## 初期詩篇

  


## 春の日の夕暮

トタンがセンベイ食べて

春の日の夕暮は穏かです

アンダースローされた灰が蒼ざめて

春の日の夕暮は静かです

<ruby><rb>吁</rb><rt>ああ</rt></ruby>！　<ruby><rb>案山子</rb><rt>かかし</rt></ruby>はないか――あるまい

馬<ruby><rb>嘶</rb><rt>いなな</rt></ruby>くか――嘶きもしまい

ただただ月の光のヌメランとするまゝに

従順なのは　春の日の夕暮か

ポトホトと野の中に<ruby><rb>伽藍</rb><rt>がらん</rt></ruby>は紅く

荷馬車の車輪　油を失ひ

私が歴史的現在に物を云へば

嘲る嘲る　空と山とが

瓦が一枚　はぐれました

これから春の日の夕暮は

無言ながら　前進します

<ruby><rb>自</rb><rt>みづか</rt></ruby>らの　静脈管の中へです

  


## 月

今宵月はいよよ<ruby><rb>愁</rb><rt>かな</rt></ruby>しく、

養父の疑惑に瞳を<ruby><rb>睜</rb><rt>みは</rt></ruby>る。

<ruby><rb>秒刻</rb><rt>とき</rt></ruby>は銀波を砂漠に流し

<ruby><rb>老男</rb><rt>らうなん</rt></ruby>の<ruby><rb>耳朶</rb><rt>じだ</rt></ruby>は螢光をともす。

あゝ忘られた運河の岸堤

胸に残つた戦車の地音

<ruby><rb>銹</rb><rt>さ</rt></ruby>びつく鑵の煙草とりいで

月は<ruby><rb>懶</rb><rt>ものう</rt></ruby>く喫つてゐる。

それのめぐりを七人の天女は

趾頭舞踊しつづけてゐるが、

汚辱に浸る月の心に

なんの慰愛もあたへはしない。

<ruby><rb>遠</rb><rt>をち</rt></ruby>にちらばる星と星よ！

おまへの<ruby><rb>𠟂手</rb><rt>そうしゆ</rt></ruby>を月は待つてる

  


## サーカス

幾時代かがありまして

茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして

冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして

今夜<ruby><rb>此処</rb><rt>ここ</rt></ruby>での<ruby><rb>一</rb><rt>ひ</rt></ruby>と<ruby><rb>殷盛</rb><rt>さか</rt></ruby>り

今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い<ruby><rb>梁</rb><rt>はり</rt></ruby>

そこに一つのブランコだ

見えるともないブランコだ

頭<ruby><rb>倒</rb><rt>さか</rt></ruby>さに手を垂れて

汚れ木綿の<ruby><rb>屋蓋</rb><rt>やね</rt></ruby>のもと

ゆあーん　ゆよーん　ゆやゆよん

それの近くの白い灯が

<ruby><rb>安値</rb><rt>やす</rt></ruby>いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯

<ruby><rb>咽喉</rb><rt>のんど</rt></ruby>が鳴ります<ruby><rb>牡蠣殻</rb><rt>かきがら</rt></ruby>と

ゆあーん　ゆよーん　ゆやゆよん

<ruby><rb>屋外</rb><rt>やぐわい</rt></ruby>は真ッ<ruby><rb>闇</rb><rt>くら</rt></ruby>　<ruby><rb>闇</rb><rt>くら</rt></ruby>の<ruby><rb>闇</rb><rt>くら</rt></ruby>

夜は<ruby><rb>劫々</rb><rt>こふこふ</rt></ruby>と更けまする

<ruby><rb>落下傘奴</rb><rt>らくかがさめ</rt></ruby>のノスタルヂアと

ゆあーん　ゆよーん　ゆやゆよん

  


## 春の夜

<ruby><rb>燻銀</rb><rt>いぶしぎん</rt></ruby>なる窓枠の中になごやかに

一枝の花、桃色の花。

月光うけて失神し

<ruby><rb>庭</rb><rt>には</rt></ruby>の<ruby><rb>土面</rb><rt>つちも</rt></ruby>は<ruby><rb>附黒子</rb><rt>つけぼくろ</rt></ruby>。

あゝこともなしこともなし

樹々よはにかみ立ちまはれ。

このすゞろなる物の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>に

希望はあらず、さてはまた、懺悔もあらず。

山<ruby><rb>虔</rb><rt>つつま</rt></ruby>しき木工のみ、

夢の<ruby><rb>裡</rb><rt>うち</rt></ruby>なる隊商のその足竝もほのみゆれ。

窓の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>にはさはやかの、おぼろかの

砂の色せる絹<ruby><rb>衣</rb><rt>ごろも</rt></ruby>。

かびろき胸のピアノ鳴り

祖先はあらず、親も<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>ぬ。

埋みし犬の<ruby><rb>何処</rb><rt>いづく</rt></ruby>にか、

<ruby><rb>蕃紅花色</rb><rt>さふらんいろ</rt></ruby>に湧きいづる

春の夜や。

  


## 朝の歌

天井に　<ruby><rb>朱</rb><rt>あか</rt></ruby>きいろいで

戸の隙を　洩れ入る光、

<ruby><rb>鄙</rb><rt>ひな</rt></ruby>びたる　軍楽の<ruby><rb>憶</rb><rt>おも</rt></ruby>ひ

手にてなす　なにごともなし。

小鳥らの　うたはきこえず

空は今日　はなだ色らし、

<ruby><rb>倦</rb><rt>う</rt></ruby>んじてし　人のこころを

<ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>めする　なにものもなし。

<ruby><rb>樹脂</rb><rt>じゆし</rt></ruby>の香に　朝は悩まし

うしなひし　さまざまのゆめ、

森竝は　風に鳴るかな

ひろごりて　たひらかの空、

土手づたひ　きえてゆくかな

うつくしき　さまざまの夢。

  


## 臨終

秋空は<ruby><rb>鈍色</rb><rt>にびいろ</rt></ruby>にして

黒馬の瞳のひかり

水<ruby><rb>涸</rb><rt>か</rt></ruby>れて落つる百合花

あゝ　こころうつろなるかな

神もなくしるべもなくて

窓近く<ruby><rb>婦</rb><rt>をみな</rt></ruby>の逝きぬ

白き空<ruby><rb>盲</rb><rt>めし</rt></ruby>ひてありて

白き風冷たくありぬ

窓際に髪を洗へば

その腕の優しくありぬ

朝の日は<ruby><rb>澪</rb><rt>こぼ</rt></ruby>れてありぬ

水の音したたりてゐぬ

町々はさやぎてありぬ

子等の声もつれてありぬ

しかはあれ　この魂はいかにとなるか？

うすらぎて　空となるか？

  


## 都会の夏の夜

月は空にメダルのやうに、

<ruby><rb>街角</rb><rt>まちかど</rt></ruby>に建物はオルガンのやうに、

遊び疲れた男どち唱ひながらに帰つてゆく。　　

――イカムネ・カラアがまがつてゐる――

その<ruby><rb>脣</rb><rt>くちびる</rt></ruby>は<ruby><rb>胠</rb><rt>ひら</rt></ruby>ききつて

その心は何か悲しい。

頭が暗い土塊になつて、

ただもうラアラア唱つてゆくのだ。

商用のことや祖先のことや

忘れてゐるといふではないが、

都会の夏の<ruby><rb>夜</rb><rt>よる</rt></ruby>の<ruby><rb>更</rb><rt>ふけ</rt></ruby>――

死んだ火薬と深くして

眼に外燈の滲みいれば

ただもうラアラア唱つてゆくのだ。

  


## 秋の一日

こんな朝、遅く目覚める人達は

戸にあたる風と<ruby><rb>轍</rb><rt>わだち</rt></ruby>との音によつて、

サイレンの棲む海に溺れる。　

夏の夜の露店の会話と、

建築家の良心はもうない。

あらゆるものは古代歴史と

花崗岩のかなたの地平の目の色。

今朝はすべてが領事館旗のもとに従順で、

私は<ruby><rb>錫</rb><rt>しやく</rt></ruby>と広場と天鼓のほかのなんにも知らない。

軟体動物のしやがれ声にも気をとめないで、

紫の<ruby><rb>蹲</rb><rt>しやが</rt></ruby>んだ影して公園で、乳児は口に砂を入れる。

（水色のプラットホームと

<ruby><rb>躁</rb><rt>はしや</rt></ruby>ぐ少女と<ruby><rb>嘲笑</rb><rt>あざわら</rt></ruby>ふヤンキイは

いやだ　いやだ！）

ぽけっとに手を突込んで

路次を抜け、波止場に出でて

今日の日の魂に合ふ

<ruby><rb>布切屑</rb><rt>きれくづ</rt></ruby>をでも探して来よう。

  


## 黄昏

渋つた<ruby><rb>仄</rb><rt>ほの</rt></ruby>暗い池の<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>で、

寄り合つた蓮の葉が揺れる。

蓮の葉は、図太いので

こそこそとしか音をたてない。

音をたてると私の心が揺れる、

目が薄明るい地平線を<ruby><rb>逐</rb><rt>お</rt></ruby>ふ……

黒々と山がのぞきかかるばつかりだ

――失はれたものはかへつて来ない。

なにが悲しいつたつてこれほど悲しいことはない

草の根の匂ひが静かに鼻にくる、

畑の土が石といつしよに私を見てゐる。

――<ruby><rb>竟</rb><rt>つひ</rt></ruby>に私は耕やさうとは思はない！

ぢいつと<ruby><rb>茫然</rb><rt>ぼんやり</rt></ruby><ruby><rb>黄昏</rb><rt>たそがれ</rt></ruby>の中に立つて、

なんだか父親の映像が気になりだすと一歩二歩歩みだすばかりです

  


## 深夜の思ひ

これは泡立つカルシウムの

乾きゆく

急速な――頑ぜない女の児の泣声だ、

鞄屋の女房の<ruby><rb>夕</rb><rt>ゆふべ</rt></ruby>の鼻汁だ。

林の<ruby><rb>黄昏</rb><rt>たそがれ</rt></ruby>は

<ruby><rb>擦</rb><rt>かす</rt></ruby>れた母親。

虫の飛交ふ梢のあたり、

<ruby><rb>舐子</rb><rt>おしやぶり</rt></ruby>のお<ruby><rb>道化</rb><rt>どけ</rt></ruby>た踊り。

波うつ毛の猟犬見えなく、

猟師は猫背を向ふに運ぶ。

森を控へた草地が

坂になる！

黒き浜辺にマルガレエテが歩み寄する

ヴェールを風に千々にされながら。

彼女の<ruby><rb>肉</rb><rt>しし</rt></ruby>は跳び込まねばならぬ、

<ruby><rb>厳</rb><rt>いか</rt></ruby>しき神の父なる海に！

崖の上の彼女の上に

精霊が怪しげなる<ruby><rb>条</rb><rt>すぢ</rt></ruby>を描く。

彼女の思ひ出は悲しい書斎の取片附け

彼女は直きに死なねばならぬ。

  


## 冬の雨の夜

冬の黒い夜をこめて

どしやぶりの雨が降つてゐた。

――<ruby><rb>夕明下</rb><rt>ゆふあかりか</rt></ruby>に投げいだされた、<ruby><rb>萎</rb><rt>しを</rt></ruby>れ<ruby><rb>大根</rb><rt>だいこ</rt></ruby>の陰惨さ、

あれはまだしも結構だつた――

今や黒い冬の夜をこめ

どしやぶりの雨が降つてゐる。

亡き乙女達の声さへがして

aé ao, aé ao, éo, aéo éo！

その雨の中を漂ひながら

いつだか消えてなくなつた、あの乳白の<ruby><rb>脬嚢</rb><rt>へうなう</rt></ruby>たち……

今や黒い冬の夜をこめ

どしやぶりの雨が降つてゐて、

わが母上の帯締めも

<ruby><rb>雨水</rb><rt>うすい</rt></ruby>に流れ、潰れてしまひ、

人の情けのかずかずも

<ruby><rb>竟</rb><rt>つひ</rt></ruby>に<ruby><rb>蜜柑</rb><rt>みかん</rt></ruby>の色のみだつた？　……

  


## 帰郷

柱も庭も乾いてゐる

今日は好い天気だ

縁の下では<ruby><rb>蜘蛛</rb><rt>くも</rt></ruby>の巣が

心細さうに揺れてゐる

山では枯木も息を吐く

あゝ今日は好い天気だ

路<ruby><rb>傍</rb><rt>ばた</rt></ruby>の草影が

あどけない<ruby><rb>愁</rb><rt>かなし</rt></ruby>みをする

これが私の<ruby><rb>故里</rb><rt>ふるさと</rt></ruby>だ

さやかに風も吹いてゐる

心置なく泣かれよと

<ruby><rb>年増婦</rb><rt>としま</rt></ruby>の低い声もする

あゝ　おまへはなにをして来たのだと……

吹き来る風が私に云ふ

  


## 凄じき黄昏

捲き起る、風も物憂き頃ながら、

草は<ruby><rb>靡</rb><rt>なび</rt></ruby>きぬ、我はみぬ、

<ruby><rb>遐</rb><rt>とほ</rt></ruby>き昔の<ruby><rb>隼人</rb><rt>はやと</rt></ruby>等を。

<ruby><rb>銀紙</rb><rt>ぎんがみ</rt></ruby>色の竹槍の、

<ruby><rb>汀</rb><rt>みぎは</rt></ruby>に沿ひて、つづきけり。

――<ruby><rb>雑魚</rb><rt>ざこ</rt></ruby>の心を<ruby><rb>俟</rb><rt>たの</rt></ruby>みつつ。

吹く風誘はず、地の上の

敷きある<ruby><rb>屍</rb><rt>かばね</rt></ruby>――

空、演壇に立ちあがる。

家々は、賢き<ruby><rb>陪臣</rb><rt>ばいしん</rt></ruby>、

ニコチンに、汚れたる歯を押匿す。

  


## 逝く夏の歌

並木の梢が深く息を吸つて、

空は高く高く、それを見てゐた。

日の照る砂地に落ちてゐた<ruby><rb>硝子</rb><rt>ガラス</rt></ruby>を、

歩み来た旅人は<ruby><rb>周章</rb><rt>あわ</rt></ruby>てて見付けた。

山の端は、澄んで澄んで、

金魚や娘の口の中を清くする。

飛んでくるあの飛行機には、

昨日私が昆虫の涙を塗つておいた。

風はリボンを空に送り、

私は<ruby><rb>嘗</rb><rt>かつ</rt></ruby>て陥落した海のことを　

その浪のことを語らうと思ふ。

騎兵聯隊や上肢の運動や、

下級官吏の赤靴のことや、

山沿ひの道を<ruby><rb>乗手</rb><rt>のりて</rt></ruby>もなく行く

自転車のことを語らうと思ふ。

  


## 悲しき朝

河瀬の音が山に来る、

春の光は、石のやうだ。

<ruby><rb>筧</rb><rt>かけひ</rt></ruby>の水は、物語る

<ruby><rb>白髪</rb><rt>しらが</rt></ruby>の<ruby><rb>嫗</rb><rt>をうな</rt></ruby>にさも<ruby><rb>肖</rb><rt>に</rt></ruby>てる。

雲母の口して歌つたよ、

<ruby><rb>背</rb><rt>うし</rt></ruby>ろに倒れ、歌つたよ、

心は<ruby><rb>涸</rb><rt>か</rt></ruby>れて<ruby><rb>皺枯</rb><rt>しわが</rt></ruby>れて、

<ruby><rb>巌</rb><rt>いはほ</rt></ruby>の上の、綱渡り。

知れざる炎、空にゆき！

響の雨は、濡れ冠る！

……………………………

われかにかくに手を拍く……

  


## 夏の日の歌

青い空は動かない、

雲<ruby><rb>片</rb><rt>ぎれ</rt></ruby>一つあるでない。

夏の真昼の静かには

タールの光も清くなる。

夏の空には何かがある、

いぢらしく思はせる何かがある、

焦げて図太い<ruby><rb>向日葵</rb><rt>ひまはり</rt></ruby>が

田舎の駅には咲いてゐる。

上手に子供を育てゆく、

母親に似て汽車の汽笛は鳴る。

山の近くを走る時。

山の近くを走りながら、

母親に似て汽車の汽笛は鳴る。

夏の真昼の暑い時。

  


## 夕照

丘々は、胸に手を当て

退けり。

落陽は、慈愛の色の

金のいろ。

原に草、

<ruby><rb>鄙唄</rb><rt>ひなうた</rt></ruby>うたひ

山に樹々、

老いてつましき心ばせ。

かゝる折しも我ありぬ

小児に踏まれし

貝の肉。

かゝるをりしも剛直の、

さあれゆかしきあきらめよ

腕<ruby><rb>拱</rb><rt>く</rt></ruby>みながら歩み去る。

  


## 港市の秋

石崖に、朝陽が射して

秋空は美しいかぎり。

むかふに見える港は、

<ruby><rb>蝸牛</rb><rt>かたつむり</rt></ruby>の角でもあるのか

町では人々<ruby><rb>煙管</rb><rt>きせる</rt></ruby>の掃除。

<ruby><rb>甍</rb><rt>いらか</rt></ruby>は伸びをし

空は割れる。

役人の休み日――どてら姿だ。

『今度生れたら……』

海員が唄ふ。

『ぎーこたん、ばつたりしよ……』

<ruby><rb>狸婆々</rb><rt>たぬきばば</rt></ruby>がうたふ。

<ruby><rb>港</rb><rt>みなと</rt></ruby>の<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>の秋の日は、

大人しい発狂。

私はその日人生に、

椅子を失くした。

  


## ためいき　　河上徹太郎に

ためいきは夜の沼にゆき、

<ruby><rb>瘴気</rb><rt>しやうき</rt></ruby>の中で瞬きをするであらう。

その瞬きは怨めしさうにながれながら、パチンと音をたてるだらう。

木々が若い学者仲間の、頸すぢのやうであるだらう。

夜が明けたら地平線に、窓が<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>くだらう。

荷車を挽いた百姓が、町の方へ行くだらう。

ためいきはなほ深くして、

丘に響きあたる荷車の音のやうであるだらう。

野原に突出た山ノ端の松が、私を<ruby><rb>看守</rb><rt>みまも</rt></ruby>つてゐるだらう。

それはあつさりしてても笑はない、叔父さんのやうであるだらう。

神様が気層の底の、魚を捕つてゐるやうだ。

空が曇つたら、<ruby><rb>蝗螽</rb><rt>いなご</rt></ruby>の瞳が、砂土の中に覗くだらう。

遠くに町が、石灰みたいだ。

ピョートル大帝の目玉が、雲の中で光つてゐる。

  


## 春の思ひ出

摘み溜めしれんげの華を

<ruby><rb>夕餉</rb><rt>ゆふげ</rt></ruby>に帰る時刻となれば

立迷ふ春の<ruby><rb>暮靄</rb><rt>ぼあい</rt></ruby>の

土の<ruby><rb>上</rb><rt>へ</rt></ruby>に叩きつけ

いまひとたびは未練で眺め

さりげなく手を拍きつつ

路の<ruby><rb>上</rb><rt>へ</rt></ruby>を走りてくれば

（暮れのこる空よ！）

わが家へと入りてみれば

なごやかにうちまじりつつ

秋の日の夕陽の丘か炊煙か

われを<ruby><rb>暈</rb><rt>くる</rt></ruby>めかすもののあり

古き代の富みし<ruby><rb>館</rb><rt>やかた</rt></ruby>の

カドリール　ゆらゆるスカーツ

カドリール　ゆらゆるスカーツ

何時の日か絶えんとはする　カドリール！

  


## 秋の夜空

これはまあ、おにぎはしい、

みんなてんでなことをいふ

それでもつれぬみやびさよ

いづれ揃つて夫人たち。

下界は秋の夜といふに

上天界のにぎはしさ。

すべすべしてゐる<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の上、

金のカンテラ<ruby><rb>点</rb><rt>つ</rt></ruby>いてゐる。

小さな頭、長い<ruby><rb>裳裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>、

椅子は一つもないのです。

下界は秋の夜といふに

上天界のあかるさよ。

ほんのりあかるい上天界

<ruby><rb>遐</rb><rt>とほ</rt></ruby>き昔の影祭、

しづかなしづかな賑はしさ

上天界の<ruby><rb>夜</rb><rt>よる</rt></ruby>の宴。

私は下界で見てゐたが、

知らないあひだに退散した。

  


## 宿酔

朝、鈍い日が照つてて

風がある。

千の天使が

バスケットボールする。

私は目をつむる、

かなしい酔ひだ。

もう不用になつたストーヴが

白つぽく<ruby><rb>銹</rb><rt>さ</rt></ruby>びてゐる。

朝、鈍い日が照つてて

風がある。

千の天使が

バスケットボールする。

  


## 少年時

  


## 少年時

<ruby><rb>黝</rb><rt>あをぐろ</rt></ruby>い石に夏の日が照りつけ、

庭の地面が、朱色に睡つてゐた。

地平の果に蒸気が立つて、

世の亡ぶ、<ruby><rb>兆</rb><rt>きざし</rt></ruby>のやうだつた。

麦田には風が低く打ち、

おぼろで、灰色だつた。

<ruby><rb>翔</rb><rt>と</rt></ruby>びゆく雲の落とす影のやうに、

田の<ruby><rb>面</rb><rt>も</rt></ruby>を過ぎる、昔の巨人の姿――

夏の日の<ruby><rb>午</rb><rt>ひる</rt></ruby>過ぎ時刻

誰彼の<ruby><rb>午睡</rb><rt>ひるね</rt></ruby>するとき、

私は野原を走つて行つた……

私は希望を唇に噛みつぶして

私はギロギロする目で諦めてゐた……

<ruby><rb>噫</rb><rt>ああ</rt></ruby>、生きてゐた、私は生きてゐた！

  


## 盲目の秋

## Ⅰ

風が立ち、浪が騒ぎ、

無限の前に腕を振る。

その<ruby><rb>間</rb><rt>かん</rt></ruby>、小さな<ruby><rb>紅</rb><rt>くれなゐ</rt></ruby>の花が見えはするが、

それもやがては潰れてしまふ。

風が立ち、浪が騒ぎ、

無限のまへに腕を振る。

もう永遠に帰らないことを思つて

<ruby><rb>酷白</rb><rt>こくはく</rt></ruby>な嘆息するのも幾たびであらう……

私の青春はもはや堅い血管となり、

その中を<ruby><rb>曼珠沙華</rb><rt>ひがんばな</rt></ruby>と夕陽とがゆきすぎる。

それはしづかで、きらびやかで、なみなみと<ruby><rb>湛</rb><rt>たた</rt></ruby>へ、

去りゆく女が最後にくれる<ruby><rb>笑</rb><rt>ゑま</rt></ruby>ひのやうに、

<ruby><rb>厳</rb><rt>おごそ</rt></ruby>かで、ゆたかで、それでゐて<ruby><rb>佗</rb><rt>わび</rt></ruby>しく

異様で、温かで、きらめいて胸に残る……

あゝ、胸に残る……

風が立ち、浪が騒ぎ、

無限のまへに腕を振る。

## Ⅱ

これがどうならうと、あれがどうならうと、

そんなことはどうでもいいのだ。

これがどういふことであらうと、それがどういふことであらうと、

そんなことはなほさらどうだつていいのだ。

人には<ruby><rb>自恃</rb><rt>じじ</rt></ruby>があればよい！

その余はすべてなるまゝだ……

自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ、

ただそれだけが人の行ひを罪としない。

平気で、陽気で、<ruby><rb>藁束</rb><rt>わらたば</rt></ruby>のやうにしむみりと、

朝霧を煮釜に<ruby><rb>填</rb><rt>つ</rt></ruby>めて、跳起きられればよい！

## Ⅲ

私の<ruby><rb>聖母</rb><rt>サンタ・マリヤ</rt></ruby>！

とにかく私は血を吐いた！ ……

おまへが情けをうけてくれないので、

とにかく私はまゐつてしまつた……

それといふのも私が素直でなかつたからでもあるが、

それといふのも私に意気地がなかつたからでもあるが、

私がおまへを愛することがごく自然だつたので、

おまへもわたしを愛してゐたのだが……

おゝ！　私の<ruby><rb>聖母</rb><rt>サンタ・マリヤ</rt></ruby>！

いまさらどうしやうもないことではあるが、

せめてこれだけ知るがいい――

ごく自然に、だが自然に愛せるといふことは、

そんなにたびたびあることでなく、

そしてこのことを知ることが、さう誰にでも許されてはゐないのだ。

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">IIII</span>

せめて死の時には、

あの女が私の上に胸を<ruby><rb>披</rb><rt>ひら</rt></ruby>いてくれるでせうか。

その時は<ruby><rb>白粧</rb><rt>おしろい</rt></ruby>をつけてゐてはいや、

その時は白粧をつけてゐてはいや。

ただ静かにその胸を披いて、

私の眼に輻射してゐて下さい。

何にも考へてくれてはいや、

たとへ私のために考へてくれるのでもいや。

ただはららかにはららかに涙を含み、

あたたかく息づいてゐて下さい。

――もしも涙がながれてきたら、

いきなり私の上にうつ俯して、

それで私を殺してしまつてもいい。

すれば私は心地よく、うねうねの<ruby><rb>暝土</rb><rt>よみぢ</rt></ruby>の径を昇りゆく。

  


## わが喫煙

おまへのその、白い二本の<ruby><rb>脛</rb><rt>あし</rt></ruby>が、

夕暮、港の町の寒い夕暮、

によきによきと、ペエヴの上を歩むのだ。

店々に灯がついて、灯がついて、

私がそれをみながら歩いてゐると、

おまへが声をかけるのだ、

どつかにはひつて<ruby><rb>憩</rb><rt>やす</rt></ruby>みませうよと。

そこで私は、橋や<ruby><rb>荷足</rb><rt>にたり</rt></ruby>を見残しながら、

レストオランに<ruby><rb>這入</rb><rt>はひ</rt></ruby>るのだ――

わんわんいふ<ruby><rb>喧騒</rb><rt>どよもし</rt></ruby>、むつとするスチーム、

さても<ruby><rb>此処</rb><rt>ここ</rt></ruby>は別世界。

そこで私は、時宜にも合はないおまへの陽気な顔を眺め、

かなしく煙草を吹かすのだ、

一服、一服、吹かすのだ……

  


## 妹よ

夜、うつくしい魂は<ruby><rb>涕</rb><rt>な</rt></ruby>いて、

――かの女こそ<ruby><rb>正当</rb><rt>あたりき</rt></ruby>なのに――

夜、うつくしい魂は涕いて、

もう死んだつていいよう……といふのであつた。

湿つた野原の黒い土、短い草の上を

夜風は吹いて、　

死んだつていいよう、死んだつていいよう、と、

うつくしい魂は涕くのであつた。

夜、み空はたかく、吹く風はこまやかに

――祈るよりほか、わたくしに、すべはなかつた……

  


## 寒い夜の自我像

きらびやかでもないけれど

この一本の手綱をはなさず

この陰暗の地域を過ぎる！

その志明らかなれば

冬の夜を我は嘆かず

人々の<ruby><rb>憔懆</rb><rt>せうさう</rt></ruby>のみの<ruby><rb>愁</rb><rt>かな</rt></ruby>しみや

憧れに引廻される女等の鼻唄を

わが瑣細なる罰と感じ

そが、わが皮膚を刺すにまかす。

<ruby><rb>蹌踉</rb><rt>よろ</rt></ruby>めくままに静もりを保ち、

<ruby><rb>聊</rb><rt>いささ</rt></ruby>かは儀文めいた心地をもつて

われはわが怠惰を<ruby><rb>諫</rb><rt>いさ</rt></ruby>める

寒月の下を往きながら。

陽気で、坦々として、<ruby><rb>而</rb><rt>しか</rt></ruby>も己を売らないことをと、

わが魂の願ふことであつた！

  


## 木蔭

神社の鳥居が光をうけて

<ruby><rb>楡</rb><rt>にれ</rt></ruby>の葉が小さく揺すれる

夏の昼の青々した木蔭は

私の後悔を<ruby><rb>宥</rb><rt>なだ</rt></ruby>めてくれる

暗い後悔　いつでも附纏ふ後悔

馬鹿々々しい破笑にみちた私の過去は

やがて涙つぽい<ruby><rb>晦暝</rb><rt>くわいめい</rt></ruby>となり

やがて根強い疲労となつた

かくて今では朝から夜まで

忍従することのほかに生活を持たない

怨みもなく喪心したやうに

空を見上げる私の<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>――

神社の鳥居が光をうけて

楡の葉が小さく揺すれる

夏の昼の青々した木蔭は

私の後悔を宥めてくれる

  


## 失せし希望

暗き空へと消え行きぬ

わが若き日を燃えし希望は。

夏の夜の星の如くは今もなほ

<ruby><rb>遐</rb><rt>とほ</rt></ruby>きみ空に見え隠る、今もなほ。

暗き空へと消えゆきぬ

わが若き日の夢は希望は。

今はた<ruby><rb>此処</rb><rt>ここ</rt></ruby>に打伏して

獣の如くは、暗き思ひす。

そが暗き思ひいつの日

晴れんとの知るよしなくて、

溺れたる<ruby><rb>夜</rb><rt>よる</rt></ruby>の海より

空の月、望むが如し。

その浪はあまりに深く

その月はあまりに清く、

あはれわが若き日を燃えし希望の

今ははや暗き空へと消え行きぬ。

  


## 夏

血を吐くやうな　<ruby><rb>倦</rb><rt>もの</rt></ruby>うさ、たゆけさ

今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り

睡るがやうな悲しさに、み空をとほく

血を吐くやうな倦うさ、たゆけさ

空は燃え、畑はつづき

雲浮び、眩しく光り

今日の日も陽は<ruby><rb>炎</rb><rt>も</rt></ruby>ゆる、地は睡る

血を吐くやうなせつなさに。

嵐のやうな心の歴史は

<ruby><rb>終焉</rb><rt>をは</rt></ruby>つてしまつたもののやうに

そこから<ruby><rb>繰</rb><rt>たぐ</rt></ruby>れる一つの<ruby><rb>緒</rb><rt>いとぐち</rt></ruby>もないもののやうに

燃ゆる日の<ruby><rb>彼方</rb><rt>かなた</rt></ruby>に睡る。

私は残る、<ruby><rb>亡骸</rb><rt>なきがら</rt></ruby>として――

血を吐くやうなせつなさかなしさ。

  


## 心象

## Ⅰ

松の木に風が吹き、

踏む砂利の音は寂しかつた。

暖い風が私の額を洗ひ

思ひははるかに、なつかしかつた。

腰をおろすと、

浪の音がひときは聞えた。

星はなく

空は暗い綿だつた。

とほりかかつた小舟の中で

船頭がその女房に向つて何かを云つた。

――その言葉は、聞きとれなかつた。

浪の音がひときはきこえた。

## Ⅱ

亡びたる過去のすべてに

涙湧く。

城の塀乾きたり

風の吹く

草<ruby><rb>靡</rb><rt>なび</rt></ruby>く

丘を越え、野を<ruby><rb>渉</rb><rt>わた</rt></ruby>り

憩ひなき

白き天使のみえ来ずや

あはれわれ死なんと欲す、

あはれわれ生きむと欲す

あはれわれ、亡びたる過去のすべてに

涙湧く。

み空の方より、

風の吹く

  


## みちこ

  


## みちこ

そなたの胸は海のやう

おほらかにこそうちあぐる。

はるかなる空、あをき浪、

涼しかぜさへ吹きそひて

松の梢をわたりつつ

磯白々とつづきけり。

またなが目にはかの空の

いやはてまでもうつしゐて

竝びくるなみ、<ruby><rb>渚</rb><rt>なぎさ</rt></ruby>なみ、

いとすみやかにうつろひぬ。

みるとしもなく、ま帆片帆

沖ゆく舟にみとれたる。

またその<ruby><rb>顙</rb><rt>ぬか</rt></ruby>のうつくしさ

ふと物音におどろきて

午睡の夢をさまされし

<ruby><rb>牡牛</rb><rt>をうし</rt></ruby>のごとも、あどけなく

かろやかにまたしとやかに

もたげられ、さてうち俯しぬ。

しどけなき、なれが<ruby><rb>頸</rb><rt>うなじ</rt></ruby>は虹にして

ちからなき、<ruby><rb>嬰児</rb><rt>みどりご</rt></ruby>ごとき<ruby><rb>腕</rb><rt>かひな</rt></ruby>して

<ruby><rb>絃</rb><rt>いと</rt></ruby>うたあはせはやきふし、なれの踊れば、

海原はなみだぐましき<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>にして夕陽をたたへ

沖つ瀬は、いよとほく、かしこしづかにうるほへる

空になん、<ruby><rb>汝</rb><rt>な</rt></ruby>の息絶ゆるとわれはながめぬ。

  


## 汚れつちまつた悲しみに……

汚れつちまつた悲しみに

今日も小雪の降りかかる

汚れつちまつた悲しみに

今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは

たとへば狐の<ruby><rb>革裘</rb><rt>かはごろも</rt></ruby>

汚れつちまつた悲しみは

小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは

なにのぞむなくねがふなく

汚れつちまつた悲しみは

<ruby><rb>倦怠</rb><rt>けだい</rt></ruby>のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに

いたいたしくも<ruby><rb>怖気</rb><rt>おぢけ</rt></ruby>づき

汚れつちまつた悲しみに

なすところもなく日は暮れる……

  


## 無題

## Ⅰ

こひ人よ、おまへがやさしくしてくれるのに、

私は強情だ。ゆうべもおまへと別れてのち、

酒をのみ、弱い人に毒づいた。今朝

目が覚めて、おまへのやさしさを思ひ出しながら

私は私のけがらはしさを歎いてゐる。そして

正体もなく、今<ruby><rb>茲</rb><rt>ここ</rt></ruby>に告白をする、恥もなく、

品位もなく、かといつて正直さもなく

私は私の幻想に駆られて、狂ひ廻る。

人の気持ちをみようとするやうなことはつひになく、

こひ人よ、おまへがやさしくしてくれるのに

私は<ruby><rb>頑</rb><rt>かたく</rt></ruby>なで、子供のやうに<ruby><rb>我儘</rb><rt>わがまま</rt></ruby>だつた！

目が覚めて、<ruby><rb>宿酔</rb><rt>ふつかよひ</rt></ruby>の<ruby><rb>厭</rb><rt>いと</rt></ruby>ふべき頭の中で、

戸の外の、寒い朝らしい気配を感じながら

私はおまへのやさしさを思ひ、また毒づいた人を思ひ出す。

そしてもう、私はなんのことだか分らなく悲しく、

今朝はもはや私がくだらない奴だと、<ruby><rb>自</rb><rt>みづか</rt></ruby>ら信ずる！

## Ⅱ

彼女の心は真つ直い！

彼女は荒々しく育ち、

たよりもなく、心を汲んでも

もらへない、乱雑な中に

生きてきたが、彼女の心は

私のより真つ直いそしてぐらつかない。

彼女は美しい。わいだめもない世の渦の中に

彼女は賢くつつましく生きてゐる。

あまりにわいだめもない世の渦のために、

折に心が弱り、弱々しく<ruby><rb>躁</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎはするが、

<ruby><rb>而</rb><rt>しか</rt></ruby>もなほ、最後の品位をなくしはしない

彼女は美しい、そして賢い！

<ruby><rb>甞</rb><rt>かつ</rt></ruby>て彼女の魂が、どんなにやさしい心をもとめてゐたかは！

しかしいまではもう諦めてしまつてさへゐる。

我利々々で、幼稚な、<ruby><rb>獣</rb><rt>けもの</rt></ruby>や子供にしか、

彼女は<ruby><rb>出遇</rb><rt>であ</rt></ruby>はなかつた。おまけに彼女はそれと<ruby><rb>識</rb><rt>し</rt></ruby>らずに、

唯、人といふ人が、みんなやくざなんだと思つてゐる。

そして少しはいぢけてゐる。彼女は可哀想だ！

## Ⅲ

かくは悲しく生きん世に、なが心

かたくなにしてあらしめな。

われはわが、したしさにはあらんとねがへば

なが心、かたくなにしてあらしめな。

かたくなにしてあるときは、心に<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>

魂に、言葉のはたらきあとを絶つ

なごやかにしてあらんとき、人みなは<ruby><rb>生</rb><rt>あ</rt></ruby>れしながらの

うまし夢、またそがことわり分ち得ん。

おのが心も魂も、忘れはて棄て去りて

悪酔の、狂ひ心地に美を<ruby><rb>索</rb><rt>もと</rt></ruby>む

わが世のさまのかなしさや、

おのが心におのがじし湧きくるおもひもたずして、

人に<ruby><rb>勝</rb><rt>まさ</rt></ruby>らん心のみいそがはしき

熱を病む風景ばかりかなしきはなし。

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">IIII</span>

私はおまへのことを思つてゐるよ。

いとほしい、なごやかに澄んだ気持の中に、

昼も夜も浸つてゐるよ、

まるで自分を罪人ででもあるやうに感じて。

私はおまへを愛してゐるよ、精一杯だよ。

いろんなことが考へられもするが、考へられても

それはどうにもならないことだしするから、

私は身を棄ててお前に尽さうと思ふよ。

またさうすることのほかには、私にはもはや

希望も目的も見出せないのだから

さうすることは、私に幸福なんだ。

幸福なんだ、世の<ruby><rb>煩</rb><rt>わづら</rt></ruby>ひのすべてを忘れて、

いかなることとも知らないで、私は

おまへに尽せるんだから幸福だ！

## Ⅴ　幸福

幸福は<ruby><rb>厩</rb><rt>うまや</rt></ruby>の中にゐる

<ruby><rb>藁</rb><rt>わら</rt></ruby>の上に。

幸福は

和める心には一挙にして分る。

<ruby><rb>頑</rb><rt>かたく</rt></ruby>なの心は、不幸でいらいらして、

せめてめまぐるしいものや

数々のものに心を紛らす。

そして<ruby><rb>益々</rb><rt>ますます</rt></ruby>不幸だ。

幸福は、休んでゐる

そして明らかになすべきことを

少しづつ持ち、

幸福は、理解に富んでゐる。

頑なの心は、理解に欠けて、

なすべきをしらず、ただ利に走り、

意気銷沈して、怒りやすく、

人に嫌はれて、自らも悲しい。

されば人よ、つねにまづ従はんとせよ。

従ひて、迎へられんとには非ず、

従ふことのみ学びとなるべく、学びて

汝が品格を高め、そが働きの<ruby><rb>裕</rb><rt>ゆた</rt></ruby>かとならんため！

  


## 更くる夜　　内海誓一郎に

毎晩々々、夜が<ruby><rb>更</rb><rt>ふ</rt></ruby>けると、近所の湯屋の

水汲む音がきこえます。

流された残り湯が湯気となつて立ち、

昔ながらの真つ黒い武蔵野の夜です。

おつとり霧も<ruby><rb>立罩</rb><rt>たちこ</rt></ruby>めて

その上に月が明るみます、

と、犬の遠吠がします。

その頃です、僕が<ruby><rb>囲炉裏</rb><rt>ゐろり</rt></ruby>の前で、

あえかな夢をみますのは。

随分……今では損はれてはゐるものの

今でもやさしい心があつて、

こんな晩ではそれが<ruby><rb>徐</rb><rt>しづ</rt></ruby>かに呟きだすのを、

感謝にみちて聴きいるのです、

感謝にみちて聴きいるのです。

  


## つみびとの歌　　阿部六郎に

わが生は、下手な植木師らに

あまりに<ruby><rb>夙</rb><rt>はや</rt></ruby>く、手を入れられた悲しさよ！

由来わが血の大方は

頭にのぼり、煮え返り、<ruby><rb>滾</rb><rt>たぎ</rt></ruby>り泡だつ。

おちつきがなく、あせり心地に、

つねに外界に<ruby><rb>索</rb><rt>もと</rt></ruby>めんとする。

その行ひは愚かで、

その考へは分ち難い。

かくてこのあはれなる木は、

粗硬な樹皮を、空と風とに、

心はたえず、追惜のおもひに沈み、

<ruby><rb>懶懦</rb><rt>らんだ</rt></ruby>にして、とぎれとぎれの仕草をもち、

人にむかつては心弱く、<ruby><rb>諂</rb><rt>へつら</rt></ruby>ひがちに、かくて

われにもない、愚事のかぎりを<ruby><rb>仕出来</rb><rt>しでか</rt></ruby>してしまふ。

  


## 秋

  


## 秋

## １

昨日まで燃えてゐた野が

今日茫然として、曇つた空の<ruby><rb>下</rb><rt>もと</rt></ruby>につづく。

一雨毎に秋になるのだ、と人は云ふ

秋蝉は、もはやかしこに鳴いてゐる、

草の中の、ひともとの木の中に。

僕は煙草を喫ふ。その煙が

<ruby><rb>澱</rb><rt>よど</rt></ruby>んだ空気の中をくねりながら昇る。

地平線はみつめようにもみつめられない

<ruby><rb>陽炎</rb><rt>かげろふ</rt></ruby>の亡霊達が<ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>つたり坐つたりしてゐるので、

――僕は<ruby><rb>蹲</rb><rt>しやが</rt></ruby>んでしまふ。

鈍い金色を帯びて、空は曇つてゐる、――相変らずだ、――

とても高いので、僕は<ruby><rb>俯</rb><rt>うつむ</rt></ruby>いてしまふ。

僕は倦怠を観念して生きてゐるのだよ、

煙草の味が三通りくらゐにする。

死ももう、とほくはないのかもしれない……

## ２

『それではさよならといつて、

めうに<ruby><rb>真鍮</rb><rt>しんちゆう</rt></ruby>の光沢かなんぞのやうな<ruby><rb>笑</rb><rt>ゑみ</rt></ruby>を<ruby><rb>湛</rb><rt>たた</rt></ruby>へて<ruby><rb>彼奴</rb><rt>あいつ</rt></ruby>は、

あのドアの所を立ち去つたのだつたあね。

あの笑ひがどうも、生きてる者のやうぢやあなかつたあね。

彼奴の目は、沼の水が澄んだ時かなんかのやうな色をしていたあね。

話してる時、ほかのことを考へてゐるやうだつたあね。

短く切つて、物を云ふくせがあつたあね。

つまらない事を、細かく覚えていたりしたあね。』

『ええさうよ。――死ぬつてことが分かつてゐたのだわ？

星をみてると、星が僕になるんだなんて笑つてたわよ、たつた<ruby><rb>先達</rb><rt>せんだつて</rt></ruby>よ。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

たつた先達よ、自分の下駄を、これあどうしても僕のぢやないつていふのよ。』

## ３

草がちつともゆれなかつたのよ、

その上を蝶々がとんでゐたのよ。

<ruby><rb>浴衣</rb><rt>ゆかた</rt></ruby>を着て、あの人縁側に立つてそれを見てるのよ。

あたしこつちからあの人の様子　見てたわよ。

あの人ジッと見てるのよ、黄色い蝶々を。

お豆腐屋の笛が方々で聞えてゐたわ、

あの電信柱が、夕空にクッキリしてて、

――僕、つてあの人あたしの方を振向くのよ、

昨日三十貫くらゐある石をコジ起しちやつた、つてのよ。

――まあどうして、どこで？つてあたし<ruby><rb>訊</rb><rt>き</rt></ruby>いたのよ。

するとね、あの人あたしの目をジッとみるのよ、

怒つてるやうなのよ、まあ……あたし怖かつたわ。

死ぬまへつてへんなものねえ……

  


## 修羅街輓歌　　　関口隆克に

## 序歌

<ruby><rb>忌</rb><rt>いま</rt></ruby>はしい<ruby><rb>憶</rb><rt>おも</rt></ruby>ひ出よ、

去れ！　そしてむかしの

憐みの感情と

ゆたかな心よ、

返つて来い！

今日は日曜日

縁側には陽が当る。

――もういつぺん母親に連れられて

祭の日には風船玉が買つてもらひたい、

空は青く、すべてのものはまぶしくかゞやかしかつた……

忌はしい憶ひ出よ、

去れ！

去れ去れ！

## Ⅱ　酔生

私の青春も過ぎた、

――この寒い明け方の鶏鳴よ！

私の青春も過ぎた。

ほんに前後もみないで生きて来た……

私はあむまり陽気にすぎた？

――無邪気な戦士、私の心よ！

それにしても私は憎む、

対外意識にだけ生きる人々を。

――パラドクサルな人生よ。

いま<ruby><rb>茲</rb><rt>ここ</rt></ruby>に傷つきはてて、

――この寒い明け方の鶏鳴よ！

おゝ、霜にしみらの鶏鳴よ……

## Ⅲ　独語

器の中の水が揺れないやうに、

器を持ち運ぶことは大切なのだ。

さうでさへあるならば

モーションは大きい程いい。

しかしさうするために、

もはや<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>を凝らす余地もないなら……

心よ、

謙抑にして神恵を待てよ。

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">IIII</span>

いといと淡き今日の日は

雨<ruby><rb>蕭々</rb><rt>せうせう</rt></ruby>と降り<ruby><rb>洒</rb><rt>そそ</rt></ruby>ぎ

水より<ruby><rb>淡</rb><rt>あは</rt></ruby>き空気にて

林の香りすなりけり。

げに秋深き今日の日は

石の響きの如くなり。

思ひ出だにもあらぬがに

まして夢などあるべきか。

まことや我は石のごと

影の如くは生きてきぬ……

呼ばんとするに言葉なく

空の如くははてもなし。

それよかなしきわが心

いはれもなくて<ruby><rb>拳</rb><rt>こぶし</rt></ruby>する

誰をか責むることかある？

せつなきことのかぎりなり。

  


## 雪の宵

青いソフトに降る雪は

過ぎしその手か<ruby><rb>囁</rb><rt>ささや</rt></ruby>きか　　白秋

ホテルの屋根に降る雪は

過ぎしその手か、囁きか

ふかふか煙突<ruby><rb>煙</rb><rt>けむ</rt></ruby>吐いて、

赤い火の粉も<ruby><rb>刎</rb><rt>は</rt></ruby>ね上る。

今夜み空はまつ暗で、

暗い空から降る雪は……

ほんに別れたあのをんな、

いまごろどうしてゐるのやら。

ほんにわかれたあのをんな、

いまに帰つてくるのやら

<ruby><rb>徐</rb><rt>しづ</rt></ruby>かに私は酒のんで

悔と悔とに身もそぞろ。

しづかにしづかに酒のんで

いとしおもひにそそらるる……

ホテルの屋根に降る雪は

過ぎしその手か、囁きか

ふかふか煙突煙吐いて

赤い火の粉も刎ね上る。

  


## 生ひ立ちの歌

## Ⅰ

幼年時

私の上に降る雪は

<ruby><rb>真綿</rb><rt>まわた</rt></ruby>のやうでありました

少年時

私の上に降る雪は

<ruby><rb>霙</rb><rt>みぞれ</rt></ruby>のやうでありました

十七―十九

私の上に降る雪は

<ruby><rb>霰</rb><rt>あられ</rt></ruby>のやうに散りました

二十―二十二

私の上に降る雪は

<ruby><rb>雹</rb><rt>ひよう</rt></ruby>であるかと思はれた

二十三

私の上に降る雪は

ひどい吹雪とみえました

二十四

私の上に降る雪は

いとしめやかになりました……

## Ⅱ

私の上に降る雪は

花びらのやうに降つてきます

<ruby><rb>薪</rb><rt>たきぎ</rt></ruby>の燃える音もして

凍るみ空の<ruby><rb>黝</rb><rt>くろ</rt></ruby>む頃

私の上に降る雪は

いとなよびかになつかしく

手を差伸べて降りました

私の上に降る雪は

熱い額に落ちもくる

涙のやうでありました

私の上に降る雪に

いとねんごろに感謝して、神様に

長生したいと祈りました

私の上に降る雪は

いと貞潔でありました

  


## 時こそ今は……

時こそ今は花は香炉に打薫じ

ボードレール

時こそ今は花は香炉に<ruby><rb>打薫</rb><rt>うちくん</rt></ruby>じ、

そこはかとないけはひです。

しほだる花や水の音や、

家路をいそぐ人々や。

いかに泰子、今こそは

しづかに一緒に、をりませう。

遠くの空を、飛ぶ鳥も

いたいけな情け、みちてます。

いかに泰子、いまこそは

暮るる<ruby><rb>籬</rb><rt>まがき</rt></ruby>や<ruby><rb>群青</rb><rt>ぐんじやう</rt></ruby>の

空もしづかに流るころ。

いかに泰子、今こそは

おまへの<ruby><rb>髪毛</rb><rt>かみげ</rt></ruby>なよぶころ

花は香炉に打薫じ、

  


## 羊の歌

  


## 羊の歌　　安原喜弘に

## Ⅰ　祈り

死の時には私が<ruby><rb>仰向</rb><rt>あふむ</rt></ruby>かんことを！

この小さな<ruby><rb>顎</rb><rt>あご</rt></ruby>が、小さい上にも小さくならんことを！

それよ、私は私が感じ得なかつたことのために、

罰されて、死は来たるものと思ふゆゑ。

あゝ、その時私の仰向かんことを！

せめてその時、私も、すべてを感ずる者であらんことを！

## Ⅱ

思惑よ、汝　古く暗き気体よ、

わが<ruby><rb>裡</rb><rt>うち</rt></ruby>より去れよかし！

われはや単純と静けき<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>きと、

とまれ、清楚のほかを<ruby><rb>希</rb><rt>ねが</rt></ruby>はず。

交際よ、汝陰鬱なる<ruby><rb>汚濁</rb><rt>をぢよく</rt></ruby>の許容よ、

<ruby><rb>更</rb><rt>あらた</rt></ruby>めてわれを目覚ますことなかれ！

われはや孤寂に耐へんとす、

わが腕は既に無用の<ruby><rb>有</rb><rt>もの</rt></ruby>に似たり。

汝、疑ひとともに見開く<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>よ

見開きたるまゝに暫しは動かぬ眼よ、

あゝ、己の外をあまりに信ずる心よ、

それよ思惑、汝　古く暗き空気よ、

わが裡より去れよかし去れよかし！

われはや、貧しきわが夢のほかに興ぜず

## Ⅲ

我が生は恐ろしい嵐のやうであつた、

<ruby><rb>其処此処</rb><rt>そこここ</rt></ruby>に時々陽の光も落ちたとはいへ。

ボードレール

九歳の子供がありました

女の子供でありました

世界の空気が、彼女の<ruby><rb>有</rb><rt>いう</rt></ruby>であるやうに

またそれは、<ruby><rb>凭</rb><rt>よ</rt></ruby>つかかられるもののやうに

彼女は頸をかしげるのでした

私と話してゐる時に。

私は<ruby><rb>炬燵</rb><rt>こたつ</rt></ruby>にあたつてゐました

彼女は畳に坐つてゐました

冬の日の、珍しくよい天気の午前

私の<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>には、陽がいつぱいでした

彼女が頸かしげると

彼女の<ruby><rb>耳朶</rb><rt>みみのは</rt></ruby>　陽に透きました。

私を信頼しきつて、安心しきつて

かの女の心は<ruby><rb>蜜柑</rb><rt>みかん</rt></ruby>の色に

そのやさしさは<ruby><rb>氾濫</rb><rt>はんらん</rt></ruby>するなく、かといつて

鹿のやうに縮かむこともありませんでした

私はすべての用件を忘れ

この時ばかりはゆるやかに時間を熟読<ruby><rb>翫味</rb><rt>ぐわんみ</rt></ruby>しました。

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">IIII</span>

さるにても、もろに<ruby><rb>佗</rb><rt>わび</rt></ruby>しいわが心

夜な夜なは、下宿の<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>に独りゐて

思ひなき、思ひを思ふ　単調の

つまし心の連弾よ……

汽車の笛聞こえもくれば

旅おもひ、幼き日をばおもふなり

いなよいなよ、幼き日をも旅をも思はず

旅とみえ、幼き日とみゆものをのみ……

思ひなき、おもひを思ふわが胸は

閉ざされて、<ruby><rb>醺</rb><rt>かび</rt></ruby><ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>ゆる<ruby><rb>手匣</rb><rt>てばこ</rt></ruby>にこそはさも似たれ

しらけたる<ruby><rb>脣</rb><rt>くち</rt></ruby>、乾きし頬

酷薄の、これな<ruby><rb>寂莫</rb><rt>しじま</rt></ruby>にほとぶなり……

これやこの、慣れしばかりに耐へもする

さびしさこそはせつなけれ、みづからは

それともしらず、ことやうに、たまさかに

ながる涙は、人恋ふる涙のそれにもはやあらず……

  


## 憔悴

Pour tout homme, il vient une époque

où l'homme languit\.          ―Proverbe\.

Il faut d'abord avoir soif……

――Cathérine de Médicis\.

私はも早、善い意志をもつては目覚めなかつた

起きれば<ruby><rb>愁</rb><rt>うれ</rt></ruby>はしい　<ruby><rb>平常</rb><rt>いつも</rt></ruby>のおもひ

私は、悪い意志をもつてゆめみた……

（私は<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>に安住したのでもないが、

其処を抜け出すことも<ruby><rb>叶</rb><rt>かな</rt></ruby>はなかつた）

そして、夜が来ると私は思ふのだつた、

此の世は、海のやうなものであると。

私はすこししけてゐる宵の海をおもつた

其処を、やつれた顔の船頭は

おぼつかない手で漕ぎながら

獲物があるかあるまいことか

水の<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を、にらめながらに過ぎてゆく

## Ⅱ

昔　私は思つてゐたものだつた

恋愛詩なぞ愚劣なものだと

今私は恋愛詩を詠み

甲斐あることに思ふのだ

だがまだ今でもともすると

恋愛詩よりもましな詩境にはいりたい

その心が間違つてゐるかゐないか知らないが

とにかくさういふ心が残つてをり

それは時々私をいらだて

とんだ希望を起させる

昔私は思つてゐたものだつた

恋愛詩なぞ愚劣なものだと

けれどもいまでは恋愛を

ゆめみるほかに能がない

## Ⅲ

それが私の堕落かどうか

どうして私に知れようものか

腕にたるむだ私の怠惰

今日も日が照る　空は青いよ

ひよつとしたなら昔から

おれの手に負へたのはこの怠惰だけだつたかもしれぬ

真面目な希望も　その怠惰の中から

<ruby><rb>憧憬</rb><rt>しようけい</rt></ruby>したのにすぎなかつたかもしれぬ

あゝ　それにしてもそれにしても

ゆめみるだけの　男にならうとはおもはなかつた！

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">IIII</span>

しかし此の世の善だの悪だの

容易に人間に分りはせぬ

人間に分らない無数の理由が

あれをもこれをも支配してゐるのだ

山蔭の<ruby><rb>清水</rb><rt>しみづ</rt></ruby>のやうに忍耐ぶかく

つぐむでゐれば<ruby><rb>愉</rb><rt>たの</rt></ruby>しいだけだ

汽車からみえる　山も　草も

空も　川も　みんなみんな

やがては全体の調和に溶けて

空に昇つて　虹となるのだらうとおもふ……

## Ⅴ

さてどうすれば利するだらうか、とか

どうすれば<ruby><rb>哂</rb><rt>わら</rt></ruby>はれないですむだらうか、とかと

要するに人を相手の思惑に

明けくれすぐす、世の人々よ、

僕はあなたがたの心も<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>もと感じ

一生懸命<ruby><rb>郷</rb><rt>がう</rt></ruby>に従つてもみたのだが

今日また自分に帰るのだ

ひつぱつたゴムを手離したやうに

さうしてこの怠惰の<ruby><rb>窗</rb><rt>まど</rt></ruby>の中から

扇のかたちに食指をひろげ

青空を<ruby><rb>喫</rb><rt>す</rt></ruby>ふ　<ruby><rb>閑</rb><rt>ひま</rt></ruby>を<ruby><rb>嚥</rb><rt>の</rt></ruby>む

蛙さながら水に<ruby><rb>泛</rb><rt>うか</rt></ruby>んで

<ruby><rb>夜</rb><rt>よる</rt></ruby>は<ruby><rb>夜</rb><rt>よる</rt></ruby>とて星をみる

あゝ　空の奥、空の奥。

## Ⅵ

しかし　またかうした僕の状態がつづき、

僕とても何か人のするやうなことをしなければならないと思ひ、

自分の生存をしんきくさく感じ、

ともすると百貨店のお買上品届け人にさへ驚嘆する。

そして理窟はいつでもはつきりしてゐるのに

気持の底ではゴミゴミゴミゴミ懐疑の<ruby><rb>小屑</rb><rt>をくづ</rt></ruby>が一杯です。

それがばかげてゐるにしても、その二つつが

僕の中にあり、僕から抜けぬことはたしかなのです。

と、聞えてくる音楽には心惹かれ、

ちよつとは生き生きしもするのですが、

その時その二つつは僕の中に死んで、

あゝ　空の歌、海の歌、

ぼくは美の、核心を知つてゐるとおもふのですが

それにしても辛いことです、怠惰を<ruby><rb>逭</rb><rt>のが</rt></ruby>れるすべがない！

  


## いのちの声

もろもろの<ruby><rb>業</rb><rt>わざ</rt></ruby>、太陽のもとにては<ruby><rb>蒼</rb><rt>あを</rt></ruby>ざめたるかな。

――ソロモン

僕はもうバッハにもモツアルトにも倦果てた。

あの幸福な、お調子者のヂャズにもすつかり倦果てた。

僕は雨上りの曇つた空の下の鉄橋のやうに生きてゐる。

僕に押寄せてゐるものは、何時でもそれは寂漠だ。

僕はその寂漠の中にすつかり沈静してゐるわけでもない。

僕は何かを求めてゐる、絶えず何かを求めてゐる。

恐ろしく不動の形の中にだが、また恐ろしく<ruby><rb>憔</rb><rt>じ</rt></ruby>れてゐる。

そのためにははや、食慾も性慾もあつてなきが如くでさへある。

しかし、それが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。

それが二つあるとは思へない、ただ一つであるとは思ふ。

しかしそれが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。

それに行き著く一か八かの方途さへ、<ruby><rb>悉皆</rb><rt>すつかり</rt></ruby>分つたためしはない。

時に自分を<ruby><rb>揶揄</rb><rt>からか</rt></ruby>ふやうに、僕は自分に<ruby><rb>訊</rb><rt>き</rt></ruby>いてみるのだ。

それは女か？　<ruby><rb>甘</rb><rt>うま</rt></ruby>いものか？　それは栄誉か？

すると心は叫ぶのだ、あれでもない、これでもない、あれでもないこれでもない！

それでは空の歌、朝、高空に、鳴響く空の歌とでもいふのであらうか？

## Ⅱ

否<ruby><rb>何</rb><rt>いづ</rt></ruby>れとさへそれはいふことの出来ぬもの！

手短かに、時に説明したくなるとはいふものの、

説明なぞ出来ぬものでこそあれ、我が生は生くるに値ひするものと信ずる

それよ現実！　汚れなき幸福！　あらはるものはあらはるまゝによいといふこと！

人は皆、知ると知らぬに<ruby><rb>拘</rb><rt>かかは</rt></ruby>らず、そのことを希望してをり、

勝敗に心<ruby><rb>覚</rb><rt>さと</rt></ruby>き程は知るによしないものであれ、

それは誰も知る、放心の快感に似て、誰もが望み

誰もがこの世にある限り、完全には望み得ないもの！

併し幸福といふものが、このやうに無私の<ruby><rb>境</rb><rt>さかひ</rt></ruby>のものであり、

かの<ruby><rb>慧敏</rb><rt>けいびん</rt></ruby>なる商人の、称して<ruby><rb>阿呆</rb><rt>あはう</rt></ruby>といふでもあらう底のものとすれば、

めしをくはねば生きてゆかれぬ<ruby><rb>現身</rb><rt>うつしみ</rt></ruby>の世は、

不公平なものであるよといはねばならぬ。

だが、それが此の世といふものなんで、

<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>に我等は生きてをり、それは任意の不公平ではなく、

それに<ruby><rb>因</rb><rt>よつ</rt></ruby>て我等自身も構成されたる原理であれば、

然らば、この世に極端はないとて、一先づ休心するもよからう。

## Ⅲ

されば要は、熱情の問題である。

汝、心の底より立腹せば

怒れよ！

さあれ、怒ることこそ

<ruby><rb>汝</rb><rt>な</rt></ruby>が最後なる目標の前にであれ、

この<ruby><rb>言</rb><rt>こと</rt></ruby>ゆめゆめおろそかにする<ruby><rb>勿</rb><rt>なか</rt></ruby>れ。

そは、熱情はひととき持続し、やがて<ruby><rb>熄</rb><rt>や</rt></ruby>むなるに、

その社会的効果は存続し、

<ruby><rb>汝</rb><rt>な</rt></ruby>が次なる行為への転調の<ruby><rb>障</rb><rt>さまた</rt></ruby>げとなるなれば。

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">IIII</span>

ゆふがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事に於て文句はないのだ。