Soranoha

少年の死

しょうねんのし

木下 杢太郎

八月の曇つた日である。一方に海があつて、それに鉤手かぎのてに一連の山があり、そしてその間が平地として、汽車に依つて遠國の蒼渺たる平原と聯絡するやうな、或るやや大きな町の空をば、この日例いつになく鈍い緑色の空氣が被おほつてゐる。

大きな河が海に入る處では盛んな怒號が起つた。末廣がりになつた河口までは大河は全く平滑で、殆ど動どうとか力とかいふ感じを與へない、鼠一色いつしきの靜止の死物であるやうに見えて居ながら、一旦海の境界線と接觸を持つと忽ち一帶の白浪が逆卷き上り、そして(遠くから見て居ると)それが崩れかけた頃になつて(近くで聽いたならば、さぞ恐しい音響であらうと思はれるほどの)音響が、遠くの雷鳴のやうに響いた。

然しながらこの自然現象は、毎日毎日同樣に繰り返へされてゐるのだからして、町の住民には今更何等の印象をも與へない。靜かな曇り日に、數千の甍いらかが遠く相並んでゐて、その間に往々神社佛閣の更に大きなものが聳え出てゐるのを瞰望してゐると、如何にも平和であるといふ氣が起つて來る。かの荒い海の背景がこの平和の印象を少しも壞さないのは寧ろ不思議である。それといふのも畢竟ひつきやう慣れといふことが感激を銷磨せうまするからであらう。たとへ宗教心のない人でも、かう云ふ平和の俯瞰景を眺めたら、何かに祈りたいといふ氣を起すに相違ない。

この平和な都會は然し全く休息して居るのではない。外海そとうみの暴あらい怒號の外に、なほ町自身の膊動はくどうがある。何かと云ふとそれはかの平地を驅けつて來る汽車である。

忽ち長大の一物が山の鼻のところへ形を現はす。忽ち警戒の汽笛を鳴らす。傍目わきめもふらずかたことと驅けて來るのを見ると、器械力と云ふよりも一動物の運動といふ感じがするのである。忽ち停車場に達する。笛を鳴らす。停車する。人々が停車場の構内から出る。かういふ活動が往復合せて一日に十四囘あるが、かの大河と海との大爭鬪よりもむしろこの方が活動の印象に富んで居て、そしてこの平和の町に一味の生氣を賦ふして居るのである。

遠海とほうみも、大河も、町の家並も、汽車も、凡て八月のこの曇つた一日を平和に送つてゐるらしく見えた。

所が停車場からさう遠くない小高い所に一軒のしもた屋があつた。まだ年の少い一人の男の子が時々その屋根の上に登つてゐた。誰も然しこの少年に特別の注意をするものとてはなかつた。と云ふのは今日朝から始終その少年の行動を注視したものは誰もなかつたからである。もしさうしたならばその人には多少不思議な感じを起したかも知れない。何故となるとこの少年はたつた一度屋根へ登つたのではないからである。午前の十時ごろにも登つた。正午にも登つた。そして二時過ぎにも登つたのである。更に注意深い人はこの時刻が全く偶然的のものではないと云ふことに氣が付く筈であつた。といふのはその時刻こそは、東京からの汽車がこの町の停車場に着く時であつたからである。即ちこの少年はこの町に着く汽車に對して何等かの利害を感じてゐたのである。それが單に遠くから段々と近ちかづいて來る汽車の運動を眺めるだけの興味だつたらうか。それともこの汽車に乘つて、強く少年の興味を引く誰かが來るのであつたらうか。

然し少年のこの行動は全く誰の注意をも引かなかつた。即ち少年が二階の屋根に登つたのを見た人があつても、之をば全く何等の意義もない惡戲として輕々に看過したからである。もしこの靜かな町を見下してゐる人が之を見つけたとしたら、きつと一種の興味ある點景人物として喜んだに相違ない。

ところが實際は決してそんなのんきな事ではなかつた。かの少年に取つてはこの二階の屋根に登るといふ、一見滑稽な惡戲が、實に重大な事件であつた。

少年が屋根へ登る家は小さな川のそばにあつて、黒塀が𢌞めぐつて居る。建物は古いけれども、何となく鷹揚おうやうな間取で、庭も廣い。裏手は極ごく疎まばらな垣根で小川に接して居る許りであるが、そこには欅けやき、樫、櫻、無花果いちじゆくなどの樹がこんもりと繁つて居り、低い葡萄棚の下が鷄の小屋になつて、始終鷄の聲がしてゐる。

今言つた二階は大きな銀杏樹いちやうと柿の樹との爲めに好く見えないが、少年は二階の欄干を越えて母屋おもやの屋根へ出ると、そのままぐるりと表の方へ𢌞り、そして難なく二階の屋根へ出るやうである。

無花果の下では、近所の子供が二三人集つて七面鳥をからかつて居る。

「そら追つかけるぞ。」と男の子の一人が言つた。

忽ち泣聲が起る。八つばかりの女の子が七面鳥に追ひかけられて逃げ切れずに躓つまづいたあとから、例の七面鳥がその兒の足をつついたのである。

女中が臺所から出た。

尋ついで十ばかりになる綺麗な女の子が(家の一番下の娘が)また泣聲に驚いて出て來た。

「まあ、馬鹿、七面鳥。」と呼んだ。そして、ませた口ぶりで子供等に「お前たちは小さい子をからかつてはいけないよ。」と言つた。

女中は倒れた女の子をかばつてやつた。下男が出て來て七面鳥を小屋の中へ追ひやつた。

「葡萄が段々赤るみかけた。」と下男が獨語ひとりごとを言つた。

「本當だとも、きつと。」さう家の娘が言つてゐる。

「うそだ。」と男の子の一人が言つた。

で娘は女中に

「ねえ、お作、本當だねえ。今日午前ひるまへ鮭が一匹この川を上のぼつて來たねえ。」

「本當ですともお孃さん。今年は二度目だつてますよ。」

「こんな小さい川に鮭が來ようはない。うそだ。底本では句点が抜けている」と男の子が頑項かたくなに答へた。

「あら本當よ。それなら誰にでも聞いて御覽。あたいは嘘なんぞ言はないから。」

「それあどうにかして迷つて來たのよ。そしてみんなが大騷をしたけれども、間に合なかつたのだよ。」と女中が説明して居る。

立派な白い髯ひげの生えた老人が、庭さきで、筆に水を含ませて萬年青おもとの葉を洗つてゐる。老人が腰を屈かがめて、落ち付きはらつてそんなことをしてゐる態さまが、遠く庭の緑を拔けてくつきりと見える。

少し肥つた、二十はたちばかりの美しい娘がその傍にゐる。何氣なく老人の仕事を見て居るやうである。それらの光景は、鏡の中の像のやうに、木戸のあなたに、小形にはつきりと見えるのである。

さつきの小娘は其方を眺めてゐたが、急に聲をあげて空の方へ向つて言つた。

「あんちや、危いよ。おぢいちやんに叱られるよ。」

ちやうど二階の屋根に少年が登つたのである。少年はそんな呼聲に少しも注意を拂はぬらしく、下界の一方を眺めてゐる。

この少年の少しく破壞的な行動を除いては、また此小ぢんまりとした家の中にも、曇りの日の柔かな緑の庭と同じやうな平和が漲みなぎつてゐると、誰しも思ふのである。

然し少年の胸には異常の不安があつた。彼はやや青白い美しい顏色に沈鬱の影を見せて、偏ひとへに下界の一方を見つめてゐる。

停車場に汽車が着いたところである。

鋭い汽笛が一聲靜かな午後の空氣を振動せしめた。

少時しばらくあつて、各種の風俗をした乘客が三々伍々、停車場の構外へ現はれ出た。それらは少年の二階の屋根から一々手に取るやうに見える。

それらの人々を注目するのが、少年の今の最重要任務であるかの如く見えた。時々心をはつとさせながら、彼は一々の人を注意してゐる。

五分經つ……十分經つ……そして少年は緊張した心持から覺め何物をも發見しなかつたといふ安心から、多少氣が緩ゆるんだやうに歎息をした。そしてまた始めの沈鬱な顏のままで、默つて二階の屋根から降りて、自分の書齋になつて居る二階の六疊に入つた。

