序

三遊亭圓朝子、曾て名人競と題し画工某及女優某の伝を作り、自ら之を演じて大に世の喝采を博したり。而して爾来病を得て閑地に静養し、亦自ら話術を演ずること能わず。然れども子が斯道に心を潜むるの深き、静養の間更に名人競の内として木匠長二の伝を作り、自ら筆を採りて平易なる言文一致体に著述し、以て門弟子修業の資と為さんとす。今や校合成り、梓に上せんとするに当り、予に其序を需む。予常に以為く、話術は事件と人物とを美術的に口述するものにして、音調の抑揚緩急得て之を筆にすること能わず、蓋し筆以て示すを得るは話の筋のみ、話術其物は口之を演ずるの外亦如何ともすること能わずと。此故に話術家必しも話の筋を作為するものにあらず、作話者必しも話術家にあらざるなり。夫れ然り、然りと雖も話術家にして巧に話の筋を作為し、自ら之を演ぜんか、是れ素より上乗なる者、彼の旧套を脱せざる昔話のみを演ずる者に比すれば同日の論にあらず。而して此の如きは百歳一人を出すを期すべからず。圓朝子は其話術に堪能なると共に、亦話の筋を作為すること拙しとせず。本書名人長二の伝を見るに立案斬新、可笑あり、可悲あり、変化少からずして人の意表に出で、而かも野卑猥褻の事なし。此伝の如きは誠に社会現時の程度に適し、優に娯楽の具と為すに足る。然れども是れ唯話の筋を謂うのみ。其話術に至りては之を演ずる者の伎倆に依りて異ならざるを得ず。門弟子たるもの勉めずんばあるべけんや。若し夫れ圓朝子病癒ゆるの日、親しく此伝を演せば其妙果して如何。長二は木匠の名人なり、圓朝子は話術の名人なり、名人にして名人の伝を演す、其霊妙非凡なるや知るべきのみ。而して聴衆は話の主人公たる長二と、話術の演術者たる圓朝子と、両々相対して亦是れ名人競たるを知らん。

乙未初秋

土子笑面識

  


一

これは<ruby><rb>享和</rb><rt>きょうわ</rt></ruby>二年に十歳で<ruby><rb>指物師</rb><rt>さしものし</rt></ruby><ruby><rb>清兵衛</rb><rt>せいべえ</rt></ruby>の弟子となって、<ruby><rb>文政</rb><rt>ぶんせい</rt></ruby>の初め廿八歳の頃より名人の名を得ました、<ruby><rb>長二郎</rb><rt>ちょうじろう</rt></ruby>と申す指物師の伝記でございます。<ruby><rb>凡</rb><rt>およ</rt></ruby>そ当今美術とか称えまする書画彫刻<ruby><rb>蒔絵</rb><rt>まきえ</rt></ruby>などに上手というは昔から随分沢山ありますが、名人という者はまことに<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>なものでございます。通常より少し優れた<ruby><rb>伎倆</rb><rt>うでまえ</rt></ruby>の人が<ruby><rb>一勉強</rb><rt>ひとべんきょう</rt></ruby>いたしますと上手にはなれましょうが、名人という所へはたゞ勉強したぐらいでは中々参ることは出来ません。自然の妙というものを自得せねば名人ではございません。此の自然の妙というものは以心伝心とかで、手を<ruby><rb>以</rb><rt>もっ</rt></ruby>て教えることも出来ず、口で云って聞かせることも出来ませんゆえ、親が子に伝えることも成らず、師匠が弟子に譲るわけにもまいりませんから、名人が二代も三代も続くことは滅多にございません。さて此の長二郎と申す指物師は無学文盲の職人ではありますが、仕事にかけては当時無類と誉められ、江戸町々の<ruby><rb>豪商</rb><rt>ものもち</rt></ruby>はいうまでもなく、大名方の<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby>を<ruby><rb>蒙</rb><rt>こうむ</rt></ruby>ったほどの名人で、其の<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>えました指物も<ruby><rb>御維新</rb><rt>ごいっしん</rt></ruby>前までは諸方に伝わって珍重されて居りましたが、<ruby><rb>瓦解</rb><rt>がかい</rt></ruby>の時二束三文で古道具屋の手に渡って、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかなってしまいましたものと見えて、昨今は長二の作というものを<ruby><rb>頓</rb><rt>とん</rt></ruby>と見かけません。世間でも長二という名人のあった事を知っている者が<ruby><rb>少</rb><rt>すくの</rt></ruby>うございますから、残念でもありますし、又先頃弁じました名人<ruby><rb>競</rb><rt>くらべ</rt></ruby>のうち錦の<ruby><rb>舞衣</rb><rt>まいぎぬ</rt></ruby>にも申述べた通り、何芸によらず昔から名人になるほどの人は凡人でございませぬゆえ、何か面白いお話があろうと存じまして、それからそれへと長二の履歴を探索に取掛りました節、人力車から落されて少々怪我をいたし、<ruby><rb>打撲</rb><rt>うちみ</rt></ruby>で悩みますから、或人の指図で<ruby><rb>相州</rb><rt>そうしゅう</rt></ruby><ruby><rb>足柄下郡</rb><rt>あしがらしもごおり</rt></ruby>の<ruby><rb>湯河原</rb><rt>ゆがわら</rt></ruby>温泉へ<ruby><rb>湯治</rb><rt>とうじ</rt></ruby>に参り、温泉宿<ruby><rb>伊藤周造</rb><rt>いとうしゅうぞう</rt></ruby>方に逗留中、図らず長二の身の上にかゝる<ruby><rb>委</rb><rt>くわ</rt></ruby>しい事を聞出しまして、此のお話が出来上ったのでございます。是が<ruby><rb>真</rb><rt>まこと</rt></ruby>に怪我の功名と申すものかと存じます。<ruby><rb>文政</rb><rt>ぶんせい</rt></ruby>の頃江戸の東両国<ruby><rb>大徳院</rb><rt>だいとくいん</rt></ruby>前に清兵衛と申す指物の名人がござりました。是は京都で指物の名人と呼ばれた<ruby><rb>利齋</rb><rt>りさい</rt></ruby>の一番弟子で、江戸にまいって<ruby><rb>一時</rb><rt>いちじ</rt></ruby>に名を揚げ、<ruby><rb>箱清</rb><rt>はこせい</rt></ruby>といえば<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>知らぬ者もないほどの名人で、当今にても箱清の指した物は<ruby><rb>好事</rb><rt>こうず</rt></ruby>の人が珍重いたすことで、文政十年の十一月五日に八十三歳で歿しました。墓は深川<ruby><rb>亀住町</rb><rt>かめずみちょう</rt></ruby><ruby><rb>閻魔堂</rb><rt>えんまどう</rt></ruby><ruby><rb>地中</rb><rt>じちゅう</rt></ruby>の不動院に<ruby><rb>遺</rb><rt>のこ</rt></ruby>って、戒名を<ruby><rb>參清自空信士</rb><rt>さんせいじくうしんし</rt></ruby>と申します。この清兵衛が追々年を取り、六十を越して思うように仕事も出来ず、女房が<ruby><rb>歿</rb><rt>なくな</rt></ruby>りましたので、弟子の<ruby><rb>恒太郎</rb><rt>つねたろう</rt></ruby>という器用な<ruby><rb>柔順</rb><rt>おとな</rt></ruby>しい若者を養子にして、娘のお<ruby><rb>政</rb><rt>まさ</rt></ruby>を<ruby><rb>娶</rb><rt>めあ</rt></ruby>わせましたが、恒太の<ruby><rb>伎倆</rb><rt>うでまえ</rt></ruby>はまだ鈍うございますから、念入の仕事やむずかしい注文を受けた時は、<ruby><rb>皆</rb><rt>みん</rt></ruby>な長二にさせます。長二は其の頃両親とも<ruby><rb>亡</rb><rt>なくな</rt></ruby>りましたので、<ruby><rb>煮焚</rb><rt>にたき</rt></ruby>をさせる<ruby><rb>雇婆</rb><rt>やといばあ</rt></ruby>さんを置いて、独身で本所<ruby><rb>〆切</rb><rt>しめきり</rt></ruby>に<ruby><rb>世帯</rb><rt>しょたい</rt></ruby>を持って居りましたが、何ういうものですか弟子を置きませんから、下働きをする者に困り、師匠の末の弟子の<ruby><rb>兼松</rb><rt>かねまつ</rt></ruby>という気軽者を借りて、これを相手に仕事をいたして居りますところが、<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>いうとなく長二のことを不器用長二と申しますから、<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>か仕事に下手なところがあるのかと思いますに、<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>ではありません。仕事によっては師匠の清兵衛より優れた所があります。是は長二が他の職人に仕事を指図するに、<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>でも不器用に造るが<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>い、見かけが器用に出来た物に<ruby><rb>永持</rb><rt>ながもち</rt></ruby>をする物はない、永持をしない物は道具にならないから、<ruby><rb>表面</rb><rt>うわべ</rt></ruby>は<ruby><rb>不細工</rb><rt>ぶざいく</rt></ruby>に見えても、<ruby><rb>十百年</rb><rt>とッぴゃくねん</rt></ruby>の後までも<ruby><rb>毀</rb><rt>こわ</rt></ruby>れないように拵えなけりゃ本当の職人ではない、早く造りあげて早く銭を取りたいと思うような卑しい了簡で拵えた道具は、<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>にか卑しい細工が出て、立派な座敷の道具にはならない、是は指物ばかりではない、<ruby><rb>画</rb><rt>え</rt></ruby>でも<ruby><rb>彫物</rb><rt>ほりもの</rt></ruby>でも芸人でも同じ事で、銭を取りたいという野卑な根性や、<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>に褒められたいという<ruby><rb>謟諛</rb><rt>おべっか</rt></ruby>があっては<ruby><rb>美</rb><rt>い</rt></ruby>い事は出来ないから、<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>な了簡を<ruby><rb>打棄</rb><rt>うッちゃ</rt></ruby>って、魂を籠めて不器用に拵えて見ろ、<ruby><rb>屹度</rb><rt>きっと</rt></ruby>美い物が出来上るから、不器用にやんなさいと毎度申しますので、遂に不器用長二と<ruby><rb>綽名</rb><rt>あだな</rt></ruby>をされる様になったのだと申すことで。

二

不器用長二の話を、其の頃浅草蔵前に住居いたしました<ruby><rb>坂倉屋助七</rb><rt>さかくらやすけしち</rt></ruby>と申す<ruby><rb>大家</rb><rt>たいけ</rt></ruby>の主人が聞きまして、面白い職人もあるものだ、<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>て御先祖のお位牌を入れる仏壇にしようと思って<ruby><rb>購</rb><rt>もと</rt></ruby>めて置いた、三宅島の桑板があるから、長二に<ruby><rb>指</rb><rt>さ</rt></ruby>させようと、店の<ruby><rb>三吉</rb><rt>さんきち</rt></ruby>という<ruby><rb>丁稚</rb><rt>でっち</rt></ruby>に言付けて、長二を呼びにやりました。其の頃蔵前の坂倉屋と申しては贅沢を<ruby><rb>極</rb><rt>きわ</rt></ruby>めて、金銭を湯水のように使いますから、諸芸人はなおさら、諸職人とも<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうか</rt></ruby>贔屓を受けたいと願う程でございますゆえ、大抵の職人なら最上等のお得意様が出来たと喜んで、何事を<ruby><rb>措</rb><rt>お</rt></ruby>いても<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に飛んでまいるに、長二は三吉の口上を聞いて喜ぶどころか、不機嫌な<ruby><rb>顔色</rb><rt>かおつき</rt></ruby>で断りましたから、三吉は驚いて帰ってまいりました。助七は三吉の帰りを待ちかねて<ruby><rb>店前</rb><rt>みせさき</rt></ruby>に出て居りまして、

助「三吉<ruby><rb>何故</rb><rt>なぜ</rt></ruby>長二を連れて来ない、留守だったか」

三「いゝえ居りましたが、<ruby><rb>彼奴</rb><rt>あいつ</rt></ruby>は馬鹿でございます」

助「<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>と云った」

三「坂倉屋だか何だか知らないが、物を頼むに人を呼付けるという事アない、<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア呼付けられてへい〱と出て行くような<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>な職人じゃアねえと申しました」

助「フム、それじゃア何か急ぎの仕事でもしていたのだな」

三「ところが<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>じゃございません、<ruby><rb>鉋屑</rb><rt>かんなくず</rt></ruby>の中へ寝転んで煙草を呑んでいました、火の用心の悪い男ですねえ」

助「はてな……手前何と云って行った」

三「<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>ですか、私は仰しゃった通り、蔵前の坂倉屋だが、拵えてもらう物があるから直に来ておくんなさい、蔵前には幾軒も坂倉屋があるから一緒にまいりましょうと云ったんでございます」

助「手前入ると<ruby><rb>突然</rb><rt>いきなり</rt></ruby>其の口上を云って、お辞儀も挨拶もしなかったろう」

三「へい」

助「それを失礼だと思ったのだろう」

三「だって旦那寝転んでいる方が<ruby><rb>余</rb><rt>よっ</rt></ruby>ぽど失礼でしょう」

助「ムヽそれも<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>だが、<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>か気に障った事があるんだろう」

三「左様じゃアございません、全体馬鹿なんです」

助「むやみに<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>の事を馬鹿なんぞというものではございませんぞ」

と丁稚を<ruby><rb>誡</rb><rt>いまし</rt></ruby>めて奥に這入りましたが是まで身柄のある画工でも書家でも、呼びにやると直に来たから、高の知れた指物職人と<ruby><rb>侮</rb><rt>あなど</rt></ruby>って丁稚を<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>ったのは悪かった、<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>の職人とは<ruby><rb>異</rb><rt>かわ</rt></ruby>っているとは聞いていたが、それ程まで見識のある者とは思わなんだ、今の世に珍らしい男である、御先祖様のお位牌を入れる仏壇を指させるには此の上もない職人だと見込みましたから、直に衣服を着替えて、三吉に詫言を云含めながら長二の宅へ参りました。長二は此の時出来上った書棚に気に入らぬ所があると申して、<ruby><rb>才槌</rb><rt>さいづち</rt></ruby>で叩き<ruby><rb>毀</rb><rt>こわ</rt></ruby>そうとするを、兼松が勿体ないと云って留めている混雑中でありますから、助七は門口に暫く控えて立聞きをして居りますと、

長「兼公、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>は<ruby><rb>然</rb><rt>そ</rt></ruby>ういうけれどな、<ruby><rb>拵</rb><rt>こせ</rt></ruby>えた当人が<ruby><rb>拙</rb><rt>まず</rt></ruby>いと思う物で銭を取るのは不親切というものだ、何家業でも不親切な了簡があった日にア、<ruby><rb>梲</rb><rt>うだつ</rt></ruby>のあがる事アねえ」

兼「それだって此のくれえの事ア素人にア分りゃアしねえ」

長「素人に分らねえから不親切だというのだ、素人には分らねえから<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>いと云って拙いのを隠して売付けるのは素人の目を盗むのだから<ruby><rb>盗人</rb><rt>ぬすっと</rt></ruby>も同様だ、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>盗人をしても銭が欲しいのか、<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア<ruby><rb>此様</rb><rt>こん</rt></ruby>な職人だが卑しい事ア<ruby><rb>大嫌</rb><rt>でえきら</rt></ruby>いだ」

と丹誠を<ruby><rb>凝</rb><rt>こら</rt></ruby>して造りあげた書棚をさい槌でばら〱に<ruby><rb>打毀</rb><rt>うちこわ</rt></ruby>しました様子ゆえ、助七は驚きましたが、<ruby><rb>益々</rb><rt>ます〱</rt></ruby>並の職人でないと感服をいたし、やがて表の障子を明けまして、

助「御免なさい、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>は坂倉屋助七と申す者で、少々親方にお願い申したい事があって、先刻出しました召使の者が、早呑込みで粗相を申し、相済みません、其のお詫かた〲まいりました」

と丁寧に申し述べましたから、<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>の長二も驚き、まご〲する兼松に目くばせをして、其の辺に飛散っている書棚の木屑を片付けさせながら、

長「へい、これはどうも恐入りました、此の通り取散かしていますが、<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby><ruby><rb>此方</rb><rt>こちら</rt></ruby>へ」

と<ruby><rb>蓆</rb><rt>ござ</rt></ruby>の上の鉋屑を<ruby><rb>振</rb><rt>ふる</rt></ruby>って敷直しますから、助七は会釈をして<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>へ坐りました。

三

助「御高名は<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>て承知していましたが、つい掛違いまして」

長「<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>もお名前は存じて居りますが、用がありませんからお目にかゝりませんでした、シテ御用と仰しゃるのは」

助「はい、お願い申すこともございますが先刻のお詫をいたします……三吉……そこへ出てお詫をしろ」

三吉は不承々々な顔付で上り口に両手をつきまして、

三「親方さん<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>は口上を間違えまして失礼を致しました、<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうか</rt></ruby>御免なさい」

とお辞儀をいたしますを、長二は不審そうに見ておりましたが、

長「へい<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>でしたか小僧さん、何も謝る事アありません……えゝ旦那……<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>お迎いでしたが、出ぬけられませんからお断り申したんで」

助「それが間違いで、<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby><ruby><rb>三吉</rb><rt>これ</rt></ruby>に、親方に願いたい事があるから<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>に御座るか聞いて来いと申付けたのを間違えて、親方に来てくださるように申したとの事でございます」

長「ムヽ<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>いう事ですか、訳さえ分れば<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>いじゃアありませんか、それより御用の方をお聞き申しましょう」

助「そんならお話し申しますが、実は<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>先年から心掛けて、先祖の位牌を入れて置く仏壇を拵えようと思って、三宅島の桑板の良いのを五十枚ほど<ruby><rb>購</rb><rt>もと</rt></ruby>めましたが、此の仏壇は子孫の代までも永く伝わる物でもあり、又火事に焼けてならんものですから、非常の時は持って逃げる積りです、混雑の中では取落す事もあり、又他から物が<ruby><rb>打付</rb><rt>ぶッつか</rt></ruby>る事もありますゆえ、余ほど丈夫でなければなりませんが、丈夫一式で<ruby><rb>木口</rb><rt>きぐち</rt></ruby>が橋板のように馬鹿に厚くっては、第一重くもあり、お飾り申した処が見にくゝって勿体ないから、<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちょっと</rt></ruby>見た処は通例の仏壇のようで、大抵な事では<ruby><rb>毀</rb><rt>こわ</rt></ruby>れませんように、<ruby><rb>極</rb><rt>ごく</rt></ruby>丈夫に拵えたいという無理な注文でもございますし、それに位牌を入れる物ですから、成るべくは根性の卑しい<ruby><rb>粗忽</rb><rt>そこつ</rt></ruby>な職人に指させたくないと思って、職人を捜して居りました処、親方はお心掛が潔白で、指物にかけては京都の利齋当地の清兵衛親方にも<ruby><rb>優</rb><rt>まさ</rt></ruby>るという評判を聞及びましたから、此の仕事をお願い申したいので、手間料には糸目をかけません、何うぞ<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>が先祖への孝行にもなる事でございますから、この絵図面を<ruby><rb>斟酌</rb><rt>しんしゃく</rt></ruby>して<ruby><rb>一骨</rb><rt>ひとほね</rt></ruby>折ってはくださるまいか」

と仏壇の絵図面を見せますと、長二は寸法などを見較べまして、

長「成程随分難かしい仕事ですが、<ruby><rb>宜</rb><rt>よ</rt></ruby>うがす、此の<ruby><rb>工合</rb><rt>ぐあい</rt></ruby>に<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>ってみましょう…だが急いじゃアいけませんよ、兎も角も板を<ruby><rb>遣</rb><rt>よこ</rt></ruby>してお見せなさい、板の乾き<ruby><rb>塩梅</rb><rt>あんばい</rt></ruby>によっちゃア仕事の都合がありますから」

助「はい、承知いたしました……そんなら<ruby><rb>明朝</rb><rt>みょうあさ</rt></ruby>板をよこすことに致しましょう……えゝ是は少のうございますが、御注文を申した印までに上げて置きます」

と金子を十五両鼻紙に載せて差出しますを、長二は<ruby><rb>宜</rb><rt>よ</rt></ruby>く見もいたさずに押戻しまして、

長「板をよこして注文なさるんですから手金なんざア<ruby><rb>要</rb><rt>い</rt></ruby>りません、出来上って見なければ手間も分りませんから、是はお預け申して置きます」

助「左様いう事ならお預かり申して置きますから、<ruby><rb>御入用</rb><rt>ごいりよう</rt></ruby>の節は<ruby><rb>何時</rb><rt>なんどき</rt></ruby>でも仰しゃってお<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>わしなさい」

と金子を懐中に納めまして、

助「これはお仕事のお邪魔を致しました……そんなら<ruby><rb>何分</rb><rt>なにぶん</rt></ruby>宜しくお願い申します、お暇というはございますまいけれど、自然浅草辺へお出での節はお立寄り下さい」

と<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を告げて助七は立帰り、翌日桑の板を持たせて遣りましたが、其の<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>長二から<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>の沙汰もございません。助七は<ruby><rb>待遠</rb><rt>まちどお</rt></ruby>でなりませんが、長二が急いではいけないと申した口上がありますから、下手に催促をしたら腹を立つだろうと我慢をして待って居りますと、<ruby><rb>七月目</rb><rt>なゝつきめ</rt></ruby>に<ruby><rb>漸々</rb><rt>よう〱</rt></ruby>出来上って、長二が自身に持ってまいりましたから、助七は大喜びで、長二を奥の座敷へ通しました。此の時助七は五十三歳で、女房は先年<ruby><rb>歿</rb><rt>なくな</rt></ruby>って、跡に二十一歳になる<ruby><rb>忰</rb><rt>せがれ</rt></ruby>の<ruby><rb>助藏</rb><rt>すけぞう</rt></ruby>と、十八歳のお<ruby><rb>島</rb><rt>しま</rt></ruby>という娘があります。助七は待ちに待った仏壇が出来た嬉しさに、助藏とお島は勿論、店の番頭手代までを呼び集めて、一々長二に引合わせ、仏壇を見せて其の<ruby><rb>伎倆</rb><rt>うでまえ</rt></ruby>を<ruby><rb>賞</rb><rt>ほ</rt></ruby>め、長二を<ruby><rb>懇</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>にもてなしました。

四

助「時に親方、つかん事を聞くようだが、先頃尋ねた<ruby><rb>折</rb><rt>おり</rt></ruby><ruby><rb>台所</rb><rt>だいどこ</rt></ruby>にいたのは親方のお<ruby><rb>母</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>さんかね」

長「いゝえ、お母は<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>が十七の時死にました、あれは<ruby><rb>飯焚</rb><rt>めしたき</rt></ruby>の雇い婆さんです」

助「そんなら未だ家内は持たないのかね」

長「はい、<ruby><rb>嚊</rb><rt>かゝあ</rt></ruby>があると銭のことばかり云って仕事の邪魔になっていけませんから持たないんです」

助「親方のように稼げば、銭に困ることはあるまいに」

長「銭は随分取りますが、持っている事が出来ない性分ですから」

助「職人衆は<ruby><rb>皆</rb><rt>みん</rt></ruby>な<ruby><rb>然</rb><rt>そ</rt></ruby>うしたものだが、親方は何が道楽だね」

長「何も道楽というものあないんですが、只正直な人で、貧乏をしている者を見ると気の毒でならないから、持ってる銭をくれてやりたくなるのが病です」

助「フム<ruby><rb>良</rb><rt>い</rt></ruby>い病だ……面白い道楽だが、貧乏人に<ruby><rb>余</rb><rt>あんま</rt></ruby>り金を遣りすぎると<ruby><rb>却</rb><rt>かえ</rt></ruby>って其の人の害になる事があるから、気を付けなければいけません」

長「其のくれえの事ア知っています、其の人の身分相応に恵まないと、贅沢をやらかしていけません」

助「感心だ……名人になる人は<ruby><rb>異</rb><rt>かわ</rt></ruby>ったものだ、のうお島」

島「<ruby><rb>左様</rb><rt>さよう</rt></ruby>でございます、誠に<ruby><rb>善</rb><rt>よ</rt></ruby>いお心掛で」

と長二の顔を見る途端に、長二もお島の顔を見ましたから、お島は間の悪そうに眼もとをぽうッと<ruby><rb>赧</rb><rt>あか</rt></ruby>くして下を向きます。長二は此の時二十八歳の若者で、眼がきりゝとして鼻筋がとおり、<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>となく苦味ばしった、色の浅黒い立派な男でございますが、酒は嫌いで、他の職人達が婦人の<ruby><rb>談</rb><rt>はなし</rt></ruby>でもいたしますと<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>るという程の真面目な男で、只腕を磨く一方にのみ身を入れて居りますから、<ruby><rb>外見</rb><rt>みえ</rt></ruby>も飾りもございません。今日坂倉屋へ注文の品を納めにまいりますにも仕事着のまゝで、膝の抜けかゝった<ruby><rb>盲縞</rb><rt>めくらじま</rt></ruby>の股引に、垢染みた<ruby><rb>藍</rb><rt>あい</rt></ruby>の<ruby><rb>万筋</rb><rt>まんすじ</rt></ruby>の<ruby><rb>木綿袷</rb><rt>もめんあわせ</rt></ruby>の前をいくじなく合せて、縄のような三尺を締め、袖に<ruby><rb>鉤裂</rb><rt>かぎざき</rt></ruby>のある<ruby><rb>印半纏</rb><rt>しるしばんてん</rt></ruby>を<ruby><rb>引掛</rb><rt>ひっか</rt></ruby>けていて、動くたんびに何処からか<ruby><rb>鋸屑</rb><rt>のこぎりくず</rt></ruby>が<ruby><rb>翻</rb><rt>こぼ</rt></ruby>れるという始末でございますから、お島は長二を<ruby><rb>美</rb><rt>い</rt></ruby>い男とは思いませんが、<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>て父助七から長二の行いの<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>に<ruby><rb>異</rb><rt>かわ</rt></ruby>っていることを聞いて居ります上に、今また年に似合わぬ<ruby><rb>善</rb><rt>よ</rt></ruby>い心掛なのを聞いて深く心に感じ、これにひきかえて兄の助藏が放蕩に金銭を使い捨てるに思い較べて、<ruby><rb>窃</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに恥じましたから、ちょっと赤面致したので、また長二もお島を見て別に美しいとも思いませんが、是まで貧民に金銭を施すのを、職人の分際で余計な事だ、馬鹿々々しいから止せと留める者は<ruby><rb>幾許</rb><rt>いくら</rt></ruby>もありましたが、褒める人は一人もありませんでしたに、今十七か十八のお嬢さんが褒めたのでありますから、長二は又お島が褒めた心に感心を致して、其の顔を見たのでございます。助七はそれらの事に<ruby><rb>毫</rb><rt>すこし</rt></ruby>も心づかず、

「親方の施し道楽は至極結構だが、女房を持たないと<ruby><rb>活計向</rb><rt>くらしむき</rt></ruby>に損がありますから、早く<ruby><rb>良</rb><rt>い</rt></ruby>いのをお貰いなさい」

長「そりゃア知っていますが、女という奴ア<ruby><rb>吝</rb><rt>けち</rt></ruby>なもんで、お嬢さんのように施しを褒めてくれる女はございませんから持たないんです」

助「フム左様さ、女には教えがないから、仁だの義だのという事は分らないのは<ruby><rb>道理</rb><rt>もっとも</rt></ruby>だ、此の娘なぞは<ruby><rb>良</rb><rt>よ</rt></ruby>い所へ嫁に遣ろうと思って、師匠を<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ呼んで、<ruby><rb>読書</rb><rt>よみかき</rt></ruby>から諸芸を仕込んだのだから、兎も角も理非の弁別がつくようになったんだが、随分金がかゝるから大抵の家では女にまでは<ruby><rb>行届</rb><rt>ゆきとゞ</rt></ruby>きません、それに女という奴は嫁入りという大物入がありますからなア、物入と云やア娘も其の内何処かへ嫁に遣らなければなりませんが、其の時の<ruby><rb>箪笥</rb><rt>たんす</rt></ruby><ruby><rb>三重</rb><rt>みかさね</rt></ruby>と用箪笥を親方に願いたい、<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうか</rt></ruby>心懸けて木の<ruby><rb>良</rb><rt>い</rt></ruby>いのを見付けてください」

長「<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まりましたが、<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだっ</rt></ruby>て職人の兼という奴が、<ruby><rb>鑿</rb><rt>のみ</rt></ruby>で足の<ruby><rb>拇指</rb><rt>おやゆび</rt></ruby>を<ruby><rb>突切</rb><rt>つッき</rt></ruby>った傷が<ruby><rb>破傷風</rb><rt>はしょうふう</rt></ruby>にでもなりそうで、<ruby><rb>甚</rb><rt>ひど</rt></ruby>く痛むと云いますから、相州の湯河原へ湯治にやろうと思いますが、病人を一人遣る訳にもいきませんから、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>も<ruby><rb>幼</rb><rt>ちい</rt></ruby>さい時怪我をした背中の<ruby><rb>旧傷</rb><rt>ふるきず</rt></ruby>が暑さ寒さに悩みますので、一緒に行って<ruby><rb>序</rb><rt>つい</rt></ruby>でに湯治をして来ようと思いますので、お急ぎではどうも」

助「いゝや今が今というのではありません、行儀を覚えさせるため来月お出入<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>の筒井様の奥へ御奉公にあげる積りですから、<ruby><rb>娘</rb><rt>これ</rt></ruby>が<ruby><rb>下</rb><rt>さが</rt></ruby>るまでゞ<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>いんです」

長「そんなら拵えましょう」

助「湯河原は<ruby><rb>打撲</rb><rt>うちみ</rt></ruby>と<ruby><rb>金瘡</rb><rt>きりきず</rt></ruby>には<ruby><rb>能</rb><rt>い</rt></ruby>いというから、<ruby><rb>緩</rb><rt>ゆっく</rt></ruby>り湯治をなさるが<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>い、<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>てはこの仏壇の作料を上げましょう、<ruby><rb>幾許</rb><rt>いくら</rt></ruby>あげたらよいね」

長「左様……別段の御注文でしたから<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめし</rt></ruby>に<ruby><rb>適</rb><rt>かな</rt></ruby>うように拵えましたので、思ったより手間がかゝりましたが……百両で<ruby><rb>宜</rb><rt>よ</rt></ruby>うございます」

其の頃の百両と申す金は当節の千両にも向う大金で、如何に念入でも<ruby><rb>一個</rb><rt>ひとつ</rt></ruby>の仏壇の細工料が百両とは余り法外でございますから、助七は<ruby><rb>恟</rb><rt>びっく</rt></ruby>りして、<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>にも云わず、暫く長二の顔を見詰めて居りました。

五

助七は仏壇の細工は十分心に適って丈夫そうには出来たが、百両の手間がかゝったとは思えません、これは己が余り褒めすぎたのに附込んで、己の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>が金持だから法外の事をいうのであろう、<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>は<ruby><rb>此奴</rb><rt>こいつ</rt></ruby>は潔白な気性だと思いの<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>、卑しい了簡の奴だなと腹が立ちましたから、

助「おい親方、この仏壇の板は<ruby><rb>此方</rb><rt>こっち</rt></ruby>から出したのだよ、百両とはお前間違いではないか」

長「へい、板を戴いた事ア知っています、何も間違いではございません」

助「是だけの手間が百両とは少し法外ではないか」

長「そう思召しましょうが、それだけ手間がかゝったのです、百両出せないと仰しゃるなら宜うがす元の通りの板をお返し申しますから仏壇は持って帰ります……素人衆には分りますまいよ」

と云いながら仏壇を持ちて帰ろうといたしますから、助七が<ruby><rb>押留</rb><rt>おしと</rt></ruby>めまして、

助「親方、まア待ちなさい、素人に分らないというが、百両という<ruby><rb>価値</rb><rt>ねうち</rt></ruby>の細工が何処にあるのだえ」

長「はい……旦那御注文の時何と仰しゃいました、この仏壇は大切の品だから、火事などで持出す時、他の物が<ruby><rb>打付</rb><rt>ぶッつか</rt></ruby>っても、又<ruby><rb>落</rb><rt>おっ</rt></ruby>ことしても<ruby><rb>毀</rb><rt>こわ</rt></ruby>れないようにしたいが、丈夫一式で見てくれが<ruby><rb>拙</rb><rt>まず</rt></ruby>くっては困ると仰しゃったではございませんか、随分無理な注文ですが、出来ない事はありませんから、釘一本<ruby><rb>他手</rb><rt>ひとで</rt></ruby>にかけず一生懸命に<ruby><rb>精神</rb><rt>たましい</rt></ruby>を入れて、<ruby><rb>漸々</rb><rt>よう〱</rt></ruby>御注文通りに拵え上げたのです……<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>ア注文に違ってる品を<ruby><rb>瞞</rb><rt>ごま</rt></ruby>かして納めるような不親切をする事ア<ruby><rb>大嫌</rb><rt>でえきれ</rt></ruby>えです……最初手間料に糸目をつけないと仰しゃったから請負ったので、斯ういう<ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>は出来上ってみないと<ruby><rb>幾許</rb><rt>いくら</rt></ruby>戴いて<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>いか分りません、此の仏壇に打ってある六十四本の釘には一本〱私の精神が打込んでありますから、随分<ruby><rb>廉</rb><rt>やす</rt></ruby>い手間料だと思います」

助「フム、その講釈の通りなら百両は廉いものだが、火事の時<ruby><rb>竹長持</rb><rt>たけながもち</rt></ruby>の棒でも<ruby><rb>突</rb><rt>つッ</rt></ruby>かけられたら此の辺の合せ目がミシリといきそうだ」

長「その御心配は<ruby><rb>御道理</rb><rt>ごもっとも</rt></ruby>ですが、外から<ruby><rb>何様</rb><rt>どん</rt></ruby>な物が<ruby><rb>打付</rb><rt>ぶッつか</rt></ruby>っても釘の離れるようなことア決してありませんが中から<ruby><rb>強</rb><rt>ひど</rt></ruby>く打付けては事によると離れましょう、<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し仏壇ですから中から打付かるものは花立が倒れるとか、香炉が<ruby><rb>転</rb><rt>ころが</rt></ruby>るぐれえの事ですから、<ruby><rb>気遣</rb><rt>きづけ</rt></ruby>えはございません、嘘だと思召すなら丁度今途中で買って来た<ruby><rb>才槌</rb><rt>せいづち</rt></ruby>を持ってますから、これで<ruby><rb>打擲</rb><rt>ぶんなぐ</rt></ruby>ってごらんなせい」

と腰に挿していた<ruby><rb>樫</rb><rt>かし</rt></ruby>の<ruby><rb>才槌</rb><rt>さいづち</rt></ruby>を助七の前へ投出しました。助七は今の口上を聞き、成ほど普通の品より、手堅く出来てはいようが、元々釘で<ruby><rb>打付</rb><rt>うちつ</rt></ruby>けたものだから叩いて毀れぬ事はない、高慢をいうにも程があると思いましたゆえ、

助「そりゃア親方が丹誠をして<ruby><rb>拵</rb><rt>こさ</rt></ruby>えたのだから少しぐらいの事では毀れもしまいが、此の<ruby><rb>才搥</rb><rt>さいづち</rt></ruby>で<ruby><rb>擲</rb><rt>なぐ</rt></ruby>って毀れないとは<ruby><rb>些</rb><rt>ちっ</rt></ruby>と<ruby><rb>高言</rb><rt>こうげん</rt></ruby>が<ruby><rb>過</rb><rt>すぎ</rt></ruby>るようだ」

と<ruby><rb>嘲笑</rb><rt>あざわら</rt></ruby>いましたから、正直<ruby><rb>一途</rb><rt>いちず</rt></ruby>の長二はむっと致しまして、

長「旦那……高言か高言でねえか<ruby><rb>打擲</rb><rt>ぶんなぐ</rt></ruby>ってごらんなせい、打擲って一本でも釘が<ruby><rb>弛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>んだ日にゃア手間は一文も戴きません」

助「ムヽ面白い、此の才槌で力一ぱいに叩いて毀れなけりゃア千両で買ってやろう」

と才槌を持って立上りますを、先刻から心配しながら双方の問答を聞いていましたお島が引留めまして、

島「お<ruby><rb>父</rb><rt>とっ</rt></ruby>さん……短気なことを遊ばしますな、折角見事に出来ましたお仏壇を」

助「見事か知らないが、己には気にくわない仏壇だから<ruby><rb>打毀</rb><rt>ぶちこわ</rt></ruby>すのだ」

島「ではございましょうが、このお仏壇をお打ちなさるのは御先祖様をお打ちなさるようなものではございませんか」

助「ムヽ<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>かな」

と助七は<ruby><rb>一時</rb><rt>いちじ</rt></ruby>お島の言葉に立止りましたが、<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>は長二の奴も、先祖の位牌を入れる仏壇ゆえ、遠慮して<ruby><rb>吾</rb><rt>われ</rt></ruby>が打つまいと思って、<ruby><rb>斯様</rb><rt>かよう</rt></ruby>な高言を<ruby><rb>吐</rb><rt>は</rt></ruby>いたに違いない、憎さも憎し、見事叩っ毀して面の皮を<ruby><rb>引剥</rb><rt>ひんむ</rt></ruby>いてくりょう。と額に太い青筋を出して、お島を<ruby><rb>押退</rb><rt>おしの</rt></ruby>けながら、

