登場人物

青山<ruby><rb>播磨</rb><rt>はりま</rt></ruby>

用人　柴田十太夫

<ruby><rb>奴</rb><rt>やつこ</rt></ruby>　<ruby><rb>權次</rb><rt>ごんじ</rt></ruby>　權六

青山の腰元　お菊　お仙

澁川の<ruby><rb>後室</rb><rt>こうしつ</rt></ruby>　<ruby><rb>眞弓</rb><rt>まゆみ</rt></ruby>

<ruby><rb>放駒四郎兵衞</rb><rt>はなれごましろべゑ</rt></ruby>

並木の長吉

橋場の仁助

<ruby><rb>聖天</rb><rt>しやうてん</rt></ruby>の萬藏

<ruby><rb>田町</rb><rt>たまち</rt></ruby>の彌作

ほかに若党　<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>　茶屋の娘など

第一場

麹町、山王下。正面はたかき石段にて、上には左右に石の<ruby><rb>駒寄</rb><rt>こまよ</rt></ruby>せ、石灯籠などあり。桜の立木の奥に社殿遠くみゆ。石段の下には桜の大樹、これに沿うて上のかたに<ruby><rb>葭簀張</rb><rt>よしずばり</rt></ruby>の茶店あり。店さきに<ruby><rb>床几</rb><rt>しやうぎ</rt></ruby>二脚をおく。<ruby><rb>明暦</rb><rt>めいれき</rt></ruby>の初年、三月なかばの午後。

（<ruby><rb>幡隨院長兵衞</rb><rt>ばんずゐゐんちやうべゑ</rt></ruby>の子分並木の長吉、橋場の仁助は床几に腰をかけてゐる。茶店の娘は茶を出してゐる。<ruby><rb>宮神楽</rb><rt>みやかぐら</rt></ruby>の音きこゆ。）

娘　お茶一つおあがりなされませ。

長吉　桜も今が丁度盛りだね。

娘　こゝ四五日のところが見頃でござります。それに当年はいつもよりも取分けて見事に咲きました。

長吉　山王の桜といへば、おれたちが生れねえ先からの名物だ。山の手で桜と云やあ先づこゝが一番だらうな。

仁助　それだから俺達もわざ〱下町から登つて来たのだ。それで無けりやああんまり用のねえところだ。

長吉　これ、神様の前で勿体ねえことを云ふな。山王様の罰があたるぞ。

仁助　山王様だつて怖えものか。おれには観音様が附いてゐるのだ。

娘　お背中にぢやあございませんか。（笑ふ。）

仁助　やい、やい、こん畜生。ふざけたことを云やあがるな。

長吉　まあ、静かにしろ。どうせ<ruby><rb>姐</rb><rt>ねえ</rt></ruby>さんに<ruby><rb>褒</rb><rt>ほ</rt></ruby>められる柄ぢやあねえや。はゝゝゝゝゝゝ。

娘　ほゝ、とんだ粗相を申しました。

（ふたりは茶をのんでゐる。石段の上より青山播磨、廿五歳、七百石の旗本。あみ笠、羽織、袴。あとより權次、權六の二人、いづれも奴にて附添ひ出づ。）

播磨　桜はよく咲いたな。

權次　まるで作り物のやうでござりまする。

權六　たなばたの赤い<ruby><rb>色紙</rb><rt>いろがみ</rt></ruby>を引裂いて、そこらへ一度に吹き付けたら、斯うもあらうかと思はれまする。

播磨　はて、むづかしいことを云ふ奴ぢや。それより一口に、祭礼の軒飾りのやうぢやと云へ。はゝゝゝゝゝ。

（三人は笑ひながら石段を降りる。）

娘　お休みなされませ。

（三人は上の方の床几にかゝる。長吉と仁助は見てさゝやき合ふ。娘は茶を汲んで三人に出す。）

長吉　おい、ねえさん。こつちへももう一杯<ruby><rb>呉</rb><rt>く</rt></ruby>んねえ。

娘　はい、はい。（茶を汲んで来る。）

長吉　（飲まうとしてわざと顔をしかめる。）こりやあ熱くつて飲めねえや。

（長吉はわざとその茶を播磨の前にぶちまける。）

權次　やあ、こいつ無礼な奴。なんで我等のまへに茶をぶちまけた。

權六　かう見たところが粗相でない。おのれ等喧嘩を売らうとするのか。

長吉　売らうが売るめえがこつちの勝手だ。買ひたくなけりや買はねえまでだ。

仁助　一文<ruby><rb>奴</rb><rt>やつこ</rt></ruby>の出る幕ぢやあねえ、引込んでゐろ。こつちは手前達を相手にするんぢやねえや。

播磨　然らば身どもが相手と申すか。（笠を取る。）<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>もなしに喧嘩を売る、おのれ等のやうなならずものが八百八町にはびこればこそ、<ruby><rb>公方様</rb><rt>くばうさま</rt></ruby>お膝元が騒がしいのぢや。

（この以前より放駒の四郎兵衞、町奴のこしらへにて子分二人をつれ、石段を降り来り、中途に立ちて<ruby><rb>窺</rb><rt>うかが</rt></ruby>ひゐたりしが、この時ずつと前に出る。）