二階からは、高い立木と少し隔つた隣家の屋根との爲めに、近い停車場の構内は見ることは出來ない。少年は二階の自分の室に這入つて一安心した。

今朝からもう三度目である。次の着車時刻まではまだまだ二時間強の間隔がある。それまでは心を動搖させる必要がないけれども、何をしようとしても手に着かない。そこで少年は棚から枕を出して座蒲團の上へごろりとなつた。

Desperately……desperately……

と口癖のやうに呟きながら、頻しきりに天井を眺めて居たが、急に立ち上つて、階子段はしごだんを下つて行き、今度昇つて來た時には、栗饅頭を一つ手に持ち、一つ口にくはへて來た。菓子を食べてしまつたあとでは、またごろりと横になつた。そしてdesperately……desperately……と呼んで居る。

何時の間にかうとうととし出し、少し口を開き、兩手を胸へ當てたままで眠り始めた。

すると忽ち或る山の中の村落が彼の夢の中へ入つて來たのである。寂しい街道に小さいちよろちよろの流があつて、太い杉の樹が道の中央に立ちはだかつて居る。そこまで彼が歩を運んで來ると、忽ち一事に想到して非常に驚いた。それは彼が夏の試驗に答案を出すのを忘れたと云ふことであつた。その答案と云ふのが而も妙なもので、畫である。そこで大變に心配になり出して、杉の根もとに腰を懸けて、さてどうしようと思案をしたが、此處でぐづぐづとかうして居ても仕方がない、いやではあるが、之から戻つて行つて、その局のものに願つて追試驗をして貰はうといふ氣が起つた。せかせかと息を切つて半里ばかり驅かけつて來ると、村役場がそこにあつた。

臺所の方へそつと入つて行くと小使が一人居て何と云つても返事をしない。もう向ふが感付いたのだといふ𢌞り氣を出して、それから手足が麻痺したやうに感じられ、表口の受付へ行く氣になれない。

それでもまた氣を取り直ほして役場の玄關へ行くと、折惡しくも野澤先生といふ、小學校の時の一番こはい先生が居た。先生はわけを話すと、聽いて居られないやうな皮肉を言つた。するとこの時忽ち他のも一つの事が彼の頭に浮んで來た。野澤先生は自分の極々ごくごく祕密にして居たことを知つて居るのだといふ考である。

彼はもう仕方がないと斷念して、急いで玄關から出て行つた。するとそこが忽ち細長い部屋になつた。お寺の坊の臺所のやうな所である。然しそれはまた學校の小使部屋であつて、東京の中學校の片盲の小使が居た。卓の上には堆うづたかく積んだ紙があつて、それは皆試驗の答案である。その中には極めて細かく、桝形に書いた數字がある。それは算術の答案である。ああ、他の人はみんなこんなに正確な答案を書いて居ると思つていやな氣がした。同じやうな答案紙に繪の書いたのがある。石膏像を寫生したやうなものである。ああ、他の人はみんなこんなに上手に畫いてゐると思つてまたいやな氣がした。

景は更に急轉した。何處だか分らないが、そこに役場の門前に在るやうな掲示板があつて、それに人の名が書いてある。その中に中澤彌三郎といふ名があつた。ああ、あの人は及第だと思つた。すると中澤君が來て如何にも親しげに笑ひかけた。その笑ひ顏を見るといやな氣がした。その他にもいろいろの名があつたが、自分の名はあつたかどうだか分らない。ところがそのうち一つの殊に印象の深い名があつた。それは「鹿田功」といふ名である。彼ははつとした。鹿田がここに居るに相違ないといふ氣がしたからである。彼は見付からぬ先に逃げようと思つた。そしてそつと裏口の方へ𢌞りかけると、其途端に彼は鹿田を發見した。そしてわつと叫んだ。……

「みんなおとつさんに話してしまふぞ」さういふ鹿田の聲が後から聞えた……

「兄さんまだ寢て居るの」とその瞬間に彼はある優しい聲を聽いたのである。

時計が四時を打つた。

少時しばらくして彼はやつと心を靜めた。もう試驗は疾とくに濟んでゐる。畫の試驗などの滯とどこほつて居るものはない。……さう云ふ風に段々安心して來たが、やがて鹿田といふ名のことに想ひ到ると、それらの安心は凡て空虚の安心であつたといふ事に氣が付いた。

「八重ちやん、今鳴つたのは四時だねえ。」妹が答へた、「ええ、四時よ。兄さんに、毒だからもうお起きなさいつて。」

さう云ふ會話をしながらも彼は起き上らなかつた。實際手足が痺れて居るやうで起き上ることも出來なかつた。身體ぢゆう汗びつしよりになつて居る。呼吸が苦しく感じられる。大熱を病んだあとのやうで、どうしても起き上ることが出來ない。

また少しうとうとする。さうすると息苦しさが一層強くなる。居ても立つても居られない……世界の際はてへ來たやうな、名状すべからざる不快の氣分が彼の全官能を襲つた。

忽ち或る朗らかな聲がした。「富之助、お前どうしたの。今日は寒いから、お前、風を引くよ。」

姉のおつなの聲である。おつなは何時ものやうに、粗末な鼠つぽい阿波縮あはちぢみの單衣ひとへを着て、彼の枕元に立つて居た。「素麺そうめんが出來たから下へ行つておあがりよ。」

少年は昔讀んだ「雪野清」といふ小説のことを思ひ出した。

姉はまた語を續けた。「お前の友達つて人は本當に今日來るの?……何なら今夜内へ宿とめてやつても可いとおつ母さんが言つてお出でだつた。」

富之助はこの言葉を聞いてぎくりとした。そして周章あわてて言つた。「姉さん、そりや内には宿まんない方が可いよ。友達つて云つたつて僕よりずつと級の上の人で、そんなに善くは知らない人だもの。それに僕はあんまり好きでない人だもの。級が上で、善くは知らないのだから……」

善くは知らないのだからといふ言葉には殊に調子を付けて繰り返して言つた。

「だつてせつかく態々わざわざ來るのだから……そんなに内へ遠慮なんか、お前、しなくつても可いのよ。おつ母さんがお休みになつて居たつて、姉さんが御飯ぐらゐ世話してあげるから。」

「だつて姉さん、僕よりずつと年の上の人なんだよ。もう二十より上の人なんだから……それに僕アそんなに善く知らないんだから……」

「兎に角お前もう起きて顏をお洗ひ。そしておやつをお食あがりよ。」

姉は下へ降つて行つた。少年はなほ寐たままでいろいろの事を考へた。そして

Desperately……desperately……

と獨語(ひとりごと)を言つた。

時計は四時半を過ぎてゐる。次の列車の着する迄にはまだ一時間ばかりの間があつた。

少年は立ち上つた。その刹那、殆ど口へ出るばかりに、心の中で、かう叫んだ。

「僕は死んであやまる!」

「拜啓暑氣嚴敷きびしく候處貴君は如何に御消光なされ居り候や明媚なる風光と慈愛に富める御兩親またやさしき御姉妹の間に愉快に御暮し居り候事と存候陳者のぶれば小生も一月ばかり御地にて銷夏致度就ては成るべく町外れにて宿屋にあらざる適當なる家御尋ね置被下間敷哉くだされまじくや但自炊にても差支無之候……」