助「まだお位牌を入れないから構う事アない……見ていろ、ばら〱にして見せるから」

と助七は才槌を<ruby><rb>揮</rb><rt>ふ</rt></ruby>り上げ、力に任せて何処という嫌いなく続けざまに仏壇を打ちましたが、板に<ruby><rb>瑕</rb><rt>きず</rt></ruby>が付くばかりで、<ruby><rb>止口</rb><rt>とめぐち</rt></ruby><ruby><rb>釘締</rb><rt>くぎじめ</rt></ruby>は少しも<ruby><rb>弛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>みません。助七は<ruby><rb>大家</rb><rt>たいけ</rt></ruby>の主人で重い物は傘の<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>持った事のない上に、年をとって居りますから、もう力と息が続きませんので、呆れて才槌を<ruby><rb>投</rb><rt>ほう</rt></ruby>り出して<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>へ尻餅をつき、せい〱いって、自分で右の手首を揉みながら、

助「お島……水を一杯……速く」

と云いますから、お島が急いで持ってまいった茶碗の水をグッと呑みほして<ruby><rb>太息</rb><rt>おおいき</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>き、顔色を<ruby><rb>和</rb><rt>やわら</rt></ruby>げまして、

助「親方……恐入りました……誠に感服……名人だ……名人の作の仏壇、千両でも<ruby><rb>廉</rb><rt>やす</rt></ruby>い、約束通り千両出しましょう」

長「アハヽヽ<ruby><rb>精神</rb><rt>たましい</rt></ruby>を籠めた処が分りましたか、<ruby><rb>私</rb><rt>わっちゃ</rt></ruby>ア自慢をいう事ア<ruby><rb>大嫌</rb><rt>だいきら</rt></ruby>いだが、それさえ分れば<ruby><rb>宜</rb><rt>よ</rt></ruby>うがす、<ruby><rb>此様</rb><rt>こんな</rt></ruby>に瑕が付いちゃア道具にはなりませんから、持って帰って其の内に見付かり次第、元の通りの板はお返し申します」

助「そりゃア困る、瑕があっても構わないから千両で引取ろうというのだ」

長「千両なんて<ruby><rb>価値</rb><rt>ねうち</rt></ruby>はありません」

助「だって<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby><ruby><rb>賭</rb><rt>かけ</rt></ruby>をしたから」

長「そりゃア旦那が勝手に仰しゃったので、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>が千両下さいと云ったのじアねえのです、<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>ア賭事ア<ruby><rb>性来</rb><rt>うまれつき</rt></ruby>嫌いです」

助「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>だろうが、これは別物だ」

長「何だか知りませんが、<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>の仕事を疑ぐるというのが<ruby><rb>全体</rb><rt>ぜんてえ</rt></ruby>気にくわないから持って帰るんです、<ruby><rb>銭金</rb><rt>ぜにかね</rt></ruby>に目を<ruby><rb>眩</rb><rt>く</rt></ruby>れて仕事をする職人じゃアございません」

と仏壇を持出しそうにする心底の潔白なのに、助七は益々感服いたしまして、

助「まア待ってください……親方……<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>がお前の仕事を疑ぐって、折角丹誠の仏壇を瑕物にしたのは重々わるかった、其処んところは幾重にもお詫をしますから、<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>仏壇は置いて行ってください」

長「だって<ruby><rb>此様</rb><rt>こんな</rt></ruby>に瑕が付いてるものは上げられねえ」

助「それが却って貴いのだ、聖堂の林様はお出入だから殿様にお願い申して、<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>が才槌で瑕をつけた<ruby><rb>因由</rb><rt>いわれ</rt></ruby>を<ruby><rb>記</rb><rt>か</rt></ruby>いて戴いて、其の書面を此の仏壇に添えて子孫に譲ろうと思いますから、親方機嫌を直して下さい」

と<ruby><rb>只管</rb><rt>ひたすら</rt></ruby>に頼みますから、長二も其の考えを面白く思い、打解けて仏壇を持帰るのを見合せましたから、助七は大喜びで、無類の仏壇が出来た<ruby><rb>慶</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びの印として手間料の外に金百両を添えて出しましたが、長二は何うしてもこれを受けませんで、手間料だけ貰って帰りました。助七は<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>林大學頭</rb><rt>はやしだいがくのかみ</rt></ruby>様の<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ参り、殿様に右の次第を申上げますと、殿様も長二の潔白なる心底と<ruby><rb>伎倆</rb><rt>ぎりょう</rt></ruby>の非凡なるに感服されましたから、直に筆を<ruby><rb>執</rb><rt>と</rt></ruby>って前の始末を文章に<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めて下さいました。其の文章は四角な文字ばかりで<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>どもには読めませんが、是も<ruby><rb>亦</rb><rt>また</rt></ruby>名文で、<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>になっては其の<ruby><rb>書物</rb><rt>かきもの</rt></ruby>ばかりでも大層な<ruby><rb>価値</rb><rt>ねうち</rt></ruby>があると申す事でございます。斯様に林大學頭様の折紙が付いている<ruby><rb>宝物</rb><rt>ほうもつ</rt></ruby>で、私も一度拝見しましたが御維新後坂倉屋が<ruby><rb>零落</rb><rt>おちぶ</rt></ruby>れまして、本所<ruby><rb>横網</rb><rt>よこあみ</rt></ruby>辺へ<ruby><rb>引込</rb><rt>ひっこ</rt></ruby>みました時隣家より出た火事に仏壇も折紙も一緒に焼いてしまったそうで、如何にも残念な事でございます。それは<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>の話で此の仏壇の事が江戸市中の評判となり、大學頭様も感心なされて、諸大名や<ruby><rb>御旗下</rb><rt>おはたもと</rt></ruby>衆へ吹聴をなされましたから、長二の名が一時に広まって、指物師の名人と云えば、あゝ不器用長二かというように名高くなりまして、諸方から<ruby><rb>夥</rb><rt>おびたゞ</rt></ruby>しく注文がまいりますが、手伝の兼松は足の<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>で悩み、自分も此の頃の寒気のため背中の<ruby><rb>旧疵</rb><rt>ふるきず</rt></ruby>が<ruby><rb>疼</rb><rt>いた</rt></ruby>み、当分仕事が出来ないと云って諸方の注文を断り、親方清兵衛に<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を頼んで、文政三<ruby><rb>辰年</rb><rt>たつどし</rt></ruby>の十一月の<ruby><rb>初旬</rb><rt>はじめ</rt></ruby>、兼松を引連れ、湯治のため相州湯河原の温泉へ出立いたしました。

六

湯河原の温泉は、相州足柄下郡<ruby><rb>宮上村</rb><rt>みやかみむら</rt></ruby>と申す処にございまして、当今は<ruby><rb>土肥次郎實平</rb><rt>どいじろうさねひら</rt></ruby>の出た処というので土肥村と改まりまして、<ruby><rb>城堀村</rb><rt>しろほりむら</rt></ruby>にある實平の城山は、<ruby><rb>真鶴港</rb><rt>まなづるみなと</rt></ruby>から上陸して、<ruby><rb>吉浜</rb><rt>よしはま</rt></ruby>を四五丁まいると向うに見えます。吉浜から宮上村まで此の間は爪先上りの<ruby><rb>路</rb><rt>みち</rt></ruby>で一里四丁ほどです。温泉宿は湯屋（<ruby><rb>加藤廣吉</rb><rt>かとうひろきち</rt></ruby>）藤屋（<ruby><rb>加藤文左衛門</rb><rt>かとうぶんざえもん</rt></ruby>）藤田屋（<ruby><rb>加藤林平</rb><rt>かとうりんぺい</rt></ruby>）上野屋（<ruby><rb>渡邊定吉</rb><rt>わたなべさだきち</rt></ruby>）伊豆屋（<ruby><rb>八龜藤吉</rb><rt>やかめとうきち</rt></ruby>）などで、当今は伊藤周造に<ruby><rb>天野</rb><rt>あまの</rt></ruby><ruby><rb>某</rb><rt>なにがし</rt></ruby>などいう立派な宿も出来まして、<ruby><rb>何</rb><rt>いず</rt></ruby>れも繁昌いたしますが、文政の頃は藤屋が盛んでしたから、長二と兼松は此の藤屋へ宿を取りました。温泉は川岸から<ruby><rb>湧出</rb><rt>わきだ</rt></ruby>しまして、石垣で積上げてある所を<ruby><rb>惣湯</rb><rt>そうゆ</rt></ruby>と申しますが、追々<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>けて、当今は<ruby><rb>河中</rb><rt>かわなか</rt></ruby>の湯、<ruby><rb>河下</rb><rt>かわしも</rt></ruby>の湯、<ruby><rb>儘根</rb><rt>まゝね</rt></ruby>の湯、<ruby><rb>下</rb><rt>しも</rt></ruby>の湯、<ruby><rb>南岸</rb><rt>みなみぎし</rt></ruby>の湯、<ruby><rb>川原</rb><rt>かわら</rt></ruby>の湯、<ruby><rb>薬師</rb><rt>やくし</rt></ruby>の湯と<ruby><rb>七湯</rb><rt>しちとう</rt></ruby>に分れて、内湯を引いた宿が多くなりました。湯の温度は百六十三度<ruby><rb>乃至</rb><rt>ないし</rt></ruby>百五度ぐらいで、<ruby><rb>打撲</rb><rt>うちみ</rt></ruby><ruby><rb>金瘡</rb><rt>きりきず</rt></ruby>は勿論、胃病、便秘、子宮病、<ruby><rb>僂麻質私</rb><rt>りょうまちす</rt></ruby>などの諸病に<ruby><rb>効能</rb><rt>きゝめ</rt></ruby>があると申します。西は西山、東は上野山、南は<ruby><rb>向山</rb><rt>むこうやま</rt></ruby>、北は<ruby><rb>藤木山</rb><rt>ふじきやま</rt></ruby>という山で囲まれている<ruby><rb>山間</rb><rt>やまあい</rt></ruby>の村で、<ruby><rb>総名</rb><rt>そうみょう</rt></ruby>を<ruby><rb>本沢</rb><rt>ほんざわ</rt></ruby>と申して、藤木川、<ruby><rb>千歳川</rb><rt>ちとせがわ</rt></ruby>などいう川が通っております。此の藤木川の<ruby><rb>流</rb><rt>ながれ</rt></ruby>が、当今静岡県と神奈川県の<ruby><rb>境界</rb><rt>さかい</rt></ruby>になって居ります。千歳川の<ruby><rb>下</rb><rt>しも</rt></ruby>に<ruby><rb>五所</rb><rt>ごしょ</rt></ruby>明神という古い<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>があります。此の社を境にして下の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>を<ruby><rb>宮下村</rb><rt>みやしたむら</rt></ruby>と申し、<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>の方を宮上村と申すので、宮下の<ruby><rb>方</rb><rt>ほう</rt></ruby>は戸数八十<ruby><rb>余</rb><rt>あまり</rt></ruby>、人口五百七十ばかり、宮上村は湯河原のことで、此の方は戸数三十余、人口二百七十ばかりで、田畑が少のうございますから、温泉宿の外は<ruby><rb>近傍</rb><rt>もより</rt></ruby>の山々から石を切出したり、炭を焼いたり、<ruby><rb>種々</rb><rt>しゅ〲</rt></ruby>の山稼ぎをいたして<ruby><rb>活計</rb><rt>くらし</rt></ruby>を立っている様子です。此の所から小田原まで五里十九丁、熱海まで二里半<ruby><rb>余</rb><rt>よ</rt></ruby>で、<ruby><rb>何</rb><rt>いず</rt></ruby>れへまいるのにも<ruby><rb>路</rb><rt>みち</rt></ruby>は宜しくございませんが、温泉のあるお蔭で年中旅客が絶えず、中々繁昌をいたします。さて長二と兼松は温泉宿藤屋に逗留して、<ruby><rb>二週</rb><rt>ふたまわり</rt></ruby>ほど湯治をいたしたので、<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち<ruby><rb>効験</rb><rt>きゝめ</rt></ruby>が<ruby><rb>顕</rb><rt>あら</rt></ruby>われて、両人とも<ruby><rb>疵所</rb><rt>きずしょ</rt></ruby>の<ruby><rb>疼</rb><rt>いた</rt></ruby>みが薄らぎましたから、少し退屈の気味で、

兼「<ruby><rb>長</rb><rt>ちょう</rt></ruby>兄い……不思議だな、<ruby><rb>一昨日</rb><rt>おとゝい</rt></ruby>あたりからズキ〱する疼みが<ruby><rb>失</rb><rt>なくな</rt></ruby>ってしまった、能く利く湯だなア」

長「それだから<ruby><rb>此様</rb><rt>こん</rt></ruby>な山ん中へ来る人があるんだ」

兼「本当に<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>だ、怪我でもしなけりゃア来る処じゃアねえ、<ruby><rb>此処</rb><rt>こけ</rt></ruby>え来て見ると怪我人もあるもんだなア」

長「ムヽ、伊豆<ruby><rb>相模</rb><rt>さがみ</rt></ruby>は石山が多いから、<ruby><rb>石切職人</rb><rt>いしきりじょくにん</rt></ruby>が始終怪我をするそうだ、見ねえ来ている奴ア大抵石切だ、どんな怪我でも<ruby><rb>一週</rb><rt>ひとまわり</rt></ruby>か二週で<ruby><rb>癒</rb><rt>なお</rt></ruby>るということだが、<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い塩梅にしたもんじゃアねえか、そういう怪我を<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>する処にゃア、斯ういう温泉が湧くてえのは」

兼「それが<ruby><rb>天道</rb><rt>てんとう</rt></ruby>人を殺さずというのだ、<ruby><rb>世界</rb><rt>せけえ</rt></ruby>の事ア<ruby><rb>皆</rb><rt>み</rt></ruby>んな<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>な<ruby><rb>塩梅</rb><rt>あんべい</rt></ruby>に都合よくなってるんだけれど、人間というお世話やきが出てごちゃまかして面倒くさくしてしまッたんだ」

長「旨い事を知ってるなア、感心だ」

兼「旨いと云やア、それ<ruby><rb>此処</rb><rt>こけ</rt></ruby>え来る時、船から上って、ソレ休んだ<ruby><rb>処</rb><rt>とこ</rt></ruby>ア<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>とか云ったっけ」

長「浜辺の<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い景色の<ruby><rb>処</rb><rt>ところ</rt></ruby>か」

兼「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>よ」

長「ありゃア吉浜という処よ」

兼「それから飯を喰った<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>は何とか云ったッけ」

長「橋本屋よ」

兼「ムヽ橋本屋だ、<ruby><rb>彼家</rb><rt>あすこ</rt></ruby>で喰った<ruby><rb>￼</rb><rt>めばる</rt></ruby>の<ruby><rb>煮肴</rb><rt>にざかな</rt></ruby>は<ruby><rb>素的</rb><rt>すてき</rt></ruby>に旨かったなア」

長「魚が新らしいのに、船で<ruby><rb>臭</rb><rt>くせ</rt></ruby>え飯を喰った<ruby><rb>挙句</rb><rt>あげく</rt></ruby>だったからよ」

兼「そうかア知らねいが、今に忘れられねえ、<ruby><rb>全体</rb><rt>ぜんてい</rt></ruby><ruby><rb>此辺</rb><rt>こけいら</rt></ruby>は<ruby><rb>浜方</rb><rt>はまかた</rt></ruby>が近いにしちゃア魚が少ねえ、鯛に<ruby><rb>比目魚</rb><rt>ひらめ</rt></ruby>か<ruby><rb>￼</rb><rt>めばる</rt></ruby>に<ruby><rb>鯥</rb><rt>むつ</rt></ruby>、それでなけりゃア<ruby><rb>方頭魚</rb><rt>あまでい</rt></ruby>と毎日の御馳走が極っているのに、料理<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>がいろ〱して喰わせるのが上手だぜ」

長「そういうと<ruby><rb>豪気</rb><rt>ごうぎ</rt></ruby>に<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>で奢ってるようだが、<ruby><rb>水洟</rb><rt>みずッぱな</rt></ruby>をまぜてこせえた婆さんの<ruby><rb>惣菜</rb><rt>そうざい</rt></ruby>よりア旨かろう」

兼「そりゃア知れた事だが、湯治とか何とか云やア贅沢が出るもんだ」

長「贅沢と云やア<ruby><rb>雉子</rb><rt>きじ</rt></ruby>の<ruby><rb>打</rb><rt>うち</rt></ruby>たてだの、山鳩や<ruby><rb>鵯</rb><rt>ひよどり</rt></ruby>は江戸じゃア喰えねえ、<ruby><rb>此間</rb><rt>こねえだ</rt></ruby>のア旨かったろう」

兼「ムヽあれか、ありゃア旨かった、それに<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>の時喰った<ruby><rb>大根</rb><rt>でいこ</rt></ruby>さ、<ruby><rb>此方</rb><rt>こっち</rt></ruby>の大根は甘味があって<ruby><rb>旨</rb><rt>うめ</rt></ruby>え、それに沢庵もおつだ、細くって小せえが、甘味のあるのは別だ、<ruby><rb>自然薯</rb><rt>じねんじょ</rt></ruby>も本場だ、こんな話をすると<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>か喰いたくなって堪らねえ」

長「よく喰いたがる男だ、折角疵が癒りかけたのに<ruby><rb>油濃</rb><rt>あぶらッこ</rt></ruby>い物を喰っちゃア悪いよ」

兼「毒になるものア喰やアしねいが、退屈だから喰う事より外ア<ruby><rb>楽</rb><rt>たのし</rt></ruby>みがねえ……蕎麦粉の<ruby><rb>良</rb><rt>い</rt></ruby>いのがあるから打ってもらおうか」

長「<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア喰いたくねえが、少し<ruby><rb>相伴</rb><rt>つきあ</rt></ruby>おうよ」

兼「そりゃア有難い」

と兼松が女中を呼んで蕎麦の注文を致します。馴れたもので程なく打あげて、見なれない婆さんが二階へ持ってまいりました。

七

兼「こりゃア早い、いや大きに御苦労……兄い<ruby><rb>一杯</rb><rt>いっぺい</rt></ruby>やるか」

長「<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア飲まないが、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>一本やんない」

兼「そんなら婆さん、酒を一合つけて来てくんねえ」

婆「はい、<ruby><rb>下物</rb><rt>さかな</rt></ruby>はどうだね」

兼「何があるえ」

婆「<ruby><rb>鯛</rb><rt>たえ</rt></ruby>と<ruby><rb>鶏卵</rb><rt>たまご</rt></ruby>の<ruby><rb>汁</rb><rt>つゆ</rt></ruby>があるがね」

兼「それじゃア<ruby><rb>鯛</rb><rt>たい</rt></ruby>の塩焼に鶏卵の汁を<ruby><rb>二人前</rb><rt>ふたりまえ</rt></ruby>くんねえ」

婆「はい、<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に持って来やす」

と婆さんは下へ降りてまいりました。

長「<ruby><rb>兼公</rb><rt>かねこう</rt></ruby>見なれねえ婆さんだなア」

兼「<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>の婆さんよりア<ruby><rb>穢</rb><rt>きた</rt></ruby>ねえようだ、あの婆さんの打った蕎麦だと<ruby><rb>醤汁</rb><rt>したじ</rt></ruby>はいらねいぜ」

長「なぜ」

兼「だって<ruby><rb>水洟</rb><rt>みずッぱな</rt></ruby>で塩気がたっぷりだから」

長「穢ねいことをいうぜ」

と蕎麦を少し<ruby><rb>摘</rb><rt>つま</rt></ruby>んで喰ってみて、

兼「そんなに馬鹿にしたものじゃアねえ、中々<ruby><rb>旨</rb><rt>うめ</rt></ruby>え……兄い喰ってみねえ……おゝ婆さん、お<ruby><rb>燗</rb><rt>かん</rt></ruby>が出来たか」

婆「大きに手間取りやした、お酌をしますかえ」

兼「<ruby><rb>一杯</rb><rt>いっぺい</rt></ruby>頼もうか……婆さんなか〱お酌が上手だね」

婆「上手にもなるだア、<ruby><rb>若</rb><rt>わけ</rt></ruby>い時から<ruby><rb>此家</rb><rt>こっち</rt></ruby>でお客の相手えしたからよ」

兼「だってお前今日初めて見かけたのだぜ」

婆「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>だがね、<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>イ三十の時から<ruby><rb>此家</rb><rt>こっち</rt></ruby>へ奉公して、六年<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>に近所へ<ruby><rb>世帯</rb><rt>しょたい</rt></ruby>を持ったのだが、<ruby><rb>忙</rb><rt>せわ</rt></ruby>しねえ時ア斯うして<ruby><rb>毎度</rb><rt>めいど</rt></ruby>手伝に来るのさ、<ruby><rb>一昨日</rb><rt>おとつい</rt></ruby>おせゆッ<ruby><rb>娘</rb><rt>こ</rt></ruby>が<ruby><rb>塩梅</rb><rt>あんべい</rt></ruby>がわりいって<ruby><rb>城堀</rb><rt>しろほり</rt></ruby>へ<ruby><rb>帰</rb><rt>けえ</rt></ruby>ったから、当分<ruby><rb>手伝</rb><rt>てつで</rt></ruby>えに来たのさ」

兼「ムヽ<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>かえ、そうして婆さんお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>年は<ruby><rb>幾歳</rb><rt>いくつ</rt></ruby>だえ」

婆「もうはア五十八になりやす」

兼「兄い、田舎の人は達者だねえ」

長「どうしても体に骨を折って欲がねえから、苦労が<ruby><rb>寡</rb><rt>すくね</rt></ruby>いせいだ」

婆「お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さん方は江戸かえ」

長「そうだ」

婆「江戸から来ちゃア不自由な処だってねえ」

長「不自由だが湯の利くのには驚いたよ」

婆「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>かねえ、お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さん方の病気は<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>だね」

兼「<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>のア是だ、この<ruby><rb>拇指</rb><rt>おやゆび</rt></ruby>を<ruby><rb>鑿</rb><rt>のみ</rt></ruby>で<ruby><rb>打切</rb><rt>ぶッき</rt></ruby>ったのだ」

婆「へえー<ruby><rb>怖</rb><rt>おっか</rt></ruby>ねいこんだ、石鑿は重いてえからねえ」

兼「<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア石屋じゃアねえ」

婆「そんなら<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>だね」

兼「指物師よ」

婆「指物とア…ムヽ箱を<ruby><rb>拵</rb><rt>こせ</rt></ruby>えるのだね、…不器用なこんだ、箱を拵える<ruby><rb>位</rb><rt>ぐれ</rt></ruby>えで足い鑿い<ruby><rb>打貫</rb><rt>ぶっとお</rt></ruby>すとア」

長「兼公一本まいったなア、ハヽヽ」

婆「笑うけんど、お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さんのも<ruby><rb>矢張</rb><rt>やっぱり</rt></ruby>其の仲間かね」

長「己のは左様じゃアねえ、子供の時分の<ruby><rb>旧疵</rb><rt>ふるきず</rt></ruby>だ」

婆「どうしたのだね」

長「どうしたのか己も知らねえ」

婆「そりゃア変なこんだ、自分の疵を当人が知らねいとは……矢張足かね」

長「いゝや、右の肩の下のところだ」

婆「背中かね……お<ruby><rb>前</rb><rt>めい</rt></ruby>さん<ruby><rb>何歳</rb><rt>いくつ</rt></ruby>の時だね」

長「それも知らねいのだが、この拇指の<ruby><rb>入</rb><rt>へえ</rt></ruby>るくれえの穴がポカンと<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>いていて、暑さ寒さに痛んで困るのよ」

婆「へいー<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>かねえ、<ruby><rb>孩児</rb><rt>ねゝっこ</rt></ruby>の時そんな疵うでかしちゃアおっ<ruby><rb>死</rb><rt>ち</rt></ruby>んでしまうだねえ、どうして癒ったかねえ」

長「どうして癒ったどころか、自分に見えねえから<ruby><rb>此様</rb><rt>こん</rt></ruby>な疵のあるのも知らなかったのさ、<ruby><rb>九歳</rb><rt>こゝのつ</rt></ruby>の夏のことだっけ、河へ泳ぎに行くと、友達が<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>の背中にア穴が開いてると云って馬鹿にしやがったので、初めて疵のあるのを知ったのよ、それから<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>へ<ruby><rb>帰</rb><rt>けえ</rt></ruby>ってお<ruby><rb>母</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>に、何うして此様な穴があるのだ、友達が馬鹿にしていけねえから何うかしてくれろと無理をいうと、お母が涙ぐんでノ、その疵の事を云われると胸が痛くなるから云ってくれるな、<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>に其の疵を見せめえと思って<ruby><rb>裸体</rb><rt>はだか</rt></ruby>で外へ出したことのねえに、何故泳ぎに行ったのだと云って泣くから、己もそれっきりにしておいたから、到頭分らずじまいになってしまったのよ」

という話を聞きながら、婆さんは長二の顔をしげ〱と見詰めておりました。

八

婆「はてね……お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さんの<ruby><rb>母様</rb><rt>かゝさま</rt></ruby>というは江戸者かねえ」

長「何故だえ」

婆「<ruby><rb>些</rb><rt>ち</rt></ruby>と思い出した事があるからねえ」

長「フム、己の親は江戸者じゃアねえが、<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>の田舎だか<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア知らねえ、何でも<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>が<ruby><rb>五歳</rb><rt>いつゝ</rt></ruby>の時田舎から出て、神田の三河町へ荒物<ruby><rb>店</rb><rt>みせ</rt></ruby>を出すと間もなく、寛政九年の二月だと聞いているが、其の時の火事に<ruby><rb>全焼</rb><rt>まるやけ</rt></ruby>になって、其の暮に<ruby><rb>父</rb><rt>とっ</rt></ruby>さんが死んだから、お<ruby><rb>母</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>が貧乏の中で丹誠して、己が<ruby><rb>十歳</rb><rt>とお</rt></ruby>になるまで育ってくれたから、職を覚えてお母に安心させようと思って、清兵衞親方という指物師の弟子になったのだ」

婆「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>かねえ、それじゃア<ruby><rb>若</rb><rt>も</rt></ruby>しかお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さんの母様はおさなさんと云わねいかねえ」

長「あゝ左様だ、おさなと云ったよ」

婆「<ruby><rb>父様</rb><rt>とっさま</rt></ruby>はえ」

長「<ruby><rb>父</rb><rt>とっ</rt></ruby>さんは<ruby><rb>長左衛門</rb><rt>ちょうざえもん</rt></ruby>さ」

婆「アレエ<ruby><rb>魂消</rb><rt>たまげ</rt></ruby>たねえ、お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さん……長左衛門殿の<ruby><rb>拾児</rb><rt>ひろいッこ</rt></ruby>の二助どんけえ」

長「何だと己が拾児だと、何ういうわけでお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>そんな事を」

婆「知らなくってねえ、此の土地の<ruby><rb>棄児</rb><rt>すてご</rt></ruby>だものを」

長「そんなら己は此の湯河原へ棄てられた者だというのかえ」

婆「そうさ、此の先の山を<ruby><rb>些</rb><rt>ちっ</rt></ruby>と登ると、小滝の落ちてる処があるだ、<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>の<ruby><rb>蘆</rb><rt>あし</rt></ruby>ッ株の中へ棄てられていたのだ、背中の疵が証拠だアシ」

兼「これは妙だ、<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>に知ってる者があるか分らねえものだなア」

長「こりゃア思いがけねえ事だ……そんなら婆さんお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>己の親父やお母を知ってるかね」

婆「知ってるどころじゃアねい」

長「そうして己の棄てられたわけも」

婆「ハア根こそげ知ってるだア」

長「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>かえ……そんなら少し待ってくんな」

と長二は此の先婆さんが<ruby><rb>如何様</rb><rt>いかよう</rt></ruby>のことを云出すやも分らず、次第によっては<ruby><rb>実</rb><rt>まこと</rt></ruby>の両親の身の上、又は自分の恥になることを襖越しの相客などに聞かれては不都合と思いましたから、廊下へ出て様子を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかゞ</rt></ruby>いますと、隣座敷の客達は<ruby><rb>皆</rb><rt>みん</rt></ruby>な遊びに出て留守ですから、安心をして自分の座敷に立戻り、何程かの金子を紙に包んで、

長「婆さん、こりゃア少ねえがお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>に上げるから煙草でも買いなさい」

婆「これはマアでかくお貰い申してお気の毒なこんだ」

長「其の代り今の話を<ruby><rb>委</rb><rt>くわ</rt></ruby>しく聞かしてください、<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>に聞えると困るから、小さな声でお願いだよ」

婆「何を困るか知んねいが、湯河原じゃア知らねい者は<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>いだけんどね、<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>イ一番よく知ってるというのア、その<ruby><rb>孩児</rb><rt>ねゝっこ</rt></ruby>……今じゃア<ruby><rb>此様</rb><rt>こん</rt></ruby>なに<ruby><rb>大</rb><rt>でか</rt></ruby>くなってるが、生れたばかりのお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さんを<ruby><rb>苛</rb><rt>むご</rt></ruby>くしたのを、私イ眼の前に見たのだから」

長「そんならお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>、己の<ruby><rb>実</rb><rt>ほんと</rt></ruby>の親達も知ってるのか、何処の<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>という人だえ」

婆「何処の人か知んねえが、<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>が<ruby><rb>此家</rb><rt>こっち</rt></ruby>へ奉公に来た<ruby><rb>翌年</rb><rt>あくるとし</rt></ruby>の<ruby><rb>事</rb><rt>こん</rt></ruby>だから、私がハア三十一の時だ、左様すると……二十七八年<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>のこんだ、何でも二月の<ruby><rb>初</rb><rt>はじめ</rt></ruby>だった、孩児を連れた夫婦の客人が来て、<ruby><rb>離家</rb><rt>はなれ</rt></ruby>に泊って、三日ばかりいたのサ、私イ孩児の世話アして<ruby><rb>草臥</rb><rt>くたび</rt></ruby>れたから、次の間に<ruby><rb>打倒</rb><rt>うちたお</rt></ruby>れて寝てしまって、<ruby><rb>夜半</rb><rt>よなか</rt></ruby>に眼イ<ruby><rb>覚</rb><rt>さま</rt></ruby>すと、夫婦喧嘩がはだかって居るのサ、女の方で云うには、<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い<ruby><rb>塩梅</rb><rt>あんべい</rt></ruby>に云いくるめて、旦那に<ruby><rb>押</rb><rt>おっ</rt></ruby>かぶして置いたが、此の<ruby><rb>児</rb><rt>こ</rt></ruby>はお<ruby><rb>前</rb><rt>めい</rt></ruby>さんの<ruby><rb>胤</rb><rt>たね</rt></ruby>に<ruby><rb>違</rb><rt>ちげ</rt></ruby>い<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>いというと、男の方では月イ勘定すると<ruby><rb>一月</rb><rt>ひとつき</rt></ruby>違うから己の児じゃア<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>い、顔まで<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>く<ruby><rb>彼奴</rb><rt>あいつ</rt></ruby>に似ていると云うと、女は腹ア立って、一月ぐれえは勘定を<ruby><rb>間違</rb><rt>まちげ</rt></ruby>える事もあるもんだ、お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>のように<ruby><rb>実</rb><rt>じつ</rt></ruby>の<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>いことを云われちゃア苦労をした<ruby><rb>効</rb><rt>けい</rt></ruby>がねい、<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>イもう<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に居ねい了簡だから、此の児はお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>の勝手にしたが<ruby><rb>宜</rb><rt>え</rt></ruby>えと孩児を男の方へ<ruby><rb>打投</rb><rt>ぶんな</rt></ruby>げたと見えて、孩児が<ruby><rb>啼</rb><rt>な</rt></ruby>くだアね、其の声で何を云ってるか聞えなかったが、何でも男の方も腹ア立って、また孩児を女の方へ投返すと、女がまた打投げたと見えてドッシン〱と音がアして、<ruby><rb>果</rb><rt>はて</rt></ruby>にア孩児の声も出なくなって、死ぬだんべいと思ったが、外の<ruby><rb>事</rb><rt>こッ</rt></ruby>てねえから魂消ているうち、ぐず〱口小言を云いながら夫婦とも<ruby><rb>眠</rb><rt>ね</rt></ruby>てしまった様子だったが、<ruby><rb>翌日</rb><rt>あくるひ</rt></ruby>の騒ぎが大変さ」

長「フム、どういう騒ぎだッたね」

婆「これからお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さんの背中の穴の話になるんだが、此の<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>江戸から来た<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>とか云った<ruby><rb>落語家</rb><rt>はなしか</rt></ruby>のように、こけえらで<ruby><rb>一節</rb><rt>ひときり</rt></ruby>休むんだ、<ruby><rb>喉</rb><rt>のど</rt></ruby>が乾いてなんねいから」

兼「婆さん、なか〱<ruby><rb>旨</rb><rt>うめ</rt></ruby>えもんだ、サアこゝへ茶を<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いで置いたぜ」

婆「ハアこれは御馳走さま……一息ついて<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を話しますべい」

九

兼「婆さん、それから何うしたんだ、早く話してくんなせえ」

婆「ハア、それからだ、其の<ruby><rb>翌日</rb><rt>あくるひ</rt></ruby>の<ruby><rb>七時</rb><rt>なゝつさがり</rt></ruby>であったがね、吉浜にいる<ruby><rb>知合</rb><rt>しりえい</rt></ruby>を尋ねて<ruby><rb>復</rb><rt>また</rt></ruby><ruby><rb>帰</rb><rt>けえ</rt></ruby>って来るから、荷物は預けて置くが、初めて来たのだからと云って、勘定をして二人が出て行ったサ、其の日長左衛門<ruby><rb>殿</rb><rt>どん</rt></ruby>が山へ<ruby><rb>箱根竹</rb><rt>はこねだけ</rt></ruby>イ<ruby><rb>芟</rb><rt>き</rt></ruby>りに行って、<ruby><rb>日暮</rb><rt>ひくれ</rt></ruby>に下りて来ると、山の下で孩児の<ruby><rb>啼声</rb><rt>なきごえ</rt></ruby>がするから、魂消て行って見ると、沢の岸の、<ruby><rb>茅</rb><rt>かや</rt></ruby>だの竹の<ruby><rb>生</rb><rt>へ</rt></ruby>えている中に孩児が火の付いたように啼いてるから、何うしたんかと抱上げて見ると、どうだんべい、可愛そうに竹の<ruby><rb>切株</rb><rt>きッかぶ</rt></ruby>が孩児の肩のところへ<ruby><rb>突刺</rb><rt>つッさゝ</rt></ruby>っていたんだ、これじゃア大人でも泣かずにゃア居られねい、<ruby><rb>打捨</rb><rt>うちゃっ</rt></ruby>て置こうもんならおッ<ruby><rb>死</rb><rt>ち</rt></ruby>んでしまうから、長左衛門殿が抱いて<ruby><rb>帰</rb><rt>けえ</rt></ruby>って訳え話したから、おさなさんも魂消て、吉浜の医者どんを呼びにやるやらハア村中の騒ぎになったから、<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>が行って見ると、藤屋の客人の子だから、<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>帰</rb><rt>けえ</rt></ruby>って何処の人だか<ruby><rb>手掛</rb><rt>てがゝり</rt></ruby>イ見付けようと思って客人が預けて行った荷物を開けて見ると、<ruby><rb>梅醤</rb><rt>うめびしお</rt></ruby>の<ruby><rb>曲物</rb><rt>まげもの</rt></ruby>と、<ruby><rb>油紙</rb><rt>あぶらッかみ</rt></ruby>に包んだ孩児の<ruby><rb>襁褓</rb><rt>しめし</rt></ruby>ばかりサ、そんで二人とも<ruby><rb>棄児</rb><rt>すてご</rt></ruby>をしに来たんだと分ったので、直に吉浜から江の浦小田原と<ruby><rb>手分</rb><rt>てわけ</rt></ruby>えして尋ねたが知んねいでしまった、何でも山越しに箱根の方へ<ruby><rb>遁</rb><rt>ぬ</rt></ruby>げたこんだろうと<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>で評議イしたことサ、孩児は背中の疵が<ruby><rb>大</rb><rt>でけ</rt></ruby>えに血がえらく出たゞから、所詮助かるめいと医者どんが見放したのを、長左衛門殿夫婦が夜も寝ねいで丹誠して、湯へ入れては疵口を湯でなでゝ看護をしたところが、<ruby><rb>効験</rb><rt>きゝめ</rt></ruby>は恐ろしいもんで、<ruby><rb>六週</rb><rt>むまわり</rt></ruby>も経っただねえ、<ruby><rb>大</rb><rt>でけ</rt></ruby>え穴にはなったが疵口が癒ってしまって、達者になったのだ、寿命のある人は別なもんか、助かるめいと思ったお<ruby><rb>前</rb><rt>めい</rt></ruby>さんが<ruby><rb>此様</rb><rt>こん</rt></ruby>なに<ruby><rb>大</rb><rt>でか</rt></ruby>くなったのにゃア魂消やした」

