Soranoha

半七捕物帳

はんしちとりものちょう

岡本 綺堂

一

「いつも云うことですが、わたくし共の方には陽気なお話や面白いお話は少ない」と、半七老人は笑った。

「なにかお正月らしい話をしろと云われても、サアそれはと行き詰まってしまいます。それでも時時におかしいような話はあります。もちろん寄席の落語を聴くように、頭から仕舞いまでげらげら笑っているようなものはありません。まあ、その話に可笑味おかしみがあるという程度のものですが、それでもおかしいと云えば確かにおかしい」

いわゆる思い出し笑いと云うのであろう。まだ話し出さない前から、老人は自分ひとりでくすくすと笑い出した。なんだか判らないが、それに釣り込まれて私も笑った。正月はじめの寒い宵で、表には寒詣かんまいりの鈴の音ねがきこえた。この頃は殆ど絶えたようであるが、明治時代には寒詣りがまだ盛んに行なわれて、新聞の号外売りのように鈴を鳴らしながら、夜の町を駈けてゆく者にしばしば出逢うのであった。

その鈴の音を聴きながら、老人はまだ笑っていた。すこし焦じれったくなって、わたしの方から催促するように訊いた。

「そこで、そのおかしい話というのは、どんな一件ですか」

「つまり、物が逆さかさまになったので……」と、老人は又笑った。「石が流れりゃ木この葉が沈むと云うが、まあ、そんなお話ですよ。泥坊をつかまえる岡っ引が泥坊に追っかけられたのだからおかしい。泥坊が追っかける、岡っ引が逃げまわる。どう考えても、物が逆さまでしょう。そうなると、すべてのことが又いろいろに間違って来るものです。

その起こりは安政元年四月二十三日、夜の五ツ(午後八時)少し前の出来事で、日本橋伝馬町てんまちょうの牢内で科人とがにん同士が喧嘩をはじめて、大きい声で呶鳴るやら、殴り合いをするやら大騒ぎ。牢屋の鍵番の役人二人が駈けつけて、牢の外から鎮まれ鎮まれと声をかけたが、内ではなかなか鎮まらない。喧嘩はいよいよ大きくなって、この野郎生かしちゃあ置かねえぞと呶鳴る。もう捨てては置かれないので、牢内へはいって取り鎮めるために、役人たちが入口の大戸の錠をあけると、その途端に五、六人がばらばらと飛び出して来て、役人たちを不意に突き倒して逃げ去りました。

これは最初から仕組んだことで、破牢をするための馴れ合い喧嘩でした。さてはと気が付いて、役人たちが追っかけたが、もう遅い。どれも身の軽い奴らで、牢屋の塀を乗り越して、首尾よく逃げおおせてしまいました。旧暦の二十三日の闇の晩を狙ってやった仕事ですから、おあつらえ向きに行ったわけです。

逃げた奴はみんな無宿者むしゅくもので、京都無宿の藤吉、二本松無宿の惣吉、丹後村無宿の兼吉、川下村無宿の松之助、本石町ほんごくちょう無宿の金蔵、矢場村無宿の勝五郎の六人で、そのなかで藤吉、兼吉、松之助は入墨者いれずみものです。地方は京都と二本松だけで、そのほかは江戸近在の者でしたが、たった一人、チャキチャキの江戸っ子がある。本石町無宿の金蔵、これは日本橋の本石町生まれで、牢屋とは眼と鼻のあいだで産湯うぶゆを使った奴です。なにしろ破牢は重罪ですから、すぐに人相書をまわして詮議になりました。前に申した通り、石が流れて木の葉が沈む一件はこれから始まるのです。

その頃、芝口に三河屋甚五郎、俗に三甚と呼ばれた御用聞きがありました。親父の甚五郎はなかなか親切気のある男で、わたくしなぞも何かに付けて世話になったことがありましたが、甚五郎は三年前に死にまして、今は伜が二代目の甚五郎を継いでいる。この二代目はまだ二十一で、年も若し、腕も未熟、つまりは先代の看板で三甚の株を譲り受けていると云うだけのことですから、八丁堀の旦那衆のあいだにも信用が薄い。親の代から出入りの子分は相当にあるのですが、その子分にも余り腕利きがいない。尤も大抵の子分は親分次第のもので、親分がしっかりしていないと、子分も働きにくいものです。

そんなわけで、御用聞き仲間でも三甚はもう廃すたったと云っていると、ことしの正月、その三甚の手で本石町無宿の金蔵を挙げたので、みんなもいささか意外に思いました。金蔵は本石町の鐘撞堂の近所の裏店うらだなに住んでいた屋根屋職人で、酒と女の道楽からとうとう無宿者になってしまって、江戸の隅々をころげ廻っているうちに、人殺しこそしませんが、大抵の悪い事は仕尽くして、今度挙げられたら先ず遠島ぐらいを申し渡されそうな兇状持ちになりました。その金蔵がどうして三甚の手にかかったかと云うと、ここにちょっと艶つやっぽいお話があるのです。

前にも申す通り、二代目の甚五郎、年も若く腕も未熟ですが、小粋な柄行きで男っ振りも悪くない。岡っ引なんていうものは、とかくいやな眼付きをして、なんだかぎすぎすした人間が多いのですが、この甚五郎は商売柄に似合わず、人柄がおとなしやかに出来ている。親父の株があるので、小銭こぜにも廻る。そこで、いつの間にか神明前のさつきという小料理屋のお浜という娘と出来てしまって、始終そこへ出這入りをしている。お浜のおふくろも勿論それは承知していたのです。

すると、或る日のこと、この神明のあたりを地廻りのようにごろ付いている千次という奴がさつきの帳場へ来て、幾らか強請ゆすりました。毎度のことですから、おふくろのお力りきが頭から刎はね付けると、千次が云うには、きょうは唯来たのじゃあねえ、大事の魚さかなを売り込みに来たのだから、お前さんから三甚さんに話して、いい値に買って貰いたいと云う。そこで、だんだん訊いてみると、本石町無宿の金蔵がここらに立ち廻っていると云うのです。こうなると、娘の色男に手柄をさせたいのは人情ですから、お力は甚五郎を呼んで来て、千次と三人で打ち合わせた上で、千次は金蔵を誘ってさつきへ連れ込む。しかしここですぐに召捕っては、店にも迷惑がかかりますから、金蔵が酔って表へ出るのを待っていて、半丁ほど行き過ぎたところで、甚五郎とその子分二人が御用の声をかけました。こうすれば、行き合い捕りと云うことになって、誰にも迷惑はかかりません。密告者の千次も知らん顔をしていられるわけです。

金蔵もなかなか手強てごわい奴でしたが、酔っているところを不意に押さえられたので、どうすることも出来ない。ここで脆もろくも縄にかかってしまいました。これで三甚は思いも寄らない手柄をしたのですが、自身番へひかれて行った時に、金蔵はたいそう口惜くやしがって、どうでおれは遠島船を腰に着けている人間だから、遅かれ早かれ御用の声を聞くのは覚悟の上だが、いざお縄にかかるという時には、江戸で一、二といういい顔の御用聞きの手に渡る筈だ。こんな駈け出しの青二才の手柄にされちゃあ、おれは死んでも浮かばれねえ。こん畜生、おぼえていろ。おれが生きていればきっと仕返しをする、死ねば化けて出る、どっちにしても唯は置かねえから覚悟しろと、おそろしい顔をして散々に呶鳴ったそうです。