二週間ばかり前に富之助は鹿田から突然かう云ふ手紙を受取つた。その時は既に封筒の名を見ただけで一種不安の心持を起して、中身を見る氣にならなかつた。それでも封を切つて内の文句にざつと目を通すといよいよ不安になつた。細かに熟讀する勇氣が出ない。唯彼が來るといふことを知つただけで胸が一杯になつた。

其後程經て八月三日に御地に行くから案内を頼むといふ葉書が來た。

彼の不安は何故であるか……と云ふことに對しては、彼は自ら答へることを恐れた。成るべく其事をば考へまいとする。それで完全でなく、切れぎれに記憶像が頭に浮ぶのである。

或時は彼は鹿田の袴を持たされて、對外ベエスボオルの日に、横濱の公園側の道を歩いて居た。その時鹿田は酒で顏を赤くしてだらしのない風で街道を漫歩し、美少年たる富之助を頤使いしするといふことを自慢にしてゐるらしく見えた……

また或時は……隅田川のボオトレエスの日……彼は鹿田の友達に顏をひどく打たれて鼻血を出したことがある……

思ひ出すのを恐れるやうな記憶がその他にいくらもあつた。そして聯想が彼の不可解の禁苑としてゐる記憶圈内に入つて行くと、恰も鋸の目立を聞いたやうに、或はまた齲齒むしばへ針を當てたやうな激しい不快感を起して、それから先へ進むのをひとりでに阻止した。

その他にまだ朧ろげにも一つの不安がある。是は彼の空想に屬することであつて、自分がそんな空想を抱くといふ事それ自身が彼の自覺には堪ふ可からざる苦痛であつた。――鹿田の手紙の文句の中に「やさしき御姉妹」云々の文字があつた。それが氣になるのである。

富之助の姉のおつなは今年の三月迄東京の學校に居た。そして鹿田は蔭ながらおつなの事を善く知つて居た。

おつなは二十一歳で美人であつた、富之助はおつなのことを姉ながら神々かうがうしい女だと思つて居た。

美しい神々しいおつな……獰猛だうまうな鹿田……富之助の頭のこの烈しい對照コントラストが更に幾多の不祥な聯想を呼んだ。或ものは鮮明に表象に現はれた。或ものは意識閾ゐき下に壓おしつけられて、ただ不安な心持だけになつてゐる。

夏休み前に鹿田が富之助にじやうだんを云つたことがある。……僕が君に對する愛は弟に對する愛だ。それが僕の不謹愼の爲めに邪道に落ちたのだ。君のシスタアに對する愛はこれこそ本當の神聖なる愛だ……

……富之助は今假睡から起き上つたがまたゆくりなくも同じやうなことを考へた。頭がくわつとなつたが、それが治まらないで、輕い頭痛と變つて、蟀谷こめかみが痛んだ。時計が五十分に近ちかづいた。刻々にその刻秒の音が聞えるほどあたりは靜かである。時々七面鳥が物に驚いたかのやうに啼いた。

突然に富之助は二階の隅の机の上に腕を當てた。ちやうど泣くやうな姿勢をしてその腕に顏を埋めた。

「僕は死んであやまる。」さう小さな聲で言つた。

少時しばらくして富之助が下に降りて來た時には、珍らしくも父が、内の人の居間になつてゐる八疊に居た。姉と妹も居、母も床から起きて來てそこに居た。富之助は父の顏を見ると、何か隱れてゐる事を發見せられはしまいかといふ心を起した。そしてずつと其部屋を通り拔けて、臺所の方へ行つて顏を洗つた。

白い大きな瀬戸引の金盥に水を入れて、成るべくゆつくりゆつくり顏を洗つた。皆と會ふ時間を一刻でも延ばさうとするのである。さうすると父も或は座を離れるやうなことがあるかも知れないと思つたからである。

然し富之助が八疊に來た時には父はまだそこに居た。今日はいつになく温和な顏をして居たが、それでも富之助には不安であつた。

今まで富之助の父に對する不安は試驗の點數を問はれることであつた。死んだ長兄が非常に秀才であつたことが長く父の頭に印象してゐて、富之助はいつもそれと比較せられた。

父が言つた。「今日はお前の友達が東京から來るさうだが、試驗の事も分るだらう。」

この語ことばは色々な意味で富之助に甚はなはだしい恐怖を與へた。どぎまぎしながら、善くも考へないで富之助が答へた。「友達つて云つても本當の友達ぢやないんです。だつてずつと上の級で、それに年も隨分上ですから……」

無論父親は決して富之助を苛いぢめる爲めに富之助に尋ねたのではなかつた。實際子を思ふ至情からであるのだが、それが富之助には獄吏の笞しもとかと思はれるのであつた。

富之助の心中にはかういふ不安があつても、然し知らない他人がこの一家團欒の景情を見たら、いかにも清い幸福がこの一室を罩こめてゐると思ふに相違なかつたらう、富之助の父はもう職務を廢やめて、舊稿の詩文を集めるといつて一室に籠つてゐて、聖者のやうな生活をして居る。またその母親はこれほどやさしい母親はあるまいと思はれるほどにやさしい。二人の姉妹もまた神の如く、また天使のごとく尊くまた愛らしい。

富之助の心中に「死んであやまる」といふ言葉の彫り付けられてゐることは誰も外から之を讀むことは出來なかつた。

六時二十五分の終列車が着いた。それと殆ど同時に一列車がこの驛から出發して行つた。段々近づく或は段々遠とほざかる汽車には、汽船とはまた違つた一種の活動味があつて、敏捷なる動物を想像せしめるのであつた。

朝から曇つて居た空の一面が破れて、夕日が其半面を現はした。白茶つぽい――砂の多い街道には日の反照がぎらぎらして、明日天氣になつたらさぞ暑いだらうと思はしめた。

停車場から街道へ出て、それ故、急に蝙蝠かうもり傘を擴げる人もあつた。そして白い扇子が同時にぱらぱらと開かれ、大勢の人の胸の邊でひらひらし出した。

停車場の構内と街道へ續く廣い空地との間には疎まばらな黒塗の柵があつて、その根本のところにちよろちよろと青草が出てゐるが、肥料が足りないと見えて元氣がない。正直に街道へ出るより、その柵を超えた方が、極僅かだけれども道が近くなるので、低い柵の一部は破壞せられてそのままになつてゐる。その傍には砂利が山のやうに積んである。

停車場から出た一群の人々は、それぞれに相別れて自分の行くべき道を歩いて居るが、その中に白い飛白かすりを着て帽子を被り、手に蝙蝠傘と、大きい四角な、然し輕るさうな包を持つた二十四五の男は、他の人が眞直ぐに前方を向いて歩いてゐるにも拘らず、不案内さうにあちらこちらを見𢌞はし、それでも或方向へと街道を大分歩いて來た。

道が平行に幾本かに分れる處へ來ると、はたと足を停めた。見ると角に小さな印判屋があつて、その店では煙草やちよつとした雜貨を賣つてゐる。わかい男は之を見出すや否や、その店の方へ歩み寄つた。

「ちよつとうかがひます。」うつろな一種の響を持つた聲である。印判屋の亭主が小さい刀の手を休やめて顏をあげると、わかい男が尋ねた。「あのこの邊に土屋さんて家がありませうか。」

