（伊豆の<ruby><rb>修禅寺</rb><rt>しゅぜんじ</rt></ruby>に<ruby><rb>頼家</rb><rt>よりいえ</rt></ruby>の<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>というあり。作人も知れず。由来もしれず。木彫の<ruby><rb>仮面</rb><rt>めん</rt></ruby>にて、年を経たるまま面目分明ならねど、いわゆる古色<ruby><rb>蒼然</rb><rt>そうぜん</rt></ruby>たるもの、<ruby><rb>観</rb><rt>み</rt></ruby>来たって一種の詩趣をおぼゆ。当時を追懐してこの稿成る。）

登場人物

<ruby><rb>面作師</rb><rt>おもてつくりし</rt></ruby>　　　<ruby><rb>夜叉王</rb><rt>やしゃおう</rt></ruby>

夜叉王の娘　かつら

同　　　　　かえで

かえでの婿　春彦

<ruby><rb>源左金吾</rb><rt>げんざきんご</rt></ruby>頼家

下田五郎<ruby><rb>景安</rb><rt>かげやす</rt></ruby>

<ruby><rb>金窪兵衛尉行親</rb><rt>かなくぼひょうえのじょうゆきちか</rt></ruby>

修禅寺の僧

行親の家来など

第一場

伊豆の国<ruby><rb>狩野</rb><rt>かの</rt></ruby>の庄、修禅寺村（今の修善寺）桂川のほとり、夜叉王の住家。

<ruby><rb>藁葺</rb><rt>わらぶ</rt></ruby>きの古びたる二重家体。破れたる壁に舞楽の面などをかけ、正面に<ruby><rb>紺暖簾</rb><rt>こんのれん</rt></ruby>の出入口あり。下手に炉を切りて、素焼の<ruby><rb>土瓶</rb><rt>どびん</rt></ruby>などかけたり。庭の入口は竹にて編みたる門、外には柳の大樹。そのうしろは畑を隔てて、塔の峰つづきの山または丘などみゆ。元久元年七月十八日。

（二重の上手につづける一間の家体は<ruby><rb>細工場</rb><rt>さいくば</rt></ruby>にて、三方に古りたる<ruby><rb>蒲簾</rb><rt>がますだれ</rt></ruby>をおろせり。庭さきには秋草の花咲きたる<ruby><rb>垣</rb><rt>かき</rt></ruby>に沿うて荒むしろを敷き、姉娘桂、二十歳。妹娘楓、十八歳。相対して<ruby><rb>紙砧</rb><rt>かみぎぬた</rt></ruby>を<ruby><rb>擣</rb><rt>う</rt></ruby>っている。）

かつら　（やがて砧の手をやめる）<ruby><rb>一晌</rb><rt>いっとき</rt></ruby>あまりも擣ちつづけたので、肩も腕も<ruby><rb>痺</rb><rt>しび</rt></ruby>るるような。もうよいほどにして<ruby><rb>止</rb><rt>や</rt></ruby>みょうでないか。

かえで　とは言うものの、きのうまでは盆休みであったほどに、きょうからは精出して働こうではござんせぬか。

かつら　働きたくばお前ひとりで働くがよい。<ruby><rb>父様</rb><rt>ととさま</rt></ruby>にも春彦どのにも<ruby><rb>褒</rb><rt>ほ</rt></ruby>められようぞ。わたしはいやじゃ、いやになった。（投げ出すように砧を捨つ）

かえで　貧の<ruby><rb>手業</rb><rt>てわざ</rt></ruby>に<ruby><rb>姉妹</rb><rt>きょうだい</rt></ruby>が、年ごろ擣ちなれた紙砧を、とかくに飽きた、いやになったと、むかしに変るお前がこのごろの素振りは、どうしたことでござるかのう。

かつら　（あざ笑う）いや、昔とは変らぬ。ちっとも変らぬ。わたしは昔からこのようなことを好きではなかった。父さまが<ruby><rb>鎌倉</rb><rt>かまくら</rt></ruby>においでなされたら、わたしらもこうはあるまいものを、<ruby><rb>名聞</rb><rt>みょうもん</rt></ruby>を好まれぬ職人<ruby><rb>気質</rb><rt>かたぎ</rt></ruby>とて、この<ruby><rb>伊豆</rb><rt>いず</rt></ruby>の山家に隠れ<ruby><rb>栖</rb><rt>ずみ</rt></ruby>、親につれて子供までも<ruby><rb>鄙</rb><rt>ひな</rt></ruby>にそだち、しょうことなしに今の身の上じゃ。さりとてこのままに朽ち果てようとは夢にも思わぬ。近いためしは今わたしらが擣っている修禅寺紙、はじめは<ruby><rb>賤</rb><rt>いや</rt></ruby>しい人の手につくられても、<ruby><rb>色好紙</rb><rt>いろよしがみ</rt></ruby>とよばれて世に出づれば、高貴のお方の手にも触るる。<ruby><rb>女子</rb><rt>おなご</rt></ruby>とてもその通りじゃ。たとい賤しゅう育っても、色好紙の色よくば、関白大臣将軍家のおそばへも、召し<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>されぬとは限るまいに、<ruby><rb>賤</rb><rt>しず</rt></ruby>の<ruby><rb>女</rb><rt>め</rt></ruby>がなりわいの紙砧、いつまで擣ちおぼえたとて何となろうぞ。いやになったと言うたが無理か。

かえで　それはおまえが口癖に言うことじゃが、人には人それぞれの分があるもの。将軍家のお側近う召さるるなどと、夢のようなことをたのみにして、心ばかり高う打ちあがり、末はなんとなろうやら、わたしは案じられてなりませぬ。

かつら　お前とわたしとは心が違う。妹のおまえは今年十八で、春彦という男を持った。それに引きかえて姉のわたしは、<ruby><rb>二十歳</rb><rt>はたち</rt></ruby>という今日の今まで、夫もさだめずに過したは、あたら一生を草の<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>に、住み果つまいと思えばこそじゃ。職人<ruby><rb>風情</rb><rt>ふぜい</rt></ruby>の妻となって、満足して暮すおまえらに、わたしの心はわかるまいのう。（<ruby><rb>空嘯</rb><rt>そらうそぶ</rt></ruby>く）

（楓の婿春彦、二十余歳、奥より出づ。）

春彦　桂どの。職人風情とさも卑しい者のように言われたが、職人あまたあるなかにも、<ruby><rb>面作師</rb><rt>おもてつくりし</rt></ruby>といえば、世に恥かしからぬ職であろうぞ。あらためて申すに及ばねど、わが日本<ruby><rb>開闢</rb><rt>かいびゃく</rt></ruby>以来、はじめて舞楽のおもてを刻まれたは、もったいなくも聖徳太子、つづいて藤原淡海公、弘法大師、<ruby><rb>倉部</rb><rt>くらべ</rt></ruby>の<ruby><rb>春日</rb><rt>かすが</rt></ruby>、この人々より伝えて今に至る、<ruby><rb>由緒</rb><rt>ゆいしょ</rt></ruby>正しき職人とは知られぬか。

かつら　それは職が尊いのでない。聖徳太子や淡海公という、その人々が尊いのじゃ。かの人々も<ruby><rb>生業</rb><rt>なりわい</rt></ruby>に、面作りはなされまいが……。

春彦　生業にしては卑しいか。さりとは異なことを聞くものじゃの。この春彦が明日にもあれ、稀代の<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>をつくり<ruby><rb>出</rb><rt>いだ</rt></ruby>して、天下一の名を取っても、お身は職人風情と<ruby><rb>侮</rb><rt>あなど</rt></ruby>るか。

かつら　<ruby><rb>言</rb><rt>お</rt></ruby>んでもないこと、天下一でも職人は職人じゃ、殿上人や弓取りとは一つになるまい。

春彦　殿上人や弓取りがそれほどに尊いか。職人がそれほどに卑しいか。

かつら　はて、くどい。知れたことじゃに……。

（桂は顔をそむけて取り合わず。春彦、むっとして詰めよるを、楓はあわてて押し隔てる。）

かえで　ああ、これ、一旦こうと言い出したら、あくまでも言い募るが<ruby><rb>姉</rb><rt>あね</rt></ruby>さまの気質、逆ろうては悪い。いさかいはもう止してくだされ。

春彦　その気質を知ればこそ、日ごろ堪忍していれど、あまりと言えば<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>が過ぐる。女房の縁につながりて、姉と立つればつけ上り、ややもすればわれを軽しむる<ruby><rb>面憎</rb><rt>つらにく</rt></ruby>さ。仕儀によっては姉とは言わさぬ。

かつら　おお、姉と言われずとも大事ござらぬ。職人風情を妹婿に持ったとて、姉の<ruby><rb>見得</rb><rt>みえ</rt></ruby>にも手柄にもなるまい。

春彦　まだ言うか。

（春彦はまたつめ寄るを、楓は心配して制す。この時、細工場の簾のうちにて、父の声。）

夜叉王　ええ、騒がしい。<ruby><rb>鎮</rb><rt>しず</rt></ruby>まらぬか。

（これを聴きて春彦は控える。楓は起って蒲簾をまけば、伊豆の夜叉王、五十余歳、<ruby><rb>烏帽子</rb><rt>えぼし</rt></ruby>、<ruby><rb>筒袖</rb><rt>つつそで</rt></ruby>、小袴にて、<ruby><rb>鑿</rb><rt>のみ</rt></ruby>と<ruby><rb>槌</rb><rt>つち</rt></ruby>とを持ち、木彫の<ruby><rb>仮面</rb><rt>めん</rt></ruby>を打っている。<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>のあたりには木の<ruby><rb>屑</rb><rt>くず</rt></ruby>など取り散らしたり。）

春彦　由なきことを言い募って、細工のおさまたげをも省みぬ不調法、なにとぞ<ruby><rb>御料簡</rb><rt>ごりょうけん</rt></ruby>くださりませ。

かえで　これもわたしが姉様に、意見がましいことなど言うたが<ruby><rb>基</rb><rt>もとい</rt></ruby>。姉様も春彦どのも必ず<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>って下さりまするな。

夜叉王　おお、なんで叱ろう、叱りはせぬ。姉妹の<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>いさかい</rt></ruby>はままあることじゃ。珍らしゅうもあるまい。時に今日ももう暮るるぞ。秋のゆう風が身にしみるわ。そちたちは奥へ行って<ruby><rb>夕飯</rb><rt>ゆうまま</rt></ruby>の支度、<ruby><rb>燈火</rb><rt>あかり</rt></ruby>の用意でもせい。

二人　あい。

（桂と楓は起って奥に入る。）

夜叉王　のう、春彦。妹とは違うて気がさの姉じゃ。同じ屋根の下に起き<ruby><rb>臥</rb><rt>ふ</rt></ruby>しすれば、一年三百六十日、面白からぬ日も多かろうが、何事もわしに免じて料簡せい。あれを産んだ母親は、そのむかし、都の<ruby><rb>公家衆</rb><rt>くげしゅう</rt></ruby>に奉公したもの、縁あってこの夜叉王と<ruby><rb>女夫</rb><rt>めおと</rt></ruby>になり、あずまへ流れ下ったが、育ちが育ちとて気位高く、職人風情に連れ添うて、一生むなしく朽ち果つるを悔みながらに世を終った。その腹を分けた姉妹、おなじ<ruby><rb>胤</rb><rt>たね</rt></ruby>とはいいながら、姉は母の血をうけて公家気質、妹は父の血をひいて職人気質、子の心がちがえば親の愛も違うて、母は姉<ruby><rb>贔屓</rb><rt>びいき</rt></ruby>、父は妹贔屓。思い思いに子どもの贔屓争いから、<ruby><rb>埒</rb><rt>らち</rt></ruby>もない女夫喧嘩などしたこともあったよ。はははははは。

春彦　そう承われば桂どのが、日ごろ職人をいやしみ嫌い、世にきこえたる殿上人か弓取りならでは、夫に持たぬと誇らるるも、<ruby><rb>母御</rb><rt>ははご</rt></ruby>の血筋をつたえしため、血は争われぬものでござりまするな。

夜叉王　じゃによって、あれが何を言おうとも、滅多に腹は立てまいぞ。人を人とも思わず、<ruby><rb>気位</rb><rt>きぐらい</rt></ruby>高う生まれたは、母の子なれば是非がないのじゃ。

（暮の鐘きこゆ。奥より楓は燈台を持ちて出づ。）

春彦　おお、取り紛れて忘れていた。これから<ruby><rb>大仁</rb><rt>おおひと</rt></ruby>の町まで行って、このあいだ<ruby><rb>誂</rb><rt>あつら</rt></ruby>えておいた<ruby><rb>鑿</rb><rt>のみ</rt></ruby>と<ruby><rb>小刀</rb><rt>さすが</rt></ruby>をうけ取って来ねばなるまいか。

かえで　きょうはもう暮れました。いっそ<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>にしなされては……。

春彦　いや、いや、職人には大事の道具じゃ。一刻も早う取り寄せておこうぞ。

夜叉王　おお、職人はその心がけがのうてはならぬ。<ruby><rb>更</rb><rt>ふ</rt></ruby>けぬ間に、ゆけ、行け。

春彦　夜とは申せど通いなれた路、<ruby><rb>一晌</rb><rt>いっとき</rt></ruby>ほどに戻って来まする。

（春彦は出てゆく。楓は<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>にたちて見送る。修禅寺の僧一人、<ruby><rb>燈籠</rb><rt>とうろう</rt></ruby>を持ちて先に立ち、つづいて源の頼家卿、二十三歳。あとより下田五郎景安、十七八歳、頼家の太刀をささげて出づ。）

僧　これ、これ、将軍家のおしのびじゃ。粗相があってはなりませぬぞ。

（楓ははッと<ruby><rb>平伏</rb><rt>ひれふ</rt></ruby>す。頼家主従すすみ入れば、夜叉王も出で迎える。）

夜叉王　思いもよらぬお成りとて、なんの設けもござりませぬが、まずあれへお通りくださりませ。

（頼家は縁に腰をかける。）

夜叉王　して、御用の趣は。

頼家　問わずとも大方は察しておろう。わが<ruby><rb>面体</rb><rt>めんてい</rt></ruby>を後のかたみに残さんと、さきにその方を召し出し、頼家に似せたる<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を作れと、絵姿までも<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>わしておいたるに、日を<ruby><rb>経</rb><rt>ふ</rt></ruby>るも<ruby><rb>出来</rb><rt>しゅったい</rt></ruby>せず、幾たびか延引を申し立てて、今まで打ち過ぎしは何たることじゃ。

五郎　<ruby><rb>多寡</rb><rt>たか</rt></ruby>が面一つの細工、いかに丹精を凝らすとも、百日とは費すまい。お細工仰せつけられしは当春の初め、その後すでに半年をも過ぎたるに、いまだ献上いたさぬとはあまりの<ruby><rb>懈怠</rb><rt>けたい</rt></ruby>、もはや猶予は相成らぬと、<ruby><rb>上様</rb><rt>うえさま</rt></ruby>の<ruby><rb>御機嫌</rb><rt>ごきげん</rt></ruby>さんざんじゃぞ。

頼家　予は生まれついての性急じゃ。いつまで待てど暮せど埒あかず、あまりに<ruby><rb>歯痒</rb><rt>はがゆ</rt></ruby>う覚ゆるまま、この上は使いなど遣わすこと無用と、予がじきじきに催促にまいった。おのれ何ゆえに細工を怠りおるか。仔細をいえ、仔細を申せ。

夜叉王　御立腹おそれ入りましてござりまする。もったいなくも征夷大将軍、源氏の<ruby><rb>棟梁</rb><rt>とうりょう</rt></ruby>のお姿を刻めとあるは、職のほまれ、身の面目、いかでか<ruby><rb>等閑</rb><rt>なおざり</rt></ruby>に存じましょうや。御用うけたまわりてすでに半年、未熟ながらも腕限り根かぎりに、夜昼となく打ちましても、意にかなうほどのもの一つもなく、さらに打ち替え作り替えて、心ならずも延引に延引をかさねましたる次第、なにとぞお察しくださりませ。

頼家　ええ、催促の都度におなじことを……。その申しわけは聞き飽いたぞ。

五郎　この上はただ延引とのみで相済むまい。いつのころまでにはかならず出来するか、あらかじめ期日をさだめてお<ruby><rb>詫</rb><rt>わび</rt></ruby>を申せ。

夜叉王　その期日は申し上げられませぬ。左に鑿をもち、右に槌を持てば、面はたやすく成るものと思し召すか。家をつくり、塔を組む、<ruby><rb>番匠</rb><rt>ばんしょう</rt></ruby>なんどとは事変りて、これは<ruby><rb>生</rb><rt>しょう</rt></ruby>なき<ruby><rb>粗木</rb><rt>あらき</rt></ruby>を削り、男、女、天人、夜叉、<ruby><rb>羅刹</rb><rt>らせつ</rt></ruby>、ありとあらゆる善悪邪正のたましいを打ち込む面作師。五体にみなぎる<ruby><rb>精力</rb><rt>せいりき</rt></ruby>が、両の<ruby><rb>腕</rb><rt>かいな</rt></ruby>におのずから<ruby><rb>湊</rb><rt>あつ</rt></ruby>まる時、わがたましいは流るるごとく彼に通いて、はじめて面も作られまする。ただしその時は半月の後か、一月の後か、あるいは一年二年の後か。われながら<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>とはわかりませぬ。

僧　これ、これ、夜叉王どの。上様は御自身も仰せらるるごとく、至って御性急でおわします。三島の社の放し<ruby><rb>鰻</rb><rt>うなぎ</rt></ruby>を見るように、ぬらりくらりと取止めのないことばかり申し上げていたら、御疳癖がいよいよ募ろうほどに、こなたも職人<ruby><rb>冥利</rb><rt>みょうり</rt></ruby>、いつのころまでと日を<ruby><rb>限</rb><rt>き</rt></ruby>って、しかと御返事を申すがよかろうぞ。

夜叉王　じゃと言うて、出来ぬものはのう。

僧　なんの、こなたの腕で出来ぬことがあろう。面作師も多くあるなかで、伊豆の夜叉王といえば、京鎌倉までも聞えた者じゃに……。

夜叉王　さあ、それゆえに出来ぬと言うのじゃ。わしも伊豆の夜叉王と言えば、人にも少しは知られたもの。たといお<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>め受きょうとも、<ruby><rb>己</rb><rt>おの</rt></ruby>が心に染まぬ細工を、世に残すのはいかにも無念じゃ。

頼家　なに、無念じゃと……。さらばいかなる<ruby><rb>祟</rb><rt>たた</rt></ruby>りを受きょうとも、<ruby><rb>早急</rb><rt>さっきゅう</rt></ruby>には出来ぬというか。

夜叉王　恐れながら早急には……。

頼家　むむ、おのれ覚悟せい。

（癇癖募りし頼家は、五郎のささげたる太刀を引っ取って、あわや抜かんとす。奥より桂、走り出づ。）

かつら　まあ、まあ、お待ちくださりませ。

頼家　ええ、<ruby><rb>退</rb><rt>の</rt></ruby>け、のけ。

かつら　まずお鎮まりくださりませ。面はただ今献上いたしまする。のう、父様。

（夜叉王は黙して答えず。）

五郎　なに、面はすでに出来しておるか。

頼家　ええ、おのれ。前後<ruby><rb>不揃</rb><rt>ふぞろ</rt></ruby>いのことを申し立てて、予をあざむこうでな。

かつら　いえ、いえ、<ruby><rb>嘘</rb><rt>うそ</rt></ruby>いつわりではござりませぬ。面はたしかに出来しておりまする。これ、父様。もうこの上は是非がござんすまい。

かえで　ほんにそうじゃ。ゆうべようやく出来したというあの面を、いっそ献上なされては……。

僧　それがよい、それがよい。こなたも凡夫じゃ。名も惜しかろうが、命も惜しかろう。出来した面があるならば、早う上様にさしあげて、お慈悲をねがうが上分別じゃぞ。

夜叉王　命が惜しいか、名が惜しいか。こなた衆の知ったことではない。黙っておいやれ。

僧　さりとて、これが見ていらりょうか。さあ、娘御。その面を持って来て、ともかくも御覧に入れたがよいぞ。早う、早う。

かえで　あい、あい。

（かえでは細工場へ走り入りて、木彫の<ruby><rb>仮面</rb><rt>めん</rt></ruby>を入れたる箱を持ち出づ。桂はうけ取りて頼家の前にささぐ。頼家は無言にて桂の顔をうちまもり、心少しく解けたる体なり。）

かつら　いつわりならぬ証拠、これ御覧くださりませ。

（頼家は仮面を取りて打ちながめ、思わず感嘆の声をあげる。）

頼家　おお、見事じゃ。よう打ったぞ。

五郎　上様おん顔に生写しじゃ。

頼家　むむ。（飽かず<ruby><rb>打</rb><rt>う</rt></ruby>ち<ruby><rb>戍</rb><rt>まも</rt></ruby>る）

僧　さればこそ言わぬことか。それほどの物が出来していながら、とこう渋っておられたは、夜叉王どのも気の知れぬ男じゃ。ははははは。

夜叉王　（形をあらためる）何分にもわが心にかなわぬ細工、人には見せじと存じましたが、こう相成っては致し方もござりませぬ。方々にはその面をなんと御覧なされまする。

頼家　さすがは夜叉王、あっぱれの者じゃ。頼家も満足したぞ。

夜叉王　あっぱれとの御賞美ははばかりながらおめがね違い、それは夜叉王が一生の不出来。よう<ruby><rb>御覧</rb><rt>ごろう</rt></ruby>じませ。面は死んでおりまする。

五郎　面が死んでおるとは……。

夜叉王　年ごろあまた打ったる面は、生けるがごとしと人も言い、われも許しておりましたが、不思議やこのたびの面に限って、幾たび打ち直しても生きたる色なく、たましいもなき死人の相……。それは世にある人の面ではござりませぬ。死人の面でござりまする。

五郎　そちはさように申しても、われらの眼にはやはり生きたる人の面……。死人の相とは相見えぬがのう。

夜叉王　いや、いや、どう見直しても<ruby><rb>生</rb><rt>しょう</rt></ruby>ある人ではござりませぬ。しかも<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>に恨みを宿し、何者をか<ruby><rb>呪</rb><rt>のろ</rt></ruby>うがごとき、<ruby><rb>怨霊</rb><rt>おんりょう</rt></ruby><ruby><rb>怪異</rb><rt>あやかし</rt></ruby>なんどのたぐい……。

僧　あ、これ、これ、そのような不吉のことは申さぬものじゃ。<ruby><rb>御意</rb><rt>ぎょい</rt></ruby>にかなえばそれで<ruby><rb>重畳</rb><rt>ちょうじょう</rt></ruby>、ありがたくお礼を申されい。

頼家　むむ。とにもかくにもこの面は頼家の意にかのうた。持ち帰るぞ。

夜叉王　<ruby><rb>強</rb><rt>た</rt></ruby>って<ruby><rb>御所望</rb><rt>ごしょもう</rt></ruby>とござりますれば……。

頼家　おお、所望じゃ。それ。

（頼家は<ruby><rb>頤</rb><rt>あご</rt></ruby>にて示せば、かつら心得て仮面を箱に納め、すこしく<ruby><rb>媚</rb><rt>こび</rt></ruby>を含みて頼家にささぐ。頼家はさらにその顔をじっと視る。）

頼家　いや、なおかさねて<ruby><rb>主人</rb><rt>あるじ</rt></ruby>に所望がある。この娘を予が手もとに召し<ruby><rb>仕</rb><rt>つか</rt></ruby>いとう存ずるが、奉公さする心はないか。

夜叉王　ありがたい御意にござりまするが、これは本人の心まかせ、親の口から御返事は申し上げられませぬ。

（桂は臆せず、すすみ出づ。）

かつら　父様。どうぞわたしに御奉公を……。

頼家　うい奴じゃ。奉公をのぞむと申すか。

かつら　はい。

頼家　さらばこれよりその面をささげて、頼家の供してまいれ。

かつら　かしこまりました。

（頼家は起つ。五郎も起つ。桂もつづいて起つ。楓は姉の<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>をひかえて、心もとなげに<ruby><rb>囁</rb><rt>ささや</rt></ruby>く。）

かえで　姉さま。おまえは御奉公に……。

かつら　おまえは先ほど、夢のような望みと笑うたが、夢のような望みが今かのうた。

（かつらは誇りがに見かえりて、庭に降り立つ。）

僧　やれ、やれ、これで愚僧もまず<ruby><rb>安堵</rb><rt>あんど</rt></ruby>いたした。夜叉王どの、あすまた<ruby><rb>逢</rb><rt>あ</rt></ruby>いましょうぞ。

（頼家は行きかかりて物につまずく。桂は走り寄りてその手を取る。）

頼家　おお、いつの間にか暗うなった。

（僧はすすみ出でて、桂に燈籠を渡す。桂は仮面の箱を僧にわたし、われは片手に燈籠を持ち、片手に頼家をひきて出づ。夜叉王はじっと思案の体なり。）

かえで　父さま、お見送りを……。

（夜叉王は初めて心づきたるごとく、娘とともに門口に送り出づ。）

五郎　そちへの<ruby><rb>御褒美</rb><rt>ごほうび</rt></ruby>は、あらためて<ruby><rb>沙汰</rb><rt>さた</rt></ruby>するぞ。

（頼家らは相前後して出でゆく。夜叉王は起ち上りて、しばらく黙然としていたりしが、やがてつかつかと縁にあがり、細工場より槌を持ち来たりて、壁にかけたるいろいろの仮面を取り下し、あわや打ち砕かんとす。楓はおどろきて取り<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>る。）

かえで　ああ、これ、なんとなさる。おまえは物に狂われたか。

夜叉王　せっぱ詰まりて是非におよばず、<ruby><rb>拙</rb><rt>つたな</rt></ruby>き細工を献上したは、悔んでも返らぬわが不運。あのような面が将軍家のおん手に渡りて、これぞ伊豆の住人夜叉王が作と宝物帳にも<ruby><rb>記</rb><rt>しる</rt></ruby>されて、百千年の後までも笑いをのこさば、一生の名折れ、末代の恥辱、<ruby><rb>所詮</rb><rt>しょせん</rt></ruby>夜叉王の名は<ruby><rb>廃</rb><rt>すた</rt></ruby>った。職人もきょう限り、再び槌は持つまいぞ。

かえで　さりとは短気でござりましょう。いかなる名人上手でも細工の出来不出来は時の運。一生のうちに一度でもあっぱれ名作が出来ようならば、それがすなわち名人ではござりませぬか。

夜叉王　むむ。

かえで　拙い細工を世に出したをそれほど無念と思し召さば、これからいよいよ精出して、世をも人をもおどろかすほどの立派な面を作り出し、恥を<ruby><rb>雪</rb><rt>すす</rt></ruby>いでくださりませ。

（かえでは縋りて泣く。夜叉王は答えず、思案の眼を<ruby><rb>瞑</rb><rt>と</rt></ruby>じている。日暮れて笛の声遠くきこゆ。）

第二場

おなじく桂川のほとり、<ruby><rb>虎渓橋</rb><rt>こけいきょう</rt></ruby>の袂。川辺には柳<ruby><rb>幾本</rb><rt>いくもと</rt></ruby>たちて、<ruby><rb>芒</rb><rt>すすき</rt></ruby>と<ruby><rb>芦</rb><rt>あし</rt></ruby>とみだれ生いたり。橋を隔てて修禅寺の山門みゆ。同じ日の宵。

（下田五郎は頼家の太刀を持ち、僧は<ruby><rb>仮面</rb><rt>めん</rt></ruby>の箱をかかえて出づ。）

五郎　上様は桂どのと、川辺づたいにそぞろ歩き遊ばされ、お供のわれわれは一足先へまいれとの御意であったが、修禅寺の御座所ももはや眼のまえじゃ。この橋の<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>にたたずみて、お帰りを暫時相待とうか。

僧　いや、いや、それはよろしゅうござるまい。桂殿という<ruby><rb>嫋女</rb><rt>たおやめ</rt></ruby>をお見出しあって、浮れあるきに余念もおわさぬところへ、われわれのごとき邪魔<ruby><rb>外道</rb><rt>げどう</rt></ruby>が附き<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>うては、かえって御機嫌を損ずるでござろうぞ。

五郎　なにさまのう。

（とは言いながら、五郎はなお不安の体にてたたずむ。）

僧　ことに愚僧はお<ruby><rb>風呂</rb><rt>ふろ</rt></ruby>の役、早う<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>って支度をせねばなるまい。

五郎　お風呂とておのずと沸いて出づる湯じゃ。支度を急ぐこともあるまいに……。まずお待ちゃれ。

僧　はて、お身にも似合わぬ不粋をいうぞ。若き<ruby><rb>男女</rb><rt>おとこおうな</rt></ruby>がむつまじゅう語ろうているところに、法師や武士は禁物じゃよ。ははははは。さあ、ござれ、ござれ。

（無理に袖をひく。五郎は心ならずも曳かるるままに、打ち連れて橋を渡りゆく。月出づ。桂は燈籠を持ち、頼家の手をひきて出づ。）

頼家　おお、月が出た。河原づたいに夜ゆけば、芒にまじる芦の根に、水の声、虫の声、<ruby><rb>山家</rb><rt>やまが</rt></ruby>の秋はまたひとしおの<ruby><rb>風情</rb><rt>ふぜい</rt></ruby>じゃのう。

かつら　<ruby><rb>馴</rb><rt>な</rt></ruby>れてはさほどにもおぼえませぬが、鎌倉山の星月夜とは事変りて、伊豆の山家の秋の夜は、さぞお寂しゅうござりましょう。

（頼家はありあう石に腰打ちかけ、桂は燈籠を持ちたるまま、橋の欄に<ruby><rb>凭</rb><rt>よ</rt></ruby>りて立つ。月明らかにして虫の声きこゆ。）

頼家　鎌倉は天下の<ruby><rb>覇府</rb><rt>はふ</rt></ruby>、大小名の武家小路、<ruby><rb>甍</rb><rt>いらか</rt></ruby>をならべて<ruby><rb>綺羅</rb><rt>きら</rt></ruby>を競えど、それはうわべの栄えにて、うらはおそろしき罪の<ruby><rb>巷</rb><rt>ちまた</rt></ruby>、悪魔の巣ぞ。人間の住むべきところでない。鎌倉などへは夢も通わぬ。（月を仰ぎて言う）

かつら　鎌倉山に時めいておわしなば、日本一の将軍家、山家そだちのわれわれは<ruby><rb>下司</rb><rt>げす</rt></ruby>にもお使いなされまいに、御果報<ruby><rb>拙</rb><rt>つたな</rt></ruby>いがわたくしの果報よ。忘れもせぬこの三月、<ruby><rb>窟詣</rb><rt>いわやもう</rt></ruby>での<ruby><rb>下向路</rb><rt>げこうみち</rt></ruby>、桂谷の川上で、はじめて御目見得をいたしました。

頼家　おお、その時そちの名を問えば、川の名とおなじ桂と言うたな。

かつら　まだそればかりではござりませぬ。この窟のみなかみには、<ruby><rb>二本</rb><rt>ふたもと</rt></ruby>の桂の立木ありて、その根よりおのずから清水を噴き、末は修禅寺にながれて入れば、川の名を桂とよび、またその樹を<ruby><rb>女夫</rb><rt>めおと</rt></ruby>の桂と昔よりよび伝えておりますると、お答え申し上げましたれば、おまえ様はなんと仰せられました。

頼家　非情の木にも女夫はある。人にも女夫はありそうな……と、つい<ruby><rb>戯</rb><rt>たわむ</rt></ruby>れに申したのう。

かつら　お戯れかは存じませぬが、そのお<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>が<ruby><rb>冥加</rb><rt>みょうが</rt></ruby>にあまりて、この<ruby><rb>願</rb><rt>がん</rt></ruby>かならずかなうようと、百日のあいだ人にも知らさず、窟へ日参いたせしに、女夫の桂のしるしありて、ゆくえも知れぬ川水も、<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しき<ruby><rb>逢瀬</rb><rt>おうせ</rt></ruby>にながれ合い、今月今宵おん側近う、召し出されたる身の冥加……。

頼家　武運つたなき頼家の身近うまいるがそれほどに嬉しいか。そちも大方は存じておろう。予には<ruby><rb>比企</rb><rt>ひき</rt></ruby>の<ruby><rb>判官</rb><rt>はんがん</rt></ruby><ruby><rb>能員</rb><rt>よしかず</rt></ruby>の娘<ruby><rb>若狭</rb><rt>わかさ</rt></ruby>といえる<ruby><rb>側女</rb><rt>そばめ</rt></ruby>ありしが、能員ほろびしその<ruby><rb>砌</rb><rt>みぎり</rt></ruby>に、<ruby><rb>不憫</rb><rt>ふびん</rt></ruby>や若狭も世を去った。今より後はそちが二代の側女、名もそのままに若狭と言え。

かつら　あの、わたくしが若狭の<ruby><rb>局</rb><rt>つぼね</rt></ruby>と……。ええ、ありがとうござりまする。

頼家　あたたかき湯の<ruby><rb>湧</rb><rt>わ</rt></ruby>くところ、温かき人の情も湧く。恋をうしないし頼家は、ここに新しき恋を得て、心の痛みもようやく癒えた。今はもろもろの<ruby><rb>煩悩</rb><rt>ぼんのう</rt></ruby>を断って、安らけくこの地に生涯を送りたいものじゃ。さりながら、月には雲の<ruby><rb>障</rb><rt>さわ</rt></ruby>りあり。その望みもはかなく破れて、予に万一のことあらば、そちの父に打たせたるかのおもてを形見と思え。叔父の<ruby><rb>蒲殿</rb><rt>かばどの</rt></ruby>は罪のうして、この修禅寺の土となられた。わが運命も遅かれ速かれ、おなじ路をたどろうも知れぬぞ。

（月かくれて暗し。<ruby><rb>籠手</rb><rt>こて</rt></ruby>、<ruby><rb>臑当</rb><rt>すねあて</rt></ruby>、腹巻したる<ruby><rb>軍兵</rb><rt>つわもの</rt></ruby>二人、上下よりうかがい出でて、芒むらに潜む。虫の声にわかにやむ。）

かつら　あたりにすだく虫の声、吹き消すように止みましたは……。

頼家　人やまいりし。心をつけよ。

（金窪兵衛尉行親、三十余歳。<ruby><rb>烏帽子</rb><rt>えぼし</rt></ruby>、<ruby><rb>直垂</rb><rt>ひたたれ</rt></ruby>、籠手、臑当にて出づ。）

行親　<ruby><rb>上</rb><rt>うえ</rt></ruby>、これに御座遊ばされましたか。

頼家　誰じゃ。

（桂は燈籠をかざす。頼家<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>しみる。）

行親　金窪行親でござりまする。

頼家　おお、兵衛か。鎌倉<ruby><rb>表</rb><rt>おもて</rt></ruby>より何としてまいった。

行親　北条殿のおん使いに……。

頼家　なに、北条殿の使い……。さてはこの頼家を討とうがためな。

行親　これは存じも寄らぬこと。御機嫌伺いとして行親参上、ほかに仔細もござりませぬ。

頼家　言うな、兵衛。物の具に身をかためて夜中の参入は、察するところ、北条の密意をうけて予を不意撃ちにする巧みであろうが……。

行親　天下ようやく定まりしとは申せども、平家の残党ほろび<ruby><rb>殲</rb><rt>つく</rt></ruby>さず。かつは<ruby><rb>函根</rb><rt>はこね</rt></ruby>より西の山路に、盗賊ども<ruby><rb>徘徊</rb><rt>はいかい</rt></ruby>する由きこえましたれば、路次の用心としてかようにいかめしゅう<ruby><rb>扮装</rb><rt>いでた</rt></ruby>ち申した。上に対したてまつりて、不意撃ちの<ruby><rb>狼藉</rb><rt>ろうぜき</rt></ruby>なんど、いかで、いかで……。

頼家　たといいかように陳ずるとも、憎き北条の使いなんどに対面無用じゃ。使いの口上聞くにおよばぬ。帰れ、かえれ。

（行親は騒がず。しずかに桂をみかえる。）

行親　これにある<ruby><rb>女性</rb><rt>にょしょう</rt></ruby>は……。

頼家　予が召仕いの<ruby><rb>女子</rb><rt>おなご</rt></ruby>じゃよ。

行親　おん<ruby><rb>謹</rb><rt>つつし</rt></ruby>みの身をもって、<ruby><rb>素性</rb><rt>すじょう</rt></ruby>も得知れぬ<ruby><rb>賤</rb><rt>いや</rt></ruby>しの女子どもを、おん側近う召されしは……。

（桂は堪えず、すすみ出づ。）

かつら　兵衛どのとやら、お身は<ruby><rb>卜者</rb><rt>うらや</rt></ruby>か人相見か。<ruby><rb>初見参</rb><rt>ういげんざん</rt></ruby>のわらわに対して、素姓賤しき女子などと、<ruby><rb>迂濶</rb><rt>うかつ</rt></ruby>に物を申されな。<ruby><rb>妾</rb><rt>わらわ</rt></ruby>は都のうまれ、母は殿上人にも仕えし者ぞ。まして今は将軍家のおそばに召されて、若狭の局とも名乗る身に、一応の会釈もせで無礼の<ruby><rb>雑言</rb><rt>ぞうごん</rt></ruby>は、鎌倉武士というにも似ぬ、さりとは作法をわきまえぬ者のう。

（<ruby><rb>冷笑</rb><rt>あざわら</rt></ruby>われて、行親は眉をひそめる。）

行親　なに。若狭の局……。して、それは誰に許された。

頼家　おお、予が許した。

行親　北条どのにも<ruby><rb>謀</rb><rt>はか</rt></ruby>らせたまわず……。

頼家　北条がなんじゃ。おのれらは二口目には北条という。北条がそれほどに尊いか。時政も義時も予の家来じゃぞ。

行親　さりとて、<ruby><rb>尼御台</rb><rt>あまみだい</rt></ruby>もおわしますに……。

頼家　ええ、くどい奴。おのれらの言うこと、聴くべき耳は持たぬぞ。<ruby><rb>退</rb><rt>すさ</rt></ruby>れ、すされ。

行親　さほどにおむずかり遊ばされては、行親申し上ぐべきようもござりませぬ。仰せに任せて今宵はこのまま退散、委細は明朝あらためて見参の上……。

頼家　いや、重ねて来ること相成らぬぞ。若狭、まいれ。

（頼家は起ち上りて桂の手を取り、打ち連れて橋を渡り去る。行親はあとを見送る。芒のあいだに潜みし<ruby><rb>軍兵</rb><rt>つわもの</rt></ruby>出づ。）

兵一　先刻より忍んで相待ち申したに、なんの合図もござりませねば……。

兵二　手を下すべき<ruby><rb>機</rb><rt>おり</rt></ruby>もなく、空しく時を移し申した。

行親　北条殿の密旨を<ruby><rb>蒙</rb><rt>こうむ</rt></ruby>り、近寄って討ちたてまつらんと今宵ひそかに伺候したるが、さすがは上様、早くもそれと<ruby><rb>覚</rb><rt>さと</rt></ruby>られて、われに油断を見せたまわねば、無念ながらも仕損じた。この上は修禅寺の御座所へ寄せかけ、多人数一度にこみ入って本意を遂ぎょうぞ。上様は早業の達人、<ruby><rb>近習</rb><rt>きんじゅう</rt></ruby>の者どもにも手だれあり。小勢の敵と侮りて不覚を取るな。場所は狭し、夜いくさじゃ。うろたえて<ruby><rb>同士撃</rb><rt>どしう</rt></ruby>ちすな。

兵　はっ。

行親　一人はこれより川下へ走せ向うて、村の出口に控えたる者どもに、即刻かかれと<ruby><rb>下知</rb><rt>げじ</rt></ruby>を伝えい。

兵一　心得申した。

（一人は下手に走り去る。行親は一人を具して上手に入る。木かげより春彦、うかがい出づ。）

春彦　<ruby><rb>大仁</rb><rt>おおひと</rt></ruby>の町から<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>る<ruby><rb>路々</rb><rt>みちみち</rt></ruby>に、物の具したる<ruby><rb>兵者</rb><rt>つわもの</rt></ruby>が、ここに五人かしこに十人<ruby><rb>屯</rb><rt>たむろ</rt></ruby>して、出入りのものを一々詮議するは、<ruby><rb>合点</rb><rt>がてん</rt></ruby>がゆかぬと思うたが、さては鎌倉の下知によって、上様を失いたてまつる結構な。さりとは大事じゃ。

（<ruby><rb>遠近</rb><rt>おちこち</rt></ruby>にて<ruby><rb>寝鳥</rb><rt>ねとり</rt></ruby>のおどろき起つ声。下田五郎は橋を渡りて出づ。）

五郎　常はさびしき山里の、今宵は何とやらん物さわがしく、事ありげにも覚ゆるぞ。念のために川の<ruby><rb>上下</rb><rt>かみしも</rt></ruby>を一わたり<ruby><rb>見廻</rb><rt>みまわ</rt></ruby>ろうか。

春彦　五郎どのではおわさぬか。

五郎　おお、春彦か。

（春彦は近づきてささやく。）

五郎　や、なんと言う。金窪の参入は……。上様を……。しかと左様か。むむ。

（五郎はあわただしく引っ返しゆかんとする時、橋の上より軍兵一人<ruby><rb>長巻</rb><rt>ながまき</rt></ruby>をたずさえて出で、無言にて撃ってかかる。五郎は抜きあわせて、たちまち<ruby><rb>斬</rb><rt>き</rt></ruby>って捨つ。軍兵数人、上下より走り出で、五郎を押っ取りまく。）

五郎　やあ、春彦。ここはそれがしが受け取った。そちは御座所へ走せ参じて、この趣を注進せい。

春彦　はっ。

（春彦は橋をわたりて走り去る。五郎は左右に敵を引き受けて奮闘す。）

第三場

もとの夜叉王の住家。夜叉王は<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>にたちて望む。修禅寺にて早鐘を撞く音きこゆ。

（向うより楓は走り出づ。）

かえで　父様。夜討ちじゃ。

夜叉王　おお、むすめ。見て戻ったか。

かえで　敵は誰やらわからぬが、人数はおよそ二三百人、修禅寺の御座所へ夜討ちをかけましたぞ。

夜叉王　にわかにきこゆる人馬の物音は、何事かと思うたに、修禅寺へ夜討ちとは……。平家の残党か、鎌倉の討手か。こりゃ容易ならぬ大変じゃのう。

かえで　<ruby><rb>生憎</rb><rt>あやにく</rt></ruby>に春彦どのはありあわさず、なんとしたことでござりましょうな。

夜叉王　われわれがうろうろ立ち騒いだとてなんの役にも立つまい。ただそのなりゆきを観ているばかりじゃ。まさかの時には<ruby><rb>父子</rb><rt>おやこ</rt></ruby>が手をひいて立ち退くまでのこと。平家が勝とうが、源氏が勝とうが、北条が勝とうが、われわれにはかかり合いのないことじゃ。

かえで　それじゃと言うて不意のいくさに、<ruby><rb>姉様</rb><rt>あねさま</rt></ruby>はなんとなさりょうか。もし逃げ惑うて<ruby><rb>過失</rb><rt>あやまち</rt></ruby>でも……。

夜叉王　いや、それも時の運じゃ、是非もない。姉にはまた姉の覚悟があろうよ。

（寺鐘と陣鐘とまじりてきこゆ。楓は起ちつ居つ、幾たびか門に出でて心痛の<ruby><rb>体</rb><rt>てい</rt></ruby>。向うより春彦走り出づ。）

かえで　おお、春彦どの。待ちかねました。

春彦　寄せ手は鎌倉の北条方、しかも夜討ちの相談を、測らず木かげで立聴きして、その由を御注進申し上ぎょうと、修禅寺までは<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>けつけたが、前後の門はみな囲まれ、<ruby><rb>翼</rb><rt>つばさ</rt></ruby>なければ入ることかなわず、残念ながらおめおめ戻った。