四郎兵衞　<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>もなしに咬み付くやうな、そんな<ruby><rb>病犬</rb><rt>やまいぬ</rt></ruby>は江戸にやあゐねえや。<ruby><rb>白柄組</rb><rt>しらつかぐみ</rt></ruby>とか名を付けて、町人どもを<ruby><rb>嚇</rb><rt>おど</rt></ruby>してあるく、水野十郎左衞門の仲間のお侍、青山播磨様と仰しやるのは、たしかあなたでごぜえましたね。

萬藏　さうだ、さうだ。この正月に<ruby><rb>山村座</rb><rt>やまむらざ</rt></ruby>のまへで、水野と喧嘩をしたときに、たしかに見かけた侍だ。

彌作　<ruby><rb>違</rb><rt>ちげ</rt></ruby>えねえ。坂田の何とかいふ奴と一緒になつて、その白柄をひねくり𢌞したのを、俺あちやんと覚えてゐるんだ。

（長吉と仁助は床几をゆずり、四郎兵衞はまん中に腰をかける。）

播磨　むゝ、白柄組の一人と知つて喧嘩を売るからは、さてはおのれは<ruby><rb>花川戸</rb><rt>はなかはど</rt></ruby>の幡隨院長兵衞が手下の者か。

四郎兵衞　お察しの通り、幡隨院長兵衞の身内でも、ちつとは知られた放駒の四郎兵衞。

長吉　並木の長吉。

仁助　橋場の仁助。

萬藏　聖天の萬藏。

彌作　田町の彌作だ。

權次　やい、やい。こいつら<ruby><rb>素町人</rb><rt>すちやうにん</rt></ruby>の分際で、歴々の御旗本衆に<ruby><rb>楯突</rb><rt>たてつ</rt></ruby>かうとは、身のほど知らぬ蚊とんぼめ等。それほど喧嘩が売りたくば、殿様におねだり申すまでもなく、<ruby><rb>云値</rb><rt>いひね</rt></ruby>でおれ達が買つてやるわ。

權六　幸ひ今日は<ruby><rb>主親</rb><rt>しゆうおや</rt></ruby>の命日といふでも無し、殺生するにはあつらへ向きぢや。下町から<ruby><rb>蜿</rb><rt>のた</rt></ruby>くつて来た上り鰻、山の手奴が引つ掴んで、片つぱしから<ruby><rb>溜池</rb><rt>ためいけ</rt></ruby>の泥に埋めるからさう思へ。

四郎兵衞　そんな<ruby><rb>嚇</rb><rt>おど</rt></ruby>しを怖がつて、尻尾をまいて逃げるほどなら、白柄組が巣を組んでゐる此の山の手へのぼつて来て、わざ〱喧嘩を売りやあしねえ。こつちを溜池へぶち込む前に、そつちが山王の<ruby><rb>括</rb><rt>くゝ</rt></ruby>り猿、御子供衆のお土産にならねえやうに覚悟をしなせえ。

播磨　われ〱が<ruby><rb>頭</rb><rt>かしら</rt></ruby>とたのむ水野殿に敵意を挟んで、とかくに無礼をはたらく幡隨院長兵衞、いつかは<ruby><rb>懲</rb><rt>こ</rt></ruby>らしてくれんと存じて居つたに、その子分といふおのれ等が、わざと喧嘩を<ruby><rb>挑</rb><rt>いど</rt></ruby>むからは、もはや<ruby><rb>容赦</rb><rt>ようしや</rt></ruby>は相成らぬ。望みの通り青山播磨が<ruby><rb>直々</rb><rt>ぢき〱</rt></ruby>に相手になつてくるゝわ。

四郎兵衞　いゝ覚悟だ。お逃げなさるな。

播磨　なにを馬鹿な。

子分四人　えゝ、休めちまへ、休めちまへ。

（播磨も權次權六も身がまへする。四郎兵衞、その他四人も<ruby><rb>身繕</rb><rt>みづくろ</rt></ruby>ひして詰めよる。娘はうろ〱してゐる。この時、<ruby><rb>陸尺</rb><rt>ろくしやく</rt></ruby>に女の乗物をかゝせ、若党二人附添ひて走らせ来り、喧嘩のまん中へ乗物をおろす。）

長吉　おい、おい。お前達も目さきが利かねえ。

仁助　こゝへ、そんなものを<ruby><rb>卸</rb><rt>おろ</rt></ruby>してどうするんだ。

二人　退いてくれ、退いてくれ。

（權次權六は若党の顔を見ておどろく。）

權次　おゝ、こなたは小石川の。

權六　澁川様の御乗物か。

（乗物の戸をあけて澁川の後室眞弓、五十余歳、<ruby><rb>裲襠</rb><rt>うちかけ</rt></ruby>すがたにて出づ。）

播磨　おゝ、小石川の伯母上、どうしてこゝへ……。

眞弓　赤坂の<ruby><rb>菩提所</rb><rt>ぼだいしよ</rt></ruby>へ仏参のかへり路、よいところへ来合せました。天下の御旗本ともあるべき者が、町人どもを相手にして、<ruby><rb>達引</rb><rt>たてひき</rt></ruby>とか<ruby><rb>達入</rb><rt>たていれ</rt></ruby>とか、毎日毎日の喧嘩沙汰、さりとは見あげた心掛ぢや。不断からあれほど云うて聞かしてゐる伯母の意見も、そなたといふ暴れ馬の耳には念仏さうな。主が主なら家来までが見習うて、權次、權六、そち達も悪あがきが過ぎませうぞ。

權次權六　あい、あい。（頭を押へてうづくまる。）

四郎兵衞　見れば御大家の後室様、喧嘩のまん中へお越しなされて、このお<ruby><rb>捌</rb><rt>さば</rt></ruby>きをお付けなさる<ruby><rb>思召</rb><rt>おぼしめし</rt></ruby>でござりますか。御見物ならもう少しあとへお<ruby><rb>退</rb><rt>さが</rt></ruby>り下さりませ。

眞弓　差出た申分かは知りませぬが、この喧嘩はわたしに預けてはくださりませぬか。播磨はあとで<ruby><rb>厳</rb><rt>きび</rt></ruby>しう叱ります。まあ堪忍して引いてくだされ。

四郎兵衞　さあ。（思案する。）

長吉　でも、このまゝで手を引いては。

仁助　親分に云訳があるめえぜ。

萬藏　今更あとへ引かれるものか。

彌作　かうなるからは命の取遣りだ。

四人　かまはずに<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>つちまへ、遣つちまへ。

眞弓　不承知とあればわたしがお相手。

四郎兵衞　え。

眞弓　それとも素直に引いてくださるか。

四郎兵衞　こりやあ困りましたね。いくら御武家にしたところが、女を相手に町奴がまさかに喧嘩もなりますまい。喧嘩は元より出たとこ勝負。けふに限つたことでもござりませぬ。おまへ様のおあつかひに免じて、こゝは素直に帰りませう。長吉も仁助も虫をこらへろ。

眞弓　よう聞き分けて下された。そんならこゝはおとなしう。

四郎兵衞　どうも失礼をいたしました。もし、白柄組のお侍。いづれ又どこかで逢ひませうぜ。（長吉仁助等に。）今聞く通りだ。さあ、みんな早く来い、来い。

長吉仁助　あい、あい。

（四郎兵衞は先にたちて、長吉と仁助と子分二人は去る。）

眞弓　これ、播磨。こゝは往来ぢや。詳しいことは屋敷へ来た折に云ひませうが、武士たるものが町奴とかの真似をして、白柄組の<ruby><rb>神祇</rb><rt>じんぎ</rt></ruby>組のと、名を聞くさへも<ruby><rb>苦々</rb><rt>にが〱</rt></ruby>しい。喧嘩がなんで面白からう。喧嘩商売は今日かぎり思ひ切らねばなりませぬぞ。

播磨　はあ。

眞弓　きかねば伯母は勘当ぢや。わかりましたか。

播磨　はあ。

眞弓　それ。

（眞弓は眼で知らすれば、陸尺は乗物を<ruby><rb>舁</rb><rt>か</rt></ruby>きよせる。眞弓は乗物に乗りしが、再び首を出す。）

眞弓　これ、播磨。そちが悪あがきをすると云ふも、一つにはいつまでも<ruby><rb>独身</rb><rt>ひとりみ</rt></ruby>でゐるからのことぢや。この間もちよつと話した飯田町の大久保の娘、どうぢや、あれを嫁に貰うては。

播磨　さあ。（迷惑さうな顔。）喧嘩のことは兎もかくも、その縁談の儀は……。

眞弓　<ruby><rb>忌</rb><rt>いや</rt></ruby>ぢやと云ふのか。（かんがへる。）ほかの事とも違うて、これは無理強ひにもなるまいか。そんならそれはそれとして、かへすがへすも白柄組とやらの附合は、きつと止めねばなりませぬぞ。

播磨　はあ。

（眞弓は乗物の戸をしめる。若党等は播磨に一礼して向うへ乗物を<ruby><rb>舁</rb><rt>か</rt></ruby>いてゆく。）

權次　殿様。悪いところへ伯母御様がお見えになりまして。

權六　わたくし共までが飛んだお灸を据ゑられました。

播磨　（笑ふ。）伯母様は苦手ぢや、所詮あたまは上らぬわ。今伯母様に叱られた、その白柄組の水野どのは、仲間のものを誘ひ合せて、今夜わが屋敷へまゐらるゝ筈ぢや。酔うたら又面白い話があらう。

（風の音して桜の花ちりかゝる。）

播磨　おゝ、散る花にも風情があるなう。どれ、そろ〱帰らうか。

權次權六　はあ。

（權次は茶代を置く。娘は礼をいふ。播磨は行きかゝる。）

第二場

番町青山家の座敷。二重屋体にて<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>のかたに床の間、つゞいて襖。庭には飛び石。上の方に井戸ありて、井戸のほとりに大いなる柳を栽ゑたり。おなじ日の夕刻。

（上の方より庭づたひに、用人柴田十太夫が先に立ち、腰元お菊、お仙の二人出づ。ふたりは<ruby><rb>高麗焼</rb><rt>かうらいやき</rt></ruby>の皿五枚を入れたる箱を持つ。）

十太夫　これ、大切の御品ぢや。気をつけて持つてゆけ。よいか。

二人　かしこまりました。

十太夫　唯今お蔵から取出したばかりで、別に仔細もあるまいが、念には念を入れよと云ふこともある。お勝手へ持つて<ruby><rb>退</rb><rt>さが</rt></ruby>るまでに兎もかくも一度吟味をいたさう。その箱をそれへ運べ。

二人　はい、はい。

（三人は縁にあがる。お菊は先づ箱をあけて五枚の皿を出す。十太夫は眼鏡をかけて一々にあらためる。つゞいてお仙も五枚の皿を出す。十太夫はおなじく<ruby><rb>検</rb><rt>あらた</rt></ruby>めてうなづく。）

十太夫　よし、よし、十枚ともに別条ない。くどくも申すやうなれど、これは大切のお品ぢや。かならず粗相があつてはならぬぞ。

お仙　御用人様。この十枚のお皿が何うしてそのやうに大切なのでござりまする。

十太夫　そちは新参、詳しいわけをよく知るまいが、このお皿は高麗焼で、御先祖様から代々伝はるお家の宝ぢや。万一あやまつてその一枚でも打砕いたら厳しいお仕置、先づ命はないものと覚悟せい。

お仙　え。（顫へる。）

十太夫　ぢやによつて滅多に取出したことはないのぢやが、今宵は白柄組のお頭水野十郎左衞門様がお越しに相成るについて、殿様格別のお心入れで、御料理の<ruby><rb>器</rb><rt>うつは</rt></ruby>にそのお皿をおつかひなさる。又しても<ruby><rb>諄</rb><rt>くど</rt></ruby>く申すやうぢやが、一枚一枚鄭重に取りあつかへ。割るは勿論、<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>をつけても一大事ぢやぞ。よいか。

二人　はい、はい。

十太夫　殿様がお帰りになるまでに、あちらのお客間を取片附けて置かねばならぬ。では、そのお皿を元のやうに箱に入れて、お勝手の方へ運んでおけ。やれ、忙しいことぢや。

（十太夫はそゝくさと庭に降りて<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>に去る。お仙はあとを見送る。）

お仙　ほんにいつも〱気ぜはしいお人ぢや。併しそれほど大切なお皿ならよく気をつけて取扱はねばなるまい。なう、お菊どの。はて、お前は何をうつとりとしてゐるのぢや。

お菊　（突然に。）お仙どの。

お仙　なんぢやえ。

お菊　このごろ殿様は御縁談があるとかいふ噂ぢやが、お前それをほんたうと思ふかえ。

お仙　さあそれは、新参のわたしには判らぬが、なにやらそんなお噂がないでも無いやうな。

お菊　無いでもないやうな。（口のうちで繰返す。）若しあつたとしたら。

お仙　おめでたいことぢや。

お菊　さうかも知れぬ。（腹立たしげに云ひしが又思ひ直して。）いや、それは嘘であらう。嘘ぢや、嘘ぢや。うそに違ひない。

お仙　でも、殿様ももうお年頃ぢや。奥様をお貰ひなさるに不思議はあるまい。

お菊　奥様……。（又腹立たしげに。）内の殿様は奥様などお貰ひなさる筈がないのぢや。

お仙　はて、そんなに怖い顔をして、なぜわたしを睨むのぢや。お前はこのごろ様子が変つて、ぢつと考へてゐるかと思へば、急にじれたり怒つたり、なにか気合でも悪いのかえ。

（お菊はだまつて<ruby><rb>俯向</rb><rt>うつむ</rt></ruby>いてゐる。琴唄のやうな独吟になる。）

唄〽世の中の花はみじかき命にて、春は胡蝶の夢うつつ、なにが恋やら<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>やら。

（お仙は五枚の皿を片附けて箱に入れる。お菊はやはり考へてゐる。）

お仙　おとなりのお屋敷では又いつものお琴のお<ruby><rb>浚</rb><rt>さら</rt></ruby>ひが始まつたやうな。（箱をかゝへて起つ。）さあ、おまへも早うお勝手へ……。わたしは一足さきへ行きますぞえ。

（お仙は庭に降りて下の方に去る。）

お菊　（<ruby><rb>苛々</rb><rt>いら〱</rt></ruby>して。）えゝ、なんとしたものであらう。わたしといふ者を打捨てて、ほかの奥様をお貰ひ遊ばすやうな、そんな嘘つきの殿様でないことは、不断からよく知つてゐるものの、小石川の伯母様の<ruby><rb>御媒介</rb><rt>おなかうど</rt></ruby>で、飯田町の大久保様とやらから奥様をお迎へなさる、内相談があるとやら。（また考へる。）いや、それはほんの人の噂ぢや。おゝ、さうぢや。現にこのあひだも殿様にそれを云うて念を押したら、えゝ、馬鹿め、おれを疑ふにも程がある。まあ、黙つて長い目で見てをれ、とたゞ一口に叱りなされた。叱られて嬉しかつたも<ruby><rb>束</rb><rt>つか</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>で、又なんとやら疑ひの芽が噴いてくる……。えゝ、もうどうともなれ。

唄〽物に狂ふか青柳も、風のまに〱もつれて解けて、糸のみだれの果しなき。

（お菊は少しく<ruby><rb>悶</rb><rt>じ</rt></ruby>れたる気味にて皿を片づけてゐたりしが、また手をやすめて考へる。）

お菊　よもやとは思ふものの、万一ほんたうに奥様が来るやうであつたら……。えゝ、気の揉めることぢや。たとへ口ではなんと仰せられても、男はいつはりの多いものとやら。なんとかして殿様の、心の奥の奥を確かに見きはめる工夫はないものか。（思案しながら我手に持つたる皿にふと眼をつける。）お家に取つては大切な宝といふこの皿を、もしも<ruby><rb>妾</rb><rt>わたし</rt></ruby>が打砕いたら……。（又かんがへる。）とは云ふものの、大切なお道具を、むざ〱<ruby><rb>毀</rb><rt>こは</rt></ruby>すは勿体ない。

唄〽雲さへ暗き雨催ひ、故郷の空はいづこぞと、ゆくてに迷ふ<ruby><rb>雁</rb><rt>かり</rt></ruby>の声。

（お菊は皿をながめて、毀さうか毀すまいかと迷つてゐる。）

お菊　えゝ、もう<ruby><rb>寧</rb><rt>いつ</rt></ruby>そのこと。

唄〽しづ心なく散りそめて、土に帰るか花の行末。

（この以前よりお仙は<ruby><rb>下手</rb><rt>しもて</rt></ruby>より出で来りてうかゞひゐる。お菊は思ひ切つて一枚の皿を取り、縁の柱に打ち付けて割る。この途端に、下の方にて「お帰り」と大きく呼ぶ声。お仙は早々に下の方へ立去る。上の方より庭づたひにて十太夫足早に出づ。）

十太夫　おゝ、もうお帰りぢや。（下の方へ行かんとしてお菊をみる。）お菊、まだそこに居つたのか。や、お皿をどうぞ致したか。これ、お菊。（あわてて縁に上る。）や、大切のお皿を真二つに……。こ、こりや<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>ういたしたのぢや。仔細をいへ、仔細を申せ。

（十太夫はおどろき怒つて詰めよる。お菊は黙つて手をついてゐる。）

十太夫　えゝ、黙つてゐては判らぬ。こ、こりや一体どうしたのぢや。さつきもあれほど申聞かせて置いたに……。かやうな粗相を<ruby><rb>仕出来</rb><rt>しでか</rt></ruby>しては、そちばかりではない、この十太夫もどのやうな<ruby><rb>御咎</rb><rt>おとが</rt></ruby>めを受けうも知れぬ。こりや飛んでもないことに相成つたぞ。

（十太夫も途方に暮れてゐるところへ、奥の襖をあけて青山播磨つか〱出づ。）

十太夫　お帰り遊ばしませ。御出迎へと存じましたる処、おもひも寄らぬ<ruby><rb>椿事</rb><rt>ちんじ</rt></ruby>が<ruby><rb>出来</rb><rt>しゆつたい</rt></ruby>いたしまして、失礼御免くださりませ。

播磨　思ひもよらぬ椿事……。（打笑む。）十太夫が又なにか<ruby><rb>狼狽</rb><rt>うろた</rt></ruby>へて居るな。あわて者め。はゝゝゝゝゝ。

十太夫　いや、あわてずには居られませぬ。殿様、これ御覧くださりませ。（皿を指さす。）

播磨　（割れたる皿を見ておどろく。）や、高麗の皿を真二つに……。誰が割つた。（怒る。）

お菊　わたくしが割りました。

播磨　菊、そちが割つたか。（かんがへて。）定めて粗相であらうな。

お菊　はい、恐れ入りましてござりまする。大切なお皿を損じましたは、わたくしが重々の不調法、どのやうな御仕置を受けませうとも決してお恨みとは存じませぬ。

播磨　おゝ、先づ以て神妙の覚悟ぢや。青山の家に取つては先祖伝来大切の宝ではあるが、粗相とあれば深く咎めるわけにもまゐるまい。以後はきつと慎めよ。

お菊　はい。ありがたうござりまする。（安心して喜ぶ。）

播磨　幸ひ<ruby><rb>今夕</rb><rt>こんせき</rt></ruby>の来客は水野殿を上客として、ほかに七人、主人をあはせて丁度九人ぢや。皿が一枚かけても事は済む。なう、十太夫。

十太夫　左様でござりまする。しかし御客人の御都合は<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>もあれ、折角十枚揃ひましたる大切の御道具を、一枚欠きましたる不調法は、手前も共におわび申上げまする。

播磨　（打笑む。）いや、いや、心配いたすな。たとひ先祖伝来とは申せ、鎧兜槍刀のたぐひとは違うて、所詮は皿小鉢ぢや。わしは左のみ惜いとも思はぬ。しかし昔形気の親類どもにきこえると面倒、表向きは矢はり十枚揃うてあることに致しておけ。

十太夫　はあ。

播磨　御客人もやがて見えるであらう。座敷の用意万端とゞこほりなく致して置け。そちは名代の粗忽者ぢや、手落のないやうに気をつけい。

十太夫　委細心得てをりまする。万事手ぬかりのない筈とは存じて居りまするが、ではもう一度念のために、御座敷を見𢌞つてまゐりまする。御免くだされ。

（十太夫はそゝくさと再び庭伝ひに上のかたへ去る。お菊は残る四枚の皿を箱に入れる。）

お菊　とんだ粗相をいたしまして、なんとも申訳がござりませぬ。（手をつく。）

播磨　はて、くどう申すな。一度詫びたらそれでよい。まことを云へば家重代の高麗皿、家来があやまつて砕く時は手討にするが家の掟ぢやが、余人は知らず、そちを手討になると思ふか。はゝゝゝゝゝ。砕けた皿は人の目に立たぬやうに、その井戸のなかへ沈めてしまへ。

お菊　はい、はい。

（お菊は嬉しげに起つて、先づ皿の箱を縁さきに持ち出し、更に欠けたる皿を取りて庭に降り、上の方の井戸になげ込む。）

お菊　では、わたくしもお勝手へ<ruby><rb>退</rb><rt>さが</rt></ruby>りまする。

（皿の箱をかゝへる。）御免くださりませ。

（下の方へ行きかゝる。）

播磨　待て、待て。左様に逃げてまゐるな。勝手の用はほかの女どもに任して置いて、まあこゝで少し話してゆけ。

お菊　はい。（嬉しげに縁に腰をかける。播磨も縁さきに進み出る。）

播磨　母から此頃にたよりはないか。

お菊　この一月ほどなんのたよりも聞きませぬが、大方無事であらうと存じてをりまする。

播磨　親ひとり子一人ぢや、いつそ此の屋敷内へ引取つてはどうぢやな。母は屋敷住居は嫌ひかな。

お菊　いえ、嫌ひではござりませぬが、母を御屋敷へ連れてまゐりまするには、なにも彼も打明けねばなりませぬ。

播磨　なにもかも……。（打笑む。）隠すことはない。母にも打明けたらよいではないか。

お菊　でも……。それは……。（恥かしげにうつむく。）

播磨　恥かしいか。もう斯うなつたら誰に<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>ることもない。天下の旗本青山播磨を<ruby><rb>婿</rb><rt>むこ</rt></ruby>にきめましたと、母のまへで立派に云へ。

お菊　云うても大事ござりませぬか。

播磨　そちの口から云はれずば、母を兎もかくも屋敷へ連れてまゐれ。わしから直々に打明けて申すわ。若しその時に、母が播磨を婿にするは不承知ぢやと申しても、そちは矢はりこゝに居るであらうな。

お菊　たとひ母がなんと申しませうとも……。

播磨　いつまでもこゝに居るか。

お菊　はい。

播磨　それを<ruby><rb>屹</rb><rt>きつ</rt></ruby>と忘るゝなよ。

（二人は顔を見あはせて打笑む。上の方より十太夫足早に出づ。）

十太夫　殿様。その菊と申す女は重々<ruby><rb>不埒</rb><rt>ふらち</rt></ruby>な者でござりまする。（<ruby><rb>敦圉</rb><rt>いきま</rt></ruby>いて云ふ。）

播磨　なにが不埒ぢや。皿を割つたのは粗相と申すではないか。それともまだほかに何か<ruby><rb>曲事</rb><rt>きよくじ</rt></ruby>を働いたか。

十太夫　いや、その皿を割つたのは粗相ではござりませぬ。縁の柱にうち付けて、自分で割つたと申すこと。

播磨　自分でわざと割つたと申すか。

十太夫　朋輩のお仙がたしかに見届けたと申しまする。粗相とあれば致方もござりませぬが、大切のお品をわざと打割つたとは、あまりに法外の致し方。殿様が御勘弁なされても、手前が不承知でござります。きつと吟味をいたさねば相成りませぬ。

播磨　さりとは不思議のことを聞くものぢや。こりや菊。さだめて粗相であらうな。

十太夫　いや、粗相とは云はせませぬ。

播磨　はて、騒ぐな。どうぢや、菊。十太夫はあのやうに申して居るが、よもやさうではあるまいな。はつきりと申開きをいたせ。

お菊　（胸を据ゑて。）実は御用人様のおつしやる通り……。

播磨　わざと自分の手で打割つたか。

お菊　はい。

播磨　むゝ。（十太夫と顔を見あはせる。）さりとて気が狂うたとも思はれぬ。それにはなにか仔細があらう。わしが直々に吟味する。十太夫はしばらく遠慮いたせ。

十太夫　いや、はや、呆れた女でござる。こりや、菊……。

播磨　（じれる。）よい、よい。早くゆけ。

（十太夫は上のかたに引返して去る。）

播磨　こりや、菊。そちはなんと心得て、わざと大切の皿を割つた。仔細を申せ。（物柔かに云ふ。）

お菊　おそれ入りましてござりまする。

播磨　最前も申す通り、その皿を割れば手討に逢うても是非ないのぢや。それを知りつゝ自分の手で、わざと打割りしとあるからは、よく〱の仔細がなくてはなるまい。つゝまず云へ。どうぢや。

お菊　もう此上はなにをお隠し申しませう。由ないわたくしの疑ひから。

播磨　疑ひとはなんの疑ひぢや。

お菊　殿様のお心をうたがひまして……。

（播磨はだまつてお菊の顔を睨む。）

お菊　このあひだも、<ruby><rb>鳥渡</rb><rt>ちよつと</rt></ruby>お耳に入れました通り、小石川の伯母御様が御媒介で、どこやらの御屋敷から奥様がお<ruby><rb>輿入</rb><rt>こしい</rt></ruby>れになるかも知れぬといふお噂、あけても暮れてもそればつかりが胸につかへて……。恐れながら殿様のお心を試さうとて……。

播磨　むゝ、それで大方仔細は読めた。それに就いてこの播磨が、そちを唯一時の花とながめて居るか、但しは、いつまでも見捨てぬ心か。その本心を探らうために、わざと大切の皿を打破つて、皿が大事か、そちが大事か、播磨が性根をたしかに見届けようと致したのであらう。菊、たしかにさうか。

お菊　はい。

播磨　それに相違ないか。

お菊　はい。

（播磨は矢庭にお菊の襟髪を取つて縁にねぢ伏せる。）

播磨　えゝ、おのれ、それ程までにして我が心を試さうとは、あまりと云へば憎い奴。こりやよく聞け。天下の旗本青山播磨が、恋には主家来の隔てなく、召仕へのそちと云ひかはして、日本中の花と見るはわが宿の菊一輪と、弓矢八幡、<ruby><rb>律義</rb><rt>りつぎ</rt></ruby>一方の三河武士がたゞ一筋に思ひつめて、白柄組のつきあひにも吉原へは一度も足ぶみせず、丹前風呂でも女子のさかづきは手に取らず。かたき同士の町奴と三日喧嘩せぬ法もあれ、一夜でもそちの傍を離れまいと、かたい義理を守つてゐるのが、嘘や偽りでなることか、<ruby><rb>積</rb><rt>つも</rt></ruby>つてみても知るゝ筈。なにが不足でこの播磨を疑うたぞ。

（お菊の襟髪をつかんで小突きまはす。お菊は倒れながらに泣く。）

お菊　その疑ひももう晴れました。お<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>しなされてくださりませ。

播磨　いゝや、そちの疑ひは晴れようとも、うたがはれた播磨の無念は晴れぬ。小石川の伯母はおろか、親類一門がなんと云はうとも、決してほかの妻は迎へぬと、あれほど誓うたをなんと聞いた。さあ、<ruby><rb>確</rb><rt>しか</rt></ruby>と申せ。なにが不足でこの播磨を疑うた。なにを証拠にこの播磨を疑うた。

お菊　おまへ様のお心に曇りのないは、不断からよく知つてゐながらも、女の浅い心からつい疑うたはわたくしが重々のあやまり、<ruby><rb>真平御免</rb><rt>まつぴらごめん</rt></ruby>くださりませ。

播磨　今となつて詫びようとも、罪のないものを一旦疑うた、おのれの罪は生涯消えぬぞ。さあ、覚悟してそれへ直れ。

（播磨はお菊を突き放して、刀をひき寄せる。下の方より庭づたひに<ruby><rb>奴</rb><rt>やつこ</rt></ruby>權次走り出づ。）

權次　もし、殿様しばらくお控へ下さりませ。さつきから物蔭で<ruby><rb>窃</rb><rt>そつ</rt></ruby>と立聞きをして居りましたら、お菊どのが大切のお皿を割つたとやら、砕いたとやら、そりやもうお菊殿の落度は重々、そのかぼそい<ruby><rb>素</rb><rt>そ</rt></ruby>つ<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>をころりと打落されても、是非もない羽目ではござるものの、<ruby><rb>多寡</rb><rt>たくわ</rt></ruby>が女子ぢや。骨のない<ruby><rb>海月</rb><rt>くらげ</rt></ruby>や豆腐を料理なされてもなんの<ruby><rb>御手堪</rb><rt>おてごた</rt></ruby>へもござるまい。さつきの喧嘩とは訳が違ひまする。こゝは何分この奴に免じて、そのお刀はお納めなされて下さりませ。

播磨　そちが折角の取りなしぢやが、この女の罪は<ruby><rb>赦</rb><rt>ゆる</rt></ruby>されぬ。なんにも云はずに見物いたせ。

權次　一旦かうと云ひ出したら、あとへは引かぬ御気性は、奴もかねて呑み込んでは居りまするが、なんぼ大切の御道具ぢやと云うても、ひとりの命を一枚の皿と取替へるとは、このごろ<ruby><rb>流行</rb><rt>はや</rt></ruby>る取替べえの飴よりも余り無雑作の話ではござりませぬか。どうでもお胸が晴れぬとあれば、殿さまの<ruby><rb>御名代</rb><rt>ごみやうだい</rt></ruby>にこの奴が、女の<ruby><rb>頬桁</rb><rt>ほゝげた</rt></ruby>ふたつ三つ<ruby><rb>殴倒</rb><rt>はりたふ</rt></ruby>して、それで御仕置はお止めになされ。

播磨　えゝ、播磨が今日の無念さは、おのれ等の奴が知るところでない。いかに大切の宝なりとも、人ひとりの命を一枚の皿に替へようとは思はぬ。皿が惜さにこの菊を成敗すると思うたら、それは大きな<ruby><rb>料簡</rb><rt>れうけん</rt></ruby>ちがひぢや。菊。その皿をこれへ出せ。

お菊　はい。

（時の鐘きこゆ。お菊は箱より恐る〱一枚の皿を出す。播磨はその皿を刀の<ruby><rb>鍔</rb><rt>つば</rt></ruby>に打ちあてて割るに、お菊も權次もおどろく。）

播磨　それ、一枚……。菊、あとを数へい。

お菊　二枚……。

（お菊は皿を出す。播磨は又もや打割る。）

播磨　それ、二枚……。次を出せ。

お菊　三枚……。

（播磨はまた打割る。權次も思はずのび上る。）

權次　おゝ、三枚……。

播磨　次を出せ。

お菊　四枚……。

（播磨は又もや打割る。）

播磨　四枚……。もう無いか。

お菊　あとの五枚はお仙殿が別のお箱へ入れて持つてまゐりました。

播磨　むゝ。播磨が皿を惜むのでないのは、菊にも權次にも判つたであらうな。青山播磨は五枚十枚の皿を惜んで、人の命を取るほどの無慈悲な男でない。

權次　それほど無慈悲でないならば、なんでむざ〱御成敗を……。

播磨　そちには判らぬ。黙つてをれ。しかし菊には合点がまゐつた筈。潔白な男のまことを疑うた、女の罪は重いと知れ。

お菊　はい、よう<ruby><rb>合点</rb><rt>がてん</rt></ruby>がまゐりました。このうへはどのやうな御仕置を受けませうとも、思ひ残すことはござりませぬ。女が一生に一度の男。（播磨の顔を見る。）恋にいつはりの無かつたことを、確かにそれと見きはめましたら、死んでも本望でござりまする。

播磨　もし偽りの恋であつたら、播磨もそちを殺しはせぬ。いつはりならぬ恋を疑はれ、重代の宝を打割つてまで試されては、どうでも赦すことは相成らぬ。それ、覚悟して庭へ出い。

（お菊の襟髪を取つて庭へつき落す。權次はあわててお菊を囲ふ。播磨は庭下駄をはきて降り立つ。――）

播磨　權次。邪魔するな。退け、退け。

權次　殿様。女を斬るとお刀が汚れまする。一旦<ruby><rb>柄</rb><rt>つか</rt></ruby>へかけた手の遣り場がないといふならば、おゝ、さうぢや。あれ、あの井戸端の柳の幹でも、すつぱりとお遣りなされませ。

播磨　馬鹿を申すな。退かぬとおのれ蹴殺すぞ。

（權次が遮るを播磨は払ひ退けて、お菊を前にひき出す。）

權次　えゝ、殺生な殿様ぢや。お止しなされ、お止しなされ。

（權次また取付くを播磨は蹴倒す。お菊は尋常に手を合はせてゐる。播磨は一刀にその肩先より切り倒す。）

權次　おゝ、たうとう遣つておしまひなされたか。（起き上る。）可哀相になう。

播磨　女の死骸は井戸へなげ捨てい。

權次　はあ。

（權次はお菊の死骸をだき起す。上の方より十太夫は灯籠をさげて出づ。）

十太夫　おゝ、菊は御手討に相成りましたか。不憫のやうでござりまするが、<ruby><rb>心柄</rb><rt>こゝろがら</rt></ruby>いたし方もござりませぬ。

權次　殿様お指図ぢや。（井戸を指す。）手伝うてくだされ。

十太夫　これは難儀な役ぢやな。待て、待て。

（十太夫は袴の<ruby><rb>股立</rb><rt>もゝだち</rt></ruby>を取り、權次と一緒にお菊の死骸を上手の井戸に沈める。播磨は立ち寄つて井戸をのぞく。鐘の声。）

播磨　家重代の宝も砕けた。播磨が一生の恋もほろびた。

（下の方より權六走り出づ。）

權六　申上げます。水野十郎左衞門様これへお越しの途中で町奴どもに道を遮られ、相手は大勢、なにか彼やと云ひがかり、喧嘩の花が咲きさうでござりまする。

權次　むゝ、そんならまだ先刻の奴等が、そこらにうろついてゐたと見えるな。

播磨　よし、播磨がすぐに駈け付けて、町奴どもを追ひ散らしてくれるわ。

（播磨は股立を取りて縁にあがり、<ruby><rb>承塵</rb><rt>なげし</rt></ruby>にかけたる槍の<ruby><rb>鞘</rb><rt>さや</rt></ruby>を払つて庭にかけ降りる。）

十太夫　殿様。又しても喧嘩沙汰は……。

播磨　やめいと申すか。一生の恋をうしなうて……。（井戸を見かへる。）あたら男一匹がこれからは何をして生くる身ぞ。伯母御の御勘当受けうとまゝよ。八百八町を暴れあるいて、毎日毎晩喧嘩商売。その手はじめに……。（槍を取直して。）奴。まゐれ。

二人　はあ。

（播磨は足袋はだしのまゝに走りゆく。權次權六も身づくろひして後につゞく。十太夫はあとを見送る。）

――幕――

（大正五年一月）