主人は冷淡に、然し煩わづらはしいといふのでもなく應じた。「土屋何といふのですか。」

「土屋……土屋富之助といふ、東京の中學へ行つてゐる學生の家ですが……何でも停車場からさう遠くはないと聞いてゐましたが。」

「そうですか。それなら土屋守拙さんといふ學者のお宅でせう。それならこの道を眞直ぐに行くと石垣のある家の角に郵便函がありますが、その四辻の角を左に向くと小さい橋があります。その岸を川下にお下んなさい。直ぐです。黒い塀が𢌞つて、大きい銀杏樹のある家です。」

「さうですか、有りがたう御座います。」

そして青年が辭し去つた。……

かう云ふ青年の動作をまんじりともせず見て居た人がある。それは言ふまでもなく屋上の少年であつた。そして青年が印判屋の角へ來るところまでは突き止めた。隱れんぼをする子供が、見つかりさうになりながら急に逃げ出すといふ刹那の心理を以て、彼は倦あかず此青年の擧動を視察した。

青年の姿が印判屋の軒下に隱れた時に、彼ははつと心を周章あわてさせた。さあどうしよう、もう五分とは經たないうちに彼の青年は自分の家の門前に來る。

――少年は倏忽たちまち屋根から下つた。そして他の人に怪しまれない限り急いで庭へ出て、そこから麻裏草履をはいて河の方へと驅け出して行つた。彼はもはや策が盡きて、どうかして時間の餘裕を作るべく逃げ出したのである。途中で若しや偶然に彼の青年と邂逅しはしまいかと恐れたりなどした。

河の水面は異樣に明るかつた。岸には夕方の釣に出る素人しろうとや黒人くろうとの舟が一杯集つてゐた。少年は河の岸まで來ると安心して、そして何事も考へずに空の一方を眺めた。河下の空は繁い雲がまつ赤に染められてゐた。

少年は更にどうしようかと考へた。何氣ない風をして、もう二三時間を送らうと考へた。そして岸を傳つて漁夫町の方へと行つた。

その頃は既に彼の青年が富之助の家の門内に入つてゐた。

青年はこの家の門を左手に見たときに、確かにこの家だといふ事は信じたらしい。それにも拘らず、歩が丁度門の前に來た時は立ち止らうとはせずに、尚ほもずんずん前進した。がそのうちに歩行の速さが鈍つた。そして一瞬間立ち止まつた。そして歩き返して今度は門前でまた立ち止る。次の瞬間には彼は今までとは全く別な決斷的の態度で門内に入つた。門に入ると疎まばらな竹垣から、内の心持の好い庭が透けて見えた。印判屋の教へてくれた銀杏樹は、家の屋根に隱れて繁つた梢のみがそこに見られた。また右の方には小さな木戸があつた。木戸が開あいて居て、その内側が見える。大きな井戸があつてその向ふが臺所になつてゐるらしい。年頃の娘が向うむきになつて井戸端にとばんでゐる。

青年が玄關に立つた。そして「御免下さい。」と云つた。返事がなかつた。もう一度言つた。すると白い髯ひげの生えた老人が玄關に出て來た。青年は少し意外に感じて、はつとしたらしい態度を示した。そして一禮した。

老人は何とも言はないで少時しばし玄關に立つたままでゐる。是れも、どうも事が意想の外であると思ふらしい風である。富之助が今日來る友達と云ふ人は彼より遙かに年上であると語つた。然しその男をまだ見ない老人は、それでも富之助の同輩だと思つてゐた。それが今見るともう大人らしい青年である。さう思つて老人が青年を見詰めてゐる時に、青年が言つた。「土屋富之助さんのお宅はこちらでございますか。」

老人もこの時既に他の事へ心をはたらかしてゐた。そして言つた。「あなたは何の――その、鹿田さんですか。まあお上り。富之助も居ます。――まあこつちにお上り。」さう言つて置いて老人は別の部屋へと去つた。誰かに物を命じてゐるやうである。

然し其後に玄關へ來たのはやはり件くだんの老人で、青年を案内して、ある狹い室に導いた。その室は黒い土の壁で、床の間には眞四角な懸物が懸つて居た。そして一方には小さい庭があつて、高い柵で隣の神社境内の空地と接してゐた。

日かげが漸く傾き、油蝉が一しきり鳴きさわいだ。

女中が茶を運んで來たりした。然し富之助は顏を見せなかつた。

少時しばらくすると嚮さつきの老人がそこへ現はれた。然し姿は前とは異つて、羽織を着け袴を穿いてゐた。

老人が其部屋へ來ていきなり言ふには「富之助も今朝からあなたをお待ち申して居りましたが、何か用事でも出來て外出したと見えて今居りません。迎ひにやつたから直ぐ戻つて來ませう。わたくしもゆつくりお話し申したいのですが、今出なければならぬ用事が出來たから長くお話しすることは出來ません。」さう鄭重に言ひながら座に就て、「あなたは伜とは別懇の間ださうですが、どうですか、伜の成績は。もう試驗の成績は分りましたらうな。」

青年は思ひがけない話題だからちよつと當惑した。「もう成績は分りました。富之助さんは惡い方ぢやありません。」

「いやあれの兄に當るのは――兄はもう死にましたが、中々好く出來た奴だつたが、どうも富之助は文學やなんぞが好きで、數學などが善く出來ないやうに思はれる。これから先の世の中は數學や理學が出來なくては、學者にはなれないが、どうもわたくしが數學に疎うとかつたせゐか、伜も不得意のやうぢや。まああなたもどうか一つ指導してやつて下さい。」

老人はさう云ふ風な話題ばかりを求めて話したが、そのうち、それならば今夜ゆつくりお話をしませうといつて立ち去つた。

老人が去つた後で、青年は少し居ずまひを崩した。それでもまだ一種の緊張した心持で、少し窮屈らしく風景の寫眞帖を眺めてゐる。

その時靜かに人のけはひがした、「ようお出でになりました。」と聞えないほどに言つてしとやかに挨拶するものがある。青年がはつと感じて後ろを向くと年わかい美女が居る。顏だけは知つた顏である。富之助の姉である。それで客も禮儀正しく挨拶を返した。娘は疊んだ浴衣ゆかたを置いて、之れとお着かへになりませと言つた。そして暫時手持無沙汰にしてゐたが、また淑しとやかに立ち去つた。

客は一種の情動を感じたらしい態度をした、そしてまた風景の寫眞帖を眺めてゐる。

日が漸く暮れる。女中が竹の臺のランプを持つて來る。それでも富之助はまだ來ない。

暫く何にも考へないで居ると、客は何となく非常に心持のよい感じから突然襲はれた。それは聲であつた。遠い方で「功さん」と呼んだのが二度目の聲ではつきり分つたのである。今まで彼は「功さん」といふやうに本名を呼ばれたことはない。それ故自分に尤も親しい名でゐながら彼は聞き損そくなつたのである。

やがて五十ばかりの柔和な老母が庭に現はれた。それが富之助の母親であるといふことは、客は直ぐ推量した。

老女は別に角ばつた挨拶もしないで「ねえ功さん、富之助は何處へ行つたのでせう。今朝からあんなにあなたをお待ち申して居ましたのに。きつとあなたが今日は來ないとでも思つたのでせうかね。いつも夕方なんぞに外へ出ることは無いのですが。――今使を見せにやりましたから、もうすぐ歸つて來ませう。それまでに、風呂が涌きましたから一つおはいりなさい。」と言ふのであつた。

