Soranoha

ちるちる・みちる

ちるちる・みちる

山村 暮鳥

自序

お芋いもの蒸ふけるのを、子こども等らと

樂たのしく一しよにまちながら……

わたしは二人ふたりの子こどもの父ちゝであります。(三人にんでしたがその一人ひとりは此この現實げんじつの世界せかいにでて僅わづかに三日か、日光ひのひかりにも觸ふれないですぐまた永遠えいゑんの郷土きやうどにかへつて行ゆきました)勿論もちろん、天眞てんしんな子こども達たちに對たいしては耻はづかしいことばかりの、それこそ名なばかりの父ちゝであります。否いな、父ちゝではありません。友ともであります。ほんとに善よい友ともでありたいと、それを切せつに希ねがふものです。

子こども達たちをおもふと、わたしは幸福かうふくを感かんじます。わたしは希望きばうを感かんじます。子こども達たちをとほしてのみ、眞まことの人間にんげんの生活せいくわつは、その意味いみが解わかるやうに、わたしには想おもはれます。

子こども達たちをおもひ且かつ愛あいすることに依よつて、わたしはわたしの此この苦惱くるしみにみちみてる生涯しやうがいを純きよく、そして美うつくしい日々ひゞとして過すごすでせう。これは大おほきな感謝かんしやであります。

此この夏なつはじめの或ある宵よひのことでした。築地つきぢの聖せいルカ病院びやうゐんにK先生せんせいのお孃じやうさんをみまひました。おなじく、深ふかい罅ひゞのはいつた肉體からだをもつてゐるわたしは、これから海うみに行ゆかうとしてゐたので、一つはしばらく先生せんせいにもお目めに懸かゝれまいと思おもつて。ああ、お孃じやうさんをみる、それが、而しかも最後さいごにならうとは!

あはれ白百合しらゆり

谿たにの百合ゆり

まだ露つゆながら、かつくりと

しほれて

頸くびを垂たれました

處女をとめは

めされてゆきました

アイア

ポペイア

そして天國みくにへゆきました

先生せんせいは奥樣おくさまと、夜晝よるひる、病床ベツドの側そばを離はなれませんでした。そして身みを碎くだいて看護かんごをなされました。先生せんせいは「自分じぶんにかはれるものならば喜よろこんで代かはつてやりたい」と沁々しみ〲、その時とき、わたしに言ゆはれました。それを聽きいた刹那せつなのわたしは、その神樣かみさまのやうなことを仰おつしやる先生せんせいを、心こゝろの中なかで、手てをあはせて拜をがんでゐました。

子こをおもふ此この尊たふとい親心おやごゝろ! 親おやにとつて子こほどのものがありませうか。子こどもは生いのちの種子たねであり、子こどもは地ちを嗣つぐものであり、子こどもは天てんの使つかひであり。愛あいそのものであり、その子こどもがあるから、どんな暗黒あんこくな時代じだいでも、未來みらいにひかりを見みるのです。

此この本ほんにあつめたものは、その二ツ三ツを除のぞいて、みんなわたしの獨創どくそうによる作品さくひんであります。

わたしは今いま、此この本ほんを、小ちひさい兄弟姉妹けうだいしまい達たちである日本にほんの子こども達たちに贈おくります。また。その子こども達たちの親おやであり、先生せんせいである方々かた〲にも是非ぜひ、讀よんで戴いたゞきたいのです。と言いふのは、唯たゞ單たんに子こども達たちのためにとばかりでは無なく、わたしは此等これらのはなしの中なかで人生じんせい、社會しやくわい及およびその運命うんめいや生活せいくわつに關くわんする諸問題しよもんだいを眞摯まじめにとり扱あつかつてみたからであります。

これらは大方おほかた、而しかも今年ことし六ツになる女をんなの子このわたしたちの玲子れいこ――千草ぐさは、まだやつと第だい一のお誕生たんじやうがきたばかりで、何なんにも解わかりません――に、宵よひの口くちの寐床ねどこのなかなどで、わたしが聽きかせたものなのです。親おやとしてまた友ともとしての善良ぜんりやうな心こゝろをもつて。

爾なんぢ、海うみにゆきて鉤はりを垂たれよ。

はじめに釣つりたる魚うををとりて

その口くちをひらかば

金貨きんくわ一つを獲うべし。

Math,.XVIII,27.

目次

海うみの話はなし

まだ生いきてゐる鱸すゞき

莢さやの中なかの豆まめ

鳩はとはこたへた

口喧嘩くちげんくわ

機織虫はたをりむし

鸚鵡あふむ

土鼠もぐらの死し

茶店ちやみせのばあさん

烏からすを嘲あざける唄うた

石芋いしいも

おやこ

木きと木き

家鴨あひるの子こ

雜魚ざこの祈いのり

森もりの老木らうぼく

鴉からすと田螺たにし

仲善なかよし

動物園どうぶつゑん

頬白鳥ほうじろ

瓜畑うりばたけのこと

蟹かに

蛙かへる

風かぜ

馬うま

蚊か

蚤のみ

蝉せみは言いふ

耳みゝを切きつた兎うさぎ

運はこばれる豚ぶた

虻あぶの一生しやう

泥棒どろぼう

星ほしの國くに

鯛たひの子こ

どうしてのんべえは其その酒さけを止やめたか

ささげの秘曲ひきよく

海の話

或ある農村のうそんにびんぼうなお百姓ひやくせうがありました。びんぼうでしたが深切しんせつで仲なかの善よい、家族かぞくでした。そこの鴨居かもゐにことしも燕つばめが巣すをつくつてそして四五羽はの雛ひなをそだててゐました。

その日ひは朝あさから雨あめがふつてゐました。

巣すの中なかで、胸毛むなげにふかく頸くびをうづめた母燕おやつばめが眠ねむるでもなく目めをつぶつてじつとしてゐると雛ひなの一つがたづねました。

「母かあちやん、何なにしてるの。え、どうしたの」

と、しんぱいして。

「どうもしやしません。母かあちやんはね。いま考かんがえ事ごとをしてゐたの」

すると、他ほかの雛ひなが

「かんがえごとつて何なあに」

「それはね……さあ、何なんと言ゆつたらいいでせう。あんた達たちがはやく大おほきくなると、此この國くににさむいさむい風かぜが吹ふいたり、雪ゆきがふつたりしないうちに遠とほい遠とほい故郷こきやうのお家うちへかえるのよ。「かえるのよ。」は底本では「かえるのよ」と誤記そして遠とほい遠とほいその故郷こきやうのお家うちへかえるには、それはそれは長ながい旅たびをしなければならないの。それがね、森もりや林はやしのあるところならよいが、疲つかれても翼はねをやすめることもできず、お腹なかが空すいても何なに一つ食たべるものもない、ひろいひろい、それは大おほきな、毎日まいにち毎晩まいばん、夜よるも晝ひるも翅かけつづけで七日かも十日かもかからなければ越こせない大おほきな海うみの上うへをゆくのよ」

「まあ」と、それを聽きいて雛ひな達たちはおどろきました。

「それだからね、翼はねの弱よわいものや體からだの壯健たつしやでないものは、みんな途中とちうで、かわいさうに海うみに落おちて死しんでしまふのよ」

氣速きばやなのが

「たすけたらいい」と横鎗よこやりをいれました。

「ところがね、それが出來できないの。なぜつて、誰だれも彼かれも自分じぶん獨ひとりがやつとなのよ。みんな一生懸命いつしやうけんめいですもの。ひとを助たすけやうとすれば自分じぶんもともども死しんでしまはねばならない。それでは何なんにもならないでせう。ほんとに其處そこでは助たすけることも助たすけられることもできない。まつたく薄情はくじやうのやうだが自分々々じぶん〲です。自分じぶんだけです。それ外ほか無ないのさ、ね」

「でも、もし母かあちやんが飛とべなくなつたら、僕ぼく、死しんでもいい、たすけてあげる」

「そうかい、ありがとう。だけどね、またその蒼々あを〱とした大おほきな海うみを無事ぶじにわたり切きつて、陸をかからふりかへつてその海うみを沁々しみ〲眺ながめる、あの氣持きもちつたら……あの時ときばかりは何時いつの間まにかゐなくなつてゐる友達ともだちや親族みうちもわすれて、ほつとする。ああ、あの嬉うれしさ……」

「はやく行いつて見みたいなあ」

「わたしもよ、ね、母かあちやん」

「ええ、ええ。誰だれもおいては行ゆきません。ひとり殘のこらず行ゆくのです。でもね、いいですか、それまでに大おほきくそして立派りつぱに育そだつことですよ。壯健たつしやな體からだと強つよい翼はね! わかつて」

「ええ」

「ええ」

「ええ」

と小ちいさい嘴くちが一齊せいにこたへました。母燕おやつばめはたまらなくなつて、みんな一しよに抱だきしめながら

「何なんてまあ可愛かあいんだろ」

まだ生きてゐる鱸

朝早あさはやく、磯いそで投釣なげづりをしてゐる人ひとがありました。なかなか掛かゝらないので、もうやめよう、もうやめようとおもつてゐました。と一尾ぴき大おほきな奴やつがかかりました。

鱸すゞきでした。

その人ひとのよろこびつたらありませんでした。急いそいで、それをぶらさげて歸かへらうと立たちあがりました。

すると鱸すゞきが

「にいさん、私わたしを何處どこへもつて行いくんです」

と聲こゑをかけました。

まだ生いきてゐるのでした。

「えつ! お母つかあにさ。お母つかあは此頃このごろ、すこし病氣びやうきしてゐるんだ」とは言ゆつたものの、心こゝろの中なかでは「すまない、すまない」と手てをあはせるばかりでありました。

魚さかなは

「どうせ食たべられるなら、こんな孝行者かうこうものの親おやの口くちにはいるのは幸福しあはせといふもんだ」と、よろこんでその觀念くわんねんの目めをとぢました。そして二度どと再ふたゝびひらきませんでした。

莢の中の豆

莢さやの中なかには豆粒まめつぶが五つありました。そして仲なかが善よかつたのです。けふもけふとて、むつまじくはなしてゐました。

「もう外そとにでる日ひが近ちかくなつたやうだね」

「どんなに美うつくしいでせう、世界せかいは」

「はやくみたいなあ」

「外そとにでても、此處こゝで一つの莢さやの中なかで、かうしてお互たがひに大おほきくなつたことをわすれないで、仲善なかよくしませうね」

「ええ」

ある日ひの午後ごゞ。ぱちツと不思議ふしぎな音をとがしました。莢さやが裂さけたのです。豆まめは耳みゝをおさえたなり、地ぢべたに轉ころげだしました。

そしてばらばらになつてしまひました。

鳩はこたへた

鳩はとはお腹なかが空すいてゐました。朝あさでした。羽蟲はむしを一つみつけるがはやいか、すぐ屋根やねから庭にはへ飛とびをりて、それを捕つかまえました。

あはや、嘴くちばしが近ちかづかうとすると

羽蟲はむしが

「ちよつと待まつて」と言いひました。

「何なにか用ようかえ」

「ええ」

「どんな用ようだえ。聽きいてやるがら言ゆつて見みたらよからう」

羽蟲はむしはくるしい爪つめの下したで、いひ澁しぶつてゐましたが思おもひ切きつて「切つて」は底本では「切つ」と誤記

「あのう……世間せけんでは、あなたのことを愛あいの天使みつかひだの、平和へいわの表徴シンボルだのつて言ゆつてゐるんです」

「そして」

「それだのにあなたは今いま、何なんの罪つみもない私わたしの生命いのちを取とらうとしてゐる」

「それから」

「それは無法むほふといふものです」

「なるほど、或あるひはそうかも知しれない。けれど自分じぶんは飢うえてゐる。それだから食たべる。これは自然しぜんだ、また權利けんりだ」

「えつ!」

「何なにもそんなにおどろくことはない。それが萬物ばんぶつの生いきてゐる證據しやうこさ」

口喧嘩

南瓜かぼちやと甜瓜まくはうりと、おなじ畑はたけにそだちました。種子たねを蒔まかれるのも一しよでした。それでゐて大たいへん仲なかが惡わるかつたのです。

おたがひに日ひに々々大おほきく、いまは人間にんげんの眼めをひくほどになりました。

或ある日ひ、おてんば娘むすめの甜瓜まくはうりが、かぼちやに毒舌どくぐちを吐つきました。

「よお。おむかうの菊石あばた顏づらの若わかだんな。おほゝゝゝ。なにをそんなにお欝ふさぎなの、大抵たいていで諦あきらめなさいよう。いくらかんがえたつて、みつともない。第だい一そのお面めんぢやはじまらないんだから」

それをきいたかぼちやの怒をこつたの怒をこらないのつて、石いしのやうな拳固げんこをふりあげて飛とび懸かからうとしましたが、蔓つるが足あしにひつ絡からまつてゐて動うごかれない。くやしさに鬼をにのやうな顏かほがいよいよ鬼をにのやうに醜みにくく、まつ赤かになりました。ぶるぶると身震みぶるひしながら「うむむ、うむむ」と何なにか言いはうとしても言いへないで悶もだえてゐました。

そして漸やつと

「いまだからそんな口くちもきけるんだ。此この尼あまつちよめ!……貴樣きさまが花はなだつた時分じぶんときたらな……どうだい、あの吝嗇けちくせえ小ちつぽけな、消けえてなくなりさうな花はながさ。それでも俺おいらは何んないとも言ひやしなかつた……自分じぶんのことは棚たなに上あげたなり忘わすれてしまつて。お前めえはあれでも耻はづかしいとも何なんとも思おもつてはゐなかつたのか」とどもり吃どもり、つぎはぎだらけの仕返しかえしをして、ほつと呼吸いきをつきました。

甜瓜まくはうりは葉はつぱのかげで、その間あひだ、絶たえずくすくす笑わらつてゐました。

けれども南瓜かぼちやはくやしくつて、くやしくつて、たまらず、その晩ばん、みんなの寢靜ねじづまるのを待まつて、地ぢべたに頬ほつぺたをすりつけて、造物つくり主ぬしの神樣かみさまをうらんで男泣をとこなきに泣なきました。

機織蟲

蟲むしの中なかでもばつたは賢かしこい蟲むしでした。この頃ごろは、日ひがな一日にち月つきのよい晩ばんなどは、その月つきや星ほしのひかりをたよりに夜露よつゆのとつぷりをりる夜闌よふけまで、母娘おやこでせつせと機はたを織をつてゐました。

母はゝは親おやだけに、叮嚀ていねいに

「ギーイコ、バツタリ」と織をつてをりますが、性急せつかちな娘むすめつ子こは、

「ギツチヨン。ギツチヨン。ギ、ギツチヨン」とそれはそれは大たいへん忙せわしそうなのです。

野のは桔梗ききやう、女郎花をみなへしのさきみだれた美うつくしい世界せかいです。その草くさの葉はつぱのかげで

「ギーイコ、バツタリ」

「ギツチヨン。ギツチヨン」

ある時とき、そこへ森もりの方はうから、とぼとぼと腹這はらばふばかりに一ぴきの〔「※」は「虫へん+車」〕かな〱があるいてきました。翅はねなどはもうぼろぼろになつて飛とべるどころではありません。

機織蟲ばつたをみかけると

「毎日まいにち、毎日まいにちよくまあ、お稼かせぎですこと」と言いひました。

「はい、仲々なか〱埒らちがあきません。「あきません。」は底本では「あきまん。」と誤記もう、遠とほくの山々やま〱は雪ゆきがふつたつていひますのに」

「まあ! めつきり朝夕あさゆうが冷つめたくなりましてね」

「あなたは、もう冬ふゆの準備おしたくは」

「その冬ふゆの來こないうちに蟻ありどののお世話せわにならなきやなりますまい」

「え、そんなことが……」

「さあ、なければないのが不思議ふしぎなのです。おやおやお日樣ひさまも山やまがけへ隠かくれた。ではお早はやくおしまひになさいまし」

陸稻をかぼ畠ばたけの畔道あぜみちを、ごほんごほんと咳入せきいりながら、〔「※」は「虫へん+車」〕かな〱はどこへゆくのでせう。金泥きんでいを空そらにながして彩いろどつた眞夏まなつのその壯麗そうれいなる夕照ゆうせふに對たいしてこころゆくまで、銀鈴ぎんれいの聲こゑを振ふりしぼつて唄うたひつづけた獨唱ソロの名手めいしゅ、天そら飛とぶ鳥とりも翼はねをとどめてその耳みゝを傾かたむけた、ああ、これがかの夕日ゆうひの森もりに名高なだかく、齢とし若わかき閨秀をんな樂師がくしのなれの果はてであらうとは!

母娘おやこは顏かほをみあはせましたが、寂さびしさうにその何方どちらからも何なんとも言ゆはず、そして〔「※」は「虫へん+車」〕かな〱のうしろ姿すがたがすつかり見みえなくなると、またせつせと側目わきめもふらずに織をり出だしました。

「ギーイコ、バツタリ」

「ギツチヨン。ギツチヨン」「ギツチヨン」」は底本では「ギツチチン」」と誤記

鸚鵡

あるところに手てくせの惡わるい夫婦ふうふがありました。それでも子こどもがないので、一羽はの鸚鵡あふむを子こどものやうに可愛かあいがつてをりました。

鸚鵡あふむが人間にんげんの口眞擬くちまねをするのは、どなたもよくしつてをります。

誰だれか

「お早はやう」といへば、鳥とりもまた

「おはやう」と言いひます。

それから夜よるになつて灯あかりが點ついて「おやすみなさい」ときくと、おなじやうに

「おやすみなさい」と喋舌しゃべります。

ほんとに鸚鵡あふむは愛嬌者あいきやうものです。

そこの家いへにお客樣きやくさまがきました。すると鸚鵡あふむが

「あんたは白瓜しろうり一本ぽん、それつきり」といひました。お客樣きやくさまが

「え」と聽ききかへすと

「妾わたしはそれでも反物たんもの三反だん」

何なにが何なんだかさつぱり解わかりません。そこへお茶ちやを持もつてでてきたお上かみさんにそのことを話はなすと

「ええ、昨晩ゆうべ、盗賊どろぼうにとられた物もののことを言ゆつてるのでせう」

お客樣きやくさまがかへると

「お前まえは、何なんて馬鹿ばかだらう。うつかり秘密話ないしよばなしもできやしない」と、大たいへん叱しかられました。鸚鵡あふむは叱しかられてどぎまぎしました。多分たぶん、口くちまねが拙手へたなので、だらうとおもひまして、それからと言いふものは滅茶苦茶めちやくちやにしやべり續つゞけました。叱しかられれば叱しかられるほどしやべりました。

「ええ、ゆふべ、泥棒どろぼう……何なんて馬鹿ばかだろ……白瓜しろうり一本ぽん、反物たんもの三だん……うつかり秘密話ないしよばなしもできやしない」

夫婦ふうふは困こまつてしまひました。そして、鳥屋とりやへもつて行いつて賣うりました、けれどそれが運うんの盡つきでした。その嘴くちからの言葉ことばで、とうとう二人ふたりは捕つかまつて、暗くらい暗くらい牢獄ろうごくのなかへ投なげこまれました。

土鼠の死

土鼠もぐらが土つちの中なかをもくもく掘ほつて行ゆきますと、こつりと鼻頭はながしらを打ぶツつけました。うまいぞ。それが何なんだかよく見みもしないで、仲間なかまに氣きづかれないやうに、そのまま、そつと砂すなをかけて、知しらない顏かほをして引ひき返かえしました。あとで來きて、獨ひとりでそれを食たべやうとおもつて。

途中とちうで友ともだちに逢あひました。

「どうしたんだ」

「む、大おほきな木きの根ねつこで行ゆかれやしない、駄目だめだ」

夜よるになりました。こつそりでかけました。そして見みて驚おどろきました。「〔【「】は原文では【」】と誤記〕なあんだ。こりや石いしじやないか。ちえツ、馬鹿々々ばか〲〲しい」

そこへ、するすると意地いぢの惡わるい蚯蚓みゝずが匍はひだしてきました。

「何なんぼ何なんでも石いしは喰くはれませんよ。晩餉ごはんはまだなんですか。そんならおしへて上あげませう。此處こゝを左ひだりへ曲まがつて、それから右みぎに折をれて、すこし、あんたと昨日きなふあつた路みちのあの交叉點よつかどです。品物しなものは行ゆけばわかります。だがね、そいつは生いきてるから、近ちかづいたら飛とびついて、すぐ噛殺かみころさないと逃にげられますよ、よござんすか。では、さよなら」

「どうも有難ありがたう、お孃じやうさん。いつかお禮れいはいたします」

あくる朝あさのこと。

農夫のうふが畑はたけにきてみたら、大おほきな土鼠もぐらがまんまと捕鼠器ほそきに掛かゝつてゐました。

茶店のばあさん

崖がけの上うへの觀音樣くわんのんさまには茶店ちやみせがありました。密柑みかんやたまご、駄菓子だぐわしなんどを並ならべて、參詣者おまへりびとの咽喉のどを澁茶しぶちやで濕しめさせてゐたそのおばあさんは、苦勞くらうしぬいて來きた人ひとでした。

ある日ひ、その店前みせさきへ一はの親雀おやすゞめがきて

「いつも子こども等らがきてはお世話せわになります」

と丁寧ていねいにお禮れいをのべました。

おばあさんは不審ふしんさうな顏かほをして

「いいえ。私わたしじやないでせう」と言いつた。それをきいて、側そばについてきてゐた子雀こすゞめが「今朝けさもお米こめを頂いたゞいてよ」

「私わたしに、そんなおぼえは無ない」

ほそい煙けむりこそ立たててゐるが此このとしよりは正直しやうじきで、それに何なにかを决けつして無駄むだにしません。それで、パン屑くづや米粒こめつぶがよく雀すゞめらへのおあいそにもなつたのでした。

その晩ばんのことです。

こつそりとおばあさんのゆめに雀すゞめがしのびこんで來きて、そして遠とほくの遠とほくの竹藪たけやぶの、自分等じぶんらの雀すゞめのお宿やどにつれて行いつておばあさんをあつくあつく饗應もてなしたといふことです。

烏を嘲ける唄

雀すゞめが四五羽はで、凉すゞしい樹蔭こかげにあそんでゐると、そこへ烏からすがどこからか飛とんで來きました。

そして「何なにしてゐたんだ」

「お話はなしをしてゐたのよ。おもしろいお話はなしを」

「ふむむ。それでは一つ聽きいてやらうか」

「あんたがしなさいな、何なにか」

「俺おれは話はなしなんか知しらない」

「そんなら……ねえ、唄うたつておくれよ、いい聲こゑで」

「唄うたか。それも不得手ふゑてだ」

「まあ何なんにも出來できないの。ほんとにあんたは鶯うぐひすのやうな聲こゑもないし、孔雀くじやくのやうな美うつくしい翼はねももたないんだね」

怖こわい目めをして烏からすがだまりこんだので、雀すゞめらは高たかい松まつの木きのうへへ逃にげながら

からす

からす

廣ひろい世界せかいの

にくまれもの

けふも墓場はかばで啼ないてゐた

かあ、かあ

それをきくと烏からすは噴ふき出ださずにはゐられませんでした。

「へつ、此この弱蟲よわむし! そんなら貴樣きさまらには、何なにができる。此この命知いのちしらず奴め!」そして肩かたをそびやかして睨視にらめつけました。

「おれは強つよいぞ」

石芋

百姓せうのお上かみさんが河端かわばたで芋いもを洗あらつてをりました。そこを通とほりかけた乞食こじきのやうな坊ぼうさんがその芋いもをみて

「それを十ばかり施興ほどこしてください」と頼たのみました。「私わたしはお腹なかが空すいてゐるのだ」

お上かみさんはちらと見上みあげました。けれど腰こしも立たてませんでした。そして

「駄目々々だめ〲〲、これは食たべられません。石芋いしいもです」と、くれるのがいやさに、そう言ゆつて嘘うそを吐つきました。

「はあ、さうですか」

坊ぼうさんは強しひてとも言ゆはず、それなり何處どこへか掻かき消けすやうにゐなくなりました。芋いもがすつかり洗あらへたから、それをお上かみさんは家いへにもち歸かへり、そしてお鍋なべに入いれて煮にました。しばらくして、もう煮にえたらうと一つ取出とりだして囓かぢつてみました。固かたい。まるで石いしのやうです。も少すこしたつて、また取出とりだしてみました。矢張やつぱり固かたい。いくら煮にても石いしのやうで食たべられません。お鍋なべから出だして、こんどは火ひで燒やいてみました。不相變あいかはらずです。いよいよ固かたくなるばかりでした。

遂々とう〱、お上かみさんは腹はらを立たてて、それをすつかり裏うらの竹藪たけやぶにすてました。

すると芋いもが

「ざまあみやがれ、慾張よくばりめが。俺おいらが怒おこつて固かたくなると、こんなもんだ」

その翌日あくるひ、こんな噂うはさがぱつと立たちました。昨日きのふの乞食こじきのやうなあの坊ぼうさんは、あれは今いま、生佛いきぼとけといはれてゐるお上人樣しやうにんさまだと。

お上かみさんはぶつたまげてしまひました。けれど「あんなものをあげないで、よかつた」とおもひました。そして裏うらの竹藪たけやぶにでてみますと、捨すてられたその芋いもは青々あを〱と芽をふいてゐるではありませんか。

おやこ

馬うまの母仔おやこが百姓男ひやくせうをとこにひかれて町まちへでかけました。母馬おやうまは大おほきな荷物にもつをせをつてゐました。

「かあちやん、何處どこさ行いぐの」

「町まちへさ」

「なんに行いぐの」

「此この荷物にもつをもつてよ」

「町まちつて、どこ」

「いま行ゆけばわかるがね。おとなしくするんですよ。え」

やがて町まちにつきました。仔馬こうまは賑にぎやかなのにはじめはびつくりしてゐましたが、何なにをみても珍めづらしい物ものばかりなので、うれしくつてたまりませんでした。

「かあちやん、あれは何なに。あのぶうぶうつて驅かけて來くるのは」底本では【」】が欠落

「あれは自働車じどうしやつて言いふものよ」

「そんなら、あれは。そらそこの家いへの軒のきにぶら下さがつてゐるの」

「あれかい、賣藥くすりの看板かんばんさ」

「あれは。あのお山やまのやうな屋根やねは」

「お寺てら」

「あのがたがたしてゐる音をとは」

「米屋こめやで米こめを搗ついてるのさ。機械きかいの音をとだよ」

「そんなら、あれは……」

「もう知しらない。笑わらわれるから、はやくお出いで」

「あああ、あんなものが來きた、黒くれえ煙けむをふきだして……」

「よ、そらまた」

母馬おやうまは煩うるささにがつかりして歸路きろにつきました。町まちはづれまでくると、仔馬こうまは急きふに歩あるきだしました。はやく家いへへかへつてお乳ちゝをねだらうとおもつて。

「早はやくさ、かあちやん。かあちやん、つてば。ぐずぐず道草みちくさばかり食たべてゐて」

けれど憐あはれな母馬おやうまはもう酷ひどく疲つかれてゐるのでした。

月つきがでました。

ほろゑひきげんの百姓男ひやくせうをとこ、今いまはすつかり善人ぜんにんになつて、叱言こごとを一つ言いひません。

「あれ、あれ、お家うちの灯あかりがみへる。もうすぐだよ。母かあちやん」

木と木

老木らうぼく

「こんなに年老としよるまで、自分じぶんは此この梢こづゑで、どんなにお前のために雨あめや風かぜをふせぎ、それと戰たゝかつたか知しれない。そしてお前まへは成長せいちやうしたんだ」

若わかい木き

「それがいまでは唯たゞ、日光につくわうを遮さえぎるばかりなんだから、やりきれない」

家鴨の子

家鴨あひるの子こが田圃たんぼであそんでゐると、そこをとほりかかつた雁がんが

「おうい、おいらと行いがねえか」

「どこへさ」

「む、どこつて、おいらの故郷こきやうへよ。おもしろいことが澤山たんとあるぜ。それからお美味いしいものも――」

「ほんとかえ」

「ほんとだとも」

「そんならつれていつておくれ」

「いいとも、けれど飛とべるか」

家鴨あひるに天空そらがどうして飛とべませう。それども一生懸命いつしやうけんめいとびあがらうとして飛とんでみたが、どうしても駄目だめなので泣なきだし、泣なきながら小舎こやにかへりました。

雁がんはわらつて行いつてしまひました。

小舎こやに歸かへつてからもなほ、大聲おほごゑで泣なきながら「おつかあ、おいらは何なんで、あの雁がんのやうに飛とべねえだ。おいらにもあんないい翼はねをつけてくんろよ」

親おやあひるはそつぽを向むいて聞きこえないふりをしてゐたが、眼めには涙なみだが一ぱいでした。

――「都會と田園」より――

雜魚の祈り

ながらく旱ひでりが續つゞいたので、沼ぬまの水みづが涸かれさうになつてきました。雜魚ざこどもは心配しんぱいして山やまの神樣かみさまに、雨あめのふるまでの斷食だんじきをちかつて、熱心ねつしんに祈いのりました。

神樣かみさまはその祈いのりをきかれたのか。雨あめがふりました。

沼ぬまの干ひてしまはないうちに雨あめはふりましたが、その雨あめのふらないうちに雜魚ざこはみんな餓死がししました。

森の老木

お宮みやの森もりにはたくさんの老木らうぼくがありました。大方おほかたそれは松まつでした。山やまの上うへの高たかみからあたりを睨望みをろして、そしていつも何なんとかかとか口喧くちやかましく言いつてゐました。暑あつければ、暑あつい。寒さむければ、また寒さむいと。

小賢こざかしい鴉からすはそれをよく知しつてゐました。それだから、その頭あたまや肩かたの上うへで、ちよつと翼はねを休やすめたり。或あるひは一夜よの宿やどをたのまうとでもすると、まづ

「何なんて天氣てんきでせう。かう毎日々々まいにち〱〱、打續ぶつつゞけのお照てりと來きちやなんぼなんでもたまつたもんぢやありませんやねえ」

また、ちやうど雨あめでも降ふつてゐるなら

「困こまつた雨あめじやありませんか。これじや膓はらわたの中なかまで、すつかり、びしよ腐ぐされですよ」

老木らうぼくはそれを聽きくと

「そうだとも、そうだとも。こりや一つ何なんとかせにあなるめえ」その癖くせ、何なに一つ爲したことはないのです。唯たゞ、喋舌しやべるばかりです。爲したくも出來できないんでせう。もう根ねが深ふかくはりすぎてゐて身動みうごきもならないやうになつてしまつてゐるのですもの。

鴉からすは、けれど心こゝろの中なかでは赤あかい舌したをぺろりとだして

「こいつあ、人間にんげんのある者ものによく似にてけつかる。それも善いい事ことならいいが、ろくでもねえところなんだから、堪たまらねえ」

鴉と田螺

麗うららかな春はるの日永ひながを、穴あなから這はひだした田螺たにしがたんぼで晝寢ひるねをしてゐました。それを鴉からすがみつけてやつて來きました。海岸かいがんで、鳶とびと喧嘩けんくわをして負まけたくやしさ、くやしまぎれに物ものをもゆはず、飛とびをりてきて、いきなり強つよくこつんと一つ突衝つゝきました。

「あ痛いた!」

こつん、こつん、こつんとつゞけざまの慘酷むごたらしさ。

「いたいよう。ごめんなさいよう」とあげる田螺たにしの悲鳴ひめい。それを藪やぶにゐた四十雀からがききつけて

「まあ兄にいさん、何なにをするんです。そんな酷ひどい目めにあはせるなんて、われもひとも生きもんだ、つてこともあるじやありませんか」

すると鴉からすが

「なんだと、えツ、やかましいわい。此このおしやべり小僧こぞうめ!」

「でもね、われもひとも生きもんだ、つてことが……」

「ええ、うるせえ」と云いふよりはやく飛とび掛かゝりました。けれど四十雀からはもうどこにも見みえません。ちええ。そればかりか、折角せつかくのごちさうはとみれば、その間あひだに、これはまんまと、穴あなへ逃にげこんでしまつてゐるのです。そして穴あなの口くちから頭あたまをだして

「おい、ここだよ」

仲善し

馬方うまかたと馬方うまかたが喧嘩けんくわをはじめました。砂すなツぽこりの大道だいどうの地ぢべたで、上うへになつたり下したになつたり、まるであんこの中なかの團子だんごのやうに。そして双方そうほうとも、泥どろだらけになり、やがて血ちまでがだらだら流ながれ出だしました。

一人ひとりの方ほうの馬うまが「またはじまりましたね」と言いふと

他ほかの馬うま「ええ。いい見物みものですよ」

「あれで、これでも萬物ばんぶつの靈長れいちやうだなんて威張ゐばるんですよ、時々とき〲」

「私達わたしたちのことを、ほんとに、畜生ちくしやうもないもんだ」

「わたしや、氣きが附つかなかつたが一體たい、今日けふのは何なにからですね」

「きかねえんですか。のんだ酒さけの勘定かんじやうからですよ。去年きよねんの盆ぼんに一どお前まへにおごつたことがあるから、けふのは拂はらへと、あののんだくれの俺わしの奴やつが言ゆふんです。するとあんたの方はうも方はうですわねえ。うむ、そんなら貴樣きさまがこないだ途中とちうで、南京米なんきんまいをぬき盗とつたのを巡査じゆんさに告つげるがいいかと言ゆふんです」

「へええ。何なんて圖々づう〲しいんでせうね」そうして「そうして」は底本では「そうし」と誤記半なかば獨白ひとりごとのやうに「自分じぶんでこそ毎日まいにちのやうにやつてる癖くせに」

「人間にんげんつて、みんなこんなんでせうか」

「さあ」

「それはさうと「それはさうと」は底本では「それうさはと」と誤記なかなか長ながいね」

「どうでせう、あの態ざまは」

喧嘩けんくわはすぐには止やみませんでした。

馬うまと馬うまは仲善なかよく、鼻はなをならべて路傍みちばたの草くさを噛かみながら、二人ふたりが半死半生はんしはんしやうで各自てんでの荷馬車にばしやに這はひあがり、なほ毒舌どくぐちを吐はきあつて、西にしと東ひがしへわかれるまで、こんな話はなしをしてゐました。

「さようなら」

「では、御機嫌ごきげんよう」

それをみてゐた大空おほぞらの鳶とんびが

「これがほんとに人間にんげん以上いじやう、馬うま以下いかつて言ゆふんだ。ぴいひよろ」と長ながいながい欠伸あくびをしました。

動物園

動物園どうぶつゑんには澤山たくさんの動物どうぶつがゐました。

勘察加産カムチヤツカさんの白熊しろくまがある夏なつの日ひのこと、水みづから上あがり、それでも汗あせをだらだら流ながしながら

「どうです、象ぞうさん。暑あついぢやありませんか」と聲こゑをかけました。

象ぞうが

「えつ、何なんですつて、わしはこれでも寒さむいぐらゐなんだ、熊くまさん。いまぢあ、すこし慣なれやしたがね、此處こゝへはじめて南洋なんやうから來きたときあ、まだ殘暑ざんしよの頃ころだつたがそれでも、毎日々々まいにち〱〱、ぶるぶる震ふるえてゐましただよ」

「へええ」

季節ときの推移うつりかわりは、やがて冬ふゆとなり、雪ゆきさえちらちら降ふりはじめました。

ある朝あさ、こんどは象ぞうが

「熊くまさん、どうです、今日けふあたりは。雪ゆきの唄うたでもうたつておくれ。わしあ、氷こほりの塊かたまりにでもならなけりやいいがと心配しんぱいでなんねえだ」

「折角せつかく、お大事だいじになせえよ。俺おいらは、これでやつと蘇生いきかへつた譯わけさ。まるで火炮ひあぶりにでもなつてゐるやうだつたんでね」

「ふむむ」

「象ぞうさんよ」

「え」

「何なんの因果いんぐわだらうね、おたがいに」

「何なにがさ」

「何なにがつて、こんなところに何なにか惡わるいことでもした人間にんげんのやうに、誰だれをみても、かうして鐵てつの格子かうしか、そうでなければ金網かなあみや木柵もくさく、石室いしむろ、板圍いたがこいなんどの中なかに閉込とぢこめられてさ、その上うへあんたなんかは御丁寧ごていねいに年ねんが年中ねんぢう、足首あしくびに重おもい鐵鎖くさりまで篏はめられてるんだ」

「熊くまさん」

「なんだえ」

「ほんとに情無なさけねえよ。わしあ。國くにには親兄弟おやけうだいもあるんだが、父親おやぢはもう年老としよりだつたから、死しんだかも知しれねえ」

「わしもさ、晝間ひるまはそれでも見物人けんぶつにんにまぎれてわすれてゐるが、夜よるはしみじみと考かんがえるよ。嬶かゝあや子こども等らのことを……どうしてゐるかと思おもつてね」

仲善なかよしの象ぞうと熊くまとは、折をりふし、こんな悲かなしい話はなしをしてはおたがひの身みの不幸ふしあはせを嘆なげきました。

他ほかの動物どうぶつも、みんな同おなじやうに泣ないてばかりゐました。實げに、動物園どうぶつゑんは動物どうぶつの監獄かんごくでありました。

唯たゞ、狡猾ずるい猿さるだけは、こうして毎日まいにち何なんの仕事しごともなく、ごろごろと惰なまけてゐても、それでお腹なかも空すかさないでゆかれるので、暢氣のんきな顏かほをして、人間にんげんの子どもらの玩弄品おもちやになつて、いつもきやツきやツと騷さわいでゐました。

頬白鳥

ものぐさ百姓ひゃくせうがある朝あさ、めづらしく早起はやおきして、畑はたけで種蒔たねまきをしてゐました。それを頬白鳥ほゝじろがみつけて

「おぢさん、今日こんにちは」といひました。

百姓ひゃくせうはねむそうな眼めを上あげてみました。

「おお、誰だれかとおもつたらお前めえかえ。お前めえさんもはやいね」

「え、おぢさん、これが早はやいんですつて。わたしはもう百ひゃくぺんも歌うたひましたよ。」底本では【」】が欠落

すこし憤むつとした百姓ひゃくせう

「それがどうしたと云ゆふんだ」

「何なんでもありませんよ。たゞね、私わたしはおさきへ失禮しつれいして、これからお茶ちやでも嚥のまうとしてるんです」

瓜畑のこと

「しつ! そら來きた」

いままで、ごろごろとのんきにころがつて罪つみのない世間話せけんばなしをしてゐた瓜うりが、一齊せいにぴたりとその話はなしをやめて、息いきを殺ころしました。みんな、そして眠ねむつた眞擬ふりをしてゐました。

お媼ばあさんは、今日けふもうれしさうに畑はたけを見廻みまはして甘味うまさうに熟じゆくした大おほきい奴やつを一つ、庖丁ほうてうでちよん切ぎり、さて、さも大事だいじさうにそれを抱かゝえてかえつて行ゆきました。すると、また話はなしがひそひそと遠近をちこちではじまりました。

彼方あちらで

「なかなか暑あつくなつて來きたね」

こちらで

「ええ。そろそろとお互たがひの生命いのちもさきが短みじかくなるばかりさ」

「何なにつ! けふも誰だれか殺やられたつて」

どこかで、鼻唄はなうたをうたつてゐる者ものがあります。そうかと思おもふと「誰だれなの、そこでしくしく泣ないてゐるのは」

「あんまりくよくよするもんでねえだ」

「ふむ。べら棒ぼうめ」

「南無阿彌陀佛なむあみだぶつ。南無阿彌陀佛なむあみだぶつ」

蟹

子蟹こがにの這はつてゐるのをみてゐた親蟹おやがには苦にがい顏かほをして言いひました。

「それはまあ、何なんてあるき方かたなんだい。みつともない」

「どんなにあるくの」

「眞直まつすぐにさ」

從順すなほな子蟹こがにはおしへられたやうに試こゝろみました。けれどどうしても駄目だめでした。で

「あるいてみせておくれよ」

「よし、よし。かうあるくもんだ」

親蟹おやがには歩あるきだしました。すると、こんどは子蟹こがにが腹はらをかかえて噴出ふきだしました。

「それじや矢張やつぱり、横よこだあ」

蛙

お池いけのきれいな藻もの中なかへ、女蛙をんなかへるが子こをうみました。男蛙をとこかへるがそれをみて、俺おれのかかあは水晶すいしやうの玉たまをうんだと躍おどり上あがつて喜よろこびました。

それがだんだんかわつて尾をが出でてきました。おたまじやくしになつたのです。男蛙をとこかへるはそれをみると氣狂きちがひのやうになつて怒おこりだしました。鯰なまづの子こをうんだとおもつたのです。

遂々とう〱、變かわりにかわつて、足あしができ、しつぽが切きれて、小ちひさいけれど立派りつぱな蛙かへるになりました。男蛙をとこかへるはしみじみとその子こを眺ながめて、なあんだ、どんなに偉えらい奴やつがうまれるかと思おもつたら、やつぱり普通あたりまへの蛙かへるかと、ぶつぶつ愚痴ぐちをこぼしました。

(「おとぎの世界」募集「募集」は底本では「募募」と誤記童謠より)

風

「なんてけちな風かぜだらう。吹ふくなら吹ふくらしくふけばいいんだ。此この暑あついのに。みてくんな、此この汗あせを。どうだいまるで流ながれるやうだ」

風鈴ふうりんがねぼけたやうにちりりんと、そのとき搖ゆれました。

「ほんとにねえ。これぢや、いい風かぜですとも言ゆはれませんよ。まつたく」

ちらとそれをきいて風かぜは憤むつとしました。「此この意氣地いくぢなしども! そんなら一昨年おととしの二百十日かのやうに、また一と泡あわ吹ふかしてくれやうか」と怒鳴どなりつけやうとは思おもつたが、何なにをいふにも相手あひてはたかのしれた人間にんげんだとおもひ直なほして、だまつて大股おほまたに、あとをも見みず、廣々ひろ〲とした野山のやまの方はうへ行いつてしまひました。

馬

こげつくやうな熱あつい日ひでした。

村むらの酒屋さかやの店前みせさきまでくると、馬方うまかたは馬うまをとめました。いつものやうに、そしてにこにことそこに入はいり、どつかりと腰こしを下をろして冷酒「冷酒」は底本では「冷配」と誤記《ひやざけ》の大おほきな杯こつぷを甘味うまさうに傾かたむけはじめました。一杯ぱい一杯ぱいまた一杯ぱい。これから腹はらがだぶだぶになるまで呑のむのです。「呑むのです。」は底本では「呑むのです」と誤記そして眠ねむくなると、虹にじでも吐はくやうなをくびを一つして、ごろりと横よこになるのです。と雷かみなりのやうな鼾いびきです。

荷馬車にばしやは重をもい。山やまのやうな荷物にもつです。

この炎天えんてんにさらされて、行ゆくこともならず、還かへりもされず、むなしく、馬うまはのんだくれの何時いつだか知しれない眼覺めざめをまつて尻尾しつぽで虻あぶや蠅はひとたわむれながら、考かんがへました。かんがへるとしみじみ悲かなしくなりました。

「なんといふ一生しやうだらう。こうして荷馬車にばしゃを朝あさから晩ばんまで輓ひくために、私わたしの親おやは私わたしをうんだのでもなからうに。自分じぶんの子こがこんな目めに遇あつてゐるのをみたら、人間にんげんならなんと云いふだらう」

馬うまはこのまんま、消きえるやうに死しにたいと思おもひました。死しんで、そして何處どこかで、びつくりして自分じぶんに泣ないてわびる無情むじやうな主人しゅじんがみてやりたいと思おもひました。

けれど直すぐまた思おもひなほしました。

「お互たがひに、明日あすの生命いのちもしれない、はかない生いき物ものなんだ。何なんでも出來できるうちに爲する方はうがいいし、また、やらせることだ」と。

蚊

蚊かが一ぴきある晩ばん、蚊帳かやの中なかにまぐれこみました。みんな寢靜ねしづまると

「どうだい、これは、自分じぶんはまあ何なんといふ幸福者しあはせものだらう。こんやは、それこそ思おもふ存分ぞんぶん、腹はら一杯ぱいうまい生血いきちにありつける譯わけだ」

そして外そとの友ともだちに囁ささやいた。

「うらやましからう。だが、これは天祐てんゆうといふもので、いくら自分じぶんが君達きみたちをいれてあげやうとしたところで駄目だめなんだ」

そこには可愛かあいらしい肉附にくづきの、むつちり肥ふとつたあかんぼが母親はゝおやに抱だかれて、すやすやと眠ねむつてゐました。その頬ほつぺたに蚊かが吸すひつくと、あかんぼは目めをさまして泣なきだしました。と、ぱちツ! 手てで打うつ大おほきな音をとがしました。〔「しました。」は原文では「しました、」と誤記〕

ぷうんと蚊かは、やつと逃にげるには逃にげたが、もう此この狭せまい蚊帳かやの中なかがおそろしくつて、おそろしくつてたまらなくなりました。

その時とき、電燈でんとうの笠かさにとまつてゐた黄金蟲こがねむしが豫言者よげんしやらしい口調くちやうで、こんなことを言いひました。

「馬鹿ばかな奴やつらだ。もう秋風あきかぜも立たつたじやないか、飢うゑるも飽あくも、それがどうした。運命うんめいはみんな一つだ」

蚤

一ぴきの蚤のみが眞蒼まつさをになつて、疊たゝの敷合しきあはせの、ごみの中なかへ逃にげこみました。そしてぱつたりとそこへ倒たふれました。

晝寢ひるねをしてゐた友ともだちはびつくりして

「おい、どうしたんだい」と、その周圍まはりに集あつまりました。「またか。晝稼ひるかせぎになんかに出でるからさ。しつかりしろ、しつかりしろ」

その中なかで年嵩としかさらしいのが

「でもまあ無事ぶじでよかつた。人間にんげんめ! もうどれほど俺達おれたちの仲間なかまを殺ころしやがつたか。これを不倶戴天ふぐたいてんの敵てきとゆはねえで、何なにを言ゆふんだ。此この世よはおろか、此このかたきは、生うまれかはつて打うたなけりやならねえ」

すると他ほかのが

「生れかはるつて、何なににさ」

「人間にんげんによ」

「そんなら人間にんげんは」

「きまつてるじやねえか、蚤のみさ」

その時とき、女をんなの聲こゑ

「ちえツ、いまいましいつたらありやしない。また。捕逃とりにがしてよ。あなたがぼんやりしてゐるんだもの」

やがて呼吸いきをふき返かへしたその蚤のみ

「おお、すんでのところ。小ちつぽけでも、たつた一つきやねえ生命いのちだ。危あぶない。あぶない」

蝉は言ふ

富豪ものもちの家いへでは蟲干むしぼしで、大おほきな邸宅やしきはどの部屋へやも一ぱい、それが庭にはまであふれだして緑みどりの木木きゞの間あひだには色樣々いろさま〲の高價かうかなきものが匂にほひかがやいてゐました。

その中なかでもとりわけ立派りつぱな總縫模樣そうぬいもやうの晴着はれぎがちらと、塀へいの隙すきから、貧乏びんぼうな隣家となりのうらに干ほしてある洗晒あらひざらしの、ところどころあてつぎなどもある單衣ひとへものをみて

「みな樣さま、まあご覧らん遊あそばせ、あれを。あれでも着物きものと申まをすのでせうか。あれと私達わたしたちとは何なんの關係くわんけいも無ないやうなものの、あれも着物きもの、私達わたしたちお互たがひも着物きもの、何なんとなく世間せけんに對たいして、私わたしは氣耻きはづかしいやうでなりませんのよ」

「何なんだと」それを聽きかれたから、たまりません

「も一ぺんほざいて見みろ。そのままにやしておかねえぞ、此この虚榮きよえいの塊かたまりめ! 貧乏びんぼうがどうしたつてんだ。こうみえてもまだ貴樣等きさまらの臺所だいどころの土間どまにおすはりして、おあまりを頂戴ちやうだいしたこたあ、唯たゞの一どだつてねえんだ。餘あんまり大おほきな口くちを叩たゝきあがると、おい、暗くれえ晩ばんはきをつけろよ」

これはまた落雷らくらいのやうな聲こゑでした。さつきから啼なくのをやめて、どんなことになるかとはらはらしながらきいてゐた蝉せみの哲學者てつがくしや、附近あたりがもとの靜穩しづかさにかへると

「どうも此この喧嘩けんくわは解わからない。晴着はれぎは晴着はれぎでよいではないか。また、單衣ひとへものは單衣ひとへものでよいではないか。晴着はれぎは晴着はれぎ。單衣ひとへものは單衣ひとへもの。晴着はれぎがいくら立派りつぱでも單衣ひとへものの役やくには立たたない。單衣ひとへものもそうだ。晴着はれぎの場所ばしよへは向むかない。これは彼かれを蔑さげすみ、彼かれはこれを憤いきどほる。こんなことが、一體たいあつてよいものか」

そして最後さいごにつくづく感服かんぷくしたらしくつけ加くはへました。

「“Know「Know」は底本では「Knaw」と誤記 thyself”(汝なんぢ自身じしんを知しれ)とは、まことに千古この金言きんげんだ」

耳を切つた兎

山やまの兎うさぎがふもとの村むらのお祭まつりにでかけました。おしやれな娘兎むすめうさぎのこととて、でかけるまでには谿川たにがはへ下をりて顏かほをながめたり、からだ中ぢうの毛けを一本ぽん一本ぽん、綺麗きれいに草くさで撫なでつけたり、稍やゝ、半日はんにちもかかりました。

「何なんてまあ、いい毛けだらう」と、それを第だい一に見みつけた猫ねこが羨うらやましさうに、まづ賞ほめました。犬いぬも狐きつねも野鼠のねづみも、みな

「ほんとにねえ」と同意どういしました。

兎うさぎはうれしくつてたまりませんでした。すると猫ねこがまた

「けれど、どうも耳みゝが長過ながすぎるね」と、つくづくみてゐて批評ひひやうしました。

それをきくと

「ほんとに、そう言ゆはれてみると、そうだ」一同どうは口くちを揃そろえていひました。

兎うさぎは、はつと思おもひました。そしてみんなの耳みゝをみました。それから自分じぶんのを手てで觸さはつてみました。なるほど長ながい!

そこで早速さつそく、理髪店とこやに行いつてその耳みゝを根元ねもとからぷつりと切きつて貰もらひました。おもてへ出でると指ゆびさして、逢あふもの毎ごとに笑わらふのです。

「おや、耳みゝのない兎うさぎ」

「何なんといふ不具かたわでせうね」

もうお祭まつりどころではありません。いそいで、泣なきながら山やまへ歸かへりました。

山やまへ歸かへると、親兄弟おやきやうだいは勿論もちろん、友ともだちも驚おどろいてしまひました。そしてかわいさうに此この兎うさぎは一生しやうの笑わらはれ者ものとなりました。

運ばれる豚

いつも物置ものおきの後うしろの、汚きたない小舎こやの中なかにばかりゐた豚ぶたが、或ある日ひ、荷車くるまにのせられました。

此この豚ぶたは夢想家むさうかでした。

「なんと言いふことだ。天氣てんきは上等じやうとう、此このとほりの青空あをぞらだ。かうして自分じぶんは荷車にぐるまにのせられ、その上うへにこれはまた他ほかの獸等けものらに意地いぢめられないやうに、用意周到よういしうとうなこの駕籠かご。さすがは人間にんげんだ、すこし窮屈きうくつは窮屈きうくつだが、それも風流ふうりゆうでおもしろいや。や、海うみがみえるぞ、や、や、船ふねだ船ふねだ。なんといふことだ。子こども等らもつれてくるんだつけな。どんなによろこぶだらう、お、お、電車でんしや、活動寫眞くわつどうの樂隊がくたい。とうとう町まちへ來きたんだな。えツ、ほんとに嬶かゝあや子こども等らをつれてくるんだつたに。あれ、向むかふにみへるのは何なんだ。王樣わうさまの御殿ごてんかもしれねえ、自分じぶんはあそこへ行ゆくのだらう。きつと王樣わうさまが自分じぶんをお召めしになつたんだ。お目めに懸かゝつたら何なにを第だい一に言ゆはう。そうだ。自分じぶんの主人しゆじんは慾張よくばりで、ろくなものを自分じぶんにも自分じぶんの子こども等らにも食たべさせません、よく王樣わうさまの御威嚴ごゐげんをもつて叱しかつて頂いたゞきたい。と、それから次つぎには……」

かたりと荷車にぐるまがとまりました。豚ぶたは、はつとわれにかへつてみあげました。そこには縣立けんりつ畜獸ちくじう屠殺所とさつじよといふ大おほきな看板かんばんが掛かゝかつてゐました。

虻の一生

かんかん日ひの照てる炎天えんてんにつツ立たつて、牛うしがなにか考かんがえごとをしてゐました。虻あぶがどこからかとんできて、ぶんぶんその周圍まはりをめぐつて騷さわいでゐました。

あまり喧やかましいので、さすがに忍耐にんたい強づよい牛うしも我慢がまんがし切きれなくなつたと見みえ

「うるせえ、ちと彼方あつちへ行いつててくれ」と言いひました。虻あぶのやんちやん、そんなことは耳みゝにもいれず、ますます蠅はひなどまで呼集よびあつめて飛とび廻まはつてゐました。

「うるせえツたら」

「え」

「ちつと何處どこへか行いつててくれよ」

「何なんで」

「うるせえから」

「はい、はい」

けれど仲々なか〱、行ゆかうとはしません。

「はやく行いげ」

「行ゆきますよ。だがね、おぢさん、此處こゝはあんたばかりの世界せかいぢやありませんよ」

「それはさうだ」

「そんなら、そんなに、がみがみゆはないつたつていいでせう。そうじやないですか」

牛うしはだまりこみました。虻あぶはあいかわらず。そして酷ひどく相手あひての腹はらをたてました。

も一ど、それでも牛うしは

「お願ねがひだから、靜しづかにしてゐてくんな」と頼たのみました。靜しづかになつたやうでした。すると、こんどは虻あぶの奴やつ、銀ぎんの手槍てやりでちくりちくりと處ところ嫌きらはず、肥太こえふとつた牛うしの體からだを刺さしはじめました。

堪忍嚢かんにんぶくろの緒をは切きれました。それでも強つよい角つのをつかうほどでもありません。

ぴゆツと一とふり尻尾しつぽをふると、びちやりと大おほきな腹はらの上うへで、めちやめちやに潰つぶれて死しんでしまひました。

虻あぶは生うまれてまだ幾日いくにちにもなりませんでした。

そしてこれがその短みぢかい一生しやうでした。

泥棒

泥棒どろぼうが監獄かんごくをやぶつて逃にげました。月つきの光ひかりをたよりにして、山やまの山やまの山奥やまおくの、やつと深ふかい谿間たにまにかくれました。普通なみ、大抵たいていの骨折ほねをりではありませんでした。そこで綿わたのやうに疲勞つかれて眠ねむりにつきました。草くさを敷しき、石いしを枕まくらにして、そしてぐつすりと。

朝あさ。

神樣かみさまがそれを御覧ごらんになりました。これは、なんといふ瘻やつれた寢顏ねがほだらう。

「おお、わが子こよ」と仰おほせられて、人間にんげんどもの知しらない聖きよい尊たつといなみだをほろりと落おとされました。

それをみてゐた朝起あさおきのひたきも、おもはず貰もらひ泣なきをいたしました。

[#底本には、本文から離れた位置に「もつて。」と誤植]

星の國

山やまの中なかに古池ふるいけがありました。そこに蛙かへるの一族ぞくが何不自由なにふじいうなく暮くらして、住すんでをりました。

あるとき木菟みゝずくが水みづをのみにきて、その蛙かへるの一ぴきに逢あひました。

「やあ、しばらくだね、蛙君かへるくん」

「木菟みゝづくさんか、何處どこへ行いつてゐたんです」

「あんまり一つ所どころも飽あきたんで、あれから方々はう〲、飛とび廻まはつてきたよ」

「へえ」

「何なにかおもしろい話はなしでもないかい」

「それは俺わしの方ほうからいふ言葉ことばでさあ。こうして此處こゝで生うまれて此處こゝでまた死しぬ俺等わしらです。一つ旅たびの土産みやげはなしでもきかせてくれませんか」

「とりわけてこれと云いふ……何處どこもみんな同おんなじですがね。……だが、あの星ほしの國くにへあそびに行いつて、宵よひのうつくしい明星樣めうじやうさまにもてなされたのだけは、おらが一生しやう一代だいの光榮くわうえいさ」

と、蛙かへるがそれを遮さへぎつて

「俺わしがいくら世間見せけんみずだと言いつて、出鱈目でたらめはごめんですよ」

「何なにが出鱈目でたらめだい」

「何なにがつて、あんたにや水潜みづもぐりはできめえ。星ほしの國くにはね。此この池いけの水底みづそこにあるんですぜ」

「え」

「それでも嘘うそでねえと云いふんですか」

すると木菟みゝづくが

「蛙君かへるくん、きみはまあ何なにをゆつてるんだ。星ほしの國くには、こうした樹きの上うへの、そのもつと高たかいたかあいところにある天空そらなんだよ」

「そんなら二つあるのかね」

「二つなもんか、その天空そらにあるツきりさ」

「そんなことがあつてたまるもんか」

「馬鹿ばかだなあ」

「どつちが」

どつちもその所信しよしんを棄すてません。そのうちに、とつぷりと日ひがくれて、月つきがでました。星ほしもでました。

蛙かえるが口惜くやしがつて

「あれ、あれが何なによりの證據しやうこじやないか、みたまへ。水みづの底そこを……」

木菟みゝづくが

「なるほどな。けれど上うへをごらん、あれは何なんんだい」

「おお」と蛙かへるはおどろきました。

なんだか急きふに池いけの中なかがさわがしくなりました。魚類さかなたちがいつもの舞踏ダンスをはじめたのです。それをみると、もう飛立とびたつばかりにうれしくなり、何なにもかもすつかり忘わすれて

木菟みゝづくが

「ほう、ほう、ほろすけほ」

蛙かへるも

「がちがちがちがち」

鯛の子

ある日ひ、鯛たひの子こが

「お父樣とうさま、しばらくお暇いとまが戴いただききたうございます」とおそるおそる父ちゝの前まへにでて、お願ねがひしました。そして心こゝろの中うちでは、どうか聽容きゝいれてくれるといいが。

父鯛おやだいはそれと聞きいて

「おお、汝そちは暇いとまをもらつて何なんとするのか」

「はい、旅たびに出でやうと思おもひまして」

「む、旅たびに」

「はい」

「何處どこへ、そしてまた、何なにしに行ゆく」

「はい。私わたしはつくづく自分じぶんに智慧ちゑの無ないことを知しりました」

「それで」

「それで、これから廣ひろい世界せかいをめぐつて、もつともつと樣々さま〲のことを見みたり聞きいたりしたいのです」

「それもよからう。けれど汝そちは卑いやしくも魚族ぎよぞくの王わうの、此この父ちゝが世よをさつたらばその後あとを嗣つぐべき尊嚴たうとい身分みぶんじや。决けつして輕々かろ〲しいことをしてはならない。よいか」

「はい」

「それが解わかつたら、すべては汝そちの自由じいうに委まかせる」

生うまれてはじめての鯛たひの子この旅たび! 從者じうしやもつれず唯ただ、獨ひとりはじめの七日か十日かは何なにかと物珍ものめづらしくおもしろかつたが、段々だん〲と日ひを追をつて澤山たくさんのくるしいことや悲かなしいことが、到いたるところに待伏まちぶせし、とり圍かこみ、且かつ攻寄せめよせてくるのでした。

「自分じぶんは鯛王たひわうの子こだ。失敬しつけいなことをするな」

すると鮫さめが「おい、みんな此この氣狂きちがひを來きてみろ」

鱶ふかが

「小僧こぞう! おめえ迷兒まいごか、どこからきたんだ。だれか尋たづねる者ものでもあるのか」

鯛たひの子こはくやしくつて火ひのやうに眞赤まつかになりました。けれどまた怖こわくつて、氷こほりのやうに硬こはばつてぶるぶる、ふるえてをりました。

もう旅たびは懲々こり〱でした。そう思おもふと、自分じぶんの家いへが戀こひしくつて戀こひしくつてたまりません。はやくかえらう。はやくかえらう。と、……………………

父鯛おやたひ

「おお、氣きがついたか」

ぱつちりと目めをあいた子この鯛たひ

「ここはどこです」

「汝そちの家いへぢや」

「え。あなた誰方どなたです」

「汝そちの父ちゝじや。わからないのか」

「あツ、お父樣とうさま!」

「どうしたといふのか、どう……でもまあよかつたわ」

「私わたしは甦うまれかはつたやうに感かんじます」

「おお。そして旅たびはどんなであつた」

「はい」是々云々これ〱しか〲でしたと、灣内わんないであつた鰯いわしやひらめの優待いうたいから、沖をきでうけた大おほきな魚類ぎよるゐからの侮蔑ぶべつまで、こまごまとなみだも交まぢる物語ものがたり。

「するとその歸かへるさ、私わたしは路みちを急いそいでをりますと、此この鼻はなさきに大おほきな眞黒まつくろい山やまのやうなものがふいと浮上うきあがりました。眼めがくらくらツとして體からだが搖ゆれました。まつたく突然だしぬけの出來事できごとです。けれど何程なにほどのことがあらうと運命うんめいを天てんにゆだね、夢中むちうになつて驅かけだしました。それからのことは一切さいわかりません」

「無事ぶじであつて何なによりじや。その黒くろい大おほきな山やまとは、鯨くじらぢやつた。おそろしいこと、おそろしいこと、聞きいただけでも慄ぞつとする」

「お父樣とうさま」

「何なに」

「でも私わたしは善よい經驗けいけんをいたしました」

「そんな生命いのちの瀬戸際せとぎはで」

「はい。そればかりではありません。世界せかいには私わたしどもの知しらないことが數限かずかぎりなくあります。――小ちひさなところで獨ひとり威張ゐばつてゐることの」

「え」

「愚おろかさがしみじみ、はじめて解わかりました」

どうしてのんべえは其酒を止めたか

のんべえものんべえも怖おそろしいのんべえがありました。その家いへでは、それがために一年ねんの三百六十五日にちを、三百日にちぐらゐは必かならず喧嘩けんくわで潰つぶすことになつてゐました。

けふもけふとて、ぐでんぐでんに御亭主ごていしゆが醉拂よつぱらへてかへつて來くると、お上かみさんが山狼やまいぬのやうな顏つらをして吠ほえ立たてました。なんとゆつても、まるで屍骸しんだもののやうに、ひツくりかへつてはもう正體しやうたいも何なにもありません。梁はりの煤すゝもまひだすやうな鼾いびきです。

お上かみさんも呆あきれて、だまつてしまふのが例れいでした。

不思議ふしぎなこともあるものです。それが今日けふは、何なにをおもひだしたのか、目めが覺さめると、めそめそ啜すゝり泣なきをしながら、何處どこへか出でて行いつてしまひました。

やがてのんべえは樹深こぶかい裏山うらやまのお宮みやの前まへにあらはれました。「あらはれました。」は底本では「あらはれました」と誤記そして地ぢべたに跪ひざまづいて

「神樣かみさま、どうかお聽ききになつてください。私わたしはあなたもよく御承知ごしやうちののんべえです。私わたしがのんべえなために家いへの生計くらしは火ひの車くるまです。嬶かゝあや子こども等らのひきづツてゐるぼろをみると、もうやめよう、もうやめよう「もうやめよう」は底本では「もうやう」と誤記とは思おもふんですが、またすぐ酒屋さかやの店先みせさきをとほつて、あのいいぷうんとくる匂にほひを嗅かぐと、まつたく理りも非ひもなくなるんです。そしてそこへ飛とび込こんでしまふんです。神樣かみさま、どうしてこんなに嚥のみたいんでせう。どうかして此この呑のみたい酒さけをやめることは出來できないもんでせうか」

神樣かみさまはのんべえの涙なみだを御覧ごらんになりました。

「そうか。よくわかつた。俺わしはお前まへがかわいさうでならない。唯たゞ、それだけだ」

「えツ、こんな紙屑かみくづのやうな人間にんげんでも、かわいさうに想おもつてくださいますか」

「おお、そうおもはなくつてどうする」

「へえゝゝゝゝ」

よろこんだの、よろこばないのつて、のんべえは轉ころげるやうに、よろこんでその山やまから家いへに驅かけ戻もどりました。來きてみると嬶かゝあも子こどもも誰だれもゐません。

お上かみさんはお上かみさんで、子こども達たちを引ひきつれて御亭主ごていしゆの立去たちさつたあとへ、入いれ違ちがひにやつて來きました。

まるで喧嘩けんくわでも賣うりにきたやうに

「どうしたもんでせう。神樣かみさま。宅たくののんべえですがね。もうあきれて物ものも言いへません。妾わたしがあなたに、あの酒さけの止やむやうにつてお願ねがひしたのは百ぺんや二百ぺんではありません。けれど止やむどころか、あの通とほりです。けふは妾わたしに何なにか言ゆはれたのがよくよく、くやしかつたとみえまして、目めが覺さめると、しくしく泣なきながら、また出でて行いつたんです。屹度きつと、酒屋さかやへです。私わたしは酒さけを憎にくみます。そのためにどうでせう、妾わたしや子こども等らは年ねんが年中ねんぢう、食くふや食くはずなんです。神樣かみさま、なんとか仰おつしやつてくれませんか。どうしてあなたはあんな酒さけの造つくり方かたなんか人間にんげんにお教をしえになつたんです。妾わたしはあなたを恨うらみます」と、喚わめきました。

神樣かみさまは、前まへとおなじやうに

「そうか。よくわかつた。俺わしはお前達まへたちがかわいさうでならない。唯たゞ、それだけだ」

「えツ。唯たゞ、それだけですつて。ぢあ、酒さけの方ほうはどうしてくださるんです」

「それは俺わしの知しつたことではない」

「まあ、此この神樣かみさまは」

「なんだ」

「酒さけの方はうをどうして、くださるつて言ゆつてるじやありませんか」

「そんなことは惡魔あくまに聞きけ!」

ぷりぷり怒おこつてお上かみさんは歸かへりました。歸かへりながら考かんがえました。「ええ、馬鹿ばかつくせえ。何なんとでもなるやうになれだ」と、途中とちうで、あらうことかあるまいことか女をんなの癖くせに、酒屋さかやへその足あしではいりました。

底抜そこぬけにひツ傾かけた證據しやうこの千鳥ちどりあし、それをやつと踏ふみしめて家いへの閾しきゐを跨またぎながら

「やい、宿やど六、飯めしをだしてくれ、飯めしを。腹はらがぺこぺこだ。え。こんなに暗くらくなつたに、まだランプも點つけやがらねえのか。え、おい」

おどろいたのは御亭主ごていしゆでした。大變たいへんなことになつたものです。天地てんちが、ひつくりかえつたやうです。そんな日ひがそれ以來いらい、幾日いくにちも幾日いくにちも續つゞきました。餘あまりのおどろきに御亭主ごていしゆは、自分じぶんの酒慾しゆよくも何なにもすつかり、どこへか忘わすれました。そして眞面目まじめに働はたらきだしました。

するとお上かみさんも考かんがえました。その不品行ふひんかうが耻はづかしくなつて來きたのです。

或ある日ひ、夫婦ふうふして仲睦なかむつまじくお茶ちやをのんでゐると、そこへ雉きじの子こが木きの葉はを一つ葉ぱ、啣くわえてきて、おいて行ゆきました。それは裏山うらやまの神樣かみさまからでした。何なにか書かいてありました。みると

「さあ、これでお前達まへたちの願望ねがいはかなつた」

ささげの秘曲

朝露あさつゆが一めんにをりてゐました。ささげ畑ばたけでは、ささげが繊ほそい細ほそいあるかないかの銀線ぎんせんの、否いな、むづかしくいふなら、永遠えいゑんを刹那せつなに生いきてもききたいやうな音ねのでる樂器がくきに、その聲こゑをあはせて、頻しきりに小唄こうたをうたつてゐました。

けさも貧まづしい病詩人びやうしじんがほれぼれとそれをきいてゐました。他ほかのものの跫音あしをとがすると、ぴつたり止やむので、誰だれもそれを聽きいたものはありません。

そのうた――

どこにおちても俺等わしらは生はへる

はなもさかせる

みもむすぶ

そしてまあ

何なんてきれいな世界せかいだろ

[#明らかな誤字・脱字、判読不能などの箇所の修正は、「山村暮鳥全集 第三巻」筑摩書房 1989(平成元)年9月30日初版発行 を参考にした。]

底本 / Source edition

底本:「ちるちる・みちる 山村暮鳥童話集」名著復刻 日本児童文学館、ほるぷ出版
1974(昭和49)年5月初版発行
底本の親本:「ちるちる・みちる 山村暮鳥童話集」落陽堂
1920(大正9)年8月22日初版発行
入力:橋本山吹
校正:トム猫
1999年11月11日公開
青空文庫作成ファイル:
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TEI
/works/000828_000136/tei
プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/000828_000136/

山村 暮鳥「ちるちる・みちる」(旧字旧仮名)、底本『ちるちる・みちる 山村暮鳥童話集』名著復刻 日本児童文学館、ほるぷ出版、1974年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 000828_000136, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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