兼「ムヽそれじゃア兄いは此の湯河原の温泉のお蔭で助かったのだな」

長「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>だ、温泉の効能も効能だがお母や親父の手当が届いたからの事だ、他人の親でせえ<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>なに丹誠してくれるのに、<ruby><rb>現在</rb><rt>げんぜえ</rt></ruby>血を分けた親でいながら、背中へ竹の突通るほど<ruby><rb>赤坊</rb><rt>あかんぼ</rt></ruby>を藪の<ruby><rb>中</rb><rt>なけ</rt></ruby>え<ruby><rb>投</rb><rt>ほう</rt></ruby>り込んで<ruby><rb>棄</rb><rt>すて</rt></ruby>るとア鬼のような心だ」

と長二は両眼に涙を<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>めまして、

長「婆さん、そうしてお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>その児を棄てた夫婦の<ruby><rb>形</rb><rt>なり</rt></ruby>や顔を覚えてるだろう、<ruby><rb>何様</rb><rt>どん</rt></ruby>な夫婦だったえ」

婆「ハア<ruby><rb>覚</rb><rt>おべ</rt></ruby>えていやすとも、<ruby><rb>苛</rb><rt>むご</rt></ruby>い人だと思ったから忘れねいのさ、男の方は廿五六でもあったかね。<ruby><rb>商人</rb><rt>あきゅうど</rt></ruby>でも職人でも<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>い<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い男で、女の方は十九か<ruby><rb>廿歳</rb><rt>はたち</rt></ruby>ぐらいで色の白い、髪の毛の<ruby><rb>真黒</rb><rt>まっくろ</rt></ruby>な、<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>が細くって口元の<ruby><rb>可愛</rb><rt>かえい</rt></ruby>らしい<ruby><rb>美</rb><rt>い</rt></ruby>い女で、<ruby><rb>縞縮緬</rb><rt>しまちりめん</rt></ruby>の小袖に<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>イ見たことの<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>い<ruby><rb>黒</rb><rt>くれ</rt></ruby>え革の羽織を着ていたから、何という物だと聞いたら、<ruby><rb>八幡黒</rb><rt>やわたぐろ</rt></ruby>の半纒革だと云ったっけ」

兼「フム、少し<ruby><rb>婀娜</rb><rt>あだ</rt></ruby>な筋だな、何者だろう」

長「何者だって<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>な奴に用はねえ、婆さん此の疵は癒っても乳の<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>いので困ったろうねえ」

婆「そうだ、長左衞門<ruby><rb>殿</rb><rt>どん</rt></ruby>とおさなさんが<ruby><rb>可愛</rb><rt>かわえ</rt></ruby>がって貰い<ruby><rb>乳</rb><rt>ぢ</rt></ruby>イして<ruby><rb>漸々</rb><rt>よう〱</rt></ruby>に育って、其の時名主様をしていた伊藤様へ願って、自分の子にしたがね、<ruby><rb>名前</rb><rt>なめえ</rt></ruby>が知んねいと云ったら、名主様が、お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>達二人の丹誠で命を助けたのだから二助としろと云わしゃった、何がさて名主様が<ruby><rb>命名親</rb><rt>なつけおや</rt></ruby>だんべい、サア村の者が<ruby><rb>可愛</rb><rt>かわえ</rt></ruby>がるめいことか、外へでも抱いて出ると、手から手渡しで、<ruby><rb>村境</rb><rt>むらざかい</rt></ruby>まで行ってしまう始末さ、<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>らも<ruby><rb>宜</rb><rt>よ</rt></ruby>く抱いて<ruby><rb>守</rb><rt>もり</rt></ruby>をしたんだが、今じゃア<ruby><rb>大</rb><rt>でか</rt></ruby>くなってハア抱く事ア出来ねい」

兼「冗談じゃアねえ、今抱かれてたまるものかナ……そうだが兄い……不思議な婆さんに逢ったので、思いがけねえ事を聞いたなア」

長「ウム、初めて自分の身の上を知った、道理で此の疵のことをいうとお母が涙ぐんだのだ……<ruby><rb>兼</rb><rt>かね</rt></ruby>……己の<ruby><rb>外聞</rb><rt>げいぶん</rt></ruby>になるから此の事ア決して<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>に云ってくれるなよ」

十

長「婆さん、お願いだからお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>も己のことを<ruby><rb>此家</rb><rt>こっち</rt></ruby>の人達へ<ruby><rb>内</rb><rt>ねえ</rt></ruby>しょにしていてくんなせえ……これは己の<ruby><rb>少</rb><rt>ちい</rt></ruby>さい時守をしてくんなすったお礼だ」

とまた<ruby><rb>幾許</rb><rt>いくら</rt></ruby>か金を包んで遣りますと、婆さんは大喜びで、

婆「<ruby><rb>此様</rb><rt>こんな</rt></ruby>に貰っちゃア気の毒だが、お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さんも出世イして、<ruby><rb>斯</rb><rt>こ</rt></ruby>んな身分になって<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>も嬉しいからお辞儀イせずに戴きやす……私イ<ruby><rb>益</rb><rt>えき</rt></ruby>もねいこんだ、お前さんのことを何で<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>に話すもんかね、<ruby><rb>気遣</rb><rt>きづけ</rt></ruby>えしねいが<ruby><rb>宜</rb><rt>え</rt></ruby>い」

長「何分頼むよ、お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>のお蔭で<ruby><rb>委</rb><rt>くわ</rt></ruby>しい事が知れて<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがて</rt></ruby>え……ムヽそうだ、婆さん、お前その、長左衛門の先祖の墓のある寺を知ってるか」

婆「知ってますよ、<ruby><rb>泉村</rb><rt>いずみむら</rt></ruby>の<ruby><rb>福泉寺</rb><rt>ふくせんじ</rt></ruby>様だア」

長「泉村とア<ruby><rb>何方</rb><rt>どっち</rt></ruby>だ、遠いか」

婆「なアにハア十二丁べい<ruby><rb>下</rb><rt>しも</rt></ruby>だ、<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>が案内しますべいか」

長「それには及ばねえよ」

婆「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>かね、そんなら<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>イ下へめえりやすよ、用があったら何時でも呼ばらッしゃい」

と婆さんが下へ降りて行った<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>で、長二は己を棄てた夫婦というは何者であるか、又夫婦喧嘩の様子では、外に旦那という者があるとすれば、此の男と<ruby><rb>馴合</rb><rt>なれあい</rt></ruby>で旦那を取って居たものか、<ruby><rb>但</rb><rt>たゞ</rt></ruby>しは旦那というが本当の亭主で、此の男が<ruby><rb>奸夫</rb><rt>かんぷ</rt></ruby>かも知れず、<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>にいたせ尋常の者でない上に、無慈悲千万な奴だと思いますれば、<ruby><rb>真</rb><rt>まこと</rt></ruby>の親でも少しも有難くございません、それに引換え、養い親は命の親でもあるに、死ぬまで<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろい</rt></ruby>ッ子ということを知らさず、<ruby><rb>生</rb><rt>うみ</rt></ruby>の子よりも可愛がって養育された大恩の、万分一も返す事の出来なかったのは今さら残念な事だと、<ruby><rb>既往</rb><rt>こしかた</rt></ruby>を<ruby><rb>懐</rb><rt>おも</rt></ruby>いめぐらして<ruby><rb>欝</rb><rt>ふさ</rt></ruby>ぎはじめましたから、兼松が<ruby><rb>側</rb><rt>はた</rt></ruby>から<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>と言い慰めて気を散じさせ、翌日共に泉村の寺を尋ねました。寺は<ruby><rb>曹洞宗</rb><rt>そうどうしゅう</rt></ruby>で、<ruby><rb>清谷山</rb><rt>せいこくざん</rt></ruby>福泉寺と申して境内は手広でございますが、土地の風習で<ruby><rb>何</rb><rt>いず</rt></ruby>れの寺にも境内には<ruby><rb>墓所</rb><rt>はかしょ</rt></ruby>を置きませんで、近所の山へ葬りまして、<ruby><rb>回向</rb><rt>えこう</rt></ruby>の時は坊さんが其の山へ<ruby><rb>出張</rb><rt>でば</rt></ruby>る事ですから、長二も福泉寺の和尚に面会して多分の布施を納め、先祖の過去帳を調べて両親の戒名を書入れて貰い、それより和尚の案内で湯河原村の向山にある先祖の墓に参詣いたしたので、婆さんは喋りませんが、寺の和尚から、藤屋の客は棄児の二助だということが近所へ知れかゝって来ましたから、疵の痛みが癒ったを幸い、十一月の<ruby><rb>初旬</rb><rt>はじめ</rt></ruby>に江戸へ立帰りました。さて長二はお母が貧乏の中で<ruby><rb>洒</rb><rt>すゝ</rt></ruby>ぎ洗濯や針仕事をして養育するのを見かね、少しにても早くお母の手助けになろうと、十歳の時自分からお母に頼んで清兵衛親方の弟子になったのですから、親方から貰う<ruby><rb>小遣銭</rb><rt>こづかいぜに</rt></ruby>はいうまでもなく、駄菓子でも<ruby><rb>焼薯</rb><rt>やきいも</rt></ruby>でもしまって置いて、仕事場の<ruby><rb>隙</rb><rt>すき</rt></ruby>を見て必ずお母のところへ持ってまいりましたから、清兵衞親方も感心して、他の職人より目をかけて可愛がりました。<ruby><rb>斯様</rb><rt>かよう</rt></ruby>に孝心の深い長二でございますから、親の恩の有難いことは知って居りますが、今度湯治場で始めて長左衛門夫婦は養い親であるということを知ったばかりでなく、<ruby><rb>実</rb><rt>まこと</rt></ruby>の親達の無慈悲を聞きましたから、<ruby><rb>殊更</rb><rt>ことさら</rt></ruby>に養い親の恩が有難くなりましたが、両親とも<ruby><rb>歿</rb><rt>な</rt></ruby>い<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>は致し方がございませんから、<ruby><rb>切</rb><rt>せ</rt></ruby>めては<ruby><rb>懇</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に供養でもして恩を返そうと思いまして、両親の墓のある谷中<ruby><rb>三崎</rb><rt>さんさき</rt></ruby>の<ruby><rb>天竜院</rb><rt>てんりゅういん</rt></ruby>へまいり、和尚に特別の回向を頼み、供養のために丹誠をこらして<ruby><rb>経机</rb><rt>きょうづくえ</rt></ruby><ruby><rb>磐台</rb><rt>きんだい</rt></ruby>など造って、本堂に納め、両親の命日には、雨風を<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>わず必ず墓まいりをいたしました。

十一

斯様な次第でございますから、何となく気分が<ruby><rb>勝</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れませんので、諸方から<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>注文がありましても身にしみて仕事を致さず、其の年も暮れて文政四<ruby><rb>巳年</rb><rt>みどし</rt></ruby>と相成り、正月二月と過ぎて三月の十七日は<ruby><rb>母親</rb><rt>おふくろ</rt></ruby>の十三年忌に当りますから、天竜院に<ruby><rb>於</rb><rt>おい</rt></ruby>て立派に法事を営み、親方の養子夫婦は勿論兄弟弟子一同を天竜院へ<ruby><rb>招待</rb><rt>しょうだい</rt></ruby>して<ruby><rb>斎</rb><rt>とき</rt></ruby>を<ruby><rb>饗</rb><rt>ふるま</rt></ruby>い、万事<ruby><rb>滞</rb><rt>とゞこお</rt></ruby>りなく相済みまして、呼ばれて来た人々は残らず帰りましたから、長二は跡に残って和尚に厚く礼を述べて帰ろうといたすを、和尚が引留めて、自分の<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>に通して茶などを<ruby><rb>侑</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めながら、長二が仏事に心を用いるは至極<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>な事ではあるが、昨年の暮頃から俄かに仏<ruby><rb>三昧</rb><rt>ざんまい</rt></ruby>を初め、殊に今日の法事は職人の身分には過ぎて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るほど立派に営みしなど、近頃<ruby><rb>合点</rb><rt>がてん</rt></ruby>のいかぬ事種々あるが是には何か仔細のある事ならん、次第によっては別に供養の仕方もあれば、苦しからずば仔細を話されよと<ruby><rb>懇</rb><rt>ねんごろ</rt></ruby>に申されますゆえ、長二も<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>機</rb><rt>おり</rt></ruby>もあらば和尚にだけは身の上の<ruby><rb>一伍一什</rb><rt>いちぶしじゅう</rt></ruby>を打明けようと思って居りました所でございますから、幸いのことと、自分は<ruby><rb>斯々</rb><rt>かく〱</rt></ruby>の<ruby><rb>棄児</rb><rt>すてご</rt></ruby>にて、長左衛門夫婦に救われて養育を受けし<ruby><rb>本末</rb><rt>もとすえ</rt></ruby>を<ruby><rb>委</rb><rt>くわ</rt></ruby>しく話して居りますところへ、小坊主が案内して通しました男は、年の頃五十一二で、色の白い<ruby><rb>鼻準</rb><rt>はなすじ</rt></ruby>の高い、眼の力んだ丸顔で、中肉中背、衣服は<ruby><rb>糸織藍万</rb><rt>いとおりあいまん</rt></ruby>の<ruby><rb>袷</rb><rt>あわせ</rt></ruby>に、<ruby><rb>琉球紬</rb><rt>りゅうきゅうつむぎ</rt></ruby>の下着を袷重ねにして、茶献上の帯で、小紋の<ruby><rb>絽</rb><rt>ろ</rt></ruby>の一重羽織を着て、<ruby><rb>珊瑚</rb><rt>さんご</rt></ruby>の<ruby><rb>六分珠</rb><rt>ろくぶだま</rt></ruby>の<ruby><rb>緒締</rb><rt>おじめ</rt></ruby>に、金無垢の<ruby><rb>前金物</rb><rt>まえがなもの</rt></ruby>を打った金革の煙草入は長門の<ruby><rb>筒差</rb><rt>つゝざし</rt></ruby>という、<ruby><rb>賤</rb><rt>いや</rt></ruby>しからぬ拵えですから、長二は遠慮して片隅の方に<ruby><rb>扣</rb><rt>ひか</rt></ruby>えて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>ると、其の男は和尚に<ruby><rb>雑</rb><rt>ざっ</rt></ruby>と挨拶して布施を納め、一二服煙草を呑んで本堂へお<ruby><rb>詣</rb><rt>まい</rt></ruby>りに行きました。其の<ruby><rb>容体</rb><rt>ようだい</rt></ruby>が<ruby><rb>頗</rb><rt>すこぶ</rt></ruby>る<ruby><rb>大柄</rb><rt>おおへい</rt></ruby>ですから、長二は<ruby><rb>此様</rb><rt>こん</rt></ruby>な人に話でもしかけられては面倒だ、此の間に帰ろうと思いまして<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごい</rt></ruby>を致しますと、和尚は又其の人に長二を<ruby><rb>紹介</rb><rt>ひきあわ</rt></ruby>して<ruby><rb>出入場</rb><rt>でいりば</rt></ruby>にしてやろうとの親切心がありますから、

和「まア少しお待ちなさい、今のお方は浅草<ruby><rb>鳥越</rb><rt>とりこえ</rt></ruby>の<ruby><rb>龜甲屋</rb><rt>きっこうや</rt></ruby><ruby><rb>幸兵衛</rb><rt>こうべえ</rt></ruby>様というて<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>の一檀家じゃ、なか〱の御身代で、苦労人の上に万事贅沢にして居られるから、お近附になって置くが<ruby><rb>好</rb><rt>え</rt></ruby>い」

長「へい有難うございますが、少し急ぎの仕事が」

和「今日は<ruby><rb>最</rb><rt>も</rt></ruby>う仕事は出来はすまい、ムヽ仕事と云えば<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>も一つ煙草盆を<ruby><rb>拵</rb><rt>こさ</rt></ruby>えてもらいたいが、何ういうのが<ruby><rb>宜</rb><rt>え</rt></ruby>いかな……これは<ruby><rb>前住</rb><rt>せんじゅう</rt></ruby>が持って居ったのじゃが、<ruby><rb>暴</rb><rt>あろ</rt></ruby>うしたと見えて<ruby><rb>此様</rb><rt>こない</rt></ruby>に<ruby><rb>毀</rb><rt>こわ</rt></ruby>れて役にたゝんが、<ruby><rb>落板</rb><rt>おとし</rt></ruby>はまだ使える、此の落板に合わして<ruby><rb>好</rb><rt>え</rt></ruby>い塩梅に拵えてもらいたいもんじゃ」

と種々話をしかけますから長二は帰ることが出来ません、其の内に幸兵衛は参詣をしまい戻って来て、

幸「毎月<ruby><rb>墓参</rb><rt>はかまいり</rt></ruby>をいたしたいと思いますが、屋敷家業というものは体が自由になりませんので、つい<ruby><rb>不信心</rb><rt>ぶしん〲</rt></ruby>になります」

和「お忙しいお勤めではなか〱寺詣りをなさるお暇はないて、暇のある人でも仏様からは催促が<ruby><rb>来</rb><rt>こ</rt></ruby>んによって無沙汰勝になるもので」

幸「まア左様いう塩梅で……<ruby><rb>二月</rb><rt>ふたつき</rt></ruby>ばかり参詣をいたさんうちに御本堂が大層お立派になりました、<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>の左の方にある経机は<ruby><rb>何方</rb><rt>どちら</rt></ruby>からの御寄附でございますか、<ruby><rb>彼様</rb><rt>あん</rt></ruby>な<ruby><rb>上作</rb><rt>じょうさく</rt></ruby>は是まで見ません、<ruby><rb>余</rb><rt>よっ</rt></ruby>ぽど良い職人が<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>えた物と見えます」

和「あの机かな、あれは<ruby><rb>此処</rb><rt>こゝ</rt></ruby>にござる此の方の御寄附じゃて」

幸「へい<ruby><rb>左様</rb><rt>さよう</rt></ruby>ですか……これは<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>御免なさい……へい初めてお目にかゝります、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>は幸兵衛と申す者で……只今承まわれば彼の経机を御寄附になったと申すことですが、あれは<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>の<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>と申す者へお<ruby><rb>誂</rb><rt>あつら</rt></ruby>えになったものでございます」

長「へい、あれは、ヘイ<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>が<ruby><rb>拵</rb><rt>こせ</rt></ruby>えたので、仕事の<ruby><rb>隙</rb><rt>すき</rt></ruby>に<ruby><rb>剰木</rb><rt>あまりっき</rt></ruby>で拵えたのですから思うように出来ていません」

幸「へえーそれでは貴方は指物をなさるので」

和「はて、これが指物師で名高い不器用イヽヤナニ長二さんという人さ」

幸「フム、それでは<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>て風聞に聞いた名人の<ruby><rb>木具屋</rb><rt>きぐや</rt></ruby>さん……へえー貴方が其の親方でございますか、<ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>か本所の〆切とかにお住いですな」

長「左様です」

幸「それでは柳島の<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>の別荘からは近い…就てはお目にかゝったのを幸い、<ruby><rb>差向</rb><rt>さしむ</rt></ruby>き客火鉢を二十に煙草盆を五六対拵えてもらいたいのですが、<ruby><rb>尤</rb><rt>もっと</rt></ruby>も桐でも桑でもかまいません、何時頃までに出来ますね」

長「早くは出来ません、良く<ruby><rb>拵</rb><rt>こせ</rt></ruby>えるのには木の十年も<ruby><rb>乾</rb><rt>から</rt></ruby>した筋の<ruby><rb>良</rb><rt>い</rt></ruby>いのを捜さなけれアいけませんから」

幸「どうか願います、お近いから近日柳島の宅へ一度来てください、<ruby><rb>漸々</rb><rt>よう〱</rt></ruby><ruby><rb>此間</rb><rt>こないだ</rt></ruby><ruby><rb>普請</rb><rt>ふしん</rt></ruby>が出来上ったばかりだから、種々誂えたいものがあります」

長「へい、<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>はどうも<ruby><rb>独身</rb><rt>ひとりもの</rt></ruby>で<ruby><rb>忙</rb><rt>せわ</rt></ruby>しないから、屹度<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>るというお約束は出来ません」

幸「そういう事なら近日<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>がお宅へ出ましょう」

長「どうか<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>願います」

と長二は斯様な人と応対をするのが嫌いでございますから、話の途切れたのを<ruby><rb>機</rb><rt>しお</rt></ruby>に<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごい</rt></ruby>をして帰りました。

十二

<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>で幸兵衛は和尚に、

幸「<ruby><rb>伎倆</rb><rt>うで</rt></ruby>の<ruby><rb>良</rb><rt>い</rt></ruby>い職人というものは、お世辞も軽薄もないものだと聞いていましたが、成程彼の長二も其の<ruby><rb>質</rb><rt>たち</rt></ruby>で、なか〱面白い人物のようです」

和「職人じゃによって礼儀には<ruby><rb>疎</rb><rt>うと</rt></ruby>いが、心がけの<ruby><rb>善</rb><rt>え</rt></ruby>い人で、第一<ruby><rb>陰徳</rb><rt>いんとく</rt></ruby>を施す事が好きで、此の頃は又仏のことに骨を折っているじゃて、余程妙な<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>な人じゃによって、どうか贔屓にしてやってください」

幸「<ruby><rb>左様</rb><rt>さよう</rt></ruby>ですか、職人には珍らしい変り者でございますが、それには何か訳のある事でしょう」

和「はい、お察しの通り訳のあることで、全体あの男は棄児でな、今に其の時の疵が背中に穴になって残って<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るげな」

幸「へえー、それは何うした疵で、どういう訳でございますか」

と幸兵衞が<ruby><rb>推</rb><rt>お</rt></ruby>して尋ねますから、和尚は長二の身の上を委しく話したならば、不憫が増して一層贔屓にしてくれるであろうとの親切から、先刻長二に聞きました<ruby><rb>一伍一什</rb><rt>いちぶしじゅう</rt></ruby>のことを話しますと、幸兵衛は大きに驚いた様子で、左様に不仕合な男なれば一層目をかけてやろうと申して立帰りました<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>は、<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〱</rt></ruby>長二の宅を尋ねて種々の品を注文いたし、多分の手間料を払いますので、長二は他の仕事を断って、兼松を相手に龜甲屋の仕事ばかりをしても手廻らぬほど<ruby><rb>忙</rb><rt>せわ</rt></ruby>しい事でございました。其の年の四月から五月まで深川に成田の不動尊のお開帳があって、大層賑いました。其のお開帳へ参詣した帰りがけで、四月の廿八日の夕方龜甲屋幸兵衞は女房のお<ruby><rb>柳</rb><rt>りゅう</rt></ruby>を連れ、供の男に折詰の料理を<ruby><rb>提</rb><rt>さ</rt></ruby>げさせて、長二の宅へ立寄りました。

幸「親方<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>かえ」

兼「こりゃアいらっしゃい……兄い……鳥越の旦那が」

長「そうか、イヤこれは、まアお<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>んなさい、相変らず散かっています」

幸「今日はお開帳へまいって、人込で<ruby><rb>逆上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>せたから<ruby><rb>平清</rb><rt>ひらせい</rt></ruby>で支度をして、帰りがけだが、今夜は柳島へ泊るつもりで、近所を通る<ruby><rb>序</rb><rt>ついで</rt></ruby>に、<ruby><rb>妻</rb><rt>これ</rt></ruby>が親方に近付になりたいと云うから、お邪魔に寄ったのだ」

長「そりゃア<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>く……まア<ruby><rb>此方</rb><rt>こっち</rt></ruby>へお上んなさい」

と六畳ばかりの奥の<ruby><rb>室</rb><rt>ま</rt></ruby>の長火鉢の側へ<ruby><rb>寝蓆</rb><rt>ねござ</rt></ruby>を敷いて夫婦を坐らせ、番茶を<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いで出す長二の顔をお柳が見ておりましたが、何ういたしたのか俄に顔が蒼くなって、眼が<ruby><rb>逆</rb><rt>さか</rt></ruby>づり、肩で息をする変な様子でありますから、長二も挨拶をせずに見ておりますと、まるで気違のように台所の方から座敷の隅々をきょろ〱見廻して、幸兵衛が何を云っても、只はいとかいゝえとか小声に答えるばかりで、其の内に又何か思い出しでもしたのか、襟の中へ顔を入れて深く物を案じるような塩梅で、紙入を出して薬を<ruby><rb>服</rb><rt>の</rt></ruby>みますから、兼松が茶碗に水を注いで出すと、一口飲んで、

柳「はい、もう宜しゅうございます」

長「<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>っか御気分でも悪いのですか」

幸「なに、人込へ出ると<ruby><rb>毎</rb><rt>いつ</rt></ruby>でも血の道が<ruby><rb>発</rb><rt>おこ</rt></ruby>って困るのさ」

兼「<ruby><rb>矢張</rb><rt>やっぱり</rt></ruby><ruby><rb>逆上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>せるので、もっと水を上げましょうか」

幸「もう治りました、早く帰って休んだ方が宜しい……これは親方<ruby><rb>生憎</rb><rt>あいにく</rt></ruby>な事で、とんだ御厄介になりました、又其の内に出ましょう」

とそこ〱に帰ってまいります。

十三

お柳の<ruby><rb>装</rb><rt>なり</rt></ruby>は南部の藍の<ruby><rb>子持縞</rb><rt>こもちじま</rt></ruby>の袷に黒の<ruby><rb>唐繻子</rb><rt>とうじゅす</rt></ruby>の帯に、<ruby><rb>極微塵</rb><rt>ごくみじん</rt></ruby>の<ruby><rb>小紋縮緬</rb><rt>こもんちりめん</rt></ruby>の<ruby><rb>三紋</rb><rt>みつもん</rt></ruby>の羽織を着て、水の<ruby><rb>滴</rb><rt>たれ</rt></ruby>るような<ruby><rb>鼈甲</rb><rt>べっこう</rt></ruby>の<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby><ruby><rb>笄</rb><rt>こうがい</rt></ruby>をさして居ります。年は四十の上を余程越して、<ruby><rb>末枯</rb><rt>すが</rt></ruby>れては見えますが、色ある花は<ruby><rb>匂</rb><rt>におい</rt></ruby>失せずで、何処やらに水気があって、若い時は<ruby><rb>何様</rb><rt>どん</rt></ruby>な美人であったかと思う程でございますが、来ると<ruby><rb>突然</rb><rt>いきなり</rt></ruby>病気で<ruby><rb>一言</rb><rt>ひとこと</rt></ruby>も物を云わずに帰って行く<ruby><rb>後影</rb><rt>うしろかげ</rt></ruby>を兼松が見送りまして、

兼「兄い……ちっと婆さんだが<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い女だなア」

長「そうだ、<ruby><rb>装</rb><rt>なり</rt></ruby>も立派だのう」

兼「だが、旨味の<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>え顔だ、笑いもしねいでの」

長「<ruby><rb>塩梅</rb><rt>あんべえ</rt></ruby>がわるかったのだから仕方がねえ」

兼「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>だろうけれども、一体が桐の<ruby><rb>糸柾</rb><rt>いとまさ</rt></ruby>という顔立だ、綺麗ばかりで面白味が<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>え、旦那の方は立派で気が利いてるから、桑の<ruby><rb>白質</rb><rt>しらた</rt></ruby>まじりというのだ」

長「<ruby><rb>巧</rb><rt>うま</rt></ruby>く見立てたなア」

兼「兄いも己が見立てた」

長「<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>と」

兼「兄いは杉の<ruby><rb>粗理</rb><rt>あらまさ</rt></ruby>だなア」

長「何故」

兼「何故って厭味なしでさっぱりしていて、長く付合うほど<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>くなるからさ」

長「そんなら兼、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>は檜の<ruby><rb>生節</rb><rt>いきぶし</rt></ruby>かな」

兼「<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがて</rt></ruby>え、幅があって匂いが<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>いというのか」

長「いゝや、時々ポンと抜けることがあるというのよ」

兼「人を馬鹿にするなア、<ruby><rb>毎</rb><rt>いつ</rt></ruby>でもしめえにア<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>な事だ、おやア<ruby><rb>折</rb><rt>おり</rt></ruby>を置いて行ったぜ、平清のお土産とは気が利いてる、<ruby><rb>一杯</rb><rt>いっぺい</rt></ruby>飲めるぜ」

長「馬鹿アいうなよ、忘れて行ったのなら届けなけりゃアわりいよ」

兼「なに忘れてッたのじゃア<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>え、コウ見ねえ、<ruby><rb>魚肉</rb><rt>なまぐさ</rt></ruby>の<ruby><rb>入</rb><rt>へえ</rt></ruby>ってる折にわざ〱<ruby><rb>熨斗</rb><rt>のし</rt></ruby>が<ruby><rb>挿</rb><rt>はさ</rt></ruby>んであるから、進上というのに違いねえ、独身もので不自由というところを察して持って来たんだ、行届いた旦那だ………何が<ruby><rb>入</rb><rt>へえ</rt></ruby>ってるか」

長「コウよしねえ、取りに来ると困るからよ」

兼「<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぺい</rt></ruby>しなさんな、そんな<ruby><rb>吝</rb><rt>けち</rt></ruby>な旦那じゃア<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>え、もしか取りに来たら己が喰っちまったというから兄いも喰いねえ、一合買って来るから」

と、兼松は是より酒を買って来て、折詰の料理を<ruby><rb>下物</rb><rt>さかな</rt></ruby>に満腹して寝てしまいました。其の<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくあさ</rt></ruby>長二は何か相談事があって大徳院前の清兵衛親方のところへ参りました<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>で兼松が台所を片付けながら、空の折を見て、長二の云う通り忘れて行ったので、柳島から取りに来はしまいかと少し気になるところへ、毎度使いに来る龜甲屋の手代が表口から、

手代「はい御免なさい、柳島からまいりました」

と聞いて兼松はぎょっとしました。

十四

兼松は<ruby><rb>遁</rb><rt>に</rt></ruby>げる訳にも参りませんから、まご〱しながら、

兼「えい何か御用で」

手「はい、<ruby><rb>御新造</rb><rt>ごしんぞ</rt></ruby>様が此のお手紙をお見せ申して、<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのう</rt></ruby>忘れた物を取って来てくれろと仰しゃいました」

兼「へえー忘れた物を、へえー」

手「それに此の品を上げて来いと仰しゃいました」

と手紙と<ruby><rb>包物</rb><rt>つゝみもの</rt></ruby>を出しましたが、兼松は蒼くなって、遠くの方から、

兼「<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>だか分りやせんが、生憎<ruby><rb>兄</rb><rt>あにき</rt></ruby>えゝ長二が留守ですから、手紙も<ruby><rb>皆</rb><rt>みん</rt></ruby>な置いてっておくんなせえ」

手「いゝえ、是非手紙をお目にかけろと申付けられましたから、お前さん開けて見ておくんなさい」

兼「だって<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>にはむずかしい手紙は読めねえからね」

手「御新造様のは<ruby><rb>毎</rb><rt>いつ</rt></ruby>でも仮名ばかりですが」

兼「そうかね」

と怖々手紙を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>いて、

兼「えゝと<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>だナ……<ruby><rb>鳥渡申上々</rb><rt>とりなべちゅうじょう〲</rt></ruby>……はてな鳥なべになりそうな種はなかったが、えゝと……<ruby><rb>昨日</rb><rt>さくひ</rt></ruby>はよき折……さア困った、もしお使い、実はね<ruby><rb>鉋屑</rb><rt>かんなくず</rt></ruby>の中にあったからお土産だと思ってね、お手紙の通り<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い折でしたが、つい喰ったので」

手「へえー<ruby><rb>左様</rb><rt>さよう</rt></ruby>でございますか、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>は火鉢の側のように承わりましたが」

兼「何処でも同じ事だが、それから何だ、えゝ……よき折から……空になった事を知ってるのか知らん、<ruby><rb>御</rb><rt>おん</rt></ruby>めもし<ruby><rb>致</rb><rt>いたし</rt></ruby>…何という字だろう…御うれしく……はてな、御めしがうれしいとは何ういう訳だろう、それから…そんじ<ruby><rb>上</rb><rt>じょう</rt></ruby>…￼…サア此の<ruby><rb>瘻</rb><rt>せむし</rt></ruby>のような字は何とか云ったッけねえお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さん、此の字は何と云いましたッけ」

手「へい、どれでございます、へい、それはまいらせそろという字で」

兼「そう〱、まいらせそろだ、それにしても何が損じたのか訳が分らねえが、えゝと……その折は、また折の事だ喰わなければよかった……<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>びょうおこり……おごりには<ruby><rb>違</rb><rt>ちげ</rt></ruby>えねいが、<ruby><rb>持</rb><rt>もち</rt></ruby>びょうとは何の事だか…あつく<ruby><rb>御</rb><rt>おん</rt></ruby>せわに…相成り…御きもじさまにそんじ￼……又損じて瘻のような字がいるぜ、<ruby><rb>相摸</rb><rt>さがみ</rt></ruby>の<ruby><rb>相</rb><rt>さが</rt></ruby>という字に<ruby><rb>楠正成</rb><rt>くすのきまさしげ</rt></ruby>の<ruby><rb>成</rb><rt>しげ</rt></ruby>という字だが、<ruby><rb>相成</rb><rt>さがしげ</rt></ruby>じゃア分らねえし、又きもじさまとア誰の名だか、それから、えゝと……あしからかす〱<ruby><rb>御</rb><rt>おん</rt></ruby>かんにん被下度候……何だか読めねえ」

手「お早く願います」

兼「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby><ruby><rb>急</rb><rt>せ</rt></ruby>いちゃア尚分らなくならア、此のからす〱かんざえもんとア<ruby><rb>此間</rb><rt>こねえだ</rt></ruby>御新造が来た夕方の事でしょう」

手「そんな事が書いてございますか」

兼「あるから御覧なせえ、それ」

手「こりゃアあしからず〱<ruby><rb>御</rb><rt>ご</rt></ruby>かんにんくだされたくそろでございます」

兼「フム、お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さんの方がなか〱<ruby><rb>旨</rb><rt>うめ</rt></ruby>い<ruby><rb>物</rb><rt>もん</rt></ruby>だ、其の先にむずかしい字が<ruby><rb>沢山</rb><rt>たんと</rt></ruby>書いてあるが、お前さん読んでごらんなせい」

手「こゝでございますか」

兼「何でも其の見当だッた」

手「こゝは……其の節置わすれ<ruby><rb>候</rb><rt>そろ</rt></ruby>懐中物此のものへ<ruby><rb>御</rb><rt>おん</rt></ruby>渡し<ruby><rb>被下度候</rb><rt>くだされたくそろ</rt></ruby>、此の品粗まつなれどさし<ruby><rb>上候</rb><rt>あげそろ</rt></ruby><ruby><rb>先</rb><rt>まず</rt></ruby>は用事のみあら〱￼」

兼「<ruby><rb>旨</rb><rt>うめ</rt></ruby>い其の通りだ、その<ruby><rb>結尾</rb><rt>しまい</rt></ruby>にある<ruby><rb>釣鉤</rb><rt>つりばり</rt></ruby>のような字は何とか云ったね」

手「かしくと読むのでございます」

兼「ウムそうだ、分った事ア分ったが、兄いがいねえから、帰って其の訳を御新造に云っておくんなせい」

と申しますので、手代も困って帰りました。其の<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>へ長二が戻って来ましたから、兼松が心配しながら手紙を見せると、

長「<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのう</rt></ruby>御新造が薬を出したまんま紙入を忘れて行ったのを、今朝<ruby><rb>見</rb><rt>め</rt></ruby>っけたから取りに来ないうちにと思って、親方の所へ行った<ruby><rb>帰</rb><rt>けえ</rt></ruby>りがけに柳島へ廻って届けに行ったら、<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>取りにやったと云ったが、また<ruby><rb>此様</rb><rt>こん</rt></ruby>な土産物をよこしたのか、気の毒な、何だ橋本の料理か、兼又<ruby><rb>一杯</rb><rt>いっぺい</rt></ruby>飲めるぜ」

