り天地が<ruby><rb>亡</rb><rt>ほろ</rt></ruby>びますまで<ruby><rb>無久</rb><rt>むきゅう</rt></ruby>にお仕え申しあげます」と、<ruby><rb>平蜘蛛</rb><rt>ひらぐも</rt></ruby>のようになっておちかいをいたしました。

それで皇后はさつそくお聞き<ruby><rb>届</rb><rt>とど</rt></ruby>けになりまして、<ruby><rb>新羅</rb><rt>しらぎ</rt></ruby>の王をおうま<ruby><rb>飼</rb><rt>かい</rt></ruby>ということにおきめになり、その<ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>の<ruby><rb>百済</rb><rt>くだら</rt></ruby>をもご<ruby><rb>領地</rb><rt>りょうち</rt></ruby>にお定めになりました。そしてそのお<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>に、お<ruby><rb>杖</rb><rt>つえ</rt></ruby>を、<ruby><rb>新羅</rb><rt>しらぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>王宮</rb><rt>おうきゅう</rt></ruby>の門のところに<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>き<ruby><rb>刺</rb><rt>さ</rt></ruby>してお<ruby><rb>置</rb><rt>お</rt></ruby>きになりました。

それから最後に、お<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>をお作りになって、今度のご<ruby><rb>征伐</rb><rt>せいばつ</rt></ruby>についていちいちお<ruby><rb>指図</rb><rt>さしず</rt></ruby>をしてくださった、<ruby><rb>底筒男命</rb><rt>そこつつおのみこと</rt></ruby>以下三人の神さまを、この国の<ruby><rb>氏神</rb><rt>うじがみ</rt></ruby>さまにお<ruby><rb>祀</rb><rt>まつ</rt></ruby>りになった後、ご<ruby><rb>威風</rb><rt>いふう</rt></ruby>堂々と<ruby><rb>新羅</rb><rt>しらぎ</rt></ruby>をおひき上げになりました。

## 二

おん母上の皇后はその前に、まだご征伐のお途中でお<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>のお子さまがお生まれになろうとしました。それで、どうぞ今しばらくの間はご出産にならないようにとお祈りになって、そのお<ruby><rb>呪</rb><rt>まじな</rt></ruby>いに、お下着のお<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>のところへ石ころをおつるしになり、それでもって当分お腹をしずめておおきになりました。

するとお子さまは、ちゃんと<ruby><rb>筑紫</rb><rt>つくし</rt></ruby>へお<ruby><rb>凱旋</rb><rt>がいせん</rt></ruby>になってからご無事にお生まれになりました。それはかねて神さまのお告げのとおりりっぱな男のお子さまでいらっしゃいました。この小さな天皇には、ご<ruby><rb>誕生</rb><rt>たんじょう</rt></ruby>のときに、ちょうど、<ruby><rb>鞆</rb><rt>とも</rt></ruby>といって<ruby><rb>弓</rb><rt>ゆみ</rt></ruby>を<ruby><rb>射</rb><rt>い</rt></ruby>るときに左の<ruby><rb>臂</rb><rt>ひじ</rt></ruby>につける<ruby><rb>革具</rb><rt>かわぐ</rt></ruby>のとおりの形をしたお<ruby><rb>盛肉</rb><rt>もりにく</rt></ruby>が、お<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>に盛りあがっておりました。皇后はこれをお名まえにお取りになって、<ruby><rb>大鞆命</rb><rt>おおとものみこと</rt></ruby>とお名づけになりました。すなわち後にお<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び申す<ruby><rb>応神天皇</rb><rt>おうじんてんのう</rt></ruby>さまです。その<ruby><rb>鞆</rb><rt>とも</rt></ruby>のお肉のことをうけたまわったものたちは、天皇がお母上のお<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>のうちから、すでに天下をお治めになっていたということは、これでもわかると言って、みんな<ruby><rb>畏</rb><rt>おそ</rt></ruby>れ入りました。

また、皇后はご出征のまえに、<ruby><rb>肥前</rb><rt>ひぜん</rt></ruby>の<ruby><rb>玉島</rb><rt>たましま</rt></ruby>というところにおいでになって、そこの川のほとりでお食事をなさったことがありました。

それがちょうど四月で、あゆが取れるころでした。皇后はためしにその川中の石の上にお下りになって、お<ruby><rb>下袴</rb><rt>したばかま</rt></ruby>の糸をぬいて<ruby><rb>釣糸</rb><rt>つりいと</rt></ruby>になされ、お食事のおあとのご<ruby><rb>飯</rb><rt>はん</rt></ruby><ruby><rb>粒</rb><rt>つぶ</rt></ruby>を<ruby><rb>餌</rb><rt>えさ</rt></ruby>にして、ただでも決して<ruby><rb>釣</rb><rt>つ</rt></ruby>ることができないあゆをちゃんとおつり上げになりました。

ですからこの地方では、その後いつも四月のはじめになりますと、女たちがみんな<ruby><rb>下袴</rb><rt>したばかま</rt></ruby>の糸をぬいて、<ruby><rb>飯粒</rb><rt>めしつぶ</rt></ruby>を餌にしてあゆを釣り、ながく皇后のお徳をかたりつたえる<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>にしておりました。

## 三

おん母上の皇后は、ついで<ruby><rb>熊襲</rb><rt>くまそ</rt></ruby>をも難なくご平定になって、いよいよ<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>におかえりになることになりました。

しかし、大和には、<ruby><rb>香坂王</rb><rt>かごさかのみこ</rt></ruby>、<ruby><rb>忍熊王</rb><rt>おしくまのみこ</rt></ruby>とおっしゃる、お二人のお<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>ちがいの皇子などがおいでになるので、うっかりしていると、天皇がお小さいのにつけ入ってどんな悪い事をお<ruby><rb>企</rb><rt>たくら</rt></ruby>みになるかわからないとお気づかいになりました。

それで皇后は、ちゃんとお<ruby><rb>策略</rb><rt>さくりゃく</rt></ruby>をお立てになって、<ruby><rb>喪船</rb><rt>もふね</rt></ruby>を一そうお仕立てになり、お小さな天皇をその中へお乗せになりました。

そして天皇はもはやとくにお<ruby><rb>亡</rb><rt>な</rt></ruby>くなりになったとお言いふらしになり、そのお<ruby><rb>空骸</rb><rt>なきがら</rt></ruby>をつれておかえりになるていにして、<ruby><rb>筑紫</rb><rt>つくし</rt></ruby>をお立ちになりました。

こちらは<ruby><rb>香坂</rb><rt>かごさか</rt></ruby>、<ruby><rb>忍熊</rb><rt>おしくま</rt></ruby>の二皇子は、それをお聞きになりますと、案のとおり、ご自分たちがあとを取ろうとおかかりになりました。それでまず第一番に皇后の軍勢を待ちうけて<ruby><rb>討</rb><rt>う</rt></ruby>ち<ruby><rb>亡</rb><rt>ほろ</rt></ruby>ぼそうとおぼしめして、にわかに兵を集めて、<ruby><rb>摂津</rb><rt>せっつ</rt></ruby>の<ruby><rb>斗賀野</rb><rt>とがの</rt></ruby>というところまでご進軍になりました。

皇子たちは、その野原でためしに<ruby><rb>猟</rb><rt>りょう</rt></ruby>をして、その<ruby><rb>獲物</rb><rt>えもの</rt></ruby>によって、さいさきを<ruby><rb>占</rb><rt>うらな</rt></ruby>ってみようとなさいました。

<ruby><rb>香坂皇子</rb><rt>かごさかのおうじ</rt></ruby>は、くぬぎの木に上って、その猟の<ruby><rb>有様</rb><rt>ありさま</rt></ruby>を見ていらっしゃいました。すると、ふいにそこへ、<ruby><rb>手傷</rb><rt>てきず</rt></ruby>を<ruby><rb>負</rb><rt>お</rt></ruby>った大きないのししがあらわれて、そのくぬぎの木の根もとをどんどん<ruby><rb>掘</rb><rt>ほ</rt></ruby>りにかかりました。そしてまもなくすとんと掘り<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>したと思いますと、いきなり<ruby><rb>香坂皇子</rb><rt>かごさかのおうじ</rt></ruby>に飛びかかって、がつがつ皇子を食べてしまいました。

しかし、弟さまの<ruby><rb>忍熊皇子</rb><rt>おしくまのおうじ</rt></ruby>は、そんな悪い<ruby><rb>前兆</rb><rt>ぜんちょう</rt></ruby>にもとんじゃくなしに、そのまま軍勢をおひきつれになり、海ばたまで押しかけて、待ちかまえていらっしゃいました。

そのうちに、皇后がたのお船が見えて来ました。<ruby><rb>忍熊王</rb><rt>おしくまのみこ</rt></ruby>は、その中の<ruby><rb>喪船</rb><rt>もふね</rt></ruby>には、兵たいたちが乗っていないはずなので、まずまっ先にその船を目がけてお<ruby><rb>討</rb><rt>う</rt></ruby>ちかからせになりました。

ところがその船の中には、前もってちゃんとよりすぐりの兵が<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>ばせてありました。その兵士たちは船がつくなり、ふいに、うわッと飛び下りて、たちまち、はげしい<ruby><rb>戦</rb><rt>いくさ</rt></ruby>をはじめました。

そのとき<ruby><rb>忍熊王</rb><rt>おしくまのみこ</rt></ruby>の<ruby><rb>軍勢</rb><rt>ぐんぜい</rt></ruby>には、<ruby><rb>伊佐比宿禰</rb><rt>いさひのすくね</rt></ruby>というものが<ruby><rb>総大将</rb><rt>そうたいしょう</rt></ruby>になっていました。それに対して皇后方からは<ruby><rb>建振熊命</rb><rt>たけふるくまのみこと</rt></ruby>という強い人が将軍となって<ruby><rb>攻</rb><rt>せ</rt></ruby>めかけました。

<ruby><rb>建振熊命</rb><rt>たけふるくまのみこと</rt></ruby>は見る見るうちに<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>の軍勢を負かし<ruby><rb>崩</rb><rt>くず</rt></ruby>して、ぐんぐんと、どこまでも追っかけて行きました。すると敵は<ruby><rb>山城</rb><rt>やましろ</rt></ruby>でふみ<ruby><rb>止</rb><rt>とど</rt></ruby>まって、<ruby><rb>頑固</rb><rt>がんこ</rt></ruby>に<ruby><rb>防</rb><rt>ふせ</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>戦</rb><rt>いくさ</rt></ruby>をしだしました。

<ruby><rb>建振熊命</rb><rt>たけふるくまのみこと</rt></ruby>は、何をと言いながら、死にもの<ruby><rb>狂</rb><rt>ぐる</rt></ruby>いで攻めかけ攻めかけしました。しかし、どんなにあせっても敵はそれなりひと足も<ruby><rb>退</rb><rt>ひ</rt></ruby>こうとはしませんでした。

<ruby><rb>建振熊命</rb><rt>たけふるくまのみこと</rt></ruby>は、しまいには、これでは<ruby><rb>果</rb><rt>は</rt></ruby>てしがないと思い直して、急に味方の兵をひきまとめるといっしょに、向こうの軍勢に向かって、

「実は皇后が急におなくなりになったので、われわれはもう<ruby><rb>戦</rb><rt>いくさ</rt></ruby>をする気はない」と申し入れながら、その目の前で<ruby><rb>全軍</rb><rt>ぜんぐん</rt></ruby>の<ruby><rb>兵士</rb><rt>へいし</rt></ruby>たちに<ruby><rb>弓</rb><rt>ゆみ</rt></ruby>の<ruby><rb>弦</rb><rt>つる</rt></ruby>をことごとく<ruby><rb>断</rb><rt>た</rt></ruby>ち<ruby><rb>切</rb><rt>き</rt></ruby>らせて、さもほんとうのように、<ruby><rb>伊佐比宿禰</rb><rt>いさひのすくね</rt></ruby>に<ruby><rb>降参</rb><rt>こうさん</rt></ruby>をしました。

すると<ruby><rb>伊佐比宿禰</rb><rt>いさひのすくね</rt></ruby>はそれですっかり気をゆるして、自分のほうもひとまずみんなに弓の<ruby><rb>弦</rb><rt>つる</rt></ruby>をはずさせ、いっさいの<ruby><rb>戦</rb><rt>いくさ</rt></ruby>道具をも<ruby><rb>片</rb><rt>かた</rt></ruby>づけさせてしまいました。

<ruby><rb>建振熊命</rb><rt>たけふるくまのみこと</rt></ruby>はそれを見すまして、

「それッ」と合い図をしますと、部下の兵たちは、<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>の中に<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>していた、かけがえの弦を取り出して<ruby><rb>瞬</rb><rt>またた</rt></ruby>くまに弓を張って、

「うわッ」と、<ruby><rb>哄</rb><rt>とき</rt></ruby>を上げて攻めかかりました。

敵はまんまと不意を<ruby><rb>討</rb><rt>う</rt></ruby>たれて、総くずれになってにげ出しました。<ruby><rb>建振熊命</rb><rt>たけふるくまのみこと</rt></ruby>は勝に乗じてどんどんと追いまくって行きました。

すると<ruby><rb>敵勢</rb><rt>てきぜい</rt></ruby>は<ruby><rb>近江</rb><rt>おうみ</rt></ruby>の<ruby><rb>逢坂</rb><rt>おうさか</rt></ruby>というところまでにげのびて、そこでいったん<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>み<ruby><rb>止</rb><rt>とど</rt></ruby>まって戦いましたが、また攻めくずされて、ちりぢりににげて行きました。

<ruby><rb>建振熊命</rb><rt>たけふるくまのみこと</rt></ruby>は、とうとうそれを同じ<ruby><rb>近江</rb><rt>おうみ</rt></ruby>の<ruby><rb>篠波</rb><rt>ささなみ</rt></ruby>というところで追いつめて、敵の兵たいという兵たいを一人ものこさず<ruby><rb>斬</rb><rt>き</rt></ruby>り殺してしまいました。

そのとき<ruby><rb>忍熊王</rb><rt>おしくまのみこ</rt></ruby>と<ruby><rb>伊佐比宿禰</rb><rt>いさひのすくね</rt></ruby>とは、<ruby><rb>危</rb><rt>あやう</rt></ruby>く船に飛び乗って、湖水の中へにげ出しました。

しかしぐずぐずしていると今につかまってしまうのが目に見えていましたので、<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>は<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>に向かって、

さあ、おまえ、

<ruby><rb>振熊</rb><rt>ふるくま</rt></ruby>に殺されるよりも、

<ruby><rb>鳰鳥</rb><rt>かいつぶり</rt></ruby>のように、

この湖水にもぐってしまおうよ。

とお歌いになり、二人でざんぶと飛び<ruby><rb>込</rb><rt>こ</rt></ruby>んで、それなり<ruby><rb>溺</rb><rt>おぼ</rt></ruby>れ死にに死んでおしまいになりました。

## 四

皇后はそれでいよいよめでたく<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>へおかえりになりました。

しかし<ruby><rb>武内宿禰</rb><rt>たけのうちのすくね</rt></ruby>だけは、お小さな天皇をおつれ申して、<ruby><rb>穢</rb><rt>けが</rt></ruby>れ<ruby><rb>払</rb><rt>はら</rt></ruby>いの<ruby><rb>禊</rb><rt>みそぎ</rt></ruby>ということをしに、<ruby><rb>近江</rb><rt>おうみ</rt></ruby>や<ruby><rb>若狹</rb><rt>わかさ</rt></ruby>をまわって、<ruby><rb>越前</rb><rt>えちぜん</rt></ruby>の<ruby><rb>鹿角</rb><rt>つぬが</rt></ruby>というところに仮のお宮を作り、しばらくの間そこに<ruby><rb>滞在</rb><rt>たいざい</rt></ruby>しておりました。

するとその土地に<ruby><rb>祀</rb><rt>まつ</rt></ruby>られておいでになる<ruby><rb>伊奢沙和気大神</rb><rt>いささわけのおおかみ</rt></ruby>という神さまが、あるばん<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>の夢に現われていらしって、

「わしの名を、お小さい天皇のお名と取りかえてくれぬか」とおっしゃいました。

<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>は、

「それはもったいないおおせでございます。どうもありがとう存じます」とお答え申しました。<ruby><rb>大神</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>は、「それでは、<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>お供をして海ばたへ来るがよい。名を取りかえてくださったお礼を上げようから」とおっしゃいました。

それであくる朝早く、天皇をおつれ申して海岸へ出て見ますと、みんな鼻の先に<ruby><rb>傷</rb><rt>きず</rt></ruby>をうけた、それはそれはたいそうな<ruby><rb>海豚</rb><rt>いるか</rt></ruby>が、浜じゅうへいっぱいうち上げられておりました。

<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>はさっそくお<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>へお使いをたてて、

「食べ料のお<ruby><rb>魚</rb><rt>さかな</rt></ruby>をどっさりありがとう存じます」とお礼を申しあげました。

天皇はそれから<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>へおかえりになりました。

お待ち受けになっていたお母上の皇后は、それはそれは大喜びをなすって、さっそくご用意のお酒を出させて、お祝いのおさかもりをなさいました。

皇后は、

このお酒は、<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>がかもした酒ではない。

薬の神の<ruby><rb>少名彦名神</rb><rt>すくなひこなのかみ</rt></ruby>があなたのご運をお祝いして、

喜びさわいでつくってくだされたお酒だから、

のこさず、すっかりめし上がってください。

さあさあどうぞ。

という意味をお歌いになりました。

<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>は天皇に代わって、

このお酒をつくった人は、

<ruby><rb>鼓</rb><rt>つづみ</rt></ruby>を<ruby><rb>臼</rb><rt>うす</rt></ruby>の上に立てて、

歌いながら、<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いながら、

喜び喜びつくったせいでございますか、

それはそれはたいそうよいお酒で、

いただきますとひとりでに歌いたく、

舞いたくなってまいります。

ああ楽しや。

とお答えの歌を歌いながら、ともどもお喜び申しました。

後の世の人は、この母上の皇后の、いろんな<ruby><rb>雄々</rb><rt>おお</rt></ruby>しい大きなお<ruby><rb>手柄</rb><rt>てがら</rt></ruby>をおほめ申しあげて、お名まえを特に<ruby><rb>神功皇后</rb><rt>じんぐうこうごう</rt></ruby>とおよび申しております。

  


## 赤い玉

## 一

<ruby><rb>神功皇后</rb><rt>じんぐうこうごう</rt></ruby>のお<ruby><rb>母方</rb><rt>ははかた</rt></ruby>のご先祖については、こういうお話が伝わっています。

それは、この時分からも、もっともっと<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>、<ruby><rb>新羅</rb><rt>しらぎ</rt></ruby>の国の<ruby><rb>阿具沼</rb><rt>あぐぬま</rt></ruby>という<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>のほとりで、ある日一人の女が<ruby><rb>昼寝</rb><rt>ひるね</rt></ruby>をしておりました。すると、ふしぎなことには、日の光がにじのようになって、さっと、その女のお<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>へ<ruby><rb>射</rb><rt>さ</rt></ruby>しました。

それをちょうど通りかかった一人の農夫が見て、へんなこともあるものだと思いながら、それからは、いつもその女のそぶりに目をつけていますと、女はまもなくお腹が大きくなって、一つの赤い玉を生み落としました。農夫はその玉を女からもらって、物につつんで、いつも<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>につけていました。

この農夫は<ruby><rb>谷間</rb><rt>たにま</rt></ruby>に田を作っておりました。ある日農夫は、その田で働いている人たちのたべ物を、うしに負わせて運んで行きますと、その谷間で、<ruby><rb>天日矛</rb><rt>あめのひほこ</rt></ruby>という、この国の王子に出会いました。

王子は農夫がへんなところへうしを引いて行くのを見て、

「これこれ、そちはどうしてそのうしへたべ物などを乗せてこんなところへはいって来たのだ。きっと人に<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れてそのうしも殺して食おうというのであろう」と言いながら、いきなり農夫をつかまえてろうやへつれて行こうとしました。農夫は、

「いえいえ私はけっしてこのうしを殺そうなどとするのではございません。ただこうして<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>たちのたべ物を運んでまいりますだけでございます」と、ほんとうのままを話しました。それでも王子は、

