これは作者の閲歴談と云ふやうなことに聞えますと、<ruby><rb>甚</rb><rt>はなは</rt></ruby>だ恐縮、ほんの子供の内に読んだ本についてお話をするのでございますよ。<ruby><rb>此頃</rb><rt>このごろ</rt></ruby>は皆さんに読んで戴いて誠に御迷惑をかけますが、私は<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うして、皆さんのお書きなすつた物を拝見して、迷惑処か、こんな結構なものはないと思ふんです。<ruby><rb>其</rb><rt>それ</rt></ruby>ですが、江戸時代の文学だの、明治の文学だのと云ふ<ruby><rb>六ヶ敷</rb><rt>むつかし</rt></ruby>いことになると、言ひ<ruby><rb>悪</rb><rt>にく</rt></ruby>うございますから、<ruby><rb>唯</rb><rt>たゞ</rt></ruby>ね、小説、<ruby><rb>草双紙</rb><rt>くさざうし</rt></ruby>、<ruby><rb>京伝本</rb><rt>きやうでんぼん</rt></ruby>、<ruby><rb>洒落本</rb><rt>しやれぼん</rt></ruby>と云ふ<ruby><rb>其積</rb><rt>そのつも</rt></ruby>りで申しませう。母が<ruby><rb>貴下</rb><rt>あなた</rt></ruby>、東京から持つて参りましたんで、雛の箱でささせたといふ本箱の中に『白縫物語』だの『<ruby><rb>大和文庫</rb><rt>やまとぶんこ</rt></ruby>』『時代かゞみ』大部なものは其位ですが、十冊五冊八冊といろ〱な草双紙の小口が<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>つてあるのです。母はそれを大切にして<ruby><rb>綺麗</rb><rt>きれい</rt></ruby>に持つて居るのを、<ruby><rb>透</rb><rt>すき</rt></ruby>を見ちやあ引張り出して――但し読むのではない。三歳四歳では<ruby><rb>唯</rb><rt>た</rt></ruby>だ表紙の美しい絵を土用干のやうに<ruby><rb>列</rb><rt>なら</rt></ruby>べて、<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>武士は立派だの、此娘は可愛いなんて……お待ちなさい、少し<ruby><rb>可笑</rb><rt>をか</rt></ruby>しくなるけれど、悪く取りつこなし。さあ段々絵を見ると其<ruby><rb>理解</rb><rt>わけ</rt></ruby>が聴きたくなつて、母が<ruby><rb>裁縫</rb><rt>しごと</rt></ruby>なんかして居ると、<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>へ行つては聞きましたが、面倒くさがつてナカ〱教へない。<ruby><rb>夫</rb><rt>そ</rt></ruby>れを無理につかまへて、ねだつては話してもらひましたが、<ruby><rb>嘸</rb><rt>さ</rt></ruby>ぞ<ruby><rb>煩</rb><rt>うる</rt></ruby>さかつたらうと思つて、今考へると気の毒です。なるほど<ruby><rb>脚色</rb><rt>すぢ</rt></ruby>だけは口でいつても言はれますが、読んだおもしろ味は話されません。又知識のないものに、<ruby><rb>脚色</rb><rt>すぢ</rt></ruby>だけ話をするとなると、こんな煩さい事はないのですから、自分もまた<ruby><rb>其様</rb><rt>そん</rt></ruby>な物を読むと云ふ智慧はない時分で、始終絵ばかりを見て居たものですから、<ruby><rb>薄葉</rb><rt>うすえふ</rt></ruby>を買つて貰つて、口絵だの、揷絵だのを写し始めたんです。それから<ruby><rb>鎧武者</rb><rt>よろひむしや</rt></ruby>が大変<ruby><rb>好</rb><rt>すき</rt></ruby>になりました。