かえで　では、姉様の安否も知れませぬか。

春彦　姉はさておいて、上様の御安否さえもまだわからぬ。小勢ながらも近習の衆が、火花をちらして追っつ返しつ、今が合戦最中じゃ。

夜叉王　なにを言うにも多勢に無勢、<ruby><rb>御所方</rb><rt>ごしょがた</rt></ruby>とても鬼神ではあるまいに、勝負は大方知れてある。とても逃れぬ御運の末じゃ。蒲殿といい、上様と言い、いかなる因縁かこの修禅寺には、土の底まで源氏の血が<ruby><rb>沁</rb><rt>し</rt></ruby>みるのう。

（寺鐘烈しくきこゆ。春彦夫婦は再び表をうかがい見る。）

かえで　おお、おびただしい人の足音……。<ruby><rb>鎬</rb><rt>しのぎ</rt></ruby>を削る太刀の音……。

春彦　ここへも次第に近づいてくるわ。

（桂は頼家の仮面を持ちて顔には髪をふりかけ、<ruby><rb>直垂</rb><rt>ひたたれ</rt></ruby>を着て長巻を持ち、<ruby><rb>手負</rb><rt>てお</rt></ruby>いの体にて走り出で、門口に来たりて倒る。）

春彦　や、誰やら表に……。

（夫婦は走り寄りて<ruby><rb>扶</rb><rt>たす</rt></ruby>け起し、庭さきに伴い入るれば、桂はまた倒れる。）

春彦　これ、傷は浅うござりまするぞ。心を確かに持たせられい。

かつら　（息もたゆげに）おお妹……。春彦どの……。父様はどこにじゃ。

夜叉王　や、なんと……。

（夜叉王は怪しみて立ちよる。桂は顔をあげる。みなみな驚く。）

春彦　や、<ruby><rb>侍衆</rb><rt>さむらいしゅう</rt></ruby>とおもいのほか……。

夜叉王　おお、娘か。

かえで　姉さまか。

春彦　して、この<ruby><rb>体</rb><rt>てい</rt></ruby>は……。

かつら　上様お風呂を召さるる折から、鎌倉勢が不意の夜討ち……。味方は小人数、必死にたたかう。女でこそあれこの桂も、御奉公はじめの御奉公納めに、この<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>をつけてお身がわりと、<ruby><rb>早速</rb><rt>さそく</rt></ruby>の分別……。月の暗きを幸いに打物とって庭におり立ち、左金吾頼家これにありと、呼ばわり呼ばわり走せ出づれば、むらがる敵は夜目遠目に、まことの上様ぞと心得て、うち<ruby><rb>洩</rb><rt>も</rt></ruby>らさじと追っかくる。

夜叉王　さては上様お身替りと相成って、この面にて敵をあざむき、ここまで斬り抜けてまいったか。（血に染みたる<ruby><rb>仮面</rb><rt>めん</rt></ruby>を取りてじっと視る）

春彦　われわれすらも侍衆と見あやまったほどなれば、敵のあざむかれたも無理ではあるまい。

かえで　とは言うものの、あさましいこのお姿……。姉様死んで下さりまするな。（取り縋りて泣く）

かつら　いや、いや。死んでも<ruby><rb>憾</rb><rt>うら</rt></ruby>みはない。<ruby><rb>賤</rb><rt>しず</rt></ruby>が<ruby><rb>伏屋</rb><rt>ふせや</rt></ruby>でいたずらに、百年千年生きたとて何となろう。たとい<ruby><rb>半晌</rb><rt>はんとき</rt></ruby>一晌でも、将軍家のおそばに召し出され、若狭の局という名をも給わるからは、これで出世の望みもかのうた。死んでもわたしは本望じゃ。

（云いかけて弱るを、春彦夫婦は介抱す。夜叉王は仮面をみつめて物言わず。以前の修禅寺の僧、頭より<ruby><rb>袈裟</rb><rt>けさ</rt></ruby>をかぶりて逃げ来たる。）

僧　大変じゃ、大変じゃ。かくもうて下され、隠もうてくだされ。（内に駈け入りて、桂を見てまたおどろく）やあ、ここにも手負いが…。おお、桂殿……。こなたもか。

かつら　して、上様は……。

僧　お<ruby><rb>悼</rb><rt>いた</rt></ruby>わしや、御最期じゃ。

かつら　ええ。（這い起きてきっと視る）

僧　上様ばかりか、御家来衆も大方は斬り死……。わしらも<ruby><rb>傍杖</rb><rt>そばづえ</rt></ruby>の怪我せぬうちと、命からがら逃げて来たのじゃ。

春彦　では、お身がわりの<ruby><rb>甲斐</rb><rt>かい</rt></ruby>もなく……。

かえで　ついにやみやみ御最期か。

（桂は失望してまた倒る。楓は取りつきて叫ぶ。）

かえで　これ、姉さま。心を確かに……。のう、父様。姉さまが死にまするぞ。

（今まで一心に仮面をみつめたる夜叉王、はじめて見かえる。）

夜叉王　おお、姉は死ぬるか。姉もさだめて本望であろう。父もまた本望じゃ。

かえで　ええ。

夜叉王　幾たび打ち直してもこの面に、死相のありありと見えたるは、われ拙きにあらず。鈍きにあらず。源氏の将軍頼家卿がかく相成るべき御運とは、今という今、はじめて覚った。神ならでは知ろしめされぬ人の運命、まずわが作にあらわれしは、自然の感応、自然の妙、技芸<ruby><rb>神</rb><rt>しん</rt></ruby>に入るとはこのことよ。伊豆の夜叉王、われながらあっぱれ天下一じゃのう。（快げに笑う）

かつら　（おなじく笑う）わたしもあっぱれお局様じゃ。死んでも思いおくことない。ちっとも早う上様のおあとを慕うて、<ruby><rb>冥土</rb><rt>めいど</rt></ruby>のおん供……。

夜叉王　やれ、娘。わかき女子が断末魔の面、後の手本に写しておきたい。苦痛を<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>えてしばらく待て。春彦、筆と紙を……。

春彦　はっ。

（春彦は細工場に走り入りて、筆と紙などを持ち来たる。夜叉王は筆を執る。）

夜叉王　娘、顔をみせい。

かつら　あい。

（桂は春彦夫婦に扶けられて這いよる。夜叉王は筆を執りて、その顔を模写せんとす。僧は口のうちにて念仏す。）

――幕――