Soranoha

鳥

とり

横光 利一

鳥

横光利一

リカ子こはときどき私わたしの顔かおを盗見ぬすみみするように艶つやのある眼めを上あげた。私わたしは彼女かのじょが何なぜそんな顔かおを今日きょうに限かぎってするのか初はじめの間あいだは見当けんとうがつかなかったのだが、それが分わかった頃ころにはもう私わたしは彼女かのじょが私わたしを愛あいしていることを感かんじていた。便利べんりなことには私わたしはリカ子こを彼女かのじょの良人おっとから奪うばおうという気きもなければ彼女かのじょを奪うばう必要ひつようもないことだ。何なぜなら私わたしはリカ子こを彼女かのじょの良人おっとに奪うばわれたのだからである。この不幸ふこうなことが幸さいわいにも今頃いまごろ幸福こうふくな結果けっかになって来きたということは、私わたしにとっては依然いぜんとして不幸ふこうなことになるのであろうかどうか、それは私わたしには分わからない。私わたしはリカ子こ――私わたしの妻つまだったリカ子こをQから奪とられたのはそれは事実じじつだ。しかし、それは私わたしが彼かれにリカ子こを与あたえたのだといえばいえる。それほども私わたしとリカ子ことQとの間あいだには単純たんじゅんな迷まよいを起おこさせる條すじがある。それは世間せけんにありふれたことだと思おもわれるとおりの平凡へいぼんな行状ぎょうじょうだが、ここに私わたしにとっては平凡へいぼんだと思おもえない一点てんがひそんでいるのだ。人ひとは二人ふたりおればまア無事ぶじだが三人にんおれば無事ぶじではなくなる心理しんりの流ながれがそれが無事ぶじにいっているというのは、どこか三人にんの中なかで一人ひとりが素晴すばらしく賢かしこいか誰たれかが馬鹿ばかかのどちらかであろうように、三人にんの中なかでこの場合ばあい私わたしが一番ばん図抜ずぬけて馬鹿ばかなことは確たしかなことだ。Qと私わたしとにいたってはことごとに私わたしの方ほうが馬鹿ばかな成績せいせきを上あげているのだ。もとを洗あらえば私達わたしたち二人ふたり、Qと私わたしとは同年どうねんで同級どうきゅうで専攻科目せんこうかもくさえ同おなじだった所ところへ、同おなじ食客しょっかくとしてリカ子この家いえの上うえと下したとで彼女かのじょを迷まよわせることにかけても同様どうような注意ちゅういを払はらっていたのだ。結晶学けっしょうがくの実習じっしゅうでダイヤモンドの標本ひょうほんを学校がっこうから持もって帰かえり、初はじめてリカ子こに見みせたのが思おもえばこのリカ子このわれわれ二人ふたりに迷まよい出だした初はじめであった。つまり、リカ子この人生じんせいはダイヤモンドから始はじまったのだ。そのとき私達わたしたちはQの部屋へやで今いま私わたしが下したでして来きたダイヤモンドの結晶面けっしょうめんの測定そくていについて話はなしていた。すると、リカ子こは丁度ちょうどお茶ちゃを持もって這入はいって来きていつものように話はなし出だし、そのダイヤモンドはどこの産さんかと質問しつもんした。所ところが、私わたしにはそのダイヤモンドの母岩ぼがんとの関係かんけいとか産出状態さんしゅつじょうたいとか自然性しぜんせいの結晶面けっしょうめんとかは分わかっていても、その少女しょうじょの最もっとも知しりたい平凡へいぼんなことだけは分わからなかった。すると、Qは実じつに私わたしも驚歎きょうたんしたのであるが、直ただちにそれはミナスゲラスだといい切きった。私わたしにはミナスゲラスはどこの国くににあるのかさえも分わからないのに、リカ子こ――漸ようやく女学校じょがっこうを出でかかった彼女かのじょに、分わかろう筈はずもないことをいうQの心理しんりに、初はじめは私わたしとて驚おどろかざるを得えないのだが、しかし、私わたしの驚おどろきは忽たちまち彼かれへの尊敬そんけいの念ねんへ変かわり出だして再ふたたび全まったく別べつの驚おどろきに変かわり出だしたというのは、他ほかでもない。Qは怪あやしい顔かおをしている私わたしの表情ひょうじょうに向むかって投なげつけるように、そのダイヤモンドの母岩ぼがんが礫岩れきがんであり削剥堆積さくはくたいせきの噴出状態ふんしゅつじょうたいの痕跡こんせきを表あらわしている所ところを見みると、オルドウィス紀きの噴出ふんしゅつにちがいなく、母岩ぼがんが礫岩れきがんでオルドウィス紀きの噴出ふんしゅつなら、ミナスゲラス以外いがいにはないではないかといい出だした。私わたしにはミナスゲラスさえ知しらないのにどうしてQがそのミナスゲラスとダイヤモンドとの関係かんけいを知しっているのだろうか、これは全まったく驚おどろく以外いがいにはなくなって、ふと私わたしはリカ子こが傍そばにいることさえ忘わすれてしまい、君きみのいうミナスゲラスとはいったいどこだいと訊きいてみた。すると、Qはこれ以上いじょうリカ子このいる前まえで私わたしに辱はずかしい思おもいをさせるのを慎つつしむかのように黙だまりながら、Minas Geraesと鉛筆えんぴつで書かいてコーヒーだといった。ははあブラジルかと私わたしはいったがもうそのときは遅おそかった。いつも二人ふたりの知識ちしきを比くらべたがる年齢ねんれいのリカ子この前まえでのこの最初さいしょの敗北はいぼくは、人生じんせいの半なかばを敗北はいぼくし続つづけたのと同おなじことだ。私わたしはそれからはこの最初さいしょの敗北はいぼくを取とり返かえそうとして彼かれの下したで一層そう激はげしく勉強べんきょうをし始はじめたのだが、私わたしがすればするほどQも二階かいでそれだけ勉強べんきょうをしているのだ。同おなじ量りょうの勉強べんきょうを二人ふたりがしているとするといつも私わたしの方ほうがはるかに彼かれより勉強べんきょうしないことになっていく。私わたしがランゲを読よめばQはバウエルを読よんでいる。私わたしがフムボルトを読よめば彼かれはローレンツとモアッサンを読よんでいる。私わたしが漸ようやくモアッサンにかかるともう彼かれはウォルフとハッスリンガーにかかっているという状態じょうたいで、夜よの目めも寝ねずに私わたしが勉強べんきょうしたとてとても彼かれには及およぶことが出来できないのだ。何なにが悲かなしいといったとて自分じぶんの敵てきが頭あたまの上うえで自分じぶんとの距離きょりをますます延のばしていくことほど口惜くやしいことはないであろう。しかし、それがあまりにかけ離はなれるともう私わたしはただ彼かれを尊敬そんけいすることだけが専門せんもんになり始はじめた。彼かれにとっては初はじめから私わたしなどは敵てきではないのだ。それを愚おろかしくもこちらが敵てきだと思おもってひとりくよくよしていた自分じぶんの格好かっこうを考かんがえると、私わたしは私自身わたしじしんが気きの毒どくでならなくなった。殊ことにQには彼かれを絶たえず凌駕りょうがしていた敵手てきしゅのAがあったのだ。AとQとはQと私わたしとの場合ばあいにおけるがように何なにかにつけてAの方ほうが上うえになった。Qが凡水論ネプチュニズムにかかっているとAは凡火論ボルカニズムにかかっている。Qが災異論カタストロフィズムにかかっているとAはもうパイエルの進化論しんかろんにかかっているという調子ちょうしがQをますます勉強べんきょうさせていたのである。しかし私わたしはQがAに圧迫あっぱくされているこの状態じょうたいに対たいして復讐ふくしゅうの快感かいかんよりも応援おうえんの快感かいかんを感かんじて鞭むちを打うった。ある日ひの研究報告会けんきゅうほうこくかいでQがAに打うち負まかされたときなどには私わたしは私わたしがQであるかのように萎しおれてしまった。それは丁度ちょうど私わたしがQからミナスゲラスで刺さされたときのように。QはAから岩石学がんせきがくの最大問題さいだいもんだいである岩漿分化がんしょうぶんかと母液ぼえきとの関係かんけいの説明せつめいに這入はいって刺さされ出だしたのだが、Aは突然とつぜん、黒曜石こくようせきの結晶母液けっしょうぼえきとなるべき硅酸けいさんの比重測定ひじゅうそくていの方式ほうしきはダーウィンによって始はじめられたといい出だしたのだ。私わたしは無論むろんのことそこに並ならんでいた者達ものたちと同様どうように今いままでダーウィンを生物学者せいぶつがくしゃだとばかり思おもっていたQにとって、これはあまりに意外いがいであった。もうそうなれば今いままでの問題もんだいであった熔岩中ようがんちゅうの各鉱物かくこうぶつの比重差ひじゅうさと沈澱位置ちんでんいちなどということにかけてはAが最もっともよく知しっているに定きまっているのだ。座ざはそれから次第しだいに結晶学けっしょうがくの法則ほうそくそのままの形かたちをとり始はじめ、その各人かくじんの比重ひじゅうに従したがって沈しずみ出だした。私わたしはQよりはるかに劣おとっている自分じぶんを考かんがえ、そのQよりもはるかに優すぐれたAを考かんがえ、そのAと自分じぶんとの比較ひかくすべくもなき素質そしつの距離きょりを考かんがえると、もう自分じぶんの運命うんめいさえ判然はんぜんとなって眼めの前まえに現あらわれ出だしたのだ。私わたしの頭あたまはそれからいよいよ謙遜けんそんになる一方ぽうであった。Qに対たいしては勿論もちろんのこと、他たの友人ゆうじんや隣人りんじん、長上ちょうじょうや年少ねんしょうの者ものに対たいしてさえも私わたしは頭あたまを上あげることが出来できなくなった。私わたしが神かみのことを考かんがえ出だしたのもつまりはそのときからである。人ひとの肉体にくたいが皆みなそれぞれ尽ことごとく同数どうすうの筋肉きんにくと骨格こっかくとを持もっているにも拘かかわらず、この素質そしつの不均衡ふきんこうは何事なにごとであろうか、と考かんがえたのが神かみへの一歩ぽの私わたしの近ちかづきであった。今いま思おもえば私わたしがこの探索たんさくの方向ほうこうをもったということが、私達わたしたち友人ゆうじんの中なかでの特長とくちょうある素質そしつであったことに気きがつくのだが、そのときはそれが私わたしの友人達ゆうじんたちからの敗北はいぼくの結果けっかだとばかりより思おもえなかった。それ以後いごの私わたしの謙譲けんじょうさは私わたしとQとの間あいだを一層そう親したしく接近せっきんせしめるばかりであった。Qは私わたしにはことごとに助力じょりょくを与あたえ、私わたしの性格せいかくを友人中ゆうじんちゅう並ならぶものもなく高たかいといい、私わたしの頭脳ずのうの速度そくどの遅おそい原因げんいんを過度かどの頭あたまの良よさが常つねに逆ぎゃくに働はたらくがためだと賞ほめ、発見力はっけんりょくや発明力はつめいりょくはQやAの頭あたまの働はたらきにはなく常つねに私わたしの頭あたまの逆廻転力ぎゃくかいてんりょくにあるという。それのみならず彼かれは私わたしとリカ子こを近ちかづけることに喜よろこびを感かんじるかのように彼女かのじょと私わたしとを労いたわるのだ。私わたしはQがそのようにも変かわり始はじめたことについては、それが彼かれの美徳びとくの当然とうぜんの現あらわれだと思おもう以外いがいには感かんじることが出来できなかった。そうして、私わたしとリカ子ことはいつの間まにかQの寛大かんだいさに甘あまえて結婚けっこんする破目はめになった。それは私わたしが彼女かのじょを最初さいしょに誘惑ゆうわくしたのか彼女かのじょに私わたしが誘惑ゆうわくされたのか分わからぬのだが、その時とき家中うちじゅうに誰たれも人ひとがいなかったということが二人ふたりの不幸ふこうの原因げんいんを造つくったのだ。ただ私わたしはそのときいつものように噴火口ふんかこうから拾ひろって来きた粗面岩そめんがんの吹管分析すいかんぶんせきにかかっていると、突然とつぜんリカ子こが私わたしの部屋へやに這入はいって来きてデアテルミイが壊こわれたようだから見みて貰もらいたいという。私わたしは彼女かのじょに何事なにごとかいわれると不思議ふしぎに自分じぶんの勉強べんきょうを投なげ出だす習慣しゅうかんがついていて、投なげ出だした瞬間しゅんかんこれは失敗しまったといつも思おもうのだ。そこへいくとQは勉強べんきょうの時ときとなると誰たれが何なにをいっても横よこを向むくことさえ稀まれである。私わたしは私わたしの勉強べんきょうを投なげ出だしてリカ子この後うしろから従ついていきながらもQの豪えらさを考かんがえさせられてひとり腹立はらだたしささえ感かんじていた。それで私わたしは他人たにんの勉強べんきょうをしているとき教養きょうようある女性じょせいともあろうものが何なぜ邪魔じゃまをするのだと怒おこりながらリカ子この部屋へやへ這入はいっていくと、あなただからこそいつでも何なんでも頼たのめるのだ、デアテルミイのように直接ちょくせつ自分じぶんの皮膚ひふへあてがう機械きかいの狂くるったのを直なおして貰もらうのもあなただからこそではないかという。しかし、私わたしは私わたしで自分じぶんの頭あたまがだんだん悪わるくなるのも君きみが私わたしの頭あたまを使つかうからだ。同おなじ使つかうなら私わたしの頭あたまを引ひき摺ずり上あげるように使つかってくれ、そうでなくとも私わたしの頭あたまは君きみの方ほうへ向むき過すぎて困こまるのだというと、リカ子こは急きゅうに黙だまってしまって私わたしの膝ひざへ頭あたまをつけたまま動うごかない。私わたしは動うごかないリカ子こを上うえから見みていると、私わたしがリカ子こにそういうことをいう資格しかくもないにも拘かかわらずいい出だしたのでリカ子こは困こまって泣ないているのだと思おもい込こんだ。それで私わたしは直すぐ何なにかいい訳わけをしようと思おもい、周章あわてて彼女かのじょを起おこそうとすると、リカ子こはリカ子こで私わたしが彼女かのじょをいよいよ事実的じじつてきに愛あいし出だしたのだと思おもい込こんだと見みえて、ますますぴったり身体からだをひっつけて来きて放はなれない。すると、私わたしの頭あたまは一層そう混乱こんらんを始はじめるばかりで何なにが何なんだか分わからなくなり、時間じかんも場所ばしょも私達わたしたち二人ふたりからだんだんと退しりぞいてしまったのだ。この過失かしつをこれだけだとすると別べつにこの場ばの二人ふたりの行為こういは過失かしつではないのだが、この事件じけんの最もっとも最初さいしょに、二人ふたりの意志いしとは全まったく関係かんけいのないデアテルミイの振動しんどうがリカ子この身体からだを振動しんどうさせていたということが、二人ふたりの運命うんめいをひき裂さく原因げんいんとなって黙々もくもくと横よこたわっていたのである。後あとで気きづいたのだがこのラジオレーヤーと同様どうような機械きかいは私わたしがリカ子この部屋へやへいく前まえから、リカ子こは最早もはやいくらかの腹痛ふくつうを自分じぶんで癒なおすためにかけていたのだ。だから彼女かのじょがその途中とちゅうで機械きかいの狂くるいを直なおそうとして私わたしを呼よびに来きた時ときには、もう彼女かのじょの身体からだは十分ぶん刺戟しげきを受うけて既すでに過失かしつに侵おかされていたのである。しかし、私わたしは彼女かのじょのその時ときの興奮こうふんがただ私わたしの為ためばかりだと長ながい間あいだ思おもっていて、彼女かのじょがその時ときそのようにも私わたしを愛あいした態度たいどの中なかには、機械きかいが恐おそらくその大半たいはんをこっそり占しめていようなどとは思おもっていなかった。私わたしはそれからというもの夜盗やとうのように家人かじんの隙すきを狙ねらうと同時どうじにリカ子こと結婚けっこんする準備じゅんびばかりに急いそぎ出だした。私わたしはそのことをQに話はなして良よいものかどうかと初はじめ暫しばらくの間あいだは迷まよっていたのだが、とうとうそれを切きり出だした。すると、Qは暫しばらく黙だまっていてから私わたしの顔かおを見みて、大丈夫だいじょうぶかと一言ひとこといった。私わたしはQが黙だまっているのはQがリカ子こを愛あいしていたからに違ちがいないと思おもってひやりとしていた所ところなので、Qがそういうと初はじめてQは私わたしの生活せいかつを心配しんぱいしていてくれたが為ために黙だまっていたのだと気きがついた。私わたしはQに感謝かんしゃをし、Qにもいわずリカ子ことそういう状態じょうたいになったのも実じつは君きみが余あまり私わたしを看視かんししていてくれなかったからだというと、それなら看視かんしをしなくて良よかったといってQは笑わらいながら、もしこれから二人ふたりの生活せいかつが困こまれば遠慮えんりょをせずにいうようと迄まで励はげましてくれた。そこで私達わたしたちは結婚けっこんすると同時どうじに私わたしは地質学協会ちしつがくきょうかいに勤つとめQは大学院だいがくいんに残のこるようになった。そうして私達わたしたちはその後ご三年ねんの間あいだ幸福こうふくであった。Qとの穏おだやかな交際こうさいが続つづけられた。私わたしは第だい三紀層きそうの調査ちょうさにかかるとQはますます深ふかく層位学そういがくの方ほうへ這入はいっていった。しかし、このわれわれの交友期間こうゆうきかんの静しずけさは河水かすいを挟はさんで屹立きつりつしている岩石がんせきのようなものであった。水みずは絶たえず流ながれていたのだ。私わたしをも感動かんどうせしめるQの美徳びとくと才能さいのうとは二人ふたりの間あいだを昔むかしから流ながれていたリカ子こにだけ映うつらない筈はずはないのである。間まもなくリカ子この心こころはQの幻想げんそうの為ために日々ひび私わたしを忘わすれ出だした。これをいい換かえると、その最初さいしょに私わたしに身みを与あたえたリカ子この中なかからデアテルミイの効力こうりょくがだんだん影かげを潜ひそめて来始きはじめたのだ。機械きかいと一緒しょになって彼女かのじょを征服せいふくしていた私わたしが機械きかいから去さられると、それに代かわるべき何なにものかを彼女かのじょに与あたえなければならなくなったのだ。しかし、私わたしにはそれが何なにものであるか分わからなかった。初はじめの間あいだは私わたしはリカ子このそれが頭脳ずのうの成長せいちょうだと思おもって忍しのんでいた。所ところが彼女かのじょはだんだん私わたしを突つき除のけるばかりではない。一言ひとことの争あらそいにも彼女かのじょはしまいにQの名なを出だし、独ひとりいる時ときは絶たえず紙かみの上うえへQの名なを書かき、睡眠すいみんの時ときの囈言うわごとにもQの名なを呼よび始はじめた。私わたしは彼女かのじょのそうすることには嫉妬しっとを感かんじないばかりか良人おっとの友人ゆうじんを愛あいすることは最もっとも良人おっとを愛あいする証拠しょうこであり最もっとも気品きひんのある礼譲れいじょうだとさえ思おもっていた。するとリカ子こは私わたしのこの快活かいかつな礼節れいせつに対たいして一層そう彼女かのじょのその礼節れいせつを適用てきようさせ、終しまいにはQは自分じぶんを私わたしが彼女かのじょを愛あいしていたよりも愛あいしていたといい始はじめた。そういわれると私わたしは何なにもいうことが出来できなくなり、リカ子こから考かんがえれば考かんがえようによってはそれに違ちがいないと思おもい出だし、それがしばしば続つづけられると或あるいはそれはそうであったのかもしれないと思おもい、なお彼女かのじょにいわれるとそれほど彼女かのじょのいう所ところを見みてもこれは必かならずQの方ほうが私わたしよりも愛あいしていたのだと思おもうようにまで進すすんで来きた。すると私わたしは結婚けっこんする前まえQに打うちあけた際さいのQの暫しばらくの沈黙ちんもくを思おもい出だした。そのとき私わたしはそれはQが私わたしのことを心配しんぱいしていたからだと喜よろこんだことが実じつは反対はんたいで、Qは悲かなしみのあまり黙だまってしまい、私わたしに気附きづかれたと思おもうやいなや急きゅうに私わたしへの心配しんぱいさを表あらわしたのではないかと思おもうようになった。そう思おもうともう私わたしは俄にわかにリカ子こがそのときから自分じぶんの妻つまだという気きがしなくなった。私わたしの生活せいかつは根柢こんていから逆さかさまになり始はじめた。今いままで私わたしはリカ子こが私わたしを愛あいしていたから結婚けっこんしたのだと思おもっていたのもそれも私わたしだけの考かんがえで、実じつはリカ子こもQを愛あいしており、Qもリカ子こを愛あいしていたのだと分わかってみると、私わたしの狼狽ろうばいの仕方しかたはもう穴あなばかり捜さがして隠かくれることよりなくなり出だした。かつてのQの美徳びとくのためになされた私達わたしたちの結婚けっこんが、これほども私わたしに不幸ふこうを与あたえたことを私わたしは歎なげき続つづけた。結婚けっこんとは負まけたことだと思おもいだしたのもそのときからだ。しかし、私わたしはQがひそかに愛あいしていたリカ子こをQから最初さいしょに奪うばったのだと思おもうと、私わたしよりも日々ひび歎なげき続つづけていたにちがいないQの忍耐にんたいに対たいして、再ふたたび私わたしは今いまの私わたしの小ちいさい忍耐にんたいをもって対立たいりつさせねばならなかった。この奇怪きかいな忍悔にんかいの競争きょうそうの中なかで、リカ子こはますます私わたしと結婚けっこんしたことの後悔こうかいの重おもさのために縮ちぢんで来きた。私わたしは彼女かのじょの日々ひびの容子ようすをもう見みるに忍しのびなかったし、私自身わたしじしんももうそれ以上いじょうこのままの生活せいかつには耐たえることが出来できなくなった。或ある日ひ私わたしは思おもいきってリカ子こにQの所ところへ行ゆくようにとすすめてみた。一度ど人ひとの妻つまになった身みだとはいえ、人ひとの妻つまなどにさせたのはQではないか、しかもおのれの負おうべき石いしを私わたしに負おわしたのだ。私わたしがその石いしを再ふたたびQに返かえしたとて彼かれが私わたしに怒おこることは出来できないであろうと私わたしがいうと、リカ子こは顔かおを赧あからめながら「行ゆく」といった。そこで私わたしはリカ子こをQの家いえの門もんまで送おくってゆきながら、途々みちみち、また私わたしはQとの「忍耐にんたい」の競争きょうそうにおいても彼かれから敗まかされたことに気きがついた。しかし、それからの私わたしひとりの生活せいかつの寂さびしさは彼女かのじょを負おっていた日ひの「忍耐にんたい」とは比くらべものにならなかった。殊ことにときどきリカ子こはひとり私わたしの所ところへ遊あそびに来くるのだ。私わたしはリカ子こに来くるなといっても是非ぜひQが私わたしの所ところへゆけといってきかないという。それならなお来きてはいけないではないかというと、でも私わたしも来きてみたいのだと彼女かのじょはいう。私わたしが来くるなといいQが行ゆけというこの虔つつましやかな美徳びとくの点てんにおいてさえも、猶且なおかつ行ゆけとすすめるQの方ほうが私わたしよりも優すぐれているのだ。美徳びとくの悪徳あくとく、私わたしはリカ子この顔かおを見みせられる度毎たびごとに、私わたしとQとの美徳びとくを押おし合あう悪徳あくとくについて考かんがえずにはいられなかった。しかもリカ子こは私わたしを愛あいしていないにも拘かかわらず、私わたしを憐あわれむ姿すがたに愛情あいじょうの大おおきさをさえ含ふくめなければならぬのだ。私わたしは私わたしでQとリカ子ことから受うけた過去かこの過度かどの恩愛おんあいに対たいしても彼女かのじょのしたいままなる行状ぎょうじょうを赦ゆるしていなければならない。私わたしは彼等かれら二人ふたりのいかなる点てんに怒いかる必要ひつようがあるのだろう。ただ私わたしにとって惨酷ざんこくなのはQとリカ子ことの私わたしを憐あわれむ愛情あいじょうだけだ。それも彼等かれらにとっては私わたしを憐あわれまないより憐あわれむ方ほうが私わたしを尊重そんちょうすることになっているのは分わかっている。しかも、彼等かれらにとって私わたしを憐あわれみ続つづけることはなお一層そうの苦痛くつうを続つづけていることになっているのだ。ここに不用ふようなものが一つある。――私わたしは或ある日ひそれをリカ子こに説明せつめいしてQにいうように彼女かのじょにいった。すると彼女かのじょのいうにはそんな取越苦労とりこしくろうはあなたたちのすることではなくって、私わたしひとりでしていれば良よいのだという。それならもう来きて貰もらわない方ほうが結構けっこうだというと、私わたしはあなたがやはり好すきなんだから仕方しかたがない。もう暫しばらくすっかり嫌きらいになるまで逢あっていてくれと頼たのむのだ。あまりに虫むしが良よく、あまりにそれは勝手かってすぎるではないかと私わたしがいっても、こんなにしたのはそれなら二人ふたりの中うちの誰だれだという。そういわれればそれは矢張やはり私わたしにちがいないのだし、私わたしとても彼女かのじょに逢あわない日ひが続つづくと、その間あいだは殆ほとんどリカ子この幻想げんそうばかりで埋うずまってしまうのだ。これでは困こまる、どうかしようと思おもってもそのうちにわれながら浅あさましくなるほど元気げんきがすっかりなくなってぼんやりする。私わたしはリカ子こに私わたしの寂さびしさを告つげることが出来できないばかりではない。彼女かのじょに逢あうとただ一途ずに彼女かのじょに逢あいたくないことばかりをいわねばならぬのだ。彼女かのじょもそれを知しっていて、私わたしに逢あいに来くると逢あいたくなったとはいわずにQの美点びてんばかりをいうのである。私わたしは彼女かのじょからQの悪口あっこうを聞きくよりも二人ふたりで認みとめた美点びてんをなお持続じぞくさせて喜よろこぶ方ほうが良よいのだが、しかしだんだんQを賞ほめているリカ子この言葉ことばが私わたしの性格せいかくに喜よろこびを与あたえるためだけだと感かんじ出だした。何なにか彼女かのじょのうちには私わたしの思おもっていること以外いがいの新あたらしい変化へんかが起おこっているのではないか。そう私わたしが思おもってから暫しばらくしてからであった。地質学者ちしつがくしゃの雑誌ざっしの上うえで続つづけていたQとAとの介殻類かいがらるいの化石かせきに関かんする論争ろんそうが激はげしくなった。それは私わたしのQを怨うらむ心こころが手伝てつだわなくとも、その豊富ほうふな材料ざいりょうの帰納的きのうてきな整理せいりにおいても推理すいりを貫つらぬく原則げんそくの確実かくじつな使用法しようほうにおいても明あきらかにQの方ほうの負まけであった。終しまいにはQはAから独逸語ドイツごのPerefactenよりFossilの方ほうが化石かせきの意味いみには適当てきとうしているからそれを使つかえ、Fossilはラテン語ごの掘ほり出だすことを意味いみするFossereからの転化てんかで古生物こせいぶつと訳やくする位ぐらいは誰だれでも知しっていることであろうとまでいわれていた。勿論もちろん私わたしはAのこの傲慢ごうまんな態度たいどには腹はらを立たてたがそれより差さし詰づめQの敗北はいぼくには同情どうじょうせざるを得えなかった。定さだめしQは日々にちにち不快ふかいな日ひを続つづけていることであろうと思おもうとその傍そばにいるリカ子この顔色かおいろが眼めに見みえるのだ。彼女かのじょの容子ようすはQの怏々おうおうとして日々にちにちの不快ふかいな心こころの波なみを伝つたえて私わたしへ向むかって打うち寄よせて来きているのだ。私わたしはリカ子こを見みているとQの敗北はいぼくした打撃だげきの度合どあいまでも感かんじることが出来でき始はじめた。しかもリカ子こはQがAよりはるかに劣おとった人物じんぶつだと知しり出だした動揺どうようさえ私わたしは彼女かのじょがQを賞ほめる言葉ことばの裏うらから嗅かぎつけた。私わたしは彼女かのじょの一番ばん嫌きらいな所ところはそこだ。自分じぶんの良人おっとの敗北はいぼくに対たいして動揺どうようする彼女かのじょの新あたらしい醜悪しゅうあくさ、この醜悪しゅうあくさは女おんなの最もっとも野蛮やばんな兇悪きょうあくさにすぎない。しかし、あくまでリカ子このこの兇悪きょうあくさと闘たたかいながら、なお日々にちにち不断ふだんに逞たくましいAに打うち負まかされ続つづけていかねばならぬであろうQの生涯しょうがいを考かんがえると、私わたしはQが一番ばん誰だれよりも悲惨ひさんな男おとこに思おもわれて来きた。もうリカ子ことQの間あいだには恐おそらく陽ひの目めのさすことはないであろう。もしQがリカ子こをAに渡わたさぬ限かぎり。――しかし、Qはそこが私わたしと違ちがっていた。彼かれは自身じしんより弱者じゃくしゃに対たいしてはいくらでも自身じしんを犠牲ぎせいにすることの出来できる善徳ぜんとくを持もつ代かわりに、自身じしんよりも強者きょうしゃに対たいしては死しぬまで身みを引ひくことの出来できない男おとこである。しかもAとQとは、この二人ふたりの闘たたかいならどこまでいってもAが勝かち続つづけるに定きまっているのだ。その度たびにリカ子こがQを軽蔑けいべつするなら、――私わたしはリカ子こをQに返かえしたことは彼かれと彼女かのじょとのためには最大さいだいの悪徳あくとくでさえあったことに気きがついた。私わたしは私わたしの善行ぜんこうだと思おもってしたことが悪行あくぎょうに変かわったとて恐縮きょうしゅくする要ようのないこと位くらいは分わかっていても、それにしてもリカ子こが急きゅうにこの時ときから嫌きらいになったと同時どうじに、私わたしにはますますQが親したわしくなって来きたことも事実じじつである。或ある日ひ私わたしはリカ子こにそれとなく地質学界ちしつがっかいの過去かこの大天才だいてんさいが次つぎ次つぎに現あらわれる新あたらしい天才てんさいに負まかされていった歴史れきしを話はなしてやった。まことに過去かこ一世紀せいきの間あいだに現あらわれた新学説しんがくせつの興亡こうぼうを私わたしが思おもい出だしても、個人こじんの力ちからの限界げんかいの小ちいささを感かんぜざるを得えないのだ。一世せいを風靡ふうびした凡水論ネプチュニズムの主唱者しゅしょうしゃエルナーを顛覆てんぷくさせた凡火論ボルカニズム、その凡火論ボルカニズムの主唱者しゅしょうしゃハットンを顛覆てんぷくさせた災異説カタストロフィズム、その災異説カタストロフィズムの主唱者しゅしょうしゃセヂウィックを破やぶった斉一説ユニフォルミタラニズムのライエルと、そうしてそれらの総すべてを綜合そうごうした進化説ダーウィニズムのダーウィンを思おもえば、私わたしは一個人こじんが他個たこに敗北はいぼくすることはそれは敗北はいぼくすることではなくして神かみへの奉仕ほうしに思おもえてならないのだ。もしそれが敗北はいぼくなら、勝かったものは必かならず誰たれかに負まけねばならぬ。AとQとの闘たたかいもそれは闘たたかいではなくして次つぎに現あらわれる天才てんさいへの贈物おくりものを製造せいぞうしているにすぎないと私わたしがいえば、今いままで黙だまって私わたしの饒舌しゃべっているのを聞きいていたリカ子こは急きゅうに私わたしの胸むねの上うえへ倒たおれて来きた。彼女かのじょのこの感情かんじょうの転向てんこうがもしQと彼女かのじょの上うえに、再ふたたび幸福こうふくをもたらすなら――と私わたしが思おもっていると、それは意外いがいにもリカ子こが私わたしへ転向てんこうして来きたことを示しめしていたのだ。なるほど個人こじんの負まけることが負まけることでないなら、QがAに負まけたのではないごとく私わたしもまたQに負まけたことにはならぬのだ。私わたしの今いままで饒舌しゃべっていたことは誰たれのためでもない私わたしのためだったのだ。リカ子こが私わたしの胸むねの上うえへ倒たおれたのも多分たぶん私わたしが私わたしのためにいったのだと思おもったからでもあったろうが、それにしても彼女かのじょのその行為こういは、私わたしが饒舌しゃべっている間あいだ、彼女かのじょがQのことを考かんがえずに私わたしのことを考かんがえていてくれた証拠しょうこにだけは十分ぶんになっているのだ。復活ふっかつした愛あい――しかし、それは所詮しょせん私わたしが捻向ねじむけたものではないか。私わたしは私わたしとしてもう一度ど彼女かのじょをQへ捻戻ねじもどさねばならぬ。そうおもった私わたしは早速さっそくリカ子こにお前まえはわれわれ二人ふたりで製作せいさくしたQの美徳びとくの使用法しようほうを間違まちがっているのだから、今日きょうから心こころを入いれ変かえてQに慰安いあんを与あたえるよう、それでない限かぎりお前まえには永久えいきゅうに幸福こうふくはもうないのだ、幸福こうふくというものは知識ちしきの上うえには絶対ぜったいにあったためしがなく、ただ自身じしんの頭あたまを下さげて同化どうかすることにあるばかりだというと、いった瞬間しゅんかんまた私わたしはこれもますます私自身わたしじしんのためのみにいっているにすぎないことだと気きがついた。それで私わたしは結局けっきょく私わたしの注告ちゅうこくする言葉ことばは私わたしの心こころの中なかから出でていくにちがいないのだから、私わたしが私わたしのためにいっていると思おもわないで聞きいてくれ、私わたしのいうのは皆みなお前まえのためにいっているので、私わたしのためだと思おもえば私わたしは死しんでもいわぬであろう位くらいのことは長ながい二人ふたりの生活せいかつに対たいして敬意けいいを表ひょうする意味いみでも思おもってくれ、そうでない限かぎり何なんのための二人ふたりの生活せいかつだったのか分わからぬではないかというと、リカ子こは、それはあなたが近頃ちかごろの私わたしについて考かんがえ違ちがいばかりをしているからだという。どういう考かんがえ違ちがいかと聞きくと、あなたは私わたしの行おこないを私わたしの醜みにくい部分ぶぶんからばかりで見みたがり、そのため折角せっかくの良よい部分ぶぶんもあなたの私わたしを愛あいして下くださる心こころのために払はらい落おとしてしまっている。だからもっと私わたしから前まえのように良よい所ところを探さがしてくれ、そうでない限かぎり自分じぶんにはもう幸福こうふくがないとまでいう。私わたしは急きゅうにリカ子こにそんなことをいわしたのはQのどこがいわしめたのかともう一度ど考かんがえたが、私わたしの考かんがえた以上いじょうにはもう考かんがえることが出来できなかった。それで私わたしはお前まえはそれでQを愛あいしているのかと訊きくと、愛あいしてはいるが前まえのようではない、私わたしはやはりあなたの方ほうを愛あいしているのだという、嘘うそにしてもそれは私わたしには喜よろこばしいのだが、どうしてこういうことが喜よろこばしいのかもう私わたしは自分じぶんが分わからなくなって来きた。いやそれよりあれほどもQを慕したいながら出でていったリカ子こが、まだ一年ねんともたたない今頃いまごろどうしてこれほども変かわって来きたのであろう。それは丁度ちょうど私わたしの家うちにいたときの彼女かのじょがデアテルミイの醒さめるに従したがって逃にげ出でたように、Qから逃にげ出だして来始きはじめたのも、Qの中なかに潜ひそんでいた新あたらしいデアテルミイの私わたしが効力こうりょくを失うしない出だして来きたからではなかろうか。私わたしがリカ子こと最初さいしょに結婚けっこんする破目はめになったのも、彼女かのじょの身体からだにデアテルミイが火ひを点つけたからにちがいないのだ。彼女かのじょがQと結婚けっこんしたのも、私わたしがデアテルミイのように彼女かのじょに火ひを点つけていたからにちがいないのだ。そうしていままた彼女かのじょが私わたしへ舞まい戻もどって来始きはじめたのは、Qのデアテルミイが彼女かのじょに火ひを点つけ返かえして来きたのであろう。私わたしはこの女おんながもう嫌きらいだ。出でていけ、畜生ちくしょう、そう私わたしが黙だまって腹はらの中なかで叫さけんでいると、リカ子こは私わたしに考かんがえを与あたえないかのように、急きゅうに今迄いままで慎つつしんで来きたQの悪口あっこうを切きって落おとしたようにいい始はじめた。彼女かのじょのいうにはあなたの悪口あっこうをいう、あなたがあれほどもQをひそかに賞ほめているにも拘かかわらずQはそれが反対はんたいだ。私わたしはQのどこが豪えらいのかこの頃ごろどこからも感かんじることが出来できない。あれは贋物にせもので嘘うそつきで負まけず嫌ぎらいでその癖くせ威張いばることだけが何なにより好すきで、知しっているのは女おんなのことと人ひとを軽蔑けいべつすることだけだという。私わたしは唖然あぜんとして彼女かのじょの顔かおを見みているとリカ子こは笑わらいながらもその笑わらう度たびにだんだん蒼あおざめていきつつ涙なみだを流ながしていい出だすのだ。私わたしは擦すりあったガラスの奥おくでまた別べつのガラスが擦すり合あっているのを見みているようで、どこからどこまでが私わたしの喜よろこぶべき領分りょうぶんかどこでQが蹴けりつけられているのか朦朧もうろうとし始はじめた。するとリカ子こは私わたしの咽喉笛のどぶえに食くいつくように、あなたは馬鹿ばかでお人好ひとよしのように見みえる癖くせに猾ずるくて隅すみに置おけなくて、くよくよしている坊主ぼうずみたいにめそめそしていてそれに説教せっきょうばかりしたがってとやっつけ出だした。このリカ子この暴風ぼうふうのような暴あばれ出だし方かたが今迄いままでQの悪口あっこうを聞きいて不快ふかいになっていた私わたしの心こころを吹ふき払はらった。そればかりではない、私わたしにはリカ子このいっていることがいちいち胸むねに応こたえて来きて、そうだ、そうだと首くびまで調子ちょうしを合あわせて頷うなずくのだ。全まったく私わたしは今いままでQとリカ子ことから賞ほめられすぎて来きたのである。私わたしは賞ほめられれば賞ほめられるままの姿すがたに堅かためられ、ますます不幸ふこうな方向ほうこうへばかり辷すべり込こんで来きていたのだ。その癖くせ心こころは絶たえず反対はんたいの幸福こうふくを望のぞみ、人ひとに勝かつことを心こころがけ、負まけると人ひとの急所きゅうしょを眺ながめて心こころを沈しずめ、あらゆる凡人ぼんじんの長所ちょうしょを持もち、心静こころしずかに悟得ごとくし澄すましたような顔かおをし続つづけてひそかに歎なげき、闘たたかいを好このまず気品きひんを貴とうとんで下劣げれつになり、――私わたしは私自身わたしじしんでまだかまだかと私わたしをやっつけ出だすと、面前めんぜんのリカ子こと一緒しょに兇暴きょうぼうに笑わらい出だした。Qが陰かげでひそかに私わたしの悪口あっこうをいったことが、今いまは私わたしに彼かれへの尊敬そんけいの念ねんを増まさしめるだけとなった。しかし、それにしても私わたしのこの心こころの動うごきは本当ほんとうであろうか。私わたしの物ものの見方みかたは間違まちがいであるとしても、おのれの痛いたさを痛いたさと感かんじて喜よろこぶ人間にんげんは私わたしだけではないであろう。私わたしの豪えらさ、もしそれがあるなら、私わたしは私わたしの弱よわさを強つよさと感かんじないことだけだ。私わたしはリカ子こにいった。お前まえはいつの間まにやら私わたしのびっくりするような女おんなの知識ちしきを探さがして来きたが、それはお前まえがお前まえとQとを滅ほろぼしていく知識ちしきであるだけで、結果けっかは私わたしを一層そう救すくい上あげていくにすぎないのだ。私わたしはお前まえの落おとしていくものをいつも拾ひろってばかりいるのを知しらないのか。お前まえはお前まえの落おとしているものが何なんであるのか知しらないのか。しかし、いくらいってもリカ子こはただ自身じしんの投なげた言葉ことばのために蒼あおざめているだけで、終しまいには私わたしの膝ひざの上うえで泣なきながらもう再ふたたびQの所ところへは戻もどらないといい出だした。私わたしはもう一度ど彼女かのじょをQの所ところへ帰かえすために、また偽いつわりを並ならべて苦心くしんしなければならなかった。彼女かのじょは私わたしを生臭坊主なまぐさぼうずといい、嘘うそつきといい、弱虫よわむしといい、それからなお私わたしの悪口あっこうを探さがすために言葉ことばが詰つまると、私わたしの手首てくびに噛かみついた。私わたしは彼女かのじょを突つき飛とばして、お前まえなんかを愛あいすることは忘わすれているのだ。穢けがらわしい、帰かえれ、といってもリカ子こは再ふたたび私わたしの身体からだに飛とびかかり、あなたは私わたしを愛あいしている。いくら嘘うそをいったって駄目だめだといって私わたしから放はなれない。私わたしは――私わたしはそこで今迄いままで惨憺さんたんたる姿すがたをして漸ようやく崖がけの上うえまで這はい上あがった私わたしを、再ふたたび泥どろの中なかへ突つき落おとしてしまったのだ。リカ子こは私わたしの惨落ざんらくした姿すがたを見みると急きゅうに生いき生いきと子供こどものようになり始はじめた。それは喜よろこぶときの彼女かのじょの癖くせだ、しかし、それより彼女かのじょにひとり置おかれたQはこれからどうするだろう。彼女かのじょとまた一ひとつの生活せいかつを続つづけていかねばならぬ私わたしこそどうすれば良よいのであろう。が、何なにはともあれ先まずその夜よは一度どQの家いえへ帰かえり、来きたければQにその事ことをいって更あらためて来くるようにとリカ子こをなだめて私達わたしたち二人ふたりは外そとへ出でた。外そとへ出でると彼女かのじょは通とおりがかりの神社じんじゃの境内けいだいへ這入はいっていって鈴すずを振ふった。その間あいだ私わたしはひとり門前もんぜんに立たったまま宙ちゅうにぶらりと浮うき上あがっているかのような不安定ふあんていな自分じぶんを感かんじていた。リカ子こは神前しんぜんから戻もどって来くると私わたしにそこの神前しんぜんへいってお辞儀じぎをせよという。私わたしはいやだといった。すると彼女かのじょは私わたしのためにお辞儀じぎをして来きてくれ、私わたしは長ながい間あいだ迷まよい続つづけて漸ようやく本当ほんとうのあなたの有あり難がたさが分わかって来きたのだからそのためにでも一度どだけお辞儀じぎをしてくれるようにという。しかし私わたしはまだ内心ないしん彼女かのじょへの怒いかりが沈しずまっていないのにお辞儀じぎも出来できないのだ。私わたしは黙だまってそのまま行ゆき過すぎようとした。しかしリカ子こは私わたしの腕うでを持もって放はなさない。どうか私わたしのためだ、あなたのような良よい人ひとを困こまらせ続つづけた自分じぶんを思おもうと私わたしがいくらひとりでお辞儀じぎをしたって駄目だめだからという。いやだという。それでは私わたしはいつまでたったって罰ばちのあたり通どおしだ、あなたの所ところへ来きたってもう私わたしには幸しあわせがないといって泣なき始はじめた。私わたしはリカ子この泣なくのを眺ながめていると心こころが自然しぜんに折おれて来くるのを感かんじた。それにしても、さきにはあれほど私わたしを罵ののしっていたのに今いまは何なぜこれほども惨みじめに弱よわっているのであろうか、これは多分たぶん猛々たけだけしい女おんなの私わたしに負まけていく姿すがたなのであろうと思おもいながらも、私わたしは彼女かのじょの面部めんぶを叩たたきつけるように頭あたまを屈くっしなかった。するとリカ子こは私わたしの身体からだを無理矢理むりやりに神前しんぜんの方ほうへ向むけると頭あたまを上うえから圧おさえるのだ。私わたしは怒おこることは出来できないのだがリカ子このその手てをはじき返かえすと人込ひとごみの中なかへ這入はいろうとした。彼女かのじょは私わたしを追おっ駈かけて来くるとまたいうのだ。あなたは私わたしに怒おこっている、私わたしはあなたに怒おこられたって仕方しかたがないが今日きょうだけは赦ゆるして欲ほしい。自分じぶんは心こころから改心かいしんしているのだからそれだけでも受うけ入いれて貰もらいたい、もしあなたが私わたしの改心かいしんも突つき放はなすなら自分じぶんは堕落だらくするより道みちがない。今いま私わたしを助たすけてほしい、頼たのむという。私わたしは何なにをまだ怒おこり続つづけているだろうかと思おもいながら前まえに立たって歩あるくのだが、急きゅうにリカ子この萎しおれているのが憐あわれになって、もうよしもうよしといってしまうのだ。これだからいけないと思おもってまた彼女かのじょを苦くるしめた長ながい時間じかんを思おもい出だしては腹はらを立たてても直すぐ駄目だめになって自分じぶんよりリカ子この方ほうが可哀相かあいそうになってくるのである。どうしようもないこの自分じぶんに気きがつくと今度こんどは私わたしからいつの間まにかQに対たいして頭あたまを下さげているのである。恐おそらくリカ子こにしてもQにひそかに頭あたまを下さげているのであろうと思おもうと私わたしはぜひ彼女かのじょがそうであってくれれば良よいと思おもい出だした。私わたしはリカ子こにお前まえはQに対たいしてさきから一度どでも謝罪しゃざいをしたことがあるか、と訊きいてみた。するとリカ子こは黙だまっていていつまでも答こたえない。それで神前しんぜんへいってお辞儀じぎをしたって何なんの役やくにも立たつかというと、そんなことをしてはあなたの有難ありがたさがなくなってしまうという。それではまたいつかお前まえはQの所ところへ舞まい戻もどってしまうにちがいないというと、リカ子こはまた私わたしの後うしろへ廻まわって泣なき始はじめた。私わたしは彼女かのじょに自分じぶんがお前まえにそういうことをいうのは自分じぶんのQとは比較ひかくにならぬ善良ぜんりょうさをなおこの上うえお前まえに示しめそうとしていうのではなく、お前まえがQから去さった後のちのQの寂さびしさが自分じぶんには一番ばん胸むねに応こたえて分わかるからだというと、それではQに今夜こんや帰かえって謝罪あやまると彼女かのじょはいう。よしそれならと私わたしはいったが彼女かのじょをQの家いえの門前もんぜんまで送おくっていって帰かえって来くると、また一層そう私わたしはリカ子この処置しょちに迷まよい出だした。事実じじつ私わたしはQからリカ子こを最初さいしょに奪とるときも黙だまって奪とり、返かえすときも黙だまって返かえし、そうして再ふたたび彼女かのじょを奪とった今日こんにちもまた黙だまって奪とり、いったい私わたしのどこにそれだけの特権とっけんがあるのだろう。いかにリカ子こが私わたしの前まえの妻つまだとはいえ今いまは他人たにんの妻つまではないか、しかしそう考かんがえた後あとから、不意ふいに冷水れいすいを浴あびたように負まけたものはQではないこの俺おれだと気きがついた。彼女かのじょを奪とったものこそ負まかされたのだ。何なにを好このんで自分じぶんの敗北はいぼくに罪つみの深ふかさまですりつけて苦くるしむ奴やつがあるだろう。するとそのときから私わたしの心こころは掌たなごころを返かえすがように明あかるくなった。私わたしは先まず何なにより一切さいの過去かこの記憶きおくから絶縁ぜつえんしなければならぬ。過去かこの生活せいかつを振ふり捨すてねばならぬ。敗まけたら敗まけたでそれでも良よい。先まず何なによりも雲くもを突つき抜ぬけたような明あかるさだ。そう思おもった私わたしは早速さっそく私わたしとリカ子ことのとりかかるべき最もっとも新あたらしい生活せいかつの手初てはじめとして、地ちを蹴けって疾走しっそうする飛行機ひこうきに乗のって旅行りょこうに出でようと決心けっしんした。翌朝よくちょうリカ子こが私わたしの所ところへやって来くると、私わたしはひと眼めで彼女かのじょの喜よろこびを見抜みぬくことが出来できた。私わたしはもうQがどんなことをいったかどうかは一切さい訊きかぬことにして直すぐ私わたしの計画けいかくを話はなし出だした。私わたしはいった。お前まえと私わたしとの関係かんけいは長ながい間あいだもつれていたが私わたしと一緒しょに今日きょうという今日きょう過去かこの総すべての記憶きおくや生活せいかつを振ふり落おとして貰もらいたい。二人ふたりは生うまれ変かわるのだ。もしそれがお前まえにとっても慶よろこびなら私わたしと一緒しょに今日きょうこれから飛行機ひこうきで旅行りょこうに立たって貰もらいたい。しかしもし落おちて死しんだらと彼女かのじょはいった。落おちて死しんだら生活せいかつの始はじまりで終おわりなだけだ、それほど結構けっこうなことはないではないか。われわれの関係かんけいは他人ひととは違ちがう。一度ど地上ちじょうから足あしを洗あらわなければ古ふるい生活せいかつの匂においはどこまでだってくっついてくるにちがいないのだ。もしこの上うえ絶たえずわれわれが古ふるい生活せいかつに追おわれるようなら、そのときを限かぎりとしてわれわれの生活せいかつを私わたしから打うち切きるだろう! そう私わたしがいい切きるとリカ子こも初はじめて頷うなずいた。頷うなずくと私わたしより彼女かのじょの方ほうが乗のり気きになり出だし、直すぐそれから航空会社こうくうかいしゃへ電話でんわをかけて二席せきを買かった。間まもなく二人ふたりは鳥とりになるのだ。鳥とりに。この喜よろこびは地質学者ちしつがくしゃの私わたしにとってもこの上うえもなく大おおきいのだ。山やまと川かわと海うみと平野へいやの上うえを飛とび越こえる肉体にくたい、地ちを蹴ける刹那せつな、雲くもの上うえの感覚かんかく、私わたしはもう今いままさに飛とぼうとしている鷲わしのように空そらを見上みあげながら飛行場ひこうじょうへ自動車じどうしゃを駈かけさせた。――さてそのときになっていよいよ野のの中なかで廻まわっているプロペラの音おとを聞きき出だすと、私わたしはリカ子こに耳みみへ綿わたを込こませ、良よいかと訊きいた。良よいと答こたえる。二人ふたりは機体きたいの中なかの傾かたむいた席せきに並ならんで腰こしを降おろした。飛行場ひこうじょうの黒くろい人々ひとびとは私達わたしたち二人ふたりの最後さいごの姿すがたを見みるかのように、まだ開あいているドアの口くちから中なかを覗のぞき込こんだ。私わたしは一刻こくも早はやくこの地ちを離はなれたくてならない。過去かこへ向むかって手袋てぶくろを投なげつけたい。長ながい間あいだの萎しなびた過去かこに。すると、いきなりドアが閉しまった。もう良よい、さらばだ。機体きたいが滑走かっそうを始はじめ出だした。私わたしは足あしのような車輪しゃりんの円弧えんこが地ちを蹴ける刹那せつなを今いまか今いまかと待まち構かまえた。と私わたしの身体からだに、羽根はねが生はえた。車輪しゃりんが空間くうかんで廻まい停とまった。見みる間まに森もりが縮ちぢみ出だした。家いえが落おち込こんだ。畑はたけが波なみのように足あしの裏うらで浮うき始はじめた。私わたしは鳥とりになったのだ。鳥とりに。私わたしの羽根はねは山やまを叩たたく。羽根はねの下したから潰つぶれた半島はんとうが現あらわれる。乾かわいた街まちが皮膚病ひふびょうのように竦すくみ出だす。私わたしは過去かこをどこへ落おとして来きたのであろう。雲くもと雲くもとの中なかで扇おうぎのように廻まわっている光ひかりばかりを追おっ駈かけながら、私わたしは浮うき続つづけているのである。今いまや私わたしには生活せいかつはどこにもない。心こころは光線こうせんのように地上ちじょうを蹂躙じゅうりんしているだけだ。直まっ二ツに割われていく時間じかんの底そこから見みえるのは、墓場はかばばかりだ。太古たいこが私わたしの周囲しゅういを取とり包つつんで眠ねむり出だした。夢ゆめと夢ゆめとが大海たいかいのように拡ひろがってはまた拡ひろがる。私わたしはその行衛ゆくえを見守みまもりながらいつの間まにか砕くだけてしまう。ふと私わたしは横よこにいるリカ子こを見みると、自分じぶんの位置いちを取とり戻もどした。しかしリカ子こは――この半島はんとうとも匹敵ひってきすべき巨大きょだいな怪物かいぶつは何物なにものであろう。――私わたしは彼女かのじょの身体からだに触さわってみた。すると、私わたしの指先ゆびさきは地上ちじょうからつながっているただ一本ぽんの線せんのように長ながい間あいだ全まったく忘わすれていた地上ちじょうの習慣しゅうかんや匂においや温度おんどを私わたしの体内たいないへ送おくって来きた。だが、それは隙間すきまから吹ふき込こむ鋭するどい風かぜのように、今いまはただ私わたしの胸むねを新鮮しんせんにするだけだった。私わたしはリカ子こを抱だき寄よせると、紙かみの上うえへ「結婚けっこん」と書かいた。するとリカ子こはその横よこへ「有あり難がとう」と書かき添そえた。二人ふたりは新あたらしい夫婦ふうふの生活せいかつの第だい一歩ぽを雲くもの真中まんなかに置おいた。微細びさいな水粒みずつぶが翼つばさの裏うらへ溜たまってはぶるぶる慄ふるえながら腋わきの下したへ流ながれていった。翼つばさを支ささえた針金はりがねの結むすび目めが虹にじの中なかで蝶々ちょうちょうのように舞まい続つづけた。私達わたしたちは一ひとつの虹にじを突つき抜ぬけるとまた新あたらしい虹にじに襲おそわれた。それは一ひとつの連つらなった虹にじであろうか、群生ぐんせいした虹にじであろうか、合戦かっせんするかのように煌うごめく虹にじの足あしもとにひれ伏ふして私わたしとリカ子ことはまた再ふたたび結婚けっこんをしたのである。

入力者注

・「鳥」は、昭和五(1930)年二月『改造』に発表。同年四月新潮社『高架線』(「新興芸術派叢書」)に初収。

・河出書房新社『定本 横光利一全集 第三巻』(昭和五十六年刊)を底本とした。

・旧かなづかいは現代かなづかいに、旧字体は新字体に改めた。

・「日日」など漢字の繰り返しは「日々」などと改めた。

・「ヰ」は「ウィ」とした。

・以下の漢字はひらがなに改めた。

云う→いう、此の→この、了う→しまう、於ける→おける、夫々→それぞれ、其→その、然も→しかも、於て→おいて

・底本333ページ8行目の「以外」は「意外」に変えた。

テキスト入力者:佐藤和人

校正者:野口英司

1998年9月5日公開

2003年6月1日修正

青空文庫作成ファイル:

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書誌 / Bibliography
/works/000909_000168/

横光 利一「鳥」(新字新仮名)、底本『定本 横光利一全集 第三巻』河出書房新社、1981年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 000909_000168, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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