「いやいや、うそだ」と言って、なかなかゆるしてくれないので、農夫は<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>につけている例の赤い玉を出して、それを王子にあげて、やっとのことで放してもらいました。

王子はその玉をおうちへ持って帰って、<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>の間に置いておきました。すると赤い玉が、ふいに一人の美しい娘になりました。王子はその娘を自分のお<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>にもらいました。

そのお嫁は、いつもいろいろの<ruby><rb>珍</rb><rt>めずら</rt></ruby>しいお料理をこしらえて、王子に食べさせていましたが、王子はだんだんにわがままを出して、しまいにはお嫁をひどくののしりとばすようになりました。

するとお嫁のほうではとうとうたまりかねて、

「<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>はもうこれぎり親たちの国へ帰ってしまいます。もともと私は、あなたのような方のお嫁になってばかにされるような女ではありません」と言いながら、そのうちを<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>け出して、小船に乗って、はるばると<ruby><rb>摂津</rb><rt>せっつ</rt></ruby>の<ruby><rb>難波</rb><rt>なにわ</rt></ruby>の<ruby><rb>津</rb><rt>つ</rt></ruby>まで逃げて来ました。この女の人は後に<ruby><rb>阿加流媛</rb><rt>あかるひめ</rt></ruby>という神さまとしてその土地にまつられました。

王子の<ruby><rb>天日矛</rb><rt>あめのひほこ</rt></ruby>は、そのお嫁のあとを追っかけて、とうとう<ruby><rb>難波</rb><rt>なにわ</rt></ruby>の海まで出て来ましたが、そこの海の神がさえぎって、どうしても入れてくれないものですから、しかたなしにひきかえして、<ruby><rb>但馬</rb><rt>たじま</rt></ruby>の方へまわって、そこへ上陸しました。そして、しばらくそこに暮らしているうちに、後にはとうとうその土地の人をお嫁にもらって、そのままそこへいつくことにしました。

この<ruby><rb>天日矛</rb><rt>あめのひほこ</rt></ruby>の七代目の孫にあたる<ruby><rb>高額媛</rb><rt>たかぬひめ</rt></ruby>という人がお生み申したのが、すなわち<ruby><rb>神功皇后</rb><rt>じんぐうこうごう</rt></ruby>のお母上でいらっしゃいました。例の<ruby><rb>垂仁天皇</rb><rt>すいにんてんのう</rt></ruby>のお言いつけによって、<ruby><rb>常世国</rb><rt>とこよのくに</rt></ruby>へたちばなの実を取りに行ったあの<ruby><rb>多遅摩毛理</rb><rt>たじまもり</rt></ruby>は、<ruby><rb>日矛</rb><rt>ひほこ</rt></ruby>の五代目の孫の一人でした。

<ruby><rb>日矛</rb><rt>ひほこ</rt></ruby>はこちらへ<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>って来るときに、りっぱな玉や鏡なぞの<ruby><rb>宝物</rb><rt>ほうもつ</rt></ruby>を<ruby><rb>八品</rb><rt>やしな</rt></ruby>持って来ました。その宝物は、<ruby><rb>伊豆志</rb><rt>いずし</rt></ruby>の<ruby><rb>大神</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>という名まえの神さまにしてまつられることになりました。

## 二

この宝物をまつった神さまに、<ruby><rb>伊豆志乙女</rb><rt>いずしおとめ</rt></ruby>という<ruby><rb>女神</rb><rt>めがみ</rt></ruby>が生まれました。この女神を、いろんな神々たちがお嫁にもらおうとなさいましたが、女神はいやがって、だれのところへも行こうとはしませんでした。

その神たちの中に、秋山の<ruby><rb>下冰男</rb><rt>したびおとこ</rt></ruby>という神がいました。その神が弟の<ruby><rb>春山</rb><rt>はるやま</rt></ruby>の<ruby><rb>霞男</rb><rt>かすみおとこ</rt></ruby>という神に向かって、

「<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>はあの女神をお嫁にしようと思っても、どうしても来てくれない。どうだ、おまえならもらってみせるか」と聞きました。

「<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>ならわけなくもらって来ます」と弟の神は言いました。

「ふふん、きっとか。よし、それではおまえがりっぱにあの<ruby><rb>女神</rb><rt>めがみ</rt></ruby>をもらって見せたら、そのお祝いに、わしの着物をやろう。それからわしの身の<ruby><rb>丈</rb><rt>たけ</rt></ruby>ほどの大がめに酒を<ruby><rb>盛</rb><rt>も</rt></ruby>って、海山の<ruby><rb>珍</rb><rt>めずら</rt></ruby>しいごちそうをそろえて<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>んでやろう、しかし、もしもらいそこねたら、あんな<ruby><rb>広言</rb><rt>こうげん</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>は</rt></ruby>いた<ruby><rb>罰</rb><rt>ばつ</rt></ruby>に、今わしがしてやろうと言ったとおりをわしにしてくれるか」と言いました。

弟の神は、おお、よろしい、それではかけをしようと<ruby><rb>誓</rb><rt>ちか</rt></ruby>いました。そして、おうちへ帰って、そのことをおかあさまにお話しますと、おかあさまの女神は、<ruby><rb>一晩</rb><rt>ひとばん</rt></ruby>のうちに、ふじのつるで、着物からはかまから、くつからくつ下まで織ったり、こしらえたりした上に、やはり同じふじのつるで<ruby><rb>弓</rb><rt>ゆみ</rt></ruby>をこしらえてくれました。

弟の神はその着物やくつをすっかり身につけて、その<ruby><rb>弓矢</rb><rt>ゆみや</rt></ruby>を持って、例の女神のおうちへ出かけて行きました。すると、たちまち、その着物やくつや弓矢にまで、残らず、一度にぱっとふじの花が<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>きそろいました。

弟の神はその弓矢を便所のところへかけておきますと、女神はそれを見つけて、ふしぎに思いながら取りはずして持って行きました。弟の神は、すかさず、そのあとについて女神のへやにはいって、どうぞ<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>のお嫁になってくださいと言いました。そして、とうとうその女神をもらってしまいました。

二人の間には一人子供までできました。

弟の神は、それで兄の神に向かって、

「<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>はあのとおり、ちゃんと<ruby><rb>女神</rb><rt>めがみ</rt></ruby>をもらいました。だから約束のとおり、あなたの着物をください。それからごちそうもどっさりしてください」と言いました。すると兄の神は、弟の神のことをたいそうねたんで、てんで着物もやらないし、ごちそうもしませんでした。

弟の神は、そのことを母上の女神に言いつけました。すると女神は、兄の神を<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>んで、

「おまえはなぜそんなに人をだますのです。この世の中に住んでいる間は、すべてりっぱな神々のなさるとおりをしなければいけません。おまえのように、いやしい人間のまねをする者はそのままにしてはおかれない」と、ひどく<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>りつけました。それから、そこいらの川の中の島にはえているたけを<ruby><rb>伐</rb><rt>き</rt></ruby>って来て、それで目の<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>いあらかごを作り、その中へ、川の石に塩をふりかけて、それをたけの葉につつんだのを入れて、

「この兄の神のようなうそつきは、このたけの葉がしおれるようにしおれてしまえ。この塩がひるようにひからびてしまえ。そして、この石が<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>むように沈み<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れてしまえ」とのろって、そのかごをかまどの上に置かせました。

すると兄の神は、そのたたりで、まる八年の間、ひからびしおれ、<ruby><rb>病</rb><rt>や</rt></ruby>みつかれて、それはそれは苦しい目を見ました。それでとうとう弱り<ruby><rb>果</rb><rt>は</rt></ruby>てて<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>く泣く母上の女神におわびをしました。

女神はそのときやっとのろいをといてやりました。そのおかげで兄の神は、またもとのとおりのじょうぶなからだにかえりました。

  


## <ruby><rb>宇治</rb><rt>うじ</rt></ruby>の<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>し

## 一

お小さな<ruby><rb>応仁天皇</rb><rt>おうじんてんのう</rt></ruby>も、そのうちにすっかりご成人になって、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>明</rb><rt>あきら</rt></ruby>の宮で、ご自身に<ruby><rb>政</rb><rt>まつりごと</rt></ruby>をお聞きになりました。

あるとき、天皇は<ruby><rb>近江</rb><rt>おうみ</rt></ruby>へご<ruby><rb>巡幸</rb><rt>じゅんこう</rt></ruby>になりました。そのお途中で、<ruby><rb>山城</rb><rt>やましろ</rt></ruby>の<ruby><rb>宇治野</rb><rt>うじの</rt></ruby>にお立ちになって、<ruby><rb>葛野</rb><rt>かづの</rt></ruby>の方をご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になりますと、そちらには家々も多く見え、よい土地もどっさりあるのがお目にとまりました。

天皇はそのながめを歌にお歌いになりながら、まもなく<ruby><rb>木幡</rb><rt>こばた</rt></ruby>というところまでおいでになりますと、その村のお道筋で、それはそれは美しい一人の少女にお出会いになりました。

天皇は、

「そちはだれの<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>か」とおたずねになりました。

「私は<ruby><rb>比布礼能意富美</rb><rt>ひふれのおおみ</rt></ruby>と申します者の子で、<ruby><rb>宮主矢河枝媛</rb><rt>みやぬしやかわえひめ</rt></ruby>と申します者でございます」と、その娘はお答え申しました。

すると、天皇は

「ではあす帰りにそちのうちへ行くぞ」とおっしゃいました。

<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>はおうちへ帰って、すべてのことをくわしくおとうさまに話しました。

おとうさまの<ruby><rb>意富美</rb><rt>おおみ</rt></ruby>は、

「それではそのお方は天子さまだ。これはこれはもったいない。そちも十分気をつけて失礼のないようによくおもてなし申しあげよ」と言いきかせました。そしてさっそくうちじゅうを、すみずみまですっかり<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りつけて、ちゃんとお待ち申しておりました。

天皇のおおせのとおり、あくる日お立ちよりになりました。<ruby><rb>意富美</rb><rt>おおみ</rt></ruby>らは<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>れかしこみながら、ごちそうを運んでおもてなしをしました。

天皇は<ruby><rb>矢河枝媛</rb><rt>やかわえひめ</rt></ruby>が<ruby><rb>奉</rb><rt>たてまつ</rt></ruby>るさかずきをお取りになって、

この料理のかには、

<ruby><rb>越前</rb><rt>えちぜん</rt></ruby><ruby><rb>敦賀</rb><rt>つるが</rt></ruby>のかにが、

横ざまにはって、

<ruby><rb>近江</rb><rt>おうみ</rt></ruby>を<ruby><rb>越</rb><rt>こ</rt></ruby>えて来たものか。

わしもその<ruby><rb>近江</rb><rt>おうみ</rt></ruby>から来て、

<ruby><rb>木幡</rb><rt>こばた</rt></ruby>の村でおまえに会った。

おまえの<ruby><rb>後姿</rb><rt>うしろすがた</rt></ruby>は、

<ruby><rb>盾</rb><rt>たて</rt></ruby>のようにすらりとしている。

おまえのきれいな<ruby><rb>歯並</rb><rt>はなみ</rt></ruby>は、

しいの<ruby><rb>実</rb><rt>み</rt></ruby>のように白く光っている。

顔には<ruby><rb>九邇坂</rb><rt>わにざか</rt></ruby>の土を、

そこの土は、

<ruby><rb>上土</rb><rt>うわつち</rt></ruby>は赤く、

<ruby><rb>底土</rb><rt>そこつち</rt></ruby>は赤黒いけれど、

<ruby><rb>中土</rb><rt>なかつち</rt></ruby>の、

ちょうど色のよいのを

<ruby><rb>眉墨</rb><rt>まゆずみ</rt></ruby>にして、

色<ruby><rb>濃</rb><rt>こ</rt></ruby>く<ruby><rb>眉</rb><rt>まゆ</rt></ruby>をかいている。

おまえはほんとうにきれいな子だ。

とこういう意味のお歌を歌っておほめになりました。

天皇は、この美しい<ruby><rb>矢河枝媛</rb><rt>やかわえひめ</rt></ruby>を、後にお<ruby><rb>妃</rb><rt>きさき</rt></ruby>にお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しになりました。このお妃から、<ruby><rb>宇治若郎子</rb><rt>うじのわかいらつこ</rt></ruby>とおっしゃる皇子がお生まれになりました。

天皇には、すべてで、皇子が十一人、皇女が十五人おありになりました。

その中で、天皇は、<ruby><rb>矢河枝媛</rb><rt>やかわえひめ</rt></ruby>のお生み申した<ruby><rb>若郎子皇子</rb><rt>わかいらつこおうじ</rt></ruby>を、いちばんかわいくおぼしめしていらっしゃいました。

あるとき天皇は、その<ruby><rb>若郎子皇子</rb><rt>わかいらつこおうじ</rt></ruby>とはそれぞれお<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>ちがいのお兄上でいらっしゃる<ruby><rb>大山守命</rb><rt>おおやまもりのみこと</rt></ruby>と<ruby><rb>大雀命</rb><rt>おおささぎのみこと</rt></ruby>のお二人をお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しになって、

「おまえたちは、子供は兄と弟とどちらがかわいいものと思うか」とお聞きになりました。

<ruby><rb>大山守命</rb><rt>おおやまもりのみこと</rt></ruby>は、

「それはだれでも兄のほうをかわいくおもいます」と、ぞうさもなくお答えになりました。

しかしお年下の<ruby><rb>大雀命</rb><rt>おおささぎのみこと</rt></ruby>は、お父上がこんなお問いをおかけになるのは、わたしたち二人をおいて、弟の<ruby><rb>若郎子</rb><rt>わかいらつこ</rt></ruby>にお位をお<ruby><rb>譲</rb><rt>ゆず</rt></ruby>りになりたいというおぼしめしに<ruby><rb>相違</rb><rt>そうい</rt></ruby>ないと、ちゃんと、天皇のお心持をおさとりになりました。それでそのおぼしめしに<ruby><rb>添</rb><rt>そ</rt></ruby>うように、

「私は弟のほうがかわいいだろうと思います。兄のほうは、もはや成人しておりますので、何の心配もございませんが、弟となりますと、まだ子供でございますから、かわいそうでございます」とお答えになりました。

天皇は、

「それは<ruby><rb>雀</rb><rt>ささぎ</rt></ruby>の言うとおりである。わしもそう思っている」とおおせになり、なお改めて、

「ではこれから、そちら二人と<ruby><rb>若郎子</rb><rt>わかいらつこ</rt></ruby>と三人のうち、<ruby><rb>大山守</rb><rt>おおやまもり</rt></ruby>は海と山とのことを<ruby><rb>司</rb><rt>つかさど</rt></ruby>れ、<ruby><rb>雀</rb><rt>ささぎ</rt></ruby>はわしを助けて、そのほかのすべての<ruby><rb>政</rb><rt>まつりごと</rt></ruby>をとり行なえよ。それから<ruby><rb>若郎子</rb><rt>わかいらつこ</rt></ruby>には、後にわしのあとを<ruby><rb>継</rb><rt>つ</rt></ruby>いで天皇の位につかせることにしよう」と、こうおっしゃって、ちゃんと、お三人のお役わりをお定めになりました。

<ruby><rb>大山守命</rb><rt>おおやまもりのみこと</rt></ruby>は、後に、このお言いつけにおそむきになって、<ruby><rb>若郎子皇子</rb><rt>わかいらつこおうじ</rt></ruby>を殺そうとさえなさいましたが、ひとり<ruby><rb>大雀命</rb><rt>おおささぎのみこと</rt></ruby>だけは、しまいまで天皇のご命令のとおりにおつくしになりました。

## 二

天皇は<ruby><rb>日向</rb><rt>ひゅうが</rt></ruby>の<ruby><rb>諸県君</rb><rt>もろあがたぎみ</rt></ruby>という者の子に、<ruby><rb>髪長媛</rb><rt>かみながひめ</rt></ruby>という、たいそうきりょうのよい<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>があるとお聞きになりまして、それを<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>へお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>し使いになるつもりで、はるばるとお召しのぼせになりました。

<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>の<ruby><rb>大雀命</rb><rt>おおささぎのみこと</rt></ruby>は、その<ruby><rb>髪長媛</rb><rt>かみながひめ</rt></ruby>が船で<ruby><rb>難波</rb><rt>なにわ</rt></ruby>の<ruby><rb>津</rb><rt>つ</rt></ruby>へ着いたところをご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になり、その美しいのに感心しておしまいになりました。それで<ruby><rb>武内宿禰</rb><rt>たけのうちのすくね</rt></ruby>に向かって、

「こんど<ruby><rb>日向</rb><rt>ひゅうが</rt></ruby>からお召しよせになったあの<ruby><rb>髪長媛</rb><rt>かみながひめ</rt></ruby>を、お父上にお願いして、<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>のお<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>にもらってくれないか」とお<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みになりました。

<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>はかしこまって、すぐにそのことを天皇に申しあげました。

すると天皇は、まもなくお<ruby><rb>酒盛</rb><rt>さかもり</rt></ruby>のお席へ<ruby><rb>大雀命</rb><rt>おおささぎのみこと</rt></ruby>をお召しになりました。そして、美しい<ruby><rb>髪長媛</rb><rt>かみながひめ</rt></ruby>にお酒をつぐかしわの葉をお持たせになって、そのまま<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>におくだしになりました。

天皇はそれといっしょに、

わしが、子どもたちをつれて、

のびるをつみに通り通りする、

あの道ばたのたちばなの木は、

上の<ruby><rb>枝々</rb><rt>えだえだ</rt></ruby>は鳥に<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>され、

下の枝々は人にむしられて、

中の枝にばかり花がさいている。

そのひそかな花の中に、

小さくかくれている実のような、

しとやかなこの<ruby><rb>乙女</rb><rt>おとめ</rt></ruby>なら、

ちょうどおまえに<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>あっている。

さあつれて行け。

という意味をお歌に歌ってお祝いになりました。

<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>はとうから評判にも聞いていた、このきれいな人を、天皇のお許しでお<ruby><rb>妃</rb><rt>きさき</rt></ruby>におもらいになったお<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しさを、同じく歌にお歌いになって、大喜びで<ruby><rb>御前</rb><rt>ごぜん</rt></ruby>をおさがりになりました。

## 三

この天皇の<ruby><rb>御代</rb><rt>みよ</rt></ruby>には、<ruby><rb>新羅</rb><rt>しらぎ</rt></ruby>の国の人がどっさり<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>って来ました。<ruby><rb>武内宿禰</rb><rt>たけのうちのすくね</rt></ruby>はその人々を使って、方々に田へ水を取る池などを<ruby><rb>掘</rb><rt>ほ</rt></ruby>りました。

それから<ruby><rb>百済</rb><rt>くだら</rt></ruby>の国の王からは、おうま一<ruby><rb>頭</rb><rt>とう</rt></ruby>、めうま一頭に<ruby><rb>阿知吉師</rb><rt>あちきし</rt></ruby>という者をつけて<ruby><rb>献上</rb><rt>けんじょう</rt></ruby>し、また刀や大きな鏡なぞをも<ruby><rb>献</rb><rt>けん</rt></ruby>じました。

天皇は<ruby><rb>百済</rb><rt>くだら</rt></ruby>の王に向かって、おまえのところに<ruby><rb>賢</rb><rt>かしこ</rt></ruby>い人があるならばよこすようにとおおせになりました。王はそれでさっそく<ruby><rb>和邇吉師</rb><rt>わにきし</rt></ruby>という学者をよこしてまいりました。

そのとき<ruby><rb>和邇</rb><rt>わに</rt></ruby>は、十<ruby><rb>巻</rb><rt>かん</rt></ruby>の<ruby><rb>論語</rb><rt>ろんご</rt></ruby>という本と、<ruby><rb>千字文</rb><rt>せんじもん</rt></ruby>という一巻の本とを持って来て献上しました。また、いろいろの職工や、かじ屋の<ruby><rb>卓素</rb><rt>たくそ</rt></ruby>という者や、<ruby><rb>機織</rb><rt>はたおり</rt></ruby>の<ruby><rb>西素</rb><rt>さいそ</rt></ruby>という者や、そのほか、酒を造ることのじょうずな<ruby><rb>仁番</rb><rt>にほ</rt></ruby>という者もいっしょに渡って来ました。