それに<ruby><rb>親父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>が金属の<ruby><rb>彫刻師</rb><rt>ほりし</rt></ruby>だものですから、<ruby><rb>盃</rb><rt>さかづき</rt></ruby>、香炉、<ruby><rb>最</rb><rt>も</rt></ruby>う<ruby><rb>目貫縁頭</rb><rt>めぬきふちがしら</rt></ruby>などはありませんが、其仕事をさせる積りだつたので、絵を習へと云ふので少しばかりネ、<ruby><rb>薄</rb><rt>すゝき</rt></ruby>、<ruby><rb>蘭</rb><rt>らん</rt></ruby>、竹などの手本を描いて貰ひましたが、何、座敷を取散かしたのが、落で。其中に何なんです。近所の女だの、年上の<ruby><rb>従姉妹</rb><rt>いとこ</rt></ruby>だのに、母が絵解をするのを<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>か聞きかじつて、草双紙の中にある人物の来歴が分つたものだから、鳥山秋作照忠、<ruby><rb>大伴</rb><rt>おほとも</rt></ruby>の若菜姫なんといふのが殊の外<ruby><rb>贔屓</rb><rt>ひいき</rt></ruby>なんです。処が秋作、豊後之助の贔屓なのは分つて居るが、若菜姫が<ruby><rb>宜</rb><rt>よ</rt></ruby>くツてならない、甚だ怪しからん、<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>は悪党の方だから、と思つて居たんです。のみならず、一体どう云ふものだか、小説の中にある主人公などは、善人の方よりは悪党が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">てきはき</span>して居て可い、善人とさへ<ruby><rb>謂</rb><rt>い</rt></ruby>や、愚図々々しやあがつて、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかしたらよささうなもんだ。泣いたり、口説いたり、何のこツたらう。<ruby><rb>浄瑠璃</rb><rt>じやうるり</rt></ruby>のさはりとなると頭痛がします。<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し、<ruby><rb>敵役</rb><rt>かたきやく</rt></ruby>の中でも石川五右衛門は甚だ嫌ひですな。熊坂長範の方が好い。此頃また白縫の後の方を見ると、口絵に若菜姫を描いて、其上へ持つて来て、（皆様御贔屓の若菜姫）と書いてある。して見ると一般の読者にも、彼の<ruby><rb>姐</rb><rt>ねえ</rt></ruby>さんは人気があつたものと見えますね。

母はからだが弱くつて……大層若くつて<ruby><rb>亡</rb><rt>なく</rt></ruby>なりましたが……亡なつた時分に、私は<ruby><rb>十歳</rb><rt>とを</rt></ruby>だつたと思ひます。其の前から小学校へ行くやうになつて、本当の字を少し<ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>り覚えたりなにかした。それから<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>くさう云ふものに遠ざかつて居た、石盤をはふり出して、いきなり針箱の上へ<ruby><rb>耶須多羅女</rb><rt>やすたらによ</rt></ruby>の泣いて居る処を出されて御覧なさい。<ruby><rb>悉達</rb><rt>しつた</rt></ruby>太子を慕つて居るのと絵解をするものは話さねばならないでせう。さて其の（慕ふ）といふことを子供に説明をして、聞かせるものは、こりやよほど面倒だから、母もなりたけ読ませないやうにしたんです。それに親父が<ruby><rb>八釜敷</rb><rt>やかまし</rt></ruby>い、論語とか孟子とか云ふものでなくつては読ませなかつた。処が少しイロハが読めるやうになつて来ると、家にある本が読みたくなつたでせう。読んでると<ruby><rb>目付</rb><rt>めつ</rt></ruby>かつて恐ろしく<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>られたんです。そこで考へて、机の上に<ruby><rb>斯</rb><rt>か</rt></ruby>う掛つて居る、机掛ね、<ruby><rb>之</rb><rt>これ</rt></ruby>を膝の上へ<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>さるやうに、手前を長く、向うを一杯にして置くので、二階に閉籠つて人の<ruby><rb>跫音</rb><rt>あしおと</rt></ruby>がするとヒヨイと其の下へ隠すといふ、うまいものでせう。