兼「ありがてえ、<ruby><rb>毎日</rb><rt>めえにち</rt></ruby>斯ういう<ruby><rb>塩梅</rb><rt>あんべえ</rt></ruby>に<ruby><rb>貰</rb><rt>もれ</rt></ruby>え物があると世話が<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>えが、昨日のは喰いながらも心配だッた」

長「何も<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>な思いをして喰うにア及ばない、<ruby><rb>全体</rb><rt>ぜんてい</rt></ruby><ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>は意地がきたねえ、衣食住と云ってな着物と<ruby><rb>食物</rb><rt>くいもの</rt></ruby>と<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の三つア身分相応というものがあると、天竜院の方丈様が云った、職人ふぜいで<ruby><rb>毎日</rb><rt>めえにち</rt></ruby><ruby><rb>店屋</rb><rt>てんや</rt></ruby>の料理なんぞを喰っちア<ruby><rb>罰</rb><rt>ばち</rt></ruby>があたるア、貰った物にしろ毎日こんな物を喰っちア口が<ruby><rb>驕</rb><rt>おご</rt></ruby>って来て、まずい物が喰えなくなるから、実ア有がた迷惑だ、職人でも芸人でも金持に贔屓にされるア<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>いが、見よう見真似で万事贅沢になって、<ruby><rb>気位</rb><rt>きぐらい</rt></ruby>まで金持を気取って、他の者を見くびるようになるから、<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア金持と<ruby><rb>交際</rb><rt>つきあ</rt></ruby>うことア<ruby><rb>大嫌</rb><rt>でえきれ</rt></ruby>えだ、龜甲屋の旦那が来い〱というが、今まで一度も行かなかったが、忘れて行ったものを黙って置いちゃア気が済まねえから、持って云って<ruby><rb>投</rb><rt>ほう</rt></ruby>り込んで来たが、柳島の<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>ア<ruby><rb>素的</rb><rt>すてき</rt></ruby>に立派なもんだ、屋敷稼業というものア、泥坊のような<ruby><rb>商売</rb><rt>しょうべえ</rt></ruby>と見える、そんな人のくれたものア喰っても旨くねえ、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>喰うなら<ruby><rb>皆</rb><rt>みん</rt></ruby>な喰いねえ、己ア天麩羅でも買って喰うから」

と雇いの婆さんに天麩羅を買わせて茶漬を喰いますから、兼松も快よく其の料理を喰うことは出来ません。婆さんと二人で少しばかり喰って、残りを近所に住んでいる貧乏な病人に施すという塩梅で、万事並の職人とは<ruby><rb>心立</rb><rt>こゝろだて</rt></ruby>が<ruby><rb>異</rb><rt>ちが</rt></ruby>って居ります。

十五

長二は母の<ruby><rb>年回</rb><rt>ねんかい</rt></ruby>の法事に、天竜院で龜甲屋幸兵衛に面会してから、格外の贔屓を受けていろ〱注文物があって、多分の手間料を貰いますから、<ruby><rb>活計向</rb><rt>くらしむき</rt></ruby>も豊になりましたので、<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>ての心願どおり、思うまゝに貧窮人に施す事が出来るようになりましたのは、全く両親が草葉の蔭から助けてくれるのであろうと、益々両親の菩提を弔うにつきましては、<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby><ruby><rb>実</rb><rt>まこと</rt></ruby>の両親の無慈悲を恨み、寐ても覚めても養い親の大恩と、実の親の不実を思わぬ時はございません。さて其の夏も過ぎ秋も末になりまして、龜甲屋から柳島の別荘の新座敷の地袋に合わして、<ruby><rb>唐木</rb><rt>からき</rt></ruby>の書棚を拵えてくれとの注文がありました。前にも申しました通り、長二はお柳が置忘れた紙入を届けに行ったきり、是まで一度も龜甲屋へ参った事はございませんが、今度の注文物は其の地袋の<ruby><rb>摸様</rb><rt>もよう</rt></ruby>を見なければ寸法其の外の<ruby><rb>工合</rb><rt>ぐあい</rt></ruby>が分りませんので、余儀なく九月廿八日に自身で柳島へ出かけますと、折よく幸兵衞が来ておりまして、お柳と共に大喜びで、長二を座敷へ通しました。長二は地袋の摸様を見て<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に帰るつもりでしたが、夫婦が<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>の話を仕かけますので、迷惑ながら尻を落付けて挨拶をして居るうちに、橋本の料理が出ました。

幸「親方……何にもないが、初めてだから一杯やっておくれ」

長「こりゃアお気の毒さまな、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>ア酒は嫌いですから」

柳「そうでもあろうが、私がお酌をするから」

長「へい〱これは誠にどうも」

幸「酒は嫌いだというから無理に<ruby><rb>侑</rb><rt>すゝ</rt></ruby>めなさんな、親方肴でもたべておくれ」

長「へい、こんな結構な物ア喰った事アございませんから」

幸「だッて親方のような<ruby><rb>伎倆</rb><rt>うでまえ</rt></ruby>で、親方のように稼いでは随分儲かるだろうから、旨い物には飽きて居なさろう」

長「どう致しまして、儲かるわけにはいきません、<ruby><rb>皆</rb><rt>みん</rt></ruby>な手間のかゝる仕事ですから、高い手間を戴きましても、<ruby><rb>一日</rb><rt>いちんち</rt></ruby>に割ってみると何程にもなりやしませんから、なか〱旨い物なんぞ喰う事ア出来ません」

幸「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>じゃアあるまい、人の噂に親方は貧乏人に施しをするのが好きだという事だから、それで銭が持てないのだろう、何ういう心願かア知らないが、若いにしちア感心だ」

長「人は<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>てえか知りませんが、施しといやア<ruby><rb>大業</rb><rt>おおぎょう</rt></ruby>です、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>ア<ruby><rb>少</rb><rt>ちい</rt></ruby>さい時分貧乏でしたから、貧乏人を見ると昔を思い出して、気の毒になるので、持合せの銭をやった事がございますから、そんな事を云うんでしょう」

柳「長さん、お前<ruby><rb>少</rb><rt>ちい</rt></ruby>さい時貧乏だッたとお云いだが、お<ruby><rb>父</rb><rt>とっ</rt></ruby>さんやお<ruby><rb>母</rb><rt>っか</rt></ruby>さんは何商売だったね」

長「元は田舎の百姓で<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>の少さい時<ruby><rb>江戸</rb><rt>こっち</rt></ruby>へ出て来て、荒物屋を始めると火事で焼けて、間もなく親父が死んだものですから、<ruby><rb>母親</rb><rt>おふくろ</rt></ruby>が貧乏の中で私を育ったので、三度の飯さえ碌に喰わない程でしたから、子供心に早く母親の手助けを仕ようと思って、<ruby><rb>十歳</rb><rt>とお</rt></ruby>の時清兵衛親方の弟子になったのですが、母親も私が十七の時死んでしまったのです」

と涙ぐんで話しますから、幸兵衛夫婦も其の孝心の厚いのに感じた様子で、

柳「お前さんのような心がけの良い方が、何うしてまア<ruby><rb>其様</rb><rt>そんな</rt></ruby>に<ruby><rb>不仕合</rb><rt>ふしあわせ</rt></ruby>だろう、お母さんをもう少し生かして置きたかったねえ」

長「へい、もう五年生きていてくれると、育ってくれた<ruby><rb>恩返</rb><rt>おんげえ</rt></ruby>しも出来たんですが、まゝにならないもんです」

と鼻をすゝって<ruby><rb>握拳</rb><rt>にぎりこぶし</rt></ruby>で涙を拭きます心を察してか、お柳も涙ぐみまして、

柳「お察し申します、お前さんのように親思いではお父さんやお母さんに早く別れて、孝行の出来なかったのはさぞ残念でございましょう」

長「へい<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>です、世間で<ruby><rb>生</rb><rt>うみ</rt></ruby>の親より養い親の恩は重いと云いますから、猶残念です」

柳「へえー、そんならお前さんの親御は本当の親御さんではないの」

と問われたので、長二はとんだ事を云ったと気がつきましたが、今さら取返しがつきませんから。

長「へい<ruby><rb>左様</rb><rt>さよう</rt></ruby>……<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>の親は……へい本当の親ではごぜいません、私を助けて、いゝえ私を養ってくれた親でございます」

幸「はて、それでは親方は養子に貰われて来たので、本当の親御達はまだ達者かね」

長「<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>な訳じゃアございませんから」

幸「そんなら里っ子ながれとでもいうのかね」

長「いゝえ、<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>でもございません」

幸「どうしたのか訳が分らない」

長「へい、此の事は是まで<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>に云った事アございませんから、どうもヘイ<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>の恥ですから誠に」

柳「親方何だね、お前さんの心掛が<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>いというので、旦那が<ruby><rb>此様</rb><rt>こんな</rt></ruby>に可愛がって、お前さんの為になるように心配してくださるのだから、話したって宜いじゃアないかね」

幸「どんな事か知らないが、次第によっちゃア及ばずながら力にもなろうから、話して聞かしなさい、決して他言はしないから」

長「へい、そう御親切に仰しゃってくださるならお話をいたしましょうが、<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby><ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby>に願います………実ア<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>ア棄児です」

柳「お前さんがエ」

長「へい、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>の実の親ほど」

と云いかけて<ruby><rb>実親</rb><rt>じつおや</rt></ruby>の無慈悲を思うも<ruby><rb>臓腑</rb><rt>はらわた</rt></ruby>が<ruby><rb>沸</rb><rt>にえ</rt></ruby>かえるほど<ruby><rb>忌々</rb><rt>いま〱</rt></ruby>しく恨めしいので、唇が<ruby><rb>痙攣</rb><rt>ひきつ</rt></ruby>り、<ruby><rb>烟管</rb><rt>きせる</rt></ruby>を持った手がぶる〲<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>えますから、お柳は心配気に長二の顔を見詰めました。

柳「本当の親御達が何うしたのだえ」

長「へい<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>の実の親達ほど<ruby><rb>酷</rb><rt>むご</rt></ruby>い奴は<ruby><rb>凡</rb><rt>およ</rt></ruby>そ世界にございますめえ」

とさも<ruby><rb>口惜</rb><rt>くやし</rt></ruby>そうに申しますと、お柳は胸の<ruby><rb>辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>でひどく<ruby><rb>動悸</rb><rt>どうき</rt></ruby>でもいたすような<ruby><rb>慄</rb><rt>ふる</rt></ruby>え声で、

柳「何故だえ」

長「何故どころの<ruby><rb>事</rb><rt>こっ</rt></ruby>ちゃアございません、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>の生れた年ですから二十九年<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>の事です、私を温泉のある相州の湯河原の山ん中へ<ruby><rb>打棄</rb><rt>うっちゃ</rt></ruby>ったんです、只打棄るのア世間に<ruby><rb>幾許</rb><rt>いくら</rt></ruby>もございやすが、猫の死んだんでも打棄るように藪ん中へおッ<ruby><rb>投込</rb><rt>ぽりこ</rt></ruby>んだんと見えて、竹の切株が<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>の背中へずぶり<ruby><rb>突通</rb><rt>つッとお</rt></ruby>ったんです、それを長左衛門という村の者が拾い上げて、温泉で療治をしてくれたんで、<ruby><rb>漸々</rb><rt>よう〱</rt></ruby>助かったのですが、其の時の傷ア……失礼だが御覧なせい、こん通りポカンと穴になってます」

と片肌を脱いで見せると、幸兵衞夫婦は左右から長二の背中を<ruby><rb>覘</rb><rt>のぞ</rt></ruby>いて、互に顔を見合せると、お柳は<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち<ruby><rb>真蒼</rb><rt>まっさお</rt></ruby>になって、苦しそうに両手を帯の間へ<ruby><rb>挿入</rb><rt>さしい</rt></ruby>れ、<ruby><rb>鳩尾</rb><rt>むなさき</rt></ruby>を強く<ruby><rb>圧</rb><rt>お</rt></ruby>す様子でありましたが、<ruby><rb>圧</rb><rt>おさ</rt></ruby>えきれぬか、アーといいながら其の場へ倒れたまゝ、悶え<ruby><rb>苦</rb><rt>くるし</rt></ruby>みますので、長二はお柳が<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>からの様子と云い、今の有様を見て、さては此の女が己を生んだ実の母に相違あるまいと思いました。

十六

其の時の男というは此の幸兵衛か、<ruby><rb>但</rb><rt>たゞ</rt></ruby>しは幸兵衛は正しい旦那で、<ruby><rb>奸夫</rb><rt>かんぷ</rt></ruby>は他の者であったか、其の辺の疑いもありますから、<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と探索した上で仕様があると思いかえして、何気なく肌を入れまして、

長「こりゃとんだ詰らないお話をいたしまして、まことに失礼を……急ぎの仕事もございますからお<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>にいたします」

幸「まア<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>いじゃアないか、<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>聞きたい事もあるから、今夜泊ってはどうだえ」

長「へい、有難うございますが、兼松が一人で待ってますから」

柳「親方御免よ、生憎また持病が<ruby><rb>発</rb><rt>おこ</rt></ruby>って」

長「お<ruby><rb>大事</rb><rt>でえじ</rt></ruby>になさいまし……左様なら」

と急いで宅へ帰りましたが、考えれば考えるほど、幸兵衛夫婦が実の親のようでありますから、それから段々二人の素性を探索いたしますと、お柳は根岸辺に住居していた物持<ruby><rb>某</rb><rt>なにがし</rt></ruby>の<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>で、某が病死したについて<ruby><rb>有金</rb><rt>ありがね</rt></ruby>を高利に貸付け、<ruby><rb>嬬暮</rb><rt>やもめぐら</rt></ruby>しで幸兵衛を手代に使っているうち、何時か夫婦となり、四五年前に浅草鳥越へ引移って来たとも云い、又<ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>の亭主の<ruby><rb>存生中</rb><rt>ぞんしょうちゅう</rt></ruby>から幸兵衞と密通していたので、亭主が死んだのを幸い夫婦になったのだとも云って、<ruby><rb>判然</rb><rt>はっきり</rt></ruby>はしませんが、谷中の天竜院の和尚の話に、<ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆえ</rt></ruby>か幸兵衞が<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〲</rt></ruby>来て、長二の身の上は勿論<ruby><rb>両親</rb><rt>ふたおや</rt></ruby>の素性などを根強く尋ねるというので、彼是を思い合すと、幸兵衛夫婦は全く親には違いないが、無慈悲の<ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>があるので、面目なくって今さら<ruby><rb>名告</rb><rt>なの</rt></ruby>ることも出来ないから、贔屓というを名にして仕事を云付け、<ruby><rb>屡々</rb><rt>しば〲</rt></ruby><ruby><rb>往来</rb><rt>ゆきゝ</rt></ruby>して親しく<ruby><rb>出入</rb><rt>でいり</rt></ruby>をさせようとしたが、<ruby><rb>此方</rb><rt>こっち</rt></ruby>で親しまないので余計な手間料を払ったり、不要な道具を注文したりして恩を<ruby><rb>被</rb><rt>き</rt></ruby>せ、<ruby><rb>余所</rb><rt>よそ</rt></ruby>ながら昔の罪を償おうとの了簡であるに相違ないが、<ruby><rb>前非</rb><rt>ぜんぴ</rt></ruby>を後悔したなら<ruby><rb>有体</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に打明けて、親子の<ruby><rb>名告</rb><rt>なのり</rt></ruby>をすればまだしも殊勝だのに、そうはしないで、現在実子と知りながら旧悪を隠して、人を<ruby><rb>懐</rb><rt>なず</rt></ruby>けようとする心底は面白くないから、今度来たなら此方から名告りかけて白状させてやろうと待もうけて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るとは知らず、幸兵衛は女房お柳と<ruby><rb>何</rb><rt>いず</rt></ruby>れかへ遊山にまいった帰りがけと見えて、供も連れず、十一月九日の夕方長二の<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>へ立寄りました。丁度兼松は深川六間堀に<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>る伯母の病気見舞に行き、雇婆さんは自分の<ruby><rb>用達</rb><rt>ようたし</rt></ruby>に出て居りませんから、長二は幸兵衛夫婦を表に立たせて置いて、其の辺に取散してあるものを片付け、急いで<ruby><rb>行灯</rb><rt>あんどう</rt></ruby>を<ruby><rb>点</rb><rt>とも</rt></ruby>して夫婦を通しました。

幸「夕方だが、丁度前を通るから尋ねたのだ、もう構いなさんな」

長「へい、誠にお久しぶりで、なに今<ruby><rb>皆</rb><rt>みん</rt></ruby>な他へまいって一人ですから、誠にどうも」

と番茶を<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いで出しながら、

長「いつぞやは種々御馳走を戴きまして、それから<ruby><rb>此来</rb><rt>こっち</rt></ruby>体が<ruby><rb>悪</rb><rt>わり</rt></ruby>いので、碌に仕事をいたしませんから、棚も<ruby><rb>木取</rb><rt>きど</rt></ruby>ったばかりで未だ掛りません」

幸「今日は其の催促じゃアないよ、<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>の時ぎりでお目にかゝらないから、<ruby><rb>妻</rb><rt>これ</rt></ruby>が心配して」

とお柳の顔を見ると、お柳は長二の顔を見まして、

柳「いつぞやは生憎持病が<ruby><rb>発</rb><rt>おこ</rt></ruby>って失礼をしましたから、今日はそのお詫かた〲」

長「それは誠にどうも」

と挨拶をしながら立って、戸棚の中を引掻きまわして、<ruby><rb>漸々</rb><rt>よう〱</rt></ruby>菓子皿を探して、有合せの最中を五つばかり盛って出し、

長「生憎兼松も婆さんも留守で、誠にどうも」

柳「お一人ではさぞ御不自由でしょう」

長「へい、別に不自由とも思いませんが、<ruby><rb>此様</rb><rt>こん</rt></ruby>な時何が何処に<ruby><rb>蔵</rb><rt>しま</rt></ruby>って<ruby><rb>在</rb><rt>あ</rt></ruby>るか分りませんので」

柳「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>でしょう、それに病み煩いの時などは<ruby><rb>内儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>さんがないと困りますから、早くお貰いなすっては何うです、ねえ旦那」

幸「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>だ、失礼な<ruby><rb>云分</rb><rt>いいぶん</rt></ruby>だが、<ruby><rb>鰥夫</rb><rt>おとこやもめ</rt></ruby>に<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>とやらで万事所帯に損があるから、<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>いのを見付けて持ちなさい」

長「だって<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>のような貧乏人の<ruby><rb>処</rb><rt>とけ</rt></ruby>えは<ruby><rb>来人</rb><rt>きて</rt></ruby>がございません、来てくれるような奴は碌なのではございませんから」

柳「なアに左様したもんじゃアない、縁というものは不思議なもんですよ、恥を云わないと分りませんが、私は若い時伯母に勧められて或所へ嫁に行って、さん〲苦労をしたが、縁のないのが私の<ruby><rb>幸福</rb><rt>しあわせ</rt></ruby>で、今は斯ういう安楽な身の上になって、何一つ不足はないが子供の無いのが玉に<ruby><rb>瑕</rb><rt>きず</rt></ruby>とでも申しましょうか、順当なら長さん、お前さんぐらいの子があっても<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>いんですが、子の出来ないのは何かの<ruby><rb>罰</rb><rt>ばち</rt></ruby>でしょうよ、いくらお金があっても子の無いほど心細いことはありませんから、長さん、お前さんも早く内儀さんを貰って早く子をお拵えなさい……お前さん貧乏だから嫁に来人がないとお云いだが、お金は何うにでもなりますから早くお貰いなさい、まだ<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>の道具を種々<ruby><rb>拵</rb><rt>こさ</rt></ruby>えてもらわなければなりませんから、お金は私が<ruby><rb>御用達</rb><rt>ごようだ</rt></ruby>てます」

と云いながら膝の側に置いてある<ruby><rb>袱紗包</rb><rt>ふくさづゝみ</rt></ruby>の中から、其の頃<ruby><rb>新吹</rb><rt>しんふき</rt></ruby>の二分金の二十五両包を二つ取出し、菓子盆に載せ、<ruby><rb>折熨斗</rb><rt>おりのし</rt></ruby>を添えて、

柳「これは少いが、内儀さんを貰うにはもう<ruby><rb>些</rb><rt>ちっ</rt></ruby>と広い<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ引越さなけりゃアいけないから、<ruby><rb>納</rb><rt>と</rt></ruby>ってお置きなさい、内儀さんが決ったなら、又要るだけ上げますから」

と長二の前へ差出しました。長二は<ruby><rb>疾</rb><rt>と</rt></ruby>くに幸兵衞夫婦を実の親と見抜いて居りますところへ、最前からの様子といい、段々の口上は<ruby><rb>尋常</rb><rt>ひとゝおり</rt></ruby>の贔屓でいうのではなく、殊に格外の大金に熨斗を付けてくれるというは、己を確かに実子と認めたからの事に相違ないに、飽までも打明けて名告らぬ了簡が恨めしいと、むか〱と腹が立ちましたから、金の包を向うへ<ruby><rb>反飛</rb><rt>はねと</rt></ruby>ばして<ruby><rb>容</rb><rt>かたち</rt></ruby>を改め、両手を膝へ突きお柳の顔をじっと見詰めました。

十七

長「何です<ruby><rb>此様</rb><rt>こん</rt></ruby>な物を……あなたはお<ruby><rb>母</rb><rt>っか</rt></ruby>さんでしょう」

と云われてお柳はあっと驚き、忽ちに色蒼ざめてぶる〱<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>えながら、<ruby><rb>逡巡</rb><rt>あとじさり</rt></ruby>して幸兵衛の<ruby><rb>背後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>へ身を潜めようとする。幸兵衛も血相を変え、少し声を角立てまして、

幸「何だと長二……手前何をいうのだ、失礼も事によるア、気でも違ったか、馬鹿々々しい」

長「いゝえ決して気は<ruby><rb>違</rb><rt>ちげ</rt></ruby>えません……成程隠しているのに<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>が斯う云っちア失礼かア知りませんが、棄子の<ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>があるから何時まで経っても云わないのでしょう、打明けたッて私が親の悪事を誰に云いましょう、隠さず名告っておくんなせえ」

と眼を見張って居ります。幸兵衞は返答に困りまして、うろ〱するうち、お柳は表の<ruby><rb>細工場</rb><rt>さいくば</rt></ruby>の方へ<ruby><rb>遁</rb><rt>に</rt></ruby>げて行きますから、長二が立って行って、

長「お母さん、まアお待ちなせえ」

と引戻すを幸兵衛が支えて、

幸「長二……手前何をするのだ、失礼千万な、何を証拠に<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>なことをいうのだ、ハヽア分った、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>は己が贔屓にするに附込んで、言いがゝりをいうのだな、お<ruby><rb>邸方</rb><rt>やしきがた</rt></ruby>の<ruby><rb>御用達</rb><rt>ごようたし</rt></ruby>をする龜甲屋幸兵衞だ、失礼なことをいうと<ruby><rb>召連訴</rb><rt>めしつれうった</rt></ruby>えをするぞ」

柳「あれまア大きな声をおしでないよ、人が聞くと悪いから」

幸「誰が聞いたッて構うものか、太い奴だ」

長「何で<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>が言いがゝりなんぞを致しましょう、本当の親だと明しておくんなさりゃアそれで<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>いんです、それを縁に金を貰おうの、お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さんの<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に<ruby><rb>厄介</rb><rt>やっけい</rt></ruby>になろうのとは申しません、私は是まで通り指物屋でお出入を致しますから、只親だと<ruby><rb>一言</rb><rt>ひとこと</rt></ruby>云っておくんなせえ」

と袂に<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>るを振払い、

幸「何をするんだ、放さねえと<ruby><rb>家主</rb><rt>いえぬし</rt></ruby>へ届けるが宜いか」

と云われて長二が少し<ruby><rb>怯</rb><rt>ひる</rt></ruby>むを、得たりと、お柳を表へ連れ出そうとするを、長二が引留めようと前へ進む胸の<ruby><rb>辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>を右の手で力にまかせ突倒して、

幸「さア<ruby><rb>疾</rb><rt>はや</rt></ruby>く」

とお柳の手を引き、見返りもせず柳島の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>へ急いでまいります。<ruby><rb>後影</rb><rt>うしろかげ</rt></ruby>を起上りながら、長二が恨めしそうに見送って居りましたが、思わず<ruby><rb>跣足</rb><rt>はだし</rt></ruby>で表へ駈出し、十間ばかり<ruby><rb>追掛</rb><rt>おっか</rt></ruby>けて立止り、向うを見詰めて、何か考えながら<ruby><rb>後歩</rb><rt>あとじさり</rt></ruby>して元の<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>り<ruby><rb>口</rb><rt>はな</rt></ruby>に戻り、ドッサリ腰をかけて溜息を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>き、

長「ハアー廿九年<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>に己を藪ん<ruby><rb>中</rb><rt>なけ</rt></ruby>え棄てた無慈悲な親だが、会って見ると懐かしいから、名告ってもれえてえと思ったに、まだ邪慳を通して、人の事を気違だの<ruby><rb>騙</rb><rt>かた</rt></ruby>りだのと云って明かしてくれねえのは何処までも己を棄てる了簡か、それとも己の思違いで本当の親じゃア<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>いのか知らん、いゝや<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>で<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>え、本当の親で無くって<ruby><rb>彼様</rb><rt>あん</rt></ruby>なことをいう筈は<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>い、それに五十両という金を……おゝ左様だ、<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>の金は何うしたか」

と内に這入って見ると、<ruby><rb>行灯</rb><rt>あんどう</rt></ruby>の側に最前の金包がありますから、

長「やア置いて行った…此の金を貰っちゃア済まねえ、チョッ<ruby><rb>忌々</rb><rt>いま〱</rt></ruby>しい奴だ」

と<ruby><rb>独言</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>を云いながら金包を手拭に<ruby><rb>包</rb><rt>くる</rt></ruby>んで腹掛のどんぶりに押込み、腕組をして、女と一緒だからまだ<ruby><rb>其様</rb><rt>そんな</rt></ruby>に遠くは行くまい、<ruby><rb>田圃径</rb><rt>たんぼみち</rt></ruby>から<ruby><rb>請地</rb><rt>うけち</rt></ruby>の<ruby><rb>堤伝</rb><rt>どてづた</rt></ruby>いに先へ出越せば逢えるだろう、柳島まで行くには及ばねえと<ruby><rb>点頭</rb><rt>うなず</rt></ruby>きながら、尻をはしょって麻裏草履を<ruby><rb>突</rb><rt>つっ</rt></ruby>かけ、幸兵衞夫婦の跡を追って<ruby><rb>押上</rb><rt>おしあげ</rt></ruby>の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>へ駈出しました。<ruby><rb>此方</rb><rt>こちら</rt></ruby>は幸兵衞夫婦丁度霜月九日の晩で、宵から<ruby><rb>陰</rb><rt>くも</rt></ruby>る雪催しに、<ruby><rb>正北風</rb><rt>またらい</rt></ruby>の強い請地の<ruby><rb>堤</rb><rt>どて</rt></ruby>を、男は山岡頭巾をかぶり、女はお<ruby><rb>高祖頭巾</rb><rt>こそずきん</rt></ruby>に顔を包んで柳島へ帰る途中、左右を見返り、小声で、

幸「<ruby><rb>此方</rb><rt>こっち</rt></ruby>の事を知らせずとも、余所ながら<ruby><rb>彼</rb><rt>あれ</rt></ruby>を取立てゝやる思案もあるから、決して<ruby><rb>気</rb><rt>け</rt></ruby>ぶりにも出すまいぞと、あれ程云って置いたに、余計なことを云うばかりか、己にも云わずに<ruby><rb>彼様</rb><rt>あん</rt></ruby>な金を遣ったから<ruby><rb>覚</rb><rt>さと</rt></ruby>られたのだ、困るじゃアねえか」

柳「だッてお前さん、現在我子と知れたのに<ruby><rb>打棄</rb><rt>うっちゃ</rt></ruby>って置くことは出来ませんから、名告らないまでも彼を棄てた<ruby><rb>罪滅</rb><rt>つみほろぼ</rt></ruby>しに、<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>のくらいの事はしてやらなければ<ruby><rb>今日様</rb><rt>こんにちさま</rt></ruby>へ済みません」

幸「エヽまだ<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>なことを云ってるか、<ruby><rb>過去</rb><rt>すぎさ</rt></ruby>った昔の事は仕方がねえ」

柳「まだお前さんは彼を<ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>の旦那の子だと思って邪慳になさるのでございますね」

幸「馬鹿を云え、そう思うくらいなら<ruby><rb>彼様</rb><rt>あんな</rt></ruby>に目をかけてやりはしない」

柳「だッて<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>なんぞア<ruby><rb>酷</rb><rt>ひど</rt></ruby>く突倒したじゃアありませんか」

幸「それでも今彼に本当のことを知られちゃア、それから<ruby><rb>種々</rb><rt>いろん</rt></ruby>な面倒が起るかも知れないから、何処までも他人で居て、子のようにしようと思うからの事だ……おゝ寒い、<ruby><rb>斯様</rb><rt>こん</rt></ruby>な所で云合ったッて仕方がない、速く帰って<ruby><rb>緩</rb><rt>ゆっ</rt></ruby>くり相談をしよう、さア行こう」

と、お柳の手を取って歩き出そうと致しまする<ruby><rb>路傍</rb><rt>みちばた</rt></ruby>の<ruby><rb>枯蘆</rb><rt>かれあし</rt></ruby>をガサ〱ッと掻分けて、幸兵衞夫婦の前へ一人の男が<ruby><rb>突立</rb><rt>つッた</rt></ruby>ちました。是は申さないでも長二ということ、お察しでございましょう。

十八

請地の土手伝いに柳島へ帰ろうという途中、<ruby><rb>往来</rb><rt>ゆきゝ</rt></ruby>も途絶えて物淋しい所へ、大の男がいきなりヌッとあらわれましたので、幸兵衞はぎょっとして<ruby><rb>遁</rb><rt>に</rt></ruby>げようと思いましたが、女を連れて居りますから、度胸を据えてお柳を<ruby><rb>擁</rb><rt>かば</rt></ruby>いながら、<ruby><rb>二足</rb><rt>ふたあし</rt></ruby><ruby><rb>三足</rb><rt>みあし</rt></ruby><ruby><rb>後退</rb><rt>あとじさり</rt></ruby>して、

幸「誰だ、何をするんだ」

長「誰でもございません長二です」

幸「ムヽ長二だ……長二、手前<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>しに来たんだ」

長「何しに来たとはお<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>ねえ……<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>は九月の廿八日、背中の傷を見せた時、棄てられたお<ruby><rb>母</rb><rt>っか</rt></ruby>さんだと察したが、奉公人の<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>があるから黙って<ruby><rb>帰</rb><rt>けえ</rt></ruby>って、<ruby><rb>三月越</rb><rt>みつきご</rt></ruby>しお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さん方の<ruby><rb>身上</rb><rt>みじょう</rt></ruby>を<ruby><rb>聞糺</rb><rt>きゝたゞ</rt></ruby>して、<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に相違<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>えと思うところへ、お二人で尋ねて来てくだすったのは、親子の<ruby><rb>名告</rb><rt>なのり</rt></ruby>をしてくんなさるのかと思ったら、そうで無えから我慢が出来ず、私の方から云出したのが気に触ったのか、但しは無慈悲を通す気か、気違だの騙りだのと人に<ruby><rb>悪名</rb><rt>あくみょう</rt></ruby>を付けて<ruby><rb>帰</rb><rt>けえ</rt></ruby>って行くような<ruby><rb>酷</rb><rt>むご</rt></ruby>い親達から、金なんぞ貰う因縁が無えから、<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>の五十両を<ruby><rb>返</rb><rt>けえ</rt></ruby>そうと<ruby><rb>捷径</rb><rt>ちかみち</rt></ruby>をして<ruby><rb>此処</rb><rt>こゝ</rt></ruby>に待受け、おもわず聞いた今の話、もう隠す事ア出来ねえだろう、お母さん、何うかお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さんに云い<ruby><rb>難</rb><rt>にく</rt></ruby>い事があるかア知りませんが、決して<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>には云わねえから、お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>を産んだお<ruby><rb>母</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>だといってくだせい……お願いです……また旦那は私の本当のお<ruby><rb>父</rb><rt>とっ</rt></ruby>さんか、それとも義理のお父さんか聞かしてくだせい」

と段々幸兵衞の<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>へ進んで、袂に縋る手先を幸兵衛は振払いまして、

幸「何をしやアがる気違<ruby><rb>奴</rb><rt>め</rt></ruby>……去年谷中の菩提所で初めて会った指物屋、仕事が上手で心がけが<ruby><rb>奇特</rb><rt>きどく</rt></ruby>だというので贔屓にして、仕事をさせ、過分な手間料を払ってやれば附けあがり、途方もねえ言いがゝりをして金にする了簡だな、<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>な事に<ruby><rb>悸</rb><rt>びく</rt></ruby>ともする幸兵衞じゃア<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>えぞ……えゝ何をするんだ、放せ、袂が<ruby><rb>切</rb><rt>きれ</rt></ruby>るア、放さねえと<ruby><rb>打擲</rb><rt>ぶんなぐ</rt></ruby>るぞ」

と拳を振上げました。

長「<ruby><rb>打</rb><rt>ぶ</rt></ruby>つなら打ちなせえ、お<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さんは本当の親じゃアねえか知らねえが、お<ruby><rb>母</rb><rt>っか</rt></ruby>さんは本当のお母さんだ……お母さん、何故<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>を湯河原へ棄てたんです」

とお柳の傍へ進もうとするを、幸兵衛が<ruby><rb>遮</rb><rt>さえぎ</rt></ruby>りながら、

幸「何をしやアがる」

と云いさま拳固で長二の<ruby><rb>横面</rb><rt>よこつら</rt></ruby>を殴りつけました。そうでなくッても憎い奴だと思ってる所でございますから、長二は<ruby><rb>赫</rb><rt>かっ</rt></ruby>と<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りまして、打った幸兵衛の手を<ruby><rb>引</rb><rt>ひ</rt></ruby>とらえまして、

長「<ruby><rb>打</rb><rt>ぶ</rt></ruby>ちゃアがったな」

幸「打たなくッて泥坊め」

長「何だと、何時己が<ruby><rb>盗人</rb><rt>ぬすっと</rt></ruby>をした」

幸「盗人だ、<ruby><rb>此様</rb><rt>こん</rt></ruby>な事を云いかけて己の金を<ruby><rb>奪</rb><rt>と</rt></ruby>ろうとするのだ」

長「金が<ruby><rb>欲</rb><rt>ほし</rt></ruby>いくれえなら、此の金を持って<ruby><rb>来</rb><rt>き</rt></ruby>やアしねえ、<ruby><rb>汝</rb><rt>うぬ</rt></ruby>のような義理も人情も知らねえ畜生の持った、<ruby><rb>穢</rb><rt>けがら</rt></ruby>わしい金は<ruby><rb>要</rb><rt>い</rt></ruby>らねえ、<ruby><rb>返</rb><rt>けえ</rt></ruby>すから受取っておけ」

と腹掛のかくしから五十両の金包を取出し、幸兵衛に投付けると額に<ruby><rb>中</rb><rt>あた</rt></ruby>りましたから堪りません、金の角で額が<ruby><rb>打切</rb><rt>ぶちき</rt></ruby>れ、血が流れる痛さに、幸兵衞は益々<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>って、<ruby><rb>突然</rb><rt>いきなり</rt></ruby>長二を<ruby><rb>衝倒</rb><rt>つきたお</rt></ruby>して、土足で頭を蹴ましたから、砂埃が眼に入って長二は物を見る事が出来ませんが、余りの<ruby><rb>口惜</rb><rt>くやし</rt></ruby>さに手探りで幸兵衞の足を<ruby><rb>引捉</rb><rt>ひっとら</rt></ruby>えて起上り、

長「<ruby><rb>汝</rb><rt>うぬ</rt></ruby>ウ蹴やアがッたな、此の義理知らずめ、<ruby><rb>最</rb><rt>も</rt></ruby>う<ruby><rb>合点</rb><rt>がってん</rt></ruby>がならねえ」

と<ruby><rb>盲擲</rb><rt>めくらなぐ</rt></ruby>りで拳固を振廻すを、幸兵衞は右に<ruby><rb>避</rb><rt>よ</rt></ruby>け左に<ruby><rb>躱</rb><rt>かわ</rt></ruby>し、<ruby><rb>空</rb><rt>くう</rt></ruby>を打たして其の手を捉え<ruby><rb>捻上</rb><rt>ねじあげ</rt></ruby>るを、そうはさせぬと長二は左を働かせて幸兵衛の<ruby><rb>領頸</rb><rt>えりくび</rt></ruby>を掴み、引倒そうとする糞力に幸兵衛は<ruby><rb>敵</rb><rt>かな</rt></ruby>いませんから、<ruby><rb>挿</rb><rt>さ</rt></ruby>して居ります<ruby><rb>紙入留</rb><rt>かみいれどめ</rt></ruby>の短刀を引抜いて切払おうとする<ruby><rb>白刄</rb><rt>しらは</rt></ruby>が長二の眼先へ<ruby><rb>閃</rb><rt>ひらめ</rt></ruby>いたから、長二もぎょッとしましたが、<ruby><rb>敵手</rb><rt>あいて</rt></ruby>が刄物を持って居るのを見ては油断が出来ませんから、幸兵衞にひしと組付いて、両手を働かせないように致しました。

十九

長「その刄物は何だ、廿九年<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>に殺そうと思って<ruby><rb>打棄</rb><rt>うっちゃ</rt></ruby>った己が生きて居ちゃア都合が悪いから、また殺そうとするのか、本当の親の為になる事なら命は惜まねえが、実子と知りながら名告もしねえ<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>のような無慈悲な親は親じゃアねえから、命はやられねえ……危ねえ」

と刄物を<ruby><rb>￼取</rb><rt>もぎと</rt></ruby>ろうとするを、渡すまいと揉合う危なさを見かねて、お柳は二人に怪我をさせまいと<ruby><rb>背後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>へ廻って、長二の<ruby><rb>領元</rb><rt>えりもと</rt></ruby>を掴み引分けんとするを、長二はお柳も己を殺す気か、よくも揃った非道な奴らだと、かッと<ruby><rb>逆上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>せて気も<ruby><rb>顛倒</rb><rt>てんどう</rt></ruby>、一生懸命になって幸兵衛が<ruby><rb>逆手</rb><rt>さかて</rt></ruby>に持った刄物の<ruby><rb>柄</rb><rt>つか</rt></ruby>に手をかけて、<ruby><rb>引奪</rb><rt>ひったく</rt></ruby>ろうとするを、幸兵衞が手前へ引く<ruby><rb>機</rb><rt>はずみ</rt></ruby>に<ruby><rb>刀尖</rb><rt>きっさき</rt></ruby>深く我と<ruby><rb>吾手</rb><rt>わがて</rt></ruby>で胸先を<ruby><rb>刺貫</rb><rt>さしつらぬ</rt></ruby>き、アッと叫んで仰向けに倒れる途端に、刄物は長二の手に残り、お柳に領を引かるゝまゝ将棋倒しにお柳と共に転んだのを、肩息ながら幸兵衛は長二がお柳を組伏せて殺すのであろうと思いましたから、這寄って長二の足を引張る、長二は起上りながら幸兵衞を<ruby><rb>蹴飛</rb><rt>けりと</rt></ruby>ばす、<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>からお柳が組付くを刄物で払う刀尖が<ruby><rb>小鬢</rb><rt>こびん</rt></ruby>を<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>ったので、お柳は驚き悲しい声を<ruby><rb>振搾</rb><rt>ふりしぼ</rt></ruby>って、

柳「人殺しイ」

と<ruby><rb>遁出</rb><rt>にげだ</rt></ruby>すのを、もう是までと覚悟を決めて引戻す長二の手元へ、お柳は<ruby><rb>咬付</rb><rt>かみつ</rt></ruby>き、刄物を<ruby><rb>奪</rb><rt>と</rt></ruby>ろうと<ruby><rb>揉合</rb><rt>もみあ</rt></ruby>う中へ、<ruby><rb>踉</rb><rt>よろめ</rt></ruby>きながら幸兵衞が割って入るを、お柳が気遣い、身を楯にかばいながら<ruby><rb>白刄</rb><rt>しらは</rt></ruby>の光をあちらこちらと<ruby><rb>避</rb><rt>よ</rt></ruby>けましたが、とうとうお柳は乳の下を深く突かれて、アッという声に、<ruby><rb>手負</rb><rt>ておい</rt></ruby>ながら幸兵衛は、

幸「おのれ現在の母を殺したか」

と一生懸命に組付いて長二の鬢の毛を<ruby><rb>引掴</rb><rt>ひッつか</rt></ruby>みましたが、何を申すも急所の深手、諸行無常と<ruby><rb>告渡</rb><rt>つげわた</rt></ruby>る浅草寺の鐘の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>を<ruby><rb>冥府</rb><rt>あのよ</rt></ruby>へ<ruby><rb>苞</rb><rt>つと</rt></ruby>に<ruby><rb>敢</rb><rt>あえ</rt></ruby>なくも、其の儘息は絶えにけりと、芝居なれば<ruby><rb>義太夫</rb><rt>ちょぼ</rt></ruby>にとって語るところです。さて幸兵衞夫婦は遂に命を落しました。其の翌日、丁度十一月十日の事でございます。回向院前の指物師清兵衛方では急ぎの仕事があって、養子の恒太郎が<ruby><rb>久次</rb><rt>きゅうじ</rt></ruby><ruby><rb>留吉</rb><rt>とめきち</rt></ruby>などという三四名の職人を相手に、<ruby><rb>夜延</rb><rt>よなべ</rt></ruby>仕事をしておる処へ、<ruby><rb>慌</rb><rt>あわ</rt></ruby>てゝ兼松が駈込んでまいりまして、

兼「親方は<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>かえ」

恒「何だ、<ruby><rb>恟</rb><rt>びっく</rt></ruby>りした……兼か久しく来なかッたのう」

兼「長<ruby><rb>兄</rb><rt>あにい</rt></ruby>は<ruby><rb>来</rb><rt>き</rt></ruby>やしねえか」

恒「いゝや」

兼「はてな」

恒「何うしたんだ、<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>か用か」

兼「聞いておくんなせえ、<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>がね、六間堀の伯母が<ruby><rb>塩梅</rb><rt>あんべえ</rt></ruby>がわりいので、<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのう</rt></ruby>見舞に行って泊って、<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby><ruby><rb>帰</rb><rt>けえ</rt></ruby>って見ると<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>が<ruby><rb>貸店</rb><rt>かしだな</rt></ruby>になってるのサ、訳が分らねえから大屋さんへ行って聞いてみると、<ruby><rb>兄</rb><rt>あにい</rt></ruby>が今朝早く来て、急に遠方へ<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>くことが出来たからッて、店賃を払って、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の道具や夜具蒲団は<ruby><rb>皆</rb><rt>みん</rt></ruby>な兼松に遣ってくれろと云置いて、<ruby><rb>何処</rb><rt>どっ</rt></ruby>かへ行ってしまったのサ、<ruby><rb>全体</rb><rt>ぜんてえ</rt></ruby>何うしたんだろう」

二十

恒「そいつは<ruby><rb>大変</rb><rt>てえへん</rt></ruby>だ、あの婆さんは何うした」

兼「婆さんも居ねえ」

久「それじゃア長兄と一緒に駈落をしたんだ、<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>の婆さん、なか〱色気があったからなア」

恒「馬鹿アいうもんじゃアねえ……<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>か訳のあることだろうがナア兼……婆さんの宿へ行って様子を聞いて見たか」

兼「聞きやアしねえが、隣の<ruby><rb>内儀</rb><rt>おかみ</rt></ruby>さんの話に、今朝婆さんが来て、親方が旅に出ると云って暇をくれたから、田舎へ<ruby><rb>帰</rb><rt>けえ</rt></ruby>らなけりゃアならねえと云ったそうだ」

恒「<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>な事なら<ruby><rb>第一番</rb><rt>でえいちばん</rt></ruby>に<ruby><rb>此方</rb><rt>こっち</rt></ruby>へいう筈だ」

兼「己も<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>だと思ったから聞きに来たんだ、親方にも断らずに旅に出る筈アねえ」

留「女房の置去という事アあるが、<ruby><rb>此奴</rb><rt>こいつ</rt></ruby>ア妙だ、兼<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>は長兄に嫌われて置去に<ruby><rb>遭</rb><rt>あ</rt></ruby>ったんだ、おかしいなア」

兼「冗談じゃアねえ、<ruby><rb>若</rb><rt>わけ</rt></ruby>え親方の<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>だが長兄に限っちゃア道楽で借金があるという訳じゃアなし、此の節ア<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>い出入場が出来て、仕事が忙がしいので都合も好い訳だのに、<ruby><rb>夜遁</rb><rt>よにげ</rt></ruby>のような事をするとア<ruby><rb>合点</rb><rt>がってん</rt></ruby>がいかねえ……兎も角も親方に会って行こう」

と奥へ通りました。奥には今年六十七の親方清兵衞が、<ruby><rb>茶微塵</rb><rt>ちゃみじん</rt></ruby><ruby><rb>松坂縞</rb><rt>まつざかじま</rt></ruby>の<ruby><rb>広袖</rb><rt>ひろそで</rt></ruby>に<ruby><rb>厚綿</rb><rt>あつわた</rt></ruby>の入った八丈木綿の半纒を着て、<ruby><rb>目鏡</rb><rt>めがね</rt></ruby>をかけ、<ruby><rb>行灯</rb><rt>あんどん</rt></ruby>の前で其の頃<ruby><rb>鍜冶</rb><rt>かじ</rt></ruby>の名人と呼ばれました神田の地蔵橋の<ruby><rb>國廣</rb><rt>くにひろ</rt></ruby>の打った<ruby><rb>鑿</rb><rt>のみ</rt></ruby>と、浅草田圃の<ruby><rb>吉廣</rb><rt>よしひろ</rt></ruby>、深川の<ruby><rb>田安前</rb><rt>たやすまえ</rt></ruby>の<ruby><rb>政鍜冶</rb><rt>まさかじ</rt></ruby>の打った二挺の<ruby><rb>鉋</rb><rt>かんな</rt></ruby>の<ruby><rb>研上</rb><rt>とぎあ</rt></ruby>げたのを<ruby><rb>検</rb><rt>み</rt></ruby>て居ります。年のせいで少し耳は遠くなりましたが、気性の勝った威勢のいゝ爺さんでございます。兼松は長二の<ruby><rb>出奔</rb><rt>しゅっぽん</rt></ruby>を<ruby><rb>甚</rb><rt>ひど</rt></ruby>く案じて、気が<ruby><rb>急</rb><rt>せ</rt></ruby>きますから、奥の障子を明けて<ruby><rb>突然</rb><rt>いきなり</rt></ruby>に、

兼「親方大変です、何うしたもんでしょう」

清「えゝ、何だ、仰山な、静かにしろえ」

兼「だッて親方<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>の居ねい留守に<ruby><rb>脱出</rb><rt>ぬけだ</rt></ruby>しちまッたんです」

清「それ見ろ、<ruby><rb>彼様</rb><rt>あんな</rt></ruby>にいうのに<ruby><rb>打様</rb><rt>うちよう</rt></ruby>を覚えねえからだ、中の釘は<ruby><rb>真直</rb><rt>まっすぐ</rt></ruby>に打っても、上の釘一本を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あり</span>に打ちせえすりゃア<ruby><rb>留</rb><rt>とめ</rt></ruby>の離れる<ruby><rb>気遣</rb><rt>きづけ</rt></ruby>えは<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>いというのだ……杉の<ruby><rb>堅木</rb><rt>かたぎ</rt></ruby>か」

兼「まア<ruby><rb>堅気</rb><rt>かたぎ</rt></ruby>だ、道楽をしねえから」

清「大きいもんか」

兼「<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>より少し大きい、たしか今年廿九だから」

清「何を云うのかさっぱり分らねえ、<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア道具の事を聞くのだ」

兼「ムヽ道具ですか道具は<ruby><rb>悉皆</rb><rt>すっかり</rt></ruby><ruby><rb>家具</rb><rt>やぐ</rt></ruby>蒲団まで<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>にくれて行ったんです」

清「まだ分らねえ……棚か箱か」

兼「へい、<ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>は貸店になっちまッたんです」

清「何だと菓子棚だ、ウム菓子箪笥のことか、それが何うしたんだと」

兼「何うしたんか訳が分らねえから聞きに来たんだが、親方へ<ruby><rb>談</rb><rt>はなし</rt></ruby>なしだとねえ」

清「そりゃア長二が<ruby><rb>為</rb><rt>す</rt></ruby>る事だものを、一々<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>に相談する事アねえ」

兼「だッて、それじゃア済まねえ、<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>な人とア思わなかった……<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>ねえ人だなア」

清「<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>何か其の仕事の事で長二と喧嘩でもしたのか」

兼「いゝえ、<ruby><rb>長</rb><rt>なげ</rt></ruby>え間<ruby><rb>助</rb><rt>すけ</rt></ruby>に行ってるが、喧嘩どころか大きい声をして呼んだ事もねえ……<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>を可愛がって、近所の人が本当の<ruby><rb>兄弟</rb><rt>きょうでえ</rt></ruby>でも<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>アは出来ねえと感心しているくれえだのに、己が六間堀へ行ってる留守に黙って<ruby><rb>脱出</rb><rt>ぬけだ</rt></ruby>したんだから、不思議でならねえ」

清「何も不思議アねえ、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>の<ruby><rb>技</rb><rt>うで</rt></ruby>が鈍いから脱出したんだ、長二は手前に何も云わねいのか」

兼「何とも云いませんので」

清「はてな、<ruby><rb>彼様</rb><rt>あんな</rt></ruby>に親切な長二が教えねえ事アねえ筈だが……何か<ruby><rb>仔細</rb><rt>しせい</rt></ruby>のある事だ」

と腕組をして暫らく思案をいたし、

清「<ruby><rb>些</rb><rt>すこ</rt></ruby>し心当りがあるから<ruby><rb>明日</rb><rt>あした</rt></ruby>でも己が尋ねてみよう」

兼「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>です、<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>か深いわけがあるんです、心当りがあるんなら何も年寄の親方が行くにゃア及びません、<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>が尋ねましょう」

清「<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>じゃア分らねえ、己が聞いてみるから手前今夜<ruby><rb>帰</rb><rt>けえ</rt></ruby>ったら、長二に<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>仕事の<ruby><rb>隙</rb><rt>すき</rt></ruby>を見て<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちょっと</rt></ruby>来てくれろと云ってくんな」

兼「親方何を云うんです、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に居もしねえ長兄に来てくれろとア」

清「<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>へ行ったんだ」

兼「何処かへ身を隠したから<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぺい</rt></ruby>しているんだ」

清「何だと、長二が身を隠したと、えゝ、そんなら何故速くそう云わねえんだ」

兼「<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>から云ってるんです」

清「先刻からの話ア釘の話じゃアねえか」

兼「道理で<ruby><rb>訝</rb><rt>おか</rt></ruby>しいと思った……困るな、つんぼ………エヽナニあの遠方へ急に旅立をすると、家主の<ruby><rb>所</rb><rt>とけ</rt></ruby>え云置いて、何処へも沙汰なしに居なくなっちまッたんです」

清「急に旅立をしたと、それにしても己の<ruby><rb>所</rb><rt>とけ</rt></ruby>え何とか云いそうなもんだ、黙って行く所をもって見りゃア、<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>か済まねえ事でもしたんだろうが、<ruby><rb>彼奴</rb><rt>あいつ</rt></ruby>に限っちゃア<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>な事アあるめいに」

と子供の時から丹誠をして教えあげ、名人と呼ばれるまでになって、親方を大切に思う長二の事ですから、清兵衛は養子の恒太郎よりも長二を可愛がりまして、五六日も顔を出しませんと<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に案じて、小僧に様子を見せにやるという程でございますから、駈落同様の始末と聞いて清兵衞は顔色の変るまでに心配をいたして居ります。

二十一

恒太郎も力と頼む長二の事ですから、心配しながら兼松を呼びに来て見ると、養父が心配の最中でありますから、

恒「兼、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>……長兄のことを<ruby><rb>父</rb><rt>とっ</rt></ruby>さんに云ったな、云わねえでも<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>いに……父さん案じなくっても宜いよ、長二の居る処は<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に知れるから」

清「<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>長二の居る処を知ってるのか」

恒「<ruby><rb>大概</rb><rt>ていげえ</rt></ruby>分ってるから、<ruby><rb>明日</rb><rt>あした</rt></ruby>早く捜しに行こう」

清「<ruby><rb>若</rb><rt>わけ</rt></ruby>えから<ruby><rb>何様</rb><rt>どん</rt></ruby>な無分別を出すめいもんでもねえから、<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>といわず早いが宜い、兼と一緒に今ッから捜しに行きな」

と<ruby><rb>急</rb><rt>せ</rt></ruby>き立てる<ruby><rb>老</rb><rt>おい</rt></ruby>の一徹、性急なのは恒太郎もかね〲知って居りますが、長二の<ruby><rb>居所</rb><rt>いどこ</rt></ruby>が直に分ると申しましたのは、只年寄に心配をさせまいと思っての間に合せでございますから、大きに当惑をいたし、兼松と顔を見合せまして、

恒「行くのアわけアねえが、今夜はのう兼」

兼「そうサ、行って帰ると遅くならア親方、<ruby><rb>明日</rb><rt>あした</rt></ruby>起きぬけに行きましょう」

清「<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>なことを云って、今夜の内に<ruby><rb>間違</rb><rt>まちげ</rt></ruby>えでもあったら何うする」

兼「<ruby><rb>大丈夫</rb><rt>でえじょうぶ</rt></ruby>だよ」

清「手前は受合っても、本人が出て来て訳の解らねえうちは、<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア寝ても<ruby><rb>眠</rb><rt>ね</rt></ruby>られねえから、御苦労だが早く行ってくんねえ」

と<ruby><rb>急立</rb><rt>せきた</rt></ruby>てられまして、恒太郎は余儀なく親父の心を休めるために

恒「そんなら兼、行って来よう」

と立とうと致します時、勝手口の外で

「<ruby><rb>若</rb><rt>わけ</rt></ruby>え親方も兼公も行くにゃア及ばねえ」

と声をかけ、<ruby><rb>無遠慮</rb><rt>ぶえんりょ</rt></ruby>に腰障子を足でガラリッと押開け、どっこいと<ruby><rb>蹌</rb><rt>よろめ</rt></ruby>いて入りましたのは長二でございます。結城木綿の二枚<ruby><rb>布衣</rb><rt>ぬのこ</rt></ruby>に西川縞の羽織を着て、盲縞の腹掛股引に白足袋という拵えで新しい麻裏草履を<ruby><rb>突</rb><rt>つッ</rt></ruby>かけ、<ruby><rb>何所</rb><rt>どこ</rt></ruby>で奢って来たか<ruby><rb>笹折</rb><rt>さゝおり</rt></ruby>を<ruby><rb>提</rb><rt>さ</rt></ruby>げ、<ruby><rb>微酔</rb><rt>ほろえい</rt></ruby>機嫌で楊枝を使いながらズッと上って来ました様子が、<ruby><rb>平常</rb><rt>ふだん</rt></ruby>と違いますから一同は恟りして、

兼「兄い、何うしたんだ、何処へ行ってたんだ、<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぺい</rt></ruby>したぜ」

長「何処へ行こうと<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>が勝手だ、<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぺい</rt></ruby>するやつが間抜だ、ゲエープウー」

兼「やア珍らしい、兄い酔ってるな」

長「酔おうが酔うめえが<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>の厄介になりアしねえ、大きにお世話だ黙っていろ」

と清兵衞の前に<ruby><rb>胡座</rb><rt>あぐら</rt></ruby>をかいて坐りました。

兼「何だか変だが、兄いが何うかしたぜ、コウ兄い……人にさん〲<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぺい</rt></ruby>をさせておいて<ruby><rb>悪体</rb><rt>あくてい</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>くとア<ruby><rb>酷</rb><rt>ひど</rt></ruby>いじゃアねえか」

長「生意気なことを<ruby><rb>吐</rb><rt>ぬ</rt></ruby>かしやアがると<ruby><rb>打</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き<ruby><rb>擲</rb><rt>なぐ</rt></ruby>るぞ」

兼「何が生意気だい、兄い〱と云やア兄いぶりアがって、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>こそ生意気だ」

と互に云いつのりますから、恒太郎が兼松を控えさせまして、

恒「コウ長二、それじゃアおとなしくねえ、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>が居なくなったッて兼が<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぺい</rt></ruby>しているのに、<ruby><rb>悪体</rb><rt>あくてえ</rt></ruby>を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>くのア<ruby><rb>宜</rb><rt>よ</rt></ruby>くねえ、酔っているかア知らねえが、<ruby><rb>此処</rb><rt>こゝ</rt></ruby>で<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>なことをいっちゃア済むめえぜ」

長「えゝ<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>です、<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>が悪かったから御免なせえ」

恒「何も謝るには及ばねえが、聞きゃア<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby><ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>を仕舞ったそうだが、<ruby><rb>何処</rb><rt>どけ</rt></ruby>え行く積りだ」

長「<ruby><rb>何処</rb><rt>どけ</rt></ruby>へ行こうとお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>さんの知った<ruby><rb>事</rb><rt>こッ</rt></ruby>ちゃアねえ」

と上目で恒太郎の顔を見る。<ruby><rb>血相</rb><rt>きっそう</rt></ruby>が変っていて、気味が悪うございますから、恒太郎が<ruby><rb>後逡</rb><rt>あとじさり</rt></ruby>をする<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>に、最前から様子を見て居りました恒太郎の嫁のお<ruby><rb>政</rb><rt>まさ</rt></ruby>が、湯呑に茶をたっぷり<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いで持ってまいりました。

二十二

政「長さん、珍しく今夜は御機嫌だねえ…お前さんの居る所が知れないと云って、お<ruby><rb>父</rb><rt>とっ</rt></ruby>さんや<ruby><rb>皆</rb><rt>みんな</rt></ruby>が<ruby><rb>何様</rb><rt>どんな</rt></ruby>に心配をしていたか知れないよ」

と茶を長二の前に置いて、

政「<ruby><rb>温</rb><rt>ぬる</rt></ruby>いからおあがり、お夜食は未だゞろうね、<ruby><rb>大澤</rb><rt>おおさわ</rt></ruby>さんから戴いた<ruby><rb>鰤</rb><rt>ぶり</rt></ruby>が味噌漬にしてあるから、それで一膳おたべよ」

長「えゝ有がとうがすが、今喰ったばかしですから」

と湯呑の茶を戴いて、一口グッと飲みまして、

長「親方……<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>は遠方へ行く積りです」

清「<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>なことをいうが、<ruby><rb>何所</rb><rt>どけ</rt></ruby>へ行くのだ」

長「京都へ行って利齋の弟子になる積りで、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>をしまったのです」

清「それも<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>いが、己も<ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>の利齋の弟子で、<ruby><rb>毎</rb><rt>いつ</rt></ruby>も話す通り三年釘を削らせられた辛抱を仕通したお蔭で、是までになったのだから、今の利齋ぐれえにゃア<ruby><rb>指</rb><rt>さ</rt></ruby>す積りだが……むゝあの<ruby><rb>鹿島</rb><rt>かしま</rt></ruby>さんの御注文で、<ruby><rb>島桐</rb><rt>しまぎり</rt></ruby>の火鉢と桑の棚を<ruby><rb>拵</rb><rt>こせ</rt></ruby>えたがの、棚の<ruby><rb>工合</rb><rt>ぐえい</rt></ruby>は自分でも<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>く出来たようだから見てくれ」

と目で恒太郎に指図を致します。恒太郎は心得て、小僧の留吉と二人で仕事場から桑の書棚を持出して、長二の前に置きました。

清「どうだ長二……この<ruby><rb>遠州透</rb><rt>えんしゅうすかし</rt></ruby>は旨いだろう、引出の<ruby><rb>工合</rb><rt>ぐあい</rt></ruby>なぞア誰にも負けねえ積りだ、これ見ろ、此の通りだ」

と抜いて見せるを長二はフンと鼻であしらいまして、

長「成程<ruby><rb>拙</rb><rt>まず</rt></ruby>くアねえが、そんなに自慢をいう程の事もねえ、此の<ruby><rb>遣違</rb><rt>やりちげ</rt></ruby>えの<ruby><rb>留</rb><rt>とめ</rt></ruby>と<ruby><rb>透</rb><rt>すかし</rt></ruby>の仕事は嘘だ」

兼「何だと、コウ兄い……親方の<ruby><rb>拵</rb><rt>こせ</rt></ruby>えたものを嘘だと、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>慢心でもしたのか」

長「馬鹿をいうな、親方の拵えた物だって拙いのもあらア、此の棚は<ruby><rb>外見</rb><rt>うわべ</rt></ruby>は<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>いが、五六年経ってみねえ、留が<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>れて道具にゃアならねえから、仕事が嘘だというのだ」

恒「何だと、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>父さんの拵えた物ア<ruby><rb>才槌</rb><rt>せえづち</rt></ruby>で一つや二つ<ruby><rb>擲</rb><rt>なぐ</rt></ruby>ったって<ruby><rb>毀</rb><rt>こわ</rt></ruby>れねえ事ア知ってるじゃアねえか」

長「それが毀れる様に出来てるからいけねえのだ」

恒「何うしたんだ、今夜は何うかしているぜ」

長「何うもしねえ、<ruby><rb>毎</rb><rt>いつ</rt></ruby>もの通り真面目な長二だ」

恒「それが何故父さんの仕事を<ruby><rb>誹</rb><rt>くさ</rt></ruby>すのだ」

長「誹す所があるから誹すのだ、論より証拠だ、<ruby><rb>才槌</rb><rt>せえづち</rt></ruby>を貸しねえ、<ruby><rb>打毀</rb><rt>ぶっこわ</rt></ruby>して見せるから」

恒「面白い、毀してみろ」

と恒太郎が腹立紛れに<ruby><rb>才槌</rb><rt>さいづち</rt></ruby>を持って来て、長二の前へ<ruby><rb>投</rb><rt>ほう</rt></ruby>り出したから、お政は心配して、

政「あれまアおよしよ、酔ってるから堪忍おしよ」

恒「酔ってるかア知らねえが、<ruby><rb>余</rb><rt>あんま</rt></ruby>りだ、<ruby><rb>手前</rb><rt>てまえ</rt></ruby>の腕が曲るから毀してみろ」

兼「<ruby><rb>若</rb><rt>わけ</rt></ruby>え親方……腹も立とうが<ruby><rb>姉</rb><rt>あね</rt></ruby>さんのいう通り、酔ってるのだから我慢しておくんなせえ、不断<ruby><rb>此様</rb><rt>こん</rt></ruby>な人じゃアねえから、<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>が連れて帰って<ruby><rb>明日</rb><rt>あした</rt></ruby>詫に来ます……兄い更けねえうちに<ruby><rb>帰</rb><rt>けえ</rt></ruby>ろう」

と長二の手を取るを振払いまして、

長「何ヨしやがる、<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア<ruby><rb>無宿</rb><rt>やどなし</rt></ruby>だ、<ruby><rb>帰</rb><rt>けえ</rt></ruby>る<ruby><rb>所</rb><rt>とこ</rt></ruby>アねえ」

と云いながら才搥を取って立上り、恒太郎の顔を見て、

長「今打き毀して見せるから<ruby><rb>其方</rb><rt>そっち</rt></ruby>へ<ruby><rb>退</rb><rt>ど</rt></ruby>いていなせい」

と才槌を<ruby><rb>提</rb><rt>ひっさ</rt></ruby>げて、<ruby><rb>蹌</rb><rt>よろ</rt></ruby>めく足を<ruby><rb>蹈</rb><rt>ふ</rt></ruby>みしめ、棚の側へ摺寄って<ruby><rb>行灯</rb><rt>あんどう</rt></ruby>の蔭になるや否や、コツン〱と<ruby><rb>手疾</rb><rt>てばや</rt></ruby>く<ruby><rb>二槌</rb><rt>ふたつち</rt></ruby>ばかり当てると、忽ち<ruby><rb>釘締</rb><rt>くぎじめ</rt></ruby>の留は放れて、遠州透はばら〲になって<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>へ飛散りました。

二十三

言葉の<ruby><rb>行掛</rb><rt>ゆきがゝり</rt></ruby>から<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>アはいうものゝよもやと思った長二が、遠慮もなく清兵衛の丹誠を尽した棚を<ruby><rb>打毀</rb><rt>ぶちこわ</rt></ruby>しました。<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby>二つや三つ<ruby><rb>擲</rb><rt>なぐ</rt></ruby>ったって毀れる筈のない棚がばら〱に毀れたのに、居合わす人々は驚きました。中にも恒太郎は長二が余りの無作法に<ruby><rb>赫</rb><rt>かっ</rt></ruby>と<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>って、<ruby><rb>突然</rb><rt>いきなり</rt></ruby>長二の<ruby><rb>髻</rb><rt>たぶさ</rt></ruby>を掴んで仰向に引倒し、拳骨で長二の頭を五つ<ruby><rb>六</rb><rt>む</rt></ruby>つ続けさまに<ruby><rb>打擲</rb><rt>ぶんなぐ</rt></ruby>りましたが、少しもこたえない様子で、長二が黙って<ruby><rb>打</rb><rt>ぶ</rt></ruby>たれて居りますから、恒太郎は<ruby><rb>燥立</rb><rt>いらだ</rt></ruby>ちて、側に落ちている才槌を取って打擲ろうと致しますに、お政が驚いて其の手に<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>りついて、

政「あれまア危ないからおよしよ、怪我をさせては悪いからサ兼松……速く留めておくれ」

兼「まアお待ちなせえ、<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>な物で擲っちア大変だ」

と止めるのを恒太郎は振払いまして。

恒「なに此の野郎、ふざけて居やがる、此の<ruby><rb>才槌</rb><rt>せえづち</rt></ruby>で棚を毀したから己が此の野郎の頭を<ruby><rb>打毀</rb><rt>ぶちこわ</rt></ruby>してやるんだ」

と才槌を振り上げました。此の騒ぎを最前から黙って視て居りました清兵衞が、

清「恒マア待て、よしねえ、<ruby><rb>打棄</rb><rt>うっちゃ</rt></ruby>っておけ」

と留めましたが、恒太郎はなか〱<ruby><rb>肯</rb><rt>き</rt></ruby>きません。

恒「それだッて<ruby><rb>此様</rb><rt>こんな</rt></ruby>に毀してしまっちゃア、<ruby><rb>明日</rb><rt>あした</rt></ruby><ruby><rb>鹿島</rb><rt>かじま</rt></ruby>さんへ納める事が出来ねえ」

清「まア己が言訳をするから<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>いというに」

と叱りつけましたので、恒太郎、余儀なく手を放したから、お政も安心して長二を引起しながら、

政「何処も痛みはしないか、堪忍おしよ」

長「へい、有がとうがす」

と会釈をして坐り直す長二の顔を、清兵衛がジッと視まして、

清「これ長二<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>能く<ruby><rb>吾</rb><rt>おれ</rt></ruby>の<ruby><rb>拵</rb><rt>こせ</rt></ruby>えた棚を毀したな、手前は大層上手になった、己の仕事に嘘があるとは感心だ、何処に嘘があるか手前の気の付いた所を一々其処で云って見ろ」

長「へい、云えというなら云いますが、此の広い江戸で清兵衞と云やア知らねえ者のねえ指物師の名人だが、それア二十年も<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>のことだ、もう六十を越して眼も利かなくなり、根気も<ruby><rb>脱</rb><rt>ぬ</rt></ruby>けて、此の頃ア<ruby><rb>板削</rb><rt>いたけずり</rt></ruby>まで職人にさせるから、<ruby><rb>艶</rb><rt>つや</rt></ruby>が無くなって何処となしに仕事が<ruby><rb>粗</rb><rt>あら</rt></ruby>びて、見られた<ruby><rb>状</rb><rt>ざま</rt></ruby>アねえ、<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>が弟子に来た時分は釘一本<ruby><rb>他手</rb><rt>ひとで</rt></ruby>にかけず、自分で<ruby><rb>夜延</rb><rt>よなべ</rt></ruby>に削って、<ruby><rb>精神</rb><rt>たましい</rt></ruby>を入れて打ちなさったから百年経っても<ruby><rb>合口</rb><rt>えいくち</rt></ruby>の放れッこは無かったが、今じゃア此のからッぺたの恒<ruby><rb>兄</rb><rt>あにい</rt></ruby>に削らせた釘を打ちなさるから、此ん通りで<ruby><rb>状</rb><rt>ざま</rt></ruby>ア<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>い、アハヽヽ」

と打毀した棚に指をさして<ruby><rb>嘲笑</rb><rt>あざわら</rt></ruby>いますから、兼松は気を揉んで、長二の袖をそっと引きまして、

兼「おい兄い何うしたんだ、<ruby><rb>大概</rb><rt>ていげえ</rt></ruby>にしねえ」

と涙声で申しますが、一向に<ruby><rb>頓着</rb><rt>とんじゃく</rt></ruby>いたしません。

長「<ruby><rb>才槌</rb><rt>せえづち</rt></ruby>で二つや三つ擲って毀れるような物が道具になるか、<ruby><rb>大概</rb><rt>ていげえ</rt></ruby>知れた<ruby><rb>事</rb><rt>こっ</rt></ruby>た、耄碌しちゃア駄目だ」

と法外な<ruby><rb>雑言</rb><rt>ぞうごん</rt></ruby>を申しますから、恒太郎が<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>えかねて拳骨を固めて立かゝろうと致しますを、清兵衛が<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>みつけましたから、<ruby><rb>歯軋</rb><rt>はぎしり</rt></ruby>をして<ruby><rb>扣</rb><rt>ひか</rt></ruby>えて居ります。

長「その証拠にゃア十年<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby><ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>に何と云いなすった、親方忘れやしないだろう、箱というものは木を寄せて<ruby><rb>拵</rb><rt>こせ</rt></ruby>えるものだから、<ruby><rb>暴</rb><rt>あら</rt></ruby>くすりア毀れるのが<ruby><rb>当然</rb><rt>あたりめえ</rt></ruby>だ、それが幾ら使っても百年も二百年も毀れずに元のまんまで居るというのア仕事に<ruby><rb>精神</rb><rt>たましい</rt></ruby>を入れてするからの事だ、精神を入れるというのは外じゃアねえ、釘の削り塩梅から板の拵え<ruby><rb>工合</rb><rt>ぐえい</rt></ruby>と釘の打ち様にあるんだ、それだから釘一本<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>に削らせちゃア自分の精神が入らねえところが出来て、道具が死んでしもうのだ、死んでる道具は直に毀れッちまうと云ったじゃアありやせんか、其の通りしねえから此の棚の仕事は嘘だと云うのだ、<ruby><rb>此様</rb><rt>こんな</rt></ruby>に直ぐ毀れる物を納めるのア注文先へ<ruby><rb>対</rb><rt>てえ</rt></ruby>して不実というものだ、是で高い<ruby><rb>工手間</rb><rt>くでま</rt></ruby>を取ろうとは<ruby><rb>盗人</rb><rt>ぬすっと</rt></ruby>より<ruby><rb>太</rb><rt>ふて</rt></ruby>え了簡だ」

と<ruby><rb>止途</rb><rt>とめど</rt></ruby>なく<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>ります。

二十四

清兵衛も腹にすえかね、

清「黙りやアがれ、馬鹿野郎め、生意気を<ruby><rb>吐</rb><rt>ぬか</rt></ruby>しやアがると承知しねえぞ、坂倉屋の仏壇で名を取ったと思って、高言を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>きアがるが、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>がそれほど上手になったのア誰が仕込んだんだ、其の高言は<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>へ行って吐くが<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>い、己の目からはまだ<ruby><rb>板挽</rb><rt>いたひき</rt></ruby>の小僧だが、己を下手だと思うなら止せ、<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>に<ruby><rb>対</rb><rt>むか</rt></ruby>って己の弟子だというなよ」

長「さア、それだから京都へ修業に行くのだ、親方より上手な師匠を取る気だ」

恒「呆れた野郎だ、<ruby><rb>父</rb><rt>とっ</rt></ruby>さん何うしよう」

兼「正気でいうのじゃアねえ」

清「<ruby><rb>気違</rb><rt>きちげえ</rt></ruby>だろう、<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>な奴に構うなよ」

兼「おい、兄い、どうしたんだ、本当に気でも違ったのか」

長「べらぼうめ、気が違ってたまるもんか、<ruby><rb>此様</rb><rt>こん</rt></ruby>な下手な親方に附いていちゃア<ruby><rb>生涯</rb><rt>しょうげえ</rt></ruby>仕事の上りッこがねえから、己の方から断るんだ」

清「長二、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>本当に其様なことをいうのか」

長「嘘を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>いたッて仕方がねえ、<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>が京都で修業をして名人になッたって、己の弟子だと云わねえように<ruby><rb>縁切</rb><rt>えんきり</rt></ruby>の<ruby><rb>書付</rb><rt>かきつけ</rt></ruby>をおくんなせえ」