天皇はその<ruby><rb>仁番</rb><rt>にほ</rt></ruby>、またの名、<ruby><rb>須須許理</rb><rt>すずこり</rt></ruby>のこしらえたお酒をめしあがりました。そして、

「ああ<ruby><rb>酔</rb><rt>よ</rt></ruby>った、<ruby><rb>須須許理</rb><rt>すずこり</rt></ruby>がかもした酒に心持よく酔った。おもしろく酔った」

という意味の歌をお歌いになりながら、お宮の外へおでましになって、<ruby><rb>河内</rb><rt>かわち</rt></ruby>の方へ行く道のまん中にあった大きな石を、おつえをあげてお打ちになりますと、その石がびっくりして飛びのきました。

## 四

<ruby><rb>天皇</rb><rt>てんのう</rt></ruby>は後にとうとうおん年百三十でおかくれになりました。

それで<ruby><rb>大雀命</rb><rt>おおささぎのみこと</rt></ruby>は、かねておおせつかっていらっしゃるとおり、<ruby><rb>若郎子</rb><rt>わかいらつこ</rt></ruby>をお位におつけしようとなさいました。

ところがお兄上の<ruby><rb>大山守命</rb><rt>おおやまもりのみこと</rt></ruby>は、天皇のおおせ残しにそむいて、<ruby><rb>若郎子</rb><rt>わかいらつこ</rt></ruby>を殺して自分で天下を取ろうとおかかりになり、ひそかに兵をお集めになりだしました。

<ruby><rb>大雀命</rb><rt>おおささぎのみこと</rt></ruby>は、そのことを早くもお聞きつけになったので、すぐに使いを出して、<ruby><rb>若郎子</rb><rt>わかいらつこ</rt></ruby>にお知らせになりました。

<ruby><rb>若郎子</rb><rt>わかいらつこ</rt></ruby>はそれを聞くとびっくりなすって、大急ぎでいろいろの手はずをなさいました。

<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>はまず第一に、<ruby><rb>宇治川</rb><rt>うじがわ</rt></ruby>のほとりへ、こっそりと兵をしのばせておおきになりました。それから、<ruby><rb>宇治</rb><rt>うじ</rt></ruby>の山の上に絹の幕を張り、とばりを立てまわして、一人のご<ruby><rb>家来</rb><rt>けらい</rt></ruby>を、りっぱな皇子のようにしたてて、その<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>が山の下からよく見えるように、とばりの一方をあけて、その中のいすにかけさせておおきになりました。そして、そこへいろいろの家来たちを、うやうやしく出たりはいったりおさせになりました。

ですから、遠くから見ると、だれの目にも、そこには<ruby><rb>若郎子</rb><rt>わかいらつこ</rt></ruby>ご自身がお出むきになっているように見えました。

皇子はそれといっしょに、<ruby><rb>大山守命</rb><rt>おおやまもりのみこと</rt></ruby>が下の川をおわたりになるときに、うまくお乗せするように、船をわざとたった一そうおそなえつけになり、その船の中のすのこには、さなかつらというつる草をついてべとべとの<ruby><rb>汁</rb><rt>しる</rt></ruby>にしたものをいちめんに塗りつけて、人が足を<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>みこむとたちまち<ruby><rb>滑</rb><rt>すべ</rt></ruby>りころぶようなしかけをさせてお置きになりました。

そしてご自分自身は、<ruby><rb>粗末</rb><rt>そまつ</rt></ruby>なぬのの着物をめし、いやしい船頭のようにじょうずにお<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>をお変えになって、かじを<ruby><rb>握</rb><rt>にぎ</rt></ruby>って、その船の中に待ち受けておいでになりました。

すると<ruby><rb>大山守命</rb><rt>おおやまもりのみこと</rt></ruby>は、おひきつれになった兵士を、こっそりそこいらへ<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れさせておおきになり、ご自分は、よろいの上へ、さりげなく、ただのお<ruby><rb>召物</rb><rt>めしもの</rt></ruby>をめして、お一人で川の岸へ出ておいでになりました。

するとそちらの山の上にりっぱな絹のとばりなどが張りつらねてあるのがすぐにお目にとまりました。

<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はそのとばりの中にいかめしくいすにかけている人を、<ruby><rb>若郎子</rb><rt>わかいらつこ</rt></ruby>だと思いこんでおしまいになりました。それでさっそくその船にお乗りになって、向こうへおわたりになりかけました。

命は船頭に向かって、

「おい、あすこの山に大きなておいじしがいるという話だが、ひとつそのししをとりたいものだね。どうだ、おまえとってくれぬか」とお言いになりました。

船頭の皇子は、

「いえ、それはとてもだめでございます」とお答えになりました。

「なぜだめだ」

「あのししは、これまでいろんな人がとろうとしましたが、どうしてもとれません。ですから、いくらあなたが<ruby><rb>欲</rb><rt>ほ</rt></ruby>しいとおぼしめしても、とてもだめでございます」

こうお答えになるうちに、船はもはやちょうど川のまん中あたりへ来ました。すると<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>はいきなり、そこでどしんと船を<ruby><rb>傾</rb><rt>かたむ</rt></ruby>けて、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>をざんぶと川の中へ落としこんでおしまいになりました。

命はまもなく水の上へ浮き出て、顔だけ出して流され流されなさりながら、

ああわしは<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>し流される。

だれかすばやく船を出して、

助けに来てくれよ。

という意味をお歌いになりました。

するとそれといっしょに、さきに<ruby><rb>若郎子</rb><rt>わかいらつこ</rt></ruby>が<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>しておおきになった兵士たちが、わあッと一度に、そちこちからかけだして来て、命を岸へ取りつかせないように、みんなで<ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby>をつがえ<ruby><rb>構</rb><rt>かま</rt></ruby>えて、追い流し追い流ししました。

ですから命はどうすることもおできにならないで、そのまま<ruby><rb>訶和羅前</rb><rt>かわらのさき</rt></ruby>というところまで流れていらしって、とうとうそこでおぼれ死にに死んでおしまいになりました。

<ruby><rb>若郎子</rb><rt>わかいらつこ</rt></ruby>の兵士たちは、ぶくぶくと<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>んだ<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>のお死がいを、かぎで<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>りあててひきあげました。

<ruby><rb>若郎子</rb><rt>わかいらつこ</rt></ruby>はそれをご覧になりながら、

「わしは<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>せ<ruby><rb>勢</rb><rt>ぜい</rt></ruby>の兵たちに、もう矢を<ruby><rb>射</rb><rt>い</rt></ruby><ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>させようか、もう射殺させようかと、いくども思い思いしたけれど、一つにはお父上のことを思いかえし、つぎには妹たちのことを思い出して、同じお一人のお父上の子、同じあの妹たちの兄でありながら、それをむざむざ殺すのはいたわしいので、とうとう矢一本射放すこともできないでしまった」

という意味をお歌いになり、そのまま<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>へおひきあげになりました。

そしてお兄上のお死がいを<ruby><rb>奈良</rb><rt>なら</rt></ruby>の山にお<ruby><rb>葬</rb><rt>ほうむ</rt></ruby>りになりました。

## 五

<ruby><rb>大雀命</rb><rt>おおささぎのみこと</rt></ruby>は、それでいよいよお父上のおおせのとおりに、<ruby><rb>若郎子皇子</rb><rt>わかいらつこおうじ</rt></ruby>にお位におつきになることをおすすめになりました。

しかし皇子は、お父上のおあとはおあにいさまがお<ruby><rb>継</rb><rt>つ</rt></ruby>ぎになるのがほんとうです。おあにいさまをさしおいてお位にのぼるなぞということは、私にはとてもできません。どうぞお許しくださいとおっしゃって、どこまでもお兄上の<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>のお顔をお立てになろうとなさいました。

しかし命は命で、いかなることがあっても、お父上のお言いつけにそむくことはできないとお言いとおしになり、長い間お二人でお<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>いに<ruby><rb>譲</rb><rt>ゆず</rt></ruby>り合っていらっしゃいました。

そのときある<ruby><rb>海人</rb><rt>あま</rt></ruby>が、天皇へ<ruby><rb>献上</rb><rt>けんじょう</rt></ruby>する物を持ってのぼって来ました。

その海人が、<ruby><rb>大雀命</rb><rt>おおささぎのみこと</rt></ruby>のところへ<ruby><rb>伺</rb><rt>うかが</rt></ruby>いますと、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は、それは<ruby><rb>若郎子皇子</rb><rt>わかいらつこおうじ</rt></ruby>に<ruby><rb>奉</rb><rt>たてまつ</rt></ruby>れ、あの方が天皇でいらっしゃるとおっしゃって、お受けつけになりませんし、それではと言って皇子の方へうかがえば、それはお兄上の方へ<ruby><rb>献</rb><rt>けん</rt></ruby>ぜよとおおせになりました。

<ruby><rb>海人</rb><rt>あま</rt></ruby>はあっちへ行ったり、こっちへ来たり、それが二度や三度ではなかったので、とうとう行ったり来たりにくたびれて、しまいにはおんおん<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>きだしてしまいました。そのために、「海人ではないが、自分のものをもてあまして泣く」ということわざさえできました。

お二人はそれほどまでになすって、ごめいめいにお義理をつくしていらっしゃいましたが、そのうちに、<ruby><rb>若郎子皇子</rb><rt>わかいらつこおうじ</rt></ruby>がふいにお<ruby><rb>若死</rb><rt>わかじ</rt></ruby>にをなすったので、<ruby><rb>大雀命</rb><rt>おおささぎのみこと</rt></ruby>もやむをえず、ついにお位におつきになりました。後の代から<ruby><rb>仁徳天皇</rb><rt>にんとくてんのう</rt></ruby>とお<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び申すのがすなわちこの天皇でいらっしゃいます。

  


## <ruby><rb>難波</rb><rt>なにわ</rt></ruby>のお宮

## 一

<ruby><rb>仁徳天皇</rb><rt>にんとくてんのう</rt></ruby>はお位におのぼりになりますと、<ruby><rb>難波</rb><rt>なにわ</rt></ruby>の<ruby><rb>高津</rb><rt>たかつ</rt></ruby>の<ruby><rb>宮</rb><rt>みや</rt></ruby>を皇居にお定めになり、<ruby><rb>葛城</rb><rt>かつらぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>曽都彦</rb><rt>そつひこ</rt></ruby>という人の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>の<ruby><rb>岩野媛</rb><rt>いわのひめ</rt></ruby>という方を改めて皇后にお立てになりました。

天皇がまだ<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby><ruby><rb>大雀命</rb><rt>おおささぎのみこと</rt></ruby>でいらっしゃるとき、ある年<ruby><rb>摂津</rb><rt>せっつ</rt></ruby>の<ruby><rb>日女島</rb><rt>ひめじま</rt></ruby>という島へおいでになって、そこでお<ruby><rb>酒盛</rb><rt>さかもり</rt></ruby>をなすったことがありました。すると、たまたまその島にがんが<ruby><rb>卵</rb><rt>たまご</rt></ruby>をうんでおりました。皇子は、日本でがんが卵をうんだということは、これまで一度もお聞きになったことがないものですから、たいそうふしぎにおぼしめして、あとで<ruby><rb>武内宿禰</rb><rt>たけのうちのすくね</rt></ruby>を<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>して、

「そちは世の中にまれな長命の人であるが、いったい日本でがんが卵をうんだという話を聞いたことがあるか」とこういう意味を歌に歌っておたずねになりました。

<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>は、

「なるほど、それはごもっとものおたずねでございます。私もこれほど長生きをいたしておりますが、今日まで、かつてそういうためしを聞きましたことがございません」と、同じように歌に歌って、こうお答え申しあげた後、おそばにあったお<ruby><rb>琴</rb><rt>こと</rt></ruby>をお借り申して、

「これはきっと、あなたさまがついに天下をお治めになるというめでたい先ぶれに<ruby><rb>相違</rb><rt>そうい</rt></ruby>ございません」と、こういう意味の歌をお<ruby><rb>琴</rb><rt>こと</rt></ruby>をひいて歌いました。<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>はそのとおり、十五人もいらしったごきょうだいの中から、しまいにお父上の天皇のおあとをお<ruby><rb>継</rb><rt>つ</rt></ruby>ぎになりました。

ご<ruby><rb>即位</rb><rt>そくい</rt></ruby>になった後、天皇は、あるとき、高い山におのぼりになって四方の村々をお見しらべになりました。そしてうちしおれておおせになりました。

「見わたすところ、どの村々もただひっそりして、家々からちっとも煙があがっていない。これではいたるところ、人民たちが<ruby><rb>炊</rb><rt>た</rt></ruby>いて食べる物がないほど<ruby><rb>貧窮</rb><rt>ひんきゅう</rt></ruby>しているらしい。どうかこれから三年の間は、しもじもから、いっさい<ruby><rb>租税</rb><rt>そぜい</rt></ruby>をとるな。またすべての働きに使うのを許してやれ」とおおせになりました。

それでそのまる三年の間というものは、<ruby><rb>宮中</rb><rt>きゅうちゅう</rt></ruby>へはどこからも何一つお<ruby><rb>納物</rb><rt>おさめもの</rt></ruby>をしないので、天皇もそれはそれはひどいご不自由をなさいました。たとえばお宮が破れこわれても、お手もとにはそれをおつくろいになるご費用もおありになりませんでした。しかし天皇はそれでも<ruby><rb>寸分</rb><rt>すんぶん</rt></ruby>もおいといにならないで、雨がひどく降るたんびには、おへやの中へおけをひき入れて、ざあざあと<ruby><rb>漏</rb><rt>も</rt></ruby>り入る<ruby><rb>雨</rb><rt>あま</rt></ruby>もれをお受けになり、ご自分自身はしずくのおちないところをお見つけになって、<ruby><rb>御座所</rb><rt>ござしょ</rt></ruby>を移し移ししておしのぎになりました。

それから三年の後に、再び山にのぼってご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になりますと、こんどはせんとはすっかりうって変わって、お目の<ruby><rb>及</rb><rt>およ</rt></ruby>ぶ<ruby><rb>限</rb><rt>かぎ</rt></ruby>り、どの村々にも煙がいっぱい、勢いよく立ちのぼっておりました。天皇はそれをご覧になって、みなの者も、もうすっかりゆたかになったとおっしゃって、ようやくご安心なさいました。そして、そこではじめて<ruby><rb>租税</rb><rt>そぜい</rt></ruby>や<ruby><rb>夫役</rb><rt>ふえき</rt></ruby>をおおせつけになりました。

すると人民は、もう十分にたくわえもできていましたので、お<ruby><rb>納物</rb><rt>おさめもの</rt></ruby>をするにも、使い働きにあがるのにも、それこそ楽々とご用を<ruby><rb>承</rb><rt>うけたまわ</rt></ruby>ることができました。

天皇はしもじもに対して、これほどまでに思いやりの深い方でいらっしゃいました。ですから後の<ruby><rb>代</rb><rt>よ</rt></ruby>からも<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>くお<ruby><rb>慕</rb><rt>した</rt></ruby>い申しあげてそのご<ruby><rb>一代</rb><rt>いちだい</rt></ruby>を<ruby><rb>聖帝</rb><rt>せいてい</rt></ruby>の<ruby><rb>御代</rb><rt>みよ</rt></ruby>とお<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び申しております。

## 二

この天皇の皇后でいらしった<ruby><rb>岩野媛</rb><rt>いわのひめ</rt></ruby>は、それはそれは、たいへんにごしっとのはげしいお方で、ちょっとのことにも、じきに足ずりをして、火がついたようにお騒ぎたてになりました。それですから、<ruby><rb>宮中</rb><rt>きゅうちゅう</rt></ruby>に<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>し使われている婦人たちは、天皇のおへやなぞへは、うっかりはいることもできませんでした。

あるとき天皇はそのころ<ruby><rb>吉備</rb><rt>きび</rt></ruby>といっていた、今の<ruby><rb>備前</rb><rt>びぜん</rt></ruby>、<ruby><rb>備中</rb><rt>びっちゅう</rt></ruby><ruby><rb>地方</rb><rt>ちほう</rt></ruby>の、<ruby><rb>黒崎</rb><rt>くろさき</rt></ruby>というところに、<ruby><rb>海部直</rb><rt>あまのあたえ</rt></ruby>という者の子で、<ruby><rb>黒媛</rb><rt>くろひめ</rt></ruby>というたいそうきりょうのよい<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>がいるとお聞きになり、すぐに<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しのぼせて宮中でお召し使いになりました。

ところが皇后がことごとにつけて、あまりにねたみおいじめになるものですから、<ruby><rb>黒媛</rb><rt>くろひめ</rt></ruby>はたまりかねてとうとうお宮を<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げ出しておうちへ帰ってしまいました。

そのとき天皇は、<ruby><rb>高殿</rb><rt>たかどの</rt></ruby>にお上りになって、その<ruby><rb>黒媛</rb><rt>くろひめ</rt></ruby>の乗っている船が<ruby><rb>難波</rb><rt>なにわ</rt></ruby>の港を出て行くのをご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になりながら、

かわいそうに、あそこに<ruby><rb>黒媛</rb><rt>くろひめ</rt></ruby>がかえって行く。

あの<ruby><rb>沖</rb><rt>おき</rt></ruby>に、たくさんの<ruby><rb>小船</rb><rt>こぶね</rt></ruby>にまじって、あの女の船が出て行くよ。

とこういう意味のお歌をお歌いになりました。

すると皇后は、そのことをお聞きになって、ひどく<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>っておしまいになり、すぐに人をやって、<ruby><rb>黒媛</rb><rt>くろひめ</rt></ruby>をむりやりに船からひきおろさせて、はるかな<ruby><rb>吉備</rb><rt>きび</rt></ruby>の国まで、わざと歩いておかえしになりました。

天皇はその後も、<ruby><rb>黒媛</rb><rt>くろひめ</rt></ruby>のことをしじゅうあわれに思い思いお暮らしになっていました。そんなわけで、天皇はついにある日、<ruby><rb>淡路島</rb><rt>あわじしま</rt></ruby>を見に行くとおっしゃって皇后のお手前をおつくろいになり、いったんその島へいらしったうえ、そこから、<ruby><rb>黒媛</rb><rt>くろひめ</rt></ruby>をたずねて、こっそり<ruby><rb>吉備</rb><rt>きび</rt></ruby>まで、おくだりになりました。

<ruby><rb>黒媛</rb><rt>くろひめ</rt></ruby>は天皇を<ruby><rb>山方</rb><rt>やまかた</rt></ruby>というところへおつれ申しました。そして、<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>し上がり物にあつものをこしらえてさしあげようと思いまして、あおなをつみに出ました。すると天皇もいっしょに出てご覧になり、たいそうお<ruby><rb>興</rb><rt>きょう</rt></ruby>深くおぼしめして、そのお心持をお歌にお歌いになりました。

天皇がいよいよお立ちになるときには、<ruby><rb>黒媛</rb><rt>くろひめ</rt></ruby>もお別れの歌を歌いました。<ruby><rb>媛</rb><rt>ひめ</rt></ruby>は天皇がわざわざそんなになすって、<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れ隠れてまでおたずねくだすったもったいなさを、一生お<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れ申すことができませんでした。

## 三

皇后はその後、ある<ruby><rb>宴会</rb><rt>えんかい</rt></ruby>をおもよおしになるについて、そのお酒をおつぎになる<ruby><rb>御綱柏</rb><rt>みつながしわ</rt></ruby>というかしわの葉をとりに、わざわざ<ruby><rb>紀伊国</rb><rt>きいのくに</rt></ruby>までお出かけになったことがありました。

そのおるすの間、天皇のおそばには<ruby><rb>八田若郎女</rb><rt>やたのわかいらつめ</rt></ruby>という<ruby><rb>女官</rb><rt>じょかん</rt></ruby>がお仕え申しておりました。

