Soranoha

隣の嫁

となりのよめ

伊藤 左千夫

一

「満蔵まんぞう満蔵、省作しょうさく省作、そとはまっぴかりだよ。さあさあ起きるだ起きるだ。向こうや隣でや、もう一仕事したころだわ。こん天気のえいのん朝寝していてどうするだい。省作省作、さあさあ」

表座敷の雨戸をがらがらあけながら、例のむずかしやの姉がどなるのである。省作は眠そうな目をむしゃくしゃさせながら、ひょこと頭を上げたがまたぐたり枕へつけてしまった。目はさめていると姉に思わせるために、頭を枕につけていながらも、口のうちでぐどぐどいうている。

下部屋しもべやの戸ががらり勢いよくあく音がして、まもなく庭場の雨戸ががらがら二、三枚ずつ一度に押しあける音がする。正直な満蔵は姉にどなられて、いつものように帯締めるまもなく半裸で雨戸を繰るのであろう。

「おっかさんお早うございます。思いのほかな天気になりました」

満蔵の声だ。

「満蔵、今日は朝のうちに籾もみを干すんだからな、すぐ庭を掃はいてくれろ」

姉はもう仕事を言いつけている。満蔵はまだ顔も洗わず着物も着まいに、あれだから人からよく言われないだなどと省作は考えている。この場合に臨んではもう五分間と起きるを延ばすわけにゆかぬ。省作もそろそろ起きねばならんでなお夜具の中でもさくさしている。すぐ起きる了簡りょうけんではあるが、なかなかすぐとは起きられない。肩が痛む腰が痛む、手の節足の節共にきやきやして痛い。どうもえらいくたぶれようだ。なあに起きりゃなおると、省作は自分で自分をしかるようにひとり言ごといって、大いに奮発して起きようとするが起きられない。またしばらく額を枕へ当てたまま打つ伏せになってもがいている。

全く省作は非常にくたぶれているのだ。昨日きのうの稲刈りでは、女たちにまでいじめられて、さんざん苦しんだためからだのきかなくなるほどくたぶれてしまった。

「百姓はやアだなあ……。ああばかばかしい、腰が痛くて起きられやしない。あアあア」

省作はなお起きかねて家の者らの気はいに耳を澄ましている。

満蔵は庭を掃いてる様子、姉は棕梠箒しゅろぼうきで座敷を隅から隅まで、サッサッ音をさせて掃いている。姉は実に働きものだ。姉は何をしたってせかせかだ。座敷を歩くたって品ひんぶってなど歩いてはいない。どしどし足踏みして歩く。起こされないたって寝ていられるもんでない。姉は二度起こしても省作がまだ起きないから、少しぷんとしてなお荒っぽく座敷を掃く。竈屋かまやの方では、下女げじょが火を焚き始めた。豆殻まめがらをたくのでパチパチパチ盛んに音がする。鶏もいつのまか降りて羽ばたきする。コウコウ牝鶏めんどりが鳴く。省作もいよいよ起きねばならんかなと、思ってると、

「なんだこら省作……省作……戸をあけられてしまってもまだ寝ているか。なんだくたぶれた、若いものが仕事にくたぶれたって朝寝をしてるもんがあるかい」

姉なんぞへの手前があるから、母はなお声はげしく言うのだ。

「そんなにお母さんはげしく起こさねたってすぐ起きますよ」

「すぐ起きますもねいもんだ。今時分までねてるもんがどこにある。困ったもんだな。そんなことでどこさ婿にいったって勤まりゃしねいや」

「また始まった。婿にいけば、婿にいった気にならあね」

「よけいな返答をこくわ」

つけつけと小言を言わるれば口答えをするものの、省作も母の苦心を知らないほど愚かではない。省作が気ままをすれば、それだけ母は家のものたちの手前をかねて心配するのである。慈愛のこもった母の小言には、省作もずるをきめていられない。

「仕事のやり始めはだれでも一度はそういうものだよ。何が病気なもんか。仕事着になって、からだが締まれば痛みはなくなるもんだ」

母はそういっても、どこか悪いところがあるかしらんと思ったらしく、省作の背へ回って見上げ見おろしたが、なるほど両手の肘と手くびが少し腫れてるようだけど、やっぱりくたぶれたに違いないという。

「そうかしら、なんだか知らないけど、ばかに腰が痛いや。ばかばかしいな百姓は」

「百姓がばかばかしいて、百姓の子が百姓しねいでどうするつもりかい。あの藤吉とうきちや五郎助ごろすけを見なさい。百姓なんどつまらないって飛び出したはよいけど、あのざまを見なさい」

省作がそりゃあんまりだ、藤吉の野郎や五郎助といっしょにするのはひどい、というのを耳にもとめずに台所の方へいってしまった。

冷ややかな空気に触れ、つめたい井戸水に顔を洗って、省作もようやく生気づいた。いくらかからだがしっかりしてきはきたが、まだ痛いことは痛い。起きないうちはわからなかったが、起きて歩いて見ると股根ももねが非常に痛む。とても直立しては歩けない。省作はようやくのことよちよち腰をまげつつ歩いて井戸ばたへ出たくらいだ。下女のおはまがそっと横目に見てくすっと笑ってる。

「このあまっこめ、早く飯をくわせる工夫でもしろ……」

「稲刈りにもまれて、からだが痛いからって、わしおこったってしようがないや、ハハハハハハ」

「ばかア手前てめえに用はねい……」

省作はこれで今日は稲が刈れるかしらと思うほど、五体がみしみしするけれど、下女にまで笑われるくらいだから、母にこそ口説いたものの、ほかのものには決して痛いなどと言わない。

省作は今年十九だ。年の割合には気は若いけれど、からだはもう人並み以上である。弱音を吹いて見たところで、いたずらに嘲笑ちょうしょうを買うまでで、だれあって一人同情をよせるものもない。だれだってそうだといわれて見るとこれきりの話だ。

省作も今は、なあにという気になった。今日の稲刈りで、よし田ん中へ這はったって、苦しいのなんのというもんかと力んで見る。省作はしばらく井戸ばたにたたずんで気を養うている。井戸から東へ二間ほどの外は竹藪たけやぶで、形ばかりの四つ目垣がめぐらしてある。藪には今藪鶯やぶうぐいすがささやかな声に鳴いてる。垣根のもとには竜りゅうの髭ひげが透き間なく茂って、青い玉のなんともいえぬ美しい実が黒い茂り葉の間につづられてある。竜の髭の実は実じつに色が麗しい。たとえて言いようもない。あざやかに潤いがあるとでも言ったらよいか。藪から乗り出した冬青もちの木には赤い実が沢山なってる。渋味のある朱色しゅいろでいや味のない古雅な色がなつかしい。省作は玉から連想して、おとよさんの事を思い出し、穏やかな顔に、にこりと笑みを動かした。

「あるある、一人ある。おとよさんが一人ある」

省作はこうひとり言にいって、竜の髭の玉を三つ四つ手に採った。手のひらに載せてみて、しみじみとその美しさに見とれている。

「おとよさんは実に親切な人だ」

また一言いって玉を見ている。

省作はからだは大きいけれど、この春中学を終えて今年からの百姓だから、何をしても手回しがのろい。昨日の稲刈りなどは随分みじめなものであった。だれにもかなわない。十四のおはまにも危うく負けるところであった。実は負けたのだ。

