Soranoha

鼠頭魚釣り

きすづり

幸田 露伴

鼠頭魚は即ちきすなり。其頭の形いとよく鼠のあたまに肖たるを以て、支那にて鼠頭魚とは称ふるならん。俗に鱚の字を以てきすと訓ず。鱚の字は字典などにも見えず、其拠るところを知らず。蓋し鮎鰯鰰等の字と同じく我が邦人の製にかゝるものにて、喜の字にきすのきの音あるに縁りて以て創め作りしなるべし。

鼠頭魚に二種あり。青鼠頭魚といひ、白鼠頭魚といふ。青鼠頭魚は白鼠頭魚より形大にして、其色蒼みを帯び、其性もやゝ強きが如し。青鼠頭魚は川に産し、春の末海底の沙地に子を産む、と大槻氏の言海には見えたれど、如何にや、確に知らず。海底の沙地に生まるゝものならば海に産するにはあらずや、将また川に産すとは川にて人に獲らるゝものなりとの事ならば、青鼠頭魚といふものの川にてはほと〱獲らるゝこと無きを如何にせん。大槻氏の指すところのものは東京近くにて青鼠頭魚といふものと異るにやあらん、いぶかし。凡そ東京近くにて青鼠頭魚といふものは、春の末夏の初頃より数十日の間、内海の底浅く沙平らかなる地にて漁るものの釣に上るものを指して称へ、また白鼠頭魚とは青鼠頭魚の漁期より一ト月も後れて釣れ初むるものをいふ。青鼠頭魚に比ぶれば白鼠頭魚はすべて弱〻しくして、喩へば彼は男の如く此は女の如しとも云ひつべし。

鼠頭魚釣りは、魚釣の遊びの中にても一ト風異かはりて興ある遊びなり。且つ又鼠頭魚は、魚の中にても姿清らに見る眼厭はしからず、特に鱗に粘ぬめり無く身に腥気なまぐさけ少ければ、仮令其味美ならずとも好ましかるべき魚なるに、まして其味さへ膩濃あぶらこきに過ぎずして而も淡きにも失せず、まことに食膳の佳品として待たるべきものなれば、これが釣りの興も一トしほ深かるべき道理ことわりならずや。

今年五月の中の頃、鼠頭魚釣りの遊びをせんと思ひ立ちて、弟を柳橋のほとりの吾妻屋といふ船宿に遣り、来む二十一日の日曜には舟を虚むなしうして吾等を待てと堅く約束を結ばしめつ、ひたすらに其日の至るを心楽みにして、平常つねのおのれが為すべき業わざを為しながら一日ひとひ〻〻と日を送りけり。

待つには長き日も立ちて、明日はいよ〱其日となりたる二十日の朝、聊か事ありて浅草まで行きたる帰るさ、不図心づきて明日の遊びの用の釣の具一ト揃へを購かはんと思ひしかば、二天門前に立寄りたり。こは家に釣の具の備への無きにはあらねど、猶ほ良きものを新に買ひ調へて携へ行かんには必ず利多かるべしと思ひてなり。書を能くするものは筆を撰まずとは動やゝもすれば人の言ふところにして、下手の道具詮議とは、まことによく拙きありさまを罵り尽したる語ことばにはあれど、曲りたる矢にては羿げいも射て中てんこと難かるべく、飛騨の大匠たくみも鰹節小刀かつぶしこがたなのみにては細工に困ずべし。されば善く射るものは矢を爪遣つまやりすること多く、美しく細工するものは刀を礪ぐこと頻りなり。如何ぞ書を能くするものの筆を撰まずといふことあらん、また如何ぞ下手のみ道具を詮議せん。知る可し、筆を撰まずといふは、たゞ書を能くするものの自在を称したるの言にして、書を能くするもの必ずしも筆を択まずといふにもあらず、又下手の道具詮議といふは、固より道具詮議をなすもの即ち下手なりといふにもあらず、下手のみ道具詮議をなすといふにもあらで、拙き人の自己おのが道具の精粗利鈍を疑ふやうなるをりを指して云へる語なることを。心の底浅くして鼻の端さきのみ賢き人々、多くは右の二つの諺を引きて、其諺の理に協へるや協はざるやをも考へで、筆を択み道具を論ずるなど重〻しげに事を做すものを嘲るは、世の常の習ひながら、忌〻しき我が邦人の悪あしき癖なり。卒然として事を做して赫然として功有らんことを欲するは、卑き男の痴しれたる望みならずや。粗心浮気、筆をも択まず道具をも詮議せざるほどの事にて、能く何をか為し得ん。筆択むべし、道具詮議すべし、魚を釣らんとせば先づ釣の具を精よくすべし。まして魚を釣り小禽を狩るが如き遊び楽みの上にては、竿の調子、綸いとの性質、鉤の形などを論ずるも、実は遊びの中にして、弾丸たまと火薬との量の比例、火薬の性質、銃の重さの分配の状さま、銃床の長さ、銃の式などを論ずるも、また実は楽みの中なるをや。嘗て釣りの道に精く通ぜる人〻の道具を論ずるを聞くに、甲も中田といひ、乙も中田といひ、丙もまた中田といひて、苟も道具を論ずるに当りては中田の名を云ひ出でざること無き程なれば、名の下果して虚しからずば中田といふもの必ず良き品を作り出すなるべし、おのれもまた機をりを得て購かはんと、其家の在り処かなど予て問ひ尋ね置きたりしかば、直ちにそれかと覚しき店を見出して、此家こゝにこそあれと突つと入りぬ。