清「べらぼうめ、手前のような奴ア、再び弟子にしてくれろと云って来ても己の方からお断りだ」

長「書付を出さねえなら、<ruby><rb>此方</rb><rt>こっち</rt></ruby>で書いて行こう」

と<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>にある<ruby><rb>懸硯箱</rb><rt>かけすゞりばこ</rt></ruby>を引寄せて鼻紙に何か書いて差出しましたから、清兵衞が取上げて見ますと、仮名交りで、

一<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>是まで親方のおせわになったが<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>あいそがつきたから縁を切ります<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>る上は親方でないあかの他人で何事も知らないから<ruby><rb>左様</rb><rt>さよう</rt></ruby>おぼしめし<ruby><rb>被下候</rb><rt>くだされそろ</rt></ruby>

文政<ruby><rb>巳</rb><rt>み</rt></ruby>十月十日長二郎

<ruby><rb>箱清</rb><rt>はこせい</rt></ruby>様

とありますから清兵衛は変に思って眺めておりますを、恒太郎が横の方から覗き込んで、

恒「馬鹿な野郎だ、弟子のくせに此様な書付を出すとア……おや、長二は何うかしているんだ、今月ア霜月だのに十月と書いてあるア、月まで<ruby><rb>間違</rb><rt>まちげ</rt></ruby>えていやアがる」

長「そりゃア知ってるが、先月から愛想が尽きたから、そう書いたんだ」

恒「<ruby><rb>負惜</rb><rt>まけおし</rt></ruby>みを云やアがるな、此様な書付を張ったからにゃア二度と再び<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の敷居を<ruby><rb>跨</rb><rt>また</rt></ruby>ぎやアがると<ruby><rb>肯</rb><rt>き</rt></ruby>かねいぞ」

長「そりゃア知れた<ruby><rb>事</rb><rt>こっ</rt></ruby>た、此の書付を渡したからにゃア<ruby><rb>此家</rb><rt>こっち</rt></ruby>に<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>んな事があっても<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア知らねえよ、また己の体に<ruby><rb>何様</rb><rt>どん</rt></ruby>な間違えがあっても御迷惑アかけねえから、御安心なせいやし」

と立上って帰り支度を致しますが、余りの事に一同は呆れて、只互いに顔を見合すばかりで何にも申しませんから、お政が心配をして、長二の袂を引留めまして、

政「長さんお待ちよ……まアお待ちというのに、お前それでは済まないよ、よもやお忘れではあるまい、廿年前の事を、私は其の時十三か四であったが、お前がお<ruby><rb>母</rb><rt>っか</rt></ruby>に手を引かれて<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>へ来た時に、私のお<ruby><rb>母</rb><rt>っか</rt></ruby>さんがマア<ruby><rb>十</rb><rt>とお</rt></ruby>や十一で奉公に出るのは<ruby><rb>余</rb><rt>あんま</rt></ruby>り早いじゃアないかと云ったら、お前何とお云いだ、お<ruby><rb>母</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>がとる年で、賃仕事をして私を育てるのに骨が折れるから、早く奉公をして仕事を覚え、手間を取ってお母に楽をさせたいとお云いだッたろう、お母さんがそれを聞いて、涙をこぼして、親孝行な子だ、そういう事なら<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>の様にも世話をしようと云って、自分の子のように可愛がったのはお忘れじゃアなかろう、また其の時お前の名は二助と云ったが、伊助という職人がいて、<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〲</rt></ruby>間違うからお<ruby><rb>父</rb><rt>とっ</rt></ruby>さんが長二という名をお<ruby><rb>命</rb><rt>つ</rt></ruby>けなすったんだが、是にも訳のある事で、お前の手の<ruby><rb>人指</rb><rt>ひとさしゆび</rt></ruby>が長くって中指と同じのを御覧なすって、人指の長い人は器用で仕事が上手になるものだから、指が二本とも長いというところで長二としよう、京都の利齋親方の指も此の通りだから、此の小僧も仕立てようで後には名人になるかも知れないと云って、他の職人より目をかけて丁寧に仕事を教えてくだすったので、お前斯うなったのじゃアないか、それに又お前のお母が<ruby><rb>歿</rb><rt>なくな</rt></ruby>った時、お父さんや清五郎さんや<ruby><rb>良人</rb><rt>うちのひと</rt></ruby>で行って、立派に<ruby><rb>葬式</rb><rt>ともらい</rt></ruby>を出して上げたろう、お前は其の時十七だッたが、親方のお蔭で立派に孝行の仕納めが出来た、此の御恩は死んでも忘れないと涙を流してお云いだというじゃアないかね、元町へ<ruby><rb>世帯</rb><rt>しょたい</rt></ruby>を持つ時も<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>だ、寝道具から膳椀まで<ruby><rb>皆</rb><rt>みん</rt></ruby>なお前お父さんに戴いたのじゃアないか、此様なことを云って恩にかけるのじゃアないが、お前左様いう親方を袖にして、自分から縁切の書付を出すとア何うしたものだえ、義理が済むまいに、お前考えてごらん、多くの弟子の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>で一番親方思いと云われたお前が、此様な事になるとは私にはさっぱり訳が分らないよ」

二十五

政「恒兄に<ruby><rb>擲</rb><rt>ぶ</rt></ruby>たれたのが腹が立つなら、私が<ruby><rb>成代</rb><rt>なりかわ</rt></ruby>って謝るからね、何だね、子供の時から一つ<ruby><rb>処</rb><rt>とこ</rt></ruby>で育った心安だてが過ぎるからの事だよ、堪忍おしよ、お父さんもお年がお年だから、お前でもいないと<ruby><rb>良人</rb><rt>うちのひと</rt></ruby>が困るからよ、お父さんへは私がお詫をするから、長さんマアちゃんとお坐んなさいよ、何うしたのだねえ」

と涙を<ruby><rb>翻</rb><rt>こぼ</rt></ruby>してなだめまする信実に、兼松も感じて鼻をすゝりながら、

兼「コウ兄い、いま<ruby><rb>姉</rb><rt>あね</rt></ruby>さんもいう通りだ、親方の恩は大抵の<ruby><rb>事</rb><rt>こっ</rt></ruby>ちゃアねえ、それを知らねえ兄いでもねえに、何うしたんだ、<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>か人にしゃくられでもしたのか、えゝ、姉さんが<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぺい</rt></ruby>するから、おい兄い」

長「お政さん御親切は分りやしたが、弟子師匠の縁が切れてみりゃア<ruby><rb>詫言</rb><rt>わびこと</rt></ruby>をする訳もねえからね、人は<ruby><rb>老少不定</rb><rt>ろうしょうふじょう</rt></ruby>で、年をとった親方いゝや、清兵衛さんより<ruby><rb>私</rb><rt>わっち</rt></ruby>の方が先へ<ruby><rb>往</rb><rt>い</rt></ruby>くかも知れませんから、<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>を<ruby><rb>当</rb><rt>あて</rt></ruby>にするのア無駄だ、何でもてんでに稼ぐのが一番だ、稼いで親に安心をさせなさるが<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>い、私の体に<ruby><rb>何様</rb><rt>どん</rt></ruby>な事があろうと、他人だから<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぺい</rt></ruby>なせいやすな……兼、<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>とも<ruby><rb>最</rb><rt>も</rt></ruby>う<ruby><rb>兄弟</rb><rt>きょうでい</rt></ruby>じゃアねえぞ」

と云放って立上り、勝手口へ出てまいりますから、お政も呆れまして、

政「そんなら何うでもお前は」

長「もう参りません」

清「長二」

長「<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>か用かえ」

清「用はねい」

長「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>だろう、耄碌爺には己も用はねえ」

と表へ出て腰障子を手荒く締切りましたから、恒太郎は<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>えきれず、

恒「何を云いやがる」

と<ruby><rb>拳骨</rb><rt>げんこ</rt></ruby>を固めて飛出そうとするのを清兵衛が押止めまして、

清「打棄っておけ」

恒「だッて<ruby><rb>余</rb><rt>あんま</rt></ruby>りだ」

清「いゝや左様でねえ、是には深い<ruby><rb>仔細</rb><rt>わけ</rt></ruby>のある事だろう」

恒「何様な仔細があるかア知らねえが、<ruby><rb>父</rb><rt>とっ</rt></ruby>さんの<ruby><rb>拵</rb><rt>こせ</rt></ruby>えた棚を<ruby><rb>打</rb><rt>たゝ</rt></ruby>き毀して縁切の書付を出すとア、話にならねえ始末だ」

清「それがサ、<ruby><rb>彼奴</rb><rt>あいつ</rt></ruby>己の<ruby><rb>拵</rb><rt>こせ</rt></ruby>えた棚の外から三つや四つ擲ったッて毀れねえことを知ってるから、<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby><ruby><rb>打擲</rb><rt>ぶんなぐ</rt></ruby>った時、<ruby><rb>故</rb><rt>わざ</rt></ruby>ッと行灯の<ruby><rb>陰</rb><rt>かげ</rt></ruby>になって、<ruby><rb>暗</rb><rt>くれ</rt></ruby>い所で内の方から<ruby><rb>打</rb><rt>たゝ</rt></ruby>きやアがったのは、無理に己を怒らせて縁切の書付を取ろうと<ruby><rb>企</rb><rt>たく</rt></ruby>んだのに相違ねえが、縁を切って何うするのか、十一月を十月と書いたのにも<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>のある事だろう、二三日経ったら<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>か様子が知れようから打棄っておきねえ」

と一同をなだめて案じながら寝床に入りました。其の頃南の町奉行は<ruby><rb>筒井和泉守</rb><rt>つゝいいずみのかみ</rt></ruby>様で、お慈悲深くて御裁きが公平という評判で、名奉行でございました。丁度今月はお月番ですから、お慈悲のお裁きにあずかろうと公事訴訟が沢山に出ます。<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>は十一月の十一日で、追々白洲へ呼込みになる時刻に相成りましたから、公事の引合に呼出された者は五人十人と<ruby><rb>一群</rb><rt>ひとむれ</rt></ruby>になって、御承知の通り数寄屋橋<ruby><rb>内</rb><rt>うち</rt></ruby>の奉行所の腰掛茶屋に集っていますを、やがて奉行屋敷の<ruby><rb>鉄網</rb><rt>かなあみ</rt></ruby>の張ってある窓から同心が大きな声をして、

「<ruby><rb>芝</rb><rt>しば</rt></ruby><ruby><rb>新門前町</rb><rt>しんもんぜんちょう</rt></ruby><ruby><rb>高井利兵衛</rb><rt>たかいりへえ</rt></ruby>貸金催促一件一同入りましょう」

などゝ呼込みますと、その訴訟の本人相手方、只今では原告被告と申します、双方の<ruby><rb>家主</rb><rt>いえぬし</rt></ruby>五人組は勿論、関係の者一同がごた〱白洲へ這入ります。此の白洲の入口の戸を締切る音ががら〱ピシャーリッと<ruby><rb>凄</rb><rt>すさま</rt></ruby>じく脳天に響けますので、大抵の者は仰天して怖くなりますから、嘘を<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>くことが出来なくなって、<ruby><rb>有体</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に白状をいたすようになるという事でございます。今大勢の者が白洲へ呼込みになる混雑の中を<ruby><rb>推分</rb><rt>おしわ</rt></ruby>けて、一人の男が御門内へ駈込んで、当番所の前へ平伏いたしました。此の男は長二でございます。

二十六

当番所には同心<ruby><rb>一人</rb><rt>いちにん</rt></ruby>と<ruby><rb>書役</rb><rt>かきやく</rt></ruby>一人が詰めておりまして、

同「何だ」

長「へい、お訴えがございます」

同「ならない」

と叱りつけて、小者に<ruby><rb>門外</rb><rt>もんそと</rt></ruby>へ<ruby><rb>逐出</rb><rt>おいだ</rt></ruby>させました。この駈込訴訟と申しますものは、其の筋の手を経て<ruby><rb>出訴</rb><rt>しゅっそ</rt></ruby>せいといって、三度までは逐返すのが御定法でございますから、長二も三度逐出されましたが、三度目に、此の訴訟をお<ruby><rb>採上</rb><rt>とりあ</rt></ruby>げになりませんと<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>の一命に<ruby><rb>拘</rb><rt>かゝ</rt></ruby>わりますと申したので、お採上げになって、直に<ruby><rb>松右衛門</rb><rt>まつえもん</rt></ruby>の手で腰縄をかけさせまして<ruby><rb>入牢</rb><rt>じゅろう</rt></ruby>と相成り、年寄へ其の趣きを届け、一通り取調べて奉行附の用人へ<ruby><rb>申達</rb><rt>しんたつ</rt></ruby>して、吟味与力へ引渡し、<ruby><rb>下調</rb><rt>したしらべ</rt></ruby>をいたします、これが只今の予審で、それから奉行へ申立てゝ本調になるという次第でございます。通常の訴訟は出訴の順によってお調べになりますが、駈込訴訟は猶予の出来ない急ぎの事件というので、他の訴訟が<ruby><rb>幾許</rb><rt>いくら</rt></ruby>あっても、それを<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>へ廻して此の方を先へ調べるのが例でありますから、奉行は吟味与力の申立てにより、他の調を後廻しにして、いよ〱長二の事件の本調をいたす事に相成りました。指物師清兵衛は長二が先夜の<ruby><rb>挙動</rb><rt>ふるまい</rt></ruby>を<ruby><rb>常事</rb><rt>たゞごと</rt></ruby>でないと勘付きましたから、恒太郎と兼松に言付けて様子を探らせると、長二が押上堤で幸兵衛夫婦を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>したと南の町奉行へ<ruby><rb>駈込訴訟</rb><rt>かけこみうったえ</rt></ruby>をしたので、元町の家主は大騒ぎで心配をして居るという兼松の注進で、さては無理に喧嘩を<ruby><rb>吹</rb><rt>ふっ</rt></ruby>かけて弟子師匠の縁を切り、書付の日附を先月にしたのは、恩ある己達を此の引合に出すまいとの心配であろうが、此の事を知っては打棄って置かれない、<ruby><rb>何</rb><rt>なん</rt></ruby>の遺恨で殺したのか仔細は分らないが、無闇な事をする長二でないから、お<ruby><rb>採上</rb><rt>とりあ</rt></ruby>げにならないまでも、<ruby><rb>彼奴</rb><rt>あいつ</rt></ruby>が親孝心の次第から<ruby><rb>平常</rb><rt>ふだん</rt></ruby>の心がけと行いの<ruby><rb>善</rb><rt>よ</rt></ruby>い所を<ruby><rb>委</rb><rt>くわ</rt></ruby>しく書面に<ruby><rb>認</rb><rt>したゝ</rt></ruby>めて、お慈悲<ruby><rb>願</rb><rt>ねがい</rt></ruby>をしなけりゃア彼奴の志に対して済まないとは思いましたが、清兵衛は無筆で、自分の細工をした物の箱書は<ruby><rb>毎</rb><rt>いつ</rt></ruby>でも其の表に住居いたす相撲の行司で、<ruby><rb>相撲膏</rb><rt>すもうこう</rt></ruby>を売る<ruby><rb>式守伊之助</rb><rt>しきもりいのすけ</rt></ruby>に頼んで書いて貰う事でありますから、伊之助に委細のことを話して右の願書を認めて貰い、家主同道で恒太郎が奉行所へお慈悲願に出ました。<ruby><rb>今日</rb><rt>きょう</rt></ruby>は龜甲屋幸兵衛夫婦<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>一件の本調というので、関係人一同<ruby><rb>町役人</rb><rt>ちょうやくにん</rt></ruby>家主五人組<ruby><rb>差添</rb><rt>さしそえ</rt></ruby>で、奉行所の腰掛茶屋に待って居ります。やがて例の通り呼込になって一同白洲に入り、<ruby><rb>溜</rb><rt>たまり</rt></ruby>と申す所に控えます。奉行の座の左右には<ruby><rb>継肩衣</rb><rt>つぎかたぎぬ</rt></ruby>をつけた目安方公用人が控え、<ruby><rb>縁前</rb><rt>えんさき</rt></ruby>のつくばいと申す所には、羽織なしで<ruby><rb>袴</rb><rt>はかま</rt></ruby>を<ruby><rb>穿</rb><rt>は</rt></ruby>いた見習同心が二人控えて居りまして、目安方が呼出すに従って、一同が溜から出て白洲へ<ruby><rb>列</rb><rt>なら</rt></ruby>びきると、腰縄で長二が引出され、<ruby><rb>中央</rb><rt>まんなか</rt></ruby>へ坐らせられると、間もなくシイーという制止の声と共に、刀持のお小姓が<ruby><rb>随</rb><rt>つ</rt></ruby>いて、奉行が出座になりました。

二十七

白洲をずうッと見渡されますと、目安方が<ruby><rb>朗</rb><rt>ほがら</rt></ruby>かに訴状を読上げる、奉行はこれを<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と聞き<ruby><rb>了</rb><rt>おわ</rt></ruby>りまして、

奉「浅草鳥越片町幸兵衛手代<ruby><rb>萬助</rb><rt>まんすけ</rt></ruby>、本所元町<ruby><rb>與兵衛</rb><rt>よへえ</rt></ruby><ruby><rb>店</rb><rt>たな</rt></ruby>恒太郎、訴訟人長二郎並びに家主<ruby><rb>源八</rb><rt>げんぱち</rt></ruby>、其の外名主代組合の者残らず出ましたか」

町「一同附添いましてござります」

奉「<ruby><rb>訴人</rb><rt>うったえにん</rt></ruby>長二郎、其の方は何歳に相成る」

長「へい、二十九でござります」

奉「其の方当月九日の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>五つ半時、鳥越片町龜甲屋幸兵衛並に<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>柳を柳島押上堤において<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>いたしたる段、訴え出たが、<ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆえ</rt></ruby>に殺害いたしたのじゃ、包まず申上げい」

長「へい、只殺しましたので」

奉「只殺したでは相済まんぞ、殺した仔細を申せ」

長「其の事を申しますと両親の恥になりますから、何と仰しゃっても申上げる事は出来ません……<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>只人を殺しました<ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>で<ruby><rb>御処刑</rb><rt>おしおき</rt></ruby>をお願い申します」

奉「幸兵衛手代萬助」

萬「へい」

奉「これなる長二郎は幸兵衛方へ<ruby><rb>出入</rb><rt>でいり</rt></ruby>をいたしおった由じゃが、何か遺恨を<ruby><rb>挟</rb><rt>さしはさ</rt></ruby>むような事はなかったか、何うじゃ」

萬「へい、恐れながら申上げます、長二郎は指物屋でございますから、昨年の夏頃から<ruby><rb>度々</rb><rt>たび〲</rt></ruby><ruby><rb>誂</rb><rt>あつら</rt></ruby>え物をいたし、多分の手間代を払い、主人夫婦が格別贔屓にいたして、度々長二郎の宅へも参りました、其の夜死骸の側に五十両の金包が落ちて居りましたのをもって見ますと、長二郎が其の金を<ruby><rb>奪</rb><rt>と</rt></ruby>ろうとして殺しまして、何かに慌てゝ金を奪らずに<ruby><rb>遁</rb><rt>に</rt></ruby>げたものと考えます」

奉「長二郎どうじゃ、<ruby><rb>左様</rb><rt>さよう</rt></ruby>か」

長「其の金は<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>が貰ったのを返したので、金なぞに目をくれるような私じゃアございません」

奉「<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば何故に殺したのじゃ、其の方の為になる得意先の夫婦を殺すとは、何か仔細がなければ相成らん、<ruby><rb>有体</rb><rt>ありてい</rt></ruby>に申せ」

恒「恐れながら申上げます、長二は差上げました書面の通り、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>親共の弟子でございまして、幼少の時から親孝心で実直で、道楽ということは怪我にもいたしませんで、余計な金があると正直な貧乏人に施すくらいで、仕事にかけては江戸一番という評判を取って居りますから、金銭に不自由をするような男ではござりませんから、悪心があってした事では無いと存じます」

源「申上げます、只今恒太郎から申上げました通り、長二郎は六年ほど<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby><ruby><rb>店内</rb><rt>たなうち</rt></ruby>に住居いたしましたが只の一度夜<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>を明けたことの無い、<ruby><rb>実体</rb><rt>じってい</rt></ruby>な辛抱人で、店賃は毎月十日前に納めて、時々釣は<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>いから一杯飲めなぞと申しまして、<ruby><rb>心立</rb><rt>こゝろだて</rt></ruby>の優しい慈悲深い<ruby><rb>性</rb><rt>たち</rt></ruby>で、人なぞ殺すような男ではござりません」

萬「へい申上げます、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>主人方で昨年の夏から長二に払いました手間料は、二百両足らずに相成ります、此の帳面を御覧を願います」

と差出す帳面を同心が取次いで、目安方が読上げます。

奉「この帳面は幸兵衛の自筆か」

萬「へい左様でございます、此の通り格別贔屓にいたしまして、主人の<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>は長二郎に女房の世話を致したいと申して居りましたから、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>の考えますには、其の事を長二郎に話しましたのを長二郎が<ruby><rb>訝</rb><rt>おか</rt></ruby>しく<ruby><rb>暁</rb><rt>さと</rt></ruby>って、無礼な事でも申しかけたのを幸兵衛に告げましたので、幸兵衛が立腹いたして、身分が身分でございますから、<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>で<ruby><rb>紛紜</rb><rt>いさくさ</rt></ruby>の起らないように、<ruby><rb>出入留</rb><rt>でいりどめ</rt></ruby>の手切金を夫婦で持ってまいったもんですから、此の事が世間へ知れては外聞にもなり、殊に恋のかなわない<ruby><rb>口惜紛</rb><rt>くやしまぎ</rt></ruby>れに、両人を殺したんであろうかとも存じます」

奉「長二郎、此の帳面の通り其の方手間料を受取ったか<ruby><rb>而</rb><rt>そう</rt></ruby>して柳が其の方へ嫁の<ruby><rb>口入</rb><rt>くにゅう</rt></ruby>をいたしたか何うじゃ」

長「へい、よくは覚えませんが、其の位受取ったかも知れませんが、決して余計な物は貰やアしません、又嫁を貰えと云った事はありましたが、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>が無礼なことを云いかけたなぞとは飛んでもない事でございます」

奉「それはそれで宜しいが、<ruby><rb>何故</rb><rt>なぜ</rt></ruby>斯様に贔屓になる得意の恩人を殺したのじゃ、何ういう<ruby><rb>恨</rb><rt>うらみ</rt></ruby>か有体に申せ」

長「別に恨というはございませんが、只あの夫婦を殺したくなりましたから殺したのでございます」

奉「黙れ……其の方天下の<ruby><rb>御法度</rb><rt>ごはっと</rt></ruby>を心得ぬか」

長「へい心得て居りますから、<ruby><rb>遁</rb><rt>に</rt></ruby>げ隠れもせずにお訴え申したのでございます」

奉「黙れ……有体に申上げぬは御法に背くのじゃ、こりゃ何じゃな、其の方狂気いたして<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るな」

恒「申上げます、仰せの通り長二郎は全く<ruby><rb>逆上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>せて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>ると存じます、<ruby><rb>平常</rb><rt>ふだん</rt></ruby>斯ういう男ではございません、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>親共は<ruby><rb>今年</rb><rt>こんねん</rt></ruby>六十七歳の老体で、子供の時分から江戸一番の職人にまで仕上げました長二郎の身を案じて、夜も碌に眠りません程でございますによって、<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>老体の親共を<ruby><rb>不便</rb><rt>ふびん</rt></ruby>と思召して、お慈悲の<ruby><rb>御沙汰</rb><rt>ごさた</rt></ruby>をお願い申します、全く気違に相違ございませんから」

萬「成程気違だろう、<ruby><rb>主</rb><rt>ぬし</rt></ruby>のある女に無理を云いかけて、<ruby><rb>此方</rb><rt>こっち</rt></ruby>で内証にしようと云うのを<ruby><rb>肯</rb><rt>き</rt></ruby>かずに、大恩のある出入場の旦那夫婦を殺すとア、正気の沙汰ではございますまい」

奉「萬助……其の方の主人夫婦を殺害いたした長二郎は狂人で、前後の<ruby><rb>弁</rb><rt>わきま</rt></ruby>えなくいたした事と相見えるが何うじゃ」

萬「へい、左様でございましょう」

奉「町役人共は何と思う、奉行は狂気じゃと思うが何うじゃ」

一同「お<ruby><rb>鑑定</rb><rt>めがね</rt></ruby>の通りと存じます」

とお受けをいたしました。仔細を知りませんから、長二が人を殺したのは全く一時発狂をいたした事と思うたのでございましょうが、奉行は<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>て<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ出入をする蔵前の坂倉屋の主人から、長二の身持の<ruby><rb>善</rb><rt>よ</rt></ruby>き事と<ruby><rb>伎倆</rb><rt>うでまえ</rt></ruby>の非凡なることを聞いても居り、<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby>長二が最初に親の恥になるから仔細は云えぬと申した口上に意味がありそうに思われますから悪意があって、殺したので無いということは推察いたし、<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうか</rt></ruby>此の名人を殺したく無いとの考えで取調べると、仔細を白状しませんから、これを幸いに狂人にして命を助けたいと、<ruby><rb>語</rb><rt>ことば</rt></ruby>を其の方へ向けて調べるのを、<ruby><rb>怜悧</rb><rt>りこう</rt></ruby>な恒太郎が呑込んで、気違に相違ないと<ruby><rb>合槌</rb><rt>あいづち</rt></ruby>を打つに、引込まれるとは知らず萬助までが長二を悪くする積りで、正気の沙汰でないと申しますから、奉行は心の内で<ruby><rb>窃</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに喜んで、一同に念を押して、<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよ〱</rt></ruby>狂人の取扱いにしようと致しますと、長二は案外に立腹をいたしまして、<ruby><rb>両眼</rb><rt>りょうがん</rt></ruby>に血を<ruby><rb>濺</rb><rt>そゝ</rt></ruby>ぎ、額に青筋を現わし拳を握りつめて、白洲の隅まで響くような鋭き声で、

長「<ruby><rb>御奉行</rb><rt>ごぶぎょう</rt></ruby>様へ申上げます」

と云って奉行の顔を見上げました。

二十八

さて長二郎が言葉を<ruby><rb>更</rb><rt>あらた</rt></ruby>めて奉行に向いましたので、恒太郎を始め家主源八其の<ruby><rb>他</rb><rt>た</rt></ruby>の人々は、何事を云出すか、お奉行のお慈悲で助命になるものを今さら余計なことを云っては困る、<ruby><rb>而</rb><rt>し</rt></ruby>て見ると愈々本当の気違であるかと<ruby><rb>一方</rb><rt>ひとかた</rt></ruby>ならず心配をして居りますと、長二は奉行の顔を見上げまして、

長「<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>は<ruby><rb>固</rb><rt>もと</rt></ruby>より重い<ruby><rb>御処刑</rb><rt>おしおき</rt></ruby>になるのを覚悟で、お訴え申しましたので、又此の儘生延びては<ruby><rb>天道様</rb><rt>てんとうさま</rt></ruby>へ済みません、現在親を殺して気違だと云われるを幸いに、助かろうなぞという了簡は毛頭ございません、親殺しの私ですから、<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>御法通りお<ruby><rb>処刑</rb><rt>しおき</rt></ruby>をお願い申します」

奉「フム……<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば幸兵衛夫婦を其の方は親と申すのか」

長「左様でございます」

奉「何ういう仔細で幸兵衛夫婦を親と申すのじゃ、其の仔細を申せ」

長「此の事ばかりは親の恥になりますから申さずに御処刑を受けようと思いましたが、仔細を云わなけりゃア気違だと仰しゃるから、致し方がございません、其の<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>を申上げますから、お聞取りをお願い申します」

とそれより自分の背中に指の先の入る程の穴があるのを、<ruby><rb>九歳</rb><rt>こゝのつ</rt></ruby>の時初めて知って母に尋ねると、母は泣いて答えませんので、自分も其の理由を知らずにいた処、去年の十一月職人の兼松と共に相州の湯河原で湯治中、温泉宿へ手伝に来た婆さんから自分は<ruby><rb>棄児</rb><rt>すてご</rt></ruby>であって、背中の穴は其の時受けた疵である事と、長左衛門夫婦は<ruby><rb>実</rb><rt>まこと</rt></ruby>の親でなく、実の親は名前は分らないが、<ruby><rb>斯々云々</rb><rt>かく〱しか〲</rt></ruby>の者で、自分達の悪い事を<ruby><rb>掩</rb><rt>おお</rt></ruby>わんがために棄てたのであるという事を初めて知って、実の親の非道を恨み、養い親の厚恩に感じて、養い親のため仏事を営み、菩提所の住持に身の上を話した時、幸兵衛に面会したのが縁となり、其の<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby><ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>の注文をして過分の手間料を払い、<ruby><rb>一方</rb><rt>ひとかた</rt></ruby>ならず贔屓にして、度々尋ねて来る様子が如何にも<ruby><rb>訝</rb><rt>おか</rt></ruby>しくあり、殊に此の四月夫婦して尋ねて来た時、お柳が急病を<ruby><rb>発</rb><rt>おこ</rt></ruby>し、また此の九月柳島の別荘で余儀なく身の上を話して、背中の疵を見せると、お柳が驚いて<ruby><rb>癪</rb><rt>しゃく</rt></ruby>を発した様子などを考えると、お柳は自分を産んだ実の母らしく思えるより、手を廻して幸兵衛夫婦の素性を探索すると、間違いなさそうでもあり、また幸兵衛が菩提所の住持に自分の素性を<ruby><rb>委</rb><rt>くわ</rt></ruby>しく尋ねたとの事を聞き、幸兵衛夫婦も自分を実子と思っては<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>れど、棄児にした<ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>があるから、今さら<ruby><rb>名告</rb><rt>なの</rt></ruby>りかね、<ruby><rb>余所</rb><rt>よそ</rt></ruby>ながら贔屓にして親しむのに相違ないと思う折から、去る<ruby><rb>九日</rb><rt>こゝのか</rt></ruby>の<ruby><rb>夕方</rb><rt>ゆうかた</rt></ruby>夫婦して尋ねて来て、親切に嫁を貰えと勧め、その手当に五十両の金を遣るというので、もう間違いはないと思って、自分から親子の名告をしてくれと迫った処、お柳は<ruby><rb>顕</rb><rt>あら</rt></ruby>われたと思い、<ruby><rb>恟</rb><rt>びっく</rt></ruby>りして逃出そうとする、幸兵衛は其の事が知れては身の上と思ったと見え、自分を気違だの<ruby><rb>騙</rb><rt>かたり</rt></ruby>だのと<ruby><rb>罵</rb><rt>のゝし</rt></ruby>りこづきまわして、お柳の手を取り、逃帰ったが、<ruby><rb>斯様</rb><rt>こん</rt></ruby>な人から、一文半銭たゞ貰う<ruby><rb>謂</rb><rt>いわ</rt></ruby>れがないから、跡に残っていた五十両の金を返そうと二人を<ruby><rb>逐</rb><rt>おい</rt></ruby>かけ、先へ出越して待っている押上堤で、図らずお柳の話を聞き<ruby><rb>正</rb><rt>まさ</rt></ruby>しく実の母親と知ったから、飛出して名告ってくれと迫るを、幸兵衛が支えて、粗暴を働き、短刀を抜いて切ろうとするゆえ、これを奪い取ろうと悶着の際、両人に疵を負わせ、遂に落命させしと、一点の偽りなく事の<ruby><rb>顛末</rb><rt>てんまつ</rt></ruby>を申し立てましたので、恒太郎源八を始め、<ruby><rb>孰</rb><rt>いず</rt></ruby>れも大きに驚き、長二の身の上を案じ、大抵にしておけと云わぬばかりに、源八が<ruby><rb>窃</rb><rt>そっ</rt></ruby>と長二の袖を引くを、奉行は<ruby><rb>疾</rb><rt>はや</rt></ruby>くも認められまして、

奉「こりゃ止むるな、控えておれ」

二十九

奉「長二郎、<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば其の方は全く両親を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>致したのじゃな」

長「へい……まア<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>いう次第ではございますが、幸兵衛という人は本当の親か義理の親か未だ<ruby><rb>判然</rb><rt>はっきり</rt></ruby>分りません」

奉「<ruby><rb>左様</rb><rt>さよう</rt></ruby>か……こりゃ萬助、其の方幸兵衛と柳が夫婦になったのは<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>か存じて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るか」

萬「へい、たしか五ヶ年前と承わりましたが、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>は其の<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>に<ruby><rb>奉公住</rb><rt>ほうこうずみ</rt></ruby>をいたしましたので」

奉「夫婦の者は当年何歳に相成るか存じて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るか」

萬「へい幸兵衛は五十三歳で、柳は四十七歳でございます」

奉「左様か」

と奉行は<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>を閉じて<ruby><rb>暫時</rb><rt>ざんじ</rt></ruby>思案の様子でありましたが、白洲を見渡して、

奉「長二郎、只今の申立てに<ruby><rb>聊</rb><rt>いさゝ</rt></ruby>かも偽りはあるまいな」

長「けちりんも嘘は申しません」

奉「追って吟味に及ぶ、長二郎入牢申付ける、萬助恒太郎儀は追って<ruby><rb>呼出</rb><rt>よびいだ</rt></ruby>す、一同立ちませい」

是にて此の日のお調べは相済みましたが、筒井侯は<ruby><rb>前</rb><rt>ぜん</rt></ruby>にも申述べました通り、坂倉屋の主人又は林大學頭様から、長二の<ruby><rb>伎倆</rb><rt>うでまえ</rt></ruby>の非凡なる事を聞いておられますから、斯様な名人を殺すは<ruby><rb>惜</rb><rt>おし</rt></ruby>いもの、何とかして助命させたいとの御心配で、狂人の扱いにしようと思召したのを、長二は<ruby><rb>却</rb><rt>かえ</rt></ruby>って怒り、事実を明白に申立てたので、折角の心尽しも無駄になりましたが、その気性の潔白なるに<ruby><rb>益々</rb><rt>ます〱</rt></ruby>感服致されましたから、猶工夫をして助命させたいと思召し、<ruby><rb>一先</rb><rt>ひとま</rt></ruby>ず調べを<ruby><rb>止</rb><rt>や</rt></ruby>めてお<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ帰られました。当今は<ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろし</rt></ruby>にも過失殺故殺謀殺などとか申して、罪に<ruby><rb>軽重</rb><rt>けいじゅう</rt></ruby>がございますから、少しの云廻しで人を殺しても死罪にならずにしまいますが、旧幕時代の法では、<ruby><rb>復讐</rb><rt>かたきうち</rt></ruby>の外は人を殺せば大抵死罪と決って居りますから、何分長二を助命いたす工夫がございませんので、筒井侯も思案に屈し、お居間に<ruby><rb>閉籠</rb><rt>とじこも</rt></ruby>って居られますを、奥方が御心配なされて、

奥「<ruby><rb>日々</rb><rt>にち〱</rt></ruby>の<ruby><rb>御繁務</rb><rt>ごはんむ</rt></ruby>さぞお気疲れ遊ばしましょう、<ruby><rb>御欝散</rb><rt>ごうっさん</rt></ruby>のため御酒でも召上り、先頃召抱えました<ruby><rb>島路</rb><rt>しまじ</rt></ruby>と申す腰元は踊が上手とのことでございますから、お慰みに<ruby><rb>御所望</rb><rt>ごしょもう</rt></ruby>遊ばしては<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>でございます」

和泉「ムヽ、その島路と申すは出入町人助七の娘じゃな」

奥「左様にございます」

和「そんなら踊の所望は兎も角も、これへ呼んで酌を<ruby><rb>執</rb><rt>と</rt></ruby>らせい」

と<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎょい</rt></ruby>がございましたから、時を移さずお酒宴の支度が整いまして、殿様附と<ruby><rb>奥方</rb><rt>おくさま</rt></ruby>附のお小姓お腰元奥女中が七八人ずらりッと<ruby><rb>列</rb><rt>なら</rt></ruby>びまして、<ruby><rb>雪洞</rb><rt>ぼんぼり</rt></ruby>の<ruby><rb>灯</rb><rt>あかり</rt></ruby>が<ruby><rb>眩</rb><rt>まぶ</rt></ruby>しいほどつきました。此の所へ<ruby><rb>文金</rb><rt>ぶんきん</rt></ruby>の<ruby><rb>高髷</rb><rt>たかまげ</rt></ruby>に紫の<ruby><rb>矢筈絣</rb><rt>やはずがすり</rt></ruby>の振袖で出てまいりましたのは、浅草蔵前の坂倉屋助七の娘お島で、当お<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ奉公に<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>り、名を島路と改め、お腰元になりましたが、<ruby><rb>奥方</rb><rt>おくがた</rt></ruby>附でございますから、殿様にはまだお言葉を戴いた事がありません、今日のお召は何事かと心配しながら奥方の<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>へ坐って、丁寧に一礼をいたしますを、殿様が御覧遊ばして、

和「それが島路か、これへ出て酌をせい」

との御意でありますから、島路は恐る〱横の方へ進みましてお酌を致しますと、殿様は島路の顔を見詰めて、盃の方がおるすになりましたから、手が傾いて酒が<ruby><rb>翻</rb><rt>こぼ</rt></ruby>れますのを、島路が振袖の袂で受けて、畳へ一滴もこぼしません、殿様はこれに心付かれて、残りの酒を一口に飲みほして、盃を奥方へさゝれましたから、島路は一礼をして元の席へ<ruby><rb>引退</rb><rt>ひきさが</rt></ruby>ろうと致しますのを、

和「島路待て」

と呼留められましたので、並居る女中達は心の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>で、さては御前様は島路に思召があるなと互に袖を引合って、羨ましく思って居ります、島路はお酒のこぼれたのを自分の粗相とでも思召して、お咎めなさるのではあるまいかと両手を突いたまゝ、<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>に居ずくまっておりますと、殿様は<ruby><rb>此方</rb><rt>こっち</rt></ruby>へ膝を向けられました。

三十

和「ちょっと考え事を致して粗相をした、<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>せ……<ruby><rb>其方</rb><rt>そち</rt></ruby>に尋ねる事があるが、其方も存じて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るであろう、其方の家へ出入をする木具職の長二郎と申す者は、当時江戸一番の名人であると申す事を、其方の父から聞及んで居るが、何ういう人物じゃ、職人じゃによって別に<ruby><rb>取抦</rb><rt>とりえ</rt></ruby>はあるまいが、何ういう性質の者じゃ、知らんか」

との御意に、島路は<ruby><rb>予</rb><rt>かね</rt></ruby>て長二が<ruby><rb>伎倆</rb><rt>うでまえ</rt></ruby>の優れて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るに驚いて居るばかりでなく、慈善を好む<ruby><rb>心立</rb><rt>こゝろだて</rt></ruby>の優しいのに似ず、金銭や威光に少しも屈せぬ見識の高いのに感服して居ります事ゆえ、お尋ねになったを幸い、お<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>のお出入にして、長二を引立てゝやろうとの考えで、

島「お尋ねになりました木具職の長二郎と申します者は、親共が申上げました通り、江戸一番の名人と申す事で、其の者の造りました品は百年経っても狂いが出ませず、又何程<ruby><rb>粗暴</rb><rt>てあら</rt></ruby>に取扱いましても毀れる事がないと申すことでございます、左様な名人で多分な手間料を取りますが、衣類などは<ruby><rb>極々</rb><rt>ごく〲</rt></ruby>質素で、悪遊びをいたさず、正直な貧乏人を憐れんで救助するのを<ruby><rb>楽</rb><rt>たのし</rt></ruby>みにいたしますに<ruby><rb>就</rb><rt>つい</rt></ruby>ては、女房があっては思うまゝに金銭を人に施すことが出来まいと申して、独身で居ります程の者で、職人には珍らしい心掛で、其の気性の潔白なのには親共も感心いたして居ります」

和「フム、それでは普通の職人が<ruby><rb>動</rb><rt>やゝ</rt></ruby>ともすると喧嘩口論をいたして、互に疵をつけたりするような粗暴な人物じゃないの」

島「左様でございます、あゝいう心掛では無益な喧嘩口論などは決して致しますまいと存じます、殊に御酒は一滴も戴きませんと申す事でございますゆえ、<ruby><rb>過</rb><rt>あやま</rt></ruby>ちなどは無いことゝ存じますが、只今申上げました通り潔白な気性でございますゆえ、<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>から恥辱でも受けました節は、その恥辱を<ruby><rb>雪</rb><rt>すゝ</rt></ruby>ぐまでは、一命を捨てゝも飽くまで意地を張るという性根の<ruby><rb>確</rb><rt>しっ</rt></ruby>かりいたした者かとも存じます」

和「ムヽ<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>じゃ、<ruby><rb>其方</rb><rt>そち</rt></ruby>の目は高い……長二郎は左様いう男だろうが、同人の親達は何ういう者か其方は知らんか」

島「一向に存じません」

和「そんなら誰か長二郎の素性や其の親達の身の上を存じて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>る者はないか、其方は知らんか」

と根強く長二郎のことを<ruby><rb>穿鑿</rb><rt>せんさく</rt></ruby>される仔細が分りませんから、奥方が不審に思われまして、

島「御前様、その長二郎とか申す者のことをお聞き遊ばして、<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>遊ばすのでござります」

と尋ねられたので、殿様は長二郎を助ける手段もあろうかとの熱心から、うか〱島路に根問いをした事に心付かれましたが、お役向の事を此の席で話すわけにも参りませんから、笑いに紛らして、

和「何サ、その長二郎と申す者は役者のような<ruby><rb>美</rb><rt>よ</rt></ruby>い男じゃによって、島路が懸想でもして<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るなら、身が助七に申聞けて<ruby><rb>夫婦</rb><rt>みょうと</rt></ruby>にしてやろうと思うたのじゃ」

と一時の<ruby><rb>戯</rb><rt>たわむれ</rt></ruby>にして此の場の話を打消そうと致されましたのを、女中達は本当の事と思って、羨ましそうに<ruby><rb>何</rb><rt>いず</rt></ruby>れも島路の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>へ目を注ぎますので、島路は<ruby><rb>羞</rb><rt>はず</rt></ruby>かしくもあり、又思いがけない殿様の御意に驚き、顔を<ruby><rb>赧</rb><rt>あか</rt></ruby>らめて<ruby><rb>差俯</rb><rt>さしうつむ</rt></ruby>いて居りますを、奥方は気の毒に思召して、

「<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>に御前様の御意でも、こりゃ此の所では御挨拶が成りますまいのう島路」

と奥方にまで問詰められて、島路は返答に困り、益々顔を赧くしてもじ〱いたして居りますと、女中達は羨ましそうに、

春野「島路さん、何をお考え遊ばします、願ってもない御前様の御意、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>なら<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>にお受けをいたしますのに、お年がお若いせいか、ぐず〱して」

常夏「春野さんの仰しゃる通り、此の様な有難い事はござんせぬ、それとも殿御の御器量がお<ruby><rb>錠口</rb><rt>じょうぐち</rt></ruby>の<ruby><rb>金壺</rb><rt>かねつぼ</rt></ruby>さんのようなら、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>のような者でも御即答は出来ませんが、その長二郎さんという方は役者のような男だと御前様が仰しゃったではござりませぬか」

千草「そのうえお仕事が江戸一番の名人で、お金が沢山儲かるとの事」

早咲「そればかりでも結構すぎるに、お心立が優しくって、きりゝと締った所があるとは、嘘のような殿御振り、お話を承わりましたばかりで<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>はつい、ホヽ……オホヽヽヽ」

と女中達のはしたなきお喋りも一座の興でございます。

三十一

殿様は御機嫌よろしく<ruby><rb>打笑</rb><rt>うちえ</rt></ruby>まれまして、

和「どうじゃ島路、皆の者は話を聞いたばかりで<ruby><rb>彼様</rb><rt>かよう</rt></ruby>に浮れて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るに、其方は<ruby><rb>何故</rb><rt>なぜ</rt></ruby><ruby><rb>鬱</rb><rt>ふさ</rt></ruby>ぐのじゃ」

と<ruby><rb>退引</rb><rt>のっぴき</rt></ruby>のならんお尋ねを迷惑には思いましたが、此の所で<ruby><rb>一言</rb><rt>いちごん</rt></ruby>申しておかなければ、殿様が自分を<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>の女中達のように思召して、万一父助七へ御意のあった時は、<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>やを申上げることも出来ぬと思いましたから、羞かしいのを<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>えまして、少し顔を上げ、

島「だん〱の御意は誠に有難う存じますが、<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうぞ</rt></ruby>此の儀は<ruby><rb>御沙汰止</rb><rt>ごさたやみ</rt></ruby>にお願い申上げます、長二郎は<ruby><rb>伎倆</rb><rt>うでまえ</rt></ruby>と申し心立と申し、男として不足の<ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>は一つもございませんが、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>家は町人ながらも系図正しき家筋でございますれば、身分違いの職人の家へ嫁入りを致しましては、第一先祖へ済みませず、<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby>世間で私の不身持から余儀なく縁組を致したのであろうなぞと、風聞をいたされますのが心苦しゅうございますれば、<ruby><rb>何卒</rb><rt>なにとぞ</rt></ruby>此の儀は此の場ぎり御沙汰止にお願い申上げます」

ときっぱり申述べました。追々世の中が<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>けて、華族様と平民と縁組を致すようになった当今のお子様方は、この島路の口上をお聞きなすっては、開けない奴だ、町人と職人と<ruby><rb>何程</rb><rt>どれほど</rt></ruby>の<ruby><rb>違</rb><rt>ちがい</rt></ruby>がある、頑固にも程があると仰しゃいましょうが、其の頃は身分という事がやかましくなって居りまして、お武家と<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>とは縁組が出来ません、<ruby><rb>拠所</rb><rt>よんどころ</rt></ruby>なく縁組をいたす時は、其の身分に応じて仮親を<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>えますことで、商人と職人の間にも身分の<ruby><rb>分</rb><rt>わか</rt></ruby>ちが立って居りました、殊に身柄のある商人はお武家が町人百姓を卑しめる通り、職人を卑しめたものでございますから、島路は長二郎を不足のない男とは思って居りますが、物の道理を心得て<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るだけに、此の御沙汰を断ったのでございます。殿様は元来<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>いう<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめし</rt></ruby>ではなく、只此の場の話を紛らせようと、戯れ半分に仰しゃったお言葉が本当になったので、取返しがつかず、困っておられた処へ、島路が御沙汰止を願いましたから、これを幸いに、

和「おゝ、何も身が無理に<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>いうのではない、左様いうことなら今の話は<ruby><rb>止</rb><rt>や</rt></ruby>めにするから、島路大儀じゃが<ruby><rb>下物</rb><rt>さかな</rt></ruby>に何か一つ踊って見せい」

と踊りの<ruby><rb>御所望</rb><rt>ごしょもう</rt></ruby>がございましたから、女中達は俄に浮き立ちまして、それ〲の支度をいたし、さア島路さん、早くと<ruby><rb>急</rb><rt>せ</rt></ruby>き立てられて、島路は迷惑ながら一旦其の席を<ruby><rb>引退</rb><rt>ひきさが</rt></ruby>りまして、<ruby><rb>斯様</rb><rt>かよう</rt></ruby>な時の用心に宿から取寄せて置いた衣裳を着けて出ました、容貌は一段に引立って美しゅうございまして、殿様が早くとのお<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>に随い、島路は憶する色なく立上りまして、<ruby><rb>珠取</rb><rt>たまとり</rt></ruby>の段を踊りますを、殿様は能くも御覧にならず、何か<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに御思案の様子でございましたが、踊の<ruby><rb>半頃</rb><rt>なかごろ</rt></ruby>で、

和「感服いたした、<ruby><rb>最</rb><rt>も</rt></ruby>うよい、疲れたであろう、休息いたせ」

と踊を差止め、<ruby><rb>酒肴</rb><rt>さけさかな</rt></ruby>を下げさせ、奥方を始め女中達を遠ざけられて、俄に腹心の吟味与力<ruby><rb>吉田駒二郎</rb><rt>よしだこまじろう</rt></ruby>と申す者をお召になりまして、<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>の更けるまで御密談をなされたのは、全く長二郎の一件に就いて、幸兵衛夫婦の素性を取調べる手懸りを御相談になったので、<ruby><rb>略</rb><rt>ほゞ</rt></ruby>探索の方も定まりましたと見え、駒二郎は御前を<ruby><rb>退</rb><rt>しりぞ</rt></ruby>いて帰宅いたし、直に其の頃探偵<ruby><rb>捕者</rb><rt>とりもの</rt></ruby>の名人と呼ばれた<ruby><rb>金太郎</rb><rt>きんたろう</rt></ruby><ruby><rb>繁藏</rb><rt>しげぞう</rt></ruby>という二人の御用聞を呼寄せて、御用の旨を申含めました。

三十二

町奉行筒井和泉守様は、長二郎ほどの名人を失うは<ruby><rb>惜</rb><rt>おし</rt></ruby>いから、救う道があるなら助命させたいと思召す<ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>りではございません、段々吟味の模様を考えますと、幸兵衛夫婦の身の上に怪しい事がありますから、これを調べたいと思召したが、夫婦とも死んで居ります事ゆえ、吟味の手懸りがないので、深く心痛いたされまして、<ruby><rb>漸々</rb><rt>よう〱</rt></ruby>に幸兵衛が龜甲屋お柳方へ<ruby><rb>入夫</rb><rt>にゅうふ</rt></ruby>になる時、下谷稲荷町の<ruby><rb>美濃屋茂二作</rb><rt>みのやもじさく</rt></ruby>と其の女房お<ruby><rb>由</rb><rt>よし</rt></ruby>が<ruby><rb>媒妁</rb><rt>なこうど</rt></ruby>同様に周旋をしたということを聞出しましたから、早速お<ruby><rb>差紙</rb><rt>さしがみ</rt></ruby>をつけて、右の夫婦を呼出して白洲を開かれました。

奉行「下谷稲荷町<ruby><rb>徳平店</rb><rt>とくべいたな</rt></ruby>茂二作、<ruby><rb>並</rb><rt>ならび</rt></ruby>に<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>由、其の他名主、代組合の者残らず出ましたか」

町役「一同差添いましてござります」

奉「茂二作夫婦の者は長年龜甲屋方へ<ruby><rb>出入</rb><rt>でいり</rt></ruby>をいたし、柳に再縁を勧め、其の方共が<ruby><rb>媒妁</rb><rt>なかだち</rt></ruby>をいたして、幸兵衛と申す者を入夫にいたせし由じゃが、<ruby><rb>左様</rb><rt>さよう</rt></ruby>か」

茂「へい左様でございます」

由「それも<ruby><rb>私共</rb><rt>わたくしども</rt></ruby>が好んで致したのではございません、<ruby><rb>拠</rb><rt>よんどころ</rt></ruby>なく頼まれましたので」

奉「如何なる縁をもって其の方共は龜甲屋へ出入をいたしたのか」

茂「それはあの龜甲屋の<ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>の旦那<ruby><rb>半右衛門</rb><rt>はんえもん</rt></ruby>様が、御公儀の仕立物御用を勤めました縁で、私共も仕立職の方で出入をいたしましたので、へい」

奉「何歳の時から出入いたしたか」

茂「二十六歳の時から」

奉「当年何歳に相成る」

茂「五十五歳で」

奉「由は龜甲屋に奉公をいたせし<ruby><rb>趣</rb><rt>おもむき</rt></ruby>じゃが、何歳の時奉公にまいった」

由「へい、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>は十七の三月からでございますから」

と指を折って年を数え、

「もう廿八九年前の事でございます」

奉「其の<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>両人とも相変らず出入をいたして居ったのじゃな」

茂「左様でございます」

奉「して見ると其の方共<ruby><rb>実体</rb><rt>じってい</rt></ruby>に勤めて、主人の気に入って居ったものと見えるな」

由「はい、<ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>の旦那様がまことに<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>いお方で、私共へ目をかけて下さいましたので」

奉「左様であろう、して柳と申す女は<ruby><rb>何時頃</rb><rt>いつごろ</rt></ruby>半右衛門方へ嫁にまいったものか、存じて居ろうな」

茂「へい、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>が奉公にまいりました年で、<ruby><rb>御新造</rb><rt>ごしんぞ</rt></ruby>は其の時<ruby><rb>慥</rb><rt>たし</rt></ruby>か十八だと覚えて居ります」

奉「御新造とはお柳のことか」

茂「へい」

奉「して、半右衛門は其の時何歳であった」

茂「左様で」

と考えて、お由とさゝやき、指を折り、

茂「三十二三歳であったと存じます」

奉「当月九日の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>、柳島押上堤において長二郎のために<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>された幸兵衛という者は、如何なる身分職業で、龜甲屋方に入夫にまいるまで、<ruby><rb>何方</rb><rt>いずかた</rt></ruby>に住居いたして居った者じゃ」

茂「幸兵衛は坂本二丁目の<ruby><rb>経師屋</rb><rt>きょうじや</rt></ruby><ruby><rb>桃山甘六</rb><rt>もゝやまかんろく</rt></ruby>の弟子で、其の家が代替りになりました時、<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を取って、それから<ruby><rb>私方</rb><rt>わたくしかた</rt></ruby>に居りました」

奉「其の方宅に<ruby><rb>何個年</rb><rt>なんがねん</rt></ruby>居ったか」

茂「左様でございます、彼是十年たらず居りました」

奉「フム<ruby><rb>大分</rb><rt>だいぶん</rt></ruby>久しく居ったな」

茂「へい、随分厄介ものでございました」

奉「其の方の宅において幸兵衛は常に何をいたして居った」

茂「へい、只ぶら〱、いえ、アノ経師をいたして居りました」

奉「フム、由其の方は存じて居ろうが、龜甲屋の元の宅は根岸であったによって、坂本の経師職桃山が出入ゆえ、幸兵衛が<ruby><rb>屡々</rb><rt>しば〱</rt></ruby>仕事にまいったであろう」

由「はい」

と云いにかゝるを茂二作が目くばせで止めましたから、慌てゝ咳払いに紛らし、

由「いゝえ、あの<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>は存じません」

奉「隠すな、隠すと其の方の為にならんぞ、奉行は<ruby><rb>宜</rb><rt>よ</rt></ruby>く知って<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るぞ、幸兵衛が障子の張替えなどに度々まいったであろう」

由「はい、まいりました」

奉「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>であろう、して、幸兵衛が其の方の宅に居った時は経師職はいたさなんだと申す事じゃが、其の方共の家業の手伝でもいたして居ったのか、何うじゃ」

由「へい、証文を書いたり催促や何かを致して居りました」

奉「ムヽ、それでは貸附金の証文の<ruby><rb>書役</rb><rt>しょやく</rt></ruby>などを致して居ったのじゃな、して其の貸付金は<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>の<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>じゃ」

茂「それは、へい<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>の所持金で」

奉「余ほど多分に貸付けてある趣じゃが、其の方<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>して所持いたし<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るぞ、これは多分何者か其の方どもの<ruby><rb>実体</rb><rt>じってい</rt></ruby>なるを見込んで、貸付方を頼んだのであろう、いや由、何も怖がることは無い、存じて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>ることを<ruby><rb>真直</rb><rt>まっすぐ</rt></ruby>に申せばよいのじゃ」

三十三

由「はい、その<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>は、へい<ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>の旦那がお達者の時分から、御新造様がお小遣の内を少しずつ貸付けになさったので」

奉「フム、<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>らば半右衛門の<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>柳が、出入の経師職幸兵衛を正直な手堅い者と見込んだゆえ、其の方の宅において貸付金の世話をいたさせたのじゃな、<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>であろう、何うじゃ」

茂「<ruby><rb>左様</rb><rt>さよう</rt></ruby>でございます」

奉「由其の方は女の事ゆえ覚えて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るであろう、柳が初めて産をいたしたのは何年の何月で、男子であったか、女子であったか、間違えんように能く勘考して申せ」

由「はい」

と両手の指を折って頻りに年を数えながら、茂二作と何か<ruby><rb>囁</rb><rt>さゝ</rt></ruby>やきまして、

由「申上げます……あれは今年から二十九年前で、慥か御新造が十九の時で、四月の<ruby><rb>二十日</rb><rt>はつか</rt></ruby>に奥州へ行くと云って<ruby><rb>暇乞</rb><rt>いとまごい</rt></ruby>にまいりました人に、旦那様が<ruby><rb>塩釜様</rb><rt>しおがまさま</rt></ruby>のお<ruby><rb>符</rb><rt>ふだ</rt></ruby>をお頼みなさったので、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>は初めて御新造様が<ruby><rb>懐妊</rb><rt>みもち</rt></ruby>におなりなさったのを知ったのでございます、御誕生は正月十一日お蔵開きの日で、お坊さんでございますから、目出たいと申して<ruby><rb>御祝儀</rb><rt>ごしゅうぎ</rt></ruby>を戴いたのを覚えて居ります」

奉「ムヽ、柳が<ruby><rb>懐妊</rb><rt>かいにん</rt></ruby>と分った月を存じて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るか」

と奉行は暫らく<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>を閉じて思案をいたされまして、

奉「由其の方はなか〱物覚えが宜いな、然らば幸兵衛が龜甲屋方へ初めてまいったのは何年の何月頃じゃか、それを覚えて居らんか」

由「はい、<ruby><rb>左様</rb><rt>さよう</rt></ruby>」

と暫らく考えて居りましたが、<ruby><rb>突然</rb><rt>いきなり</rt></ruby>に大きな声で、

由「思い出しました」

と奉行の顔を見上げて、

由「幸兵衛が初めてまいりましたのは、其の年の五月<ruby><rb>絹張</rb><rt>きぬばり</rt></ruby>の<ruby><rb>行灯</rb><rt>あんどん</rt></ruby>が一対出来るので」

と茂二作の顔を見て、

由「それ、お前さんが桃山を呼びに行ったら、其の時幸兵衛さんが来たんだよ、御新造が<ruby><rb>美</rb><rt>い</rt></ruby>い男だと云って、それ、あの」

と喋るのを茂二作が目くばせで<ruby><rb>止</rb><rt>とゞ</rt></ruby>めても、お由は少しも気がつかずに、

由「別段に御祝儀をお遣んなさったのを、お前さんがソレ」

と余計なことを喋り出そうといたしますから、茂二作が気を揉んで<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>めたので、お由も気が付いたと見えて、

由「へい、マア<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>いうことで、それから<ruby><rb>私共</rb><rt>わたくしども</rt></ruby>まで心安くなったので、其の初めは五月の二日でございます」

奉「して見ると柳の懐妊の分ったのは、寛政四年の四月で、幸兵衛が初めて龜甲屋へまいったのは同年五月二日じゃな、それに相違あるまいな」

茂「へい」

由「間違いございません」

奉「そうして其の<ruby><rb>出生</rb><rt>しゅっしょう</rt></ruby>いたした小児は無事に成長致したか、何うじゃ」

由「くり〱<ruby><rb>肥</rb><rt>ふと</rt></ruby>った<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>いお坊さんでございましたが、御新造のお乳が出ませんので、八王子のお<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ頼んで里におやんなさいましたが、間も無く<ruby><rb>歿</rb><rt>なくな</rt></ruby>ったそうでございます」

奉「その小児を八王子へ遣る時、<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>がまいった、親半右衛門でも連れてまいったか」

由「いゝえ、旦那様はお産があると間もなく、慥か二十日正月の日でございました、急な御用で京都へお出でになりましたから、御新造が御自分でお連れなされたのでござります」

奉「柳<ruby><rb>一人</rb><rt>いちにん</rt></ruby>ではあるまい、<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>か供をいたして参ったであろう」

由「はい、供には<ruby><rb>良人</rb><rt>やど</rt></ruby>が」

奉「やどとは<ruby><rb>誰</rb><rt>だれ</rt></ruby>の事じゃ」

茂「へい<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>が附いてまいりました」

奉「帰りにも其の方同道いたしたか」

茂「旦那が留守で<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>が案じられるから、先へ帰れと仰しゃいましたから、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>はお新造より先へ帰りました」

奉「柳の<ruby><rb>実家</rb><rt>さと</rt></ruby>と申すは何者じゃ、存じて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るか」

茂「へい八王子の千人同心だと申す事でございますが、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>が<ruby><rb>死絶</rb><rt>しにた</rt></ruby>えて、今では縁の伯母が一人あるばかりだと申すことでございますが、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>は<ruby><rb>大横町</rb><rt>おおよこちょう</rt></ruby>まで送って帰りましたから、先の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>は存じません」

奉「其の方の外に一緒にまいった者は無いか」

茂「はい、<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>も一緒にまいった者はございません」

奉「黙れ、其の方は<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>に対し偽りを申すな、幸兵衛も同道いたしたであろう」

茂「へい〱誠にどうも、<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>からは<ruby><rb>誰</rb><rt>だれ</rt></ruby>も外にまいった者はござりませんが、へい、アノ<ruby><rb>五宿</rb><rt>ごしゅく</rt></ruby>へ泊りました時、幸兵衛が先へまいって居りまして、それから一緒にヘイ、つい古い事で忘れまして、まことにどうも恐入りました事で」

奉「フム、<ruby><rb>左様</rb><rt>さよう</rt></ruby>であろう、して、柳は<ruby><rb>幾日</rb><rt>いくか</rt></ruby>に出て幾日に帰宅をいたしたか存じて居ろう」

茂「へい左様……正月二十八日に出まして、あのう二月の二十日頃に帰りましたと存じます」

奉「それに相違ないか」

茂「相違ございません」

奉「<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と左様か」

茂「決して偽りは申上げません」

奉「然らば追って呼出すまで、茂二作夫婦とも旅行は相成らんぞ、町役人共左様に心得ませい……立ちませい」

是にて此の日のお調べは済みました。

三十四

奉行は吟味中お由の口上で、図らずお柳の懐妊の<ruby><rb>年月</rb><rt>ねんげつ</rt></ruby>が分ったので、幸兵衛が龜甲屋へ出入を初めた<ruby><rb>年月</rb><rt>としつき</rt></ruby>を<ruby><rb>糺</rb><rt>たゞ</rt></ruby>すと、懐妊した<ruby><rb>翌月</rb><rt>よくつき</rt></ruby>でありますから、長二は幸兵衛の<ruby><rb>胤</rb><rt>たね</rt></ruby>でない事は明白でございますが、お柳は実母に相違ありませんから、まだ親殺しの罪を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れさせることは出来ません。是には奉行も<ruby><rb>殆</rb><rt>ほと</rt></ruby>んど当惑して、最早長二を救うことは出来ぬとまで諦められました。

由「<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>ア本当に命が三年ばかし縮まったよ」

茂「男でさえ不気味だもの、其の筈だ」

由「大屋さんは平気だねえ」

茂「そうサ、自分が調べられるのじゃアないからの<ruby><rb>事</rb><rt>こっ</rt></ruby>た、<ruby><rb>此方</rb><rt>こち</rt></ruby>とらはまかり間違えば<ruby><rb>捕縛</rb><rt>ふんじば</rt></ruby>られるのだから<ruby><rb>怖</rb><rt>おっ</rt></ruby>かねえ」

由「今日の塩梅じゃア心配しなくっても<ruby><rb>宜</rb><rt>い</rt></ruby>いようだねえ」

茂「<ruby><rb>手前</rb><rt>てめえ</rt></ruby>が余計なことを喋りそうにするから、<ruby><rb>己</rb><rt>おら</rt></ruby>ア<ruby><rb>冷々</rb><rt>ひや〱</rt></ruby>したぜ」

由「行く前に大屋さんから教わって置いたから、<ruby><rb>襤褸</rb><rt>ぼろ</rt></ruby>を出さずに済んだのだ、斯ういう時は<ruby><rb>兀頭</rb><rt>はげ</rt></ruby>も頼りになるねえ」

茂「それだから鰻で一杯飲ましてやったのだ」

由「鰻なぞを喰ったことが無いと見えて、串までしゃぶって居たよ」

茂「まさか」

由「本当だよ、お酒も<ruby><rb>彼様</rb><rt>あん</rt></ruby>な<ruby><rb>好</rb><rt>い</rt></ruby>いのを飲んだ事アないと見えて、大層酔ったようだった」

茂「<ruby><rb>己</rb><rt>おれ</rt></ruby>も<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>は<ruby><rb>甚</rb><rt>ひど</rt></ruby>く酔ったが、風が寒いので<ruby><rb>悉皆</rb><rt>すっかり</rt></ruby><ruby><rb>醒</rb><rt>さ</rt></ruby>めてしまった」

由「早く帰って、又一杯おやりよ」

と茂二作夫婦は世話になった<ruby><rb>礼心</rb><rt>れいごゝろ</rt></ruby>で、奉行所から帰宅の途中、ある鰻屋へ立寄り、大屋<ruby><rb>徳平</rb><rt>とくへい</rt></ruby>に<ruby><rb>夕飯</rb><rt>ゆうめし</rt></ruby>をふるまい、徳平に別れて下谷稲荷町の宅へ戻りましたのは夕<ruby><rb>七時半</rb><rt>なゝつはん</rt></ruby>過で、空はどんより曇って北風が寒く、今にも降出しそうな<ruby><rb>気色</rb><rt>けしき</rt></ruby>でございますので、此の間から此の家の軒下を借りて、夜店を出します古道具屋と古本屋が、大きな<ruby><rb>葛籠</rb><rt>つゞら</rt></ruby>を其処へ卸して、二つ三つ穴の明いた<ruby><rb>古薄縁</rb><rt>ふるうすべり</rt></ruby>を前へ<ruby><rb>拡</rb><rt>ひろ</rt></ruby>げましたが、<ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>を<ruby><rb>列</rb><rt>なら</rt></ruby>べるのを見合せ、葛籠に腰をかけて煙草を呑みながら空を眺めて居ります。

茂「やア道具屋さんも本屋さんも御精が出ます、何だか急に寒くなって来たではありませんか」

道「お帰りですか、商売<ruby><rb>冥利</rb><rt>みょうり</rt></ruby>ですから出ては見ましたが、今にも降って来そうですから、考えているんです」

茂「こういう晩には人通りも少ないからねえ」

本「<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>ですが<ruby><rb>天道干</rb><rt>てんとうぼし</rt></ruby>という奴ア商いの<ruby><rb>有無</rb><rt>あるなし</rt></ruby>に拘わらず、<ruby><rb>毎晩</rb><rt>めいばん</rt></ruby><ruby><rb>同</rb><rt>おんな</rt></ruby>じ<ruby><rb>所</rb><rt>とけ</rt></ruby>え出て<ruby><rb>定店</rb><rt>じょうみせ</rt></ruby>のようにしなけりゃアいけやせんから、寒いのを辛抱して出て来たんですが、雪になっちゃア当分喰込みです」

茂「雪は<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>が長くわるいからね」

と立話をしておりますうち、お由が隣へ預けて置いた入口の<ruby><rb>締</rb><rt>しまり</rt></ruby>の鍵を持って来て、格子戸を明けましたから、茂二作は内へ入り、お由は其の足で<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に酒屋へ行って酒を買い、<ruby><rb>貧乏徳利</rb><rt>びんぼうどくり</rt></ruby>を袖に隠して戻りますと、茂二作は火種にいけて置いた<ruby><rb>炭団</rb><rt>たどん</rt></ruby>を<ruby><rb>掻発</rb><rt>かきおこ</rt></ruby>して、其の上に消炭を積上げ、鼻を<ruby><rb>炙</rb><rt>あぶ</rt></ruby>りながらブー〱と火を吹いて居ります。お由は<ruby><rb>半纏羽織</rb><rt>はんてんばおり</rt></ruby>を脱いで袖畳みにして居りますと、表の格子戸をガラリッと明けて<ruby><rb>入</rb><rt>は</rt></ruby>いってまいりました男は、<ruby><rb>太織</rb><rt>ふとおり</rt></ruby>というと体裁が<ruby><rb>宜</rb><rt>よ</rt></ruby>うございますが、年数を喰って細織になった、上の所<ruby><rb>斑</rb><rt>まんだ</rt></ruby>らに<ruby><rb>褪</rb><rt>は</rt></ruby>げておる焦茶色の短かい羽織に、八丈まがいの<ruby><rb>脂染</rb><rt>あぶらじ</rt></ruby>みた小袖を着し、<ruby><rb>一本独鈷</rb><rt>いっぽんどっこ</rt></ruby>の小倉の帯に、お釈迦の手のような木刀をきめ込み、<ruby><rb>葱</rb><rt>ねぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>枯葉</rb><rt>かれっぱ</rt></ruby>のようなぱっちに、白足袋でない鼠足袋というのを<ruby><rb>穿</rb><rt>は</rt></ruby>き、<ruby><rb>上汐</rb><rt>あげしお</rt></ruby>の河流れを救って来たような<ruby><rb>日和下駄</rb><rt>ひよりげた</rt></ruby>で小包を<ruby><rb>提</rb><rt>さ</rt></ruby>げ、黒の山岡頭巾を被って居ります。

三十五

誰だか分りませんが、<ruby><rb>風体</rb><rt>ふうてい</rt></ruby>が悪いから、お由が目くばせをして茂二作を奥の方へ<ruby><rb>逐遣</rb><rt>おいや</rt></ruby>り、<ruby><rb>中仕切</rb><rt>なかじきり</rt></ruby>の障子を建切りまして、

由「<ruby><rb>何方</rb><rt>どなた</rt></ruby>です」

「はい<ruby><rb>玄石</rb><rt>げんせき</rt></ruby>でござるて」

と頭巾を取って<ruby><rb>此方</rb><rt>こっち</rt></ruby>を<ruby><rb>覗込</rb><rt>のぞきこ</rt></ruby>みました。

由「おや〱<ruby><rb>岩村</rb><rt>いわむら</rt></ruby>さんで、お久しぶりでございますこと」

玄「誠に意外な<ruby><rb>御無音</rb><rt>ごぶいん</rt></ruby>をいたしたので、<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し<ruby><rb>毎</rb><rt>いつ</rt></ruby>も御壮健で」

と<ruby><rb>拇指</rb><rt>おやゆび</rt></ruby>を出して、

玄「御在宿かな」

というは<ruby><rb>正</rb><rt>まさ</rt></ruby>しく<ruby><rb>合力</rb><rt>ごうりょく</rt></ruby>を頼みに来たものと察しましたから、

由「はい、今日は<ruby><rb>生憎</rb><rt>あいにく</rt></ruby>留守で、マアお上んなさいな」

と口には申しましても、玄石が腰を掛けて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>る<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>り<ruby><rb>端</rb><rt>ばた</rt></ruby>へ、べったりと大きなお<ruby><rb>尻</rb><rt>いど</rt></ruby>を<ruby><rb>据</rb><rt>す</rt></ruby>えて居りますから、玄石が上りたくも上ることが出来ません。

玄「へい<ruby><rb>何方</rb><rt>どちら</rt></ruby>へお出でゞす、もう程のう御帰宅でしょう」

由「いゝえ此の頃親類が災難に<ruby><rb>遭</rb><rt>あ</rt></ruby>って、心配中で、もう少し<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>其の方へ出かけましたので、<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>も是れから出かけようと、此の通り今着物を着替えたところで、まことに生憎な事でした、お宿が分って居りますれば<ruby><rb>明日</rb><rt>みょうにち</rt></ruby>にも伺わせましょう」

玄「はい、宿と申して別に……実に御承知の通り先年郷里へ隠遁をいたした処、<ruby><rb>兵粮方</rb><rt>ひょうろうかた</rt></ruby>の親族に死なれ、それから<ruby><rb>已</rb><rt>やむ</rt></ruby>を得ず再び玄関を<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>くと、<ruby><rb>祝融</rb><rt>しゅくゆう</rt></ruby>の神に憎まれて<ruby><rb>全焼</rb><rt>まるやけ</rt></ruby>と相成ったじゃ、それからというものは<ruby><rb>為</rb><rt>す</rt></ruby>る事なす事<ruby><rb>鶍</rb><rt>いすか</rt></ruby>の<ruby><rb>嘴</rb><rt>はし</rt></ruby>、<ruby><rb>所詮</rb><rt>しょせん</rt></ruby>田舎では<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かんと見切って<ruby><rb>出府</rb><rt>しゅっぷ</rt></ruby>いたしたのじゃが、別に目的もないによって、先ず身の上を御依頼申すところは、龜甲屋様と存じて根岸をお尋ね申した処、鳥越へ御転居に相成ったと承わり、早速伺ったら、いやはや意外な凶変、実に驚き入った事件で、定めて<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>にも御心配のことゝ存ずるて」

由「まことにお気の毒な事で、何とも申そう<ruby><rb>様</rb><rt>よう</rt></ruby>がございません、定めてお聞でしょうが、お<ruby><rb>宅</rb><rt>うち</rt></ruby>へお出入の指物屋が金に目が<ruby><rb>眩</rb><rt>く</rt></ruby>れて殺したんですとサ」

玄「ふーむ、不埓千万な奴で……実に金が<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>の世の中です、然るに愚老は其の敵に<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>り逢おうと存じて出府致した処、右の次第で当惑のあまり<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へ御融通を願いに出たのですから、<ruby><rb>何卒</rb><rt>どうか</rt></ruby>何分」

由「はい、折角のお頼みではございますが、此の節は<ruby><rb>実</rb><rt>まこと</rt></ruby>に融通がわるいので、どうも」

玄「でもあろうが、お<ruby><rb>手許</rb><rt>てもと</rt></ruby>に遊んで居らんければ<ruby><rb>他</rb><rt>た</rt></ruby>からでも御才覚を願いたい、利分は天引でも苦しゅうないによって」