「省さん、刈りくらだよ」

というような掛け声で十四のおはまに揉もみ立てられた。

「くそ……手前なんかに負けるものか」

省作も一生懸命になって昼間はどうにか人並みに刈ったけれど、午後も二時三時ごろになってはどうにも手がきかない。おはまはにこにこしながら、省作の手もとを見やって、

「省さんはわたしに負けたらわたしに何をくれます……」

「おまえにおれが負けたら、お前のすきなもの何でもやる」

「きっとですよ」

「大丈夫だよ、負ける気づかいがないから」

こんな調子に、戯言じょうだんやら本気やらで省作はへとへとになってしまった。おはまがよそ見をしてる間に、おとよさんが手早く省作のスガイ藁わらを三十本だけ自分のへ入れて助たすけてくれたので、ようやく表面おはまに負けずに済んだけれど、そういうわけだから実はおはまに三十本だけ負けたのだ。

省作はここにまごまごしていると、すぐ呼びたてられるから、今しばらく家のものの視線を避けようとしていると、おはまが水くみにきた。

「省さん、今日はきっと負かしてやります」

「ばかいえ、手前なんかに片手だって負けっこなしだ」

「そっだらかけっこにせよう」

「うん、やろ」

おはまはハハハッと笑って水をくむ。

「はま……だれかおれを呼んだら、便所にいるってそういえよ」

「いや裏の畑に立ってるってそういってやらア」

「このあまめ」

省作は例の手段で便所策を弄ろうし、背戸せどの桑畑へ出てしばらく召集を避けてる。はたして兄がしきりと呼んだけれど、はま公がうまくやってくれたからなお二十分間ほど骨を休めることができた。

朝露しとしとと滴こぼるる桑畑の茂り、次ぎな菜畑、大根畑、新たに青み加わるさやさやしさ、一列に黄ばんだ稲の広やかな田畝たんぼや、少し色づいた遠山の秋の色、麓ふもとの村里には朝煙薄青く、遠くまでたなびき渡して、空は瑠璃色るりいろ深く澄みつつ、すべてのものが皆いきいきとして、各おのおのその本能を発揮しながら、またよく自然の統一に参合している。省作はわれ自らもまた自然中の一物いちぶつに加わり、その大いなる力に同化せられ、その力の一端がわが肉体にもわが精神にも通いきて、新たなる生命にいきかえったような思いである。おとよさんやおはまや、晴ればれと元気のよい、毛の先ほども憎気のない人たちと打ち興じて今日も稲刈りかということが、何となしうれしく楽しくなってきた。

太陽はまだ地平線にあらわれないが、隣村のだれかれ馬をひいてくるものもある。荷車をひいてくるものもある。天秤てんびんの先へ風呂敷ふろしきようのものをくくしつけ肩へ掛けてくるもの、軽身に懐手ふところでしてくるもの、声高こわだかに元気な話をして通るもの、いずれも大回転の波動かと思われ、いよいよ自分の胸の中にも何かがわきかえる思いがするのである。

省作は足腰の疲れも、すっかり忘れてしまい、活気を全身にたたえて、皆の働いてる表へ出て来た。

二

「省作お前は鎌かまをとぐんだ。朝前あさめえのうちに四挺ちょうだけといでしまっておかねじゃなんねい。さっきあんなに呼ばったに、どこにいたんだい。なんだ腹の工合がわるい、……みっちりして仕事に掛かれば、大抵のことはなおってしまう。この忙しいところで朝っぱらからぶらぶらしていてどうなるか」

「省作の便所は時によると長くて困るよ。仕事の習い始めは、随分つらいもんだけど、それやだれでもだから仕方がないさ。来年はだれにも負けなくなるさ」

兄夫婦は口小言くちこごとを言いつつ、手足は少しも休めない。仕事の習い始めは随分つらいもんだという察しがあるならば、少しは思いやってくれてもよさそうなものと思っても、兄や姉には口答えもできない、母に口答えするように兄や姉に口答えしたらたいへんが起こる。どこの家でもそうとはきまっていないが、親子と兄弟とは非常に感じの違うものである。兄には妻がありかつ年をとっている兄であるといよいよむずかしい。ことに省作の家は昔から家族のむずかしい習慣がある。

省作はだまって鎌をとぐ用意にかかる。兄はきまった癖で口小言を言いつつ、大きな箕みで倉からずんずん籾もみを庭に運ぶ。あとから姉がその籾を広げて回る。満蔵は庭の隅から隅まで、藁シブを敷いてその上に蓆むしろを並べる。これに籾を干すのである。六十枚ほど敷かれる庭ももはや六分通り籾を広げてしまった。

省作は手水鉢ちょうずばちへ水を持ってきて、軒口の敷居に腰を掛けつつ片肌脱ぎで、ごしごしごしごし鎌をとぐのである。省作は百姓の子でも、妙な趣味を持ってる男だ。

森の木陰から朝日がさし込んできた。始めは障子の紙へ、ごくうっすらほんのりと影がさす。物の影もその形がはっきりとしない。しかしその間の色が最も美しい。ほとんど黄金を透明にしたような色だ。強みがあって輝きがあってそうして色がある。その色が目に見えるほど活きた色で少しも固定しておらぬ。一度は強く輝いてだんだんに薄くなる。木の葉の形も小鳥の形もはっきり映るようになると、きわめて落ちついた静かな趣になる。

省作はそのおもしろい光景にわれを忘れて見とれている。鎌をとぐ手はただ器械的に動いてるらしい。おはまは真に苦も荷もない声で小唄をうたいつつ台所に働いている。兄夫婦や満蔵はほとんど、活きた器械のごとく、秩序正しく動いている。省作の目には、太陽の光が寸一寸と歩を進めて動く意味と、ほとんど同じようにその調子に合わせて、家の人たちが働いてるように見える。省作はもうただただ愉快である。

東京の物の本など書く人たちは、田園生活とかなんとかいうて、田舎はただのんきで人々すこぶる悠長ゆうちょうに生活しているようにばかり思っているらしいが、実際は都人士の想像しているようなものではない。なまけ者ならば知らぬ事、まじめな本気な百姓などの秋といったら、それは随分と忙しいはげしいものである。

のらくらしていては女にまで軽蔑される。恋も金も働きものでなくては得られない。一家にしても、その家に一人の不精ものがあれば、そのためにほとんど家庭の平和を破るのである。そのかわりに、一家手ぞろいで働くという時などには随分はげしき労働も見るほどに苦しいものではない。朝夕忙しく、水門みなとが白むと共に起き、三つ星の西に傾くまで働けばもちろん骨も折れるけれど、そのうちにまた言われない楽しみも多いのである。

各おのおの好き好きな話はもちろん、唄もうたえばしゃれもいう。うわさの恋や真まことの恋や、家の内ではさすがに多少の遠慮もあるが、外で働いてる時には遠慮も憚はばかりもいらない。時には三丁と四丁の隔たりはあっても同じ田畝に、思いあっている人の姿を互いに遠くに見ながら働いている時など、よそ目にはわからぬ愉快に日を暮らし、骨の折れる仕事も苦しくは覚えぬのである。まして憎からぬ人と肩肘かたひじ並べて働けば少しも仕事に苦しみはない。よし色恋の感情は別としても、家うちじゅう気をそろえて働けば互いに心持ちよく、いわゆる一家の和合からわき起こる一種の愉快もまたはなはだ趣味の深いものである。

省作が片肌脱いで勢いよく鎌をとぎ始めれば、兄夫婦の顔にもはやむずかしいところは少しもなくなって、快活な話が出てくる。母までが端近はしぢかに出て来てみんなの話にばつを合わせる。省作がよく働きさえすれば母は家のものに肩身が広くいつでも愉快なのだ。慈愛の親に孝をするはわけのないものである。

「今日明日きょうあすとみっちり刈れば明後日あさっては早じまいの刈り上げになる。刈り上げの祝いは何がよかろ、省作お前は無論餅だなア」

そういうのは兄だ。省作はにこり笑ったまま何とも言わぬうち、

「餅よりは鮓すしにするさ。こないだ餅を一度やったもの、今度は鮓でなけりゃ。なア省作お前も鮓仲間になってよ」

「わたしはどっちでも……」

「省作お前そんなこと言っちゃいけない。兄さんと満蔵はいつでも餅ときまってるから、お前は鮓になってもらわんけりゃ困る。わたしとおはまが鮓で餅の方も二人だから、省作が鮓となればこっちが三人で多勢だから鮓ときまるから……」

省作は相変わらず笑って、右とも左とも言わない。満蔵はお祖母ばあさんが餅に賛成だという。姉はお祖母さんは稲を刈らない人だから、裁決の数にゃ入れられないという。各受け持ちの仕事は少しも手をゆるめないで働きながらの話に笑い興じて、にぎやかなうちに仕事は着々進行してゆく。省作が四挺の鎌をとぎ上げたころに籾もみ干しも段落がついた。おはまは御ぜんができたというてきた。

昨日はこちから三人いって隣の家の稲を刈った。今日は隣の人たちが三人来てこちの稲を刈るのである。若い人たちは多勢でにぎやかに仕事をすることを好むので、懇ねんごろな間にはよく行なわれる事である。

隣から三人、家のものが五人、都合八人だが、兄は稲を揚げる方へ回るから刈り手は七人、一人で五百把ぱずつ刈れば三千五百刈れるはずだけれど、省作とおはまはまだ一人前は刈れない。二人は四百把ずつ刈れと言い渡される。省作は六尺大の男がおはまと組むは情けないという。それじゃ五百でも六百でも刈ってくれと姉が冷笑する。おはまはまた省さんが五百刈ればわたしだって五百刈るという。おはまはなんでもかでも今日は省さんを負かして何か買ってもらうんだという。

「おれがおはまに負けたら何でも買ってやるけれど、お前がおれに負けたらどうする」

「わたしも負けたら何かきっとあげるから、省さんの方からきめておいてください」

「そうさなア、おれが負けたら、皹ひびの膏薬をおまえにやろう」

「あらア人をばかにして、……そんならわたしが負けたら一文膏薬を省さんにあげべい。ハハハハ」

仕事着といっても若いものたちには、それぞれ見えがある。省作は無頓着むとんちゃくで白メレンスの兵児帯へこおびが少し新しいくらいだが、おはまは上着は中古ちゅうぶるでも半襟はんえりと帯とは、仕立ておろしと思うようなメレンス友禅の品ひんの悪くないのに卵色の襷たすきを掛けてる。背丈すらっとして色も白い方でちょっとした娘だ。白地の手ぬぐいをかぶった後ろ姿、一村の問題に登るだけがものはある。満蔵なんか眼中にないところなどはすこぶる頼もしい。省作にからかわれるのがどうやらうれしいようにも見えるけれど、さあ仕事となれば一生懸命に省作を負かそうとするなどははなはだ無邪気でよい。

清せいさんと清さんのお袋といっしょにおとよさんは少しあとになってくる。おとよさんは決して清さんといっしょになって歩くようなことはないのだ。お早うございますが各自てんでに交換され、昨日のこと天気のよいことなど喃々なんなんと交換されて、気の引き立つほどにぎやかになった。おとよさんは、今つい庭さきまで浮かぬ顔色できたのだけれど、みんなと三言四言ことばを交えて、たちまち元のさえざえした血色に返った。

おとよさんは、みなりも心のとおりで、すべてがしっかりときりっとして見るもすがすがしいほどである。おはまはおとよさんを一も二もなく崇拝して、何から何までおとよさんをまねる。おはまはおとよさんの来たのを見るや、庭まで出ておとよさんを迎え、おとよさんの風ふうの上から下まで見つめて、やがておとよさんの物をこれは何これはどうしてと、一々聞いて見る。おとよさんは十九だというけれど、勝気な女だからどう見たって二十前の女とは見えない。女としてはからだがたくまし過ぎるけれど、さりとて決して角々かどかどしいわけではない。白い女の持ち前で顔は紅くれないに色どってあるようだ。口びるはいつでも「べに」をすすったかとおもわれる。沢山な黒髪をゆたかに銀杏いちょう返しにして帯も半襟も昨日とは変わってはなやかだ。どう見てもおとよさんは隣の清さんが嫁には過ぎてる。おとよさんの浮かない顔するのもそれゆえと思えばかわいそうになってくる。

「省作、いくら仕事になれないからとて、そのからだで女に刈り負けるということないど。どうでもえいと思ってやれば、いつまでたったって仕事は強くならない」

母は気づかって省作を励ますのである。省作は例のごとくただにこりの笑いで答える。やがて八人用意整えて目的地に出かける。おとよさんとおはまの風はたしかに人目にとまるのである。まアきれいな稲刈りだこととほめるものもあれば、いやにつくってるなアとあざけるものもある。おはまのやつが省作さんに気があるからおかしいやというようなのも聞こえる。おはまはじろり悪口いう方を見たがだれだかわからなかった。おとよさんは、どういう心持ちかただだまってうつむいたままわき目も振らずに歩いてる。姉は突然、

「おとよさん、家うちではおかげで明後日あさって刈り上げになります。隣ではいつ……」

「わたしとこでもあさって……」

「家ではね、餅もちだというのを、ようよう鮓すしにすることになりました。おとよさんとこは何」

「わたしとこでは餅だそうです。わたし餅はきらい」

「それじゃおとよさん、明後日は家へおいでなさいよ」

「それだら省さんがお隣へ餅をたべにいっておとよさんが家へ鮓をたべにくるとえいや」

こういうのはおはまだ。

「朝っぱらから食うことばかりいってやがらア」

そういって兄は背負うたスガイ藁を右の肩から左の肩へ移した。隣のお袋と満蔵とはどんなおもしろい話をしてかしきりに高笑いをする。清さんはチンチンと手鼻をかんでちょこちょこ歩きをする。おとよさんは不興な顔をして横目に見るのである。

今年の稲の出来は三、四年以来の作だ。三十俵つけ一まちにまとまった田に一草の晩稲おくてを作ってある。一株一握りにならないほど大株に肥えてる。穂の重みで一つらに中伏ちゅうぶしに伏している。兄夫婦はいかにも心持ちよさそうに畔くろに立ってながめる。西の風で稲は東へ向いてるから、西手の方から刈り始める。

おはまは省作と並んで刈りたかったは山々であったけれど、思いやりのない満蔵に妨げられ、仏頂面ぶっちょうづらをして姉と満蔵との間へはいった。おとよさんは絶対に自分の夫と並ぶをきらって、省作と並ぶ。なんといってもこの場では省作が花役者だ。何事にも穏やかな省作も、こう並んで刈り始めて見ると負けるは残念な気になって、一生懸命に顔を火のようにして刈っている。満蔵はもうひとりで唄を歌ってる。おとよさんは百姓の仕事は何でも上手で強い。にこにこしながら手も汚さず汗も出さず、綽々しゃくしゃくとして刈ってるが、四把わと五把との割合をもってより多く刈る。省作は歯ぎしりをかんで競うて見ても、おとよさんにかけてはほとんど子供だ。おとよさんは微笑で意を通じ、省作のスガイを十本二十本ずつ刈りすけてやる。おはまはなんといっても十四の小娘だ。おとよさんのそのしぐさに少しも気がつかない。満蔵はひとりでうたい飽きて、

「おはまさアうたえよ。おとよさアなで今日はうたわねいか」

だれもうたわない。サッサッと鎌の切れる音ばかり耳に立ってあまり話するものもない。清さんはお袋と小声でぺちゃくちゃ話している。満蔵はあくびをしながら、

「みんな色気があるからだめだ。省作さんがいれば、おとよさんもはま公も唄もうたわねいだもの」

満蔵は臆面もなくそんなことを言って濁だみ笑いをやってる。実際満蔵の言うとおりで、おとよさんは省作のいるとこでは、話も思い切ってはしない。省作はもとから話下手はなしべたときてるから、半日並んで仕事をしていてもろくに口もきかないという調子で、今日の稲刈りはたいへんにぎやかであろうと思った反対にすこぶる振るわないのだ。しかし表面にぎやかではないが、おとよさんとおはまの心では、時間の過ぐるも覚えないくらいにぎやかな思いでいるのである。

省作はもちろんおとよさんが自分を思ってるとはまだ気がつかないが、少しそういう所に経験のある目から見れば、平生あまり人に臆せぬおとよさんがとかく省作に近寄りたがるふうがありながら、心を抑えて話もせぬ様子ぶりに目を留めないわけにゆかない。何か心に思ってる事がなくて、そんなによそよそしくせんでもよい人に、つとめてよそよそしくするのはおかしいにきまっている。稲を刈って助すけるのは、心あっての事ともそうでないとも見られるが、そのそぶりはなんでもないもののする事とは見られない。

午後もやや同じような調子で過ぎた。兄夫婦は稲の出来ばえにほくほくして、若い手合いのいさくさなどに目は及ばない。暮れがたになってはさしもに大きな一まちの田も、きれいに刈り上げられて、稲は畔くろの限りに長く長城のごとくに組み立てられた。省作もおとよさんのおかげで這い回るほど疲れもせず、負恥まけはじもかかず済んだ。おはまがもしおとよさんのしぐさを知ったら大騒ぎであったろうけれど、とうとうおはまはそれを知らなかった。おはまばかりでない、だれも知らなかったらしい。

「今日ぐらい刈れば省作も一人前だなア」

これが姉のほめことばで見ても知られる。のっそり子の省作も、おとよさんの親切には動かされて真底からえい人だと思った。おとよさんが人の妻でなかったらその親切を恋の意味に受けたかもしれないけれど、生娘きむすめにも恋したことのない省作は、まだおとよさんの微妙なそぶりに気づくほど経験はない。

元来はこの秋二軒が稲刈りをお互いにしたというも既におとよさんの省作いとしからわいた画策なのだ。おとよさんは年に合わして、気前のすぐれたやり手な女で、腹のこたえた人だから、自然だいそれたまねをやりかねまじき女ともいえる。

こう考えて見るとただおとよさんが目的を達したばかりで、今日の稲刈りには何の統一もなかった。稲刈りは稲さえ思うだけ刈り上げさえすればよいわけだが、仕事の興味という点からいうと、二軒いっしょになって刈るというところに仕事以外の興味がなければならないのに、今度の稲刈りはどうもそれが欠けておった。清さんはさもつまらなそうに人について仕事をしてるばかり、満蔵もおはまも清さんのお袋もなんだかおもしろくなかった。身上しんしょうの事ばかり考えて、少しでもよけいに仕事をみんなにさせようとばかり腐心している兄夫婦は全く感情が別だ。みんながおもしろく仕事をしたかどうかなどと考えはしない。だからこんな事はつまらんとも思わない。ただ若いものらが多勢でやりたがるからこれに故障を言わないまでのことだ。ほかの人たちはそうでない。多勢でしたらおもしろかろうと思って二軒いっしょにお互いこの稲刈りをしたのだが、なんだかみんなの心がてんでん向き向きのようで、格別おもしろくなかった。だから今日のしまいごろには清さんも満蔵もおはまも、言い合わさないでつまらなかったとこぼした。

それはそのはずなのだ。おとよさん一人のために皆が騒がせられたようなもので、いわばみんながおとよさんにばかにされたのだ。だれとておとよさんにばかにされていたと気づきはしないけれど、事実がそれであるから興味がなかったのである。おとよさんももちろん人をばかにするなどの悪気があってした事ではないけれど、つまりおとよさんがみんなの気合いにかまわず、自分一人の秘密にばかり屈託していたから、みんなとの統一を得られなかったのだ。いつでも非常なよい声で唄をうたって、随所の一団に中心となるおとよさんが今日はどうしたか、ろくろく唄もうたわなかったからして、みんなの統一を欠いたわけだ。清さんや清さんのお袋は、またどうしたかごきげんが悪いや、珍しくもない、というくらいな心で気にかけない。この稲刈りにはおとよさんがいなかったらかえってほかの者らには統一ができたのだ。そういうおとよさんははなはだ身勝手な女のように聞こえるけれど、人を統一する力あるものはまたその統一を破るようなことを必ずするものだ。

おとよさんの秘密に少しも気づかない省作は、今日は自分で自分がわからず、ただ自分は木偶でくの坊ぼうのように、おとよさんに引き回されて日が暮れたような心持ちがした。

三

今日は刈り上げになる日であったのだが、朝から非常な雨だ。野の仕事は無論できない。丹精一心の兄夫婦も、今朝けさはいくらかゆっくりしたらしく、雨戸のあけかたが常のようには荒くない。省作も母が来て起こすまでは寝かせて置かれた。省作が目をさました時は、満蔵であろう、土間で米を搗つく響きがずーんずーと調子よく響いていた。雨で家にいるとせば、繩でもなうくらいだから、省作は腹の中ではよいあんばいだわいと思いながら元気よく起きた。

省作は今日休ませてもらいたいのだけれど、この取り入れ最中に休んでどうすると来るが恐ろしいのと、省作がよく働いてくれれば、わたしは家にいて御飯がうまいとの母の気づかいを思うと休みたくもなくなる。

「兄さん今日は何をしますか」

「うん仕方がない、繩でもなえ」

「兄さんは何をしますか、繩をなうならいっしょに藁わらを湿しめしましょう」

「うんおれは俵を編む、はま公にも繩をなわせろ」

省作は自分の分とはま公の分と、十把ぱばかり藁を湿して朝飯前にそれを打つ。おはまは例の苦のない声で小唄をうたいながら台所の洗い物をしている。姉はこんな日でなくては家の掃除も充分にできないといって、がたひち音をさせ、家のすみずみをぐるぐる雑巾ぞうきんがけをする。丹精な人は掃除にまで力を入れるのだ。

朝飯が済む。満蔵は米搗き、兄は俵あみ、省作とおはまは繩ない、姉は母を相手にぼろ繕つくろいらしい。稲刈りから見れば休んでるようなものだ。向こうの政まさ公も藁をかついでやって来た。

「どうか一人仲間入りさしてください。おや、おはまさんも繩ない……こりゃありがたい。わたしはまたせめておはまさんの姿の見えるところで繩ないがしたくてきたのに……」

「あア政さん、ここへはいんなさい。さアはま公、おまえがよくて来たつんだから……」

「あらアいやな」

おはまはつッと立って省作の右手へうつる。政さんはにこにこしながら省作の左手へ座をとる。

「昨日の稲刈りはにぎやかでしたねい。わたしはおはまさんに惚れっちゃった。ハハハハハ」

政さんは話上手でよく場合に応じての話がすこぶるうまいもんだ。戯言じょうだんとまじめと工合よく取り交ぜて人を話に引き入れる。政さんはおはまの顔を時々見てはおとよさんをほめる。

「女の前でよその女をほめるのは、ちっと失敬なわけだけど、えいやねい、おはまさん、おはまさんはおとよさんびいきだからねい」

おはまはわきを見て相手にならない。政さんはだれへも渡りをつけて話をする。外は秋雨しとしとと降って、この悲しげな雨の寂しさに堪えないで歩いてる人もあろう、こもってる人もあろう。一家和楽の庭には秋のあわれなどいうことは問題にならない。兄の生きまじめな話が一くさり済むと、満蔵が腑抜ふぬけな話をして一笑い笑わせる。話はまたおとよさんの事になる。政さんは真顔になって、

「おとよさんは本当にかわいそうだよ。一体おとよさんがあの清六の所にいるのが不思議でならないよ。あんまり悪口いうようだけど、清六はちとのろ過ぎるさ。親父だってお袋だってざま見さい。あれで清六が博打ばくちも打ぶつからさ。おとよさんもかわいそうだ。身上もおとよさんの里から見ると半分しかないそうだし。なにおとよさんはとても隣にいやしまい」

「お前そんなことをいったって、どこがよくているのかしれるもんじゃない。あの働きもののおとよさんが、いてくれさえすれば困るような事はないから」

兄はつやけのないことを言ってる。

「もっとも家じゅう一生懸命にとりもって、おとよさんを置こうとしているらしい。それでもこの節はおとよさんのきげんがとり切れないちゅう話だ。いてもらおうと思う方がよっぽど無理だ」

おはまは喉のどのつまったような声をして突然、

「おとよさんがいなくなったらわたしゃどうしよう」

「おとよさんはいなくなりゃしないよ。なにがいなくなるもんか。ただ話だわ」

「そうかしら」

兄のおとよさんをほめようはおもしろい。

「おらアおとよさん大好きさ。あの人は村の若い女のよい手本だ。おとよさんは仕事姿がえいからそれがえいのだ。おらアもう長着で羽織など引っ掛けてぶらぶらするのは大きらいだ。染めぬいた紺の絣に友禅の帯などを惜しげもなくしめてきりっと締まった、あの姿で手のさえるような仕事ぶり、ほんとに見ていても気が晴々せいせいする。なんでも人は仕事が大事なのだから、若いものは仕事に見えするのはえいこった。休日などにべたくさ造りちらかすのはおらア大きらい。はま公もおとよさん好きだっけなア。まねろまねろ。仕事もおとよさんのように達者でなけゃだめだなア」

「や、これや旦那はえいことをいわっしゃった。おはまさんは何でも旦那に帯でも着物でもどしどし買ってもらうんだよ」

省作はただ笑う仲間にばかりなって一向に話はできない。満蔵はもう一俵の米を搗き上げてしまった。兄は四俵の俵をあみ上げる。省作の繩ないはやはりおはまの仲間で、二人とも二把の藁がない切れない。兄はもう家じゅう手ぞろいで仕事をすればきげんはよい。

「はま公、そんなににわかに稼ぎださなくともえいよ。天気のえい時にはみっちら働いて、こんな日にゃ骨休めだ。これがえいのだ。なまけて遊んだっておもしれいもんでねい。はまア薩摩芋さつまいもでも煮ろい」

おはまは竈屋かまやへゆく。省作は考えた。兄は一に身上二に丹精で小むずかしい事ばかりいうてわからない人とのみ思っていたに、今日の話はなかなかわかってる。なるほどこれがえいのだ。これでおもしろいのだ。みんなしてこうしておもしろく働くがえいのだろう。田園生活などいうても、百姓の辛労しんろうを見物ものにして、百姓の作ったものをぶらぶら遊んで見ていたって、そりゃ本当の田園趣味でない。なるほどおれも百姓になろう。百姓は骨が折れるからとばかり思って、とかく本気に百姓しようと思わなかったけれど、考えると兄のいうことがほんとうだ。百姓になろう百姓になろう。そう考えてみると、なるほどおとよさんは立派な女だ。年は同じだけどわれわれお坊さんとはわけが違う。それでおとよさんは真から親切だ。省作はひとり思いにふけって昨日のおとよさんの様子を思い出した。政さんのいうことも本当だ。おとよさんは隣に嫁になってるとはかわいそうだ。なるほど政さんのいうとおり隣にゃいないかもしれない。そう思うとまた妙におとよさんがなつかしくなって別れたくないような気がするのである。

「省作さん、ちっとお話しなさいよ。何か考えてるね。ハハハハ」

省作は、はっとしたけれど例のごとく穏やかな笑いをして政さんの方へ向く。政さんは快活に笑って三つの繩をなってしまった。省作が二つ終えないうちに政さんはちょろり三つなってしまった。満蔵は二俵目の米を倉から出してきて臼うすへ入れてる。おはまは芋を鍋いっぱいに入れてきて囲炉裏いろりにかけた。あとはお祖母さんに頼んでまた繩ないにかかる。

満蔵はほどよく米を臼に入れて俵は元の倉へ戻し、臼へ腰を掛けつつしばらく人の話を聞いているうち、調子はずれな声を出して、

「きょうは省作さアにおごってもらうんだっけ。おらアたしかな証拠を見たんだ」

意外な満蔵の話に人々興がり一斉いっせいに笑いをもって満蔵の話を迎える。

「省作さんにおごらねけりゃなんねい事があるたアこりゃおもしれい。満蔵君早く話したまえ。省作さんもおごるならまたそのように用意が入るから」

政さんに促されて満蔵は重い口を切った。

「おとよさアが省作さアに惚れてる」

「さアいよいよおもしれい。どういう証拠を見た、満蔵さん。省作さんもこうなっちゃおごんなけりゃなんねいな」

口軽な政さんはさもおもしろそうに相言あいことをとる。

「満蔵何をぬかすだい」

省作はそうは言ったものの不思議と顔がほてり出した。満蔵はとんだことを言い出して困ったと思うような顔つきで、

「昨日の稲刈りでおとよさアは、ないしょで省作さアのスガイ一把わすけた。おれちゃんと見たもの。おとよさアは省作さアのわき離れねいだもの。惚れてるに違いねい」

おはまは目をぎろっとして満蔵を見た。省作はもう顔赤くして、

「うそだうそだ。そらおとよさんはおれがあんまり稲刈りが弱いから、ないしょで助すけてくれたには相違ないけど、そりゃおとよさんの親切だよ。何も惚れたのどうのってい事はありゃしない。ばか満まんめ何をいうんだえ」

省作も一生懸命弁解はしたものの何となしきまりが悪い。のみならずあるいはおとよさんにそんな心があるのかとも思われるから、いよいよ顔がほてって胸が鳴ってきた。満蔵はそれ以上を言う働きはないから急いで米を搗きだす。政さんはいよいよ興がって、

「こりゃわかんねい。そこまで満蔵さんに見られちゃア、とにかく省作さんはおごるが至当だっぺい。うん人の女房にょうぼだって何だって、女に惚れられっちは安くない、省作さん……」

兄はまさかそんな話の仲間にもなれないだろう、むずかしい顔をしている。政さんは兄の顔に気がついて、言いだした話を引っ込ませかける。突然囲炉裏ばたの障子があいて母が顔を出した。

「満蔵」

「はあ」

「お前、今おとよさんの事を言ったねい」

「はあ」

満蔵はもうたいへんな事になったと思ってか、色青くして目がはや潤んでる。

「お前どんなことを見たかしんねいが、おとよさんはお前隣の嫁だろ。家の省作だってこれから売る体じゃないか。戯言じょうだんに事欠いて、人の体さ疵きずのつくような事いうもんじゃない。わしが頼むからこれからそんな事はいわないでくろ」

「はア」

満蔵はもう恐れ入ってしまって、申しわけも出ない。正直な満蔵は真から飛んだ事を言ってしまったとの後悔が、隠れなく顔にあらわれる。満蔵が正直あふれた無言の謝罪には、母もその上しかりようないが、なお母は政さんにもそれと響くよう満蔵に強く念を押す。

「ねい満蔵、ちょっとでもそんなうわさを立てられると、おとよさんのため、また省作のため、本当に困ったことになるからね。忘れてもそんなことを言うてくれるな。えいか」

「はア」

事はまじめになって話は火の消えたようになった。するとうわさを言えば影とやらで、どうやらおとよさんの声がする。竈屋かまやの裏口から、

「背戸口から御免くださいまし」

例の晴ればれした、りんの音ねのような声がすると、まもなくおとよさんは庭場へ顔を出した。にっこり笑って、

「まあにぎやかなこと。……うっとしいお天気でございます。お祖母さんなんですか。あそうですか、どうもごちそうさま」

今まで唯一の問題になっていた本人が、突然はいってきたのだから、みんな相顧みて茫然自失というありさまだ。さすがの政さんも今までお前さんのうわさをしていたのさとは言いかねて、一心に繩をなうふうにしている。おとよさんはみんなにお愛想をいうて姉のいる方へ上がった。何か機はたの器具を借りに来たらしい。

やがて芋いもが煮えたというので、姉もおとよさんといっしょに降りてくる。おおぜい輪を作って芋をたべる。少しく立ちまさった女というものは、不思議な光を持ってるものか、おとよさんがちょっとここへくればそのちょっとの間おとよさんがこの場の中心になる。知らず知らずだれの目もおとよさんにあつまる。

顎あごのあたりゆたかに艶つやよきおとよさんの顔は、どことなく重みがあった。随分おしゃべりな政さんなぞも、陰でこそかれこれ茶かしたようなことを言っても、面と向かってはすっかりてれてしまって戯言一つ言えない。おはまは先におとよさんが省作に気があるというのを聞いて、自分がおとよさんと一層近しくなったような心持ちで、おとよさんの膝にすり寄っておとよさんの顔を見上げている。省作はわざと輪からはずれて立って芋をたべてる。政さんはしきりにおとよさんの方をぬすみ見て、おとよさんが省作に対する動作に何物かを発見せんとつとめているけれど、政さんなんかに気取られるようなそんな浅々しいおとよさんではない。おとよさんは省作へはちらと目をくばる様子もない。やがておとよさんは、今夜は早く風呂ができるから入りに来てくれるようにと、お祖母さんはじめみんなへ言うて帰った。

昼過ぎても雨はやまない。満蔵は六斗の米を搗き上げてしまって遊びに出た。あとは昼前の通りへ清さんも藁を持ってやってきた。清さんがきて見れば、もうおとよさんのうわさもできない。おはまを相手に政さんがらちもなき事をしゃべってにぎやかしてる。省作は考えまいとしても、どうしても考えられてならない。考えてると人にそう思われてはいよいよ困るから、ことさらにらちもない話に口を出して、腹は沈んで口では浮いてるように振る舞ってるけれど、そういうことは省作の柄でないから、はたで見てるとよほどおかしい。

おとよさんがおれを思ってる、本当かしら、夫のあるおとよさんが、そんなことはありゃしまい。おとよさんは何もかもきちんとした人だ。おいらなどよりもよほど大人だもの。おれを思ってるなんてうそだ。うそだ、うそに違いない。第一本当であったらおとよさんは見掛けによらず不埒ふらちな女郎めろだ。いやそんなことがあるもんか。うそだ。うそだうそだと心で言うほど、思いあたる事が出てくる。おとよさんがおれに親切なは今度の稲刈りの時ばかりでない。成東なるとうの祭りの時にも考えればおかしかった。この間の日暮れなどもそうっと無花果いちじくを袂たもとへ入れてくれた。そうそうこの前の稲刈りの時にもおれが鎌で手を切ったら、おとよさんは自分のかぶっていた手ぬぐいを惜しげもなく裂いて結わいてくれた。どうも思ってるのかもしれない。

考え出すと果てがない。省作は胸がおどって少し逆上のぼせた。人に怪しまれやしまいかと思うと落ち着いていられなくなった。省作は出たくもない便所へゆく。便所へいってもやはり考えられる。

それではおとよさんは、どうもおれを思ってるのかもしれない。そうするとおとよさんはよくない女だ。夫のある身分で不埒な女だ。不埒だなア。省作はたしかに一方にはそう思うけれど、それはどうしても義理一通りの考えで、腹の隅の方で小さな弱々しい声で鳴る声だ。恐ろしいような気味の悪いような心持ちが、よぼよぼした見すぼらしいさまで、おとよ不埒をやせ我慢に偽善的にいうのだ。省作はいくら目をつぶっても、眉の濃い髪の黒いつやつやしたおとよの顔がありありと見える。何もかも行きとどいた女と兄もほめた若い女の手本。いくら憎く思って見てもいわゆる糠ぬかに釘くぎで何らの手ごたえもない。あらゆる偽善の虚栄心をくつがえして、心の底からおとよさんうれしの思いがむくむく頭を上げる。どう腹の中でこねかえしても、つまりおとよさんは憎くない。いよいよおとよさんがおれを思ってるに違いなけりゃ、どうせばよいか。まさかぬしある女を……おとよさんもどういう了簡りょうけんかしら。いやだいやだ、おとよさんがいくらえい女でも、ぬしある女、人の妻、いやだいやだ。省作はようやくのこと、いやだいやだと口の底で言いつつ便所を出たけれど、もしも省作がおとよさんにあって、おとよさんのあの力ある面かおつきで何とか言い出されたら、省作がいま口の底でいう、いやだいやだなんぞは、手のひらの塵を吹くより軽く飛んでしまいそうだ。省作は知らず知らずため息が出る。

省作が自分の座へ帰ってくると、おはまはじいっと省作の顔を見て何か言いたそうにする。省作はあわてて、

「はま公、芋の残りはないか。芋がたべたい」

「ありますよ」

「それじゃとってくろ」

それから省作はろくろく繩もなわず、芋を食ったり猫ねこをおい回したり、用もないに家のまわりを回って見たりして、わずかに心のもしゃくしゃを紛らかした。

四

夕飯が終えるとお祖母ばあさんは風気かぜけだとかで寝てしもた。背戸山の竹に雨の音がする。しずくの音がしとしとと聞こえる。その竹山ごしに隣のお袋の声だ。

「となりの旦那あ、湯があきましたよ」

「はあえ――」

おはまが竈屋かまやから答える。兄夫婦は湯に呼ばれていった。省作は小座敷へはいって今日の新聞を見る。小説と雑報とはどうかこうか読めた。それから源氏物語を読んだが読めればこそ、一行も意義を解しては読めない。省作は本を持ったまま仰向きにふんぞり返って天井板を見る。天井板は見えなくておとよさんが見える。

今夜は湯に行かない方がええかしら。そうだゆくまい。行かないとしよう。なに行ったってえいさ。いやいや行かない

方がえい。ゆくまいというは道徳心の省作で、行きたい行きたいとするのは性欲の省作とでもいおうか。一方は行かない方がえいとはいうけれど、一方では行きたい行きたいの念がむらむらと抑え切れない。

もしおとよさんが、こっそり湯端ゆぶちへきて何とか言ったらどうしよう。こう思うと気味が悪くて恐ろしくて、腹がわくわくする。省作はまた耳がほかほかしてきた。行かない方がえいなア。あアゆくまいゆくまい。こう口の底でいうて見る。ゆきたい心はかえって口底にも出てこず、行きたいなどとは決していわないが、その力は磐石糊ばんじゃくのりのように腹の底にひっついていて、どんなことしたって離れそうもしない。果てはつかれてぼんやりした気分になってると、

「省作省作、えい湯だど。ちょっともらっておいで。隣でも待ってるよ」

姉が呼ぶのに省作は無意識に立ってしまった。もうなんにも考えずに、背戸の竹山の雨の暗がりを走って隣へいってしまった。

湯は竈屋の庇ひさしの下で背戸の出口に据えてある。あたりまっ暗ではあれど、勝手知ってる家だから、足さぐりに行っても子細はない。風呂の前の方へきたら釜の火がとろとろと燃えていてようやく背戸の入り口もわかった。戸が細目にあいてるから、省作は御免下さいと言いながら内へはいった。表座敷の方では年寄りたちが三、四人高笑いに話してる。今省作がはいったのを知らない。省作は庭場の上がり口へ回ってみると煤すすけて赤くなった障子へ火影が映って油紙を透かしたように赤濁りに明るい。障子の外から省作が、

「今晩は、お湯をもらいに出ました」

「まア省作さんですかい。ちとお上がんさい。今大話おおばなしがあるとこです」

というのは清さんのお袋だ。喜兵衛きへえどんの婆さんもいる。五郎兵衛ごろべえどんの婆さんもいる。七兵衛しちべえの爺さんもいた。みんな湯に入ってしまって話しこんでいるらしい。だれか障子をあけて皆が省作に挨拶する。清さんは囲炉裏のはたにごろねをしていた。おとよさんだけが影も見えず声もしない。よいあんばいだなと思う心と、失望みたような心が同時にわく。湯は明いてますからとお袋がいうままに省作は風呂場へゆく。風呂はとろとろ火ながら、ちいちいと音がしてる。蓆蓋むしろぶたを除けて見ると垢臭い。随分多勢はいったと見える。省作は取りあえずはいる。はいって見れば臭味もそれほどでなく、ちょうど頃合ころあいの温かさで、しばらくつかっているとうっとりして頭が空になる。おとよさんの事もちょっと忘れる。雨が少し強くなってきたのか、椎の葉に雨の音が聞こえてしずくの落つるが闇に響いて寂しい。座敷の方の話し声がよく聞こえてきた。省作は頭の後ろを桶の縁へつけ目をつぶって温まりながら、座敷の話に耳をそばだてる。やっぱりそのごやごやした話し声の中からおとよさんの声を聞き出そうとするような心も、頭のどこかに働いている。声はたしかに五郎兵衛婆さんだ。

「そら金公の嬶かかあがさ、昨日きのう大狂言おおきょうげんをやったちでねいか」

「どこで、金公と夫婦げんかか、珍しくもねいや」

「ところが昨日のはよっぽどおもしろかったてよ」

「あの津辺つべの定公さだこうち親分の寺でね。落合おちあいの藪やぶの中でさ、大博打おおばくちができたんだよ。よせばえいのん金公も仲間になったのさ。それをだれが教えたか嬶に教えたから、嬶がそれ火のようになってあばれこんだとさ」

「うん博打場へかえ」

「そうよ、嬶のおこるのも無理はねいだよ、婆さん。今年は豊作というにさ。作得米さくとくまいを上げたら扶持ふちとも小遣いともで二俵しかねいというに、酒を飲んだり博打まで仲間んなるだもの、嬶に無理はないだよ」

「そらまアえいけど、それからどうしたのさ」

「嬶がね。眼め真暗まっくらで飛び込んでさ。こん生いけ畜生め、暮れの飯米はんまいもねいのに、博打ぶちたあ何事なにごったって、どなったまではよかったけど、そら眼真暗だから親父と思ってしがみついたのがその親分の定公であったとさ。そのうちに親父は外へ逃げてしまった。みんなして、おっかまア静かにしろって押えられて、見ると他人だから、嬶もそれ大まごつきさ。それでも婆さん、親分と名のつくものは感心だよ。いやおっかアに無理はねい。金公が悪い。金公金公、金公どうしたっていうもんだから、金公もきまり悪く元の所とこへ戻ってくると、その始末で、いやはよっぽどの見もんであったとよ」

「そりゃおかしかったなア」

皆一斉に笑う。

「それからまだおかしい事があるさ。金公もそのままのめのめと嬶と二人で帰けえられめい。金公が定親分にちょっとあやまってね、それから嬶の頭を二つくらしたら、嬶の方は何が飛んだかなというような面つらをしていて、かえって親分が、何だ金公、おれの前で嬶を打ぶつち法はあんめいってどなられて、二人がすごすご出てきたとこが変なもんであったちよ」

「うんそうか。それでも昨日の日暮れおれが寄ったら、刈り上げで餅をついたから食っていかねいかって、二人がうんやなやでやってたよ」

「うん、あん嬶いつもそうさ。やっぱり似たもの夫婦だよ。アハハハハハ」

それから何か次の話が出そうですこぶるにぎやかだ。省作も思わず釣りこまれてひとり笑いしていると、細目にあいてる戸の間から白い女の顔がすっと出た。省作ははっとする間もなくおとよさんは、風呂の前へきて小声で「今晩は」という。省作はちょっと息つまって返辞ができないうちに、声かすかに、

「お湯がぬるくありませんか」

「ええ」

「少し燃しましょう」

おとよさんは風呂の前へしゃがんで火を起こす。火がぱっと燃えると、おとよさんの結い立ての銀杏返いちょうがえしが、てらてらするように美しい。省作はもうふるえが出て物など言えやしない。

「おとよさんはもうお湯が済んで」

と口のうちで言っても声には出ない。おとよさんはやがて立った。

「おオ寒い、手がつめたい」

と言って二本のまっ白い手を湯の中へ入れる。省作はおとよさんの手にさわってはたいへんとも何とも思わないけれど、何となく恐ろしくからだを後ろへ引いた。

「省作さん、流しましょうか」

「ええ」

「省作さんちょっと手ぬぐいを貸してくださいな」

おとよさんは忍び声でいうので、省作はいよいよ恐ろしくなってくる。恐ろしいというてもほかの意味ではない。こういう時は経験のある人のだれでも知ってる恐ろしさだ。省作は手ぬぐいをおとよさんに貸してからだを湯に沈めている。おとよさんは少し屈こごみ加減になって両手を風呂へ入れているから、省作の顔とおとよさんの顔とは一尺四、五寸しか離れない。おとよさんは少し化粧をしたと見え、えもいわれないよい香りがする。平生白い顔が夜目に見るせいか、匂いのかたまりかと思われるほど美しい。かすかにおとよさんの呼吸いきの音ねの聞き取れた時、省作はなんだかにわかに腹のどこかへ焼金を刺されたようにじりじりっと胸に響いた。

はたして省作の胸に先刻起こった、不埒な女だとかはなはだよくない人だとか思った事が、どこの隅へ消えたか、影も形も見せないのだ。省作も今はうっとりしておとよさんに見とれるほかなかった。人の話し声も雨の音もなんにも聞こえないで、夢のような、酔ったような、たわいもない心持ちになって、心のすべて、むしろからだのすべてをおとよさんに奪われてしまった。省作は今おとよさんにどうされたって、おとよさんの意のままになるよりほか少しでも逆らうべき力がないようになってしまった。なるほど女というものは恐ろしいものだ。

おとよさんは「ありがとうございました」と小声でいうて手ぬぐいを手渡しながら、一層かすかな声で「省作さん」というた。その声はさすがにふるえている。省作は、「はア」と答える声すら出ないで、ただおとよさんの顔をじっと見上げているうちに、座敷の方で、

「おとよおとよ」

と呼ぶのはお袋の声だ。おとよさんは無言のまますっと身をかわして戸の内へはいる。はいってから、

「はアい」

とあざやかな返辞をする。

「湯がぬるかないか。釜の下を見て上げてくれ」

「はい」

おとよさんは再び出てきて、今度はさえざえした声で、

「省作さんおぬるいでしょう。ゆっくりはいっててください。今燃しますから……」

人をはばからない声だ。薪を二、三本釜に入れて火を燃しつけた。省作はそれにはかまわず、湯を出て着物を着掛けている。

「省さんもう上がったんですか。ぬるかったでしょう」

省作はいくじなく挨拶のことばも出ないが、帯を締めるにもことさらに手間どってもじもじしている。おとよさんはつと立ってきて髪の香りの鼻をうつまでより添う。そして声を潜めて、

「この間里から蜂屋柿はちやがきを送ってくれたから省さんに二つ三つあげますよ」

おとよさんは冷たい髪の毛を省作の湯ぼてりの顔へふれる。省作も今は少し気が落ちついている。女の髪の毛が顔へふれた時むらむらとおとよさんがいじらしくなった。おとよさんは柿を省作の袂たもとへ入れ、その手で省作の手をとった。こんな場合を初めて経験する省作はそのおとよさんの手をとり返しもせず、とられたままにおどおどしていた。とられた手に一層力がはいったと思うと、おとよさんはそのまま手を引き、燕つばめのように身をひるがえして戸の内へ消えてしまった。省作はしばらくただ夢心地であったが、はっと心づいて見ると、一時いっときもここにいるのが恐ろしく感じて早々そうそう家に帰った。省作はこの夜どうしても眠れない。いろいろさまざまの妄想が、狭い胸の中で、もやくやもやくや煮えくり返る。暖かい夢を柔らかなふわふわした白絹につつんだように何ともいえない心地がするかと思うと、すぐあとから罪深い恐ろしい、いやでたまらない苦悶くもんが起こってくる。どう考えたっておとよさんは人の妻だ、ぬしある人だ、人の妻を思うとは何事だ、ばかめ破廉恥はれんちめ、そんな事ができるか、ああいやだ、けれどおとよさんはどこまでも悪い人ではない、憎い女ではない、憎いどころではない、おとよさんのような女でそうしてあんなに親切な人はどこにもない、一体どういうわけであのしっかりとしたおとよさんが、隣の家のようなくずぞろいの所にいるのか、聞けば全く媒妁なこうどの人に欺かれたのだというのに、わからねいなア、そのくせ清さんと仲がえいかというに決してそうでないようだに、おとよさんはえい人でかわいそうな人だ、どうしたらえいだろう。

ただお互いに思い合ってるばかりで、どうもしなければさしつかえもあるまいが、それでお互いに満足ができようか、それがまたできたところでつまりはつまらない事になってしまう。いくら考えても結局を思えば、おれとおとよさんが何ほど思い合ってもどうする事もできやしない。徒いたずらなる感情の上にむなしき思いを通わせても罪の深いことは同じだ。世間にうわさでも立てられた日には二人がこうむる禍わざわいも同じだ。ああつまらないばかばかしい。そうだおとよさんによく言い聞かして、つまらぬ考えはやめさせよう、それに限る。それでもおとよさんがおれの言うことを聞くかしら、一体おとよさんはどういう了簡かしら。何もかもわかってるおとよさんが、人の妻でいながらあんなことをするのは、困ったなア。いくら考えなおしてもおとよさんはえい人だ、いとしい人だ。おとよさんのためならおら罪人になってもえい。極道人ごくどうにんになってもえい。それでおとよさんさええいと思っててくれるなら。ああ困った。

省作はとうとう鶏の鳴くまで眠れなかった。幾百回考えても、つながれてる犬がその棒をめぐるように、めぐっては元へ返り、返っては元へ戻り、愚にもつかぬ事をぐるぐる考えめぐっていたのだ。泳ぎを知らない人が水の深みへはいったように、省作は今はどうにもこうにも動きがとれない。つまりおとよさんの恋の手に囚とらわれてしまっているのだから、省作が一人であがいた分には、いくらあがいたってなんにもならないのだ。この事件は省作の心だけではどうすることもできないのだ。

五

それから後のおとよさんは片思いの人ではなかった。隣同士だからなんといっても顔見合わせる機会が多い。お互いにそぶりに心を通わし微笑に意中を語って、夢路をたどる思いに日を過ごした。後には省作が一筋に思い詰めて危険をも犯しかねない熱しような時もあったけれど、そこはおとよさんのしっかりしたところ、懇ねんごろに省作をすかして不義の罪を犯すような事はせない。

おとよさんの行為は女子に最も卑しむべき多情の汚行おこうといわれても立派な弁解は無論できない。しかしよくその心事に立ち入って見れば、憐あわれむべき同情すべきもの多きを見るのである。

おとよさんが隣に嫁入ったについては例の媒妁なこうどの虚偽に誤られた。おとよさんの里は中農以上の家であるに隣はほとんど小作人同様である。それに清六があまり怜悧りこうでなく丹精でもない。おとよさんも来て間もなくすべての様子を知っていったん里へかえったのだが、おとよさんの父なる人は腕一本から丹精して相当な財産を作った人だけに、財産のないのをそれほどに苦にしない。働けば財産はできるものだ、いったん縁あって嫁いったものを、ただ財産がないという一か条だけで離縁はできない、そういう不人情な了簡ではならぬといわれて、おとよさんはいやいや帰ってきた。父の言うとおり財産のないだけで、清六が今少し男子おとこらしければ、おとよさんも気をもむのではない。そういう境遇のところへ、隣のことであるから、自然省作の家と往復ゆききして、省作の人柄が、温和なうちにちゃんとしたところがあり、学問とて清六などの比ではない、そのほかおとよさんとどこか気のあったところのあるので、おとよさんはついに思いをよせる事になったのだ。陰ながらも省作を見、省作の声を聞けば、おとよさんはいつでも胸の曇りが晴れるのだ。それがため到底だめと思ってる隣の家にうかうか半年を過ごしたのである。その年もようやく暮れて、十二月半ばごろに突如として省作の縁談が起こった。隣村某家なにがしけへ婿養子になることにほぼ定きまったのである。省作はおはまの手引きによって、一日おとよさんと某所に会し今までの関係を解決した。

お互いに心の底を話して見れば、いよいよ互いに敬愛の念がみなぎり返るのであるが、ままならぬ世のならいにそむき得ず、どうしても遠い他人にならねばならない。男同士ならばますます親密の交わりができるのに男女となるとそうはゆかない。実につまらない世の中だ。わが身心をわが思いに任せられないとは、人間というものは考えて見るとばかげきったものだ。結婚せねばならぬという理屈でよくは性根しょうねもわからぬ人と人為的に引き寄せられて、そうして自ら機械のごときものになっていねばならぬのが道徳というものならば、道徳は人間を絞め殺す道具だ。二人は互いに手をとって涙の糸をより合わせ、これからさき神の恵みに救われるような事があったらば、互いに持った涙の繩を結び合わせようと約束した。

この事あった翌々日、おとよさんは里へ帰ってしもうた。そうしてついに隣へ帰って来なかった。省作もいったん養家へいったけれど、おとよさんとのうわさが立ったためかついに破縁になった。

(明治四十一年一月)

底本 / Source edition

底本:「野菊の墓」集英社文庫、集英社
1977(昭和52)年9月20日第1刷発行
1981(昭和56)年7月30日第6刷発行
初出:「ホトトギス」
1908(明治41)年2月号
入力:網迫、大野晋
校正:林 幸雄、富田倫生
2008年10月19日作成
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
/works/001196_000058/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/001196_000058/

伊藤 左千夫「隣の嫁」(新字新仮名)、底本『野菊の墓』集英社文庫、集英社、1977年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 001196_000058, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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