名の聞こえたる家のことなれば、店つきなども美しく売るところの品〻数多く飾り立てられたるならんとは誰人も先づ想ふべけれど、打見たるところにては品物なども眼に入らぬほど少く、店と云はんよりは細工場と云ふべきさまなるも、深く蔵して無きが如くすといふ語さへ思ひ合はされてゆかし。主人あるじに打向ひて、鼠頭魚釣りに用うべき竿を得たしと云へば、日をさへ仮し玉はば好み玉はんまゝ如何様にも作りまゐらすべけれど、今直ちに欲しとの仰せならば参らすべきはたゞ二本よりほか無し、其中にて好きかたを択み取りたまふべしと答ふ。如何で然さは竿の数乏しきやと問へば、主人の子なるべし年若くして清らなる男、随つて成れば随つて人の需め去るまゝ常に是の如し、御心に飽くほどのものを得玉はんとならば、極めて細こまかに兎せよ角せよと命じたまへといふ。良工の家なれば滞貨無きも宜むべなり、特に我が好めるやうに作らせんは甚だ可なるに似たれど、実は我が知れるところよりも此家ここの主人の知れる所の方深くして博かるべきは云ふまでも無きに、我は顔して浅はかなる好みを云ひ出でんも羞かし、且は日も逼りたれば是は寧ろ此家の主人が良しと思ひて作り置けるものを良しとして購かはんかた、憗なまじに賢立かしこだてして我が好みのまゝに作らせんよりは却て可かるべしと思ひしかば、いや、我猶釣の道に昧ければ我が好みを云ふべくもあらず、たゞ此家こゝの品の必ず佳かるべきを知りて来れるものなれば、一も二も無く此家の主人の君の言に従ひて、その良しとするものを良しとし其の良からずとするものを良からずとせん、二本ありとならば其の一本を択みて与へよ、価の高き低きは問ふところにあらずと云ひ出づれば、主人も聊か笑を含みて、然さらば此の方を召し玉へ、我が口よりは如何で誇らん、只眼あらん人は必ず此竿を知るべし、君もまた用ゐ玉ひて後、価の君を欺かざるを知り玉ふべしと云ひつゝ、一本の竿を我が手にわたす。受け取りてつく〲見るに、竿に具ふべきかど〱の中にても重きかどの一つなる節〻の配りもいとよく斉ひて、本より末に至るに随ひ漸く其間蹙しゞまり、竹の育ちすらりとして捩れも無く癖も無く、特に穂竿の剛かたからず弱からずして靭しなやかに能く耐ふる力の八方に同じきなど、用ゐざるに既はや其効かひもおもひ遣らるゝまでなり。嬉しきはそれのみならず、竿の長さは鼠頭魚釣りに用うべき竿の大概おほよその定めの長さ一丈一尺だけ有りながら、其重さの旧もとより用ゐしものに比べてはいと軽きもまた好ましき一つなれば、我が心全く足りて之を購かひつ、次ついでを以て我が知らぬ新しき事もやあらんと装置しかけをも一ト揃購ひぬ。

綸、天蚕糸てぐすなど異りたること無し。鉤もまた昔ながらの狐形と袖形となり。たゞ鉛錘おもりは近来ちかごろの考に成りたる由にて、「にっける」の薄板を被きせたれば光り輝きて美し。さては外国とつくにの人の誤つて銀の匙を水に落せし時魚の集り来りしを見て考へつきしといふ、光りあるものの付きたる鉤と同じく、これも光りに寄る魚の性に基づきたるなるべしなんど思ひつゝ、家に帰る路すがら、雲立ちたる空を仰ぎて、今はたゞ明日の雨ふらざらんことをのみ祈りける。

其日昼過ぐる頃、弟は学校より帰り来りて、おのれが釣竿、装置しかけなど検めゐしが、見おぼえぬ竿のあるを見出して、此こは兄上の新に購かひ給ひしにやと問ふ。然さなりと答ふれば、何処いづこにて求め給ひしやと云ふ。汝そなたが嘗て我に誇り示したる鮒釣の竿を購かひし家にてと云へば、弟は羨ましげに眼を光らせて左視右視とみかうみ暫らく打護り居けるが、やがて大きなる声して、良き竿を購かひ給ひしかな、かくては明日の釣りに兄上最も多く魚を獲給ふべし、我等は遠く及ぶべからず、されど其そは兄上の釣り給ふこと我等より巧みなるがためにはあらず、竿の力、装置しかけの力の為ならんのみ、我等にも是の如き竿と装置しかけとだにあらば、やはか兄上に劣るべきと、喞言がましく云ひ罵る。然さばかり明日の釣りに負けまじと思はば汝も新に良き竿を求めよかしと云へば、雀躍こをどりして立出で行きしが、時経て帰り来りしを見れば、おもしろからぬ色をなせり。如何にせしぞと問ふに、売りまゐらすべきもの無ければ七八日過ぎて後来玉へと彼の家にて云はれたりと、云ふ声さへもやゝ沈めり。然さありしか弟、さて釣竿買はで帰りしかと云へば、力無げに、然なりと云ふ。望を失ひて勢抜け、頭を垂れて物思へるさま、傍より観ていと哀れなれば、然さのみ心を屈するにも及ばじ、釣竿売る家はかしこのみかは、茶屋町か材木町かとおぼえしが吾妻橋を渡りて左に折るゝあたりに中田といふ家あり、また広徳寺前には我が幼き頃より知れる藤作といへる名高き店あり、特に藤作は世の聞え人の用ゐも宜し、彼家かしこに至らば良き品を得んこと疑ひあらじ、同じ業わざをするものは相忌み相競ふものなれば、彼も励み此も励みて互に劣らじとする習ひなり、藤作にはまた藤作の妙無きことあらじと諭せば、やうやく心に勇みの湧きしにや、さらばとて復家を立出でぬ。

時経れど弟は帰り来らず。朝より雲おぼつかなく迷ひ居し天そらは、遂に暮るゝ頃より雨を墜し来ぬ。此幾日といふもの楽みにして待ちに待ちたる明日の若もし雨ふらんには如何にかせんと、檐の玉水の音を聞くさへ物憂くおぼえて、幾度か椽端えんばなに出で雲のたゝずまひを仰ぎ見て打囁うちつぶやきしが、程経て雨の小止みしける時、弟はやうやく帰り来りぬ。此度はさきに帰りし時とは違ひて、家に入るや否や大きなる声を揚げて、兄上、はや明日の釣りに兄上には必ず負けまじ、兄上三十尾を獲たまはば我四十尾を獲ん、兄上五十尾を獲玉はば我六十尾を獲ん、兄上に中田の竿あれば我に藤作の竿あり、我が拙きか兄上が拙きか、釣りの道の技わざくらべは明日こそとて、鼻息荒く誇る。それには答へで、好し好し、もはや灯火ともしびも点つき人〻も皆夜食ゆふげを終へたるに、汝のみ空言あだごと言ひ居て腹の膨るゝやらん、まづ〱飯食へと云ひて其竿を見るに、これもなか〱悪あしからぬ竿なり。されど我が物は傘の雪をも軽しとし、人の物は正宗にも疵を索むるが傾きやすき我等の心なれば、我は我が竿を良しといひ、弟はまたおのれのを良しと云ひて、互ひに視誉みほめ手誉めを敢てす。弟また袂より紙包みにしたる一の鉛錐を取り出して、兄上が購かひ来玉ひし品は「にっける」を被きせたれば、陸にては甚よく輝けど、水の中にては黒みて見ゆる気味ありて魚の眼を惹くこと少しとなり、我が購ひ来しは銀色なせる梨子肌のものなれば、陸にては輝かねど水の中にては白く見えて却つて魚の眼を惹くこと多かるべしとなり、且兄上がのは円壔形にして我がものは球形なり、円壔形若もしくは方壔形のものは其そを水底に触れつ離れつせしむる折に臨み、水底にて立ちては仆れ立ちては仆るゝまゝ要無き響きの手に伝はりて悪あしし、球形のは水底に触るゝ時たゞ一たび其響き手に至るのみなれば、いと明らかにして好しと聞きぬ、如何にも道理ことわりあることにはあらずや、鉛錐は我が買ひ来しものこそ好けれと云ふ。よつて弟が購かひ来りしものを視るに、銀色にして上光うはびかり無く、球形にして少しく肌麁あらし。弟の言ふも一トわたり聞えたれど、光りの事は水の中に入りて陽ひなたのところ陰のところに二種のものの如何に見ゆべきやを検めでは何とも云ひ難し、又壔形球形の説も道理には聞ゆれど、此頃の鼠頭魚釣りには鉛錐を水底に触れさせ離れさすやうなることを為さでもあるべく、たゞ及ぶたけ遠きところに鉛錐を投げ込みて漸く手元に引き近づくるのみなれば、響きの紛れの有る無しの如きは固より要無き談なりと思ひつ、打出して、かく〱なれば汝の言は取るに足らずと云ふ。弟は弟、兄は兄、互に言ひ募りて少時は争ひしが、さらば明日に至りて我言の誤らぬしるしを見せん、見せまゐらせんと云ふ言葉にて、争ひは已みぬ。

雨はまた一トしきり木々の梢に音立てゝ降り来り、夜は静かにして灯火黄なり。兄は弟の面を視、弟は兄の面を視て、ものいはぬこと良やゝ久し。明日の天そらを気づかひて今朝より人〻に幾度か尋ね問ひしに、おぼえある人〻は皆、今日こそ斯く曇れ明日は必ず雨無かるべしと云ひしが、此のありさまにては晴るゝべくもあらず、空頼めとはかゝる時より云ひ出したる言葉なるべしなどと心の内に喞つ折しも、雨を衝ついて父上来玉へり。

かねて御申しかはせは仕たりしも此の雨にては明日のほども覚束無し、まことに本意ほい無なくは侍れど心に任せぬは天そらの事なり、まづ兎も角も休ませ玉へと云へば、父上は打笑ひ玉ひて、天のさまの測り難きは常の事なれば喞つべからず、されど今斯程に雨ふるは却つて明日の晴れぬべき兆しるしならんも知るべからず、我が心にては何と無く明日は必ず晴るべきやう思ひ做さるゝなりなどと説き玉ふ。弟も我もこれに聊か頼もしくは思ひながらも、猶板戸打つ雨の音に心悩ましくおぼえて、しぶる〱枕につく。天若し晴れたらんには夜の二時といふに船を出さんとの約束なれば、夢も結ぶか結ばざるに寐醒めて静かに外のさまを考ふるに、雨の音は猶止まず、庭樹の戦そよぎに風さへ有りと知らる。今はこれまでなりと其儘枕に就きたれど、流石に若くは今少時にして晴れもやせんとの心に引かされて、直ちには睡りかね居たるに、思ひは同じ弟も常には似ず眼さとく起き出でゝ、耳を欹てつ何やらん打案じ顔したりしが、やがて腹立たしげに舌打ち一つして、また夜被よぎ引かつぎたるさまいとをかしかりければ、思はず知らずふゝと笑ひを洩らす。其声を聞きつけて、兄上も寤め居たまへるや、此雨はまた如何に降りに降る事ぞ、さても口惜からずやと力無く睡気に云ふ。我もあまりの興無さに答へをせんも物憂くて、おゝとのみ応へつ、また睡る。

若くは雨の止むこともあらんとの思ひに心休まらで、睡るとも無く睡らぬとも無く時を過ごしける中、いつしか我を忘れて全く睡りに入りけるが、兄上〻〻と揺り覚まされて、はつと我に返れば、灯火ともしびの光きら〱として室の内明るく、父上も弟も既はや衣をあらためて携ふべきものなど取揃へ、直にも立出でんありさまなり。雨は止みたりや、天そらは如何にと云へば、弟、雨は猶降れゝど音も無き霧雨となりたり、雲の脚断きれて天明るくなりたれば、やがて麗はしく晴れん、人々の言葉も必ず空頼めなるまじと勇み立つて云ふ。雨戸一枚繰り開けたるところより首をさし出して窺ふに、薄墨色の雲の底に有るか無きかの星影の見えたるなど、猶おぼつか無くは思はるれど望みを断つべくもあらぬさまとなりぬ。いざさらば船宿まで行かめ、船出す出さぬは船頭こそ判じ定むべけれ、我等の今こゝにて測り知るべきにはあらず、行かめ、行かめと手疾く衣を更へて立出づ。

三時を纔に過ぎたるほどの頃なれば、吾が家の門の戸引開くる音さへいと耳立ちて、近き家〻に憚りありとおもはるゝまで、四囲あたりは物静かなり。傘さゝでもあるべき雨、堤の樹〻の梢に音さするまでならぬ風、おぼろげなる星の光、人顔定かならぬ明るさなど、なか〱にめでたき払曉あけがたのおもむきを味はひて、歌もがななんど思ひつゝ例の長き堤を辿る。おのれは竿を肩にし、弟は食料を提げ、父上は笭箵を持ち玉ひつゝ、折〻おつる樹の下露に湿るゝも厭はず三人して川添ひを行くに、水の面は霧立ち罩めて今戸浅草は夢のやうに淡く、川幅も常よりは濶〻と見ゆる中を、篝火焚きつゝいと長き筏の流れ下るさまなど、画にも描くべくおもしろし。

枕橋吾妻橋も過ぎて、蔵前通りを南へ、須賀橋といふにさしかゝりける折しも、橋のほとりの交番所にて巡査の誰何するところとなりぬ。唯一ト声、釣りせんとて通るものなりと答へしのみにて、咎めらるゝ事も無く済みけるが、此のあたりの地をば吾が家にて有ちし往時むかしもありければ、一ト言にても糺されしことの胸わろきにつけて、よし無き感を起しゝも烏滸がまし。

あづま屋に着きたるに、時は思ひのほかに早くて猶未だ四時には至らず。小糠雨猶止まねど雲脚しきりに断れて西の方の空いよ〱明るく、朝風涼しく吹きて心地よきこと云ふばかり無し。我等の至れるを見て舟子は急がはしく立ち出で、柳橋の上に良久しく佇みて四方よもの空のさまを見めぐらす。今日の晴雨を詳つまびらかに考ふるなるべしと思へば、天そらのさま悪しゝ、舟出し難しなど云はれんには如何せんと、傍観わきみする身の今さら胸轟かる。舟子やがて橋より下り来て、悪しかりし空のさまも悉く変りて今は少しも虞れ無くなりぬ、雨は必ず快く霽るべし、風は必ず好きほどに吹くべし、いざ船に召し玉へと心強く云へば、弟も我も笑みかたぶきて父上とも〲船に乗る。

纜縄もやひ解く、水篙みさお撞き張る、早緒取り掛けて櫓を推し初むれば、船は忽ち神田川より大川に出で、両国の橋間を過ぎ、見る目も濶き波の上に一羽の鴎と心長閑に浮びて下る。新大橋を過ぐる折から雨またばら〱と降り来。されど舟子の少しも心にかけぬさまなるに我等も驚かで、火を打おこし湯を沸たぎらしなどす。およそ船の遊びには、貴きも富めるも何くれと無く幇け合ひて働くを習ひとす。若し自ら高ぶり或は又全く心づかずして何事をも為さゞる者あれば、逸り気なる舟子などはこれを達磨さまと云ひて冷笑ふ。手も脚も無きといふ意こころなるべし。また船の艏へさきの方に我は顔して坐りなどする者をば将監様とよぶ。これは江戸の頃の水の上の司つかさ向井将監にかけて云へるにて、将監のやうに坐りて傲り高ぶれるといふ意なるべし。達磨と云はるゝがうしろめたくてにはあらねど、舟を行るのみにても人一人だけの働きなるに、猶飯を炊かせ味噌汁つくるまでの事〻を悉く打任せたらんは余りに心無きわざなれば、慣れぬ手もとの覚束無くはあれど何よ彼よと働く。其むかし一人住みしける折の事も思ひ出されて、拙くもをかしきことのみ多し。

風の向き好くなりぬ、帆を揚げんとて、舟子帆をあぐ。永代橋を過ぎて後は四方よものさま全く変りて、眼を障るものも無き海原の眺め、心ものび〱とするやうなり。雨全く収まりて、雲のうしろに朝日昇りたる東の天そらの美しさ、また紅に、また紫に、また柑子色に、少しづゝ洩るゝ其光りの此雲彼雲の縁へりを焼きたるさま、喩へん方無く鮮やかに眼も眩むばかりなり。雨の後の塵無き天の下にて快き風に船を送らせながら、絵も及びがたき雲の美しさに魂を酔はせつゝ、熱き飯、熱き汁を味はふ此楽しさは、土にのみ脚をつけ居る人の知らぬところなり。幸福さいはひ多かるべきかな舟の上の活計みすぎや、日に〱今朝の如くならんには我は櫓をとり舵を操りて、夕の霧、旦あしたの潮烟りが中に五十年の皮袋を埋め果てんかなと我知らず云ひ出づれば、父上は何とも応へ玉はで唯笑ひ玉ふ、弟はひたすら物食ふ、舟子は聞かざるが如く煙草管きせる啣みて空嘯けり。

朝食あさげ仕果てゝ心静かに渋茶を喫みつゝ、我は猶胴梁に凴つて限り無き想ひに耽る。詩趣来ること多くして、塵念生ずること無し。声を放つて漁夫の詞を誦して、素髪風に随まかせて揚げ遠心雲と与に遊ぶといふに至つて、立つて舞はんと欲しぬ。

今さら云はんはいと烏滸なれど、都は流石に都なるかな。昨夜の雨に大かたの人は望みを絶ちたるなるべければ、今日は釣る人の幾干いくばくもあらじと思ひけるに、釣るべきところに来りて見れば釣り舟の数もいと多くして、なか〱数へ得べくもあらぬまでおびたゞしく、秋の木の葉と散り浮きたるさま、喩へば源平屋島の戦ひを画に見る如し。あゝ都なればこそ、都なればこそと、そゞろに都の大なるを感ずるも、あながち我がおろかなるよりのみにはあらで、其処に臨みて其様を見ば何人も起すべき思ひなるべし。

舟子はやがて好しと思ふところに船をとゞめて、艏に積み来りし「きゃたつ」を海の中におろす。「きゃたつ」は高さ一間あまりもあるべし、裾広がりなる梯二つを頂にて合せ、海中にはだかり立ちて、其上に人を騎らしむるやう造りたるものなり。およそ青鼠頭魚は物音を嫌ひ、物影の揺ぐをも好まざるまで神経こゝろ敏はやきものなれば、船にて釣ることも無きにはあらねど、「きゃたつ」に騎りて唯一人静かに綸を下すを常の事とす。仮にも酒など用ゐて笑ひさゞめきながら釣るが如きことは、此遊びには叶はぬことなり。されど中川寄りの人〻は一人乗の小舟を漕ぎ出して、こゝぞと思ふところに碇を下し、いと静かにして釣るに、其獲るところ必しも「きゃたつ」釣りに劣らずといふ。そは舟も髫髪児うなゐこが流れに浮くる笹舟の如くさゝやかにして、浪の舟腹打つ音すら、するかせぬかといふ程なるより、魚も流石に嫌はぬなるべし。白鼠頭魚はかく「きゃたつ」に騎るなどといふこと無く、一つ船の中にて親子妹脊打語らひながら釣るべければ、女など伴はんには白鼠頭魚釣りをよしとするとぞ。

さて舟子は既はや「きゃたつ」を海の中にたてゝ、餌匣えばこと笭箵とを連ねたるものをも其に結ひつけ終りければ、弟先づ釣竿を携へて「きゃたつ」に上り、兄上羨みたまふな、必ず数多く釣りて見せまうすべしと誇る。舟子は笑ひながら船を漕ぎ放して、弟の「きゃたつ」立てるところよりは三十間も距たりたらんと思はるゝところに船を止め、「きゃたつ」を立つ。此度は父上これに騎り玉ふ。父上、父上、よく釣り玉へなどいふ間に、舟子はまた舟を漕ぎ開きて、同じ三十間ばかり距たりたるところに「きゃたつ」を立つ。こたびは我これに跨がり、急ぎて鉤に餌を施し、先づこれを下して後はじめて四方あたりを見るに、舟子は既はや舟を数十間の外に遠ざけて、こなたのさまを伺ひ居れり。