いわゆる外道げどうの逆恨さかうらみと、もう一つには自棄やけが手伝って、口から出放題の啖呵たんかを切るのは、こんな奴らにめずらしくない事で、物馴れた岡っ引は平気でせせら笑っていますが、なにを云うにも甚五郎は年が若い、その上に人間がおとなしく出来ているので、そんな事を聴くと余りいい心持はしない。といって、勿論こいつを免ゆるすことは出来ませんから、形かたのごとく下調べをして、大番屋へ送り込んでしまいました。

そんなわけで、三甚は本石町の金蔵を召捕って、自分の器量をあげた代りに、なんと無くその一件が気にかかって、死罪か遠島か、早く埒が明いてくれればいいと、心ひそかに祈っている。ましてさつきのおふくろや娘は、ひどくそれを気にかけて、万一かの金蔵が仕返しにでも来たら大変だと心配している。そのうちに伝馬町の牢破り一件が起こって、その六人のなかに本石町無宿の金蔵もまじっていると云うのを聞いて、甚五郎もひやりとしました。牢をぬけて何処へ行ったか知らないが、なんどき仕返しに来ないとも限らない。それを思うと、いよいよ忌いやな心持になりました。

こっちは役目で罪人を召捕るのですから、それを一々恨まれてはたまらない。罪人の方でもそれを承知していますから、こっちが特別に無理な事でもしない限り、どんな悪党でも捕り手を怨むということはありません。したがって、捕り手に対して仕返しをするなどという例は滅多にない。それは三甚も承知している筈ですが、気の弱い男だけに、なんだか寝ざめが好くない。しかし仮りにも二代目の三甚と名乗っている以上、子分の手前に対しても弱い顔は出来ませんから、自分ひとりの肚はらのなかでひやひやしている。こうなると、まったく困ったものです。勿論、この甚五郎がしっかりしていて、もう一度その金蔵を召捕りさえすれば何のこともないのですが、そうは行かないので此のお話が始まるのです。まあ、そのつもりでお聴きください」

二

この「捕物帳」を読みつづけている人々は定めて記憶しているであろう。この年の四月、半七はかの『正雪の絵馬』の探索に取りかかっていたのである。そのあいだに、この牢破りの一件が出来しゅったいして、人相書までが廻って来たので、これも打ち捨てては置かれなくなった。

「親分。どうしますね」と、子分の亀吉が訊いた。

「重い軽いを云えば、こっちは牢抜けの重罪で、絵馬の一件とは一つにならねえ」と、半七は云った。「しかし、伝馬町の方はおれ一人に云い付けられた御用じゃあねえ。江戸じゅうの御用聞きがみんなで働く仕事だ。絵馬の方はおれ一人が受け合った仕事だから、この方を先ず片付けなけりゃあなるめえと思う。就いては、おめえと幸次郎は相変らず絵馬の方を働いてくれ。伝馬町の方は松吉や善八に頼むとしよう」

二つの事件が同時に起こるのは珍らしくないので、半七はそれぞれに受け持ちを決めて働かせることになった。半七は双方掛け持ちであるが、一方の『正雪の絵馬』の一件は已に紹介したのであるから、話の筋の混雑するのをおそれて、ここにはいっさい省略し、専ら牢破りの一件に就いて語ることにする。

五月はじめの朝である。半七は町内の湯屋へ行って、暁あけ方からの小雨こさめのなかを帰って来ると、格子の内に女の傘と足駄あしだが見いだされた。人出入りの多い家であるから、別に気にも留めずはいって見ると、四十前後の見識らない女が女房のお仙を相手に話していた。

「おまえさん。この方がさっきから待っておいでなすったんですよ」と、お仙は彼女を半七に紹介した。そうして、その土産だという交肴こうこうの籠を見せた。

「初めましてお目にかかります」と、女は丁寧に挨拶した。「わたくしは神明前のさつきでございます」

その名を聞いて、半七はすぐに思い当たった。彼女はさつきのお力りきで、なにか三甚に係り合いのことで尋ねて来たのであろうと察したので、ひと通りの挨拶を済ませた後に、半七は訊いた。

「おかみさんも忙がしいだろうに、朝から何か急用でも出来しゅったいしましたかえ」

「早朝からお邪魔に出ましたのは、ほかでもございません。親分も定めて御承知でございましょうが、先月の二十三日に伝馬町の牢抜けがございましたそうで……。それに付きまして、少々お知恵を拝借に出ましたのでございますが……」

「牢抜けは知っていますが、それがどうかしましたかえ」

「実は……」と、お力は少しく渋りながら云い出した。「その牢抜けのなかに石町こくちょうの金蔵というのが居りますそうで……」

その金蔵の仕返しをお力親子は恐れているのであった。召捕りの手引きをした千次も、金蔵が娑婆しゃばへ出たというのを聞いて、どこへか姿を隠してしまった。生きていればきっと仕返しをすると云ったのであるから、金蔵はきっと三甚を附け狙っているに相違ないと、かれらは頻りに恐れているのであった。それを聞いて、半七は笑った。

「金蔵というのはどんな奴だか知らねえが、牢抜けをした以上は我が身が大事だ。いつまでも江戸にうかうかしちゃあいられめえ。きっと草鞋わらじを穿はいたろうと思うから、まあ当分は仕返しなんぞに来る筈はねえ、みんなも安心したらいいだろう」

「ところがお前さん」と、お力は顔をしかめながらささやいた。「千次さんのお友達が西の久保の切通しで、金蔵に似た奴の姿をちらりと見たそうで……。あいつが近所をうろ付いているようじゃあ大変だと云うので、千次さんも早々にどこへか隠れてしまったのでございます」

「それにしても、おまえさんの家にまで仕返しに来ることはあるめえ。金蔵は行き合い捕りになっているのだから、お前さんの家に係り合いはねえ筈だ」

「わたくしの家へは来ないかもしれませんが、もしや三甚さんの方へでも来るようなことがあると大変だと申して、娘は泣いて騒いで居りますので……」

娘に泣いて騒がれて、お力は三甚の保護を頼みに来たのである。その親心を察しながらも、半七はいったん断わった。

「これが堅気の素人なら、なんとか相談に乗ることもあるが、たとい年は若いにしろ、三甚も一人前の御用聞きだ。科人とがにんの仕返しが怖くって、仲間の知恵を借りたなぞと云われちゃあ、世間に対して顔向けが出来ねえ。勿論おまえさんの一料簡で出て来たのだろうが、そんな事をするのは三甚の男を潰すようなものだ。娘の可愛い男に恥を掻かせちゃあいけねえ。第一、三甚にも相当の子分がある筈だ。その子分たちが楯になって、親分のからだを庇かばってやるがいいじゃあねえか。他人ひとに頼むことがあるものか」

「それはもう仰しゃる通りでございますが……」と、お力は云いにくそうに答えた。「その子分衆も此の頃は頼りにならないような人が多いので……」

先代の歿後三年のあいだに、古顔の子分が二人もつづけて死んだ。腕利きの子分二、三人は若い親分を見捨ててほかの親分の手に移ってしまった。残っている子分に余り頼もしい者は少ない。さきごろ金蔵を召捕ったのも、彼がしたたかに酔っていたからで、もしも白面しらふであったらば或いは取り逃がしたかも知れないと、お力は云った。それは半七も薄々察していた。こんな奴らの縄にかかったのは残念だと、金蔵が自身番で呶鳴ったのも無理はないように思われた。

それにしても本人の甚五郎が頼みに来たのならば格別、表向きは他人のさつきの女房に頼まれて迂闊に差し出たことは出来ないので、半七は飽くまでも断わった。そんな事をすれば三甚の顔を汚よごすようになるという訳を、かれは繰り返して説明すると、お力もこの上に押し返して云う術すべもなかったらしく、それでは又あらためてお願いに出ましょうと云って帰った。

それを見送って、お仙は気の毒そうに云った。

「三甚さんも困ったものですね」

「色男、金と力はなかりけりと、昔から相場は決まっているが、岡っ引の色男なんぞはどうもいけねえ。おれ達の商売はやっぱりかたき役に限るな」と、半七は笑った。

「三甚のお父さんには世話になった事もありますからねえ」

「むむ、三甚の先代にゃあ世話になったこともある。ただ笑って見物してばかりもいられねえが、そうかといって無闇に差し出たことも出来ねえ。まったく困ったものだ」

何のかのと云うものの、誰かの手で金蔵らを挙げてしまえば論は無いのである。人相書が廻っている以上、遅かれ早かれ網にかかるものとは察しているが、それまでの間に何事もなければいいと、半七は思った。しかし前にも云う通り、科人が捕り手に対して仕返しをするなどということは滅多に無いのであるから、恐らく今度も無事に済むであろうと、彼も多寡たかをくくっていた。

雨は二、三日降りつづいた。一方の『正雪の絵馬』の一件はとかくに縺もつれて埒が明かない。半七も少しくじりじりしていると、日が暮れてから松吉が来た。

「よく降りますね」

「いくら商売でも、降ると出這入りが不便でいけねえ」と、半七はうっとうしそうに云った。

「大木戸の方はどうなりました」

「どうも眼鼻が付かねえで困っている。そこで、どうだ、こっちの一件は……」

「伝馬町の牢抜けは二人挙げられました」

「誰と誰だ」

「二本松の惣吉と川下村の松之助です」

金蔵の名がないので、半七は失望した。

「この二人は中仙道を落ちるつもりで板橋まで踏み出したが、路用がねえ。そこらを四、五日うろ付いた揚げ句に、宗慶寺という寺へはいって、住職と納所なっしょに疵を負わせて十五両ばかりの金を取ったのから足が付いて、ゆうべ板橋の女郎屋で挙げられたそうです。路用が出来たらすぐに伸のしてしまえばいいものを、娑婆しゃばへ出ると遊びたくなる。やっぱり運の尽きですね」と、松吉は笑っていた。

「ほかの奴らのゆくえは知れねえのか」

「二人の申し立てによると、六人は牢屋敷の外へ出ると、すぐにばらばらになってしまったので、誰がどっちへ行ったか知らねえと云うのです。惣吉と松之助だけがひと組になって、本郷から板橋の方向へ行ったのだそうで……。旦那方もずいぶん厳重に調べたようですが、二人はまったく知らねえらしいのです」

「それじゃあ、ちっとも手がかり無しか」と、半七は溜め息をついた。

「そうですよ」と、松吉はうなずいた。「残る四人のうちで、兼吉と勝五郎はどうしたか判らねえが、藤吉と金蔵は牢内にいる時から仲が好かったから、この二人は繋がっているかも知れねえと云うことです。松之助の申し立てによると、金蔵はこんなことを云っていたそうです。おれは江戸に恨みのある奴があるから、そいつに意趣返しをした上でなけりゃあ高飛びは出来ねえと……」

「意趣返しをする」

「それがね、親分」と、松吉はささやいた。「どうも三甚を狙っているらしいのです。金蔵は妙なところへ見得みえを張る奴で、三甚のような小僧ッ子に召捕られたのは、おれの顔にかかわるとか、おれの名折れになるとか云って、むやみに口惜くやしがっているのだそうで……。牢抜けをする以上、どうで命はねえに決まっているから、恨みのある三甚を殺ばらして置いて、それから高飛びをする料簡じゃあねえかと思うのですが……。そうなると、三甚もいい面つらの皮です」

「悪党らしくもねえ、未練な奴だな」と、半七は舌打ちした。「そう聞くと、さつきの女房の話も嘘じゃああるめえ。金蔵に似た奴が西の久保の切通し辺をうろ付いているのを見た者があるそうだ」

「藤吉も一緒でしょうか」

「それは判らねえが、ひょっとすると藤吉に助太刀をたのんで、何をするか判らねえ。三甚も如才じょさいなく用心しているだろうが、飛んだ奴に魅みこまれたものだ」

半七も多寡たかをくくっていられなくなった。捕り手に逆恨さかうらみをするなどは悪党らしくない奴だとは思ったが、相手が恨むと云う以上、それをどうすることも出来ない。しかしそれを逆に利用して金蔵を手元へおびき寄せ、藤吉ぐるめに召捕るという手だてが無いでもない。

「おれが出しゃばるのも好くねえが、年の若けえ三甚だけじゃあ何だか不安心だ。あしたは芝口へ出かけて行って、なんとか知恵を貸してやろう。ここでうまく金蔵を召捕りゃあ三甚も二度の手柄になるというものだ」

三

その明くる朝は雨も止んだが、まだ降り足らないような空模様であるので、半七は邪魔になる雨傘を持って芝口へ出向いた。

三甚の家は江戸屋という絵草紙屋の横町の左側で、前には井戸がある。その格子をあけて案内を乞うと、内から若い子分が出て来た。こちらではその子分の顔を識らなかったが、相手は半七を見識っていて丁寧に挨拶した。

「三河町さんでございますか。まあ、どうぞこちらへ」

「親分は内かえ」

「へえ」と、子分はあいまいに答えた。

その応対の声を聞いて、またひとりの子分が出て来た。それは石松といって、半七の家へも二、三度は顔を見せた男であった。

「親分にちょいと逢いてえのだが……」と、半七はかさねて云った。

「へえ」と、石松もなんだかあいまいな返事をして、若い子分と顔をみあわせていた。

「留守かえ」

「へえ」

「どこへ出かけた。御用かえ」

「いいえ」

なにを訊いてもぬらりくらりとしているので、半七は入口に腰をおろした。

「おめえ達も知っているだろうが、先月の二十三日に牢抜けをした奴がある。その事について少し話してえのだが、親分が留守じゃあ仕様がねえ。いつごろ帰るか判らねえかね」

「へえ。実は町内の人に誘われまして……」と、石松はもじもじしながら云った。「講中こうちゅうと一緒に身延みのぶへ御参詣にまいりました」

「成程ここは法華ほっけだね。身延まいりは御信心だ。そうして、いつ立ったのだね」

「きのうの朝、立ちました」

「それじゃあすぐには帰るめえ」

「帰りは富士川下りだと云っていました」

「ことしの正月に、石町の金蔵を捕りに行ったのは、誰だね」と、半七は訊いた。

「あのときに親分と一緒に行ったのは、駒吉とわたくしです」と、石松は答えた。

「金蔵というのはどんな奴だ」

「三十二、三で色のあさ黒い、痩せぎすな奴です。屋根の上の商売をしていただけに、身の軽い奴だそうで、番屋に連れて行かれた時にも、おれは酔っていたから手めえ達につかまったのだ。屋根の上へ一度飛びあがりゃあ、それからそれへと屋根づたいに江戸じゅうを逃げて見せるなんて、大きなことを云っていました」

その捕物の前後の話などを聞いて、半七は一旦ここを出ると、傘はいよいよお荷物になって、薄い月影が洩れて来た。ここまで来たついでに神明前をたずねてみようと、彼は雨あがりのぬかるみを踏んで、さつきの門口かどぐちへ行き着くと、小さい暖簾をかけた店の右側に帳場がある。その前に腰をかけていた男が立ち上がった。

「じゃあ、どうしてもいけねえと云うのかえ」

内の返事はきこえなかったが、男は嚇おどすように云った。

「じゃあ仕方がねえ、この先き、何事が起こっても俺あ知らねえ。その時になって恨みなさんな」

暖簾をくぐって出る男の前に、半七は立ち塞がった。

「兄い。ちょいと待ってくれ」

「誰だ、おめえは……」と、男は眼を三角にして半七を睨んだ。

「おめえは千次さんじゃあねえか」

「ひとの名を訊く前に、自分の名を云え。それが礼儀だ」

「礼儀咎めをされちゃあ名乗らねえわけにも行かねえ。わっしは三河町の半七だ」

半七と聞いて、男は俄かに顔の色をやわらげた。彼は衣紋えもんを直しながらおとなしく挨拶した。

「やあ、三河町の親分でしたか。お見それ申して、飛んだ失礼をいたしました。わっしは神明の千次でごぜえます」

「そうらしいと思った。まあ、こっちへ来てくれ」

半七は彼を引っ張って、五、六間さきの質屋の土蔵の前へ連れ出した。千次はなんだか落ち着かないような顔をしていたが、それでも素直に付いて来た。

「今聞いていりゃあ、おめえはさつきの帳場で何だか大きな声をしていたじゃあねえか。喧嘩でもしたのかえ」

「おまえさんに聞かれるとは知らねえで……」と、千次は頭をかいた。「どうかまあお聞き流しを願います」

彼がどんなことを云っていたのか、半七は実は知らないのであるが、いい加減にばつをあわせて云った。

「むむ、どうもおめえの方がよくねえようだな」

「相済みません。どうぞ御勘弁を願います」と、千次は又あやまった。

見たところ彼はそれほど悪党でもなく、所詮しょせんは地廻りの遊び人に過ぎないらしい。半七は笑いながら云った。

「ただ御勘弁と云っても、むむ、そうかとばかりも云っていられねえ。どうも此の頃はおめえの評判がよくねえからな。ともかくもそこらの番屋まで来て貰おうか」

嚇されて、千次はいよいよ慌てた。

「親分、いけねえ。番屋へ連れて行って、どうするのです」

「どうするものか。都合によっちゃあ帰さねえかも知れねえ」

「わっしは悪い事をしやあしません。これでもお上の御用を勤めたこともあるので……」

「御用を勤めたというのは、石町の金蔵を指したことを云うのか」と、半七はまた笑った。「それはおれも知っているが、今あのさつきへ行って何を云ったのだ。おれはみんな知っているぞ」

「恐れ入りました」

「恐れ入ったら、もう一度ここで正直に云え。さもなけりゃ番屋へ連れて行って云わせるぞ」

多寡が近所の矢場や小料理屋を忌いやがらせて、幾らかの飲代のみしろをせびっているに過ぎない千次は、もとより度胸のある奴ではなかった。半七に嚇されて、彼は素直に白状した。彼も金蔵の破牢におびやかされた一人で、万一金蔵が自分の密告をさとって、その仕返しに来られては大変であると思って、ひとまず品川辺の友人のところへ身を隠したが、忽ち煙草銭にも困るような始末になったので、きょうはこっそりと神明へ帰って来て、馴染の家へ無心に廻ることにした。そのなかでも、このさつきは金蔵の一件に関係があるので、第一にここを目ざして来ると、帳場の女房に手強てごわくことわられた。彼も癪にさわって、そんなら俺にも料簡がある、なにもかも金蔵にぶちまけて、ここの家へ仕返しによこすからそう思えと、嚇し文句を残して出て来た。

おそらく女房もおどろいて、あとから呼び戻すだろうと思いのほか、相手は平気ですましているらしく、自分が却って半七に捉まったのである。よくよく運の悪い彼は、ただ恐れ入って謝あやまるのほかはなかった。

「そこで、おめえは金蔵の居どころを知っているのか」と、半七は疑うように訊いた。

「実は、その……」と、千次は再び頭をかいた。金蔵を仕返しによこすなどと云ったのは当座のでたらめで、彼も実は金蔵のありかを知らないと云った。

「三甚が身延まいりに行ったというのは、本当か」と、半七はまた訊いた。

「いや、嘘だと思います」と、千次はすぐに答えた。「わっしも今朝から訊いて歩いたのですが、ここらの講中で身延へ行った者はありません。三甚も身延へ行ったなんて、どっかに隠れているのだろうと思います」

「なぜ隠れているのだ」

「親分の前ですが、二代目の三甚は気の弱い方ですから、金蔵が出て来たのを聞いて、まあ差しあたりは姿を隠したのだろうと思います。さつきの女房がひどく気を揉んでいたそうですから、その入れ知恵でどっかに隠れたのでしょう。その証拠には、さつきの娘も此の頃は家うちにいねえと云うことです」

「馬鹿を云え」と、半七はわざと叱り付けた。「いくら年が若くっても、三甚はお上の御用聞きだ。牢ぬけを怖がって、逃げ隠れをする奴があるものか」

「へえ」と、千次はよんどころなしに口をつぐんだ。

「世間へ行って、そんなでたらめを吹聴ふいちょうすると承知しねえぞ。おれたちの顔にもかかわることだ」

「へえ」と、千次はいよいよ恐れ入った。

「だが、千次」と、半七は声をやわらげた。「三甚のことはともかくも、牢抜けの金蔵は人相書のまわったお尋ね者だ。おれもこれから踏み込んで探索をしなけりゃあならねえ。何か聞き込んだら教えてくれ。そこらで一杯飲ませるのだが、おれは急ぎの用があるから、まあこれで勘弁して貰おう。骨折り賃は別に出すよ」

さしあたり二歩ぶの金を貰って、千次はよろこんだ。彼は「済みません、済みません」を繰り返して、これからひと働きすると約束して別れた。骨折り賃を貰うばかりでなく、半七らの用を勤めて置けば、後日ごにちに何かの便利がある。千次はこれを御縁に、何分お引き立てを願いますなどと云っていた。

千次に別れて、半七はさつきの門口かどぐちへ引っ返すと、女房のお力は暖簾のあいだから不安らしく表を覗いていた。

四

表向きは千次を叱ったものの、三甚の身延まいりは少し怪しいと半七も思った。さつきへ行ってお力を詮議すると、果たして彼女の指尺さしがねで、甚五郎は姿を隠したのである。役目の手前、そんなことは出来ないと、甚五郎も一旦は断わったが、おふくろには勧められ、娘には口説かれて、気の弱い彼は金蔵一件の片付くまで姿を隠すことになったのである。それを聞いて、半七は舌打ちをした。

「困る事をさせるじゃあねえか。そんなことが八丁堀の旦那衆に知れてみろ。三甚は株を摺ってしまうぜ。子分たちも揃っていながら、何のことだ。そうして、どこへ行っているのだ」

「実は、高田馬場の近所へ……」と、お力は答えた。「白井屋という小料理屋にわたくしの妹が縁付いて居りますので、一時そこへ頼んで置きました」

「娘も一緒かえ」

「はい」

「御用聞きが女をつれて逃げ隠れをしている。飛んだ色男だ」と、半七はまた舌打ちした。「そんなことが長引いていると、三甚の為にならねえ。早く埒を明けてしまいてえものだ」

「何分よろしく願います」

ここで女房を叱ったところで、どうにもならないので、半七は怱々にここを出た。それから京橋へ用達しに廻って、七ツ(午後四時)頃に神田の家へ帰ると、やがて善八が来て、牢抜けが又ひとり挙げられたと報告した。それは矢場村無宿の勝五郎で、小石川蓮華坂の裏長屋に忍んでいたのである。これで惣吉、松之助、勝五郎の三人は召捕られ、残るは兼吉、藤吉、金蔵の三人である。兼吉と藤吉はともあれ、金蔵のありかが知れない限りは、半七も肩抜けにならないように思われた。『正雪の絵馬』も埒が明かない。『吉良の脇指』も片付かない。そこへ又この一件が湧いて来たので、物に馴れている半七も少しうっとうしくなって来た。他人ひとと手柄を争って金蔵を召捕るにも及ばないが、それが長引いて三甚の迷惑をかもすのも可哀そうである。科人の仕返しを恐れて、女と一緒に逃げ隠れるとは、江戸の御用聞きの面汚つらよごしであると、頭から叱ってしまえばそれ迄であるが、先代の世話になった義理を思えば、なんとか彼を救ってやらなければならない。まず甚五郎に理解を加えて、芝口の自宅へ戻るように勧めなければならない。

こう思って、半七はその翌日、高田馬場へ出向いた。きょうは朝から晴れて暑くなったが、ここらに多い植木屋の庭が見渡すかぎり青葉に埋められているのを、半七はこころよく眺めた。馬場に近いところには、小料理屋や掛茶屋がある。流れの早い小川を前にして、入口に小さい藤棚を吊ってあるのが白井屋と知られたので、半七は構わずに店にはいると、若い女中が奥の小座敷へ案内した。

「おかみさんはいるかえ」

「おかみさんは鬼子母神きしもじんさまへお詣りに行きました」

それでは御亭主を呼んでくれと云うと、三十七、八の男が出て来た。

「いらっしゃいまし。俄か天気でお暑くなりました」と、彼は丁寧に挨拶した。

「早速だが、わたしは神明前のさつきから教えられて来たのだが……」

「はい」と、亭主は半七の顔をじっと視た。

「こっちにさつきの娘のお浜さんが来ているだろうね」

「いいえ」

「芝口の三甚の若親分が来ているだろうね」

「いいえ」

「隠しちゃあいけねえ。神明前のお力さんから頼まれて、確かにここの家うちにあずかってある筈だが……。隠さねえで、教えておくんなせえ」

「おまえさんのお名前は……」

「わたしは神田三河町の半七という者だ」

「折角でございますが、手前方には誰も預かって居りませんので」

「ここは白井屋だろう」

「左様でございます」

「さつきの親類だろう」

「左様でございます」

「娘も三甚もここへは来ていねえと云うのだね」

「はい」

「いけねえな」と、半七も焦じれ出した。「わたしも三甚と同商売で、お上の御用を聞いている者だ。三甚に少し話したい事があって来たのだから、早く逢わせてくんねえ」

亭主はまだ躊躇しているらしいので、半七は畳みかけて云った。

「おれが斯うして身分を明かしても、おめえは飽くまでも隠し立てをするのか。おれもここまでわざわざ踏み出して来た以上、おめえ達に化かされて素直に帰るのじゃねえ。家探しをしても三甚に逢って行くから、そう思ってくれ」

半七の声が少し高くなった時、女中のひとりが来て、亭主を縁側へ呼び出した。ちょっと御免くださいと会釈えしゃくして、亭主は怱々に出て行ったが、やがて女中と一緒に帳場の方へ立ち去った。

それと入れ違いに、ほかの女中が酒肴の膳を運んで来た。

「旦那は唯今すぐに参ります」

彼女も逃げるように立ち去った。亭主も一旦はシラを切ったものの、やがて三甚を連れて来るのであろうと想像しながら、手酌でぼんやり飲んでいると、そこらの森では早い蝉の声がきこえた。

それから小半時を過ぎたかと思われるのに、亭主は再び顔を見せなかった。女中も寄り付かなかった。一本の徳利はとうに空からになってしまったが、誰も換えに来る者もなかった。半七はたまりかねて手を鳴らしたが、誰も返事をしなかった。人質ひとじちに取られたような形で、半七はただ詰まらなく坐っていた。

出入りの多い客商売であるから、人目ひとめに付くのをおそれて、娘と三甚をほかの家にかくまってあるのかも知れないと、半七は考えた。それを呼び出して来るので、少し暇取るのであろうから、野暮やぼに催促するのも好くないと諦めて、彼は根こんよく待っているうちに、庭の池で鯉の跳ねる音がきこえた。ここらの習いで、かなりに広い庭には池を掘って、汀みぎわには菖蒲あやめなどが栽うえてあった。青い芒すすきも相当に伸びていた。

退屈凌ぎに庭下駄を突っかけて、半七は池のほとりに降り立った。大きい柳に倚よりかかって、何心なく水の上をながめている時、誰か抜き足をして忍んで来るような気配を感じたので、油断のない彼はすぐに見かえると、人の背ほどに高い躑躅つつじのかげから、一人の男が不意に飛んで出て半七の腕を捉えた。

「御用だ。神妙にしろ」

半七はおどろいた。

「おい、いけねえ。人違げえだ」

云ううちに又ひとりが現われて、これも半七に組み付いた。

「違うよ、違うよ」と、半七はまた呶鳴った。

「なにを云やあがる。御用だ、御用だ」

二人は無二無三に半七を捩ねじ伏せようとするのである。もう云い訳をしている暇もないので、半七は迷惑ながら相手になるのほかはなかった。それでも続けてまた呶鳴った。

「おい、違うよ、違うよ。おれは半七だ、三河町の半七だ」

「ふざけるな。人相書がちゃんと廻っているのだ」と、二人は承知しなかった。

ひとりに頭髻たぶさをつかまれ、一人に袖をつかまれて、半七もさんざんの体ていになった。おとなしく縛られた方が無事であると知りながら、一杯機嫌の半七は癪にさわって相手をなぐり付けた。手向いをする以上は、相手はいよいよ容赦しない。一人は半七のふところへはいって、うしろの柳の木へぐいぐいと押し付けた。一人は早縄を半七の手首にかけた。

「馬鹿野郎、明きめくら……。人違げえを知らねえか」

いくら呶鳴っても、相手は肯きかない。店の方からも加勢として、亭主や料理番や、近所の男らしいのが五、六人駈け集まって来た。こうなっては所詮かなわない。三河町の半七、多勢に押さえ付けられて、とうとうお縄を頂戴した。

「ざまあ見やがれ」と、男のひとりは勝ち誇るように云った。

「おれたちに汗を掻かせやがって……。この野郎、引っぱたくから、そう思え」と、他のひとりも罵った。

引っぱたかれては堪らないので、半七も素直にあやまった。

「まあ、堪忍してくれ。神妙にするよ」

「そんなら、なぜ始めから神妙にしねえ。どうで首のねえ奴だ。生きているうちに、ちっと痛てえ思いをして置け」と、一人がまた罵った。

「首のねえ奴……。一体おれを誰だと思っているのだ」

「知れたことだ。石町無宿の金蔵よ」

半七は呆気あっけに取られたが、やがてにやにやと笑い出した。

五

半七を縛ったのは、ここらを縄張りにしている戸塚の市蔵の子分らであった。神田と戸塚と距はなれていても、古参の子分ならば半七の顔を見識っているのであったが、あいにく古参の連中は居合わさず、駈け出しの若い者ばかりが飛んで来たので、こんな間違いが出来しゅったいしたのであった。

さつきの女房の云った通り、この白井屋ではお浜と甚五郎を預かっていたのであるが、きのうの夕方、戸塚の市蔵の子分が来て、牢抜けの金蔵が此の頃ここらに立ち廻っているという噂がある。ここの家は客商売であるから、金蔵のような奴がはいり込まないとは限らない。それらしい奴を見たらばすぐに内通しろと云って、彼の人相書を見せて行った。それを聞いて、白井屋では心配した。

金蔵はなんの為にここらを徘徊しているのか。もし三甚のあとを尾つけて来たのならば、大いに警戒しなければならないと云うので、さらに甚五郎らを近所の植木屋に忍ばせると、その翌日、あたかも半七がたずねて来たのである。こんにちと違って、その頃の高田あたりは江戸の田舎であるから、半七の名も知らず、顔も識らない。その半七が頻りに三甚らの詮議をするので、白井屋の亭主は一種のうたがいを起こした。殊に金蔵がここらに立ち廻るという噂を聞いている矢先きであるだけに、金蔵がいい加減の名を騙かたってここへ押し掛けて来たのではないかと疑ったのである。

もう一つ、間違いの種となったのは、半七と金蔵とが年頃といい、人相や格好までが可なりに似通っていることであった。その時代の人相書などは極めて不完全なものであるから、疑いの眼をもって見れば、鷺を烏と見誤るようなことが無いとは云えなかった。雑司ヶ谷から帰って来た白井屋の女房は、遠目とおめに半七をうかがって一途いちずにそう信じた。亭主も同じ疑いを懐いだいていたので、夫婦は相談の上で戸塚の市蔵に密告した。

市蔵がすぐに出て来れば、もちろん何の間違いも起こらなかったのであるが、市蔵も留守、古参の子分も留守、そこに居合わせた若い子分二人があっぱれの功名手柄をあらわすつもりで、すぐに駈けつけて来た。相手は牢抜けの大物であると云うので、場馴れない彼等は少しく逆上のぼせ気味で、なんの詮議もなしに召捕ろうとしたのである。科人が人違いと誤魔化すのは珍らしくないので、いかに半七が人違いと呶鳴っても、彼等は耳にもかけずに押さえ付けたのである。

数ある捕物のうちには、人違いの仕損じもしばしばある。しかも同商売の岡っ引を縛って勝鬨かちどきを揚げていたのは、戸塚の子分らの大失敗であった。やがて駈けつけて来た市蔵は、半七の顔を見てびっくりした。

「馬鹿野郎」と、彼は子分を叱りつけた。「飛んだ事をしやがる。早く縄を解け」

半七の縄はすぐに解かれた。事の仔細が判明して、子分らは閉口した。白井屋の夫婦も縮みあがった。

「三河町にゃあ何とあやまっていいか判らねえ」と、市蔵もひどく恐縮していた。「こんなぼんくら野郎を叱ってみても追っ付かねえ。まあ、高田馬場の狐につままれたと思って料簡りょうけんしておくんなせえ」

「それもこれも商売に身を入れるからの事だ。あんまり叱らねえがいい」

ばかばかしいとは思いながら、半七も仲間同士の義理として、先ずそう云うのほかはなかった。市蔵は子分らを散々あやまらせて、それから近所の髪結いを呼んで、半七の髪を結い直させた。白井屋も恐れ入って、あらん限りの肴を運び出して来た。一座は打ち解けて、笑い声が高くなった。そのうちに、市蔵は少しくまじめになって云い出した。

「この野郎共がのぼせるのも、まんざら理窟がねえ訳でもねえので……。石町の金蔵はどうもこの辺に立ち廻っているらしい。と云うのは、ここらに遊んでいる本助という奴が早稲田の下馬地蔵の前を通りかかると、摺れ違った男がある。むこうは顔をそむけて怱々に行き過ぎてしまったが、確かに金蔵に相違ねえと云う。なにぶん聞き捨てにもならねえので、きのうから手配りをしていると、その最中にお前さんが出て来たので、飛んでもねえ大しくじりをやったわけだが……。金蔵の奴、なんでここらをうろ付いているのか、それが判らねえ。今まで調べたところじゃあ、ここらに身寄りもねえらしい」

「成程、わからねえな」

半七はいい加減に調子を合わせていたが、この話の様子では、金蔵は執念ぶかく三甚を付け狙っているらしくも思われた。市蔵はその事情を知らないようであるから、何かの心得のために話して聞かそうと思ったが、それを云えば三甚の器量を下げることになる。若い者に恥をかかせるのも可哀そうだと思って、半七は黙っていた。

たんとも飲まない半七は、好い頃に座を起とうと思ったが、市蔵が如才なく引き留めて帰さないので、とうとうここに小半日も居据わってしまった。市蔵は子分に送らせると云ったが、まだ明るいので半七は断わって出た。

出るときに、白井屋の亭主を呼んで、半七は小声で三甚の隠れ家を訊くと、今度は亭主も安心して正直に教えた。お浜と甚五郎はここから一丁ほども距れた植木屋新兵衛という者の家に忍んでいるのであった。

馬場に近いところには町屋まちやも続いているが、それが切れると一面の田畑である。そこらには蛙の声がみだれてきこえた。夏の日が落ちても、あたりはまだ薄明るい。半七は迷うことも無しに、植新の門口かどぐちへ行き着いた。

門に大きい柳が立っている。それを目じるしに立ち寄ろうとして、半七は俄かに立ちどまった。どこから出て来たか知らないが、自分と同じ年頃らしい一人の男がひと足さきに来て、その門口に突っ立っているのであった。ここらの植木屋は厳重に垣を結わないで、表が植木溜めになっているのが多い。半七はその植木溜めの八つ手の葉かげに隠れて、男の挙動をうかがっていると、彼はしばらく内を覗いていたが、やがて柳の下をくぐってはいった。半七も抜き足をして其のあとを尾つけた。

唯の家と違って、こういう時には植木屋は都合がいい。半七はそこらに雑然と植えてある立ち木のかげに隠れながら、男のあとに付いてゆくと、彼は入口の土間に立って声をかけた。

「ごめんなさい」

「はい、はい」

内からは女房らしい女が出て来た。

「こっちに芝口の三甚が来ているね」と、男は馴れなれしく云った。

「いいえ」

「隠しちゃあいけねえ」と、男は笑った。「ちょいと三甚に逢わせてくれ。おれは三河町の半七だ」

半七はおどろいた。それと同時に、この偽者にせものの正体も大かたは判った。半七は息を殺して窺っていると、偽の半七は又云った。

「三甚は神明前のさつきの娘と一緒にここに来ているだろう。それまで知っているのだから、胡乱うろんの者じゃあねえ。三河町の半七といえば、三甚もよく知っている筈だ、ちょいと呼んでくれ」

女房がまだ躊躇しているので、男は焦れ出した。

「まだ判らねえのか。おれは半七だよ。三河町の半七だよ」

「うるせえな。半七はここにいるよ」と、半七は男の前にずっと出た。

男はぎょっとして半七を見かえったが、彼もさすがに眼がはやい。たちまちに身をひるがえして、そこらの植木溜めの中へ飛び込んだかと思うと、枝をくぐり、葉をかき分けて、飛鳥のごとく表へ逃げ出した。半七もつづいて追って出たが、もう其の頃は往来もだんだんに薄暗くなっていた。

こういう場合、ただ黙って追うよりも、声をかける方が相手の胆きもをひしぐことになる。半七はうしろから呶鳴った。

「石町の金蔵、待て。半七の眼にはいった以上は逃がさねえぞ」

日が暮れると、ここらに往来は少ない。逃げる者は路をえらばず、田や畑のあいだをぐるぐると逃げまわって、穴八幡の近所へ来た頃には、あたりは全く暮れ切った。男は暗い女坂を逃げのぼるので、半七も根こんよく追って行ったが、坂上の手水鉢ちょうずばちのあたりで遂にその姿を見失った。

こうと知ったら、市蔵の子分に送らせて来ればよかったと、今さら悔んでももう遅い。きょうは半七に取って、暦こよみの善い日ではなかった。そこらの大樹の上で、彼を笑うような梟ふくろうの声がきこえた。

六

「器量の悪い話をいつまで続けても仕方がありますまい。もうここらで御免を蒙りましょうか」と、半七老人は笑った。

「でも、ここまでじゃあ話が判りません」と、わたしは云った。「そこで、その金蔵はどうなりました」

「わたくしは穴八幡からすぐに戸塚の市蔵のところへ行って、植新へ立ち廻った奴は金蔵に相違ないと知らせると、それと云うので市蔵をはじめ、子分総出で探索にかかったのですが、金蔵のゆくえはどうしても知れないので、みんなむなしく引き揚げました。わたくしも係り合いですから、その晩は市蔵の家の厄介になって明くる朝ふたたび植新へたずねて行くと、三甚もお浜ももう居ないのです」

「どこへ行ったんです」

「一旦は白井屋から植新へ預けられたのですが、そこへ金蔵が押し掛けて行ったので、植新でも驚く、白井屋でも心配する、お浜は泣いて騒ぐ。そこで又、三甚とお浜を四つ家町の伊丹屋という酒屋へ預けることになりました。ここも白井屋の親類だそうです。三甚も気が弱いに相違ありませんが、なにしろお浜が心配して、気違いのように騒ぐので、それに引き摺られて逃げ廻ることにもなったのです。わたくしも忙がしい体で、三甚のあとを追い廻してばかりもいられませんから、もう思い切って神田へ帰りましたが、あとで聞くと、いや、どうも大変で……」

「なにが大変で……」

「なにがと云って……」と、老人は笑い出した。「その伊丹屋の近所へも金蔵らしい奴が立ち廻ったと云うので、三甚とお浜は四つ家町を立ち退いて、今度は板橋へ行く。その板橋へも金蔵が来たと云うので、今度はまた練馬へ行く。そこが又いけないと云って、今度は三河嶋へ行く。まるで大根か漬菜つけなでも仕入れて歩いているような始末で、まったく大笑いです。つまり疑心暗鬼ぎしんあんきとかいう譬えの通りで、怖いと思っているから、少し怪しい奴が立ち廻ると、それが金蔵らしく思われるのです。なにしろ小ひと月のあいだに、高田馬場から四つ家町、板橋、練馬、三河嶋を逃げまわって、松戸の宿しゅくまで行ったときに、金蔵が召捕られて先ず安心ということになりました。あははは。科人の逃げ廻るのは珍らしくないが、岡っ引がこれだけ逃げ廻るのは前代未聞で、二代目の三甚、いいお笑いぐさになってしまいました」

「そうでしょうね」と、わたしも笑った。「その金蔵はどこで挙げられたんです」

「いや、それに就いては三甚ばかりを笑ってもいられません。わたくしもお笑いぐさのお仲間入りで……。今もお話し申す通り、植新へ押し掛けて行った奴を一途いちずに金蔵と思い込んで、わたくしは一生懸命に追っかけましたが、実はそれも人違いでした」

「金蔵じゃあ無かったんですか」

「金蔵じゃあありませんでした」と、老人はまた笑った。「まあ、お聴きなさい。五月の末になって、例の神明の千次がわたくしの所へ来まして、金蔵は王子稲荷のそばの門蔵という古鉄買ふるかねかいの家に隠れていると注進しました。そこで、念のために善八を見せにやると、門蔵というのは古鉄買は表向きで、実は賍品買けいずかいと判りました。唯ここに不思議なことは、金蔵は右の足に踏み抜きをして、それがだんだんに膿うんで来て、ひと足も外へ出られないと云うのです。その金蔵がわたくしの名を騙かたって、植新へ押し掛けて行ったばかりか、びっこも引かずに逃げ廻っていたのは、どういうわけだか判らないが、ともかくも召捕れというので、わたくしが善八と松吉を連れて行くと、金蔵はまったく動かれないで寝ていたので、難なく引き挙げられました。こいつは伝馬町の牢屋をぬけ出して、まだ一丁も行かないうちに、折れ釘を踏んで右の足の裏を痛めたので、遠いところへ行くことが出来ない。ほかの者とは分かれわかれになって、京都無宿の藤吉に介抱されながら、ひとまず王子の門蔵の家へころげ込むと、その晩から踏み抜きの傷がひどく痛み出した。といって、表向きに医者を頼むわけにも行かないので、買い薬などをして塗っていたが、だんだんに膿んで来て身動きも出来なくなってしまったのです。したがって、金蔵は牢ぬけ以来、一度も表へ出たことは無いのです」

「それじゃあ高田へ行ったのは……。藤吉ですか」

「そうです、そうです。藤吉は牢内にいる時から金蔵と仲が良かったのです。一人は上方者かみがたもの、ひとりは江戸っ子ですが、不思議に二人の気が合って、これから一緒に京大阪へ行ってひと稼ぎしようと約束していたので、藤吉は金蔵を捨てても行かれず、そばに付いて看病していたのです。そのあいだに、金蔵が例の三甚の事を云い出して、あんな青二才に縄をかけられたのが残念でならない、行きがけの駄賃にあの野郎を眠らせてやろうと思っていたのに、こうなっちゃあ思いが達とどかねえと愚痴をこぼした。藤吉はそれを聞いて、兄弟分のよしみに、おれが名代みょうだいを勤めてやろうと云うので、こいつが金蔵に代って、三甚を付け狙うことになったのです。

そういうわけで、どっちにしても三甚は狙われていたのですが、その相手は金蔵でなかったのです。前にも申す通り、むかしの人相書などはいい加減なもので、顔に痣あざがあるとか、傷があるとか云うような、いちじるしい特徴があれば格別、その年頃が同様であれば大抵の悪党には当てはまるようなのが多いのです。殊に今度の牢ぬけは一度に六人と云うのですから、牢屋の方でも一々詳しくは書き分けられません。そのなかで丹後村無宿の兼吉が一番の年上で四十三、惣吉と松之助と勝五郎はみんな二十四、五、藤吉が三十二というので、藤吉と金蔵は年頃も似ている上に、人相書もあまり違わないので、とかくに間違いが出来たのです。

もう一つ、誰の考えも同じことで、藤吉は上方の奴だから京大阪へ高飛びしたものと見て、その方へ手をまわして詮議する。金蔵は江戸の奴だから江戸に隠れているだろうと思って詮議するのが普通で、誰も彼も金蔵にばかり眼をつけて、藤吉の方を忘れている。そんなわけで、人相書も当てにはならない。間違えば間違うもので、金蔵が藤吉となり、藤吉が半七となって、わたくしが先ず第一にお縄頂戴……。いくら昔でもこんな間違いはまあ珍らしい方で、わたくしの人相が悪かったと諦めるのほかはありません。

金蔵は強情にシラを切って、藤吉のありかを白状しませんでした。門蔵もなかなか口を割らない。最初は金蔵と一緒に隠れていたが、この頃はどこへか巣を変えたらしいので、わたくし共も手をわけて探索していると、藤吉は千住の深光寺へ押込みにはいりました。寺の納所なっしょたちが銅鑼どらをたたいて騒ぎ立てたので、近所の者も駈けつけて来る。藤吉もあわてて逃げ出したが、暗いので見当が付かず、寺内の大きい池へころげ落ちたところを、大勢に取り押さえられました。惣吉と松之助も板橋の寺をあらして召捕られ、藤吉も千住の寺で押さえられる。これも何かの因縁でしょう。

牢ぬけをしたばかりで、みんな一文無しですから、ただ遊んでもいられないのでしょうが、藤吉は四月末から五月にかけて、近在を六カ所も荒らしていたそうです。その申し立てによると、藤吉は三甚を付け狙って、芝のあたりに立ち廻ったが、どうも機会がない。そのうちに、三甚は身延まいりと称して姿をかくしたので、そのあとを追って高田へ行ったと云うのです」

「三甚が高田へ行ったことを、藤吉がどうして知ったのでしょう」

「本人は自分で探し当てたと云うが、どうも怪しい。まさかに三甚の子分が洩らしたのでもあるまいが、さつきの奉公人か、さもなければ千次の奴がしゃべったに相違ないと見込みを付けて、まず千次を取っ捉まえて調べると、果たしてそうでした。いわゆる内股膏薬で、敵にも付けば味方にも付く。義理人情は構わない、銭になれば何でもする。こういう安っぽい奴に逢っちゃあ堪まりません。藤吉から幾らか貰って、三甚の隠れ家を教えながら、又わたくしの方へ来て金蔵の隠れ家を教える。どうにもこうにも仕様のない野郎で、藤吉と一緒に暗いところへ抛り込んでやろうかと思ったのですが、なにしろ金蔵のありかを密告した功があるので、まあ助けて置いてやりました。

藤吉は高田馬場まで三甚を追って行ったが、そこでわたくしに出逢ったので、これはあぶないと思って、もうそれぎりで止やめたそうですから、その後の三甚は何かの思い違いで、むやみに逃げ廻っていたのでしょう。藤吉が植新へ押し掛けて行って、半七の名を騙かたったのは、千次の奴からわたくしの事を聞いていたからです。藤吉はふところに短刀を呑んでいて、見つけ次第に三甚を突き殺すつもりだったと云いますから、まあ逃げていた方が無事だったかも知れません」

「三甚はその後どうしました」

「こうなっちゃあ旦那方の信用をうしない、仲間の者に顔向けも出来ず、とうとう二代目の株を捨てて、さつきの婿のようになってしまいました。可哀そうに三甚だって、そんなにひどい意気地なしでも無いのですが、そばに女が付いていて、これがむやみに心配して騒ぐので、とうとうこんな事になったのです。女に惚れられるのは恐ろしい。あなた方も気をおつけなさい。あははは」

「そうすると、五人だけは挙げられたわけですが、もう一人はどうしました」

「もう一人は丹後村の兼吉、こいつは年上だけに巧く逃げたと見えて、容易に見付かりませんでしたが、その年の秋に上総かずさの方で挙げられました。昔でも悪い奴が無事に逃げおおせたと云うのは少ないものです。

そこで、このお話ですが……。岡っ引が逃げて、泥坊が追っかける。まことにおかしいようですが、あの廻り燈籠を御覧なさい。いろいろの人間の影がぐるぐる廻っている。あとの人間が前の人間を追っかけているように見えますが、それが絶えず廻っていると、見ようによっては前の人間があとの人間を追っているようにも思われます。人間万事廻り燈籠というのは、こんな理窟かも知れませんね」

底本 / Source edition

底本:「時代推理小説 半七捕物帳(六)」光文社文庫、光文社
1986(昭和61)年12月20日初版1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tat_suki
校正:おのしげひこ
1999年11月19日公開
2004年3月1日修正
青空文庫作成ファイル:
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/000994_000082/

岡本 綺堂「半七捕物帳──64 廻り灯籠」(新字新仮名)、底本『時代推理小説 半七捕物帳(六)』光文社時代小説文庫、光文社、1986年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 000994_000082, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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