由「ハア、それは貴方のことですから、才覚が出来さいすれば<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>の様にも骨を折って見ましょうが、何分今が今と云っては心当りが」

玄「<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>を是非とも願うので」

と根強く<ruby><rb>掛合込</rb><rt>かけあいこ</rt></ruby>みまして、お由にはなか〱断りきれぬ様子でありますから、茂二作は一旦脱いだ羽織を<ruby><rb>引掛</rb><rt>ひっか</rt></ruby>け、裏口から<ruby><rb>窃</rb><rt>そっ</rt></ruby>と<ruby><rb>脱出</rb><rt>ぬけだ</rt></ruby>して表へ廻り、今帰ったふりで門口を明けましたから、お由はぬからぬ顔で、

由「おや大層早かったねえ」

茂「いや、これは岩村先生……まことにお久しい」

玄「イーヤお帰りですか、意外な<ruby><rb>御無音</rb><rt>ごぶいん</rt></ruby>、<ruby><rb>実</rb><rt>じつ</rt></ruby>に謝するに言葉がござらんて」

茂「何うなさったかと毎度お噂をして居りましたが、まアお変りもなくて結構です」

玄「ところがお変りだらけで<ruby><rb>不結構</rb><rt>ぶけっこう</rt></ruby>という次第を、只今<ruby><rb>御内方</rb><rt>ごないほう</rt></ruby>へ陳述いたして<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るところで、実に<ruby><rb>汗顔</rb><rt>かんがん</rt></ruby>の至りだが、国で困難をして出府いたした処、頼む<ruby><rb>樹陰</rb><rt>こかげ</rt></ruby>に雨が漏るで、龜甲屋様の変事、進退<ruby><rb>谷</rb><rt>きわ</rt></ruby>まったので已むを得ず推参いたした訳で、老人を<ruby><rb>愍然</rb><rt>びんぜん</rt></ruby>と思召して御救助を何うか」

茂「成程、それはお困りでしょうが、当節は以前と違って<ruby><rb>甚</rb><rt>ひど</rt></ruby>い不手廻りですから、何分心底に任しません」

と金子を紙に包んで、

茂「これは<ruby><rb>真</rb><rt>ほん</rt></ruby>の心ばかりですが、草鞋銭と思って何うぞ」

と差出すを、

玄「はい〱実に何とも恐縮の至りで」

と手に受けて包をそっと<ruby><rb>披</rb><rt>ひら</rt></ruby>き、中を見て其の儘に突戻しまして、

玄「フン、これは<ruby><rb>唯</rb><rt>たっ</rt></ruby>た二百<ruby><rb>疋</rb><rt>ぴき</rt></ruby>ですねえ、もし宜く考えて見ておくんなさい」

茂「二分では少いと仰しゃるのか」

玄「<ruby><rb>左様</rb><rt>さよう</rt></ruby>さ、これッばかりの金が何になりましょう」

茂「だから草鞋銭だと云ったのだ、二分の草鞋がありゃア、京都へ二三度行って帰ることが出来る」

玄「ところが愚老の<ruby><rb>穿</rb><rt>は</rt></ruby>く草鞋は<ruby><rb>高直</rb><rt>こうじき</rt></ruby>だによって、二百疋では何うも国へも帰られんて」

茂「そんなら<ruby><rb>幾許</rb><rt>いくら</rt></ruby><ruby><rb>欲</rb><rt>ほし</rt></ruby>いというのだ」

玄「大負けに負けて<ruby><rb>僅</rb><rt>わず</rt></ruby>か百両借りたいんで」

三十六

由「おやまア呆れた」

茂「岩村さん、お前とんでもねえ事をいうぜ、何で百両貸せというのだ、<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>アお前さんにそんな金を貸す因縁はない」

玄「成程因縁はあるまいが、龜甲屋の御夫婦が<ruby><rb>歿</rb><rt>なくな</rt></ruby>った<ruby><rb>暁</rb><rt>あかつき</rt></ruby>は、昔馴染の<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>へ<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>るより外に仕方がないによって」

茂「昔馴染だと思うから二分はずんだのだ、<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>でなけりゃア百もくれるのじゃアない、少いというなら止しましょうよ」

玄「宜しい、<ruby><rb>此方</rb><rt>こっち</rt></ruby>でも止しましょう、憚りながら零落しても岩村玄石だ、先年売込んだ名前があるから秘術<ruby><rb>鍼治</rb><rt>しんじ</rt></ruby>の看板を<ruby><rb>掲</rb><rt>か</rt></ruby>けさいすれば、五両や十両の金は<ruby><rb>瞬間</rb><rt>またゝくま</rt></ruby>に<ruby><rb>入</rb><rt>は</rt></ruby>いって来るのは知れているが、見苦しい<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>を借りたくないから、資本を借りに来たのだが、貴公が<ruby><rb>然</rb><rt>そ</rt></ruby>ういう了簡なら、貸そうと申されてももう借用はいたさぬて」

茂「そりゃア幸いだ、二分棒にふるところだった、馬鹿〱しい」

玄「何だ馬鹿〱しいとは、何だ、貴公達は<ruby><rb>旧</rb><rt>もと</rt></ruby>の事を忘れたのか、物覚えの悪い人たちだ、心得のため云って聞かせよう、貴公達は龜甲屋に奉公中、御新造様に<ruby><rb>情夫</rb><rt>おとこ</rt></ruby>を<ruby><rb>媒介</rb><rt>とりも</rt></ruby>って、口止に貰った鼻薬をちび〱貯めて<ruby><rb>小金貸</rb><rt>こがねかし</rt></ruby>、それから段々慾が増長し、御新造様のくすねた金を引出して、五両一の<ruby><rb>下金貸</rb><rt>したかねかし</rt></ruby>、貧乏人の喉を<ruby><rb>搾</rb><rt>し</rt></ruby>めて高利を貪り仕上げた身代、貯るほど<ruby><rb>穢</rb><rt>きたな</rt></ruby>くなる灰吹同前の貴公達の金だ、<ruby><rb>仮令</rb><rt>たとえ</rt></ruby>借りても返さずには置かないのに、何だ金比羅詣り同様な銭貰いの取扱い、草鞋銭とは失礼千万、たとい金は貸さないまでも、遠国から出て来て、久しぶりで尋ねて来たのだ、<ruby><rb>此様</rb><rt>こん</rt></ruby>な<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ泊りはしないが、お疲れだろうから一泊なさいとか、また<ruby><rb>鹿角菜</rb><rt>ひじき</rt></ruby>に油揚の惣菜では喰いもしないが、時刻だから御飯をとか世辞にも云うべき義理のある愚老を、軽蔑するにも程があるて」

由「おや大層お威張りだねえ、何ですとアノ」

茂「お由黙っていろ、<ruby><rb>強請</rb><rt>ゆすり</rt></ruby>だから」

玄「なに強請だ、愚老が強請なら貴公達は<ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろし</rt></ruby>の提灯持だ」

茂「やア、とんだ事をいう奴だ、何が人殺だ」

玄「聞きたくば云って聞かせるが、貴公達は龜甲屋の旦那の病中に、愚老へ頼んだことを忘れたのか」

と云われて、夫婦は<ruby><rb>恟</rb><rt>びっく</rt></ruby>りして顔色を変え、<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>えながら小さな声をして、

茂「これサ、それを云やア先生も同罪だぜ、まア静かにおしなさい、人に聞かれると善くないから」

玄「それは万々承知さ、此様なことは云いたくは無いが、<ruby><rb>余</rb><rt>あんま</rt></ruby>り貴公達が因業で<ruby><rb>吝嗇</rb><rt>けち</rt></ruby>だからさ」

由「それじゃお前さん虫がいゝというもんだ、先生お前さん<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>の時御新造から百両貰ったじゃアありませんか」

玄「百両ばかり何うなるものか、なくなったによって、又百両又百両と、千両ばかり段々に貰う心得で出て来て見ると、天道様は怖いもので、二人とも人手にかゝって殺されたというから、<ruby><rb>向後</rb><rt>きょうこう</rt></ruby>悪事はいたさぬと改心をしたが、肝腎の<ruby><rb>金庫</rb><rt>かねぐら</rt></ruby>が無くなって見ると、玄石殆んど路頭に迷う始末だから、已むを得ず幸いに<ruby><rb>天網</rb><rt>てんもう</rt></ruby>を<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>る貴公達へ、<ruby><rb>御頼談</rb><rt>ごらいだん</rt></ruby>に及んだのさ」

茂「それでも<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>にア一本という大金は」

玄「出来ないというのを無理にとは申さんが、其の金が無い時は玄関を開く事も出来ず、再び郷里へ帰る面目もないによって、路傍に餓死するより<ruby><rb>寧</rb><rt>むし</rt></ruby>ろ自から訴え出て、御法を受けた方が未来のためになろうと観念をしたのさ、其の時は御迷惑であろうが、貴公達から依頼を受けて<ruby><rb>斯々</rb><rt>こう〱</rt></ruby>いたしたと手続きを申し立てるによって、その覚悟で居ってもらわんければならんが、宜しいかね」

と調子に乗って<ruby><rb>声高</rb><rt>こわだか</rt></ruby>に談判するを、<ruby><rb>先刻</rb><rt>せんこく</rt></ruby>より<ruby><rb>軒前</rb><rt>のきさき</rt></ruby>に<ruby><rb>空合</rb><rt>そらあい</rt></ruby>を眺めて居りました二人の夜店<ruby><rb>商人</rb><rt>あきんど</rt></ruby>が、互いに顔を見合わせ、<ruby><rb>頷</rb><rt>うなず</rt></ruby>きあい、懐中から<ruby><rb>捕縄</rb><rt>とりなわ</rt></ruby>を取出すや否や、格子戸をがらりっと明けて、

「御用だ……神妙にいたせ」

と手早く玄石に縄をかけ、茂二作夫婦諸共に車坂の自身番へ拘引いたしました。この二人の夜店商人は申すまでもなく、大抵御推察になりましたろうが、これは<ruby><rb>曩</rb><rt>さき</rt></ruby>に吟味与力吉田駒二郎から長二郎一件の探偵方を申付けられました、金太郎繁藏の両人でございます。

三十七

岩村玄石を縛りあげて厳重に取調べますと、此の者は<ruby><rb>越中国</rb><rt>えっちゅうのくに</rt></ruby><ruby><rb>射水郡</rb><rt>いみずごおり</rt></ruby>高岡の町医の忰で、身持<ruby><rb>放埓</rb><rt>ほうらつ</rt></ruby>のため、親の勘当を受け、<ruby><rb>二十歳</rb><rt>はたち</rt></ruby>の時江戸に来て、ある<ruby><rb>鍼医</rb><rt>はりい</rt></ruby>の家の玄関番に住込み、少しばかり<ruby><rb>鍼術</rb><rt>はり</rt></ruby>を覚えたので、下谷<ruby><rb>金杉村</rb><rt>かなすぎむら</rt></ruby>に看板をかけ、<ruby><rb>幇間</rb><rt>たいこ</rt></ruby>半分に諸家へ出入をいたして<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るうち、根岸の龜甲屋へも立入ることになり、<ruby><rb>諂諛</rb><rt>おべっか</rt></ruby>が旨いのでお柳の気に入り、茂二作夫婦とも懇意になりました所から、主人半右衞門が病気の節お柳幸兵衞の内意を受けた茂二作夫婦から、<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>に知れないように半右衞門を毒殺してくれたら、百両礼をすると頼まれたが、<ruby><rb>番木鼈</rb><rt>まちん</rt></ruby>の外は毒薬を知りません。また<ruby><rb>鍼</rb><rt>はり</rt></ruby>には<ruby><rb>戻天</rb><rt>るいてん</rt></ruby>といって<ruby><rb>一打</rb><rt>ひとうち</rt></ruby>で人を殺す術があるということは聞いて居りますが、それまでの修業をいたしませんから、殺す方角がつきませんが、眼の前に<ruby><rb>吊下</rb><rt>ぶらさが</rt></ruby>っている百両の金を<ruby><rb>取損</rb><rt>とりそこな</rt></ruby>うのも残念と、<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby>に考えるうち、人体の左の乳の下は<ruby><rb>心谷命門</rb><rt>しんこくめいもん</rt></ruby>といって大切な所ゆえ、秘伝を受けぬうちは無闇に鍼を打つことはならぬと師匠が毎度云って聞かしたことを思い出しましたから、是が戻天の所かも知れん、物は試しだ一番<ruby><rb>行</rb><rt>やっ</rt></ruby>て見ようというので、茂二作夫婦には毒薬をもって殺す時は死相が変って、人の疑いを招くから、愚老が研究した鍼の秘術で殺して見せると申して、例の通り療治をする時、半右衞門の左の乳の下へ思切って深く鍼を打ったのがまぐれ<ruby><rb>中</rb><rt>あた</rt></ruby>りで、命門に達したものと見えて、半右衞門は苦痛もせず落命いたしましたから、お柳と幸兵衞は<ruby><rb>大</rb><rt>おおき</rt></ruby>に喜び、玄石の<ruby><rb>技術</rb><rt>うでまえ</rt></ruby>を褒めて約束の通り金百両を与えて、堅く口止をいたし、茂二作夫婦にも<ruby><rb>幾許</rb><rt>いくら</rt></ruby>かの口止金を与えて半右衞門を病死と披露して、谷中の菩提所へ<ruby><rb>埋葬</rb><rt>とりおき</rt></ruby>をいたしたと逐一旧悪を白状に及びましたので、幸兵衞お柳の大悪人ということが明白になり、長二郎は図らず実父半右衞門の<ruby><rb>仇</rb><rt>あだ</rt></ruby>幸兵衞を殺し、敵討をいたした筋に当りますが、悪人ながらお柳は実母でございますから、親殺しの<ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>は何うしても<ruby><rb>遁</rb><rt>のが</rt></ruby>れることは出来ませんので、町奉行筒井和泉守様は<ruby><rb>拠</rb><rt>よんどこ</rt></ruby>ろなく、それ〲の<ruby><rb>口書</rb><rt>こうしょ</rt></ruby>を以て時の御老中の筆頭<ruby><rb>土井大炊頭</rb><rt>どいおおいのかみ</rt></ruby>様へ伺いになりましたから、御老中<ruby><rb>青山下野守</rb><rt>あおやましもつけのかみ</rt></ruby>様、<ruby><rb>阿部備中守</rb><rt>あべびっちゅうのかみ</rt></ruby>様、<ruby><rb>水野出羽守</rb><rt>みずのでわのかみ</rt></ruby>様、<ruby><rb>大久保加賀守</rb><rt>おおくぼかゞのかみ</rt></ruby>様と御評議の上、時の将軍<ruby><rb>家齊</rb><rt>いえなり</rt></ruby>公へ長二郎の罪科御裁許を申上げられました。この家齊公と申すは徳川十一代の将軍にて、<ruby><rb>文恭院</rb><rt>ぶんきょういん</rt></ruby>様と申す<ruby><rb>明君</rb><rt>めいくん</rt></ruby>にて、此の時御年四十六歳にならせられ専ら天下の御政事の公明なるようにと<ruby><rb>御心</rb><rt>みこゝろ</rt></ruby>を用いらるゝ<ruby><rb>折抦</rb><rt>おりから</rt></ruby>でございますから、容易には御裁許遊ばされず、猶お御老中方に長二郎を初め其の<ruby><rb>他</rb><rt>た</rt></ruby><ruby><rb>関係</rb><rt>かゝりあい</rt></ruby>の者の身分行状、並に此の事件の手続等を<ruby><rb>悉</rb><rt>くわ</rt></ruby>しくお<ruby><rb>訊</rb><rt>たゞ</rt></ruby>しになりましたから、御老中方から明細に<ruby><rb>言上</rb><rt>ごんじょう</rt></ruby>いたされました処、成程<ruby><rb>半右衞門</rb><rt>はんえもん</rt></ruby>妻柳なる者は、長二郎の実母ゆえ親殺しの罪科に<ruby><rb>宛行</rb><rt>あておこな</rt></ruby>うべきものなるが、柳は奸夫幸兵衞と<ruby><rb>謀</rb><rt>はか</rt></ruby>り、玄石を頼んで半右衞門を殺した所より見れば、長二郎のためには幸兵衞同様親の仇に相違なし、然るに実母だからといって復讐の取扱が出来ぬというは<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にも不条理のように思われ、裁断に<ruby><rb>困</rb><rt>くるし</rt></ruby>むとの御意にて、<ruby><rb>直</rb><rt>すぐ</rt></ruby>に<ruby><rb>御儒者</rb><rt>ごじゅしゃ</rt></ruby>林大學頭様をお召しになり、<ruby><rb>御直</rb><rt>ごじき</rt></ruby>に右の次第をお申聞けの上、斯様なる犯罪はまだ我国には例もなき事ゆえ、裁断いたし兼るが、<ruby><rb>唐土</rb><rt>からくに</rt></ruby>に類例もあらば聞きたし、<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby>別にこれを裁断すべき聖人の<ruby><rb>教</rb><rt>おしえ</rt></ruby>あらば心得のため承知したいとの仰せがありました。

三十八

林大學頭様は、先年坂倉屋助七の頼みによって長二郎が製造いたした無類の仏壇に<ruby><rb>折紙</rb><rt>おりかみ</rt></ruby>を付けられた時、其の文章中に長二郎が<ruby><rb>伎倆</rb><rt>うでまえ</rt></ruby>の非凡なることゝ、同人が親に<ruby><rb>事</rb><rt>つか</rt></ruby>えて孝行なることゝ、慈善を好む仁者なることを<ruby><rb>誌</rb><rt>しる</rt></ruby>した次に、<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だ学ばずというと<ruby><rb>雖</rb><rt>いえど</rt></ruby>も吾は之を学びたりと<ruby><rb>謂</rb><rt>い</rt></ruby>わんとまで長二郎を<ruby><rb>賞</rb><rt>ほ</rt></ruby>め、彼は未だ学問をした事は無いというが、其の身持と<ruby><rb>心立</rb><rt>こゝろだて</rt></ruby>は、十分に学問をした者も同様だという意味を書かれて、其の<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>人にも其の事を吹聴された事でありますから、その親孝行の長二郎が親殺しをしたといっては、先年の折紙が<ruby><rb>嘘誉</rb><rt>そらぼめ</rt></ruby>になって、御自分までが<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>を失われる事になりますばかりでなく、将軍家の御質問も御道理でございますから、<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りに勘考を致されましたが、<ruby><rb>唐</rb><rt>から</rt></ruby>にも此の様な<ruby><rb>科人</rb><rt>とがにん</rt></ruby>を取扱った<ruby><rb>例</rb><rt>ためし</rt></ruby>はございませんが、これに引当てゝ長二郎を無罪にいたす道理を見出されましたので、大學頭様は<ruby><rb>窃</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに喜んで、長二郎の罪科御裁断の儀に付き<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と勘考いたせし処、<ruby><rb>唐土</rb><rt>もろこし</rt></ruby>においても其の類例は見当り申さざるも、道理において長二郎へは御褒美の<ruby><rb>御沙汰</rb><rt>ごさた</rt></ruby>あって然るびょう存じ奉つると言上いたされましたから、家齊公には意外に思召され、其の理を御質問遊ばされますと、大學頭様は五経の内の<ruby><rb>礼記</rb><rt>らいき</rt></ruby>と申す書物をお取寄せになりまして、第三<ruby><rb>巻</rb><rt>がん</rt></ruby>目の<ruby><rb>檀弓</rb><rt>だんぐう</rt></ruby>と申す篇の<ruby><rb>一節</rb><rt>ひとくだり</rt></ruby>を御覧に入れて、御講釈を申上げられました。こゝの所は徳川将軍家のお儒者林大學頭様の<ruby><rb>仮声</rb><rt>こわいろ</rt></ruby>を使わんければならない所でございますが、<ruby><rb>四書</rb><rt>ししょ</rt></ruby>の<ruby><rb>素読</rb><rt>そどく</rt></ruby>もいたした事のない無学文盲の<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>には、所詮お解りになるようには申上げられませんが、<ruby><rb>或方</rb><rt>あるかた</rt></ruby>から御教示を受けましたから、長二郎の一件に<ruby><rb>入用</rb><rt>いりよう</rt></ruby>の所だけを<ruby><rb>摘</rb><rt>つま</rt></ruby>んで平たく申しますと、唐の聖人孔子様のお孫に、<ruby><rb>￼</rb><rt>きゅう</rt></ruby><ruby><rb>字</rb><rt>あざな</rt></ruby>は<ruby><rb>子思</rb><rt>しゝ</rt></ruby>と申す方がございまして、そのお子を<ruby><rb>白</rb><rt>はく</rt></ruby><ruby><rb>字</rb><rt>あざな</rt></ruby>は<ruby><rb>子上</rb><rt>しじょう</rt></ruby>と申しました、子上を産んだ子思の奥様が離縁になって<ruby><rb>後</rb><rt>のち</rt></ruby>死んだ時、子上のためには実母でありますが、<ruby><rb>忌服</rb><rt>きふく</rt></ruby>を受けさせませんから、子思の門人が聖人の<ruby><rb>教</rb><rt>おしえ</rt></ruby>に背くと思って、<ruby><rb>何故</rb><rt>なにゆえ</rt></ruby>に忌服をお受けさせなさらないのでございますと尋ねましたら、子思先生の申されるのに、拙者の<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>であれば白のためには母であるによって、無論忌服を受けねばならぬが、彼は既に離縁いたした女で、拙者の妻でないから、白のためにも母でない、それ故に忌服を受けさせんのであると答えられました、礼記の記事は悪人だの<ruby><rb>人殺</rb><rt>ひとごろし</rt></ruby>だのという事ではありませんが、道理は宜く合っております、ちょうど<ruby><rb>是</rb><rt>こ</rt></ruby>の半右衞門が子思の所で、子上が長二郎に当ります、お柳は離縁にはなりませんが、女の道に背き、幸兵衞と姦通いたしたのみならず、奸夫と<ruby><rb>謀</rb><rt>はか</rt></ruby>って夫半右衞門を殺した大悪人でありますから、姦通の<ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>ばかりでも妻たるの道を失った者で、半右衞門がこれを知ったなら、妻とは致して置かんに相違ありません、<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>れば既に半右衞門の妻では無く、離縁したも同じ事で、離縁した<ruby><rb>婦</rb><rt>おんな</rt></ruby>は<ruby><rb>仮令</rb><rt>たとえ</rt></ruby><ruby><rb>無瑕</rb><rt>むきず</rt></ruby>でも、長二郎のために母で無し、まして大悪無道、夫を殺して奸夫を引入れ、財産を<ruby><rb>押領</rb><rt>おうりょう</rt></ruby>いたしたのみならず、実子をも<ruby><rb>亡</rb><rt>うしな</rt></ruby>わんといたした無慈悲の女、天道<ruby><rb>争</rb><rt>いか</rt></ruby>でこれを罰せずに置きましょう長二郎の孝心厚きに感じ、天が導いて実父の仇を打たしたものに違いないという理解に、家齊公も感服いたされまして、其の旨を御老中へ御沙汰に相成り、御老中から<ruby><rb>直</rb><rt>たゞ</rt></ruby>ちに町奉行へ伝達されましたから、筒井和泉守様は<ruby><rb>雀躍</rb><rt>こおどり</rt></ruby>するまでに喜ばれ、十一月二十九日に長二郎を始め<ruby><rb>囚人</rb><rt>めしゅうど</rt></ruby>玄石茂二作、並に<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>由其の<ruby><rb>他</rb><rt>た</rt></ruby>関係の者一同をお呼出しになって白洲を立てられました。

三十九

此の日は筒井和泉守様は、<ruby><rb>無釼梅鉢</rb><rt>けんなしうめばち</rt></ruby>の<ruby><rb>定紋</rb><rt>じょうもん</rt></ruby>付いたる<ruby><rb>御召</rb><rt>おめし</rt></ruby><ruby><rb>御納戸</rb><rt>おなんど</rt></ruby>の小袖に、黒の<ruby><rb>肩衣</rb><rt>かたぎぬ</rt></ruby>を着け<ruby><rb>茶宇</rb><rt>ちゃう</rt></ruby>の袴にて<ruby><rb>小刀</rb><rt>しょうとう</rt></ruby>を帯し、シーという制止の声と共に御出座になりまして、

奉行「訴人長二郎、浅草鳥越片町龜甲屋手代萬助、本所元町與兵衛店恒太郎、下谷稲荷町徳平店茂二作並に妻由、越中国高岡無宿玄石、其の外町役人組合の者残らず出ましたか」

町役「一同差添いましてござります」

奉「茂二作並に妻由、其の方ども先日半右衞門妻柳が懐妊いたしたを承知せしは、当年より二十九ヶ年前、即ち寛政四<ruby><rb>子年</rb><rt>ねどし</rt></ruby>で、男子の<ruby><rb>出生</rb><rt>しゅっしょう</rt></ruby>は其の翌年の正月十一日と申したが、それに相違ないか」

茂「へい、相違ございません」

奉「その小児の名は何と申した」

由「<ruby><rb>半之助</rb><rt>はんのすけ</rt></ruby>様と申しました」

奉「フム、その半之助と申すは是なる長二郎なるが、何うじゃ、半右衞門に似て居ろうな」

と云われ茂二作夫婦は驚いて、長二の顔を<ruby><rb>覘</rb><rt>のぞ</rt></ruby>きまして、

茂「成程能く似て居ります、のうお由」

由「<ruby><rb>然</rb><rt>そ</rt></ruby>うですよ、ちっとも気が付かなかったが、<ruby><rb>左様</rb><rt>そう</rt></ruby>聞いて見るとねえ、旦那様にそっくりだ、へい此の方が半之助様で、何うして無事で実に不思議で」

奉「ムヽ能う似て<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>ると見えるな」

と奉行は<ruby><rb>打笑</rb><rt>うちえ</rt></ruby>まれまして、

奉「半右衞門妻柳が懐妊中、其の方共が幸兵衞を取持って不義を致させたのであろう」

茂「何ういたしまして、左様な事は」

由「<ruby><rb>私</rb><rt>わたくし</rt></ruby>どもの知らないうちに何時か」

奉「<ruby><rb>何</rb><rt>いず</rt></ruby>れにしても宜しいが、其の方共は幸兵衞と柳が密通いたして<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るを知って居ったであろう」

茂「へい、それは」

由「何か怪しいと存じました」

奉「柳が不義を存じながら、主人半右衞門へ<ruby><rb>内々</rb><rt>ない〱</rt></ruby>にいたし居ったは、其の方共も同家に奉公中密通いたし居ったのであろうがな」

と星を指されて両人は赤面をいたし、何とも申しませんから、奉行は推察の通りであると心に<ruby><rb>肯</rb><rt>うなず</rt></ruby>き、

奉「<ruby><rb>左様</rb><rt>さよう</rt></ruby>じゃによって幸兵衞を<ruby><rb>好</rb><rt>よ</rt></ruby>きように主人へ<ruby><rb>執成</rb><rt>とりな</rt></ruby>し、柳に<ruby><rb>謟諛</rb><rt>こびへつら</rt></ruby>い、体よく<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>を取って、入谷へ世帯を持ち、幸兵衞を同居いたさせ置き、柳と密会を致させたのであろう、<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>には調べが届いて<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るぞ、それに相違あるまい、何うじゃ恐れ入ったか」

夫婦「恐入りました」

奉「それのみならず、両人は半右衞門の病中柳の内意を受け、是れなる玄石に半右衞門を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>する事を頼んだであろう、玄石が残らず白状に及んだぞ、それに相違あるまいな、何うじゃ、恐入ったか」

夫婦「恐入りました」

奉「長二郎、其の方は龜甲屋半右衞門の実子なること明白に相分りし上は、其の方が先月九日の<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>、柳島押上堤において幸兵衞、柳の両人を殺害いたしたのは、十ヶ年前右両人のため、非業に相果てたる実父半右衞門の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>を討ったのであるぞ、孝心の段上にも奇特に思召し、<ruby><rb>青差</rb><rt>あおざし</rt></ruby><ruby><rb>拾貫文</rb><rt>じっかんもん</rt></ruby>御褒美下し置かるゝ有難く心得ませい、<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby>半右衞門の跡目相続の上、手代萬助は其の方において永の<ruby><rb>暇</rb><rt>いとま</rt></ruby>申付けて宜かろう」

萬「へい、恐れながら申上げます、何ういう贔屓か存じませんが<ruby><rb>余</rb><rt>あんま</rt></ruby>り<ruby><rb>依估</rb><rt>えこ</rt></ruby>の<ruby><rb>御沙汰</rb><rt>ごさた</rt></ruby>かと存じます、成程幸兵衞は親の<ruby><rb>敵</rb><rt>かたき</rt></ruby>でもござりましょうが、御新造は長二郎の母に相違ござりませんから、親殺しのお<ruby><rb>処刑</rb><rt>しおき</rt></ruby>に相成るものと心得ますに、御褒美を下さりますとは、一円合点のまいりませぬ御裁判かと存じます」

奉「フム、よう不審に心付いたが、依估の沙汰とは不埓な申分じゃ、其の方斯様な裁判が奉行一存の<ruby><rb>計</rb><rt>はから</rt></ruby>いに相成ると存じ<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>るか、<ruby><rb>一人</rb><rt>いちにん</rt></ruby>の者お処刑に相成る時は、老中方の御評議に相成り上様へ伺い上様の思召をもって御裁許の上、老中方の<ruby><rb>御印文</rb><rt>ごいんもん</rt></ruby>が<ruby><rb>据</rb><rt>すわ</rt></ruby>らぬうちはお処刑には相成らぬぞ、其の方公儀の御用を相勤め居った龜甲屋の手代をいたしながら、其の儀相心得居らぬか、<ruby><rb>不束者</rb><rt>ふつゝかもの</rt></ruby>めが」

四十

奉行は<ruby><rb>高声</rb><rt>こうせい</rt></ruby>に叱りつけて、更に言葉を<ruby><rb>和</rb><rt>やわら</rt></ruby>げられ、

奉「半右衞門妻柳は、長二郎の実母ゆえ、親殺しと申す者もあろうが、親殺しに相成らぬは、斯ういう次第じゃ、柳は夫半右衞門<ruby><rb>存生中</rb><rt>ぞんじょうちゅう</rt></ruby><ruby><rb>密夫</rb><rt>みっぷ</rt></ruby>を引入れ、姦通致せし<ruby><rb>廉</rb><rt>かど</rt></ruby>ばかりでも既に半右衞門の妻たる道を失って<ruby><rb>居</rb><rt>お</rt></ruby>る半右衞門に<ruby><rb>於</rb><rt>おい</rt></ruby>て此の事を知ったならば軽うても離縁いたすであろう、殊に奸夫幸兵衞と申合わせ<ruby><rb>窃</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに半右衞門を殺した大悪非道な女じゃによって、最早半右衛門の妻でない、半右衛門の妻でなければ長二郎のために母でない、この道理を礼記と申す書物によって林大學頭より上様へ言上いたしたによって、長二郎は全く実父の敵である、他人の柳と幸兵衛を討取ったのであると御裁許に相成ったのじゃ、萬助分ったか」

萬「恐入りました」

奉「茂二作並に妻由、其の方共半右衞門方へ奉公中、主人妻柳に幸兵衞を取持ったるのみならず、柳の悪事に同意し、玄石を頼み、主人半右衞門を<ruby><rb>殺害</rb><rt>せつがい</rt></ruby>いたさせたる段、<ruby><rb>主殺</rb><rt>しゅうころし</rt></ruby>同罪、<ruby><rb>磔</rb><rt>はりつけ</rt></ruby>にも行うべき処、主人柳の頼み是非なく同意いたしたる儀に<ruby><rb>付</rb><rt>つき</rt></ruby>、格別の<ruby><rb>御慈悲</rb><rt>ごじひ</rt></ruby>をもって十四ヶ年遠島を申付くる、有難く心得ませい」

二人「有難うござります」

奉「下谷稲荷町茂二作家主徳平、並に浅草鳥越片町龜甲屋差配<ruby><rb>簑七</rb><rt>みのしち</rt></ruby>、其の方斯様なる悪人どもが自分の差配中に住居いたすを存ぜざる段、不取締に付<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>め申付くべき処、此の<ruby><rb>度</rb><rt>たび</rt></ruby>は<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>し置く、以後屹度心得ませい」

奉「恒太郎其の方父清兵衞儀、<ruby><rb>永々</rb><rt>なが〱</rt></ruby>長二郎を世話いたし、此の度の一件に付長二郎<ruby><rb>平生</rb><rt>へいせい</rt></ruby>の所業心懸<ruby><rb>等</rb><rt>とう</rt></ruby>逐一申立てたるに付、<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>の御都合にも相成り、<ruby><rb>且</rb><rt>かつ</rt></ruby>師弟の<ruby><rb>情合</rb><rt>じょうあい</rt></ruby>厚き段神妙の至り誉め置くぞ」

恒「へい、有難う存じます」

奉「玄石其の方儀、半右衞門妻柳より金百両を貰い受け、半右衞門を<ruby><rb>鍼術</rb><rt>しんじゅつ</rt></ruby>にて殺害に及びし段、不届に付死罪申付くべきの処、格別の御慈悲をもって十四年遠島を申付くる、有難う心得ませい」

玄「有難うござります」

奉「長二郎親の<ruby><rb>仇討</rb><rt>あだうち</rt></ruby>一件<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>にて落着、一同立ちませい」

これで此の事件は落着になり、玄石と茂二作夫婦は八丈島へ遠島になって、玄石は三年目に死去し、茂二作夫婦も四五年の内に死去いたしたのは天罰、<ruby><rb>斯</rb><rt>か</rt></ruby>くあるべき筈でございます。さて長二郎は死罪を覚悟で駈込訴えをいたしました処、もとより<ruby><rb>毛筋程</rb><rt>けすじほど</rt></ruby>も悪心のないのは天道様が御照覧になって居りますから、筒井様のお調べ、清兵衛のお慈悲願いから、林大學頭様の御理解等にて到頭実父の<ruby><rb>復讐</rb><rt>かたきうち</rt></ruby>となり、御褒美を戴いた上、計らず<ruby><rb>大身代</rb><rt>おおしんだい</rt></ruby>の龜甲屋を相続いたす事になりまして、公儀から指物<ruby><rb>御用達</rb><rt>ごようたし</rt></ruby>を仰付けられましたので、長二郎は名前を幼名の半之助と改め、非業に死んだ実父半右衞門と、悪人なれど腹を借りた縁故により、お柳の菩提を<ruby><rb>葬</rb><rt>とむら</rt></ruby>うため、紀州の高野山へ供養塔を<ruby><rb>建立</rb><rt>こんりゅう</rt></ruby>し、また相州足柄郡湯河原の向山の墓地にも、養父母のため墓碑を建てゝ手厚く供養をいたしました。<ruby><rb>右様</rb><rt>みぎよう</rt></ruby>の事がなくとも、長二郎の名は先年林大學頭様の折紙が付いた仏壇で、江戸中に響き渡りました処、又今度林大學頭様が礼記の講釈で<ruby><rb>復讐</rb><rt>ふくしゅう</rt></ruby>という折紙を付けられました珍らしい裁判で、一層名高くなったので、清兵衞達の喜びはいうまでもなく、坂倉屋助七も<ruby><rb>大</rb><rt>おおき</rt></ruby>に喜び、或日筒井侯のお<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>へ伺いますと、殿様が先日腰元島路の申した口上もあれば、今は職人でない長二郎ゆえ、島路を<ruby><rb>彼方</rb><rt>かれかた</rt></ruby>へ遣わしては<ruby><rb>如何</rb><rt>いかゞ</rt></ruby>との仰せに助七は願うところと<ruby><rb>速</rb><rt>すみや</rt></ruby>かに媒酌を設け、龜甲屋方へ婚姻の儀を申入れました処、長二郎も喜んで承知いたしたので、文政五<ruby><rb>午年</rb><rt>うまどし</rt></ruby>三月<ruby><rb>一日</rb><rt>いちにち</rt></ruby>に婚礼を<ruby><rb>執行</rb><rt>とりおこな</rt></ruby>い、夫婦<ruby><rb>睦</rb><rt>むつま</rt></ruby>じく豊かに相暮しましたが、夫婦の間に子が出来ませんので、養子を致して、長二郎の半之助は根岸へ隠居して、<ruby><rb>弘化</rb><rt>こうか</rt></ruby>二<ruby><rb>巳年</rb><rt>みどし</rt></ruby>の九月<ruby><rb>二日</rb><rt>ふつか</rt></ruby>に五十三歳で死去いたしました。墓は<ruby><rb>孝徳院長譽義秀居士</rb><rt>こうとくいんちょうよぎしゅうこじ</rt></ruby>と題して、谷中の天竜寺に残ってございます。