時々見付かつて、本より、私の方が押入へしまはれました。<ruby><rb>恁</rb><rt>かう</rt></ruby>いふのはいくらもある。一葉女史なんざ草双紙を読んだ時、<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>人は僕と違つて土蔵があつたさうで、土蔵の二階に本があるので、<ruby><rb>故</rb><rt>わざ</rt></ruby>と<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>をして、<ruby><rb>剣突</rb><rt>けんつく</rt></ruby>を食つて、叱られては土蔵へ<ruby><rb>抛</rb><rt>はふ</rt></ruby>り込まれるのです。窓に金網が張つてあるのでせう。其網の目をもるあかりで細かい仮名を読んだ。其の<ruby><rb>所為</rb><rt>せゐ</rt></ruby>で、恐ろしい<ruby><rb>近視眼</rb><rt>ちかめ</rt></ruby>、これは<ruby><rb>立女形</rb><rt>たてをやま</rt></ruby>の美を傷つけて済みません。話が色々になりますが、僕が活版本を始めて見たのは<ruby><rb>結城合戦花鍬形</rb><rt>ゆふきがつせんはなくはがた</rt></ruby>といふのと、<ruby><rb>難波戦記</rb><rt>なにはせんき</rt></ruby>、左様です、大阪の戦のことを書いたのです。厚い表紙で赤い絵具をつけた活版本なんです。友達が持つて居たので、其時初めて活版になつた本を見ました。殊にあゝ云ふ百里余も隔つた<ruby><rb>田舎</rb><rt>ゐなか</rt></ruby>ですから、それまでは<ruby><rb>未</rb><rt>ま</rt></ruby>だ活版と云ふものを知らなかつたので、さあ読んで見ると又面白くつて仕様がない。無論前に柔い、「でござんすわいナー」と書いてある草双紙を見た挙句に、親父がね、其癖大好なんで、但し硬派の方なんだから、私に内々で借りて来たあつた呉越軍談、あの、<ruby><rb>伍子胥</rb><rt>ごししよ</rt></ruby>の伝の所が十冊ばかり。其の第一冊目でせう。<ruby><rb>秦</rb><rt>しん</rt></ruby>の哀公が会を設けて、覇を図る処があつて、<ruby><rb>斉</rb><rt>せい</rt></ruby>国の<ruby><rb>夜明珠</rb><rt>やめいしゆ</rt></ruby>、<ruby><rb>魯</rb><rt>ろ</rt></ruby>国の雌雄剣、<ruby><rb>晋</rb><rt>しん</rt></ruby>国の<ruby><rb>水晶簾</rb><rt>すゐしやうれん</rt></ruby>などとならぶ中に、子胥先生、<ruby><rb>我</rb><rt>わが</rt></ruby>楚国<ruby><rb>以</rb><rt>もつ</rt></ruby>て宝とするなし、唯善を以て宝とすとタンカを切つて、大気焔を吐く所がある。それから呉越軍談が贔屓になる。従つて堅いものが好きになつて来た。それで<ruby><rb>水滸伝</rb><rt>すゐこでん</rt></ruby>、三国志、関羽の青龍刀、張飛の蛇矛などが嬉しくつて堪らない。<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>其時分、雑誌は知らず新聞には小説があるものか無いものか分らぬ位。処が其中に何んですネ。英語を教はらうと、宣教師のやつて居る学校へ入つたのです。さうするとその学校では郵便報知新聞を取つて居た。それに思軒さんの<ruby><rb>瞽使者</rb><rt>こししや</rt></ruby>が毎日々々出て居ます。是はまた飛放れて面白いので、こゝで、新聞の小説を読むことを覚えました。また病つきで課業はそつちのけの<ruby><rb>大怠惰</rb><rt>おほなまけ</rt></ruby>、後で<ruby><rb>余所</rb><rt>よそ</rt></ruby>の塾へ入りましたが、又<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>先生と来た日にや決して、<ruby><rb>然</rb><rt>さ</rt></ruby>う云ふものを読ませない。処が、例の難波戦記を貸して<ruby><rb>呉</rb><rt>く</rt></ruby>れた友人ね、其お<ruby><rb>友人</rb><rt>ともだち</rt></ruby>に智慧を付けられて貸本屋へ借りに行くことを覚えたのです。併し塾に居るんですから、ナカ〱きびしくつて外出をさせません。それを<ruby><rb>密</rb><rt>ひそか</rt></ruby>に脱出しては借りに行くので、はじめは一冊づゝ借りて来たのが、今度読馴れて来ると読方が早くなつて、一冊や二冊持つて帰つた所が直に読んで仕舞ふから、一度に五冊、六冊、一晩にやツつける。其時ザラにアヽ云ふ新版物から、昔の本を活版に直したものを無暗に読んだ。どんな物を読んだか<ruby><rb>能</rb><rt>よ</rt></ruby>く覚えて居ませんが、其中に遺恨骨髄に徹して居る本が一冊あります。矢張難波戦記流の作なんですが、借りて来て隠して置いたのを見付かつたんで、御取上げとなつて仕舞つた。処で其時分は見料が<ruby><rb>廉</rb><rt>やす</rt></ruby>いのだけれども、此本に限つて三十銭となつた。

南無三宝三十銭、支出する小遣がないから払ふ訳に<ruby><rb>往</rb><rt>ゆ</rt></ruby>かない。処で、どう間違つたか小学校の先生が褒美にくれました記事論説文例、と云ふのを二冊売つたんです、是が悪事の初めさ。それから四書を売る。五経を殺すね。月謝が滞る、叔母に泣きつくと云ふ不始末。のみならず、一度ことが露顕に及んでからは、益々塾の監督が厳重になつて読むことが出来なくなつた。さうなると当人既に身あがりするほどの縁なんだから、居ても<ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>つても逢ひたくツて、<ruby><rb>堪</rb><rt>たま</rt></ruby>りますまい。毎日夕刻<ruby><rb>洋燈</rb><rt>ラムプ</rt></ruby>を<ruby><rb>点</rb><rt>つ</rt></ruby>ける時分、油壷の油を、池の所へあけるんです。あけて油を買ひに、と称して<ruby><rb>戸外</rb><rt>おもて</rt></ruby>へ出て貸本屋へ駈付ける。<ruby><rb>跫音</rb><rt>あしおと</rt></ruby>がしては<ruby><rb>不可</rb><rt>いか</rt></ruby>んから<ruby><rb>跣足</rb><rt>はだし</rt></ruby>で出たこともありますよ。処がどうも毎晩油を買ひに行く訳にいかないぢやありませんか。何か工風をしなければならないのに、口実がなくつては不可ませんから、途中から引返したことなどもあつたんです。それから本を借りて持つて入るときに、見付けられるとわるいから帯の下と背中へ入れるんです。是が後でナカ〱用にたつたことがある。質屋へ物を持つて行くに此の伝で下宿屋を出るので、訳はないのです。確に綿入三枚……怪しからんこツた。もし何処へ往つたと<ruby><rb>見咎</rb><rt>みとが</rt></ruby>められると、こゝに不思議な話がある、<ruby><rb>極</rb><rt>ごく</rt></ruby>ないしよなんだけれども、<ruby><rb>褌</rb><rt>ふんどし</rt></ruby>を外して<ruby><rb>袂</rb><rt>たもと</rt></ruby>へ忍ばせて置くんで、<ruby><rb>宜</rb><rt>よ</rt></ruby>うがすか、何の為だと云ふと、其塾の傍に一筋の小川が流れて居る、其小川へ洗濯に出ましたと<ruby><rb>斯</rb><rt>か</rt></ruby>う答へるんです。さうすると剣突を喰つて、「どうも褌を洗ひに行きますと云ふのは、何だか申上げ<ruby><rb>悪</rb><rt>にく</rt></ruby>いから黙つて出ました。」と言ひ抜ける積りさ。

それから読む時、一番困つたのは彼の美少年録、御存じのとほり千ペエジ以上といふ分厚なんです。いつたい何時も<ruby><rb>誤魔化読</rb><rt>ごまかしよみ</rt></ruby>をする時には、小説を先づ斯う開いて、其上へ、詰り英語の塾だから、ナシヨナル読本、スイントンの万国史などを載せる。片一方へ辞書を開いて置くのです。さうして跫音がするとピタリと辞書を裏返しにして<ruby><rb>乗掛</rb><rt>のつけ</rt></ruby>るしかけなんでせう。処が薄い本だと宜いが、厚いのになると其呼吸が合ひますまい。其処でかたはらへ又沢山課目書を積んで、此処へ辞書を斜めにして建掛けたものです。さうすると厚いのが隠れませう。最も恁うなると<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いろ</span>あつかひ。夜がふけると、一層身に染みて、<ruby><rb>惚込</rb><rt>ほれこ</rt></ruby>んだ本は抱いて寝るといふ騒ぎ、頑固な<ruby><rb>家扶</rb><rt>かふ</rt></ruby>、<ruby><rb>嫉妬</rb><rt>じんすけ</rt></ruby>な旦那に中を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">せか</span>れていらつしやる貴夫人令嬢方は、すべて此の秘伝で<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あひゞき</span>をなすつたらよからうと思ふ。

<ruby><rb>串戯</rb><rt>じやうだん</rt></ruby>はよして、私が新しい物に初めて接したやうな考へをしたのは、<ruby><rb>春廼家</rb><rt>はるのや</rt></ruby>さんの妹と背かゞみで、其のころ書生気質は評判でありましたけれども、それは後に読みました。最初は今申した妹と背かゞみ、それを貸して呉れた男の曰く、この本は気を付けて考へて読まなくてはいけないよと、特にさう言はれたからビクビクもので読んで見た。第一番冒頭に書して、確かお辻と云ふ<ruby><rb>女</rb><rt>むすめ</rt></ruby>、「アラ<ruby><rb>水沢</rb><rt>みさは</rt></ruby>さん嬉しいこと御一人きり。」よく覚えて居るんです。お話は別になりますが、昔の人が今の小説を読んで、主人公の<ruby><rb>結局</rb><rt>つゞま</rt></ruby>る所がないと云ふ、「武士の浪人ありける。」から「八十までの長寿を保ちしとなん。」と云ふ所まで書いてないから分らないと云ふが、なるほど幼稚な目には、然う云ふ考へがするでせう。妹と背かゞみに於て、何故、お雪がどうなるだらうと、いつまでも心配で〱堪らなかつたことがありますもの。

東京の新聞は余り参りませんで、京都の新聞だの、金沢の新聞に、誰が書いたんだか、お家騒動、附たり武者修業の話が出て居るんです。其中に唯二三枚あつて見たんです、四五十回は続いたらうと思ひますが、未だに一冊物になつても出ず、うろ覚えですから間違かも知れませんが、春廼家さんなんです、或ひは朝野新聞とも思ふし、改進新聞かとも思ふんだが、「こゝやかしこ。」と仮名の題で、それがネ、大分文章の体裁が変つて、あたらしい書方なんです。中に一人お嬢さんが居るんだネ、其のお嬢さんに、イヤな奴が惚れて居て口説くんだネ。（何かヒソ〱いふ、顔を<ruby><rb>赧</rb><rt>あか</rt></ruby>くする、又何かいふ、黙つて横を向く、進んで何かいはうとする、女はフイと立つ。）と、先づ恁うです。おもしろいぢやありませんか。<ruby><rb>演劇</rb><rt>しばゐ</rt></ruby>なら両手をひろげて追まはす。続物の文章ならコレおむすと<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しなだれかゝる</span>、と大抵相場のきまつて居た処でせう。

また一人の友人があつて、貧乏長屋の二階を借りて、別に弟子を取つて英語を教へて居つた。壁隣が<ruby><rb>機業家</rb><rt>はたや</rt></ruby>なんです、高い山から谷底見れば小万可愛や布<ruby><rb>晒</rb><rt>さら</rt></ruby>すなんぞと、工女の古い処を唄つて居るのを聞きながら、日あたりの可い机の傍で新版を一冊よみました。これが私ども先生の有名な<span data-tei-rend="bouten 白丸傍点 right" style="text-emphasis-style: open circle; text-emphasis-position: over right">いろ懺悔</span>でございました。あの<span data-tei-rend="bouten 白丸傍点 right" style="text-emphasis-style: open circle; text-emphasis-position: over right">京人形</span>の女生徒の、「サタン退けツ」「前列進め」なぞは、其の時分、幾度繰返したか分りません。<span data-tei-rend="bouten 白丸傍点 right" style="text-emphasis-style: open circle; text-emphasis-position: over right">夏痩</span>は、<ruby><rb>辰</rb><rt>たつ</rt></ruby>ノ<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>といふ温泉の、叔母の家で、<ruby><rb>従姉</rb><rt>いとこ</rt></ruby>の処へわきから包ものが<ruby><rb>達</rb><rt>とゞ</rt></ruby>いた。其上包になつて読売新聞が一枚。ちやうど女主人公の小間使が朋輩の女中の皿を<ruby><rb>壊</rb><rt>こは</rt></ruby>したのを、身に引受けて<ruby><rb>庇</rb><rt>かば</rt></ruby>ふ処で、――伏拝むこそ道理なれ――といふのを見ました。<ruby><rb>纏</rb><rt>まとま</rt></ruby>つたのは、たしかこちらへ参つてからです。田舎は不自由ぢやありませんか。しかし<span data-tei-rend="bouten 白丸傍点 right" style="text-emphasis-style: open circle; text-emphasis-position: over right">いろ懺悔</span>だの、露伴さんの<span data-tei-rend="bouten 白丸傍点 right" style="text-emphasis-style: open circle; text-emphasis-position: over right">風流仏</span>などは、東京の評判から押して知るべしで、皆が大騒ぎでした。

あの然やう、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">八犬伝</span>は、父や母に聞いて筋<ruby><rb>丈</rb><rt>だけ</rt></ruby>は、大抵存じて居りましたし、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">弓張月</span>、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">句伝実実記</span>などをよんだ時、馬琴が大変ひいきだつた。処が、追々ねツつりが厭になつたんです。けれども是は批評をするのだと、馬琴<ruby><rb>大人</rb><rt>うし</rt></ruby>に甚だ以て相済ぬ、唯ね、どうもネ。彼の人は意地の悪いネヂケた爺さんのやうだからさ。作のよしあしは別として好き、きらひ、贔屓、不贔屓はかまはないでせう。西鶴も贔屓でない、贔屓なのは京伝と、三馬、<ruby><rb>種彦</rb><rt>たねひこ</rt></ruby>なぞです。何遍でも読んで飽きないと云へば、外のものも飽きないけれども、幾ら繰返してもイヤにならなくて、どんなに読んでも頭痛のする時でも、快い心持になるのは、膝栗毛です。それから種彦のものが大好だつた。種彦と云へば、アノ、「<ruby><rb>文字手摺</rb><rt>もじてずり</rt></ruby>昔人形」と云ふ本の中に、女が出陣する所がある。それがネ、<ruby><rb>斯</rb><rt>か</rt></ruby>う、込み入る敵の兵卒を投げたり倒したりあしらひながら、小手すねあてをつけて、<ruby><rb>鎧</rb><rt>よろひ</rt></ruby>を<ruby><rb>颯</rb><rt>さつ</rt></ruby>と投げかける。其の鎧の、「<ruby><rb>揺</rb><rt>ゆら</rt></ruby>ぎ糸の紅は細腰に<ruby><rb>絡</rb><rt>まと</rt></ruby>ひたる肌着の<ruby><rb>透</rb><rt>す</rt></ruby>くかと<ruby><rb>媚</rb><rt>なまめ</rt></ruby>いたり。」綺麗ぢやありませんか。おつなものは岡三鳥の作つた、岡釣話、「あれさ恐れだよう、」と芸者の<ruby><rb>仮声</rb><rt>こわいろ</rt></ruby>を隅田川の中で<ruby><rb>沙魚</rb><rt>はぜ</rt></ruby>がいふんです。さうして釣られてね、「ハゼ合点のゆかぬ、」サ飛んだのんきでいゝでせう。

えゝ、此のごろでも草双紙は楽みにして居ります。それに京伝本なんぞも、<ruby><rb>父</rb><rt>おやぢ</rt></ruby>や母のことで懐しい記念が多うございますから、淋しい時は枕許に置きますとね。若菜姫なんざ、アノ画の通りの姿で<ruby><rb>蜘蛛</rb><rt>くも</rt></ruby>の術をつかふのが幻に見えますよ。<ruby><rb>演劇</rb><rt>しばゐ</rt></ruby>を見て居るより余ツ程いゝ、笑つちやいけません、どうも纏らないお話で、嘸ぞ御聴苦しうございましたらう。

（明治三十四年一月）