<ruby><rb>万年雪</rb><rt>まんねんゆき</rt></ruby>とける

昭和五十二年の夏は、たいへん<ruby><rb>暑</rb><rt>あつ</rt></ruby>かった。

ことに七月二十四日から一週間の暑さときたら、まったく話にならないほどの暑さだった。

<ruby><rb>涼</rb><rt>すず</rt></ruby>しいはずの<ruby><rb>信州</rb><rt>しんしゅう</rt></ruby>や<ruby><rb>上越</rb><rt>じょうえつ</rt></ruby>の<ruby><rb>山国</rb><rt>やまぐに</rt></ruby>地方においてさえ、夜は雨戸をあけていないと、ねむられないほどの暑くるしさだった。東京なんかでは、とても暑くて地上に出ていられなくて、都民はほとんどみんな<ruby><rb>地下街</rb><rt>ちかがい</rt></ruby>に下りて、その一週間をくらしたほどだった。

ものすごい暑さは日本アルプスの深い山の中を別あつかいにはしなかった。アルプス山中の<ruby><rb>万年雪</rb><rt>まんねんゆき</rt></ruby>までがどんどんとけ出した。<ruby><rb>雪渓</rb><rt>せっけい</rt></ruby>の上を、しぶきをあげて流れ下る滝とも川ともつかないものが出来、<ruby><rb>積雪</rb><rt>せきせつ</rt></ruby>はどんどんやせていった。

<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うばガ</span>谷の万年雪のことは、むかしから一番面積のひろいものとして、よく人に知られていた。それはまるで氷河のようにこちこちに固まった古い雪であったが、それさえこんどの暑さで両側からとけだし、日に日にやせていった。登山者たちがおどろいたのもむりではない。

「こんなところに流れがあったかね」

「いや、知らないね。地図でみると、どうしてもここは、うばガ谷のはずなんだが？」

「でも、へんよ。地図からはかって、ここはどうしてもうばガ谷よ。この地図をごらんなさい。ほら、この岩」

「なるほどなあ、あれはたしかに三角岩だ。これはおどろいた。おい君、有名な万年雪が今年はすっかりとけてしまったんだぜ」

その人は、とつぜんことばを切って、目を<ruby><rb>皿</rb><rt>さら</rt></ruby>のように大きく見ひらいた。

「――何だろう、あれは。……あそこを見たまえ、何だかしらないが、大きなまるい<ruby><rb>球</rb><rt>たま</rt></ruby>がある。あの沢の曲ったところだ。見えないかい、君たちには……」

彼はおどろきをこめて、前へのりだしながら<ruby><rb>下手</rb><rt>しもて</rt></ruby>を指さした。

「なるほど。見えるよ。大きな球だ。ぴかぴか光っているね。<ruby><rb>金属球</rb><rt>きんぞくきゅう</rt></ruby>だ」

「ふしぎだ。とにかくそばへ行ってみよう」

「おいおい、待ちたまえ。あれは危険なものじゃないか」

「そういえば、昔の写真に出ている<ruby><rb>機雷</rb><rt>きらい</rt></ruby>みたいな形をしていますわね」

「ふん、機雷に似たところもあるけれど、機雷は海の中にあるもので、こんな山の中にあるはずがない」

四人の登山者は、それから谷間をつたわって、下手へおりていった。みんな何となくおそろしいが、しかし自分たちで発見したものだから、ぜひその正体をたしかめたかった。

ようやくそばへ近よることが出来た。

沢のまん中に、<ruby><rb>直径</rb><rt>ちょっけい</rt></ruby>三メートルもあると思われる金属球が、でんと腰をすえていた。表面はぴかぴかに<ruby><rb>光沢</rb><rt>こうたく</rt></ruby>を放っている。十字にバンドがしてある。アイ・ボルトが何本かうちこんである。一同はそのまわりをまわってみた。

「や、字が書いてある」

たしかに字が書いてある。書いてあるというより、字を<ruby><rb>酸水素焔</rb><rt>さんすいそえん</rt></ruby>かなんかで焼きつけてあるといった方が正しいであろう。

×取扱注意。扉Ａを開け×

それだけのことが書いてある。

はて、この球は一たい何であろう。

<ruby><rb>冷凍人間</rb><rt>れいとうにんげん</rt></ruby>

四人の登山者の<ruby><rb>好奇心</rb><rt>こうきしん</rt></ruby>は、いやがうえにももえあがった。

もう登山どころではない。このふしぎな金属球の中をのぞいてみないと、承知ができなかった。

「とにかくこの球は、万年雪がとけて、その下から出て来たものだよ。もっと上にあったのが、ころがりだして、ここまで来て<ruby><rb>停</rb><rt>とま</rt></ruby>ったんだと思う」

「火星からなげてよこしたものじゃないか。開けると、中から火星人の手紙かなんか入っているんじゃない？」

「火星からじゃないよ。だってこのとおり×取扱注意、扉Ａを開け×と、日本文字で書いてあるんだから、これは日本でこしらえたものにちがいない」

「早く、その扉Ａというのをあけてみた方がよかないでしょうか」

「そうだ。それがいい。そうしよう」

扉Ａというのはどこかと、球の<ruby><rb>表面</rb><rt>ひょうめん</rt></ruby>をさがしまわった結果、後ろの方に半ば土にうずもれて×扉Ａ×と書いてあるものが見つかった。土を掘ってみると、扉Ａはまるいふたのようなものであった。それにはハンドルがついていて、左へ二十回ねじるように示してあったので、そのとおりにした。

するとそのふたみたいなものが開いた。金属板の上には、やはり<ruby><rb>薄彫</rb><rt>うすぼ</rt></ruby>りになった文字がつらなっていた。それを読むと、おどろくべきことが書いてあった。

＊

この中には<ruby><rb>小杉正吉</rb><rt>こすぎしょうきち</rt></ruby>という勇敢な少年が<ruby><rb>冷凍</rb><rt>れいとう</rt></ruby>されている。彼は本年十三歳である。彼は二十年間この中で冷凍生活を続けた後、ふたたび世の中へ出たい希望である。この球を発見せられたる人は、この球が<ruby><rb>封印</rb><rt>ふういん</rt></ruby>したるときより二十年以上たっていることをたしかめた後、この少年を冷凍球の中からとりだしていただきたい。それはむずかしいことではない。この底のＢとしるした金属板を焼ききると、その中には電気のプラグがある。そのプラグへ五十サイクル交流電気を百ボルトの<ruby><rb>電圧</rb><rt>でんあつ</rt></ruby>で供給すれば、四十八時間後には、自動的に球がひらいて、小杉正吉少年が出て来るであろう。それまでの四十八時間は、静かにこの球をおく以外に何も手を加えてはならない。昭和二十二年八月十三日

＊

たいへんな拾い物だ。この球の中には、少年が冷凍されているのだ。二十年たったら、ふたたび世の中へ出て来たいのだという。

二十年どころか、もう三十年もたっている、早く出してやらなくてはならない。しかし人間を冷凍する技術が、今から三十年も前にすでに考えられていたとは、大した発見である。と、登山者の一人であるカンノ博士はおどろいた。

相談の結果、この大きな拾い物は、東京へ持ちかえることとなった。

博士は、<ruby><rb>携帯無電機</rb><rt>けいたいむでんき</rt></ruby>を使って、東京へ電話をかけた。五トンぐらいのものがらくにもちあがるヘリコプター（竹とんぼ式飛行機）を一台至急ここまでまわしてくれるように、<ruby><rb>航空</rb><rt>こうくう</rt></ruby>商会の千代田支店に頼んだ。

二十分ほどすると、空から一台のヘリコプターがゆうゆうと下りて来た。頼んだのりものであった。カンノ博士たちは、ハンカチーフをふった。

<ruby><rb>着陸</rb><rt>ちゃくりく</rt></ruby>したヘリコプターの<ruby><rb>貨物庫</rb><rt>かもつこ</rt></ruby>の中に、金属球を入れた。それから博士たちは客席へ入った。ヘリコプターは間もなく離陸して、東京へ向った。

とちゅう相談の結果、拾った金属球はヤク大学の生理学部の大講堂へ持込み、そこで開くことにきめた。カンノ博士は、その学部の教授だった。

他の三人は博士の友人だったが、婦人は通信技術者、男の一人は音楽家、もう一人は小説家だった。

いよいよ金属球を開く日が来た。

大講堂は大入満員だった。

ここは階段式になっていて、まわりの座席は高く、<ruby><rb>演壇</rb><rt>えんだん</rt></ruby>はまん中にあって、どこよりも低く、そこへあがるには地下道からしなければならなかった。問題の金属球は、この演壇の上におかれてあった。そして周囲には<ruby><rb>偏光</rb><rt>へんこう</rt></ruby>ガラスの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ついたて</span>がとりまいていた。これは、中からは外が見えないが、反対に外から中はよく見えるものだった。こんなついたてを用いたわけは、金属球の中から出て来るはずの小杉正吉少年を、あまりたくさんの見物人のためにびっくりさせないための心づかいだった。

カンノ博士とあと五人の人だけがついたての中に入った。そして金属球の扉Ａの中にあった注意書のとおり、その底をやぶって電気のプラグを出し、それに指定どおりの交流電気を送りこんだ。それはちょうど午前十時だった。

その<ruby><rb>翌々日</rb><rt>よくよくじつ</rt></ruby>の午前十時に、みんなが手にあせにぎっているうちに、その球は花がひらくように、しずかに四つにわれた。そして中からかわいい少年があらわれた。小杉正吉君だった。七百名の見学者は、思わず手をたたいてしまった。三十年前に冷凍された少年が、今りっぱに生きかえって、あらわれたからだ。この少年は三十年間、氷のようになっていて、年をとることをしなかったのだ。

「待っていましたよ、小杉君。われわれは君を<ruby><rb>歓迎</rb><rt>かんげい</rt></ruby>します」

と、カンノ博士がいった。

「わたしたちがお世話しますから、安心していらっしゃいね」

スミレ女史がいった。

かわりはてた<ruby><rb>銀座</rb><rt>ぎんざ</rt></ruby>

「二十年たったら、世の中がどんなに変っているか、それを見たかったから、こんな<ruby><rb>冒険</rb><rt>ぼうけん</rt></ruby>をしたんです」

と、小杉少年は、まわりの人たちに話した。

「ああ、お話中しつれいですが、じつは二十年じゃなく、あなたが冷凍されてから三十年たっているのですよ。ことしは昭和五十二年なんですからね」

「おやおや、三十年もぼくは<ruby><rb>睡</rb><rt>ねむ</rt></ruby>っていたのですか」

少年の<ruby><rb>伯父</rb><rt>おじ</rt></ruby>のモーリ博士が、この<ruby><rb>冷凍金属球</rb><rt>れいとうきんぞくきゅう</rt></ruby>の<ruby><rb>設計者</rb><rt>せっけいしゃ</rt></ruby>だったそうな。日本アルプスの万年雪を掘ってその中へおとしこんだのも、モーリ博士の考えだった。その博士は二十年後になってこの冷凍球を雪の中から掘りだしてくれる約束になっていたのに、博士はその約束をはたさなかった。いったいどうしたわけであろう。博士は何をしていたのであろうか。

正吉のそんな話を、みんなはおもしろく聞いた。そしてモーリ博士の<ruby><rb>安否</rb><rt>あんぴ</rt></ruby>はいずれしらべてあげましょう。それはそれとして、まず久しぶりにかるい食事をなさいといって、正吉を食堂へ案内して<ruby><rb>流動食</rb><rt>りゅうどうしょく</rt></ruby>をごちそうした。

少年は思いのほか元気であった。例の四人組の外に、東京区長のカニザワ氏と大学病院長のサクラ女史が少年をとりまいていたが、少年は三十年前の話をいろいろとした。そして三十年後の東京がどんなに変っているか、あまりに変っているのでそれを見物しているうちに気がへんにならないであろうかと心配したりした。

「大丈夫です。あたしがついていますもの。すぐ手あてをしてあげます」

と、<ruby><rb>女医</rb><rt>じょい</rt></ruby>サクラ博士は、すぐこたえた。

「ねえ、小杉君。君はまず、はじめにどこを見物したいですか」

と、カンノ博士はきいた。

「そうですね。まず第一に見たいのは、三十年前に、ぼくの住んでいた東京の銀座をみたいですね。同じところを歩いてみたいです」

少年は、なつかしげに銀座の名をいった。

「よろしい。ではすぐ出かけましょう。しかし、あなたは少々おどろくことでしょう」

一同は正吉を<ruby><rb>連</rb><rt>つ</rt></ruby>れて食堂を出た。

「ここは見なれないところですが、銀座の近くでしょうか」

「さよう。銀座までは三キロばかりはなれています。しかしすぐですよ、動く道路にのっていけば……」

「なんですって。何にのるのですか」

「動く道路です。そうそう、あなたの住んでいた三十年前には、動く道路はなかったんでしょうね。そのころは電車や自動車ばかりだったんでしょう。今はそんなものは、ほとんどなくなりました。その代りは動く道路がしています。道が動くのです。五本の動く道路が並んでいるのです。昔あったでしょう。ベルトというものがね。あれみたいに動くのです。歩道に平行に五本並んでいて、歩道に一番近いのが<ruby><rb>時速</rb><rt>じそく</rt></ruby>十キロで動いているもの。次が二十キロ、それから三十キロ、四十キロ、五十キロという風にだんだん早くなります。そしてその動く道路は、どこへ行くか方向がかいてあるのです。……ほらごらんなさい。これが銀座行きの動く道路ですから」

ようやく外に出た。日光がかがやいていた。それまでは地下にいたことが分った。なつかしい日光、うまい空気！　しかし変だ。

「ここはどこですか。みたことがない野原ですね」

「ここが銀座です。あなたの立っているところが、昔の銀座四丁目の<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby>のあったところです」

「うそでしょう。……おやおや、<ruby><rb>妙</rb><rt>みょう</rt></ruby>な<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>がある。それから<ruby><rb>土</rb><rt>ど</rt></ruby>まんじゅうみたいなものが、あちこちにありますね。あれは何ですか」

林と草原の間に、妙にねじれた塔や、低い緑色の<ruby><rb>鍋</rb><rt>なべ</rt></ruby>をふせたようなものが見える。

「あのまるいものは、住宅の屋上になっています。塔は、<ruby><rb>原子弾</rb><rt>げんしだん</rt></ruby>が近づくのを<ruby><rb>監視</rb><rt>かんし</rt></ruby>している<ruby><rb>警戒塔</rb><rt>けいかいとう</rt></ruby>です。すべて原子弾を警戒して、こんな<ruby><rb>銀座風景</rb><rt>ぎんざふうけい</rt></ruby>になったのです。みんな地下に住んでいます。ときどきものずきな者が、こうして地上に出て散歩するくらいです。おどろきましたか」

正吉はたしかにおどろいた。あのにぎやかな銀座風景は、今は全く地上から姿をけしてしまったのだ。

近づく<ruby><rb>星人</rb><rt>せいじん</rt></ruby>

「まだ、戦争をする国があるんですか」

正吉少年は、ふしぎでたまらないという顔つきで、案内人のカニザワ区長にきいた。

「やあ、そのことですがね、まず戦争はもうしないことに決めたようです」

「戦争をするもしないも日本は<ruby><rb>戦争放棄</rb><rt>せんそうほうき</rt></ruby>をしているんだから、日本から戦争をしかけるはずはないんでしょう。もっともこれは今から三十何年もむかしの話でしたがね」

正吉はあのころ<ruby><rb>新憲法</rb><rt>しんけんぽう</rt></ruby>ができて、それには戦争放棄がきめられたことをよくおぼえていた。

「正吉君のいうことは正しいです。しかしですね。その後また大きな戦争がおこりかけましてね――もちろん日本は関係がないのですがね――そのために、おびただしい<ruby><rb>原子爆弾</rb><rt>げんしばくだん</rt></ruby>が用意されました。そのとき世界の学者が集って組織している連合科学協会というのがあって、そこから<ruby><rb>大警告</rb><rt>だいけいこく</rt></ruby>を出したのです。それは二つの重大なことがらでした」

「どういうんですか、その重大警告というのは……」

「その一つはですね、いま戦争をはじめようとする両国が用意したおびただしい原子爆弾が、もしほんとうに使用されたときには、その<ruby><rb>破壊力</rb><rt>はかいりょく</rt></ruby>はとてもすごいものであって、そのためにわれらの住んでいる地球にひびが入って、やがていくつかに割れてしまうであろう。そんなことがあっては、われわれ人間はもちろん地球上の生物はまもなく死に絶えるだろう。だから、そういう危険な戦争は中止すべきである――というのです」

カニザワ東京区長は、そう語りながら、ハンカチーフを出して、顔の<ruby><rb>汗</rb><rt>あせ</rt></ruby>をぬぐった。おそらく氏は、その戦争<ruby><rb>勃発</rb><rt>ぼっぱつ</rt></ruby>一歩前の息づまるような<ruby><rb>恐怖</rb><rt>きょうふ</rt></ruby>を、今またおもいだしたからであろう。

「で、戦争は起ったのですか、それとも……」

「もう一つの重大なことがらは」

と区長は正吉の質問にはこたえず、さっきの続きを話した。

「連合科学協会員は最近<ruby><rb>天空</rb><rt>てんくう</rt></ruby>においておどろくべき<ruby><rb>観測</rb><rt>かんそく</rt></ruby>をした。それはどういうことであるかというと、わが地球をねらってこちらへ進んでくるふしぎな星があるということだ。それは<ruby><rb>彗星</rb><rt>すいせい</rt></ruby>ではない。その星の動きぐあいから考えると、その星は自由<ruby><rb>航路</rb><rt>こうろ</rt></ruby>をとっている。つまり、その星は飛行機やロケットなどと同じように、大宇宙を計画的に航空しているのだ」

「へえーッ。するとその星には、やっぱり人間が住んでいて、その人間が星を運転しているんですね」

「ま、そうでしょうね――だからわれわれは、もう<ruby><rb>一刻</rb><rt>いっこく</rt></ruby>もゆだんがならないというのです。その星はわが太陽系のものではなく、あきらかにもっと遠いところからこっちへ<ruby><rb>侵入</rb><rt>しんにゅう</rt></ruby>して来たものだ。そしてその星に住んでいるいきものは、わが地球人類よりもずっとかしこいと思われる。さあ、そういう星に来られては、われわれはちえも力もよわくて、その<ruby><rb>星人</rb><rt>せいじん</rt></ruby>に降参しなければならないかもしれない。そのような<ruby><rb>強敵</rb><rt>きょうてき</rt></ruby>を前にひかえて、同じ地球に住んでいる人間同士が戦いをおこすなどということは、ばかな話ではないか。そのために、われわれ地球人類の力は弱くなり、いざ星人がやってきたときには<ruby><rb>防衛力</rb><rt>ぼうえいりょく</rt></ruby>が弱くて、かんたんに彼らの前に手をつき、頭をさげなければならないだろう。――それをおもえば、今われわれ人類の国と国とが戦争するのはよくないことである。つまり、『今おこりかかっている戦争はおよしなさい』と警告したのです」

「ああ、なるほど、なるほど、そのとおりですね」

「それが両国によく分ったと見えましてね、爆発寸前というところで戦争のおこるのは、くいとめられたんです。お分りですかな」

「それはよかったですね。しかし、そんならなぜ、あのようにたくさんの<ruby><rb>原子弾</rb><rt>げんしだん</rt></ruby>の警戒塔や警報所や<ruby><rb>待避壕</rb><rt>たいひごう</rt></ruby>なんかが、今もならんでいるのですか」

正吉には、そのわけが分らなかった。

「いやあれは、あたらしく<ruby><rb>襲来</rb><rt>しゅうらい</rt></ruby>するかもしれない宇宙の外からの敵が、原子弾をこっちへなげつけたときに、役に立つようにと建設せられてあるんです」

「ああ、そうか。あの星人とかいう連中も、原子弾を使うことが分っているのですね」

「多分、それを使うだろうと学者たちはいっていますよ――それに、もう一つああいう<ruby><rb>防弾設備</rb><rt>ぼうだんせつび</rt></ruby>がぜひ必要なわけがあるんです」

「それはどういうわけですか」

「それは、ですね。わが地球人類の中の悪いやつが、ひそかに原子弾をかくして持っていましてね、それを飛行機につんで持って来て、空からおとすのです」

「どうしてでしょうか」

「どうしてでしょうかと、おっしゃいますか。つまり昔からありました、<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>だのギャングだのが。今の強盗やギャングの中には、原子弾を使う奴がいるのです。どーンとおとしておいて、その地区が<ruby><rb>大混乱</rb><rt>だいこんらん</rt></ruby>におちいると、とびこんでいって<ruby><rb>略奪</rb><rt>りゃくだつ</rt></ruby>をはじめるのです。ですから、そういう連中を警戒するためにも、あれが必要なのです」

そういってカニザワ区長は、警戒塔を指さした。

「いやあ、三十年後の強盗団はさすがにすごいことをやりますね」

と、正吉少年はおどろいてしまった。

すばらしい<ruby><rb>地下生活</rb><rt>ちかせいかつ</rt></ruby>

区長さんの話によると、人々は地下に家を持って、安全に暮しているが、事件や戦争のないときにはこうして、大昔の<ruby><rb>武蔵野平原</rb><rt>むさしのへいげん</rt></ruby>にかえった大自然の風景の中に自分もとけこんで、たのしい散歩やピクニックをする人が少なくないとのことであった。

「じゃあ、前のような地上の大都市というものは、どこにもないのですね」

「そうですとも。昔は六大都市といったり、そのほか中小都市がたくさんありましたが、いまは地上にはそんなものは残っていません。しかし、地の中のにぎわいは大したものですよ。これからそっちへご案内いたしましょう」

正吉は、区長たちの案内で、ふたたび地下へ下りた。

地下といえば、正吉の地下鉄の中のかびくさいにおいを思い出す。<ruby><rb>鉄道線路</rb><rt>てつどうせんろ</rt></ruby>の下に掘られてある<ruby><rb>横断</rb><rt>おうだん</rt></ruby>用の地下道の、あのくらい<ruby><rb>陰気</rb><rt>いんき</rt></ruby>な、そしてじめじめしたいやな気持を思い出す。また<ruby><rb>炭坑</rb><rt>たんこう</rt></ruby>の中のむしあつさを思い出す。

だが、区長たちに案内されていった地下街は、まったく違っていた。陰気でもなく、じめじめなんかしておらず、すこしもかびくさくない。またむしあついことなんか、すこしもなかった。それからまた、いきがつまるようなこともなかった。

だから、まるで気もちのいい山の上の<ruby><rb>別荘</rb><rt>べっそう</rt></ruby>の部屋にいるような気がし、また気もちのいい春か秋かのころ、<ruby><rb>街道</rb><rt>かいどう</rt></ruby>を散歩しているようでもあった。

「それは、ですね。この地下街を建設するためには、あらゆる衛生上の注意がはらってあって私たちが気もちよく暮せるように、いろいろな<ruby><rb>施設</rb><rt>しせつ</rt></ruby>が<ruby><rb>備</rb><rt>そな</rt></ruby>わっているのです。たとえば空気は念入りに<ruby><rb>浄化</rb><rt>じょうか</rt></ruby>され、有害なバイキンはすっかり殺されてから、この地下へ送りこまれます。また方々に浄化塔があって、中でもって空気をきれいにしています。ごらんなさい、むこうに美しい広告塔が見えましょう。あれなんか、空気<ruby><rb>浄化器</rb><rt>じょうかき</rt></ruby>の一つなんですよ」

「ああ、あれがそうなのですか。広告塔と空気浄化器と二役をやっているのですか」

十メートルくらいの高さの美しい広告塔だった。赤、青、紫、橙、黄などのあざやかな色でぬられ、そして、ぐるぐると回転している、目をうばうほどの美しい塔だった。

「それから<ruby><rb>湿度</rb><rt>しつど</rt></ruby>は四十パーセント程度に保たれています。ですから、これまでの地下のようなじめじめした感じや、むしあつくて苦しいなどということもありません。また温度はいつも<ruby><rb>摂氏</rb><rt>せっし</rt></ruby>二十度になっていますから、暑からず寒からずです。年がら年中そうなんですから、服も地下生活をしているかぎり、年がら年中同じ服でいいわけです」

「それはいいですね。<ruby><rb>衣料費</rb><rt>いりょうひ</rt></ruby>がかからなくていいですね。昔は夏服、<ruby><rb>合服</rb><rt>あいふく</rt></ruby>、冬服なんどと、いく組も持っていなければならなかったですからね。ちょうど布ぎれのないときでしたからぼくのお母さんは、それを揃えるのにずいぶん苦労しましたよ。――ああ、そういえば、ぼくのお母さんは……」

と、正吉は声をくもらせて、はなをすすった。

「どうしました、正吉さん」

と、大学病院長のサクラ女史が、うしろからやさしく正吉の顔をのぞきこんだ。

「ぼく……ぼく」

と正吉はいいよどんでいたが、やがて思い切っていった。

「ぼく、急にぼくのお母さんに会いたくなりました。ぼくがあの<ruby><rb>冷凍球</rb><rt>れいとうきゅう</rt></ruby>の中にはいるとき、ぼくのお母さんは五十歳でした。ああ、それから三十年たってしまったのです。するとお母さんは今年八十歳になったはず。お母さんは日頃から弱かったんです。お母さんは、とても、今まで長生きしているはずはない。ぼく……ぼく……もうお母さんに会えないだろうな」

正吉少年のこのなげきは、たいへん気の毒であった。カニザワ氏とサクラ女史とカンノ博士の三人は、ひたいをあつめて何か相談していたが、やがてカニザワ区長が正吉にいった。

「もしもし、正吉君。われわれに、すこし心あたりがあるんです。うまくいくと、君のお母さんに会えるかもしれませんよ」

「えっ、ほんとですか。しかし母は、もう死んでいますよ」

「いや、そのことはやがて分りましょう。これから町を見物しながら、そちらへご案内してみましょう」

<ruby><rb>人工心臓</rb><rt>じんこうしんぞう</rt></ruby>

正吉は、区長たちからなぐさめられて、すこし元気をとりもどした。

町を案内してもらったが、なるほどじつににぎやかであり、また<ruby><rb>清潔</rb><rt>せいけつ</rt></ruby>であった。昔は、にぎやかな町ほど、砂ほこりが立ち、紙くずがとびまわり、路上にはきたないものがおちていたものだ。

しかし、この町はほこりは立たず、紙くずはなく、<ruby><rb>路面</rb><rt>ろめん</rt></ruby>ははだしで歩いても足の裏がよごれないように見えた。

町は、<ruby><rb>天井</rb><rt>てんじょう</rt></ruby>が高く、路面から三十メートルはあったろう。そして、その天井は青く澄んで、明るかった。まるで本ものの秋晴れの空が頭上にあるように思われた。

「あの天井には、太陽光線と同じ光を出す<ruby><rb>放電管</rb><rt>ほうでんかん</rt></ruby>がとりつけてあるのです。その下に<ruby><rb>紺青色</rb><rt>こんじょういろ</rt></ruby>の<ruby><rb>硝子</rb><rt>ガラス</rt></ruby>板がはってあります。ですから、ここを歩いていると昔の銀ブラのときと同じ気分がするでしょう」

「ああ、あれはほんとうの空じゃなかったのですか――うん、そうだ。地面の中にもぐっていて、青空が見えるはずがない」

正吉は、うっかり思いまちがいしていたことに気がついて、顔があかくなった。しかし、それほどほんものの秋空に見えるのだった。

区長は、正吉を、りっぱな本屋につれこんだ。奥は住宅になっていた。いわゆるアパートメント式の住宅であった。そのうちの一軒の前に立った区長は、扉をこつこつと<ruby><rb>叩</rb><rt>たた</rt></ruby>いた。すると中から返事があった。女の声だった。

「あっ、あの声は……」

扉が内にひらいた。家の中から顔を出した<ruby><rb>白髪頭</rb><rt>しらがあたま</rt></ruby>の老女があった。

「まあ、これは区長さん。それにサクラ先生に……」

「今日はめずらしい客人をお連れしました。ここにおられる少年に見おぼえがありますか」

区長にいわれて、老女は正吉を見た。

「まあ、正吉ではありませんか。うちの正吉だ。まあまあ、正吉、お前はどうして……」

老女は、正吉の母親であったのだ。

「お母さん」

正吉と母親とは<ruby><rb>抱</rb><rt>だ</rt></ruby>きあってうれしなみだにくれました。

「お母さん、よく長生きをしていてくれましたね」

「正吉や。お母さんは一度<ruby><rb>心臓</rb><rt>しんぞう</rt></ruby>病で死にかけたんだけれど、<ruby><rb>人工</rb><rt>じんこう</rt></ruby>心臓をつけていただいてこのとおり丈夫になったんですよ」

「人工心臓ですって」

「見えるでしょう。お母さんは背中に<ruby><rb>背嚢</rb><rt>はいのう</rt></ruby>のようなものを背おっているでしょう。それが人工心臓なのよ」

正吉は見た。なるほど母親は、背中に妙な四角い箱を背おっている。

それが人工心臓なのか。正吉は目をぱちくり。

<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>ひげのある<ruby><rb>弟</rb><rt>おとうと</rt></ruby>

人工心臓は、ほんとの心臓と違って、人間のつくった機械だから、ずっと大きい。だから胸の中にはいらず背中にそれをくくりつけてある。

胸の中から二本の<ruby><rb>管</rb><rt>くだ</rt></ruby>が出て、この人工心臓につながっている。一方は赤くぬってあり、もう一つは青くぬってある。赤い方は、きれいな血がとおる<ruby><rb>動脈</rb><rt>どうみゃく</rt></ruby>、青い方は<ruby><rb>静脈</rb><rt>じょうみゃく</rt></ruby>だ。そして人工心臓は、その血を体内に送ったり吸いこんだりするポンプなのである。

昔あったジェラルミンよりもっと軽い金属材料と、すぐれた<ruby><rb>有機質</rb><rt>ゆうきしつ</rt></ruby>の<ruby><rb>人造肉</rb><rt>じんぞうにく</rt></ruby>とでこしらえてあるのだと、専門のサクラ女史が説明してくれた。

「こんなものをぶら下げていると、かっこうが悪くてね。正吉や、お前が見ても、へんでしょう」

と、母親は笑った。

なつかしい母親の笑顔だった。

「かっこうなんか、どうでもいいのですよ。その人工心臓の力によって、もっともっと長生きをして下さい」

「お医者さまは、あたしの悪い心臓を人工心臓にとりかえたので、これだけでも百歳までは生きられますとおっしゃったよ」

「百歳とは長生きですね」

「いいえ。お医者さまのお話では、もっと長生きができるんだよ。百歳になる前に、もう一度人工心臓を新しいのにとりかえ、それからその外の弱ってきた内臓をやはり人工のものにとりかえると、また<ruby><rb>寿命</rb><rt>じゅみょう</rt></ruby>がのびるそうだよ」

「じゃあ、お母さん、そういう工合にすると二百歳までも、三百歳までも、長生きができることになるじゃありませんか。うれしいことですね。お父さんなんか昭和二十年に死んじまって、たいへん損をしたことになりますね」

「ほんとうにおしいことをしました。お父さまももう十五、六年生きておいでになったら、わたしと同じように、ずいぶん長生きの出来る組へはいれるのにねぇ。そうすれば、お母さんは、今よりももっと幸福なんだけれど……」

正吉の母は、早く亡くなった正吉の父親のことをしのんで、そっと涙をふいた。

そのときだった。りっぱなひげをはやした三十あまりになる<ruby><rb>紳士</rb><rt>しんし</rt></ruby>と、それよりすこし下かと思われる婦人とが、かけこんで来た。

「あ、お母さん。ここへ、兄さんが<ruby><rb>訪</rb><rt>たず</rt></ruby>ねて来てくれたんですって」

「あたしの兄さんは、どこにいらっしゃるの」

正吉はその話を聞いて、目をぱちくり。

「おお、お前たちの兄さんはそこにいますよ。ほら、そのかわいい坊やがそうですよ」

母親は正吉を指した。

「えっ。この少年が、僕の兄さんですか。ちょっとへんな<ruby><rb>工合</rb><rt>ぐあい</rt></ruby>だなあ」

「まあ、ほんとうだわ。写真そっくりですわ。でも、わたしの兄さんがこんなにかわいい坊やでは、兄さんとおよびするのもへんですわね」

「正吉や。こっちはお前の弟の<ruby><rb>仁吉</rb><rt>にきち</rt></ruby>です。またそのとなりはお前の妹のマリ子ですよ」

「やあ、兄さん」

「兄さん、お目にかかれてうれしいですわ」

「ああ、弟に妹か――」

といったが、正吉も全くへんな工合であった。<ruby><rb>弟妹</rb><rt>きょうだい</rt></ruby>に会ったようではなく、おじさんおばさんに会ったような気がした。

びっくり<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>

思いがけない母親とのめぐりあいに、正吉少年はたいへん元気づいた。見しらぬ世界のまっただ中へとびこんだひとりぼっちの心細さ――というようなものが、とたんに消えてしまった。

「これからどこへつれていって下さるのですか」

と、正吉はカニザワ区長やサクラ院長などをふりかえって、たずねた。

「君がびっくりするところへ案内します。ちょっぴり、教えましょうか。日本の新しい領土なんです。ハハハ、おどろいたでしょう」

「日本の新しい領土ですって。それはへんですね。日本は戦争にも負けたし、また今後は戦争をしないことになったわけだから、領土がふえるはずがないですがね」

「そう思うでしょう。しかしそうじゃないんです。君がじっさいそこへ行ってみれば分りますよ」

「近くなんですか」

「いや、近くではないです。かなり遠いです。しかし高速の乗物で行くからわけはありません」

正吉は区長さんのいうことが理解できなかった。土地がせまくなったところへ、海外から大ぜいの<ruby><rb>同胞</rb><rt>どうほう</rt></ruby>がもどって来たので、たいへん暮しにくくなり、来る年も来る年も苦しんだことを思い出した。中でも一番苦しかったのは、食糧だった。

「ああ、そうそう」と正吉はいった。

「ねえ区長さん。<ruby><rb>田畑</rb><rt>たはた</rt></ruby>や<ruby><rb>果樹園</rb><rt>かじゅえん</rt></ruby>はどうなっているのですか。地上を攻撃されるおそれがあるんなら、地上でおちおち畑をつくってもいられないでしょう」

「そうですとも。もう地上では<ruby><rb>稲</rb><rt>いね</rt></ruby>を植えるわけにはいかないし、お芋や<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">きゅうり</span>や<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">なす</span>をつくることもできないです。そんなものをつくっていても、いつ空から恐ろしいばい<ruby><rb>菌</rb><rt>きん</rt></ruby>や毒物をまかれるかもしれんですからね。そうなると安心してたべられない」

「じゃあ農作物は、ぜんぜん作っていないのですか」

「そんなことはありません。さっきあなたがおあがりになった食事にも、ちゃんと<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かぼちゃ</span>が出たし、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かぶ</span>も出ました。ごはんも出たし、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">もも</span>も出たし、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かき</span>も出た」

「そうでしたね」

「では、まずそこへ案内しますかな。ちょうどよかった。すぐそこのアスカ農場でも作っていますから、ちょっとのぞいていきましょう」

アスカ<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>だという。地上には田畑も果樹園もないと区長さんはいっている。それにもかかわらず農場と名のつくところがあるのはおかしい。まさか、地中にその農場があるわけでもあるまい。地中では、太陽の光と熱とをもたらすことができないから、農作物が育つわけがない。

「ここです。はいりましょう」

大きなビルの中に案内された。こんな会社のような建物の中に、いったいどんな農場があるのであろうか。

が、案内されて三十年後の地下農場を見せられたとき、正吉はあっとおどろいた。

<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かぼちゃ</span>も、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">きゅうり</span>も、いねも昔の三等<ruby><rb>寝台</rb><rt>しんだい</rt></ruby>のように、何段も<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>なった<ruby><rb>棚</rb><rt>たな</rt></ruby>の上にうえられていた。みんなよく育っていた。

「この<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">きゅうり</span>を見てごらんなさい」

そこの技師からいわれて、正吉はそのきゅうりをみていた。

「おや、このきゅうりは動きますね。おやおや、どんどん大きくなる」

正吉はびっくりしたり、きみがわるくなったり、これは、おばけきゅうりだ。

「この頃の農作物は、みんなこのようなやり方で<ruby><rb>栽培</rb><rt>さいばい</rt></ruby>しています。昔は太陽の光と<ruby><rb>能率</rb><rt>のうりつ</rt></ruby>のわるい<ruby><rb>肥料</rb><rt>ひりょう</rt></ruby>で永くかかって栽培していましたが、今はそれに代って、適当なる化学線と電気とすぐれた植物ホルモンをあたえることによって、たいへんりっぱな、そして栄養になるものを短い期間に<ruby><rb>収穫</rb><rt>しゅうかく</rt></ruby>できるようになりました。こんなきゅうりなら、花が咲いてから一日<ruby><rb>乃至</rb><rt>ないし</rt></ruby>二日で、もぎとってもいいほどの大きさになります。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">りんご</span>でも<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かき</span>でも、一週間でりっぱな実となります」

「おどろきましたね」

「そんなわけですから、昔とちがい、一年中いつでも<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">きゅうり</span>や<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かぼちゃ</span>がなります。また<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">りんご</span>もバナナも<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かき</span>も、一年中いつでもならせることができます」

「すると、<ruby><rb>遅配</rb><rt>ちはい</rt></ruby>だの<ruby><rb>飢餓</rb><rt>きが</rt></ruby>だのということは、もう起らないのですね」

「えっ、なんとかおっしゃいましたか」

技師は正吉の質問が分らなくて問いかえした。正吉は、気がついてその質問をひっこめた。まちがいなく五十倍の増産がらくに出来る今の世の中に、遅配だの飢餓だのということが分らないのはあたり前だ。

<ruby><rb>海底都市</rb><rt>かいていとし</rt></ruby>

動く道路を降りて<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>になっている一段高い公園みたいなところへあがった。もちろん地中のことだから頭上には<ruby><rb>天井</rb><rt>てんじょう</rt></ruby>がある。壁もある。その広い壁のところどころに、大きな<ruby><rb>水族館</rb><rt>すいぞくかん</rt></ruby>の<ruby><rb>水槽</rb><rt>すいそう</rt></ruby>ののぞき窓みたいに、横に長い<ruby><rb>硝子</rb><rt>ガラス</rt></ruby>板のはまった窓があるのだった。

その窓から外をのぞいた。

「やあ、やっぱり水族館ですね」

うすあかるい青い光線のただよっている海水の中を、魚の群が元気よく泳ぎまわっている。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">こんぶ</span>や<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">わかめ</span>などの海草の林が見え、岩の上には<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">なまこ</span>がはっている。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いそぎんちゃく</span>も、手をひろげている。

「水族館だと思いますか」

区長さんが笑いかけた。

「よく見て下さい。今、<ruby><rb>燈火</rb><rt>あかり</rt></ruby>をつけて、遠くまで見えるようにしましょう」

そういって区長は、窓の下にあるスイッチのようなものをうごかした。すると昼間のようにあかるい光線が、さっと水の中を照らした。その光は遠くにまでとどいた。魚群がおどろいたか、たちまちこの光のまわりは幾組も幾組も、その数は何万何十万ともしれないおびただしさで、集まって来た。

「これでも水族館に見えますか」

と、区長がたずね、

「いや、ちがいました。これは本物の海の中をのぞいているのですね」

遠くまで見えた。こんな大きな<ruby><rb>水族館</rb><rt>すいぞくかん</rt></ruby>の<ruby><rb>水槽</rb><rt>すいそう</rt></ruby>はないであろう。

「お分りでしたね。つまりこのように、わが国は今さかんに<ruby><rb>海底都市</rb><rt>かいていとし</rt></ruby>を建設しているのです」

「海底都市ですって」

「そうです。海底へ都市をのばして行くのです。また海底を掘って、その下にある重要資源を掘りだしています。大昔も、<ruby><rb>炭鉱</rb><rt>たんこう</rt></ruby>で海底に出ているのもありましたね。ああいうものがもっと<ruby><rb>大仕掛</rb><rt>おおじかけ</rt></ruby>になったのです。人も住んでいます。街もあります。海底トンネルというのが昔、ありましたね。あれが大きくなっていったと考えてもいいでしょう」

正吉は海底都市から出かけて、ふたたび上へあがっていった。

とちゅうに<ruby><rb>停車場</rb><rt>ていしゃば</rt></ruby>があって、たくさんの小学生が旅行にでかける姿をして、わいわいさわいでいた。

「あ、小学生の遠足ですね。君たち、どこへ行くの」

「カリフォルニアからニューヨークの方へ」

「えっ、カリフォルニアからニューヨークの方へ。僕をからかっちゃいけないねえ」

「からかいやしないよ。ほんとだよ。君はへんな少年だね」

正吉は、やっつけられた。

そばにいた区長がにやにや笑いながら、正吉の耳にささやいた。

「ちかごろの小学生はアメリカやヨーロッパへ遠足にいくのです。この駅からは、太平洋横断地下鉄の特別急行列車が出ます。<ruby><rb>風洞</rb><rt>かざあな</rt></ruby>の中を、<ruby><rb>気密列車</rb><rt>きみつれっしゃ</rt></ruby>が<ruby><rb>砲弾</rb><rt>ほうだん</rt></ruby>のように遠く走っていく、というよりも飛んでいくのですな。十八時間でサンフランシスコへつくんですよ」

「そんなものができたんですか。航空路でもいけるんでしょう」

「空中旅行は、<ruby><rb>外敵</rb><rt>がいてき</rt></ruby>の攻撃を受ける危険がありますからね。この地下鉄の方が安全なんです。なにしろ巨大なる原子力が使えるようになったから、昔の人にはとても考えられないほどの大土木工事や大建築が、どんどん楽にやれるのです。ですから、世界中どこへでも、<ruby><rb>高速</rb><rt>こうそく</rt></ruby>地下鉄で行けるのです」

「ふーン。すると今は地下生活時代ですね」

「まあ、そうでしょうな。しかし空へも発展していますよ。そうそう、明日は、羽田空港から月世界探検隊が十台のロケット<ruby><rb>艇</rb><rt>てい</rt></ruby>に乗って出発することになっています」

正吉は大きなため息をついてひとりごとをいった。

「三十年たって、こんなに世界や生活がかわるとは思わなかったなあ。こんなにかわると知ったら、三十年前にもっと元気を出して、勉強したものをねえ」

あとで分った話によると、例のモーリ博士は月世界探検に行ったまま、<ruby><rb>遭難</rb><rt>そうなん</rt></ruby>して帰れなくなっているということだ。こんどの探検隊が、きっと博士を救い出すであろう。