皇后はまもなく<ruby><rb>御綱柏</rb><rt>みつながしわ</rt></ruby>の葉をお船につんで、<ruby><rb>難波</rb><rt>なにわ</rt></ruby>へ向かって帰っていらっしゃいました。そのお途中で、お供の中のある女たちの乗っている船が、皇后のお船におくれて行き行きするうちに、<ruby><rb>難波</rb><rt>なにわ</rt></ruby>の<ruby><rb>大渡</rb><rt>おおわたり</rt></ruby>という海まで来ますと、向こうから一そうの船が来かかりました。その中には、<ruby><rb>高津</rb><rt>たかつ</rt></ruby>のお宮のお飲み水を取る役所で働いていた、<ruby><rb>吉備</rb><rt>きび</rt></ruby>の生まれの、ある<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby>の低い<ruby><rb>仕丁</rb><rt>よぼろ</rt></ruby>で、おいとまをいただいておうちへ帰るのが、乗り合わせておりました。その者が船のすれちがいに、

「天皇さまは、このごろ<ruby><rb>八田若郎女</rb><rt>やたのわかいらつめ</rt></ruby>がすっかりお気に入りで、それはそれはたいそうごちょう愛になっているよ」としゃべって行きました。それを聞いた女どもはわざわざ大急ぎで皇后のお船に追いついて、そのことを皇后のお耳に入れました。

そうすると、例のご<ruby><rb>気性</rb><rt>きしょう</rt></ruby>の皇后は、たちまちじりじりなすって、せっかくそこまで持っておかえりになった<ruby><rb>御綱柏</rb><rt>みつながしわ</rt></ruby>の葉を、すっかり海へ投げすてておしまいになりました。それからまもなく船はこちらへ帰りつきましたが、皇后は<ruby><rb>若郎女</rb><rt>わかいらつめ</rt></ruby>のことをお考えになればなるほどおくやしくて、そのお<ruby><rb>腹立</rb><rt>はらだ</rt></ruby>ちまぎれに、港へおつけにならないで、ずんずん船を<ruby><rb>堀江</rb><rt>ほりえ</rt></ruby>へお入れになり、そこから<ruby><rb>淀川</rb><rt>よどがわ</rt></ruby>をのぼって<ruby><rb>山城</rb><rt>やましろ</rt></ruby>まで行っておしまいになりました。

その時皇后は、

「私はあんまりにくらしくてたまらないので、こんなにあてもなく<ruby><rb>山城</rb><rt>やましろ</rt></ruby>の川をのぼって来たものの、思えばやっぱり天皇のおそばがなつかしい。今この目の前の川べりには、<ruby><rb>鳥葉樹</rb><rt>さしぶのき</rt></ruby>がはえている。その木の下には、<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>った、<ruby><rb>広葉</rb><rt>ひろは</rt></ruby>のつばきがてかてかとまっかに<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>いている。ああ、あの花のように<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>きに<ruby><rb>充</rb><rt>み</rt></ruby>ち、あの広葉のようにお心広く、おやさしくいらっしゃる天皇を、どうして私はおしたわしく思わないでいられよう」とこういう意味のお歌をお歌いになりました。

しかしそれかといってこのまま急にお宮へお帰りになるのも少しいまいましくおぼしめすので、とうとう船からおあがりになって、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の方へおまわりになりました。

そのときにも皇后は、

「<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>はとうとう<ruby><rb>山城川</rb><rt>やましろがわ</rt></ruby>をのぼり、<ruby><rb>奈良</rb><rt>なら</rt></ruby>や<ruby><rb>小楯</rb><rt>おだて</rt></ruby>をも通りすぎて、こんなにあちこちさまよってはいるけれど、それもどこをひとつ見たいのでもない。見たいのは<ruby><rb>高津</rb><rt>たかつ</rt></ruby>のお宮よりほかにはなんにもない」という意味をお歌いになりました。

それからまた<ruby><rb>山城</rb><rt>やましろ</rt></ruby>へひきかえして、<ruby><rb>筒木</rb><rt>つつき</rt></ruby>というところへおいでになり、そこに住まっている<ruby><rb>朝鮮</rb><rt>ちょうせん</rt></ruby>の<ruby><rb>帰化人</rb><rt>きかじん</rt></ruby>の<ruby><rb>奴里能美</rb><rt>ぬりのみ</rt></ruby>という者のおうちへおとどまりになりました。

天皇はすべてのことをお聞きになりますと、<ruby><rb>鳥山</rb><rt>とりやま</rt></ruby>という<ruby><rb>舎人</rb><rt>とねり</rt></ruby>に向かって、

「おまえ早く行って会ってこい」という意味をお歌でおっしゃって、皇后のところへおつかわしになりました。そのつぎには、<ruby><rb>丸邇臣口子</rb><rt>わにのおみくちこ</rt></ruby>という者をお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しになって、

「皇后はあんなにいつまでもすねて、お宮へもかえって来ないけれど、しかし心の中ではわしのことを思っているに<ruby><rb>相違</rb><rt>そうい</rt></ruby>ない。二人の間であるものを、そんなに<ruby><rb>意地</rb><rt>いじ</rt></ruby>を張らないでもよいであろうに」という意味を二つのお歌にお歌いになって、また改めて<ruby><rb>口子</rb><rt>くちこ</rt></ruby>をお迎えにおやりになりました。

お使いの<ruby><rb>口子</rb><rt>くちこ</rt></ruby>は、<ruby><rb>奴里能美</rb><rt>ぬりのみ</rt></ruby>のおうちへ着きますと、天皇のそのお歌をかたときも早く皇后に申しあげようと思いまして、<ruby><rb>御座所</rb><rt>ござしょ</rt></ruby>のお<ruby><rb>庭先</rb><rt>にわさき</rt></ruby>へうかがいました。

そのときにちょうどひどい大雨がざあざあ降っておりました。<ruby><rb>口子</rb><rt>くちこ</rt></ruby>はその雨の中をもいとわず、皇后のおへやの前の<ruby><rb>地</rb><rt>じ</rt></ruby>びたへ<ruby><rb>平伏</rb><rt>へいふく</rt></ruby>しますと、皇后は、つんとして、いきなり後ろの戸口の方へ立って行っておしまいになりました。<ruby><rb>口子</rb><rt>くちこ</rt></ruby>は<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>る怖るそちらがわにまわって平伏しました。そうすると皇后はまたついと前の方の戸口へ来ておしまいになりました。<ruby><rb>口子</rb><rt>くちこ</rt></ruby>はあっちへ行ったりこっちへ来たりして土の上にひざまずいているうちに、雨はいよいよどしゃぶりに降りつのって、そのたまり水が<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>まで<ruby><rb>浸</rb><rt>ひた</rt></ruby>すほどになりました。<ruby><rb>口子</rb><rt>くちこ</rt></ruby>は赤いひものついた、あい<ruby><rb>染</rb><rt>ぞ</rt></ruby>めの<ruby><rb>上着</rb><rt>うわぎ</rt></ruby>を着ておりましたが、そのひもがびしょびしょになって赤い色がすっかり流れ出したので、しまいには青い着物もまっかに染まってしまいました。

そのとき皇后のおそばには、<ruby><rb>口子</rb><rt>くちこ</rt></ruby>の妹の<ruby><rb>口媛</rb><rt>くちひめ</rt></ruby>という者がお<ruby><rb>仕</rb><rt>つか</rt></ruby>え申しておりました。<ruby><rb>口媛</rb><rt>くちひめ</rt></ruby>はおにいさまのそのありさまを見て、

「まあおかわいそうに、あんなにまでしておものを申しあげようとしているのに、見ている私には<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>がこぼれてくる」

という意味を歌に歌いました。

皇后はそれをお聞きになって、

「兄とはだれのことか」とおたずねになりました。

「さっきから、あすこに、水の中にひれ<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>しておりますのが私の兄の<ruby><rb>口子</rb><rt>くちこ</rt></ruby>でございます」と、<ruby><rb>口媛</rb><rt>くちひめ</rt></ruby>は涙をおさえてお答え申しました。

<ruby><rb>口子</rb><rt>くちこ</rt></ruby>はそのあとで、<ruby><rb>口媛</rb><rt>くちひめ</rt></ruby>と<ruby><rb>奴里能美</rb><rt>ぬりのみ</rt></ruby>の二人に相談して、これはどうしても天皇にこちらへいらしっていただくよりほかには手だてがあるまいと、こう話を決めました。そこで<ruby><rb>口子</rb><rt>くちこ</rt></ruby>は急いでお宮へかえって申しあげました。

「まいりまして、すっかりわけをお聞き申しますと、皇后さまがあちらへお出向きになりましたのは、<ruby><rb>奴里能美</rb><rt>ぬりのみ</rt></ruby>のうちに<ruby><rb>珍</rb><rt>めずら</rt></ruby>しい虫を<ruby><rb>飼</rb><rt>か</rt></ruby>っておりますので、ただそれをご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になるためにおでかけになりましたのでございます。そのほかにはけっしてなんのわけもおありにはなりません。その虫と申しますのは、はじめははう虫でいますのが、つぎには<ruby><rb>卵</rb><rt>たまご</rt></ruby>になり、またそのつぎには飛ぶ虫になりまして、順々に三度<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>をかえる、きたいな虫だそうでございます」と、<ruby><rb>口子</rb><rt>くちこ</rt></ruby>は子供でも心得ているかいこのことを、わざと<ruby><rb>珍</rb><rt>めずら</rt></ruby>しそうに、じょうずにこう申しあげました。

すると天皇は、

「そうか、そんなおもしろい虫がいるなら、わしも見に行こう」とおっしゃって、すぐにお宮をお出ましになり、<ruby><rb>奴里能美</rb><rt>ぬりのみ</rt></ruby>のおうちへ<ruby><rb>行幸</rb><rt>ぎょうこう</rt></ruby>になりました。

<ruby><rb>奴里能美</rb><rt>ぬりのみ</rt></ruby>は、<ruby><rb>口子</rb><rt>くちこ</rt></ruby>が申しあげたとおりの<ruby><rb>三</rb><rt>み</rt></ruby>とおりの虫を、前もって皇后に<ruby><rb>献上</rb><rt>けんじょう</rt></ruby>しておきました。

天皇は皇后のおへやの戸の前にお立ちになって、

「そなたがいつまでも<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>ったりしているので、とうとうみんながここまで出て来なければならなくなった。もうたいていにしてお帰りなさい」とお歌いになり、まもなくおともどもに<ruby><rb>難波</rb><rt>なにわ</rt></ruby>のお宮へご<ruby><rb>還幸</rb><rt>かんこう</rt></ruby>になりました。

天皇はそれといっしょに、<ruby><rb>八田若郎女</rb><rt>やたのわかいらつめ</rt></ruby>においとまをおつかわしになりました。しかしそのかわりには、<ruby><rb>郎女</rb><rt>いらつめ</rt></ruby>の名まえをいつまでも伝え残すために、<ruby><rb>八田部</rb><rt>やたべ</rt></ruby>という部族をおこしらえになりました。

## 四

それからあるとき天皇は、<ruby><rb>女鳥王</rb><rt>めとりのみこ</rt></ruby>という、あるお<ruby><rb>血筋</rb><rt>ちすじ</rt></ruby>の近い方を<ruby><rb>宮中</rb><rt>きゅうちゅう</rt></ruby>にお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しかかえになろうとして、弟さまの<ruby><rb>速総別王</rb><rt>はやぶさわけのみこ</rt></ruby>をお使いにお立てになりました。

<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>はさっそくいらしって、そのおぼしめしをお伝えになりますと、<ruby><rb>女鳥王</rb><rt>めとりのみこ</rt></ruby>はかぶりをふって、

「いえいえ私は<ruby><rb>宮中</rb><rt>きゅうちゅう</rt></ruby>へはお仕え申したくございません。皇后さまがあんなにごしっと深くいらっしゃるので、<ruby><rb>八田若郎女</rb><rt>やたのわかいらつめ</rt></ruby>だってご奉公ができないでさがってしまいましたではございませんか。それよりもこんな私でございますが、どうぞあなたのお<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>にしてくださいまし」とお<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みになりました。

それで<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>はその<ruby><rb>女鳥王</rb><rt>めとりのみこ</rt></ruby>をお嫁になさいました。そして天皇に対しては、いつまでもご返事を申しあげないままでいらっしゃいました。

すると天皇は、しまいにご自分で<ruby><rb>女鳥王</rb><rt>めとりのみこ</rt></ruby>のおうちへお出かけになり、戸口のしきいの上にお立ちになってのぞいてご覧になりますと、<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>はちょうど中でお<ruby><rb>機</rb><rt>はた</rt></ruby>を織っていらっしゃいました。

天皇は、

「それはだれの着物を織っているのか」とお歌に歌ってお聞きになりました。すると<ruby><rb>女鳥王</rb><rt>めとりのみこ</rt></ruby>もやはりお歌で、

「これは<ruby><rb>速総別王</rb><rt>はやぶさわけのみこ</rt></ruby>にお着せ申しますのでございます」とお答えになりました。

天皇はそれをお聞きになって、二人のことをすっかりおさとりになり、そのままお宮へおかえりになりました。

<ruby><rb>女鳥王</rb><rt>めとりのみこ</rt></ruby>はそのあとで、まもなく<ruby><rb>速総別王</rb><rt>はやぶさわけのみこ</rt></ruby>が出ていらっしゃいますと、

「もし。あなたさまよ。ひばりでさえもどんどん大空へかけのぼるではございませんか。あなたはお名まえもたかの中のはやぶさと同じでいらっしゃるのに、さあ早くささぎをとり殺しておしまいなさい」とこういう意味をお歌いになりました。それはいうまでもなく、天皇のお名が<ruby><rb>大雀命</rb><rt>おおささぎのみこと</rt></ruby>なので、それをささぎにかよわせて、一ときも早く天皇をお殺し申してご自分でお位におつきになるようにと、<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしい入れぢえをなすったのでした。

そうすると、そのお歌のことが、いつのまにか天皇のお耳にはいりました。天皇はすぐに兵をあつめて<ruby><rb>速総別王</rb><rt>はやぶさわけのみこ</rt></ruby>を殺しにおつかわしになりました。

<ruby><rb>速総別王</rb><rt>はやぶさわけのみこ</rt></ruby>はそれと感づくと、びっくりして、<ruby><rb>女鳥王</rb><rt>めとりのみこ</rt></ruby>といっしょにすばやく<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>へ逃げ出しておしまいになりました。そのお途中、<ruby><rb>倉橋山</rb><rt>くらはしやま</rt></ruby>という<ruby><rb>険</rb><rt>けわ</rt></ruby>しい山をお<ruby><rb>越</rb><rt>こ</rt></ruby>えになるときに、かよわい<ruby><rb>女鳥王</rb><rt>めとりのみこ</rt></ruby>はたいそうご<ruby><rb>難渋</rb><rt>なんじゅう</rt></ruby>をなすって、夫の<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>のお手にすがりすがりして、やっと上までお上りになりました。

お二人はそこからさらに同じ<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>曾爾</rb><rt>そに</rt></ruby>というところまでいらっしゃいますと、天皇の兵がそこまで追いついて、お二人を<ruby><rb>刺</rb><rt>さ</rt></ruby>し殺してしまいました。

そのとき軍勢を<ruby><rb>率</rb><rt>ひき</rt></ruby>いて来たのは<ruby><rb>山辺大楯連</rb><rt>やまべのおおだてのむらじ</rt></ruby>というつわものでした。<ruby><rb>連</rb><rt>むらじ</rt></ruby>は<ruby><rb>女鳥王</rb><rt>めとりのみこ</rt></ruby>のお死がいのお手首に、りっぱなお<ruby><rb>腕飾</rb><rt>うでかざ</rt></ruby>りがついているのを見て、さっそくそれをはぎ取って、自分の<ruby><rb>家内</rb><rt>かない</rt></ruby>に持ってかえってやりました。

そのうちに宮中にあるご<ruby><rb>宴会</rb><rt>えんかい</rt></ruby>があって、臣下の者の妻女たちが、おおぜいお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しにあずかりました。すると<ruby><rb>大楯連</rb><rt>おおだてのむらじ</rt></ruby>の妻は、<ruby><rb>女鳥王</rb><rt>めとりのみこ</rt></ruby>のお腕飾りを<ruby><rb>得意</rb><rt>とくい</rt></ruby>らしく手首に<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>ってまいりました。皇后はそれらの女たちへ、お手ずから、お酒を<ruby><rb>盛</rb><rt>も</rt></ruby>るかしわの葉をおくだしになりました。みんなはかわるがわる<ruby><rb>御前</rb><rt>ごぜん</rt></ruby>へ出て、それをいただいてさがりました。

皇后はそのときに、ふと、<ruby><rb>連</rb><rt>むらじ</rt></ruby>の妻の腕飾りにお目がとまりました。するとそれはかねてお<ruby><rb>見覚</rb><rt>みおぼ</rt></ruby>えのある<ruby><rb>女鳥王</rb><rt>めとりのみこ</rt></ruby>のお<ruby><rb>持物</rb><rt>もちもの</rt></ruby>でしたので皇后はにわかにお顔色をお変えになり、この女にばかりはかしわの葉をおくだしにならないで、そのまますぐにご<ruby><rb>宴席</rb><rt>えんせき</rt></ruby>から追い出しておしまいになりました。そしてさっそく夫の<ruby><rb>連</rb><rt>むらじ</rt></ruby>をお<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>びつけになって、

「そちは人の腕飾りをぬすんで来て家内にやったろう。あの<ruby><rb>速総別</rb><rt>はやぶさわけ</rt></ruby>と<ruby><rb>女鳥</rb><rt>めとり</rt></ruby>の二人は、天皇に対して<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしい大罪を犯そうとしたのだから、かれたちが殺されたのはもとよりあたりまえである。しかしそちなぞからいえば、二人とも目上の<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>たちではないか。その人が身につけている物を、死んでまだ<ruby><rb>膚</rb><rt>はだ</rt></ruby>のあたたかいうちにはぎとって、それをおのれの妻に<ruby><rb>与</rb><rt>あた</rt></ruby>えるなぞと、まあ、よくもそんなひどいことができたね」とおっしゃって、ぐんぐんおいじめつけになったうえ、ようしゃなくすぐ<ruby><rb>死刑</rb><rt>しけい</rt></ruby>に行なわせておしまいになりました。

## 五

この天皇の<ruby><rb>御代</rb><rt>みよ</rt></ruby>に、<ruby><rb>兎寸川</rb><rt>とさがわ</rt></ruby>というある川の西に、大きな大きな大木が一本立っておりました。いつも朝日がさすたんびに、その木の<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>が<ruby><rb>淡路</rb><rt>あわじ</rt></ruby>の島までとどき、<ruby><rb>夕日</rb><rt>ゆうひ</rt></ruby>が当たると、<ruby><rb>河内</rb><rt>かわち</rt></ruby>の<ruby><rb>高安山</rb><rt>たかやすやま</rt></ruby>よりももっと上まで影がさしました。

土地の者はその木を切って船をこしらえました。するとそれはそれはたいそう早く走れる船ができました。みんなその船に「<ruby><rb>枯野</rb><rt>からぬ</rt></ruby>」という名前をつけました。そして朝晩それに乗って、<ruby><rb>淡路島</rb><rt>あわじしま</rt></ruby>のわき出るきれいな水をくんで来ては、それを<ruby><rb>宮中</rb><rt>きゅうちゅう</rt></ruby>のお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>し料にさしあげておりました。

後にみんなは、その船が古びこわれたのを燃やして塩を焼き、その焼け残った木で<ruby><rb>琴</rb><rt>こと</rt></ruby>を作りました。その琴をひきますと、音が遠く七つの村々まで<ruby><rb>響</rb><rt>ひび</rt></ruby>いたということです。

天皇はついにおん年八十三でおかくれになりました。

  


## <ruby><rb>大鈴</rb><rt>おおすず</rt></ruby><ruby><rb>小鈴</rb><rt>こすず</rt></ruby>

## 一

<ruby><rb>仁徳天皇</rb><rt>にんとくてんのう</rt></ruby>には<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>が五人、<ruby><rb>皇女</rb><rt>おうじょ</rt></ruby>が一人おありになりました。その中で<ruby><rb>伊邪本別</rb><rt>いざほわけ</rt></ruby>、<ruby><rb>水歯別</rb><rt>みずはわけ</rt></ruby>、<ruby><rb>若子宿禰</rb><rt>わくごのすくね</rt></ruby>のお<ruby><rb>三方</rb><rt>さんかた</rt></ruby>がつぎつぎに天皇のお位におのぼりになりました。