客は立ち上つた。そして庭下駄をはいて老女の後について行つた。心の中には一種感謝の情に似る感情が起つて來た。

富之助は其間に漁夫町に出たが、他に時を銷けす處がないから、釣道具を賣る店に寄つた。そこの息子は彼の小學校友達である。それが久しく會はないからお互に遠慮があつて、やや改まつた口調で二人は感傷的な懷舊談を取交はした。留吉と呼ばれたその若者は子供の時分から漁業に從事してゐたが、去年暴風に遭つて難船し、同船の兄をば見す見す殺した爲めに發心してその職業を止やめた。二人はそんな話をしたり、またそのうち凪なぎの好い日には、投網とあみだの、釣道具だのを持つて、是非船を出さうなどといふ相談をしたりなどした。

家々の燈が漸く明るくなつて、河沿ひの狹い漁夫町の街道は、それ相當の繁劇の状況を呈してゐる。家と家との間に、黒い靜な水の面が見えて、對岸の村落の微かすかな燈影などが隱見するのに出會でくはすと、自分の故郷が如何に美しい處だといふことを今更ながら思つて、一種甘美の悲哀を帶びたる情緒の起るのを感じた。町の傳説と共に傳はる昔の歌を歌ふものがある。

河上から下つて來た汽船が鈍い響を立てたりしてゐる。彼は多感な少年者が感ずる如き、故もしらぬ愁に打たれ、それからいろいろの空想が起つて、死といふものが何ともいはれず美しいものに思はれ出した。

自分が死んだならば、後の人もみんな同情を寄せるだらう。そして生前自分に對して餘りに苛酷過ぎたと思ふのだらう。そのうちでも母と姉とは最も悲しむだらう。この二人の人の悲傷は、自分の死を弔ふに十分である。彼等の涙は慰藉である。唯……自分が生前に何等の譽ほまれを持つてゐなかつた事は物足らない。せめて自分が中學の特待生でもあつたら可よかつたらう。……

自分の死といふものを中心にすると、諸もろもろの聯想は夕立前の雲のやうに蜂起するのであつた。

そんな風に、富之助が自分の空想に沒頭して居るうちに、何時か足が小さい橋の上に停つてゐた。其下の川は、そこで直接大河に注ぎ、四邊の眺望が好かつたから、大勢の人がその上に集つてゐた。折柄向ふ岸の空が異常に赤く、まつ黄いろな大きな月が悠々と地平から離れる所であつた。

その時富之助は自分を迎ひに來た女中に發見せられた。

「富之助さん、お迎ひに上りました。」とその女中が言つた。「東京のお客さんがお着きになつて、皆貴方が何處へ行つたかつて心配してゐます。」

富之助はそこで重い氣になつて、家の方へ歸つた。

下の八疊間に明るい電燈が點いて、鹿田がひとりで新聞を見てゐた。

「やあ失敬。」と挨拶した富之助の聲は異常に顫ふるへてゐた。

富之助のおつ母さんが出て來て、柔和に富之助をたしなめ、そして客に丁寧に其子の我儘を謝した。そんな事をしなくつとも可いのにと腹の中では思ひながら富之助は默つてゐる。

もう庭に蟲が鳴き出したりしてゐる。そこへ夕飯の仕度が運ばれた。姉が一生懸命にはたらいたと見えて常には拵へないやうな料理が澤山出來てゐた。富之助は自身の姉を不憫ふびんに思つた。何にも知らない故に自分に害意を有してゐる人の爲めに、あつたらの骨折をする。さう思ふと自分の男らしくないことが腹立しくなつた。何故自分は何もかも悉皆すつかり姉に言つてしまはないだらう。姉は今危地に居る。それを知つてゐる自分が親身の姉を救ふことが出來ない。若しその事を言へば自分に不信の友があることが分る、それが分れば自分が何よりも大事にしてゐる祕密が曝露する。富之助は殆ど食慾がなく、いろいろの事を思ひ煩ひながら、唯器械的に手を動かす。その傍で姉は給仕をしてゐるのである。ちやうど心の清い尼さんが僧形そうぎやうをした貪婪どんらんの惡魔の前にゐるかと思はれるのである。

夕飯が終つてから富之助は鹿田を連れてしぶしぶ散歩に出た。まづ河の岸へ出た。暗い岸ばたにとばんで、二人とも何にも言はない。

そのうち鹿田が口を切つて二言三言話し出したが、全く尋常の話である。何か二人ともに或一事を目の前に見て居ながら、お互にそれには手を觸れまいとしてゐるやうである。

一種の驚怖は始終富之助の胸を徂徠そらいした。彼は嘗つてかう二人して居た時に、彼から強く毆打されたことを記憶してゐる。

鹿田が例いつになく丁寧な言葉使をするのが、富之助にはまた非常に氣味が惡かつた。

九時頃二人が家に歸ると父が歸つて居た。冷くした麥湯に砂糖を入れて飮みながら、父も母も一緒になつて縁側へ出て話をした。眞夏であるのに既に蟲の聲が聞えて、そことなき寂しさがあつた。

富之助の父が言ふ。「伜もどうか君等の指導で一人前の男にしたいと思ふ。馬鹿ではないが文學みたやうな事が好きで、數學の方が得意でない。もう文學は一切やらせないことにしたが、君もまあさう云ふ方向でこれを薫陶してくれ給へ。」

「もう二三日のうちに自分は親たちから離れて死んでしまふ。自分のそんな心は少しも知らないで、親達は自分の行先のことを心配してゐる。」さう富之助が思ふと、危くも目へ涙が湧き出さうになる。

「こつちの學校に居た間は伜も大分成績が良かつたやうだが、どうも東京へ出てから去年も今年も思はしくない。尤も東京は諸國から秀才が集るのだて。鳥なき里の蝙蝠かうもり位では役に立たないかも知れないが……」さう言つてちよつと考へて、「まあ友だちと文學をやるのが、是が一番行かない事だらうと思ふ。わしが東京へ出て監督してやれば可いのだが、さう云ふわけにも行かないのだて……まあ何分にも君方等に頼みます。」

父のこんな言葉が鹿田に對しては皮肉になるだらうと、富之助は思つた。

到頭その晩は鹿田が富之助の家に宿ることになつた。もう姉のおつなが二人の床を一つ部屋に取つて、蚊帳を吊つてしまつた。

母が「あなたは今日はお勞つかれでせうからもうお休みなさい。」と言つた。

富之助は夜床へ入つてからも早くは寢つかれぬ性であつた。それで蚊帳の中で本を讀むのが癖であつた。そんな風な自由が今夜は阻害されるであらうと思つて不快になつた。それ故に初め鹿田だけの床を敷いてくれと頼んだが、何も知らない姉はそれを承知しなかつた。

若しやそんなことはあるまいと思ひながら、富之助の頭には或る不祥な想像が閃くことがある。それを考へなほすのは非常に不道徳な事に思はれて、なるべく考へまいとする。それで今夜は一晩寢ずに居よう。それが一番よいと決心した。

然し萬一夜中に客が起きて便所に行くとしたところで、其れまでの間には家の人の寢てゐる部屋をば通る必要は少なかつた。姉のおつなは二階に寢た。二人は下の新座敷の隅の間で、夜靜かになると川の水音が響いた。

次の朝はいつになく早く富之助は目を覺した。夢の記憶は少しも殘つて居ないが、そのあとの不快が殘つた。

今日は客を案内してその宿へ連れてつてやらう。そして自分は今までの事一切を姉に懺悔して、そつと旅へ出よう。彼の男の毒の眼が姉を窺うかがつてゐる間は姉には外出させまい。