弟は如何に、父上はと見るに、弟も父上も竿を手にして余念も無げに水の上を見つめたるさま、更に憐む垂綸の叟、静かなること沙上の鷺の若ごとし、といへる詩の句も想ひ浮めらる。父上弟のみならず、眼も遥かに見渡す限りの人〻「きゃたつ」に乗りていと静かに控へぬは無ければ、まことに脚長き禽の群れて水に立てるが如く、また譬へば野面に写真機を据えたるを見るが如し。腰を安んずるところ方一尺ばかりを除きては身の囲り皆水なれば、まことに傍観わきめは心細げなれど、海浅くして沙平らかなるところの事とて、まことは危あやふげ更に無く、海原に我たゞ一人立ちたる心地よさ、天そらよりおろす風に塵無く、眼に入るものに厭ふべきも無し。滄浪の水に足を濯ふといふもかくてこそと微笑まる。一身已に累無し、万事更に何をか欲せん、たゞ魚よ疾く鉤にかゝれと念ずる折から、こつりと手ごたへす。さてこそと急ぎ引きあげんとするに、魚は免れんとして水の中をいと疾く走る。其速きこと思ひのほかにして、鉤につけたる天蚕糸の、魚の走るに連れて水を截る音きう〱と聞え、竿は弓なして丸く曲りけるが、やうやくにして魚の力弱りたるを釣りあげ見れば、五寸あまりの大きさのなり。悦びて笭箵の中にこれを放ち入れつ、父上は弟はと見めぐらすに、父上の手にも弟の手にも既はや幾尾か釣れたりとおぼしく、網笭箵はいと長く垂れて其底水に浸り居れり。さては彼方にても獲たりと見ゆ、釣り負けまじものをと心を励まして、また綸を下すに、また少時して一尾を獲たり。

一尾又一尾と釣りて正午まひるに至りける頃、船を舟子の寄せければ、それに乗り移りて、父上弟をも迎へ入れ、昼餉す。昼餉を終へて後、今一ト潮とて舟子船を前と同じからざるところに行りつ、それぞれ「きゃたつ」を立つ。こたびは潮しほの頭はなの事とて忙しきまで追ひかけ追ひかけて魚の鉤に上り来れば、手も眼も及びかぬるばかりなり。我はかくばかり善く釣り得るが、父上弟はと遥かに視るに、父上も弟も面に喜びの色あるやうなれば、おのれも心満ちたらひて一向ひたすらに釣り居けるが、やがて潮満ち来て「きゃたつ」を余すこと二尺足らずとなりし時、舟子舟を寄せ来りて、今日はこれまでなり、又の日の潮にと云ふ。おのれ等これに足ることを知つておの〱船に戻り、其得たるところの多き少きを比ぶるに、父上第一にして、其次はおのれ、其また次は弟なりければ、齢の数に叶ひたるにやと父上打笑ひ玉ふ。さらば恨むところも無しと、弟も笑へば我も笑ふ。船の帰るさに順風おひてを得たるは、船子にも嬉しからぬことあらじ。こゝろよき南風に帆を張りて、忽ち永代橋、忽ち大橋、忽ち両国橋を過ぎ、柳橋より車に乗りて家に帰りつ、其得たるところを合せ数ふれば壱百三十尾にあまりける。父上の悦び、弟の笑顔、妻孥の其多く獲たるを驚きたゝふる、いづれ我が胸に嬉しと響かぬも無かりき。

底本 / Source edition

底本:「日本の名随筆32 魚」作品社
1985(昭和60)年6月25日初版発行
1987(昭和62)年8月10日第2刷
底本の親本:「露伴随筆 第一冊」岩波書店
1983(昭和58)年3月初版発行
入力:とみ~ばあ
校正:今井忠夫
2001年1月22日公開
2012年5月12日修正
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
/works/001450_000051/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/001450_000051/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/001450_000051/

幸田 露伴「鼠頭魚釣り」(新字旧仮名)、底本『日本の名随筆32 魚』作品社、1985年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 001450_000051, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite