一

僕は一夏を<ruby><rb>国府津</rb><rt>こうづ</rt></ruby>の海岸に送ることになった。友人の紹介で、ある寺の一室を借りるつもりであったのだが、たずねて行って見ると、いろいろ取り込みのことがあって、この夏は客の世話が出来ないと言うので、またその<ruby><rb>住持</rb><rt>じゅうじ</rt></ruby>の紹介を得て、<ruby><rb>素人</rb><rt>しろうと</rt></ruby>の家に置いてもらうことになった。少し込み入った脚本を書きたいので、やかましい宿屋などを避けたのである。隣りが料理屋で芸者も一人かかえてあるので、時々客などがあがっている時は、随分そうぞうしかった。しかし僕は<ruby><rb>三味線</rb><rt>しゃみせん</rt></ruby>の浮き浮きした<ruby><rb>音色</rb><rt>ねいろ</rt></ruby>を<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>いでないから、かえって面白いところだと気に入った。

僕の占領した室は二階で、二階はこの一室よりほかになかった。隣りの料理屋の地面から、<ruby><rb>丈</rb><rt>せい</rt></ruby>の高いいちじくが<ruby><rb>繁</rb><rt>しげ</rt></ruby>り立って、僕の二階の<ruby><rb>家根</rb><rt>やね</rt></ruby>を上までも越している。いちじくの青い広葉はもろそうなものだが、これを見ていると、何となくしんみりと、気持ちのいいものだから、僕は<ruby><rb>芭蕉葉</rb><rt>ばしょうば</rt></ruby>や<ruby><rb>青桐</rb><rt>あおぎり</rt></ruby>の葉と同様に好きなやつだ。しかもそれが僕の仕事をする座敷からすぐそばに見える。

それに、その葉かげから、隣りの料理屋の<ruby><rb>綺麗</rb><rt>きれい</rt></ruby>な庭が見える。<ruby><rb>燈籠</rb><rt>とうろう</rt></ruby>やら、いくつにも<ruby><rb>分岐</rb><rt>ぶんき</rt></ruby>した敷石の道やら、<ruby><rb>瓢箪</rb><rt>ひょうたん</rt></ruby>なりの――この形は、西洋人なら、何かに似ていると言って、婦人の前には口にさえ出さぬという――池やら、低い松や柳の枝ぶりを造って刈り込んであるのやら例の箱庭式はこせついて<ruby><rb>厭</rb><rt>いや</rt></ruby>なものだが、掃除のよく行き届いていたのは、これも気持ちのいいことの一つだ。その庭の片端の僕の方に寄ってるところは、勝手口のあるので、他の方から低い<ruby><rb>竹垣</rb><rt>たけがき</rt></ruby>をもって仕切られていて、そこにある井戸――それも僕の座敷から見える――は、僕の家の人々もつかわせてもらうことになっている。

隣りの家族と言っては、主人夫婦に子供が二人、それに主人の姉と芸者とが加わっていた。主人夫婦はごくお人よしで家業大事とばかり、家の掃除と料理とのために、朝から晩まで一生懸命に働いていた。主人の姉――名はお<ruby><rb>貞</rb><rt>さだ</rt></ruby>――というのが、昔からのえら<ruby><rb>物</rb><rt>ぶつ</rt></ruby>で、そこの女将たる実権を握っていて、地方有志の宴会にでも出ると、井筒屋の女将お貞婆さんと言えば、なかなか幅が<ruby><rb>利</rb><rt>き</rt></ruby>く代り、家にいては、主人夫婦を呼び<ruby><rb>棄</rb><rt>す</rt></ruby>てにして、少しでもその意地の悪い心に落ちないことがあると、<ruby><rb>意張</rb><rt>いば</rt></ruby>りたがるお客が家の者にがなりつくような権幕であった。

お君というその<ruby><rb>姪</rb><rt>めい</rt></ruby>、すなわち、そこの娘も、年は十六だが、<ruby><rb>叔母</rb><rt>おば</rt></ruby>に似た性質で、――客の前へ出ては内気で、<ruby><rb>無愛嬌</rb><rt>ぶあいきょう</rt></ruby>だが、――とんまな両親のしていることがもどかしくッて、もどかしくッてたまらないという風に、自分が用のない時は、<ruby><rb>火鉢</rb><rt>ひばち</rt></ruby>の前に<ruby><rb>坐</rb><rt>すわ</rt></ruby>って、目を離さず、その長い<ruby><rb>頤</rb><rt>あご</rt></ruby>で両親を使いまわしている。前年など、かかえられていた芸者が、この娘の皮肉の<ruby><rb>折檻</rb><rt>せっかん</rt></ruby>に堪えきれないで、海へ身を投げて死んだ。それから、急に不評判になって、あの婆さんと娘とがいる間は、井筒屋へは行ってやらないと言う人々が多くなったのだそうだ。道理であまり景気のいい料理店ではなかった。

僕が英語が出来るというので、僕の家の人を介して、井筒屋の主人がその子供に英語を教えてくれろと頼んで来た。それも<ruby><rb>真面目</rb><rt>まじめ</rt></ruby>な依頼ではなく、時々西洋人が来て、応対に困ることがあるので、「おあがんなさい」とか、「何を出しましょう」とか、「お酒をお飲みですか、ビールをお飲みですか」とか、「芸者を呼びましょうか」とか、「大相<ruby><rb>上機嫌</rb><rt>じょうきげん</rt></ruby>です、ね」とか、「またいらっしゃい」とか、そういうことを専門に教えてくれろと言うのであった。僕は好ましくなかったが、仕事のあいまに教えてやるのも面白いと思って、会話の目録を作らして、そのうちを少しずつと、二人がほかで習って来るナショナル読本の一と二とを読まして見ることにした。お君さんとその弟の<ruby><rb>正</rb><rt>しょう</rt></ruby>ちゃんとが毎日午後時間を定めて習いに来た。正ちゃんは十二歳で、病身だけに、少し薄のろの方であった。

ある日、正ちゃんは、学校のないので、午前十一時ごろにやって来た。僕は大切な時間を取られるのが惜しかったので、いい加減に教えてすましてしまうと、

「うちの芸者も先生に教えていただきたいと言います」

と言い出した。

「面倒くさいから、厭だよ」と僕は答えたが、跡から思うと、その時からすでにその芸者は僕をだまそうとしていたのだ。正ちゃんは無邪気なもので、

「どうせ習らっても、馬鹿だから、分るもんか？」

「なぜ？」

「こないだも大ざらいがあって、<ruby><rb>義太夫</rb><rt>ぎだゆう</rt></ruby>を語ったら、<ruby><rb>熊谷</rb><rt>くまがい</rt></ruby>の次郎<ruby><rb>直実</rb><rt>なおざね</rt></ruby>というのを熊谷の太郎と言うて笑われたんだ――あ、あれがうちの芸著です、寝坊の親玉」

と、そとを指さしたので、僕もその方に向いた。いちじくの葉かげから見えたのは、しごき一つのだらしない寝巻き姿が、<ruby><rb>楊枝</rb><rt>ようじ</rt></ruby>をくわえて、<ruby><rb>井戸端</rb><rt>いどばた</rt></ruby>からこちらを見て笑っている。

「正ちゃん、いいものをあげようか？」

「ああ」と立ちあがって、両手を出した。

「ほうるよ」と、しなやかにだが、勢いよくからだが曲がるかと思うと、黒い物が飛んで来て、正ちゃんの手をはずれて、僕の肩に当った。

「おほ、ほ、ほ！　御免下さい」と、向うは笑いくずれたが、すぐ白いつばを吐いて、顔を洗い出した。飛んで来たのは僕のがま口だ。

「これはわたしのだ。さッき井戸端へ水を飲みに行った時、落したんだろう」

「あの<ruby><rb>狐</rb><rt>きつね</rt></ruby>に取られんで、まア、よかった」

「<ruby><rb>可哀</rb><rt>かわい</rt></ruby>そうに、そんなことを言って――何という名か、ね？」

「<ruby><rb>吉弥</rb><rt>きちや</rt></ruby>と言います」

「帰ったら、礼を言っといておくれ」と、僕は僕の読みかけているメレジコウスキの小説を開らいた。

正ちゃんは、裏から来たので、裏から帰って行ったが、それと一緒に何か話しをしながら、家にはいって行く吉弥の素顔をちょっとのぞいて見て、あまり色が黒いので、僕はいや気がした。

二

僕はその夕がた、あたまの<ruby><rb>労</rb><rt>つか</rt></ruby>れを<ruby><rb>癒</rb><rt>いや</rt></ruby>しに、井筒屋へ行った。それも、<ruby><rb>角</rb><rt>かど</rt></ruby>の立たないようにわざと裏から行った。

「あら、先生！」と、第一にお貞婆さんが見つけて、立って来た。「こんなむさ苦しいところからおいでんでも――」

「なアに、僕は遠慮がないから――」

「まア、おはいりなさって下さい」

「失敬します」と、僕は台どころの板敷きからあがって、大きな<ruby><rb>囲炉裡</rb><rt>いろり</rt></ruby>のそばへ坐った。

主人は<ruby><rb>尻</rb><rt>しり</rt></ruby>はしょりで庭を掃除しているのが見えた。おかみさんは下女同様な風をして、広い台どころで働いていた。僕の坐ったうしろの方に、広い間が一つあって、そこに大きな姿見が<ruby><rb>据</rb><rt>す</rt></ruby>えてある。お君さんがその前に立って、しきりに姿を気にしていた。畳一枚ほどに切れている細長い囲炉裡には、この暑いのに、<ruby><rb>燃木</rb><rt>まき</rt></ruby>が四、五本もくべてあって、天井から<ruby><rb>雁木</rb><rt>がんぎ</rt></ruby>で<ruby><rb>釣</rb><rt>つ</rt></ruby>るした<ruby><rb>鉄瓶</rb><rt>てつびん</rt></ruby>がぐらぐら煮え立っていた。

「どうも、毎度、子供がお世話になって」と、炉を隔てて僕と相対したお貞婆さんが改まって<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>をした。

「どうせ、丁寧に教えてあげる暇はないのだから、お礼を言われるまでのことはないのです」

「この暑いのに、よう精が出ます、な、朝から晩まで勉強をなさって？」

「そうやっていなければ喰えないんですから」

「<ruby><rb>御常談</rb><rt>ごじょうだん</rt></ruby>を――それでも、先生はほかの人と違って、遊びながらお仕事が出来るので結構でございます」

「貧乏ひまなしの<ruby><rb>譬</rb><rt>たと</rt></ruby>えになりましょう」

「どう致しまして、先生――おい、お君、先生にお茶をあげないか？」

そのうち、正ちゃんがどこからか帰って来て、僕のそばへ坐って、今<ruby><rb>聴</rb><rt>き</rt></ruby>いて来た世間のうわさ話をし出す。お君さんは茶を出して来る。お貞が二人の子供を実子のように可愛がり、また自慢するのが近処の人々から嫌われる一原因だと聴いていたから、僕はそのつもりであしらっていた。

「どうも馬鹿な子供で困ります」と言うのを、

「なアに、ふたりとも利口なたちだから、おぼえがよくッて<ruby><rb>末頼</rb><rt>すえたの</rt></ruby>もしい」と、僕は<ruby><rb>讃</rb><rt>ほ</rt></ruby>めてやった。

「おッ<ruby><rb>母</rb><rt>か</rt></ruby>さん、実は気が<ruby><rb>欝</rb><rt>うっ</rt></ruby>して来たんで、一杯飲ましてもらいたいんです、どッかいい座敷を一つ開けてもらいましょうか？」

「それはありがとうござります」と、お貞はお君に目くばせしながら、

「風通しのええ二階の三番がよかろ。あすこへ御案内おし」

「なアに、どこでもいいですよ」と、僕は立ってお君さんについて行った。<ruby><rb>煙草盆</rb><rt>たばこぼん</rt></ruby>が来た、改めてお茶が出た。

「何をおあがりなさいます」と、お君のおきまり文句らしいのを聴くと、僕が西洋人なら僕の教えた片言を試みるのだろうと思われて、何だか厭な、<ruby><rb>小癪</rb><rt>こしゃく</rt></ruby>な娘だという考えが浮んだ。僕はいい加減に見つくろって出すように命じ、巻煙草をくわえて寝ころんだ。

まず<ruby><rb>海苔</rb><rt>のり</rt></ruby>が出て、お君がちょっと<ruby><rb>酌</rb><rt>しゃく</rt></ruby>をして立った跡で、ちびりちびり飲んでいると二、三品は<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>って、そこへお貞が相手に出て来た。

「お<ruby><rb>独</rb><rt>ひと</rt></ruby>りではお寂しかろ、<ruby><rb>婆々</rb><rt>ばば</rt></ruby>アでもお相手致しましょう」

「結構です、まア一杯」と、僕は<ruby><rb>盃</rb><rt>さかずき</rt></ruby>をさした。

婆さんはいろんな話をした。この家の二、三年前までは<ruby><rb>繁盛</rb><rt>はんじょう</rt></ruby>したことや、近ごろは一向客足が遠いことや、土地の人々の薄情なことや、世間で自家の欠点を指摘しているのは知らないで、勝手のいい泣き言ばかりが出た。やがてはしご段をあがって、廊下に違った足音がすると思うと、吉弥が<ruby><rb>銚子</rb><rt>ちょうし</rt></ruby>を持って来たのだ。けさ見た素顔やなりふりとは違って、尋常な芸者に出来あがっている。

「けさほどは失礼致しました」と、しとやかながら冷かすように手をついた。

「僕こそお礼を言いに来たのかも知れません」

「かも知れませんでは、お礼になりますまい！」

「いや、どうも――それでは、ありがとうござります」

と、僕はわざとらしくあたまを下げた。

「まア、それで、あたい気がすんだ、わ」

吉弥はお貞を見て、勝利がおに扇子を使った。

「全体、まア」と、はじめから<ruby><rb>怪幻</rb><rt>けげん</rt></ruby>な様子をしていたお貞が、「どうしたことよ、出し抜けになぞ見たようで？」

「なアに、おッ母さん、けさ、僕が落したがま口を拾ってもらったんです」というと、その跡は吉弥の笑い声で説明された。

「それでは、いッそだまっておれば<ruby><rb>儲</rb><rt>もう</rt></ruby>かったのに」

「ほんとに、あたい、そうしたらよかった」

「あいにく銅貨が二、三銭と来たら、いかに吉弥さんでも驚くだろう」

「この子はなかなか欲張りですよ」

「あら、叔母さん、そんなことはないわ」

「まア、一つさしましょう」と、僕は吉弥に<ruby><rb>猪口</rb><rt>ちょく</rt></ruby>を渡して、「今お座敷は明いているだろうか？」

「叔母さん、どう？」

「今のところでは、口がかかっておらない」

「じゃア、僕がけさのお礼として<ruby><rb>玉</rb><rt>ぎょく</rt></ruby>をつけましょう」

「それは済みませんけれど」と言いながら、婆アさんが承知のしるしに僕の猪口に酒を<ruby><rb>酌</rb><rt>つ</rt></ruby>いで、下りて行った。

三

「お前の生れはどこ？」

「東京」

「東京はどこ？」

「浅草」

「浅草はどこ？」

「あなたはしつッこいのね、<ruby><rb>千束町</rb><rt>せんぞくまち</rt></ruby>よ」

「あ、あの<ruby><rb>溝溜</rb><rt>どぶだめ</rt></ruby>のような池があるところだろう？」

「おあいにくさま、あんな池はとっくにうまってしまいましたよ」

「じゃア、うまった跡にぐらつく安借家が出来た、その二軒目だろう？」

「しどいわ、あなたは」と、ぶつ<ruby><rb>真似</rb><rt>まね</rt></ruby>をして、「はい、これでもうちへ帰ったら、お嬢さんで通せますよ」

「お嬢さん芸者万歳」と、僕は猪口をあげる真似をした。

<ruby><rb>三味</rb><rt>しゃみ</rt></ruby>を<ruby><rb>弾</rb><rt>ひ</rt></ruby>かせると、ぺこんぺこんとごまかし弾きをするばかり。面白くもないが、僕は酔ったまぎれに歌いもした。

「もう、よせよせ」僕は三味線を取りあげて、<ruby><rb>脇</rb><rt>わき</rt></ruby>に投げやり、「おれが手のすじを見てやろう」と、右の手を出させたが、指が太く短くッて実に無格好であった。

「お前は全体いくつだ？」

「二十五」

「うそだ、少くとも二十七だろう？」

「じゃア、そうしておいて！」

「お<ruby><rb>父</rb><rt>とっ</rt></ruby>さんはあるの？」

「あります」

「何をしている？」

「<ruby><rb>下駄屋</rb><rt>げたや</rt></ruby>」

「おッ母さんは？」

「芸者の<ruby><rb>桂庵</rb><rt>けいあん</rt></ruby>」

「<ruby><rb>兄</rb><rt>にい</rt></ruby>さんは？」

「<ruby><rb>勧工場</rb><rt>かんこうば</rt></ruby>の店番」

「姉さんは？」

「ないの」

「妹は？」

「芸者を引かされるはず」

「どこにつとめているの？」

「大宮」

「引かされてどうするの？」

「その人の奥さん」

「なアに、<ruby><rb>妾</rb><rt>めかけ</rt></ruby>だろう」

「妾なんか、つまりませんわ」

「じゃア、おれの奥さんにしてやろうか？」と、からだを引ッ張ると、「はい、よろしく」と、笑いながら寄って来た。

四

翌朝、食事をすましてから、僕は机に向ってゆうべのことを考えた。吉弥が電燈の球に「やまと」のあき袋をかぶせ、はしご段の方に耳をそば立てた時の様子を見て、もろい<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>、<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>ず<ruby><rb>転</rb><rt>てん</rt></ruby>の骨頂だという<ruby><rb>嫌気</rb><rt>いやけ</rt></ruby>がしたが、しかし自分の自由になるものは、――犬猫を飼ってもそうだろうが――それが人間であれば、いかなお多福でも、一層可愛くなるのが人情だ。国府津にいる間は可愛がってやろう、東京につれて帰れば面白かろうなどと、それからそれへ空想をめぐらしていた。

下座敷でなまめかしい声がして、だんだん二階へあがって来た。吉弥だ。書物を開らこうとしたところだが、まんざら厭な気もしなかった。

「田村先生、お早う」

「お前かい？」

「来たら、いけないの？」ぴッたり、僕のそばにからだを押しつけて坐った。それッきりで、目が物を言っていた。僕はその<ruby><rb>頸</rb><rt>くび</rt></ruby>をいだいて口づけをしてやろうとしたら、わざとかおをそむけて、

「厭な人、ね」

「厭なら来ないがいい、さ」

「それでも、来たの――あたし、あなたのような人が好きよ。商売人？」

「ああ、商売人」

「どんな商売？」

「本書き商売」

「そんな商売がありますもんか？」

「まア、ない、ね」

「人を馬鹿にしてイるの、ね」と、僕の肩をたたいた。

僕を商売人と見たので、また厭気がしたが、他日わが国を<ruby><rb>風靡</rb><rt>ふうび</rt></ruby>する大文学者だなどといばったところで、かの<ruby><rb>女</rb><rt>じょ</rt></ruby>の分ろうはずもないから、茶化すつもりでわざと顔をしかめ、

「あ、いたた！」

「うそうそ、そんなことで痛いものですか？」と、ふき出した。<ruby><rb>卦算</rb><rt>けさん</rt></ruby>の<ruby><rb>亀</rb><rt>かめ</rt></ruby>の子をおもちゃにしていた。

「全体どうしてお前はこんなところにぐずついてるんだ？」

「東京へ帰りたいの」

「帰りたきゃア早く帰ったらいいじゃアないか？」

「おッ母さんにそう言ってやった、わ、迎えに来なきゃア死んじまうッて」

「おそろしいこッた。しかしそんなことで、びくつくおッ母さんじゃアあるまい」

「おッ母さんはそりゃアそりゃア可愛がるのよ」

「<ruby><rb>独</rb><rt>ひと</rt></ruby>りでうぬぼれてやアがる。誰がお前のような者を可愛がるもんか？　一体お前は何が出来るのだ？」

「何でも出来る、わ」

「第一、三味線は<ruby><rb>下手</rb><rt>へた</rt></ruby>だし、歌もまずいし、ここから聴いていても、ただきゃアきゃア騒いでるばかりだ」

「ほんとうは、三味線はきらい、踊りが好きだったの」

「じゃア、踊って見るがいい」とは言ったものの、ふと顔を見合わせたら、抱きついてやりたいような気がしたのを、しつッこいと思わせないため、まぎらしに<ruby><rb>仰向</rb><rt>あおむ</rt></ruby>けに倒れ、両手をうしろに組んだまま、その上にあたまをのせ、吉弥が机の上でいたずらをしている横がおを見ると、色は黒いが、鼻柱が高く、目も口も大きい。それに<ruby><rb>丈</rb><rt>せい</rt></ruby>が高いので、役者にしたら、舞台づらがよく利くだろうと思いついた。ちょっと断わっておくが、僕はある脚本――それによって僕の進退を決する――を書くため、材料の整理をしに来ているので、少くとも女優の独りぐらいは、これを演ずる段になれば、必要だと思っていた時だ。

「お前が踊りを好きなら、役者になったらどうだ？」

「あたい、賛成だ、わ。甲州にいた時、<ruby><rb>朋輩</rb><rt>ほうばい</rt></ruby>と一緒に五郎、十郎をやったの」

「さぞこの尻が大きかっただろう、ね」うしろからぶつと、

「よして頂戴よ、お茶を引く、わ」と、僕の手を払った。

「お前が役者になる気なら、僕が十分周旋してやらア」

「どこへ、本郷座？　東京座？　<ruby><rb>新富座</rb><rt>しんとみざ</rt></ruby>？」

「どこでもいいや、ね、それは僕の胸にあるんだ」

「あたい、役者になれば、妹もなりたがるにきまってる。それに、あたいの子――」

「え、お前の子供があるんか？」

「もとの<ruby><rb>旦那</rb><rt>だんな</rt></ruby>に出来た娘なの」

「いくつ？」

「十二」

「<ruby><rb>意気地</rb><rt>いくじ</rt></ruby>なしのお前が子までおッつけられたんだろう？」

「そうじゃアない、わ。青森の人で、手が切れてからも、一年に一度ぐらいは出て来て、子供の食い<ruby><rb>扶持</rb><rt>ぶち</rt></ruby>ぐらいはよこす、わ。――それが面白い子よ。五つ六つの時から踊りが<ruby><rb>上手</rb><rt>じょうず</rt></ruby>なんで、料理屋や待合から借りに来るの。『はい、今晩は』ッて、澄ましてお客さんの座敷へはいって来て、踊りがすむと、『姉さん、<ruby><rb>御祝儀</rb><rt>ごしゅうぎ</rt></ruby>は』ッて催促するの。<ruby><rb>小癪</rb><rt>こしゃく</rt></ruby>な子よ。芝居は好きだから、あたいよく仕込んでやる、わ」

吉弥はすぐ乗り気になって、いよいよそうと<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>まれば、知り合いの待合や芸者屋に<ruby><rb>披露</rb><rt>ひろう</rt></ruby>して引き幕を贈ってもらわなければならないとか、披露にまわる<ruby><rb>衣服</rb><rt>きもの</rt></ruby>にこれこれかかるとか、かの女も寝ころびながら、いろいろの注文をならべていたが、僕は、その時になれば、どうとも<ruby><rb>工面</rb><rt>くめん</rt></ruby>してやるがと返事をして、まず二、三日考えさせることにした。

五

それからというもの、僕は毎晩のように井筒屋へ飲みに行った。吉弥の顔が見たいのと、例の決心を確かめたいのであったが、当人の決心がまず本統らしく見えると、すぐまた僕はその親の意見を聴きにやらせた。親からは<ruby><rb>近々</rb><rt>ちかぢか</rt></ruby>当地へ来るから、その時よく相談するという返事が来たと、吉弥が話した。僕一個では、また、ある友人の劇場に関係があるのに手紙を出し、こうこういう女があって、こうこうだと、その欠点と長所とを誇張しないつもりで一考を求め、遊びがてら見に来てくれろと言っておいたら、ついでがあったからと言って出て来てくれた。吉弥を一夕友人に紹介したが、もう、その時は僕が深入りし過ぎていて、女優問題を相談するよりも、二人ののろけを見せたように友人に見えたのだろう。僕よりもずッと年若い友人は、来る時にも「田村先生はいますか」というような調子でやって来て、帰った時にはその晩の勘定五円なにがしを払ってあったので、気の毒に思って、僕はすぐその宿を訪うと、まだ帰らないということであった。どこかでまた焼け酒を飲んでいるのだろうと思ったから、その翌朝を待って再び訪問すると、もう出発していなかった。僕は何だか興ざめた気がした。それから、一週間、二週間を経ても、友人からは何の<ruby><rb>音沙汰</rb><rt>おとさた</rt></ruby>もなかった。しかし、僕は、どんな難局に立っても、この女を女優に仕立てあげようという熱心が出ていた。

六

僕は井筒屋の<ruby><rb>風呂</rb><rt>ふろ</rt></ruby>を<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>っていたが、雨が降ったり、あまり涼しかったりする日は<ruby><rb>沸</rb><rt>た</rt></ruby>たないので、自然近処の銭湯に行くことになった。吉弥も自分のうちのは立っても夕がたなどで、お座敷時刻の間に合わないと言って、銭湯に行っていた。僕が行くころには吉弥も来た、吉弥の来るころには僕も行った。別に申し合わせたわけでもなかったが、時々は向うから誘うこともあった。気がつかずにいたが、毎度風呂の中で出くわす男で、<ruby><rb>石鹸</rb><rt>しゃぼん</rt></ruby>を女湯の方から貰って使うのがあって、僕はいつも厭な、にやけた奴だと思っていた。それが一度向うからあまり女らしくもない手が出て、

「旦那、しゃぼん」という声が<ruby><rb>聴</rb><rt>きこ</rt></ruby>えると、てッきり吉弥の声であった。男はいつも女湯の方によって洗っていた。

このふたりは湯をあがってからも、必らず立ち話した。男は腰巻き一つで、うちわを使いながら、湯の番人の坐っている番台のふちに片手をかけて女に向うと、女はまた、どこで得たのか、白い<ruby><rb>寒冷紗</rb><rt>かんれいしゃ</rt></ruby>の<ruby><rb>襞</rb><rt>ひだ</rt></ruby>つき西洋寝巻きをつけて、そのそばに立ちながら涼んでいた。湯あがりの化粧をした顔には、ほんのりと赤みを帯びて、見ちがえるほど美しかった。

ほかにも芸者のはいりに来ているのは多いが、いつも目に立つのはこの女がこの男と相対してふざけたり、笑ったりしていたことである。はじめはこの男をひいきのお客ぐらいにしか僕は思っていなかったが、石鹸事件を知ったので、これは僕の恋がたきだと思った。否、恋がたきとして競争する必要もないが、吉弥が女優になりたいなどは真ッかなうそだと<ruby><rb>合点</rb><rt>がてん</rt></ruby>した。急に胸がむかむかとして来ずにはいられなかった。その様子がかの女には見えたかも知れないが、僕はこれを顔にも見せないつもりで、いそいで<ruby><rb>衣服</rb><rt>きもの</rt></ruby>をつけてそこを出た。しまったと後悔したのは、出口の障子をつい<ruby><rb>烈</rb><rt>はげ</rt></ruby>しくしめたことだ。

きょうは早く行って、あの男またはその他の人に呼ばれないうちに、吉弥めをあげ、一つ精一杯なじってやろうと決心して、井筒屋へ行った。湯から帰ってすぐのことであった。

「<ruby><rb>叔母</rb><rt>おば</rt></ruby>さん」僕もここの家族の言いならしに従って、お貞婆アさんをそう呼ぶことにしたのだ！――

「きょうは今から吉弥さんを呼んで、十分飲みますぞ」

「毎度御ひいきは有難うございますけれど、先生はそうお遊びなさってもよろしゅうございますか？」

「なアに、かまいませんとも」

「しかし、まだ奥さんにはお目にかかりませんけれど、おうちでは独りでご心配なさっておられますよ。それがお可哀そうで」

「かかアは何も知ってませんや」

「いいえ、先生のようなお気質では、つれ添う身になったら大抵想像がつきますもの」

「よしんば、知れたッてかまいません」

「先生はそれでもよろしかろうが、私どもがそばにいて、奥さんにすみません」

「心配にゃア及びません、さ」景気よくは応対していたものの、考えて見ると、吉弥に熱くなっているのを勘づいているので、旦那があるからとてもだめだという心をほのめかすのではないかとも取れないことではない。また、一方には、飲むばかりで借りが出来るのを、もし払われないようなことがあってはと心配し出したのではないかとも取れた。僕はわざと作り笑いをもって平気をよそい、お貞やお君さんや正ちゃんやと時間つぶしの話をした。吉弥がまだ湯から帰らないのをひそかに知っていたからだ。

「吉弥は風呂に行ってまだ帰りませんが――もう、帰りそうなものだに、なア」と、お貞はお君に言った。

「もう、一時間半、二時間にもなる」と、正ちゃんが時計を見て口を出した。

「また、あの青木と<ruby><rb>蕎麦屋</rb><rt>そばや</rt></ruby>へ行ったのだろう」お君が長い<ruby><rb>顎</rb><rt>あご</rt></ruby>を動かした。蕎麦屋と聴けば、僕も吉弥に引ッ込まれたことがあって、よく知っているから、そこへ行っている事情は十分察しられるので、いいことを聴かしてくれたと思った。しかし、この利口ではあるが小癪な娘を、教えてやっているが、僕は内心非常に嫌いであった。年にも似合わず、人の欠点を横からにらんでいて、自分の気に食わないことがあると、何も言わないで、親にでも強く当る。

「気が強うて困ります」とは、その母が僕にかつて言ったことだ。まして雇い人などに対しては、最も皮肉な当り方をするので、吉弥はいつもこの娘を見るとぷりぷりしていた。その不平を吉弥はたびたび僕に漏らすことがあった。もっとも、お君さんをそういう気質に育てあげたのは、もとはと言えば、親たちが悪いのらしい。世間の評判を聴くと、まだ肩あげも取れないうちに、箱根のある旅館の助平おやじから大金を取って、水あげをさせたということだ。小癪な娘だけにだんだん焼けッ腹になって来るのは当り前だろう。

「あの青木の野郎、今度来たら十分言ってやらにゃア」と、お貞が受けて、「借金が返せないもんだから、うちへ来ないで、こそこそとほかでぬすみ喰いをしゃアがる！」

子供はふたりとも吹き出した。

「吉弥も吉弥だ、あんな奴にくッついておらなくとも、お客さんはどこにでもある。――あんな奴があって、うちの商売の邪魔をするのだ」

そう思うのも実際だ。僕が来てからの様子を見ていても、料理の仕出しと言ってもそうあるようには見えないし、あがるお客はなおさら少い。たよりとしていたのは、吉弥独りのかせぎ高だ。毎日夕がたになると、家族は<ruby><rb>囲炉裡</rb><rt>いろり</rt></ruby>を取りまいて、吉弥の口のかかって来るのを今か今かと待っている。

やがて吉弥はのッそり帰って来た。

「何をぐずぐずしておったんだ？　すぐお座敷だよ」お貞はその割り合いに強くは当らなかった。

「そう」吉弥は平気で返事をして、炉のそばに坐って、「いらっしゃい」僕に挨拶をしたが、まるめて持っていた<ruby><rb>手拭</rb><rt>てぬぐい</rt></ruby>としゃぼんとをどこに置こうかとまごついていたが、それを炉のふちへ置いて、

「一本、どうか」と、僕のそばの巻煙草入れに手を出した。

その時、吉弥は僕のうしろに坐っているお君の鋭い目に出くわしたらしい。急に険相な顔になって、「何だい、そのにらみざまは？　<ruby><rb>蛙</rb><rt>かえる</rt></ruby>じゃアあるめいし。手拭をここへ置くのがいけなけりゃア、勝手に自分でどこへでもかけるがいい！　いけ好かない小まッちゃくれだ！」

「一体どうしたんだ」と、僕がちょっと吉弥に当って、お君をふり返ると、お君は黙って下を向いた。

「あたいがいるのがいけなけりゃア、いつからでも出すがいい。へん、去年身投げをした芸者のような<ruby><rb>意気地</rb><rt>いくじ</rt></ruby>なしではない。死んだッて、化けて出てやらア。高がお客商売の料理屋だ、今に見るがいい」と、吉弥はしきりに力んでいた。

僕は何にも知らない風で、かの女の口をつぐませると、それまでわくわくしていたお貞が口を出し、

「まア、えい。まア、えい。――子供同士の<ruby><rb>喧嘩</rb><rt>けんか</rt></ruby>です、先生、どうぞ<ruby><rb>悪</rb><rt>あ</rt></ruby>しからず。――さア、吉弥、<ruby><rb>支度</rb><rt>したく</rt></ruby>、支度」

「厭だが、行ってやろうか」と、吉弥はしぶしぶ立って、大きな姿見のある化粧部屋へ行った。

七

「お座敷は先生だッたの、ねえ、――あんなことを言って、どうも失礼」と、吉弥は三味線をもってはいって来た。

「………」僕はさッきから独りで、どういう風に油をしぼってやろうかと、しきりに考えていたのだが、やさしい声をして、やさしい様子で来られては、今まで胸にこみ合っていたさまざまの<ruby><rb>忿怒</rb><rt>ふんぬ</rt></ruby>のかたちは、太陽の光に当った霧と消えてしまった。

「お酌」と出した徳利から、心では受けまいと<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めていた酒を受けた。しかし、まだ何となく胸のもつれが取れないので、ろくに話をしなかった。

「おこってるの？」

「………」

「ええ、おこッているの？」

「………」

「あたい知らないわ！」

吉弥はかっと顔を赤くして、立ちあがった。そのまま下へ行って、僕のおこっていることを言い、湯屋で見たことを<ruby><rb>妬</rb><rt>や</rt></ruby>いているのだということがもしも下のものらに分ったら、僕一生の男を下げるのだと心配したから、

「おい、おい！」と命令するような強い声を出した。それでも、かの女は行ってしまったが、まさかそのまま来ないことはあるまいと思ったから、独りで酌をしながら待っていた。はたして銚子を持ってすぐ再びやって来た。向うがつんとしているので、今度は僕から物を言いたくなった。

「どうだい、僕もまた一つ<ruby><rb>蕎麦</rb><rt>そば</rt></ruby>をふるまってもらおうじゃアないか？」

「あら、もう、知ってるの？」

「へん、そんなことを知らないような馬鹿じゃアねい。役者になりたいからよろしく頼むなんどと<ruby><rb>白</rb><rt>しら</rt></ruby>ばッくれて、一方じゃア、どん百姓か、<ruby><rb>肥取</rb><rt>こえと</rt></ruby>りかも知れねいへッぽこ<ruby><rb>旦</rb><rt>だん</rt></ruby>つくと乳くり合っていやアがる」

「そりゃア、あんまり可哀そうだ、わ。あの人がいなけりゃア、東京へ帰れないじゃアないか、ね」

「どうして、さ？」

「じゃア、誰れが受け出してくれるの？　あなた？」

「おれのはお前が女優になってからの問題だ。受け出すのは、心配なくおッ母さんが来て始末をつけると言ったじゃアないか？」

「だから、おッ母さんが来ると言ってるのでしょう――」

それで分ったが、おッ母さんの来るというのは、女優問題でわざわざ来るのではなく、青木という男に受け出されるそのかけ合いのためであったのだ。

「あんな者に受け出されて、やッぱし、こんなしみッたれた<ruby><rb>田舎</rb><rt>いなか</rt></ruby>にくすぶってしまうのだろうよ」

「おおきにお世話だ、あなたよりもさきに東京へ帰りますよ」

「帰って、どうするんだ？」

「お嫁に行きますとも」

「誰れが貴さまのような者を貰ってくれよう？」

「<ruby><rb>憚</rb><rt>はばか</rt></ruby>りながら、これでも<ruby><rb>衣物</rb><rt>きもの</rt></ruby>をこさえて待っていてくれるものがありますよ」

「それじゃア、青木が可哀そうだ」

「可哀そうも何もあったもんか？　あいつもこれまでに大分金をつぎ込んだ男だから、なかなか思い切れるはずはない、さ」

「どんなに馬鹿だッて、そんなのろまな男はなかろうよ」

「どうせ、おかみさんがやかましくッて、あたいをここには置いとけないのだから、たまに向うから東京へ出て来るだけのことだろう、さ」

男はそんなものと高をくくられているのかと思えば、僕はまた厭気がさして来た。

「お嫁に行って、妾になって、まだその上に女優を欲張ろうとは、お前も随分ふてい奴、さ」

「そうとも、さ、こんなにふとったからだだもの、かせげるだけかせぐん、さ、ね」

「じゃア、もう、僕は手を引こう」と、僕は坐り直した。「青木が呼びに来るだろうから、下へ行け」

「あの人は今晩来ないことになったの――そんなに言わないで、さ、あなた」と、吉弥はあまえるようにもたれかかって、「今言ったことはうそ、みんなうそ。決心してイるんだから、役者にして頂戴よ。おッ母さんだッて、あたいから言えば、承知するに<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>まってる、わ」

僕は、女優問題さえ忘れれば、恨みもつらみもなかったのだから、こうやって飲んでいるのは悪くもなかった。

吉弥はまた早くこの厭な井筒屋を抜けて、自由の身になりたいのであった。何んでも早く青木から身受けの金を出させようと運動しているらしく、先刻もまた青木の言いなり放題になって、その代りに何かの<ruby><rb>手筈</rb><rt>てはず</rt></ruby>を<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めて来たものと見えた。おッ母さんから<ruby><rb>一筆</rb><rt>ひとふで</rt></ruby>青木に当てた依頼状さえあれば、あすにも楽な身になれるというので、僕は思いも寄らない偽筆を頼まれた。

八

青木というのは、来遊の外国人を当て込んで、箱根や<ruby><rb>熱海</rb><rt>あたみ</rt></ruby>に古道具屋の店を開き、手広く商売が出来ていたものだが、全然無筆な男だから、人の借金証書にめくら判を押したため、ほとんど破産の状態に落ち入ったが、このごろでは多少回復がついて来たらしかった。今の細君というのは、やッぱり、井筒屋の芸者であったのを引かしたのだ。<ruby><rb>二十歳</rb><rt>はたち</rt></ruby>の娘をかしらにすでに三人の子持ちだ。はじめて家を持った時、などは、井筒屋のお貞（その時は、まだお貞の<ruby><rb>亭主</rb><rt>ていしゅ</rt></ruby>が生きていて、それが井筒屋の主人であった）の思いやりで、台どころ道具などを初め、所帯を持つに必要な物はほとんどすべて<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>えてもらい、飯の<ruby><rb>炊</rb><rt>た</rt></ruby>き方まで手を取らないまでにして世話してもらったのであるが、月日の<ruby><rb>経</rb><rt>た</rt></ruby>つに従い、この新夫婦はその恩義を忘れたかのように<ruby><rb>疎</rb><rt>うと</rt></ruby>くなった。お貞は、今に至るまでも、このことを言い出しては、<ruby><rb>軽蔑</rb><rt>けいべつ</rt></ruby>と悪口との種にしているが、この一、二年来不景気の店へ近ごろ最もしげしげ来るお客は青木であったから、陰で悪く言うものの、面と向っては、進まないながらも、十分のお世辞をふり<ruby><rb>撤</rb><rt>ま</rt></ruby>いていた。

青木は井筒屋の<ruby><rb>米櫃</rb><rt>こめびつ</rt></ruby>でもあったし、また吉弥の旦那をもって得々としていたのである。しかしその実、苦しい工面をしていたということは、僕が当地へ初めて着した時尋ねて行った寺の住職から聴くことが出来た。

住職のことはこの話にそう編み込む必要がないが、とにかく、かれは僕の室へよく遊びに来た、僕もよく遊びに行った。酔って来ると、随分面白い坊主で、いろんなことをしゃべり出す。それとなく、吉弥の評判を聴くと、色が黒いので、土地の人はかの女を「おからす芸者」ということを僕に言って聴かせたことがある。これを聴かされた日、僕は、帰って来てから吉弥にもっと顔をみがくように忠告した。かの女の黒いのはむしろ<ruby><rb>無精</rb><rt>ぶしょう</rt></ruby>だからであると僕には思われた。

「<ruby><rb>磨</rb><rt>みが</rt></ruby>いて見せるほどあたいが打ち込む男は、この国府津にゃアいないよ」とは、かの女がその時の返事であった。

住職の知り合いで、ある小銀行の役員をつとめている田島というものも、また、吉弥に熱くなっていることは、住職から聴いて知っていたが、この方に対しては別に心配するほどのこともないと見たから、僕も眼中に置かなかった。吉弥を通じて僕に会いたいということづてもあったが、僕は面倒だと思ってはねつけておいた。かつどうも当地にとどまる女ではないし、また帰ったら女優になると言っているから、女房にしようなどいう野心を起して、つまらない金は使わない方がよかろうと、かれに忠告してやれと僕は住職に勧めたことがある。一方にはそんなしおらしいことを言って、また一方では偽筆を書く、僕のその時の矛盾は――あとから見れば――はなはだしいもので、もう、ほとんど全く目が暗んでいたのだろう。

吉弥は、自分に取っては、最も多くの世話を受けている青木をも、あたまから見くびっていたのだから、平気で僕の筆を利用しようとした。それをもって綺麗に井筒屋を出る手つづきをさせようとしたのは翌朝のことであるが、そう早くは成功しなかった。

僕が昼飯を喰っている時、吉弥は僕のところへやって来て、飯の給仕をしてくれながら太い指にきらめいている宝石入りの指輪を<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しそうにいじくっていた。

「どうしたんだ？」僕はいぶかった。

「人質に取ってやったの」

「おッ母さんの手紙がばれたんだろう――？」

「いいえ、ゆうべこれ（と、鼻をゆびさしながら）に負けたんで、現金がないと、さ」

「馬鹿野郎！　だまされていやアがる」僕は僕のことでも頼んで出来なかったものを責めるような気になっていた。

「本統よ、そんなにうそがつける男じゃアないの」

「のろけていやがれ、おめえはよッぽどうすのろ芸者だ。――どれ、見せろ」

「よッぽどするでしょう？」抜いて出すのを受け取って見たが、<ruby><rb>鍍金</rb><rt>めっき</rt></ruby>らしいので、

「馬鹿！」僕はまた<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>りつけたようにそれをほうり出した。

「しどい、わ」吉弥は真ッかになって、恨めしそうにそれを拾った。

「そんな物で身受けが出来る<ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>なら、お前はそこらあたりの<ruby><rb>達磨</rb><rt>だるま</rt></ruby>も同前だア」

「どうせ達磨でも、<ruby><rb>憚</rb><rt>はばか</rt></ruby>りながら、あなたのお世話にゃアなりませんよ――じゃア、これはどう？」帯の間から小判を一つ出した。「これなら、指輪に打たしても立派でしょう？」

「どれ」と、ひッたくりかけたら、

「いやよ」と、引ッ込めて、「あなたに見せたッて、けちをつけるだけ損だ」

「じゃア、勝手にしゃがアれ」

僕は飯をすまし、茶をつがせて、<ruby><rb>箸</rb><rt>はし</rt></ruby>をしまった。吉弥はのびをしながら、

「ああ、ああ、もう、死んじまいたくなった。いつおッ母さんがお金を持って来てくれるのか、もう一度手紙を出そうかしら？」

「いい旦那がついているのに、持って来るはずはない、さ」

「でも、何とやらで、いつはずれるか知れたものじゃアない」

「それがいけなけりゃア、また例のお若い人に<ruby><rb>就</rb><rt>つ</rt></ruby>くがいいや、ね」

「それがいけなけりゃア――あなた？」

「馬鹿ア言え。そんな<ruby><rb>腑</rb><rt>ふ</rt></ruby>ぬけな田村先生じゃアねえ。――おれは受け合っておくが、お前のように気の多い奴は、結局ここを去ることが出来ずにすむんだ」

「いやなこッた！」立ち上って、両手に<ruby><rb>膳</rb><rt>ぜん</rt></ruby>と土瓶とを持ち、

「あとでいらっしゃい」と言って二階の段を降りて行った。下では、「きイちゃん、御飯」と、呼びに来たお君の声がきこえた。

九

その日の午後、井筒屋へ電報が来た。吉弥の母からの電報で、今新橋を立ったという知らせだ。僕が何気なく行って見ると、吉弥が子供のように嬉しがっている様子が、その挙動に見えた。僕が<ruby><rb>囲炉裡</rb><rt>いろり</rt></ruby>のそばに坐っているにもかかわらず、ほとんどこれを意にかけないかのありさまで、ただそわそわと立ったりいたり、――少しも落ちついていなかった。

そこへ通知してあったのだろう、青木がやって来た。炉のそばへ来て、僕と家のものらにちょっと挨拶をしたが、これも落ちつきのない様子であった。

「まだお宅へはお話ししてないけれど、きょう私がいよいよ吉弥を身受け致します。おッ母さんがやって来るのも、その相談だから、そのつもりで、吉弥に対する一切の勘定書きを<ruby><rb>拵</rb><rt>こさ</rt></ruby>えてもらいましょう」

こう言って、青木が僕の方を見た時には、僕の目に一種の勝利、征服、意趣返し、または誇りとも言うべき様子が映ったので、ひょッとすると、僕と吉弥の関係を勘づいていて特に金ずくで僕に対してこれ見よがしのふりをするのではないかと思われた。

さらに気をまわせば、吉弥は僕のことについていい加減のうそを並べ、うすのろだとか二本棒だとか、<ruby><rb>焼</rb><rt>や</rt></ruby>き<ruby><rb>餅</rb><rt>もち</rt></ruby>やきだとかいう嬉しがらせを言って、青木の機嫌を取っているのではないかとも思われた。どうせ吉弥が僕との関係を正直にうち明かすはずはないが、実は全く青木の物になっていて、かげでは、二人して僕のことを<ruby><rb>迂濶</rb><rt>うかつ</rt></ruby>な奴、<ruby><rb>頓馬</rb><rt>とんま</rt></ruby>な奴、助平な奴などあざ笑っているのかも知れないと、僕は非常に不愉快を感じた。

しかし、不愉快な顔を見せるのは、焼き餅と見えるから、僕の出来ないことだし、出来ないと言っても、全くこれを心から取り除くことはなし得なかった。これを耐え忍ぶのは、僕がこれまで見せて来た快濶の態度に対しても、実に苦痛であった。しかし、その当面の苦痛はすぐ取れた。と言うのは、青木がすぐ立ちあがって、二階の方へ行ったからであるが、立ちあがった時、かたわらの吉弥に目くばせをしたので、吉弥は僕を見て顔を赤らめたまま青木の跡について行った。

僕は知らない風をしてお貞と相対していた。

「まア、吉弥さんも結構です、身受けをされたら」と、僕が煙草の煙を吹くと、

「そうだろうとは思っておったけれど」と、お貞は<ruby><rb>長煙管</rb><rt>ながぎせる</rt></ruby>を強くはたきながら、「あいつもよッぽど馬鹿です。なけなしの金を工面して、吉弥を受け出したところで、国府津に落ちついておる女じゃなし、よしまた置いとこうとしたところで、あいつのかみさんが承知致しません。そんな金があるなら、まずうちの借金を返すがええ。――先生、そうではござりませんか？」

「そりゃア、叔母さんの言うのももっともです、しかし、まア、男が<ruby><rb>惚</rb><rt>ほ</rt></ruby>れ込んだ以上は、そうしてやりたくなるんでしょうから――」

「吉弥も馬鹿です。男にはのろいし、金使いにはしまりがない。あちらに十銭、こちらに一円、うちで渡す物はどうするのか、方々からいつもその尻がうちへまわって来ます」

「帰るものは帰るがええ、さ」そばから、お君がくやしそうに口を出した。

「馬鹿な子ほど可愛いものだと言うけれど、ほんとうにまたあのお袋が可愛がっておるのでござります」お貞は僕にさも憎々しそうに言った。「あんな者でも、おってくれれば事がすんで行くけれど、おらなくなれば、またその代りを一苦労せにゃならん。――おい、お君、馬鹿どもにお<ruby><rb>銚子</rb><rt>ちょうし</rt></ruby>をつけてやんな」

お君は、あざ笑いながら、台どころに働いている母にお<ruby><rb>燗</rb><rt>かん</rt></ruby>の用意を命じた。

僕は何だか吉弥もいやになった、井筒屋もいやになった、また自分自身をもいやになった。

僕が帰りかけると、井筒屋の表口に車が二台ついた。それから降りたのは四十七、八の肥えた女――吉弥の母らしい――に、その亭主らしい男。母ばかりではない、おやじもやって来たのだ。僕はこらえていた不愉快の上に、また何だか、おそろしいような気が加わって、そこそこに帰って来た。

一〇

吉弥は、よもや、僕がたびたび勧め、かの女も十分決心したと言ったことを忘れはしまい。よしんば、親が承知しないで、その決心――それも実は当てにならない――をひる返すことがあるにしろ、一度はそれを親どもに話さないことはあるまい。話しさえすれば、親の方から僕に何とか相談があるに違いない。僕の方に乗り気になれば、すぐにも来そうなものだ。いや、もし吉弥がまだ僕のことを知らしてないとすれば、青木の来ているところで話し出すわけには行くまい。あいつも随分頓馬な奴だから、青木のいないところで、ちょっと両親に含ませるだけの気は利くまい。全体この話はどうなるだろうと、いろいろな考えやら、空想やらが僕のあたまに押し寄せて来て、ただわくわくするばかりで、心が落ちつかなかった。

窓の机に向って、ゆうがた、独り物案じに沈み、見るともなしにそとをながめていると、しばらく忘れていたいちじくの<ruby><rb>樹</rb><rt>き</rt></ruby>が、大きなみずみずした青葉と結んでいる<ruby><rb>果</rb><rt>み</rt></ruby>とをもって、僕の<ruby><rb>労</rb><rt>つか</rt></ruby>れた目を<ruby><rb>醒</rb><rt>さ</rt></ruby>まし、労れた心を導いて、家のことを思い出させた。東京へ帰れば、自分の庭にもそれより大きないちじくの樹があって、子供はいつもこッそりそのもとに行って、果の青いうちから、<ruby><rb>竹竿</rb><rt>たけざお</rt></ruby>をもってそれをたたき落すのだが、妻がその音を聴きつけては、急いで出て来て、子供をしかり飛ばす。そんな時には「お父さん」の名が引き合いに出されるが、僕自身の不平があったり、苦痛があったり、寂しみを感じていたりする時などには子供のある妻はほとんど何の慰めにもならない。一体、わが国の婦人は、外国婦人などと違い、子供を持つと、その精魂をその方にばかり傾けて、亭主というものに対しては、ただ義理的に<ruby><rb>操</rb><rt>みさお</rt></ruby>ばかりを守っていたらいいという考えのものが多い。それでは、社会に活動しようとする男子の心を十分に占領するだけの手段または奮発（僕はこれを真に生きた愛情という）がないではないか？　僕は僕の妻を半身不随の動物としか思えないのだ。いッそ、吉弥を妾にして、女優問題などは断念してしまおうかと思って見た。

そうだ、そうだ。今の僕には女優問題などは二の町のことで、もう、とっくに、僕というものは吉弥の胸に<ruby><rb>融</rb><rt>と</rt></ruby>けてしまっているのではないか？　決心を見せろとか、何とか、口では吉弥に強く出ているが、その実、僕の心はかの女の思うままになっているのではないか？　いッそ、かの女の思うままになっているくらいなら、むずかしいしかもあやふやな問題を提出して、吉弥に敬して遠ざけられたり、その親どもにかげで嫌われたりするよりか、全く一心をあげて、かの女の真情を動かした方がよかろうとも思った。

僕の胸はいちじくの果よりもやわらかく、僕の心はいちじくの葉よりももろくなっていたのだ。

ふと浪の音が聴えて来た。泳ぎに行って知っているが、長くたわんだ、綺麗な海岸線を洗う波の音だ。さッと言っては押し寄せ、すッと静かに引きさがる浪の音が遠く聴えた。それに耳を傾けると、そのさッと言ってしばらく聴えなくなる間に、僕は何だかたましいを奪われて行くような気がした。それがそのまま吉弥の胸ではないかと思った。

こんなくだらない物思いに沈んでいるよりも、しばらく怠っていた海水浴でもして、すべての考えを一新してしまおうかと思いつき、まず、あぐんでいる<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を自分で引き立て、さんざんに<ruby><rb>肘</rb><rt>ひじ</rt></ruby>を張って見たり、胸をさすって見たり、腕をなぐって見たりしたが、やッぱり気が進まないので、ぐんにゃりしたまま、机の上につッぷしてしまった。

「おやッ！」かしらをあげると、井筒屋は大景気で、三味の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>がすると同時に、吉弥のうわ気な歌声がはッきりと聴えて来た。僕は青木の顔と先刻車から出た時の親夫婦の姿とを思い浮べた。

一一

その夜はまんじりとも眠れなかった。三味の音が浪の音に聴えたり、浪の音が三味の音に聴えたり、まるで夢うつつのうちに神経が<ruby><rb>冴</rb><rt>さ</rt></ruby>えて来て、胸苦しくもあったし、また何物かがあたまの<ruby><rb>心</rb><rt>しん</rt></ruby>をこづいているような工合であった。明け方になって、いつのまにか労れて眠ってしまったのだろう、目が<ruby><rb>醒</rb><rt>さ</rt></ruby>めたら、もう、昼ぢかくであった。

枕もとに手紙が来ていたので、寝床の中から取って見ると、妻からのである。言ってやった金が来たかと、急いで開いて見たが、<ruby><rb>為替</rb><rt>かわせ</rt></ruby>も何もはいっていないので、文句は読む気にもならなかった。それをうッちゃるように投げ出して、床を出た。

楊枝をくわえて、下に行くと、家のおかみさんが流しもとで何か洗っていた手をやすめて、

「先生、お早うござります」と、笑った。

「つい寝坊をして」と、僕は平気で井戸へ行ったが、その朝に限って井筒屋の垣根をはいることがこわいような、おッくうなような――実に、面白くなかった。顔を洗うのもそこそこにして、<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>にもどり、朝昼<ruby><rb>兼帯</rb><rt>けんたい</rt></ruby>の飯を喰いながら、妻から来た手紙を読んで見た。僕の<ruby><rb>宿</rb><rt>とま</rt></ruby>っているのは芸者屋の隣りだとは通知してある上に、取り残して来た原稿料の一部を僕がたびたび取り寄せるので、何か無駄づかいをしていると感づいたらしい――もっとも、僕がそんなことをしたのはこのたびばかりではないから、旅行ごとに妻はその心配を予想しているのだ――いい加減にして切りあげ、帰って来てくれろと言うのであった。

僕も、馬鹿にされているのかと思うと、帰りたくならないではなかったが、しかしまた吉弥のことをつき止めなければ帰りたくない気もした。様子ではどうせ見込みのない女だと思っていても、どこか心の<ruby><rb>一隅</rb><rt>ひとすみ</rt></ruby>から吉弥を可愛がってやれという命令がくだるようだ。どうともなるようになれ、自分は、どんな難局に当っても、消えることはなく、かえってそれだけの経験を積むのだと、初めから焼け気味のある僕だから、意地にもわざと景気のいい手紙を書き、隣りの芸者にはいろいろ世話になるが、情熱のある女で――とは、そのじつ、うそッ<ruby><rb>鉢</rb><rt>ぱち</rt></ruby>だが――お前に対するよりもずッと深入りが出来ると、妻には言ってやった。

その手紙を出しに行った跡へ、吉弥はお袋をつれて僕の室へあがっていた。

「先生、母ですよ」

「そう――おッ母さんですか」と、僕は挨拶をした。

「お留守のところへあがり込んで、どうも済みませんが、娘がいろいろお世話になって」と、丁寧にさげたあたまを再びあげるところを見ると、心持ちかは知らないが、何だか毒々しいつらつきである。からだは、その娘とは違って、丈が低く、横にでぶでぶ太って、豚の体に人の首がついているようだ。それに、口は物を言うたんびに横へまがる。<ruby><rb>癇</rb><rt>かん</rt></ruby>のためにそう引きつるのだとは、跡でお袋みずからの説明であった。

これで国府津へは三度目だが、なかなかいいところだとか、僕が避暑がてら勉強するには持って来いの場所だとか、遊んでいながら出来る仕事は結構で<ruby><rb>羨</rb><rt>うらや</rt></ruby>ましいとか、お袋の話はなかなかまわりくどくって僕の待ち設けている要領にちょっとはいりかねた。

吉弥は、ただにこにこしながら、僕の顔とお袋の顔とを順番に見くらべていたが、退屈そうにからだを机の上にもたせかけ、片手で机の上をいじくり出した。そして、今しがた僕が読んで納めた手紙を手に取り、封筒の裏の差出し人の名を見るが早いか、ちょっと顔色を変え、

「いやアだ」と、ほうり出し、「奥さんから来たのだ」

「これ、何をします！」お袋は体よくつくろって、「先生、この子は、ほんとうに、人さまに失礼ということを知らないで困るんですよ」

「なアに」僕は受けたが、その跡はどうあしらっていいのだか、ちょっとまごついた。止むを得ず、「実は」と、僕の方から口を切って、もし両親に異議がないなら、してまた本人がその気になれるなら、吉弥を女優にしたらどうだということを勧め、役者なるものは――とても、言ったからとて、分るまいとは思ったが、――世間の考えているような、またこれまでの役者みずからが考えているような、下品な職業ではないことを簡単に説明してやった。かつ、僕がやがて新らしい脚本を書き出し、それを舞台にのぼす時が来たら、俳優の――ことに女優の――二、三名は少くとも<ruby><rb>抱</rb><rt>かか</rt></ruby>えておく必要があるので、その手はじめになるのだということをつけ加えた。

「そりゃア御もっともです」と、お袋は<ruby><rb>相槌</rb><rt>あいづち</rt></ruby>を打って、「そのことはこの子からも聴きましたが、先生が何でもお世話してくださることで、またこの子の名をあげることであるなら、私どもには不承知なわけはございません」

「お父さんの考えはどうでしょう？」

「私どものは、なアに、もう、どうでもいいので、始終私が家のことをやきもき致していまして、心配こそ掛けることはございましても、一つとして頼みにならないのでございますよ。私は、もう、独りで、うちのことやら、子供のことやらをあくせくしているのでございます」

「そりゃア、大抵なことじゃアないでしょう。――吉弥さんも少しおッ母さんを安心させなきゃア――」

「この子がまた、先生、一番意気地なしで困るんですよ」お袋は念入りに肩を動かして、さも<ruby><rb>性根</rb><rt>しょうね</rt></ruby>なしとののしるかの様子で女の方を見た。「何でも私に寄りかかっていさえすればいいと思って、だだッ子のように来てくれい、来てくれいと言ってよこすんです」

「だッて、来てくれなきゃア仕方がないじゃアないか？」吉弥はふくれッ面をした。「おッ母さんが来たら、<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>をつけるというから、早く来いと言ってやったんじゃアないか？」

「おッ母さんだッて、いろんな用があるよ。お前の妹だッて、また公園で出なけりゃアならなくなったし、そうそうお前のことばかりにかまけてはいられないよ。半玉の時じゃアあるまいし、高が五十円か百円の身受け相談ぐらい、<ruby><rb>相対</rb><rt>あいたい</rt></ruby>ずくでも方がつくだろうじゃアないか？　お前よりも妹の方がよほど気が<ruby><rb>利</rb><rt>き</rt></ruby>いてるよ」

「じゃア、勝手にしゃアがれ」

「あれですもの、先生、ほんとに困ります。これから先生に十分仕込んでいただかなければ、まるでお役に立ちませんよ」

「なァに、役者になるには年が行き過ぎているくらいなのですから、いよいよ決心してやるなら、自分でも考えが出るでしょう」

「きイちゃん、しッかりしないといけませんよ」と、お袋はそれでも娘には折れている。

「あたいだッて、たましいはあらア、ね」吉弥は僕の<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>に来て、その上に<ruby><rb>手枕</rb><rt>てまくら</rt></ruby>をして、「あたいの一番好きな人」と、僕の顔を仰向けに見あげた。

僕はきまりが悪い気がしたが、お袋にうぶな奴と見抜かれるのも不本意であったから、そ知らぬふりに見せかけ、

「お父さんにもお目にかかっておきたいから、夕飯を向うのうなぎ屋へ御案内致しましょうか？　おッ母さんも一緒に来て下さい」

「それは何よりの好物です。――ところで、先生、私はこれでもなかなか苦労が絶えないんでございますよ。娘からお聴きでもございましょうが、芸者の<ruby><rb>桂庵</rb><rt>けいあん</rt></ruby>という仕事は、並み大抵の人には出来ません。二百円、三百円、五百円の<ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>が二割、三割になるんですから、<ruby><rb>実入</rb><rt>みい</rt></ruby>りは悪くもないんですが、あッちこッちへ駆けまわって買い込んだ物を注文主へつれて行くと、あれは善くないから取りかえてくれろの、これは悪くもないがもッと安くしてくれろのと、間に立つものは毎日気の休まる時がございません。それが<ruby><rb>田舎</rb><rt>いなか</rt></ruby>行きとなると、幾度も往復しなけりゃアならないことがございます。今度だッてもこの子の代りを約束しに来たんですよ、それでなければ、どうして、このせちがらい世の中で、ぼんやり出て来られますものですか？」

「代りなど<ruby><rb>拵</rb><rt>こさ</rt></ruby>えてやらないがいいや、あんな面白くもない家に」と、吉弥は起きあがった。

「それが、ねえ、先生、商売ですもの」

「そりゃア、御もっともで」

「で、御承知でしょうが、青木という人の話もあって、きょう、もう、じきに来て、いよいよの決着が分るんでございますが、それが<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>まらないと、第一、この子のからだが抜けませんから、ねえ」

「そうですとも、私の方の問題は役者になればいいので、吉弥さんがその青木という人と以後も関係があろうと、なかろうと、それは問うところはないのです」と、僕の言葉は、まだ金の問題には接近していなかっただけに、うわべだけは、とにかく、綺麗なものであった。

「しかし、この子が役者になる時は、先生から入費は一切出して下さるようになるんでしょう、ね」と、お袋はぬかりなく念を押した。

「そりゃア、そうですとも」僕は勢いよく答えたが、実際、その時になっての用意があるわけでもないから、少し引け気味があったので、思わず知らず、「その時ア私がどうともして<ruby><rb>拵</rb><rt>こさ</rt></ruby>えますから、御安心なさい」と附け加えた。

僕はなるようになれという気であったのだ。

お袋は、それから、なお世間話を初める、その間々にも、僕をおだてる言葉を絶たないと同時に、自分の自慢話しがあり、金はたまらないが身に絹物をはなさないとか、作者の誰れ彼れ（その芝居ものと僕が同一に見られるのをすこぶる遺憾に思ったが）はちょくちょく遊びに来るとか、商売がらでもあるが国府津を初め、日光、静岡、前橋などへも旅行したことがあるとかしゃべった。そのうち解けたような、また<ruby><rb>一物</rb><rt>いちもつ</rt></ruby>あるような腹がまえと、しゃべるたびごとに<ruby><rb>歪</rb><rt>ゆが</rt></ruby>む口つきとが、僕にはどうも気になって、吉弥はあんな母親の<ruby><rb>拵</rb><rt>こさ</rt></ruby>えた子かと、またまた厭気がさした。

一二

もう、ゆう飯時だからと思って、僕は家を<ruby><rb>出</rb><rt>い</rt></ruby>で、井筒屋のかど口からちょっと吉弥の両親に声をかけておいて、一足さきへうなぎ屋へ行った。うなぎ屋は筋向うで、時々行ったこともあるし、またそこのかみさんがお世辞者だから、僕は遠慮しなかった。

「おかみさん」と、はいって行って、「きょうはお客が二人あるから、ね」

「あの、先刻、吉弥さんからそれは承っております」と、おかみさんは<ruby><rb>襷</rb><rt>たすき</rt></ruby>の一方をはずした。

「もう、通知してあるのか？　気の早い奴だ、なア」と、僕は二階へあがりかけた。

おかみさんは、どうしたのか、あわてて僕を呼び止め、いつもと違った下座敷へ案内して、

「しばらくお待ちなさって――二階がすぐ明きますから」

「お客さんか、ね」と、僕は何気なくそこへ落ちついた。

かみさんが出て行った跡で、ふと気がつくと、二階に吉弥の声がしている。芸者が料理屋へ呼ばれているのは別に不思議はないのだが、実は吉弥の自白によると、ここのかみさんがひそかに取り持って、吉弥とかの小銀行の田島とを近ごろ接近させていたのだ。田島はこれがためにこの家に大分借金が出来たし、また他の方面でも負財のために<ruby><rb>頸</rb><rt>くび</rt></ruby>がまわらなくなっている。僕が吉弥をなじると、

「お金こそ使わしてはやるが」と、かの女は答えた。「田島さんとほかの関係はない。考えて見ても分るだろうじゃアないか、奥さんになってくれいッて、もしなって国府津にいたら、あッちからもこッちからもあたいを<ruby><rb>闇打</rb><rt>やみう</rt></ruby>ちにする人が出て来るかも知れやアしない、わ」

「お前はそう方々に罪をつくっているのか」と、僕はつッ込んだことがある。が、とにかく、この地にとどまっている女でないことだけは分っていたから、僕の疑いは多少安心な方で、すでにかの住職にも田島に対する僕の間接な忠告を伝えたくらいであった。しかし、その後も、毎日または隔日には必らず会っている様子だ。こうなれば、男の方ではだんだん焼けッ腹になって来る上、吉弥の勘定通り、ますます思いきれなくなるのは事実だ。それに、ある日、吉弥が僕の二階の窓から外をながめていた時、

「ちょいと、ちょいと」と、手招ぎをしたので、僕は首を出して、

「なんだ」と、大きな声を出した。

「静かにおしよ」と、かの女は僕を制して、「あれが田島よ」と、小声。

なるほど、ちょっと小意気だが、にやけたような男の通って行くよこ顔が見えた。男ッぷりがいいとはかねて聴かされていたが、色の白い、<ruby><rb>肌</rb><rt>はだ</rt></ruby>のすべすべしていそうな男であった。その時、僕は、毛穴の立っているおからす芸者を男にしてしまっても、田島を女にして見たいと思ったくらいだから、僕以前はもちろん、今とても、吉弥が実際かれと無関係でいるとは信じられなくなった。どうせ、貞操などをかれこれ言うべきものでないのはもちろんのことだが、青木と田島とが出来ているのに僕を受け、また僕と青木とがあるのに田島を棄てないなどと考えて来ると、ひいき目があるだけに、僕は旅芸者の<ruby><rb>腑甲斐</rb><rt>ふがい</rt></ruby>なさをつくづく思いやったのである。

その田島がてッきり来ているに相違ないと思ったから、僕はこッそり二階のはしご段をあがって行った。八畳の座敷が二つある、そのとッつきの方へはいり、立てかけてあった障子のかげに隠れて耳をそば立てた。

「おッ母さんは、ほんとに、どうする気だよ？」

「どうするか分りゃアしない」

「田村先生とは実際関係がないか？」

「また、しつッこい！――あったら、どうするよ？」

「それじゃア、青木が可哀そうじゃアないか？」

「可哀そうでも、可哀そうでなくッても、さ、あなたのお腹はいためませんよ」

「ほんとに役者になるのか？」

「なるとも、さ」

「なったッて、お前、じきに役に立たないッて、棄てられるに定まってるよ。その時アまたお前の厭な芸者にでもなるよりほかアなかろうぜ」

「そりゃア、あたいも考えてまさア、ね」

「そのくらいなら、初めから思いきって、おれの言う通りになってくれよ」

田島の声は、見ず転芸者を馬鹿にしているような句調ながら、まんざら全く浮薄の調子ではなかった。また、出来ることなら吉弥を引きとめて、自分の物にしたいという相談を持ちかけていたらしい。ことに最後の文句などには、深い呼吸が伴っているように聴えた。その「可哀そうじゃアないか」は、青木を出しに田島自身のことを言っていたのだろうが、吉弥は何の思いやりもなく、大変強く当っていた。かの女の浅はかな性質としては、もう、国府津に足を洗うのは――はたしてきょう、あすのことだか、どうだか分りもしないのに――大丈夫と思い込み、跡は野となれ、山となれ的に楽観していて、田島に対しもし未練がありとすれば、ただ行きがけの駄賃として二十円なり、三十円なりの<ruby><rb>餞別</rb><rt>せんべつ</rt></ruby>を貰ってやろうぐらいだろう。と、僕には読めた。

「あたい、ほんとうはお嫁に行くのよ、役者になれるか、どうだか知れやアしないから」などと、かの女は言わないでもいいことをしゃべった。

「どういう人にだ？」

「区役所のお役人よ――<ruby><rb>衣物</rb><rt>きもの</rt></ruby>など拵えて、待っているの」

僕は隣室の状景を想像する心持ちよりも、むしろこの一言にむかッとした。これがはたして事実なら――して、「お嫁に行くの」はさきに僕も聴いたことがあるから、――現在、吉弥の両親は、その定まった話をもたらしているのだと思われた。あの腹の黒い母親のことであるから、それくらいのたくらみはしかねないだろう。

「どうせ、二、三十円の月給取りだろうが、そんな者の<ruby><rb>嬶</rb><rt>かか</rt></ruby>アになってどうするんだ？」

「お前さんのような借金持ちよりゃアいい、わ」

「馬鹿ァ言え！」

「子供の時から知ってる人で、前からあたいを貰いたいッて言ってたの――月給は四十円でも、お<ruby><rb>父</rb><rt>とっ</rt></ruby>さんの家がいいんだから――」

「家はいいかも知れないが、月給のことはうそだろうぜ――しかしだ、そうなりゃア、おれたちアみな恨みッこなしだ」

「じゃア、そうと定めましょうよ」吉弥はうるさそうに三味線をじゃんじゃん引き出した。

「よせ、よせ！」と、三味線をひッたくったらしい。

「じゃア、もう、帰って頂戴よ、何度も言う通り、貰いがかかっているんだから」

「帰すなら、帰すようにするがいい」

「どうしたらいいのよ？」

「こうするんだ」

「いたいじゃアないか？」

「静かにせい！」この一言の勢いは、抜き身をもってはいって来た強盗ででもあるかのようであった。

「………」僕はいたたまらないで二階を下りて来た。

しばらくしてはしご段をとんとんおりたものがあるので、下座敷からちょッと顔を出すと、吉弥が便所にはいるうしろ姿が見えた。

誰れにでもああだろうと思うと、今さらのようにあの<ruby><rb>粗</rb><rt>あら</rt></ruby>い肌が連想され、僕自身の身の毛もよだつと同時に、自分の心がすでに毛深い畜生になっているので、その鋭い鼻がまた別な畜生の尻を<ruby><rb>嗅</rb><rt>か</rt></ruby>いでいたような気がした。

一三

田島が帰ると同時に、入れ代って、吉弥の両親がはいって来た。

「明きましたから、どうぞ二階へ」と、今度はここのかみさんから通知して来たので、僕は室を出て、またはしご段をのぼろうとすると、その両親に出くわした。

「お言葉にあまえて」と、お袋は愛相よく、「先生、そろってまいりましたよ」

「さア、おあがんなさい」と、僕はさきに立って二階の奥へ通った。

おやじというのは、お袋とは違って、人のよさそうな、その代り<ruby><rb>甲斐性</rb><rt>かいしょう</rt></ruby>のなさそうな、いつもふところ手をして遊んでいればいいというような手合いらしい。男ッぷりがいいので、若い時は、お袋の方が<ruby><rb>惚</rb><rt>ほ</rt></ruby>れ込んで、自分のかせぎ高をみんな男の<ruby><rb>賭博</rb><rt>とばく</rt></ruby>の負けにつぎ足しても、なお他の女に取られまい、取られまいと心配したのだろうと思われる。年が寄っても、その習慣が直らないで、やッぱりお袋にばかり世話を焼かせているおやじらしい。<ruby><rb>下駄</rb><rt>げた</rt></ruby>の台を拵えるのが仕事だと聴いてはいるが、それも大して骨折るのではあるまい。（一つ忘れていたが、お袋の来る時には、必らず僕に似合う下駄を持って来ると言っていたが、そのみやげはないようだ）初対面の挨拶も出来かねたようなありさまで、ただ窮屈そうに坐って、申しわけの膝ッこを並べ、尻は少しも落ちついていない様子だ。

「お父さんの風ッたら、ありゃアしない」お袋がこう言うと、

「おりゃアいつも<ruby><rb>無礼講</rb><rt>ぶれいこう</rt></ruby>で通っているから」と、おやじはにやりと赤い歯ぐきまで出して笑った。

「どうか、おくずしなさい。御遠慮なく」と、僕はまず膝をくずした。

「お父さんは」と、お袋はかえって無遠慮に言った、「まァ、下駄職に生れて来たんだよ、毎日、あぐらをかいて、台に向ってればいいんだ」

「そう馬鹿にしたもんじゃアないや、ね」と、おやじはあたまを<ruby><rb>撫</rb><rt>な</rt></ruby>でた。

「<ruby><rb>御馳走</rb><rt>ごちそう</rt></ruby>をたべたら、早く帰る方がいいよ」と、吉弥も笑っている。

おかしくないのは僕だけであった。三人に酒を出し、御馳走を供し、その上三人から<ruby><rb>愚弄</rb><rt>ぐろう</rt></ruby>されているのではないかと疑えば、このまま何も言わないで立ち帰ろうかとも思われた。まして、今しがたまでのこの座敷のことを思い浮べれば、何だか<ruby><rb>胸持</rb><rt>むなも</rt></ruby>ちが悪くなって来て、自分の身までが全くきたない毛だ物になっているようだ。香ばしいはずの皿も、僕の鼻へは、かの、特に、吉弥が電球に「やまと」の袋をかぶせた時の薄暗い室の、薄暗い肌のにおいを運んで、われながら箸がつけられなかった。

僕の考え込んだ心は急に律僧のごとく精進癖にとじ込められて、甘い、楽しい、愉快だなどというあかるい方面から、全く<ruby><rb>遮断</rb><rt>しゃだん</rt></ruby>されたようであった。

ふと、気がつくと、まだ日が暮れていない。三人は遠慮もなくむしゃむしゃやっている。僕は、また、<ruby><rb>猪口</rb><rt>ちょく</rt></ruby>を口へ運んでいた。

「先生は<ruby><rb>御酒</rb><rt>ごしゅ</rt></ruby>ばかりで」と、お袋は座を取りなして、「ちッともおうなは召しあがらないじゃアございませんか？」

「やがてやりましょう――まア、一杯、どうです、お父さん」と、僕は銚子を向けた。

「もう、先生、よろしゅうございますよ。うちのは二、三杯頂戴すると、あの通りになるんですもの」

「しかし、まだいいでしょう――？」

「いや、もう、この通り」と、おやじは今まで辛抱していた膝ッこを延ばして、ころりと横になり、

「ああ、もう、こういうところで、こうして、お花でも引いていたら申し分はないが――」

「お父さんはじきあれだから困るんです。お花だけでも、先生、私の心配は絶えないんですよ」

「そう言ったッて、ほかにおれの楽しみはないからしようがない、さ」

「あの人もやッぱし来るの？」吉弥がお袋に意味ありげの目を向けた。

「ああ、来るよ」お袋は軽く答えて、僕の方に向き直り、「先生、お父さんはもう帰していいでしょう？」

「そこは御随意になすってもらいましょう。――御窮屈なら、お父さん、おさきへ御飯を持って来させますから」と、僕は手をたたいて飯を呼んだ。

「お父さんは御飯を頂戴したら、すぐお帰りよ」と、お袋はその世話をしてやった。

僕は女優問題など全く撤回しようかと思ったくらいだし、こんなおやじに話したッて要領を得ないと考えたので、いい加減のところで切りあげておいたのだ。

飯を独りすませてから、独りで帰って行くのらくらおやじの姿がはしご段から消えると、僕の目に入れ代って映じて来るまぼろしは、吉弥のいわゆる「あの人」であった。ひょッとしたら、これがすなわち区役所の役人で、吉弥の帰京を待っている者――たびたび花を引きに来るので、おやじのお気に入りになっているのかも知れないと推察された。

一四

その跡に残ったのはお袋と吉弥と僕との三人であった。

「この方が水入らずでいい、わ」と、お袋は娘の顔を見た。

「青木は来たの？」吉弥はまた母の顔をじッと見つめた。

「ああ、来たよ」

「相談は定まって？」

「うまく行かないの、さ」

「あたい、厭だ、わ！」吉弥は顔いろを変えた。「だから、しッかりやって頂戴と言っておいたじゃアないか？」

「そう<ruby><rb>無気</rb><rt>むき</rt></ruby>になったッてしようがない、わ、ね。おッ母さんだッて、抜かりはないが、向うがまだ<ruby><rb>険呑</rb><rt>けんのん</rt></ruby>がっていりゃア、考えるのも当り前だア、ね」

「何が当り前だア、ね？　初めから引かしてやると言うんで、毎月、毎月<ruby><rb>妾</rb><rt>めかけ</rt></ruby>のようにされても、なりたけお金を使わせまいと、わずかしか小遣いも<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>わなかったんだろうじゃないか？　人を馬鹿にしゃアがったら、承知アしない、わ。あのがらくた店へ<ruby><rb>怒鳴</rb><rt>どな</rt></ruby>り込んでやる！」

「そう、目の色まで変えないで、さ――先生の前じゃアないか、ね。実は、ね、半分だけあす渡すと言うんだよ」

「半分ぐらいしようがないよ、しみッたれな！」

「それがこうなんだよ、お前を引かせる以上は青木さん独りを思っていてもらいたい――」

「そんなおたんちんじゃアないよ」

「まア、お聴きよ」と、お袋は招ぎ猫を見たような手真似をして娘を制しながら、「そう来るのア向うの順じゃアないか？　何でもはいはいッて言ってりゃいいんだア、ね。――『そりゃア御もっとも』と返事をすると、ね、お前のことについて少し疑わしい点があると――」

「先生にゃア関係がないと言ってあるのに」

「いいえ、この方は大丈夫だが、ね、それ――」

「田島だッて、もう、とっくに手を切ッたって言ってあるよ」

「畜生！」僕は腹の中で叫んだ。

「それが、お前、焼き餅だァ、ね」と、お袋は、実際のところを承知しているのか、いないのか分らないが、そらとぼけたような笑い顔。「つとめをしている間は、お座敷へ出るにゃア、こッちからお客の好き嫌いはしていられないが、そこは気を<ruby><rb>利</rb><rt>き</rt></ruby>かして、さ――ねえ、先生、そうじゃアございませんか？」

「そりゃア、そうです」と、僕は進まないながらの返事。

「実は、ね」と、吉弥はしまりなくにこつき出して、「こんなことがあったのよ。このお座敷に青木さんがいて、下に田島が来ていたの。あたい、両方のかけ持ちでしょう、上したの焼き持ち責めで困っちまった、わ。田島がわざと跡から攻めかけて来て、焼け飲みをしたんでしょう、酔ッぱらッちまって聴えよがしに歌ったの、『青木の馬鹿野郎』なんかんて。青木さんは年を取ってるだけにおとなしいんで、さきへ帰ってもらった、わ」

こう話しながらも、吉弥はたッた今あったことを僕が知っているとは思わないので、十分僕に気を許している様子であった。僕は、吉弥とお袋との鼻をあかすために、すッぱり腹をたち割って、僕の思いきりがいいところを見せてやりたいくらいであったが、しみッたれた男が二人も出来ているところへ、また一人加わったと思われるのが厭さに、何のこともない風で通していた。

「そんなことのないようにするのが」と、お袋は僕に向った、「芸者のつとめじゃアございませんか？」

「大きにそうです、ね」僕はこう答えたが、心では、「芸者どころか、女郎や地獄の腕前もない奴だ」と、卑しんでいた。

「あたいばかり責めたッて、しようがないだろうじゃないか？」吉弥はそのまなじりをつるしあげた。それに、時々、かの女の口が<ruby><rb>歪</rb><rt>ゆが</rt></ruby>む工合は、お袋さながらだと見えた。

「まア、すんだことはいいとして、さ」と、お袋は娘をなだめるように、「これからしばらく大事だから、よく気をおつけなさい。――先生にも頼んでおきたいんです、の。如才はございますまいが、青木さんが、井筒屋の方を済ましてくれるまで、――今月の末には必らずその残りを渡すと言うんですから――この月一杯は大事な時でございます。お互いに、ね、向うへ感づかれないように――」と、僕と吉弥とを心配そうに見まわした様子には、さすが、親としての威厳があった。

「そりゃアもちろんです」と、僕はまた答えた。僕は棄てッ鉢に飲んだ酒が十分まわって来たので、張りつめていた気も急にゆるみ、厭なにおいも身におぼえなくなり、年取った女がいるのは自分の母のごとく思われた。また、吉弥の坐っているのがふらふら動くように見えるので、あたかも遠いところの雲の上に、<ruby><rb>普賢菩薩</rb><rt>ふげんぼさつ</rt></ruby>が住しているようで、その酔いの出たために、<ruby><rb>頬</rb><rt>ほお</rt></ruby>の<ruby><rb>白粉</rb><rt>おしろい</rt></ruby>の下から、ほんのり赤い色がさす様子など、いかにも美しくッて、可愛らしくッて、僕の十四、五年以前のことを思い出さしめた。

僕は十四、五年以前に、現在の妻を貰ったのだ。僕よりも少し年上だけに、不断はしッかりしたところのある女だが、結婚の席へ出た時の妻を思えば、一、二杯の<ruby><rb>祝盃</rb><rt>しゅくはい</rt></ruby>に顔が赤くなって、その場にいたたまらなくなったほどの可愛らしい花嫁であった。僕は、今、目の前にその昔の妻のおもかげを見ていた。

そのうちにランプがついたのに気がつかなかった。

「先生はひどく考え込んでいらッしゃるの、ね」と、お袋の言葉に僕は楽しい夢を破られたような気がした。

「大分酔ったんです」と、僕はからだを横に投げた。

「きイちゃん」と、お袋は娘に目くばせをした。

「しッかりなさいよ、先生」吉弥は立って来て、僕に酌をした。かの女は僕を、もう、手のうちにまるめていると思っていたのか、ただ気まま勝手に<ruby><rb>箸</rb><rt>はし</rt></ruby>を取っていて、お酌はお袋にほとんどまかしッきりであったのだ。

「きイちゃん、お弾きよ――先生、少し陽気に行きましょうじゃアございませんか？」

吉弥のじゃんじゃんが初まった。僕は聴きたくないので、

「まア、お待ち」と、それを制し、「まだお前の踊りを見たことがないんだから、おッ母さんに弾いてもらって、一つ僕に見せてもらおう」

「しばらく踊らないんですもの」と、吉弥は、僕を見て、膝に三味をのせたままでからだを横にひねった。

「………」僕は年の行かない娘が踊りのお<ruby><rb>稽古</rb><rt>けいこ</rt></ruby>の行きや帰りにだだをこねる時のようすを連想しながら、

「おぼえている物をやったらいいじゃないか？」

「だッて」と、またからだを振ると同時に、左の手を<ruby><rb>天心</rb><rt>てんじん</rt></ruby>の方に行かせて、しばらく言葉を切ったが、――「こんな大きななりじゃア踊れない、わ」

「お酌のつもりになって、さ」とは、僕が、かの女のますます無邪気な様子に引き入れられて、思わず出した言葉だ。

「そういう注文は困る、わ」吉弥は訴えるようにお袋をながめた。

「じゃア」と、お袋は娘と僕とを半々に見て、「私に弾けなくッても困るから、やさしい物を一つやってごらん。――『わが物』がいい、<ruby><rb>傘</rb><rt>かさ</rt></ruby>を持ってることにして、さ」三味線を娘から受け取って、調子を締めた。

「まるで子供のようだ、わ」吉弥ははにかんで立ち上り、身構えをした。

お袋の糸はなかなかしッかりしている。

「わがーアものーオと」の歌につれて、吉弥は踊り出したが、踊りながらも、

「何だかきまりが悪い、わ」と言った。

そのはにかんでいる様子は、今日まで多くの男をだまして来た女とは露ほども見えないで、<ruby><rb>清浄無垢</rb><rt>しょうじょうむく</rt></ruby>の<ruby><rb>乙女</rb><rt>おとめ</rt></ruby>がその衣物を一枚一枚<ruby><rb>剥</rb><rt>は</rt></ruby>がれて行くような優しさであった。僕が畜生とまで<ruby><rb>嗅</rb><rt>か</rt></ruby>ぎつけた女にそんな優しみがあるのかと、<ruby><rb>上手下手</rb><rt>じょうずへた</rt></ruby>を見分ける余裕もなく、僕はただぼんやり<ruby><rb>見惚</rb><rt>みと</rt></ruby>れているうちに、

「待つウ身にイ、つらーアき、置きイごたーアつ」も通り抜けて、終りになり、踊り手は畳に手を突いて、しとやかにお辞儀をした。こうして踊って来た時代もあったのかと思うと、僕はその頸ッ玉に抱きついてやりたいほどであった。

「もう、御免よ」吉弥は初めて<ruby><rb>年増</rb><rt>としま</rt></ruby>にふさわしい<ruby><rb>発言</rb><rt>はつごん</rt></ruby>をして自分自身の膳にもどり、猪口を拾って、

「おッ母さん一杯お駄賃に頂戴よ」

「さア、僕が<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>いでやろう」と、僕は手近の銚子を出した。

「それでも」と、お袋は三味を横へおろして、

「よく覚えているだけ感心だ、わ。――先生、この子がおッ<ruby><rb>師匠</rb><rt>しょ</rt></ruby>さんのところへ通う時ア、困りましたよ。自分の身に附くお稽古なんだに、人の仕事でもして来たようにお駄賃をくれいですもの。今もってその癖は直りません、わ。何だというと、すぐお金を送ってくれい――」

「そうねだりゃアしない、わ」と、吉弥はほほえんだ。

「………」また金の話かと、僕はもうそんなことは聴きたくないから、すぐみんなで飯を喰った。

一五

お袋は一足さきへ帰ったので、吉弥と僕とのさし向いだ。こうなると、こらえていた胸が急にみなぎって来た。

「先生にこうおごらして済まない、わ、ねえ」と、可愛い目つきで吉弥が僕をながめたのに答えて、

「馬鹿！」と一声、僕は強く重い<ruby><rb>欝忿</rb><rt>うっぷん</rt></ruby>をあびせかけた。

「そのこわい目！」しばらく吉弥は見つめていたが、「どうしたのよ」と、かおをしがめて僕にすり寄って来た。

「ええッ、<ruby><rb>穢</rb><rt>けが</rt></ruby>れる、わい！」僕はこれを押し<ruby><rb>除</rb><rt>の</rt></ruby>けて、にらみつけ、「知らないと思って、どこまで人を馬鹿にしゃアがるんだい？　さッき、おれがここへ来るまでのここのざまッたら何だ？」

吉弥はちょっとぎゃふんとしたようであったが、いずまいを直して、

「聴いてたの？」と、きまりが悪い様子。

「聴いてたどころか、隣りの座敷で見ていたも同前だい！」

「あたい、何も田島さんを好いてやしない、わ」

「もう、好く好かないの問題じゃアない、病気がうつる問題だよ」

「そんな物アとっくに直ってる、わ」

「分るもんか？　貴様の口のはたも、どこの馬の骨か分りもしない奴の毒を受けた結果だぞ」

言っておかなかったが、かの女の口のはたの<ruby><rb>爛</rb><rt>ただ</rt></ruby>れが直ったり、出来たりするのは、僕の初めから気にしていたところであった。それに、時々、その<ruby><rb>活</rb><rt>い</rt></ruby>き<ruby><rb>活</rb><rt>い</rt></ruby>きした目がかすむのを井筒屋のお貞が<ruby><rb>悪口</rb><rt>わるくち</rt></ruby>で、<ruby><rb>黴毒性</rb><rt>ばいどくせい</rt></ruby>のそこひが出るのだと聴いていたのが、今さら思い出されて、僕はぞッとした。

「<ruby><rb>寛恕</rb><rt>かに</rt></ruby>して頂戴よ」と、僕の胸に身を投げて来た吉弥をつき払い、僕はつッ立ちあがり、「おッ母さんにそう言ってもらおう、僕も男だから、おッ母さんに約束したことは、お前の方で筋道さえ踏んで来りゃア、必らず実行する。しかしお前の身の腐れはお前の魂から入れ変えなけりゃア、到底、直りッこはないんだ。――これは何も焼き餅から言うんじゃアない、お前のためを思って言うんだ」

怒りはしたものの、僕は涙がこぼれた。それとなく、ハンケチを出して目を<ruby><rb>拭</rb><rt>ふ</rt></ruby>きながら座敷を出た。出てからちょっとふり返って見たが、かの女は――分ったのか、分らないのか――突き放されたままの位置で、畳に左の手を突き、その方の<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>の端を右の手で口へ持って行った。目は畳に向いていた。

その翌日、午前中に、吉弥の両親はいとま<ruby><rb>乞</rb><rt>ご</rt></ruby>いに来た。僕が吉弥をしかりつけた――これを吉弥はお袋に告げたか、どうか――に対する挨拶などは、別になかった。とにかく、僕は一種不愉快な圧迫を免れたような気がして、女優問題をもなるべく僕の心に思い浮べないようにしようときめた。かつ、これからは僕から弱く出てかれこれ言うには及ばない、吉弥に性根があったら、向うから何とか言って来るだろう、それを待っているにしくはないと考えた。

「先生も御如才はないでしょうが――この月中が肝心ですから、ね」と、お袋の別れの言葉はまたこうであった。

「無論ですとも」と答えたが、僕はあとで無論もくそもあったものかという反抗心が起った。そして、それでもなお実は、吉弥がその両親を見送りに行った帰りに、立ち寄るのが本当だろうと、外出もしないで待っていたか、吉弥は来なかった。昼から来るかとの心待ちも無駄であった。その夜もとうとう見えなかった。

そのまたあくる日も、日が暮れるまで待っていたが、来なかった。もうお座敷に行ったろうからだめだと、――そして、井筒屋ははやらないが、井筒屋の独り芸者は外へ出てはやりッ子なんだから――あきらめて、書見でもしようと、半分以上は読み終ってあるメレジコウスキの小説「先駆者」を手に取った。国府津へ落ちついた当座は、面白半分一気に読みつづけて、そこまでは進んだが、僕の気が浮かれ出してからは、ほとんど全くこれを忘れていたありさまであったのだ。この書の主人公レオナドダヴィンチの独身生活が今さらのごとく<ruby><rb>懐</rb><rt>なつ</rt></ruby>かしくなった。

仰向けに枕して読みかけたが、ふと気がつくと、月が座敷中にその光を広げている。おもてに面した方の窓は障子をはずしてあったので、これは危険だという考えが浮んだ。こないだから持っていた考えだが、――吉弥の関係者は幾人あるか分らないのだから、僕は旅の者だけに、最も多くの恨みを買いやすいのである。いついかなる者から闇打ちを喰らわされるやも知れない。人通りのない時、よしんば出来心にしろ、石でもほうり込まれ、<ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>でもしたらつまらないと思い、起きあがって、窓の障子を<ruby><rb>填</rb><rt>は</rt></ruby>め、左右を少しあけておいて、再び枕の上に仰向けになった。

心が散乱していて一点に集まらないので、眼は開いたページの上に注がれて、何を読んでいるのか締りがなかった。それでもじッと読みつづけていると、新らしい事件は出て来ないで、レオナドと吉弥とが僕の心をかわるがわる通過する。一方は<ruby><rb>溢</rb><rt>あふ</rt></ruby>れるばかりの思想と感情とを古典的な行動に包んだ老独身者のおもかげだ。また一方はその性情が全く非古典的である上に、無神経と思われるまでも心の<ruby><rb>荒</rb><rt>すさ</rt></ruby>んだ売女の姿だ。この二つが、まわり<ruby><rb>燈籠</rb><rt>どうろう</rt></ruby>のように僕の心の目にかわるがわる映って来るのである。

一方は、燃ゆるがごとき新情想を多能多才の<ruby><rb>器</rb><rt>うつわ</rt></ruby>に包み、一生の寂しみをうち<ruby><rb>籠</rb><rt>こ</rt></ruby>めた恋をさえ言い現わし得ないで終ってしまった。その<ruby><rb>生涯</rb><rt>しょうがい</rt></ruby>はいかにも<ruby><rb>高尚</rb><rt>こうしょう</rt></ruby>である、典雅である、純潔である。僕が家庭の面倒や、女の関係や、またそういうことに附随して来るさまざまの苦痛と疲労とを考えれば、いッそのこと、レオナドのように、独身で、高潔に通した方が幸福であったかと、何となく懐かしいような気がする。しかし、また考えると、高潔でよく引き締った半僧生活は、十数年前、すでに、僕は思想と実験との上で通り抜けて来たのだ。そんな<ruby><rb>初々</rb><rt>ういうい</rt></ruby>しいことで、現在の僕が満足出来ないのは分りきっている。僕の神経はレオナドの神経より五倍も十倍も過敏になっているだろう。

こう思うと、また、古寺の墓場のように荒廃した胸の中のにおいがして来て、そのくさい空気に、吉弥の姿が時を得顔に浮んで来る。そのなよなよした姿のほほえみが血球となって、僕の血管を循環するのか、僕は筋肉がゆるんで、がッかり疲労し、手も不断よりは重く、足も常よりは<ruby><rb>倦怠</rb><rt>けったる</rt></ruby>いのをおぼえた。

僕の過敏な心と身体とは荒んでいるのだ。延びているのだ。固まっていた物が融けて行くように、立ち<ruby><rb>据</rb><rt>す</rt></ruby>わる力がなくなって、下へ下へと重みが加わったのだろう。堕落、荒廃、<ruby><rb>倦怠</rb><rt>けんたい</rt></ruby>、疲労――僕は、デカダンという分野に放浪するのを、むしろ僕の誇りとしようという気が起った。

「先駆者」を手から落したら、レオナドはいなくなったが、吉弥ばかりはまだ僕を去らない。

かの女は無努力、無神経の、ただ形ばかりのデカダンだ、僕らの考えとは違って、実力がない、中味がない、本体がない。こう思うと、これもまた<ruby><rb>厭</rb><rt>いや</rt></ruby>になって、僕は半ばからだを起した。そうすると、吉弥もまた僕の心眼を往来しなくなった。

暑くッてたまらないので、むやみにうちわを使っていると、どこからか、

「<ruby><rb>寛恕</rb><rt>かに</rt></ruby>して頂戴よ」という優しい声が聴える。しかしその声の主はまだ来ないのであった。

一六

僕が強く当ったので、向うは焼けになり、

「じゃア勝手にしろ」という気になったのではあるまいか？　それなら、僕から行かなければ<ruby><rb>永劫</rb><rt>えいごう</rt></ruby>に会えるはずはない。会わないなら、会わない方が僕に取ってもいいのだが、まさか、向うはそうまで思いきりのいい女でもなかろう。あの馬鹿<ruby><rb>女郎</rb><rt>めろう</rt></ruby>め、今ごろはどこに何をしているか、一つ<ruby><rb>探偵</rb><rt>たんてい</rt></ruby>をしてやろうと、うちわを持ったまま、散歩がてら、僕はそとへ出た。

井筒屋の店さきには、吉弥が見えなかった。

寝ころんでいたせいもあろう、あたまは重く、目は充血して<ruby><rb>腫</rb><rt>は</rt></ruby>れぼッたい。それに、近ごろは運動もしないで、家にばかり<ruby><rb>閉</rb><rt>と</rt></ruby>じ<ruby><rb>籠</rb><rt>こも</rt></ruby>り、――机に向って考え込んでいたり――それでなければ、酒を飲んでいたり――ばかりするのであるから、足がひょろひょろしている。涼しく吹いて来る風に、僕はからだが浮きそうであった。

でこぼこした道を踏みしめ、踏みしめ、僕は歩いていたが、街道を通る人かげがすべて僕の敵であるかのように思われた。月光に投げ出した僕の影法師も、僕には何だかおそろしかった。

なるべく通行者に近よらないようにして、僕はまず例のうなぎ屋の前を通った。三味の音や歌声は聴えるが、吉弥のではない。いないのか知らんと、ほかに当てのある近所の料理屋の前を二、三軒通って見た。そこいらにもいそうもないような気がした。

青木の本陣とも言うべきは、二、三町さきの<ruby><rb>里見亭</rb><rt>さとみてい</rt></ruby>だ。かれは、吉弥との関係上初めは井筒屋のお得意であったが、借金が<ruby><rb>嵩</rb><rt>かさ</rt></ruby>んで敷居が高くなるに従って、かのうなぎ屋の常客となった。しかしそこのおかみさんが吉弥を田島に取り持ったことが分ってから、また里見亭に転じたのだ。そこでしくじったら、また、もう少しかけ隔った別な店へ移るのだろう。はたから見ると、だんだん退却して行くありさまだ。吉弥の話したことによると、青木は、かれ自身が、

「無学な上に年を取っているから、若いものに馬鹿にされたり、また、自分が一生懸命になっている女にまでも<ruby><rb>謀叛</rb><rt>むほん</rt></ruby>されたりするのだ」と、男泣きに泣いたそうだ。

ある時などかれは、思いものの心を<ruby><rb>試</rb><rt>た</rt></ruby>めそうとして、吉弥に、その同じ商売子で、ずッと年若なのを――吉弥の合い方に呼んでいたから――取り持って見よと命じた。吉弥は平気で命令通り向うの子を承知させ、青木をかげへ呼んでその旨を報告した。

「姉さんさえ承知ならッて――大丈夫よ」

「………」青木は、しかしそう聴いてかえってこれを残念がり、実は本意でない、お前はそんなことをされても何ともないほどの薄情女かと、立っている吉弥の肩をしッかりいだき締めて、力一杯の誠意を見せようとしたこともあるそうだ。思いやると、この<ruby><rb>放蕩</rb><rt>ほうとう</rt></ruby>おやじでも実があって、可哀そうだ。吉弥こそそんな――馬鹿馬鹿しい手段だが――熱のある情けにも感じ得ない無神経者――不実者――。

こういうことを考えながら、僕もまたその無神経者――不実者――を追って、里見亭の前へ来た。いつも不景気な家だが、相変らずひッそりしている。いそうにもない。しかしまたこッそり乳くり合っているのかも知れないと思えば、急に僕の血は逆上して、あたまが燃え出すように熱して来た。

僕は、数丈のうわばみがぺろぺろ赤い舌を出し、この家のうちを<ruby><rb>狙</rb><rt>ねら</rt></ruby>って巻きつくかのような思いをもって、裏手へまわった。

裏手は<ruby><rb>田圃</rb><rt>たんぼ</rt></ruby>である。ずッと遠くまで並び立った稲の穂は、風に<ruby><rb>靡</rb><rt>なび</rt></ruby>いてきらきら光っている。僕は<ruby><rb>涼風</rb><rt>すずかぜ</rt></ruby>のごとく軽くなり、月光のごとく形なく、里見亭の裏二階へ忍んで行きたかった。しかし、板壁に映った自分の黒い影が、どうも、邪魔になってたまらない。

その影を取り去ってしまおうとするかのように、僕はこわごわ一まわりして、また街道へ出た。

もとの道を自分の家の方へ歩んで行くと、暗いところがあったり、明るいところがあったり、ランプのあかりがさしたり、電燈の光が照らしたり――その明暗<ruby><rb>幽照</rb><rt>ゆうしょう</rt></ruby>にまでも道のでこぼこが出来て――ちらつく<ruby><rb>眼鏡越</rb><rt>めがねご</rt></ruby>しの近眼の目さきや、あぶなッかしい足もとから、全く別な世界が開らけた。

<ruby><rb>戸々</rb><rt>ここ</rt></ruby>に立ち働いている黒い影は地獄の兵卒のごとく、――戸々の店さきに一様に黒く並んでるかな物、荒物、野菜などは鬼の持ち物、喰い物のごとく、――僕はいつの間に墓場、<ruby><rb>黄泉</rb><rt>よみじ</rt></ruby>の台どころを嗅ぎ当てていたのかと不思議に思った。

たまたま、<ruby><rb>鼻唄</rb><rt>はなうた</rt></ruby>を歌って通るものに会うと、その声からして死んだものらの腐った肉のにおいが聴かれるようだ。

僕は、――たとえば、<ruby><rb>伊邪那岐</rb><rt>いざなぎ</rt></ruby>の<ruby><rb>尊</rb><rt>みこと</rt></ruby>となって――死人のにおいがする薄暗い地獄の勝手口まで、女を追っているような気がして、家に帰った。

時計を見ると、もう、十時半だ。しかし、まだ暑いので、<ruby><rb>褥</rb><rt>とこ</rt></ruby>を取る気にはならない。仰向けに倒れて力抜けがした全身をぐッたり、その手足を延ばした。

そこへ何物か表から飛んで来て、裏窓の壁に当ってはね返り、ごろごろとはしご段を転げ落ちた。迷い鳥にしてはあまりに無謀過ぎ、あまりに重みがあり過ぎたようだ。

ぎょッとしたが、僕はすぐおもて窓をあけ、

「………」誰れだ？　と、いつものような大きな声を出そうとしたら、下の方から、

「静かに静かに」と、声ではなく、ただ制する手ぶりをした女が見える。吉弥だ。

僕はすぐ二階をおりて外へ出た。

「………」まだ物を言わなかった。

「びッくりして？」まず、平生通りの調子でこだわりのない声を出したかの女の酔った様子が、なよなよした優しい<ruby><rb>輪廓</rb><rt>りんかく</rt></ruby>を、月の光で地上にまでも引いている。

「また青木だろう？」

「いいえ、これから行くの」

「じゃア、早く行きゃアがれ！」僕はわざとひどくかの女を突き放って今夜もだめだとあきらめた。

「もう一つあげましょうか？」かの女は今一つ持っていた<ruby><rb>林檎</rb><rt>りんご</rt></ruby>を出した。

「………」僕は黙ってそれを奪い取ってから、つかつかと家にはいった。

一七

その後、吉弥に会うたびごとに、おこって見たり、冷かして見たり、笑って見たり、可愛がって見たり――こッちでも要領を得なければ、向うでもその場、その場の商売ぶり。僕はお袋が立つ時にくれぐれ注意したことなどは全く無頓着になっていた。

東京からは、もう、金は送らないで妻が焼け半分の厭みッたらしい文句ばかりを言って来る。僕はそのふくれている様子を想像出来ないではないが、いりもしない反動心が起って来ると同時に、今度の事件には僕に最も新らしい生命を与える恋――そして、妻には決して望めないの――が含んでいるようにも思われた。それで、妾にしても芸者をつれて帰るかも知れないが、お前たち（親にも知らしてあると思ったから、暗にそれをも含めて）には決して心配はかけないという返事を出した。

僕があがるのはいつも井筒屋だが、吉弥と僕との関係を最も早く感づいたのは、そこのお君である。皮肉にも、隣りの室に忍び込んで、すべてを探偵したらしく、あったままの事実を並べて、吉弥を面と向っていじめたそうだ。

吉弥はこれが<ruby><rb>癪</rb><rt>しゃく</rt></ruby>にさわったとかで、自分のうちのお客に対し、立ち聴きするなどは失礼ではないかとおこり返したそうだが、そのいじめ方が不断のように<ruby><rb>蔭弁慶</rb><rt>かげべんけい</rt></ruby>的なお君と違っていたので、

「あの小まッちゃくれも、もう年ごろだから、焼いてるんだ、わ」と、吉弥は僕の胸をぶった。

「まさか、そんなわけじゃアあるまい」と、僕は答えた。

しかし、それから、お君は英語を習いに来なくなったのは事実だ。

僕も、これが動機となって、いくらかきまりが悪くなったのに加えて、自分の愛する者が年の若い娘にいじめられるところなどへ行きたくなくなった。また、お貞が、僕の顔さえ見れば、吉弥の<ruby><rb>悪口</rb><rt>あっこう</rt></ruby>をつくのは、あんな<ruby><rb>下司</rb><rt>げす</rt></ruby>な女を僕があげこそすれ、まさか、関係しているとは思わなかったからでもあろうが、それにしては、知った以上、僕をも下司な者に見なすのは知れきっているから、行かない方がいいと思い定めた。それで、吉弥を呼べば、うなぎ屋へ呼んだが、飲みに行く度数がもとのようには多くなくなった。

勉強をする時間が出来たわけだが、目的の脚本は少しも筆が取れないで、かえって読み終ったメレジコウスキの小説を縮小して、新情想を包んだ一大古典家、レオナドダヴィンチの高潔にしてしかも恨み多き生涯を紹介的に書き初めた。

ある晩のこと、虚心になって筆を走らせていると、吉弥がはしご段をとんとんあがって来た。

「………」何も言わずすぐ僕にすがりついてわッと泣き出した。あまり突然のことだから、

「どうしたのだ？」と、思わず大きな声をして、僕はかの女の片手を取った。

「………」かの女は僕に片手をまかせたままでしばらく僕の膝の上につッ伏していたが、やがて、あたまをあげて、そのくわえていた袖を離し、「青木と喧嘩したの」

「なアんだ」と、僕は手を離した。「乳くり合ったあげくの喧嘩だろう。それをおれのところへ持って来たッて、どうするんだ？」

「分ってしまった、わ」

「何が、さ？」僕はとぼけて見せたが、青木に嗅ぎつけられたのだとは直感した。

「何がッて、ゆうべ、うなぎ屋の裏口からこッそりはいって来て、立ち聴きしたと、さ」――では、先夜の僕がゆうべの青木になったのだ。また、うわばみの赤い舌がぺろぺろ僕の目の前に見えるようだ。僕はこれを胸に押さえて平気を装い、

「それがつらいのか？」

「どうしても、疑わしいッて聴かないんだもの、癪にさわったから、みんな言っちまった――『あなたのお世話にゃならない』て」

「それでいいじゃアないか？」

「じゃア、向うがこれからのお世話は断わると言うんだが、いいの？」

「いいとも」

「跡の始末はあなたがつけてくれて？」

「知れたこッた」と、僕は覚悟した。

こういうことにならないうち、早く切りあげようかとも思ったのだが、来べき金が来ないので、ひとつは動きがつかなくなったのだ。しかし、もう、こうなった以上は、僕も手を引くのをいさぎよしとしない。僕は意外に心が据った。

「もう少し書いたら行くから、さきへ帰っていな」と、僕は一足さきへ吉弥を帰した。

一八

やがて井筒屋へ行くと、吉弥とお貞と主人とか<ruby><rb>囲炉裡</rb><rt>いろり</rt></ruby>を取り巻いて坐っている。お君や正ちゃんは何も知らずに寝ているらしい。主人はどういう風になるだろうと心配していた様子、吉弥は存外平気でいる。お貞はまず口を切った。

「先生、とんだことになりまして、なア」と、あくまで事情を知らないふりで、「あなたさまに御心配かけては済みませんけれど――」

「なアに、こうなったら、私が引き受けてやりまさア」

「済まないこッてございますけれど――吉弥が悪いのだ、向うをおこらさないで、そッとしておけばいいのに」

「向うからほじくり出すのだから、しようがない、わ」

「もう、出来たことは何と言っても取り返しのつくはずがない。すッかり私におまかせ下さい」と、僕は男らしく断言した。

「しかし」と、主人が堅苦しい調子で、「世間へ、あの人の物と世間へ知れてしまっては、芸者が売れませんから、なア――また出来ないようなことがあっては、こちらが困るばかりで――」

「そりゃア、もう、大丈夫ですよ」と、僕は軽く答えたが、あまりに人を見くびった言い分を不快に感じた。

しかし、割合いにすれていない主人のことであるし、またその<ruby><rb>無愛嬌</rb><rt>ぶあいきょう</rt></ruby>なしがみッ<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>は持ち前のことであるから、思ったままを言ったのだろうと推察してやれば、僕も多少正直な心になった。

「どうともして」とは、実際、何とか工面をしなければならないのだ、「必らず御心配はかけませんが、青木さんの方が成り立っていても、今月一杯はかかるんでしたから――そこいらの日限は、どうか、よろしく」と、念を押した。

「それはもちろんのことです」主人はちょっとにこついて見せたが、また持ち前のしがみッ面に返って、「青木があの時<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>えて出してしまえばよかったに、なア」と、お貞の方をふり向いた。

「あいつがしみッたれだから、さ」お貞は煙管をはたいた。

「一杯飲もうか？」もう分ったろうと思ったから、僕は、吉弥を促がし、二階へあがった。

「泣いたんでびッくりしたでしょう？」吉弥は僕と相向って坐った時にこう言った。

「なアに」僕は吉弥の誇張的な態度をわざとらしく思っていたので、澄まして答えた。「お前の目玉に水ッ気が少しもなかったよ」

<ruby><rb>硯</rb><rt>すずり</rt></ruby>と巻き紙とを呼んで、僕は飲みながら、先輩の某氏に当てて、金の工面を頼む手紙を書いた。その手紙には、一芸者があって、年は二十七――顔立ちは良くないし、三味線もうまくないが、踊りが得意（これは吉弥の言った通りを信じて言うのだ）――普通の婦人とは違って丈がずッと高く――目と口とが大きいので、仕込みさえすれば、女優として申し分のない女だ。かつ、その子供が一人ある、また妹がある。それらを引き入れることが出来る望みがある。失敗はあらかじめ覚悟の上でつれて帰りたいから、それに必要な百五十円ばかりを一時立て換えてもらいたいと頼んだ。その全体において、さきに劇場にいる友人に紹介した時よりも熱がさめていたので、調子が冷静であった。無論、友人に対する考えと先輩に対する心持ちとは、また、違っていたのだ。ただ、心配なのは承知してくれるか、どうかということだ。

「もう、書けたの？」吉弥は待ちどおしそうに尋ねた。

「ああ」と、僕の返事には力がなかった。

僕は寝ころんでがぶかぶ三、四杯を独りで傾けた。

「あたいも書こう」と、吉弥が今度は筆を取り、僕の投げ出した足を尻に敷いて、<ruby><rb>肘</rb><rt>ひじ</rt></ruby>をつき、しきりに何か書き出した。

僕は手をたたいて人を呼び、まだ起きているだろうからと、印紙を買って<ruby><rb>投函</rb><rt>とうかん</rt></ruby>することを命じた。一つは、そこの家族を安心させるためであったが、もし出来ない返事が来たらどうしようと、心は息詰まるように苦しかった。

「………」吉弥もまた短い手紙を書きあげたのを、自慢そうだ――

「どれ見せろ」と、僕は取って見た。

下手くそな<ruby><rb>仮名</rb><rt>かな</rt></ruby>文字だが、やッとその意だけは通じている。さきに僕がかの女のお袋に尋ねて、吉弥は小学校を出たかというと、学校へはやらなかったので、わずかに新聞を拾い読みすることが出来るくらいで、役者になってもせりふの覚えが悪かろうと答える。すると吉弥がそばから、

「まさか、絶句はしない、わ」と、答えたのを思い出した。

「しばらく御ぶさた致し候。まずはおかわりもなく、御つとめなされ候よし、かげながら祝しおり候。さてとや、このほどよりの御はなし、母よりうけたまわり、うれしく存じ候」

てッきり、例の区役所先生に送るのだと分った。「うれしく」とは、一緒になることが定まっているのだろう。もっとも、僕はその人が承知して女優になるのを許せば、それでかまわないとも考えていたのだ。

そのつづき、――

「ちかきうちに私も帰り申し候につき、くわしきことはお目もじの上申しあげそうろう。かしく。きくより」

菊とは吉弥の本名だ。さすが、当て名は書いてない。

「馬鹿野郎！　人の前でのろけを書きゃアがった、な」

「のろけじゃアないことよ、<ruby><rb>御無沙汰</rb><rt>ごぶさた</rt></ruby>しているから、お<ruby><rb>詫</rb><rt>わ</rt></ruby>びの手紙だ、わ」

「『母より承わり、うれしく』だ――当て名を書け、当て名を！　隠したッて知れてらア」

「じゃア、書く、わ」笑いながら、「うわ封を書いて頂戴よ」と言って、かの女の筆を入れたのは「野沢さま」というのである。

僕はその封筒のおもてに浅草区千束町○丁目○番地渡瀬（これは吉弥の家）方野沢様と<ruby><rb>記</rb><rt>しる</rt></ruby>してやった。かの女はその人を子供の時から知ってると言いながら、その呼び名とその宿所とを知っていないのであった。

「………」さきの偽筆は自分のために利益と見えたことだが、今のは自分の不利益になる事件が含んでいる代筆だ。僕は、何事もなるようになれというつもりで、苦しい胸を押えていた。が、表面では、そう沈んだようには見せたくなかったので、からかい半分に、「区役所が一番恋しいだろう？」

「いいえ」吉弥はにッこりしたが、口を歪めて、「あたい、やッぱし青木さんが一番可愛い、わ――実があって――長く世話をかけたんだもの」

「じゃア、僕はどうなるんだ？」

「これからは、あなたの」と、吉弥は僕の寝ころんでいる胸の上に自分の肩までもからだをもたせかけて、頸を一音ずつに動かしながら、「め――か――け」

十二時まで、僕らはぐずついていたら、お貞が出て来て、もう、時間だから、引きあげてくれろという頼みであった。僕は、立ちあがると、あたまがぐらぐらッとして、足がひょろついた。

あぶないと思ったからでもあろう、吉弥が僕を僕の<ruby><rb>門口</rb><rt>かどくち</rt></ruby>まで送って来た。月のいい地上の空に、僕らが二つの影を投げていたのをおぼえている。

一九

返事を促しておいた劇場の友人から、一座のおもな一人には話しておいた、その他のことは僕の帰京後にしようと、ようやく言ってよこした。これを吉弥に報告すると、かの女はきまりが悪いと言う。なぜかとよくよく聴いて見ると、もしその一座にはいれるとしたら、数年前に東京で買われたなじみが、その時とは違って、そこの立派な立て<ruby><rb>女形</rb><rt>おやま</rt></ruby>になっているということが分った。よくよく興ざめて来る芸者ではある。

それに、最も肝心な先輩の返事が全く面白くなかった。女優に仕立てるには年が行き過ぎているし、一度芸者をしたものには、到底、舞台上の練習の困難に堪える気力がなかろう。むしろ断然関係を断つ方が僕のためだという忠告だ。僕の心の奥が絶えず語っていたところと寸分も違わない。

しかし、僕も男だ、体面上、一度約束したことを破る気はない。もう、人を頼まず、自分が自分でその場に全責任をしょうよりほかはない。

こうなると、自分に最も手近な家から探ぐって行かなければならない。で、僕は妻に手紙を書き、家の物を質に入れて<ruby><rb>某</rb><rt>なにがし</rt></ruby>の<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>を調達せよと言ってやった。質入れをすると言っても、僕自身のはすでに大抵行っているのだから、目的は妻の衣服やその附属品であるので、足りないところは僕の父の家へ行って出してもらえと附け加えた。

妻はこうなるのを予想していたらしい。実は、僕、吉弥のお袋が来た時、早手まわしであったが、僕の東京住宅の近処にいる友人に当てて、金子の調達を頼んだことがある。無効であった上に、友人は大抵のことを妻に注意した。妻は、また、これを全く知らないでいたのは<ruby><rb>迂濶</rb><rt>うかつ</rt></ruby>だと言われるのが<ruby><rb>嫌</rb><rt>いや</rt></ruby>さに、まずもって僕の父に内通し、その上、<ruby><rb>血眼</rb><rt>ちまなこ</rt></ruby>になってかけずりまわっていたかして、電車道を歩いていた時、子を抱いたまま、すんでのことで引き倒されかけた。

その上の男の子が、どこからか、「馬鹿馬鹿しいわい」という言葉をおぼえて来て、そのころ、しきりにそれを繰り返していたそうだが、妻は、それが今回のことの前兆であったと、<ruby><rb>御幣</rb><rt>ごへい</rt></ruby>をかついでいた。それももっともだというのは、僕が東京を出発する以前に、ようやく出版が出来た「デカダン論」のために、僕の生活費の一部を供する英語教師の職をやめられかかっていたのだ。

父からは厳格ないましめを書いてよこした。すぐさま帰って来いと言うので、僕の最後の手紙はそれと行き違いになったと見え、今度は妻が、父と相談の上、本人で出て来た。

僕が、あたまが重いので、散歩でもしようと玄関を出ると、向うから、車の上に<ruby><rb>乳飲</rb><rt>ちの</rt></ruby>み<ruby><rb>児</rb><rt>ご</rt></ruby>を抱いて妻がやって来た。顔の<ruby><rb>痩</rb><rt>や</rt></ruby>せが目に立って、色が真ッ青だ。僕は、これまでのことが一時に胸に浮んで、ぎょッとせざるを得なかった。

「馬鹿ッ！――馬鹿野郎！」車を下りる妻の権幕は非常なものであった。僕が妻からこんな下劣な侮辱の言を聴くのは、これが初めてであった。

「………」よッぽどのぼせているのだろうから、荒立ててはよくないと思って、僕はおだやかに二階へつれてあがった。

茶を出しに来たおかみさんと妻は普通の挨拶はしたが、おかみさんは初めから何だか済まないというような顔つきをしていた。それが下りて行くと、妻はそとへも聴えるような<ruby><rb>甲高</rb><rt>かんだか</rt></ruby>な声で、なお<ruby><rb>罵詈罵倒</rb><rt>ばりばとう</rt></ruby>を絶たなかった。

「あなたは<ruby><rb>色気狂</rb><rt>いろきちが</rt></ruby>いになったのですか？――性根が抜けたんですか？――うちを忘れたんですか？　お父さんが大変おこってらッしゃるのを知らないでしょう？――」

「………」僕は苦笑しているほかなかった。

「こんな児があっても」と、かの女は抱き児が泣き出したのをわざとほうり出すように僕の前に置き、

「可愛くなけりゃア、捨てるなり、どうなりおしなさい！」

「………」これまで自分の子を抱いたことのない僕だが、あまりおぎゃアおぎゃア泣いてるので手に取りあげては見たが、間が悪くッて、あやしたりすかしたりする気になれなかった。

「子どもは子どもで、乳でも飲ましてやれ」と、無理に手渡しした。

「ほんとに、ほんとに、どんな悪魔がついたのだろう、人にこう心配ばかしさして」と、妻は僕の顔を<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>む権利でもあるように、睨みつけている。

僕も、――今まで夢中になっていた女を実際通り悪く言うのは、不見識であるかのように思ったが、――それとなく分るような言葉をもって、首ッたけ<ruby><rb>惚</rb><rt>ほ</rt></ruby>れ込んでいるのではないことを説明し、女優問題だけは僕の事業の手初めとして確かにうまく行くように言って、安心させようとした。妻はそれをも信じなかった。

とにかく、妻は家、道具などを質入れする代りに、自分が人質に来たのだから、出来るつもりなら、帰って、僕自身で金を拵えて来いというのである。で、僕は明日ひとまず帰京することに<ruby><rb>定</rb><rt>き</rt></ruby>めた。

それにしても、今、吉弥を紹介しておく方が、僕のいなくなった跡で、妻の便利でもあろうと思ったから、――また一つには、吉弥の跡の行動を監視させておくのに都合がよかろうと思ったから――吉弥の進まないのを無理に<ruby><rb>玉</rb><rt>ぎょく</rt></ruby>をつけて、晩酌の時に呼んだ。料理は井筒屋から取った。互いに話はしても、妻は絶えず白眼を動かしている。吉弥はまた続けて恥かしそうにしている。仲に立った僕は時に前者に、時に後者に、同情を寄せながら、三人の食事はすんだ。妻が不断飲まない酒を二、三杯傾けて赤くなったので、焼け酒だろうと冷かすと、東京出発前も、父の家でそう心配ばかりしないで、ちょッと酒でも飲めと言われたのをしおに、初めて酒という物に酔って見たと答えた。

僕は、妻を<ruby><rb>褥</rb><rt>とこ</rt></ruby>につけてから、また井筒屋へ行って飲んだ。吉弥の心を確かめるため、また別れをするためであった。十一時ごろ、帰りかけると、二階のおり口で、僕を<ruby><rb>捉</rb><rt>とら</rt></ruby>えて言った。

「東京へ帰ると、すぐまた浮気をするんだろう？」

「馬鹿ア言え。お前のために、随分腹を痛めていらア」

「もッと痛めてやる、わ」吉弥は僕の肩さきを力一杯につねった。

妻のところへ帰ると、僕のつく息が夕方よりも一層酒くさいため、また新らしい小言を聴かされたが、僕があやまりを言って、無事に済んだ。――しかし、妻のからだは、その夜、半ば死人のように固く冷たいような気がした。

二〇

その翌日、吉弥が早くからやって来て、そばを去らない。

「よっぽど<ruby><rb>悋気</rb><rt>りんき</rt></ruby><ruby><rb>深</rb><rt>ぶか</rt></ruby>い女だよ」と、妻は僕に陰口を言ったが、

「奥さん、奥さん」と言われていれば、さほど憎くもない様子だ。いろいろうち解けた話もしていれば、また二人一緒になって、僕の<ruby><rb>悪口</rb><rt>あっこう</rt></ruby>――妻のは鋭いが、吉弥のは弱い――を、僕の面前で言っていた。

「長くここへ来ているの？」

「いいえ、去年の九月に」

「はやるの？」

「ええ、どこででもきイちゃんきイちゃんて言ってくれてよ」

「そう」と、あざ笑って、「はやりッ子だ、ねえ。――いくつ？」

「二十七」僕はこれを聴いて、吉弥が割合いに正直に出ていると思った。

「学校ははいったの？」

「いいえ」

「新聞は読めて？」

「仮名をひろって読みます、わ」

「それで役者になれるの？」

「そりゃアどうだか分りませんが、<ruby><rb>朋輩</rb><rt>ほうばい</rt></ruby>同志で舞台へ出たことはあるのよ」

二人はこんな問答もあった。

僕は、帰京したら、ひょッとすると再び来ないで済ませるかも知れないと思ったから、持って来た書籍のうち、最も入用があるのだけを取り出して、風呂敷包みの手荷物を拵えた。

遅くなるから、遅くなるからと、たびたび催促はされたが、何だか気が進まないので、まアいい、まアいいと時間を延ばし、――昼飯を過ぎ、――また晩飯を喫してから、――出発した。その日あたりからして、吉弥へ口のかかって来ることがなくなって来たのだ。狭いところだから、すぐ評判になったのであろう。妻を海岸へ案内しようと思ったが、それも吉弥が引き受けたのでまかしてしまった。

僕の東京の住家は芝区<ruby><rb>明船町</rb><rt>あけふねちょう</rt></ruby>だ。そこへ着いたのは夜の十時過ぎ――車を帰して、締っている戸をたたいていると、家の前を通り過ぎた人が一人あって、それが跡もどりをして来て、

「義雄かい？」僕の父であった。

「ただいま帰りました」と、僕はあわてて、少しきまりが悪く答えた。きょうは帰っただろうと、それとなく、わざわざ見まわりに来たところなのだろうから、父も随分心配しているのかと、僕のからだが縮みあがった。が、「まア、おはいんなさい」と、戸が明くのを待って、僕は父を座敷へ通した。

妻が残して行った二人の子供のいびきが、隣りの室から聴えている。

僕が茶を命じたら、

「今、火を起しますから」と、妻の母は答えた。

「もう、茶はいりませんよ、お婆アさん」と言っておいて、父は僕に対してすこぶる厳格な態度になり、

「今度のことはどうしたと言うんだ？」

「………」僕は少し心を落ち着けてから、父の顔を見い見い答えた。「このことは何にも聴いて下さんな、自分が苦しんで、自分が処分をつけるつもりですから」

「そうか」と、父は僕の何にも言わない決心を見て取ったのだろう、「じゃア、もう、きょうは遅いから帰る。あす、早速うちまで来てもらいたい」

こう言って、父は帰って行った。

妻が痩せたのを連想するせいか、父も痩せていたようだし、今、相対する母もまた頬が落ちている。僕は家族にパンを与えないで、自分ばかりが遊んでいたように思えた。

僕の書斎兼寝室にはいると、<ruby><rb>書棚</rb><rt>しょだな</rt></ruby>に多く立ち並んでいる金文字、銀文字の書冊が、一つ一つにその作者や主人公の姿になって現われて来て、入れ代り、立ち代り、僕を責めたりあざけったり、<ruby><rb>讃</rb><rt>ほ</rt></ruby>めそやしたりする。その数のうちには、トルストイのような<ruby><rb>自髯</rb><rt>はくぜん</rt></ruby>の老翁も見えれば、メテルリンクのようなハイカラの若紳士も出る。ヒュネカのごとき活気盛んな壮年者もあれば、ブラウニング夫人のごとき才気当るべからざる婦人もいる。いずれも皆外国または内国の有名、無名の学者、詩人、議論家、創作家などである。そのいろんな人々が、また、その言うところ、論ずるところの類似点を求めて、僕の交友間のあの人、この人になって行く。僕は久しぶりで広い世間に出たかと思うと、実際は暗闇の<ruby><rb>褥中</rb><rt>じょくちゅう</rt></ruby>にさめているのであった。持ち帰った包みの中からは、厳粛な顔つきでレオナドがのぞいている。

神経の<ruby><rb>冴</rb><rt>さ</rt></ruby>え方が久しぶりに非常であるのをおぼえた。……ビスマクの首……グラドストンの首……かつて恋しかった女どもの首々……おやじの首……憎い友人どもの首……鬼女や<ruby><rb>滝夜叉</rb><rt>たきやしゃ</rt></ruby>の首……こんな物が順ぐりに、あお向けに寝て<ruby><rb>覚</rb><rt>さ</rt></ruby>めている室の<ruby><rb>周囲</rb><rt>まわり</rt></ruby>の<ruby><rb>鴨居</rb><rt>かもい</rt></ruby>のあたりをめぐって、<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>く息さえも苦しくまた頼もしかった時だ――「鬼よ、<ruby><rb>羅刹</rb><rt>らせつ</rt></ruby>よ、夜叉の首よ、われを<ruby><rb>夜伽</rb><rt>よとぎ</rt></ruby>の霊の影か……闇の<ruby><rb>盃盤</rb><rt>はいばん</rt></ruby>闇を盛りて、われは底なき闇に沈む」と、僕が新体詩で歌ったのは！

さまざまの考えがなお取りとめもなく浮んで来て、僕というものがどこかへ行ってしまったようだ。その間にあって、――<ruby><rb>毀誉褒貶</rb><rt>きよほうへん</rt></ruby>は世の常だから覚悟の前だが――かの「デカダン論」出版のために、生活の一部を助けている教師の職（僕は英語を一技術として教えているのであって、その技術を金で買うように思っている現代学生には別に師事されるのを潔しとしない）を、妻の聴いて来た通り、やめられるなら、早速また一苦労がふえるという考えが、強く僕の心に刻まれた。

しかし、その時はまだその時で、一層奮励の筆をもって、補いをつけることが出来ると、覚悟した。

すると、また、心の奥から、国府津に送る金はどうすると尋問し出す。これが最もさし迫った任務である。しかし、それもまた、僕には、残忍なほど明確な決心があった。

それがために、しかしわが家ながら、他家のごとく窮屈に思われ、夏の夜をうちわ使う音さえ遠慮がちに、近ごろにない寂しい<ruby><rb>徹宵</rb><rt>てっしょう</rt></ruby>の後に、やッと、待ち設けた眠りを<ruby><rb>貪</rb><rt>むさぼ</rt></ruby>った。

二一

子供の起きるのは早い。翌朝、僕が顔を洗うころには、もう、飯を済ましていた。

「お帰りなさい」とも、何とも言わないで、<ruby><rb>軽蔑</rb><rt>けいべつ</rt></ruby>の様子が見えるようだ。口やかましいその母が、のぼせ返って、僕の不始末をしゃべるのをそばで聴いていたのだろうと思われた。

僕が食膳に向うと、子供はそばへ来て、つッ立ったまま、姉の方が、

「学校は、もう、来月から始まるのよ」と言う。吉弥を今月中にという事件が忘れられない。弟の方はまた、

「お父さん、いちじくを取っておくれ」と言う。

いちじくと言われたので、僕はまた国府津の二階住いを冷かされたように胸に<ruby><rb>堪</rb><rt>こた</rt></ruby>えた。

「まだもう少し食べられないよ」と言って、僕は携えて来た<ruby><rb>土産</rb><rt>みやげ</rt></ruby>を分けてやった。

妻の母は心配そうな顔をしているが、僕のことは何にも尋ねないで、孫どもが僕の留守中にいたずらであったことを語り、庭のいちじくが熟しかけたので、取りたがって、見ていないうちに木のぼりを初め、途中から落ッこちたことなどを言ッつけた。子供は二人とも嫌な顔をした。

「お母さん、<ruby><rb>箪笥</rb><rt>たんす</rt></ruby>の<ruby><rb>鍵</rb><rt>かぎ</rt></ruby>はどこにあります？」僕はいよいよ残酷な決心の実行に取りかかった。

「知りませんよ」と、母は<ruby><rb>曖昧</rb><rt>あいまい</rt></ruby>な返事をした。

「知らないはずはない。おれの家をあずかっていながらどんな鍵でもぞんざいにしておくはずはない」

「実は大事にしまってあることはしまってありますが、お千代が渡してくれるなと言っていましたから――」

「千代は私の家内です、そんな言い分は立ちません」

「それでは出しますから」と、母は鍵を持って来て、そッけなく僕の前に置き、台どころの方へ行ってしまった。

僕は箪笥の前に行き、一々その引き出しを明け、おもな衣類を出して見た。大抵は妻の物である。<ruby><rb>紋羽二重</rb><rt>もんはぶたえ</rt></ruby>や、<ruby><rb>鼠縮緬</rb><rt>ねずみちりめん</rt></ruby>の衣物――<ruby><rb>繻珍</rb><rt>しゅちん</rt></ruby>の丸帯に、<ruby><rb>博多</rb><rt>はかた</rt></ruby>と<ruby><rb>繻子</rb><rt>しゅす</rt></ruby>との昼夜帯、――黒縮緬の羽織に、宝石入りの帯止め――長浜へ行った時買ったまま、しごきになっている白縮緬や、裏つき水色縮緬の<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>よけ、などがある。妻の<ruby><rb>他所行</rb><rt>よそゆ</rt></ruby>き姿が目の前に浮ぶ。そして昔の懐かしいかおりまでが僕の鼻をつく。

「行って来ますよ」という外出の時の声と姿とは、妻の年取るに従って、だんだん引き締って威厳を生じて来たのを思い出させた。

まだ<ruby><rb>長襦袢</rb><rt>ながじゅばん</rt></ruby>がある。――大阪のある芸者――<ruby><rb>中年増</rb><rt>ちゅうどしま</rt></ruby>であった――がその色男を尋ねて上京し、行くえが分らないので、しばらく僕の家にいた後、男のいどころが分ったので、おもちゃのような一家を構えたが、つれ添いの病気のため収入の道が絶え、窮したあげくに、この襦袢を僕の家の帳面をもって質入れした。その後、二人とも<ruby><rb>行</rb><rt>ゆ</rt></ruby>く<ruby><rb>方</rb><rt>え</rt></ruby>が知れなくなり、流すのは惜しいと言うので、僕が妻のためにこれを出してやった。少し派手だが、妻はそれを着て不断の沈みがちが直ったように見えたこともある。

それに、まだ一つ、ずッと派手な襦袢がある。これは、僕らの一緒になる初めに買ってやった物だ。僕より年上の妻は、その時からじみな作りを好んでいたので、僕がわざわざ若作りにさせるため、買ってやったのだ。今では不用物だから、子供の大きくなるまでと言ってしまい込んであるが、その色は今も変らないで、燃えるような<ruby><rb>緋縮緬</rb><rt>ひぢりめん</rt></ruby>には、妻のもとの若肌のにおいがするようなので、僕はこッそりそれを嗅いで見た。

「今の妻と吉弥とはどちらがいい？」と言う声が聴えるようだ。

「無論、吉弥だ」と、言いきりたいのだが、心の奥に誰れか耳をそば立てているものがあるような気がして、そう思うことさえ<ruby><rb>憚</rb><rt>はばか</rt></ruby>られた。

とにかく、多少の<ruby><rb>価</rb><rt>ね</rt></ruby>うちがありそうな物はすべて一包みにして、僕はやとい車に乗った。質屋をさして車を駆けらしたのである。

友人にでも出会ったら大変と、親しみのある東京の往来を、<ruby><rb>疎</rb><rt>うと</rt></ruby>く、気恥かしいように進みながら、僕は十数年来つれ添って来た女房を売りに行くのではないかという感じがあった。

僕は再び国府津へ行かないで――もし行ったら、ひょッとすると、旅の者が土地を荒らしたなど言いふらされて、袋だたきに<ruby><rb>逢</rb><rt>あ</rt></ruby>わされまいものでもないから――<ruby><rb>金子</rb><rt>きんす</rt></ruby>だけを送ってやることに初めから心には定めていたので、すぐ吉弥<ruby><rb>宛</rb><rt>あ</rt></ruby>てで電報がわせをふり出した。

二二

国府津では、僕の推察通り、僕に対する反動が起った。

さすがは学校の先生だけあって、隣りに芸者がいても寄りつきもしない、なかなか堅い人であるというのが、僕に対する最初の評判であったそうだ。が、だんだん僕の私行があらわれて来るに従って、吉弥の両親と会見した、僕の妻が身受けの手伝いにやって来たなど、あることないことを、狭い土地だから、じきに言いふらした。

それに、吉弥が馬鹿だから、のろけ半分に出たことでもあろう、女優になって、僕に<ruby><rb>貢</rb><rt>みつ</rt></ruby>ぐのだと語ったのが、土地の人々の邪推を引き起し、僕はかの女を使って土地の人々の金をしぼり取ったというように思われた。それには、青木と田島とが、失望の恨みから、事件を誇張したり、<ruby><rb>捏造</rb><rt>ねつぞう</rt></ruby>したりしたのだろう、僕が機敏に逃げたのなら、僕を呼び寄せた坊主をなぐれという騒ぎになった。僕の妻も危険であったのだが、はじめは何も知らなかったらしい。吉弥を案内として、方々を見物などしてまわった。

僕が出発した翌日の晩、青木が井筒屋の二階へあがって、吉弥に、過日与えた小判の取り返し談判をした。

「男が<ruby><rb>一旦</rb><rt>いったん</rt></ruby>やろうと言ったもんだ！」

「わけなくやったのではない！」

「さんざん人をおもちゃにしゃアがって――貰った物ア返しゃアしない！」

「何だ、この薄情女め！」

無理に奪い取ろうとする、取られまいとする。追ッかけられて、二階の段を下り、化粧部屋の口で、とッつかまると、男は女の帯の間へ手をつッ込む。そうさせまいと、<ruby><rb>悶</rb><rt>もが</rt></ruby>いても女の力及ばずと見たのだろう、「じゃア、やるから待ちゃアがれ！」みずから帯の間から古い黄金を取り出し、「ええッ、拾って行きゃアがれ」と、ほうりつけ、「畜生、そんな物ア手にさわるのも<ruby><rb>穢</rb><rt>けが</rt></ruby>れらア！」

僕の妻はちょうど井筒屋へ行っていたので、この芝居を、炉のそばで、家族と一緒に見たと言う。

「もう、二度とこんな家へ来やせんぞ」と、青木は投げられた物を手に取り、吉弥をにらんで帰って行った。

「泥棒じじい！」

吉弥は片足を一歩踏み出すと同時に、あごをもよほど憎らしそうに突き出して、くやしがった。その様子が大変おかしかったので、一同は言い合わせたように吹き出した。かの女もそれに<ruby><rb>釣</rb><rt>つ</rt></ruby>り込まれて、笑顔を向け、炉のそばに来て座を取った。

<ruby><rb>薬罐</rb><rt>やかん</rt></ruby>のくらくら煮立っているのが、吉弥のむしゃくしゃしているらしい胸の中をすッかり<ruby><rb>譬</rb><rt>たと</rt></ruby>えているように、僕の妻には見えた。

大きな台どころに大きな炉――くべた<ruby><rb>焚木</rb><rt>まき</rt></ruby>は燃えていても、風通しのいいので、暑さはおぼえさせなかった。

「けちな野郎だ、なア？」お貞はこう言って、吉弥を慰めた。

「横つらへ投げつけてやったらよかったのに」と、正ちゃんも吉弥の肩を持った。

「きイちゃんの様子ッたら、なかった」と、お君が言ったので、一同はまた吹き出した。

「どうせ、あたいが馬鹿なんですから、ね」吉弥は横を向いた。

「一体どうしたわけなの？」僕の妻は仲裁的に口を出した。

「くれたもんを取り返しに来たの」

「あまりだますから、おこったんだろう？」

「だまされるもんが悪いのよ」

「そう？」妻は自分の夫もだまされているのだと思ってきまりが悪くなったが、すぐ気を変えて、冷かし半分に、「可哀そうに、貰ったと思ったら、おお<ruby><rb>損</rb><rt>ぞん</rt></ruby>をした、わ、ね」

「ほんとに」と、吉弥も笑って、「指輪に<ruby><rb>拵</rb><rt>こさ</rt></ruby>えてやろうと思ってたら、取り返されてしまった」

こういう話をしているうち、吉弥のお袋が一人の女をつれてやって来た。吉弥は僕の方もまた出来なくなるかと疑って、浅草へ電報を打ったので、今度はお袋が独りでやって来たのだ。つれた女は芸者の候補者だ。

お君が一座の人々をぎろぎろ見くらべているところで、お袋はお貞と吉弥とから事情を聴き、また僕の妻にも紹介された。妻もまたお袋にその思ったことや、将来の吉弥に対する注文やを述べたり、聴き<ruby><rb>糺</rb><rt>ただ</rt></ruby>したりした。期せずして真面目な、堅苦しい会合となった。お袋は不安の状態を愛想笑いに隠していた。

その間に、吉弥はどこかへ出て行った。あちらこちらで借り倒してある借金を払いに行ったのである。

主人がその代りに会合に加わって、

「もう、何とか返事がありそうなものですが――」

「そうです、ねえ」と、僕の妻は最終の責任を感じて、異境の空に独りぼっちの寂しさをおぼえた。僕は、出発の当時、井筒屋の主人に、すぐ、僕が出直して来なければ、電報で送金すると言っておいたのだ。

先刻から、正ちゃんもいなくなっていたが、それがうちへ駆けつけて来て、

「きイちゃんが、今、方々の払いをしておる」と、注進した。

「じゃア、電報がわせで来たんでしょう？」と、僕の妻は思わず叫んだ。

「そりゃア、いかん、呼んで来ねば」と、主人は正ちゃんをつれて大いそぎで出て行き、やがて吉弥を呼び返して来た。

「かわせが来たんですか？」と、妻はおこった様子。

「ええ」と、吉弥はしょげていた。

「じゃア、そう言ってくれないじゃア困ります、わ」

「出してお見」と、主人が仲にはいって調べて見ると、もう、二、三十円は払いに使ってあった。僕が直接に送ったのが失敗なのだ。

それから、妻と主人とお袋とで詳しい勘定をして、僕の宿料やら、井筒屋へ渡す分やらを取って行くと、吉弥のだらしなく使ったそとの借金ぐらいはなお払えるほど残った。しかし、それも僕のうなぎ屋なぞへ払う分にまわった。

「お客さんの分まで払うのア馬鹿馬鹿しい、わ」と、吉弥は自分の金でも取り扱うようなつもりでいた。

僕の妻は、そんなわけの物ではないということを――どんな理由でだか、そこまでは僕に報告しなかったが――説き聴かせ、お袋に談判して、吉弥のそとの借金だけはお袋が引き受けることにして、すぐ浅草へ取り寄せの電報を打たせた。

二三

その晩、僕の妻のところへ、井筒屋から御馳走を送って来たし、またお袋と吉称と新芸者とが遊びに来た。

「あなたはどこにお勤めでしたの？」とは、お袋が異様な問いであった。

「わたしはそんな<ruby><rb>苦労人</rb><rt>くろうと</rt></ruby>じゃアございませんよ」と、僕の妻は顔を赤くして笑った。「そりゃア、これまでにも今度のようなことがあったし、またいろんな芸者をつれ込んで来られたこともあったから、その方では随分<ruby><rb>苦労人</rb><rt>くろうにん</rt></ruby>になった、わ」

「ほんとです、ねえ、私も若い時は随分そんな苦労をさせられましたよ。今では、また、子供のために苦労――世間では、娘を芸者にして、親は左うちわで行けると申しますが、こんな働きのない子ばかりでは、どうして、どうして、かえって苦労は絶えません」

こういう話しがあってから、吉弥とお袋とは帰った。まだ青木から<ruby><rb>餞別</rb><rt>せんべつ</rt></ruby>でも貰おうという未練があったので、かれを呼び出しに行ったのだが、かれは逃げていて、会えずにしまったらしい。

妻は跡に残った新芸者――色は白いが、お多福――からその可哀そうな身の上ばなしを聴き、吉弥に対する憎みの反動として、その哀れな境遇に同情を寄せた。東京からわざわざやって来て、主人には気に入りそうな様子が見えないのであった。

この女から妻は吉弥の家の状態をも聴き、僕の推知していた通り吉弥の帰るのを待っている男（それが区役所先生の野沢だ）があって、今度もそれが拵えてやった新調の衣物を一揃えお袋が持って来たということまで分った。引かされるのを<ruby><rb>披露</rb><rt>ひろう</rt></ruby>にまわる時の用意になるのであったろう。

「田村さんの奥さんに会いたい」という人が、突然やって来た。それが例の住職だ。

こうこう、こういう事情になっているところを、僕が逃げたというので、その代りに住職に<ruby><rb>復讐</rb><rt>ふくしゅう</rt></ruby>しようと、町の<ruby><rb>侠客</rb><rt>きょうかく</rt></ruby>連が二、三名動き出したのを、人に頼んで、ようやく推し静めてもらったが、

「いつ、どんな危険が奥さんにも及ぶか分りませんから、今晩急いで帰京する方がよろしかろう」との忠告だ。

僕の妻は子をいだいて青くなった。

吉弥のお袋の出した電報の返事が来たら、三人一緒に帰京する約束であったが、そうも出来ないので、妻は吉称の求めるままに少しばかり小遣いを貸し与え、荷物の<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>づけもそこそこにして、僕の<ruby><rb>革鞄</rb><rt>かばん</rt></ruby>は二人に託し井筒屋の主人と住職とにステーションまで送られて、その夜東京へ帰って来た。

「憎いのは吉弥、馬鹿者はあなた、可哀そうなのは代りに行った芸者だ」と、妻は泣いて僕に語った。

その翌日から、妻は年中<ruby><rb>堪</rb><rt>こら</rt></ruby>えに堪えていたヒステリが出て、病床の人となった。乳飲み児はその母の乳が飲めなくなった。その上、僕ら二人の留守中に老母がその孫どもに食べ過ぎさせたので、それもまた<ruby><rb>不活溌</rb><rt>ふかっぱつ</rt></ruby>に寝たり、起きたりすることになった。

僕の家は、病人と痩せッこけの住いに変じ、赤ん坊が時々<ruby><rb>熱苦</rb><rt>あつくる</rt></ruby>しくもぎゃあぎゃあ泣くほかは、お互いに口を<ruby><rb>聴</rb><rt>き</rt></ruby>くこともなく、夏の真昼はひッそりして、なまぬるい葉のにおいと陰欝な空気とのうちに、僕自身の汗じみた<ruby><rb>苦悶</rb><rt>くもん</rt></ruby>のかげがそッくり<ruby><rb>湛</rb><rt>ただよ</rt></ruby>っているようだ。こうなると、浮薄な吉弥のことなどは全く厭になってしまった。

僕は独り机に向い、最も不愉快な思いがして、そぞろ<ruby><rb>慚愧</rb><rt>ざんき</rt></ruby>の情に<ruby><rb>咽</rb><rt>むせ</rt></ruby>びそうになったが、全くこの始末をつけてしまうまでは、友人をも訪わず、父の家にも行くまいと決心した。

全く放棄されたこの家はただ僕一人の奮励いかんにあるのだが、第一に胸に浮ぶ問題は、

「この月末をどうしよう？」

しかもそれがこの二、三日に迫っているのだ。

二四

あわてたところで、だめなものはだめだから、まず書きかけた原稿を終ってしまおうと、メレジコウスキの小説縮写をつづけた。

レオナドの生涯は実に高潔にして、悲惨である。語らぬ恋の力が老死に至るまで一貫しているのは言わずもあれ、かれを師とするもののうちには、師の発展のはかばかしくないのをまどろッこしく思って、その対抗者の方へ裏切りしたものもあれば、また、師の人物が大き過ぎて、悪魔か聖者か分らないため、迷いに迷って<ruby><rb>縊死</rb><rt>いし</rt></ruby>したのもある。また、師の発明<ruby><rb>工風</rb><rt>くふう</rt></ruby>中の空中飛行機を――まだ乗ってはいけないとの師の注意に反して――熱心の余り乗り試み、墜落負傷して一生の片輪になったのもある。そして、レオナドその人は国籍もなく一定の住所もなく、きのうは味方、きょうは敵国のため、ただ労働神聖の主義をもって、その科学的な多能多才の応ずるところ、築城、建築、設計、発明、彫刻、絵画など――ことに絵画はかれをして後世永久の名を残さしめた物だが、ほとんどすべて未成品だ――を平気で、あせることなくやっている間に、後進または<ruby><rb>弟子</rb><rt>でし</rt></ruby>であってまた対抗者なるミケランジェロやラファエルなどに圧倒されてしまった。

僕はその大エネルギと絶対忍耐性とを身にしみ込むほど<ruby><rb>羨</rb><rt>うらや</rt></ruby>ましく思ったが、死に至るまで古典的な態度をもって安心していたのを物足りないように思った。デカダンはむしろ不安を不安のままに出発するのだ。

こんな理屈ッぽい考えを浮べながら筆を走らせていると、どこか高いところから、

「自分が<ruby><rb>耽溺</rb><rt>たんでき</rt></ruby>しているからだ」と、呼号するものがあるようだ。またどこか深いところから、

「耽溺が生命だ」と、<ruby><rb>呻吟</rb><rt>しんぎん</rt></ruby>する声がある。

いずれにしても、僕の耽溺した状態から遊離した心が理屈を<ruby><rb>捏</rb><rt>こ</rt></ruby>ねるに過ぎないのであって、僕自身の現在の窮境と神経過敏とは、生命のある限り、どこまでもつき<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>って来るかのように痛ましく思われた。

筆を改めた二日目に原稿を書き終って、これを某雑誌社へ郵送した。書き出しの時の考えに従い、理屈は何も言わないで、ただ紹介だけにとどめたのだ。これが今月末の入費の一部になるのであった。

その夕がた、もう、吉弥も帰っているだろうと思い、現に必要な物を入れてある革鞄を浅草へ取りに行った。一つは、かの女の様子を探るつもりであった。

<ruby><rb>雷門</rb><rt>かみなりもん</rt></ruby>で電車を下り、公園を抜けて、千束町、十二階の裏手に当る近所を、言われていた通りに探すと、渡瀬という家があったが、まさか、そこではなかろうと思って通り過ぎた。二階長屋の<ruby><rb>一隅</rb><rt>いちぐう</rt></ruby>で、狭い古い、きたない、<ruby><rb>羅宇</rb><rt>らお</rt></ruby>や<ruby><rb>煙管</rb><rt>きせる</rt></ruby>の住いそうなところであった。かのお袋が自慢の年中絹物を着ているものの住所とは思えなかった。しかし、ほかには渡瀬という家がなさそうだから、<ruby><rb>跡戻</rb><rt>あともど</rt></ruby>りをして、その前をうろついていると、――実は、気が<ruby><rb>臆</rb><rt>おく</rt></ruby>してはいりにくかったのだ――

「おや、先生」と、吉弥が入り口の板の間まで出て来た。大きな<ruby><rb>丸髷</rb><rt>まるまげ</rt></ruby>すがたになっている。

「………」僕は敷居をまたいでから、無言で立っていると、

「まア、おあがんなさいな」と言う。

見れば、もとは店さきでもあったらしい薄ぐらい八畳の間の右の片隅に僕の革鞄が置いてある。これに反対した方の壁ぎわは、少し低い板の間になっておやじの仕事場らしい。下駄の出来かけ、<ruby><rb>桐</rb><rt>きり</rt></ruby>の用材などがうっちゃり放しになっている。八畳の奥は障子なしにすぐに居間であって、そこには、ちゃぶ台を据えて、そのそばに年の割合いにはあたまの<ruby><rb>禿</rb><rt>は</rt></ruby>げ過ぎた男と、でッぷり太った四十前後の女とが、酒をすませて、御飯を喰っている。禿げあたまは長火鉢の向うに坐って、<ruby><rb>旦那</rb><rt>だんな</rt></ruby>ぶっているのを見ると、例の野沢らしい。

僕はその室にあがって、誰れにもとつかず一礼すると、女の方は丁寧に挨拶したが、男の方は気がついたのか、つかないのか、飯にかこつけて僕を見ないようにしている。

吉弥はその男と火鉢をさし<ruby><rb>挟</rb><rt>はさ</rt></ruby>んで相対し、それも、何だか調子抜けのした様子。

「まア、御飯をお済ましなさい」こう、僕が所在なさに勧めると、

「もう、すんだの」と、吉弥はにッこりした。

「おッ母さんは？」

「赤坂へ行って、いないの」

「いつ帰りました？」

「きのう」

「僕の革鞄を持って来てくれたか、ね？」これはわざと聴いたのだ。

「あすこにある、わ」と、指さした。

「あれが入り用だから、取りに来ました」

「そう？」吉弥は無関係なように長い煙管をはたいた。

こんな話をしているうちに、跡の二人は食事を済ませ、家根屋の持って来るような<ruby><rb>梯子</rb><rt>はしご</rt></ruby>を伝って、二階へあがった。<ruby><rb>相撲</rb><rt>すもう</rt></ruby>取りのように腹のつき出た婆アやが来て、

「菊ちゃん、もう済んだの？」と言って、お膳をかたづけた。

いかにも、もう吉弥ではなく、本名は菊子であった。かの女は男の立った跡へ直り、煙管でおのれの跡をさし示し、

「こッちへおいで」という御命令だ。

僕はおとなしくその通りに住まった。

二階では、例の花を引いている様子だ。

「あれだろう？」僕がこう聴くと、

「そうよ」と、菊子が嬉しがった。

馬鹿な奴だとは思ったが、僕はもう未練がないと言いたいくらいだから、物好き半分に根問いをして見た。二階にはおやじもいるし、他にまだ二人ばかりいる。跡からあがった（それも昼ごろから来ていたという）女は、浅草公園の待合○○の女将であった。

菊子の口のはたの<ruby><rb>爛</rb><rt>ただ</rt></ruby>れはすッかり直ったようだが、その代りに眼病の方がひどくなっている。勤めをしている時は、気の張りがあったのでまだしも病毒を押さえていられたが、張りが抜けたと同時に、急にそれが出て来たのだろう。井筒屋のお貞が言った通り、はたして梅毒患者であったかと思うと、僕は身の毛が逆立ったのである。井上眼科病院で診察してもらったら、一、二箇月入院して見なければ、直るか直らないかを判定しにくいと言ったとか。

かの女は黒い眼鏡を<ruby><rb>填</rb><rt>は</rt></ruby>めた。

僕は女優問題については何も言わなかった。

十二、三歳の女の子がそとから帰って来て、

「姉さん、駄賃おくれ」と、火鉢のそばに足を投げ出した。顔の厭に平べッたい、前歯の二、三本欠けた、ちょっと見ても、愛相が尽きる子だ。菊子が青森の人に生んで、妹にしてあると言ったのは、すなわち、これらしい。話しばかりに聴いて想像していたのと違って、僕が最初からこの子を見ていたなら、ひょッとすると、この子を子役または花役者に仕上げてやりたいなどいう望みは起らなかったばかりか、吉弥に対してもまた全く女優問題は出なかったかも知れない。今一人、実の妹を見たかったのであるが、公園芸者になっているから、そこにはいなかった。

「先生がいらッしゃるじゃないか？　ちゃんとお坐り」こう菊子が言ったので、子は渋々坐り直した。

「けいちゃん、お前、役者になるかい？」

「あたい、役者なんか厭だア」と、けいちゃんというのがからだを揺すった。

僕は菊子がその子をも女優にならせるという約束をこの通り返り見ないでいても、それを責める勇気はなかった。

二五

「さア、やるから遊んでおいで」と、菊子は二銭銅をほうり出すと、けいちゃんはそれを拾って出て行った。

菊子も僕を置いて二階へあがった。

二階では、――

「さァ、絶体だ」

「出る、出る！」

「助平だ、ねえ――？」

「降りてやらア」

「行けばいいのに――赤だよ」

「そりゃ来た！」

「こん畜生！」

ぺたぺたと花を引く音がしていた。

菊子がまだ国府津にいた時、僕をよろこばせようとして、

「帰ったら、うちの二階が明いてるから、隔日に来て、あすこで、勉強しなさいよ」と言った、その二階がいつもあのざまなのだろう。見す見す堕落の<ruby><rb>淵</rb><rt>ふち</rt></ruby>に落し入れられるのであった。未練がないだけ、僕は今かえって仕合せだと思ったが、また、別なところで、かれらの知らないうちにああいう社会にはいって、ああいう悪風に<ruby><rb>染</rb><rt>そ</rt></ruby>み、ああいう楽しみもして、ああいう耽溺のにおいも嗅いで見たいような気がした。僕は<ruby><rb>掃</rb><rt>は</rt></ruby>き<ruby><rb>溜</rb><rt>だ</rt></ruby>めをあさる痩せ犬のように、鼻さきが鋭敏になって、あくまで耽溺の目的物を追っていたのである。

やがて菊子が下りて来て、

「お父さんはお花に夢中よ」と言う。まだ多少はしおらしいところがあって、ちょッと顔を出せとでも言って来たものらしい。会いたくないと言ったのだろう。僕は、かのうなぎ屋で、おやじが「こんなところでお花でもやれば」と言ったのは、僕をその方へ引き込もうとして、僕の気を引いて見たのだろうと思い出された。

「なァに、どうせ僕は花はしないから――」

お袋はいないし、おやじは僕を避けている。婆アやも狭い台どころへ行って見えない。

一昔も過ぎたかのように思われる国府津のことが一時に僕の胸に込みあがって来て、僕は無言の恨みをただ眼のにらみに集めたらしい。

「あのこわい顔！」菊子は真面目にからだを<ruby><rb>竦</rb><rt>すく</rt></ruby>ませたが、病んでいる目がこちらを見つめて、やにッぽくしょぼついていた。が、僕にもそのしょぼつきが移っておのずから目ばたきをした時、かの女は<ruby><rb>絳絹</rb><rt>もみ</rt></ruby>の切れを出して自分で自分の両眼のやにを拭いた。

お袋がいずれ挨拶に来るというので、僕はそのまま<ruby><rb>辻車</rb><rt>つじぐるま</rt></ruby>を呼んでもらい、革鞄を乗せて、そこを出る時、「少しお小遣いを置いてッて頂戴な」と言うので、僕は一円札があったのを渡した。

「二度と再び来るもんか？」こう、僕の心が胸の中で叫んだ。

僕が荷物を持って帰ったのを見て、妻は<ruby><rb>褥</rb><rt>とこ</rt></ruby>の中からしきりに吉弥の様子を聴きたがったが、僕はこれを説明するのも不愉快であった。

「あのくらいにしてやったんだから、義理にもお袋が一度は来るでしょう――？」

「そうだろうよ」僕はいい加減な返事をした。

「吉弥だッてそうでさア、ね、小遣いを立てかえてあるし、<ruby><rb>髢</rb><rt>かもじ</rt></ruby>だッて、早速髷に結うのにないと言うので、<ruby><rb>借</rb><rt>か</rt></ruby>してあるから、持って来るはずだ、わ」

「目くらになっちゃア来られない、さ」

僕の返事は煮えきらなかったが、妻の熱心は「目くら」の一言に飛び立つようにからだを向き直し、

「えッ！　もう、出たの？」と、問い返した。

吉弥の病気はそうひどくないにしても、罰当り、<ruby><rb>業</rb><rt>ごう</rt></ruby>さらしという<ruby><rb>敵愾心</rb><rt>てきがいしん</rt></ruby>は、妻も僕も同じことであった。しかし、向うが<ruby><rb>黴毒</rb><rt>ばいどく</rt></ruby>なら、こちらはヒステリ――僕は、どちらを向いても、自分の耽溺の記念に接しているのだ。どこまで沈んで行くつもりだろう？

「まだ耽溺が足りない」これは、僕の焼けッ腹が叫ぶ声であった。

革鞄をあけて、中の書物や書きかけの原稿などを調べながら、つくづく思うと、この夏中の仕事は――いろんな考えを持って行ったのだが――ただレオナドの紹介ばかりが出来たに過ぎない。それも、今月中の喰い物の一つになってしまうのだ。最も多望であった脚本創作のことなどは、ほとんど全く手がつかなかったと言ってもいい。

学校の方は一同僚の取りなしでうまく納まったという報告に接したが、質物の取り返しにはここしばらく原稿を大車輪になって働かなければならない。

僕は自分の腕をさすって見たが、何だか自分の物でないようであった。

二六

その後、四、五十日間は、学校へ行って不愉快な教授をなすほか、どこへも出ず、机に向って、思案と創作とに努めた。

愉快な問題にも、不愉快な疑問にも、僕は僕そッくりがひッたり当て<ruby><rb>填</rb><rt>はま</rt></ruby>る気がして、天上の果てから地の底まで、明暗を通じて僕の神経が流動<ruby><rb>瀰漫</rb><rt>びまん</rt></ruby>しているようだ。すること、なすことが夢か、まぼろしのように軽くはかどった。そのくせ、得たところと言っては、数篇の短曲と短い小説二、三篇とである。金にしては何ほどにもならないが、創作としては、よしんば望んでいた脚本が出来たとしても、その脚本よりかずッと傑作だろうという確信が出た。

僕のからだは、土用休み早々、国府津へ逃げて行った時と同じように衰弱して、考えが少しもまとまらなくなった。そして、僕が残酷なほど滅多に妻子と家とを思い浮べないのは、その実、それが思い浮べられないほどに深く僕の心に喰い込んでいるからだという気がした。

「ええッ、少し遊んでやれ！」

こう決心して、僕はなけなしの財布を<ruby><rb>懐</rb><rt>ふところ</rt></ruby>に、相変らず陰欝な、不愉快な家を出た。否、家を出たというよりも、今の僕には、家をしょって歩き出したのだ。

<ruby><rb>虎</rb><rt>とら</rt></ruby>の<ruby><rb>門</rb><rt>もん</rt></ruby>そとから電車に乗ったのだが、半ば無意識的に浅草公園へ来た。

池のほとりをぶらついて、十二階を見ると、吉弥すなわち菊子の家が思い出された。誰れかそのうちの者に<ruby><rb>出会</rb><rt>でくわ</rt></ruby>すだろうかも知れないと、あたりに注意して歩いた。僕はいつも考え込んでいるので外へ出ても、こんなにそわそわしい歩き方をすることは滅多にないのだ。

菊子はとうとう僕の家へ来なかった。お袋もまたそうであった。ひょッとすると、菊子の目が全くつぶれたのではないか知らん？　あるいはまた野沢も、金がなくなったため、足が遠のいていはしないか？　また、かの女は二度、三度、四度目の勤めに出てはいないか？

こういうことを思い浮べながら、玉乗りのあった前を通っていると<ruby><rb>吾妻橋</rb><rt>あづまばし</rt></ruby>の近処に住んでいる友人に会った。

「どこへ行くんだ？」

「散歩だ」

「遠いところまで来たもんだ、な」

「なアに、意味もなく来たんだ」

「どッかで飲もう」ということになり、つれ立って、奥の<ruby><rb>常磐</rb><rt>ときわ</rt></ruby>へあがった。

友人もうすうす聴いていたのか、そこで夏中の事件を問い<ruby><rb>糺</rb><rt>ただ</rt></ruby>すので、僕はある程度まで実際のところを述べた。それから、吉原へ行こうという友人の発議に、僕もむしゃくしゃ腹を<ruby><rb>癒</rb><rt>いや</rt></ruby>すにはよかろうと思って、賛成し、二人はその道を北に向って車で駆けらした。

翌朝になって、僕も金がなければ、友人もわずかしか持っていない。止むを得ず、僕がいのこって、友人が当てのあるところへ行って取って来た。

「<ruby><rb>滑稽</rb><rt>こっけい</rt></ruby>だ、ねえ？」

「実に滑稽だ」

二人は目を見合わせて吹き出した。<ruby><rb>大門</rb><rt>おおもん</rt></ruby>を出てから、ある安料埋店で朝酒を飲み、それから<ruby><rb>向島</rb><rt>むこうじま</rt></ruby>の百花園へ行こうということに定まったが、僕は千束町へ寄って見たくなったので、まず、その方へまわることにした。

僕は友人を連れて復讐に出かけるような意気込みになった。もっとも、酒の勢いが助けたのだ。

朝の八時近くであったから、まだ菊子のお袋もいた。

「先生、済まない御無沙汰をしていまして――一度あがるつもりですが」と、挨拶をするお袋の言葉などには、僕はもう頓着しなかった。

「菊ちゃんの病気はどうです？」僕は敵の本陣に切り込んだつもりだ。

「あの通り、だんだん悪くなって来まして、ねえ」と、お袋は実際心配そうな様子で「入院しなけりゃア直らないそうですが、それにゃア毎月小百円はいりますから――」

「野沢さんに出しておもらいなさい、な」と、僕は菊子に冷かし笑いを向けた。

「そううまくも行きません、わ」かの女も笑って眼鏡を片手で押さえた。

その様子が可哀そうにもならないではないが、僕は友人とともに、出て来た菓子を喰いながら、誇りがおに、昨夜から今朝にかけての滑稽の居残り事件をうち明けた。礼を踏まない渡瀬一家のことは、もう、忘れているということをそれとなく知らせたかったのだ。すると、お袋が、それを悟ったか、悟らなかったか、

「もう、先生、居残りは困ります、ねえ。私どもも国府津で困りましたよ。先生はいらッしゃらない、奥さんはお帰りになった、これと私とでどんなにやきもきしたか知れやアしません、わ」

「しかし、まア、無事に済んだから結構です」と、僕はあくまで冷淡だ。

「どうして、先生、私の方は無事どころじゃアございませんの。あれからというものは、毎日毎日、この子の眼病の話で、心配は絶えやアしませんよ」まだ僕の同情を買おうとしているらしい。

「いい気味だ！」僕の心は、しかし、こう言ってよろこんだが、考えて見ると、僕の家には、妻もまた重い病気にかかっているのだ。菊子の病気を冷笑する心は、やがてまた僕の妻のそれを<ruby><rb>嘲弄</rb><rt>ちょうろう</rt></ruby>する心になった。僕の胸があまり<ruby><rb>荒</rb><rt>すさ</rt></ruby>んでいて、――僕自身もあんまり疲れているので、――単純な精神上のまよわしや、たわいもない言語上のよろこばせやで満足が出来ない。――同情などは薬にしたくも根が絶えてしまった。

僕は妻のヒステリをもって菊子の毒眼を買い、両方の病気をもってまた僕自身の衰弱を<ruby><rb>土培</rb><rt>つちか</rt></ruby>ったようなものだ。失敗、疲労、痛恨――僕一生の努力も、心になぐさめ得ないから、古寺の<ruby><rb>無縁塚</rb><rt>むえんづか</rt></ruby>をあばくようであろう。ただその朽ちて行くにおいが生命だ。

こう思うと、僕の生涯が夢うつつのように目前にちらついて来て、そのつかまえどころのない姿が、しかもひたひたと、僕なる物に浸り行くようになった。そして、形あるものはすべて僕の身に縁がないようだ。

僕の目の前には、僕その物の幻影よりほか浮んでいない。

「さア、行こう」と、友人は僕を促した。

「これから百花園に行くんです」と、僕も立ちあがった。

「冷淡！　残酷！」こういう無言の声が僕のあたまに聴えたが、僕はひそかにこれを弁解した。もし不愉快でも妻子のにおいがなお僕の胸底にしみ込んでいるなら、厭な菊子のにおいもまた永久に僕の心を離れまい。この後とても、幾多の女に接し、幾たびかそれから来たる苦しい味をあじわうだろうが、僕は、そのために窮屈な、型にはまった墓を掘ることが出来ない。冷淡だか、残酷だか知れないが、衰弱した神経には過敏な注射が必要だ。僕の追窮するのは即座に効験ある注射液だ。酒のごとく、アブサントのごとく、そのにおいの強い間が最もききめがある。そして、それが自然に圧迫して来るのが僕らの恋だ、あこがれだと。

こういうことを考えていると、いつの間にかあがり口をおりていた。

「どうか奥さんによろしく」と、お袋は言った。

菊子は、さすが、身の不自由を感じたのであろう、寂しい笑いを僕らに見せて、なごり惜しそうに、

「先生、私も目がよけりゃアお供致しますのに――」

僕はそれには答えないで、友人とともに、

「さようなら」を<ruby><rb>凱歌</rb><rt>がいか</rt></ruby>のごとく思って、そこを引きあげた。