そんな事を考へてゐると、突然忘れはてた今曉の夢が思ひ出された。近藤といふ友達が内證だが君に話すと云つて、小さい聲で富之助の耳にささやいた。君鹿田が君の方へ行くつて云つたらう、ありや君のシスタアを狙ひに行くんだと云ふんだぜ。君、あの男は恐こはいぜ。

鹿田が言つた。さあ、僕にお前の着物を借せ、帽子も、シャツも。可いか、これからお前が僕になつて、僕がお前になるんだぜ。僕はお前んとこに住む。それがいやならお前のお父さんに皆云つてしまふぜ。お前が己おれの稚子ちごだつて。お前はおれに連れられて吉原を見物に行つたつて事まで……

「今日はどうしても斷行する。」さう富之助は考へた。「唯姉に皆言つてしまふことは止よさう、あの男は惡い男だから要心しなさいつてことだけは言はう。そしてわたしは内に居るのはいやだから旅行すると云つて出て行かう。誰も知らない遠國の山の中へ入つて行つて、そこから一伍一什いちぶしじふを認したためて、姉や父母に詫を言はう。そして誰も知らないやうにこの世界から別れてゆかう……」

かう云ふ空想は悲哀であるよりも慰藉であつた。七時が鳴るまで富之助はそんな事を考へ續けた。枕の布が涙で濕つてゐた。

朝のうちに富之助は客を送つて海岸傳ひに半里ほどの小村落へ行つた。老人が隱居に建てて、自分は住まぬうちに死んで、其後は避暑の客に貸せる漁夫の家の離座敷である。

昨日と違つて日は赫々かくかくと海、波、岸の草原を照射した。

客を送つて歸つて來て、富之助は一安心して二階の自分の部屋に寢た。そしてすぐ旅行に立たうといふ今朝の考とは反對に、唯何となく時間を過した。

午後姉は二階の富之助の部屋の隣の部屋で長い間縫物をした。そこには琴、鏡臺、二三の女に適ふさはしい書籍の類があつて、おつなの稀にする美的生活の一面を暗示するのである。富之助は默つて姉の女らしい所を觀察した。

殊に姉がこの日の日盛を少し過ぎた頃に髮を洗つて、その房々とした毛を輕く藁で結はへて二階に上つて來たときには、姉とは言ひながら、強い性の印象を富之助に與へた。そしてそれがいよいよ富之助をして彼の鹿田を恐れしむる原因となつた。

富之助がさう云ふ風に自己に第三者の眼を與へて觀察すると、ここの家庭に一種濃厚の雰圍氣のあることを知つた。老父の詩人的趣味、母の女らしい優しみは無論その空氣を構成するものであつたが、もつと大きな要素は實におつなの成熟した處女としての現象であつた。

鹿田はその日の夕刻、さう云ふ濃厚な妖氣中にはひつて來たのである。

その日は勿論、次の日も富之助は旅行に出なかつた。

河口に汽船の笛がする。また日に幾度かは停車場で汽車の響がする。その度毎に富之助は腸はらわたを動かしてゐる。

第三日の午後富之助は鹿田と伴つて、漁舟を借りて釣に行つた。さうして、いやいやながら鹿田と交際つきあつてゐるうちに、漸く鹿田の性格の變化に氣が付いた。夏休前東京で會つた時とは違つて、非常に沈默家になつて居る。そして始終何か考へ事をしてゐるやうである。元來氣味惡い其眼元には、また一種の暗光が燃えて居る。

しかのみならず彼は富之助に對して未だ嘗つて示したことのない鄭重な態度を取つた。一たびも冗談を言はない。何時も醜い恐ろしい口は大抵堅く鎖とざされてゐる。釣などする時には、年少者のやうに、いろいろの事を富之助に教はつて、釣に餌ゑさをつけ、絲を水に投げる。そしてぼんやり考へ込む。

夕日の眞赤な光が對岸の緑の平野の上に被ひかぶさつて、地平線を凸凹でこぼこにする銀杏樹いちやうらしい、また欅けやきらしい樹の塊りは、丁度火災の時のやうに、氣味わるく黒ずんでゐる。川の上には金のやうな光が映つた。

その時、今まで默つてゐた鹿田が言つた。

「どうだらう。こんな時に水の中へ沈んだら愉快だらう。一緒に飛び込まうか。」

この言葉の調子は冗談とは聞かれないほどであつた。富之助はぎくりとした。

少時しばらくしてからまた鹿田がこんな事を言つた。「今朝僕の下宿の隣の家へ東京から女學生が二人來た。自炊をするのだつて云つて。それが君の姉さんの友達だと見えて、君の姉さんも尋ねて來られた。」

富之助はこの言葉を聽いて二度ぎつくりとした。ぐづぐづして居られないと思つたからである。然し鹿田が直接富之助の姉に就いて語つたことは是れが最初であつた。また最後であつたかも知れない。

舟が岸に戻つたときは、もう薄明はくめいの時だつた。富之助が舟から色々のものを取り出してゐると、後ろでやさしい聲が聞えた。

「富ちやんかえ、たいそう遲くなつたねえ。」

見ると姉が隣の子を背負つて岸に立つてゐる。夕方のぼんやりと青ずんだ空氣の中に、其ほのかに白い姿は魔のやうであつた。

「あんまり遲いから迎へに來たの。」

姉は鹿田に目禮して、富之助にさう云ふのである。

二人は姉を先にやつて、漁夫の一人に荷を持たせて其後から行つた。

その時鹿田は一言ひとことも物を言はなかつた。

一體鹿田が一日一日氣むづかしくなつて行くのは富之助にも分つた。そして富之助に對する態度も夏休前とは全く異つて、異常に鄭重ていちようで、少しも馴れ馴れしい所を示さなかつた。殊に今日釣に出てからは殆ど物を言はないで、唯考へ事ばかりしてゐるやうに見えた。

姉のおつなを見ると、よくは見ない風をした。

が富之助は鹿田のこんな風な態度を見て、無意識に或る事を直感してゐる。即ち心情に強い刺戟をうけた野蠻人に對する畏怖の念である。

富之助が鹿田の住んで居る宿へ行つて見た時には、鹿田はぼんやりとして煙草を飮んでゐた。本もない。荷物も何もない。唯机の上に鏡と化粧道具とがあつた。どうして毎日日を送つてゐるか想像が出來なかつた。

窓へ腰を掛けると、少し小高くなつた丘から、直ぐ目の前の海が見える。葵あふひの花が薄赤く咲いてゐる。「あの家だ。」と鹿田が指をさして教へた。「東京から女學生が來た家は。」

姉の友だちのことは姉から其後富之助は聞いた。そして時々姉がその宿へ遊びに行くことを知つてゐる。鹿田の爲めには、もつて來いの状態である。さう富之助が思つた。「もう一刻も猶豫はしてゐられない。」

夕方歸る時に鹿田のゐる漁家の小さい息子が車に米俵を積んで町へ行くのと一緒になつた。そこで富之助はその子に聞いた。

「お前のとこに來た東京のお客さんは酒を飮むかえ。」

「へい、大抵晩に飮みます。」

「澤山飮むのかえ。」

「毎晩五合づつ買ひに行つたが、面倒くさいから昨夕から一升買ひました。」

「ひとりで飮むかえ。」

「始めには獨りで飮んだが、時々は家の兄さんと一緒に飮むことがあります。それに別莊から客が來ることがあります。」

其別莊と云ふのは同じ土地へ東京の人が建てたもので、そこへ毎年學生たちが來るのである。

「夜は早くねるかえ。」

「時々夜中まで歸つて來ないことがあります。」

「○○(遊廓のある町名)の方へ行くかえ。」

「どうですか。」といつて笑つた。

「何してゐるえ、一日。」

「何して居ますか。」

「一日家にゐるかえ。」

「大概家にゐます。」

「何か話をするかえ。」

「何にも言はないで默つてゐます。」

會話は要領を得なかつた。

富之助の家では寫眞が一枚無くなつた。姉のおつなが東京の叔母と寫したものである。それを急に母が郵便で東京に送らうと思つて搜したが見付からなかつた。然し皆別に氣に止めはしなかつた。富之助は寫眞箱を出して鹿田に見せたことを覺えてゐる。それ故富之助ばかりは、是はてつきり鹿田が持つてつたものと信じてゐる。

