Soranoha

うたかたの記

うたかたのき

森 鴎外

上

幾頭の獅子ししの挽ひける車の上に、勢いきおいよく突立ちたる、女神にょしんバワリアの像は、先王ルウドヰヒ第一世がこの凱旋門がいせんもんに据すゑさせしなりといふ。その下もとよりルウドヰヒ町を左に折れたる処に、トリエント産の大理石にて築きずきおこしたるおほいへあり。これバワリアの首府に名高き見ものなる美術学校なり。校長ピロッチイが名は、をちこちに鳴りひびきて、独逸ドイツの国々はいふもさらなり、新希臘ギリシア、伊太利イタリア、璉馬デンマークなどよりも、ここに来きたりつどへる彫工ちょうこう、画工数を知らず。日課を畢おへて後のちは、学校の向ひなる、「カッフェエ・ミネルワ」といふ店に入りて、珈琲カッフェーのみ、酒くみかはしなどして、おもひおもひの戯たわぶれす。こよひも瓦斯燈ガスとうの光、半ば開きたる窓に映じて、内には笑ひさざめく声聞ゆるをり、かどにきかかりたる二人あり。

先に立ちたるは、かち色の髪かみのそそけたるを厭いとはず、幅広き襟飾えりかざり斜ななめに結びたるさま、誰たが目にも、ところの美術諸生しょせいと見ゆるなるべし。立たち住どまりて、後あとなる色黒き小男に向ひ、「ここなり」といひて、戸口をあけつ。

先づ二人が面おもてを撲うつはたばこの烟けぶりにて、遽にわかに入りたる目には、中なかなる人をも見わきがたし。日は暮れたれど暑き頃なるに、窓悉ことごとくあけ放はなちはせで、かかる烟の中に居るも、習ならいとなりたるなるべし。「エキステルならずや、いつの間にか帰りし。」「なほ死なでありつるよ。」など口々に呼ぶを聞けば、彼かの諸生はこの群むれにて、馴染なじみあるものならむ。その間、あたりなる客は珍らしげに、後につきて入来いりきたれる男を見つめたり。見つめらるる人は、座客ざかくのなめなるを厭ひてか、暫しばし眉根まゆねに皺しわ寄せたりしが、とばかり思ひかへししにや、僅わずかに笑えみを帯びて、一座を見度みわたしぬ。

この人は今着きし汽車にて、ドレスデンより来にければ、茶店ちゃみせのさまの、かしことここと殊ことなるに目を注ぎぬ。大理石の円卓まるづくえ幾つかあるに、白布しらぬの掛けたるは、夕餉ゆうげ畢りし迹あとをまだ片附けざるならむ。裸なる卓に倚よれる客の前に据ゑたる土やきの盃さかずきあり。盃は円筒形えんとうがたにて、燗徳利かんどくり四つ五つも併せたる大おおいさなるに、弓なりのとり手つけて、金蓋かなふたを蝶番ちょうつがいに作りて覆おおひたり。客なき卓に珈琲碗わん置いたるを見れば、みな倒さかしまに伏せて、糸底いとぞこの上に砂糖、幾塊いくかたまりか盛れる小皿載せたるもをかし。

客はみなりも言葉もさまざまなれど、髪もけづらず、服も整ととのへぬは一様なり。されどあながち卑しくも見えぬは、さすが芸術世界に遊べるからにやあるらむ。中にも際立きわだちて賑にぎわしきは中央なる大卓おおづくえを占めたる一群ひとむれなり。よそには男客のみなるに、独ひとりここには少女おとめあり。今エキステルに伴はれて来こし人と目を合はせて、互に驚きたる如ごとし。

来し人はこの群に珍らしき客なればにや。また少女の姿は、初めて逢あひし人を動かすに余あまりあらむ。前庇まえびさし広く飾なき帽ぼうを被かぶりて、年は十七、八ばかりと見ゆる顔かんばせ、ヱヌスの古彫像を欺あざむけり。そのふるまひには自おのずから気高けだかき処ありて、かいなでの人と覚えず。エキステルが隣の卓なる一人の肩を拍うちて、何事をか語かたりゐたるを呼びて、「こなたには面白き話一つする人なし。この様子にては骨牌カルタに遁のがれ球突たまつきに走るなど、忌いまはしき事を見むも知られず。おん連れの方と共に、こなたへ来たまはずや。」と笑みつつ勧すすむる、その声の清きに、いま来し客は耳傾かたぶけつ。

「マリイの君のゐ玉ふ処へ、誰たれか行かざらむ。人々も聞け、けふこの『ミネルワ』の仲間に入れむとて伴ともなひたるは、巨勢こせ君とて、遠きやまとの画工なり。」とエキステルに紹介せられて、随来したがいきぬる男の近寄りて会釈えしゃくするに、起たちて名告なのりなどするは、外国人とつくにびとのみ。さらぬは坐したるままにて答ふれど、侮あなどりたるにもあらず、この仲間の癖くせなるべし。

エキステル、「わがドレスデンなる親族みうち訪たずねにゆきしは人々も知りたり。巨勢君にはかしこなる画堂にて逢ひ、それより交まじわりを結びて、こたび巨勢君、ここなる美術学校に、しばし足を駐とどめむとて、旅立ち玉ふをり、われも倶ともにかへり路じに上りぬ。」人々は巨勢に向ひて、はるばる来きぬる人と相識あいしれるよろこびを陳のべ、さて、「大学にはおん国人くにびとも、をりをり見ゆれど、美術学校に来たまふは、君がはじめなり。けふ着きたまひしことなれば、『ピナコテエク』、また美術会の画堂なども、まだ見玉はじ。されどよそにて見たまひし処にて、南独逸ドイツの画えを何とか見たまふ。こたび来たまひし君が目的は奈何いかに。」など口々に問ふ。マリイはおしとどめて、「しばししばし、かく口を揃そろへて問はるる、巨勢君とやらむの迷惑、人々おもはずや。聞かむとならば、静まりてこそ。」といふを、「さても女主人おみなあるじの厳しさよ、」と人々笑ふ。巨勢は調子こそ異様ことざまなれ、拙つたなからぬ独逸語にて語りいでぬ。

「わがミュンヘンに来こしは、このたびを始はじめとせず。六年むとせ前にここを過ぎて、索遜ザクセンにゆきぬ。そのをりは『ピナコテエク』に懸けたる画を見しのみにて、学校の人々などに、交を結ぶことを得ざりき。そは故郷を出でし時よりの目あてなるドレスデンの画堂へ往ゆかむと、心のみ急がれしゆゑなり。されど再びここに来て、君らがまとゐに入ることとなりし、その因縁いんねんをば、早く当時に結びぬ。」

「大人気おとなげなしといひけたで聞き玉へ。謝肉しゃにくの祭、はつる日の事なりき。『ピナコテエク』の館やかた出でし時は、雪いま晴れて、街ちまたの中道なかみちなる並木の枝は、一ひとつ一びとつ薄き氷にてつつまれたるが、今点ぜし街燈に映じたり。いろいろの異様なる衣ころもを着て、白くまた黒き百眼ひゃくまなこ掛けたる人、群をなして往来ゆききし、ここかしこなる窓には毛氈もうせん垂れて、物見としたり。カルルの辻つじなる『カッフェエ・ロリアン』に入りて見れば、おもひおもひの仮装色を争ひ、中に雑まじりし常の衣もはえある心地ここちす。みなこれ『コロッセウム』、『ヰクトリア』などいふ舞踏場のあくを待てるなるべし。」

かく語る処へ、胸当むねあてにつづけたる白前垂まえだれ掛けたる下女はしため、麦酒ビールの泡だてるを、ゆり越すばかり盛りたる例の大杯おおさかずきを、四つ五つづつ、とり手を寄せてもろ手に握りもち、「新しき樽たるよりとおもひて、遅おそうなりぬ。許したまへ」とことわりて、前なる杯飲みほしたりし人々にわたすを、少女、「ここへ、ここへ」と呼びちかづけて、まだ杯持たぬ巨勢が前にも置かす。巨勢は一口飲みて語りつづけぬ。

「われも片隅なる一榻いっとうに腰掛けて、賑はしきさま打見るほどに、門かどの戸あけて入いりしは、きたなげなる十五ばかりの伊太利栗イタリアぐりうりにて、焼栗盛りたる紙筒かみづつを、堆うずたかく積みし箱かいこみ、『マロオニイ、セニョレ。』(栗めせ、君)と呼ぶ声も勇ましき、後につきて入りしは、十二、三と見ゆる女おみなの子こなりき。旧ふるびたる鷹匠頭巾たかじょうずきん、ふかぶかと被かぶり、凍こごえて赤うなりし両手さしのべて、浅き目籠めごの縁ふちを持ちたり。目籠には、常盤木ときわぎの葉、敷き重ねて、その上に時ならぬ菫花すみれの束を、愛らしく結びたるを載せたり。『ファイルヘン、ゲフェルリヒ』(すみれめせ)と、うなだれたる首こうべを擡もたげもあへでいひし声の清さ、今に忘れず。この童わらべと女の子と、道連れとは見えねば、童の入るを待ちて、これをしほに、女の子は来しならむとおもはれぬ。」

「この二人のさまの殊ことなるは、早くわが目を射いき。人を人ともおもはぬ、殆ほとんど憎げなる栗うり、やさしくいとほしげなるすみれうり、いづれも群むれゐる人の間を分けて、座敷の真中まなか、帳場ちょうばの前あたりまで来し頃、そこに休みゐたる大学々生らしき男の連れたる、英吉利種イギリスだねの大狗おおいぬ、いままで腹這はらばひてゐたりしが、身を起して、背をくぼめ、四足よつあしを伸ばし、栗箱に鼻さし入れつ。それと見て、童の払ひのけむとするに、驚きたる狗、あとに附きて来し女の子に突当れば、『あなや、』とおびえて、手に持ちし目籠とり落したり。茎くきに錫紙すずがみ巻きたる、美しきすみれの花束、きらきらと光りて、よもに散りぼふを、好よき物得つと彼かの狗、踏みにじりては、㘅くわへて引きちぎりなどす。ゆかは暖炉だんろの温ぬくまりにて解けたる、靴の雪にぬれたれば、あたりの人々、かれ笑ひ、これ罵ののしるひまに、落花狼藉らっかろうぜき、なごりなく泥土に委ゆだねたり。栗うりの童は、逸足いちあし出いだして逃去り、学生らしき男は、欠あくびしつつ狗を叱しっし、女の子は呆あきれて打守うちまもりたり。この菫花うりの忍びて泣かぬは、うきになれて涙の泉涸かれたりしか、さらずは驚き惑まどひて、一日の生計たつき、これがために已やまむとまでは想到おもいいたらざりしか。しばしありて、女の子は砕くだけのこりたる花束二つ三つ、力なげに拾はむとするとき、帳場にゐる女の知らせに、ここの主人あるじ出でぬ。赤がほにて、腹突きいだしたる男の、白き前垂したるなり。太き拳こぶしを腰にあてて、花売りの子を暫し睨にらみ、『わが店にては、暖簾師のれんしめいたるあきなひ、せさせぬが定さだめなり。疾とくゆきね。』とわめきぬ。女の子は唯ただ言葉なく出でゆくを、満堂の百眼ひゃくまなこ、一滴ひとしずくの涙なく見送りぬ。」

「われは珈琲代の白銅貨を、帳場の石板の上に擲なげ、外套がいとう取りて出でて見しに、花売の子は、ひとりさめさめと泣きてゆくを、呼べども顧かえりみず。追付きて、『いかに、善よき子、菫花のしろ取らせむ、』といふを聞きて、始めて仰見あおぎみつ。そのおもての美しさ、濃き藍あいいろの目には、そこひ知らぬ憂うれいありて、一たび顧みるときは人の腸はらわたを断たむとす。嚢中のうちゅうの『マルク』七つ八つありしを、から籠かごの木この葉はの上に置きて与へ、驚きて何ともいはぬひまに、立去りしが、その面おもて、その目、いつまでも目に付きて消えず。ドレスデンにゆきて、画堂の額がくうつすべき許ゆるしを得て、ヱヌス、レダ、マドンナ、ヘレナ、いづれの図に向ひても、不思議や、すみれ売のかほばせ霧の如ごとく、われと画額との間に立ちて障礙しょうげをなしつ。かくては所詮しょせん、我業わざの進まむこと覚束おぼつかなしと、旅店の二階に籠こもりて、長椅子ながいすの覆革おおいかわに穴あけむとせし頃もありしが、一朝いっちょう大勇猛心を奮ふるひおこして、わがあらむ限かぎりの力をこめて、この花売の娘の姿を無窮むきゅうに伝へむと思ひたちぬ。さはあれどわが見し花うりの目、春潮を眺ながむる喜よろこびの色あるにあらず、暮雲を送る夢見心あるにあらず、伊太利イタリア古跡の間に立たせて、あたりに一群ひとむれの白鳩しろばと飛ばせむこと、ふさはしからず。我空想はかの少女おとめをラインの岸の巌根いわねにをらせて、手に一張ひとはりの琴を把とらせ、嗚咽おえつの声を出いださせむとおもひ定めにき。下したなる流にはわれ一葉いちようの舟を泛うかべて、かなたへむきてもろ手高く挙げ、面おもてにかぎりなき愛を見せたり。舟のめぐりには数知られぬ、『ニックセン』、『ニュムフェン』などの形波間なみまより出でて揶揄やゆす。けふこのミュンヘンの府ふに来て、しばし美術学校の『アトリエ』借らむとするも、行李こりの中、唯この一画藁いちがこう、これをおん身ら師友の間に議はかりて、成しはてむと願ふのみ。」

巨勢はわれ知らず話しいりて、かくいひ畢おわりし時は、モンゴリア形がたの狭き目も光るばかりなりき。「いしくも語りけるかな、」と呼ぶもの二人三人ふたりみたり。エキステルは冷淡に笑ひて聞ききゐたりしが、「汝たちもその図見にゆけ、一週がほどには巨勢君の『アトリエ』ととのふべきに」といひき。マリイは物語の半なかばより色をたがへて、目は巨勢が唇にのみ注ぎたりしが、手に持ちし杯さかずきさへ一たびは震ひたるやうなりき。巨勢は初はじめこのまとゐに入りし時、已すでに少女の我すみれうりに似たるに驚きしが、話に聞きほれて、こなたを見つめたるまなざし、あやまたずこれなりと思はれぬ。こも例の空想のしわざなりや否いなや。物語畢りしとき、少女は暫し巨勢を見やりて、「君はその後のち、再び花うりを見たまはざりしか、」と問ひぬ。巨勢は直ただちに答ふべき言葉を得ざるやうなりしが。「否。花売を見しその夕ゆうべの汽車にてドレスデンを立ちぬ。されどなめなる言葉を咎とがめ玉はずばきこえ侍はべらむ。我すみれうりの子にもわが『ロオレライ』の画えにも、をりをりたがはず見えたまふはおん身なり。」

この群は声高く笑ひぬ。少女、「さては画額ならぬ我姿と、君との間にも、その花うりの子立てりと覚えたり。我を誰とかおもひ玉ふ。」起ちあがりて、真面目まじめなりとも戯たわぶれなりとも、知られぬやうなる声にて。「われはその菫花すみれうりなり。君が情なさけの報むくいはかくこそ。」少女は卓越たくごしに伸びあがりて、俯うつむきゐたる巨勢が頭かしらを、ひら手にて抑へ、その額ぬかに接吻せっぷんしつ。

この騒ぎに少女が前なりし酒は覆くつがへりて、裳もすそを浸ひたし、卓の上にこぼれたるは、蛇の如く這はひて、人々の前へ流れよらむとす。巨勢は熱き手掌たなぞこを、両耳の上におぼえ、驚く間もなく、またこれより熱き唇、額に触れたり。「我友に目を廻させたまふな。」とエキステル呼びぬ。人々は半ば椅子より立ちて「いみじき戯たわぶれかな、」と一人がいへば、「われらは継子ままこなるぞくやしき、」と外ほかの一人いひて笑ふを、よそなる卓よりも、皆興ありげにうち守まもりぬ。

少女が側そばに坐したりし一人は、「われをもすさめ玉はむや、」といひて、右手めてさしのべて少女が腰をかき抱きつ。少女は「さても礼儀知らずの継子どもかな、汝らにふさはしき接吻のしかたこそあれ。」と叫び、ふりほどきて突立ち、美しき目よりは稲妻いなずま出づと思ふばかり、しばし一座を睨にらみつ。巨勢は唯呆あきれに呆れて見ゐたりしが、この時の少女が姿は、菫花うりにも似ず、「ロオレライ」にも似ず、さながら凱旋門上のバワリアなりと思はれぬ。

少女は誰たが飲みほしけむ珈琲碗に添へたりし「コップ」を取りて、中なる水を口に銜ふくむと見えしが、唯一噀ひとふき。「継子よ、継子よ、汝ら誰たれか美術の継子ならざる。フィレンチェ派学ぶはミケランジェロ、ヰンチイが幽霊、和蘭オランダ派学ぶはルウベンス、ファン・ヂイクが幽霊、我国のアルブレヒト・ドュウレル学びたりとも、アルブレヒト・ドュウレルが幽霊ならぬは稀まれならむ。会堂に掛けたる『スツヂイ』二つ三つ、値段ねだん好く売れたる暁あかつきには、われらは七星われらは十傑、われらは十二使徒と擅ほしいままに見たてしてのわれぼめ。かかるえり屑くずにミネルワの唇いかで触れむや。わが冷たき接吻にて、満足せよ。」とぞ叫びける。

噴掛ふきかけし霧の下なるこの演説、巨勢は何事とも弁わきまへねど、時の絵画をいやしめたる、諷刺ふうしならむとのみは推測おしはかりて、その面おもてを打仰ぐに、女神バワリアに似たりとおもひし威厳少しもくづれず、言畢いいおわりて卓の上におきたりし手袋の酒に濡れたるを取りて、大股おおまたにあゆみて出でゆかむとす。

皆すさまじげなる気色けしきして、「狂人」と一人いへば、「近きに報むくいせでは已やまじ」と外の一人いふを、戸口にて振りかへりて。「遺恨に思ふべき事かは、月影にすかして見よ、額に血の迹あとはとどめじ。吹きかけしは水なれば。」

中

あやしき少女おとめの去りてより、ほどなく人々あらけぬ。帰かえり路じにエキステルに問へば、「美術学校にて雛形モデルとなる少女の一人にて、『フロイライン』ハンスルといふものなり。見たまひし如く奇怪なる振舞ふるまいするゆゑ、狂女なりともいひ、また外の雛形娘と違ひて、人に肌見せねば、かたはにやといふもあり。その履歴知るものなけれど、教おしえありて気象よの常ならず、汙けがれたる行おこないなければ、美術諸生の仲間には、喜びて友とするもの多し。善よき首こうべなることは見たまふ如し。」と答へぬ。巨勢こせ、「我画かくにもようあるべきものなり。『アトリエ』ととのはむ日には、来こよと伝へたまへ。」エキステル、「心得たり。されど十三の花売娘にはあらず、裸体の研究、危あやうしとはおもはずや。」巨勢、「裸体の雛形せぬ人と君もいひしが。」エキステル、「現げにいはれたり。されど男と接吻したるも、けふ始めて見き。」エキステルがこの言葉に、巨勢は赤うなりしが、街燈暗き「シルレル・モヌメント」のあたりなりしかば、友は見ざりけり。巨勢が「ホテル」の前にて、二人は袂たもとを分ちぬ。

一週ほど後のちの事なりき。エキステルが周旋にて、美術学校の「アトリエ」一間ひとまを巨勢に借されぬ。南に廊下ありて、北面の壁は硝子ガラスの大窓おおまどに半なかばを占められ、隣の間とのへだてには唯帆木綿ほもめんの幌とばりあるのみ。頃はみな月半ばなれど、旅立ちし諸生多く、隣に人もあらず、業わざ妨ぐべき憂うれいなきを喜びぬ。巨勢は画額の架だいの前に立ちて、今入りし少女に「ロオレライ」の画を指さし示して、「君に聞かれしはこれなり。面白げに笑ひたはぶれ玉ふときは、さしもおもはれねど、をりをり君がおも影の、ここなる未成の人物にいとふさはしきときあり。」

少女は高く笑ひて。「物忘ものわすれしたまふな。おん身が『ロオレライ』の本もとの雛形、すみれ売の子は我なりとは、先の夜も告げしものを。」かくいひしが俄にわかに色を正して。「おん身は我を信じたまはず、げにそれも無理ならず。世の人は皆我を狂女なりといへば、さおもひたまふならむ。」この声戯たわぶれとは聞えず。

巨勢は半信半疑したりしが、忍びかねて少女にいふ、「余りに久しくさいなみ玉ふな。今も我が額ぬかに燃ゆるは君が唇なり。はかなき戯とおもへば、しひて忘れむとせしこと、幾度いくたびか知らねど、迷まよいは遂に晴れず。あはれ君がまことの身の上、苦しからずは聞かせ玉へ。」

窓まどの下もとなる小机に、いま行李こりより出したる旧ふるき絵入新聞、遣つかひさしたる油あぶらゑの具ぐの錫筒すずづつ、粗末なる烟管キセルにまだ巻烟草まきタバコの端はしの残れるなど載せたるその片端に、巨勢はつら杖づえつきたり。少女は前なる籐とうの椅子いすに腰かけて、語りいでぬ。

「まづ何事よりか申さむ。この学校にて雛形の鑑札受くるときも、ハンスルといふ名にて通したれど、そは我真まことの名にあらず。父はスタインバハとて、今の国王に愛めでられて、ひと時栄さかえし画工なりき。わが十二の時、王宮の冬園ふゆそのに夜会ありて、二親みな招かれぬ。宴うたげ闌たけなわなる頃、国王見えざりければ、人々驚きて、移植うつしうゑし熱帯草木そうもくいやが上に茂れる、硝子ガラス屋根の下、そこかここかと捜しもとめつ。園そのの片隅にはタンダルヂニスが刻きざめる、ファウストと少女との名高き石像あり。わが父のそのあたりに来たりし時、胸裂さくるやうなる声して、『助けて、助けて』と叫ぶものあり。声をしるべに、黄金こがねの穹窿まるてんじょうおほひたる、『キオスク』(四阿屋あずまや)の戸口に立寄れば、周囲に茂れる椶櫚しゅろの葉に、瓦斯燈ガスとうの光支へられたるが、濃き五色にて画きし、窓硝子を洩もりてさしこみ、薄暗くあやしげなる影をなしたる裡うちに、一人の女の逃げむとすまふを、ひかへたるは王なり。その女のおもて見し時の、父が心はいかなりけむ。かれは我母なりき。父はあまりの事に、しばしたゆたひしが、『許したまへ、陛下へいか』と叫びて、王を推倒おしたおしつ。そのひまに母は走りのきしが、不意を打たれて倒れし王は、起き上りて父に組付きぬ。肥こえふとりて多力なる国王に、父はいかでか敵し得べき、組敷かれて、側かたわらなりし如露じょろにてしたたか打たれぬ。この事知りて諌いさめし、内閣の秘書官チイグレルは、ノイシュワンスタインなる塔に押籠おしこめらるるはずなりしが、救ふ人ありて助けられき。われはその夜家にありて、二親の帰るを待ちしに、下女はしため来て父母帰り玉ひぬといふ。喜びて出迎ふれば、父舁かかれて帰り、母は我を抱きて泣きぬ。」

少女は暫しばらく黙しつ。けさより曇りたる空は、雨になりて、をりをり窓を打つ雫しずく、はらはらと音す。巨勢いふ。「王の狂人となりて、スタルンベルヒの湖に近き、ベルヒといふ城に遷うつされ玉ひしことは、きのふ新聞にて読みしが、さてはその頃よりかかる事ありしか。」

少女は語を継つぎて。「王の繁華の地を嫌ひて、鄙ひなに住まひ、昼寝ねて夜起きたまふは、久しきほどの事なり。独逸ドイツ、仏蘭西フランスの戦いくさありし時、加特力カトリック派の国会に打勝ちて、普魯西プロシヤ方につきし、王が中年のいさをは、次第に暴政の噂うわさに掩おおはれて、公けにこそ言ふものなけれ、陸軍大臣メルリンゲル、大蔵大臣リイデルなど、故なくして死刑に行はれむとしたるを、その筋にて秘めたるは、誰知らぬものなし。王の昼寝し玉ふときは、近衆きんじゅうみな却しりぞけられしが、囈語うわことにマリイといふこと、あまたたびいひたまふを聞きしもありといふ。我母の名もマリイといひき。望なき恋は、王の病を長ぜしにあらずや。母はかほばせ我に似たる処ありて、その美しさは宮の内にて類たぐいなかりきと聞きつ。」

「父は間もなく病みて死にき。交まじわり広く、もの惜おしみせず、世事には極めて疎うとかりければ、家に遺財つゆばかりもなし。それよりダハハウエル街の北のはてに、裏屋の二階明きたりしを借りて住みしが、そこに遷りてより、母も病みぬ。かかる時にうつろふものは、人の心の花なり。数知らぬ苦しき事は、わが穉おさなき心に、早く世の人を憎ましめき。明あくる年の一月、謝肉祭の頃なりき、家財衣類なども売尽して、日々の烟けぶりも立てかぬるやうになりしかば、貧しき子供の群に入りてわれも菫花すみれ売ることを覚えつ。母のみまかる前、三日四日のほどを安く送りしは、おん身の賜たまものなりき。」

「母のなきがら片付けなどするとき、世話せしは、一階高くすまひたる裁縫師なり。あはれなる孤みなしごひとり置くべきにあらずとて、迎取られしを喜びしこと、今おもひ出しても口惜くやしきほどなり。裁縫師には、娘二人ありて、いたく物ごのみして、みづから衒てらふさまなるを見しが、迎取られてより伺うかがへば、夜に入りてしばしば客あり。酒など飲みて、はては笑ひ罵ののしり、また歌ひなどす。客は外国とつくにの人多く、おん国の学生なども見えしやうなりき。或る日主人あるじわれにも新しき衣きぬ着よといひしが、そのをりその男の我を見て笑ひし顔、何となく怖おそろしく、子供心にもうれしとはおもはざりき。午ひるすぎし頃、四十ばかりなる知らぬ人来て、スタルンベルヒの湖水へ往ゆかむといふを、主人も倶ともに勧すすめき。父の世にありしきとき、伴はれてゆきし嬉しさ、なほ忘れざりしかば、しぶしぶ諾うべなひつるを、「かくてこそ善よき子なれ」とみな誉ほめつ。連れなる男は、途みちにてやさしくのみ扱ひて、かしこにては『バワリア』といふ座敷船ザロンダムフェルに乗り、食堂にゆきて物食はせつ。酒もすすめぬれど、そは慣れぬものなれば、辞いなみて飲まざりき。ゼエスハウプトに船はてしとき、その人はまた小舟を借り、これに乗りて遊ばむといふ。暮れゆくそらに心細くなりしわれは、はやかへらむといへど、聴かずして漕出こぎいで、岸辺に添ひてゆくほどに、人げ遠き葦間あしまに来きたりしが、男は舟をそこに停とめつ。わが年はまだ十三にて、初はじめは何事ともわきまへざりしが、後のちには男の顔色もかはりておそろしく、われにでもあらで、水に躍入おどりいりぬ。暫しありて我にかへりしときは、湖水の畔ほとりなる漁師りょうしの家にて、貧しげなる夫婦のものに、介抱せられてゐたりき。帰るべき家なしと言張りて、一日ひとひ二日ふたひと過すぐす中うちに、漁師夫婦の質朴なるに馴染なじみて、不幸なる我身の上を打明けしに、あはれがりて娘として養ひぬ。ハンスルといふは、この漁師の名なり。」

「かくて漁師の娘とはなりぬれど、弱き身には舟の櫂かじ取ることもかなはず、レオニのあたりに、富める英吉利人イギリスびとの住めるに雇やとはれて、小間使こまづかいになりぬ。加特力教カトリックきょう信ずる養父母は、英吉利人に使はるるを嫌ひぬれど、わが物読むことなど覚えしは、彼かの家なりし雇女教師やといじょきょうしの恵めぐみなり。女教師は四十余の処女しょじょなりしが、家の娘のたかぶりたるよりは、我を愛すること深く、三年みとせがほどに多くもあらぬ教師の蔵書、悉ことごとく読みき。ひがよみはさこそ多かりけめ。またふみの種類もまちまちなりき。クニッゲが交際法あれば、フムボルトが長生術あり。ギョオテ、シルレルの詩抄半ばじゆしてキョオニヒが通俗の文学史を繙ひもとき、あるはルウヴル、ドレスデンの画堂の写真絵、繰りひろげて、テエヌが美術論の訳書をあさりぬ。」

「去年こぞ英吉利人一族を率ゐて国に帰りし後は、然しかるべき家に奉公せばやとおもひしが、身元善よからねば、ところの貴族などには使はれず。この学校の或る教師に、端はしなくも見出されて、雛形モデル勤めしが縁えにしになりて、遂に鑑札受くることとなりしが、われを名高きスタインバハが娘なりとは知る人なし。今は美術家の間に立ちまじりて、唯ただ面白くのみ日を暮せり。されどグスタアフ・フライタハはさすがそら言ごといひしにあらず。美術家ほど世に行儀悪あしきものなければ、独立ひとりたちて交まじわるには、しばしも油断すべからず。寄らず、障さわらぬやうにせばやとおもひて、計はからず見玉みたまふ如き不思議の癖者くせものになりぬ。をりをりは我身、みづからも狂人にはあらずやと疑ふばかりなり。これにはレオニにて読みしふみも、少すこし祟たたりをなすかとおもへど、もし然さらば世に博士と呼ばるる人は、そもそもいかなる狂人ならむ。われを狂人と罵る美術家ら、おのれらが狂人ならぬを憂へこそすべきなれ。英雄豪傑、名匠大家となるには、多少の狂気なくて愜かなはぬことは、ゼネカが論をも、シエエクスピアが言げんをも待またず。見玉へ、我学問の博ひろきを。狂人にして見まほしき人の、狂人ならぬを見る、その悲しさ。狂人にならでもよき国王は、狂人になりぬと聞く、それも悲し。悲しきことのみ多ければ、昼は蝉せみと共に泣き、夜は蛙かわずと共に泣けど、あはれといふ人もなし。おん身のみは情つれなくあざみ笑ひ玉はじとおもへば、心のゆくままに語るを咎とがめ玉ふな。ああ、かういふも狂気か。」

下

定さだめなき空に雨歇やみて、学校の庭の木立こだちのゆるげるのみ曇りし窓の硝子ガラスをとほして見ゆ。少女おとめが話聞く間、巨勢こせが胸には、さまざまの感情戦ひたり。或ときはむかし別れし妹に逢あひたる兄の心となり、或ときは廃園に僵たおれ伏ふしたるヱヌスの像に、独ひとり悩める彫工の心となり、或るときはまた艶女えんにょに心動され、われは堕おちじと戒むる沙門しゃもんの心ともなりしが、聞きをはりし時は、胸騒ぎ肉顫ふるひて、われにもあらで、少女が前に跪ひざまずかむとしつ。少女はつと立ちて「この部屋の暑さよ。はや学校の門もささるる頃なるべきに、雨も晴れたり。おん身とならば、おそろしきこともなし。共にスタルンベルヒへ往ゆき玉はずや。」と側そばなる帽ぼう取りて戴いただきつ。そのさま巨勢が共に行くべきを、つゆ疑はずと覚おぼし。巨勢は唯ただ母に引かるる穉子おさなごの如く従ひゆきぬ。

門前にて馬車雇やとひて走らするに、ほどなく停車場に来ぬ。けふは日曜なれど、天気悪あしければにや、近郷きんごうよりかへる人も多からで、ここはいと静しずかなり。新聞の号外売る婦人あり。買ひて見れば、国王ベルヒの城に遷うつりて、容体ようだい穏なれば、侍医グッデンも護衛を弛ゆるめさせきとなり。滊車きしゃ中には湖水の畔ほとりにあつさ避くる人の、物買ひに府に出でし帰るさなるが多し。王の噂うわさいと喧かまびすし。「まだホオヘンシュワンガウの城にゐたまひし時には似ず、心鎮しずまりたるやうなり。ベルヒに遷さるる途中、ゼエスハウプトにて水求めて飲みたまひしが、近きわたりなりし漁師りょうしらを見て、やさしく頷うなずきなどしたまひぬ。」と訛だみたることばにて語るは、かひもの籠かご手にさげたる老女おうななりき。

車走ること一時間、スタルンベルヒに着きしは夕ゆうべの五時なり。かちより往ゆきてやうやう一日ほどの処なれど、はやアルペン山の近さを、唯何となく覚えて、このくもらはしき空の気色けしきにも、胸開きて息せらる。車のあちこちと廻来まわりこし、丘陵の忽たちまち開けたる処に、ひろびろと見ゆるは湖水なり。停車場は西南の隅にありて、東岸なる林木、漁村はゆふ霧に包まれてほのかに認めらるれど、山に近き南の方は一望きはみなし。

案内あない知りたる少女に引かれて、巨勢は右手めてなる石段をのぼりて見るに、ここは「バワリア」の庭ホオフといふ「ホテル」の前にて、屋根なき所に石卓いしづくえ、椅子いすなど並べたるが、けふは雨後なればしめじめと人げ少し。給仕する僕しもべの黒き上衣うわぎに、白の前掛したるが、何事をかつぶやきつつも、卓に倒しかけたる椅子を、引起して拭ぬぐひゐたり。ふと見れば片側の軒のきにそひて、つた蔓かずらからませたる架たなありて、その下もとなる円卓まるづくえを囲みたるひと群むれの客あり。こはこの「ホテル」に宿りたる人々なるべし。男女打ちまじりたる中に、先の夜「ミネルワ」にて見し人ありしかば、巨勢は往きてものいはむとせしに、少女おしとどめて。「かしこなるは、君の近づきたまふべき群にあらず。われは年若き人と二人にて来たれど、愧はづべきはかなたにありて、こなたにあらず。彼はわれを知りたれば、見玉へ、久しく座にえ忍びあへで隠るべし。」とばかりありて、彼かの美術諸生は果して起たちて「ホテル」に入りぬ。少女は僕を呼びちかづけて、座敷船はまだ出づべしやと問ふに、僕は飛行く雲を指さして、この覚束おぼつかなきそらあひなれば、最早もはや出いでざるべしといふ。さらば車にてレオニに行かばやとて言付けぬ。

馬車来ぬれば、二人は乗りぬ。停車場の傍かたえより、東の岸辺を奔はしらす。この時アルペンおろしさと吹来て、湖水のかたに霧立ちこめ、今出でし辺ほとりをふりかへり見るに、次第々々に鼠色ねずみいろになりて、家の棟むね、木のいただきのみ一きは黒く見えたり。御者ふりかへりて、「雨なり。母衣ほろ掩おおふべきか。」と問ふ。「否いな」と応こたへし少女は巨勢に向ひて。「ここちよのこの遊あそびや。むかし我命喪うしなはむとせしもこの湖の中なり。我命拾ひしもまたこの湖の中なり。さればいかでとおもふおん身に、真心まごころ打明けてきこえむもここにてこそと思へば、かくは誘さそひまつりぬ。『カッフェエ・ロリアン』にて恥かしき目にあひけるとき、救ひ玉はりし君をまた見むとおもふ心を命にて、幾歳いくとせをか経にけむ。先の夜『ミネルワ』にておん身が物語聞きしときのうれしさ、日頃木のはしなどのやうにおもひし美術諸生の仲間なりければ、人あなづりして不敵の振舞ふるまいせしを、はしたなしとや見玉ひけむ。されど人生いくばくもあらず。うれしとおもふ一弾指いちだんしの間に、口張りあけて笑はずば、後にくやしくおもふ日あらむ。」かくいひつつ被かぶりし帽を脱棄ぬぎすてて、こなたへふり向きたる顔は、大理石脈だいりせきみゃくに熱血跳おどる如くにて、風に吹かるる金髪は、首こうべ打振りて長く嘶いばゆる駿馬しゅんめの鬣たてがみに似たりけり。「けふなり。けふなり。きのふありて何かせむ。あすも、あさても空むなしき名のみ、あだなる声のみ。」

この時、二点三点、粒太つぶふとき雨は車上の二人が衣きぬを打ちしが、瞬またたくひまに繁くなりて、湖上よりの横しぶき、あららかにおとづれ来て、紅べにを潮さしたる少女が片頬かたほおに打ちつくるを、さし覗のぞく巨勢が心は、唯そらにのみやなりゆくらむ。少女は伸びあがりて、「御者、酒手さかては取らすべし。疾とく駆かれ。一策ひとむち加へよ、今一策。」と叫びて、右手めてに巨勢が頸うなじを抱いだき、己おのれは項うなじをそらせて仰視あおぎみたり。巨勢は絮わたの如き少女が肩に、我頭かしらを持たせ、ただ夢のここちしてその姿を見たりしが、彼かの凱旋門がいせんもん上の女神バワリアまた胸に浮びぬ。

国王の棲すめりといふベルヒ城の下もとに来こし頃は、雨いよいよ劇はげしくなりて、湖水のかたを見わたせば、吹寄する風一陣々、濃淡の竪縞たてじまおり出して、濃こき処には雨白く、淡あわき処には風黒し。御者は車を停めて、「しばしがほどなり。余りに濡ぬれて客人まろうども風や引き玉はむ。また旧ふるびたれどもこの車、いたく濡らさば、主人あるじの嗔いかりに逢あはむ。」といひて、手早く母衣打掩うちおおひ、また一鞭ひとむちあてて急ぎぬ。

雨なほをやみなくふりて、神おどろおどろしく鳴りはじめぬ。路みちは林の間に入りて、この国の夏の日はまだ高かるべき頃なるに、木下道このしたみちほの暗うなりぬ。夏の日に蒸むされたりし草木の、雨に湿うるおひたるかをり車の中に吹入るを、渇かつしたる人の水飲むやうに、二人は吸ひたり。鳴神なるかみのおとの絶間たえまには、おそろしき天気に怯おくれたりとも見えぬ「ナハチガル」鳥の、玲瓏れいろうたる声振りたててしばなけるは、淋しき路を独ひとりゆく人の、ことさらに歌うたふ類たぐいにや。この時マリイは諸手もろてを巨勢が項に組合せて、身のおもりを持たせかけたりしが、木蔭を洩もる稲妻に照らされたる顔、見合せて笑えみを含みつ。あはれ二人は我を忘れ、わが乗れる車を忘れ、車の外なる世界をも忘れたりけむ。

林を出でて、阪路さかみちを下るほどに、風村雲むらくもを払ひさりて、雨もまた歇やみぬ。湖の上なる霧は、重ねたる布を一重ひとえ、二重と剥はぐ如く、束つかの間まに晴れて、西岸なる人家も、また手にとるやうに見ゆ。唯ここかしこなる木下蔭を過すぐるごとに、梢こずえに残る露の風に払はれて落つるを見るのみ。

レオニにて車を下りぬ。左に高く聳そばだちたるは、いはゆるロットマンが岡にて、「湖上第一勝」と題したる石碑せきひの建てる処なり。右に伶人れいじんレオニが開きぬといふ、水に臨のぞめる酒店さかみせあり。巨勢が腕かいなにもろ手からみて、縋すがるやうにして歩みし少女は、この店の前に来て岡の方をふりかへりて、「わが雇はれし英吉利人イギリスびとの住みしは、この半腹はんぷくの家なりき。老いたるハンスル夫婦が漁師小屋も、最早百歩がほどなり。われはおん身をかしこへ、伴はむとおもひて来こしが、胸騒ぎて堪たへがたければ、この店にて憩いこはばや。」巨勢は現げにもとて、店に入りて夕餉ゆうげ誂あつらふるに、「七時ならでは整はず、まだ三十分待ち給はではかなはじ、」といふ。ここは夏の間のみ客ある処にて、給仕する人もその年々に雇ふなれば、マリイを識しれるもなかりき。

少女はつと立ちて、桟橋さんばしに繋つなぎし舟を指さし、「舟漕こぐことを知り玉ふか。」巨勢、「ドレスデンにありし時、公園のカロラ池にて舟漕ぎしことあり、善くすといふにあらねど、君独ひとりわたさむほどの事、いかで做得なしえざらむ。」少女、「庭なる椅子いすは濡ぬれたり。さればとて屋根の下は、あまりに暑し。しばし我を載せて漕ぎ玉へ。」

巨勢はぬぎたる夏外套なつがいとうを少女に被きせて小舟おぶねに乗らせ、われは櫂かい取りて漕出こぎいでぬ。雨は歇みたれど、天なほ曇りたるに、暮色は早く岸のあなたに来ぬ。さきの風に揺られたるなごりにや、枻敲かじたたくほどの波はなほありけり。岸に沿ひてベルヒの方かたへ漕ぎ戻すほどに、レオニの村落果つるあたりに来ぬ。岸辺の木立こだち絶えたる処に、真砂路まさごじの次第に低くなりて、波打際なみうちぎわに長椅子据すゑたる見ゆ。蘆あしの一叢ひとむら舟に触れて、さわさわと声するをりから、岸辺に人の足音して、木の間を出づる姿あり。身の長たけ六尺に近く、黒き外套を着て、手にしぼめたる蝙蝠傘こうもりがさを持ちたり。左手ゆんでに少し引きさがりて随したがひたるは、鬚ひげも髪も皆雪の如くなる翁おきななりき。前なる人は俯うつむきて歩み来きぬれば、縁ふち広き帽に顔隠れて見えざりしが、今木この間まを出でて湖水の方に向ひ、しばし立ちとどまりて、片手に帽をぬぎ持ちて、打ち仰ぎたるを見れば、長き黒髪を、後うしろざまにかきて広き額ぬかを露あらはし、面おもての色灰のごとく蒼あおきに、窪くぼみたる目の光は人を射たり。舟にては巨勢が外套を背に着て、蹲うずくまりゐたるマリイ、これも岸なる人を見ゐたりしが、この時俄にわかに驚きたる如く、「彼は王なり」と叫びて立ちあがりぬ。背なりし外套は落ちたり。帽はさきに脱ぎたるまま、酒店に置きて出でぬれば、乱れたるこがね色の髪は、白き夏衣なつごろもの肩にたをたをとかかりたり。岸に立ちたるは、実に侍医グッデンを引つれて、散歩に出でたる国王なりき。あやしき幻の形を見る如く、王は恍惚こうこつとして少女の姿を見てありしが、忽たちまち一声「マリイ」と叫び、持ちたる傘投棄てて、岸の浅瀬をわたり来ぬ。少女は「あ」と叫びつつ、そのまま気を喪うしなひて、巨勢が扶たすくる手のまだ及ばぬ間まに僵たおれしが、傾く舟の一揺りゆらるると共に、うつ伏ぶせになりて水に墜おちぬ。湖水はこの処にて、次第々々に深くなりて、勾配こうばいゆるやかなりければ、舟の停とどまりしあたりも、水は五尺に足らざるべし。されど岸辺の砂は、やうやう粘土まじりの泥となりたるに、王の足は深く陥おちいりて、あがき自由ならず。その隙ひまに随したがひたりし翁は、これも傘投捨てて追ひすがり、老いても力や衰へざりけむ、水を蹴けりて二足ふたあし三足みあし、王の領首えりくびむづと握りて引戻さむとす。こなたは引かれじとするほどに、外套は上衣と共に翁が手に残りぬ。翁はこれをかいやり棄てて、なほも王を引寄せむとするに、王はふりかへりて組付き、かれこれたがひに声だに立てず、暫し揉合もみあひたり。

これ唯ただ一瞬間の事なりき。巨勢は少女が墜おつる時、僅わずかに裳もを握みしが、少女が蘆間隠れの杙くいに強く胸を打たれて、沈まむとするを、やうやうに引揚ひきあげ、汀みぎわの二人が争ふを跡に見て、もと来こし方かたへ漕ぎ返しつ。巨勢は唯奈何いかにもして少女が命助けむと思ふのみにて、外ほかに及ぶに遑いとまあらざりしなり。レオニの酒店の前に来しが、ここへは寄らず、これより百歩がほどなりと聞きし、漁師夫婦が苫屋とまやをさして漕ぎゆくに、日もはや暮れて、岸には「アイヘン」、「エルレン」などの枝繁りあひ広ごりて、水は入江の形をなし、蘆にまじりたる水草に、白き花の咲きたるが、ゆふ闇やみにほの見えたり。舟には解けたる髪の泥水にまみれしに、藻屑もくずかかりて僵たおれふしたる少女の姿、たれかあはれと見ざらむ。をりしも漕来る舟に驚きてか、蘆間を離れて、岸のかたへ高く飛びゆく螢ほたるあり。あはれ、こは少女が魂たまのぬけ出でたるにはあらずや。

しばしありて、今まで木影こかげに隠れたる苫屋の燈ともしび見えたり。近寄りて、「ハンスルが家はここなりや、」とおとなへば、傾きし簷端のきばの小窓開あきて、白髪の老女おうな、舟をさしのぞきつ。「ことしも水の神の贄にえ求めつるよ。主人あるじはベルヒの城へきのふより駆かりとられて、まだ帰らず。手当てあてして見むとおもひ玉はば、こなたへ。」と落付きたる声にていひて、窓の戸ささむとしたりしに、巨勢は声ふりたてて、「水に墜ちたるはマリイなり、そなたのマリイなり、」といふ。老女は聞きも畢おわらず、窓の戸を開け放ちたるままにて、桟橋さんばしの畔ほとりに馳出はせいで、泣く泣く巨勢を扶たすけて、少女を抱きいれぬ。

入りて見れば、半ば板敷にしたるひと間のみ。今火を点ともしたりと見ゆる小「ランプ」竈かまどの上に微かすかなり。四方よもの壁にゑがきたる粗末なる耶蘇ヤソ一代記の彩色画は、煤すすに包まれておぼろげなり。藁火焚わらびたきなどして介抱しぬれど、少女は蘇よみがえらず。巨勢は老女と屍かばねの傍かたわらに夜をとほして、消えて迹あとなきうたかたのうたてき世を喞かこちあかしつ。

時は耶蘇暦千八百八十六年六月十三日の夕ゆうべの七時、バワリア王ルウドヰヒ第二世は、湖水に溺おぼれて殂そせられしに、年老いたる侍医グッデンこれを救はむとて、共に命を殞おとし、顔に王の爪痕そうこんを留とどめて死したりといふ、おそろしき知らせに、翌あくる十四日ミュンヘン府の騒動はおほかたならず。街の角々には黒縁くろぶち取りたる張紙はりがみに、この訃音ふいんを書きたるありて、その下には人の山をなしたり。新聞号外には、王の屍見出だしつるをりの模様に、さまざまの臆説おくせつ附けて売るを、人々争ひて買ふ。点呼に応ずる兵卒の正服つけて、黒き毛植ゑたるバワリア鍪かぶと戴いただける、警察吏の馬に騎のり、または徒立かちだちにて馳はせちがひたるなど、雑沓ざっとういはんかたなし。久しく民に面おもてを見せたまはざりし国王なれど、さすがにいたましがりて、憂うれいを含みたる顔も街に見ゆ。美術学校にもこの騒ぎにまぎれて、新あらたに入いりし巨勢がゆくへ知れぬを、心に掛くるものなかりしが、エキステル一人は友の上を気づかひゐたり。

六月十五日の朝あした、王の柩ひつぎのベルヒ城より、真夜中に府に遷うつされしを迎へて帰りし、美術学校の生徒が「カッフェエ・ミネルワ」に引上げし時、エキステルはもしやと思ひて、巨勢が「アトリエ」に入りて見しに、彼はこの三日がほどに相貌そうぼう変りて、著しるく痩やせたる如く、「ロオレライ」の図の下に跪ひざまずきてぞゐたりける。

国王の横死おうしの噂うわさに掩おおはれて、レオニに近き漁師ハンスルが娘一人、おなじ時に溺れぬといふこと、問ふ人もなくて已やみぬ。

底本 / Source edition

底本:「舞姫・うたかたの記 他三篇」岩波文庫、岩波書店
1981(昭和56)年1月16日初版発行
1999(平成11)年7月15日36刷
底本の親本:「鴎外全集 第二巻」岩波書店
1971(昭和46)年12月初版発行
初出:「柵草紙」
1890(明治23)年8月
入力:よしだひとみ
校正:松永正敏
2000年7月18日公開
2011年8月12日修正
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/000694_000129/

森 鴎外「うたかたの記」(新字旧仮名)、底本『舞姫・うたかたの記 他三篇』岩波文庫、岩波書店、1981年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 000694_000129, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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