いちばんのお兄上の<ruby><rb>伊邪本別皇子</rb><rt>いざほわけのおうじ</rt></ruby>は、お父上の<ruby><rb>亡</rb><rt>な</rt></ruby>きおあとをおつぎになって、同じ<ruby><rb>難波</rb><rt>なにわ</rt></ruby>のお宮で、<ruby><rb>履仲天皇</rb><rt>りちゅうてんのう</rt></ruby>としてお位におつきになりました。

そのご<ruby><rb>即位</rb><rt>そくい</rt></ruby>のお祝いのときに、天皇はお酒をどっさり<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しあがって、ひどくお<ruby><rb>酔</rb><rt>よ</rt></ruby>いになったままおやすみになりました。

すると、じき下の弟さまの<ruby><rb>中津王</rb><rt>なかつのみこ</rt></ruby>が、それをしおに天皇をお殺し申してお位を取ろうとおぼしめして、いきなりお宮へ火をおつけになりました。火の手は、たちまちぼうぼうと四方へ燃え広がりました。お宮じゅうの者はふいをくって大あわてにあわて<ruby><rb>騒</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎました。

天皇は、それでもまだ前後もなくおよっていらっしゃいました。それを<ruby><rb>阿知直</rb><rt>あちのあたえ</rt></ruby>という者が、すばやくお<ruby><rb>抱</rb><rt>かか</rt></ruby>え申しあげ、むりやりにうまにお乗せ申して、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>へ向かって<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げ出して行きました。

お酔いつぶれになっていた天皇は、<ruby><rb>河内</rb><rt>かわち</rt></ruby>の<ruby><rb>多遅比野</rb><rt>たじひの</rt></ruby>というところまでいらしったとき、やっとおうまの上でお目ざめになり、

「ここはどこか」とおたずねになりました。<ruby><rb>阿知直</rb><rt>あちのあたえ</rt></ruby>は、

「<ruby><rb>中津王</rb><rt>なかつのみこ</rt></ruby>がお宮へ火をお放ちになりましたので、ひとまず<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の方へお<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>をしてまいりますところでございます」とお答え申しました。

天皇はそれをお聞きになって、はじめてびっくりなさり、

「ああ、こんな<ruby><rb>多遅比</rb><rt>たじひ</rt></ruby>の野の中に<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>るのだとわかっていたら、<ruby><rb>夜風</rb><rt>よかぜ</rt></ruby>を防ぐたてごもなりと持って来ようものを」

と、こういう意味のお歌をお歌いになりました。

それから<ruby><rb>埴生坂</rb><rt>はにうざか</rt></ruby>という坂までおいでになりまして、そこから、はるかに<ruby><rb>難波</rb><rt>なにわ</rt></ruby>の方をふりかえってご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になりますと、お宮の火はまだ<ruby><rb>炎々</rb><rt>えんえん</rt></ruby>とまっかに燃え立っておりました。天皇は、

「ああ、あんなに多くの家が燃えている。わが<ruby><rb>妃</rb><rt>きさき</rt></ruby>のいるお宮も、あの中に焼けているのか」という意味をお歌いになりました。

それから同じ<ruby><rb>河内</rb><rt>かわち</rt></ruby>の<ruby><rb>大坂</rb><rt>おおさか</rt></ruby>という山の下へおつきになりますと、向こうから一人の女が通りかかりました。その女に道をおたずねになりますと、女は、

「この山の上には、<ruby><rb>戦道具</rb><rt>いくさどうぐ</rt></ruby>を持った人たちがおおぜいで道をふさいでおります。<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の方へおいでになりますのなら、<ruby><rb>当麻道</rb><rt>たじまじ</rt></ruby>からおまわりになりましたほうがよろしゅうございましょう」と申しあげました。

天皇はその女の言うとおりになすって、ご無事に<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>へおはいりになり、<ruby><rb>石上</rb><rt>いそのかみ</rt></ruby>の<ruby><rb>神宮</rb><rt>じんぐう</rt></ruby>へお着きになって、仮にそこへおとどまりになりました。

すると二ばんめの弟さまの<ruby><rb>水歯別王</rb><rt>みずはわけのみこ</rt></ruby>が、その神宮へおうかがいになって、天皇におめみえをしようとなさいました。天皇はおそばの者をもって、

「そちもきっと<ruby><rb>中津王</rb><rt>なかつのみこ</rt></ruby>と<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>を合わせているのであろう。目どおりは許されない」とおおせになりました。<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>は、

「いえいえ私はそんなまちがった心は持っておりません。けっして<ruby><rb>中津王</rb><rt>なかつのみこ</rt></ruby>なぞと<ruby><rb>同腹</rb><rt>どうふく</rt></ruby>ではございません」とお言いになりました。天皇は、

「それならば、これから<ruby><rb>難波</rb><rt>なにわ</rt></ruby>へかえって、<ruby><rb>中津王</rb><rt>なかつのみこ</rt></ruby>を<ruby><rb>討</rb><rt>う</rt></ruby>ちとってまいれ。その上で対面しよう」とおっしゃいました。

## 二

<ruby><rb>水歯別王</rb><rt>みずはわけのみこ</rt></ruby>は、大急ぎでこちらへおかえりになりました。そして<ruby><rb>中津王</rb><rt>なかつのみこ</rt></ruby>のおそばに仕えている、<ruby><rb>曾婆加里</rb><rt>そばかり</rt></ruby>というつわものをお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しになって、

「もしそちがわしの言うことを聞いてくれるなら、わしはまもなく天皇になって、そちを大臣にひきあげてやる。どうだ、そうして二人で天下を治めようではないか」とじょうずにおだましかけになりました。すると<ruby><rb>曾婆加里</rb><rt>そばかり</rt></ruby>は大喜びで、

「あなたのおおせなら、どんなことでもいたします」

と申しあげました。<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>はその<ruby><rb>曾婆加里</rb><rt>そばかり</rt></ruby>にさまざまのお品物をおくだしになったうえ、

「それでは、そちが仕えているあの<ruby><rb>中津王</rb><rt>なかつのみこ</rt></ruby>を殺してまいれ」とお言いつけになりました。<ruby><rb>曾婆加里</rb><rt>そばかり</rt></ruby>は、

「かしこまりました」と、ぞうさもなくおひき受けして飛んでかえり、<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>がかわやにおはいりになろうとするところを待ち受けて、<ruby><rb>一刺</rb><rt>ひとさ</rt></ruby>しに<ruby><rb>刺</rb><rt>さ</rt></ruby>し殺してしまいました。

<ruby><rb>水歯別王</rb><rt>みずはわけのみこ</rt></ruby>は、<ruby><rb>曾婆加里</rb><rt>そばかり</rt></ruby>とごいっしょに、すぐに<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>へ向かってお立ちになりました。その途中、例の<ruby><rb>大坂</rb><rt>おおさか</rt></ruby>の山の下までおいでになったとき、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>はつくづくお考えになりました。

「この<ruby><rb>曾婆加里</rb><rt>そばかり</rt></ruby>めは、<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>のためには大きな<ruby><rb>手柄</rb><rt>てがら</rt></ruby>を立てたやつではあるが、かれ一人からいえば、主人を殺した大悪人である。こんなやつをこのままおくと、さきざきどんな<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしいことをしだすかわからない。今のうちに手早くかたづけてしまってやろう。しかし、<ruby><rb>手柄</rb><rt>てがら</rt></ruby>だけはどこまでも<ruby><rb>賞</rb><rt>ほ</rt></ruby>めておいてやらないと、これから後、人が<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>を信じてくれなくなる」

こうお思いになって急にその手だてをお考えさだめになりました。それで<ruby><rb>曾婆加里</rb><rt>そばかり</rt></ruby>に向かって、

「<ruby><rb>今晩</rb><rt>こんばん</rt></ruby>はこの村へとまることにしよう。そしてそちに大臣の位をさずけたうえ、あすあちらへおうかがいをしよう」とおっしゃって、にわかにそこへ仮のお宮をおつくりになりました。そしてさかんなご<ruby><rb>宴会</rb><rt>えんかい</rt></ruby>をお開きになって、そのお席で<ruby><rb>曾婆加里</rb><rt>そばかり</rt></ruby>を大臣の位におつけになり、すべての役人たちに言いつけて礼拝をおさせになりました。

<ruby><rb>曾婆加里</rb><rt>そばかり</rt></ruby>はこれでいよいよ思いがかなったと言って<ruby><rb>大得意</rb><rt>だいとくい</rt></ruby>になって喜びました。<ruby><rb>水歯別王</rb><rt>みずはわけのみこ</rt></ruby>は、

「それでは改めて、大臣のおまえと同じさかずきで飲み合おう」とおっしゃりながら、わざと人の顔よりも大きなさかずきへなみなみとおつがせになりました。そして、まずご自分で一口めしあがった後、<ruby><rb>曾婆加里</rb><rt>そばかり</rt></ruby>におくだしになりました。<ruby><rb>曾婆加里</rb><rt>そばかり</rt></ruby>はそれをいただいて、がぶがぶと飲みはじめました。

<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>は<ruby><rb>曾婆加里</rb><rt>そばかり</rt></ruby>の<ruby><rb>目顔</rb><rt>めがお</rt></ruby>がそのさかずきで<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れるといっしょに、かねてむしろの下にかくしておおきになった<ruby><rb>剣</rb><rt>つるぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>き放して、あッというまに<ruby><rb>曾婆加里</rb><rt>そばかり</rt></ruby>の首を切り落としておしまいになりました。

それからあくる日そこをお立ちになり、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>遠飛鳥</rb><rt>とおあすか</rt></ruby>という村までおいでになって、そこへまた一<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>おとまりになったうえ、けがれ<ruby><rb>払</rb><rt>ばら</rt></ruby>いのお祈りをなすって、そのあくる日<ruby><rb>石上</rb><rt>いそのかみ</rt></ruby>の神宮へおうかがいになりました。そしておおせつけのとおり、<ruby><rb>中津王</rb><rt>なかつのみこ</rt></ruby>を<ruby><rb>平</rb><rt>たい</rt></ruby>らげてまいりましたとご<ruby><rb>奏上</rb><rt>そうじょう</rt></ruby>になりました。

天皇はそれではじめて<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>を<ruby><rb>御前</rb><rt>ごぜん</rt></ruby>へお通しになりました。それから<ruby><rb>阿知直</rb><rt>あちのあたえ</rt></ruby>に対しても、ごほうびに<ruby><rb>蔵</rb><rt>くら</rt></ruby>の<ruby><rb>司</rb><rt>つかさ</rt></ruby>という役におつけになり、たいそうな<ruby><rb>田地</rb><rt>でんぢ</rt></ruby>をもおくだしになりました。

## 三

天皇は後に<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>若桜宮</rb><rt>わかざくらのみや</rt></ruby>にお移りになり、しまいにおん年六十四でおかくれになりました。そのおあとは、弟さまの<ruby><rb>水歯別王</rb><rt>みずはわけのみこ</rt></ruby>がお<ruby><rb>継</rb><rt>つ</rt></ruby>ぎになりました。後に<ruby><rb>反正天皇</rb><rt>はんしょうてんのう</rt></ruby>とお<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>び申すのがこの天皇のおんことです。

天皇はお身のたけが九<ruby><rb>尺</rb><rt>しゃく</rt></ruby>二寸五<ruby><rb>分</rb><rt>ぶ</rt></ruby>、お歯の<ruby><rb>長</rb><rt>なが</rt></ruby>さが一<ruby><rb>寸</rb><rt>すん</rt></ruby>、<ruby><rb>幅</rb><rt>はば</rt></ruby>が二<ruby><rb>分</rb><rt>ぶ</rt></ruby>おありになりました。そのお歯は上下とも同じようによくおそろいになって、ちょうど玉をつないだようにおきれいでした。<ruby><rb>河内</rb><rt>かわち</rt></ruby>の<ruby><rb>多遅比</rb><rt>たじひ</rt></ruby>の<ruby><rb>柴垣宮</rb><rt>しばがきのみや</rt></ruby>で、<ruby><rb>政</rb><rt>まつりごと</rt></ruby>をおとりになり、おん年六十でおかくれになりました。

## 四

<ruby><rb>反正天皇</rb><rt>はんしょうてんのう</rt></ruby>のおあとには、弟さまの<ruby><rb>若子宿禰王</rb><rt>わくごのすくねのみこ</rt></ruby>が<ruby><rb>允恭天皇</rb><rt>いんきょうてんのう</rt></ruby>としてお位におつきになり、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>遠飛鳥宮</rb><rt>とおあすかのみや</rt></ruby>へお移りになりました。

天皇は、もとからある不治のご病気がおありになりましたので、このからだでは位にのぼることはできないとおっしゃって、はじめには<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>くご<ruby><rb>辞退</rb><rt>じたい</rt></ruby>になりました。しかし、皇后やすべての役人がしいておねがい申すので、やむなくご<ruby><rb>即位</rb><rt>そくい</rt></ruby>になったのでした。

するとまもなく<ruby><rb>新羅国</rb><rt>しらぎのくに</rt></ruby>から、八十一そうの船で<ruby><rb>貢物</rb><rt>みつぎもの</rt></ruby>を<ruby><rb>献</rb><rt>けん</rt></ruby>じて来ました。そのお使いにわたって来た<ruby><rb>金波鎮</rb><rt>こんばちん</rt></ruby>、<ruby><rb>漢起武</rb><rt>かんきむ</rt></ruby>という二人の者が、どちらともたいそう医薬のことに通じておりまして、天皇の<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>い間のご病気を、たちまちおなおし申しあげました。そのために天皇はついにおん年七十八までお生きのびになりました。

天皇は日本じゅうの多くの部族の中で、めいめいいいかげんなかってな<ruby><rb>姓</rb><rt>せい</rt></ruby>を名のっているものが多いのをお<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>きになり、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>のある村へ<ruby><rb>玖訂瓮</rb><rt>くかえ</rt></ruby>といって、にえ湯のたぎっているかまをおすえになって、日本じゅうのすべての<ruby><rb>氏姓</rb><rt>しせい</rt></ruby>を正しくお定めになりました。そのにえ湯の中へ一人一人手を入れさせますと、<ruby><rb>正直</rb><rt>しょうじき</rt></ruby>にほんとうの<ruby><rb>姓</rb><rt>せい</rt></ruby>を名のっている者は、その手がどうにもなりませんが、<ruby><rb>偽</rb><rt>いつわ</rt></ruby>りを申し立てているものは、たちまち手が焼けただれてしまうので、いちいちうそとほんとうとを見わけることができました。

## 五

天皇がおかくれになったあとにはいちばん上の<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>の、<ruby><rb>木梨軽皇子</rb><rt>きなしのかるのおうじ</rt></ruby>がお位におつきになることにきまっておりました。ところが皇子はご<ruby><rb>即位</rb><rt>そくい</rt></ruby>になるまえに、お身持ちの上について、ある言うに言われないまちがいごとをなすったので、<ruby><rb>朝廷</rb><rt>ちょうてい</rt></ruby>のすべての役人やしもじもの人民たちがみんな皇子をおいとい申して、弟さまの<ruby><rb>穴穂王</rb><rt>あなほのみこ</rt></ruby>のほうへついてしまいました。

<ruby><rb>軽皇子</rb><rt>かるのおうじ</rt></ruby>はこれでは、うっかりしていると、<ruby><rb>穴穂王</rb><rt>あなほのみこ</rt></ruby><ruby><rb>方</rb><rt>がた</rt></ruby>からどんなことをしむけるかもわからないとお<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>れになり、<ruby><rb>大前宿禰</rb><rt>おおまえのすくね</rt></ruby>、<ruby><rb>小前宿禰</rb><rt>こまえのすくね</rt></ruby>という、きょうだい二人の大臣のうちへお<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げこみになりました。そしてさっそくいくさ道具をおととのえになり、<ruby><rb>軽矢</rb><rt>かるや</rt></ruby>といって、<ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby>の根を銅でこしらえた矢などをも、どっさりこしらえて、待ちかまえていらっしゃいました。

それに対して、<ruby><rb>穴穂王</rb><rt>あなほのみこ</rt></ruby>のほうでもぬからず<ruby><rb>戦</rb><rt>いくさ</rt></ruby>の<ruby><rb>手配</rb><rt>てくば</rt></ruby>りをなさいました。こちらでも<ruby><rb>穴穂矢</rb><rt>あなほや</rt></ruby>といって、後の<ruby><rb>代</rb><rt>よ</rt></ruby>の矢と同じように鉄の矢じりのついた矢を、どんどんおこしらえになりました。そしてまもなく<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>ご自身が軍務をおひきつれになって、<ruby><rb>大前</rb><rt>おおまえ</rt></ruby>、<ruby><rb>小前</rb><rt>こまえ</rt></ruby>の家をお<ruby><rb>攻</rb><rt>せ</rt></ruby>め<ruby><rb>囲</rb><rt>かこ</rt></ruby>みになりました。

<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>はちょうどそのとき急に降り出したひょうの中を、まっ先に<ruby><rb>突進</rb><rt>とっしん</rt></ruby>して、門前へ<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>しよせていらっしゃいました。

「さあ、みんなもわしのとおり進んで来い。ひょうの雨は今にやむ。そのひょうのやむように、すべてを片づけてしまうのだ。さあ来い来い」という意味をお歌いになって、味方の兵をお招きになりました。

すると<ruby><rb>大前</rb><rt>おおまえ</rt></ruby>、<ruby><rb>小前</rb><rt>こまえ</rt></ruby>の<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>は、手をあげひざをたたいて、歌い<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>りながら出て来ました。

「何をそんなにお<ruby><rb>騒</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎになる。<ruby><rb>宮人</rb><rt>みやびと</rt></ruby>のはかまのすそのひもについた小さな<ruby><rb>鈴</rb><rt>すず</rt></ruby>、たとえばその鈴が落ちたほどの小さなことに、宮人も村の人も、そんなに騒ぐにはおよびますまい」

こういう意味の歌を歌いながら<ruby><rb>穴穂王</rb><rt>あなほのみこ</rt></ruby>のご<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>に出て来て、

「もしあなたさま、<ruby><rb>軽皇子</rb><rt>かるのおうじ</rt></ruby>さまならわざわざお攻めになりますには及びません。ご<ruby><rb>同腹</rb><rt>どうふく</rt></ruby>のお兄上をお攻めになっては人が<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>います。皇子さまは私がめしとってさし出します」と申しあげました。

それで<ruby><rb>穴穂王</rb><rt>あなほのみこ</rt></ruby>は囲みを<ruby><rb>解</rb><rt>と</rt></ruby>いて、ひきあげて待っておいでになりますと、二人の<ruby><rb>宿禰</rb><rt>すくね</rt></ruby>は、ちゃんと<ruby><rb>軽皇子</rb><rt>かるのおうじ</rt></ruby>をおひきたて申してまいりました。

## 六

<ruby><rb>軽皇子</rb><rt>かるのおうじ</rt></ruby>には、<ruby><rb>軽大郎女</rb><rt>かるのおおいらつめ</rt></ruby>とおっしゃるたいそう<ruby><rb>仲</rb><rt>なか</rt></ruby>のよいご<ruby><rb>同腹</rb><rt>どうふく</rt></ruby>のお妹さまがおありになりました。<ruby><rb>大郎女</rb><rt>おおいらつめ</rt></ruby>は<ruby><rb>世</rb><rt>よ</rt></ruby>にまれなお美しい方で、そのきれいなおからだの光がお<ruby><rb>召物</rb><rt>めしもの</rt></ruby>までも通して光っていたほどでしたので、またの名を<ruby><rb>衣通郎女</rb><rt>そとおしのいらつめ</rt></ruby>と<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>ばれていらっしゃいました。

<ruby><rb>穴穂王</rb><rt>あなほのみこ</rt></ruby>の<ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>にお<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>されになった<ruby><rb>軽皇子</rb><rt>かるのおうじ</rt></ruby>は、その仲のよい<ruby><rb>大郎女</rb><rt>おおいらつめ</rt></ruby>のお<ruby><rb>嘆</rb><rt>なげ</rt></ruby>きを思いやって、

「ああ<ruby><rb>郎女</rb><rt>いらつめ</rt></ruby>よ。ひどく<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>くと人が聞いて<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>いそしる。<ruby><rb>羽狹</rb><rt>はさ</rt></ruby>の山のやまばとのように、こっそりと<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>び泣きに泣くがよい」という意味の歌をお歌いになりました。

<ruby><rb>穴穂王</rb><rt>あなほのみこ</rt></ruby>は、<ruby><rb>軽皇子</rb><rt>かるのおうじ</rt></ruby>を、そのまま<ruby><rb>伊予</rb><rt>いよ</rt></ruby>へ島流しにしておしまいになりました。そのとき<ruby><rb>大郎女</rb><rt>おおいらつめ</rt></ruby>は、

「どうぞ浜べをお通りになっても、かきがらをお<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>みになって、けがをなさらないように、よく気をつけてお歩きくださいまし」という意味の歌を、泣き泣きお兄上にお<ruby><rb>捧</rb><rt>ささ</rt></ruby>げになりました。

<ruby><rb>大郎女</rb><rt>おおいらつめ</rt></ruby>はそのおあとでも、お兄上のことばかり案じつづけていらっしゃいましたが、ついにたまりかねてはるばる<ruby><rb>伊予</rb><rt>いよ</rt></ruby>までおあとを追っていらっしゃいました。

<ruby><rb>軽皇子</rb><rt>かるのおうじ</rt></ruby>はそれはそれはお喜びになって、<ruby><rb>大郎女</rb><rt>おおいらつめ</rt></ruby>のお手をとりながら、

「ほんとうによく来てくれた。鏡のように輝き、玉のように光っている、きれいなおまえがいればこそ、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>へも帰りたいともだえていたけれど、おまえがここにいてくれれば、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>もうちもなんであろう」とこういう意味のお歌をお歌いになりました。

まもなくお二人は、その土地で自殺しておしまいになりました。

  


## しかの<ruby><rb>群</rb><rt>むれ</rt></ruby>、ししの<ruby><rb>群</rb><rt>むれ</rt></ruby>

## 一

<ruby><rb>穴穂王</rb><rt>あなほのみこ</rt></ruby>は、おあにいさまの<ruby><rb>軽皇子</rb><rt>かるのおうじ</rt></ruby>を島流しにおしになった後、第二十代の<ruby><rb>安康天皇</rb><rt>あんこうてんのう</rt></ruby>としてお立ちになり、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>石上</rb><rt>いそのかみ</rt></ruby>の<ruby><rb>穴穂宮</rb><rt>あなほのみや</rt></ruby>へおひき移りになりました。

天皇は弟さまの<ruby><rb>大長谷皇子</rb><rt>おおはつせのおうじ</rt></ruby>のために、<ruby><rb>仁徳天皇</rb><rt>にんとくてんのう</rt></ruby>の<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>で、ちょうど大おじさまにおあたりになる<ruby><rb>大日下王</rb><rt>おおくさかのみこ</rt></ruby>とおっしゃる方のお妹さまの、<ruby><rb>若日下王</rb><rt>わかくさかのみこ</rt></ruby>という方を、お<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>にもらおうとお思いになりました。

それで<ruby><rb>根臣</rb><rt>ねのおみ</rt></ruby>という者を<ruby><rb>大日下王</rb><rt>おおくさかのみこ</rt></ruby>のところへおつかわしになって、そのおぼしめしをお伝えになりました。<ruby><rb>大日下王</rb><rt>おおくさかのみこ</rt></ruby>はそれをお聞きになりますと、四たび礼拝をなすったうえ、

「実は私も、万一そういうご<ruby><rb>大命</rb><rt>たいめい</rt></ruby>がくだるかもわからないと思いましたので、妹は、ふだん、外へも出さないようにしていました。まことにおそれ多いことながら、それではおおせのままにさしあげますでございましょう」とたいそう喜んでお受けをなさいました。しかしただ<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>だけでご返事を申しあげたのでは失礼だとお考えになって、天皇へお礼のお<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>に、<ruby><rb>押木</rb><rt>おしぎ</rt></ruby>の玉かずらというりっぱな<ruby><rb>髪飾</rb><rt>かみかざ</rt></ruby>りを、<ruby><rb>若日下王</rb><rt>わかくさかのみこ</rt></ruby>から<ruby><rb>献上品</rb><rt>けんじょうひん</rt></ruby>としておことづけになりました。

するとお使いの<ruby><rb>根臣</rb><rt>ねのおみ</rt></ruby>は、<ruby><rb>乱暴</rb><rt>らんぼう</rt></ruby>にも、その玉かずらを途中で自分が<ruby><rb>盗</rb><rt>ぬす</rt></ruby>み取ったうえ、天皇に向かっては、

「おおせをお伝えいたしましたが、<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>はお聞き入れがございません。おれの妹ともあるものを、あんなやつの<ruby><rb>敷物</rb><rt>しきもの</rt></ruby>にやれるかとおっしゃって、それはそれは、刀の<ruby><rb>柄</rb><rt>つか</rt></ruby>に手をかけてご立腹になりました」

こう言って、まるで根のないことをこしらえて、ひどいざん<ruby><rb>言</rb><rt>げん</rt></ruby>をしました。

天皇は非常にお<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りになって、すぐに人を<ruby><rb>派</rb><rt>は</rt></ruby>せて<ruby><rb>大日下王</rb><rt>おおくさかのみこ</rt></ruby>を殺しておしまいになりました。そして<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>のお<ruby><rb>妃</rb><rt>きさき</rt></ruby>の<ruby><rb>長田大郎女</rb><rt>ながたのおおいらつめ</rt></ruby>をめしいれて自分の皇后になさいました。

あるとき天皇は、お<ruby><rb>昼寝</rb><rt>ひるね</rt></ruby>をなさろうとして、お<ruby><rb>寝床</rb><rt>ねどこ</rt></ruby>におよこたわりになりながら、おそばにいらしった皇后に、

「そちはなにか心の中に思っていることはないか」とおたずねになりました。皇后は、

「いいえけっしてそんなはずはございません。これほどおてあついお情けをいただいておりますのに、このうえ何を思いましょう」とお答えになりました。

そのとき、ちょうど<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>の下には、皇后が先の<ruby><rb>大日下王</rb><rt>おおくさかのみこ</rt></ruby>との間におもうけになった、<ruby><rb>目弱王</rb><rt>まよわのみこ</rt></ruby>とおっしゃる、七つにおなりになるお子さまが、ひとりで遊んでおいでになりました。

天皇はそれとはご存じないものですから、ついうっかりと、

「わしはただ一つ、いつも気になってならないことがある。それは<ruby><rb>目弱</rb><rt>まよわ</rt></ruby>が大きくなった後に、あれの父はわしが殺したのだと聞くと、わしに復しゅうをしはしないだろうかと、それが心配である」とこうおおせになりました。

<ruby><rb>目弱王</rb><rt>まよわのみこ</rt></ruby>は下でそれをお聞きになって、それではお父上を殺したのは天皇であったのかとびっくりなさいました。

そのうちに、まもなく天皇はぐっすりお<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>りになりました。<ruby><rb>目弱王</rb><rt>まよわのみこ</rt></ruby>はそこをねらってそっと<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>へおあがりになり、おまくらもとにあった<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>を<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>き放して、いきなり天皇のお首をお切りになりました。そしてすぐにお宮を抜け出して、<ruby><rb>都夫良意富美</rb><rt>つぶらおおみ</rt></ruby>という者のうちへ<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げこんでおしまいになりました。

天皇はそのままお息がお絶えになりました。お年は五十六歳でいらっしゃいました。

そのときには、弟さまの<ruby><rb>大長谷皇子</rb><rt>おおはつせのおうじ</rt></ruby>は、まだ<ruby><rb>童髪</rb><rt>どうはつ</rt></ruby>をおゆいになっている一少年でおいでになりましたが、<ruby><rb>目弱王</rb><rt>まよわのみこ</rt></ruby>が天皇をお殺し申したとお聞きになりますと、それはそれはお<ruby><rb>憤</rb><rt>いきどお</rt></ruby>りになって、すぐにお兄上の<ruby><rb>黒日子王</rb><rt>くろひこのみこ</rt></ruby>のところへかけつけておいでになり、

「おあにいさま、たいへんです。天皇をお殺し申したやつがいます。どういたしましょう」とご相談をなさいました。すると、<ruby><rb>黒日子王</rb><rt>くろひこのみこ</rt></ruby>は天皇のご<ruby><rb>同腹</rb><rt>どうふく</rt></ruby>のおあにいさまでおありになりながら、てんで、びっくりなさらないで平気にかまえていらっしゃいました。<ruby><rb>大長谷皇子</rb><rt>おおはつせのおうじ</rt></ruby>はそれをご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になりますと、くわッとお<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りになり、

「あなたはなんという<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>もしげもない人でしょう。われわれの天皇がお殺されになったのじゃありませんか。そして、それは、またあなたのおあにいさまじゃありませんか。それを平気で聞いているとは何ごとです」とおっしゃりながら、いきなりえりもとをひッつかんでひきずり出し、刀を抜くなり、<ruby><rb>一打</rb><rt>ひとう</rt></ruby>ちに打ち殺しておしまいになりました。

<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>はそれからまたつぎのおあにいさまの<ruby><rb>白日子王</rb><rt>しらひこのみこ</rt></ruby>のところへおいでになって、同じように、天皇がお殺されになったことをお告げになりました。<ruby><rb>白日子王</rb><rt>しろひこのみこ</rt></ruby>は天皇のご<ruby><rb>同腹</rb><rt>どうふく</rt></ruby>の弟さまでいらっしゃいました。それだのに、この方も同じく平気な顔をして、すましておいでになりました。皇子はまたそのおあにいさまのえり首をつかんでひきずり出して、<ruby><rb>小治田</rb><rt>おはりだ</rt></ruby>という村まで引っぱっていらっしゃいました。そしてそこへ<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>を<ruby><rb>掘</rb><rt>ほ</rt></ruby>って、その中へまっすぐに立たせたまま、生き<ruby><rb>埋</rb><rt>う</rt></ruby>めに<ruby><rb>埋</rb><rt>う</rt></ruby>めておしまいになりました。

<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>はどんどん土をかけられて、<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>までお埋められになったとき<ruby><rb>両方</rb><rt>りょうほう</rt></ruby>のお目の玉が飛び出して、それなり死んでおしまいになりました。

## 二

<ruby><rb>大長谷皇子</rb><rt>おおはつせのおうじ</rt></ruby>はそれから軍勢をひきつれて、<ruby><rb>目弱王</rb><rt>まよわのみこ</rt></ruby>をかくまっている<ruby><rb>都夫良意富美</rb><rt>つぶらおおみ</rt></ruby>の<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>をおとり囲みになりました。すると、こちらでもちゃんと手くばりをして待ちかまえておりまして、それッというなり、ちょうどあしの花が飛び<ruby><rb>散</rb><rt>ち</rt></ruby>るように、もうもうと<ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby>を<ruby><rb>射</rb><rt>い</rt></ruby><ruby><rb>出</rb><rt>だ</rt></ruby>しました。

<ruby><rb>大長谷皇子</rb><rt>おおはつせのおうじ</rt></ruby>は、その前から、この<ruby><rb>都夫良</rb><rt>つぶら</rt></ruby>の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>の<ruby><rb>訶良媛</rb><rt>からひめ</rt></ruby>という人をお<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>におもらいになることにしていらっしゃいました。<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>は今どんどん<ruby><rb>射</rb><rt>い</rt></ruby>向ける矢の中に、<ruby><rb>矛</rb><rt>ほこ</rt></ruby>を<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>いてお突ッ立ちになりながら、

「<ruby><rb>都夫良</rb><rt>つぶら</rt></ruby>よ、<ruby><rb>訶良媛</rb><rt>からひめ</rt></ruby>はこのうちにいるか」と大声でおどなりになりました。

<ruby><rb>都夫良</rb><rt>つぶら</rt></ruby>はそれを聞くと、急いで武器を投げすてて、<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>の<ruby><rb>御前</rb><rt>ごぜん</rt></ruby>へ出て来ました。そして<ruby><rb>八度</rb><rt>やたび</rt></ruby><ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>し<ruby><rb>拝</rb><rt>おが</rt></ruby>んで申しあげました。

「<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>の<ruby><rb>訶良媛</rb><rt>からひめ</rt></ruby>はお約束のとおり<ruby><rb>必</rb><rt>かなら</rt></ruby>ずあなたにさしあげます。また五か<ruby><rb>村</rb><rt>そん</rt></ruby>の私の領地も、娘に<ruby><rb>添</rb><rt>そ</rt></ruby>えて<ruby><rb>献上</rb><rt>けんじょう</rt></ruby>いたします。ただどうぞ、今しばらくお待ちくださいまし。私がただ今すぐに娘をさしあげかねますわけは、<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>から臣下の者が皇子さま方のお宮へ<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げかくれたことは聞いておりますが、<ruby><rb>貴</rb><rt>とうと</rt></ruby>い皇子さまがしもじもの者のところへお<ruby><rb>逃</rb><rt>のが</rt></ruby>れになったためしはかつて聞きません。私はいかに力いっぱい戦いましても、あなたにお勝ち申すことができないのは十分わきまえております。しかし、<ruby><rb>目弱王</rb><rt>まよわのみこ</rt></ruby>は、私ごとき者をも<ruby><rb>頼</rb><rt>たよ</rt></ruby>りにしてくださって、いやしい私のうちへおはいりくださっているのでございますから、私といたしましては、たとえ死んでもお<ruby><rb>見捨</rb><rt>みす</rt></ruby>て申すことはできません。娘はどうぞ私が<ruby><rb>討</rb><rt>う</rt></ruby>ち<ruby><rb>死</rb><rt>じ</rt></ruby>にをいたしましたあとで、おめしつれくださいまし」

こう申しあげて御前をさがり、再び<ruby><rb>戦</rb><rt>いくさ</rt></ruby>道具を取って<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>にはいって、いっしょうけんめいに<ruby><rb>戦</rb><rt>いくさ</rt></ruby>をいたしました。

そのうちに<ruby><rb>都夫良</rb><rt>つぶら</rt></ruby>はとうとうひどい<ruby><rb>手傷</rb><rt>てきず</rt></ruby>を負いました。みんなも矢だねがすっかり<ruby><rb>尽</rb><rt>つ</rt></ruby>きてしまいました。それで<ruby><rb>都夫良</rb><rt>つぶら</rt></ruby>は<ruby><rb>目弱王</rb><rt>まよわのみこ</rt></ruby>に向かって、

「私もこのとおりで、もはや<ruby><rb>戦</rb><rt>いくさ</rt></ruby>を続けることができません。いかがいたしましょう」と申しあげました。

お小さな<ruby><rb>目弱王</rb><rt>まよわのみこ</rt></ruby>は、

「それではもうしかたがない。早く<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>を殺してくれ」とおっしゃいました。<ruby><rb>都夫良</rb><rt>つぶら</rt></ruby>はおおせに従ってすぐに<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>をお<ruby><rb>刺</rb><rt>さ</rt></ruby>し申した上、その刀で自分の首を切って死んでしまいました。

## 三

このさわぎが<ruby><rb>片</rb><rt>かた</rt></ruby>づくとまもなく、ある日、<ruby><rb>大長谷皇子</rb><rt>おおはつせのおうじ</rt></ruby>のところへ、<ruby><rb>近江</rb><rt>おうみ</rt></ruby>の<ruby><rb>韓袋</rb><rt>からぶくろ</rt></ruby>という者が、そちらの<ruby><rb>蚊屋野</rb><rt>かやの</rt></ruby>というところに、ししやしかがひじょうにたくさんおりますと申し出ました。

「そのどっさりおりますことと申しますと、群がり集まった足はちょうどすすきの原のすすきのようでございますし、群がった<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>は、ちょうど<ruby><rb>枯木</rb><rt>かれき</rt></ruby>の林のようでございます」と<ruby><rb>韓袋</rb><rt>からぶくろ</rt></ruby>は申しあげました。

<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>は、ようし、とおっしゃって、<ruby><rb>履仲天皇</rb><rt>りちゅうてんのう</rt></ruby>の皇子で、ちょうどおいとこにおあたりになる、<ruby><rb>忍歯王</rb><rt>おしはのみこ</rt></ruby>とおっしゃるお方とお二人で、すぐに<ruby><rb>近江</rb><rt>おうみ</rt></ruby>へおくだりになりました。お二人は<ruby><rb>蚊屋野</rb><rt>かやの</rt></ruby>にお着きになりますと、ごめいめいに別々の<ruby><rb>仮屋</rb><rt>かりや</rt></ruby>をお立てになって、その中へおとまりになりました。

そのあくる朝、<ruby><rb>忍歯王</rb><rt>おしはのみこ</rt></ruby>は、まだ日も上らないうちにお目ざめになりました。それでまったくなんのお気もなく、すぐにおうまにめして、<ruby><rb>大長谷皇子</rb><rt>おおはつせのおうじ</rt></ruby>のお仮屋へ出かけておいでになりました。こちらでは、<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>はまだよくおよっていらっしゃいました。<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>は、皇子のおつきの者に向かって、

「まだお目ざめでないようだね。もう<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>も明けたのだから、早くお出かけになるように申しあげよ」とおっしゃって、そのままおうまをすすめて、りょう場へお出かけになりました。

皇子のおつきの者は、皇子に向かって、

「ただ今<ruby><rb>忍歯王</rb><rt>おしはのみこ</rt></ruby>がおいでになりまして、これこれとおっしゃいました。なんだかおっしゃることが変ではございませんか。けっしてごゆだんをなさいますな。お身<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>めも十分になすってお出かけなさいますように」と悪く<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>ってこう申しあげました。それで皇子も、わざわざお<ruby><rb>召物</rb><rt>めしもの</rt></ruby>の下へよろいをお着こみになりました。そして<ruby><rb>弓矢</rb><rt>ゆみや</rt></ruby>を取っておうまを<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>すなり、大急ぎで<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>のあとを追ってお出かけになりました。

皇子はまもなく王に追いついて、お二人でうまを<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>べてお進みになりました。そのうちに皇子はすきまをねらって、さっと矢をおつがえになり、罪もない<ruby><rb>忍歯王</rb><rt>おしはのみこ</rt></ruby>を、だしぬけに<ruby><rb>射</rb><rt>い</rt></ruby>落としておしまいになりました。そして、なお<ruby><rb>飽</rb><rt>あ</rt></ruby>き<ruby><rb>足</rb><rt>た</rt></ruby>らずに、そのおからだをずたずたに切り<ruby><rb>刻</rb><rt>きざ</rt></ruby>んで、それをうまの<ruby><rb>飼葉</rb><rt>かいば</rt></ruby>を入れるおけの中へ投げ入れて、土の中へ<ruby><rb>埋</rb><rt>う</rt></ruby>めておしまいになりました。

## 四

<ruby><rb>忍歯王</rb><rt>おしはのみこ</rt></ruby>には<ruby><rb>意富祁王</rb><rt>おおけのみこ</rt></ruby>、<ruby><rb>袁祁王</rb><rt>おけのみこ</rt></ruby>というお二人のお子さまがいらっしゃいました。

お二人はお父上がお殺されになったとお聞きになりまして、それでは自分たちも、うかうかしてはいられないとおぼしめして、急いで<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>をお<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げになりました。

そのお途中でお二人が、<ruby><rb>山城</rb><rt>やましろ</rt></ruby>の<ruby><rb>苅羽井</rb><rt>かりはい</rt></ruby>というところでおべんとうをめしあがっておりますと、そこへ、ちょう<ruby><rb>役</rb><rt>えき</rt></ruby>あがりの<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>に、<ruby><rb>顔</rb><rt>かお</rt></ruby>へ<ruby><rb>入墨</rb><rt>いれずみ</rt></ruby>をされている、一人の<ruby><rb>老人</rb><rt>ろうじん</rt></ruby>が出て来て、お二人が食べかけていらっしゃるおべんとうを<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>い取りました。お二人は、

「そんなものは<ruby><rb>惜</rb><rt>お</rt></ruby>しくもないけれど、いったいおまえは何者だ」とおたしなめになりました。

「おれは<ruby><rb>山城</rb><rt>やましろ</rt></ruby>でお<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>のししを<ruby><rb>飼</rb><rt>か</rt></ruby>っているしし<ruby><rb>飼</rb><rt>かい</rt></ruby>だ」とその<ruby><rb>悪者</rb><rt>わるもの</rt></ruby>の老人は言いました。

お二人は、それから<ruby><rb>河内</rb><rt>かわち</rt></ruby>の<ruby><rb>玖須婆川</rb><rt>くすばがわ</rt></ruby>という川をお<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>りになり、とうとう<ruby><rb>播磨</rb><rt>はりま</rt></ruby>まで逃げのびていらっしゃいました。そして固くご身分をかくして、<ruby><rb>志自牟</rb><rt>しじむ</rt></ruby>という者のうちへ下男におやとわれになり、いやしいうし飼、うま飼の<ruby><rb>仕事</rb><rt>しごと</rt></ruby>をして、お命をつないでいらっしゃいました。

  


## とんぼのお歌

## 一

<ruby><rb>大長谷皇子</rb><rt>おおはつせのおうじ</rt></ruby>は、まもなく<ruby><rb>雄略天皇</rb><rt>ゆうりゃくてんのう</rt></ruby>としてご<ruby><rb>即位</rb><rt>そくい</rt></ruby>になり、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>朝倉宮</rb><rt>あさくらのみや</rt></ruby>にお<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>りになりました。皇后には、<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>の<ruby><rb>大日下王</rb><rt>おおくさかのみこ</rt></ruby>のお妹さまの<ruby><rb>若日下王</rb><rt>わかくさかのみこ</rt></ruby>をお立てになりました。

その<ruby><rb>若日下王</rb><rt>わかくさかのみこ</rt></ruby>が、まだ<ruby><rb>河内</rb><rt>かわち</rt></ruby>の<ruby><rb>日下</rb><rt>くさか</rt></ruby>というところにいらしったときに、ある日天皇は、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>からお<ruby><rb>近道</rb><rt>ちかみち</rt></ruby>をおとりになり、<ruby><rb>日下</rb><rt>くさか</rt></ruby>の<ruby><rb>直越</rb><rt>ただごえ</rt></ruby>という<ruby><rb>峠</rb><rt>とうげ</rt></ruby>をお<ruby><rb>越</rb><rt>こ</rt></ruby>えになって、<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>のところへおいでになったことがありました。

そのとき天皇は、山の上から四方の村々をお見わたしになりますと、向こうの方に、一<ruby><rb>軒</rb><rt>けん</rt></ruby>、むねにかつお木をとりつけているうちがありました。かつお木というのは、天皇のお宮か、神さまのお<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>かでなければつけないはずの、かつおのような形をした、むねの<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りです。

天皇はそれをご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になって、

「あの家はだれの家か」とおたずねになりました。

「あれは<ruby><rb>志幾</rb><rt>しき</rt></ruby>の<ruby><rb>大県主</rb><rt>おおあがたぬし</rt></ruby>のうちでございます」と、お供の者がお答え申しました。天皇は、

「無礼なやつめ。おのれが家をわしのお宮に<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>せて作っている」とお<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りになり、

「行ってあの家を焼きはらって来い」とおっしゃって、すぐに人をおつかわしになりました。

すると<ruby><rb>大県主</rb><rt>おおあがたぬし</rt></ruby>はすっかりおそれいってしまいました。

「実は、おろかな私どものことでございますので、ついなんにも存じませんで、うっかりこしらえましたものでございます」と言って、<ruby><rb>縮</rb><rt>ちじ</rt></ruby>みあがってお申しわけをしました。そして、そのおわびの<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>に、一ぴきの白いぬにぬのを着せ、<ruby><rb>鈴</rb><rt>すず</rt></ruby>の<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りをつけて、それを<ruby><rb>身内</rb><rt>みうち</rt></ruby>の者の一人の、<ruby><rb>腰佩</rb><rt>こしはき</rt></ruby>という者に<ruby><rb>綱</rb><rt>つな</rt></ruby>で引かせて、天皇に<ruby><rb>献上</rb><rt>けんじょう</rt></ruby>いたしました。

それで天皇も、そのうちをお焼きはらいになることだけは許しておやりになり、そのまま<ruby><rb>若日下王</rb><rt>わかくさかのみこ</rt></ruby>のおうちへお着きになりました。

天皇はお<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>の者をもって、

「これはただいま途中で手に入れたいぬだ。<ruby><rb>珍</rb><rt>めずら</rt></ruby>しいものだから<ruby><rb>進物</rb><rt>しんもつ</rt></ruby>にする」とおっしゃって、さっきの白いぬを<ruby><rb>若日下王</rb><rt>わかくさかのみこ</rt></ruby>におくだしになりました。しかし<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>は、

「きょう天皇は、お日さまをお<ruby><rb>背中</rb><rt>せなか</rt></ruby>になすっておこしになりました。これではお日さまに対しておそれおおうございますので、きょうはお目にかかりません。そのうち、私のほうからすぐにまかり出まして、お宮へお仕え申しあげます」

こう言って、おことわりをなさいました。

天皇はお帰りのお途中、山の上にお立ちになって、<ruby><rb>若日下王</rb><rt>わかくさかのみこ</rt></ruby>のことをお<ruby><rb>慕</rb><rt>した</rt></ruby>いになるお歌をおよみになり、それを<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>へお送りになりました。<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>はそれからまもなくお宮へおあがりになりました。

## 二

天皇はあるとき、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>美和川</rb><rt>みわがわ</rt></ruby>のほとりへお出ましになりました。そうすると、一人の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>が、その川で着物を洗っておりました。それはほんとうに美しい、かわいらしい娘でした。天皇は、

「そちはだれの子か」とおたずねになりました。

「<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>は<ruby><rb>引田郎</rb><rt>ひけたべ</rt></ruby>の<ruby><rb>赤猪子</rb><rt>あかいのこ</rt></ruby>と申します者でございます」と娘はお答え申しました。天皇は、

「それでは、いずれわしのお宮へ<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>し使ってやるから待っていよ」とおっしゃって、そのままお通りすぎになりました。

<ruby><rb>赤猪子</rb><rt>あかいのこ</rt></ruby>はたいそう喜んで、それなりお<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>にも行かないで、一心にご<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>を待っておりました。しかし<ruby><rb>宮中</rb><rt>きゅうちゅう</rt></ruby>からは、何十年たっても、とうとうお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しがありませんでした。そのうちに、もうひどいおばあさんになってしまいました。<ruby><rb>赤猪子</rb><rt>あかいのこ</rt></ruby>は、

「これではいよいよお宮へご奉公にあがることはできなくなった。しかしこんなになるまで、いっしょうけんめいにおめしを待っていたことだけは、いちおう申しあげて来たい」こう思って、ある日、いろいろの鳥やお<ruby><rb>魚</rb><rt>さかな</rt></ruby>や野菜ものをおみやげに持って、お宮へおうかがいいたしました。すると天皇は、

「そちはなんという<ruby><rb>老婆</rb><rt>ろうば</rt></ruby>だ。どういうことでまいったのか」とおたずねになりました。<ruby><rb>赤猪子</rb><rt>あかいのこ</rt></ruby>は、

「私は、いついつの年のこれこれの月に、これこれこういうおおせをこうむりましたものでございます。こんにちまでお<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しをお待ち申してとうとう何十年という年を<ruby><rb>過</rb><rt>す</rt></ruby>ごしました。もはやこんな<ruby><rb>老婆</rb><rt>ろうば</rt></ruby>になりましたので、もとよりご<ruby><rb>奉公</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>には<ruby><rb>堪</rb><rt>た</rt></ruby>えられませんが、ただ私がどこまでもおおせを<ruby><rb>守</rb><rt>まも</rt></ruby>っておりましたことだけを申しあげたいと存じましてわざわざおうかがいいたしました」と申しあげました。<ruby><rb>天皇</rb><rt>てんのう</rt></ruby>はそれをお聞きになって、びっくりなさいました。

「<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>はそのことは、もうとっくに<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れてしまっていた。これはこれはすまないことをした。かわいそうに」とおっしゃって、二つのお歌をお歌いになり、それでもって、<ruby><rb>赤猪子</rb><rt>あかいのこ</rt></ruby>のどこまでも<ruby><rb>正直</rb><rt>しょうじき</rt></ruby>な<ruby><rb>心根</rb><rt>こころね</rt></ruby>をおほめになり、ご自分のために、とうとう一生お<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>にも行かないで過ごしたことをしみじみおあわれみになりました。<ruby><rb>赤猪子</rb><rt>あかいのこ</rt></ruby>は、そのお歌を聞いて、たまりかねて<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>きだしました。その<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>で、赤色にすりそめた着物の<ruby><rb>袖</rb><rt>そで</rt></ruby>がじとじとにぬれました。そして泣き泣き歌って、

「ああああ、これから先はだれにすがって生きて行こう。<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>い女の人たちは、ちょうど<ruby><rb>日下</rb><rt>くさか</rt></ruby>の<ruby><rb>入江</rb><rt>いりえ</rt></ruby>のはすの花のように<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>き<ruby><rb>誇</rb><rt>ほこ</rt></ruby>っている。<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>もそのとおりの若さでいたら、すぐにもお宮で<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>し使っていただけようものを」と、こういう意味をお答え申しあげました。

天皇はかずかずのお品物をおくだしになり、そのままおうちへおかえしになりました。

## 三

またあるとき天皇は、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>阿岐豆野</rb><rt>あきつの</rt></ruby>という野へご<ruby><rb>猟</rb><rt>りょう</rt></ruby>においでになりました。そして<ruby><rb>猟場</rb><rt>りょうば</rt></ruby>でおいすにおかけになっておりますと、一ぴきのあぶが<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んで来て、お<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>にくいつきました。すると一ぴきのとんぼが出て来て、たちまちそのあぶを<ruby><rb>食</rb><rt>く</rt></ruby>い<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>して<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んで行きました。

天皇はこれをご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になって、たいそうお喜びになり、

「なるほどこんなふうに天皇のことを思う虫だから、それでこの日本のことをあきつ島というのであろう」という意味をお歌に歌っておほめになりました。とんぼのことを<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>の<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>ではあきつと<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>んでおりました。

そのつぎにはまた別のときに、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>葛城山</rb><rt>かつらぎやま</rt></ruby>へお上りになりました。そうすると、ふいに大きな大いのししが飛び出して来ました。天皇はすぐにかぶら<ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby>をおつがえになって、ねらいをたがえず、ぴゅうとお<ruby><rb>射</rb><rt>い</rt></ruby>あてになりました。すると、ししはおそろしく<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>り<ruby><rb>狂</rb><rt>くる</rt></ruby>って、ううううとうなりながら飛びかかって来ました。それには、さすがの天皇もこわくおなりになって、おそばに立っていたはんのきへ、大急ぎでお<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げのぼりになり、それでもって、やっと<ruby><rb>危</rb><rt>あぶな</rt></ruby>いところをお助かりになりました。

天皇はそのはんのきの上で、

「ああ、この木のおかげで命びろいをした。ありがたいありがたい」とおっしゃる意味を、お歌にお歌いになりました。

## 四

天皇はその後、また<ruby><rb>葛城山</rb><rt>かつらぎやま</rt></ruby>におのぼりになりました。そのときお供の人々は、みんな、赤いひものついた、青ずりのしょうぞくをいただいて着ておりました。

すると、向こうの山を、一人のりっぱな人がのぼって行くのがお目にとまりました。その人のお供の者たちも、やはりみんな、赤ひものついた、青ずりの着物を着ていまして、だれが見ても天皇のお行列と<ruby><rb>寸分</rb><rt>すんぶん</rt></ruby>も<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>いませんでした。

天皇はおどろいて、すぐに人をおつかわしになり、

「日本にはわしを除いて二人の天皇はいないはずだ。それだのに、わしと同じお供を従えて行くそちは、いったい何者だ」と、きびしくお問いつめになりました。すると向こうからも、そのおたずねと同じようなことを問いかえしました。

天皇はくわッとお<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りになり、まっ先に矢をぬいておつがえになりました。お供の者も残らず一度に矢をつがえました。そうすると、向こうでも負けていないで、みんなそろって矢をつがえました。天皇は、

「さあ、それでは名を名乗れ。お<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>いに名乗り合ったうえで矢を放とう」とお言い送りになりました。向こうからは、

「それではこちらの名まえもあかそう。<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は悪いことにもただ<ruby><rb>一言</rb><rt>ひとこと</rt></ruby>、いいことにも一言だけお告げをくだす、<ruby><rb>葛城山</rb><rt>かつらぎやま</rt></ruby>の<ruby><rb>一言主神</rb><rt>ひとことぬしのかみ</rt></ruby>だ」とお答えがありました。天皇はそれをお聞きになると、びっくりなすって、

「これはこれはおそれおおい、<ruby><rb>大神</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>がご神体をお現わしになったとは思いもかけなかった」とおっしゃって、大急ぎで<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>や<ruby><rb>弓矢</rb><rt>ゆみや</rt></ruby>をはじめ、お<ruby><rb>供</rb><rt>とも</rt></ruby>の者一同の青ずりの着物をもすっかりおぬがせになり、それをみんな、<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>し<ruby><rb>拝</rb><rt>おが</rt></ruby>んで、<ruby><rb>大神</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>へご<ruby><rb>献上</rb><rt>けんじょう</rt></ruby>になりました。

すると<ruby><rb>大神</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>は手を打ってお喜びになり、その<ruby><rb>献上物</rb><rt>けんじょうもの</rt></ruby>をすっかりお受けいれになりました。それから天皇がご<ruby><rb>還幸</rb><rt>かんこう</rt></ruby>になるときには、<ruby><rb>大神</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>はわざわざ山をおりて、遠く<ruby><rb>長谷</rb><rt>はつせ</rt></ruby>の山の口までお見送りになりました。

## 五

天皇はつぎにはまたあるとき、その<ruby><rb>長谷</rb><rt>はつせ</rt></ruby>にあるももえつきという大きな、大けやきの木の下でお<ruby><rb>酒宴</rb><rt>さかもり</rt></ruby>をお<ruby><rb>催</rb><rt>もよお</rt></ruby>しになりました。

そのとき<ruby><rb>伊勢</rb><rt>いせ</rt></ruby>の生まれの<ruby><rb>三重采女</rb><rt>みえのうねめ</rt></ruby>という<ruby><rb>女官</rb><rt>じょかん</rt></ruby>が、天皇におさかずきを<ruby><rb>捧</rb><rt>ささ</rt></ruby>げて、お酒をおつぎ申しました。すると、あいにく、けやきの葉が一つ、そのさかずきの中へ落ちこみました。<ruby><rb>采女</rb><rt>うねめ</rt></ruby>はそれとも気がつかないで、なおどんどんおつぎ申しました。天皇はふと、その木の葉をご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になりますと、たちまちむッとお<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りになって、いきなり<ruby><rb>采女</rb><rt>うねめ</rt></ruby>をつかみ<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>せておしまいになり、お刀をおぬきになって、首を切ろうとなさいました。<ruby><rb>采女</rb><rt>うねめ</rt></ruby>は、

「あッ」と<ruby><rb>怖</rb><rt>おそ</rt></ruby>れちぢかんで、

「どうぞ<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>だけはお許しくださいまし。申しあげたいことがございます」と言いながら、つぎのような意味の、長い歌を歌いました。

「このお宮は、朝日も夕日もよくさし入る、はればれとしたよいお宮である。<ruby><rb>堅</rb><rt>かた</rt></ruby>い<ruby><rb>地伏</rb><rt>ぢふく</rt></ruby>の上に立てられた、がっしりした大きなお宮である。お宮のそとには大きなけやきの木がそびえたっている。その<ruby><rb>大木</rb><rt>たいぼく</rt></ruby>の上の<ruby><rb>枝</rb><rt>えだ</rt></ruby>は天をおおっている。中ほどの枝は東の国においかぶさり、下の枝はそのあとの地方をすっかりおおっている。上の枝のこずえの葉は、落ちて中の枝にかかり、中の枝の落ちた葉は下の枝にふりかかる。下の枝の葉は<ruby><rb>采女</rb><rt>うねめ</rt></ruby>が<ruby><rb>捧</rb><rt>ささ</rt></ruby>げたおさかずきの中へ落ち<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かんだ。

それを見ると、<ruby><rb>大昔</rb><rt>おおむかし</rt></ruby>、天地がはじめてできたときに、この世界が浮き油のように浮かんでいたときのありさまが思い出される。また、神さまが、<ruby><rb>大海</rb><rt>たいかい</rt></ruby>のまん中へこの日本の島を作りお浮かべになった、そのときのありさまにもよく<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>ている。ほんとは<ruby><rb>尊</rb><rt>とうと</rt></ruby>くもめでたいことである。これはきっと、後の世までも話し伝えるに<ruby><rb>相違</rb><rt>そうい</rt></ruby>ない」

<ruby><rb>采女</rb><rt>うねめ</rt></ruby>はこう言って、<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>からの言い伝えを引いておもしろく歌いあげました。天皇はこの歌に<ruby><rb>免</rb><rt>めん</rt></ruby>じて、<ruby><rb>采女</rb><rt>うねめ</rt></ruby>の罪を許しておやりになりました。すると皇后もたいそうお喜びになって、

「この<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>高市郡</rb><rt>たかいちごおり</rt></ruby>の高いところに、大きく<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>った<ruby><rb>広葉</rb><rt>ひろは</rt></ruby>のつばきが<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>いている。今、天皇は、そのつばきの葉と同じように、大きなお<ruby><rb>寛</rb><rt>ひろ</rt></ruby>い、そして、その花と同じように美しくおやさしいお心で、<ruby><rb>采女</rb><rt>うねめ</rt></ruby>をお許しくだすった。さあ、この<ruby><rb>貴</rb><rt>とうと</rt></ruby>い天皇にお酒をおつぎ申しあげよ。このありがたいお情けは、みんなが後の世まで<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>く語り伝えるであろう」と、こういう意味のお歌をお歌いになりました。

それについで天皇も楽しくお歌をお歌いになり、みんなでにぎやかにお<ruby><rb>酒盛</rb><rt>さかもり</rt></ruby>をなさいました。

<ruby><rb>采女</rb><rt>うねめ</rt></ruby>は罪を許されたばかりでなく、そのうえに、さまざまのおくだし物をいただいて、大喜びに喜びました。

天皇はしまいに、おん年百二十四歳でおかくれになりました。

  


## うし<ruby><rb>飼</rb><rt>かい</rt></ruby>、うま<ruby><rb>飼</rb><rt>かい</rt></ruby>

## 一

<ruby><rb>雄略天皇</rb><rt>ゆうりゃくてんのう</rt></ruby>のおあとには、お子さまの<ruby><rb>清寧天皇</rb><rt>せいねいてんのう</rt></ruby>がお立ちになりました。天皇はしまいまで皇后をお迎えにならず、お子さまもお一人もいらっしゃいませんでした。

ですから天皇がおかくれになると、おあとをお<ruby><rb>継</rb><rt>つ</rt></ruby>ぎになるお方がいらっしゃらないので、みんなはたいそう<ruby><rb>当惑</rb><rt>とうわく</rt></ruby>して、これまでのどの天皇かのお<ruby><rb>血筋</rb><rt>ちすじ</rt></ruby>の方をいっしょうけんめいにお<ruby><rb>探</rb><rt>さが</rt></ruby>し申しました。すると、さきに<ruby><rb>大長谷皇子</rb><rt>おおはつせのおうじ</rt></ruby>にお殺されになった、<ruby><rb>忍歯王</rb><rt>おしはのみこ</rt></ruby>のお妹さまで<ruby><rb>忍海郎女</rb><rt>おしぬみのいらつめ</rt></ruby>、またのお名まえを<ruby><rb>飯豊王</rb><rt>いいとよのみこ</rt></ruby>とおっしゃる方が、<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>葛城</rb><rt>かつらぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>角刺宮</rb><rt>つのさしのみや</rt></ruby>というお宮においでになりました。それで、このお方にともかく一<ruby><rb>時</rb><rt>じ</rt></ruby><ruby><rb>政</rb><rt>まつりごと</rt></ruby>をおとりになっていただきました。みんなは、例の<ruby><rb>忍歯王</rb><rt>おしはのみこ</rt></ruby>のお子さまの<ruby><rb>意富祁</rb><rt>おおけ</rt></ruby>、<ruby><rb>袁祁</rb><rt>おけ</rt></ruby>のお二人が、<ruby><rb>播磨</rb><rt>はりま</rt></ruby>の国でうし<ruby><rb>飼</rb><rt>かい</rt></ruby>、うま<ruby><rb>飼</rb><rt>かい</rt></ruby>になって、生きながらえておいでになるということはちっとも知らないでいました。

その後まもなく、その<ruby><rb>播磨</rb><rt>はりま</rt></ruby>の国へ、<ruby><rb>山部連小楯</rb><rt>やまべのむらじおだて</rt></ruby>という人が<ruby><rb>国造</rb><rt>くにのみやつこ</rt></ruby>になって行きました。するとその地方の<ruby><rb>志自牟</rb><rt>しじむ</rt></ruby>という者が<ruby><rb>新築</rb><rt>しんちく</rt></ruby>したおうちでお<ruby><rb>酒盛</rb><rt>さかもり</rt></ruby>をしました。そのとき<ruby><rb>小楯</rb><rt>おだて</rt></ruby>をはじめ、よばれた人たちも、お酒がまわるにつれて、みんなで代わる代わる立って<ruby><rb>舞</rb><rt>まい</rt></ruby>を舞いました。しまいにはかまどのそばで火をたいていたきょうだい二人の火たきの子供にも舞えと言いました。

すると弟のほうの子は、兄の子に向かって、おまえさきにお舞いと言いました。兄は弟に向かって、おまえから舞えと言いました。みんなは、そんないやしい小やっこどもが、人なみに、もっともらしくゆずり合うのをおもしろがって、やんやと<ruby><rb>笑</rb><rt>わら</rt></ruby>いました。

そのうちに、とうとう兄のほうがさきに舞いました。弟はそのあとに舞い出そうとするときに、まず大声でつぎのような歌を歌って自分たちきょうだいの身の上をうちあけました。

「男らしい大きな男が、<ruby><rb>太刀</rb><rt>たち</rt></ruby>のつかに赤い<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りをつけ、太刀のおには赤いきれをつけて、いかにも人目を引く<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>をしていても、深くおい<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>ったたけやぶの後ろにはいれば、<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れて目にも見えない」と、こう歌いだして、たけやぶという<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>を引き出した後、

「そんなたけやぶの大きなたけを割って、それを<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>べてこしらえた、<ruby><rb>八絃琴</rb><rt>はちげんきん</rt></ruby>は、それはそれは調子がよく<ruby><rb>整</rb><rt>ととの</rt></ruby>って申し分がない。今から五<ruby><rb>代</rb><rt>だい</rt></ruby><ruby><rb>前</rb><rt>まえ</rt></ruby>の<ruby><rb>履仲天皇</rb><rt>りちゅうてんのう</rt></ruby>は、ちょうどその<ruby><rb>琴</rb><rt>こと</rt></ruby>のしらべと同じように、どこまでもりっぱに天下をお治めになったお方である。その<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>に<ruby><rb>忍歯王</rb><rt>おしはのみこ</rt></ruby>とおっしゃる方がいらしった。みんなの人々よ、われわれ二人は、その<ruby><rb>忍歯王</rb><rt>おしはのみこ</rt></ruby>の子であるぞ」と歌いました。

<ruby><rb>小楯</rb><rt>おだて</rt></ruby>はそれを聞くとびっくりして、<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>からころがり落ちてしまいました。そして大あわてにあわてて、さっそくみんなを残らず追い出したうえ、意外なところでお見出し申した、<ruby><rb>意富祁</rb><rt>おおけ</rt></ruby>、<ruby><rb>袁祁</rb><rt>おけ</rt></ruby>のお二人を左右のおひざにお<ruby><rb>抱</rb><rt>かか</rt></ruby>え申しながら、お二人の<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>までのご<ruby><rb>辛苦</rb><rt>しんく</rt></ruby>をお察し申しあげて、ほろほろと<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を流して<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>きました。

<ruby><rb>小楯</rb><rt>おだて</rt></ruby>はそれから急いでみんなを集めて、仮のお宮をつくり、お二人をその中にお移し申しました。そして、すぐに<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>へ早うまの使いを立てて、おんおば上の<ruby><rb>飯豊王</rb><rt>いいとよのみこ</rt></ruby>にご<ruby><rb>注進</rb><rt>ちゅうしん</rt></ruby>申しあげました。<ruby><rb>飯豊王</rb><rt>いいとよのみこ</rt></ruby>はそれをお聞きになると、大喜びにお喜びになり、すぐにお二人をお<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>びのぼせになりました。

## 二

お二人は、<ruby><rb>角刺</rb><rt>つのさし</rt></ruby>のお宮でだんだんにご<ruby><rb>成人</rb><rt>せいじん</rt></ruby>になりました。

あるとき<ruby><rb>袁祁王</rb><rt>おけのみこ</rt></ruby>は、歌がきといって、男や女がおおぜいいっしょに集まって、歌を歌いかわす<ruby><rb>催</rb><rt>もよお</rt></ruby>しへおでかけになりました。

そのとき<ruby><rb>菟田首</rb><rt>うたのおびと</rt></ruby>という人の<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>で、<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>がかねがねお<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>にもらおうと思っておいでになる、<ruby><rb>大魚</rb><rt>おうお</rt></ruby>という美しい女の人も来あわせておりました。するとそのころ、臣下の中でおそろしく<ruby><rb>幅</rb><rt>はば</rt></ruby>をきかせていた<ruby><rb>志毘臣</rb><rt>しびのおみ</rt></ruby>というものが、その<ruby><rb>大魚</rb><rt>おうお</rt></ruby>の手を取りながら、<ruby><rb>袁祁王</rb><rt>おけのみこ</rt></ruby>にあてつけて、

「ああ、おかしやおかしや、お宮の屋根がゆがんでしまった」と歌いだし、そのあとの歌のむすびを<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>にさし向けました。<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>は、すぐにそれをお受けになって、

「それは<ruby><rb>大工</rb><rt>だいく</rt></ruby>がへただからゆがんだのだ」とお歌いになりました。すると<ruby><rb>志毘</rb><rt>しび</rt></ruby>は<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>ねて、

「いや、どんなに<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>があせられても、わしがゆいめぐらした、<ruby><rb>八重</rb><rt>やえ</rt></ruby>のしばがきの中へははいれまい。<ruby><rb>大魚</rb><rt>おうお</rt></ruby>とわしとの<ruby><rb>仲</rb><rt>なか</rt></ruby>をじゃますることはできまい」と歌いかけました。<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>はすかさず、

「<ruby><rb>潮</rb><rt>しお</rt></ruby>の流れの上の、波の<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>いところにしびが泳いでいる。しびのそばにはしびの妻がついている。ばかなしびよ」とお歌いになりました。

そうすると<ruby><rb>志毘</rb><rt>しび</rt></ruby>はむっと<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>って、

「<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>のゆったしばがきなぞは、いかに<ruby><rb>堅固</rb><rt>けんご</rt></ruby>にゆいまわしてあろうとも、おれがたちまち切り破って見せる。焼き<ruby><rb>払</rb><rt>はら</rt></ruby>って見せてやる」と歌いました。<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>はどこまでも負けないで、

「あはは、しびよ。そちは<ruby><rb>魚</rb><rt>さかな</rt></ruby>だ。いかにいばっても、そちを<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>きに来る<ruby><rb>海人</rb><rt>あま</rt></ruby>にはかなうまい。そんなにこわいものがいては悲しかろう」とお歌いになりました。

<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>は、そんなにして、とうとう夜があけるまで歌い争っておひきあげになりました。そして、お宮へお帰りになるとすぐに、お兄上の<ruby><rb>意富祁王</rb><rt>おおけのみこ</rt></ruby>とご相談なさいました。<ruby><rb>志毘</rb><rt>しび</rt></ruby>はひとりでつけあがって、われわれをもまるで<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>みつけている。われわれのお宮に仕えている者も、朝はお宮へ来るけれど、それからさきは昼じゅう<ruby><rb>志毘</rb><rt>しび</rt></ruby>の家に集まってこびいっている。あんなやつは後々のために早く<ruby><rb>討</rb><rt>う</rt></ruby>ち<ruby><rb>亡</rb><rt>ほろぼ</rt></ruby>してしまわなければいけない。<ruby><rb>志毘</rb><rt>しび</rt></ruby>は今ごろは<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れて<ruby><rb>寝入</rb><rt>ねい</rt></ruby>っているにちがいない。門には番人もいまい、<ruby><rb>襲</rb><rt>おそ</rt></ruby>うのは今だとお二人でご決心になりました。そしてすぐに軍勢を集めて<ruby><rb>志毘</rb><rt>しび</rt></ruby>の家をお取り囲みになり、目あての<ruby><rb>志毘</rb><rt>しび</rt></ruby>を難なく切り殺しておしまいになりました。

## 三

お二人はもはや、お年の上でも十分おひとり立ちで天下をお治めになることがおできになるので、<ruby><rb>順序</rb><rt>じゅんじょ</rt></ruby>からいって、お兄上の<ruby><rb>意富祁王</rb><rt>おおけのみこ</rt></ruby>が、まず第一にご<ruby><rb>即位</rb><rt>そくい</rt></ruby>になるのがほんとうでした。しかし、<ruby><rb>命</rb><rt>みこと</rt></ruby>は弟さまに向かって、

「二人が<ruby><rb>志自牟</rb><rt>しじむ</rt></ruby>のうちにいたときに、もしそなたが名まえを名乗らなかったら、二人ともあのままあそこに<ruby><rb>埋</rb><rt>うず</rt></ruby>もれていなければならなかったはずであった。お<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>いにこんなになったのもみんなそなたのお<ruby><rb>手柄</rb><rt>てがら</rt></ruby>である。それで、私は兄に生まれてはいるけれど、どうかそなたからさきに天下を治めておくれ」とおっしゃいました。<ruby><rb>袁祁王</rb><rt>おけのみこ</rt></ruby>はそのことだけはどこまでもご<ruby><rb>辞退</rb><rt>じたい</rt></ruby>になりましたが、お兄上がどうしてもお聞きいれにならないので、とうとうしかたなしに、第一にお位におつきになりました。後に<ruby><rb>顕宗天皇</rb><rt>けんそうてんのう</rt></ruby>と申しあげるのがすなわちこの天皇でいらっしゃいます。

天皇はそれといっしょに<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>近飛鳥宮</rb><rt>ちかあすかのみや</rt></ruby>へお移りになり、<ruby><rb>石木王</rb><rt>いしきのみこ</rt></ruby>という方のお子さまの<ruby><rb>難波王</rb><rt>なにわのみこ</rt></ruby>とおっしゃる方を、皇后にお迎えになりました。

天皇は、お父上の<ruby><rb>忍歯王</rb><rt>おしはのみこ</rt></ruby>のご<ruby><rb>遺骨</rb><rt>いこつ</rt></ruby>をおさがし申そうとおぼしめして、いろいろ、ご苦心をなさいました。すると、<ruby><rb>近江</rb><rt>おうみ</rt></ruby>から一人の<ruby><rb>卑</rb><rt>いや</rt></ruby>しい<ruby><rb>老婆</rb><rt>ろうば</rt></ruby>がのぼって来て、

「<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>のお<ruby><rb>骨</rb><rt>こつ</rt></ruby>をお<ruby><rb>埋</rb><rt>う</rt></ruby>め申したところは私がちゃんと存じております。おそれながら、<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>には、ゆりの根のようにお<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>なりになったお歯がおありになりました。そのお歯をご<ruby><rb>覧</rb><rt>らん</rt></ruby>になりませば、<ruby><rb>王</rb><rt>みこ</rt></ruby>のお<ruby><rb>骨</rb><rt>こつ</rt></ruby>ということはすぐにお見分けがつきます」と申しあげました。天皇はさっそく<ruby><rb>近江</rb><rt>おうみ</rt></ruby>の<ruby><rb>蚊屋野</rb><rt>かやの</rt></ruby>へおくだりになって、土地の人民におおせつけになって、<ruby><rb>老婆</rb><rt>ろうば</rt></ruby>の<ruby><rb>指</rb><rt>さ</rt></ruby>す場所をお<ruby><rb>掘</rb><rt>ほ</rt></ruby>らせになり、たしかにお父上のご遺骨をお見出しになりました。それで<ruby><rb>蚊屋野</rb><rt>かやの</rt></ruby>の東の山にみささぎを作ってお<ruby><rb>葬</rb><rt>ほうむ</rt></ruby>りになり、さきに、お父上たちに猟をおすすめ申しあげた、あの<ruby><rb>韓袋</rb><rt>からぶくろ</rt></ruby>の子孫をお<ruby><rb>墓守</rb><rt>はかも</rt></ruby>りにご任命になりました。

天皇はそれからご<ruby><rb>還御</rb><rt>かんぎょ</rt></ruby>の後、さきの<ruby><rb>老婆</rb><rt>ろうば</rt></ruby>をおめしのぼせになりまして、

「そちは大事な場所をよく<ruby><rb>見届</rb><rt>みとど</rt></ruby>けておいてくれた」とおほめになり、<ruby><rb>置目老媼</rb><rt>おきめのおみな</rt></ruby>という名をおくだしになりました。そして、とうぶんそのまま<ruby><rb>宮中</rb><rt>きゅうちゅう</rt></ruby>へおとどめになって、おてあつくおもてなしになった後、改めてお宮の近くの村へお住ませになり、毎日一度はかならずおそばへめして、やさしくお<ruby><rb>言葉</rb><rt>ことば</rt></ruby>をかけておやりになりました。天皇はそのためにわざわざお宮の戸のところへ大きな<ruby><rb>鈴</rb><rt>すず</rt></ruby>をおかけになり、<ruby><rb>置目</rb><rt>おきめ</rt></ruby>をおめしになるときは、その鈴をお鳴らしになりました。

後には<ruby><rb>置目</rb><rt>おきめ</rt></ruby>は、

「私もたいそう年をとりましたので、生まれた村へ帰りたくなりました」と申しあげました。

天皇は<ruby><rb>置目</rb><rt>おきめ</rt></ruby>のおねがいをお許しになり、それではもうあすからそなたを見ることもできないのかとおっしゃる意味の、お別れの歌をお歌いになりながら、わざわざ見送りまでしておやりになりました。

つぎに天皇は、<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>お兄上とお二人で<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>からお<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げになる途中で、おべんとうを<ruby><rb>奪</rb><rt>うば</rt></ruby>い取った、あのしし<ruby><rb>飼</rb><rt>かい</rt></ruby>の老人をおさがし出しになって<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>飛鳥川</rb><rt>あすかがわ</rt></ruby>の<ruby><rb>川原</rb><rt>かわら</rt></ruby>で<ruby><rb>死刑</rb><rt>しけい</rt></ruby>にお行ないになりました。その悪者の老人は<ruby><rb>志米須</rb><rt>しめす</rt></ruby>というところに住んでおりました。天皇はなおその上の<ruby><rb>刑罰</rb><rt>けいばつ</rt></ruby>として、その老人の一族の者たちのひざの<ruby><rb>筋</rb><rt>すじ</rt></ruby>を<ruby><rb>断</rb><rt>た</rt></ruby>ち切らせておしまいになりました。これらの者たちは、その後<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>へのぼるのに、いつもびっこを引いて出て来ました。

## 四

天皇は、お父上をお殺しになった<ruby><rb>雄略天皇</rb><rt>ゆうりゃくてんのう</rt></ruby>を、深くお<ruby><rb>恨</rb><rt>うら</rt></ruby>みになりまして、せめてそのみ<ruby><rb>霊</rb><rt>たま</rt></ruby>に向かって復しゅうをしようというおぼしめしから、人をやって、<ruby><rb>河内</rb><rt>かわち</rt></ruby>の<ruby><rb>多治比</rb><rt>たじひ</rt></ruby>というところにある、天皇のみささぎをこわさせようとなさいました。

するとお兄上の<ruby><rb>意富祁王</rb><rt>おおけのみこ</rt></ruby>が、

「天皇のみささぎをこわすためなら、ほかのものをやってはいけません。<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>が自分で行っておぼしめしどおりこわして来ます」とご<ruby><rb>奏上</rb><rt>そうじょう</rt></ruby>になりました。天皇は、

「それではあなたがおいでになるがよい」とお許しになりました。<ruby><rb>意富祁王</rb><rt>おおけのみこ</rt></ruby>は急いでお出かけになりました。そしてまもなくお帰りになって、

「ちゃんとこわしてまいりました」とおっしゃいました。

しかし、そのお帰りがあんまりお早いので、天皇は変だとおぼしめし、

「いったいどんなふうにおこわしになったのです」とおたずねになりました。するとお兄上は、

「実はみささぎの土を少しだけ<ruby><rb>掘</rb><rt>ほ</rt></ruby>りかえしてまいりました」とお答えになりました。天皇は、それをお聞きになって、

「それはまたどういうわけでしょう。お父上の復しゅうをするのに、土を少し掘って帰られただけでは<ruby><rb>飽</rb><rt>あ</rt></ruby>きたりないではありませんか。なぜみささぎをすっかりこわして来てくださらないのです」とおっしゃいました。お兄上は、

「そのおおせはいちおうごもっともです。しかし、相手の方はいくら父上のかたきとはいえ、一方はわれわれのおじであり、またわれわれの天皇のお一人でいらっしゃるお方です。私たちがただ父上のかたきということだけ考えて天皇ともある方のみささぎをこわしたとなりますと、後の世の人から必ずそしりを受けます。ただかたきはどこまでも報いねばならないので、その<ruby><rb>印</rb><rt>しるし</rt></ruby>に土を少し<ruby><rb>掘</rb><rt>ほ</rt></ruby>って来たのです。このくらいの<ruby><rb>恥</rb><rt>はじ</rt></ruby>を与えたのならば、<ruby><rb>後世</rb><rt>こうせい</rt></ruby>だれにもはばかることはありますまいから」

こう言って、そのわけをお話しになりました。すると天皇も、

「なるほどそれは道理である。あなたのなさったとおりでよろしい」とおっしゃってご満足になりました。

天皇は八年の間天下をお治めになった後、おん年三十八歳でおかくれになりました。天皇はお子さまが一人もおありになりませんでした。それでおあとにはお兄上の<ruby><rb>意富祁王</rb><rt>おおけのみこ</rt></ruby>が<ruby><rb>仁賢天皇</rb><rt>にんけんてんのう</rt></ruby>としてご<ruby><rb>即位</rb><rt>そくい</rt></ruby>になりました。

天皇は<ruby><rb>大和</rb><rt>やまと</rt></ruby>の<ruby><rb>石上</rb><rt>いそのかみ</rt></ruby>の<ruby><rb>広高宮</rb><rt>ひろたかのみや</rt></ruby>へお移りになり、皇后には<ruby><rb>雄略天皇</rb><rt>ゆうりゃくてんのう</rt></ruby>のお子さまの<ruby><rb>春日大郎女</rb><rt>かすがのおおいらつめ</rt></ruby>とおっしゃる方をお立てになりました。

天皇のおつぎには、<ruby><rb>皇子</rb><rt>おうじ</rt></ruby><ruby><rb>小長谷若雀命</rb><rt>こはつせのわかささぎのみこと</rt></ruby>が<ruby><rb>武烈天皇</rb><rt>ぶれつてんのう</rt></ruby>としてお位におつきになりました。そのおあとには、<ruby><rb>継体</rb><rt>けいたい</rt></ruby>、<ruby><rb>安閑</rb><rt>あんかん</rt></ruby>、<ruby><rb>宣化</rb><rt>せんか</rt></ruby>、<ruby><rb>欽明</rb><rt>きんめい</rt></ruby>、<ruby><rb>敏達</rb><rt>びたつ</rt></ruby>、<ruby><rb>用明</rb><rt>ようめい</rt></ruby>、<ruby><rb>崇峻</rb><rt>すしゅん</rt></ruby>、<ruby><rb>推古</rb><rt>すいこ</rt></ruby>の<ruby><rb>諸天皇</rb><rt>しょてんのう</rt></ruby>がつぎつぎにお位におのぼりになりました。