富之助は毎日毎日いろいろのことに神經を惱ましながら、それでも何もしないで家にぐづぐづしてゐたが、或る一日、今日はどうしても一伍一什を、せめて母にだけでも話してしまはうと考へながら、到頭その日も話すことが出來なかつた爲めに、非常に煩悶した。

そして家から逃げ出さうと空想した。

やはり海岸で陸地が崖に成つて居る處があつた。道路はその崖の上で、若し過あやまてば海に落ちるやうなこともあるから、所々には針金を通じた木柵を建ててあつた。崖から下を覗くと數丈の赤松が繁つて其間に碧漫々たる海が見える。時とすると、水が靜かなところから、夕方などに船が懸つてゐることがある。正に一幅豪宕がうたうの畫圖である。或はまた西洋人の女だちが、わざわざ短艇をここまで出して、人目を避けて遊泳をすることもある。さうすると人は遠眼鏡でそつと海面を眺めて喜んだりした。

午後の四時ごろの烈々たる日光は、草の緑、土の紫、海の碧、凡てありとあらゆるものをまつ黄色にして、地球を孵化させようといふ勢である。そこへ二人の少年が山の方から下つて來た。

二人は道と道との間を、海の上へ懸け渡した小橋の上に來かかつたが、突然一人が言つた。

「隨分ここから下は深いなあ。若し落ちたら死ぬだらうか。」

「そりや死ぬにきまつてゐる。」と他の一人が答へた。「下まで屆かないうちに人間は死んでゐる。」

「なぜ下まで落ちないうちに死ぬだらう。」

「なぜだか知らないけれども、飛行機から落ちても、下まで屆かないうちに死ぬさうだ。」

「華嚴けごんやなんかの瀧でもさうだらうか。」

「瀧ぢやどうだか分らない。途中岩へぶつかつたりするから。」

「下まで落ちないうちに死ぬのなら苦しくはあるまい。」

「そりや苦しくは無からうと思ふ。」

二人の少年は橋の欄干へ手を懸けて、深く海の底を眺めてゐる。碧澳へきあうの水が澄明で、中の岩まで見えさうである。

そこから視點を外そらして、自分の立つてゐる橋まで及ぼすと、一種の對照の感情を覺えて、身の毛がよだつことがある。それと同時に、なんか、中へ飛び込んで見たいと思はせる誘惑がある。

「はつ!」と一人の少年が大聲を擧げた。も一人のは喫驚びつくりして振り迎つた。

「おお、びつくりした。何うしたともつた「何うしたともつた」はママ。」

「下へ飛び込んだら、何うだらう。」

「止し給へ、冗談はしたまふな、魔が差すことがあるよ。僕は喫驚して、も少しで欄干から手を放すとこだつた。」

「一萬圓賭けたら、下へ飛び込む人があるだらうか。」

「一萬圓だつて有りやしない。」

「有るかも知れないよ。」

「いくら一萬圓だつて、死んぢや貰ふことは出來ないぢやないかね。」

「然し一萬圓貰はなくても、飛び込む人があるからね。」

「そりや別だ、厭世家だから。」

「然しどんな氣持だらう。」

「分りやしない。」

「僕には分るやうな氣がする。久しく下を見てゐると、飛び込みたい氣になるよ。」

「君は氣違だから。」

「僕はもとから屡よく人に氣違だと言はれたことがあるよ。」

「そんな人は危險人物だ。」

「その代りに何かで決心が付きや、僕はきつとこの處へ飛び込むね。それが國家の爲になるとか、人を救ふとかいふことになれば。」

「君には犠牲的精神があるといふのだらう。」

「別にそんな事を高慢にするのぢやない。」

「然し考へると本當になるつて言ふよ。」

「美だと思ふ、僕は。こんな處から下へ落ちて死んだら、肺病や何かで死ぬよりも好いぜ。」

「馬鹿だなあ、暑いや、早く行かう。」

「見給へ、水の底がまつ青に見えるよ。水の精でも棲んでゐるやうだね。君ロオレライつて歌を知つてゐる?」

「僕はそんな文學的の事は知らない。」

「然し綺麗な女の人魚でも居るつてことは想像されるね。」

「あ、セエリングが來た。きつとまた西洋人だね。」

「ここの下ばかりへ船が來るのかい。」

「ああ。」

「向ふは。」

「島から向ふにや行かないよ。波があるからだらう。」

「あつちへ行つて見ようか。」

「止さう、咽喉が乾いた。家へ早く行つてラムネを飮まう。」

二人の少年は橋のところから去つた。彼等は山の中の不動の瀧といふ瀧を浴びに行つて歸つたところである。

少年の一人は富之助で、それより一つ年上の方は其從兄いとこであつた。

富之助は無理に父の家を出て、從兄の故郷へ遊びに來たのである。

少年が立ち去つたあとから二人の旅行者と一輛の空の馬車とがこの橋の上を過ぎた。それからは長い間誰も通らないで、太陽はやや傾き、なほも爍々しやくしやくとして、岩層、橋梁、樹木、雜艸、空低く飛ぶ鴎の羽を照らした。

富之助は旅行して來た始めには、詳しい懺悔の手紙を父母や姉に出して、そして姉の今在る危險の状態を警戒し、そして自分は死を以て過去の罪と汚けがれとを洗ふ積りであつた。所がその手紙といふものがどうしても書けない。

自殺――死といふものは美しい幻影である。然しながらその死の原因となるものは、その美を飾る所以ゆゑんではない。それ程明かに分つては居なかつたけれども、富之助は内心この矛盾の爲めに煩悶したのであつた。

誰か美しい娘でもあつて、その人との戀愛が成立たない爲めに世をはかなんで死ぬ。さう云ふのなら自分にも人にも美しい死であると思つた。けれども實際はさうではない。

が然し段々富之助の空想の内へ一女人がはひつて來た。それは同じ町の女で彼と同年輩か、或は一つ年上位の美人である。

二三年前に富之助はこの女に少年らしい愛慕の情を傾けてゐたが、今や彼の腦中にまた鮮かな像となつた。そして彼の死といふものと、この女の美といふことが、段々に相分つべからざるものになり始めた。

次に富之助の心に、父母近親の者を怨むの考が芽生え始めた。彼の志望といふやうなもの、彼の偏愛といふやうなもの、即ち彼の個人的の自由は總て是等の人の意嚮いかうのために破壞せられる。不得意な數學の試驗に落第する夢を見て始終心を驚かすが如き、その爲である。彼はその最も近親なるものを頼むことが出來ないといふ心を起した。

かくの如く、自分を憫あはれむの情は、かれの空想的の死を一層合理的なものとなし、且また悲壯的のものとなした。

理由を明さないで自ら殺さう。といふ考が段々發展して、嚮さきに考へた道徳的負擔から逃れる爲めといふよりも、樂な心持を與へた。

一方富之助が死の空想を飾り、之を多樣に構想して居る間に、遠い姉に對する不祥な豫感が、絶えず、現實的の威嚇となつて彼を襲うてゐた。

かう云ふ懊惱あうなうが富之助を痩せさせる間に、三日經ち五日經つた。

船に一杯の石油を積み、それに爆發物を載せて、夜の海上に船を爆發させ、それと共に死なうなどと空想したこともあつた。

或は富士の人穴のやうな誰も知らない洞の奧に這入つて、死後も人に見付からないやうに死なうかとも考へた。

然し一番良いのは、かの海を臨む懸崖から、過失のやうに見せて死ぬといふことである。

或る月の良い晩に富之助が從兄の耕作に言つた。「僕は昨夜ゆうべ△△崎まで行つたよ。實に寂しかつた。」

「昨夜? 一人で。」

「ああ。」

「何しに行つたの?」

「膽力を試す爲めに。」

「本當かい。」

「本當だ。」

「そんな事をすると叔母さんが心配するよ。」

「僕は今夜も行く積りだ。」

「今夜は月が無いぜ。」

「暗い方が一層爲めになる。」

故郷の家と違つて、從兄の家は大きな漁業家で、出入の人も多く、夜なども碌々戸締りを爲しないやうな工合で、好きな時に行きたい所に行かれて非常に自由であつた。無論近くには惡い街區などあつて、召使のものの夜遲いのは咎められたけれども、少年として、また學生としての富之助の行動は、誰にも咎められることはなかつた。

富之助が屡しばしば夜中に外出することは漸く人の氣付く所となつたが、その所謂いはゆる膽力養成と云ふ言葉が、凡ての疑問の發生する餘地を與へなかつた。

然し注意すると、富之助の容貌や行動に不思議の事が多かつた。

午後の日盛りの最中である。一種森閑しんかんたる靜寂が海濱の全局を領して、まるで全體が空虚であるやうであつた。

たつた一人の男の子が濱に見られるばかりである。水平線には雲もない。海上には船もない。それだけにその男の子は海の上を一生懸命に見詰めてゐる。

そこへ年の寄つた漁夫が一人來た。少年はやや力を得たやうにその漁夫に言つた。

「人が一人海から戻つて來ない。」

漁夫は少年の言つたことが理解せられないやうに、怪訝けげんな目付をした。「何ね。人がね。」

「沖へ出て戻つて來ない。」

その返事と同時に漁夫が叫んだ。「沖へ出て戻つて來ないね。――そりや大變だ。」

さう漁夫が言つたから少年は喫驚びつくりした。そして突然泣き出した。

「誰だね、あんた。」と漁夫が問いた。

「家い來て居る富さんて云ふ友達だ。」

「そりや大變だ。――着物はあるのかね。」

「着物と下駄はあの船の下にある。」

「そりや大變だ。」と漁夫は三度さう云つた。「あんた此所に立てお出でな。わしやあんたつち家うちへ行つて皆みんなあ呼んでくる。」

漁夫は急いで驅け去つた。少年は濱に立つてゐる。水の上に若しや人の頭らしい黒いものは見えないかと、きよろきよろ海の上を見乍ら立つてゐる。

海は再び靜かになつた。唯渚なぎさに小さい波が崩れた。

此靜けさは、然し今に大變な事の起る前の時の氣味の惡るい靜けさのやうに見えた。

忽ち一群の人々が濱へ驅けて來た。濱は忽ち大騷ぎとなつた。それでもなほも引きも切らずに、大勢の人々が濱へ濱へと驅つた。

「山長のとこのお客さんが海で見えなくなつたつて。」

「今濱ぢや船を出した。」

「地引網の衆を頼みに行つた。」

「潜水の女しを搜しに行つたが、生憎あいにく一人も家に居なかつた。」

人々は道を驅けながら、互に磨すれ違ひながら、こんなことを話し合つた。

五六艘の船が沖合へ出た。

「この邊か、この邊か。」などと船の上から呼ぶ聲などがする。

「分るまい。あすこにや底に潮流があるから。」などと語つてゐる人がある。

船から大勢わらわらと水へ飛び込んだりするのも見えた。網が打たれた。

網の中へ死骸がはひつて、それが漁夫に取り出されるまでには、それから尚かなりの時間が掛つたのであつた。青い冷い重い屍體が濱の砂の上に上げられた。

「お前たちそこへ立つでねえぞ。」と山長の若い旦那が叫んだ。そこへ巡査が來てまた見物を制した。

「どうですえ、此處ぢや、あんまり人立がしますから、あすこの裏を借れちや。」

「さうさ。お前さん一つ頼んでおくんな。」

赤い毛布で包まれた屍體が海濱の漁夫の家の裏庭へ運ばれた。それでも大勢の子供たちが木戸の外から眺めてゐる。

「もう脈がない。」と醫者が言つた。「カンフルが足りないから、早く使ひをやつておくんな。藥局の劇藥の棚にある。家の人に言へば分る。」言下に二三の人が飛び出した。

「もつと構はねえから人工呼吸をやりなせい。海軍ぢや一時間位やる。」

「おお、さうだ。佐治衞門さんのとこの伜が可い。海軍だから好く知つてゐるだらう。」

「早く體からだあ倒さかさにして、松葉の煙で燻いぶすが可い。」

「さつきから松葉々々つて言つて居るがどうしたらう。」

「そんなこたあ爲なくても可い。水はもうみんな吐いた。」

醫者は眼瞼まぶたを開いて見たり、聽診器を胸に當てたりしてゐる。

「どうですえ、少しや見込がありますかえ。」

醫者ははつきりとした返事をしない。

カンフルを取りに行つた使が歸つて來た。また胸へ注射をした。胸にはもう絆創膏の迹が四つ五つある。

「海軍は來ないか、海軍は。」

「來たよ、來たよ。」

元海軍の兵曹であつた男が、今までの男と變つて、ちよつと氣取つた手附をして人工呼吸を繰り返した。

屍體は生きた人間の通りの形をしてゐながら青つぽく黄ろい色をして、冷く固まつてゐる。薄い紙を濡らして鼻や口の前に置いたりする男がある。

さう云ふ間に小一時間の時間が經つ。

「どうですねえ。」と女の人が悲しさうに尋ねた。

「どうも。」と醫者が曖昧な返事をした。

も一人の鬚の濃い醫者が來た。肥つた赤ら顏に微笑を湛へて、先の醫者に挨拶した。そして自分も洋服の隱しから聽診器を出して屍體の胸へ當てて見た。そして脈を觸つたり、眼瞼を開いたりして見たが、最後に右手で輕く好い音を立てて、屍體の胸をはたと叩いて、其れと同時に、「もう不可いかん。」と言つた。

その調子がいかにも黒人くろうとじみてゐて、今迄の努力の廢止を促うながす絶對の合圖となつた。

それで人々は俄に色めき出して、次の仕事に取り掛つた。

是れが土屋富之助、十六歳、中學二年生の最後の有樣であつた。

日は八月十七日。一月遲れのお盆の終つた翌日である。

彼の故郷では、かう云ふ出來事を全く豫感せずにゐた。

(大正四年九月)

底本 / Source edition

底本:「現代日本文學全集 17 小山内薫 木下杢太郎 吉井勇集」筑摩書房
1968(昭和43)年4月5日初版発行
入力:伊藤時也
校正:小林繁雄
2001年1月19日公開
2005年12月5日修正
青空文庫作成ファイル:
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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木下 杢太郎「少年の死」(旧字旧仮名)、底本『現代日本文學全集 17 小山内薫 木下杢太郎 吉井勇集』筑摩書房、1968年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 001392_000120, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite